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特開2024-108180溶媒抽出方法および塩化コバルト水溶液の製造方法
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  • 特開-溶媒抽出方法および塩化コバルト水溶液の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024108180
(43)【公開日】2024-08-13
(54)【発明の名称】溶媒抽出方法および塩化コバルト水溶液の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 3/26 20060101AFI20240805BHJP
   C22B 23/00 20060101ALI20240805BHJP
【FI】
C22B3/26
C22B23/00 102
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023012392
(22)【出願日】2023-01-31
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001704
【氏名又は名称】弁理士法人山内特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】篠崎 智博
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 菜央
(72)【発明者】
【氏名】杉之原 真
(72)【発明者】
【氏名】天野 道
【テーマコード(参考)】
4K001
【Fターム(参考)】
4K001AA07
4K001AA19
4K001BA19
4K001DB26
4K001DB31
4K001DB34
(57)【要約】
【課題】油水分離性を簡単かつ迅速に評価できる溶媒抽出方法、および塩化コバルト水溶液の製造方法を提供する。
【解決手段】溶媒抽出方法は、第1金属および第2金属を担持した有機溶媒に第1アニオンを有する第1無機酸を添加して第1金属を選択的に逆抽出し、第1金属回収後有機と第1金属水溶液とを得る第1金属回収段と、第1金属回収後有機に第2無機酸を添加して第2金属を選択的に逆抽出し、第2金属回収後有機と第2金属水溶液とを得る第2金属回収段と、第2金属水溶液の第1アニオンの濃度を測定する測定工程と、第2金属水溶液の第1アニオンの濃度に基づき、第1金属回収後有機のエントレインメント濃度を推定する評価工程とを有する。第1金属回収後有機のエントレインメント濃度を指標として第1金属回収段における油水分離性を評価できる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1金属および前記第1金属とは異なる種類の第2金属を担持した有機溶媒に第1アニオンを有する第1無機酸を添加して前記第1金属を選択的に逆抽出し、第1金属回収後有機と第1金属水溶液とを得る第1金属回収段と、
前記第1金属回収後有機に前記第1アニオンとは異なる種類の第2アニオンを有する第2無機酸を添加して前記第2金属を選択的に逆抽出し、第2金属回収後有機と第2金属水溶液とを得る第2金属回収段と、
前記第2金属水溶液の前記第1アニオンの濃度を測定する測定工程と、
前記第2金属水溶液の前記第1アニオンの濃度に基づき、前記第1金属回収後有機のエントレインメント濃度を推定する評価工程と、を備える
ことを特徴とする溶媒抽出方法。
【請求項2】
前記測定工程において、前記第2金属水溶液の前記第1金属の濃度を測定し、
前記評価工程において、少なくとも前記第2金属水溶液の前記第1アニオンの濃度および前記第1金属の濃度から、前記第2金属水溶液の前記第2アニオンに対応する前記第1金属の濃度を求める
ことを特徴とする請求項1記載の溶媒抽出方法。
【請求項3】
前記測定工程において、前記第1金属水溶液の全金属に対する前記第1金属の濃度比を測定し、
前記評価工程において、前記濃度比を用いて前記第2金属水溶液の前記第1アニオンの濃度から前記第1アニオンに対応する前記第1金属の濃度を求め、前記第2金属水溶液の前記第1金属の濃度から前記第1アニオンに対応する前記第1金属の濃度を減じて前記第2アニオンに対応する前記第1金属の濃度を求める
ことを特徴とする請求項2記載の溶媒抽出方法。
【請求項4】
ニッケルおよびコバルトを担持した有機溶媒に硫酸を添加してニッケルを逆抽出し、ニッケル回収後有機とニッケル回収液とを得るニッケル回収段と、
前記ニッケル回収後有機に塩酸を添加してコバルトを逆抽出し、コバルト回収後有機と塩化コバルト水溶液とを得るコバルト回収段と、
前記塩化コバルト水溶液のSO濃度を測定する測定工程と、
前記塩化コバルト水溶液のSO濃度に基づき、前記ニッケル回収後有機のエントレインメント濃度を推定する評価工程と、を備える
ことを特徴とする塩化コバルト水溶液の製造方法。
【請求項5】
前記測定工程において、前記塩化コバルト水溶液のニッケル濃度を測定し、
前記評価工程において、少なくとも前記塩化コバルト水溶液のSO濃度およびニッケル濃度から、前記塩化コバルト水溶液の塩化ニッケル相当ニッケル濃度を求める
ことを特徴とする請求項4記載の塩化コバルト水溶液の製造方法。
【請求項6】
前記測定工程において、前記ニッケル回収液の全金属に対するニッケルの濃度比を測定し、
