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特開2024-106994Sb含有量を低減した三酸化モリブデンの製造方法
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  • 特開-Sb含有量を低減した三酸化モリブデンの製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024106994
(43)【公開日】2024-08-08
(54)【発明の名称】Sb含有量を低減した三酸化モリブデンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01G 39/00 20060101AFI20240801BHJP
【FI】
C01G39/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
【公開請求】
(21)【出願番号】P 2024069577
(22)【出願日】2024-04-23
(71)【出願人】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】桑山 靖弘
(72)【発明者】
【氏名】土田 克之
(72)【発明者】
【氏名】中村 太一
【テーマコード(参考)】
4G048
【Fターム(参考)】
4G048AA02
4G048AB02
4G048AC08
4G048AD03
4G048AE05
(57)【要約】
【課題】本発明は、Sb含有量を低減した三酸化モリブデンの製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】モリブデン化合物又はこれらの水和物からなる原料と、塩素、塩化水素又は塩化物とを混合する工程と、得られた混合物を70℃以上で加熱する工程、を含む、三酸化モリブデンの製造方法。また、三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム又はこれらの水和物からなる原料と、塩化アンモニウムとを混合する工程と、得られた混合物を180℃以上で加熱する工程と、を含む、三酸化モリブデンの製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
モリブデン化合物又はこれらの水和物からなる原料と、塩素、塩化水素又は塩化物とを混合する工程と、得られた混合物を70℃以上で加熱する工程と、を含む、三酸化モリブデンの製造方法。
【請求項2】
三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム又はこれらの水和物からなる原料と、塩化アンモニウムとを混合する工程と、得られた混合物を180℃以上で加熱する工程と、を含む、三酸化モリブデンの製造方法。
【請求項3】
三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム又はこれらの水和物からなる原料と、塩化アンモニウムを含む水溶液とを混合する工程と、得られた混合物を180℃以上で加熱する工程と、を含む、三酸化モリブデンの製造方法。
【請求項4】
三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム又はこれらの水和物からなる原料と、アンモニア水を混合した後、塩酸を混合し、得られた混合物を180℃以上で加熱する工程、を含む、三酸化モリブデンの製造方法。
【請求項5】
三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム又はこれらの水和物からなる原料と、塩酸を混合した後、アンモニウム水を混合し、得られた混合物を180℃以上で加熱する工程、を含む、三酸化モリブデンの製造方法。
【請求項6】
製造される三酸化モリブデン中のSb含有量が、原料に含まれるSb含有量に対して、重量比で1/3以下である、請求項1~5のいずれか一項に記載の三酸化モリブデンの製造方法。
【請求項7】
製造される三酸化モリブデン中のS含有量が、原料に含まれるS含有量に対して、重量比で1/2以下である、請求項1~5のいずれか一項に記載の三酸化モリブデンの製造方法。
【請求項8】
製造される三酸化モリブデン中のSb含有量が0.2重量ppm以下である、請求項1~5のいずれか一項に記載の三酸化モリブデンの製造方法。
【請求項9】
