(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024115099
(43)【公開日】2024-08-26
(54)【発明の名称】肉盛用粉末
(51)【国際特許分類】
B22F 1/00 20220101AFI20240819BHJP
B22F 1/06 20220101ALI20240819BHJP
B22F 3/115 20060101ALI20240819BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20240819BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240819BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20240819BHJP
【FI】
B22F1/00 T
B22F1/06
B22F3/115
C22C38/00 302X
C22C38/58
B23K35/30 340C
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023020580
(22)【出願日】2023-02-14
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2024-08-07
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山本 隆久
(72)【発明者】
【氏名】池田 裕樹
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018AA32
4K018BA16
4K018BB01
4K018BB04
4K018BB06
4K018BC01
4K018BC08
4K018KA58
4K018KA63
(57)【要約】
【課題】耐食性及び耐摩耗性に優れた肉盛層の提供。
【解決手段】肉盛用粉末は、多数の粒子からなる。これらの粒子の材質は、鉄基合金である。この鉄基合金は、
0.10質量%以上0.35質量%以下のC、
0.05質量%以上1.0質量%以下のSi、
0.05質量%以上2.0質量%以下のMn、
0.20質量%以上4.0質量%以下のNi、
16.0質量%以上20.0質量%以下のCr、
0.10質量%以上8.0質量%以下のW、
0.20質量%以上2.0質量%以下のB、
及び
0.020質量%以下のO
を含む。この粒子の断面で観測されるデンドライト22の二次アーム26のスペーシングSの平均は、5.0μm以下である。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多数の粒子からなる肉盛用粉末であって、
これらの粒子の材質が鉄基合金であり、
この鉄基合金が、
0.10質量%以上0.35質量%以下のC、
0.05質量%以上1.0質量%以下のSi、
0.05質量%以上2.0質量%以下のMn、
0.20質量%以上4.0質量%以下のNi、
16.0質量%以上20.0質量%以下のCr、
0.10質量%以上8.0質量%以下のW、
0.20質量%以上2.0質量%以下のB、
及び
0.020質量%以下のO
を含んでおり、
上記粒子の断面で観測されるデンドライトの二次アームの平均スペーシングが5.0μm以下である、肉盛用粉末。
【請求項2】
直径が50μm以上である粒子を含んでおり、
下記数式で算出される比率P2が50%以下である、請求項1に記載の肉盛用粉末。
P2 = (N2 / N1) * 100
(この数式においてN1は、直径が50μm以上である粒子の数を表す。)
(この数式においてN2は、直径が50μm以上であり、コアとこのコアの表面に付着しておりその高さが1.0μm以上である20以上の突起とを含んでおり、その高さが1.0μm以上である突起の平均高さが5μm以上である粒子の数を表す。)
【請求項3】
(1)多数の粒子からなり、これらの粒子の材質が鉄基合金であり、この鉄基合金が、
0.10質量%以上0.35質量%以下のC、
0.05質量%以上1.0質量%以下のSi、
0.05質量%以上2.0質量%以下のMn、