前記評価工程において、前記濃度比を用いて前記塩化コバルト水溶液のSO濃度から硫酸ニッケル相当ニッケル濃度を求め、前記塩化コバルト水溶液のニッケル濃度から前記硫酸ニッケル相当ニッケル濃度を減じて前記塩化ニッケル相当ニッケル濃度を求める
ことを特徴とする請求項5記載の溶媒抽出方法。
【請求項7】
前記評価工程において前記エントレインメント濃度が高くなったと判断した場合に、前記ニッケル回収段における水相に対する有機相の流量比率(O/A)を調整するO/A調整工程を備える
ことを特徴とする請求項4記載の塩化コバルト水溶液の製造方法。
【請求項8】
前記評価工程において前記塩化ニッケル相当ニッケル濃度が高くなったと判断した場合に、前記ニッケル回収段における水相のpHを下げるpH調整工程を備える
ことを特徴とする請求項5または6記載の塩化コバルト水溶液の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油水分離性を評価できる溶媒抽出方法、および溶媒抽出により塩化コバルト水溶液を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
硫酸ニッケル水溶液に含まれるコバルトを分離する方法として溶媒抽出法が知られている(例えば、特許文献1、2)。具体的には、ニッケルを担持した酸性抽出剤とコバルトを含む粗硫酸ニッケル水溶液とを接触させることにより、酸性抽出剤中のニッケルと粗硫酸ニッケル水溶液中のコバルトとを置換して、粗硫酸ニッケル水溶液からコバルトを分離する。
【0003】
置換後の酸性抽出剤にはニッケルおよびコバルトが担持されている。この酸性抽出剤に硫酸を添加してニッケルを逆抽出すれば、ニッケル回収液を得ることができる(ニッケル回収段)。ニッケル回収段での処理の後、酸性抽出剤に塩酸を添加してコバルトを逆抽出すれば、塩化コバルト水溶液を得ることができる(コバルト回収段)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2021-105206号公報
【特許文献2】特開2021-031730号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
塩化コバルト水溶液は電気コバルトなどの製品の製造に用いられる。塩化コバルト水溶液に不純物として含まれるニッケルの濃度が高くなると、製品のニッケル品位が高くなり、製品品質が悪化する。そのため、塩化コバルト水溶液はニッケル濃度が低いことが求められる。
【0006】
塩化コバルト水溶液のニッケル濃度が高くなる原因の一つとして、ニッケル回収段における油水分離性の低下が挙げられる。ニッケル回収段における油水分離性が低下すると、ニッケル回収段から排出される有機溶媒に随伴する微細な水滴(エントレインメント)が多くなる。エントレインメントには逆抽出されたニッケルが含まれるため、油水分離性の低下は塩化コバルト水溶液のニッケル濃度が高くなる原因となる。
【0007】
ニッケル回収段における油水分離性が低下した場合に、それを改善する操作を行えば、塩化コバルト水溶液のニッケル濃度を低く維持することができる。しかし、油水分離性を簡単かつ迅速に評価できる方法は知られておらず、このような操作を行うことは困難であった。
【0008】
本発明は上記事情に鑑み、油水分離性を簡単かつ迅速に評価できる溶媒抽出方法、および塩化コバルト水溶液の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
第1態様の溶媒抽出方法は、第1金属および前記第1金属とは異なる種類の第2金属を担持した有機溶媒に第1アニオンを有する第1無機酸を添加して前記第1金属を選択的に逆抽出し、第1金属回収後有機と第1金属水溶液とを得る第1金属回収段と、前記第1金属回収後有機に前記第1アニオンとは異なる種類の第2アニオンを有する第2無機酸を添加して前記第2金属を選択的に逆抽出し、第2金属回収後有機と第2金属水溶液とを得る第2金属回収段と、前記第2金属水溶液の前記第1アニオンの濃度を測定する測定工程と、前記第2金属水溶液の前記第1アニオンの濃度に基づき、前記第1金属回収後有機のエントレインメント濃度を推定する評価工程と、を備えることを特徴とする。
第2態様の溶媒抽出方法は、第1態様において、前記測定工程において、前記第2金属水溶液の前記第1金属の濃度を測定し、前記評価工程において、少なくとも前記第2金属水溶液の前記第1アニオンの濃度および前記第1金属の濃度から、前記第2金属水溶液の前記第2アニオンに対応する前記第1金属の濃度を求めることを特徴とする。
第3態様の溶媒抽出方法は、第2態様において、前記測定工程において、前記第1金属水溶液の全金属に対する前記第1金属の濃度比を測定し、前記評価工程において、前記濃度比を用いて前記第2金属水溶液の前記第1アニオンの濃度から前記第1アニオンに対応する前記第1金属の濃度を求め、前記第2金属水溶液の前記第1金属の濃度から前記第1アニオンに対応する前記第1金属の濃度を減じて前記第2アニオンに対応する前記第1金属の濃度を求めることを特徴とする。
第4態様の塩化コバルト水溶液の製造方法は、ニッケルおよびコバルトを担持した有機溶媒に硫酸を添加してニッケルを逆抽出し、ニッケル回収後有機とニッケル回収液とを得るニッケル回収段と、前記ニッケル回収後有機に塩酸を添加してコバルトを逆抽出し、コバルト回収後有機と塩化コバルト水溶液とを得るコバルト回収段と、前記塩化コバルト水溶液のSO濃度を測定する測定工程と、前記塩化コバルト水溶液のSO濃度に基づき、前記ニッケル回収後有機のエントレインメント濃度を推定する評価工程と、を備えることを特徴とする。
