(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024117109
(43)【公開日】2024-08-29
(54)【発明の名称】単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01G 31/02 20060101AFI20240822BHJP
C01G 41/00 20060101ALI20240822BHJP
【FI】
C01G31/02
C01G41/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023023010
(22)【出願日】2023-02-17
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100199691
【弁理士】
【氏名又は名称】吉水 純子
(74)【代理人】
【識別番号】100140198
【弁理士】
【氏名又は名称】江藤 保子
(74)【代理人】
【識別番号】100127513
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 悟
(74)【代理人】
【氏名又は名称】奥井 正樹
(74)【代理人】
【識別番号】100206829
【弁理士】
【氏名又は名称】相田 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100145089
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 恭子
(72)【発明者】
【氏名】岡田 昌久
【テーマコード(参考)】
4G048
【Fターム(参考)】
4G048AA02
4G048AA03
4G048AB02
4G048AC05
4G048AC08
4G048AD04
4G048AD06
4G048AE05
(57)【要約】
【課題】より簡便に、かつ、汎用のマイクロ波照射装置で設定可能な低い処理温度下でも、結晶性の高い単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子を製造することができる方法を提供する。
【解決手段】薄片状の二酸化バナジウム水和物を含有する原料液に、マイクロ波を照射して水熱反応させて、単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子を製造する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
薄片状の二酸化バナジウム水和物を含有する原料液に、マイクロ波を照射して水熱反応させる、単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子を製造する方法。
【請求項2】
前記薄片状の二酸化バナジウム水和物は、層状構造を有し、CuKα1線を用いた粉末X線回折(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて、2θ=6°~9°の間に最大ピークが現れる、請求項1に記載の単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子を製造する方法。
【請求項3】
前記水熱反応を、270℃以下の温度で1秒以上10時間以下保持して行う、請求項1又は2に記載の単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子を製造する方法。
【請求項4】
前記単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子は、平均粒径が10nm以上50nm以下、粒径の変動係数(粒径の標準偏差/平均粒径)が0.5以下であり、CuKα1線を用いた粉末X線回折(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて、2θ=27.8°±1.0°に現れるピークの強度(IA)と、2θ=37.0°±1.0°に現れるピークの強度(IB)との比(IA/IB)が1以上3以下である、請求項1に記載の単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子を製造する方法。
【請求項5】
前記薄片状の二酸化バナジウム水和物は、二酸化バナジウムの相転移温度を変化させる異種元素が添加されている、請求項1又は2に記載の単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウム粒子の製造方法。
【請求項6】
前記異種元素が、タングステン、モリブデン、ニオブ、タンタル、スズ、レニウム、イリジウム、オスミウム、ルテニウム、ゲルマニウム、クロム、鉄、ガリウム、アルミニウム、フッ素、チタン、ケイ素、マグネシウム、スカンジウム、及びリンからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素である、請求項5に記載の単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウム粒子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バナジウムの酸化物には、VO、VO2、V4O9、V2O3、V6O13、V3O7、V2O5など様々な酸化数のものが存在する。また、4価バナジウムの酸化物であるVO2には、A相、B相、D相、M相、R相などの様々な結晶相が存在する。