0.20質量%以上4.0質量%以下のNi、
16.0質量%以上20.0質量%以下のCr、
0.10質量%以上8.0質量%以下のW、
0.20質量%以上2.0質量%以下のB、
及び
0.020質量%以下のO
を含んでおり、上記粒子の断面で観測されるデンドライトの二次アームの平均スペーシングが5.0μm以上である粉末を、準備する工程、
(2)上記粉末を加熱して溶融金属を得る工程、
並びに
(3)上記溶融金属をベースの上で凝固させる工程
を備えた、肉盛層の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、レーザークラッディング、プラズマ粉体肉盛溶接等の、肉盛法に適した粉末を開示する。
【背景技術】
【0002】
その表面に硬質クロムメッキが施された鋼が、広く用いられている。硬質クロムメッキは、鋼の耐食性に寄与する。硬質クロムメッキは、耐摩耗性にも優れている。硬質クロムメッキの形成工程では、六価クロムを含む電解液が利用される。六価クロムは、有害物質である。
【0003】
特表2020-530877公報には、レーザークラッディングで得られた肉盛層が開示されている。この肉盛層は、耐食性に優れる。従ってこの肉盛層は、硬質クロムメッキを代替しうる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特表2020-530877公報に開示された肉盛層は耐食性には優れるが、この肉盛層の耐摩耗性は、十分ではない。この肉盛層は、油圧シリンダーのような擦動部材には、適していない。
【0006】
本出願人の意図するところは、耐食性に加え、耐摩耗性にも優れた肉盛層の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本明細書が開示する肉盛用粉末は、多数の粒子からなる。これらの粒子の材質は、鉄基合金である。この鉄基合金は、
0.10質量%以上0.35質量%以下のC、
0.05質量%以上1.0質量%以下のSi、
0.05質量%以上2.0質量%以下のMn、
0.20質量%以上4.0質量%以下のNi、
16.0質量%以上20.0質量%以下のCr、
0.10質量%以上8.0質量%以下のW、
0.20質量%以上2.0質量%以下のB、
及び
0.020質量%以下のO
を含む。この粒子の断面で観測されるデンドライトの二次アームの平均スペーシングは、5.0μm以下である。
【0008】
この粉末は、直径が50μm以上である粒子を含みうる。好ましくは、下記数式で算出される比率P2は、50%以下である。
P2 = (N2 / N1) * 100
この数式においてN1は、直径が50μm以上である粒子の数を表す。この数式においてN2は、直径が50μm以上であり、コアとこのコアの表面に付着しておりその高さが1.0μm以上である20以上の突起とを含んでおり、その高さが1.0μm以上である突起の平均高さが5μm以上である粒子の数を表す。
【0009】
本明細書は、肉盛層の製造方法も開示する。この製造方法は、
(1)多数の粒子からなり、これらの粒子の材質が鉄基合金であり、この鉄基合金が、
0.10質量%以上0.35質量%以下のC、
0.05質量%以上1.0質量%以下のSi、
0.05質量%以上2.0質量%以下のMn、
0.20質量%以上4.0質量%以下のNi、
16.0質量%以上20.0質量%以下のCr、
0.10質量%以上8.0質量%以下のW、
0.20質量%以上2.0質量%以下のB、
及び
0.020質量%以下のO
を含んでおり、上記粒子の断面で観測されるデンドライトの二次アームの平均スペーシングが5.0μm以上である粉末を、準備する工程、
(2)上記粉末を加熱して溶融金属を得る工程、
並びに
(3)上記溶融金属をベースの上で凝固させる工程
を含む。
【発明の効果】
【0010】
この粉末から、耐食性及び耐摩耗性に優れた肉盛層が得られうる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、一実施形態に係る肉盛用粉末の粒子が示された投影図である。
【
図2】
図2は、
図1の粒子が第一仮想円及び第二仮想円と共に示された投影図である。
【
図4】
図4は、
図1の粒子が第一仮想円と共に示された投影図である。
