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特開2024-113758鉄(Fe)-ニッケル(Ni)-コバルト(Co)系合金粉
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024113758
(43)【公開日】2024-08-23
(54)【発明の名称】鉄(Fe)-ニッケル(Ni)-コバルト(Co)系合金粉
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/147 20060101AFI20240816BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240816BHJP
   B22F 1/05 20220101ALI20240816BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20240816BHJP
   H01F 1/20 20060101ALI20240816BHJP
   B22F 9/24 20060101ALN20240816BHJP
【FI】
H01F1/147 108
C22C38/00 303S
B22F1/05
B22F1/00 Y
H01F1/20
B22F9/24 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023018910
(22)【出願日】2023-02-10
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】行延 雅也
(72)【発明者】
【氏名】申 民燮
(72)【発明者】
【氏名】水野 しおり
【テーマコード(参考)】
4K017
4K018
5E041
【Fターム(参考)】
4K017AA04
4K017AA08
4K017BA06
4K017BB06
4K017CA01
4K017CA07
4K017DA02
4K017DA07
4K017EJ01
4K017FB01
4K017FB11
4K018AA24
4K018BB03
4K018BB04
4K018KA43
4K018KA63
5E041AA06
5E041BD12
5E041NN01
5E041NN12
5E041NN13
(57)【要約】
【課題】焼結した際に高い飽和磁束密度(Bs)と低い保磁力(Hc)を示す鉄(Fe)-ニッケル(Ni)-コバルト(Co)系合金粉を提供すること。
【解決手段】 少なくとも鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、及びコバルト(Co)を磁性金属として含む鉄(Fe)-ニッケル(Ni)-コバルト(Co)系合金粉であって、平均粒径が0.1μm以上2.0μm以下であり、鉄(Fe)量が33モル%以上64モル%以下、ニッケル(Ni)量が28モル%以上37モル%以下、且つコバルト(Co)量が8モル%以上30モル%以下であり、合金粉の飽和磁束密度(Bs)が1.55T(テスラ)以上1.85T以下であり、合金粉を焼結させて真密度の90%以上の密度の焼結体とした場合に、その保磁力(Hc)が100A/m以上300A/m以下である、
合金粉。
【選択図】図13

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、及びコバルト(Co)を磁性金属として含む鉄(Fe)-ニッケル(Ni)-コバルト(Co)系合金粉であって、
平均粒径が0.1μm以上2.0μm以下であり、
鉄(Fe)量が33モル%以上64モル%以下、ニッケル(Ni)量が28モル%以上37モル%以下、且つコバルト(Co)量が8モル%以上30モル%以下であり、
合金粉の飽和磁束密度(Bs)が1.55T(テスラ)以上1.85T以下であり、
合金粉を焼結させて真密度の90%以上の密度の焼結体とした場合に、その保磁力(Hc)が100A/m以上300A/m以下である、
合金粉。
【請求項2】
焼結軟磁性合金層製造用である、請求項1に記載の合金粉。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄(Fe)-ニッケル(Ni)-コバルト(Co)系合金粉に関する。
【背景技術】
【0002】
パーマロイとして知られる鉄-ニッケル系合金は、高い透磁率を有する軟磁性材料であり、チョークコイルやインダクタなどの磁性部品の磁芯に用いられる。特に鉄-ニッケル系合金粉は、これを圧縮成形して得られる磁芯用圧粉コア(圧粉磁芯)の材料として利用されている。
【0003】
パーマロイには、78パーマロイ(パーマロイA)や45パーマロイといった種々のものが知られており、その磁気特性や用途に応じて、使い分けられている。78パーマロイは、ニッケル含有量が約78.5質量%の鉄-ニッケル合金であり、透磁率が高いという特徴がある。45パーマロイは、ニッケル含有量が45質量%の鉄-ニッケル合金であり、透磁率がやや低いものの、飽和磁束密度が高いという特徴がある。
【0004】
近年、ノートパソコンやスマートフォンなどのモバイル機器の小型化・高性能化が急速に進んでいる。また、これに伴い、インダクタなどの磁性部品には、磁気特性向上に加えて高周波化への対応が求められている。そしてそのためには、圧粉コアの材料には、磁束密度が高いとともに、損失の低減が求められている。損失には、主としてヒステリシス損失と渦電流損失がある。ヒステリシス損失を抑えるためには、合金粉の保磁力を低くすることが有効である。一方で渦電流損失を抑えるためには、合金粉の粒子表面に薄い絶縁コーティングを施し、それにより粒子間の渦電流を低減することや、合金粉を微細にするとともに、粒度分布を小さくすることが有効である。粗大な粒子が存在すると、その中で渦電流が流れやすくなりジュール熱による損失が発生するからである。
【0005】
このように、インダクタなどの磁性部品には、軟磁性粉を圧縮成形した圧粉コア(圧粉磁芯)が広く用いられるが、それとは異なり、軟磁性粉の成形体を焼結して得た焼結体を磁性部品に適用することも知られている。例えば特許文献1には、パーマロイ(Fe-Ni合金)、センダスト(Fe-Si-Al合金)、Fe-Si合金、Fe-Co-Ni合金等の軟磁性粉を高温で焼結させた軟磁性合金層を、絶縁層を介して積層した多層厚膜で構成する磁気素子が開示されている(特許文献1の特許請求の範囲及び[0023]等)。
【0006】
この場合は、前述した圧粉コアとは違って、軟磁性粉自体の磁気特性よりも軟磁性粉を焼結して得られる焼結体の磁気特性が重要となる。すなわち、軟磁性粉を焼結した際に、飽和磁束密度が高く、且つ保磁力が低くなることが望まれる。また、軟磁性合金層の厚みを薄くするという観点から、微細な軟磁性粉が好ましい。
【0007】
ところで、微細な合金粉を作製する手法として、アトマイズ法、気相還元法及び乾式還元法などの乾式法が従来から知られている。アトマイズ法は、金属溶湯に水又はガスを吹き付けて、溶湯を急冷凝固させる手法である。気相還元法は、気相状態の金属ハロゲン化物を水素還元する手法である。乾式還元法は、還元剤を用いて金属酸化物を還元する手法である。
【0008】
例えば特許文献2には、ノイズフィルタ、チョークコイル、インダクタなどの素材として用いるNi-Fe系合金粉末に関して、気相還元法により製造する旨が記載されている(特許文献2の[0001]及び[0014])。また特許文献2には、NiClとFeClの混合物を加熱し、蒸気化した塩化物と水素ガスとを接触させて還元反応を起こさせて、Ni-Fe合金の微粉末を作製する旨が開示されている(特許文献2の[0016])。また特許文献3には、チョークコイルやインダクタ等の電子部品の材料として用いられるFe-Ni系合金粉末に関して、FeとNiの酸化物を還元性ガス中で還元して作製する旨が記載されている(特許文献3の請求項1及び[0001])。
【0009】
一方で、湿式法を用いて、より微細な合金粉を作製することが提案されている。例えば、特許文献4には、ニッケル塩と鉄塩を含む水溶液に、ヒドラジンなどの還元剤を添加して、水溶液に含まれるニッケルイオンおよび鉄イオンを同時に還元することにより、ニッケル-鉄合金ナノ粒子を生成することを特徴とするニッケル-鉄合金ナノ粒子の製造方法が開示されている(特許文献4の請求項1~6)。またこの製造方法によれば、磁気特性を付与するためのフィラーとして好適な、平均一次粒子が200nm以下のニッケル-鉄合金ナノ粒子を、工業的規模にて低製造コストで、効率的に製造することができるとされている(特許文献4の[0015])。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2002-289419号公報
【特許文献2】特開2003-193160号公報
【特許文献3】特開2012-197474号公報
【特許文献4】特開2008-024961号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
軟磁性粉の焼結体をインダクタなどの磁性部品に適用することが従来から提案されるものの、従来の技術には改良の余地があった。すなわち、軟磁性粉を焼結させて焼結体にすると、飽和磁束密度(Bs)はほとんど変化しないのに対し、保磁力(Hc)は大きく低下する。これは、軟磁性粉では表面や粒界が磁壁の移動を妨げる要因として作用するためと考えられ、焼結体ではこれらの要因がなくなるため磁気特性において材料組成の影響が極めて大きくなる。一般的に、軟磁性材料では、飽和磁束密度(Bs)を高めようとすると保磁力(Hc)も高くなるというトレードオフの関係が知られており、高飽和磁束密度と低保磁力の両立は容易ではない。
【0012】
さらに、微細な合金粉を得るという観点では、乾式法や湿式法での作製方法がいくつか提案されているものの、従来の技術には、粉体特性に優れた合金粉を得る上で改良の余地があった。例えば、アトマイズ法で製造した合金粉は、その平均粒径が数μm以上と大きく微細化の要求に十分に応えていない。また特許文献2で提案される気相還元法では、得られる合金粉は、粒度分布が広く、粗大粒子を含んでいる。また合金粉末の組成や粒径が安定しないという問題もある。特許文献3で提案される乾式還元法は、高温加熱を必要とするため、得られる合金粉が焼結して粗大な凝集粒子を形成しやすいという問題がある。
【0013】
本発明者らは、このような従来の問題点に鑑みて鋭意検討を行った。その結果、低い保磁力(Hc)が得られる鉄-ニッケル系組成(ニッケル含有量が28モル%以上37モル%以下)において、鉄の一部をコバルトで置き換えた特定の鉄-ニッケル-コバルト系組成にすれば、軟磁性粉の焼結体において低い保磁力(Hc)を保ったまま飽和磁束密度(Bs)を高めることができるという知見を得た。さらに、この特定組成を有する鉄-ニッケル-コバルト系合金の微細粉を湿式法で安価、且つ容易に得ることができるという知見も得た。
【0014】
本発明は、このような知見に基づき完成されたものであり、焼結した際に高い飽和磁束密度(Bs)と低い保磁力(Hc)を示す鉄(Fe)-ニッケル(Ni)-コバルト(Co)系合金粉の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、下記(1)及び(2)の態様を包含する。なお本明細書において「~」なる表現は、その両端の数値を含む。すなわち「X~Y」は「X以上Y以下」と同義である。
【0016】
(1)少なくとも鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、及びコバルト(Co)を磁性金属として含む鉄(Fe)-ニッケル(Ni)-コバルト(Co)系合金粉であって、平均粒径が0.1μm以上2.0μm以下であり、鉄(Fe)量が33モル%以上64モル%以下、ニッケル(Ni)量が28モル%以上37モル%以下、且つコバルト(Co)量が8モル%以上30モル%以下であり、合金粉の飽和磁束密度(Bs)が1.55T(テスラ)以上1.85T以下であり、合金粉を焼結させて真密度の90%以上の密度の焼結体とした場合に、その保磁力(Hc)が100A/m以上300A/m以下である、合金粉。
