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特開2024-10743セレン化水素ガス検知器を用いた排水中の水溶性セレンの分析方法および測定精度判定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024010743
(43)【公開日】2024-01-25
(54)【発明の名称】セレン化水素ガス検知器を用いた排水中の水溶性セレンの分析方法および測定精度判定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 31/00 20060101AFI20240118BHJP
【FI】
G01N31/00 A
G01N31/00 Y
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022112205
(22)【出願日】2022-07-13
(71)【出願人】
【識別番号】000173809
【氏名又は名称】一般財団法人電力中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100087468
【弁理士】
【氏名又は名称】村瀬 一美
(72)【発明者】
【氏名】大山 聖一
【テーマコード(参考)】
2G042
【Fターム(参考)】
2G042BB20
2G042CA02
2G042CB03
2G042DA03
2G042EA05
2G042FA01
2G042FA04
2G042FA05
2G042GA01
(57)【要約】      (修正有)
【課題】セレン化水素ガス検知器を利用する排水中のセレン濃度の分析を排水性状にかかわらず精度を極端に悪化させずに分析可能とする。
【解決手段】排水中のセレンを水素化ホウ素ナトリウムと反応させてセレン化水素ガスを発生させ、セレン化水素ガス検知器に導いて検出された信号値に基づいて、水溶性セレン濃度を定量分析する水溶性セレン分析方法において、校正試料と排水試料の信号値のベースラインが水素化ホウ素ナトリウム添加時に一致しているときには定量可能とし、一致していないときあるいは近接していないときには、測定精度の誤差が生ずると判断する。前処理の過マンガン酸カリウムあるいは塩酸の添加量を調整、あるいはベースラインに影響を及ぼす排水試料の被酸化性物質の主成分の相当量を校正試料に添加することにより、若しくはピーク高を変更することにより、セレン測定濃度の精度が低下するのを防ぐ。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
排水に含まれるセレンを水素化ホウ素ナトリウムと反応させてセレン化水素ガスを発生させ、このセレン化水素ガスをセレン化水素ガス検知器に導いて、セレン化水素ガス検知器により検出された信号値に基づいて、排水に含まれる水溶性セレン濃度を定量分析する水溶性セレン分析方法において、校正試料と排水試料の前記信号値のベースラインが水素化ホウ素ナトリウム添加時に一致しているときには定量可能とし、一致していないときあるいは近接していないときには、測定精度の誤差が生ずると判断することを特徴とする測定精度判定方法。
【請求項2】
排水に含まれるセレンを水素化ホウ素ナトリウムと反応させてセレン化水素ガスを発生させ、このセレン化水素ガスをセレン化水素ガス検知器に導いて、セレン化水素ガス検知器により検出された信号値に基づいて、排水に含まれる水溶性セレン濃度を定量分析する水溶性セレン分析方法において、請求項1記載の測定精度判定方法において測定精度の誤差が生ずると判断されたときには、排水試料の有機物分解が適切に実施される条件を維持しながら、校正試料と排水試料の水素化ホウ素ナトリウム添加時のベースラインのレベルが一致あるいは近接するように、前処理の過マンガン酸カリウムあるいは塩酸の添加量を調整することでベースラインの調整を行うことを特徴とする水溶性セレン分析方法。
【請求項3】
排水に含まれるセレンを水素化ホウ素ナトリウムと反応させてセレン化水素ガスを発生させ、このセレン化水素ガスをセレン化水素ガス検知器に導いて、セレン化水素ガス検知器により検出された信号値に基づいて、排水に含まれる水溶性セレン濃度を定量分析する水溶性セレン分析方法において、請求項1記載の測定精度判定方法において測定精度の誤差が生ずると判断されたときには、ベースラインに影響を及ぼす排水試料の被酸化性物質とその含有量を明らかにし、前記被酸化性物質の主成分の相当量を校正試料に添加して校正試料とサンプルのベースラインのレベルを近づけあるいは一致させることでベースラインの調整を行うことを特徴とする水溶性セレン分析方法。
【請求項4】
排水に含まれるセレンを水素化ホウ素ナトリウムと反応させてセレン化水素ガスを発生させ、このセレン化水素ガスをセレン化水素ガス検知器に導いて、セレン化水素ガス検知器により検出された信号値に基づいて、排水に含まれる水溶性セレン濃度を定量分析する水溶性セレン分析方法において、請求項1記載の測定精度判定方法において校正試料と排水試料の信号値のベースラインが水素化ホウ素ナトリウム添加時に一致あるいは近接しているときには水素化ホウ素ナトリウム添加時のベースラインからのピーク高で評価し、大きく異なるときにはセンサ接続時のベースラインからのピーク高で評価することを特徴とする水溶性セレン分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、排水中の水溶性セレンの定量分析を行う分析方法およびその測定精度判定方法に関する。さらに詳述すると、本発明は、セレン化水素ガス検知器を利用した排水中の水溶性セレンの定量分析を行う分析方法およびその測定精度判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
