(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024115368
(43)【公開日】2024-08-26
(54)【発明の名称】量子ゲート装置、共振器、及び設計方法
(51)【国際特許分類】
G06N 10/20 20220101AFI20240819BHJP
G06E 3/00 20060101ALI20240819BHJP
【FI】
G06N10/20
G06E3/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023021030
(22)【出願日】2023-02-14
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 2022年11月8日にarXivウェブサイトにて公開
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「超低損失ナノファイバー共振器の開発と光学的量子計算の要素技術実証」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(74)【代理人】
【識別番号】110004381
【氏名又は名称】弁理士法人ITOH
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(74)【代理人】
【識別番号】100124844
【弁理士】
【氏名又は名称】石原 隆治
(72)【発明者】
【氏名】浅岡 類
(72)【発明者】
【氏名】徳永 裕己
(72)【発明者】
【氏名】青木 隆朗
(72)【発明者】
【氏名】宇津木 健
(57)【要約】
【課題】光子パルス遅延エラー、不完全回転エラー、及び光子損失エラーをトータルで低減する。
【解決手段】光子が入射される共振器を備える量子ゲート装置であって、前記共振器は、前記共振器内の原子の複数の状態に対する合計の光子損失確率、前記複数の状態の間での光子損失確率差による不完全な状態の回転、及び、前記複数の状態の間での光子遅延差を、総合的に低減する共振器長と共振器ミラー透過率を有する。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
光子が入射される共振器を備える量子ゲート装置であって、
前記共振器は、前記共振器内の原子の複数の状態に対する合計の光子損失確率、前記複数の状態の間での光子損失確率差による不完全な状態の回転、及び、前記複数の状態の間での光子遅延差を、総合的に低減する共振器長と共振器ミラー透過率を有する
量子ゲート装置。
【請求項2】
Tを前記共振器ミラー透過率とし、Lを前記共振器長とし、cを光速とし、γを前記原子の上準位からの自然放出のエネルギー緩和レートとし、αを、前記共振器中を光子が一往復するときの光子の損失レートとし、Aを前記共振器中に閉じ込められた光子の原子位置における実効的な相互作用断面積であるとすると、
あるLに対して、Tは、√(8Lγ/cA)≦T≦√(2α/A)を満たす値である
請求項1に記載の量子ゲート装置。
【請求項3】
α´とα´´をそれぞれ定数とし、α=α´+α´´Lである場合において、
前記共振器は、L=cα´/(4γ-cα´´)を満たす共振器長Lを有する
請求項2に記載の量子ゲート装置。
【請求項4】
前記共振器は、T=√(8Lγ/cA)を満たす共振器ミラー透過率Tと共振器長Lを有する
請求項2に記載の量子ゲート装置。
【請求項5】
光子が入射される共振器を備える量子ゲート装置において使用される前記共振器であって、
前記共振器内の原子の複数の状態に対する合計の光子損失確率、前記複数の状態の間での光子損失確率差による不完全な状態の回転、及び、前記複数の状態の間での光子遅延差を、総合的に低減する共振器長と共振器ミラー透過率を有する
共振器。
【請求項6】
光子が入射される共振器を備える量子ゲート装置において使用される前記共振器の設計方法であって、
前記共振器内の原子の複数の状態に対する合計の光子損失確率、前記複数の状態の間での光子損失確率差による不完全な状態の回転、及び、前記複数の状態の間での光子遅延差を、総合的に低減するように、共振器長と共振器ミラー透過率を決定する
設計方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、共振器QEDに基づく量子ゲート装置に関連するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、量子力学を計算に用いることにより、これまでにできなかった高速な計算が可能になることが示されている。その量子情報処理において、共振器に閉じ込められた光子と原子が量子力学的に相互作用する共振器量子電磁力学(QED: quantum electrodynamics)系は、量子ビット(ここでは光子量子ビットもしくは原子量子ビット)を決定論的に操作可能な重要な物理系として注目されている。例えば非特許文献1及び非特許文献2に開示されているように、共振器QED系による量子ゲート装置として、様々な方式が提案されている。
【0003】
共振器QED系による量子計算では、原子が配置された共振器に光子を入射させ、光子と原子とを量子力学的に相互作用させる。この光子はその後、共振器から出射される。このような共振器QED系を用いた光回路により、光子量子ビットと原子量子ビットの間の量子ゲート装置を実現できる。
【0004】
さらに、このような共振器QED系を用いた複数個の光回路を光学的に接続し、各共振器から出射された光子を他の共振器に入射させることで、2つの光子量子ビット間、もしくは2つの原子量子ビット間でも量子ゲート装置を実現することが可能であり、それらを統合した量子回路を実現可能である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】L.-M. Duan and J. Kimble, "Scalable photonic quantum computation through cavity-assisted interactions", Phys. Rev. Lett. 92, 127902 (2004).
