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特開2024-116471EF-P応答性人工開始tRNAを用いた外来アミノ酸による翻訳開始
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  • 特開-EF-P応答性人工開始tRNAを用いた外来アミノ酸による翻訳開始 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024116471
(43)【公開日】2024-08-28
(54)【発明の名称】EF-P応答性人工開始tRNAを用いた外来アミノ酸による翻訳開始
(51)【国際特許分類】
   C07K 1/00 20060101AFI20240821BHJP
   C12N 15/11 20060101ALI20240821BHJP
   C40B 40/10 20060101ALI20240821BHJP
   C40B 40/06 20060101ALI20240821BHJP
【FI】
C07K1/00 ZNA
C12N15/11 Z
C40B40/10
C40B40/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023022106
(22)【出願日】2023-02-16
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100152331
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 拓
(72)【発明者】
【氏名】菅 裕明
(72)【発明者】
【氏名】加藤 敬行
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA20
4H045BA01
4H045BA10
4H045EA50
4H045FA70
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】プロリン及び非タンパク質性アミノ酸を含む、種々のアミノ酸を効率よくペプチドのN末端に汎用的に導入することができるペプチドの製造方法、並びにかかる製造方法に用いるための開始tRNA及び翻訳系等を提供すること。
【解決手段】配列番号1で示される塩基配列を含有する開始tRNAを用いて無細胞翻訳系で翻訳することを含む、ペプチドの製造方法。
GCGCNGCGC (配列番号1)
(配列番号1において、N~Nは、それぞれ独立に任意の塩基を示し、N~Nは、Dループを形成し、GCGCが、GCGCと塩基対を形成する。)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1で示される塩基配列を含有する開始tRNAを用いて無細胞翻訳系で翻訳することを含む、ペプチドの製造方法。
GCGCNGCGC (配列番号1)
(配列番号1において、
~Nは、それぞれ独立に任意の塩基を示し、N~Nは、Dループを形成し、
GCGCが、GCGCと塩基対を形成する。)
【請求項2】
前記製造されるペプチドが、α位、β位又はγ位の窒素原子が修飾された、D-アミノ酸、β-アミノ酸、γ-アミノ酸、又はL-プロリンをN末端に有するペプチドである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記開始tRNAが、α位、β位若しくはγ位の窒素原子が修飾された、D-アミノ酸、β-アミノ酸、γ-アミノ酸、若しくはL-プロリン、又はペプチドをチャージしている、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
前記開始tRNAが、配列番号2で示される塩基配列をさらに含有する、請求項1に記載の製造方法。
10111213GGN14151617181920CCN212223 (配列番号2)
(配列番号2において、
14~N20は、それぞれ独立に任意の塩基を示し、N10は、A又はGを示し、N11は、C又はUを示し、N12は、C又はUを示し、N13は、G又はUを示し、N21は、A又はCを示し、N22は、A又はGを示し、N23はA又はGを示し、
14~N20は、アンチコドンループを形成し、
111213GGが、CCN212223と塩基対を形成する。)
【請求項5】
前記開始tRNAが、配列番号3~6から選択される1つの塩基配列をさらに含有する、請求項1に記載の製造方法。
GUCGG(N24CCGGC (配列番号3)
(配列番号3において、
24は、それぞれ独立に任意の塩基を示し、mは、1以上の整数であり、(N24はTループを形成し、
GUCGGが、CCGGCとTステムを形成する。)
GUCGG(N25CCGGU (配列番号4)
(配列番号4において、
25は、それぞれ独立に任意の塩基を示し、mは、1以上の整数であり、(N25はTループを形成し、
GUCGGが、CCGGUとTステムを形成する。)
GGCGG(N26CCGCU (配列番号5)
(配列番号5において、
26は、それぞれ独立に任意の塩基を示し、mは、1以上の整数であり、(N26はTループを形成し、
GGCGGが、CCGCUとTステムを形成する。)
GGAGG(N27CCUCU (配列番号6)
(配列番号6において、
27は、それぞれ独立に任意の塩基を示し、mは、1以上の整数であり、(N27はTループを形成し、
GGAGGが、CCUCUとTステムを形成する。)
【請求項6】
前記開始tRNAが、配列番号7で示される塩基配列をさらに含有する、請求項1に記載の製造方法。
28GN29UC (配列番号7)
(配列番号7において、
28はA又はGを示し、N29はA又はGを示し、N28GN29UCは、可変ループを形成する。)
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の開始tRNA。
【請求項8】
請求項7に記載の開始tRNAを含む、翻訳系。
【請求項9】
請求項8に記載の翻訳系を用いて、無細胞翻訳系で翻訳する工程を含む、ペプチドライブラリの製造方法。
【請求項10】
請求項8に記載の翻訳系を用いて、無細胞翻訳系で翻訳する工程を含む、ペプチドと該ペプチドをコードするmRNAとの複合体ライブラリの製造方法。
【請求項11】
請求項9に記載の方法によって製造されるペプチドライブラリ。
【請求項12】
請求項10に記載の方法によって製造されるペプチド-mRNA複合体ライブラリ。
【請求項13】
α位、β位又はγ位の窒素原子が修飾された、D-アミノ酸、β-アミノ酸、γ-アミノ酸、又はL-プロリンをN末端に有するペプチドを含む、請求項11に記載のペプチドライブラリ。
【請求項14】
α位、β位又はγ位の窒素原子が修飾された、D-アミノ酸、β-アミノ酸、γ-アミノ酸、又はL-プロリンをN末端に有するペプチドと該ペプチドをコードするmRNAとの複合体を含む、請求項12に記載のペプチド-mRNA複合体ライブラリ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、EF-P応答性人工開始tRNAを用いた外来アミノ酸による翻訳開始に関する。具体的には、本発明は、ペプチドの製造方法、開始tRNA、翻訳系、並びにペプチドライブラリ及びペプチド-mRNA複合体ライブラリの製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
翻訳開始において、P-サイトのN-ホルミルメチオニル開始tRNA(fMet-tRNAini)は、翻訳開始因子IF3によって認識され、コドン-アンチコドン相互作用の安定性が調べられることで、活性位置に配置される(非特許文献1~3)。IF3によって活性位置に配置されない場合、fMet-tRNAiniは最終的にリボソームから脱落し、Aサイトの2番目のアミノアシルtRNAから翻訳が再開され、再開ペプチド(reinitiated peptide,RiP)と呼ばれる、N末端のfMet(N-ホルミルメチオニン)が欠失したペプチドが合成される(非特許文献4)。この現象は、N末端ドロップオフ翻訳再開(N-terminal drop-off-reinitiation)と呼ばれている。
【0003】
遺伝子コードのリプログラミングによって、fMetだけでなく、様々な非標準的な基質も、ペプチドのN末端に人工的に導入することができる。しかしながら、N-アセチル-L-プロリン(AcPro)のような、低いペプチジルドナー活性を有する非標準的な基質の取り込みは、より頻繁にN末端ドロップオフ翻訳再開を引き起こす(非特許文献4~5)。したがって、そのような非タンパク質性アミノ酸をN末端に導入することは非常に困難である。
【0004】
また、天然においては、リボソーム翻訳系は、19のタンパク質性L-アミノ酸及びグリシンを利用するが、D-アミノ酸、β-アミノ酸、及びγ-アミノ酸のような非タンパク質性アミノ酸は、リボソーム翻訳系によるペプチド合成及びタンパク質合成においては除外されている。D-アミノ酸及びβ-アミノ酸は、様々な天然ペプチドに見出されているが、通常、非リボソーム翻訳系により合成されている。そこで、これらの非タンパク質性アミノ酸を導入するための様々な方法が開発されている。
例えば、特許文献1には、無細胞翻訳系で翻訳する際に、非タンパク質性アミノ酸が連続して結合したペプチドを合成することのできる翻訳系が開示されている。特許文献2には、複数の異なるN-メチルアミノ酸の同時取込みを可能にするペプチドの合成方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2019/077887号
【特許文献2】国際公開第2021/100833号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Simonetti, A., Marzi, S., Myasnikov, A.G., Fabbretti, A., Yusupov, M., Gualerzi, C.O. and Klaholz, B.P. (2008) Structure of the 30S translation initiation complex. Nature, 455, 416-420.
【非特許文献2】Hussain, T., Llacer, J.L., Wimberly, B.T., Kieft, J.S. and Ramakrishnan, V. (2016) Large-scale movements of IF3 and tRNA during bacterial translation initiation. Cell, 167, 133-144.e113.
【非特許文献3】Kaledhonkar, S., Fu, Z., Caban, K., Li, W., Chen, B., Sun, M., Gonzalez, R.L. and Frank, J. (2019) Late steps in bacterial translation initiation visualized using time-resolved cryo-EM. Nature, 570, 400-404.
【非特許文献4】Katoh, T. and Suga, H. (2022) Drop-off-reinitiation at the N-termini of nascent peptides and its regulation by IF3, EF-G, and RRF. Nucleic Acids Res.,
【非特許文献5】Muto, H. and Ito, K. (2008) Peptidyl-prolyl-tRNA at the ribosomal P-site reacts poorly with puromycin. Biochem. Biophys. Res. Commun., 366, 1043-1047.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、翻訳のメカニズムにおいて開始反応と伸長反応は明確に異なるため、特許文献1及び2に記載のような伸長tRNAを翻訳の開始に用いることはできない。
したがって、アセチル-L-プロリン(AcPro)、並びにD-アミノ酸、β-アミノ酸、及びγ-アミノ酸のような非タンパク質性アミノ酸を含む、種々のアミノ酸をペプチドのN末端に導入するための新規な方法が求められている。
そこで、本発明が解決しようとする課題は、種々のアミノ酸を効率よくペプチドのN末端に汎用的に導入することができるペプチドの製造方法、並びにかかる製造方法に用いるための開始tRNA及び翻訳系等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らが鋭意検討した結果、所定の構造を有する開始tRNAを用いて無細胞翻訳系で翻訳することで、N末端ドロップオフ翻訳再開を抑制でき、種々のアミノ酸を用いた翻訳開始を実現できることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1]
配列番号1で示される塩基配列を含有する開始tRNAを用いて無細胞翻訳系で翻訳することを含む、ペプチドの製造方法。
GCGCNGCGC (配列番号1)
(配列番号1において、
~Nは、それぞれ独立に任意の塩基を示し、N~Nは、Dループを形成し、
GCGCが、GCGCと塩基対を形成する。)
[2]
前記製造されるペプチドが、α位、β位又はγ位の窒素原子が修飾された、D-アミノ酸、β-アミノ酸、γ-アミノ酸、又はL-プロリンをN末端に有するペプチドである、[1]に記載の製造方法。
[3]
前記開始tRNAが、α位、β位若しくはγ位の窒素原子が修飾された、D-アミノ酸、β-アミノ酸、γ-アミノ酸、若しくはL-プロリン、又はペプチドをチャージしている、[1]又は[2]に記載の製造方法。
[4]
前記開始tRNAが、配列番号2で示される塩基配列をさらに含有する、[1]~[3]のいずれか1つに記載の製造方法。
10111213GGN14151617181920CCN212223 (配列番号2)