製造される三酸化モリブデン中のS含有量が0.1重量ppm以下である、請求項1~5のいずれか一項に記載の三酸化モリブデンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Sb含有量を低減した三酸化モリブデンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モリブデン(Mo)は、電気抵抗率が低く、化学的に安定であることから、大規模集積回路(LSI)におけるコンタクトプラグ、配線、半導体メモリなどにおけるワードライン、あるいは配線下の拡散バリア層など、電子デバイス材料としての使用が期待されている。
例えば、モリブデンまたはその化合物からなる層は、モリブデンを含有する化合物を前駆体として蒸発気化させ、これを基板表面で分解、反応させて、薄膜を形成する化学気相堆積法(CVD)を用いて形成される。近年では、高アスペクト比の凹部に均一にモリブデン層を形成するために、原子層堆積法(ALD)を用いて、モリブデンの薄い層を形成し、その後、CVDやメッキなどによって厚い層を形成する技術も併用されている。
【0003】
CVDやALDを用いてモリブデンまたはその化合物からなる層を形成する場合、塩素と酸化モリブデンとの化合物であるモリブデンオキシクロライドを前駆体として使用する。
モリブデンオキシクロライドは、酸化モリブデンを塩素ガスで塩化して合成することが一般的である。原料として使用される酸化モリブデンは高純度品が使用される。高純度のモリブデンまたは酸化モリブデンの製造方法として、例えば、特許文献1~4が挙げられる。これら特許文献には、三酸化モリブデンをアンモニア水で溶解し、不純物元素を析出させて分離した後、酸を用いてモリブデン酸アンモニウムを晶析し、これを焙焼することにより、高純度の三酸化モリブデン(酸化モリブデン)を製造することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公平6-10090号公報
【特許文献2】特開平2-141507号公報
【特許文献3】特公平5-64683号公報
【特許文献4】特公平3-7607号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
CVDやALD用前駆体として使用されるモリブデンオキシクロライドは、三酸化モリブデンなどの酸化モリブデンを塩素ガスで塩化して合成される。前駆体であるモリブデンオキシクロライドの純度を高めるためには、原料である酸化モリブデンを精製する必要がある。従来は、三酸化モリブデン原料をアンモニア水で溶解し、これを濾過して固体不純物を除去した後、硝酸を加えてモリブデン酸アンモニウムを析出させ、これを焙焼することで三酸化モリブデンを製造することが行われていた。
【0006】
しかし、この方法によって得られる三酸化モリブデンは、不純物であるアンチモン(Sb)を低減させることが困難、あるいは低減効果が低く、Sb含有量を低減させるために精製を繰り返す必要があり、精製コストが上昇するという問題があった。このような問題に鑑み、本開示はSb含有量を低減することができる三酸化モリブデンの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の要旨は、以下のものを含む。
[1] モリブデン化合物又はこれらの水和物からなる原料と、塩素、塩化水素又は塩化物とを混合する工程と、得られた混合物を70℃以上で加熱する工程と、を含む、三酸化モリブデンの製造方法。
[2] 三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム又はこれらの水和物からなる原料と、塩化アンモニウムとを混合する工程と、得られた混合物を180℃以上で加熱する工程と、を含む、三酸化モリブデンの製造方法。
[3] 三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム又はこれらの水和物からなる原料と、塩化アンモニウムを含む水溶液とを混合する工程と、得られた混合物を180℃以上で加熱する工程と、を含む、三酸化モリブデンの製造方法。
[4] 三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム又はこれらの水和物からなる原料と、アンモニア水を混合した後、塩酸を混合し、得られた混合物を180℃以上で加熱する工程、を含む、三酸化モリブデンの製造方法。
[5] 三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム又はこれらの水和物からなる原料と、