【0017】
(2)焼結軟磁性合金層製造用である、上記(1)の合金粉。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、焼結した際に高い飽和磁束密度(Bs)と低い保磁力(Hc)を示す鉄(Fe)-ニッケル(Ni)-コバルト(Co)系合金粉が提供される。特に本発明によれば、飽和磁束密度を比較的高いレベルに維持しつつ、保磁力が非常に低い合金粉が提供される。このような合金粉を用いることで、ヒステリシス損失が小さく抑えられた焼結軟磁性合金層を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本実施形態の合金粉の製造方法の説明に供するプロセス図である。
図2】第1の態様における反応液調製及び合金粉製造の説明に供するプロセス図である。
図3】第1の態様における反応液調製及び合金粉製造の説明に供するプロセス図である。
図4】第2の態様における反応液調製及び合金粉製造の説明に供するプロセス図である。
図5】第2の態様における反応液調製及び合金粉製造の説明に供するプロセス図である。
図6】第3の態様における反応液調製及び合金粉製造の説明に供するプロセス図である。
図7】実施例1の晶析工程における反応槽内の液温推移を示す図である。
図8】実施例1で得られた合金粉(スパイラルジェット解砕処理後)のSEM像である。
図9】比較例1で得られた合金粉(スパイラルジェット解砕処理後)のSEM像である。
図10】比較例2で得られた合金粉(スパイラルジェット解砕処理後)のSEM像である。
図11】比較例3で得られた合金粉のSEM像である。
図12】比較例4の鉄粉のSEM像である。
図13】軟磁性粉の飽和磁束密度(Bs)と、この軟磁性粉の焼結体の保磁力(Hc)を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施形態」という)について説明する。なお本発明は以下の実施形態に限定されるものでなく、本発明の要旨を変更しない範囲において種々の変更が可能である。
【0021】
<<1.鉄-ニッケル-コバルト系合金粉の製造方法>>
本実施形態の鉄(Fe)-ニッケル(Ni)-コバルト(Co)系合金粉の製造方法は、以下の工程;磁性金属源、核剤、錯化剤、還元剤、及びpH調整剤を含む出発原料を準備する準備工程、この出発原料と水とを含む反応液を調製し、この反応液中で、上述した磁性金属を含む晶析粉を還元反応により晶析させる晶析工程、及び得られた反応液から晶析粉を回収する回収工程、を備える。ここで鉄(Fe)-ニッケル(Ni)-コバルト(Co)系合金粉は少なくとも鉄(Fe)、ニッケル(Ni)及びコバルト(Co)を磁性金属として含む。また磁性金属源は水溶性鉄塩、水溶性ニッケル塩及び水溶性コバルト塩を含む。核剤はニッケルよりも貴な金属の水溶性塩である。錯化剤はヒドロキシカルボン酸、ヒドロキシカルボン酸の塩、及びヒドロキシカルボン酸の誘導体からなる群から選択される少なくとも一種である。還元剤はヒドラジン(N)である。
【0022】
本実施形態の鉄(Fe)-ニッケル(Ni)-コバルト(Co)系合金粉(以下、単に「合金粉」と称する場合がある)は、少なくとも鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、及びコバルト(Co)を含む。鉄、ニッケル及びコバルトは、いずれも強磁性を示す磁性金属である。そのため鉄-ニッケル-コバルト合金粉は飽和磁束密度が高く、磁気特性に優れている。なお本明細書において磁性金属は鉄、ニッケル及びコバルトの総称である。
【0023】
本実施形態の合金粉に含まれる鉄(Fe)、ニッケル(Ni)及びコバルト(Co)の割合は、焼結した際の高い飽和磁束密度(Bs)と低い保磁力(Hc)の両立という観点から、鉄(Fe)量が33モル%以上64モル%以下、ニッケル(Ni)量が28モル%以上37モル%以下、且つコバルト(Co)量が8モル%以上30モル%以下である。ただし、鉄、ニッケル及びコバルトの合計量は100モル%以下である。
【0024】
本実施形態の合金粉は、磁性金属(Fe、Ni及びCo)以外の他の添加成分の含有を排除しない。しかしながら、磁性金属に基づく効果を最大限に活用する上で、磁性金属以外の添加成分の含有量は、少ないほど好ましい。磁性金属以外の他の成分の含有量は10質量%以下であってよく、5質量%以下であってよく、1質量%以下であってよく、0質量%であってもよい。また合金粉には、製造工程中に不可避的に混入する不純物(不可避不純物)が含まれる場合がある。このような不可避不純物として、酸素(O)、炭素(C)、塩素(Cl)、アルカリ成分(Na、K等)が挙げられる。不可避不純物は合金粉の特性劣化をもたらす恐れがあるため、その量を極力抑えることが好ましい。不可避不純物量は、合金粉表面に必ず形成される酸化被膜に含まれる酸素(O)では、5質量%以下が好ましく、3質量%以下がより好ましい。一方で、炭素(C)、塩素(Cl)、アルカリ成分(Na、K等)は、1質量%以下が好ましく、0.5質量%以下がより好ましく、0.1質量%以下がさらに好ましい。合金粉は、磁性金属を含み、残部不可避不純物からなる組成を有してもよい。
【0025】
また本実施形態の合金粉は、製造時に加えられる核剤由来の成分(Cu、Pd、Pt)を含む場合がある。核剤由来の銅(Cu)、パラジウム(Pd)及び白金(Pt)の含有量は、0.001モルppm以上5.0モルppm以下が好ましい。
【0026】
本実施形態の合金粉の製造方法は、少なくとも準備工程、晶析工程、及び回収工程を備える。また必要に応じて、回収工程後や回収工程の途中に解砕工程を設けてもよい。図1に、本実施形態の製造方法におけるプロセスの一例を概略的に示す。図1では、解砕処理が示されているが、この処理は必要に応じて設ければよく、必須の処理ではない。また、解砕処理を行う場合には、これらの処理を実施する順番について特に制約はない。各工程の詳細について、以下に説明する。
【0027】
<準備工程>
準備工程では、磁性金属源、核剤、錯化剤、還元剤、及びpH調整剤を出発原料として準備する。磁性金属源は鉄、ニッケル及びコバルトの原料である。また出発原料にアミン化合物が含まれてもよい。各原料について、以下に説明する。
【0028】
(a)磁性金属源
磁性金属源は磁性金属の原料であり、少なくとも水溶性鉄塩、水溶性ニッケル塩及び水溶性コバルト塩を含む。鉄塩は、合金粉に含まれる鉄成分の原料(鉄源)であり、易水溶性の鉄塩である限り、特に限定されない。鉄塩として、2価及び/又は3価の鉄イオンを含む塩化鉄、硫酸鉄、硝酸鉄、又はこれらの混合物が挙げられる。水溶性鉄塩は、好適には塩化第一鉄(FeCl)、硫酸第一鉄(FeSO)、及び硝酸第一鉄(Fe(NO)からなる群から選ばれる少なくとも一種である。ニッケル塩は、合金粉に含まれるニッケル成分の原料(ニッケル源)であり、易水溶性のニッケル塩である限り、特に限定されない。水溶性ニッケル塩は、好適には塩化ニッケル(NiCl)、硫酸ニッケル(NiSO)、及び硝酸ニッケル(Ni(NO)からなる群から選ばれる少なくとも一種である、特に好適には塩化ニッケル(NiCl)、及び硫酸ニッケル(NiSO)からなる群から選ばれる少なくとも一種である。水溶性コバルト塩は、易水溶性のコバルト塩である限り、特に限定されない。水溶性コバルト塩は、好適には塩化コバルト(CoCl)、硫酸コバルト(CoSO)、及び硝酸コバルト(Co(NO)からなる群から選ばれる少なくとも一種であり、特に好適には塩化コバルト(CoCl)、及び硫酸コバルト(CoSO)からなる群から選ばれる少なくとも一種である。鉄やニッケルの一部をコバルトで置換した鉄-ニッケル-コバルト合金粉は、飽和磁束密度が高くなるという特徴を有している。
【0029】
水溶性コバルト塩は、合金粉の晶析時において還元反応を促進する作用(還元促進作用)を有し、さらに合金粉を表面が平滑な球状粒子にする作用(球状化促進作用)も有している。したがって、磁性金属源において、水溶性コバルト塩の含有割合を8モル%以上30モル%以下とすれば、還元剤としてのヒドラジン使用量を非常に少なくしても、飽和磁束密度が極めて大きく(例えば1.55T(テスラ)以上)、表面が平滑で球状の鉄-ニッケル-コバルト合金粉を得ることができる。
【0030】
(b)核剤
核剤はニッケルよりも貴な金属の水溶性塩である。この核剤(ニッケルよりも貴な金属の水溶性塩)は、後続する晶析工程で反応液中において優先的に還元されて初期核を生成し、その初期核が晶析粉の析出を促す作用がある。ここでニッケルよりも貴な金属とは、水溶液中で、標準電位系列における電位がニッケルよりも高い金属のことである。またニッケルよりも貴な金属は、ニッケルよりもイオン化傾向が小さい金属ということもできる。このような金属として、スズ(Sn)、鉛(Pb)、アンチモン(Sb)、ビスマス(Bi)、銅(Cu)、銀(Ag)、パラジウム(Pd)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)、及び金(Au)が挙げられる。
【0031】
核剤としてニッケルよりも貴な金属の水溶性塩を用いることで、後続する晶析工程で、晶析粉の反応液中での形成を制御することができる。例えば、核剤添加量を増やせば微細な晶析粉を得ることができる。すなわち晶析工程では、反応液に含まれる磁性金属のイオンや錯イオンが還元されて析出して、晶析粉が形成される。磁性金属のなかでニッケルは鉄やコバルトより貴な性質を有しており、イオン化傾向が小さい。そのため、ニッケルよりも貴な金属の水溶性塩(核剤)が反応液に含まれていると、全ての磁性金属に先立ち、ニッケルよりも貴な金属が還元析出する。析出したニッケルよりも貴な金属は初期核として働き、この初期核が粒成長して磁性金属からなる晶析粉を形成するため、初期核数を決める核剤添加量によって晶析粉の粒径制御が可能になる。
【0032】
核剤は、ニッケルよりも貴な金属の水溶性塩である限り、特に限定されない。しかしながら、核剤は、好適には銅塩、パラジウム塩、及び白金塩からなる群から選ばれる少なくとも一種である。銅(Cu)、パラジウム(Pd)及び白金(Pt)は、特に貴な性質が強く、イオン化傾向が小さい。そのため核剤としての効果に特に優れている。水溶性銅塩として、限定されるものではないが、硫酸銅が挙げられる。また水溶性のパラジウム塩として、限定されるものではないが、塩化パラジウム(II)ナトリウム、塩化パラジウム(II)アンモニウム、硝酸パラジウム(II)、硫酸パラジウム(II)などが挙げられる。核剤は、特に好適にはパラジウム塩である。パラジウム塩を用いると、晶析粉(合金粉)の粒径をより一層微細に制御することが可能になる。
【0033】
核剤の配合量は、最終的に得られる合金粉の粒径が所望の値になるように調製すればよい。例えば、磁性金属の合計量に対する核剤の配合量は、0.001モルppm以上5.0モルppm以下であってよく、0.005モルppm以上2.0モルppm以下であってもよい。核剤の配合量をこの範囲内に設定することで、平均粒径0.2μm以上2.0μm以下の合金粉を得ることができる。しかしながら、核剤の配合量は上述した範囲内に限定される訳ではない。例えば、平均粒径0.2μm未満の微細な合金粉を作製する場合には、核剤の配合量を5.0モルppm超に設定すればよい。
【0034】
(c)錯化剤