第5態様の塩化コバルト水溶液の製造方法は、第4態様において、前記測定工程において、前記塩化コバルト水溶液のニッケル濃度を測定し、前記評価工程において、少なくとも前記塩化コバルト水溶液のSO濃度およびニッケル濃度から、前記塩化コバルト水溶液の塩化ニッケル相当ニッケル濃度を求めることを特徴とする。
第6態様の溶媒抽出方法は、第5態様において、前記測定工程において、前記ニッケル回収液の全金属に対するニッケルの濃度比を測定し、前記評価工程において、前記濃度比を用いて前記塩化コバルト水溶液のSO濃度から硫酸ニッケル相当ニッケル濃度を求め、前記塩化コバルト水溶液のニッケル濃度から前記硫酸ニッケル相当ニッケル濃度を減じて前記塩化ニッケル相当ニッケル濃度を求めることを特徴とする。
第7態様の塩化コバルト水溶液の製造方法は、第4態様において、前記評価工程において前記エントレインメント濃度が高くなったと判断した場合に、前記ニッケル回収段における水相に対する有機相の流量比率(O/A)を調整するO/A調整工程を備えることを特徴とする。
第8態様の塩化コバルト水溶液の製造方法は、第5または第6態様において、前記評価工程において前記塩化ニッケル相当ニッケル濃度が高くなったと判断した場合に、前記ニッケル回収段における水相のpHを下げるpH調整工程を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
第1態様の溶媒抽出方法によれば、第2金属水溶液の第1アニオンの濃度に基づき推定した第1金属回収後有機のエントレインメント濃度を指標として第1金属回収段における油水分離性を評価できる。第2金属水溶液の第1アニオンの濃度は比較的容易に測定できるため、油水分離性を簡単かつ迅速に評価できる。
第2態様の溶媒抽出方法によれば、第2金属水溶液の第2アニオンに対応する第1金属の濃度を指標として第1金属回収段における逆抽出性能を評価できる。油水分離性に加えて逆抽出性能を評価することで、第2金属水溶液の第1金属の濃度が高くなった原因を特定できる。
第3態様の溶媒抽出方法によれば、第2金属水溶液の第2アニオンに対応する第1金属の濃度をより正確に求めることができる。
第4態様の塩化コバルト水溶液の製造方法によれば、塩化コバルト水溶液のSO濃度に基づき推定したニッケル回収後有機のエントレインメント濃度を指標としてニッケル回収段における油水分離性を評価できる。塩化コバルト水溶液のSO濃度は比較的容易に測定できるため、油水分離性を簡単かつ迅速に評価できる。
第5態様の塩化コバルト水溶液の製造方法によれば、塩化コバルト水溶液の塩化ニッケル相当ニッケル濃度を指標としてニッケル回収段における逆抽出性能を評価できる。油水分離性に加えて逆抽出性能を評価することで、塩化コバルト水溶液のニッケル濃度が高くなった原因を特定できる。
第6態様の塩化コバルト水溶液の製造方法によれば、塩化コバルト水溶液の塩化ニッケル相当ニッケル濃度をより正確に求めることができる。
第7態様の塩化コバルト水溶液の製造方法によれば、ニッケル回収段における水相に対する有機相の流量比率(O/A)を調整することで油水分離性を向上でき、塩化コバルト水溶液のニッケル濃度を低くできる。
第8態様の塩化コバルト水溶液の製造方法によれば、ニッケル回収段における水相のpHを下げることでニッケルの逆抽出不足を改善でき、塩化コバルト水溶液のニッケル濃度を低くできる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明に係る溶媒抽出方法の工程図である。
図2】塩化コバルト水溶液の製造プロセスの全体工程図である。
図3】溶媒抽出工程の詳細工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
〔溶媒抽出方法〕
図1に示すように、本発明の一実施形態に係る溶媒抽出方法は、第1金属回収段と第2金属回収段とを有する。なお、図1において実線矢印は水溶液の流れを意味し、破線矢印は有機溶媒の流れを意味する。有機溶媒として酸性抽出剤を希釈剤で希釈したものを用いることができる。また、図1中のRは官能基を含む有機化合物全体を示す。
【0013】
第1金属回収段には第1金属Mおよび第2金属Mを担持した有機溶媒RMおよびRMが供給される。第1金属Mおよび第2金属Mは異なる種類の金属である。例えば、第1金属Mはニッケル、第2金属Mはコバルトである。第1金属Mおよび第2金属Mを担持した有機溶媒RMおよびRMは、例えば、第1金属Mおよび第2金属Mを含む水溶液に有機溶媒を接触させ、第1金属Mおよび第2金属Mを抽出することで得られる。
【0014】
第1金属回収段では、第1金属Mおよび第2金属Mを担持した有機溶媒RMおよびRMに第1無機酸Hを添加して第1金属Mを選択的に逆抽出する。逆抽出後、油水分離して得られた有機相を第1金属回収後有機RM、水相を第1金属水溶液Mと称する。第1無機酸Hは第1アニオンAを有する無機酸である。例えば、第1無機酸Hは硫酸であり、第1アニオンAはSOである。第1金属Mをニッケル、第1無機酸Hを硫酸とした場合、第1金属水溶液Mは硫酸ニッケル水溶液である。
【0015】
第2金属回収段では、第2金属Mを担持した第1金属回収後有機RMに第2無機酸Hを添加して第2金属Mを選択的に逆抽出する。逆抽出後、油水分離して得られた有機相を第2金属回収後有機、水相を第2金属水溶液Mと称する。第2無機酸Hは第1アニオンAとは異なる種類の第2アニオンAを有する無機酸である。例えば、第2無機酸Hは塩酸であり、第2アニオンAはClである。第2金属Mをコバルト、第2無機酸Hを塩酸とした場合、第2金属水溶液Mは塩化コバルト水溶液である。