塩酸を混合した後、アンモニウム水を混合し、得られた混合物を180℃以上で加熱する工程、を含む、三酸化モリブデンの製造方法。
[6] 製造される三酸化モリブデン中のSb含有量が、原料に含まれるSb含有量に対して、重量比で1/3以下である、上記[1]~[5]のいずれか一に記載の三酸化モリブデンの製造方法。
[7] 製造される三酸化モリブデン中のS含有量が、原料に含まれるS含有量に対して、重量比で1/2以下である、上記[1]~[6]のいずれか一に記載の三酸化モリブデンの製造方法。
[8] 製造される三酸化モリブデン中のSb含有量が0.2重量ppm以下である、[1]~[7]いずれか一に記載の三酸化モリブデンの製造方法。
[9] 製造される三酸化モリブデン中のS含有量が0.1重量ppm以下である、[1]~[8]のいずれか一に記載の三酸化モリブデンの製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、Sb含有量を低減した三酸化モリブデンの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】三酸化アンチモン(Sb)と塩化水素(HCl)の混合物からなる系を0℃から500℃まで加熱した場合の熱力学平衡計算結果(縦軸はlog10(gram)である)を示す図である。
図2】金属アンチモン(Sb)と塩化水素(HCl)の混合物からなる系を0℃から500℃まで加熱した場合の熱力学平衡計算結果(縦軸はlog10(gram)である)を示す図である。
図3】三酸化アンチモン(Sb)と塩化アンモニウム(NHCl)の混合物からなる系を0℃から500℃まで加熱した場合の熱力学平衡計算結果(縦軸はlog10(gram)である)を示す図である。
図4】金属アンチモン(Sb)と塩化アンモニウム(NHCl)の混合物からなる系を0℃から500℃まで加熱した場合の熱力学平衡計算結果(縦軸はlog10(gram)である)を示す図である。
図5】本開示の製造方法により得られた三酸化モリブデンのXRDパターンである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(第1の実施形態)
[原料について]
三酸化モリブデン(MoO)、モリブデン酸アンモニウム((NH)Mo24)、若しくは、その他のモリブデン化合物、又は、これらの水和物からなる原料を用いる。不純物の少ない原料を用いることが好ましく、純度が90重量%以上、99重量%以上、99.9重量%以上の原料を使用することが好ましい。本開示によれば、高純度の原料を用いる場合においても、従来の方法では除去することが困難、あるいは、除去効果の低いSb含有量を大幅に低減することができる。
【0011】
[混合工程]
三酸化モリブデン(MoO)、モリブデン酸アンモニウム((NH)Mo24)、若しくは、その他のモリブデン化合物、又は、これらの水和物からなる原料と、塩素(Cl)、塩化水素(HCl)又は塩化物とを混合する。
【0012】
[加熱工程]
図1に、酸化アンチモン(Sb)と塩化水素(HCl)の混合物からなる系を大気雰囲気下で0℃から500℃まで加熱した場合の熱力学平衡計算結果を示す。(s)は固相を表し、(g)は気相を表す。計算は熱力学平衡計算ソフトFactsageを用いて行ったものである。原料である三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム、若しくは、その他のモリブデン化合物又はこれらの水和物原料に含まれるアンチモン(Sb)は、酸化アンチモンとして存在していると考えられる。図1の熱力学計算によれば、塩化水素の存在下で加熱することで、酸化アンチモン中のアンチモン(Sb)と塩化水素が反応して、三塩化アンチモン(SbCl)を生成する。この三塩化アンチモンは70℃以上で液体となり、その一部が蒸気となって揮発する。さらに、100℃以上では固体や液体として存在することができず、気体となって系から脱離するため、原料に不純物(酸化アンチモンの形態)として存在するSbを低減することができる。
【0013】
