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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024011672
(43)【公開日】2024-01-25
(54)【発明の名称】フィルム状グラファイト
(51)【国際特許分類】
   C01B 32/20 20170101AFI20240118BHJP
【FI】
C01B32/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】21
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022113879
(22)【出願日】2022-07-15
(71)【出願人】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(72)【発明者】
【氏名】平野 健司
(72)【発明者】
【氏名】和田 啓佑
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 拓也
(72)【発明者】
【氏名】古田土 美和
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼谷 公平
【テーマコード(参考)】
4G146
【Fターム(参考)】
4G146AA02
4G146AB07
4G146AC03A
4G146AC03B
4G146AC17A
4G146AC17B
4G146AC20A
4G146AC20B
4G146AC22A
4G146AC22B
4G146AC26A
4G146AC26B
4G146AC30A
4G146AC30B
4G146AD05
4G146BA15
4G146BA42
4G146BA45
4G146BB11
4G146BC03
4G146BC04
4G146BC07
4G146BC22
4G146BC23
4G146BC26
4G146BC29
4G146BC33B
4G146BC35B
4G146BC37B
(57)【要約】      (修正有)
【課題】本発明は、熱伝導性が高いフィルム状グラファイトを提供することを目的とする。特にフィルムが厚いにも関わらず熱伝導性に優れたフィルム状グラファイトを提供するものである。
【解決手段】以下の条件(1)または条件(2)を満たすフィルム状グラファイト。
条件(1):X線回折(XRD)測定において、θ/2θスキャン法により測定された2θ=42.4°近傍に検出されるグラファイト結晶由来の(100)面の回折ピークの積分幅Bが0.235°以下である。
条件(2):前記積分幅Bが0.255°以下であり、かつフィルム状グラファイトのフィルム厚Hが39μm以上である。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の条件(1)または条件(2)を満たすフィルム状グラファイト。
条件(1):X線回折(XRD)測定において、θ/2θスキャン法により測定された2θ=42.3°近傍に検出されるグラファイト結晶由来の(100)面の回折ピークの積分幅Bが0.235°以下である。
条件(2):前記積分幅Bが0.255°以下であり、かつフィルム状グラファイトフィルム厚Hが39μm以上である。
【請求項2】
前記条件(2)の積分幅Bが0.245°以下である請求項1に記載のフィルム状グラファイト。
【請求項3】
前記条件(2)のフィルム厚Hが55μm以上である請求項1に記載のフィルム状グラファイト。
【請求項4】
フィルム面に対するグラファイト結晶配向度Pが94%以上である請求項1に記載のフィルム状グラファイト。
【請求項5】
前記条件(1)において、積分幅Bが0.235°以下であり、フィルム状グラファイトのフィルム厚Hが42μm以上である請求項1に記載のフィルム状グラファイト。
【請求項6】
X線回折(XRD)測定において、θ/2θスキャン法により測定された2θ=42.3°近傍に検出されるグラファイト結晶由来の(100)面の回折ピークの積分幅Bと、X線回折(XRD)測定において、θ/2θスキャン法により測定された2θ=26.5°近傍に検出されるグラファイト六方晶由来の(002)面の回折ピークのωスキャンから得られる回折プロファイルの半価幅F(°)との積(B×F)が、3.0以下であるフィルム状グラファイト。
【請求項7】
X線回折(XRD)測定において、θ/2θスキャン法により測定された2θ=42.3°近傍に検出されるグラファイト結晶由来の(100)面の回折ピークの積分幅Bと、X線回折(XRD)測定において、θ/2θスキャン法により測定された2θ=26.5°近傍に検出されるグラファイト六方晶由来の(002)面の回折ピークのωスキャンから得られる回折プロファイルの半価幅F(°)との積(B×F)が、3.0以下である請求項1に記載のフィルム状グラファイト。
【請求項8】
フィルム面方向の熱伝導率bが1500W/mK以上である請求項1または6に記載のフィルム状グラファイト。
【請求項9】
電気伝導度が6,000S/cm以上である請求項1または6に記載のフィルム状グラファイト。
【請求項10】
最小屈曲半径が16mm以下である請求項1または6に記載のフィルム状グラファイト。
【請求項11】
密度が1.7g/cm以上である、請求項1または6に記載のフィルム状グラファイト。
【請求項12】
フィルム面積に対する表面積の比率(表面積/フィルム面積)が1.05以上である請求項1または6に記載のフィルム状グラファイト。
【請求項13】
フィルム状グラファイトのフィルム面に対する垂直断面において、偏光顕微鏡画像により観察される明部と暗部を2値化処理した画像から得られる複数の明部領域の数N、フィルム厚H(μm)及びフィルム幅W(μm)が下記式(1)を満たす請求項1または6に記載のフィルム状グラファイト。
N/H/W≦0.011・・・(1)
【請求項14】
フィルム状グラファイトのフィルム面に対する垂直断面において、偏光顕微鏡画像により観察される明部と暗部を2値化処理した画像から得られる複数の明部領域の数N、フィルム状グラファイトのフィルム厚H(μm)及びフィルム幅W(μm)が下記式(2)及び(3)を満たす請求項1または6に記載のフィルム状グラファイト。
N/H/W≦0.04・・・(2)
H≧42・・・(3)
【請求項15】
フィルム状グラファイトのフィルム面に対する垂直断面において、偏光顕微鏡画像により観察される明部と暗部を2値化処理した画像から得られる複数の明部領域の平均面積ASが22μm以上である請求項1または6に記載のフィルム状グラファイト。
【請求項16】
フィルム状グラファイトのフィルム面に対する垂直断面において、偏光顕微鏡画像により観察される明部と暗部を2値化処理した画像から得られる複数の明部領域の平均面積ASが9μm以上及びフィルム厚Hが42μm以上である請求項1または6に記載のフィルム状グラファイト。
【請求項17】
フィルム厚Hが39μm以上である、請求項6に記載のフィルム状グラファイト。
【請求項18】
X線回折(XRD)測定において、(002)回折ピークの半値幅が10.8°以下である請求項1または6に記載のフィルム状グラファイト。
【請求項19】
前記回折ピークの積分幅Bが0.231°以下である、請求項1または6に記載のフィルム状グラファイト。
【請求項20】
面状体無負荷U字伸縮試験において、屈曲半径Rが2mm、屈曲角度が180°で測定した際に破断するまでの耐折回数が10,000回以上である、請求項1または6に記載のフィルム状グラファイト。
【請求項21】
フィルム状グラファイトのフィルム厚方向に接着剤もしくは粘着剤が含まれない、請求項1または6に記載のフィルム状グラファイト。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フィルム状グラファイトに関する。
【背景技術】
【0002】
スマートフォンなどの電子機器はデータ処理能力が大幅に向上しており、それに伴って発熱量も著しく増加している。一方、電子機器は小型化、薄型化しており、電子機器内部の放熱部材には高性能化、軽量化が求められている。金属などに比べて軽量で、放熱性能に優れ、柔軟な放熱部材として、フィルム状グラファイトが知られている(例えば、特許文献1~3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010-189267号公報
【特許文献2】特開2007-031237号公報
【特許文献3】特開2016-153356号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年では、要求される放熱性能が高まっていることから、従来よりも熱伝導率が高いフィルム状グラファイトの需要が増加している。しかしながら、従来の技術では放熱性能が十分ではなく、特にフィルムが厚く、かつ、熱伝導率の高いフィルム状グラファイトを得ることは困難であった。