【非特許文献2】L.-M. Duan, B. Wang, and H. J. Kimble, "Robust quantum gates on neutral atoms with cavity-assisted photon scattering", Phys. Rev. A 72, 032333 (2005).
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
共振器QED系を用いた量子ゲート装置において、光子パルス遅延エラー、不完全回転エラー、及び光子損失エラーが発生する。しかし、特許文献1等に開示された従来技術では、これら3つのエラーをトータルで低減する共振器の設計方法が提示されていなかった。
【0008】
本発明は上記の点に鑑みてなされたものであり、光子パルス遅延エラー、不完全回転エラー、及び光子損失エラーをトータルで低減できる量子ゲート装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
開示の技術によれば、光子が入射される共振器を備える量子ゲート装置であって、
前記共振器は、前記共振器は、前記共振器内の原子の複数の状態に対する合計の光子損失確率、前記複数の状態の間での光子損失確率差による不完全な状態の回転、及び、前記複数の状態の間での光子遅延差を、総合的に低減する共振器長と共振器ミラー透過率を有する
量子ゲート装置が提供される。
【発明の効果】
【0010】
開示の技術によれば、光子パルス遅延エラー、不完全回転エラー、及び光子損失エラーをトータルで低減できる量子ゲート装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図2】量子計算システム300の構成例を示す図である。
【
図3】実施例1の量子ゲート装置の構成例を示す図である。
【
図4】T
lossとT
delayを表すグラフである。
【
図5】実施例2の量子ゲート装置の構成例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態(本実施の形態)を説明する。以下で説明する実施の形態は一例に過ぎず、本発明が適用される実施の形態は、以下の実施の形態に限られるわけではない。
【0013】
(共振器について)
まず、本実施の形態における量子ゲート装置において使用される共振器について説明する。共振器とは、ミラー等の損失の少ない光学媒質を用いて、光(電磁場)を狭い空間に閉じ込める装置である。光を波長程度の大きさの共振器に閉じ込めると、波長が連続的なモードから離散的になり、そのうち1つのモードと原子を相互作用させることができる。このような系の量子力学は、共振器量子電磁力学(共振器QED)と呼ばれる。
【0014】
図1に、本実施の形態における共振器10の構成例を示す。
図1に示すように、本実施の形態における共振器10は、二枚の高反射率ミラー11、12を向かい合わせた構成を有する。共振器10の内部には、原子量子ビットとしての単一原子がトラップされている。
【0015】
共振器10を構成するミラー11とミラー12のうち、ミラー12には僅かな透過性を持たせてあり、ミラー12を介して光子を共振器10に入射し、光子を共振器10から反射(出力)させることができる。
【0016】
図1に示すように、原子量子ビットとして使用する原子はラムダ型3準位系となっており、|0〉
aと|1〉
aの準位を原子量子ビットの2準位として利用する。ここで使用する原子として、|1〉
a-|e〉
a準位間だけ、入射する光子と共鳴するような原子を用いる。つまり、上準位と片方の下準位の間の遷移のみ光子の周波数と共鳴させておく。
【0017】
これにより、原子量子ビットの状態が|0〉aか|1〉aかに依存して原子と光子の相互作用の仕方が変化する。この原理を利用して、原子量子ビットの状態が|1〉aのときだけ光子量子ビットの位相を反転させるような量子ゲート装置を実現できる。
【0018】