図2に、アンチモン(Sb)と塩化水素(HCl)の混合物からなる系を大気雰囲気下で0℃から500℃まで加熱した場合の熱力学平衡計算結果を示す。(s)は固相を表し、(g)は気相を表す。計算は熱力学平衡計算ソフトFactsageを用いて行ったものである。原料である三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム、若しくは、その他のモリブデン化合物又はこれらの水和物原料に含まれるアンチモン(Sb)が酸化アンチモン以外の形態、例えば金属アンチモンとして存在した場合でも、図2の熱力学計算によれば、塩化水素の存在下で加熱することで、塩化水素と反応して三塩化アンチモン(SbCl)を生成する。この三塩化アンチモンは70℃以上で液体となり、その一部が蒸気となって揮発する。さらに、145℃以上では固体や液体として存在することができず、気体となって系から脱離するため、原料に不純物(金属アンチモンの形態)として存在するSbを低減することができる。
【0014】
本開示の一態様として、モリブデン酸アンモニウム又はこれらの水和物からなる原料と、塩化アンモニウムとを混合した後、得られた混合物を70℃以上で加熱すると、塩素、塩化水素又は塩化物と原料に含まれる不純物のSbとが反応し、SbCl(気体)となって脱離させることができる。加熱温度は、好ましくは100℃以上であり、より好ましくは145℃以上である。加熱温度の上限に特に制限はないが、550℃以下であることが好ましい。また、加熱時間は、原料の量や加熱温度との関係もあるが、1時間以上とすることが好ましい。加熱時間の上限は特に制限はないが、エネルギーコスト的に72時間以内、さらに48時間以内であることが好ましい。過剰に加えた塩素、塩化水素又は塩化物は、気体となって離脱させることができる。また、原料であるモリブデン化合物又はその水和物は、加熱によって三酸化モリブデン(固体)となるため、Sb含有量を低減した三酸化モリブデンを同時に製造することができる。
【0015】
(第2の実施形態)
[原料について]
三酸化モリブデン(MoO)、モリブデン酸アンモニウム((NH)Mo24)、又はこれらの水和物からなる原料を用いる。不純物の少ない原料を用いることが好ましく、純度が90重量%以上、99重量%以上、99.9重量%以上の原料を使用することが好ましい。本開示によれば、高純度の原料を用いる場合においても、従来の方法では除去することが困難、あるいは、除去効果の低いSb含有量を大幅に低減することができる。
【0016】
[混合工程]
三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム、又はこれらの水和物からなる原料と、塩化アンモニウム又は塩化アンモニウムを含む水溶液とを混合する。
混合の組み合わせとして、以下の方法を挙げることができる。
1)三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム又はこれらの水和物(いずれも固体)と、塩化アンモニウム(固体)を混合する方法。
2)三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム又はこれらの水和物と、塩化アンモニウムを含む水溶液とを混合する方法。
3)三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム又はこれらの水和物と、アンモニウム水を混合し、その後、塩酸を混合する方法。
4)三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム又はこれらの水和物と、塩酸を混合し、その後、アンモニウム水と混合する方法。
【0017】
[加熱工程]
図3に、三酸化アンチモン(Sb)と塩化アンモニウム(NHCl)の混合物からなる系を大気雰囲気下で0℃から500℃まで加熱した場合の熱力学平衡計算結果を示す。(s)は固相を表し、(g)は気相を表す。計算は熱力学平衡計算ソフトFactSageを用いて行ったものである。原料である三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム、若しくは、その他のモリブデン化合物、又は、これらの水和物に含まれるアンチモン(Sb)は、酸化アンチモンとして存在していると考えられる。図3の熱力学計算によれば、酸化アンチモンを塩化アンモニウムの存在下で加熱すると、アンチモン(Sb)と塩化アンモニウムが反応して、三塩化アンチモン(SbCl)とアンモニア(NH)を生成する。この三塩化アンチモンとアンモニアは共に気体であり、系から脱離するため、原料に不純物として存在するSbを低減することができるものである。
【0018】
