(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024117001
(43)【公開日】2024-08-28
(54)【発明の名称】新規な亜リン酸デヒドロゲナーゼおよびその利用
(51)【国際特許分類】
C12N 15/53 20060101AFI20240821BHJP
C12N 9/04 20060101ALI20240821BHJP
C12P 19/36 20060101ALI20240821BHJP
【FI】
C12N15/53
C12N9/04 Z ZNA
C12P19/36
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023022904
(22)【出願日】2023-02-16
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、JST-ALCA「亜リン酸を用いたロバスト且つ封じ込めを可能とする微細藻類の培養技術開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】廣田 隆一
(72)【発明者】
【氏名】黒田 章夫
(72)【発明者】
【氏名】ガマル・ナッサー・アブデルハディ
【テーマコード(参考)】
4B050
4B064
【Fターム(参考)】
4B050CC03
4B050CC04
4B050DD02
4B050HH01
4B050LL05
4B064AE48
4B064AF28
4B064AF29
4B064CA21
4B064CC24
4B064DA16
(57)【要約】 (修正有)
【課題】イオンまたは有機溶媒の存在下において充分に高い活性を有している、新規な亜リン酸デヒドロゲナーゼを提供する。
【解決手段】本発明の一態様に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼは、特定のアミノ酸配列からなるタンパク質又はそのバリアントである。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a1)~(a8)のうち1つ以上の条件を満たしている、亜リン酸デヒドロゲナーゼ:
(a1)カルシウムイオン濃度が50mMであるときの亜リン酸脱水素活性が、カルシウムイオン濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、80%以上である;
(a2)アンモニウムイオン濃度が50mMであるときの亜リン酸脱水素活性が、アンモニウムイオン濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、80%以上である;
(a3)マグネシウムイオン濃度が50mMであるときの亜リン酸脱水素活性が、マグネシウムイオン濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、80%以上である;
(a4)カリウムイオン濃度が50mMであるときの亜リン酸脱水素活性が、カリウムイオン濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、80%以上である;
(a5)ナトリウムイオン濃度が50mMであるときの亜リン酸脱水素活性が、ナトリウムイオン濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、80%以上である;
(a6)メタノール濃度が30体積%であるときの亜リン酸脱水素活性が、メタノール濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、100%以上である;
(a7)N,N-ジメチルホルムアミド濃度が30体積%であるときの亜リン酸脱水素活性が、N,N-ジメチルホルムアミド濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、100%以上である;
(a8)エタノール濃度が20体積%であるときの亜リン酸脱水素活性が、エタノール濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、150%以上である。
【請求項2】
下記(b1)~(b7)のいずれかのタンパク質である、亜リン酸デヒドロゲナーゼ:
(b1)配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b2)配列番号1のアミノ酸配列において1または複数個のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、亜リン酸脱水素活性を有しているタンパク質;
(b3)配列番号1のアミノ酸配列に対する配列同一性が90%以上であり、かつ亜リン酸脱水素活性を有しているタンパク質;
(b4)配列番号2の塩基配列にコードされているアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b5)配列番号2の塩基配列において1または複数個の塩基が欠失、置換または付加された塩基配列にコードされているアミノ酸配列からなり、かつ、亜リン酸脱水素活性を有しているタンパク質;
(b6)配列番号2の塩基配列に対する配列同一性が90%以上である塩基配列にコードされているアミノ酸配列からなり、かつ、亜リン酸脱水素活性を有しているタンパク質;
(b7)配列番号2の塩基配列に相補的な塩基配列に対してストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列にコードされているアミノ酸配列からなり、かつ、亜リン酸脱水素活性を有しているタンパク質。
【請求項3】
請求項1または2に記載の亜リン酸デヒドロゲナーゼと、
NADおよびNADPからなる群より選択される1つ以上と、
を備えている、酵素製剤。
【請求項4】
請求項1または2に記載の亜リン酸デヒドロゲナーゼと、
NADまたはNADPと、
を含んでいる、複合体。
【請求項5】
請求項1または2に記載の亜リン酸デヒドロゲナーゼによって、NADおよびNADPからなる群より選択される1つ以上を還元する工程を有する、
NADHおよびNADPHからなる群より選択される1つ以上の製造方法。
【請求項6】
イオンおよび/または有機溶媒の存在下において、請求項1または2に記載の亜リン酸デヒドロゲナーゼにより基質を酸化する工程を有する、
酵素反応方法。
【請求項7】
請求項1または2に記載の亜リン酸デヒドロゲナーゼと、有機溶媒とを共存させる工程を有する、
上記亜リン酸デヒドロゲナーゼの活性を向上させる方法。
【請求項8】
請求項1または2に記載の亜リン酸デヒドロゲナーゼと、NADおよびNADPからなる群より選択される1つ以上とを共存させる工程を有する、