【0005】
特許文献1には、グラファイトフィルム表面のSEM画像から境界線(シワ)の量を確認することでグラファイトフィルムの発泡状態を知ることができ、そこから耐屈曲性の優劣を予測できることが開示されている。しかし、特許文献1のグラファイトフィルムは、熱伝導性が不十分で、その熱伝導率は1,400W/mK程度にしか到達していない。
【0006】
特許文献2には、フィルム表面近傍に非常に高密度なグラファイト層を形成し、内部は空気層に富んだ空気層/グラファイト層の混層を形成することで、高熱伝導性と柔軟性を兼ね備えたグラファイトフィルムを提供できることが開示されている。しかしこの方法でも、熱伝導率は1,320W/mK程度にしか到達していない。
【0007】
特許文献3には、グラファイトシートの厚みを9.6μm以下にすることで1,800W/mKの熱伝導率を達成できることが開示されている。しかし、熱輸送量は熱伝導率と厚みの両方に依存し、フィルム厚が薄いと熱輸送量も低下してしまう。
【0008】
以上のように、熱伝導性に優れたフィルム状グラファイトを得る方法は過去から検討されてきたが、特にフィルムが厚いものに関しては、熱伝導率の低いものしか得られておらずフィルム厚に関係なく、熱伝導率を高く維持したフィルム状グラファイトが求められる。
【0009】
本発明は、熱伝導性が高いフィルム状グラファイトを提供することを目的とする。特にフィルムが厚いにも関わらず熱伝導性に優れたフィルム状グラファイトを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、以下の態様を有する。
[1]以下の条件(1)または条件(2)を満たすフィルム状グラファイト。
条件(1):X線回折(XRD)測定において、θ/2θスキャン法により測定された2θ=42.4°近傍に検出されるグラファイト結晶由来の(100)面の回折ピークの積分幅Bが0.235°以下である。
条件(2):前記積分幅Bが0.255°以下であり、かつフィルム状グラファイトのフィルム厚Hが39μm以上である。
[2]前記条件(2)の積分幅Bが0.245°以下である[1]に記載のフィルム状グラファイト。
[3]前記条件(2)のフィルム厚Hが55μm以上である[1]または[2]に記載のフィルム状グラファイト。
[4]フィルム面に対するグラファイト結晶配向度Pが94%以上である[1]~[3]のいずれかに記載のフィルム状グラファイト。
[5]前記条件(1)において、積分幅Bが0.235°以下であり、フィルム状グラファイトのフィルム厚Hが42μm以上である[1]~[4]に記載のフィルム状グラファイト。
[6]X線回折(XRD)測定において、θ/2θスキャン法により測定された2θ=42.3°近傍に検出されるグラファイト結晶由来の(100)面の回折ピークの積分幅Bと、X線回折(XRD)測定において、θ/2θスキャン法により測定された2θ=26.5°近傍に検出されるグラファイト六方晶由来の(002)面の回折ピークのωスキャンから得られる回折プロファイルの半価幅F(°)の積(B×F)が、3.0以下であるフィルム状グラファイト。
[7]X線回折(XRD)測定において、θ/2θスキャン法により測定された2θ=42.3°近傍に検出されるグラファイト結晶由来の(100)面の回折ピークの積分幅Bと、X線回折(XRD)測定において、θ/2θスキャン法により測定された2θ=26.5°近傍に検出されるグラファイト六方晶由来の(002)面の回折ピークのωスキャンから得られる回折プロファイルの半価幅F(°)の積(B×F)が、3.0以下である[1]~[5]のいずれかに記載のフィルム状グラファイト。
[8]フィルム面方向の熱伝導率bが1,500W/mK以上である[1]~[7]のいずれかに記載のフィルム状グラファイト。
[9]電気伝導度が6,000S/cm以上である[1]~[8]のいずれかに記載のフィルム状グラファイト。
[10]最小屈曲半径が16mm以下である[1]~[9]のいずれかにに記載のフィルム状グラファイト。
[11]密度が1.7g/cm以上である、[1]~[10]のいずれかに記載のフィルム状グラファイト。
[12]フィルム面積に対する表面積の比率(表面積/フィルム面積)が1.05以上である[1]~[11]のいずれかに記載のフィルム状グラファイト。
[13]フィルム状グラファイトのフィルム面に対する垂直断面において、偏光顕微鏡画像により観察される明部と暗部を2値化処理した画像から得られる複数の明部領域の数N、フィルム厚H(μm)及びフィルム幅W(μm)が下記式(7)を満たす[1]~[12]のいずれかに記載のフィルム状グラファイト。
N/H/W≦0.011・・・(7)
[14]フィルム状グラファイトのフィルム面に対する垂直断面において、偏光顕微鏡画像により観察される明部と暗部を2値化処理した画像から得られる複数の明部領域の数N、フィルム状グラファイトのフィルム厚H(μm)及びフィルム幅W(μm)が下記式(8)及び(9)を満たす[1]~[13]のいずれかに記載のフィルム状グラファイト。
N/H/W≦0.04・・・(8)
H≧42・・・(9)
[15]フィルム状グラファイトのフィルム面に対する垂直断面において、偏光顕微鏡画像により観察される明部と暗部を2値化処理した画像から得られる複数の明部領域の平均面積ASが22μm以上である[1]~[14]のいずれかに記載のフィルム状グラファイト。
[16]フィルム状グラファイトのフィルム面に対する垂直断面において、偏光顕微鏡画像により観察される明部と暗部を2値化処理した画像から得られる複数の明部領域の平均面積ASが9μm以上及びフィルム厚が42μm以上である[1]~[15]のいずれかに記載のフィルム状グラファイト。
[17]厚さが39μm以上である、[1]~[16]に記載のフィルム状グラファイト。
[18]X線回折(XRD)測定において、(002)回折ピークの半値幅が10.8°以下である[1]~[17]のいずれかに記載のフィルム状グラファイト。
[19]前記回折ピークの積分幅Bが0.231°以下である、[1]~[18]のいずれかに記載のフィルム状グラファイト。
[20]面状体無負荷U字伸縮試験において、屈曲半径Rが2mm、屈曲角度が180°で測定した際に破断するまでの耐折回数が10,000回以上である、[1]~[19]のいずれかに記載のフィルム状グラファイト。
[21]フィルム状グラファイトのフィルム厚方向に接着剤もしくは粘着剤が含まれない、[1]~[21]のいずれかに記載のフィルム状グラファイト。
【発明の効果】
【0011】
本発明のフィルム状グラファイトは、面方向の熱伝導性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例1のフィルム状グラファイトの広角X線回折測定法(透過法、θ/2θスキャン法)において、2θ=42.3°近傍に検出されるグラファイト六方晶由来の(100)面の回折プロファイルの一例である。
図2】実施例1のフィルム状グラファイトの広角X線回折測定法(反射法、θ/2θスキャン法)において、2θ=26.5°近傍に検出されるグラファイト六方晶由来の(002)面の回折ピークのωスキャンで得られる回折プロファイルの一例である。
図3】実施例1のフィルム状グラファイトの表面を、レーザー顕微鏡で観察して得られた画像の一例である。
図4】実施例3のフィルム状グラファイトのフィルム面に対する垂直断面おいて、偏光顕微鏡により観察される簡易偏光像(PO像)の一例である。
図5】比較例2のフィルム状グラファイトのフィルム面に対する垂直断面おいて、偏光顕微鏡により観察される簡易偏光像(PO像)の一例である。
図6】実施例に用いた原料フィルムについて、重量減少速度(単位時間当たりの重量減少量)の温度に対するプロット図である。
図7】実施例1の黒鉛化工程の温度記録である。
図8】実施例2の黒鉛化工程の温度記録である。
図9】実施例5の黒鉛化工程の温度記録である。
図10】放熱性試験の様子を示す模式図である。
図11】各実施例及び比較例のフィルム状グラファイトの熱伝導率をグラファイト結晶由来の(100)面の回折ピークの積分幅Bに対してプロットしたものである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書において、「フィルム状グラファイト」とは、グラファイトを主成分とし、柔軟で実質的に炭素のみからなるフィルム状材料を意味する。
【0014】
本発明のフィルム状グラファイトは、以下の条件(1)または条件(2)を満たす。
