(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024110245
(43)【公開日】2024-08-15
(54)【発明の名称】水系のレジオネラ属菌抑制方法
(51)【国際特許分類】
C02F 1/50 20230101AFI20240807BHJP
【FI】
C02F1/50 550Z
C02F1/50 510C
C02F1/50 520K
C02F1/50 531L
C02F1/50 531M
C02F1/50 532C
C02F1/50 532D
C02F1/50 532H
C02F1/50 560Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023014723
(22)【出願日】2023-02-02
(71)【出願人】
【識別番号】000001063
【氏名又は名称】栗田工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100086911
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100144967
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 隆之
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 若子
(57)【要約】
【課題】スライムコントロール剤などの殺菌剤によって水系のレジオネラ属菌を効果的に抑制することができる方法を提供する。
【解決手段】水系内に殺菌剤を添加して水系のレジオネラ属菌の増殖を抑制する方法において、該水系内の付着堆積物の厚さが所定厚さよりも小さくなるように付着堆積物の少なくとも一部を、高圧水の噴射などにより物理的に除去することを特徴とする水系のレジオネラ属菌抑制方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水系内に殺菌剤を添加して水系のレジオネラ属菌の増殖を抑制する方法において、
該水系内の付着堆積物の厚さが所定厚さよりも小さくなるように付着堆積物の少なくとも一部を除去することを特徴とする水系のレジオネラ属菌抑制方法。
【請求項2】
前記付着堆積物の除去を高圧水噴射により行う、請求項1のレジオネラ抑制方法。
【請求項3】
前記水系は、冷却水系であり、少なくとも冷却塔の充填材下の堆積物を除去する、請求項1のレジオネラ抑制方法。
【請求項4】
前記所定の厚さが10mmである、請求項1のレジオネラ抑制方法。
【請求項5】
前記水系は冷却水系であり、冷却水系の運転終了後、冷却塔を水抜きして乾燥する、請求項1のレジオネラ抑制方法。
【請求項6】
側面視形状が階段状の治具を用いて付着堆積物の厚さを測定する、請求項1~5のいずれかの水系のレジオネラ属菌抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、冷却水系等の水系において、レジオネラ属菌を抑制するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
厚生労働省のレジオネラ症防止指針(第3版)4.2.2.では、冷却水系におけるレジオネラ汚染の防止策として、「定期的な清掃(物理的清掃)を行うとともに化学的洗浄と殺菌剤添加とを併用することが望ましい」と記載されている。しかし、付着物や堆積物をどの程度除去すべきかについては記載されていない。
【0003】
特許文献1には、レジオネラ属菌の経済的な殺菌・洗浄方法として、過酸化水素を用いて配管内の生物膜を除去する方法が記載されているが、生物膜の物理的な除去は示されていない。
【0004】
特許文献2には、病原体の破壊および/または存在する生物膜(例えばMRSAまたはレジオネラ)を除去することができる清浄化組成物が記載されているが、物理的洗浄は記載されていない。
【0005】