なお、本実施の形態では、共振器として、
図1に示すような2枚のミラーを使用するものを用いているが、これは一例である。共振器として、例えば、ナノ光ファイバーを用いた共振器を使用してもよい。
【0019】
(課題について)
共振器10における原子量子ビットの状態が、量子力学の原理に従い、|0〉aと|1〉aの重ね合わせ状態になっている場合において、共振器10から出射される光子(光子量子ビット)の状態は、|0〉a状態の原子と相互作用して共振器10から出射したものと、|1〉a状態の原子と相互作用して出射したものの重ね合わせ状態になる。
【0020】
理想的な量子ゲート装置では、出射されるこれら2つの光子の位置は完全に一致している。しかし実際には、原子量子ビットの状態が|0〉aと|1〉aの場合で光子が原子と相互作用するのにかかる時間が異なる。この時間の異なりは、出射する光子の位置ずれとして現れ、量子ゲート装置のエラーになる。このエラーを光子パルス遅延エラーと呼ぶ。
【0021】
加えて、光子は共振器10の不完全性等により散乱されたり、吸収されたりしてしまうことがあり、これも量子ゲート装置にとって重大なエラーとなる。このエラーを光子損失エラーと呼ぶ。
【0022】
更に、原子量子ビットの状態が|0〉aと|1〉aの場合で光子損失確率が異なるため、これが最終的な光子の状態を理想的な状態からずらす(回転させる)ことでエラーとなる。このエラーを不完全回転エラーと呼ぶ。
【0023】
従来技術の例である特許文献1には、共振器QED系を用いた量子ゲート装置において、エラーを最小化するための共振器パラメータ設計方法が開示されている。
【0024】
しかし、特許文献1に開示された技術では、共振器中媒質(共振器を構成する2つのミラーの間の空間を埋める物質)の影響が考慮されておらず、また、光子パルスのパルス長が十分長い場合のみが検討されていた。
【0025】
本実施の形態では、上記の課題を解決するために、共振器中媒質での光子損失を考慮した共振器トータルの光子損失レートを使って量子ゲートのエラー率を表すことで、光子パルス遅延エラー、不完全回転エラー、及び光子損失エラーをトータルで低減することを実現する。また、本実施の形態では、上述した3つのエラーをトータルで低減するパラメータ条件の中で、光子パルスのパルス長が短い場合にも適用できるパラメータ条件を示す。
【0026】
以下、本実施の形態におけるシステム及び装置の構成と動作を詳細に説明する。
【0027】
(システムの全体構成例)
図2に、本実施の形態における量子計算システム300の構成例を示す。「量子計算システム」を「量子コンピュータ」と呼んでもよい。
【0028】
図2に示すとおり、量子計算システム300は、制御装置100と量子プロセッサ200を備える。制御装置100は、量子プロセッサ200に制御信号等を送信し、量子プロセッサ200から計算結果(測定結果)を取得することで、量子計算を行う。制御装置100は、例えば古典コンピュータにより実現できる。
【0029】
本実施の形態における量子プロセッサ200には、本発明に係る技術による量子ゲート装置が複数(多数)備えられる。例えば、多数の量子ゲート装置における原子量子ビットにより、当該原子量子ビットを頂点として有する3次元クラスター状態を構成してもよい。3次元クラスター状態は、辺と頂点からなる3次元のグラフの各頂点に原子量子ビットをある状態で置き、2つの頂点が辺で結ばれていたら、その2つの頂点に制御Zゲートを作用させることにより作られる。
【0030】
制御装置100は、例えば、上記の3次元クラスター状態の各原子量子ビットに対する測定を行うことにより測定型量子計算を行う。
【0031】
以下、量子ゲート装置の構成及び動作の例として、実施例1と実施例2を説明する。
【0032】
(実施例1:量子ゲート装置の構成例)
図3に、実施例1の量子ゲート装置の構成例を示す。この量子ゲート装置の全体構成自体は、非特許文献1や特許文献1等に開示されている既存技術である。