条件(1):X線回折(XRD)測定において、θ/2θスキャン法により測定された2θ=42.3°近傍に検出されるグラファイト結晶由来の(100)面の回折ピークの積分幅Bが0.235°以下である。
条件(2):前記積分幅Bが0.255°以下であり、かつフィルム状グラファイトのフィルム厚Hが39μm以上である。
【0015】
本発明のフィルム状グラファイトは、グラファイト結晶に由来する(100)面の回折ピークの積分幅Bが、0.255°以下が好ましく、0.235°以下がより好ましく、0.231°以下がさらに好ましく、0.227°以下が特に好ましい。
積分幅Bの値が低いほど、グラファイト結晶のa軸方向の結晶子サイズが大きいことを意味し、このa軸が配向している方向に対して、フィルム状グラファイトの熱伝導率が高くなる。
積分幅Bの下限は特に制限はないが、積分幅Bが低すぎると柔軟性に劣るフィルムとなる傾向があるため、実質的には0.100°以上が好ましい。
【0016】
フィルム状グラファイトのグラファイト結晶由来の(100)面の回折ピークの積分幅Bは、以下のように広角X線回折測定法(透過法、θ/2θスキャン法)を用いて求めることができる。
(グラファイト結晶由来の(100)面の回折ピークの積分幅Bの評価方法)
測定装置としては、CuKα線を線源としたX線回折計を用いる。X線回折計としては株式会社リガク製 全自動多目的X線回折装置SmartLabなどが用いることができる。フィルム状グラファイトのフィルム面垂直方向に対して入射X線の入射角と反射X線の反射角が等しくなるように、フィルム状グラファイトが反らないように試料台に固定して、θ/2θスキャン法(透過法)により、フィルム状グラファイトの2θ方向の1次元X線回折スペクトルを測定する。これにより、例えば図1に示すような回折プロファイルが得られる。この測定で得られた2θ=42.3°近傍に検出されるグラファイト六方晶由来の(100)面の反射回折ピークの積分幅B(°)を読み取る。
【0017】
本発明のフィルム状グラファイトの厚さは、特に制限はないが、厚さが大きいほど熱輸送量は大きくなる。そのため、15μm以上であることが好ましく、39μm以上がより好ましく、42μm以上がさらに好ましく、55μm以上がさらにより好ましく、58μm以上が特に好ましく、72μm以上が最も好ましい。
また、本発明のフィルム状グラファイトの厚さの上限は特に制限はないが、厚すぎると柔軟性に劣ることから、1,000μm以下が好ましく、500μm以下がより好ましく、250μm以下がさらに好ましい。
厚さが前記上限値以下であれば、電子機器などの薄型化が容易となる。また、フィルム状グラファイトにおいて、ある程度の柔軟性を確保することが容易になる。
なお、ここでいう「厚さ」は、高分子フィルム、原料フィルム、炭化フィルム、黒鉛化フィルム、フィルム状グラファイトのいずれについても、標準外側マイクロメータを用いて測定した厚さであり、ランダムに選んだ5箇所で測定した厚さの平均値とする。
【0018】
本発明のフィルム状グラファイトのフィルム面方向に対するグラファイト結晶配向度Pは、94.0%以上が好ましく、94.5%以上がより好ましく、95.0%以上がさらに好ましい。
グラファイト結晶配向度Pが高いほど、フィルム状グラファイトのフィルム面方向の熱伝導率が高くなる。
グラファイト結晶配向度Pの上限は特に制限はないが、結晶配向度が高すぎると柔軟性に劣るフィルムとなるため、実質的には99%以下が好ましい。
【0019】
フィルム状グラファイトのフィルム面方向に対するグラファイト結晶配向度Pは、実施例に後述するように広角X線回折測定法(反射法、θ/2θスキャン法)を用いて求めることができる。
(グラファイト結晶配向度Pの評価方法)
測定装置としては、CuKα線を線源としたX線回折計を用いる。X線回折計としては株式会社リガク製 全自動多目的X線回折装置SmartLabなどを用いることができる。フィルム状グラファイトのフィルム面の垂直方向に対して入射X線の入射角と反射X線の反射角が等しくなるように、フィルム状グラファイトが反らないように試料台に固定して、θ/2θスキャン法(反射法)により、フィルム状グラファイトの2θ方向の1次元X線回折スペクトルを測定する。この測定で得られたスペクトルにおいて2θ=26.5°近傍に検出されるグラファイト六方晶由来の(002)面の反射回折ピーク位置を読み取る。このピーク位置で検出器を固定し、ωスキャン法により、フィルム状グラファイトのX線回折スペクトルを測定する。これにより、例えば図2に示すような回折プロファイルが得られる。回折プロファイルから回折ピークの半値幅F(°)を読み取り、下記の式1によりグラファイト結晶配向度P[%]を算出する。
【0020】
【数1】
【0021】
本発明のフィルム状グラファイトの前記積分幅B(°)と前記半値幅F(°)との積(B×F)は、3.0以下が好ましく、2.5以下がより好ましく、2.0以下がさらに好ましい。前記積(B×F)が小さいほど、グラファイト結晶のa軸方向の結晶子サイズが大きく、かつa軸がフィルム状グラファイトのフィルム面方向へ配向していることを意味し、フィルム状グラファイトのフィルム面方向への熱伝導率が高くなる。前記積(B×F)の下限は特に制限はないが、前記積(B×F)が小さすぎると柔軟性に劣るフィルムとなる傾向があるため、実質的には0.1以上が好ましい。
【0022】
本発明のフィルム状グラファイトは、フィルム面方向の熱伝導率bが1,500W/mK以上であることが好ましい。
前記熱伝導率が1,500W/mK以上であれば、良好な放熱性能が得られ易い。この観点から、前記熱伝導率は1,600W/mK以上であることがより好ましく、1,700W/mK以上であることがさらに好ましい。上限に特に限りは無いが、2,500W/mK以下が好ましく、2,300W/mK以下がさらに好ましく、2,100W/mK以下がさらに好ましい。
【0023】
本発明のフィルム状グラファイトは、電気伝導度が6,000S/cm以上であることが好ましい。
前記電気伝導度が6,000S/cm以上であれば、フィルム状グラファイトによる電気伝導が効率よく進行し導電性材料として利用できるため好ましい。発明のフィルム状グラファイトのフィルム面に沿う方向の電気伝導度は、高ければ高いほど良く、7,000S/cm以上がより好ましく、8,000S/cm以上がさらに好ましい。実質的な上限は30,000S/cm以下が好ましい。
【0024】
本発明のフィルム状グラファイトの密度は、1.7g/cm以上が好ましく、1.8g/cm以上がより好ましく、1.9g/cm以上がさらに好ましい。
フィルム状グラファイトの密度が前記下限値以上であれば、熱伝導を阻害する要因となる空隙の量が少なくなり、熱伝導率が高まる。
また、本発明のフィルム状グラファイトの密度は、2.2g/cm以下が好ましく、2.1g/cm以下がより好ましく、2.0g/cm以下がさらに好ましい。
フィルム状グラファイトの密度が前記上限値以下であれば、空隙が多少存在することで、フィルム状グラファイトの柔軟性を確保しやすい。
【0025】
本発明のフィルム状グラファイトのフィルム面積に対する表面積の比率(表面積/フィルム面積)は、1.05以上が好ましく、1.06以上がより好ましく、1.07以上がさらに好ましい。表面積/フィルム面積が高いほど、フィルム状グラファイトの黒鉛化工程で生じる発泡の程度が大きく、フィルム内部に適度に空隙が挿入され、柔軟性に優れたフィルム状グラファイトとなる。表面積/フィルム面積の上限は、特に限定されないが、表面積/フィルム面積が低いほど、フィルム表面の凹凸に起因する界面の熱抵抗が軽減される。そのため、1.5以下が好ましく、1.3以下がより好ましい。
【0026】
(表面積/フィルム面積の評価方法)
ここで「表面積/フィルム面積」は、レーザー顕微鏡により観察した表面形状から算出した表面積の、その観察範囲のフィルム面積に対する比として定義される。
測定装置としては、レーザー顕微鏡を用いる。株式会社キーエンス製の形状測定レーザマイクロスコープVK-X100など、十分な性能を有するものを用いることができる。フィルム状グラファイトの5×5cm片を、フィルムが反らないように、かつフィルム面が上を向くように試料台に設置し、対物レンズは50倍で2048×1536画素として、Z軸方向(高さ方向)に対物レンズを0.12μmずつ移動させて試料の表面形状データを得る。これにより、例えば図3に示すような画像が得られる。
得られた試料の表面形状データから表面積を算出し、そのフィルム面積に対する比率(表面積/フィルム面積)を計算する。
【0027】
(柔軟性の発現メカニズム)
本発明のフィルム状グラファイトは、柔軟性があり、耐屈曲性に優れたものとなる。メカニズムは、下記のとおりと考えられる。製造時の黒鉛化工程においてフィルム内部で熱分解ガスが発生し、グラファイト結晶子間に空隙が生じる。この空隙により、グラファイト結晶子間が滑りやすくなり、折り曲げ時に発生する応力によってグラファイト結晶子が破壊されることなく、フィルム全体が折り曲がるようになる。