【
図6】
図6は、
図5の粒子の空孔が第三仮想円と共に示された拡大図である。
【
図7】
図7は、
図1の粒子の結晶の一部が模式的に示された拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、適宜図面が参照されつつ、好ましい実施形態が詳細に説明される。
【0013】
本実施形態に係る肉盛用粉末は、多数の粒子の集合である。
図1に、1つの粒子2の投影図が示されている。粒子2に対する視野方向が無作為に選定されて、この投影図が得られる。
図1から明らかなように、粒子2は歪である。換言すれば、粒子2の輪郭4は、凹凸を有している。粉末が、歪な粒子2と共に、真球に近い形状を有する粒子2を含んでもよい。
【0014】
この粉末は、肉盛法に供されうる。肉盛法では、粉末が過熱され、溶融する。溶融した金属がベースの上で凝固することで、このベースを覆う肉盛層が形成される。
【0015】
この粉末の材質は、鉄基合金である。この鉄基合金は、
0.10質量%以上0.35質量%以下のC、
0.05質量%以上1.0質量%以下のSi、
0.05質量%以上2.0質量%以下のMn、
0.20質量%以上4.0質量%以下のNi、
16.0質量%以上20.0質量%以下のCr、
0.10質量%以上8.0質量%以下のW、
0.20質量%以上2.0質量%以下のB、
及び
0.020質量%以下のO
を含む。この鉄基合金が他の元素を含んでもよい。好ましくは、この鉄基合金の残部は、Fe及び不可避的不純物である。以下、各元素の役割が詳説される。
【0016】
[鉄(Fe)]
この合金のベース元素は、Feである。Feは、肉盛層の強度及び耐摩耗性に寄与する。これらの観点から、Feの含有率は55質量%以上が好ましく、60質量%以上がより好ましく、65質量%以上が特に好ましい。
【0017】
[炭素(C)]
Cは、Feに固溶する。Cは、肉盛層の硬度、強度及び耐摩耗性に寄与しうる。この観点から、Cの含有率は0.10質量%以上が好ましく、0.12質量%以上がより好ましく、0.15質量%以上が特に好ましい。過剰なCは、肉盛層での過剰なフェライト相の析出を招来する。このフェライト相は、肉盛層の強度を阻害する。強度の観点から、Cの含有率は0.35質量%以下が好ましく、0.30質量%以下がより好ましく0.25質量%以下が特に好ましい。
【0018】
[ケイ素(Si)]
Siは、Feに固溶する。Siは、肉盛層の強度及び耐ヒートチェック性に寄与しうる。この観点から、Siの含有率は0.05質量%以上が好ましく、0.10質量%以上がより好ましく、0.20質量%以上が特に好ましい。Siの含有率は、1.0質量%以下が好ましい。この含有率が1.0質量%以下である粉末から得られた肉盛層は、靱性に優れる。この観点から、含有率は0.8質量%以下がより好ましく、0.5質量%以下が特に好ましい。
【0019】
[マンガン(Mn)]
Mnは、肉盛層の靭性に寄与しうる。この観点から、Mnの含有率は0.05質量%以上が好ましく、0.10質量%以上がより好ましく、0.20質量%以上が特に好ましい。Mnの含有率は、2.0質量%以下が好ましい。この含有率が2.0質量%以下である粉末から得られた肉盛層は、硬度に優れる。この観点から、含有率は1.5質量%以下がより好ましく、1.0質量%以下が特に好ましい。
【0020】
[ニッケル(Ni)]
ニッケルは、肉盛層の耐食性に寄与する。この観点から、Niの含有率は0.20質量%以上が好ましく、0.50質量%以上がより好ましく、1.0質量%以上が特に好ましい。過剰なNiは、肉盛層での過剰なオーステナイト相の形成を招来する。このオーステナイト相は、肉盛層の高硬度を阻害する。高硬度の観点から、Niの含有率は4.0質量%以下が好ましく、3.5質量%以下がより好ましく、3.0質量%以下が特に好ましい。
【0021】
[クロム(Cr)]
Crは、肉盛層の耐食性に寄与する。この観点からCrの含有率は16.0質量%以上が好ましく、16.5質量%以上がより好ましく、17.0質量%以上が特に好ましい。過剰なCrは、肉盛層での過剰なフェライト相の形成を招来する。このフェライト相は、肉盛層の高硬度を阻害する。硬度の観点から、Crの含有率は20.0質量%以下が好ましく、19.0質量%以下がより好ましく、18.0質量%以下が特に好ましい。