(配列番号2において、
14~N20は、それぞれ独立に任意の塩基を示し、N10は、A又はGを示し、N11は、C又はUを示し、N12は、C又はUを示し、N13は、G又はUを示し、N21は、A又はCを示し、N22は、A又はGを示し、N23はA又はGを示し、
14~N20は、アンチコドンループを形成し、
111213GGが、CCN212223と塩基対を形成する。)
[5]
前記開始tRNAが、配列番号3~6から選択される1つの塩基配列をさらに含有する、[1]~[4]のいずれか1つに記載の製造方法。
GUCGG(N24CCGGC (配列番号3)
(配列番号3において、
24は、それぞれ独立に任意の塩基を示し、mは、1以上の整数であり、(N24はTループを形成し、
GUCGGが、CCGGCとTステムを形成する。)
GUCGG(N25CCGGU (配列番号4)
(配列番号4において、
25は、それぞれ独立に任意の塩基を示し、mは、1以上の整数であり、(N25はTループを形成し、
GUCGGが、CCGGUとTステムを形成する。)
GGCGG(N26CCGCU (配列番号5)
(配列番号5において、
26は、それぞれ独立に任意の塩基を示し、mは、1以上の整数であり、(N26はTループを形成し、
GGCGGが、CCGCUとTステムを形成する。)
GGAGG(N27CCUCU (配列番号6)
(配列番号6において、
27は、それぞれ独立に任意の塩基を示し、mは、1以上の整数であり、(N27はTループを形成し、
GGAGGが、CCUCUとTステムを形成する。)
[6]
前記開始tRNAが、配列番号7で示される塩基配列をさらに含有する、[1]~[5]のいずれか1つに記載の製造方法。
28GN29UC (配列番号7)
(配列番号7において、
28はA又はGを示し、N29はA又はGを示し、N28GN29UCは、可変ループを形成する。)
[6-1]
前記開始tRNAの5’末端の塩基が、対合する塩基とミスマッチになっている、[1]~[6]のいずれか1つに記載の製造方法。
[6-2]
前記開始tRNAの5’末端の塩基がGであり、対合する塩基がAである、[1]~[6-1]のいずれか1つに記載の製造方法。
[6-3]
前記開始tRNAは、5’末端から数えて1番目の塩基と、3’末端から数えて5番目の塩基とがミスマッチである、[1]~[6-2]のいずれか1つに記載の製造方法。
[6-4]
前記開始tRNAは、5’末端から数えて1番目の塩基がGであり、3’末端から数えて5番目の塩基がAである、[1]~[6-3]のいずれか1つに記載の製造方法。
[6-5]
前記開始tRNAが、配列番号243で示される塩基配列をさらに含有する、[1]~[6-4]のいずれか1つに記載の製造方法。
GGN3031GN3233 (配列番号243)
(配列番号243において、
30はC又はGを示し、N31はU又はGを示し、N32はA又はGを示し、N33はU又はGを示し、1番目のGは対合する塩基と塩基対を形成しておらず、GN3031GN3233のそれぞれの塩基は、A、U、G及びCのいずれかと塩基対を形成することで、アクセプターステムを形成する。配列番号243における1番目のGは本実施形態の開始tRNAの5’末端であることが好ましい。)
[7]
[1]~[6]([6-1]~[6-5]も含む。)のいずれか1つに記載の開始tRNA。
[8]
[7]に記載の開始tRNAを含む、翻訳系。
[9]
[7]に記載の開始tRNA又は[8]に記載の翻訳系を用いて、無細胞翻訳系で翻訳する工程を含む、ペプチドライブラリの製造方法。
[10]
[7]に記載の開始tRNA又は[8]に記載の翻訳系を用いて、無細胞翻訳系で翻訳する工程を含む、ペプチドと該ペプチドをコードするmRNAとの複合体ライブラリの製造方法。
[11]
[9]に記載の方法によって製造されるペプチドライブラリ。
[12]
[10]に記載の方法によって製造されるペプチド-mRNA複合体ライブラリ。
[13]
α位、β位又はγ位の窒素原子が修飾された、D-アミノ酸、β-アミノ酸、γ-アミノ酸、又はL-プロリンをN末端に有するペプチドを含む、[11]に記載のペプチドライブラリ。
[14]
α位、β位又はγ位の窒素原子が修飾された、D-アミノ酸、β-アミノ酸、γ-アミノ酸、又はL-プロリンをN末端に有するペプチドと該ペプチドをコードするmRNAとの複合体を含む、[12]に記載のペプチド-mRNA複合体ライブラリ。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、種々のアミノ酸を効率よくペプチドのN末端に汎用的に導入することができるペプチドの製造方法、並びにかかる製造方法に用いるための開始tRNA及び翻訳系等を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】EF-PがPサイトのtRNAのDアームを認識し、ペプチド結合の形成を促進する際の模式図を示す。図1Aは、EF-Pの媒介による、翻訳伸長におけるPサイトとAサイトの、連続した二つのPro塩基の間のペプチド結合の形成促進を示す。EF-Pは、ペプチド結合の形成を促進するため、Pサイトのペプチジル-プロリル-tRNAProの特異的なDアームモチーフを認識する。図1Bは、PサイトのfMet-tRNA及びAサイトのアミノアシルtRNAの間のペプチド結合の形成のEF-Pによる促進を示す。この反応は翻訳開始時に起こる。図1Cは、ペプチド結合の形成を促進するための、EF-Pにより効率的に認識される新規な開始tRNAの開発の構想を示す。tRNAiniWTのヌクレオチド配列は、tRNAiniWTのin vitro転写によるヌクレオチド修飾を除いて、E.coli tRNAfMet2のヌクレオチド配列と同一である。tRNAinicC1Gの5’末端CはGで置き換えられる。tRNAPro1のDアームモチーフは、EF-Pによって認識される(濃い灰色の点線で示す)。tRNAiniWTとtRNAPro1の構造的特徴を組み合わせることにより、人工的なtRNAであるtRNAiniPを考案した。tRNAiniC1Gに由来するヌクレオチドは灰色で、tRNAPro1に由来するヌクレオチドは濃い灰色で示され、共通するヌクレオチドは黒で示される。
図2】N末端でのAcProの取り込みにおける、tRNAini変異体の評価のためのモデルペプチドの転写について示す。図2Aは、mRNA(mR1)の配列、及び対応するペプチド配列P1を示す。P1-FLPは、N末端にN-アセチル-L-プロリン(AcPro)を有する全長ペプチドである。P1-RiPは、AcProが欠けた再開ペプチドである。U-13C:U-15N-Lysは、翻訳されたP1-FLP及びP1-RiPに導入される(2つのAAG、2つのLys、flagにおける2つのK)。フラグのmRNA配列は、GAC-TAC-AAG-GAC-GAC-GAC-GAC-AAGである。図2Bは、転写産物のMALDI-TOF MSを示す。5μM EF-Pの存在下で、tRNAiniC1G/A11C/U24Gを用いた翻訳を行った。[M+H]のm/z値の計算値(calc.)及び実測値(obs.)を示す。翻訳されたP1-FLP及びP1-RiPの濃度は、内部コントロールP1-FLP及びP1-RiP(0.5μM)のピーク強度と比較して決定された。図2Cは、tRNAiniC1G/A11C/U24Gの二次構造を示す。tRNAのアンチコドンステム、アクセプターステム、Tステム、及び可変ループは、それぞれAn1、Ac1、T1、及びV1と呼ばれる。このtRNAは、tRNAAn1Ac1T1V1とも言う。図2Dは、P1-FLP及びP1-RiPの発現レベルの定量化を示す。これらのペプチドの翻訳は、EF-Pの存在下、又は非存在下で、tRNAiniWT、tRNAiniC1G、及びtRNAAn1Ac1T1V1を用いて行われた。バーの上の数字はP1-FLP%、及びEF-P(+)/EF-P(-)に対する、P1-FLPレベルの増加割合(fold)を示す。エラーバーは、S.D.(n=3)である。
図3】アンチコドンステム、アクセプターステム、Tステム、及び可変ループに変異を有するtRNAiniの評価を示す。図3Aは、tRNAiniに導入された、アンチコドンステム、アクセプターステム、及び可変ループの構造的なバリエーションを示す。図3B-Dは、アンチコドンステムの変異(B)、アクセプターステムの変異(C)、及びTステム/可変ループの変異(D)に対する、P1-FLP及びP1-RiPの発現レベルの定量化を示す。ペプチドの翻訳は、EF-Pの存在下、及び非存在下で行われた。バーの上の数字はP1-FLP%、及びEF-P(+)/EF-P(-)に対する、P1-FLPレベルの増加割合(fold)を示す。エラーバーは、S.D.(n=3)である。tRNAini変異体の二次構造は図7及び8も参照できる。
図4】P1ペプチドの翻訳における翻訳因子とAcPro-tRNAiniPの滴定を示す。図4Aは、IF3の滴定を示す。図4Bは、EF-Gの滴定を示す。図4Cは、RRFの滴定を示す。図4Dは、EF-Pの滴定を示す。図4Eは、AcPro-tRNAを示す。濃い灰色と灰色の点は、それぞれP1-FLP及びP1-RiPの発現レベルを示す。濃い灰色の点の上の数字はP1-FLP%を示す。エラーバーは、S.D.(n=3)である。
図5】コドン-アンチコドンの組み合わせの最適化を示す。図5Aは、mR1から翻訳されたP1-FLP及びP1-RiPの発現レベルを示す。ここで、AcProの取り込みのために使われた開始コドンは、下部に示されるように変更した。15μM IF3、1μM EF-G、2.5μM RRF、10μM EF-P、及び160μM AcPro-tRNAiniPを使用した。tRNAiniPのアンチコドンは、同様に、下部に示されるように変更した。バーの上の数字はP1-FLP%を示す。エラーバーは、S.D.(n=3)である。図5Bは、mRNAであるmR1-mR6を示す。シャイン・ダルガノ(SD)配列、及びSDと開始コドンとの間位のスペーサーを最適化した。16S rRNAのanti-SDに相補的なヌクレオチドは濃い灰色で、非相補的なヌクレオチドは灰色で示す。AUG又はAAGを開始コドンとして用いた。図5Cは、mR1-mR6から翻訳されたP1-FLP及びP1-RiPの発現レベルを示した。15μM IF3、1μM EF-G、2.5μM RRF、10μM EF-P、及び160μM AcPro-tRNAiniPを使用した。バーの上の数字はP1-FLP%を示す。エラーバーは、S.D.(n=3)である。
図6】EF-Pが、tRNAiniPとの組み合わせにおいて、N末端におけるD-アミノ酸、β-アミノ酸、及びγ-アミノ酸のリボソーム取り込みを増強することを示したことを示す。図6Aは、N末端におけるリボソーム取り込みのために試験された、非タンパク質性アミノ酸の構造を示す。AcTrp及びAcTyrは、D-アミノ酸の代表物質であり、AcβPhg及びAcAbzは、それぞれβ-アミノ酸及びγ-アミノ酸の代表物質である。図6Bは、転写産物のMALDI-TOF MSを示す。翻訳は、EF-Pの存在下、及び非存在下で、mR5-AAG及びアミノアシル-tRNAiniP CUUを用いて行われた。15μM IF3、1μM EF-G、2.5μM RRF、10μM又は0μM EF-P、及び160μM アミノアシル-tRNAiniP CUUを使用した。EF-Pの存在下での翻訳のために、ペプチドはU-13C:U-15N-Lysでラベル化され、非ラベル化LysはEF-P(-)翻訳のために取り込まれた。EF-P(+)及びEF-P(-)翻訳溶液を共に混合し、MALDI-TOF MSで分析した。[M+H]のm/z値の計算値(calc.)及び実測値(obs.)を示す。EF-P(+)/EF-P(-)に対する、P1-FLPレベルの増加割合は、相対ピーク強度によって推定された。
図7】tRNAini変異体の二次構造を示す。図7Aは、アンチコドンステム変異体を示す。図7Bは、アクセプターステム変異体を示す。
図8】tRNAini変異体(Tステム/可変ループ変異体)の二次構造を示す。
図9】ペプチドのN末端における、ペプチドの環状化のためのN-クロロアセチル-L-プロリン又はN-クロロアセチル-3-アミノ安息香酸の取り込みを示す。図9Aは、用いたmRNA(mR7)の配列及びこれに対応するペプチド(P7)の配列を示す。P7-FLPは、全長の環状ペプチドであり、P7-RiPはN末端のクロロアセチルアミノ酸(ClAcXaa)が欠損した再開ペプチドである。mRNA及びペプチドのフラグ(flag)は、それぞれGAC-UAC-AAG-GAC-GAC-GAC-GAC-AAG、及びAsp-Tyr-Lys-Asp-Asp-Asp-Asp-Lysである。図9B及びCは、それぞれ導入されたClAcPro及びClAc3Abzの構造を示す。図9D及びEは、翻訳ペプチドのMALDI-TOF MSを示す。翻訳は、tRNAiniP CUUを用いて実施された。[M+H]のm/z値の計算値(calc.)及び実測値(obs.)を示す。図9F及びGは、AcPro又はAc3Abzを含む環状ペプチドP7-FLPの化学構造を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の
実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することが
できる。
【0013】
本実施形態の製造方法は、配列番号1で示される塩基配列を含有する開始tRNAを用いて無細胞翻訳系で翻訳することを含む、ペプチドの製造方法である。
GCGCNGCGC (配列番号1)
配列番号1において、N~Nは、それぞれ独立に任意の塩基を示し、N~Nは、Dループを形成し、GCGCが、GCGCと塩基対を形成する。
配列番号1において、GCGCが、GCGCと塩基対を形成するとは、配列番号1における1位~4位の5’-GCGC-3’が、17位~14位の3’-CGCG-5’と塩基対を形成すると換言してもよい。
【0014】