フィルム内部で熱分解ガスが発生すると、ガスがフィルム外部へ放出される際にフィルム表面に亀裂を生じさせる。また、フィルム内部に空隙が生じることでグラファイト結晶の配向が乱れ、フィルム表面において凹凸として確認される。本発明者等は、このようなフィルム表面の形状の指標として比率(表面積/フィルム面積)を用い、その値が1.05以上であるとフィルム状グラファイトが優れた柔軟性も兼ね備えることを見出した。
【0028】
本発明のフィルム状グラファイトは、最小屈曲半径が16mm以下であることが好ましい。
前記最小屈曲半径が16mm以下であれば、十分な柔軟性があり取扱い性に優れる。これらの観点から前記最小屈曲半径は10mm以下がより好ましく。5mm以下がさらに好ましく、3mm以下が特に好ましい。
【0029】
本発明のフィルム状グラファイトは、面状体無負荷U字伸縮試験において、屈曲半径Rが2mm、屈曲角度が180°で測定した際に破断するまでの耐折回数が10,000回以上であることが好ましい。
【0030】
本発明のフィルム状グラファイトの面状体無負荷U字伸縮試験における屈曲半径Rが2mm、屈曲角度が180°の際の耐折回数は、10,000回以上が好ましく、20,000回以上がより好ましく、30,000回以上がさらに好ましい。フィルム状グラファイトの耐折回数が前記下限値以上であれば、電子機器に取り付ける際のハンドリング性が向上し、電子機器などの折り曲げ部分や屈曲を繰り返すような部分に使用しても、折れや割れが発生しにくくなる。なお、前記耐折回数は多ければ多いほどよく良く、下限は特に制限がないが、実質的には1,000,000回以下である。
【0031】
本発明のフィルム状グラファイトは、フィルム状グラファイトのフィルム面に対する垂直断面の偏光顕微鏡画像により観察される明部と暗部を2値化処理した画像から得られる複数の明部領域の数N/フィルム厚H(μm)/フィルム幅W(μm)(以下、N/H/WをCNと示す。)が0.011以下である。
また、実施形態の他の一例のフィルム状グラファイトは、CNの値が0.04以下であり、かつフィルム厚Hが42μm以上である。さらに、別の実施形態の他の一例のフィルム状グラファイトは、複数の明部領域の平均面積(以下、AS)が22μm以上である。また、さらに別の実施形態の他の一例のフィルム状グラファイトは、複数の明部領域の平均面積ASが9μm以上であり、かつフィルム厚Hが42μm以上である。
【0032】
本発明のフィルム状グラファイトのCNの値は、0.04以下が好ましく、0.02以下がより好ましく、0.015以下がさらに好ましい。
CNの値が低いほど、フィルム状グラファイトのフィルム面方向の熱伝導率が高くなる。CNの値の下限は特に制限はないが、CNの値が低すぎると柔軟性に劣るフィルムとなる、あるいはそもそも結晶構造を有さず熱伝導率の低いフィルムとなるため、実質的には0.001程度が下限である。
また、本発明のフィルム状グラファイトの前記平均面積ASは、9μm以上が好ましく、10μm以上がより好ましく、12μmがさらに好ましく、16μmが特に好ましく、22μmが最も好ましい。
前記平均面積ASが大きいほど、フィルム状グラファイトのフィルム面方向の熱伝導率が高くなる。ASの下限は特に制限はないが、前記平均面積ASが低すぎると柔軟性に劣るフィルムとなるため、実質的には100μm程度が下限である。
【0033】
フィルム状グラファイトのCNの値、および前記平均面積ASは、以下のように偏光顕微鏡を用いて求めることができる。
(複数の明部領域の数N/フィルム厚H(μm)/フィルム幅W(μm)、および複数の明部領域の平均面積ASの評価方法)
フィルム状グラファイトを、カッター(もしくは超音波カッター)等を用いて短冊状に切り出し、樹脂中に包埋し試料とする。次いで、ハンディラップ等で研磨し、試料の観察面(断面)を覆っているエポキシ樹脂を完全に除去した後、アルゴンイオンビームを用いたクロスセクションポリッシャー等により、平面な試料断面を作製する。デジタルマイクロスコープ等を用いて、明視野像(BF像)と簡易偏光像(PO像)を得る。なお、簡易偏光像(PO像)はクロスニコル(直交ニコル)の位置で観察をしており、試料中の明部領域の輝度が最大になるよう試料を設置した試料ステージの角度を調整して観察を行う。
画像解析ソフト等を用いて、得られたPO像からフィルム状グラファイトのフィルム面に垂直な方向の断面に観察される明部と暗部を2値化処理した画像を得る。2値化処理して得られた複数の明部領域の数を計測して、明部領域の数Nとする。
フィルム厚Hは、画像解析ソフト等を用いて、同じく上記で得られたBF像からフィルム状グラファイトの内部に観察されるボイド部分を除去して、フィルム状グラファイトのフィルム面に対して垂直方向に観察される固体部分の全長を計測してフィルム厚とする。
フィルム幅Wは、上記PO像からカウント数を計測する際に、カウント数を計測するフィルム状グラファイトのフィルム面方向に対する幅をフィルム幅とする。
以上の方法で得られたカウント数、フィルム厚、フィルム幅からCNの値を算出する。
複数の明部領域の平均面積ASは、画像解析ソフト等を用いて、上記の方法で得られた複数の明部領域の平均面積ASを算出することで得る。
【0034】
[熱伝導性発現のメカニズム]
フィルム面方向の熱伝導性に優れたフィルム状グラファイトが得られるメカニズムは下記の通りである。
グラファイトの熱伝導は主に格子振動、すなわちフォノンの伝導によって生じる。フォノンによる熱伝導は固体の結晶の完全性に依存し、結晶子サイズが大きなグラファイトほどフォノンによる熱伝導性は高くなる。グラファイトにおけるフォノンの伝播はグラファイトのべーサル面(a-b軸)に対して生じる。したがって、フィルム状グラファイトにおいて、結晶子サイズの大きいグラファイト結晶のべーサル面がフィルム面方向に対して配向しているほど、フィルム状グラファイトのフィルム面方向に対する熱伝導性は高くなる。
偏光顕微鏡はグラファイトや高分子材料の結晶性や結晶の配向性を評価することができる評価手法の一つである。グラファイトは光学的に一軸性結晶であるため光学的異方性を示す。偏光顕微鏡においてクロスニコルの下で観察を行うと、ある特定の方向に配向(グラファイト結晶の2つの振動方向が両ニコルの振動方向と一致していない方向、すなわち消行位と一致していない方向に配向)したグラファイト結晶が存在するところでは明るく見える。図4、および図5にフィルム状グラファイトのフィルム面に垂直な方向の断面偏光顕微鏡において観察される画像の一例を示すが、連続して明るく見える領域(明部領域)は、ある一定方向にグラファイト結晶が配向していることを反映していると考えられる。したがって、観察画像中において、この明るく見える領域を解析することで、フィルム状グラファイトの結晶性や配向性を評価することが可能である。
本発明者らは鋭意検討した結果、フィルム状グラファイトのフィルム面に対する垂直断面の偏光顕微鏡画像により観察される明部と暗部を2値化処理した画像から得られる複数の明部領域の数N/フィルム厚H(μm)/フィルム幅W(μm)(以下、N/H/WをCNと示す。)が、フィルム状グラファイトの熱伝導率とよく相関することを見出した。すなわち、CNの値が小さくなるほど、フィルム状グラファイトのフィルム面方向に対する熱伝導率が高くなることを見出した。これは、一つ一つのグラファイト結晶子が小さく、結晶子がフィルム中に多数分散している場合、明部領域が分離して多数観測されるようになりCNの値が大きくなる一方で、グラファイト結晶子同士が合体して結晶子サイズが大きくなるほどCNの値は小さくなる。すなわち、CNの値が小さいほど、グラファイト結晶子の界面が少なくなり、フォノンが分散しにくく、熱伝導性が高くなったと考えられる。
また、実施形態の他の一例では、複数の明部領域の平均面積ASも熱伝導率と相関することを見出した。すなわち、平均面積ASが大きくなるほど、フィルム状グラファイトのフィルム面方向に対する熱伝導率が高くなることを見出した。これは、明部領域の平均面積ASが大きいほど、グラファイト結晶子のサイズが大きくなり、フォノンによる熱伝導性が高くなったためと考えられる。
【0035】
以上説明した本発明のフィルム状グラファイトは、フィルム面方向への熱伝導率が高く、優れた放熱性能を有している。しかも、これはフィルム厚に関わらず、厚手のフィルム状グラファイトに対しても同様に成り立つ特性である。
また、比率(表面積/フィルム面積)が1.05以上であると、優れた柔軟性が得られる。
【0036】