排水中のセレン含有量については、排水基準によって厳しく規制されており、その排水基準値を遵守するために排水中のセレン濃度の継続的な監視及び管理が必要となる。例えば、電気事業においては、石炭火力発電所の排煙脱硫排水には石炭に含まれる微量のセレンに起因して水溶性セレン(4価セレン:SeO 2-、6価セレン:SeO 2-)が含まれ、その水溶性セレン濃度が使用する炭種等によって変動することから、水溶性セレン濃度を適切に現場で継続的に監視・管理し、水溶性セレン濃度を低減するための適切な対策等を講じる必要があり、セレン濃度を現場で自動監視するプロセスモニターが求められている。
【0003】
そこで、本件出願人は、測定に多大な時間を要する公定法に代わる簡易測定手法として、排水に過マンガン酸カリウム(KMnO)と硫酸とを添加して加熱することにより、排水中の硫黄化合物を酸化分解して安定な硫酸イオンとすると共に、4価セレンを酸化して6価セレンとし、その後塩酸を添加して加熱し6価セレンを4価セレンに還元する還元処理で全セレンを4価セレンに揃え、その後排水に含まれる4価セレンを水素化ホウ素ナトリウムと反応させてセレン化水素ガスを発生させ、このセレン化水素ガスをセレン化水素ガス検知器に導いて、セレン化水素ガス検知器により検出された信号値に基づいて、排水の全セレン濃度を定量分析することを提案している(特許文献1)。
【0004】
また、本件出願人は、分析用試料に対し水素化ホウ素ナトリウムと塩酸又は硫酸とを添加して常温で反応(水素化除去処理)させることにより、分析用試料中の4価セレンをセレン化水素ガスとして分析用試料中から離脱させると共に、セレン化水素ガス検知器の測定妨害要因となる分析用試料中の不安定な硫黄化合物も硫化水素(ガス)として分析用試料中から離脱させ、分析用試料中に6価セレンのみを残してから塩酸還元工程で4価セレンに還元し、再び水素化ホウ素ナトリウムを添加して反応させセレン化水素ガスを発生させ、このセレン化水素ガスをセレン化水素ガス検知器に導いて、セレン化水素ガス検知器により検出された信号値に基づいて、等価6価セレン濃度を求める手法を提案している(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2013-96876号
【特許文献2】特開2019-132702号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
これら発明によれば、水溶性セレンを簡易に定量分析することができるが、排水性状によっては、セレン濃度の測定精度の低下を招く場合があることが明らかとなった。
【0007】
本発明は、セレン化水素ガス検知器を利用して排水中のセレン濃度を測定する際の測定精度を簡易に判定する測定精度判定方法及び測定精度判定結果を利用して測定精度の低下を未然に防いで定量分析し得るセレンの分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる目的を達成するため、請求項1記載の発明にかかる測定精度判定方法は、排水に含まれるセレンを水素化ホウ素ナトリウムと反応させてセレン化水素ガスを発生させ、このセレン化水素ガスをセレン化水素ガス検知器に導いて、セレン化水素ガス検知器により検出された信号値に基づいて、排水に含まれる水溶性セレン濃度を定量分析する水溶性セレン分析方法において、校正試料と排水試料の前記信号値のベースラインが水素化ホウ素ナトリウム添加時に一致しているときには定量可能とし、一致していないときあるいは近接していないときには、測定精度の誤差が生ずると判断するようにしている。
【0009】
また、本発明は、排水に含まれるセレンを水素化ホウ素ナトリウムと反応させてセレン化水素ガスを発生させ、このセレン化水素ガスをセレン化水素ガス検知器に導いて、セレン化水素ガス検知器により検出された信号値に基づいて、排水に含まれる水溶性セレン濃度を定量分析する水溶性セレン分析方法において、請求項1記載の測定精度判定方法において測定精度の誤差が生ずると判断されたときには、排水試料の有機物分解(酸化分解)が適切に実施される条件を維持しながら、校正試料と排水試料の水素化ホウ素ナトリウム添加時のベースラインのレベルが一致あるいは近接するように、前処理の過マンガン酸カリウムあるいは塩酸の添加量を調整することでベースラインの調整を行うようにしている。
【0010】
また、本発明は、排水に含まれるセレンを水素化ホウ素ナトリウムと反応させてセレン化水素ガスを発生させ、このセレン化水素ガスをセレン化水素ガス検知器に導いて、セレン化水素ガス検知器により検出された信号値に基づいて、排水に含まれる水溶性セレン濃度を定量分析する水溶性セレン分析方法において、請求項1記載の測定精度判定方法において測定精度の誤差が生ずると判断されたときには、ベースラインに影響を及ぼす排水試料の被酸化性物質とその含有量を明らかにし、前記被酸化性物質の主成分の相当量を校正試料に添加して校正試料とサンプルのベースラインのレベルを近づけあるいは一致させることでベースラインの調整を行うようにしている。
【0011】
さらに、本発明は、排水に含まれるセレンを水素化ホウ素ナトリウムと反応させてセレン化水素ガスを発生させ、このセレン化水素ガスをセレン化水素ガス検知器に導いて、セレン化水素ガス検知器により検出された信号値に基づいて、排水に含まれる水溶性セレン濃度を定量分析する水溶性セレン分析方法において、請求項1記載の測定精度判定方法において校正試料と排水試料の信号値のベースラインが水素化ホウ素ナトリウム添加時に一致あるいは近接しているときには水素化ホウ素ナトリウム添加時のベースラインからのピーク高で評価し、大きく異なるときにはセンサ接続時のベースラインからのピーク高で評価するようにしている。
【発明の効果】
【0012】
本発明にかかる測定精度判定方法によれば、例えばセレンモニターの運転(測定)前に予め行われる校正試料と分析対象となる実排水とを用いたセンサ校正と予備測定の際等に、排水性状に起因するセレン濃度測定精度を簡易に判定することができるので、セレン濃度の測定精度の低下を招くことがないように対策を採ることで、測定精度の低下を未然に防いで水溶性セレンの定量分析を実施できる。