本発明者らは、無細胞翻訳系によるペプチドの製造において、N末端ドロップオフ翻訳再開によりペプチドのN末端に導入することができるアミノ酸が限定的であることに関して、ペプチドの伸長反応においてペプチド結合の形成を促進する翻訳因子EF-P(Elongation Factor P)に着目した。EF-Pは、プロリン-プロリン(Pro-Pro)結合形成の伸長を促進する上で重要な役割を担っていて、Pro-Pro配列においてペプチジル-tRNAの脱落によって引き起こされる翻訳伸長の停止(リボソームストール)を緩和する(図1A)。本発明者らは、EF-Pは伸長反応だけでなく、開始反応においても機能し(図1B)、N末端ドロップオフ翻訳再開もEF-Pによって抑制できると仮説を立てた。さらに、本発明者らは、EF-PによってN末端ドロップオフ翻訳再開を抑制できれば、EF-Pの存在下で、L-プロリン、並びにD-アミノ酸、β-アミノ酸、及びγ-アミノ酸のような非タンパク質性アミノ酸を含む、種々のアミノ酸がN末端に導入された外来ペプチドを効率的に合成することができると考えた。
【0015】
EF-Pは、Proのペプチジル転移を促進するため、tRNAProアイソアクセプターであるtRNAPro1、tRNAPro2、及びtRNAPro3の特異的なDアームを認識する。本発明者らは、開始tRNA(tRNAini)のDアームを、tRNAProアイソアクセプターのDアームに置き換えることにより、N末端のアミノ酸(開始tRNAにチャージされているアミノ酸)と2番目のアミノ酸との間のペプチジル転移が増強されると予想し、N末端に種々のアミノ酸を効率よく取り込むため、野生型(WT)tRNAiniとtRNAProアイソアクセプターの特徴的な構造を融合した、新規の開始tRNAを発明した。
【0016】
本発明によれば、詳細は後述する特定の開始tRNAを用いて、無細胞翻訳系によりペプチドを製造することにより、翻訳開始に用いることのできるアミノ酸の種類を飛躍的に増加させることができ、多様なN末端のアミノ酸を有するペプチドを製造可能な方法を提供することができる。すなわち、本発明は、無細胞翻訳系によるペプチドの製造に関して、極めて汎用性の高い方法を提供する。
【0017】
本明細書において、開始tRNAとは、mRNAの翻訳の開始に利用されるtRNAを意味する。開始tRNAは、アクセプターステム、Dアーム、アンチコドンステム、アンチコドンループ、可変ループ、及びTアームを含んでいてよい。無細胞翻訳系において、翻訳開始因子IF2が、開始tRNAにチャージされているアミノ酸のアミノ基(プロリンのような二級アミノ酸についてはイミノ基)が修飾されていることを認識することにより、翻訳が開始される。また、修飾されたアミノ酸だけでなく、ペプチドがチャージされている場合にも、開始tRNAが翻訳開始因子IF2により認識され、翻訳開始される可能性がある。また、開始tRNAにチャージされたメチオニンのアミノ基を修飾するメチオニルtRNAトランスホルミラーゼは、tRNAの5’末端の塩基が、対合する塩基と塩基対を形成していない(ミスマッチになっている)ことを認識して、ホルミル化を行う。
したがって、開始tRNAは、アミノ基(プロリンのような第二級アミノ酸についてはイミノ基)が修飾されているアミノ酸をチャージするtRNAであるか、そのようなアミノ酸をチャージしているtRNAであってよく、5’末端の塩基が、対合する塩基とミスマッチになっているtRNAであってよい。
【0018】
開始tRNAにチャージされているアミノ酸は、好ましくはアミノ基又はイミノ基の窒素原子、より好ましくはα位、β位又はγ位の窒素原子が修飾されている。より詳細には、第一級アミノ酸であればアミノ基の窒素原子が、プロリンのような第二級アミノ酸であればイミノ基の窒素原子が修飾されていることが好ましく、α-アミノ酸であればα位のアミノ基又はイミノ基の窒素原子が、β-アミノ酸であればβ位のアミノ基又はイミノ基の窒素原子が、γ-アミノ酸であればγ位のアミノ基又はイミノ基の窒素原子が修飾されていることがより好ましい。
本実施形態の製造方法において、修飾されたアミノ酸がチャージされた開始tRNAを無細胞翻訳系に加えてもよいし、未修飾のアミノ酸がチャージされた開始tRNA、及びメチオニル-tRNAトランスフェラーゼ等の修飾酵素を無細胞翻訳系に加え、系内で修飾してもよい。
上記修飾は、置換基を有していてもよいアシル基による修飾(アシル化)であることが好ましく、置換基を有していてもよいアセチル基、又はホルミル基による修飾(アセチル化又はホルミル化)であることがより好ましい。ここで、置換基としては特に限定されないが、例えばアルキル基(好ましくはC1~C3アルキル基)、及びハロゲン原子(好ましくは塩素原子)が挙げられる。
【0019】
本明細書においては、開始tRNAの1番の塩基のミスマッチの組み合わせは特に限定されない。ミスマッチである塩基の組み合わせとしては、G(グアニン)とアデニン(A)、Gとウラシル(U)、Aとシトシン(C)、CとU、AとA、GとG、CとC、及びUとUが挙げられ、好ましくは、GとAの組み合わせである。したがって、本実施形態の開始tRNAの5’末端の塩基がGであり、対合する塩基がAであると好ましい。野生型の開始tRNAにおいては、典型的には72番の塩基対が1番の塩基対と対応しているため、1番と72番の塩基がミスマッチである。したがって、本実施形態の開始tRNAは、1番目の塩基と、野生型の開始tRNAとアライメントした際に野生型の開始tRNAの72番目の塩基に対応する塩基とがミスマッチであることが好ましい。あるいは、本実施形態の開始tRNAは、5’末端から数えて1番目の塩基と、3’末端から数えて5番目の塩基とがミスマッチであることも好ましく、5’末端から数えて1番目の塩基がG又はC(好ましくはG)であり、3’末端から数えて5番目の塩基がAであり、これらの塩基が対合していることがより好ましい。
【0020】
本明細書においては、「チャージする」、「チャージされた」という用語は、「結合する」、「結合した」あるいは「連結する」、「連結した」と同義で用いられる。したがって、「アミノ酸をチャージする(している)開始tRNA」とは、アミノ酸が開始tRNAにアシル化される(されている)開始tRNAであることを意味し、アミノ酸が開始tRNAに「アミノアシル化」されていることとも同義となる。
【0021】
EF-Pは、tRNAProアイソアクセプターに見出される特定のDアームモチーフである、4塩基対の安定なDステム配列によって閉じた構造を有する9塩基のDループを認識する。
本実施形態において、配列番号1で示される塩基配列は、DループとDステムからなるDアームの塩基配列を示す。本発明者らは、配列番号1で示される塩基配列を開始tRNAに導入することにより、EF-Pによるペプチジル転移が促進でき、プロリン及び非タンパク質性アミノ酸を含む、種々のアミノ酸を効率よくペプチドのN末端に導入することができることを見出した。
【0022】
本実施形態の配列番号1で示される塩基配列を含有する開始tRNAにおける、他の構造、すなわち、アクセプターステム、アンチコドンステム、アンチコドンループ、可変ループ、及びTアームの塩基配列は、任意であってよい。中でも、アンチコドンループは、本実施形態の開始tRNAにより導入するアミノ酸を割り当てるコドンに対応した塩基配列を適宜有していればよい。開始tRNAの3’末端は、CCA配列を有し、任意のアミノ酸と結合してよい。
【0023】
配列番号1におけるN~Nの塩基配列は、配列番号8で示される塩基配列であることが好ましい。
AGCCUGGUA (配列番号8)
配列番号8で示される塩基配列は、開始tRNAにおけるDループを形成する。
配列番号8においては、1又は複数の塩基が置換、欠失又は挿入されていてもよい。
塩基が複数置換されるとは、配列番号8の塩基配列のDループを形成する9個の塩基において、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、又は9個の塩基が置換されていてもよいことを意味し、1~4個の塩基が置換されていてもよく、1~3個の塩基が置換されていてもよく、1~2個の塩基が置換されていてもよく、1個の塩基が置換されていてもよい。
塩基が複数欠失されるとは、配列番号8の塩基配列のDループを形成する9個の塩基において、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、又は9個の塩基が欠失されていてもよいことを意味し、1~4個の塩基が欠失されていてもよく、1~3個の塩基が欠失されていてもよく、1~2個の塩基が欠失されていてもよく、1個の塩基が欠失されていてもよい。
塩基が挿入されるとき、配列番号8の塩基配列のDループを形成する9個の塩基において、1~6個の塩基が挿入されていてもよく、1~5個の塩基が挿入されていてもよく、1~4個の塩基が挿入されていてもよく、1~3個の塩基が挿入されていてもよく、1~2個の塩基が挿入されていてもよく、1個の塩基が挿入されていてもよい。
また、配列番号8で示される塩基配列に1又は複数の塩基が置換、欠失又は挿入されている場合、当該塩基配列は、配列番号8で示される塩基配列と相同性が、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、又は95%以上であってよい。
【0024】
配列番号1で示される塩基配列は、配列番号9で示される塩基配列であることが好ましい。
GCGCAGCCUGGUAGCGC (配列番号9)
配列番号9で示される塩基配列は、開始tRNAにおけるDループとDステムからなるDアームを形成する。
配列番号9においては、1位~4位のGCGC及び14位~17位のGCGC以外の部分において、1又は複数の塩基が置換されていてもよい。
塩基が複数置換されるとは、配列番号9の塩基配列のDループを形成する9個の塩基において、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、又は9個の塩基が置換されていてもよいことを意味し、1~4個の塩基が置換されていてもよく、1~3個の塩基が置換されていてもよく、1~2個の塩基が置換されていてもよく、1個の塩基が置換されていてもよい。
また、配列番号9で示される塩基配列に1又は複数の塩基が置換されている場合、当該塩基配列は、配列番号9で示される塩基配列と相同性が、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、又は95%以上であってよい。
【0025】
本実施形態の開始tRNAは、配列番号2で示される塩基配列をさらに含有する開始tRNAであることが好ましい。
10111213GGN14151617181920CCN212223 (配列番号2)
配列番号2において、
14~N20は、それぞれ独立に任意の塩基を示し、N10は、A又はGを示し、N11は、C又はUを示し、N12は、C又はUを示し、N13は、G又はUを示し、N21は、A又はCを示し、N22は、A又はGを示し、N23はA又はGを示し、
14~N20は、アンチコドンループを形成し、
111213GGが、CCN212223と塩基対を形成する。
配列番号2において、N111213GGが、CCN212223と塩基対を形成するとは、配列番号2における2位~6位の5’-N111213GG-3’が、18位~14位の3’-N232221CC-5’と塩基対を形成すると換言してもよい。
【0026】
本実施形態において、配列番号2で示される塩基配列は、アンチコドンステムとアンチコドンループからなる部分の塩基配列であり、配列番号2で示される塩基配列を開始tRNAに導入することにより、EF-Pによるペプチジル転移が促進でき、プロリン及び非タンパク質性アミノ酸を含む、種々のアミノ酸を一層効率よくペプチドのN末端に導入することができる。
【0027】
配列番号2は、配列番号10又は11で示されることが好ましい。
101112GGGN14151617181920CCCN2223 (配列番号10)
101112UGGN14151617181920CCAN2223 (配列番号11)
配列番号10~11で示される塩基配列は、アンチコドンステムとアンチコドンループを形成する。
【0028】
配列番号2は、配列番号12~16のいずれかで示されることがより好ましく、配列番号15で示されることがさらに好ましい。
GUCGGGN14151617181920CCCGA (配列番号12)
AUCGGGN14151617181920CCCGA (配列番号13)
ACCGGGN14151617181920CCCGG (配列番号14)
ACUGGGN14151617181920CCCAG (配列番号15)
ACUUGGN14151617181920CCAAG (配列番号16)
配列番号12~16で示される塩基配列は、アンチコドンステムとアンチコドンループを形成する。
【0029】
配列番号2は、配列番号17で示されることも好ましい。
10111213GGCUN161718AACCN212223 (配列番号17)
配列番号17で示される塩基配列は、アンチコドンステムとアンチコドンループを形成する。
【0030】
配列番号2、及び10~17におけるN16~N18の塩基配列は、アンチコドンを形成する。
開始tRNAのアンチコドンは、開始コドンに相補的な塩基配列を有する。天然においては、開始tRNAは必ずメチオニン(ホルミルメチオニン)をコードするため、開始tRNAはメチオニンに対応するアンチコドンを有する。この際、開始コドンとしては一般的にはメチオニンのコドンであるAUGが用いられる。
これに対し、本実施形態においては、開始コドンはAUGに限定されず、後述の表1に示す「天然の遺伝暗号表」に記載された全てのコドンを含む、任意のコドンを開始コドンとすることができる。つまり、本実施形態のtRNAは、任意の開始コドンに相補的な塩基配列をアンチコドンとすることができるため、配列番号2、及び10~17におけるN16~N18の塩基配列は任意である
【0031】
本明細書においては、相補的である塩基配列とは、各塩基がWatson-Crick塩基対を形成する塩基配列に限定されず、揺らぎ塩基対(Wobble base pair)を形成する塩基配列も含まれる。揺らぎ塩基対とは、GとU、イノシン(I)-U、I-A及びI-Cの間に水素結合が形成される塩基対を意味する。また、相補的な塩基配列とは、対象となる塩基配列と100%の相補性を有していなくてもよく、例えば、対象となる塩基配列に対して、1~3個、1~2個又は1個の非相補的塩基が含まれていてもよい。