本発明のフィルム状グラファイトは、単数のフィルム状グラファイトからなり、フィルム厚み方向に接着剤、粘着剤による層を含まないことが好ましい。厚手のフィルム状グラファイトを得るために、複数枚のフィルム状グラファイトを接着剤や粘着剤によって積層させる、あるいは複数枚のフィルム状グラファイト全体を被覆材で被覆する、金属治具で複数枚のフィルム状グラファイトを固定する方法などが知られているが、このような方法では、フィルム間に熱伝導率の低い接着、あるいは粘着層が含まれるため熱伝導率が低下する、あるいは空気が入り込んでしまい大きな接触熱抵抗を生んでしまうという問題がある。本発明のフィルム状グラファイトは、1枚の厚みのあるフィルム状グラファイトからなるため、同じ厚みで比較したときにより熱伝導率を高くすることができる。
【0037】
以上説明した本発明のフィルム状グラファイトは、厚手で熱伝導率が高いため優れた放熱性能を有しており、さらに柔軟性も兼ね備えている。そのため、従来の薄いフィルム状グラファイトを複数枚重ねて使用する必要が無い。これにより、接着剤などの熱伝導率が低い層を含む必要がなくなり、放熱体全体の性能を損なうことなく、放熱体全体としての薄型化も可能になる。
【0038】
[フィルム状グラファイトの製造方法]
本発明のフィルム状グラファイトの製造方法は、原料フィルムを加熱してフィルム状グラファイトを得る方法であって、原料フィルムを加熱する加熱工程が下記の炭化工程と、黒鉛化工程と、を含むことが好ましい。また、本発明のフィルム状グラファイトの製造方法は、下記のプレス工程をさらに含むことが好ましい。
炭化工程:有機高分子からなる原料フィルムを炭化して炭化フィルムを得る。
黒鉛化工程:前記炭化フィルムを黒鉛化して黒鉛化フィルムを得る。
プレス工程:前記黒鉛化フィルムを圧縮もしくは圧延する。
なお、本発明において「炭化」とは、原料フィルムを構成する有機高分子を加熱することで有機高分子中から揮発分を気化させ、炭素に富んだ物質に変化させることを意味する。本発明において「炭化フィルム」とは、炭化により炭素質に富んだ構造を含むフィルムであって、フィルム中の炭素以外の元素の質量割合が20%以下になるまで炭素以外の元素を除去したフィルムを意味する。本発明において「黒鉛化」とは、前記炭化フィルムをさらに高温で加熱し、炭素以外の不純物をほぼ完全に除去し、グラファイト化を高度に進行させることを意味する。「黒鉛化フィルム」とは、黒鉛化度が極めて高くグラファイト結晶構造に富んだフィルムを意味する。
【0039】
(原料フィルム)
原料フィルムの厚さは、75μm以上が好ましく、125μm以上がより好ましく、150μm以上がさらに好ましく、175μm以上がさらにより好ましく、200μm以上が特に好ましく、250μm以上が最も好ましい。原料フィルムの厚さが前記下限値以上であれば、厚手で一枚当たりの放熱性能が高いフィルム状グラファイトが得られやすいため、電子機器などの放熱に必要なフィルム状グラファイトの枚数を減らすことができる。また、原料フィルムの厚さは、2,000μm以下が好ましく、1,000μm以下がより好ましく、500μm以下がさらに好ましい。原料フィルムの厚さが前記上限値以下であれば、加熱時の発泡量が少なく、またフィルム内部と表層で性能にムラが出にくくなるため、良質なフィルム状グラファイトが得やすい。また、得られるフィルム状グラファイトを厚手にしつつ、ある程度の柔軟性を確保することが容易になる。
【0040】
原料フィルムは、有機高分子からなるフィルムである。
有機高分子としては、芳香環を有し、分子鎖がある程度高い平面性、配向性、剛直性を有する高分子が好ましい。例えば、芳香環を有する、ポリイミド、ポリアミド、ポリチアゾール、ポリオキサジアゾール、ポリベンゾオキサゾール、ポリベンゾビスオキサゾール、ポリベンゾチアゾール、ポリベンゾビスチアゾール、ポリベンゾイミダゾール、ポリベンゾビスイミダゾール、ポリパラフェニレンビニレンなどの高分子を例示できる。なかでも、入手性の観点から、ポリイミドが好ましい。原料フィルムを構成する有機高分子は、1種でもよく、2種以上でもよい。
【0041】
原料フィルムとしては、有機高分子からなる2枚以上の高分子フィルムを、粘着剤もしくは接着剤で貼り合わせた積層フィルムを用いてもよい。
粘着剤もしくは接着剤としては、特に限定されず、ポリイミドのモノマーであるジアミンや酸無水物、またそれらを重合させて得られるポリアミック酸を接着成分として含むことが好ましい。ジアミンとしては、例えば、オキシジアニリンを例示できる。酸無水物としては、例えば、無水ピロメリット酸を例示できる。ポリアミック酸としては、例えば、オキシジアニリンと無水ピロメリット酸を重合させたポリアミック酸を例示できる。粘着剤もしくは接着剤は、低揮発性の有機溶剤に前記した接着成分を溶解したものが好ましい。タッキファイヤーを含む接着剤や、フェノール樹脂系接着剤、アクリル系接着剤、メラミン系接着剤、シリコーン系粘着剤などを使用してもよい。
【0042】
高分子フィルムに粘着剤もしくは接着剤を塗布する手段は、均一に塗布できれば特に制限は無い。高分子フィルムを貼り合わせた後に、加圧ロールに通して余分な粘着剤もしくは接着剤を除去して、高分子フィルム間の粘着剤もしくは接着剤を極力薄くすることが好ましい。高分子フィルム間の粘着剤もしくは接着剤の厚さは、特に限定されないが、1μm以下が好ましい。粘着剤もしくは接着剤を薄くすることで、炭化工程における発泡を抑制しやすくなる。
また、高分子フィルムを貼り合わせた後に加熱し、有機溶剤を除去してから炭化工程を行ってもよい。有機溶剤を除去する際の加熱温度は、350℃以上が好ましい。
【0043】
(炭化工程)
炭化工程では、例えば、不活性ガス中、又は、有機ガスと不活性ガスの混合ガス中で原料フィルムを1,500℃以下で加熱し、原料フィルム中の炭素以外の元素の質量割合が20%以下になるまで炭素以外の元素を除去する。炭化工程においては、連続的に昇温してもよく、温度を一定に保持する期間を設けて段階的に昇温してもよい。また、昇温した後に降温し、再度昇温してもよい。炭化工程は、バッチ加熱方式であってもよく、原料フィルムを連続的に供給する連続供給加熱方式であってもよい。
【0044】
炭化工程は、有機ガスと不活性ガスとの混合ガス中で原料フィルムを加熱する混合ガス中加熱工程を含むことが好ましい。混合ガス中加熱工程を含まない製造方法では、黒鉛化工程において急速に加熱すると、炭化フィルムが分解して発生するガスの圧力によってフィルム内部で剥離が起きたり、フィルムが破壊したりしやすいため、フィルム状グラファイトの熱伝導率が低下しやすい。しかし、炭化工程が混合ガス中加熱工程を含むことで、黒鉛化工程の昇温速度が大きい場合でも、炭化フィルムが分解して発生するガスに起因するフィルムの破壊を抑制できるため、熱伝導率の高いフィルム状グラファイトが容易に得られる。有機ガスと不活性ガスの混合ガス中で原料フィルムを加熱することで、分解による炭素の消失が抑制されやすくなるだけでなく、有機ガス中の炭素が原料フィルムに取り込まれる。これにより、面積が大きい炭化フィルムが得られやすくなるため、最終的に面積が大きいフィルム状グラファイトが得られる。
【0045】
混合ガス中加熱工程を含む炭化工程では、混合ガス中加熱工程の後に不活性ガス中でさらに加熱してもよく、不活性ガス中で原料フィルムを加熱した後に混合ガス中加熱工程を行ってもよい。また、炭化工程の全体を混合ガス中加熱工程としてもよい。
【0046】
不活性ガスとしては、原料フィルムと反応しないガスであればよく、窒素ガス、アルゴンガス、又はそれらの混合ガスを例示できる。なかでも、経済性に優れる点から、窒素ガスが好ましい。炭化工程に使用する不活性ガスは、1種でもよく、2種以上でもよい。
【0047】
有機ガスは、炭化工程の加熱温度で気体となる有機化合物である。有機ガスとしては、特に限定されず、例えば、メタン、エタン、エチレン、アセチレンなど、23℃、1気圧で気体である炭化水素を例示できる。なお、23℃、1気圧で液体又は固体である有機化合物であっても、炭化工程の加熱温度で気体となる有機化合物は有機ガスとして使用できる。有機ガスとしては、分解による炭素の消失が抑制されやすい観点から、アセチレン及びアセチレン誘導体の少なくとも一方からなるガス状物質(A)が好ましい。炭化工程に使用する有機ガスは、1種でもよく、2種以上でもよい。
【0048】
混合ガス中の有機ガスの濃度は、有機ガスの種類にもよるが、例えばアセチレンガスの場合、混合ガスの総体積に対して、2体積%以上が好ましく、5体積%以上がより好ましく、10体積%以上がさらに好ましく、20体積%以上が特に好ましく、25体積%以上が最も好ましい。有機ガスの濃度が前記下限値以上であれば、分解による炭素の消失が抑制されやすいうえ、有機ガス中の炭素が原料フィルムに効率良く取り込まれ、最終的に面積が大きいフィルム状グラファイトが得られやすくなるため、生産性が向上する。また、有機ガスがアセチレンガスの場合、混合ガス中の有機ガスの濃度は、混合ガスの総体積に対して、95体積%以下が好ましく、50体積%以下がより好ましく、40体積%以下がさらに好ましく、30体積%以下が特に好ましい。有機ガスの濃度が前記上限値以下であれば、必要以上に有機ガスを使用することが無くなるため、コスト削減に繋がり、工業的にも安定である。