【0016】
第1金属回収後有機RMには微細な水相の液滴(エントレインメント)が随伴する。エントレインメントは第1金属水溶液Mであり、第1金属Mを含む。また、第1金属回収後有機RMには、第2金属Mのみならず、第1金属回収段において逆抽出されずに残留した第1金属Mも担持されている。このように、第2金属回収段には不可避的に第1金属Mが供給されるため、第2金属水溶液Mは不純物として第1金属Mを含む。
【0017】
第1金属回収段における油水分離性が低下すると、第1金属回収後有機RMのエントレインメント濃度が高くなり、第2金属水溶液Mの第1金属M濃度が高くなる。また、第1金属回収段において第1金属Mの逆抽出不足が生じると、第1金属回収後有機RMの第1金属M濃度が高くなり、第2金属水溶液Mの第1金属M濃度が高くなる。そこで、本実施形態の溶媒抽出方法は、第1金属回収段における油水分離性および逆抽出性能を評価する。なお、本実施形態において逆抽出性能とは、逆抽出の目的金属Mが有機溶媒に残留する程度、すなわち、逆抽出不足が生じているか否かを意味する。
【0018】
第1金属回収段における油水分離性は以下の手順で評価できる。
まず、第2金属水溶液の第1アニオンAの濃度を測定する(測定工程)。例えば、第2金属Mをコバルト、第1無機酸を硫酸、第2無機酸を塩酸とした場合、塩化コバルト水溶液のSO濃度を測定する。第1アニオンAの濃度の測定は、第1アニオンAが硫酸、塩酸またはリン酸に由来する場合には、例えば、蛍光X線分析法により行うことができる。硫酸および塩酸は主に工業的に利用されている無機酸である。また、蛍光X線分析法は多元素同時分析が可能であることから、第2金属水溶液の第1金属Mおよび第2金属Mなどの濃度測定を行う工程内分析において、同時に第1アニオンAの濃度を測定できる。そのため、極めて効率的であり、余計な手間が一切掛からない。第1アニオンAがホウ酸に由来する場合には、ICP発光分光分析法により第1アニオンAの濃度を測定できる。ICP発光分光分析法も多元素同時分析を行うことができるので、余計な手間が掛からない。第1アニオンAがフッ化水素酸または硝酸に由来する場合には、吸光光度法などにより比較的簡単に第1アニオンAの濃度を測定できる。
【0019】
つぎに、第2金属水溶液の第1アニオンAの濃度に基づき、第1金属回収後有機のエントレインメント濃度を推定する(評価工程)。第2金属水溶液の第1アニオンAの濃度と第1金属回収後有機のエントレインメント濃度とは正の相関を有する。すなわち、第2金属水溶液の第1アニオンAの濃度が高いほど、第1金属回収後有機のエントレインメント濃度が高い。第2金属水溶液の第1アニオンAの濃度と第1金属回収後有機のエントレインメント濃度との詳細な関係は予め実験などで求めることができる。予め求めた関係を用いて、第2金属水溶液の第1アニオンAの濃度の測定値を第1金属回収後有機のエントレインメント濃度に変換する。
【0020】
第1金属回収後有機のエントレインメント濃度を指標として第1金属回収段における油水分離性を評価できる。すなわち、第1金属回収後有機のエントレインメント濃度が高いほど、油水分離性が低いと評価できる。逆に、第1金属回収後有機のエントレインメント濃度が低いほど、油水分離性が高いと評価できる。第2金属水溶液の第1アニオンAの濃度は比較的容易に測定できるため、油水分離性を簡単かつ迅速に評価できる。
【0021】
なお、従来のエントレインメント濃度の測定においては、専用のガラス器具を用いた精密な測定を行っており、高度な専門の技能を有する測定者がその測定に当たっていた。また、第2金属水溶液の第1金属M濃度の測定結果を受けて、エントレインメント濃度の測定を行うため、操業アクションの遅れや作業工数の増加につながっていた。本実施形態によれば、このような従来の方法に比べて、測定が容易であり、油水分離性を迅速に評価できる。
【0022】
第1金属回収段における逆抽出性能は以下の手順で評価できる。
まず、第2金属水溶液の第1アニオンAの濃度および第1金属Mの濃度を測定する(測定工程)。例えば、第1金属Mをニッケル、第2金属Mをコバルト、第1無機酸を硫酸、第2無機酸を塩酸とした場合、塩化コバルト水溶液のSO濃度およびニッケル濃度を測定する。第1金属Mの濃度の測定は、例えば、蛍光X線分析法により行うことができる。また、ICP発光分光分析法など、一般的な水溶液中の重金属濃度測定法を用いてもよい。
【0023】
つぎに、第2金属水溶液の第1アニオンAの濃度および第1金属Mの濃度から、第2金属水溶液の第2アニオンAに対応する第1金属Mの濃度を求める(評価工程)。具体的には、まず、第2金属水溶液の第1アニオンA濃度を第1金属M濃度に換算して第1アニオンAに対応する第1金属Mの濃度を求める。つぎに、第2金属水溶液の第1金属Mの濃度から第1アニオンAに対応する第1金属Mの濃度を減じて第2アニオンAに対応する第1金属Mの濃度を求める。例えば、第1金属Mをニッケル、第2金属Mをコバルト、第1無機酸を硫酸、第2無機酸を塩酸とした場合、「第1アニオンに対応する第1金属」とは硫酸ニッケルの形態をとるニッケルである。また、「第2アニオンに対応する第1金属」とは塩化ニッケルの形態をとるニッケルである。
【0024】