錯化剤は、ヒドロキシカルボン酸、ヒドロキシカルボン酸の塩、及びヒドロキシカルボン酸の誘導体からなる群から選択される少なくとも一種である。この錯化剤(ヒドロキシカルボン酸等)は、後続する晶析工程で反応の均一化を図る作用がある。すなわち磁性金属成分は反応液中では磁性金属イオン(Fe2+、Ni2+等)として溶解しているが、pH調整剤(NaOH等)により反応液が強アルカリ性となるため、反応液中で溶解する磁性金属イオン量は極めて微量である。ところが錯化剤が存在すると、磁性金属成分は、錯イオン(Fe錯イオン、Ni錯イオン等)として多く溶解できるようになる。このような錯イオンの存在により、還元反応速度が大きくなるとともに、磁性金属成分の局所的偏在が抑制され、反応系の均一化が可能になる。また錯化剤は、反応液中での複数の磁性金属イオンの錯安定性バランスを変化させる作用がある。そのため、錯化剤が存在すると、磁性金属の還元反応が変化し、核生成速度と粒成長速度のバランスが変化する。本実施形態で特定される錯化剤(ヒドロキシカルボン酸等)を用いることで、上述した作用が複合的に働くとともに、反応が好ましい方向に進む。そしてその結果、得られる合金粉の粉体特性(粒子径、粒度分布、球状性、粒子の表面性状)が向上する。また粉体特性が向上した合金粉は、充填性に優れており、圧粉コア用原料として好適である。この点、本実施形態の錯化剤(ヒドロキシカルボン酸等)は、還元反応促進剤、球状化促進剤、及び表面平滑剤としての機能を有するということができる。好適な錯化剤は、酒石酸((CH(OH)COOH))及びクエン酸(C(OH)(CHCOOH)COOH)から選ばれる少なくとも一種のヒドロキシカルボン酸を含む。
【0035】
磁性金属の合計量に対する錯化剤の配合量は、5モル%以上100モル%以下が好ましく、10モル%以上75モル%以下がより好ましく、15モル%以上50モル%以下がさらに好ましい。配合量が5モル%以上であると、還元反応促進剤、球状化促進剤、及び表面平滑剤としての機能が十分に発揮されるため、合金粉の粉体特性(粒子径、粒度分布、球状性、粒子の表面性状)がより一層優れたものになる。また配合量が100モル%以下であると、錯化剤としての機能発現の度合いに大きな違いを生じることなく、錯化剤の使用量を抑えることができる。そのため製造コスト低減につながる。
【0036】
(d)還元剤
還元剤は、ヒドラジン(N、分子量:32.05)である。この還元剤(ヒドラジン)は、後続する晶析工程で、反応液中の磁性金属のイオン及び錯イオンを還元する作用がある。ヒドラジンは、還元力が強いとともに、還元反応に伴う副生成物が反応液中に生成しないという利点がある。また不純物の少ない高純度のヒドラジンを入手することは容易である。
【0037】
ヒドラジンには、無水のヒドラジンの他に、ヒドラジン水和物である抱水ヒドラジン(N・HO、分子量:50.06)が知られている。いずれを用いてもよい。抱水ヒドラジンとして、例えば、市販されている工業グレードの60質量%抱水ヒドラジンを用いることができる。
【0038】
還元剤の配合量は、鉄(Fe)-ニッケル(Ni)-コバルト(Co)系合金粉の組成に大きく依存し、還元されにくい鉄の含有割合が大きいほど多く必要になる。また、合金粉の組成以外にも、反応液の温度、あるいは錯化剤やpH調整剤の配合量などにも影響される。ただし、先述した水溶性コバルト塩の作用により、鉄-ニッケル合金粉に比べると還元剤の配合量を低減できる。例えば、鉄の含有割合が33モル%以上64モル%以下、ニッケルの含有割合が28モル%以上37モル%以下で、コバルト(Co)の含有割合が8モル%以上30モル%以下の組成の合金粉を製造する場合には、磁性金属の合計量に対する還元剤の配合量は、モル比で1.0以上4.0以下が好ましい。
【0039】
(e)pH調整剤
pH調整剤は、水酸化アルカリである。このpH調整剤(水酸化アルカリ)は、還元剤たるヒドラジンの還元反応を強くする作用がある。すなわちヒドラジンは反応液のpHが高いほど、還元力が強くなる。したがってpH調整剤として水酸化アルカリを用いることで、反応液中磁性金属イオン及び錯イオンの還元反応、及びそれに伴う晶析粉の析出が促される。水酸化アルカリの種類は特に限定されない。しかしながら、入手の容易さ及び価格の点で、pH調整剤が、水酸化ナトリウム(NaOH)及び水酸化カリウム(KOH)から選ばれる少なくとも一種を含むことが好適である。
【0040】
pH調整剤(水酸化アルカリ)の配合量は、還元剤(ヒドラジン)の還元力が十分に高くなるように調製すればよい。具体的には、反応温度における反応液のpHは9.5以上が好ましく、10以上がより好ましく、10.5以上がさらに好ましい。したがってpHがこの範囲内に収まるよう、水酸化アルカリの配合量を調製すればよい。
【0041】
(f)アミン化合物
必要に応じて、出発原料は、アミン化合物をさらに含んでもよい。このアミン化合物は、2個以上の第1級アミノ基(-NH)、1個の第1級アミノ基(-NH)及び1個以上の第2級アミノ基(-NH-)、又は2個以上の第2級アミノ基(-NH-)を分子内に含有する。
【0042】
アミン化合物は、後続する晶析工程での還元反応を促進する作用がある。すなわちアミン化合物には錯化剤としての機能があり、反応液中の磁性金属イオン(Fe2+、Ni2+等)を錯化して、錯イオン(Fe錯イオン、Ni錯イオン等)を形成する働きがある。そして錯イオンが反応液中に存在する結果、還元反応がより一層進行すると考えられる。
【0043】
またアミン化合物は、還元剤たるヒドラジンの自己分解を抑制する作用がある。すなわち、反応液中に磁性金属からなる晶析粉が析出すると、この磁性金属中のニッケル(Ni)が触媒として働く結果、ヒドラジンが分解してしまうことがある。これをヒドラジンの自己分解とよぶ。この分解反応は、下記(1)式に示すように、ヒドラジン(N)が窒素(N)とアンモニア(NH)に分解する反応である。このような自己分解が起こると、ヒドラジンの還元剤としての機能が損なわれるため好ましくない。
【0044】
【化1】
【0045】
配合液中にアミン化合物を加えておくことで、ヒドラジンの自己分解を抑制することが可能になる。その詳細なメカニズムは不明であるが、反応液中のヒドラジンと晶析粉との過剰接触が妨げられるためではないかと推測している。すなわちアミン化合物分子に含まれるアミノ基の内、特に第1級アミノ基(-NH)や第2級アミノ基(-NH-)は、反応液中の晶析粉表面に強く吸着する。アミン化合物分子が晶析粉を覆って保護することで、ヒドラジン分子と晶析粉との過剰接触が妨げられ、それによりヒドラジンの自己分解が抑制されるのではないかと考えている。ヒドラジンの自己分解は、磁性金属中のニッケルの含有割合が大きいと顕著になるため、特にそういう場合においてアミン化合物は有効に作用する。
【0046】
アミン化合物は、好適にはアルキレンアミン及びアルキレンアミン誘導体の少なくとも一種である。またアルキレンアミン及び/又はアルキレンアミン誘導体は、分子内のアミノ基の窒素原子が炭素数2の炭素鎖を介して結合した、下記(A)で表される構造を少なくとも有するものが好適である。
【0047】
【化2】
【0048】
このようなアルキレンアミンやアルキレンアミン誘導体をアミン化合物として用いることで、ヒドラジン(還元剤)の自己分解抑制の効果をより一層効果的に発揮することができる。その理由として、このようなアルキレンアミンやアルキレンアミン誘導体は、それに含まれる炭素鎖が短いが故に、晶析粉へのヒドラジン分子の接触を効果的に抑制するためと考えている。これに対して、アミノ基の窒素原子が過剰に長い炭素鎖を介して結合している場合には、このアミノ基が晶析粉に吸着したとしても、炭素鎖の運動の自由度が大きい。そのため、晶析粉とヒドラジン分子の接触が効果的に妨げられなくなるのではないかと推測している。
【0049】
上記(A)で表される構造を有するアルキレンアミンの具体例は、エチレンジアミン(略称:EDA)(HNCNH)、ジエチレントリアミン(略称:DETA)(HNCNHCNH)、トリエチレンテトラミン(略称:TETA)(HN(CNH)NH)、テトラエチレンペンタミン(略称:TEPA)(HN(CNH)NH)、ペンタエチレンヘキサミン(略称:PEHA)(HN(CNH)NH)、プロピレンジアミン(別名称:1,2-ジアミノプロパン、1,2-プロパンジアミン)(略称:PDA)(CHCH(NH)CHNH)からなる群から選ばれる一種以上である。また上記(A)で表される構造を有するアルキレンアミン誘導体の具体例は、トリス(2-アミノエチル)アミン(略称:TAEA)(N(CNH)、N-(2-アミノエチル)エタノールアミン(別名称:2-(2-アミノエチルアミノ)エタノール(略称:AEEA)(HNCNHCOH)、N-(2-アミノエチル)プロパノールアミン(別名称:2-(2-アミノエチルアミノ)プロパノール(略称:AEPA)(HNCNHCOH)、L(または、D、DL)-2,3-ジアミノプロピオン酸(別名称:3-アミノ-L(または、D、DL)-アラニン)(略称:DAPA)(HNCHCH(NH)COOH)、エチレンジアミン-N,N’-二酢酸(別名称:エチレン-N,N’-ジグリシン)(略称:EDDA)(HOOCCHNHCNHCHCOOH)、1,2-シクロヘキサンジアミン(別名称:1,2-ジアミノシクロヘキサン)(略称:CHDA)(HNC10NH)から選ばれる1種以上である。これらのアルキレンアミンやアルキレンアミン誘導体は水溶性であり、なかでもエチレンジアミン及びジエチレントリアミンは、ヒドラジンの自己分解抑制作用が比較的強く、かつ入手が容易で安価なため好ましい。
【0050】
エチレンジアミン(EDA)、ジエチレントリアミン(DETA)、トリエチレンテトラミン(TETA)、テトラエチレンペンタミン(TEPA)、ペンタエチレンヘキサミン(PEHA)、プロピレンジアミン(PDA)、トリス(2-アミノエチル)アミン(TAEA)、N-(2-アミノエチル)エタノールアミン(AEEA)、N-(2-アミノエチル)プロパノールアミン(AEPA)、及びL(または、D、DL)-2,3-ジアミノプロピオン酸(DAPA)の構造式を、下記(B)~(M)に示す。
【0051】
【化3】
【0052】
【化4】
【0053】
【化5】
【0054】
【化6】
【0055】
【化7】
【0056】
【化8】
【0057】
【化9】
【0058】
【化10】
【0059】
【化11】
【0060】
【化12】
【0061】
【化13】
【0062】
【化14】
【0063】
磁性金属の合計量に対するアミン化合物の配合量は0.00モル%以上5.00モル%以下が好ましく、0.01モル%以上5.00モル%以下がより好ましく、0.03モル%以上5.00モル%以下がさらに好ましい。アミン化合物の配合量は0.00モル%、すなわちアミン化合物を配合しなくてもよい。しかしながら配合量を0.01モル%以上にすることで、アミン化合物に基づくヒドラジンの自己分解抑制の効果及び還元反応促進の効果を十分に発揮させることが可能になる。また配合量を5.00モル%以下にすることで、錯化剤としての機能を適度に発現させることが可能になる。そのため、合金粉の粉体特性(粒子径、粒度分布、球状性、粒子の表面性状)をより優れたものにすることが可能になる。アミン化合物の配合量が5.00モル%を超えて多くなると、錯化剤としての働きが強くなり過ぎる。粒子成長が異常をきたして、合金粉の粉体特性が劣化する恐れがある。
【0064】
<晶析工程>
晶析工程では、準備した出発原料と水とを含む反応液を調製し、この反応液中で、前記磁性金属を含む晶析粉を還元反応により晶析させる。反応液の調製と晶析粉の晶析について、以下にそれぞれ説明する。なお実際の製造では、ほとんどの場合には、反応液を調製すると同時に晶析反応が始まるものの、反応液を調製する途中にわずかではあっても晶析反応が始まる可能性がある。なお、ここで言う晶析反応は、晶析過程で起きる反応のことである。すなわち、ヒドラジンによる還元反応(後述の(6)式など)を主とするものの、それ以外にもヒドラジンの自己分解反応(前述の(1)式)などを含む。したがって、還元反応よりも広い意味合いで晶析反応なる用語を用いている。
【0065】