図4に、アンチモン(Sb)と塩化アンモニウム(NHCl)の混合物からなる系を大気雰囲気下で0℃から500℃まで加熱した場合の熱力学平衡計算結果を示す。(s)は固相を表し、(g)は気相を表す。計算は熱力学平衡計算ソフトFactsageを用いて行ったものである。原料である三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム、若しくは、その他のモリブデン化合物、又はこれらの水和物に含まれるアンチモン(Sb)が、酸化アンチモン以外の形態、例えば、金属アンチモンとして存在していた場合でも、図4の熱力学計算によれば、塩化アンモニウムの存在下で加熱することで、アンチモン(Sb)と塩化アンモニウムが反応して、三塩化アンモニウム(SbCl)とアンモニア(NH)を生成する。この三塩化アンチモンとアンモニアは共に気体であり、系から離脱するため、原料に不純物として存在するSbを低減することができるものである。
【0019】
本開示の一態様(混合工程の欄の(1)に相当)として、三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム又はこれらの水和物からなる原料と、塩化アンモニウムを混合した後、得られた混合物を180℃以上(好ましくは270℃以上、より好ましくは400℃以上)で加熱する。この混合物を加熱すると、塩化アンモニウムと原料に含まれる不純物のS
bとが反応し、SbCl(気体)となって、脱離させることができる。加熱温度の上限値に特に制限はないが、550℃以下であることが好ましい。また、加熱時間は、原料の量や加熱温度との関係もあるが、1時間以上とすることが好ましい。加熱時間の上限は特に制限はないが、エネルギーコスト的に72時間以内、さらに48時間以内であることが好ましい。過剰に加えた塩化アンモニウムは、気体となって離脱させることができる。また、原料であるモリブデン酸アンモニウム又はその水和物は、加熱によって三酸化モリブデン(固体)となるため、Sb含有量を低減した三酸化モリブデンを同時に製造することができる。
【0020】
本開示の一態様(混合工程の欄の(2)に相当)として、三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム又はこれらの水和物からなる原料と、塩化アンモニウムを含む水溶液とを混合した後、混合物を加熱する。この混合物を加熱すると、水分が蒸発して塩化アンモニウムが析出し、析出した塩化アンモニウムと原料に含まれる不純物のSbが反応し、SbCl(気体)となって、脱離させることができる。このとき、100℃程度の比較的低温で加熱して水分を蒸発させ、塩化アンモニウムとモリブデン化合物を析出させた後、その塩化アンモニウムとモリブデン化合物の混合物を180℃以上(好ましくは270℃以上、より好ましくは400℃以上)で加熱してもよいし、このような段階的な加熱とせずに、最初から180℃以上(好ましくは270℃以上、より好ましくは400℃以上)で加熱してもよい。
【0021】
本開示の一態様(混合工程の欄の(3)に相当)として、三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム又はこれらの水和物からなる原料と、アンモニウム水を混合するこ。このとき、pHや添加したアンモニア水の量によって原料の一部又は全部がアンモニア水に溶けるが、溶け残りがあっても構わない。また、この混合溶液に純水を加えることができる、加える純水の量は特に問わない。次いで、混合溶液に塩酸を混合する。混合する塩酸の量は問わないが、pHが9~6になるまで添加するのが好ましい。このとき、混合物中にはモリブデン化合物又はモリブデン化合物イオン、アンモニウムイオン、塩素イオンが存在する。
【0022】
次に、塩酸を加えた混合物を加熱する。加熱により水分が蒸発して塩化アンモニウムが析出する。析出した塩化アンモニウムは、原料に含まれる不純物のSbと反応し、SbCl(気体)となって、脱離させることができる。このとき、100℃程度の比較的低温で加熱して、水分を蒸発させ、塩化アンモニウムとモリブデン化合物を析出させた後、この塩化アンモニウムとモリブデン化合物の混合物を180℃以上(好ましくは270℃以上、より好ましくは400℃以上)で加熱してもよいし、このような段階的な加熱とせずに、最初から180℃以上(好ましくは270℃以上、より好ましくは400℃以上)で加熱してもよい。
【0023】