特許文献3には、アントラニル酸またはその誘導体によりレジオネラ属菌を殺菌することが記載されているが、物理的洗浄は記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005-130939号公報
【特許文献2】特表2008-503637号公報
【特許文献3】特開2012-246228号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
机上試験で効果を示すスライムコントロール剤を添加しても、実際の水系内でレジオネラCFUが不検出にならない場合がある。
【0008】
本発明は、スライムコントロール剤などの殺菌剤によって水系のレジオネラ属菌を効果的に抑制することができる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の要旨は以下の通りである。
【0010】
[1] 水系内に殺菌剤を添加して水系のレジオネラ属菌の増殖を抑制する方法において、
該水系内の付着堆積物の厚さが所定厚さよりも小さくなるように付着堆積物の少なくとも一部を除去することを特徴とする水系のレジオネラ属菌抑制方法。
【0011】
[2] 前記付着堆積物の除去を高圧水噴射により行う、[1]のレジオネラ抑制方法。
【0012】
[3] 前記水系は、冷却水系であり、少なくとも冷却塔の充填材下の堆積物を除去する、[1]のレジオネラ抑制方法。
【0013】
[4] 前記所定の厚さが10mmである、[1]のレジオネラ抑制方法。
【0014】
[5] 前記水系は冷却水系であり、冷却水系の運転終了後、冷却塔を水抜きして乾燥する、[1]のレジオネラ抑制方法。
【0015】
[6] 側面視形状が階段状の治具を用いて付着堆積物の厚さを測定する、[1]~[5]のいずれかの水系のレジオネラ属菌抑制方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によると、水系のレジオネラ属菌を効果的に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図5】付着堆積物の厚さ測定用治具の側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
【0019】
本発明のレジオネラ属菌抑制方法は、冷却水系、特に開放循環式冷却水系におけるレジオネラ属菌の抑制に好適である。ただし、本発明は、温泉などの水系にも適用可能である。
【0020】
本発明方法では、水系にスライムコントロール剤を添加してレジオネラ属菌を抑制する。本発明方法では、水系の流路の接水面に付着及び/又は堆積する付着物及び/又は堆積物(以下、付着堆積物ということがある。)の厚さを10mm未満、好ましくは8mm以下、特に好ましくは5mm以下、さらに好ましくは2mm以下となるように必要に応じ付着堆積物を除去する。
【0021】
付着堆積物を除去する方法としては、高圧水をノズルから付着/堆積物に向けて噴射するか、又はブラシで付着堆積物を擦り取る等の物理的除去方法が好適である。
【0022】
接水部材表面に付着又は堆積した付着堆積物の厚さ、すなわち付着物の厚さ又は堆積物の厚さを測定するには、
図5のように側面視形状が階段状となっている踏台形状の治具(ゲージ)1を接水部材表面に当て、階段の何段目までが付着堆積物中の埋まるかを観察する方法が好適である。階段の1段の高さは1~5mm、特に2~4mm程度が好適である。
【0023】
付着堆積物の厚さの測定及び除去は、水系の運転開始時、運転途中時、運転終了時のいずれに行われてもよい。
【0024】
水系に添加する殺菌剤は、スライムコントロール剤が好適であり、スライムコントロール剤としては、クロロメチルイソチアゾリン(Cl-MIT)、ジクロログリオキシム、2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノール(DBNE)、2,2-ジブロモ-3-ニトリロプロピオンアミド(DBNPA)などの有機系スライムコントロール剤、結合塩素、遊離塩素、結合臭素などの酸化系スライムコントロール剤が好適であるが、これらに限定されない。