晶析工程では、金属塩原料溶液や還元剤溶液などの複数の溶液のうち少なくともいずれかを加熱した後に混合して反応液を調製し、反応液を反応槽内で加熱撹拌しながら所定温度に保ち、その状態で晶析反応を進める。加熱には汎用の方法を適用でき、例えば、反応槽(反応容器)をウォーターバス内に設置したり、あるいは蒸気ジャケット付き反応槽やヒーター付き反応槽を用いたりする手法が挙げられる。反応槽(反応容器)や反応液撹拌のための撹拌翼には、核剤の働きを妨げないという観点から反応液と接した際にそれらの表面でできるだけ核発生しにくい不活性な材質であること、さらには強度や熱伝導性に優れることなどが求められる。これらを満足するには、例えば、フッ素樹脂(PTFE、PFAなど)で被覆した金属容器(テフロン(登録商標)被覆ステンレス容器など)や撹拌翼(テフロン(登録商標)被覆ステンレス撹拌翼など)が好適である。
【0066】
(a)反応液の調製
まず出発原料である磁性金属源、核剤、錯化剤、還元剤、pH調整剤、及び必要に応じてアミン化合物を、必要に応じて水に溶解させた後に混合して、反応液を調製することができる。この反応液を調製する際に用いられる水として、最終的に得られる合金粉の不純物量低減を図るために、高純度なものを用いることが好ましい。高純度な水として、導電率が1μS/cm以下の純水や、導電率が0.06μS/cm以下の超純水を用いることが可能であり、なかでも、安価で入手が容易な純水を用いることが好ましい。
【0067】
鉄塩、ニッケル塩、コバルト塩、及び水酸化アルカリなどのように、出発原料が固体の場合は、これらを水と予め混合して溶解して水溶液にしておくことが好ましい。出発原料と水との混合は、撹拌混合など公知の手法で行えばよい。出発原料や水溶液の混合の手順は、反応液の均一性が損なわなければ特に限定されない。しかしながら、反応液の均一性を確保する観点から、各出発原料を含む水溶液を予め別個に調製し、調製した水溶液を混合することが好ましく、以下に説明する第1の態様又は第2の態様にしたがって反応液を調製することが特に好ましい。
【0068】
第1の態様では、晶析工程で反応液を調製する際、磁性金属源、核剤、及び錯化剤を水に溶解させた金属塩原料溶液と、還元剤を水に溶解させた還元剤溶液と、pH調整剤を水に溶解させたpH調整溶液と、をそれぞれ用意し、金属塩原料溶液とpH調整溶液を混合して混合溶液とし、得られた混合溶液と還元剤溶液とを混合する。第1の態様における反応液調製及び合金粉製造の一例を示すプロセス図を、図2及び図3に示す。
【0069】
第1の態様では、金属塩原料溶液、還元剤溶液及びpH調整溶液の3つの溶液をそれぞれ別個に調製する。金属塩原料溶液は、磁性金属源(水溶性鉄塩、水溶性ニッケル塩、水溶性ニッケル塩等)、核剤(ニッケルよりも貴な金属の水溶性塩)、錯化剤(ヒドロキシカルボン酸等)を水に溶解させて調製する。還元剤溶液は、還元剤(ヒドラジン)を水に溶解させて調製する。pH調整溶液は、pH調整剤(水酸化アルカリ)を水に溶解させて調製する。次いで、金属塩原料溶液とpH調整溶液とを混合して混合溶液を作製する。この際、金属塩原料溶液に含まれる磁性金属の塩(水溶性鉄塩、水溶性ニッケル塩、水溶性ニッケル塩等)とpH調整剤に含まれる水酸化アルカリとが反応して、磁性金属の水酸化物が形成される。この水酸化物は、水酸化鉄(Fe(OH))、水酸化ニッケル(Ni(OH))、水酸化コバルト(Co(OH))、鉄ニッケル水酸化物((Fe、Ni)(OH))、鉄ニッケルコバルト水酸化物((Fe、Ni、Co)(OH))などである。その後、得られた混合溶液に還元剤溶液を混合して反応液にする。
【0070】
第1の態様における反応液の具体的な調製手順としては、金属塩原料溶液に、pH調整溶液、及び還元剤溶液を順次添加して混合することが好ましい。金属塩原料溶液、還元剤溶液、pH調整溶液の3種類の溶液を用いる第1の態様において、金属塩原料溶液は、その液量(体積)が最も多い。したがって、液量の多い金属塩原料溶液に他の溶液を順次添加して混合した方が、他の溶液に金属塩原料溶液を加えるよりも、均一な混合状態を実現でき、反応液中で均一に還元反応を進めることができるからである。
【0071】
アミン化合物を配合する場合には、金属塩原料溶液、還元剤溶液及びpH調整溶液の少なくとも一つにアミン化合物を加えればよい。またこれらの溶液全てを混合して反応液を調製し晶析反応を開始させた後にアミン化合物を加えてもよい。図2は、金属塩原料溶液、還元剤溶液及びpH調整溶液の少なくとも一つにアミン化合物を加える態様を示している。図3は金属塩原料溶液、還元剤溶液及びpH調整溶液の全てを混合して得た反応液にアミン化合物を加える態様を示している。
【0072】
第1の態様では、金属塩原料溶液とpH調整剤の混合溶液に、還元剤溶液を混合して反応液を調製しており、還元剤溶液を加えた時点から還元反応が進行する。還元剤溶液を混合する際、還元剤が加わる微小領域では、局所的に還元剤(ヒドラジン)濃度が急上昇する。また混合溶液はpH調整剤(水酸化アルカリ)を含んでおり、この混合溶液に還元剤溶液を混合する初期段階で、混合溶液(反応液)のpHは依然として高い。先述したように、pHが高いほど、還元剤(ヒドラジン)は強い還元力を発揮する。したがって還元剤溶液混合の初期には、局所的に還元剤濃度及びpHが高くなり、核剤に起因した核発生及び晶析粉を生成する還元反応が急激に起こる。一方で還元剤溶液を加えるに伴い、混合溶液(反応液)のpHは徐々に低くなる。そのため還元剤溶液混合の終期段階では、還元剤の還元力は初期ほど強くはなく、核発生及び還元反応は緩やかに進行する。したがって還元溶液混合の初期と終期とでは、還元剤の還元力に差が生じることになる。
【0073】
初期と終期とでの還元力の差が大きいと、核発生反応及び還元反応の均一性が低下し、得られる晶析粉の粉体特性(粒径、表面平滑性等)のバラツキが大きくなる恐れがある。したがって、できるだけ還元力の差を小さくすることが望ましい。そのためには還元剤溶液をできるだけ速やかに混合することが好ましい。金属塩原料溶液とpH調整剤の混合溶液に還元剤溶液を混合するのに要する時間(混合時間)は180秒以下が好ましく、120秒以下がより好ましく、60秒以下がさらに好ましい。一方で製造装置の制約から、混合時間を過度に短くすることは困難な場合がある。混合時間は1秒以上であってよく、3秒以上であってよく、5秒以上であってもよい。
【0074】
なお、金属塩原料溶液にpH調整溶液を混合する際も、混合時間が長いと、形成される磁性金属水酸化物の特性にバラツキが生じ、これが晶析粉の粉体特性バラツキをもたらす恐れがある。その影響は、還元剤溶液を混合する際ほど大きくはないが、混合時間は短いほど好ましい。pH調整剤を混合するのに要する時間(混合時間)は180秒以下が好ましく、120秒以下がより好ましく、80秒以下がさらに好ましい。また混合時間は1秒以上であってよく、3秒以上であってよく、5秒以上であってよい。
【0075】
晶析粉の粉体特性バラツキを抑制する上で、還元剤溶液やpH調整溶液を混合する際に、溶液を撹拌しながら混合する撹拌混合を行うことも有効である。撹拌することで溶液中の成分濃度の急上昇が抑えられるため、晶析粉の特性バラツキを抑えることが可能になる。撹拌混合は、撹拌羽根などの撹拌装置を用いて行えばよい。
【0076】
第2の態様では、晶析工程で反応液を調製する際、磁性金属源、核剤、及び錯化剤を水に溶解させた金属塩原料溶液と、還元剤及びpH調整剤を水に溶解させた還元剤溶液と、をそれぞれ用意し、金属塩原料溶液及び還元剤溶液を混合する。第2の態様における反応液調製及び合金粉製造の一例を示すプロセス図を、図4及び図5に示す。
【0077】
第2の態様では、金属塩原料溶液及び還元剤溶液及の2つの溶液をそれぞれ別個に調製する。金属塩原料溶液は、磁性金属源(水溶性鉄塩、水溶性ニッケル塩、水溶性ニッケル塩等)、核剤(ニッケルよりも貴な金属の水溶性塩)、及び錯化剤(ヒドロキシカルボン酸等)を水に溶解させて調製する。還元剤溶液は、還元剤(ヒドラジン)及びpH調整剤(水酸化アルカリ)を水に溶解させて調製する。次いで、金属源原料溶液と還元剤溶液を混合して反応液にする。第2の態様では、還元剤溶液がpH調整剤を含む点が、第1の態様とは異なる。
【0078】
第2の態様における反応液の具体的な調製手順として、金属塩原料溶液に還元剤溶液を添加して混合するか、あるいは、逆に、還元剤溶液に金属塩原料溶液を添加して混合する、という2通りのやり方が可能である。第1の態様と異なり、還元剤とpH調整剤(水酸化アルカリ)の両方を含む還元剤溶液の液量(体積)は、金属塩原料溶液の液量(体積)と同等レベルである。そのため、いずれか一方を他方に添加して混合することで、基本的には均一な混合状態を実現でき、反応液中で均一な還元反応を進めることができる。
【0079】
ただし、還元剤やpH調整剤(水酸化アルカリ)の金属塩原料に対する配合割合が多い晶析条件の場合には、還元剤溶液に金属塩原料溶液を添加して混合することが好ましい。これは、晶析工程の生産性確保の観点から反応液中の金属塩原料濃度は所定レベル以上に維持(金属成分で30~40g/L)されることが望まれるからである。すなわち、上述した晶析条件では、還元剤溶液の液量(体積)が、金属塩原料溶液の液量(体積)よりもかなり多い。したがって、液量(体積)の多い還元剤溶液に、液量(体積)の少ない金属塩原料溶液を添加して混合した方が、均一な混合状態を実現でき、反応液中で均一に還元反応を進めることができる。
【0080】
第2の態様においても、第1の態様と同じ理由で、金属塩溶液に還元剤溶液を混合するのに要する時間(混合時間)は180秒以下が好ましく、120秒以下がより好ましく、60秒以下がさらに好ましい。また混合時間は1秒以上であってよく、3秒以上であってよく、5秒以上であってもよい。また還元剤溶液を混合する際に撹拌混合することも有効である。
【0081】
第3の態様では、第1の態様や第2の態様の晶析工程において、還元反応が終了する前に追加原料液を反応液にさらに添加及び混合する。これにより晶析粉の表面をニッケルやコバルト成分リッチにする。ここで、追加原料液は、前述した水溶性ニッケル塩と水溶性コバルト塩の少なくともいずれかを水に溶解させたものである。第3の態様における合金粉製造の一例を示すプロセス図を、図6に示す。
【0082】
第3の態様では、第1の態様や第2の態様の反応液調製に用いた溶液に加えて、追加原料液を調製する。この追加原料液は、水溶性ニッケル塩と水溶性コバルト塩の少なくともいずれかを水に溶解させて調製したものである。追加原料液の反応液への添加は、一気添加、分割添加、及び/又は滴下などの手法で行なえばよい。添加は、必然ではないが、還元反応が終了する前のタイミングで行うことが好ましい。還元反応が完全に終了すると晶析粒子同志が凝集体を形成し始める。このタイミングで追加原料液を添加して還元反応による金属成分の析出を進めると、凝集体に含まれる粒子同士の結合を強化することがある。
【0083】
また、第3の態様によれば、第1の態様や第2の態様に比べて、還元剤の使用量を低減できるという利点がある。鉄イオン(または水酸化鉄)は、ニッケルイオン(または水酸化ニッケル)やコバルトイオン(または水酸化コバルト)よりも還元されにくい。ニッケル成分やコバルト成分を含む追加原料液を反応液へ追加すると、還元されにくい鉄イオン(または水酸化鉄)の還元反応を晶析終盤で促進することができるからである。
【0084】
追加原料液中の磁性金属(Ni、Co)の量は、晶析粉表面をニッケルやコバルト成分リッチにする程度に応じて設定すればよい。しかしながら、粒子全体の組成均一性を考慮すれば、合金粉中の鉄を除く磁性金属(Ni、Co)の合計量に対して、5モル%~50モル%であるのが好ましい。粒子表面がニッケルやコバルト成分リッチになると、ポーラスな酸化被膜を形成しやすい鉄成分が減少する。そのため、緻密な酸化被膜が形成されて粒子表面の酸化量が抑制されるため、大気中でより安定なだけでなく、飽和磁束密度などの磁気特性も向上する。
【0085】
(b)晶析粉の晶析