上記亜リン酸デヒドロゲナーゼの耐熱性を向上させる方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な亜リン酸デヒドロゲナーゼおよびその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
亜リン酸デヒドロゲナーゼ(PtxD)は、NADまたはNADP依存的に亜リン酸を酸化する酵素である。この酵素により、亜リン酸はリン酸に酸化され、補酵素(NADまたはNADP)は還元型補酵素(NADHまたはNADPH)に還元される。この反応は、補酵素の再生反応として、様々な生化学反応に利用できる。また、この反応は、他の方法では分析が困難な亜リン酸の簡便な測定にも利用できる。
【0003】
従来知られている亜リン酸デヒドロゲナーゼの例として、非特許文献1は、土壌細菌であるRalstonia sp. 4506株から亜リン酸デヒドロゲナーゼを単離した旨を報告している。また、非特許文献2は、上述の亜リン酸デヒドロゲナーゼによりNADPH再生系を確立した旨を報告している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Hirota, R., et al., Isolation and characterization of a soluble and thermostable phosphite dehydrogenase from Ralstonia sp. strain 4506, J. Biosci. Bioeng. (2011), doi:10.1016/j.jbiosc.2011.11.027
【非特許文献2】Abdel-Hady GN, et al., Engineering Cofactor Specificity of a Thermostable Phosphite Dehydrogenase for a Highly Efficient and RobustNADPH Regeneration System, Front. Bioeng. Biotechnol. 9:647176. (2021), doi: 10.3389/fbioe.2021.647176
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らの研究によると、非特許文献1、2が開示しているような従来公知の亜リン酸デヒドロゲナーゼは、イオンおよび有機溶媒に対する耐性が低いことが分かった。それゆえ、この亜リン酸デヒドロゲナーゼには、イオンまたは有機溶媒の存在下において、充分な活性が得られないという課題があった。
【0006】
本発明の一態様は、イオンまたは有機溶媒の存在下において充分に高い活性を有している、新規な亜リン酸デヒドロゲナーゼを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明には、下記の態様が含まれる。
<1>
下記(a1)~(a8)のうち1つ以上の条件を満たしている、亜リン酸デヒドロゲナーゼ:
(a1)カルシウムイオン濃度が50mMであるときの亜リン酸脱水素活性が、カルシウムイオン濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、80%以上である;
(a2)アンモニウムイオン濃度が50mMであるときの亜リン酸脱水素活性が、アンモニウムイオン濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、80%以上である;
(a3)マグネシウムイオン濃度が50mMであるときの亜リン酸脱水素活性が、マグネシウムイオン濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、80%以上である;
(a4)カリウムイオン濃度が50mMであるときの亜リン酸脱水素活性が、カリウムイオン濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、80%以上である;
(a5)ナトリウムイオン濃度が50mMであるときの亜リン酸脱水素活性が、ナトリウムイオン濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、80%以上である;
(a6)メタノール濃度が30体積%であるときの亜リン酸脱水素活性が、メタノール濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、100%以上である;
(a7)N,N-ジメチルホルムアミド濃度が30体積%であるときの亜リン酸脱水素活性が、N,N-ジメチルホルムアミド濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、100%以上である;
(a8)エタノール濃度が20体積%であるときの亜リン酸脱水素活性が、エタノール濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、150%以上である。
<2>
下記(b1)~(b7)のいずれかのタンパク質である、亜リン酸デヒドロゲナーゼ:
(b1)配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b2)配列番号1のアミノ酸配列において1または複数個のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、亜リン酸脱水素活性を有しているタンパク質;
(b3)配列番号1のアミノ酸配列に対する配列同一性が90%以上であり、かつ亜リン酸脱水素活性を有しているタンパク質;
(b4)配列番号2の塩基配列にコードされているアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b5)配列番号2の塩基配列において1または複数個の塩基が欠失、置換または付加された塩基配列にコードされているアミノ酸配列からなり、かつ、亜リン酸脱水素活性を有しているタンパク質;
(b6)配列番号2の塩基配列に対する配列同一性が90%以上である塩基配列にコードされているアミノ酸配列からなり、かつ、亜リン酸脱水素活性を有しているタンパク質;
(b7)配列番号2の塩基配列に相補的な塩基配列に対してストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列にコードされているアミノ酸配列からなり、かつ、亜リン酸脱水素活性を有しているタンパク質。
<3>
<1>または<2>に記載の亜リン酸デヒドロゲナーゼと、
NADおよびNADPからなる群より選択される1つ以上と、
を備えている、酵素製剤。
<4>