【0025】
スライムコントロール剤の添加を行うには、スライムコントロール剤の種類及び水系の水質に応じて実験的に好適添加量を求めておくのが好ましい。また、実際の水系における添加効果に応じて添加量を調整することが好ましい。
【0026】
水系の運転を終了する場合、水系内を物理的に洗浄することが好ましい。また、その後は、水系内を乾燥状態に保つことが好ましい。
【0027】
付着堆積物の厚さが何mmになったときに付着堆積物の除去を行うかの上限値については、水系の付着堆積物を採取し、机上にて付着堆積物量とスライムコントロール剤の添加量とを種々変えて試験を行い、この試験結果に基づいて定めるのが好ましい。
【0028】
具体的には、付着堆積物を121℃で15~20minオートクレーブ処理して滅菌した後、所定量を試験管に投入する。次いで、レジオネラ菌とスライムコントロール剤を添加して撹拌した後、常温に保持する。そして、経時的にサンプリングし、レジオネラCFUを計測する。試験管への付着堆積物投入量及びスライムコントロール剤添加量を種々変えてレジオネラCFUの増加を効果的に抑制することができる付着堆積物投入量(試験管内の堆積厚さ)とスライムコントロール剤添加量との関係を求める。
【0029】
このようにして求めた付着堆積物厚さの上限値未満となるように水系の付着堆積物の除去を行い、また、スライムコントロール剤を添加する。
【0030】
本発明者の試験の結果、付着堆積物の厚さが10mm以上になると、スライムコントロール剤を添加してもレジオネラ属菌が増加し易くなること、付着堆積物の厚さが10mm未満で小さくなるほどレジオネラ属菌の増加が抑制され、しかもスライムコントロール剤の添加量を少なくしてもレジオネラ属菌の増加が抑制されることが見出された。
【0031】
なお、冷却塔のピット(下部水槽)内の付着堆積物の厚さ測定は、定規を用いて行うこともできるが、ピット内は狭い所も多く、作業は容易ではない。このような場合、前述の通り、側面視形状が階段形の踏台形状の治具をピット底面に押し当て、階段の何段目までが付着堆積物に埋まるかをファイバースコープで観察することにより、付着堆積物の厚さを迅速に測定することができる。
【0032】
付着堆積物の厚さは、好ましくは複数箇所で測定される。冷却塔のピットの場合、計測点はピット平面全体を複数分割(4分割~9分割)し、それぞれに計測点を設けるのが好ましい。その際に充填材下と吸入口とを含むように計測点を設けるのが好ましい。
【0033】
本発明では、付着堆積物の厚さを監視して、所定の厚さとなる時期を推測するようにしてもよい。
【実施例0034】
[試験例1-1~1-9]
開放式循環冷却水系の冷却塔から採取した堆積物(スラッジ)とスライムコントロール剤とを用い、レジオネラ属菌の増殖傾向について机上試験(試験管による試験)を行った。
【0035】
<実験条件>
底が平たい滅菌済み試験管(内径10mm、長さ20mm)に、高さ10mmまたは1mmになるよう、冷却塔から採取した下記堆積物(スラッジ)を添加した。上清を除き、その後、下記のリン酸緩衝液を20mL添加した(試験例1-1,1-2,1-4,1-5,1-7,1-8)。
【0036】
試験例1-3,1-6,1-9では、スラッジを添加せずに、滅菌試験管に10mLのリン酸緩衝液を添加した。
【0037】
≪堆積物≫
冷却塔BoilerCT-2ピットの堆積物を採取し、オートクレーブ処理(121℃、15min)したもの。
【0038】
≪リン酸緩衝液≫
0.2M pH8.5
培地:なし
【0039】
次いで、各試験管に、下記のレジオネラ菌及びスライムコントロール剤を順に添加し、ビーターで撹拌した(スライムコントロール剤は、試験例1-1~1-6でのみ添加)。
【0040】
≪レジオネラ菌≫
Legionella pneumophila GIFU9134_(ATCC33152)_を凍結保存からBCYEα培地に植菌し、BCYEαにて培養した。A662 0.1に合わせた。これを1/10希釈し、1/100volを添加した。
【0041】