なお、第1金属回収段は第1金属Mを逆抽出するのに適した条件で行われるものの、不可避的に第2金属Mも逆抽出されることがある。したがって、第1金属水溶液Mには第2金属Mが含まれることがある。また、有機溶媒RMおよびRMに第1金属Mおよび第2金属M以外の不純物金属が含まれている場合には、第1金属回収段において不純物金属も逆抽出され、第1金属水溶液Mに不純物金属が含まれることがある。
【0025】
第1金属回収後有機RMにエントレインメントとして随伴する第1金属水溶液Mは第2金属水溶液Mに混入することから、第2金属水溶液Mには、第1アニオンAに対応する第1金属Mのみならず、第1アニオンAに対応する第2金属Mおよび第1アニオンAに対応する不純物金属が含まれることがある。第1金属水溶液Mの第2金属Mおよび不純物金属の濃度が第1金属Mの濃度に対して無視できない場合には、これを考慮して第2金属水溶液Mの第1アニオンAに対応する第1金属Mの濃度を求めることが好ましい。
【0026】
具体的には、まず、第1金属水溶液Mの第1金属M、第2金属M、および必要に応じてその他の不純物金属の濃度を測定し、全金属に対する第1金属Mの濃度比rを求める。ここで、第1金属回収段が向流多段方式の抽出装置を用いているときは、最終的に得られる第1金属水溶液Mではなく、有機相の流れで最終段(水相の流れで第1段)の抽出装置から排出された水相の金属濃度を測定することが好ましい。これは、有機相の流れで最終段の抽出装置から排出された水相が第1金属回収後有機RMのエントレインメントになり得るからである。「全金属」とは濃度比rの演算に考慮する全ての金属を意味する。「全金属」には第1金属Mのほか、第2金属Mなど濃度の高い主要な金属が含まれていればよく、微量元素を含む必要はない。測定した全ての金属の濃度の和を全金属濃度とし、第1金属M濃度を全金属濃度で除すれば濃度比rが得られる。
【0027】
つぎに、濃度比rを用いて、第2金属水溶液の第1アニオンA濃度から第1アニオンAに対応する第1金属Mの濃度を求める。つぎに、第2金属水溶液の第1金属Mの濃度から第1アニオンAに対応する第1金属Mの濃度を減じて第2アニオンAに対応する第1金属Mの濃度を求める。このようにすれば、第2アニオンAに対応する第1金属Mの濃度をより正確に求めることができる。
【0028】
第2金属水溶液に含まれる第2アニオンAに対応する第1金属Mは第1金属回収段において逆抽出されずに有機溶媒に残留した第1金属Mが第2金属回収段において逆抽出されたものである。したがって、第2アニオンAに対応する第1金属Mの濃度は第1金属回収後有機に残留する第1金属Mの量を反映したものとなる。そのため、求められた第2金属水溶液の第2アニオンAに対応する第1金属Mの濃度を指標として第1金属回収段における逆抽出性能を評価できる。
【0029】
第1金属回収段における油水分離性および逆抽出性能の両方を評価してもよいし、いずれか一方を評価してもよい。しかし、油水分離性と逆抽出性能の両方を評価すれば、第2金属水溶液の第1金属Mの濃度が高くなった原因を特定できる。
【0030】
〔塩化コバルト水溶液の製造方法〕
つぎに、本発明の一実施形態に係る塩化コバルト水溶液の製造方法を説明する。
本実施形態の塩化コバルト水溶液の製造方法は、例えば、不純物を含む粗硫酸ニッケル水溶液から不純物を除去して高純度硫酸ニッケル水溶液を得る溶媒抽出工程に適用される。塩化コバルト水溶液は溶媒抽出工程において粗硫酸ニッケル水溶液からコバルトを分離することで得られる。
【0031】
図2に示すように、原料としてニッケル・コバルト混合硫化物(MS:ミックスドサルファイド)が用いられる。低品位リモナイト鉱などのニッケル酸化鉱石を加圧酸浸出(HPAL:High Pressure Acid Leaching)し、浸出液から鉄などの不純物を除去した後、硫化水素ガスを浸出液に吹き込んで硫化反応を生じさせることで、ニッケル・コバルト混合硫化物が得られる。
【0032】
ニッケル・コバルト混合硫化物の組成は、ニッケルが50~60重量%、コバルトが4~6重量%、硫黄が30~34重量%(いずれも乾燥量基準)である。ニッケル・コバルト混合硫化物には、マグネシウム、鉄、銅、亜鉛などの不純物が含まれている。
【0033】
加圧浸出工程では、ニッケル・コバルト混合硫化物を含むスラリーを、オートクレーブで加圧浸出する。浸出条件は、例えば圧力(ゲージ圧)1.8~2.0MPaG、温度140~180℃である。加圧浸出により、ニッケル・コバルト混合硫化物に含まれるニッケル、コバルト、その他の不純物が浸出され、加圧浸出液が得られる。
【0034】
脱鉄工程では、酸化中和反応により加圧浸出液に含まれる不純物、主に鉄を中和澱物として除去して、粗硫酸ニッケル水溶液を得る。酸化剤として空気を用いることができる。中和剤として、消石灰、水酸化ニッケル、水酸化ナトリウム、炭酸カルシウムなどが用いられる。
【0035】
溶媒抽出工程では、溶媒抽出により粗硫酸ニッケル水溶液から不純物を除去して高純度硫酸ニッケル水溶液を得る。また、溶媒抽出工程では、塩化コバルト水溶液が得られる。
【0036】
得られた高純度硫酸ニッケル水溶液は、その後、用途に応じた処理に付される。例えば、高純度硫酸ニッケル水溶液は、晶析装置を用いて濃縮、晶析され、硫酸ニッケル結晶となる。高純度硫酸ニッケル水溶液は、水溶液のままの状態で二次電池の正極材料の製造に用いられることもある。また、得られた塩化コバルト水溶液は、例えば、不純物が除去された後、電気コバルト、電池材料の製造に用いられる。
【0037】
つぎに、図3に基づき、溶媒抽出工程の詳細を説明する。なお、図3において実線矢印は水または水溶液の流れを意味し、破線矢印は有機溶媒の流れを意味する。