本開示の一態様(混合工程の欄の(4)に相当)として、三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム又はこれらの水和物からなる原料と、塩酸を混合することができる。このとき、原料は、塩酸に溶解せずに懸濁する。この懸濁液を55~65℃で加熱すると、混合した塩酸の量によって原料の一部又は全部が溶解する。この混合物の温度を60℃程度に保持しながらアンモニア水を混合すると、モリブデン酸アンモニウムと塩化アンモニウムとが析出する。析出させた後、30分間程度静置し、デカンテーションにより上澄み液と固体(モリブデン酸アンモニウムと塩化アンモニウム)とを分離する。これら一連の工程を繰り返し行ってもよく、再度、析出、分離によって得られた固体と塩酸を混合して加熱した後、アンモニウム水を混合して、モリブデン酸アンモニウムと塩化アンモニウムを析出、分離させてもよい。次に、析出、分離させた固体を180℃以上(好ましくは270℃以上、より好ましくは400℃以上)で加熱する。これにより、原料中に含まれる不純物のSbと塩化アンモニウムとが反応し、気体のSbClとなって、固体から脱離
させることができる。
【0024】
また、本開示の一態様(混合工程の欄の(4)に相当)において、三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム又はこれらの水和物からなる原料と塩酸とを混合した後、加熱をしなくてもよい。添加した塩酸の量によって原料が溶解することがあるが、特に溶解させなくてもよい。次いで、この混合溶液にアンモニア水を添加することにより、原料と塩化アンモニウムを含む水溶液の混合物ができる。次に、この混合物を180℃以上(好ましくは270℃以上、より好ましくは400℃以上)で加熱する。これにより、原料中に含まれる不純物のSbと塩化アンモニウムとが反応し、気体のSbClとなって、固体から脱離させることができる。
【0025】
以上の製造方法により、従来の方法では除去することが困難、あるいは除去効果の低い、Sbを低減した三酸化モリブデンを得ることができる。特にSb含有量を、原料に含まれるSb含有量に対して、重量比で1/3以下に低減することができる。さらには、1/5以下に低減することができ、特には1/10以下に低減することができる。また、Sb含有量を0.2重量ppm以下、さらには0.1重量ppm以下、純度の高い原料を用いた場合あるいは純度の低い原料を用いた場合でも、混合する塩化アンモニウムの量を増やすなどすることで、0.05重量ppm以下、に低減することができる。
【0026】
Sの低減について、本開示の製造方法によれば、Sを低減した三酸化モリブデンを得ることができる。特にS含有量を、原料に含まれるS含有量に対して、重量比で1/2以下に低減することができる。さらには、1/3以下に低減することができ、特には1/10以下に低減することができる。また、S含有量を0.1重量ppm以下、純度の高い原料を用いた場合には0.05重量ppm以下、に低減することができる。
【実施例0027】
以下、実施例及び比較例に基づいて説明する。なお、本実施例はあくまで一例であり、この例によって何ら制限されるものではない。本発明は特許請求の範囲によってのみ制限されるものであり、本発明に含まれる実施例以外の種々の変形を包含するものである。
【0028】
(実施例1)
純度99.9%以上のモリブデン酸アンモニウム四水和物原料(75g)に、アンモニア水(濃度:28重量%)150ml、水250mlを混合した。このとき、モリブデン酸アンモニウム原料はアンモニア水に溶解した。さらに、この溶液に塩酸(濃度:36重量%)100mlを混合した。このとき、pHを6.99とした。このようにして得られた溶液を480℃、8時間、加熱して三酸化モリブデン(固体)を得た。
ICP-MS(誘導結合プラズマ重量分分析法)を用いて分析した結果、原料のモリブデン酸アンモニウム四水和物に含まれるSb含有量は0.6重量ppmであったのに対して、最終的に得られた三酸化モリブデンに含まれるSb含有量は0.1重量ppm未満(検出限界以下)であり、原料に含まれるSb含有量の1/6以下に低減することができた。
【0029】
(実施例2)
純度98%以上の三酸化モリブデン原料(75g)に、アンモニア水(濃度:28重量%)150ml、水250mlを混合した。このとき、三酸化モリブデン原料はアンモニア水に溶解した。さらに、この溶液に塩酸(濃度:36重量%)65mlを混合した。このとき、pHを8.26とした。このようにして得られた溶液を480℃、5時間、加熱して、三酸化モリブデン(固体)を得た。
ICP-MS(誘導結合プラズマ重量分分析法)を用いて分析した結果、原料の三酸化モリブデンに含まれるSb含有量は3.2重量ppmであったのに対して、最終的に得ら