【0003】
これらのうち、単斜晶(モノクリニック)構造を有するM相のVO2(以下、「VO2(M)」と記載することがある。)は、価電子同士がクーロン斥力により互いに反発し合い、自由に動くことができない絶縁体状態にあるが、相転移温度(68℃)を境として可逆的な金属-絶縁体相転移を起こす。相転移温度以上になると、VO2は、構成元素のイオン半径が増加することで結晶構造に歪みが生じて正方晶系ルチル型構造を有するR相となり、電子が波動性を回復して金属状態となる。
【0004】
この金属-絶縁体相転移に起因して、VO2(M)は、近赤外光の透過率が、高温において低くなり、低温において高くなる、サーモクロミック特性を示す。
このことから、VO2(M)を用いて形成した透明性のフィルム又は膜を窓部材表面に設けることで、夏はジリジリとする太陽熱が入りにくく、冬はポカポカとした太陽熱を取り入れる、快適性と省エネ性とを両立した窓部材とすることができる。
【0005】
サーモクロミック特性に優れると共に、窓部材に要求される高い可視光透過性を実現するためには、VO2(M)粒子の小径化と高結晶品質化の両立が必須である。
こうしたVO2(M)粒子を得る方法として、「水熱反応」を用いた粒子合成が適していることが広く知られている。
ここで、「水熱反応」とは、温度100℃以上、圧力1気圧以上の熱水存在下で行われる化学合成処理(水熱処理)において起こる化学反応をいう。
【0006】
特許文献1には、5価バナジウム酸化物原料とヒドラジン等の還元剤との混合水溶液を用い、250℃~350℃、1時間~5日で水熱反応処理することにより、VO2(M)のナノ粒子を合成する技術が開示されている。
【0007】
非特許文献1には、5価ではなく4価のバナジウム化合物を含む溶液を用いてVO2(M)粒子を水熱合成する方法として、酸化硫酸バナジウム(VOSO4)を含む水溶液にヒドラジン一水和物を滴下混合した後、水酸化ナトリウム(NaOH)溶液を添加してpH値を7になるように調整して前駆溶液とせしめ、240℃で36時間の水熱反応をさせることで粒径の小さなVO2(M)ナノ粒子を作製すること、及び該ナノ粒子表面にシリカコートを行って保護層を形成し、600℃で20分間、窒素雰囲気中でのポストアニール処理を施す技術が開示されている。
【0008】
非特許文献2には、五酸化バナジウム(V2O5)をシュウ酸(H2C2O4)水溶液に加えてVO2+を生成し、水酸化ナトリウム(NaOH)溶液を加えてpH値を7になるように調製した後に、さらに適量のアンモニア(NH3・H2O)を加えて前駆溶液とせしめ、280℃で6~24時間水熱反応させると、まずシート状の(NH4)2V4O9が生成され、さらに水熱反応を続けることで該シート状の(NH4)2V4O9の分解により、VO2(M)ナノ粒子が得られることが開示されている。
【0009】
以上の文献には、水熱反応をオートクレーブ内で行うことが開示されている。一方、特許文献2には、オキシ水酸化バナジウム(VO(OH)2)を含有し、かつ室温での電気伝導率が10mS/cm以下である原料液に、2.45GHzのマイクロ波を照射して水熱反応させることで、粒径が小さく、粒径が均一で、高結晶のVO2(M)ナノ粒子を製造する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第5548479号公報
【特許文献2】特許第7145506号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】J. Zhu et al., “Vanadium Dioxide Nanoparticle-based Thermochromic Smart Coating: High Luminous Transmittance, Excellent Solar Regulation Efficiency, and Near Room Temperature Phase Transition”, ACS Appl. Mater. Interfaces, 2015, 7, p.27796-27803.
【非特許文献2】B. Dong et al., “Phase andMorphology Evolution of VO2 NanoparticlesUsing a Novel Hydrothermal System for Thermochromic Applications: The GrowthMechanism and Effect of Ammonium (NH4+)”, RSC Adv., 2016, 6, p.81559-81568.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
水熱反応により合成される粒子生成機構に関しては、マクロな実験結果より推察されることがほとんどであり、一般的には古くから「LaMerモデル」に基づく反応機構が考えられている。この反応機構によれば、溶質濃度が臨界過飽和域以上になると、核生成と核成長とがほぼ同時期に進行し(核生成期)、その後、溶質濃度が臨界過飽和度を下回ると核成長のみが進行する(成長期)ことで均一な粒径の微粒子が得られるとされている。しかし実際には、温度や溶質濃度の空間的不均一があるため、結晶多形や粒子サイズ不均一などがしばしば起こっている。