【0013】
本発明の水溶性セレン分析方法によれば、排水性状に拘わらずセレン濃度の測定精度の顕著な低下を招くことなく、セレン化水素ガス検知器を用いたセレン濃度測定を実施できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明にかかる排水中のセレンの分析方法を実施するセレンモニターの一実施形態を示すブロック図である。
図2】セレン化水素ガス検知器によって検出された定量可能な時の校正試料と分析対象となる実排水とのピークプロファイルの一例を示す図で、全Se測定結果を示す。
図3】セレン化水素ガス検知器によって検出された定量可能な時の校正試料と分析対象となる実排水とのピークプロファイルの一例を示す図で、6価Se測定結果を示す。
図4】セレン化水素ガス検知器によって検出された精度低下を招く時の校正試料と分析対象となる実排水とのピークプロファイルの一例を示す図で、全Se測定結果を示す。
図5】ピークプロファイルの説明図であり、(A)は対称性プロファイル、(B)は非対称性プロファイルの一例、(C)は非対称性プロファイルの他の例を示す。
図6】全セレン濃度測定において、KMnOやHClの添加の影響を実験した結果のピークプロファイルを示す図で、HClの添加量を変えずにKMnOの添加量を3倍にした時の結果を示す。
図7】全セレン濃度測定において、KMnOやHClの添加の影響を実験した結果のピークプロファイルを示す図で、KMnOの添加量を変えずにHClの添加量を2倍にした時の結果を示す。
図8】全セレン濃度測定において、KMnOやHClの添加の影響を実験した結果のピークプロファイルを示す図で、KMnOの添加量を1倍、2倍、3倍にしたときのそれぞれでHClの添加量を1倍、1.4倍、1.8倍にしたときの結果をそれぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の構成を図面に示す実施形態に基づいて詳細に説明する。
【0016】
図1に、本発明にかかるセレン化水素ガス検知器を利用した水溶性セレンの分析システムの一実施形態を示す。本実施形態にかかる水溶性セレンの分析システム(セレンモニター1と呼ぶ)は、脱硫排水等に含まれる全セレン濃度を分析するものであり、大きく分けて排水採取部2と、酸化処理(第1前処理)を実施する酸化処理部3と、還元処理(第2前処理)を実施する還元処理部4と、セレン水素化処理を実施するセレン水素化処理部5と、セレン化水素ガス検知器6を利用して全セレン濃度を求める分析部7とで構成されている。尚、全セレンモニター及び6価セレンモニターの詳細な説明は、特許文献1及び2において行われているので、ここでの説明は簡略なものとする。
【0017】
<排水採取部>
排水採取部2は、例えば石炭火力発電所から排出される脱硫排水等を採取して分析対象試料(分析用試料と呼ぶ)として貯留する2つの採取槽12と、校正試料として利用される第1標準試料(Se標準試料)及び第2標準試料(Se標準試料)とを各々貯留する2つの標準試料貯留槽11とを有し、バルブの開閉によって、分析用試料または標準試料が排水送液装置14を備える排水送液ライン13並びに試料計量計15を経て所定量が第1の処理槽(以下、第1セル16と呼ぶ)に送液されるものとされている。尚、図中の符号8は純水(ブランク試料)を貯留するタンク、9は給水用ポンプ、10は第1~第3セルに純水を供給する給水ライン、50,51,52は廃液ポンプ、53は廃液ラインである。本装置では2種類のSe標準試料を供給できるように設けられている。本装置において、全セレン濃度を分析する場合には、第2標準試料は予備であるが、全セレン濃度測定と6価セレン濃度測定とを例えば逐次実施する場合などのように、異なる濃度のSe標準試料が必要な場合などに活用される。
【0018】
<酸化処理部>
酸化処理部3は、分析用試料(実排水)に対し過マンガン酸カリウム(KMnO)と硫酸(HSO)とを添加して加熱することにより分析用試料に含まれる水溶性セレン(6価セレンと4価セレン)のうちの4価セレンを酸化させて6価セレンにすると共に不安定な硫黄化合物(即ち、水素化ホウ素ナトリウムと反応して硫化水素ガスを生成する硫黄化合物)を分解して硫酸イオンとするものである。つまり、第1セル16内で分析用試料に対し、過マンガン酸カリウム(KMnO)18と硫酸(HSO)20とをタンク17,19から供給して添加して攪拌し、第一送液装置24によって第一送液ライン25を経て還元処理部4へ送る途中の加熱装置56で硫黄化合物が分解される温度まで加熱し、分析用試料に含まれる不安定な硫黄化合物質(ガスセンサの妨害成分となる硫化水素を発生させる前駆物質)を安定な硫酸イオンとする酸化分解(有機物分解)処理を実施する。同時に4価セレンを酸化して6価セレンとし、排水中に存在していた水溶性セレン(4価セレン:SeO 2-、6価セレン:SeO 2-)を全て6価セレンに揃える。尚、過マンガン酸カリウム18と硫酸20との添加量はポンプ21,22により制御される。第1セル16内における分析用試料とマンガン酸カリウム18と硫酸20との攪拌は、本実施形態の場合、エアコンプレッサ54から噴気管23を介して供給されるキャリアガス(空気)によりバブリングで行われるようにしているが、これに特に限られず、攪拌翼などによる機械的攪拌やスターラーでの撹拌でも良い。
【0019】
過マンガン酸カリウムと硫酸の添加量は、分析用試料に含まれる硫黄化合物を安定な硫酸イオンに酸化分解し得る量で、且つ余剰分が還元処理における還元を阻害しない量である。過マンガン酸カリウムの添加量が多すぎると、余剰分が還元処理において還元剤である塩酸と反応し、塩酸の量が消費される結果、6価セレンの4価セレンへの還元反応が阻害することとなる。過マンガン酸カリウムの具体的な添加量については、例えばあくまで一例として挙げると、分析用試料中に含まれると予想される硫黄化合物を酸化処理するのに必要とされる量の5~1000倍量とすることが好適であり、10~50倍量とすることがより好適である。