【0032】
本実施形態において、開始コドン:アンチコドンの組み合わせが、AUU:AAU、AUU:GAU、AUC:GAU、AUG:CAU、AAG:CUU、AGA:UCU、GUA:UAC、又はGGA:UCCであることが好ましく、AAG:CUU、GUA:UAC、又はAUG:CAUであることがより好ましい。開始tRNAは、上記の組み合わせにおけるアンチコドンのいずれかをN16~N18の塩基配列として有していることが好ましい。
【0033】
配列番号2は、配列番号18~22のいずれかで示されることが好ましく、配列番号21で示されることがより好ましい。
GUCGGGCUNNNAACCCGA (配列番号18)
AUCGGGCUNNNAACCCGA (配列番号19)
ACCGGGCUNNNAACCCGG (配列番号20)
ACUGGGCUNNNAACCCAG (配列番号21)
ACUUGGCUNNNAACCAAG (配列番号22)
配列番号18~22で示される塩基配列は、アンチコドンステムとアンチコドンループを形成し、NNNは任意のアンチコドンを示す。NNNは開始コドン:アンチコドンの好ましい組み合わせとして上述したアンチコドンであってもよい。
【0034】
配列番号2、及び10~22においては、1又は複数の塩基が置換、欠失又は挿入されていてもよい。
塩基が複数置換されるとは、配列番号2、及び10~22の塩基配列のアンチコドンステムとアンチコドンループを形成する18個の塩基において、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、10個、11個、12個、13個、14個、15個、16個、17個、又は18個の塩基が置換されていてもよいことを意味し、1~11個の塩基が置換されていてもよく、1~10個の塩基が置換されていてもよく、1~9個の塩基が置換されていてもよく、1~8個の塩基が置換されていてもよく、1~7個の塩基が置換されていてもよく、1~6個の塩基が置換されていてもよく、1~5個の塩基が置換されていてもよく、1~4個の塩基が置換されていてもよく、1~3個の塩基が置換されていてもよく、1~2個の塩基が置換されていてもよく、1個の塩基が置換されていてもよい。
塩基が複数欠失されるとは、配列番号2、及び10~22の塩基配列のアンチコドンステムとアンチコドンループを形成する18個の塩基において、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、10個、11個、12個、13個、14個、15個、16個、17個、又は18個の塩基が欠失されていてもよいことを意味し、1~11個の塩基が欠失されていてもよく、1~10個の塩基が欠失されていてもよく、1~9個の塩基が欠失されていてもよく、1~8個の塩基が欠失されていてもよく、1~7個の塩基が欠失されていてもよく、1~6個の塩基が欠失されていてもよく、1~5個の塩基が欠失されていてもよく、1~4個の塩基が欠失されていてもよく、1~3個の塩基が欠失されていてもよく、1~2個の塩基が欠失されていてもよく、1個の塩基が欠失されていてもよい。
塩基が挿入されるとき、配列番号2、10~22の塩基配列のアンチコドンステムとアンチコドンループを形成する18個の塩基において、1~11個の塩基が挿入されていてもよく、1~10個の塩基が挿入されていてもよく、1~9個の塩基が挿入されていてもよく、1~8個の塩基が挿入されていてもよく、1~7個の塩基が挿入されていてもよく、1~6個の塩基が挿入されていてもよく、1~5個の塩基が挿入されていてもよく、1~4個の塩基が挿入されていてもよく、1~3個の塩基が挿入されていてもよく、1~2個の塩基が挿入されていてもよく、1個の塩基が挿入されていてもよい。
また、配列番号2、及び10~22で示される塩基配列に1又は複数の塩基が置換、欠失又は挿入されている場合、当該塩基配列は、それぞれ配列番号2、及び10~22で示される塩基配列と相同性が、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、又は95%以上であってよい。
【0035】
本実施形態の開始tRNAは、配列番号3~6から選択される1つの塩基配列をさらに含有する開始tRNAであることが好ましい。
GUCGG(N24CCGGC (配列番号3)
配列番号3において、
24は、それぞれ独立に任意の塩基を示し、mは、1以上の整数であり、(N24はTループを形成し、
GUCGGが、CCGGCとTステムを形成する。
GUCGG(N25CCGGU (配列番号4)
配列番号4において、
25は、それぞれ独立に任意の塩基を示し、mは、1以上の整数であり、(N25はTループを形成し、
GUCGGが、CCGGUとTステムを形成する。
GGCGG(N26CCGCU (配列番号5)
配列番号5において、
26は、それぞれ独立に任意の塩基を示し、mは、1以上の整数であり、(N26はTループを形成し、
GGCGGが、CCGCUとTステムを形成する。
GGAGG(N27CCUCU (配列番号6)
配列番号6において、
27は、それぞれ独立に任意の塩基を示し、mは、1以上の整数であり、(N27はTループを形成し、
GGAGGが、CCUCUとTステムを形成する。
配列番号3において、GUCGGが、CCGGCとTステムを形成するとは、5’-GUCGG-3’が、3’-CGGCC-5’と適宜塩基対を形成して、Tステムを形成すると換言してもよい。配列番号4~6についても同様である。なお、Tステムでは、必ずしも全ての塩基が塩基対を形成していなくてもよい。
【0036】
本実施形態において、配列番号3~6で示される塩基配列は、TループとTステムからなるTアームであり、配列番号3~6で示される塩基配列を開始tRNAに導入することにより、EF-Pによるペプチジル転移が促進でき、プロリン及び非タンパク質性アミノ酸を含む、種々のアミノ酸を一層効率よくペプチドのN末端に導入することができる。
【0037】
配列番号3~6においては、mは、(N24、(N25、(N26、及び(N27がTループを形成する限り特に限定されないが、2、3、4、5、6、7、8、9、又は10の整数であってもよく、これらの数値を上限値及び下限値とする任意の範囲にあってよく、5~9の整数であることが好ましく、6~8の整数であることが好ましい。
【0038】
(N24、(N25、(N26、及び(N27は、実施例に記載のtRNAiniWTのTループに由来する配列番号23で示される塩基配列であることが好ましい。
UUCAAAU (配列番号23)
配列番号23で示される塩基配列は、開始tRNAにおけるTループを形成する。
配列番号23においては、1又は複数の塩基が置換、欠失又は挿入されていてもよい。
塩基が複数置換されるとは、配列番号23の塩基配列のTループを形成する7個の塩基において、2個、3個、4個、5個、6個、又は7個の塩基が置換されていてもよいことを意味し、1~4個の塩基が置換されていてもよく、1~3個の塩基が置換されていてもよく、1~2個の塩基が置換されていてもよく、1個の塩基が置換されていてもよい。
塩基が複数欠失されるとは、配列番号23の塩基配列のTループを形成する7個の塩基において、2個、3個、4個、5個、6個、又は7個の塩基が欠失されていてもよいことを意味し、1~4個の塩基が欠失されていてもよく、1~3個の塩基が欠失されていてもよく、1~2個の塩基が欠失されていてもよく、1個の塩基が欠失されていてもよい。
塩基が挿入されるとき、配列番号23の塩基配列のTループを形成する7個の塩基において、1~4個の塩基が挿入されていてもよく、1~3個の塩基が挿入されていてもよく、1~2個の塩基が挿入されていてもよく、1個の塩基が挿入されていてもよい。
また、配列番号23で示される塩基配列で示される塩基配列に1又は複数の塩基が置換、欠失又は挿入されている場合、当該塩基配列は、配列番号23で示される塩基配列と相同性が、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、又は95%以上であってよい。
【0039】
配列番号3~6は、それぞれ配列番号24~27で示されることが好ましい。また、本実施形態の開始tRNAは、配列番号26で示される塩基配列を有していることが好ましい。
GUCGGUUCAAAUCCGGC (配列番号24)
GUCGGUUCAAAUCCGGU (配列番号25)
GGCGGUUCAAAUCCGCU (配列番号26)
GGAGGUUCAAAUCCUCU (配列番号27)
配列番号3~6、及び24~27の塩基配列おいては、1又は複数の塩基が置換、欠失又は挿入されていてもよく、好ましくは、Tループを構成する塩基配列において1又は複数の塩基が置換、欠失又は挿入されていてもよい。
塩基が複数置換されるとは、配列番号3~6、及び24~27の塩基配列のTアームを形成する17個の塩基において、1個、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、10個、11個、12個、13個、14個、15個、16個、又は17個の塩基が置換されていてもよいことを意味し、1~11個の塩基が置換されていてもよく、1~10個の塩基が置換されていてもよく、1~9個の塩基が置換されていてもよく、1~8個の塩基が置換されていてもよく、1~7個の塩基が置換されていてもよく、1~6個の塩基が置換されていてもよく、1~5個の塩基が置換されていてもよく、1~4個の塩基が置換されていてもよく、1~3個の塩基が置換されていてもよく、1~2個の塩基が置換されていてもよく、1個の塩基が置換されていてもよい。
塩基が複数欠失されるとは、配列番号3~6、及び24~27の塩基配列のTアームを形成する17個の塩基において、1個、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、10個、11個、12個、13個、14個、15個、16個、又は17個の塩基が欠失されていてもよいことを意味し、1~11個の塩基が欠失されていてもよく、1~10個の塩基が欠失されていてもよく、1~9個の塩基が欠失されていてもよく、1~8個の塩基が欠失されていてもよく、1~7個の塩基が欠失されていてもよく、1~6個の塩基が欠失されていてもよく、1~5個の塩基が欠失されていてもよく、1~4個の塩基が欠失されていてもよく、1~3個の塩基が欠失されていてもよく、1~2個の塩基が欠失されていてもよく、1個の塩基が欠失されていてもよい。
塩基が挿入されるとき、配列番号3~6、及び24~27の塩基配列のTアームを形成する17個の塩基において、1~11個の塩基が挿入されていてもよく、1~10個の塩基が挿入されていてもよく、1~9個の塩基が挿入されていてもよく、1~8個の塩基が挿入されていてもよく、1~7個の塩基が挿入されていてもよく、1~6個の塩基が挿入されていてもよく、1~5個の塩基が挿入されていてもよく、1~4個の塩基が挿入されていてもよく、1~3個の塩基が挿入されていてもよく、1~2個の塩基が挿入されていてもよく、1個の塩基が挿入されていてもよい。
また、配列番号3~6、及び24~27で示される塩基配列に1又は複数の塩基が置換、欠失又は挿入されている場合、当該塩基配列は、それぞれ配列番号3~6、及び24~27で示される塩基配列と相同性が、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、又は95%以上であってよい。
【0040】
本実施形態の開始tRNAは、配列番号7で示される塩基配列をさらに含有する開始tRNAであることが好ましい。
28GN29UC (配列番号7)
配列番号7において、
28はA又はGを示し、N29はA又はGを示し、N28GN29UCは、可変ループを形成する。
【0041】
本実施形態において、配列番号7で示される塩基配列は、可変ループであり、配列番号7で示される塩基配列を開始tRNAに導入することにより、EF-Pによるペプチジル転移が促進でき、プロリン及び非タンパク質性アミノ酸を含む、種々のアミノ酸を一層効率よくペプチドのN末端に導入することができる。
【0042】
配列番号7は、配列番号28~31のいずれかで示されることが好ましく、配列番号30で示されることがより好ましい。
AGAUC (配列番号28)
GGAUC (配列番号29)
AGGUC (配列番号30)
GGGUC (配列番号31)
配列番号28~31で示される塩基配列は、可変ループを形成する。
配列番号7、及び28~31においては、1又は複数の塩基が置換、欠失又は挿入されていてもよい。
塩基が複数置換されるとは、配列番号7、及び28~31の塩基配列の可変ループを形成する5個の塩基において、2個、3個、4個、又は5個の塩基が置換されていてもよいことを意味し、1~4個の塩基が置換されていてもよく、1~3個の塩基が置換されていてもよく、1~2個の塩基が置換されていてもよく、1個の塩基が置換されていてもよい。
塩基が複数欠失されるとは、配列番号7、及び28~31の塩基配列の可変ループを形成する5個の塩基において、2個、3個、4個、又は5個の塩基が欠失されていてもよいことを意味し、1~4個の塩基が欠失されていてもよく、1~3個の塩基が欠失されていてもよく、1~2個の塩基が欠失されていてもよく、1個の塩基が欠失されていてもよい。
塩基が挿入されるとき、配列番号7、及び28~31の塩基配列の可変ループを形成する5個の塩基において、1~4個の塩基が挿入されていてもよく、1~3個の塩基が挿入されていてもよく、1~2個の塩基が挿入されていてもよく、1個の塩基が挿入されていてもよい。
また、配列番号7、及び28~31で示される塩基配列に1又は複数の塩基が置換、欠失又は挿入されている場合、当該塩基配列は、それぞれ配列番号7、及び28~31で示される塩基配列と相同性が、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、又は95%以上であってよい。
【0043】