反応液を調製すると、この反応液中で還元反応が起こる。すなわちpH調整剤(水酸化アルカリ)及び核剤(ニッケルよりも貴な金属の塩)の共存下で磁性金属源のイオンや錯イオンが還元剤(ヒドラジン)により還元され、それにより磁性金属を含む晶析粉が形成される。
【0086】
晶析工程における還元反応を、反応式を用いて説明する。鉄(Fe)、ニッケル(Ni)及びコバルト(Co)の還元反応は、下記(2)~(4)式に示すように2電子反応である。一方で、還元剤としてのヒドラジン(N)の反応は下記(5)式に示すように4電子反応である。
【0087】
【化15】
【化16】
【化17】
【化18】
【0088】
磁性金属の硫酸塩(FeSO、NiSO、CoSO)を磁性金属源として用い、水酸化ナトリウム(NaOH)をpH調整剤に用いた場合には、下記(6)式に示すように、まず磁性金属の硫酸塩と水酸化ナトリウムとが中和反応を起こして、水酸化物((Fe、Ni、Co)(OH)等)が生じる。そして、この水酸化物((Fe、Ni、Co)(OH)等)が還元剤(ヒドラジン)の働きにより還元されて、晶析粉になる。1モルの磁性金属(Fe、Ni、Co)を還元するためには、0.5モルの還元剤(ヒドラジン)が必要である。また上記(5)式を見て分かるように、アルカリ性(pH)が高いほど、ヒドラジンの還元力は高い。そのためpH調整剤として利用される水酸化ナトリウムは、ヒドラジンによる還元反応を促進する効果もある。
【0089】
【化19】
【0090】
上記(6)式の還元反応において、磁性金属(Fe、Ni、Co)それぞれの元素のイオン(または水酸化物)の還元は、共還元によって、ある程度は同時に進行する。ここで、共還元とは、ある元素の還元反応が生じる際に別の還元反応が付随的に起きる現象を指す。しかしながら、先述したように、鉄イオン(または水酸化鉄)は、ニッケルイオン(または水酸化ニッケル)やコバルトイオン(または水酸化コバルト)に比べて還元されにくい。そのため、晶析反応終盤には、反応液中でニッケルイオン(または水酸化ニッケル)やコバルトイオン(または水酸化コバルト)が還元反応で消費されて消失し、鉄イオン(または水酸化鉄)が残存する傾向にある。この傾向は、鉄の含有割合が大きい場合(例えば、合金粉の鉄含有量が60モル%超)に特に顕著である。このような現象が起こると、晶析反応(還元反応)完了までに長時間を要するだけでなく、粒子内で組成が不均一な傾斜構造が形成されやすい。傾斜構造が形成されると、得られる合金粉の粒子中心部はニッケルやコバルトがリッチな組成となり、粒子表面に近くなるほど鉄リッチな組成になる。
【0091】
これに対して、先述した第3の態様では、晶析反応の途中で追加原料液を反応液に添加して、還元されにくい鉄イオン(または水酸化鉄)の還元反応を晶析終盤で促進している。そのため、特に鉄含有割合が大きい場合の晶析反応(還元反応)長時間化や、得られる合金粉粒子内での組成不均一化を改善することが可能になる。
【0092】
晶析粉の晶析開始時の反応液の温度(反応開始温度)は40℃以上90℃以下が好ましく、50℃以上80℃以下がより好ましく、60℃以上70℃以下がさらに好ましい。ここで晶析開始時の反応液とは、調製した直後の出発原料と水とを含む反応液のことである。また、晶析開始後の晶析中に保持される反応液の温度(反応保持温度)は60℃以上99℃以下が好ましく、70℃以上95℃以下がより好ましく、80℃以上90℃以下がさらに好ましい。反応開始温度を好適な範囲内に調製するためには、反応液の調製に用いる金属塩原料溶液や還元剤溶液などの複数の溶液のうち少なくともいずれかを予め加熱しておくことが望ましい。反応保持温度を好適な範囲内に調製するためには、反応液調製後に反応液の加熱を継続することが望ましい。
【0093】
核発生をより均一にしてシャープな粒度分布の晶析粉を得る観点から、可能であれば、金属塩原料溶液や還元剤溶液などの複数の溶液のうちの一つを予め加熱(例えば70℃に加熱)しておき、他方の溶液は予め加熱せず(例えば25℃に保持)、それらを添加混合して所定温度(例えば55℃)の反応液を調製することが好ましい。これに対して、2つの溶液(例えば、金属塩原料溶液と還元剤溶液)の両方を予め加熱(例えば70℃に加熱)すると、不均一な核発生が起こり易い。すなわち2つの溶液を添加混合すると溶液の混合発熱が起こる。そのため添加混合された溶液(反応液)が混合開始時に局所的に高温(例えば78℃程度)になり、核発生が瞬時に起きる。核発生が起きながら2つの溶液を添加混合する状態になり、この状態は核発生の不均一化をもたらしやすい。
【0094】
2つの溶液の添加時間を極端に短くする、あるいは強力に撹拌するといった手法で核発生均一化の改善を図ることが考えられるものの、このような手法は必ずしも好ましい態様とは言えない。先述した一方の溶液だけを予め加熱(例えば70℃に加熱)してから添加混合して反応液を調製する手法では、添加混合された溶液(反応液)は低温(例えば55℃)に維持され、局所的に高温化されることがない。核発生のタイミングが遅れるため、2つの溶液がよく混合されてから核発生が進行する。したがって核発生が均一に起こり易い。以上はより好ましい事例を述べたものであり、金属塩原料溶液や還元剤溶液などの複数の溶液の全てを予め加熱する場合を排除するものではない。反応開始温度と反応保持温度が先述した範囲に収まるように溶液の加熱及びその温度を設定すればよい。
【0095】
反応開始温度が過度に低いと、核発生はより均一化するが、還元反応の進行が遅く、且つ還元反応促進が可能な反応保持温度までの昇温に必要な加熱時間が長くなる。同様に反応保持温度が過度に低いと還元反応の進行が遅く晶析に必要な加熱時間が長くなる。いずれの場合であっても、晶析工程で必要とされるサイクルタイムが長時間化し、生産性が低下する。その上、ヒドラジンの自己分解が進行するため、多量のヒドラジンが必要になり、その結果、製造コストが増大する。反応開始温度や反応保持温度が高いと、還元反応が促進されて晶析工程で必要とされるサイクルタイムが短縮するとともに、得られる晶析粉が高結晶化する傾向にある。しかしながら、同時にヒドラジンの自己分解速度が大きくなる。したがって、反応開始温度や反応保持温度が過度に高いと、核発生の不均一化が起こるのみならず、過度な高結晶化により粒子表面の平滑性が悪化して、表面の凹凸が大きくなる恐れがある。また適切なタイミングで晶析を終了しないと、還元反応によりヒドラジンが自己分解して優先的に消費される恐れがある。そのため、多量のヒドラジンが必要になり、製造コスト増大につながるとの懸念がある。反応開始温度や反応保持温度を先述した好適な範囲内に設定することで、高い生産性を維持しながら、高性能な合金粉を安価に製造することが可能になる。
【0096】
<回収工程>
回収工程では、晶析工程で得られた反応液から晶析粉を回収する。晶析粉の回収は公知の手法で行えばよい。例えば、デンバーろ過器、フィルタープレス、遠心分離機、又はデカンターなどの分離装置を用いて反応液から晶析粉を固液分離する手法が挙げられる。また固液分離の際、または固液分離後に晶析粉を洗浄してもよい。洗浄は、洗浄液を用いて行えばよい。洗浄液として導電率1μS/cm以下の高純度純水などを用いればよい。洗浄後の晶析粉に乾燥処理を施してもよい。乾燥処理は、大気乾燥機、熱風乾燥機、不活性ガス雰囲気乾燥機、還元性ガス雰囲気乾燥機、または真空乾燥機などの汎用の乾燥装置を用いて、40℃以上150℃以下、好ましくは50℃以上120℃以下の温度で行えばよい。ただし、乾燥処理中の晶析粉の過剰な酸化による磁気特性悪化を防止する観点からすると、大気乾燥機や大気を用いた熱風乾燥機よりも、不活性ガス雰囲気乾燥機、還元性ガス雰囲気乾燥機、または真空乾燥機を用いる方が好ましい。
【0097】
なお、不活性ガス雰囲気乾燥機、還元性ガス雰囲気乾燥機、または真空乾燥機の密閉容器内で乾燥された晶析粉は、その粒子表面があまり酸化されていない。そのため、乾燥後に乾燥機からすぐに大気中に取り出すと粒子表面が急激に酸化し、その酸化反応の発熱により晶析粉が燃焼する恐れがある。この現象は、特に微細な晶析粉(例えば、粒径0.1μm以下)で起こりやすい。そこで、乾燥後の粒子表面があまり酸化されていない晶析粉の粒子表面に、予め薄い酸化被膜を形成して安定化させる徐酸化処理を施すことが望ましい。具体的な徐酸化処理の手順としては、不活性ガス雰囲気乾燥機、還元性ガス雰囲気乾燥機、または真空乾燥機の密閉容器内で加熱乾燥された晶析粉の温度を室温~40℃程度に低下させた後、密閉容器内に酸素濃度の低いガス(例えば、酸素0.1~2体積%を含む窒素ガスやアルゴンガス)を供給し、晶析粉の粒子表面を少しずつゆっくりと酸化させて薄い酸化被膜を形成させる方法が考えられる。徐酸化処理が施された晶析粉は、酸化されにくく安定なため、大気中に放置しても発熱や燃焼を生じる恐れがない。
【0098】
<解砕工程>
必要に応じて、回収工程で回収した晶析粉、または回収途中で乾燥処理前の晶析粉に解砕処理を施す解砕工程を設けてもよい。晶析工程で晶析粉を構成する合金粒子が析出する際に、合金粒子同士が接触して融着し、凝集粒子を形成することがある。したがって晶析工程を経て得られた晶析粉には粗大な凝集粒子が含まれることがある。先述したとおり、粗大な凝集粒子は、その中を渦電流が流れてジュール熱による損失を増大させたり、あるいは粉の充填性を阻害したりすることがある。回収工程後や回収工程途中に解砕工程を設けることで、凝集粒子を解砕することできる。解砕は、スパイラルジェット解砕処理、カウンタージェットミル解砕処理などの乾式解砕や、高圧流体衝突解砕処理などの湿式解砕、その他の汎用の解砕方法を用いて行えばよい。回収工程で回収した乾粉たる晶析粉には、乾式解砕をそのまま適用できる。また回収工程後の乾粉たる晶析粉をスラリー状にすれば、これに湿式解砕を適用できる。さらに回収工程途中で得られた乾燥前のスラリー状晶析粉であれば、湿式解砕をそのまま適用できる。これらの解砕方法では、粒子の衝突エネルギーを活用して凝集粒子をバラバラに解砕する。解砕過程で衝突により表面平滑化も進むため、この効果も粉の充填性向上に役立つ。
【0099】
このようにして、本実施形態の鉄(Fe)-ニッケル(Ni)-コバルト(Co)系合金粉を製造することができる。本実施形態の製造方法は、合金粉微細化の効果がある特定の核剤(ニッケルよりも貴な金属の水溶性塩)と、還元反応促進、球状化促進、及び表面平滑化の効果がある特定の錯化剤(ヒドロキシカルボン酸等)を用いる点に特徴があり、これにより製造後の合金粉の磁気特性を維持しつつ粉体特性を改善することが可能である。具体的には、製造後の合金粉の平均粒径を自在に制御でき、微細な合金粉を得ることが可能である。また得られる合金粉は、粒度分布が狭く、粒径が均一である。さらにこの合金粉は、球状であり、その表面は平滑である。そのため充填性に優れる。また限定される訳ではないが、ヒドラジンの自己分解抑制剤及び還元反応促進剤としての機能を有するアミン化合物を用いることで、ヒドラジンの使用量を抑えることができる。そのため、製造コスト低減につながるとともに、合金粉の粉体特性をより優れたものにすることが可能になる。
【0100】
<<2.鉄-ニッケル-コバルト系合金粉>>
本実施形態の鉄(Fe)-ニッケル(Ni)-コバルト(Co)系合金粉は、少なくとも鉄(Fe)、ニッケル(Ni)及びコバルト(Co)を磁性金属として含む。この鉄(Fe)-ニッケル(Ni)-コバルト(Co)系合金粉は、湿式法で作製しているため通常は粒度分布が小さい。またこの合金粉の平均粒径を自在に制御することができる。そのため微細化が容易であるとともに、粒度分布を小さくすることが可能である。その上、球状であり表面平滑性が高く、充填性に優れている。このような利点を有する本実施形態の合金粉は、焼結した際に高い飽和磁束密度(Bs)と低い保磁力(Hc)を示す。そのため、ノイズフィルタ、チョークコイル、インダクタ、及び電波吸収体などの様々な電子部品の用途に用いることができ、特にインダクタ等の軟磁性合金層形成用材料として好適である。
【0101】