<1>または<2>に記載の亜リン酸デヒドロゲナーゼと、
NADまたはNADPと、
を含んでいる、複合体。
<5>
<1>または<2>に記載の亜リン酸デヒドロゲナーゼによって、NADおよびNADPからなる群より選択される1つ以上を還元する工程を有する、
NADHおよびNADPHからなる群より選択される1つ以上の製造方法。
<6>
イオンおよび/または有機溶媒の存在下において、<1>または<2>に記載の亜リン酸デヒドロゲナーゼにより基質を酸化する工程を有する、
酵素反応方法。
<7>
<1>または<2>に記載の亜リン酸デヒドロゲナーゼと、有機溶媒とを共存させる工程を有する、
上記亜リン酸デヒドロゲナーゼの活性を向上させる方法。
<8>
<1>または<2>に記載の亜リン酸デヒドロゲナーゼと、NADおよびNADPからなる群より選択される1つ以上とを共存させる工程を有する、
上記亜リン酸デヒドロゲナーゼの耐熱性を向上させる方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一態様によれば、イオンまたは有機溶媒の存在下において充分に高い活性を有している、新規な亜リン酸デヒドロゲナーゼが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼ(CtPtxD)の生化学的特性を表す図である。Aは、至適pHを表す。Bは、pH安定性を表す。Cは、至適温度を表す。Dは、耐熱性を表す。
【
図2】イオンの存在下における、CtPtxDの活性を表すグラフである。
【
図3】イオンの存在下における、CtPtxDの活性を表すグラフである。
図2よりも高濃度の領域を検討している。
【
図4】有機溶媒の存在下における、CtPtxDの活性を表すグラフである。
【
図5】CtPtxDとNADもしくはNADPとの複合体化により、有機溶媒耐性が向上することを表すグラフである。
【
図6】CtPtxDを利用することにより、アンモニウムイオン存在下におけるトリメチルピルビン酸からL-tertロイシンへの変換率が向上することを表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の一実施形態について、以下に説明する。ただし、本発明は、以下に説明する各構成に限定されない。本発明は、特許請求の範囲に示した範囲で種々に変更できる。本発明の技術的範囲は、本明細書に開示されている複数の技術的手段を適宜組合せて得られる実施形態または実施例にも及ぶ。このとき、複数の技術的手段は、複数の実施形態または実施例にわたって開示されていてもよい。
【0011】
本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上、B以下」を意図する。
【0012】
〔1.新規な亜リン酸デヒドロゲナーゼ〕
[1.1.亜リン酸デヒドロゲナーゼの特徴]
本発明者らは、海洋性シアノバクテリアの一種であるCyanothece sp. ATCC 51142のゲノムから、亜リン酸デヒドロゲナーゼのホモログと見られる塩基配列を特定し、この塩基配列にコードされているタンパク質(CtPtxD)が実際に亜リン酸脱水素活性を有していることを突き止めた。興味深いことに、CtPtxDは、イオンまたは有機溶媒に対する耐性が、従来知られていた亜リン酸デヒドロゲナーゼよりも顕著に高かった。
【0013】
それゆえ、本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼは、イオン濃度または有機溶媒濃度が高い条件下においても、亜リン酸脱水素活性が維持される亜リン酸デヒドロゲナーゼとして特定できる。具体的に、本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼは、下記(a1)~(a8)のうち1つ以上の条件を満たしている。好ましくは、本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼは、下記(a1)~(a8)のうち2つ以上、3つ以上、4つ以上、5つ以上、6つ以上、7つ以上または8つ全ての条件を満たしている。
【0014】
(a1)カルシウムイオン濃度が50mMであるときの亜リン酸脱水素活性が、カルシウムイオン濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、80%以上である;
(a2)アンモニウムイオン濃度が50mMであるときの亜リン酸脱水素活性が、アンモニウムイオン濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、80%以上である;
(a3)マグネシウムイオン濃度が50mMであるときの亜リン酸脱水素活性が、マグネシウムイオン濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、80%以上である;
(a4)カリウムイオン濃度が50mMであるときの亜リン酸脱水素活性が、カリウムイオン濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、80%以上である;
(a5)ナトリウムイオン濃度が50mMであるときの亜リン酸脱水素活性が、ナトリウムイオン濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、80%以上である;
(a6)メタノール濃度が30体積%であるときの亜リン酸脱水素活性が、メタノール濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、100%以上である;
(a7)N,N-ジメチルホルムアミド濃度が30体積%であるときの亜リン酸脱水素活性が、N,N-ジメチルホルムアミド濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、100%以上である;
(a8)エタノール濃度が20体積%であるときの亜リン酸脱水素活性が、エタノール濃度が0mMであるときの亜リン酸脱水素活性と比較して、150%以上である。
【0015】
(a1)~(a5)に関して、好ましくは、上述の活性の比率は、85%以上または90%以上である。(a6)および(a7)に関して、好ましくは、上述の活性の比率は、120%以上または150%以上である。(a8)に関して、好ましくは、上述の活性の比率は、160%以上である。
【0016】
本明細書において、亜リン酸脱水素活性とは、亜リン酸を酸化してリン酸に変換する活性を表す。亜リン酸デヒドロゲナーゼは、補酵素(NADまたはNADP)とともに作用することが知られている。したがって、亜リン酸デヒドロゲナーゼにより触媒される反応では、亜リン酸からリン酸が生じるとともに、NAD(またはNADP)からNADH(またはNADPH)が生じる。そのため、本明細書においては、NADHまたはNADPHの生成を測定することにより、亜リン酸脱水素活性を測定する。