【0022】
[タングステン(W)]
Wは、肉盛層の耐食性及び耐摩耗性に寄与する。この観点からWの含有率は0.10質量%以上が好ましく、0.20質量%以上が好ましく、0.30質量%以上が特に好ましい。過剰なWは、過剰な炭化物の形成を招来する。この炭化物は、肉盛層の耐食性を阻害する。耐食性の観点から、Wの含有率は8.0質量%以下が好ましく、6.0質量%以下がより好ましく、5.0質量%以下が特に好ましい。
【0023】
[モリブデン(Mo)]
Moは、Wと同様、肉盛層の耐食性及び耐摩耗性に寄与する。一方でMoは、凝固脆性温度領域(BTR)の生成を招来する。この凝固脆性温度領域を含む肉盛層は、割れやすい。これらの観点から、本実施形態では、Wが積極的に添加され、Moの量がなるべく抑制されている。不可避的不純物として含まれるMoは、許容される。Moの含有率は、0.20質量%以下が好ましく、0.15質量%以下がより好ましく、0.10質量%以下が特に好ましい。理想的には、Moの含有率はゼロ(検出限界未満)である。
【0024】
[ホウ素(B)]
Bは、合金の低い液相線温度を達成しうる。従ってBは、肉盛層の熱影響部(HAZ)を抑制しうる。HAZが少ない肉盛層は、ベースとの密着性に優れる。この観点から、Bの含有率は0.20質量以上が好ましく0.50質量%以上がより好ましく0.75質量%以上が特に好ましい。過剰なBは、過剰な凝固脆性温度領域(BTR)の生成を招来する。この凝固脆性温度領域を含む肉盛層は、割れやすい。割れの抑制の観点から、Bの含有率は2.0質量%以下が好ましく、1.8質量%以下がより好ましく、1.5質量%以下が特に好ましい。
【0025】
[酸素(O)]
鉄基合金は、不可避的不純物を含む。代表的な不純物として、Oが挙げられる。Oは、介在物(酸化物)の生成の原因となる。介在物は、破壊の基点となり得る。破壊の抑制の観点から、Oの含有量(質量基準)は0.020質量%以下が好ましく、0.015質量%以下がより好ましく0.010質量%以下が特に好ましい。理想的には、Oの含有率はゼロ(検出限界未満)である。
【0026】
[粉末の製造方法]
この粉末は、アトマイズ法、粉砕法等によって製造されうる。アトマイズ法として、ガスアトマイズ法、水アトマイズ法及びディスクアトマイズ法が、例示される。粉末に不純物が混入しにくいとの観点から、ガスアトマイズ法及びディスクアトマイズ法が好ましい。粉末に不純物が混入しにくいとの観点から、不活性ガス雰囲気でのアトマイズが好ましい。量産性の観点から、ガスアトマイズが好ましい。
【0027】
[粒子形状]
図2には、第一仮想円6が示されている。この第一仮想円6は、粒子2の輪郭4の内に画かれうる最大の円である。換言すれば、第一仮想円6は、「最大内接円中心法」にて定義される「最大内接円」である。本明細書では、粒子2のうち第一仮想円6で囲まれたゾーン、すなわち最大内接円の内側は、「コア8」と称される。粒子2のうち第一仮想円6の外のゾーン、すなわち最大内接円の外側は、「突起10」と称される。
図2には、第一突起10a、第二突起10b、第三突起10c、第四突起10d、第五突起10e及び第六突起10fが示されている。これらの突起10は、コア8に付着している。
図2において符号D1は、第一仮想円6の直径を表す。
【0028】
アトマイズにおいて、溶融金属の凝固が完了する前に、この溶融金属に他の小さな金属が付着して、突起10が形成されうる。突起10の由来である溶湯は、コア8の由来である溶湯と同じである。従って、突起10の材質は、コア8の材質と概ね同じである。この突起10は、コア8と一体である。他の原因でも、粒子2に突起10が発生しうる。
【0029】
図2には、第二仮想円12も示されている。この第二仮想円12は、その内側に粒子2の輪郭4を含む最小の円である。換言すれば、第二仮想円12は、「最小外接円中心法」にて定義される「最小外接円」である。
図2において符号D2は、第二仮想円12の直径を表す。本明細書では、この直径D2は、「粒子の直径」と称される。
【0030】