【0049】
混合ガス中加熱工程の昇温履歴を単調昇温化した昇温パターン中には、平均昇温速度が5℃/分以下となる30分以上の期間(以下、「緩速昇温期間」と称する。)を含むことが好ましい。これにより、有機ガス中の炭素が原料フィルムに効率良く取り込まれやすくなり、また熱分解による炭素の消失が抑制されやすくなる。ここで、「昇温履歴を単調昇温化した昇温パターン」は、昇温履歴(時間毎の温度)における昇温開始から加熱工程の最高温度に達する時点まで(昇温期間)の各時点の温度を昇温開始からその時点までの最高温度で置き換えて得られる。「昇温履歴を単調昇温化した昇温パターン」は正の傾きを持った曲線と傾き0の直線のみで構成される、時間に対する温度の単調増加関数である。
【0050】
窒素ガスを200mL/分の流速で流しながら、原料フィルムからなる測定試料を昇温速度10℃/分で1000℃まで加熱し、加熱中の測定試料の温度と重量を記録する熱重量測定により、以下の温度T、T、Tを定義する。
(℃)は、熱重量測定において観測される重量減少速度(単位時間当たりの重量減少量)が最大値となる温度とする。
(℃)は、熱重量測定において観測される測定試料の重量減少速度が、重量減少速度の最大値の0.8%以上となる100℃以上の温度のうち、最も低い温度とする。
(℃)は、熱重量測定において観測される測定試料の重量減少速度が、重量減少速度の最大値の10%以上となる温度のうち、最も高い温度とする。
【0051】
炭化工程では、混合ガス中加熱工程の少なくとも一部をT以下の温度で実施することが好ましい。
混合ガス中加熱工程に含まれる緩速昇温期間の温度は、T以下が好ましく、T以下がより好ましい。一方、緩速昇温期間の温度は、T以上が好ましい。緩速昇温期間の温度がこの範囲内であれば、加熱されて分解が進行している原料フィルムに有機ガスから効率良く炭素が取り込まれやすくなり、また分解による炭素の消失が抑制されやすくなる。
【0052】
混合ガス中加熱工程において、温度がT以上T以下の緩速昇温期間の平均昇温速度は5℃/分以下であることが好ましく、3℃/分以下がより好ましく、1℃/分以下がさらに好ましい。平均昇温速度が前記上限値以下であれば、グラファイト結晶の配向性をある程度確保でき、のちの黒鉛化工程を高速化しても良質なフィルム状グラファイトが得られやすくなる。
また、温度がT以上T以下の緩速昇温期間の長さは、30分間以上が好ましく、60分間以上がより好ましく、90分間以上がより好ましい。長さが30分間以上の緩速昇温期間を、昇温履歴を単調昇温化した昇温パターンの温度がT以上T以下の期間に含むことで、有機ガスを十分に供給することができ、有機ガスから効率良く炭素が取り込まれやすくなり、また分解による炭素の消失が抑制されやすくなる。
【0053】
混合ガス中加熱工程における最高加熱温度は、原料フィルムや用いる有機ガスにもよるが、1000℃以下が好ましく、800℃以下がより好ましく、600℃以下がさらに好ましい。最高加熱温度が前記上限値以下であれば、有機ガスを安定して扱える。混合ガス中加熱工程における最高加熱温度は、T以上が好ましい。最高加熱温度が前記下限値以上であれば、原料フィルムの熱分解が起こりやすい温度で有機ガスと反応させられるため、有機ガス中の炭素が取り込まれやすく、面積が大きい炭化フィルムが得られやすくなる。
【0054】
(黒鉛化工程)
黒鉛化工程では、例えば、黒鉛化炉において、不活性ガス雰囲気下で2000℃以上まで昇温しながら炭化フィルムを加熱し、グラファイト結晶を成長させて黒鉛化フィルムを得る。例えば、炭化工程後の炭化炉内の炭化フィルムを酸素の影響のない温度まで降温し、炭化炉から取り出して黒鉛化炉に移し、再度加熱して黒鉛化工程を実施してもよいし、炭化工程後に降温させずに連続して加熱して黒鉛化工程を実施してもよい。
【0055】
黒鉛化工程においては、連続的に昇温してもよく、温度を一定に保持する期間を設けて段階的に昇温してもよい。また、昇温した後に降温し、再度昇温してもよい。黒鉛化工程を実施する形態としては、バッチ加熱方式でもよく、炭化フィルムを連続的に供給しながら黒鉛化する連続供給加熱方式でもよく、また、バッチ加熱方式で作製した炭化フィルムを、連続加熱方式の黒鉛化炉で黒鉛化してもよい。
【0056】
黒鉛化工程の最高加熱温度Tmaxは、3,000℃以下が好ましく、2,900℃以下がより好ましく、2,800℃以下がさらに好ましくい。Tmaxが前記上限値以下であれば、黒鉛化炉の発熱体や断熱材の消耗が遅いため、メンテナンス頻度を下げることができる。また、グラファイト結晶の過度な成長を抑制できるため、グラファイト結晶間に適度な空隙が確保され、柔軟性を有するフィルム状グラファイトを得やすい。ここで、グラファイト結晶間の空隙とは、炭素材料中に観察されるミクロ又はマクロボイドである。Tmaxは、2,400℃以上が好ましく、2,700℃以上がより好ましく、2,750℃以上がさらに好ましい。Tmaxが前記下限値以上であれば、フィルム状グラファイト中のグラファイト結晶の炭素網面がフィルム面に平行に配向しやすく、高い熱伝導特性が発揮されやすい。
【0057】
黒鉛化工程は、2,000℃からTmaxまでの昇温履歴を単調昇温化した昇温パターンにおける、任意の30分間の昇温幅の最大値(以下、「30分最大昇温幅」と称する。)を60℃以上とすることが好ましい。30分最大昇温幅は90℃以上とすることがより好ましく、210℃以上とすることがさらに好ましい。30分最大昇温幅を90℃以上とすることで、黒鉛化過程にある炭素化フィルム内に適度な発泡を生じさせることができ、適度な柔軟性を得ることが容易になる。また、黒鉛化炉の断熱材の消耗や、黒鉛化工程における総電力量などを低減できる。
【0058】
黒鉛化工程は、2,000℃からTmaxまでの昇温履歴を単調昇温化した昇温パターンにおける、任意の60分間の昇温幅の最大値(以下、「60分最大昇温幅」と称する。)を120℃以上とすることが好ましい。60分最大昇温幅は180℃以上とすることがより好ましく、420℃以上とすることがさらに好ましい。60分最大昇温幅を120℃以上とすることで、黒鉛化過程にある炭素化フィルム内に適度な発泡を生じさせることができ、適度な柔軟性を確保できる。
黒鉛化工程は、2,000℃からTmaxまでの昇温履歴を単調昇温化した昇温パターンにおける、任意の90分間の昇温幅の最大値(以下、「90分最大昇温幅」と称する。)を180℃以上とすることが好ましい。
【0059】
黒鉛化工程は、2,000℃からTmaxまでの昇温履歴を単調昇温化した昇温パターンは、Tmaxまで到達する時間が40分以上であることが好ましく、60分以上であることがより好ましく、90分以上であることがさらに好ましい。
黒鉛化工程の60分最大昇温幅は、900℃以下であることが好ましく、720℃以下がより好ましい。60分最大昇温幅が前記上限値以下であれば、黒鉛化工程中にフィルム内部から発生する単位時間あたりのガス発生量が低減されるため、厚手で熱伝導特性に優れるフィルム状グラファイトが得られやすくなる。
黒鉛化工程の30分最大昇温幅は、540℃以下であることが好ましく、450℃以下がより好ましく、360℃以下が最も好ましい。30分最大昇温幅が前記上限値以下であれば、黒鉛化工程中にフィルム内部から発生する単位時間あたりのガス発生量がさらに低減されるため、厚手で熱伝導特性に優れるフィルム状グラファイトがさらに得られやすくなる。
【0060】
本発明では、黒鉛化工程の,2000℃以上の昇温履歴を単調昇温化した昇温パターンに、任意の30分間の昇温幅の最大値を60℃以上として、厚さ150μm以上の原料フィルムを用いて、熱伝導率が800W/mK以上、かつ屈曲試験による最小屈曲半径が16mm以下であるフィルム状グラファイトを製造することが好ましい。なお、屈曲試験については後述の実施例において詳述する。
【0061】
原料フィルムの面積Sに対する、黒鉛化工程で得られる黒鉛化フィルムの面積Sの比(S/S)は、0.8以上が好ましく、0.9以上がより好ましく、1以上がさらに好ましい。S/Sが大きいほど、得られるフィルム状グラファイトの面積が大きくなるため、生産性が向上し、低コスト化できる。S/Sの下限は特に制限はないが、実質的には1.2程度である。
【0062】
(プレス工程)
プレス工程では、黒鉛化工程で得られた黒鉛化フィルムを圧縮もしくは圧延する。プレス工程を実施することにより、フィルム面に沿う方向にグラファイト結晶の層が配向しやすくなり、また黒鉛化フィルム内の空隙が潰れて密度が高くなり、さらに黒鉛化フィルムに生じていた反りやうねりも解消される。