【0017】
亜リン酸脱水素活性の測定方法は、下記の通りである。より具体的な方法に関しては、本願実施例を参照。
1. 反応液を用意する。反応液の組成は、20mMのMOPS(モルホリノプロパンスルホン酸)-KOH(pH7.3)、0.5mMのNADもしくはNADP、ならびに1mMの亜リン酸とする(いずれも酵素を加えた後の終濃度)。
2. 亜リン酸デヒドロゲナーゼを反応液に加えて、反応を開始させる。亜リン酸デヒドロゲナーゼの終濃度は、2.0μg/mLとする。
3. 37℃にてインキュベートしながら、340nmの波長における吸光度の上昇量を測定する。これにより、単位時間あたりのNADHまたはNADPHの生成量を算出する。340nmの波長におけるNADHおよびNADPHのモル吸光係数は、6.3×103L/mol/cmとする。
4. 1分間に1μmolのNADHまたはNADPHが生成される活性を、1ユニットと定義する。測定されたユニットを使用したタンパク質の質量で除した値を、亜リン酸脱水活性とする。
【0018】
本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼは、ナトリウムイオン、カリウムイオンおよびアンモニウムイオンに関して、高イオン濃度条件における活性を良好に維持することが判明している(実施例4を参照)。一実施形態において、亜リン酸デヒドロゲナーゼは、(a2)、(a4)および(a5)からなる群より選択される条件のうち、1つ以上、2つ以上または3つ全てを満たしている。
【0019】
一実施形態において、塩化ナトリウムに対する亜リン酸デヒドロゲナーゼの阻害定数(Ki)は、500mM以上、600mM以上、700mM以上または800mM以上であってもよい。一実施形態において、塩化カリウムに対する亜リン酸デヒドロゲナーゼの阻害定数(Ki)は、500mM以上、600mM以上、700mM以上、800mM以上、900mM以上または1000mM以上であってもよい。一実施形態において、塩化アンモニウムに対する亜リン酸デヒドロゲナーゼの阻害定数(Ki)は、500mM以上、600mM以上または700mM以上であってもよい。阻害定数(Ki)とは、ある塩の濃度が0であるときの亜リン酸脱水素活性を100%とすると、亜リン酸脱水素活性が50%になるときの当該塩の濃度である。
【0020】
本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼは、メタノール、N,N-ジメチルホルムアミドおよびエタノールに関して、これらの有機溶媒の存在下では活性が向上することが判明している(実施例5を参照)。一実施形態において、亜リン酸デヒドロゲナーゼは、(a6)、(a7)および(a8)からなる群より選択される条件のうち、1つ以上、2つ以上または3つ全てを満たしている。
【0021】
また、本発明者らは、Cyanothece sp. ATCC 51142由来の亜リン酸デアミナーゼ(CtPtxD)について、アミノ酸配列および塩基配列を特定している。それゆえ、本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼは、特定のアミノ酸配列を有しているタンパク質およびそのバリアントとして特定できる。具体的に、本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼは、下記(b1)~(b7)のいずれかのタンパク質である。
【0022】
(b1)配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b2)配列番号1のアミノ酸配列において1または複数個のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、亜リン酸脱水素活性を有しているタンパク質;
(b3)配列番号1のアミノ酸配列に対する配列同一性が90%以上であり、かつ亜リン酸脱水素活性を有しているタンパク質;
(b4)配列番号2の塩基配列にコードされているアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b5)配列番号2の塩基配列において1または複数個の塩基が欠失、置換または付加された塩基配列にコードされているアミノ酸配列からなり、かつ、亜リン酸脱水素活性を有しているタンパク質;
(b6)配列番号2の塩基配列に対する配列同一性が90%以上である塩基配列にコードされているアミノ酸配列からなり、かつ、亜リン酸脱水素活性を有しているタンパク質;
(b7)配列番号2の塩基配列に相補的な塩基配列に対してストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列にコードされているアミノ酸配列からなり、かつ、亜リン酸脱水素活性を有しているタンパク質。
【0023】
(b2)に関して、「複数のアミノ酸」とは、例えば、30個以下、25個以下、20個以下、19個以下、18個以下、17個以下、16個以下、15個以下、14個以下、13個以下、12個以下、11個以下、10個以下、9個以下、8個以下、7個以下、6個以下、5個以下、4個以下、3個以下または2個以下のアミノ酸である。
【0024】
(b3)に関して、「配列同一性」とは、同一のアミノ酸数の割合を表す。配列同一性は、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上または99%以上であってもよい。アミノ酸配列の配列同一性は、BLASTXを利用して決定する。BLASTXによってアミノ酸配列を解析する際のパラメーターは、例えば、score=50, wordlength=3を採用できる。これらの解析方法の具体的な手法は周知である。比較対象となるアミノ酸配列を最適な状態にアラインメントするために、ギャップを許容してもよい。
【0025】
(b5)に関して、「複数の塩基」とは、例えば、90個以下、80個以下、70個以下、60個以下、50個以下、40個以下、30個以下、20個以下、15個以下、14個以下、13個以下、12個以下、11個以下、10個以下、9個以下、8個以下、7個以下、6個以下、5個以下、4個以下、3個以下または2個以下の塩基である。
【0026】
(b6)に関して、「配列同一性」とは、同一の塩基数の割合を表す。配列同一性は、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上または99%以上であってもよい。塩基配列の配列同一性は、BLASTNを利用して決定するBLASTNによって塩基配列を解析する際のパラメーターは、例えば、score=100, wordlength=12を採用できる。これらの解析方法の具体的な手法は周知である。比較対象となる塩基配列を最適な状態にアラインメントするために、ギャップを許容してもよい。