【0038】
溶媒抽出工程には酸性抽出剤が用いられる。酸性抽出剤としては、特に限定されないが、2-エチルヘキシルホスホン酸モノ-2-エチルヘキシル、ジ-(2-エチルヘキシル)ホスホン酸(通称D2EHPA)などの燐酸エステル系酸性抽出剤が用いられる。
【0039】
一般に、酸性抽出剤は希釈剤で希釈して用いられる。有機溶媒の酸性抽出剤濃度は10~40体積%に調整される。酸性抽出剤を希釈するのは、有機溶媒を適正な粘性に調整して、油水分離性、すなわち分相性を良くするためである。希釈剤としては、水への溶解度が低く、粘性が低く、酸性抽出剤と反応をしないものであれば特に限定されないが、例えば飽和炭化水素が用いられる。
【0040】
溶媒抽出工程は、抽出段、洗浄段、交換段、ニッケル回収段、コバルト回収段、および逆抽出段からなる。これらの工程には、向流多段方式の抽出装置、特にミキサーセトラーが用いられる。以下、各工程を順に説明する。
【0041】
抽出段:
抽出段には洗浄段から洗浄後液が供給される。洗浄後液は硫酸ニッケル水溶液である。抽出段では、洗浄後液中のニッケルを有機相に抽出し、酸性抽出剤にニッケルを担持させる。得られた有機相をニッケル保持有機と称する。
【0042】
酸性抽出剤を用いた溶媒抽出では、抽出反応に水素イオンが関与するため、pHによって抽出率が変化する。抽出率は金属によって異なり、Fe>Zn>Cu>Mn>Co>Ca>Mg>Niの順に抽出されやすい。抽出段、洗浄段、交換段、ニッケル回収段、コバルト回収段、逆抽出段と、有機相の流れに従って順にpHを下げていくと、それぞれの段で各金属を分離回収できる。
【0043】
酸性抽出剤に金属イオンが抽出されると、酸性抽出剤から水素イオンが放出され、水相のpHが下がる。ニッケルを抽出するためには適正なpHを維持する必要があるため、抽出段では、苛性ソーダなどのアルカリを添加してpHを調整する。
【0044】
洗浄段:
抽出段で得られたニッケル保持有機は洗浄段に送られる。洗浄段では、ニッケル保持有機を、ニッケルを含有する洗浄液で洗浄する。洗浄液は交換段にて精製された高純度硫酸ニッケル水溶液の一部を水で希釈したものを用いることができる。洗浄後液は抽出段に供給される。
【0045】
抽出段では有機相に微細な水滴が残留する場合がある。抽出段で苛性ソーダを添加した場合、有機相中の水滴にナトリウムが含まれる。洗浄段では、ニッケル保持有機に含まれるナトリウムが除去される。洗浄液にはカルシウム、マグネシウムなどのニッケルよりも低いpHで有機相に抽出される不純物が含まれている。洗浄段ではこれらの不純物も有機相に抽出される。そのため、ニッケル保持有機にはこれらの不純物も含まれている。
【0046】
交換段:
交換段では、洗浄後のニッケル保持有機(ニッケルを担持した酸性抽出剤)と粗硫酸ニッケル水溶液とを接触させて、ニッケル保持有機中のニッケルと粗硫酸ニッケル水溶液中の不純物とを置換し、高純度硫酸ニッケル水溶液を得る。ここで、粗硫酸ニッケル水溶液には不純物として少なくともコバルトが含まれている。したがって、粗硫酸ニッケル水溶液中のコバルトと酸性抽出剤中のニッケルとが置換する。
【0047】
交換段に供給される粗硫酸ニッケル水溶液の組成は、例えば、ニッケル濃度が110~140g/L、コバルト濃度が8~12g/L、マグネシウム濃度が19~31mg/L、カルシウム濃度が0.3~0.6g/L、鉄濃度が約0.01g/Lである。
【0048】
置換反応後の高純度硫酸ニッケル水溶液の組成は、例えば、ニッケル濃度が118~152g/L、コバルト濃度が1~60mg/L、マグネシウム濃度が1~20mg/L、カルシウム濃度が1~15mg/L、鉄濃度が1~5mg/Lである。
【0049】
通常、ニッケル保持有機のニッケル濃度は、置換反応後の有機相にある程度の量のニッケルが残留するような過剰量に調整されている。そのため、置換後有機にはコバルトのほかニッケルが担持されている。
【0050】
ニッケル回収段:
ニッケル回収段では、置換後有機(ニッケルおよびコバルトを担持した酸性抽出剤)に硫酸を添加してpH3~4に調整する。これにより、有機相に担持されたニッケルの大部分を選択的に逆抽出し、ニッケル回収後有機とニッケル回収液とを得る。ニッケル回収液はコバルトなどの不純物を含む硫酸ニッケル水溶液である。
【0051】
コバルト回収段:
ニッケルを逆抽出した後のニッケル回収後有機はコバルト回収段に送られる。コバルト回収段では、ニッケル回収後有機に塩酸を添加してpH1.0程度に調整する。これにより、酸性抽出剤に担持されたコバルトを選択的に逆抽出し、コバルト回収後有機と塩化コバルト水溶液とを得る。
【0052】
逆抽出段:
コバルトを逆抽出した後のコバルト回収後有機は逆抽出段に送られる。逆抽出段では、有機相に硫酸を添加して有機相に残存する不純物を除去する。逆抽出段で不純物が除去された有機相は、抽出段と交換段とに繰り返し供給される。
【0053】
コバルト回収段で得られる塩化コバルト水溶液には不純物としてニッケルが含まれる。その原因の一つとして、ニッケル回収後有機に随伴する微細な水滴(エントレインメント)が挙げられる。エントレインメントは油水分離後の有機相に混入した水相の液滴であり、ニッケル回収後有機に随伴するエントレインメントにはニッケル回収段で逆抽出されたニッケルが含まれる。ニッケル回収段における油水分離性が低下するとニッケル回収後有機のエントレインメント濃度が高くなり、これが塩化コバルト水溶液のニッケル濃度が高くなる原因となる。