圧縮もしくは圧延する際は2枚のポリイミドフィルムで挟むことが好ましい。加圧ロールの汚れを防ぐことができる。
本発明では、プレス工程において、黒鉛化フィルムから、密度が1.6g/cm以上のフィルム状グラファイトを得ることが好ましく、1.7g/cm以上のフィルム状グラファイトを得ることがより好ましく、1.8g/cm以上のフィルム状グラファイトを得ることがさらに好ましい。
【0063】
圧縮もしくは圧延する方法としては、金属などの硬質材料製の加圧ロール間に黒鉛化フィルムを通す方法が好ましい。この場合、同じ加圧ロールに繰り返し通してもよく、多段の加圧ロールに順次通してもよい。なお、圧縮もしくは圧延する方法は前記方法には特に限定されず、例えば、金属板の間に黒鉛化フィルムを挟んで油圧シリンダー等で加圧する方法でもよい。
【0064】
以上説明した本発明のフィルム状グラファイトの製造方法では、混合ガス中加熱工程を実施することで、黒鉛化工程の昇温速度が高くても発泡ガス量が低減され、フィルム表面の剥落やフィルム破壊が抑制される。また、黒鉛化工程の時間を短縮できるため、グラファイト構造の過度な成長が抑制され、柔軟性を有するフィルム状グラファイトが得られる。さらに、製造時のフィルムの収縮も抑制されるため、面積が大きいフィルム状グラファイトが得られやすく、生産性に優れ、低コストである。
【実施例0065】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の記載によっては限定されない。
【0066】
[原料フィルム]
以下の実施例では、いずれも原料フィルムとしてポリイミドフィルム(東レ・デュポン株式会社製、カプトン(登録商標)Hタイプ(以下、「ポリイミドフィルムKH」と称する。)を用いた。
このポリイミドフィルムKH(原料フィルム)に対して熱重量測定を実施した。窒素雰囲気中、10℃/分で原料フィルムを加熱した際の重量減少速度(単位時間当たりの重量減少幅)の温度に対するプロットを図6に示す。ポリイミドフィルムKHのT、T、Tはそれぞれ、595℃、475℃、675℃であった。
【0067】
[グラファイト結晶由来の(100)面の回折ピークの積分幅Bの評価方法]
測定装置として、CuKα線を線源としたX線回折計である、株式会社リガク製 全自動多目的X線回折装置SmartLabを用いた。フィルム状グラファイトのフィルム面垂直方向に対して入射X線の入射角と反射X線の反射角が等しくなるように、かつフィルム状グラファイトを反らないように試料台に固定し、θ/2θスキャン法(透過法)により、フィルム状グラファイトの2θ方向の1次元X線回折スペクトルを測定した。測定条件は、管電圧45kV、管電流200mA、走査範囲(2θ)20~50°、走査ステップ0.01°、走査速度4.0°/min、走査モードCONTINUOUSとした。この測定で得られた2θ=42.3°近傍に検出されるグラファイト六方晶由来の(100)面の反射回折ピーク位置の積分幅B(°)を読み取った。積分幅Bは解析ソフトウェアSmart Lab Studio IIを用いて算出した。
【0068】
[グラファイト結晶配向度Pの評価方法]
測定装置として、CuKα線を線源としたX線回折計である、株式会社リガク製 全自動多目的X線回折装置SmartLabを用いた。フィルム状グラファイトのフィルム面の垂直方向に対して入射X線の入射角と反射X線の反射角が等しくなるように、かつフィルム状グラファイトを反らないように試料台に固定し、θ/2θスキャン法により、フィルム状グラファイトの2θ方向の1次元X線回折スペクトルを測定した。測定条件は、管電圧45kV、管電流200mA、走査範囲(2θ)25~28°、走査ステップ0.01°、走査速度4.0°/min、走査モードCONTINUOUSとした。この測定で得られた2θ=26.5°近傍に検出されるグラファイト六方晶由来の(002)面の反射回折ピーク位置を読み取り、このピーク位置で検出器を固定し、ωスキャン法により、フィルム状グラファイトのX線回折スペクトルを測定した。測定条件は、管電圧45kV、管電流200mA、走査範囲(ω)-5.8~31.4°、走査ステップ0.02°、走査速度20.0°/min、走査モードCONTINUOUSとした。このスペクトルから得られた回折ピークの半値幅F(°)を読み取り、下記の式1により、グラファイト結晶配向度P[%]を算出した。
【0069】
【数2】
【0070】
[熱重量測定]
熱重量測定(TG)は、示差熱熱重量同時測定装置(株式会社日立ハイテクサイエンス製、STA7300)を用いて、以下の手順で行った。
原料フィルムを約3mm角の大きさに切断し、重量が約3mgとなるように白金製の容器内に複数枚重ねて測定試料とした。窒素ガスを200mL/分の流速で流しながら、10℃/分の昇温速度で1,000℃まで加熱し、1秒ごとに、測定試料の温度と重量を記録した。
【0071】
[フィルム面方向の熱拡散率]
フィルム状グラファイトのフィルム面に沿う方向の熱拡散率αは、23℃の環境下で、株式会社BETHEL製のサーモウェーブアナライザ TA33を用い、JIS R 7240 (2018)に従って周期加熱法(距離変化法)で測定した。測定周波数は60Hz、70Hz、75Hz、80Hz、90Hzの5つとし、5つの周波数それぞれで測定した熱拡散率を平均した値をフィルム状グラファイトのフィルム面に沿う方向の熱拡散率αとした。測定に際し、試料の大きさは、測定方向の長さを4cm以上10cm以下、フィルム面の測定方向と直交する方向の長さを1.5cm以上10cm以下とし、切り出した試料でフィルム厚を測定した。
【0072】
[フィルム面方向の熱伝導率]
フィルム状グラファイトのフィルム面に沿う方向の熱伝導率は、下記の式2に従って算出した。
b=α×d×c ・・・式2
ただし、前記式2中の各記号は、以下の意味を示す。
b:フィルム状グラファイトのフィルム面に沿う方向の熱伝導率(W/mK)
α:フィルム状グラファイトのフィルム面に沿う方向の熱拡散率(mm/s)
d:フィルム状グラファイトの密度(g/cm
c:グラファイトの比熱(0.85J/gK)
【0073】
[密度]
フィルム状グラファイトの密度dは、フィルム状グラファイトの空気中とエタノール中での重量を測定し、下記式3から求めた。
d=ρs×Wa/(Wa-Ws)・・・式3
ただし、前記式3中の各記号は、以下の意味を示す。
d:フィルム状グラファイトの密度(g/cm
ρs:エタノールの密度(g/cm
Wa:フィルム状グラファイトの空気中での重量(g)
Ws:フィルム状グラファイトのエタノール中での重量(g)
【0074】
[最小屈曲半径の評価]
フィルム状グラファイトの柔軟性の指標として、最小屈曲半径を評価する方法を用いた。23℃の環境で、JIS K5600-5-1で規定されているタイプ2の折り曲げ試験装置を完全に広げ、フィルム状グラファイトの試験片とマンドレルを装着し、1~2秒をかけて均等に180°折り曲げた後、試験片を確認し、折れ目や割れ目の有無を確認した。直径が32、25、20、16、12、10、8、6、5、4、3、2mmのマンドレルをそれぞれ用い、直径が最大のマンドレルから順に、前記した試験片の折り曲げ及び目視確認の作業を行った。このとき、各マンドレルを用いた折り曲げにおいて、一度試験片を折り曲げることで生じるひずみなどの影響が次の試験に出ないよう、試験片の位置を変えながら試験した。そして、試験片に折れ目や割れ目が初めて確認されたマンドレルよりも直径が一回り大きいマンドレルの直径の1/2、すなわち試験片に折れ目や割れ目が確認されなかったマンドレルのうち、最も直径が小さいマンドレルの直径の1/2を、フィルム状グラファイトの最小屈曲半径とした。
【0075】
[面状体無負荷U字伸縮試験]
フィルム状グラファイトの面状体無負荷U字伸縮試験は、ユアサシステム機器(株)製の卓上型耐久試験機DLDMLH-FSを用い、以下の手順で実施した。幅50mm、長さ150mmになるよう試験片を切り出し、両面テープを用いて試験片を試験機に固定した。屈曲角度は180°、屈曲半径は2mm、試験速度は60Hzとして試験を行った。チルトクランプは、試験片の屈曲状態に合わせて真っ直ぐな状態と屈曲した状態を繰り返す屈曲試験モードにて行った。試験を開始して、屈曲回数が、1,000、2,500、5,000、10,000、20,000、30,000、40,000、50,000回を迎えたタイミングで試験片の目視確認を行い、試験片が破断するまでの折り曲げ回数を耐折回数とした。
【0076】
[放熱性試験]