本実施形態の開始tRNAは、配列番号243で示される塩基配列をさらに含有する開始tRNAであることが好ましい。
GGN3031GN3233 (配列番号243)
配列番号243において、
30はC又はGを示し、N31はU又はGを示し、N32はA又はGを示し、N33はU又はGを示し、1番目のGは対合する塩基と塩基対を形成しておらず、GN3031GN3233のそれぞれの塩基は、A、U、G及びCのいずれかと塩基対を形成することで、アクセプターステムを形成する。配列番号243における1番目のGは本実施形態の開始tRNAの5’末端であることが好ましい。
【0044】
配列番号243は、配列番号244~248のいずれかで示されることが好ましく、配列番号244で示されることがより好ましい。
GGCGGGG (配列番号244)
GGCGGGU (配列番号245)
GGCGGAU (配列番号246)
GGCUGAU (配列番号247)
GGGUGAU (配列番号248)
配列番号244~248で示される塩基配列は、対合する塩基対と共にアクセプターステムを形成する。
配列番号243~248においては、1又は複数の塩基が置換、欠失又は挿入されていてもよい。
塩基が複数置換されるとは、配列番号243~248の塩基配列を形成する7個の塩基において、2個、3個、4個、5個、6個、又は7個の塩基が置換されていてもよいことを意味し、1~4個の塩基が置換されていてもよく、1~3個の塩基が置換されていてもよく、1~2個の塩基が置換されていてもよく、1個の塩基が置換されていてもよい。
塩基が複数欠失されるとは、配列番号243~248の塩基配列を形成する7個の塩基において、2個、3個、4個、5個、6個、又は7個の塩基が欠失されていてもよいことを意味し、1~4個の塩基が欠失されていてもよく、1~3個の塩基が欠失されていてもよく、1~2個の塩基が欠失されていてもよく、1個の塩基が欠失されていてもよい。
塩基が挿入されるとき、配列番号243~248の塩基配列を形成する7個の塩基において、1~4個の塩基が挿入されていてもよく、1~3個の塩基が挿入されていてもよく、1~2個の塩基が挿入されていてもよく、1個の塩基が挿入されていてもよい。
また、配列番号243~248で示される塩基配列に1又は複数の塩基が置換、欠失又は挿入されている場合、当該塩基配列は、それぞれ配列番号243~248で示される塩基配列と相同性が、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、又は95%以上であってよい。
【0045】
本実施形態の製造方法に用いられる好適な開始tRNAとしては、EF-Pによるペプチジル転移が促進できる観点から、配列番号1で示される塩基配列に加えて、配列番号2で示される塩基配列、配列番号3~6から選択される1つの塩基配列、配列番号7で示される塩基配列、及び配列番号243で示される塩基配列のいずれかを含有することが好ましく、配列番号2で示される塩基配列、配列番号3~6から選択される1つの塩基配列、配列番号7で示される塩基配列、及び配列番号243で示される塩基配列の全てを含有することがより好ましい。配列番号2で示される塩基配列、配列番号3~6の塩基配列、配列番号7で示される塩基配列、及び配列番号243で示される塩基配列の好ましい態様は上述のとおりであり、それぞれについて説明する好ましい塩基配列、より好ましい塩基配列、特に好ましい塩基配列等を任意に組み合わせることができる。
【0046】
本実施形態の製造方法に用いられる好適な開始tRNAを、本明細書においては、tRNAiniPと呼ぶ。本実施形態の開始tRNAは、実施例に記載のtRNAiniPで示されるいずれかの開始tRNAであってよい。
【0047】
本実施形態の製造方法に用いられる開始tRNAにおいて、配列番号1以外の塩基配列については、野生型tRNAに由来する配列であってもよく、大腸菌由来野生型tRNAに由来する配列であってもよく、大腸菌由来野生型開始tRNAに由来する配列であってもよく、in vitroの転写で調製した人工tRNAに由来する配列であってもよい。
【0048】
本実施形態の製造方法に用いられる開始tRNAにおいて、アクセプターステム、Dアーム、アンチコドンステム、アンチコドンループ、可変ループ、及びTアームのそれぞれについて上述した態様を任意に組み合わせてよい。
【0049】
本実施形態の製造方法では、上述の開始tRNAのいずれかにアミノ酸をチャージしたものを翻訳系に加えることで、当該チャージされたアミノ酸をN末端に含むペプチドを製造する。上述のとおり、無細胞翻訳系において、開始tRNAは、修飾されたアミノ酸がチャージされている場合に翻訳開始因子IF2に認識され、翻訳が開始される。また、ペプチドがチャージされている場合には、ペプチドが未修飾であっても翻訳開始因子IF2に認識され得る。
【0050】
したがって、本実施形態の製造方法において、翻訳系には、上述の開始tRNAのいずれかにおいて、修飾されたアミノ酸がチャージされているもの、及び/又はペプチドがチャージされているものが含まれていることが好ましい。開始tRNAにチャージされているアミノ酸の修飾の例示及び好ましい態様等については上述のとおりである。開始tRNAにチャージされているペプチドを構成するアミノ酸は、修飾されていてもよく、修飾されていなくてもよい。
【0051】
本明細書において、「アミノ酸」は、その最も広い意味で用いられ、天然アミノ酸に加え、人工のアミノ酸変異体や誘導体を含む。また、本明細書において、用語「アミノ酸」は、タンパク質性アミノ酸(proteinogenic amino acids)、及び非タンパク質性アミノ酸(non-proteinogenic amino acids)を包含する。
タンパク質性アミノ酸(proteinogenic amino acids)は、19の天然タンパク質性L-アミノ酸及びグリシンを意味し、当業界に周知の3文字表記により表すと、Arg、His、Lys、Asp、Glu、Ser、Thr、Asn、Gln、Cys、Gly、Pro、Ala、Ile、Leu、Met、Phe、Trp、Tyr、及びValである。また、タンパク質性アミノ酸は、当業界に周知の1文字表記により表すと、R、H、K、D、E、S、T、N、Q、C、G、P、A、I、L、M、F、W、Y、及びVである。
非タンパク質性アミノ酸(non-proteinogenic amino acids)は、タンパク質性アミノ酸以外の天然又は非天然のアミノ酸を意味する。
【0052】
非タンパク質性アミノ酸としては、非天然アミノ酸;及びアミノ酸の性質として当業界で公知の性質を有する化学的に合成された化合物等が挙げられる。
非タンパク質性アミノ酸は、例えば、修飾されたタンパク質性アミノ酸;β-アミノ酸、γ-アミノ酸、D-アミノ酸、及び修飾されたこれらのアミノ酸;並びに、主鎖又は側鎖の構造が天然型と異なるアミノ酸及び修飾されたこれらのアミノ酸等が挙げられる。
アミノ酸が修飾されている場合の態様は特に限定されないが、例えばヘテロ原子の修飾が挙げられ、窒素原子、好ましくはアミノ基又はイミノ基の窒素原子、より好ましくはα位、β位又はγ位の窒素原子の修飾が挙げられる。より詳細には、第一級アミノ酸であればアミノ基の窒素原子が、プロリンのような第二級アミノ酸であればイミノ基の窒素原子が修飾されていることが好ましく、α-アミノ酸であればα位のアミノ基又はイミノ基の窒素原子が、β-アミノ酸であればβ位のアミノ基又はイミノ基の窒素原子が、γ-アミノ酸であればγ位のアミノ基又はイミノ基の窒素原子が修飾されていることがより好ましい。修飾により結合する基としては、例えば置換基を有していてもよいアルキル基、及び置換基を有していてもよいアシル基が挙げられ、好ましくは置換基を有していてもよいアルキル基、置換基を有していてもよいアセチル基、及びホルミル基である。置換基としては特に限定されないが、例えばアルキル基(好ましくはC1~C3アルキル基)、及びハロゲン原子(好ましくは塩素原子)が挙げられる。
主鎖の構造が天然型と異なるアミノ酸としては、例えば、α-メチルアラニン等のα,α-二置換アミノ酸、α-ヒドロキシ酸等が挙げられる。
側鎖の構造が天然型と異なるアミノ酸としては、例えば、ノルロイシン、ホモヒスチジン等が挙げられる。非タンパク質性アミノ酸は、さらに、特に限定されないが、「ホモ」アミノ酸、ホモフェニルアラニン、及びホモヒスチジン等の側鎖に余分のメチレンを有するアミノ酸、システイン酸等の側鎖中のカルボン酸官能基アミノ酸がスルホン酸基で置換されているアミノ酸を含んでいてよい。非天然アミノ酸の具体例としては、国際公開第2015/030014号に記載のアミノ酸が挙げられる。
β-アミノ酸及びγ-アミノ酸には、環状のβ-及びγ-アミノ酸も含まれ、芳香族環の1位と2位の位置にそれぞれアミノ基及びカルボキシ基が結合したアミノ酸、及び1位と3位の位置にそれぞれアミノ基及びカルボキシ基が結合したアミノ酸等も含まれる。
【0053】
上述の開始tRNAのいずれかにおいて修飾されたアミノ酸がチャージされている場合において、当該アミノ酸としては特に限定されないが、好ましくはL-プロリン、D-アミノ酸(D-プロリンを含む。)、β-アミノ酸、及びγ-アミノ酸である。これらのアミノ酸において、α-アミノ酸、β-アミノ酸、及びγ-アミノ酸は、それぞれ、α位、β位、及びγ位の窒素原子が修飾されていることが好ましい。上記D-アミノ酸としては、グリシンを除く19種の天然タンパク質性アミノ酸のD体が挙げられ、D-Trp及びD-Tyrが好ましい。β-アミノ酸としては、3-アミノプロパン酸、L及びD-β-ホモフェニルグリシン、グリシンを除く19種の天然タンパク質性アミノ酸の主鎖に余分な炭素原子を1つ有するL-β-ホモアミノ酸、及びそれらのD体が挙げられ、L-β-ホモフェニルグリシンが好ましい。γ-アミノ酸としては、ベンゼン環のメタ位にアミノ基及びカルボキシ基を有するアミノ酸、γ-アミノ酪酸、グリシンを除く19種の天然タンパク質性アミノ酸の主鎖に余分な炭素原子を2つ有するL-γ-アミノ酸、及びそれらのD体が挙げられ、3-アミノ安息香酸が好ましい。
開始tRNAは、α位、β位又はγ位の窒素原子が修飾されたL-プロリン、D-アミノ酸、β-アミノ酸又はγ-アミノ酸をチャージしていることが好ましく、α位、β位又はγ位の窒素原子がアシル化されたL-プロリン、D-アミノ酸、β-アミノ酸又はγ-アミノ酸をチャージしていることがより好ましい。
本実施形態において、α位、β位又はγ位の窒素原子が修飾されたL-プロリン、D-アミノ酸、β-アミノ酸、又はγ-アミノ酸等の非タンパク質性アミノ酸でプレチャージされたtRNAiniPとEF-Pとの組み合わせにより、α位、β位又はγ位の窒素原子が修飾されたL-プロリン、D-アミノ酸、β-アミノ酸、又はγ-アミノ酸等を含む、種々のアミノ酸のN末端への取り込みを増強することができる。
【0054】
上述の開始tRNAのいずれかにおいてペプチドがチャージされている場合、当該ペプチドとしては特に限定されず、上述の定義におけるアミノ酸が複数ペプチド結合により結合したものが挙げられる。当該ペプチドは、2個以上又は3個以上のアミノ酸で構成されることが好ましく、3個以上20個以下、3個以上15個以下、3個以上10個以下、3個以上5個以下、5個以上20個以下、5個以上15個以下、5個以上10個以下、10個以上20個以下、又は10個以上15個以下のアミノ酸で構成されることがより好ましい。当該ペプチドは、直鎖状のペプチドであることが好ましい。
【0055】
本実施形態において、開始tRNAの3’末端は、5’-CCA-3’配列を有し、アミノ酸又はペプチドと結合してよい。アミノ酸又はペプチドとしては、上述したアミノ酸又はペプチドが挙げられる。
【0056】
本実施形態の製造方法において、上述の開始tRNAに対してアミノ酸及びペプチドをチャージする方法は、特に限定されず、従来公知の方法を用いてよい。例えば、アミノ酸及びペプチドのチャージは、人工アミノアシル化RNA触媒フレキシザイム(Flexizyme)を利用する方法により行われてよい。
【0057】
本実施形態の製造方法において、修飾されたアミノ酸を開始tRNAにチャージしてもよいし、未修飾のアミノ酸を開始tRNAにチャージした後に、チャージされた状態のアミノ酸を修飾してもよい。アミノ酸のチャージ及び/又はアミノ酸の修飾は、翻訳系に開始tRNAを添加した後に行ってもよく、添加前に行ってもよい。アミノ酸のチャージ効率を高める観点からは、開始tRNAにアミノ酸をチャージした後に、アミノ酸を修飾することが好ましい。操作の簡便性を高める観点からは、修飾したアミノ酸を開始tRNAに直接チャージすることが好ましい。
【0058】
本実施形態の製造方法は、上述のいずれかの開始tRNAを用いて無細胞翻訳系で翻訳することを含む。本実施形態の無細胞翻訳系(以下、単に「翻訳系」ともいう。)は、当該開始tRNAを含むことにより、プロリン及び非タンパク質性アミノ酸を含む、種々のアミノ酸を効率よくペプチドのN末端に導入することができる。
【0059】
本明細書においては、「無細胞翻訳系」とは、細胞を含まない翻訳系をいい、無細胞翻訳系としては、例えば、大腸菌抽出液、小麦胚芽抽出液、ウサギ赤血球抽出液、昆虫細胞抽出液等を用いることができる。また、それぞれ精製したリボソームタンパク質、アミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)、リボソームRNA、アミノ酸、rRNA、GTP、ATP、翻訳開始因子(IF)、伸長因子(EF)、終結因子(RF)、及びリボソーム再生因子(RRF)、ならびに翻訳に必要なその他の因子を再構成することで構築した、再構成型の無細胞翻訳系を用いても良い。
DNAからの転写を併せて行うためにRNAポリメラーゼを含む系としてもよい。市販されている無細胞翻訳系として、大腸菌由来の系としてはロシュ・ダイアグノスティックス社のRTS-100(登録商標)、再構成型翻訳系としてはPGI社のPURESYSTEM(登録商標)やNewEngland BioLabs社のPURExpressRIn Vitro Protein Synthesis Kit等、小麦胚芽抽出液を用いた系としてはゾイジーン社やセルフリーサイエンス社のもの等を使用できる。