【0033】
図3に示すように、実施例1の量子ゲート装置は、共振器10、偏光ビームスプリッタ33、ミラー34を備え、図示のように、これらの素子が導波路(例:光ファイバ)を用いて接続されている。
【0034】
共振器10については、
図1を参照して説明したとおりである。偏光ビームスプリッタ33は、入力側のポートから入力された光子パルスをH偏光とV偏光という2種類の直交する偏光状態に分割して出力する。
図3に示すように、偏光ビームスプリッタ33のV偏光の出力側にミラー34が備えられ、偏光ビームスプリッタ33のH偏光の出力側に共振器10が備えられる。
【0035】
図3には、共振器長Lと、ミラー12の透過率Tが示されている。なお、
図3に示す構成における共振器長Lは、ミラー11の反射面とミラー12の反射面との間の光学的距離(光路長)である。
【0036】
(実施例1:量子ゲート装置の動作例)
光子パルス(光子量子ビット)が、半波長板を経由して、偏光ビームスプリッタ33に届く。光子パルスの偏光状態がH偏光である場合、光子パルスは偏光ビームスプリッタ33から共振器10に入射し、共振器10から反射(出力)される。共振器10から反射される光子パルスの状態は、共振器10における原子量子ビットの状態に応じて異なる。
【0037】
偏光ビームスプリッタ33に入力される光子パルスの偏光状態がV偏光である場合、光子パルスは、偏光ビームスプリッタ33により反射してミラー34へ向けて進み、ミラー34で反射して、再び偏光ビームスプリッタ33に届き、偏光ビームスプリッタ33で反射して、H偏光の光子量子ビットと合流する。
【0038】
共振器10に入射する光子量子ビットと、共振器10内の原子量子ビットの初期状態がそれぞれ|ψ〉p=p0|0〉p+p1|1〉p、|ψ〉a=a0|0〉a+a1|1〉aであった場合、上記の選択的な相互作用により、光子と原子を含む全体の最終的な状態は、|ψ〉=p0a0|0〉p|0〉a+p0a1|0〉p|1〉a+p1a0|1〉p|0〉a-p1a1|1〉p|1〉aとなり、光子量子ビットと原子量子ビットがともに|1〉のときだけ符号が反転する。つまり、光子量子ビットと原子量子ビットとの間の制御Zゲートを実現できる。なお、添え字のpは光子を表し、添え字のaは原子を表す。
【0039】
(量子ゲート装置のエラーを最小化するパラメータ設計)
次に、量子ゲート装置のエラーを最小化するパラメータ設計について説明する。以下の説明において、L、Tは前述のとおりそれぞれ共振器長、ミラー12の透過率である。cは光速であり、γは原子の上準位(具体的には|e〉a)からの自然放出のエネルギー緩和レートである。Aは共振器中に閉じ込められた光の原子位置における実効的な相互作用断面積である。αは、共振器中を光が一往復するときの光子の損失レートである。
【0040】
<概要(パラメータ導出結果)>
共振器中媒質中で光子損失がある場合、共振器中を光が一往復するときの光子の損失レートαは共振器長Lを用いてα=α´+α´´Lのように表すことができる。ここで、α´とα´´は、共振器や共振器中媒質の種類によって決まる定数である。このとき、ある共振器長Lに対して、√(8Lγ/cA)≦T≦√(2α/A)の間でTを探索すれば、必ず各種量子計算の目的に最適なエラーバランスを見つけることができる。
【0041】
一方で、特許文献1では、バルクロスがない場合でも、原子との相互作用により光子パルスの形状が歪んでしまうほど光子パルスの時間的長さが短い場合の共振器設計は想定されていない。これに対して、光子パルスが短いときでも、共振器長Lと共振器のミラー12の透過率TをT=√(8Lγ/cA)の条件のもと探索すれば、光子パルス遅延エラー、不完全回転エラー、及び光子損失エラーを同時に最小化するTとLのセットを見つけることができる。
【0042】
<導出方法>
上述した「√(8Lγ/cA)≦T≦√(2α/A)」、及び「T=√(8Lγ/cA)」の導出方法について説明する。
【0043】