フィルム状グラファイトは、幅50mm、長さ200mmになるよう試験片を切り出し、断熱板の上に設置した。設置した試験片の表面片隅に、10mm×15mmのマイクロセラミックヒーター((株)加島社製、マイクロセラミックヒーターSCP15×10)を設置し、一定電流・一定電圧下、3Wでヒーターを加熱した。この際、前記マイクロセラミックヒーターは放射率が0.94の黒体スプレー((株)イチネンTASCO社製 黒体スプレーTA410KS)をあらかじめ前記マイクロセラミックヒーターの表面に塗布したものであり、前記マイクロセラミックヒーターの裏面にグリース(信越化学工業(株)社製、熱伝導性グリースG-776)を塗って試験片に貼りつけた。試験の様子を図10に示す。ヒーターの温度が一定になったら、熱画像カメラ(FLIR社製、A6700SC)でヒーターの最高温度を読み取った。放射率の補正は解析ソフトウェアResearchIRを用いた。また、上記試験は、室温23℃、湿度50%RHに調温調湿された環境下でおこなった。
【0077】
以下の各実施例におけるプレス工程は、由利ロール株式会社製の油圧式カレンダー・エンボス機を用い、以下の手順で実施した。黒鉛化フィルムを市販のポリイミドフィルムで挟み、線圧900kg/cm~2,700kg/cm、ロール回転速度0.5m/分の条件で圧縮した。圧縮前後のフィルム厚さの差が1μm以内になるまで、圧縮を繰り返した。なお、線圧は、ロールの荷重を、ロールに挿入する黒鉛化フィルムのロール幅方向の長さで除した値として定義した。
【0078】
[実施例1]
厚さ125μmのポリイミドフィルムKHを原料フィルムとして用いた。炭化炉で原料フィルムの炭化工程を実施した。炭化炉では、アセチレンガスを含む窒素ガス(アセチレンガス濃度:25体積%)雰囲気下、室温から450℃まで平均昇温速度10℃/分で昇温した後、450℃から550℃までは昇温速度を約0.2℃/分に保って昇温した(混合ガス中加熱工程)。550℃まで昇温した後は、窒素ガス雰囲気に切り替え、昇温速度を約10℃/分に保って1,000℃まで昇温し、1時間保持した。炭化工程後の炭化フィルムを一旦放冷した後、黒鉛化炉に移し、黒鉛化工程を実施した。黒鉛化工程において、アルゴン雰囲気下、黒鉛化炉の電力出力値を一定値とし、図7に記載の温度プロファイルで昇温した。図7に記載の温度プロファイルにおいては、2,000℃到達した時刻から30分後の温度は2,062℃、60分後の温度は2,120℃、90分後の温度は2,176℃である。黒鉛化炉では、2,800℃で1時間保持した後、冷却して黒鉛化フィルムを得た。
得られた黒鉛化フィルムを2枚のポリイミドフィルムで挟み、線圧900kgf/cm、ロール回転速度0.5m/分の条件で圧縮し、フィルム状グラファイトを得た。
得られたフィルム状グラファイトの表面をレーザー顕微鏡で観察して得られた画像の一部を図3に示す。
【0079】
[実施例2]
厚さ125μmのポリイミドフィルムKHを原料フィルムとして用いた。炭化炉で原料フィルムの炭化工程を実施した。炭化炉では、アセチレンガスを含む窒素ガス(アセチレンガス濃度:25体積%)雰囲気下、室温から450℃まで平均昇温速度10℃/分で昇温した後、450℃から550℃までは昇温速度を約0.2℃/分に保って昇温した(混合ガス中加熱工程)。550℃まで昇温した後は、窒素ガス雰囲気に切り替え、昇温速度を約10℃/分に保って800℃まで昇温し、1時間保持した。炭化工程後の炭化フィルムを一旦放冷した後、黒鉛化炉に移し、黒鉛化工程を実施した。黒鉛化工程において、アルゴン雰囲気下、黒鉛化炉の電力出力値を一定値とし、図8に記載の温度プロファイルで昇温した以外は実施例1と同様にしてフィルム状グラファイトを得た。図8に記載の温度プロファイルにおいては、2,000℃到達した時刻から30分後の温度は2,096℃、60分後の温度は2185℃、90分後の温度は2,270℃であった。
【0080】
[実施例3]
厚さ75μmのポリイミドフィルムKHの片面に、オキシジアニリンと無水ピロメリット酸を重合させたポリアミック酸を20質量%含有するN-メチル-2-ピロリドン溶液を塗布した。前記ポリイミドフィルムの塗布面に対し、もう1枚の厚さ75μmのポリイミドフィルムKHを貼り合わせた後、実施例1で用いた加圧ロールをマングルとして用いて、余分な溶液を除去した。貼り合わせたフィルムを常圧、窒素雰囲気下に置き、平均昇温速度2℃/分で350℃まで昇温し、1時間保持した後、放冷して、2枚の厚さ75μmのポリイミドフィルムが強固に接着した厚さ150μmの積層フィルムが得られた。この積層フィルムを原料フィルムとして用いた以外は、実施例2と同様にしてフィルム状グラファイトを得た。
【0081】
[実施例4]
実施例3と同様の方法で、厚さ125μmのポリイミドフィルムKHに対し、厚さ125μmのポリイミドフィルムKHを貼り合わせた厚さ250μmの積層フィルムを原料フィルムとした以外は、実施例2と同様にしてフィルム状グラファイトを得た。
【0082】
[実施例5]
厚さ75μmのポリイミドフィルムKHを原料フィルムとして用い、図9に記載の温度プロファイルで昇温した以外は実施例2と同様にしてフィルム状グラファイトを得た。図9に記載の温度プロファイルにおいては、2,000℃到達した時刻から30分後の温度は2,083℃、60分後の温度は2,160℃、90分後の温度は2,229℃であった。
【0083】
[実施例6]
厚さ125μmのポリイミドフィルムKHを原料フィルムとして用いた以外は、実施例5と同様にしてフィルム状グラファイトを得た。
【0084】
[実施例7]
実施例3と同様の方法で、厚さ75μmのポリイミドフィルムKHに対し、厚さ125μmのポリイミドフィルムKHを貼り合わせた厚さ200μmの積層フィルムを原料フィルムとした以外は、実施例5と同様にしてフィルム状グラファイトを得た。
【0085】
[実施例8]
実施例3と同様の方法で、厚さ125μmのポリイミドフィルムKHに対し、厚さ125μmのポリイミドフィルムKHを貼り合わせた厚さ250μmの積層フィルムを原料フィルムとした以外は、実施例5と同様にしてフィルム状グラファイトを得た。
【0086】
[実施例9]
実施例3と同様の方法で、厚さ125μmのポリイミドフィルムKHに対し、厚さ125μmのポリイミドフィルムKHを貼り合わせ、さらに厚さ125μmのポリイミドフィルムKHを貼り合わせた厚さ375μmの積層フィルムを原料フィルムとした以外は、実施例5と同様にしてフィルム状グラファイトを得た。
【0087】
[実施例10]
実施例3と同様の方法で、厚さ125μmのポリイミドフィルムKHに対し、厚さ125μmのポリイミドフィルムKHを貼り合わせ、さらに厚さ125μmのポリイミドフィルムKHを貼り合わせ、さらに厚さ125μmのポリイミドフィルムKHを貼り合わせた厚さ500μmの積層フィルムを原料フィルムとした以外は、実施例5と同様にしてフィルム状グラファイトを得た。
【0088】
[比較例1]
Panasonic株式会社製のフィルム状グラファイト(EYGS182303、厚さ25μm)を比較対象とした。
【0089】
[比較例2]
Panasonic株式会社製のフィルム状グラファイト(EYGS182305、厚さ50μm)を比較対象とした。
【0090】
[比較例3]
株式会社カネカ製のフィルム状グラファイト(グラフィニティTM、厚さ36μm)を比較対象とした。
【0091】
各例の試験結果を表1に示す。また、各実施例及び比較例のフィルム状グラファイトの熱伝導率をグラファイト結晶由来の(100)面の回折ピークの積分幅Bに対してプロットしたものを図11に示す。
【0092】
表1及び図11に示すように、グラファイト結晶由来の(100)面の回折ピークの積分幅Bが狭くなるほど、フィルム状グラファイトの熱伝導率が高くなる傾向があり、また安定して高い熱伝導率が発現した。上記積分幅Bが0.231°以下である実施例3、4、6~10のフィルム状グラファイトの熱伝導率が特に高く、放熱性能が特に優れていた。
また、(表面積/フィルム面積)が1.05以上である実施例1~10のフィルム状グラファイトは、最小屈曲半径が小さく、柔軟性にも優れていた。図3に示すように、実施例1のフィルム状グラファイトの表面には亀裂や凹凸が確認されたことから、黒鉛化工程においてフィルム内部で熱分解ガスが発生し、グラファイト結晶子間に空隙が生じたために柔軟性が向上したと考えられる。
【0093】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明によれば、厚手で熱伝導率が高く放熱性能、さらに柔軟性や電気伝導性にも優れるフィルム状グラファイトを提供できる。
【符号の説明】
【0095】
1.フィルム状グラファイトの試験片
2.マイクロセラミックヒーター
3.断熱板
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11