また、大腸菌のリボソームを用いる系として、例えば次の文献に記載された技術が公知である:H. F. Kung et al., 1977. The Journal of Biological Chemistry Vol. 252, No. 19, 6889-6894; M. C. Gonza et al., 1985, Proceeding of National Academy of Sciences of the United States of America Vol. 82, 1648-1652; M. Y. Pavlov and M. Ehrenberg, 1996, Archivesof Biochemistry and Biophysics Vol. 328, No. 1, 9-16; Y. Shimizu etal., 2001, Nature Biotechnology Vol. 19, No. 8, 751-755; H. Ohashi etal., 2007, Biochemical and Biophysical Research Communications Vol.352, No. 1, 270-276。
無細胞翻訳系によれば、発現産物を精製することなく純度の高い形で得ることができる。なお、本実施形態の無細胞翻訳系は、転写に必要な因子を加えて、翻訳のみならず転写に用いてもよい。
無細胞翻訳系を用いたペプチドの製造方法として、例えば、Goto, Y., Katoh, T. & Suga, H. Flexizymes for genetic code reprogramming. Nat Protoc 6, 779-790, (2011)に記載の方法の、Flexible In vitro Translationシステム(FITシステム)を用いてもよい。
【0060】
本実施形態の製造方法において用いる翻訳系は、本実施形態の開始tRNAを含む限り、特に限定されず、無細胞翻訳系で用いられる任意の構成要素を含んでいてよい。
翻訳系は、EF-Pタンパク質を含有することが好ましい。また、従来公知の無細胞翻訳系において用いられる他の構成要素を含むことが好ましい。
本実施形態の翻訳系においては、本実施形態の開始tRNAに加えて、さらにタンパク質性アミノ酸、又は非タンパク質性アミノ酸をコードする伸長tRNAを含んでいてよい。伸長tRNAは、1番の塩基が塩基対を形成している限り、その他の塩基配列は特に限定されない。伸長tRNAは、1番目の塩基と、野生型の伸長tRNAとアライメントした際に野生型の伸長tRNAの72番目の塩基に対応する塩基とが相補的であることが好ましい。
【0061】
翻訳系における各構成要素の濃度は製造するペプチド、及び開始tRNAの種類等によって適宜調整すればよいが、例えば各構成要素について、以下の濃度を参考にしてよい。
IF3: 4~50μM(両端値を含む)
EF-G: 0.5~12μM(両端値を含む)
RRF: 0.5~10μM(両端値を含む)
EF-P: 2~50μM(両端値を含む)
アミノアシル-開始tRNA: 20~200μM(両端値を含む)
【0062】
本実施形態における翻訳系では、フレキシザイムを利用したコドンの再割当において、NNNとして適宜選択したコドンに対して、アミノ酸、又はペプチドを割り当てることが好ましい。
本実施形態における翻訳系では、天然の翻訳系を使用してもよい。天然の翻訳系においては、各アミノ酸に対応したアンチコドンを有するtRNAが存在し、各tRNAは、アンチコドンループ以外の領域においてもそれぞれ固有の配列を有する。
【0063】
本実施形態においては、まず、N末端に導入するアミノ酸又はペプチドを割り当てるNNNを選択し、NNNのアンチコドンをアンチコドンループ内に有し、N末端に導入するアミノ酸又はペプチドをチャージした本実施形態の開始tRNAを、フレキシザイム等を用いて調製する。必要に応じて、開始tRNAにチャージされたアミノ酸を修飾して、非タンパク質性アミノ酸がチャージされた開始tRNAを得てもよい。
次いで、mRNAが、N末端に導入するアミノ酸又はペプチドをコードするNNNを開始コドンとして含むmRNAを調製し、翻訳することで、当該開始コドンに割り当てられたアミノ酸又はペプチドをN末端に含むペプチドを発現させることができる。
【0064】
本明細書においては、「NNN」は、アミノ酸を指定するコドンを意味し、コドンを形成する3つのNは、それぞれ独立に、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)及びウラシル(U)から選択される。mRNAには、N末端に導入するアミノ酸又はペプチドがコードされたNNNが開始コドンとして含まれていてよい。
【0065】
本実施形態においては、N末端に導入するアミノ酸又はペプチドをコードしないNNNには、任意のアミノ酸が再割当されていてもよいし、天然の遺伝暗号に基づいたコドンとアミノ酸との関係を用いてもよい。
再割当においては、天然の遺伝暗号表におけるコドンとアミノ酸の関係とは異なるものを割り当てることもできるし、同一のものを割り当てることもできる。
「天然の遺伝暗号表」とは、生体においてmRNAのトリプレット(コドン)に割り当てられたアミノ酸を示した表であり、下記表1に示す表である。
【0066】
【表1】
【0067】
各コドンに対する、天然の遺伝暗号表とは異なるアミノ酸の割り当ては、例えば、上述のフレキシザイムを利用したコドン再割当によって実現される。フレキシザイムによれば、任意のアンチコドンを有するtRNAに所望のアミノ酸を結合させることができるため、任意のコドンに任意のアミノ酸を割り当てることが可能となる。
【0068】
本実施形態の製造方法によれば、N末端ドロップオフ翻訳再開を抑制しながらペプチドを製造することができる。製造されるペプチドのN末端は、窒素原子が修飾されたアミノ酸であることが好ましく、α位、β位又はγ位の窒素原子が修飾されたL-プロリン、D-アミノ酸、β-アミノ酸又はγ-アミノ酸であることがより好ましく、α位、β位又はγ位の窒素原子がアシル化されたL-プロリン、D-アミノ酸、β-アミノ酸又はγ-アミノ酸であることがより好ましい。これらのアミノ酸において、α-アミノ酸、β-アミノ酸、及びγ-アミノ酸は、それぞれ、α位、β位、及びγ位の窒素原子が修飾されていることが好ましい。
【0069】
製造されるペプチドを構成するアミノ酸の個数は特に限定されず、例えば2以上100以下であってよい。アミノ酸の個数は上記範囲で、3以上、4以上、5以上、6以上、7以上、8以上、9以上、10以上、15以上、又は20以上であってよい。アミノ酸の個数は上記範囲で、90以下、80以下、70以下、60以下、50以下、40以下、35以下、30以下、25以下、20以下、19以下、18以下、17以下、16以下、15以下、14以下、13以下、12以下、11以下、又は10以下であってよい。製造されるペプチドは、直鎖状又は環状であってよい。製造されるペプチドは、アミノ酸からなるペプチド鎖以外の部分を含んでいてよく、そのような部分としては特に限定されないが、例えばペプチドの検出又は分離に用いられる基、mRNA及びDNAのような核酸が挙げられる。製造されるペプチドは、当該ペプチドをコードするmRNA及び/又はDNAを含んでいてもよい。
【0070】
本実施形態において、上述した開始tRNAも提供する。本実施形態の開始tRNAは、上述したペプチドの製造方法に用いられる開始tRNAと同じ構成を有していてもよく、上述した態様を任意に組み合わせてもよい。本実施形態の開始tRNAは、配列番号1で示される塩基配列を含有すれば、他の塩基配列は限定されないが、プロリン及び非タンパク質性アミノ酸を含む、種々のアミノ酸を一層効率よくペプチドのN末端に導入することができる観点から、配列番号2~31で示される塩基配列を1以上含有することが好ましい。さらに、本実施形態の開始tRNAは、アクセプターステム、Dアーム、アンチコドンステム、アンチコドンループ、可変ループ、及びTアームを有することが好ましく、アクセプターステム、Dアーム、アンチコドンステム、アンチコドンループ、可変ループ、及びTアームのそれぞれについて上述した態様を任意に組み合わせてよい。アクセプターステム、Dアーム、アンチコドンステム、アンチコドンループ、可変ループ、及びTアームは、それぞれについて説明する好ましい塩基配列であってもよく、より好ましい塩基配列であってもよく、特に好ましい塩基配列であってもよい。また、例えば、アクセプターステムとしては、好ましい塩基配列が選択され、Dアームとしては、より好ましい塩基配列が選択されてもよい。
【0071】
本実施形態の好適な開始tRNAとしては、EF-Pによるペプチジル転移が促進できる観点から、配列番号1で示される塩基配列に加えて、配列番号2で示される塩基配列、配列番号3~6から選択される1つの塩基配列、配列番号7で示される塩基配列、及び配列番号243で示される塩基配列のいずれかを含有することが好ましく、配列番号2で示される塩基配列、配列番号3~6から選択される1つの塩基配列、配列番号7で示される塩基配列、及び配列番号243で示される塩基配列の全てを含有することがより好ましい。配列番号2で示される塩基配列、配列番号3~6の塩基配列、配列番号7で示される塩基配列、及び配列番号243で示される塩基配列の好ましい態様は上述のとおりであり、それぞれについて説明する好ましい塩基配列、より好ましい塩基配列、特に好ましい塩基配列等を任意に組み合わせることができる。
【0072】
本実施形態の開始tRNAは、アミノ酸、又はペプチドをチャージしていても、チャージしていなくてもよい。また、アミノ酸又はペプチドがチャージされている場合、アミノ酸が修飾されていても、されていなくてもよい。チャージされているアミノ酸及びペプチド、並びにそれらの修飾態様としては、上述した態様が挙げられる。
【0073】
本実施形態において、本実施形態の開始tRNAを含む翻訳系も提供する。本実施形態においては、本実施形態の翻訳系とする際に、本実施形態の開始tRNAにアミノ酸又はペプチドをチャージして、当該アミノ酸又はペプチドがチャージされた開始tRNAを準備する。修飾されていないアミノ酸がチャージされた開始tRNAを準備した場合、翻訳系内で当該アミノ酸を修飾してもよい。
【0074】
本実施形態の開始tRNA及び/又は翻訳系を用いて、mRNAライブラリを翻訳することによりペプチドライブラリ、及びペプチドと該ペプチドをコードするmRNAとの複合体ライブラリを製造することができる。すなわち、本実施形態において、本実施形態の開始tRNAを含む翻訳系を用いて翻訳する工程を含む、ペプチドライブラリの製造方法、及び、本実施形態の開始tRNAを含む翻訳系を用いて翻訳する工程を含む、ペプチドと該ペプチドをコードするmRNAとの複合体ライブラリも提供する。ペプチドライブラリの製造方法、及びペプチドと該ペプチドをコードするmRNAとの複合体ライブラリの製造方法において、本実施形態の開始tRNA(特にアミノ酸又はペプチドがチャージされた開始tRNA)を含む翻訳系を準備する。当該翻訳系においては、EF-Pを含むことが好適である。
【0075】
本実施形態のペプチドライブラリの製造方法及びペプチドと該ペプチドをコードするmRNAとの複合体ライブラリの製造方法においては、本実施形態の開始tRNA又は翻訳系を用いて、無細胞翻訳系で翻訳する工程を含み、当該無細胞翻訳系で翻訳する前には、本実施形態の翻訳系を準備する工程を含むことが好ましい。
【0076】
プロリン及び非タンパク質性アミノ酸は、本実施形態の開始tRNAにチャージして、無細胞翻訳系による翻訳を実施することで、効率よくペプチドのN末端に取り込まれる。
翻訳の効率化のため、プロリン又は非タンパク質性アミノ酸をチャージした開始tRNAとEF-Pとの親和性が、当該開始tRNA以外のtRNAにおけるEF-Pとの親和性よりも高いことが好ましい。
【0077】
本実施形態のペプチドライブラリの製造方法においては、アミノ酸又はペプチドをコードするNNNを含むmRNAライブラリを調製する工程と;
NNNのコドンに対するアンチコドンを有し、該コドンに対応するアミノ酸又はペプチドがチャージされた本実施形態の開始tRNAを加えた無細胞翻訳系で、mRNAライブラリの各mRNAを翻訳する工程と、を含むことが好ましい。必要に応じて、開始tRNAにチャージされたアミノ酸を修飾する工程を含んでいてもよい。
【0078】
本実施形態のペプチド-mRNA複合体ライブラリの製造方法は、上述したペプチドライブラリの製造方法において、mRNAライブラリを調製する際、各mRNAのORF(Openreading frame)の下流領域にピューロマイシンを結合させることによって行われる。
ピューロマイシンは、ペプチド及び/又は核酸で構成されるリンカーを介してmRNAに結合させてもよい。mRNAのORF下流領域にピューロマイシンを結合させることにより、mRNAのORFを翻訳したリボソームがピューロマイシンを取り込み、mRNAとペプチドの複合体が形成される。このようなペプチド-mRNA複合体は、遺伝子型と表現型を対応付けることができ、invitroディスプレイに応用できる。
【0079】
本実施形態において、ペプチドライブラリ又はペプチド-mRNA複合体ライブラリも提供する。
本実施形態の開始tRNAを用いてペプチドライブラリを製造することで、L-アミノ酸からなるペプチドの発現レベルと同程度で、N末端がプロリン又は非タンパク質性アミノ酸であるペプチドを合成できるため、従来のペプチドライブラリに比して、非タンパク質性アミノ酸の導入において多様性に富むペプチドライブラリとすることができる。
また、本実施形態の開始tRNAを用いてペプチド-mRNA複合体ライブラリを製造することで、L-アミノ酸からなるペプチドの発現レベルと同程度で、N-末端がプロリン又は非タンパク質性アミノ酸であるペプチド-mRNA複合体を合成できるため、従来のペプチド-mRNA複合体ライブラリに比して、非タンパク質性アミノ酸の導入において多様性に富むペプチド-mRNA複合体ライブラリとすることができる。