【0054】
また、ニッケル回収段におけるニッケルの逆抽出が不十分であると、ニッケル回収後有機に保持されるニッケルの量が多くなる。そうすると、コバルト回収段で逆抽出されるニッケルの量が多くなり、塩化コバルト水溶液のニッケル濃度が高くなる。
【0055】
ニッケル回収段における油水分離性および逆抽出性能を評価できれば、塩化コバルト水溶液のニッケル濃度が高くなった場合に、その原因を特定でき、その原因を解消する操作を行うことができる。そこで、本実施形態では、測定工程、評価工程、および調整工程を行うことで、塩化コバルト水溶液のニッケル濃度を低く維持する。
【0056】
ニッケル回収段における油水分離性は以下の手順で評価できる。
まず、塩化コバルト水溶液のSO濃度を測定する(測定工程)。SO濃度の測定は、例えば、蛍光X線分析法により行うことができる。厳密には、蛍光X線分析法により測定されるのはS濃度であり、測定値であるS濃度をSO濃度に換算する。蛍光X線分析法は多元素同時分析が可能であることから、塩化コバルト水溶液のニッケルおよびコバルトなどの濃度の測定を行う工程内分析において、同時にSO濃度を測定できる。そのため、極めて好都合であり、余計な手間が一切掛からない。ICP発光分光分析法、吸光光度法など一般に行われている方法でもSO濃度を測定できる。しかし、余計な手間を必要としないことから、ICP発光分光分析法などの多元素同時分析が可能な方法が好ましい。
【0057】
つぎに、塩化コバルト水溶液のSO濃度に基づき、ニッケル回収後有機のエントレインメント濃度を推定する(評価工程)。塩化コバルト水溶液のSO濃度とニッケル回収後有機のエントレインメント濃度とは正の相関を有する。すなわち、塩化コバルト水溶液のSO濃度が高いほど、ニッケル回収後有機のエントレインメント濃度が高い。塩化コバルト水溶液のSO濃度とニッケル回収後有機のエントレインメント濃度との詳細な関係は予め実験などで求めることができる。予め求めた関係を用いて、塩化コバルト水溶液のSO濃度の測定値をニッケル回収後有機のエントレインメント濃度に変換する。
【0058】
ニッケル回収後有機のエントレインメント濃度を指標としてニッケル回収段における油水分離性を評価できる。すなわち、ニッケル回収後有機のエントレインメント濃度が高いほど、油水分離性が低いと評価できる。逆に、ニッケル回収後有機のエントレインメント濃度が低いほど、油水分離性が高いと評価できる。塩化コバルト水溶液のSO濃度は容易に測定できるため、油水分離性を簡単かつ迅速に評価できる。
【0059】
評価工程においてニッケル回収後有機のエントレインメント濃度が高くなったと判断した場合には、ニッケル回収段における油水分離性を改善する操作を行う。この操作は、例えば、ニッケル回収段における水相に対する有機相の流量比率(O/A=有機相流量/水相流量)を調整することにより行われる(O/A調整工程)。O/Aの調整は、抽出装置内の水相および有機相の一方または両方の流量を増減させることにより行われる。また、水相流量の調整は同一のミキサーセトラーのセトラー部出口からミキサー部に自己循環する水相リサイクル流量を調整することにより行うことができる。ニッケル回収段におけるO/Aを調整することで油水分離性を向上でき、塩化コバルト水溶液のニッケル濃度を低くできる。
【0060】
なお、O/Aが1未満であれば、ミキサーセトラーのミキサー部内の油水混合液が水相で連続する。O/Aが1を超えれば、ミキサーセトラーのミキサー部内の油水混合液が有機相で連続する。油水分離性を向上するには、一般的には、この連続相を水相にすることが好ましい。しかし、O/Aを下げ過ぎるとセトラー部での滞留時間が短くなり油水分離不良を引き起す。また、油相に封じ込められた水滴よりも、水相に封じ込められた油滴の方が相互に結合して粗大粒子になり易いため、連続相を有機相とした方が、油水分離性が向上する場合もある。したがって、このO/Aの調整は、状況に応じた調整となる。
【0061】
ニッケル回収段における逆抽出性能は以下の手順で評価できる。
まず、塩化コバルト水溶液のSO濃度およびニッケル濃度を測定する(測定工程)。ニッケル濃度の測定は、例えば、蛍光X線分析法により行うことができる。また、ICP発光分光分析法など、一般的な水溶液中の重金属濃度測定法を用いてもよい。
【0062】
つぎに、塩化コバルト水溶液のSO濃度およびニッケル濃度から、塩化コバルト水溶液の塩化ニッケル相当ニッケル濃度を求める(評価工程)。具体的には、まず、塩化コバルト水溶液のSO濃度をニッケル濃度に換算して硫酸ニッケル相当ニッケル濃度を求める。つぎに、塩化コバルト水溶液のニッケル濃度から硫酸ニッケル相当ニッケル濃度を減じて塩化ニッケル相当ニッケル濃度を求める。なお、「硫酸ニッケル相当ニッケル濃度」とは硫酸ニッケルの形態をとるニッケルの濃度である。また、「塩化ニッケル相当ニッケル濃度」とは塩化ニッケルの形態をとるニッケルの濃度である。
【0063】
なお、ニッケル回収段はニッケルを逆抽出するのに適した条件で行われるものの、不可避的にコバルトも逆抽出されることがある。したがって、ニッケル回収液には硫酸コバルトが含まれることがある。また、有機溶媒にニッケルおよびコバルト以外の不純物金属が含まれている場合には、ニッケル回収段において不純物金属も逆抽出されることがある。不純物金属がカルシウムの場合、ニッケル回収液に硫酸カルシウムが含まれることになる。
【0064】