【0027】
(b7)に関して、「ストリンジェントな条件でハイブリダイズする」とは、6×SSCの塩濃度のハイブリダイゼーション溶液中、50~60℃にて16時間ハイブリダイゼーションを行い、0.1×SSCの塩濃度の溶液中で洗浄した後に、ハイブリダイズする条件を言う。ここで、1×SSCの組成は、塩化ナトリウム:150mM、クエン酸ナトリウム:15mMである。
【0028】
(b2)、(b3)、(b5)~(b7)に関して、「亜リン酸脱水素活性を有している」とは、亜リン酸をリン酸に変換する活性があることを表す。一実施形態においては、亜リン酸デヒドロゲナーゼの質量あたりの活性が、0.1U/mg以上、1.0U/mg以上または10U/mg以上であることを、「亜リン酸脱水素活性を有している」と称する。亜リン酸脱水素活性の測定方法は、上述した通り、NADまたはNADHの生成量を介して測定する。1Uとは、1分間に1μmolのNADHまたはNADPHが生成される活性である。
【0029】
一実施形態において、亜リン酸デヒドロゲナーゼは、Cyanothece属生物に由来する。Cyanothece属生物の例としては、Cyanothece sp. PCC7424、Cyanothece sp. PCC7822、Cyanothece sp. ATCC 51142、Cyanothece sp. PCC8801、Cyanothece sp. PCC8802、Cyanothece sp. BG0011が挙げられる。一実施形態において、亜リン酸デヒドロゲナーゼは、Cyanothece sp. ATCC 51142に由来する。本明細書において、「ある生物に由来する」とは、起源が当該生物に由来することを表している。アミノ酸配列などの生物学的特徴が同じであるならば、当該生物とは異なる他の生物によって産生される組換えタンパク質も、「ある生物に由来する」の条件を満たしている。
【0030】
一実施形態において、亜リン酸デヒドロゲナーゼは、天然には存在しない改変タンパク質である。改変タンパク質は、上述の亜リン酸デヒドロゲナーゼと他のタンパク質との融合タンパク質であってもよい。
【0031】
本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼのアミノ酸長の上限は、400アミノ酸以下、390アミノ酸以下、380アミノ酸以下、370アミノ酸以下、360アミノ酸以下または350アミノ酸以下でありうる。本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼのアミノ酸長の下限は、260アミノ酸以上、270アミノ酸以上、280アミノ酸以上、290アミノ酸以上、300アミノ酸以上または310アミノ酸以上でありうる。
【0032】
本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼの至適pHは、pH8.0~10.0またはpH8.5~9.5の範囲にあってもよい。本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼの至適温度は、30~50℃または35~45℃の範囲にあってもよい。
【0033】
[1.2.亜リン酸デヒドロゲナーゼと補酵素との組合せ]
本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼは、水素受容体である補酵素とともに作用する。したがって、亜リン酸デヒドロゲナーゼと補酵素との組合せは、亜リン酸デヒドロゲナーゼを利用するに当たって有用である。ここで、補酵素とは、NADおよびNADPからなる群より選択される1つ以上である。
【0034】
本発明の一実施形態に係る酵素製剤は、上述した亜リン酸デヒドロゲナーゼと、NADおよびNADPからなる群より選択される1つ以上と、を備えている。酵素製剤は、さらなる要素として、亜リン酸を備えていてもよい。酵素製剤に備わっている各要素は、同じ容器の中で混合されていてもよいし、異なる容器に別々に収容されていてもよい。
【0035】
本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼは、補酵素と共存させると、耐熱性が向上したり(実施例3Dを参照)、有機溶媒への曝露に対する耐性が向上したり(実施例5を参照)することが判明している。これは、亜リン酸デヒドロゲナーゼと補酵素とが複合体化することにより、亜リン酸デヒドロゲナーゼの構造が安定するためだと推定されている。
【0036】
本発明の一実施形態に係る複合体は、上述の亜リン酸デヒドロゲナーゼと、NADまたはNADPと、を含んでいる。この複合体は、複合体を形成しない亜リン酸デヒドロゲナーゼと比較して、耐熱性および/または有機溶媒耐性の向上が見られる場合がある。複合体に含まれている亜リン酸デヒドロゲナーゼと補酵素との個数の比率は、特に限定されない。亜リン酸デヒドロゲナーゼおよび補酵素が1個ずつ含まれている複合体であってもよいし、いずれか一方が2個以上含まれている複合体であってもよい。
【0037】
〔2.亜リン酸デヒドロゲナーゼの利用〕
[2.1.還元型補酵素の製造]
本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼは、亜リン酸を酸化してリン酸に変換する。それと同時に、補酵素(NADまたはNADP)を還元して還元型補酵素(NADHまたはNADPH)に変換する。還元型補酵素は、生化学反応において非常に重要な物質であるが、購入すると高価である。それゆえ、補酵素の還元反応を利用して還元型補酵素を製造する方法は、本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼの有用な利用方法の一つである。
【0038】
本発明の一実施形態に係る還元型補酵素の製造方法は、上述の亜リン酸デヒドロゲナーゼによって、補酵素を還元する工程を有する。還元される補酵素とは、NADおよびNADPからなる群より選択される1つ以上である。得られる還元型補酵素とは、NADHおよびNADPHからなる群より選択される1つ以上である。
【0039】
[2.2.イオンおよび/または有機溶媒存在下における高活性]