本実施形態において、ペプチドライブラリ又はペプチド-mRNA複合体ライブラリは、α位、β位又はγ位の窒素原子が修飾されたL-プロリン、D-アミノ酸、β-アミノ酸又はγ-アミノ酸をN末端に有するペプチドを含むことが好ましく、α位、β位又はγ位の窒素原子がアシル化されたL-プロリン、D-アミノ酸、β-アミノ酸又はγ-アミノ酸をN末端に有するペプチドを含むことがより好ましい。
【0080】
後述の実施例に示すように、本発明は、EF-Pが様々なN末端基質の取り込みを促進することを示した。本発明者らは、以前、EF-PがtRNAProアイソアクセプターの特有のDアームモチーフを認識することを報告した。tRNAfMet2及びtRNAPro1のDアームは、Dステムにおける11位及び24位の塩基対(tRNAfMet2ではA/Uの塩基対であり、tRNAPro1ではC/Gの塩基対である)を除きほとんど同一である。したがって、tRNAiniC1GのA/U塩基対をC/G塩基対に置換したことによりEF-PによるP1-FLPのレベル及び割合の向上を極めて改善したことは合理的である。ピリミジン11/プリン24の塩基対は、ユニークであり、原核生物の開始tRNAで広く保存されている。しかしながら、この位置にC/G塩基対を持つ変異型開始tRNAが、生体内のタンパク質合成に極めて高い活性を示すことが報告されている。同様に、本発明の人工tRNAにおけるC/G変異は、AcProの取り込みをも許容した。本発明は、tRNAiniPを用いることでN末端におけるAcProの効率的な取り込みを野生型のtRNAiniWTと比較して1000倍の発現レベルで成功した。さらに、N末端ドロップオフ再開を完全に抑制することができた。
【0081】
N末端のPro残基は、その環状構造の制約から、生理活性フォルダマーペプチドの魅力的な構成要素である。N末端のProは、ペプチドのターンコンフォメーション及びヘリカルコンフォメーションの安定化に寄与していることが報告されている。また、β-アミノ酸、γ-アミノ酸、及びD-アミノ酸も、本発明により導入可能な生理活性ペプチドの有用な構成要素である。これらのアミノ酸は、ターン/ヘリックス誘導能等のユニークで強いフォールディング特性を示すことが多いため、これらのアミノ酸を含むペプチドは、より医薬に近い性質を持つ様々な構造にフォールディングすることが可能である。さらに、マクロ環状化は、ペプチドの拘束された形状を構築するための強力なアプローチである。本発明は、人工開始tRNAが環状化のためのN-クロロアセチル基質をペプチドのN末端に導入できることも示した。これらのフォルダマーペプチドは、標的分子に対する高い結合親和性と阻害活性、膜透過性の向上、タンパク質分解安定性が期待できる。L-αアミノ酸のみからなるペプチドは、血清中及び細胞内でペプチダーゼにより速やかに分解されるのに対し、N末端に特殊アミノ酸を導入することで、エキソペプチダーゼに対するタンパク質分解安定性が飛躍的に向上する。さらに、N-アセチル化により、タンパク質分解安定性も向上する。
【0082】
このような外来性ペプチドをリボソームで合成する利点は、ランダムな配列を持つmRNAを翻訳することで、ランダムペプチドライブラリーを容易に調製でき、RaPID(Random nonstandard Peptides Integrated Discovery)システムなどのディスプレイベースのスクリーニング手法に適用できることである。本発明によれば、N末端に外来性アミノ酸を持つ新規生理活性ペプチドのRaPIDスクリーニングを行うことができる。
【実施例0083】
以下、本実施の形態を実施例及び比較例によってさらに具体的に説明するが、本実施の形態はこれらの実施例のみに限定されるものではない。当業者は、本発明の意義を逸脱することなく様々な態様に本発明を変更することができ、かかる変更も本発明の範囲に含まれる。
【0084】
tRNA ini 変異体及びフレキシザイムの調製
tRNAini変異体及びフレキシザイム(dFx及びeFx)のテンプレートDNAは、フォワード及びリバース伸長プライマー対の伸長によって調製され、次いで、フォワード及びリバース伸長プライマー対を用いてPCRを行った(dFx及びeFxの配列、及び使用したプライマーは表2を参照)。
40mM Tris-HCl(pH 8.0)、22.5mM MgCl、1mM DTT、1mM スペルミジン、0.01% Triton X-100、3.75mM又は5mM ヌクレオシド三リン酸(NTP)mix、5mM又は0mM グアノシン一リン酸(GMP)、0.04 U/μL RNasin RNase inhibitor(Promega)、及び0.12μM T7 RNAポリメラーゼを含む反応混合物250μL及び2mL中で、37℃で一晩、tRNAini及びフレキシザイムの転写を行った。200μL又は2mLスケールのPCR産物を、tRNAini及びフレキシザイムの転写のために、前記反応混合物にそれぞれ加えた。NTPmixの濃度は、tRNAiniで3.75mM、フレキシザイムで5mMであり、GMPの濃度は、それぞれ5mM及び0mMであった。転写されたtRNAini及びフレキシザイムは、RQ1 DNase(Promega)で、37℃で30分間処理され、次いで、6M 尿素を含む8%(tRNAini)あるいは12%(フレキシザイム)ポリアクリルアミドゲルで精製した。得られたRNAをゲルから溶離し、エタノールで沈殿させ、水に溶解した。
【0085】
【表2】
【0086】
表2に記載の塩基配列は、上から順に、それぞれ配列番号32~41に対応する。
【0087】
アミノアシル-tRNAの調製
50mM HEPES-KOH(pH 7.5)、Bicine-KOH(pH 9.0)又はCHES-KOH(pH 10.0)、600mM MgCl、20% ジメチルスルホキシド(DMSO)、25μM dFx又はeFx、25μM tRNAini変異体、及び5mM 活性化アミノ酸を含む反応混合物中で、0℃で、tRNAini変異体のアミノアシル化を行った。tRNAini変異体にPro、AcTyr、AcTrp、βPhg及びAbzをチャージするために、L-プロリン-3,5-ジニトロベンジルエステル(Pro-DBE)、N-アセチル-D-チロシン-シアノメチルエステル(AcTyr-CME)、N-アセチル-D-トリプトファン-シアノメチルエステル(AcTrp-CME)、L-β-ホモフェニルグリシン-3,5-ジニトロベンジルエステル(βPhg-DBE)、及び3-アミノ安息香酸-シアノメチルエステル(Abz-CME)を活性化アミノ酸として用いた。反応はそれぞれ2、3、3、22及び144時間行われた。βPhg及びAbzのアシル化は、それぞれpH 9.0及びpH 10.0で行われ、その他の基質はpH 7.5でアシル化された。これらの活性化アミノ酸は、後述の参考文献1~3に記載の方法にしたがって合成された。dFxはDBEに使用され、eFxはCMEに使用された。得られたアミノアシル-tRNAを、エタノールで沈殿させ、0.1M 酢酸ナトリウム(pH 5.2)で2回洗浄し、次いで、1mM 酢酸ナトリウム(pH 5.2)に溶解した。Pro-tRNAiniβPhg-tRNAini、及びAbz-tRNAiniのアセチル化のために、250 pmol アミノアシル-tRNAiniを60 μL 0.3M 酢酸ナトリウム/0.5M 無水酢酸溶液(pH 5.2)に溶解し、25度で30分間インキュベートし、次いで、エタノール沈殿により回収した。得られたN-アセチル-アミノアシル-tRNAを、0.1M 酢酸ナトリウム(pH 5.2)を含む70%エタノールで洗浄し、次いで、1mM 酢酸ナトリウム(pH 5.2)に溶解した。Pro-tRNAini及びAbz-tRNAiniのN-クロロアセチル化のために、500pmolのアミノアシル-tRNAiniを75μLの0.3M 酢酸ナトリウム/40mM 無水クロロ酢酸溶液(pH 5.2)に溶解し、25度で5分間インキュベートし、次いで、エタノール沈殿により回収した。得られたN-アセチル又はN-クロロアセチルアミノアシル-tRNAを、0.1M酢酸ナトリウムを含む70%エタノール(pH 5.2)で2回洗浄し、1mM酢酸ナトリウム(pH 5.2)に溶解した。
【0088】
モデルペプチドの翻訳
モデルペプチドP1は、mRNA mR1-mR6がコードされたテンプレートDNAを用いて翻訳された。テンプレートDNAは、フォワード及びリバース伸長プライマー対によって調製され、次いで、フォワード及びリバース伸長プライマー対を用いてPCRを行った(mRNA mR1-mR6の配列は表3、使用したプライマーは表4及び表5を参照)。特に指定のない限り、50mM HEPES-KOH(pH 7.6)、100mM 酢酸カリウム、12.6mM 酢酸マグネシウム、2mM ATP、2mM GTP、1mM CTP、1mM UTP、20mM クレアチンリン酸、2mM スペルミジン、1mM DTT、1.5mg/mL E. coliトータルtRNA、1.2μM E. coliリボソーム、0.6μM メチオニル-tRNAホルミルトランスフェラーゼ、2.7μM IF1、3μM IF2、1.5μM IF3、0.1μM EF-G、20μM EF-Tu/Ts、0μM又は5μM EF-P、0.25μM RF2、0.17μM RF3、0.5μM RRF、4μg/mL クレアチンキナーゼ、3μg/mL ミオキナーゼ、0.1μM 無機ピロホスファターゼ、0.1μM ヌクレオチド二リン酸キナーゼ、0.1μM T7 RNAポリメラーゼ、0.13μM AspRS、0.11μM LysRS、0.02μM TyrRS、0.5mM Asp、0.5mM U-13C:U-15N-Lys、0.5mM Tyr、20μM アミノアシル-tRNAini変異体、0.5μM DNAテンプレート、及び0.5μM 内部コントロールペプチド(コントロール-P1-FLP及びコントロール-P1-RiP)を含む組成の、2.5μLスケールFIT(Flexible in vitro translation)システム(参考文献4)で、37℃で30分間、翻訳を行った。コントロール-P1-FLP及びコントロール-P1-RiPの配列は、U-13C:U-15N-Lysラベルを除き、それぞれ翻訳-P1-FLP及び翻訳-P1-RiPの配列と同一であった。IF3、EF-G、EF-P、RRF、及びアミノアシル-tRNAiniの滴定において、図4に示すように濃度が変化した。なお、図6に示す実験では、内部コントロールペプチドは加えられず、U-13C:U-15N-Lysは、EF-Pの存在下での翻訳に用いられ、EF-Pの非存在下での翻訳に用いられなかった。
【0089】
【表3】
【0090】
【表4】
【0091】
【表5】
【0092】
表3に記載の塩基配列は、上から順に、それぞれ配列番号177~188に該当する。また、表4に記載の塩基配列は、上から順に、それぞれ配列番号189~212に該当する。さらに、表5に記載の塩基配列は、上から順に、それぞれ配列番号213~236に該当する。
【0093】
モデルペプチドのMALDI-TOF質量分析
翻訳されたペプチドを、SPE C-tip(日京テクノス)で脱塩し、次いで、試料プレート上で、α―シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸と共結晶化した。図6に示す解析では、EF-P(+)及びEF-P(-)実験に由来する2つの翻訳溶液を共に混合し、次いで、C-tip及び共結晶化に供した。reflector-positiveモードでultrafleXtreme(Bruker Daltonics)を用いてMALDI-TOF-質量分析(MS)を行った。ペプチド質量標準II(Bruker Daltonics)を外部質量較正に使用した。
【0094】
EF-PによるN末端ドロップオフ翻訳再開の抑制
N末端ドロップオフ翻訳再開を観察するため、mRNA mR1を用いてモデルペプチドP1にAcPro(アセチルプロリン)を導入した(図2A)。AcProの取り込みのために、最初に3つの開始tRNA変異体、tRNAiniWT、tRNAiniC1G、及びtRNAiniC1G/A11C/U24Gで試験した(図1Cの左上、図2C、それぞれのtRNAの配列は表6、使用したプライマーは表7及び表8を参照)。これらのtRNAは全て、Escherichia coli tRNAfMet2に由来するが、in vitroでの転写によって、ヌクレオチド修飾を欠いている。加えて、tRNAiniC1G及びtRNAiniC1G/A11C/U24Gは、C1G変異及びC1G/A11C/U24G変異をそれぞれ有している。C1G変異は、転写効率の改善を目的とし、A11C/U24G変異はEF-Pによる効率的な認識を目的とした。EF-Pは、tRNAPro1のDアームを認識し、tRNAfMet2及びtRNAPro1のDアームにおける唯一の違いがこの位置に見られることから(図1C、tRNAfMet2のA11/U24、及びtRNAPro1のC11/G24)、A11C/U24G変異がEF-Pによる認識を高めるはずであると仮定した。フレキシザイム変異体の1つであるdFxを用いて、これらのtRNA上にProをプレチャージし、無水酢酸によってN-アセチル化し、AcPro-tRNAを調製した。
【0095】