【0020】
硫酸の添加量は、あくまで一例ではあるが例えば硫酸と過マンガン酸カリウム(水溶液)を添加した後の分析用試料の硫酸濃度が1.3~3mol/Lに調整される量とすることが好適であり、2.3mol/Lに調整される量とすることがより好適である。硫酸濃度が低すぎると、硫酸による過マンガン酸カリウムの酸化力を高める効果が低くなるため、硫黄化合物の分解を十分に行うことができず、分析精度が低下し得る。硫酸濃度を高めすぎると、硫酸の添加量が多くなり過ぎて、分析用試料の総量が増加し、測定時間の増加を招くこととなる。
【0021】
ここで、過マンガン酸カリウムと硫酸の添加は、分析用試料と硫酸を十分に撹拌混合してから過マンガン酸カリウムを添加すること、または分析用試料と過マンガン酸カリウムを十分に撹拌混合してから硫酸を添加することが好ましい。これにより、硫酸の中和反応による分析用試料の沸騰を抑制でき、かつ過マンガン酸カリウムと硫酸とが直接接触して固体生成が生じることによる硫黄化合物の分解能の低下を防ぐことができる。
【0022】
酸化処理における過マンガン酸カリウム及び硫酸の添加済みの分析用試料の加熱温度は、100℃以上とすることが好適である。これよりも低い温度だと、硫黄化合物を分解しきれず、分析精度が低下し得る。反面、加熱温度が高過ぎると、分析用試料が激しく沸騰することから、加熱温度は、100~120℃とすることが好適である。
【0023】
酸化処理における加熱時間は、上記温度で15分以上とすることが好適である。これよりも短いと、硫黄化合物を分解しきれず、分析精度が低下し得る。尚、分解処理時間を長くし過ぎても、特に有利な効果は見られず、むしろ分析時間の長時間化に繋がる。したがって、分解処理時間は、上記温度で概ね15~30分程度とすればよく、15分~20分とすることが好適であり、分解処理の確実性を考慮すると、20分程度とすることがより好適である。
【0024】
<還元処理部>
還元処理部4は、酸化処理済み分析用試料に塩酸を添加して加熱することにより6価セレンを4価セレンに還元するものである。第二の処理槽(以下、第2セル26と呼ぶ)に供給される第1の前処理後の酸化処理済み分析用試料には硫黄化合物が分解処理された安定な硫酸イオンと元々存在する6価セレンと酸化により4価セレンから6価セレンとなったものとを含んでいる。したがって、酸化処理済み分析用試料を還元処理することで、分析用試料に含まれていた全セレン(6価セレンと4価セレン)が全て4価セレンとされる。尚、図中の符号27は塩酸28を貯留するタンク、30は所定量の塩酸28を第2セル26に供給するポンプ、29は第2セル26内の酸化処理済み分析用試料と塩酸28とをバブリングにより攪拌する攪拌手段を構成する噴気管、31及び33は酸化処理済み分析用試料と塩酸28との混合液を第三の処理槽(第3セル34)に向けて送液する第二送液装置及び第二送液ライン、32は第二送液ライン33を通過中の酸化処理済み分析用試料と塩酸28との混合液の6価セレンを4価セレンへの還元反応が進行する温度に加熱する加熱装置である。本実施形態の場合、第2セル26内における酸化処理済み分析用試料と塩酸28との攪拌は、本実施形態の場合、エアコンプレッサ54から噴気管29を介して供給されるキャリアガス(空気)によりバブリングで行われるようにしているが、これに特に限られず、攪拌翼などによる機械的攪拌やスターラーでの撹拌でも良い。
【0025】
還元処理における塩酸の添加量は、あくまで一例ではあるが例えば酸化処理済み分析用試料Bの塩酸濃度が4mol/L~6.7mol/Lとなる量とすることが好適であり、6.7mol/Lとなる量とすることがより好適である。塩酸濃度が低すぎると、6価セレンの全量を4価セレンに還元できないことがある。塩酸濃度が高過ぎると、塩酸の添加量が多くなりすぎて、酸化処理済み分析用試料の総量が増加し、分析時間の長時間化を招くこととなる
【0026】
また、塩酸添加後の分析用試料の加熱温度は、100℃以上とすることが好適である。これよりも低い温度の場合には、4価セレンに還元されない6価セレンが残り、分析精度が低下し得る。尚、加熱温度を高め過ぎると、分析用試料が激しく沸騰することから、加熱温度は、100~120℃とすることが好適である。さらに、加熱時間は、上記温度で10分以上とすることが好適である。これよりも短いと、4価セレンに還元されない6価セレンが残り、分析精度が低下することがある。尚、6価セレンを4価セレンに還元する時間を長くし過ぎても、特に有利な効果は見られず、むしろ分析時間の長時間化につながる。したがって、6価セレンを4価セレンに還元する時間は、上記温度で概ね10分~15分程度とすればよい。
【0027】
<セレン水素化処理部>
セレン水素化処理部5は、還元処理済み分析用試料に水素化ホウ素ナトリウム(NaBH)を添加して反応させることにより、還元処理済み分析用試料に含まれる4価セレンを水素化して4価セレンをセレン化水素ガスに変換するものである。還元処理済み分析用試料と水素化ホウ素ナトリウム(NaBH)は密閉構造の第3セル34に収容され、第3セル34内のヘッドスペース41に溜まるセレン化水素ガスをガス導入管42でセレン化水素ガス検知器6に送り込むようにされている。尚、図中の符号44はキャリアガス供給手段、35は撹拌翼、36は水素化ホウ素ナトリウムを含む溶液(以下、水素化ホウ素ナトリウム38と呼ぶ)を貯蔵するタンク、37は水素化ホウ素ナトリウム38を冷蔵する冷蔵庫、39は水素化ホウ素ナトリウム38をセレン化水素ガス検知器6にて検出される信号値のピークが分裂する速度未満で供給するポンプである。また、キャリアガスを供給する手段44は、キャリアガスの加湿のための2つの水タンク46と、加湿済みキャリアガスをガス導入管42に供給する配管47と、エアコンプレッサ54から供給されるキャリアガスの流量を調整するマスコントローラ49及び配管48とで構成されている。