合金粉の平均粒径は、0.1μm以上2.0μm以下が好ましく、0.1μm以上1.0μm以下がより好ましい。平均粒径を適度に大きくすることで、表面酸化による磁気特性の劣化や充填性の低下を抑制することができる。また合金粉を軟磁性合金層に適用する場合には、平均粒径を適度に小さくすることで、軟磁性合金層の厚みをより薄くすることが可能である。
【0102】
合金粉の粒度分布は、大きいと粉の充填性が向上するという利点はあるが、一方で粗大粒子が含まれるという問題がある。そのため、変動係数(CV値)で25%以下であることが好ましく、20%以下であることがより好ましい。ここで変動係数は、粒径バラツキの指標となるものであり、変動係数が小さいほど、粒度分布が狭いことを意味する。変動係数を小さく抑えることで、粗大粒子や、表面酸化の大きい過度に微細な粒子が少なくなるため、合金粉の焼結で得られる軟磁性合金層の薄膜化や膜質の均一化を促進できる。なお変動係数(CV値)は、合金粉の個数粒度分布における平均粒径と標準偏差を求め、これらを用いて下記(7)式にしたがって算出される。
【0103】
【数1】
【0104】
合金粉は、鉄(Fe)量が33モル%以上64モル%以下、ニッケル(Ni)量が28モル%以上37モル%以下、且つコバルト(Co)量が8モル%以上30モル%以下である。これにより、合金粉の飽和磁束密度(Bs)を高まるとともに、合金粉を焼結して得た焼結体の保磁力(Hc)を低いレベルに維持することができる。鉄量が33モル%未満であると、飽和磁束密度が低下する恐れがある。一方で鉄量が64モル%超であると、保磁力が高くなり過ぎてヒステリシス損失増大をもたらす恐れがある。ニッケル量が28モル%未満であると、保磁力が増大する恐れがある。ニッケル量が37モル%超であると、飽和磁束密度が低下する恐れがある。コバルト量が8モル%未満であると、飽和磁束密度が低下する恐れがある。コバルト量が30モル%超であると、保磁力が高くなり過ぎる恐れがある。鉄量は45モル%以上60モル%以下がより好ましい。ニッケル量は30モル%以上35モル%以下がより好ましい。コバルト量は10モル%以上25モル%以下がより好ましい。ただし、鉄、ニッケル及びコバルトの合計量は100モル%以下である。
【0105】
合金粉の飽和磁束密度(Bs)は、1.55T(テスラ)以上1.85T以下である。また、合金粉を焼結させて真密度に対して90%以上の密度を有する焼結体を作製した場合、この焼結体の保磁力(Hc)は100A/m以上300A/m以下である。ここで、真密度に対して90%以上の焼結体とは、例えば、合金粉を成形し、得られた成形体を1000℃で焼結して得た焼結体である。合金粉の飽和磁束密度を高めることで、合金粉を焼結して得られる軟磁性合金層等の焼結体の磁気特性(磁束密度)を高めることができる。また合金粉焼結体の保磁力を抑えることで、ヒステリシス損失の増大を防ぐことが可能になる。
【0106】
本実施形態の合金粉は、上述する要件を満足する限り、その製造方法は限定されない。しかしながら、上述した方法で製造されたものであることが好ましい。前述したとおり、鉄イオン(または水酸化鉄)は、ニッケルイオン(または水酸化ニッケル)やコバルトイオン(または水酸化コバルト)よりも還元されにくい。そのため、鉄の含有割合が大きい鉄(Fe)-ニッケル(Ni)-コバルト(Co)系合金粉(例えば、合金粉の鉄含有量が60モル%超)では、粒子中心部はニッケルやコバルトがリッチな組成で、粒子表面に近くなるほど鉄リッチな組成という傾斜構造(あるいは、コア-シェル構造)が粒子内に形成されやすい。そしてその結果、粒子内で組成が不均一になりやすい。このような粒子内の不均一組成は、合金粉を焼結させれば成分の熱拡散により組成の均一化が図られるため、磁気特性(飽和磁束密度、保磁力など)については大きな影響を及ぼさない。
【0107】
一方で、粒子内の不均一組成は、合金粉の取り扱い等において耐酸化性などの化学特性には影響を及ぼす可能性がある。このような事例として、耐酸化性については、例えば、傾斜構造により粒子表面がより鉄リッチな組成になった合金粉であれば酸化が進みやすくなって耐酸化性が悪化する恐れがあるが、前述の第3の態様により粒子表面をニッケルリッチな組成に改質できた場合は、逆に耐酸化性を向上できる可能性がある。
【0108】
本実施形態の合金粉は、上述した要件を満足する限り、その使用態様は限定されない。合金粉を単独で用いてもよく、あるいは他の無機材料と混合して用いてもよい。例えば、合金粉を単独で含む焼結体を作製してもよい。
【0109】
好ましくは、これを焼結させた軟磁性合金層(焼結軟磁性合金層)に適用する。つまり焼結軟磁性合金層製造用である。この軟磁性合金層は、上述した合金粉から作製される。上記軟磁性合金層は、合金粉、又は合金粉と他の成分との混合物をプレス成形等の加圧成形に供するか、又は合金粉に、溶媒、及び必要に応じてバインダー等の添加剤を加えてペースト化し、得られたペーストを基材上にシート成形又は塗布するかした後に、焼結させて作製することができる。
【0110】
本実施形態の合金粉は、磁気特性に優れる故に、磁気デバイス(磁性部品)に好適である。このような磁気デバイスとして、インダクタ、リアクトル、チョークコイル、ノイズフィルタ、トランス、回転機、発電機、又は電波吸収体等が挙げられる。インダクタ、リアクトル、チョークコイル、ノイズフィルタ、トランス、回転機、発電機、又は電波吸収体は、上述した合金粉を焼結させた軟磁性合金層を備える。また磁気デバイスは、チップインダクタ等のチップ部品であってもよい。
【実施例0111】
本発明を、以下の実施例及び比較例を用いて更に詳細に説明する。しかしながら本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0112】
(1)鉄-ニッケル-コバルト系合金粉の作製
[実施例1]
実施例1では、図5に示す手順にしたがい、鉄(Fe)50モル%、ニッケル(Ni)30モル%及びコバルト(Co)20モル%を含む鉄-ニッケル-コバルト系合金粉(鉄-ニッケル-コバルト合金粉)を作製した。実施例1では、反応液を調製する際に、ウォーターバスを用いて加熱した還元剤溶液に常温の金属塩原料溶液を添加して混合した。
【0113】
<準備工程>
水溶性鉄塩として硫酸第一鉄7水和物(FeSO・7HO、分子量:278.05、和光純薬工業株式会社製試薬)を、水溶性ニッケル塩として硫酸ニッケル6水和物(NiSO・6HO、分子量:262.85、和光純薬工業株式会社製試薬)を、水溶性コバルト塩として硫酸コバルト7水和物(CoSO・7HO、分子量:281.103、和光純薬工業株式会社製試薬)をそれぞれ準備した。また核剤として塩化パラジウム(II)アンモニウム(別名:テトラクロロパラジウム(II)酸アンモニウム)((NHPdCl、分子量:284.31、和光純薬工業株式会社製試薬)を、錯化剤としてクエン酸三ナトリウム2水和物(Na(CO(COO))・2HO、分子量:294.1、和光純薬工業株式会社製試薬)を、還元剤として市販工業グレードの60質量%抱水ヒドラジン(エムジーシー大塚ケミカル株式会社製)を、pH調整剤として水酸化ナトリウム(NaOH、分子量:40.0、和光純薬工業株式会社製試薬)をそれぞれ準備した。60質量%抱水ヒドラジンは、抱水ヒドラジン(N・HO、分子量:50.06)を純水で1.67倍に希釈したものであった。さらにアミン化合物としてエチレンジアミン(EDA;HNCNH、分子量:60.1、和光純薬工業株式会社製試薬)を準備した。
【0114】
<晶析工程>
(a)金属塩原料溶液の調製
硫酸第一鉄7水和物(水溶性鉄塩)、硫酸ニッケル6水和物(水溶性ニッケル塩)、硫酸コバルト7水和物(水溶性コバルト塩)、塩化パラジウム(II)アンモニウム(核剤)、クエン酸三ナトリウム2水和物(錯化剤)及び水を含む金属塩原料溶液を調製した。この際、得られた金属塩原料溶液において、磁性金属(Fe、Ni及びCo)合計量に対してパラジウム(Pd)量が0.46質量ppm(0.25モルppm)になるように秤量を行った。また磁性金属(Fe、Ni及びCo)合計量に対するクエン酸三ナトリウム量がモル比で0.362(36.2モル%)になるように秤量を行った。具体的には、硫酸第一鉄7水和物:242.56g、硫酸ニッケル6水和物:137.58g、硫酸コバルト7水和物:98.09g、塩化パラジウム(II)アンモニウム:124.0μg、及びクエン酸三ナトリウム:185.8gを純水:1200mLに溶解して金属塩原料溶液を調製した。
【0115】
(b)還元剤溶液の調製
水酸化ナトリウム(pH調整剤)、ヒドラジン(還元剤)及び水を含む還元剤溶液を調製した。この際、後続する晶析工程で調製する反応液において、磁性金属(Fe、Ni及びCo)合計量に対するヒドラジン量がモル比で1.46になるように秤量を行った。また磁性金属(Fe、Ni及びCo)合計量に対する水酸化ナトリウム量がモル比で7.07になるように秤量を行った。具体的には、水酸化ナトリウム:493gを純水:1208mLに溶解して水酸化ナトリウム溶液を調製し、この水酸化ナトリウム溶液に60質量%抱水ヒドラジン:212gを添加及び混合して還元剤溶液を調製した。
【0116】
(c)アミン化合物溶液の調製
エチレンジアミン(アミン化合物)及び水を含むアミン化合物溶液を調製した。この際、後続する晶析工程で調製する反応液において、磁性金属(Fe、Ni及びCo)合計量に対するエチレンジアミン配合量がモル比で0.01(1.0モル%)と微量になるように秤量した。具体的には、エチレンジアミン:1.05gを純水:18mLに溶解して、アミン化合物溶液を調製した。
【0117】
(d)反応液の調製及び晶析粉の析出
調製した還元剤溶液を、ウォーターバス内に設置した撹拌羽根付テフロン(登録商標)被覆ステンレス容器(反応槽)内に入れて、液温85℃になるように撹拌しながら加熱した。その後、ウォーターバスで加熱されている還元剤溶液に液温25℃の金属塩原料溶液を混合時間10秒間で添加混合して、液温65℃の反応液を得た。反応液中の磁性金属(Fe、Ni及びCo)の濃度は32.9g/Lであった。これにより還元反応(晶析反応)が開始された(反応開始温度65℃)。反応液温度は、反応開始後からウォーターバスによる加熱で上昇し続け、反応開始から15分以降は液温85℃に保たれた(反応保持温度85℃)。反応液の色調は、反応開始(反応液調合)直後は暗緑色であったが、数分後には暗灰色に変化した。反応開始直後の色調が暗緑色になったのは、上記(6)式にしたがう反応が進行して、水酸化鉄(Fe(OH))と水酸化ニッケル(Ni(OH))と水酸化コバルト(Co(OH))の共沈物が反応液中に形成されたためと考えられる。また反応開始数分後に色調が暗灰色に変化したのは、核剤(パラジウム塩)の働きにより核発生が起こったためと考えられる。
【0118】
反応液の色調が暗灰色に変化した反応開始後3分後から13分後までの10分間にかけて、アミン化合物溶液を反応液に滴下混合して、還元反応を進めた。これにより鉄-ニッケル-コバルト晶析粉が反応液中に析出した。このときの反応液の色調は黒色であったが、反応開始から30分以内に反応液の上澄み液は透明になった。上記(6)式の還元反応が完了して、反応液中の鉄成分とニッケル成分とコバルト成分の全てが金属鉄と金属ニッケルと金属コバルトに還元されたと考えられる。反応完了後の反応液は、鉄-ニッケル-コバルト晶析粉を含むスラリーであった。
【0119】
<回収工程>
晶析工程で得られたスラリー状の反応液に、ろ過洗浄及び固液分離処理を施して、ケーキ状の鉄-ニッケル-コバルト晶析粉を回収した。ろ過洗浄は、導電率が1μS/cmの純水を用いて、スラリーからろ過したろ液の導電率が10μS/cm以下になるまで行った。回収したケーキ状の晶析粉を50℃に設定した真空乾燥機中で乾燥した。そして、乾燥した晶析粉を真空中で35℃まで冷却した後、酸素1.0体積%を含む窒素ガスを供給して、晶析粉に徐酸化処理を施した。
【0120】
<解砕工程>