≪スライムコントロール剤≫
試験管に菌添加後にCl-MITを5mg/L as Cl-MIT(試験例1-1~1-3)又は2mg/L as Cl-MIT(試験例1-4~1-6)となるよう添加した。
【0042】
スライムコントロール剤との接触条件: 30℃、液面が揺れない程度に緩やかに撹拌した。
【0043】
その後、各試験管から、0h、1h、22.5h経過後にそれぞれサンプリングした。サンプリング時はビーターで撹拌し、スラッジ懸濁液ごと採取した。
【0044】
採取した各サンプルについて、レジオネラCFUをGVPC培地で計測した。また、サンプル液をポアサイズ0.2μmのフィルターで濾過後、HPLCでCl-MIT濃度を測定した。
【0045】
<結果・考察1>
結果を表1に示す。
【0046】
【0047】
各試験例における接触時間1h時のレジオネラCFUの値を対比すると、Cl-MITを添加した試験例1-1~1-6では、堆積物厚さが大きいほどレジオネラCFUが大きく、殺菌されにくい傾向が認められた。特にCl-MIT2mg/Lの場合は、この傾向が顕著であった。
【0048】
なお、堆積物厚さに関わらず、Cl-MIT添加した試験例1-1~1-6では、時間が経過するとレジオネラCFUは低減し、22.5h後には不検出になった。
【0049】
これらの結果より、堆積物厚さが大きいほどスライムコントロール剤の効果が低下し、10mmの厚さではオーダーレベルで効果が落ちる場合があり、影響が顕著であった。堆積物の厚さを10mm未満に維持することで、スライムコントロール剤がより有効に働き、レジオネラ菌を効果的に抑制できる。
【0050】
<結果・考察2>
上記試験例1-1~1-6において、0h、1h及び22.5hにおけるサンプル中のCl-MIT濃度の測定結果を表2に示す。
【0051】
【0052】
表2の通り、Cl-MIT濃度は22.5h後もほぼ維持されていた。
【0053】
[試験例2-1~2-6]
スライムコントロール剤として下記の結合型塩素系殺菌剤を用いたこと以外は試験例1-1~1-3と同様にして、試験例2-1~2-3を行った。試験例2-4~2-6の実験条件は試験例1-7~1-9と同一である。
【0054】
≪スライムコントロール剤≫
試験例2-1~2-3では、試験管に菌添加から1h後に結合塩素(モノクロロスルファミン酸)を残留塩素濃度5mg/L as Cl2となるよう添加した。添加後、即座にビーターで撹拌した。
【0055】
≪サンプリング及び測定≫
菌の添加から0h、1h(スライムコントロール剤添加後0h)、2h(同1h)、19.5h(同18.5h)の間隔で経時的にサンプリングし、レジオネラCFUを測定した。
【0056】
また、試験例2-1~2-3について、菌の添加から0h、1.7h、2.4h、5.0h及び19.2h経過後の残留塩素濃度を測定した。残留塩素濃度は、撹拌した液をポアサイズ0.2μmのフィルターで濾過し、濾液の全残留塩素濃度をハック残留塩素系で測定した。
【0057】
<結果・考察>
レジオネラCFUの経時変化を表3に示し、残留塩素濃度の経時変化を表4に示す。
【0058】
【0059】
表3の通り、堆積物の厚さが0mm、1mmの場合、残留塩素濃度5mg/L as Cl2により殺菌効果を示し、スライムコントロール剤添加18.5h後には検出下限未満に殺菌した。一方、10mmの場合は薬剤添加後18.5hでもレジオネラCFUは検出下限未満に達しなかった。
【0060】
【0061】
残留塩素濃度は、スライムコントロール剤添加後18.5hで堆積物の厚さが厚い程濃度が低下した。すなわち、堆積物厚さ10mmの試験例2-1では、18.5h後に2mg/L as Cl2未満に低下していた。この濃度低下もレジオネラ殺菌効果に影響していると考えられる。酸化系殺菌剤は堆積物によって分解されやすく、濃度低下によって殺菌効果が低下しやすい。そのため、堆積物厚さ10mmでは、レジオネラに対する十分な殺菌効果が得られないことがわかった。
【0062】