【0013】
前記特許文献1に記載の製造方法の場合、温度上昇に伴いヒドラジンが分解することで、5価バナジウム酸化物の還元反応が起こり、さらに臨界飽和濃度以上における核生成と核成長が進行していく。しかしながら、ヒドラジンの分解速度は速くないため、5価バナジウム酸化物の還元反応速度もゆっくりである。このため、核生成速度よりも核成長速度が相対的に大きくなり、生成する粒子の径が大きくなりがちである。さらに、オートクレーブによる通常の水熱合成では、前述した温度や溶質濃度の空間的不均一が起こりやすいため、生成したナノ粒子の粒径が不均一になりがちである。
【0014】
また、前記非特許文献1、2に記載の技術によれば、VO2(M)ナノ粒子の小径化及び高結晶品質化が実現できる。しかし、非特許文献1に記載の技術では、後処理として、粒子のシリカコート処理及びポストアニール処理が必須であるため、合成に手間と時間とを要することが問題となる。
非特許文献2に記載の技術では、シート状の前駆体である(NH4)2V4O9を得るための水熱反応には、適切な量のアンモニアを添加する工程が必須であるが、アンモニアの量が適量よりも多い場合にはVO2(M)ナノ粒子の結晶性が著しく損なわれるため、アンモニア添加量の最適条件を選定する必要があり、合成が複雑化する。
【0015】
これらの文献に記載のオートクレーブ加熱による水熱処理に対し、前記特許文献2に記載のマイクロ波加熱による水熱処理によれば、温度や溶質濃度の空間的均一性が高くなり、生成する粒子の小径化と粒径均一化とを同時に達成できる利点がある。また、加熱が短時間のうちに行われるため、結晶性の高い粒子を得るべく高温で水熱処理を行った場合でも、生成した粒子同士の融合による粗大化を防ぐことができる利点がある。
しかし、特許文献2において、VO2(M)以外の相の生成を抑制し、結晶性の高いVO2(M)粒子を得るための好ましい処理温度は、270℃以上とされている。270℃以上の処理温度で水熱合成を行うことができる市販のマイクロ波照射装置は限られているから、設定可能な処理温度がより低い汎用の市販装置では、結晶性の高いVO2(M)粒子を作成することは困難であるという問題があった。
【0016】
本発明は、上記の諸問題に鑑み、より簡便に、かつ、汎用のマイクロ波照射装置で設定可能な低い処理温度下でも、結晶性の高い単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子を製造することができる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
発明者は、上記の課題を解決するための種々の検討を行ったところ、薄片状の二酸化バナジウム水和物を含有する原料液を調製し、前記原料液に、マイクロ波を照射して水熱反応をさせることにより、単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウム粒子が、簡便に、かつ、従来よりも低温の合成条件で得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、上記の課題を解決するために、以下の手段を採用するものである。
【0018】
(1)薄片状の二酸化バナジウム水和物を含有する原料液に、マイクロ波を照射して水熱反応させる、単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子の製造方法。
(2)前記薄片状の二酸化バナジウム水和物は、層状構造を有し、CuKα1線を用いた粉末X線回折(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて、2θ=6°~9°の間に最大ピークが現れる、前記(1)の単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子の製造方法。
(3)前記水熱反応を、270℃以下の温度で1秒以上10時間以下保持して行う、前記(1)又は(2)の単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子の製造方法。
(4)前記単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子は、平均粒径が10nm以上50nm以下、粒径の変動係数(粒径の標準偏差/平均粒径)が0.5以下であり、CuKα1線を用いた粉末X線回折(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて、2θ=27.8°±1.0°に現れるピークの強度(IA)と、2θ=37.0°±1.0°に現れるピークの強度(IB)との比(IA/IB)が1以上3以下である、前記(1)~(3)のいずれかの単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子の製造方法。
(5)前記薄片状の二酸化バナジウム水和物は、二酸化バナジウムの相転移温度を変化させる異種元素が添加されている、(1)~(4)のいずれかの単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウム粒子の製造方法。