原子の状態が|0〉aのときの量子ゲート装置(具体的には共振器10)における光子の損失確率は、下記の式(1)により表され、原子の状態が|0〉aのときの光子と原子の相互作用にかかる時間(つまり光子パルスの遅延)は、下記の式(2)により表される。
【0044】
【0045】
【数2】
一方、原子の状態が|1〉
aのときの量子ゲート装置(具体的には共振器10)における光子の損失確率は、下記の式(3)により表され、原子の状態が|1〉
aのときの光子と原子の相互作用にかかる時間(つまり光子パルスの遅延)は、下記の式(4)により表される。
【0046】
【0047】
【数4】
光子損失エラーを小さくすることは、トータルの光子損失確率であるl
0+l
1を小さくすることに対応する。不完全回転エラーを小さくすることは、原子の状態による光子損失確率の差|l
0―l
1|を小さくすることに対応する。光子パルス遅延エラーを小さくすることは、共振器10で反射される光子パルスの遅延のずれ|τ
0-τ
1|を小さくすることに対応する。光子パルスの遅延のずれを光子遅延差と呼んでもよい。
【0048】
ある共振器長Lに対して、l0+l1と|l0―l1|を同時に最小化するミラー12の透過率(Tloss)は、下記の式(5)に示す値となり、|τ0-τ1|を最小化するミラー12の透過率(Tdelay)は、下記の式(6)に示す値となる。
【0049】
【0050】
【数6】
図4は、式(5)のT
lossと、式(6)のT
delayとをグラフとして表した図である。グラフにおける実線がT
lossに対応し、破線がT
delayに対応する。「T
delay≦T≦T
loss」、すなわち、「√(8Lγ/cA)≦T≦√(2α/A)」となる網掛けの領域を探索することで各種量子計算に最適なエラーバランスとなるTとLのセットを必ず見つけることができる。つまり、網掛けの領域以外からTとLのセットを選んだとしても、光子パルス遅延エラー、不完全回転エラー、光子損失エラーのどれかがそれよりも小さくなり、残りのエラーは変わらないようなTとLのセットが網掛けの領域に必ず存在する。
【0051】
前述のとおり、共振器中媒質で光子損失がある場合には、α=α´+α´´Lのように表すことができるので、式(5)にこれを代入し、Tloss=Tdelayとすれば、下記の式(7)のとおり、網掛けの領域の右端を決める、つまり最大の共振器長を決める特徴的な点Aでの共振器長LAが求められる。また、この点AのTとLは、光子パルス遅延エラーと不完全回転エラーを同時に最小化する。
【0052】
【数7】
量子計算において、最終的に光子検出器で光子の有無を測定すれば、トータルの光子損失は検出することができ、そのときの計算結果を信用せず切り捨てることでトータルの光子損失エラーを回避できることが多い。従って、トータルの光子損失を検出する機構を持つ量子計算では、上記L
Aを共振器長として有する共振器10を持つ量子ゲート装置が有用である。
【0053】
また、これまでの式の導出は、光パルスの時間的長さが系のパラメータより十分に長いという近似のもとで行われている。しかし、実際には式(6)は任意の光パルス長で有効であることが明らかになった。そのため、光パルスが短い場合には、式(6)の条件のもとでTとLを探索すれば、光子パルス遅延エラー、不完全回転エラー、光子損失エラーを同時に最小化するTとLのセットを見つけることができる。
【0054】
(実施例2の量子ゲート装置)
次に、実施例2の量子ゲート装置として、2原子量子ビット間での制御Zゲートを実現する量子ゲート装置の例を説明する。
図5に、実施例2の量子ゲート装置の構成例を示す。この量子ゲート装置の全体構成自体は、非特許文献2に開示されているように既存技術である。既存技術と異なる点は、各共振器が、実施例1で説明したパラメータ設計方法により設計されている点である。
【0055】