上記の試験例の結果から、堆積物の厚さ10mm以上では有機系及び酸化系のいずれのスライムコントロール剤においても、レジオネラ殺菌効果低下は明らかであった。これらの結果から、堆積物の厚さを10mm未満とする基準を満たすように水系の堆積物を除去することにより、レジオネラ属菌の増殖が抑制されるとの知見が得られた。
【0063】
[実施例1]
物理的洗浄した冷却塔におけるスライムコントロール剤の効果について試験した。
<実験条件>
一辺約2mの角型冷却塔(Boiler CT-2、保有水量約1.3m3)を用いて物理的洗浄(高圧水噴射)とスライムコントロール剤添加を行い、レジオネラ不検出が達成されるかどうか試験した。
【0064】
冷却水中のレジオネラCFU計測は厚生労働省レジオネラ症防止指針(第3版)に記載されている方法を一部改変して実施した。すなわち50mLの冷却水をサンプリングし、5000G、4℃、30分遠心し、100μL程度の液を残して上清を取り除いた。そして、等量の0.2M HCl・KCl緩衝液pH2.2と混合し、所定時間4分後、レジオネラ選択用培地GVPCに全量を植菌した。レジオネラの検出下限値は2CFU/100mlと算出される。7日から14日間培養後、灰白色コロニーのうちシステイン要求性があるものをレジオネラと判断し、計測した。レジオネラ抗血清により種を判定した。また、適宜レジオネラ属特異的プライマーを用いたPCRによる同定を併用した。
【0065】
酸化系スライムコントロール剤濃度は、ハック残留塩素計を用いて定量した。
【0066】
<結果・考察>
本試験の冷却塔の運転状況と循環水中のレジオネラ濃度、スライムコントロール剤の添加状況をまとめた結果を
図1に示す。
【0067】
用いた冷却塔は水が張られたまま停止中で付着物、堆積物が認められた。堆積物の厚みは最大10mm以上であった。
【0068】
7月7日に水抜きし、堆積物の厚みが最大10mm未満となるように高圧水を噴射して冷却塔のピット底面の清掃を行い、水張りを行った。なお、水張りに用いた水は水道水である。
【0069】
7月9日に循環ポンプにて循環させながら酸化系スライムコントロール剤としてCl-MITをバッチ添加した。このときの添加量は、残留塩素濃度として10mg/L as Cl2とした。この添加後、約3時間循環させ停止した。
【0070】
7月14日に循環水を採取し、レジオネラCFUを計測したところ4CFU/100mlのレジオネラが検出されたが、その後、スライムコントロール剤の添加はせず、添加から11日後の20日に循環水を採取しレジオネラCFUを測定したところ、検出されなかった。
【0071】
7月22日に冷却塔工事のため冷却水を抜き、乾燥させた。
【0072】
7月30日に再度水を張って循環させ、停止した。
【0073】
8月5日に再度水を抜いて、清掃を行った。堆積物の厚みは最大10mm未満で維持されていた。清掃前に採取した冷却水からはレジオネラCFUは検出されなかった。清掃にあたっては、充填材下に溜まっている堆積物が残らないように留意した。また、充填材付着物を高圧洗浄機により取り除いた。清掃後、水を張り、循環を開始した。
【0074】
8月11日の循環水からはレジオネラCFUは検出されなかった。
【0075】
8月13日にスライムコントロール剤としてCl-MITを5mg/Lをバッチ投入した。この濃度は試験例1-1でレジオネラCFUを不検出にした濃度である。
【0076】
その後2週間、循環水からはレジオネラCFUは検出されなかった。
【0077】
8月27日にCL-MIT1mg/Lをバッチ添加した。その1週間後(9月4日)に採取した循環水からはレジオネラCFUは検出されなかった。
【0078】
このように、堆積物の最大厚さが10mm未満となるように維持し、机上試験で効果を示した濃度のスライムコントロール剤を2週間に1回の頻度でバッチ投入することにより、1ヶ月間以上、循環水中のレジオネラCFU不検出を維持できた。
【0079】
[比較例1]
物理的洗浄を実施しない場合のレジオネラに対するスライムコントロール剤の効果を試験した。
<実験条件>