このように得られた晶析粉に対し、超小型ジェット粉砕機(日本ニューマチック株式会社、JKE-30、)を用い、解砕ガス圧力0.5MPaで、乾式解砕であるスパイラルジェット解砕処理を施して、鉄-ニッケル-コバルト合金粉を得た。得られた合金粉は、表面平滑な球状粒子で構成されていた。粒度分布はシャープであり、平均粒径は0.43μmであった。またスパイラルジェット解砕処理により凝集粒子が低減して充填性が向上するとともに、表面の凹凸が減って表面平滑な球状粒子で構成されていた。
【0121】
[比較例1]
比較例1では、図5に示す手順にしたがい、鉄(Fe)75モル%、ニッケル(Ni)10モル%及びコバルト(Co)15モル%を含む鉄-ニッケル-コバルト系合金粉(鉄-ニッケル-コバルト合金粉)を作製した。比較例1では、反応液を調製する際に、ウォーターバスを用いて加熱した還元剤溶液に常温の金属塩原料溶液を添加して混合した。金属塩原料溶液と還元剤溶液の調製は以下に示すとおり行った。
【0122】
<準備工程>
水溶性鉄塩、水溶性ニッケル塩、水溶性コバルト塩、核剤、錯化剤、還元剤、pH調整剤、及びアミン化合物として、実施例1と同様の原料を準備した。
【0123】
<晶析工程>
(a)金属塩原料溶液の調製
硫酸第一鉄7水和物(水溶性鉄塩)、硫酸ニッケル6水和物(水溶性ニッケル塩)、硫酸コバルト7水和物(水溶性コバルト塩)、塩化パラジウム(II)アンモニウム(核剤)、クエン酸三ナトリウム2水和物(錯化剤)及び水を含む金属塩原料溶液を調製した。この際、得られた金属塩原料溶液において、磁性金属(Fe、Ni及びCo)合計量に対してパラジウム(Pd)量が0.38質量ppm(0.2モルppm)になるように秤量した。また磁性金属(Fe、Ni及びCo)合計量に対するクエン酸三ナトリウム量がモル比で0.362(36.2モル%)になるように秤量した。具体的には、硫酸第一鉄7水和物:368.5g、硫酸ニッケル6水和物:46.4g、硫酸コバルト7水和物:74.5g、塩化パラジウム(II)アンモニウム:100.5μg、及びクエン酸三ナトリウム2水和物:188.1gを純水:1100mLに溶解して金属塩原料溶液を調製した。
【0124】
(b)還元剤溶液の調製
水酸化ナトリウム(pH調整剤)、ヒドラジン(還元剤)及び水を含む還元剤溶液を調製した。この際、後続する晶析工程で調製する反応液において、磁性金属(Fe、Ni及びCo)合計量に対するヒドラジン量がモル比で2.43になるように秤量した。また磁性金属(Fe、Ni及びCo)合計量に対する水酸化ナトリウム量がモル比で7.07になるように秤量した。具体的には、水酸化ナトリウム:500gを純水:1224mLに溶解して水酸化ナトリウム溶液を調製し、この水酸化ナトリウム溶液に60質量%抱水ヒドラジン:358gを添加及び混合して還元剤溶液を調製した。
【0125】
(c)アミン化合物溶液の調製
エチレンジアミン(アミン化合物)及び水を含むアミン化合物溶液を調製した。この際、後続する晶析工程で調製する反応液において、磁性金属(Fe、Ni及びCo)合計量に対するエチレンジアミン配合量がモル比で0.01(1.0モル%)と微量になるように秤量した。具体的には、エチレンジアミン:1.06gを純水:18mLに溶解して、アミン化合物溶液を調製した。
【0126】
(d)反応液の調製及び晶析粉の析出
調製した還元剤溶液を、ウォーターバス内に設置した撹拌羽根付テフロン(登録商標)被覆ステンレス容器(反応槽)内に入れて、液温85℃になるように撹拌しながら加熱した。その後、ウォーターバスで加熱されている還元剤溶液に液温25℃の金属塩原料溶液を混合時間10秒間で添加混合して、液温68℃の反応液を得た。反応液中の磁性金属(Fe、Ni及びCo)の濃度は32.1g/Lであった。これにより還元反応(晶析反応)が開始された(反応開始温度68℃)。反応液の温度は、反応開始後からウォーターバスによる加熱で上昇し続け、反応開始から20分以降は液温85℃に保たれた(反応保持温度85℃)。反応液の色調は、反応開始(反応液調合)直後は暗緑色であったが、数分後には暗灰色に変化した。反応開始直後の色調が暗緑色になったのは、上記(6)式にしたがう反応が進行して、水酸化鉄(Fe(OH))と水酸化ニッケル(Ni(OH))と水酸化コバルト(Co(OH))の共沈物が反応液中に形成されたためと考えられる。また反応開始数分後に色調が暗灰色に変化したのは、核剤(パラジウム塩)の働きにより核発生が起こったためと考えられる。
【0127】
反応液の色調が暗灰色に変化した反応開始後3分後から13分後までの10分間にかけて、アミン化合物溶液を反応液に滴下混合して、還元反応を進めた。これにより鉄-ニッケル-コバルト晶析粉が反応液中に析出した。このときの反応液の色調は黒色であったが、反応開始から40分以内に反応液の上澄み液は透明になった。上記(6)式の還元反応が完了して、反応液中の鉄成分とニッケル成分とコバルト成分の全てが金属鉄と金属ニッケルと金属コバルトに還元されたと考えられる。反応完了後の反応液は、鉄-ニッケル-コバルト晶析粉を含むスラリーであった。
【0128】
<回収工程>
晶析工程で得られたスラリー状の反応液に、ろ過洗浄及び固液分離処理を施して、ケーキ状の鉄-ニッケル-コバルト晶析粉を回収した。ろ過洗浄は、導電率が1μS/cmの純水を用いて、スラリーからろ過したろ液の導電率が10μS/cm以下になるまで行った。回収したケーキ状の晶析粉を50℃に設定した真空乾燥機中で乾燥した。そして、乾燥した晶析粉を真空中で35℃まで冷却した後、酸素1.0体積%を含む窒素ガスを供給して、晶析粉に徐酸化処理を施した。
【0129】
<解砕工程>
このように得られた晶析粉に対し、超小型ジェット粉砕機(日本ニューマチック株式会社、JKE-30)を用い、解砕ガス圧力0.5MPaで、乾式解砕であるスパイラルジェット解砕処理を施して、鉄-ニッケル-コバルト合金粉を得た。得られた合金粉は、表面平滑な球状粒子で構成されていた。粒度分布はシャープであり、平均粒径は0.41μmであった。またスパイラルジェット解砕処理により凝集粒子が低減して充填性が向上するとともに、表面の凹凸が減って表面平滑な球状粒子で構成されていた。
【0130】
[比較例2]
比較例2では、図5に示す手順にしたがい、鉄(Fe)70モル%、ニッケル(Ni)10モル%及びコバルト(Co)20モル%を含む鉄-ニッケル-コバルト系合金粉(鉄-ニッケル-コバルト合金粉)を作製した。比較例2では、反応液を調製する際に、ウォーターバスを用いて加熱した還元剤溶液に常温の金属塩原料溶液を添加して混合した。
【0131】
<準備工程>
水溶性鉄塩、水溶性ニッケル塩、水溶性コバルト塩、核剤、錯化剤、還元剤、pH調整剤、及びアミン化合物として、実施例1と同様の原料を準備した。
【0132】
<晶析工程>
(a)金属塩原料溶液の調製
硫酸第一鉄7水和物(水溶性鉄塩)、硫酸ニッケル6水和物(水溶性ニッケル塩)、硫酸コバルト7水和物(水溶性コバルト塩)、塩化パラジウム(II)アンモニウム(核剤)、クエン酸三ナトリウム2水和物(錯化剤)及び水を含む金属塩原料溶液を調製した。この際、得られた金属塩原料溶液において、磁性金属(Fe、Ni及びCo)合計量に対してパラジウム(Pd)量が0.19質量ppm(0.1モルppm)になるように秤量した。また磁性金属(Fe、Ni及びCo)合計量に対するクエン酸三ナトリウム量がモル比で0.362(36.2モル%)になるように秤量した。具体的には、硫酸第一鉄7水和物:343.0g、硫酸ニッケル6水和物:46.3g、硫酸コバルト7水和物:99.1g、塩化パラジウム(II)アンモニウム:50.1μg、及びクエン酸三ナトリウム2水和物:187.6gを純水:1100mLに溶解して金属塩原料溶液を調製した。
【0133】
(b)還元剤溶液の調製
水酸化ナトリウム(pH調整剤)、ヒドラジン(還元剤)及び水を含む還元剤溶液を調製した。この際、後続する晶析工程で調製する反応液において、磁性金属(Fe、Ni及びCo)合計量に対するヒドラジン量がモル比で1.46になるように秤量した。また磁性金属(Fe、Ni及びCo)合計量に対する水酸化ナトリウム量がモル比で7.07になるように秤量した。具体的には、水酸化ナトリウム:499gを純水:1221mLに溶解して水酸化ナトリウム溶液を調製し、この水酸化ナトリウム溶液に60質量%抱水ヒドラジン:215gを添加及び混合して還元剤溶液を調製した。
【0134】
(c)アミン化合物溶液の調製
エチレンジアミン(アミン化合物)及び水を含むアミン化合物溶液を調製した。この際、後続する晶析工程で調製する反応液において、磁性金属(Fe、Ni及びCo)合計量に対するエチレンジアミン配合量がモル比で0.01(1.0モル%)と微量になるように秤量した。具体的には、エチレンジアミン:1.06gを純水:18mLに溶解して、アミン化合物溶液を調製した。
【0135】
(d)反応液の調製及び晶析粉の析出
調製した還元剤溶液を、ウォーターバス内に設置した撹拌羽根付テフロン(登録商標)被覆ステンレス容器(反応槽)内に入れて、液温85℃になるように撹拌しながら加熱した。その後、ウォーターバスで加熱されている還元剤溶液に液温25℃の金属塩原料溶液を混合時間10秒間で添加混合して、液温67℃の反応液を得た。反応液中の磁性金属(Fe、Ni及びCo)の濃度は33.7g/Lであった。これにより還元反応(晶析反応)が開始された(反応開始温度67℃)。反応液の温度は、反応開始後からウォーターバスによる加熱で上昇し続け、反応開始から20分以降は液温85℃に保たれた(反応保持温度85℃)。反応液の色調は、反応開始(反応液調合)直後は暗緑色であったが、数分後には暗灰色に変化した。反応開始直後の色調が暗緑色になったのは、上記(6)式にしたがう反応が進行して、水酸化鉄(Fe(OH))と水酸化ニッケル(Ni(OH))と水酸化コバルト(Co(OH))の共沈物が反応液中に形成されたためと考えられる。また反応開始数分後に色調が暗灰色に変化したのは、核剤(パラジウム塩)の働きにより核発生が起こったためと考えられる。
【0136】
反応液の色調が暗灰色に変化した反応開始後3分後から13分後までの10分間にかけて、アミン化合物溶液を反応液に滴下混合して、還元反応を進めた。これにより鉄-ニッケル-コバルト晶析粉が反応液中に析出した。このときの反応液の色調は黒色であったが、反応開始から50分以内に反応液の上澄み液は透明になった。上記(6)式の還元反応が完了して、反応液中の鉄成分とニッケル成分とコバルト成分の全てが金属鉄と金属ニッケルと金属コバルトに還元されたと考えられる。反応完了後の反応液は、鉄-ニッケル-コバルト晶析粉を含むスラリーであった。
【0137】
<回収工程>
晶析工程で得られたスラリー状の反応液に、ろ過洗浄及び固液分離処理を施して、ケーキ状の鉄-ニッケル-コバルト晶析粉を回収した。ろ過洗浄は、導電率が1μS/cmの純水を用いて、スラリーからろ過したろ液の導電率が10μS/cm以下になるまで行った。回収したケーキ状の晶析粉を50℃に設定した真空乾燥機中で乾燥した。そして、乾燥した晶析粉を真空中で35℃まで冷却した後、酸素1.0体積%を含む窒素ガスを供給して、晶析粉に徐酸化処理を施した。
【0138】
<解砕工程>
このように得られた晶析粉に対し、超小型ジェット粉砕機(日本ニューマチック株式会社、JKE-30、)を用い、解砕ガス圧力0.5MPaで、乾式解砕であるスパイラルジェット解砕処理を施して、鉄-ニッケル-コバルト合金粉を得た。得られた合金粉は、表面平滑な球状粒子で構成されていた。粒度分布はシャープであり、平均粒径は0.39μmであった。またスパイラルジェット解砕処理により凝集粒子が低減して充填性が向上するとともに、表面の凹凸が減って表面平滑な球状粒子で構成されていた。
【0139】
[比較例3]