さらに、配管47及びガス導入管42はヒータ内蔵の断熱材で覆われて、ガス導入管42の内壁に結露が生じない温度に加熱すると共に、セレン化水素ガス検知器6のセンサ部の電解液が蒸発乾固しない温度に加熱する図示しない加熱装置を備えられている。尚、セレンでも硫黄化合物でもNaBHで水素化するには、酸性条件(酸性溶液)下でNaBHを添加する必要があるが、第2の前処理の還元工程で過剰に塩酸を添加している場合には、既に酸性溶液になっているため、塩酸を追加添加する必要はない。また、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH)を含む溶液38は、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH)のみを含むアルカリ性の溶液としてもよいが、例えば、エチレンジアミン四酢酸、水酸化ナトリウムを含むものとしてもよい。
【0028】
キャリアガスで置換することにより、セレン化水素ガス検知器6の信号のベースラインを安定させて、安定した信号値に基づいて精度良く分析を行うようにしている。また、ヒータ内蔵の断熱材で覆われた配管47によって、ガス導入管42の内壁に結露が生じない温度(70~80℃)に加熱すると共に、セレン化水素ガス検知器6のセンサ部の電解液が蒸発乾固しない温度(50℃)に加熱する図示しない加熱装置を備えることが好ましい。尚、図示していないが、必要に応じて還元処理済み分析用試料からの塩化水素ガスの発生を抑制し得る量の水を予め第3セル34に供給することにより塩化水素ガスの発生を抑えて、セレン化水素ガス検知器において異常ピークが生じることによる分析の妨害を排除することが好ましい。
【0029】
セレン水素化処理部5における水素化ホウ素ナトリウムの添加量については、分析用試料に存在していると考えられる4価セレンの全量をセレン化水素に還元しうる量以上の量が適宜選択される。例えば1molのHSeO(SeO 2-)を還元させてセレン化水素を発生させるためには、3/4molのNaBH(BH )が必要である。したがって、4価セレン1mgに対して最低でも0.36mgのNaBHが必要である。ここで、セレン水素化処理部5における水素化ホウ素ナトリウムの添加量については、分析用試料に存在している4価セレンの全量を確実にセレン化水素に還元するためには、前処理済み分析用試料に含まれていると考えられる4価セレンの全量に対して過剰量の水素化ホウ素ナトリウムの量を添加することが好ましい。ただし、あまり過剰な量の水素化ホウ素ナトリウムの添加は、セレン化水素の測定に影響を及ぼすことは無いが、セレン化水素発生反応には関与しないので、無駄である。
【0030】
また、分析用試料への水素化ホウ素ナトリウムの添加開始時からセレン化水素ガス検知器による測定が終了するまでの間は、分析用試料を撹拌し続けることが好ましい。撹拌を十分に行わないと、分析用試料に添加した水素化ホウ素ナトリウムが十分に拡散することができずに、分析用試料中の4価セレンをセレン化水素ガスに水素化することが不完全となったり、還元処理済み分析用試料との間の反応が不均一となってセレン化水素ガス検知器によるセレン化水素の信号強度が低下する虞がある。そこで、第3セル34には、反応槽34内の還元処理済み分析用試料と水素化ホウ素ナトリウム38とを撹拌する撹拌装置(攪拌翼などによる機械的攪拌やスターラー)35が備えられている。本実施形態の場合、第3セル34の内部の試料等の攪拌は、撹拌装置35によって行われているが、これに特に限られず、場合によってはエアコンプレッサ54から噴気管40を介して供給されるキャリアガス(空気)によりバブリングで行われるようにしても良い。
【0031】
<分析部>
分析部7は、第3セル34のヘッドスペース41のセレン化水素ガスをガス導入管42を介してセレン化水素ガス検知器(例えばバイオニクス機器製のT-3260H等のいわゆるガスセンサ)6に送り込み、セレン化水素ガス検知器6により測定された測定値(信号値)に基づいて、分析用試料の水溶性セレン濃度を検量線法により分析するものである。
【0032】
セレン化水素ガスは、セレン化水素ガス検知器6により随時測定され、測定値が出力される。ここで、発生したセレン化水素ガスには、キャリアガスを供給し、キャリアガスに同伴させてセレン化水素ガスをセレン化水素ガス検知器に導くのが好適である。さらには、セレン化水素ガス検知器のガス吸引機能を利用してセレン化水素ガスを単独であるいはキャリアガスと共に吸引することが好適である。キャリアガスとしては、窒素やアルゴンなどの不活性ガスだけでなく、空気を利用することもできる。また、センサ感度の低下抑制策としてキャリアガスは加湿しておくことが好ましい。
【0033】
検量線法に用いる検量線は、水溶性セレン濃度が既知の複数の標準試料(例えば、セレン標準試料とブランク試料)を校正試料として予め求めた水溶性セレン濃度とセレン化水素ガス検知器により検出された信号値との相関に基づいて作成されたものである。さらに具体的に説明すると、水溶性セレン濃度が既知の複数の標準試料(例えば、セレン標準試料とブランク試料)それぞれに対し、実際に分析用試料を分析する際と同じ条件で分析を行い、水溶性セレン濃度とセレン化水素ガス検知器により検出された信号値との相関を例えば最小二乗法などの公知の手法によりフィッティングして検量線を得ることで、分析用試料を分析した際の信号値から、この検量線を利用して、分析用試料の水溶性セレン濃度を求めることができる。
【0034】