本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼは、従来知られている亜リン酸デヒドロゲナーゼとは異なり、イオンおよび/または有機溶媒の存在下においても、亜リン酸脱水素活性を維持できる。そのため、イオンおよび/または有機溶媒が存在する反応系においても、例えば補酵素再生系を担う酵素として利用できる。化学反応の中には、イオンの存在下で進行するものがある。また、有機溶媒の存在下では、基質の溶解性が向上して有利となる化学反応もある。それゆえ、イオンおよび/または有機溶媒の存在下における化学反応への利用は、本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼの有用な利用方法の一つである。
【0040】
本発明の一実施形態に係る酵素反応方法は、イオンおよび/または有機溶媒の存在下において、上述の亜リン酸デヒドロゲナーゼにより基質を酸化する工程を有する。通常、基質は亜リン酸である。この方法は、イオンおよび/または有機溶媒の存在下において、上述の亜リン酸デヒドロゲナーゼにより補酵素を還元する工程を有してもよい。還元される補酵素とは、NADおよびNADPからなる群より選択される1つ以上である。
【0041】
[2.3.有機溶媒存在下における活性向上]
本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼは、有機溶媒の存在下において、亜リン酸脱水素活性が向上することが判明している(実施例5を参照)。つまり、有機溶媒と共存させることにより、本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼが触媒する反応を促進できる。この点においても、有機溶媒の存在下における化学反応への利用は、本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼの有用な利用方法の一つである。
【0042】
本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼの活性を向上させる方法は、上述の亜リン酸デヒドロゲナーゼと、有機溶媒とを共存させる工程を有する。亜リン酸デヒドロゲナーゼの活性とは、亜リン酸脱水素活性および補酵素還元活性からなる群より選択される1つ以上である。通常、基質は亜リン酸である。還元される補酵素とは、NADおよびNADPからなる群より選択される1つ以上である。
【0043】
有機溶媒の存在下における亜リン酸デヒドロゲナーゼの活性は、有機溶媒の非存在下における活性を100%とすると、120%以上、130%以上、140%以上または150%以上であってもよい。
【0044】
[2.4.補酵素との共存による耐熱性向上]
本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼは、補酵素との共存化において、耐熱性が向上することが判明している(実施例3Dを参照)。それゆえ、亜リン酸デヒドロゲナーゼと補酵素と共存させることは、本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼの有用な利用方法の一つである。
【0045】
本発明の一実施形態に係る亜リン酸デヒドロゲナーゼの耐熱性を向上させる方法は、上述の亜リン酸デヒドロゲナーゼと補酵素とを共存させる工程を有する。補酵素とは、NADおよびNADPからなる群より選択される1つ以上である。一実施形態において、亜リン酸デヒドロゲナーゼと補酵素とは、複合体を形成している。一実施形態において、亜リン酸デヒドロゲナーゼと補酵素との共存系は、溶液系である。
【0046】
耐熱性が向上するとは、例えば、高温環境下に一定時間曝露された後の残存活性が維持されることである。亜リン酸デヒドロゲナーゼと補酵素とを共存させた状態で、45℃にて60分間静置した後の残存活性は、熱処理前の活性を100%とすると、50%以上、60%以上、70%以上または80%以上であってもよい。
【0047】
[2.5.その他]
上述のいずれかの実施形態において、イオンは、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオンおよびアンモニウムイオンからなる群より選択される1種類以上である。イオンの濃度の下限は、例えば、50mM以上、60mM以上、70mM以上、80mM以上、90mM以上、100mM以上、110mM以上、120mM以上、130mM以上、140mM以上または150mM以上であってもよい。イオンの濃度の上限は、例えば、1200mM以下、1000mM以下、800mM以下、600mM以下、400mM以下または200mM以下であってもよい。
【0048】
上述のいずれかの実施形態において、有機溶媒は、メタノール、エタノールおよびN,N-ジメチルホルムアミドからなる群より選択される1種類以上である。有機溶媒の濃度の下限は、例えば、5体積%以上、10体積%以上、15体積%以上または20体積%以上であってもよい。有機溶媒の濃度の上限は、例えば、40体積%以下、35体積%以下、30体積%以下または25体積%以下であってもよい。
【実施例0049】
〔実施例1:CtPtxD遺伝子の単離およびクローニング〕
Ralstonia sp. 4506株由来の亜リン酸デヒドロゲナーゼ(RsPtxD)のアミノ酸配列をクエリ配列として、BLASTプログラムにより、亜リン酸デヒドロゲナーゼホモログを有している細菌種を検索した。その結果、Cyanothece sp. ATCC 51142のゲノムの中に、ホモログと見られるタンパク質(CtPtxD)をコードしている遺伝子を見出した。RsPtxDとCtPtxDとのアミノ酸相同性は、約59.8%であった。
【0050】
微生物株保存機関(ATCC)から、Cyanothece sp. ATCC 51142のゲノムDNAを入手した。プライマーA(5'-GGCCGCATATGAATCAAAAACCTAAAGTTG-3':配列番号3)およびプライマーB(5'-TTATTCTCGAGTACGATACCATTTACAGCAC-3':配列番号4)を用いて、ゲノムDNAをPCRで増幅した。このようにして、CtPtxD遺伝子を得た。得られた遺伝子を、大腸菌発現用ベクターpET-21b(Novagen)に挿入した。挿入位置は、制限酵素サイトであるNdeIとXhoIとの間とした。
【0051】
RsPtxDの発現プラスミドは、先行研究(非特許文献1)において作製されたものを用いた。
【0052】
〔実施例2:組換え亜リン酸デヒドロゲナーゼの発現および精製〕
下記の手順により、CtPtxDおよびRsPtxDの組換えタンパク質を得た。
1. CtPtxDまたはRsPtxDの発現プラスミドを用いて、大腸菌Rosetta 2 (DE3) pLysS株(Novagen)を形質転換した。
2. 得られた形質転換株を、1%グルコースを添加した2×YT培地に植菌して、37℃にて一晩培養した。2×YT培地には、50μg/mLカルベニシリンおよび30μg/mLクロラムフェニコールを含有させた(以下同じ)。