図5に示すように、実施例2における量子ゲート装置は、共振器10、20、偏光ビームスプリッタ33、37、40、ミラーA34、ミラーB38、光サーキュレータ32、36、半波長板31、35、39、光子検出器41、42を備え、図示のように、これらの素子が導波路(例:光ファイバ)を用いて接続されている。
【0056】
共振器10、及び偏光ビームスプリッタ33の構成及び動作は、既に説明したとおりである。共振器20は共振器10と同じ構成を有する。偏光ビームスプリッタ37、40についても偏光ビームスプリッタ33と同様である。光路上に備えられている各半波長板は、光子パルスの偏光状態に対して、アダマール変換を行う。
【0057】
光子パルスを共振器10と共振器20に連続的に入射し、それぞれで原子と光子とを相互作用させる。最後に光子の検出結果に応じてレーザーで原子量子ビット1の状態を適切に操作することにより、原子量子ビット1も原子量子ビット2もともに|1〉aの状態にあるときだけ符号が反転する制御Zゲートを実現することが可能である。つまり、本量子ゲート装置により|11〉を-|11〉にすることができる。|11〉以外の状態では、状態は変更されない。
【0058】
(実施の形態の効果)
以上説明した本実施の形態に係る技術により、共振器を用いた量子ゲート装置において、光子パルス遅延エラー、不完全回転エラー、及び光子損失エラーをトータルで低減することが可能となる。また、共振器に入射する光子パルスが短い場合でも、上記の効果を得ることができる。
【0059】
以上の実施形態に関し、更に以下の付記を開示する。
【0060】
<付記>
(付記項1)
光子が入射される共振器を備える量子ゲート装置であって、
前記共振器は、前記共振器内の原子の複数の状態に対する合計の光子損失確率、前記複数の状態の間での光子損失確率差による不完全な状態の回転、及び、前記複数の状態の間での光子遅延差を、総合的に低減する共振器長と共振器ミラー透過率を有する
量子ゲート装置。
(付記項2)
Tを前記共振器ミラー透過率とし、Lを前記共振器長とし、cを光速とし、γを前記原子の上準位からの自然放出のエネルギー緩和レートとし、αを、前記共振器中を光子が一往復するときの光子の損失レートとし、Aを前記共振器中に閉じ込められた光子の原子位置における実効的な相互作用断面積であるとすると、
あるLに対して、Tは、√(8Lγ/cA)≦T≦√(2α/A)を満たす値である
付記項1に記載の量子ゲート装置。
(付記項3)
α´とα´´をそれぞれ定数とし、α=α´+α´´Lである場合において、
前記共振器は、L=cα´/(4γ-cα´´)を満たす共振器長Lを有する
付記項2に記載の量子ゲート装置。
(付記項4)
前記共振器は、T=√(8Lγ/cA)を満たす共振器ミラー透過率Tと共振器長Lを有する
付記項2に記載の量子ゲート装置。
(付記項5)
光子が入射される共振器を備える量子ゲート装置において使用される前記共振器であって、
前記共振器内の原子の複数の状態に対する合計の光子損失確率、前記複数の状態の間での光子損失確率差による不完全な状態の回転、及び、前記複数の状態の間での光子遅延差を、総合的に低減する共振器長と共振器ミラー透過率を有する
共振器。
(付記項6)
光子が入射される共振器を備える量子ゲート装置において使用される前記共振器の設計方法であって、
前記共振器内の原子の複数の状態に対する合計の光子損失確率、前記複数の状態の間での光子損失確率差による不完全な状態の回転、及び、前記複数の状態の間での光子遅延差を、総合的に低減するように、共振器長と共振器ミラー透過率を決定する
設計方法。
【0061】
以上、本実施の形態について説明したが、本発明はかかる特定の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
【符号の説明】
【0062】
100 制御装置
200 量子プロセッサ
300 量子計算システム
10、20 共振器
33、37、40 偏光ビームスプリッタ
34 ミラーA
38 ミラーB
32、36 光サーキュレータ
31、35、39 半波長板
41、42 光子検出器