れた三酸化モリブデンに含まれるSb含有量は0.2重量ppmであり、原料に含まれるSb含有量の1/16に低減することができた。
【0030】
(実施例3)
純度98%以上の三酸化モリブデン原料(75g)に、塩酸(濃度:36重量%)363mlを混合した。このとき、三酸化モリブデン原料は塩酸に溶解しない。この懸濁液を60℃、1時間、加熱して三酸化モリブデン原料を溶解した。この溶液の温度を60℃に保持しながらアンモニア水(濃度:28重量%)270mLを混合した。このとき、溶液中でモリブデン酸アンモニウム(固体)、塩化アンモニウム(固体)が得られ、上澄み液のpHは1.00であった。このモリブデン酸アンモニウムを含む懸濁液を30分間静置した後、上澄み液をデカンテーションにより除去した。このモリブデン酸アンモニウム(固体)に対して、塩酸を混合し、60℃で1時間加熱した後、アンモニア水を混合し、静置、デカンテーションによる上澄み液の除去の操作を3回繰り返した。このようにして得られたモリブデン酸アンモニウム(固体)を480℃、6時間、加熱して三酸化モリブデン(固体)を得た。
ICP-MS(誘導結合プラズマ重量分分析法)を用いて分析した結果、原料の三酸化モリブデンに含まれるSb含有量は3.2重量ppmであったのに対して、最終的に得られた三酸化モリブデンに含まれるSb含有量は0.1重量ppm未満(検出限界以下)であり、原料に含まれるSb含有量の1/32以下に低減することができた。
また、GD-MS(グロー放電質量分析法)を用いて分析した結果、最終的に得られた三酸化モリブデンに含まれるSb含有量は0.05重量ppm未満(検出限界以下)、S含有量は0.05重量ppm未満(検出限界以下)であった。原料に含まれるS含有量の1/17以下に低減することができた。
【0031】
(実施例4)
純度98%以上のモリブデン酸アンモニウム四水和物原料(5002g)に、純度99.5%以上の塩化アンモニウム(999g)を混合した。このとき、混合物は粉末状である。この混合物を480℃、6時間、加熱し、灰色の固体を得た。XRD法により分析したところ、図5に示すように、観察されたすべてのピークは、三酸化モリブデンに帰属するものであり、得られた固体物質は三酸化モリブデンであることを確認した。
ICP-MS(誘導結合プラズマ重量分分析法)を用いて分析した結果、原料のモリブデン酸アンモニウム四水和物に含まれるSb含有量は0.5重量ppmであったのに対して、最終的に得られた三酸化モリブデンに含まれるSb含有量は0.1重量ppm未満(検出限界以下)であり、原料に含まれるSb含有量の1/5以下に低減することができた。さらにGD-MS(グロー放電質量分析法)を用いて分析した結果、最終的に得られた三酸化モリブデンに含まれるSb含有量は0.05重量ppm未満(検出限界以下)であった。
また、原料のモリブデン酸アンモニウム四水和物に含まれるS含有量は3.1重量ppmであったのに対して、最終的に得られた三酸化モリブデンに含まれるS含有量は0.96重量ppmであり、原料に含まれるS含有量の約1/3に低減することができた。
【0032】
(比較例1)
純度99.9%以上のモリブデン酸アンモニウム四水和物原料(75g)に、水250mlを混合した。得られた溶液を470℃、8時間、加熱して、三酸化モリブデン(固体)を得た。ICP-MS(誘導結合プラズマ重量分分析法)を用いて分析した結果、原料のモリブデン酸アンモニウム四水和物に含まれるSb含有量は0.6重量ppmであったのに対して、最終的に得られた三酸化モリブデンに含まれるSb含有量は0.6重量ppmと変化がなかった。
【0033】
本発明の実施形態によれば、従来の方法では除去が困難、あるいは除去効果が低いアン
チモン(Sb)の含有量を低減することが可能となり、品質を向上できる可能性がある。品質の向上は、製品の安定供給や、限られた資源である金属原材料のロス削減につながる。このため、本発明の一実施形態は、国連が主導する持続可能な開発目標(SDGs)の目標9「強靭(レジリエント)なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーションの推進を図る」や目標12「持続可能な生産消費形態を確保する」に貢献する可能性がある。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の実施形態に係る製造方法によって得られる三酸化モリブデンは、CVDやALDの前駆体として使用されるリブデンオキシクロライド原料として特に有用である。
図1
図2
図3
図4
図5