以上のように構成された本実施形態にかかる全セレンモニターによれば、酸化処理部3での酸化処理(第1前処理)において脱硫排水から採取された分析用試料(実排水)に含まれる水溶性セレン(6価セレンと4価セレン)のうちの4価セレンを6価セレンに酸化させることによって全セレンを6価セレンに揃えると共に不安定な硫黄化合物を分解して安定な硫酸イオンとし、さらに還元処理部4での還元処理(第2前処理)において前段の第1前処理で6価セレンに揃えられた分析用試料中の全セレンを再び4価セレンに還元し、第3セル34内で水素化ホウ素ナトリウムと反応させてセレン化水素ガスを発生させ、セレン化水素ガスをセレン化水素ガス検知器6に導いて予め求められている検量線を利用して全セレン濃度を求めることができる。
【0035】
ここで、セレン化水素ガス検知器6には、校正試料あるいは排水試料に対しての第1及び第2の前処理が行われている間(つまり、校正試料あるいは排水試料が第1セル16から第2セル26を経て第3セル34に移送される間)、水タンク46を通過したキャリアガス(加湿空気)が流されている。そして、校正試料あるいは排水試料の第3セル34への移送が完了した後、一定時間、第3セル34のヘッドスペース41内をキャリアガス(加湿しない空気)で置換する。その後、ガス流路を切り替えて第3セル34を通過したキャリアガスをセレン化水素ガス検知器6に流すことによりセレン検出を開始する。尚、セレン化水素ガス検知器6へ導入されるガスを加湿空気から第3セル34を通過したキャリアガスに切り替えたタイミングが図2における「測定ガスIN」、第3セル34にNaBHを添加したタイミングが「NaBH添加」、第3セル34からのガスを遮断した時が「測定ガスOFF」である。
【0036】
セレン濃度の検出は、予め求められている検量線を利用して、セレン濃度の発生したセレン化水素ガスをセレン化水素ガス検知器6に導いて得られた検出信号値に基づいて求められる。検量線は、水溶性セレン濃度が既知の複数の標準試料(例えば、セレン標準試料とブランク試料)を校正試料として予め求めた水溶性セレン濃度とセレン化水素ガス検知器により検出された信号値との相関に基づいて作成されたものである。したがって、校正試料と同じ手順でセレン濃度の検出を実施すれば、検量線から分析用試料(実排水)に含まれるセレン濃度が推定できる。
【0037】
ところが、本発明者等が様々な排煙脱硫排水に対して実証実験を行った結果、排水の性状によっては、セレン濃度の測定精度の低下を招く場合があることが明らかになった。
【0038】
例えば、Se標準試料0.2mg/L、ブランク試料(純水)、実排水(全Se0.100ppm,6価Se0.098ppm)0.1mg/Lを用いて全Se測定を実施した場合、図2に示すように、センサ接続時(「測定ガスIN」)にベースラインがそれぞれ低下したが、NaBH添加時のベースラインは、ブランク試料、Se標準試料、及び実排水で一致した。
【0039】
また、Se標準試料0.2mg/L、ブランク試料(純水)、実排水C(全Se0.100ppm,6価Se0.098ppm)0.098mg/Lを用いて6価Se測定を実施した場合、図3に示すように、センサ接続時(「測定ガスIN」)にベースラインが僅かに上昇したがセンサ接続時のベースラインとほぼ一致するような変化を示した。即ち、概ねセンサ接続時からNaBH添加時のベースラインはセンサ接続前のベースラインとほぼ一致すると共に、NaBH添加時ベースラインはBlank、Se標準試料、及び実排水で一致した。
【0040】
これら全Seと6価Seとの測定結果は、Se標準試料、ブランク試料、実排水のそれぞれに含まれる全Se量と6価Se量とがほぼ正確に反映されたピーク高を示しているピーク形状が取得されることから、測定精度は良いと判断できる。つまり、ブランク、Se標準試料、排水のベースイランがNaBH添加時に一致すれば、排水試料のNaBH添加時のベースラインからのピーク高(ピーク高A)を校正試料のNaBH添加時のベースラインからのピーク高(ピーク高A)と対応させて評価できるので、定量可能であることを示唆している。
【0041】
他方、Se標準試料0.2mg/L、ブランク試料(純水)、実排水(全Se0.199ppm,6価Se0.193ppm)0.199mg/Lを用いて全Se測定を実施した場合、図4に示すように、センサ接続時(「測定ガスIN」)に実排水のベースラインの低下が僅かであったのに対し、Se標準試料とブランク試料のベースラインの低下が急激でかつ大きく、その後もセンサ接続前のベースラインには戻らなかった。そして、NaBH添加前のベースラインは、実排水と標準試料(Se標準試料及びブランク試料)とで一致しなかった。
【0042】
この場合、Se標準試料と実排水のピーク形状がほぼ重なるような信号強度は得られたが、実排水と標準試料とのNaBH添加時のベースイランが一致していないことから、実排水とSe標準試料とのNaBH添加時の各々のベースラインからのピーク高(即ちピーク高A)は大きく異なることとなることから、測定精度が良いとは判断できない。つまり、NaBH添加前のベースイランがブランク、Se標準試料及び実排水との間で一致しない場合には、濃度の過小評価と測定のばらつき即ち測定精度の低下を招くことが明らかとなった。
【0043】
かかる試験結果から、校正試料と排水試料のセレン化水素ガス検知器6の信号値のベースラインが水素化ホウ素ナトリウム添加時に一致しているときには定量可能と判断し、一致あるいは近接していないときには、測定精度の誤差が生ずると判断することができることを見出した(つまり、水素化ホウ素ナトリウム添加時の校正試料と排水試料とのベースラインが乖離している程に測定精度の誤差が大きくなると判断される)。ここで、校正試料と排水試料との信号値のベースラインが一致あるいは近接するとは、完全一致に限られないという意味であり、例えばあくまで一例として挙げると、定量的表現によれば排水試料のベースライン信号値が校正試料のベースライン信号値の例えば±2%以内であることをいう。例えば、ピークの出力信号(ベースラインとピークトップ)が200mV~1000mVの間に収まるように出力調整(信号を電気的に増幅)される場合、校正試料(ブランク、セレン標準試料)のベースラインは300mV付近、ブランク試料とセレン標準試料のピーク高の差が100mV以上になるようにそれぞれ出力調整されるとすれば、排水試料のベースライン信号値は294-306mVの範囲内となる。