3. 形質転換株を、100mLの新鮮な2×YT培地に1%植菌した。
4. 菌体濁度(OD600)が0.5になるまで、37℃にて形質転換株を培養した。
5. 終濃度が0.2mMになるように、培地にIPTGを加えた。これにより、亜リン酸デヒドロゲナーゼの発現を誘導した。
6. 28℃にて6時間、培養を継続した。
7. 遠心分離によって菌体を回収した。
8. 10mLの破砕バッファー(50mMのTris-HCl(pH7.5)および50mMのNaCl)に菌体を懸濁させた。次に、超音波処理によって菌体を破砕した。
9. 20,000×gにて30分間、菌体破砕液を遠心分離した。
10. 得られた上清を、HisTrap HP(GE Healthcare)を用いて精製した。
11. 結合バッファー(20mMのTris-HCl(pH7.4)、50mMのNaCl、20%のグリセロールおよび20mMのイミダゾール)でカラムを平衡化させた。
12. フィルター濾過した菌体破砕液をカラムにアプライし、結合バッファーで洗浄した。
13. 溶出バッファー(20mMのTris-HCl(pH7.4)、50mMのNaCl、20%のグリセロールおよび500mMのイミダゾール)をカラムに通して、カラム内にイミダゾールの濃度勾配を形成させた。これにより、亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質を溶出させた。
14. 得られた精製標品および各精製段階におけるフラクションをSDS-PAGEに供し、精製度を評価した。
【0053】
〔実施例3:CtPtxDの生化学的性質〕
以降の実施例において、亜リン酸デヒドロゲナーゼの亜リン酸脱水素活性は下記の手順で測定した。ただし、別途記載のある場合は当該記載の条件が優先される。
1. 998μLの反応液を、37℃にて5分間、プレインキュベートした。反応液の組成は、20mMのMOPS(モルホリノプロパンスルホン酸)-KOH(pH7.3)、0.5mMのNADもしくはNADP、ならびに1mMの亜リン酸であった(いずれも酵素を加えた後の終濃度)。
2. 2μLの酵素溶液(1mg/mL)を反応液に加えて、反応を開始させた。
3. 37℃にてインキュベートしながら、340nmの波長における吸光度の上昇量を測定した。これにより、単位時間あたりのNADHまたはNADPHの生成量を算出した。340nmの波長におけるNADHおよびNADPHのモル吸光係数は、6.3×103L/mol/cmとした。
4. 1分間に1μmolのNADHまたはNADPHが生成される活性を、1ユニットと定義した。測定されたユニットを使用したタンパク質の質量で除した値を、活性とした。
【0054】
[実施例3A:至適pH]
以下の4種類のバッファーを利用して、異なるpHにおけるCtPtxDの比活性を測定し、至適pHを検討した。
・2-モルホリノエタンスルホン酸(MES):pH6.0~7.0
・モルホリノプロパンスルホン酸(MOPS):pH7.0~8.0
・Tris-HCl:pH8.0~9.0
・N-シクロヘキシル-2-アミノエタンスルホン酸(CHES):pH9.0~10.0
【0055】
反応液の組成は、20mMの各バッファー、0.5mMのNAD、1.0mMの亜リン酸、2.0μg/mLのCtPtxDであった。1.0mLの反応液を調製した。37℃にて30分間反応させ、経時的なNADHの生成量を、340nmにおける吸光度によりモニターした。
【0056】
結果を
図1のAに示す。同図において、黒四角はMES、白四角はMOPS、黒丸はTris、白丸はCHESにおける測定結果を表す。同図から、CtPtxDの至適pHはpH9.0程度であることが分かる。
【0057】
[実施例3B:pH安定性]
実施例3Aで使用した各バッファー中において、25℃にて1時間、CtPtxDをインキュベートした。インキュベート後におけるCtPtxDの残存活性を測定した。
【0058】
結果を
図1のBに示す。同図において、黒四角はMES、白四角はMOPS、黒丸はTris、白丸はCHESにおける結果を表す。同図から、少なくともpH6.0~10.0の範囲において、CtPtxDはpHに対して安定であることが分かる。
【0059】
[実施例3C:至適温度]
異なる温度におけるCtPtxDの比活性を測定し、至適温度を検討した。
【0060】
反応液の組成は、20mMのMOPS-KOH(pH7.3)、0.5mMのNAD、1.0mMの亜リン酸、2.0μg/mLのCtPtxDまたはRsPtxDであった。1.0mLの反応液を調製した。30℃、40℃、50℃または60℃にて30分間反応させ、経時的なNADHの生成量を、340nmにおける吸光度によりモニターした。
【0061】
結果を
図1のCに示す。同図において、黒四角はCtPtxD、黒丸はRsPtxDの結果を表す。同図から、CtPtxDの至適温度は40℃程度であり、RsPtxDよりは至適温度が低いことが分かる。
【0062】
[実施例3D:補酵素との結合による耐熱性の向上]
NADまたはNADPとの複合体化により、CtPtxDの耐熱性がどのように変化するかを検討した。具体的な手順は下記の通りである。
1. 0.2mg/mLのCtPtxDと、0.5mMのNADまたはNADPとを、50mMのMOPS-KOH(pH7.3)中で混合した。
2. 得られた溶液を、氷上にて5分間静置した。
3. 溶液を45℃にてインキュベートした。インキュベート開始から30分後、60分後、120分後または240分後において、10mLのサンプルを採取した。
4. 反応液にサンプルを加えて、残存活性を測定した。反応液の組成は、20mMのMOPS-KOH(pH7.3)、0.5mMのNAD、1.0mMの亜リン酸であった。1.0mLの反応液を調製した。37℃にて30分間反応させ、経時的なNADHの生成量を、340nmにおける吸光度によりモニターした。
【0063】
結果を
図1のDに示す。同図において、黒丸はNADと複合体化させてインキュベートした条件、黒四角はNADPと複合体化させてインキュベートした条件、黒三角は複合体化させずにインキュベートした条件における結果を表す。同図から、NADまたはNADPと複合体化させることにより、CtPtxDの耐熱性が向上することが分かる。その程度は、NADとの複合体化による耐熱性の向上の方が、NADPとの複合体化による耐熱性の向上よりも高い。
【0064】
〔実施例4:イオン存在下における活性〕
イオン存在下におけるCtPtxDの活性を測定し、イオンに対する耐性を評価した。具体的な手順は下記の通りである。