比較例3では、図6に示す手順(晶析開始までは図5の手順)にしたがい、鉄(Fe)65モル%及びニッケル(Ni)35モル%を含む鉄-ニッケル系合金粉(鉄-ニッケル合金粉)を作製した。合金粉の晶析時において還元反応を促進する作用(還元促進作用)を有する水溶性コバルト塩が反応液に含まれていないため、還元されにくい鉄イオン(または水酸化鉄)の還元反応を晶析終盤で促進する目的で、晶析工程の途中で追加原料液を添加して混合した。具体的には、ウォーターバスを用いて加熱した還元剤溶液に常温の金属塩原料溶液を添加混合し、反応液を調製して、まずは鉄(Fe)67.4モル%及びニッケル(Ni)32.6モル%を含む鉄-ニッケル系合金粉(鉄-ニッケル合金粉)の晶析を進めた。そしてこの晶析の途中で、反応液に追加原料液としての常温の水溶性ニッケル塩水溶液を添加混合した。
【0140】
<準備工程>
水溶性鉄塩、水溶性ニッケル塩、核剤、錯化剤、還元剤、pH調整剤、及びアミン化合物として、実施例1と同様の原料を準備した。
【0141】
<晶析工程>
(a)金属塩原料溶液の調製
硫酸第一鉄7水和物(水溶性鉄塩)、硫酸ニッケル6水和物(水溶性ニッケル塩)、塩化パラジウム(II)アンモニウム(核剤)、クエン酸三ナトリウム2水和物(錯化剤)及び水を含む金属塩原料溶液を調製した。この際、得られた金属塩原料溶液において、磁性金属(Fe及びNi)合計量に対してパラジウム(Pd)量が2.91質量ppm(1.55モルppm)になるように秤量を行った。また磁性金属(Fe及びNi)合計量に対するクエン酸三ナトリウム2水和物がモル比で0.750(75.0モル%)になるように秤量を行った。具体的には、硫酸第一鉄7水和物:318.1g、硫酸ニッケル6水和物:145.7g、塩化パラジウム(II)アンモニウム:750.0μg、及びクエン酸三ナトリウム2水和物:374.7gを純水:500mLに溶解して金属塩原料溶液を調製した。
【0142】
(b)還元剤溶液の調製
水酸化ナトリウム(pH調整剤)、ヒドラジン(還元剤)及び水を含む還元剤溶液を調製した。この際、後続する晶析工程で調製する反応液において、反応開始時の磁性金属(Fe及びNi)合計量に対するヒドラジン量がモル比で6.28(追加原料液添加時の磁性金属(Fe及びNi)合計量に対してはモル比で6.06)になるように秤量を行った。また反応開始時の磁性金属(Fe及びNi)合計量に対する水酸化ナトリウム量がモル比で7.33(追加原料液添加時の磁性金属(Fe及びNi)合計量に対してはモル比で7.07)になるように秤量を行った。具体的には、水酸化ナトリウム:497.5gを純水:1218mLに溶解して水酸化ナトリウム溶液を調製し、この水酸化ナトリウム溶液に60質量%抱水ヒドラジン:890gを添加及び混合して還元剤溶液を調製した。
【0143】
(c)アミン化合物溶液の調製
エチレンジアミン(アミン化合物)及び水を含むアミン化合物溶液を調製した。この際、後続する晶析工程における反応液において、追加原料液添加後の磁性金属(Fe及びNi)合計量に対するエチレンジアミン量がモル比で0.01(1.0モル%)と微量になるように秤量を行った。具体的には、エチレンジアミン:1.06gを純水:18mLに溶解して、アミン化合物溶液を調製した。
【0144】
(d)追加原料液の調製
硫酸ニッケル6水和物(水溶性ニッケル塩)及び水を含む追加原料液を調製した。この際、得られた追加原料液中の磁性金属(Ni)量は0.0616モルで、金属塩原料溶液中の磁性金属(Fe及びNi)合計量の1.760モルに対して0.035倍となるように秤量を行った。具体的には、硫酸ニッケル6水和物:16.2gを純水:200mLに溶解して追加原料液を調製した。
【0145】
(e)反応液の調製及び晶析粉の析出
調製した還元剤溶液を、ウォーターバス内に設置した撹拌羽根付テフロン(登録商標)被覆ステンレス容器(反応槽)内に入れて、液温80℃になるように撹拌しながら加熱した。その後、ウォーターバスで加熱されている還元剤溶液に液温25℃の金属塩原料溶液を混合時間10秒間で添加混合して、液温71℃の反応液を得た。反応液中の磁性金属(Fe及びNi)の濃度は30.9g/Lであった。これにより還元反応(晶析反応)が開始された(反応開始温度71℃)。反応液の温度は、反応開始後からウォーターバスによる加熱で上昇し続け、反応開始から20分以降は液温80℃に保たれた(反応保持温度80℃)。反応液の色調は、反応開始(反応液調合)直後は暗緑色であったが、数分後には暗灰色に変化した。反応開始直後の色調が暗緑色になったのは、上記(6)式にしたがう反応が進行して、水酸化鉄(Fe(OH))と水酸化ニッケル(Ni(OH))の共沈物が反応液中に形成されたためと考えられる。また反応開始数分後に色調が暗灰色に変化したのは、核剤(パラジウム塩)の働きにより核発生が起こったためと考えられる。
【0146】
反応液の色調が暗灰色に変化した反応開始3分後から13分後までの10分間にかけて、アミン化合物溶液を反応液に滴下混合して、還元反応を進めた。これにより鉄-ニッケル晶析粉が反応液中に析出した。反応開始10分後から20分後にかけて追加原料液を少しずつ滴下しながら添加混合して、還元されにくい鉄イオン(または水酸化鉄)の還元を促進させながら還元反応を進めた。追加原料液添加後の反応液中の磁性金属(Fe及びNi)の濃度は30.1g/Lであった。このときの反応液の色調は黒色であったが、反応開始から30分以内に反応液の上澄み液は透明になった。還元反応が全て完了して、反応液中の鉄成分とニッケル成分の全てが金属鉄と金属ニッケルに還元されたと考えられる。反応完了後の反応液は、鉄-ニッケル晶析粉を含むスラリーであった。
【0147】
<回収工程>
晶析工程で得られたスラリー状の反応液に、ろ過洗浄及び固液分離処理を施して、ケーキ状の鉄-ニッケル晶析粉を回収した。ろ過洗浄は、導電率が1μS/cmの純水を用いて、スラリーからろ過したろ液の導電率が10 μS/cm以下になるまで行った。回収したケーキ状の晶析粉を50℃に設定した真空乾燥機中で乾燥した。そして、乾燥した晶析粉を真空中で35℃まで冷却した後、酸素1.0体積%を含む窒素ガスを供給して、晶析粉に徐酸化処理を施した。このようにして鉄-ニッケル合金粉を得た。得られた合金粉は、表面平滑な球状粒子で構成されていた。粒度分布はシャープであり、平均粒径は0.30μmであった。
【0148】
[比較例4]
比較例4では、市販のカルボニル鉄粉(BASF製、品番:HQ)を用いた。鉄粉は、表面平滑な球状粒子で構成されていたが、粒度分布が非常にブロードであり、平均粒径は0.85μmであった。
【0149】
以下において、実施例1及び比較例1~4の鉄―ニッケル-合金粉、鉄-ニッケル合金粉、及び鉄粉を軟磁性粉と総称する。また、実施例1及び比較例1~4で得られた軟磁性粉の製造条件を下記表1にまとめて示す。
【0150】
【表1】
【0151】
(2)評価
得られた軟磁性粉につき、各種特性の評価を以下のとおり行った。
【0152】
<組成分析>
X線回折装置を用いてX線回折(XRD)測定を行ない、得られたXRDデータから、合金粉生成の有無を確認した。
【0153】
<金属不純物の分析>
軟磁性粉の不純物の含有率を分析した。酸素量は、酸素分析装置(LECO Corporation製、TC436)を用いて不活性ガス溶融法で測定し、炭素量は、炭素硫黄分析装置(LECO Corporation社製、CS600)を用いて燃焼法で測定した。ナトリウム量はICP発光分光分析装置(アジレント・テクノロジー株式会社製、5100)を用いて測定した。
【0154】
<粒度(平均粒径、変動係数)>
軟磁性粉を走査電子顕微鏡(SEM;JEOL Ltd.製、JSM-7100F)で観察(倍率:5000~80000倍)した。観察像(SEM像)を画像解析し、その結果から、数平均で求められた平均粒径と粒子径の標準偏差を算出した。さらに下記(7)式にしたがって変動係数(CV値)を算出して、軟磁性粉の粒度(平均粒径、変動係数)を求めた。
【0155】
【数2】
【0156】
<焼結体の相対密度>
軟磁性粉を焼結させて得られる焼結体の相対密度(%)を評価した。相対密度は、真密度に対する焼結体の密度の割合である。具体的には、約0.3gの合金粉を金型の円柱状穴部(内径5mm)に充填した。次いで、プレス機を用いて100MPaの圧力で、直径5mm、高さ3~4mmのペレット形状に成形した。得られたペレットを2vol%H-98vol%N中で10℃/minで1000℃まで昇温して焼結体ペレットとし、その質量と高さを室温で測定して、焼結体の相対密度(%)を算出した。
【0157】
<磁気特性(飽和磁束密度、保磁力)>
軟磁性粉の飽和磁束密度及び保磁力(焼結前保磁力)を評価した。また軟磁性粉を焼結して得た焼結体の保磁力(焼結後保磁力)をも評価した。ここで、保磁力測定に用いた焼結体は、相対密度評価の際に作製したものを用いた。飽和磁束密度(Bs)(T:テスラ)は、振動試料型磁力計(VSM)を用いた測定で得られたB-H曲線(磁気ヒステリシス曲線)から値を算出した。軟磁性粉及びその焼結体の保磁力(Hc)は、自動計測保磁力計(東北特殊鋼株式会社製、K-HC1000)を用いて測定した。
【0158】
(3)評価結果
得られた評価結果を表2にまとめて示す。また実施例1及び比較例1~4で得られた軟磁性粉のそれぞれのSEM像を図8図12に示す。さらに、実施例1及び比較例1~4について得られた軟磁性粉の飽和磁束密度(Bs)と、これらの軟磁性粉の焼結体の保磁力(Hc)を図13に示す。
【0159】
湿式法で作製した実施例1及び比較例1~3の軟磁性粉は、いずれも粒子形状が球状であった。また平均粒径が0.30~0.43μmであり、かつ粒度分布のCV値は16.0%以下であった。このことから、これらの軟磁性粉は微細であり且つ粒度分布の幅が狭いことが分かった。これに対して、市販のカルボニル鉄粉である比較例4は、平均粒径が0.85μmと若干大きく、粒度分布のCV値は33.9%と大きかった。
【0160】
実施例1及び比較例1~3の軟磁性粉から得られた焼結体ペレット(2vol%H-98vol%N中1000℃まで昇温)は、粉末表面の酸化物被膜に鉄に比べて還元され易いニッケルやコバルトが含まれるため、いずれも軟磁性粉同志の焼結が進んで相対密度94%以上に上昇し、金属光沢を有していた。これに対して、比較例4の市販のカルボニル鉄粉から得られた焼結体ペレットは、粉末表面の酸化物被膜が鉄を主成分として含んでおり還元されにくいためか、鉄粉同志の焼結が進まずに相対密度85%程度にしか上昇せず、また光沢のない外観であった。そこで、鉄粉同志の焼結を進めるために、焼結条件を2vol%H-98vol%N中1200℃まで昇温に変更したが、相対密度87%程度とわずかに上昇したものの光沢のない外観に変化はなく、鉄粉同志の焼結は十分には進まなかった。
【0161】
磁気特性を見るに、実施例1の軟磁性粉は、飽和磁束密度が1.70Tと比較的高く、且つ焼結後保磁力が175A/mと非常に小さかった。これらの軟磁性粉は、磁気特性に優れるとともにヒステリシス損失の小さい焼結体製造に好適であることが分かった。
【0162】
一方で、比較例1、2及び4の軟磁性粉は、飽和磁束密度が1.98~2.04Tと比較的高いものの、焼結後保磁力が510~1335A/mと非常に大きかった。これらの軟磁性粉では、ヒステリシス損失の小さい焼結体を得ることが困難であることが分かった。
【0163】
また比較例3の軟磁性粉は、焼結後保磁力が140A/mと小さいものの、飽和磁束密度が1.49Tと小さかった。この軟磁性粉では、磁気特性に優れた焼結体を得ることが困難であることが分かった。
【0164】
【表2】
【0165】
以上の結果から、本実施形態によれば、焼結した際に高い飽和磁束密度(Bs)と低い保磁力(Hc)を示す鉄(Fe)-ニッケル(Ni)-コバルト(Co)系合金粉が提供されることが分かる。特に、保磁力を非常に低いレベルに維持しつつ、飽和磁束密度が比較的高い合金粉が提供されることが分かる。さらに、このような合金粉を用いることで、ヒステリシス損失が小さく抑えられた焼結軟磁性合金層を得ることができることが理解される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13