【0044】
また、排水性状によっては、前処理における酸化剤つまり過マンガン酸カリウム(KMnO)あるいは還元剤つまり塩酸(HCl)の過剰添加がセレンモニターの校正試料と分析対象となる実排水試料の信号強度のベースラインを異ならせ、測定精度を低下させる要因となっていることを見出した。かかる知見から、前処理における酸化剤あるいは還元剤の添加量を適宜制御する必要性を見出した。つまり、校正試料と排水試料のベースラインが「NaBH添加」時に一致していないときには、ベースラインの調整、即ち校正試料と排水試料のベースラインを「NaBH添加」時に一致させるように操作を行うこと、あるいはピーク高の評価基準を変更することによって測定精度の低下を防ぐことができることを見出した。
【0045】
例えば、校正試料(ブランク、Se標準試料)のベースラインと分析対象となる実排水試料のベースラインとの間に顕著な乖離が発生した場合には、測定精度の誤差が大きくなると判断されるため、以下に例示する例えば3つの解決策のいずれかを実施することが好ましい。
【0046】
(1)前処理時の試薬添加量を調整することにより、校正試料と排水試料のベースラインを一致させる、あるいはできるだけ近づけさせる。
ベースラインの変動(低下もしくは上昇)は前処理時の試薬即ちHClやKMnOの濃度の影響を受けるので、これらが原因となる場合も考えられる。
例えば、全セレン濃度測定において、KMnOやHClを増量もしくは減量した場合にベースラインがどのように変動するかを実験した結果、図6図8に示す結果が得られた。この結果からは、図6図8に示すように、得られた測定プロファイルのセンサ接続時の信号落ち込みやベースラインのレベル低下が過剰な場合は、KMnOの添加量が過剰であることを示唆される。他方、図7図8に示すように、HClの添加量を増減することで、センサ接続時の信号落ち込みやその後のベースラインのレベル低下を相殺することが判明した。つまり、KMnOやHClの添加量を増減することで測定プロファイル(ピーク形状)に及ぼす影響に関する情報は、測定プロファイルの適正化(修正)に活用できることが判明した。これによって、KMnOやHClの添加量を適宜調整することで測定プロファイルを適正な形状に近づけることができることを知見するに至った。尚、各図中の符号等は試験条件を示すものであり、例えば図6を例に挙げて説明すると、「220224 #473」は「2022/02/24実施の測定No.473」、「SeT」は「全セレン濃度の測定」、「試料1 0.2Se(6) 1/13調製」は「測定試料は2022/1/13に調製した0.2 mg/L 6価セレン標準試料」、「KMn 0.8s; H2SO4 8s; HCl 45s; NaBH4 30s」は「試薬添加時間 KMnO添加0.8秒、HSO添加8秒、HCl添加45秒、NaBH添加30秒(試薬添加量は添加時間で調節)」を意味するものである。
【0047】
以上のとおり、KMnO添加の増量は、基本的にはセンサ接続時の信号落ち込みとその後のNaBH添加時のベースライン低下を拡大する。また、HCl添加の増量は、基本的にはセンサ接続時の信号落ち込みとその後のNaBH添加時のベースライン低下を相殺(解消)する。
即ち、
a)第1の前処理時のKMnO添加量の増大はベースラインの低下に繋がる。
b)第2の前処理時のHCl添加量の増大はベースラインの低下の解消に繋がる。
という傾向があることが判明した。
一方、 NaBH添加時の排水試料と校正試料(ブランク試料とセレン標準試料)のベースラインが一致していれば定量可能である(図2図3参照)。
そこで、排水試料と校正試料との間でベースラインが異なる場合には、排水試料の有機物分解が適切に実施される条件(分解後試料にMn2+が存在すること、即ち淡桃色に呈色すること)を維持しながら、校正試料と実排水のベースラインのレベルが同じになるように、第1の前処理(酸化処理)時のKMnOや第2の前処理(還元処理)時のHClの添加量を調整する。尚、ベースラインを合わせるように微調整するときには、第1の前処理時の硫酸(HSO)は過マンガン酸カリウム(KMnO)溶液を酸性にするための補助的役割を果たすものであることから、その添加量はあまり重要ではない。
【0048】
ここで、セレンモニターにおけるKMnOやHClの添加量の調整は、例えば一定流量のポンプによる自動添加なのでポンプの動作時間(つまり、添加量)の設定値を調整する。そして、一旦適切な添加量が設定されれば、あとは自動測定でピークの検出、濃度計算される。
【0049】
(2)校正試料と排水試料の性状が近似するように、予め校正試料に実排水成分(あるいはその一部即ち主成分)を添加する。
本発明者等は、実験の結果、校正試料と排水試料とでベースラインが異なる(一致しない)原因の一つとして、脱硫排水の測定を対象とした場合、酸化処理(第1の前処理)において除去しきれない被酸化性物質(例えば、硫酸やペルオキソニ硫酸以外の硫黄化合物)の存在であることを見出した。
また、校正試料と排水試料のベースラインに大きな乖離が発生する場合には、図4に示すように、校正試料のベースラインの低下が大きく、実排水試料のベースラインの低下はそれほどでもない(もしくは低下しない)という状況が多いこと(勿論、図2に示すように、実排水試料のベースラインの低下が起こる場合もある。)、即ちベースラインの低下は校正試料で多く発生することを知見するに至った(換言すれば、校正試料にベースラインを上げる処理を施すことが効果的であることを意味する)。
そこで、ベースラインに影響を及ぼす排水試料(実排水試料)の被酸化性物質を明らかにし、被酸化性物質の主成分の相当量を校正試料に添加することが校正試料と排水試料のベースラインのレベルを近づける上で効果的であることを見出した。例えば、校正試料たるブランクとSe標準試料の貯槽タンクに相当量の被酸化性物質をそれぞれ添加し、被酸化成分が添加された校正試料による校正を実施すれば、校正試料と排水試料のベースラインが近づくようになる。