1. 反応液を用意した。反応液の組成は、20mMのMOPS-KOH(pH7.3)、0.5mMのNAD、1mMの亜リン酸、および2.0μg/mLのCtPtxDまたはRsPtxDであった。
2. 1mLの反応溶液に、CaCl2、NH4Cl、MgCl2・2H2O、KClまたはNaClを加えた。添加量は、それぞれの化合物の終濃度が、0mM、4mM、10mM、20mM、50mM、100mMまたは200mMとなる量とした。
3. 反応を開始させ、亜リン酸脱水素活性を測定した。
【0065】
結果を
図2に示す。同図から分かるように、CtPtxDは、少なくとも100mMまでは、いずれのイオンの存在下でも活性がほとんど低下しなかった。特に、アンモニウムイオン、カリウムイオンまたはナトリウムイオンの存在下では、200mMに達しても活性はほとんど低下しなかった。これに対し、RsPtxDは、イオン濃度依存的に活性が低下し、100mMにおける比活性は、最大でも60%を割込んでいた。
【0066】
特に高い耐性を見せたアンモニウムイオン、カリウムイオンおよびナトリウムイオンについて、さらに高濃度の領域における耐性を検討した。結果を
図3に示す。同図から分かるように、イオン濃度に依存するCtPtxDの活性の低下は、RsPtxDよりも遥かに緩やかであった。同図において、阻害定数K
iとは、酵素活性が50%阻害される濃度である。また、右上パネルのPsePtxDとは、Pseudomonas stutzeri WM88に由来する亜リン酸デヒドロゲナーゼで、一群の酵素の中で最初に発見されたものである。この酵素も、やはり、イオン濃度が上昇すると速やかに活性が低下することが報告されている。
【0067】
〔実施例5:有機溶媒存在下における活性〕
有機溶媒存在下におけるCtPtxDの活性を測定し、有機溶媒に対する耐性を評価した。具体的な手順は下記の通りである。
1. 反応液を用意した。反応液の組成は、20mMのMOPS-KOH(pH7.3)、0.5mMのNAD、1mMの亜リン酸、および2.0μg/mLのCtPtxDまたはRsPtxDであった。
2. 1mLの反応溶液に、メタノール、N,N-ジメチルホルムアミドまたはメタノールを加えた。添加量は、それぞれの有機溶媒の終濃度が、0体積%、10体積%、20体積%、30体積%、40体積%または50体積%となる量とした。
3. 反応を開始させ、亜リン酸脱水素活性を測定した。
【0068】
NADまたはNADPとの複合体化により、CtPtxDの有機溶媒耐性がどのように変化するかを検討した。具体的な手順は下記の通りである。
1. 0.2mg/mLのCtPtxDまたはRsPtxDと、0.5mMのNADまたはNADPとを、50mMのMOPS-KOH(pH7.3)中で混合した。
2. 得られた溶液を、氷上にて5分間静置した。
3. エタノール、N,N-ジメチルホルムアミドまたはメタノールを溶液に加えた。添加量は、それぞれの有機溶媒の終濃度が0体積%、10体積%、20体積%、30体積%、40体積%または50体積%となる量とした。
4. 溶液を25℃にて6時間インキュベートした。このようにして、有機溶媒に曝露したサンプルを得た。
5. 反応液にサンプルを加えて、残存活性を測定した。
【0069】
有機溶媒中における活性を
図4に示す。同図から分かるように、CtPtxDは、メタノールおよびN,N-ジメチルホルムアミドの場合は30体積%まで、エタノールの場合20体積%まで、活性が低下しなかった。むしろ、これらの濃度領域では、活性の向上が見られた。これに対し、RsPtxDでは、有機溶媒の存在下における活性の向上は見られなかった。
【0070】
有機溶媒に曝露した後の残存活性を
図5に示す。同図から分かるように、CtPtxDでは、NADと複合体化することにより残存活性の向上が見られた。したがって、CtPtxDとNADとが複合体化することにより、有機溶媒の曝露に対する安定性が向上すると考えられる。N,N-ジメチルホルムアミドにおいては、CtPtxDとNADPとの複合体化による残存活性の向上も見られた。このような残存活性の向上効果は、CtPtxDにおいて顕著であり、特に矢印で示す濃度では、CtPtxDの残存活性とRsPtxDの残存活性との間に大きな違いが見られた。
【0071】
〔実施例6:補酵素再生系としての利用可能性〕
CtPtxDによるNADまたはNADPの再生が、具体的な有用物の生産に応用できることを実証した。具体的には、トリメチルピルビン酸を還元アミノ化してL-tertロイシンを生じる反応において、CtPtxDをNADH再生系として利用した。生成物であるL-tertロイシンは、医薬、化粧品、食品添加物などの製造における重要な中間体である。この反応は、ロイシンデヒドロゲナーゼにより触媒され、NADHおよびアンモニウムイオンの存在下で進行する。したがって、NADの再生を同じ系内で進めようとすると、アンモニウムイオンの存在下でNADをNADHに変換する必要がある。反応系の全体像は、下図の通りである。
【0072】
【0073】
下記の手順により、高濃度のアンモニウムイオンの存在下において、CtPtxDの補酵素再生系としての有効性を検討した。
1. 20mMのTris-HCl(pH8.0)、500mMのNH3、20mMの亜リン酸、8mMのトリメチルピルビン酸、0.1mMのNAD、1.0Uのロイシンデヒドロゲナーゼおよび0.05UのCtPtxDまたはRsPtxDを混合し、反応を進めた。反応容量は、0.2mLであった。反応温度は、37℃であった。
2. 反応開始0分後から210分後まで、30分ごとに25mLの反応溶液をサンプリングした。
3. サンプル液を、1MのNaHCO3溶液(10mL)と混合した。さらに、37.6mMの2,4-ジニトロフルオロベンゼン(40mL)と混合し、40℃にて90分間反応させた。これにより、L-tertロイシンを誘導体化した。
4. 1NのHCl(10mL)を加えて、誘導体化反応を停止させた。
5. 逆相カラム(ODS-80TM, Tosoh, Tokyo, Japan)により、誘導体化したL-tertロイシンを分離した。次に、UV検出機を装着したHPLC(JASCO)により、誘導体化したL-tertロイシンを検出した。移動相は、0.095%トリフルオロ酢酸を用いた。溶離液には、80%アセトニトリルおよび0.1%トリフルオロ酢酸を用いた。溶離液による勾配形成により、誘導体化したL-Tleを分離させた。
【0074】
結果を
図6に示す。同図では、仕込んだトリメチルピルビン酸に対する生成したL-tertロイシンの割合を変換率として表している。黒丸はCtPtxD、白丸はRsPtxDの結果を表す。
図6から分かるように、CtPtxDを用いた反応系の方がL-tertロイシンへの変換率が高かった。この結果から、CtPtxDは、高濃度のイオンの存在下においても、上首尾に補酵素再生系として機能しうることが分かった。