肉盛において、ベースに衝突する直前の運動エネルギーが十分大きい粒子2は、肉盛層の密着性に寄与する。密着性が高い肉盛層では、空孔が抑制されうる。運動エネルギーは、粒子2の質量と速度とに相関する。粒子2の質量は、直径D2に相関する。換言すれば、運動エネルギーは、直径D2に相関する。運動エネルギーの観点から、粉末が、その直径D2が50μm以上である粒子2を多く含むことが、好ましい。
【0031】
[比率P1]
本明細書では、下記数式によって比率P1が算出される。
P1= (N1 / N) * 100
この数式において、Nは粒子2の総数を表し、N1は直径D2が50μm以上である粒子2の数を表す。密着性が高い肉盛層が得られるとの観点から、比率P1は50%以上が好ましく、60%以上がより好ましく、70%以上が特に好ましい。比率P1が100%であってもよい。
【0032】
比率P1は、レーザー回折・散乱式粒子径分布測定法によって算出される。この測定法には、マイクロトラック・ベル社の「粒子径分布測定装置 MT3000II」が使用されうる。粉末の粒子径分布が個数基準で測定され、径が50μm以上である粒子2の頻度が確認される。
【0033】
[比率P2]
図3に、粒子2の一部が拡大されて示されている。
図3には、第一突起10aの近傍が示されている。
図3において符号14は、第一突起10aのトップを表す。トップ14は、第一突起10aの輪郭4aのうち、第一仮想円6から最も離れた地点である。第一突起10aの輪郭4aは、粒子2の輪郭4の一部である。
図3において矢印H1は、第一突起10aの高さを表す。高さH1は、トップ14から第一仮想円6までの距離である。トップ14の近傍における輪郭4の形状は、曲線(又は直線)でもよく、コーナーでもよい。
【0034】
図4に、第一突起10aの高さH1と共に、第二突起10bの高さH2、第三突起10cの高さH3、第四突起10dの高さH4、第五突起10eの高さH5及び第六突起10fの高さH6が示されている。第二突起10bの高さH2、第三突起10cの高さH3、第四突起10dの高さH4、第五突起10eの高さH5及び第六突起10fの高さH6の決定方法は、
図3に示された、第一突起10aの高さH1の決定方法と、同じである。それぞれの高さHは、トップ14から第一仮想円6までの距離である。
【0035】
本明細書では、下記数式によって比率P2が算出される。
P2= (N2 / N1) * 100
この数式においてN1は、直径D2が50μm以上である粒子2の数を表す。この数式においてN2は、以下の条件1-3の全てを満たす粒子2の数を表す。
条件1:直径D2が50μm以上である。
条件2:その高さHが1.0μm以上である突起10の数Npが20以上である。
条件3:その高さHが1.0μm以上である突起10の平均高さHpが5μm以上である。
【0036】
図4に示された粒子2では、第一突起10aの高さH1、第二突起10bの高さH2、第三突起10cの高さH3、第五突起10eの高さH5及び第六突起10fの高さH6は、1.0μm以上である。従って、これらの突起10のサイズは、「突起10の平均高さHp」の算出の対象である。一方、第四突起10dの高さH4は、1.0μm未満である。従って、第四突起10dの高さH4は、「突起10の平均高さHp」の算出の対象でない。この粒子2では、下記数式によって、突起10の平均高さHpが算出される。
Hp= (H1 + H2 + H3 + H5 + H6) / 5
【0037】
図4の投影図のための視野は、無作為に選ばれる。この投影図において、突起10の数Npがカウントされ、平均高さHpが算出される。この結果に基づき、条件2及び3の具備が、判定される。換言すれば、突起10の数Npは1つの投影図においてカウントされ、平均高さHpは1つの投影図に属する突起10の高さに基づいて算出される。
図4は模式的な投影図なので、
図4に示された突起10の数Npは、6に過ぎない。実際の粒子2には、20以上の突起10が存在しうる。
【0038】
この条件1-3を満たす粒子2では、直径D2が大きいので運動エネルギーが大きい。しかし、この粒子2では、高さHが大きい突起10の数が多く、かつ突起10の平均高さHpが大きいことに起因して、その輪郭4は歪である。この粒子2から得られた肉盛層は、ベースとの密着性に劣る。密着性の観点から、比率P2は50%以下が好ましく、47%以下がより好ましく、45%以下が特に好ましい。理想的な比率P2は、0%である。