翻訳は、非ラベル化Lysの代わりにU-13C:U-15N-Lysを含む、FIT系と呼ばれるE.coli再構成型翻訳系において行われた。したがって、翻訳されたペプチドは、4つのU-13C:U-15N-Lysでラベル化されている(図2A、薄い灰色部分)。その結果、全長P1(P1-FLP)とN-末端AcProが欠けた再開ペプチド(P1-RiP)の両方がMALDI-TOF-MSによって検出された(図2B、EF-Pの存在下におけるtRNAiniC1G/A11C/U24Gの代表的な結果)。翻訳されたP1-FLP及びP1-RiPの発現レベルは、非ラベル化Lysを有する、0.5μM 合成内部コントロールペプチド(コントロール-P1-FLP、及びコントロール-P1-RiP)の相対ピーク強度に対する、それらの相対ピーク強度によって推定された。翻訳されたペプチド及びコントロールP1ペプチドは、同位体標識を除いて、同一のアミノ酸配列であるため、等しいイオン化効率を有すると推定した。その結果、tRNAiniWT、tRNAiniC1G、及びtRNAiniC1G/A11C/U24Gを用いたP1-FLPのレベルは、EF-Pの存在下では、それぞれ0.067μM、0.061μM、及び0.87μMであったが、EF-Pの非存在下では、それぞれ0.045μM、0.038μM、及び0.23μMであった(図2D)。P1-FLPのパーセンテージ[P1-FLP%:P1-FLP/(P1-FLP+P1-RiP)×100]は、EF-Pの非存在下では、それぞれ17%、17%、及び34%であり、EF-Pの存在下では、それぞれ24%、23%、及び43%であった(図2D)。EF-Pの添加は、tRNAiniWT及びtRNAiniC1Gの発現レベルの1.5-1.6倍の改善をもたらしたが、tRNAiniC1G/A11C/U24Gの発現レベルでは3.8倍の改善をもたらした。これらの結果は、tRNAfMet2由来のtRNAiniWT及びtRNAinic1GのDアームがEF-Pによって認識され、A11C/U24G変異はEF-P認識を増強したことを示す。一方で、C1G変異は、開始tRNAの機能に影響しなかった。そこで、以後、全ての開始tRNAにC1G変異を導入することとした。興味深いことに、tRNAinicC1G/A11C/U24Gは、EF-Pの非存在下でも、tRNAiniWT及びtRNAinicC1Gより有意に高い発現レベル及びP1-FLP%を示し、A11C/U24G変異によって誘導されるその立体配座変化もAcProの取り込みに好ましいことを示した。
【0096】
EF-Pをより効率的に取り込むためのtRNA ini 構造の最適化
以上の結果は、tRNAinicC1G/A11C/U24Gの局所構造をさらに最適化し、P1-FLPレベルおよびP1-FLP%を改善する動機となった。ここでは、5つのアンチコドンステムの変異(An1-5)、5つのアクセプターステムの変異(Ac1-5)、4つのTステムの変異(T1-4)、4つの可変ループの変異(V1-4)、およびそれらの組み合わせを導入した。ここで、tRNAPro1の配列は、tRNAinicC1G/A11C/U24Gに部分的に埋め込まれている(図3図7図8;tRNAinicC1G由来の塩基は灰色、tRNAPro1由来の塩基は濃い灰色、共通する塩基は黒)。tRNAinicC1G/A11C/U24Gは、An1、Ac1、T1、及びV1を有し、以下tRNAAn1Ac1T1V1ととし(図2C)、他の変異体も同様に、それらの局所構造に因んで、tRNAAnXAcXTXVXと命名され、ここで、Xは図3Aに示す局所構造のナンバリングを示す。
はじめに、アンチコドンステムの変異を評価した(図3B図7A、tRNAAn2-5Ac1T1V1)。これらのうち、tRNAAn4Ac1T1V1は、EF-Pの存在下でP1-FLPの最も高いレベル及び比を示した(図3B、0.98μM及び58%)。EF-Pは、このtRNAのP1-FLPの発現レベルを劇的には改善しなかったものの(1.1倍)、EF-PによりP1-FLP%は39%から58%に増加した。対照的に、他の変異体は、比較的低い発現レベル及びP1-FLP%を示した(図3B、tRNAAn2Ac1T1V1、tRNAAn3Ac1T1V1、及びtRNAAn5Ac1T1V1について、それぞれ0.30-0.97μM及び7-34%)。したがって、An4はAn1-5の中で最も良好なアンチコドンステム構造であると結論した。
【0097】
次に、アンチコドンステムがAn4に固定されたアクセプターステムの変異を評価した(図3C図7B、tRNAAn4Ac2-5T1V1)。その結果、tRNAAn4Ac1T1V1が最も高いP1-FLPレベル及びP1-FLP%を示した(図3C、EF-P存在下で、それぞれ0-0.24μM及び0-14%)。したがって、Ac1はAc1-5の中で最も良好なアクセプターステム構造であると結論した。
第3に、アンチコドン及びアクセプターステムがAn4及びAc1に固定されたtRNAAn4Ac1T2-4V2-4を用いて、Tステムの変異と可変ループの変異の組み合わせを評価した(図3D図8)。Tステムの変異として、T3はT1、T2、及びT4よりも一般的に高いP1-FLPレベル及びP1-FLP%を示した(図3D)。可変ループの変異として、V3はV1、V2及びV4よりも高いP1-FLPレベル及びP1-FLP%を示した(図3D)。したがって、T3とV3との組み合わせにより、P1-FLP%と同様に、P1-FLP%が最も高い値となった(図3D、EF-Pの存在下で、それぞれ1.12μMと55%、EF-Pにより1.6倍に改善)。
tRNAAn4Ac1T3V3は、本実験で評価した全てのtRNAの中で最も高いP1-FLPレベルを示したことから、今後の実験には、このtRNAを用いることとした。tRNAAn4Ac1T3V3は、以下tRNAiniPとする(図1C図8)(それぞれのtRNAの配列は表6、使用したプライマーは表7及び表8を参照)。
【0098】
【表6】
【0099】
【表7】
【0100】
【表8】
【0101】
表6に記載の塩基配列は、上から順に、それぞれ配列番号42~68に該当する。また、表7に記載の塩基配列は、上から順に、それぞれ配列番号69~122に該当する。さらに、表8に記載の塩基配列は、上から順に、それぞれ配列番号123~176に該当する。
【0102】
N末端ドロップオフ翻訳再開を抑制するための翻訳条件の最適化
P1-FLPレベル及びP1-FLP%を増強するため、IF3、EF-G、及びRRFの濃度を最適化した(図4A、B、C)。さらに、P1-FLP合成のため、EF-P及びAcPro-tRNAiniPの濃度についても滴定した(図4D、E)。IF3の滴定では、P1-FLP濃度は5μM以上のIF3でプラトーに達し、P1-FLP%は15μM以上で90%を超えた(図4A)。そこで、残りの実験には、15μMのIF3を用いた。EF-Gの滴定において、P1-FLPレベルは1μMのEF-Gでピークに達し、98%のP1-FLP%であった。EF-Gの濃度が1μMを超えると徐々に低下した(図4B)。このことは、EF-Gの濃度が高すぎると、頻繁に誤転写され、P-siteからAcPro-tRNAiniPが脱落する可能性があることを示している。RRF及びAcPro-tRNAiniPの濃度について、P1-FLPレベルはそれぞれ1μM RRF及び80μM AcPro-tRNAiniPでプラトーに達した(図4C、E)。EF-Pの濃度について、P1-FLPレベルは、5~10μM EF-Pでピークに達し、より高いEF-P濃度では徐々に低下した(図4D)。これは、ペプチジル転移が完了した後もEF-PがリボソームのE-siteを占め、P-siteからE-siteへのデアシルtRNAのトランスロケーションが阻害されるからであると考えられる。10μM EF-PでのP1-FLPレベルと、0μM EF-PでのP1-FLPレベルを比較すると、2.8倍の改善が認められ(それぞれ図4D、21.1μM、7.6μM)、これらの反応条件下で、EF-PによってtRNAiniPが認識され、ペプチジル転移を増強することが示された。最適な翻訳条件(図4C、15μM IF3、1μM EF-G、2.5μM RRF、10μM EF-P、及び80μM AcPro-tRNAiniP)では、P1-FLPレベルは25μMに達し、そこでは、N末端ドロップオフ翻訳再開は完全に抑制された(P1-FLP%=100)。
【0103】
AcProのP1への取り込みのためにtRNAiniPを用いて9つのコドン-アンチコドンの組み合わせを検討した(図5A、コドン:アンチコドン=AUU:AAU、AUU:GAU、AUC:GAU、AUG:CAU、AAG:CUU、AGA:UCU、GUA:UAC、及びGGA:UCC)。tRNAiniPのアンチコドンを、対応するコドン配列を認識するように変更した(それぞれのtRNAの配列は表6、使用したプライマーは表7及び表8を参照)。なお、この分析では、AcPro-tRNAiniPの濃度を160μMに増加した。その結果、AUU:GAU、AUC:GAU、AAG:CUU、及びGUA:UACは、標準的なAUG:CAUよりも有意に高いP1-FLPレベルを示したが(図5A、AUU:GAU、AUC:GAU、AAG:CUU、及びGUA:UACについては54.8-63.4μM、AUG:CAUについては25.1μM)、AUU:GAUとAUC:GAUは、P1-FLP%が低下した(それぞれ89%と91%、他の組み合わせについては99-100%)。したがって、AAG:CUUとGUA:UACはP1-FLP合成のための好ましいコドン-アンチコドンの組合せであると結論した。
【0104】
さらに、Shine-Dalgarno(SD)配列、及びSD配列と開始コドンの間のスペーサーの効果を評価した。mR1に加えて、AUGとAAGを開始コドンとして導入した5つのSD+スペーサー配列を評価した(図5B、mR2-mR6)。その結果、SD+スペーサーのタイプに依存して、広範囲のP1-FLPレベルが観察された。mR5は、AUG及びAAGの両方のコドンに対して、最も高いP1-FLPを示した(図5C、0.39-59.1μM、(全てのSD+スペーサーに対するP1-FLPレベルの範囲)、mR5-AUG及びmR5-AAGに対して、それぞれ43.8μM及び59.1μM)。したがって、15μM IF3、1μM EF-G、2.5μM RRF、10μM EF-P、及び160μM AcPro-tRNAiniPを有するmR5-AAGの使用がP1-FLPの翻訳のための最良の条件であると結論づけた。これらの条件下では、59.1μM P1-FLPが得られ、tRNAiniWTを使用した時と比較して、1000倍以上改善した(図2C、tRNAiniWT、EF-P(-)、0.045μM)。
【0105】
tRNA iniP 及びEF-Pを用いた、N末端におけるD-アミノ酸、β-アミノ酸、及びγ-アミノ酸のリボソーム取り込み
D-アミノ酸、β-アミノ酸、及びγ-アミノ酸の代表物質として、N-アセチル-D-トリプトファン(AcTrp)、N-アセチル-D-チロシン(AcTyr)、N-アセチル-L-β-ホモフェニルグリシン(AcβPhg)、及びN-アセチル-3-アミノ安息香酸(AcAbz)を用いて、D-アミノ酸、β-アミノ酸、及びγ-アミノ酸の取込みにtRNAiniPを適用することを目的とした(図6A)。これらのアミノ酸は、tRNAiniP CUUと表される、CUUアンチコドンを有するtRNAiniPにプレチャージされ、次いで、mR5-AAGを用いてP1ペプチドのN末端に導入され、P1-FLP-AcTrp、P1-FLP-AcTyr、P1-FLP-AcβPhg、及びP1-FLP-AcAbzを得た。15μM IF3、1μM EF-G、2.5μM RRF、160μM アミノアシル-tRNAiniP CUU、及び0μM又は10μM EF-Pを含む反応溶液2.5μL中で、37℃で30分間、翻訳反応を行った。EF-P(+)反応混合物にU-13C:U-15N-Lysを加えたが、EF-P(-)反応には、非ラベル化Lysを加えた。EDTAを加え混合することで、EF-P(+)及びEF-P(-)の両方の反応を停止し、MALDI-TOF-MSに供した(図6B)。EF-Pによる増強を評価するために、U-13C:U-15N-Lys-ラベル化P1-FLP及び非ラベル化P1-FLPのピーク強度を比較した。その結果、P1-FLP-AcPro、P1-FLP-AcTrp、P1-FLP-AcTyr、P1-FLP-AcβPhg、及びP1-FLP-AcAbzの発現レベルは、それぞれ4.1倍、81倍、390倍、7.1倍、及び1.7倍の改善が認められた。これらの結果は、tRNAiniPが、AcProの取り込みと同様に、D-アミノ酸、β-アミノ酸、及びγ-アミノ酸のN末端への取込みの増強に適用できることを示す。
【0106】
ペプチドのマクロ環状化のために、N-アセチル化アミノ酸に代えてN-クロロアセチル化アミノ酸を用いた。ここでは、N-クロロアセチル-L-Pro(ClAcPro)及びN-クロロアセチルAbz(ClAcAbz)をtRNAiniP CUUにプレチャージし、モデルペプチドP7のN末端に導入した(図9A~C)。15μM IF3、1μM EF-G、10μM EF-P、2.5μM RRF、及び200μM アミノアシル-tRNAiniP CUUの存在下、翻訳を行った。N-クロロアセチル基は、自発的に下流のCysのスルフヒドリル基と反応し、還元されないチオエーテル結合を形成し、その結果ペプチドのマクロ環状化を生じた。翻訳物のMALDI-TOF MSは、予想した環状ペプチドが開裂せずに発現したことを示した(図9D~G;P7-FLP-ClAcPro、及びP7-FLP-ClAcAbz)。
【0107】
参考文献1 Saito, H., Kourouklis, D. and Suga, H. (2001) An in vitro evolved precursor tRNA with aminoacylation activity. EMBO J., 20, 1797-1806.
参考文献2 Murakami, H., Ohta, A., Ashigai, H. and Suga, H. (2006) A highly flexible tRNA acylation method for non-natural polypeptide synthesis. Nat. Methods, 3, 357-359.
参考文献3 Katoh, T. and Suga, H. (2020) Ribosomal elongation of aminobenzoic acid derivatives. J. Am. Chem. Soc., 142, 16518-16522.
参考文献4 Katoh, T. et al. Cell Chem. Biol. 24, 46-54 (2017).
図1
図2
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図9
【配列表】
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