実施例1で用いた冷却塔に隣接する同系の一辺約2mの角型冷却塔(Boiler CT-1、保有水量約1.3m3)において、物理的洗浄せずにCl-MIT系スライムコントロール剤を添加し、レジオネラ不検出が達成されるかどうか試験した。
【0080】
冷却水中のレジオネラCFUは実施例1と同じ方法で定量した。即ち、採取した水に1N塩酸を添加し、pH3未満にした後、ポアサイズ0.2μmのフィルターで濾過し、濾液中のレジオネラCFUをHPLCにより定量した。
【0081】
<結果と考察>
本試験の冷却塔の運転状況と循環水中のレジオネラ濃度、スライムコントロール剤の添加状況を
図2に示し、Cl-MIT濃度測定結果を
図3に示す。なお、
図2,3では、スライムコントロール剤を「スラコン剤」と略記してある。
【0082】
この冷却塔は水を張った状態で停止していた。ピット底面には堆積物が全面にあり、充填材には付着物が観察された。堆積物の最大厚みは10mm以上であった。
【0083】
5月21日から冷却水の循環を開始した。
【0084】
5月22日、28日に採取した循環水からレジオネラCFUが検出された。循環水採取後、スライムコントロール剤をCl-MITとして5mg/Lバッチ添加した。
【0085】
5月29日の循環水からはレジオネラは検出されなかった。このときCl-MITは3mg/L程度残留していた。
【0086】
6月4日にスライムコントロール剤をCl-MITとして3mg/Lバッチ添加した。6月15日の循環水からはレジオネラCFUが検出された。
【0087】
7月2日に循環水を採取後、Cl-MIT濃度2mg/LとなるようにCl-MIT系スライムコントロール剤をバッチ添加し、翌日循環水を採取した。この両サンプルからレジオネラCFUが検出された。6月4日以降レジオネラCFU濃度は上昇しており、添加翌日の7月3日にサンプリングした循環水中のレジオネラCFUはほとんど低下していなかった。この間机上で効果を示していた濃度のCL-MITを添加してもレジオネラCFU低下に効果を示さなかった。
【0088】
7月14日に採取した循環水中のレジオネラCFUは105/100mlレベルに達していた。
【0089】
7月17日からはスライムコントロール剤添加量を多くし、Cl-MITとして20mg/L as Cl-MIT以上になるように、バッチ添加した。その結果、7月20日に採取した循環水からはレジオネラCFUは検出されなかった。しかし、7月31日の循環水サンプルからは再びレジオネラCFUが検出された。
【0090】
その後、週に1回の頻度でCl-MIT濃度20mg/L以上になるようにCl-MIT系スライムコントロール剤を添加したところ、レジオネラCFU不検出が維持された。
【0091】
冷却塔ピットを外観観察したところ、大量のスラッジが堆積していることが認められた。また、充填材の外観観察から、厚みのあるスライムが全面に生育していることが認められた。
【0092】
このように、系内に厚み10mm以上の付着堆積物が存在する系では、机上で効果を示した濃度でスライムコントロール剤を添加してもレジオネラを不検出に維持することができなかった。レジオネラを不検出にするためには、多量のスライムコントロール剤を頻繁に添加する必要があった。
【0093】
[比較例2]
物理的洗浄を実施しない冷却塔の化学洗浄によるレジオネラ殺菌効果を試験した。
<実験条件>
上記比較例1において、冷却塔(BoilerCT-1)がCl-MIT処理でレジオネラ不検出となった後、約3ヶ月間停止した。再稼働にあたり、化学洗浄を下記の通り実施した。
【0094】
<化学洗浄方法>
保有水量に対し、過酸化水素として最終濃度2000-3000mg/Lとなるように、11月17日に2回に分けて添加した。汚れがある系に過酸化水素を入れると発泡が起こるため、様子を見ながら添加した。過酸化水素試験紙を用いて残留濃度を確認したところ、100mg/L以上であった。3h循環させて化学洗浄を実施した。その後、カタラーゼ溶液を添加して過酸化水素を分解し、試験紙で0mg/Lとなったことを確認し、排水を行った。次いで、再び補給水を入れ、循環を開始した。
【0095】
<結果と考察>