【0039】
比率P2の算出では、目開きが50μmである篩により、粉末が分級される。篩の上に残った粒子2から無作為に50個の粒子2が選択され、実体顕微鏡で観察される。各粒子2の投影図から、この粒子2の直径D2及び突起10の平均高さHpが測定され、数N1及び数N2がカウントされる。
【0040】
比率P2の制御方法として、ジェットミル処理が挙げられる。ジェットミル処理では、高速ジェット気流により粒子2同士が衝突させられ、突起10が粉砕される。従って、ジェットミル処理で得られた粉末では、小さな比率P2が達成されうる。ジェットミル装置として、エムテック化学株式会社のジェットミル装置(MJM1)が例示される。ジェットミル処理によって粒子2にひずみが生じる場合は、ジェットミル処理の後の焼鈍によって、このひずみが除去されうる。焼鈍条件として、アルゴンガス雰囲気において600℃で粉末が5時間保持され、その後に炉冷される方法が、例示される。
【0041】
[比率P3]
図5に、粒子2の断面が示されている。この粒子2は、空孔16を有している。この空孔16が、
図6に拡大されて示されている。
図6には、第三仮想円18も示されている。この第三仮想円18は、その内側に空孔16の輪郭20を含む最小の円である。換言すれば、第三仮想円18は、「最小外接円中心法」にて定義される「最小外接円」である。
図6において符号D3は、第三仮想円18の直径を表す。本明細書では、この直径D3は、「空孔の直径」と称される。
【0042】
本明細書では、下記数式によって比率P3が算出される。
P3 = (N3 / N1) * 100
この数式において、N1は直径D2が50μm以上である粒子2の数を表す。この数式においてN3は、以下の条件1及び2を満たす粒子2の数を表す。
条件1:直径D2が50μm以上である。
条件2:1つの断面に含まれる、直径D3が0.1μm以上である空孔16の数Nvが、2以上である。
【0043】
比率P3は、肉盛層の耐久性と相関する。耐久性の観点から、比率P3は20%以上が好ましく、18%以下がより好ましく、15%以下が特に好ましい。理想的な比率P3は、0%である。
【0044】
比率P3の算出では、目開きが50μmである篩により、粉末が分級される。篩の上に残った多数の粒子2が樹脂に埋め込まれ、かつ研磨される。研磨面に現れた多数の粒子2の断面から、直径が50μm以上である50個の断面が、無作為に抽出される。50個の断面のそれぞれにおいて、直径D3が0.1μm以上である空孔16の数がカウントされる。1つの断面における、直径D3が0.1μm以上である空孔16の数が、当該粒子2における数Nvと定義される。この断面に現れない空孔16は、数Nvには算入されない。
【0045】
典型的な空孔16は、ガスアトマイズに起因するガスポアである。ガスポアは、アトマイズ用のガスが液滴内に侵入した状態で金属が凝固することで、発生する。アトマイズ用の不活性ガスとして、ヘリウムガス、アルゴンガス及び窒素ガスが一般的である。ヘリウム及びアルゴンは金属にほとんど吸収されないので、ヘリウムガス及びアルゴンガスが用いられたガスアトマイズでは、ガスポアが生じやすい。一方、窒素は金属に吸収されうるので、窒素ガスが用いられたガスアトマイズでは、ガスポアが生じにくい。さらに、ディスクアトマイズでは不活性ガスによる液滴形成がなされないので、このディスクアトマイズにおいても、ガスポアが生じにくい。比率P3が小さい粉末が得られるとの観点から好ましいアトマイズは、窒素ガスによるガスアトマイズ及びディスクアトマイズである。
【0046】
[デンドライト]
図7は、
図1の粒子2の結晶の一部が模式的に示された拡大断面図である。
図7には、デンドライト22が示されている。このデンドライト22は、一次アーム24と複数の二次アーム26とを有している。それぞれの二次アーム26は、一次アーム24から延びている。
図7において矢印Sは、隣接する二次アーム26の対の、スペーシングである。
【0047】