【0050】
ここで、被酸化性物質の量は、例えば試料の酸化還元電位や簡易なCOD分析キットのCOD値から推定できる。また、被酸化性物質の特定は、簡易な水質分析キットで当たりが付けられる。被酸化性物質を明らかにする実施のタイミングは校正試料と実排水試料のプロファイル(ベースライン)が明らかに異なることを確認できたときでも良いし、セレンモニターの運転(測定)開始の都度直前に予め行われる校正試料とサンプル(分析対象となる実排水)とを用いたセンサ校正の際に実施するようにしても良い。
【0051】
(3)ピーク高の評価方法を変更する。
センサ接続前のベースラインとセンサ接続中のピーク形状前のベースラインとが一致せず、ピーク形状前のベースラインが低下(図2図5(B)参照)または場合によっては上昇する(図3図5(C)参照)ことがある。この場合においても、校正試料(ブランク、Se標準試料)と排水試料とのベースラインが「NaBH添加」時に一致しておれば、NaBH添加時のベースラインからのピーク高(ピーク高A)を評価することでも、排水試料のセレン濃度は定量可能である。しかしながら、校正試料と排水試料とのベースラインが「NaBH添加」時に著しく乖離して不一致となる場合には(図4参照)、NaBH添加時のベースラインからのピーク高(ピーク高A)を評価することでは、基準が不揃いなので排水試料のセレン濃度を定量することはできない。校正試料とサンプルでNaBH添加時のベースラインが大きく異なる場合には、センサ接続時のベースライン(点線)からのピーク高(ピーク高B)から評価することが好ましい。ここで、センサ接続前とは、「測定ガスIN」よりも前を意味し、センサ接続中とは「測定ガスIN」から「測定ガスOFF」までの間を意味し、ピーク形状前のベースラインとは「測定ガスIN」から「NaBH添加」までの間を意味するものとする。
【0052】
そこで、
a)通常はNaBH添加時のベースラインからのピーク高(ピーク高A)を評価し、
b)校正試料と排水試料とでNaBH添加時のベースラインが大きく異なる場合には
、センサ接続時のベースライン(点線)からのピーク高(ピーク高B)から評価
する。
実務的には、排水試料の測定と校正試料の測定において、ピーク高Aで評価する方法とピーク高Bで評価する方法の両方で自動計算し、そのときの測定状況に応じて(つまり、校正試料と排水試料のベースラインを比較して)ピーク高Aかピーク高Bのいずれかを選択するように実施することが好ましい。この判断は、閾値判断あるいはAI(人工知能)判断技術を用いて装置が自動的に行っても良いが、測定者自身が行っても良い。
【0053】
ピーク高Aおよびピーク高Bのいずれのピーク高の評価を採用するかは事前に決定しても良いが、長期の運転中に排水性状が変動する場合がよくあるので、両方で常に測定し、両方による濃度を計算する方が実際的である。その上で、問題がない場合(即ち校正試料と実排水試料とでベースラインが一致あるいは近接している場合)には、ピーク高Aの方法による濃度を採用する。校正試料と排水試料とでベースラインの大きく異なる差が発生する場合は、状況に応じて(結果を見て)、ピーク高Bの方法による濃度を採用するという対応が好ましい。どちらを採用するかの判断はAI(人工知能)あるいは測定者に委ねられる。(図5(A),(B),(C))
【0054】
上述の解決策1~3はいずれも測定操作全体に係わるものなので、プロファイル毎に実行するのではなく、一度実行すれば自動的に排水試料と校正試料の両方の測定に影響する。尚、セレンモニターの運転(測定)前には予め校正試料と分析対象となる実排水の分析試料とを用いたセンサ校正が行なわれる。通常、センサ校正は毎日行われる。そこで、校正試料と分析試料とのピーク形状前のベースラインに顕著な乖離が発生しているか否かの判定、換言すれば測定精度の誤差が生ずるか否かの判断は、セレンモニターによる毎日の校正結果、即ち校正試料と分析試料との測定結果を比較して行う。勿論、校正時の校正試料のピークプロファイルを保持しておき、定期的にあるいは随時分析試料のピークプロファイルと比較することにより、測定精度の誤差が生じているか否かの判断を必要に応じて実行するようにしても良い。
【0055】
上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、上述の実施形態では、全Se濃度測定を実施するセレンモニター(換言すれば全セレン分析方法)について適用した例を挙げて主に説明したが、これに特に限られず、6価セレンモニター(換言すれば6価セレン分析方法(特開2019-132702号参照)を実施する装置))に適用することも可能である。例えば、図1に示すセレンモニターの還元処理部4の塩酸(HCl)28とセレン水素化処理部5の水素化ホウ素ナトリウム(NaBH)とを破線で示す分岐管によって第1セル16に供給可能とすることにより、6価セレンモニターとして運用することができる。このとき、「NaBH添加」時の校正試料(ブランク、Se標準試料)と排水試料とでベースラインが一致しない状況が発生したときには、上述の1)から3)の解決策のいずれかを実施することで、測定精度の低下を防ぐことができる。例えば、校正試料あるいは排水試料のベースラインは、HClやKMnOの濃度の影響を受けることから、タンク17からKMnOを第1セル16に供給しあるいはタンク27からHClを第1セル16に供給することでベースラインを一致あるいは接近させるように調整することができる。
【符号の説明】
【0056】
1 全セレンモニター(全セレン定量分析ライン)
2 排水採取部
3 酸化処理部
4 還元処理部
5 セレン水素化処理部
6 セレン化水素ガス検知器
7 分析部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8