過酸化水素の投入により、洗浄中は循環水が茶色に濁った。洗浄前と洗浄後の充填材とピットの観察結果は以下の通りであった。
【0096】
1) 冷却塔付着物、堆積物除去効果
目視では、充填材付着物の明らかな低下は認められなかった。ピット内堆積物、付着物の明らかな低下も認められなかった。
【0097】
2) レジオネラ除菌効果
循環水中のレジオネラCFUを計測したところ、洗浄後CFUの低下が認められたが、検出下限値未満には達しなかった。測定結果を表5に示す。
【0098】
【0099】
3) 化学洗浄によるピット堆積物の除去効果
洗浄後、冷却塔ピット内の堆積物厚さを観察した。厚さの測定は定規を用い、側方からファイバースコープで観察することにより行った。観察結果から化学洗浄を行っても堆積物は除去されないことが判った。
【0100】
化学洗浄で残留したピット内堆積物の厚さの実測値を表6に示す。表6の通り、最大厚さは10mm以上であった。その結果ピット内中央部分でほとんど堆積物がなくても、充填材下、充填材と冷却塔縁の間部分には10mmをこえる堆積物の厚みがあることがわかった。これは、ピット内堆積物は充填材付着物が降り積もって形成されていることを示唆する。このような堆積物は化学洗浄では除去できないことがわかった。
【0101】
化学洗浄のみでレジオネラを不検出に維持するのは難しいといえる。
【0102】
【0103】
[実施例4]
付着堆積物厚さ1mm未満を維持するように物理的洗浄を行って冷却塔の運転を行った。
【0104】
即ち、通年稼働の保有水量約3m3の一辺約1mの角型冷却塔において、月1回の頻度で高圧水噴射による洗浄を行い16ヶ月にわたって付着堆積物の厚さを1mm未満に維持した。また、週1回、レジオネラ除菌剤(Cl-MIT)添加を実施した。その間、冷却塔底ピット底面の付着堆積物中のレジオネラ属特異的16SリボゾーマルRNAをコードするDNA(以下レジオネラ属特異的DNA)と冷却水中のレジオネラ属特異的DNA濃度を測定した。
【0105】
このDNA濃度測定に際しては、付着堆積物を約5000Gで5分の遠沈を行った後、上清を取り除き、その湿重量を測定し、重量とした。冷却水は1mLを採取し、約5000Gで5分の遠沈後、上清を取り除き、DNA抽出に供した。1mLを1gとして換算し、重量あたりのレジオネラ属特異的DNA濃度とした。
【0106】
レジオネラ属特異的16SrDNAの定量は、Cycleave(登録商標)PCR Legionella(16s rRNA)Detection Kit (タカラバイオ社)を用いて実施した。
【0107】
<結果>
レジオネラ属特異的DNA濃度の継時変化を
図4に示す。冷却塔底堆積物(スラッジ)と冷却塔充填材の付着物(スライム)の濃度はほぼ同じオーダーであった。一方、冷却水中の濃度はその1/1000~1/10000であった。これは、堆積物、付着物中にレジオネラが高濃度に存在していることを示しており、冷却水のレジオネラは堆積物、付着物から供給されていると推察される。
【0108】
冷却塔洗浄直後の冷却水中のレジオネラ属特異的DNAは増加した。一方、充填剤付着物、冷却塔堆積物のレジオネラ属特異的DNAは減少傾向を示した。この理由は、洗浄により堆積物、付着物中のレジオネラが冷却水に舞い上がって浮遊したためと考えられる。Cl-MIT添加と物理清掃により付着物、堆積物の厚さを1mm未満に継続すると、すべてのサンプル中のレジオネラ属特異的DNAの濃度が経時的に低下した。
【0109】
Cl-MIT投入・物理的洗浄開始時のレジオネラ属特異的DNA、開始後1~5か月間の濃度、1年~1年4か月間のDNA濃度平均とばらつきを表7に示す。表7からわかるように、物理的洗浄で付着物、堆積物の厚さを1mm未満に維持し、殺菌剤Cl-MITを組み合わせると、約1年後には付着物、堆積物、冷却水中のレジオネラ属特異的DNA濃度が1/100-1/1000に低下する。これは物理的清掃が付着物、堆積物の量を低減させるだけでなく、レジオネラ濃度を低減する効果があることを示している。このように、系内の付着堆積物の厚さを薄く維持することは、冷却水中からのレジオネラ検出リスクを低下させるために非常に有効である。