二次アーム26の対の平均スペーシングSaは、5.0μm以下が好ましい。このデンドライト組織を有する粉末から、偏析が少なく、従って耐摩耗性に優れた肉盛層が得られうる。耐摩耗性の観点から、平均スペーシングSaは4.5μm以下がより好ましく、4.1μm以下が特に好ましい。平均スペーシングSaは、0.5μm以上が好ましい。
【0048】
平均スペーシングSaの算出では、粉末が樹脂ブロックに埋められる。この樹脂ブロックが研磨され、研磨面が得られる。この研磨面が、顕微鏡で観察される。この研磨面に断面が露出した10個の粒子2が、無作為に選択される。各粒子2から、無作為に二次アーム26の対が選択され、この対のスペーシングSが測定される。10のスペーシングSが平均されて、平均スペーシングSaが算出される。
【0049】
平均スペーシングSaは、合金の組成に依存して変動しうる。平均スペーシングSaはさらに、熱履歴に依存して変動しうる。組成に応じた熱履歴が選択されることで、平均スペーシングSaが5.0μm以下である粉末が得られうる。熱履歴として、アトマイズの冷却速度が例示される。他の熱履歴として、粉末の熱処理が例示される。冷却速度が10-3℃/sec以上である、アトマイズ又は熱処理が、好ましい。
【実施例0050】
以下、実施例に係る肉盛用粉末の効果が明らかにされるが、この実施例の記載に基づいて本明細書で開示された範囲が限定的に解釈されるべきではない。
【0051】
[実施例1]
その組成が下記表1に示された原料を、準備した。30kgの原料に窒素ガスによるガスアトマイズを施して、原料粉末を得た。この原料粉末に、冷却速度が10-3℃/sec以上である熱処理を施した。この原料粉末に、「JIS Z 8801-1」に規格された篩を用いて、粒子径が38μm以上150μm以下となるように分級を施し、実施例1の肉盛用粉末を得た。この粉末の、平均スペーシングSaは3.6μmであり、比率P2は64%であり、硬さは58HRCであった。
【0052】
[実施例2-10及び比較例1-5]
組成が下記表1に示された原料を準備した他は実施例1と同様にして、実施例2-10及び比較例1-5の肉盛用粉末を得た。
【0053】
[実施例11]
その組成が下記表1に示された原料を、準備した。30kgの原料に窒素ガスによるガスアトマイズを施して、原料粉末を得た。この原料粉末に、冷却速度が10-3℃/sec以上である熱処理を施した。この原料粉末に、「JIS Z 8801-1」に規格された篩を用いて、粒子径が38μm以上150μm以下となるように分級を施した。この粉末に、エムテック化学株式会社のジェットミル装置(前述の「MJM1」)にて、ジェットミル処理を施して、実施例11の肉盛用粉末を得た。ジェットミル処理の条件は、下記の通りであった。
圧縮空気の圧力:0.7MPa
圧縮空気の風量:21m3/時(350L/min)
【0054】
[実施例12-15]
組成が下記表1に示された原料を準備した他は実施例11と同様にして、実施例12-15の肉盛用粉末を得た。
【0055】
[空孔の面積率]
粉末を、以下の条件のレーザークラッド法に供し、肉盛層を得た。
装置:LASERLINE社のレーザークラッド装置LDF-5
レーザーの出力:4000W
粉末の供給量:0.2g/s
装置の送り速度:10mm/s
この肉盛層の断面を顕微鏡で観察し、空孔の面積率を測定した。この結果が、下記の表1に示されている。
【0056】
[破壊試験]
空孔の面積率の測定に用いた肉盛層を目視で観察し、割れの有無を判定した。この結果が、下記の表1に示されている。
【0057】
[耐食性試験]
肉盛層に、「JIS Z 2371」の規定に準拠して、塩水を噴霧した。この粉末を目視で観察し、発錆の有無を判定した。この結果が、下記の表1に示されている。
【0058】
[総合評価]
肉盛用粉末を、下記の基準に従って格付けした。
A:極めて優れている。
B:優れている。
F:劣っている。
この結果が、下記の表1に示されている。
【0059】
【0060】
表1に記載されたそれぞれの合金の組成の残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0061】
表1に示される通り、各実施例の粉末は、諸性能に優れている。この評価結果から、この粉末の優位性は明らかである。