ニッケル回収後有機にエントレインメントとして随伴するニッケル回収液は塩化コバルト水溶液に混入することから、塩化コバルト水溶液には、硫酸ニッケルのみならず、硫酸コバルトおよび硫酸カルシウムが含まれることがある。ニッケル回収液のコバルトおよびカルシウムなどの濃度がニッケル濃度に対して無視できない場合には、これを考慮して塩化コバルト水溶液の硫酸ニッケル相当ニッケル濃度を求めることが好ましい。
【0065】
具体的には、まず、ニッケル回収液のニッケル、コバルト、および必要に応じてその他の不純物金属の濃度を測定し、全金属に対するニッケルの濃度比rを求める。ここで、ニッケル回収段が向流多段方式の抽出装置を用いているときは、最終的に得られるニッケル回収液ではなく、有機相の流れで最終段(水相の流れで第1段)の抽出装置から排出された水相の金属濃度を測定することが好ましい。「全金属」とは濃度比rの演算に考慮する全ての金属を意味する。「全金属」にはニッケルのほか、コバルトなど濃度の高い主要な金属が含まれていればよく、微量元素を含む必要はない。測定した全ての金属の濃度の和を全金属濃度とし、ニッケル濃度を全金属濃度で除すれば濃度比rが得られる。
【0066】
つぎに、濃度比rを用いて、塩化コバルト水溶液のSO濃度から硫酸ニッケル相当ニッケル濃度を求める。つぎに、塩化コバルト水溶液のニッケル濃度から硫酸ニッケル相当ニッケル濃度を減じて塩化ニッケル相当ニッケル濃度を求める。このようにすれば、塩化ニッケル相当ニッケル濃度をより正確に求めることができる。
【0067】
塩化コバルト水溶液中の塩化ニッケルはニッケル回収段において逆抽出されずに有機溶媒に残留したニッケルがコバルト回収段において逆抽出されたものである。したがって、塩化ニッケル相当ニッケル濃度はニッケル回収後有機に残留するニッケルの量を反映したものとなる。そのため、求められた塩化コバルト水溶液の塩化ニッケル相当ニッケル濃度を指標としてニッケル回収段における逆抽出性能を評価できる。
【0068】
評価工程において塩化ニッケル相当ニッケル濃度が高くなったと判断した場合には、ニッケル回収段におけるニッケルの逆抽出不足を改善する操作を行う。この操作は、例えば、ニッケル回収段における水相のpHを下げることにより行われる(pH調整工程)。そうすれば、酸性抽出剤に担持されているニッケルの逆抽出が促進され、ニッケル回収後有機に残留するニッケルが減少する。すなわち、ニッケルの逆抽出不足を改善できる。これにより、塩化コバルト水溶液のニッケル濃度を低くできる。なお、pHは3~4の範囲で調整することが好ましい。
【0069】
ニッケル回収段における油水分離性および逆抽出性能の両方を評価してもよいし、いずれか一方を評価してもよい。しかし、油水分離性と逆抽出性能の両方を評価すれば、塩化コバルト水溶液のニッケル濃度が高くなった原因を特定できる。すなわち、塩化コバルト水溶液のニッケル濃度が高くなった場合に、ニッケル回収後有機のエントレインメント濃度も高くなっていれば、油水分離性の低下が原因であると特定できる。また、塩化コバルト水溶液のニッケル濃度が高くなった場合に、塩化コバルト水溶液の塩化ニッケル相当ニッケル濃度も高くなっていれば、逆抽出不足が原因であると特定できる。なお、塩化コバルト水溶液のニッケル濃度が高くなった場合に、ニッケル回収後有機のエントレインメント濃度および塩化コバルト水溶液の塩化ニッケル相当ニッケル濃度の両方が高くなっていれば、油水分離性の低下と逆抽出不足の両方が原因であると特定できる。
【実施例0070】
つぎに、実施例を説明する。
図3に示したフローに従い溶媒抽出を行った。酸性抽出剤として2-エチルヘキシルホスホン酸モノ-2-エチルヘキシルを用いた。ニッケル回収段は4基のミキサーセトラーを用いた向流多段抽出方式により行った。コバルト回収段は3基のミキサーセトラーを用いた向流多段抽出方式により行った。
【0071】
ニッケル回収段において、有機相はミキサーセトラーの第1段から第4段に向かって流れる。一方、水相はミキサーセトラーの第4段から第1段に向かって流れる。第4段のミキサーセトラーから排出された水相の組成は以下のとおりであった。なお、第4段のミキサーセトラーから排出された水相の組成はニッケル回収後有機に随伴するエントレインメントの組成と同視できる。
ニッケル濃度:0.05~0.50g/L
コバルト濃度:15~35g/L
【0072】
コバルト回収段において、有機相はミキサーセトラーの第1段から第3段に向かって流れる。一方、水相はミキサーセトラーの第3段から第1段に向かって流れる。第1段のミキサーセトラーから排出された水相の組成は以下のとおりである。なお、第1段のミキサーセトラーから排出された水相はコバルト回収段において得られる塩化コバルト水溶液である。
ニッケル濃度:0~50mg/L
コバルト濃度:60~90g/L
【0073】
コバルト回収段で得られた塩化コバルト水溶液(コバルト回収段の第1段のミキサーセトラーから排出された水相)のSO濃度を蛍光X線分析法により測定した。また、同時に、ニッケル回収段から排出されたニッケル回収後有機(ニッケル回収段の第4段のミキサーセトラーから排出された有機相)のエントレインメント濃度を専用のガラス器具を用いて直接測定した。測定は、異なる時期に3回行った。その結果を表1に示す。
【0074】
【表1】
【0075】
表1から分かるように、塩化コバルト水溶液のSO濃度とニッケル回収後有機のエントレインメント濃度とは正の相関を有する。これより、塩化コバルト水溶液のSO濃度からニッケル回収後有機のエントレインメント濃度を推定できることが確認された。
図1
図2
図3