【0110】
【0111】
[実施例6]
冷却塔の運転停止後に冷却塔内を乾燥し、レジオネラ低減効果を観察した。
【0112】
<試験条件>
下記No.1~No.3の状態で運転停止している3塔の冷却塔から同日に、冷却塔内の充填材付着物及びピット堆積物を採取し、それぞれのレジオネラ属特異的DNAを定量し、比較した。結果を表8に示す。
【0113】
サンプルの濃縮、重量測定、DNA抽出、レジオネラ属特異的DNAの定量方法は、実施例5と同様である。
・ No.1(BoilerCT-1):長期水張のまま停止後、26日間循環
循環中にCl-MITをバッチ投入2回
付着物、堆積物の最大厚さ10mm以上
・ No.2(BoilerCT-2):長期水張のまま停止中。Cl-MIT投入なし
付着物、堆積物の最大厚さ10mm以上
・ No.3(D2CT-1):冬場水抜き乾燥保管後、水張し、約2か月間循環
Cl-MITを週1回バッチ投入
付着物、堆積物の最大厚さ10mm未満に維持
【0114】
【0115】
<考察>
充填材付着物のレジオネラ属特異的DNA濃度を比較すると、No.3はNo.1よりも大幅に低かった。No.3は、充填材付着物が少ない状態に維持され、さらに乾燥によりレジオネラが減少した状態で、レジオネラ除菌剤が有効に働いたと考えられる。
【0116】
No.1(Boiler-CT-1)は、堆積物が多量に放置されている状態であったため、レジオネラ除菌剤を添加しても、レジオネラ属特異的DNA濃度は低減されなかった。レジオネラが生育するリスクは高いと考えられる。
【0117】
No.2はレジオネラ除菌用薬剤を投入していないにもかかわらず濃度が低いのは、付着物が乾燥していたため、レジオネラが生育できなかったためと考えられる。
【0118】
冷却塔堆積物のレジオネラ属特異的DNA濃度を比較すると、No.3がNo.1,2よりも大幅に低かった。No.3は、堆積物が少ない状態に維持され、さらに長期停止時に水抜き乾燥を行ったため、堆積物のレジオネラ濃度が低下した状態で、稼働後レジオネラ除菌剤を定期的に添加しているため、レジオネラの増加が抑制されていると考えられる。
【0119】
No.1,2は堆積物が多量のまま放置されている。そのような冷却塔堆積物には高濃度のレジオネラ属DNAを含む堆積物が維持されることを示している。
【0120】
このように、冷却塔を物理的清掃した後、乾燥することで、対象物のレジオネラ濃度は低減するので、冷却塔の運転停止時は水抜きして乾燥することがレジオネラ抑制に重要であることが認められた。
【0121】
≪まとめ≫
(1) 机上試験でレジオネラ除菌剤の効果に悪影響が認められる厚さと認められない厚さが見出された。
(2) 実冷却水系で物理的洗浄をおこなった結果、付着堆積物厚さをレジオネラ除菌剤効果に悪影響が認められない10mm未満にし、除菌剤を机上で効果を発揮する濃度にバッチ添加することにより、系内のレジオネラCFU不検出が達成されることが見出された。
(3) 付着堆積物厚さ10mm以上では、同様の処理を行ってもレジオネラCFUは不検出にならなかった。また、化学洗浄を実施してもレジオネラCFUは不検出にならず、堆積物の明らかな低下は認められなかった。
(4) 実系運転中の付着物・堆積物厚さを二次元の定規で計測した。二次元定規で測定困難な狭い場所には三次元階段状のゲージ(実施例参照)を用いて上から観察することで計測できた。
(5) 付着物・堆積物の厚さを指標とした厚さ未満に維持し、一年間運転すると付着物・堆積物中のレジオネラDNA濃度が1/100~1/1000に低下した。それと連動して水中のレジオネラDNA濃度も同様に低下した。これによりレジオネラCFU検出のリスクがより低減された。
(7) 運転終了時、乾燥工程を追加すると、次の使用開始時に、水を張った状態で停止していた場合よりも付着物・堆積物中のレジオネラDNA濃度が1/100~1/1000に低下した。乾燥することによりレジオネラ検出のリスクが低下すると考えられる。