(6)前記異種元素が、タングステン、モリブデン、ニオブ、タンタル、スズ、レニウム、イリジウム、オスミウム、ルテニウム、ゲルマニウム、クロム、鉄、ガリウム、アルミニウム、フッ素、チタン、ケイ素、マグネシウム、スカンジウム、及びリンからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素である、(5)に記載の単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウム粒子の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、粒径が小さく、且つ結晶性の高いVO2(M)ナノ粒子を、簡便に、かつ、従来よりも低温下でも得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明に係るマイクロ波水熱処理中の結晶形態変化の概念図
【
図2】実施例1の工程で得られた薄片状の二酸化バナジウム水和物のXRDパターン
【
図3】実施例1、実施例2、比較例1、比較例2で得られた試料のXRDパターン
【
図4】実施例1、実施例2、比較例1、比較例2で得られた試料のSEM像
【
図5】実施例3、実施例4、実施例5で得られた試料のXRDパターン
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は、薄片状の二酸化バナジウム水和物を含有する原料液に、マイクロ波を照射して水熱反応をさせることで、単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子を製造する方法を提供するものである。
【0022】
以下、本発明の実施形態(以下、「本実施形態」という。)に則して、本発明の構成及び作用効果について、技術的思想を交えて説明する。
なお、数値範囲等を「~」を用いて表す場合、その下限及び上限として記載された数値をも含む意味である。
【0023】
<マイクロ波照射による水熱反応>
本発明において、単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子を得るために、原料液にマイクロ波を照射して水熱反応をさせる工程は必須であるので、最初に、マイクロ波の定義を述べる。
本明細書において、マイクロ波とは、波長が1μm~1m、周波数が300MHz~3THzの電磁波の総称である。一般的なマイクロ波加熱装置においては、電波法で定められた2.45GHzの周波数のものが用いられるが、本実施形態で使用するマイクロ波はこれに限定されない。
【0024】
マイクロ波を用いた加熱は、双極子をもつ分子内に電界によって配向分極を生じさせ、該電界の変化で該配向分極の回転運動が誘起することで、内部摩擦により昇温が起こる非接触の加熱方式である。このため、分極を持つ誘電損失の大きな物質は、内部から瞬時にかつ局所的に加熱される。
マイクロ波照射によるエネルギー伝達は、例えば2.45GHzの場合には10-9秒オーダーで起き、分子の緩和時間(非平衡状態から平衡状態に戻る時間)である10-5秒オーダーに比べて極めて短時間(高頻度)である。このため、マイクロ波加熱においては、エネルギーが供給されて非平衡状態となった分子が平衡状態に戻る前に新たなエネルギーが供給されることとなり、定常的に非平衡状態に励起された状態を保つことができる。
したがって、マイクロ波照射によれば、高密度のエネルギーが投入され、反応が短時間で効率良く進行するため、結晶核生成と成長を促進して合成時間を短縮できる。
【0025】
本実施形態では、前述したマイクロ波照射の態様として、密閉容器の中に前記原料液を収容し、該容器の外側から前記マイクロ波を照射することが好ましい。容器の外側からマイクロ波を照射すると、マイクロ波源が溶液に直接触れることがないため、使用後の装置の清掃や整備が容易になり、壁面での不均一核生成が抑制される点で、より好ましい。この場合、原料液を収容する密閉容器としては、マイクロ波透過性を有する必要があるため、フッ素系樹脂、石英及びホウケイ酸ガラス等のマイクロ波透過性の高い材料で構成されたものが好適に使用される。
【0026】
<原料液に含まれる薄片状の二酸化バナジウム水和物>
本実施形態における原料液に含まれる薄片状の二酸化バナジウム水和物とは、
図1(a)に概念的に示すように、数nm~数十nmの厚みに対して、数百nm~数μmの幅もしくは長さを有する二次元異方性の高い形状を有し、且つ、単分子層シートの間に水分子が存在する層状構造を有する。
本実施形態で使用する薄片状の二酸化バナジウム水和物は、特に限定されず、通常の手段で入手可能な公知のもので良い。
【0027】
薄片状の二酸化バナジウム水和物を合成する場合は、
[1]メタバナジン酸アンモニウム(NH4VO3)を水に溶解させて、さらにヒドラジン一水和物(N2H4・H2O)水溶液等の還元性物質を適量加えて所定温度に保持しながら撹拌した後、硫酸、塩酸等の酸性物質を加えてpH値を調整する、又は、
[2]五酸化二バナジウム(V2O5)を硫酸水溶液と混合し、ヒドラジン一水和物水溶液等の還元性物質を適量加えて所定温度に保持しながら撹拌した後、ヒドラジン水和物水溶液、アンモニア水溶液、水酸化ナトリウム水溶液若しくは水酸化カリウム水溶液等の塩基性物質を混合してpH値を調整する、
等によって前駆体溶液を準備し、前記前駆体溶液を水熱処理することにより合成することができる。
【0028】
前記前駆体溶液の調製においては、前記酸性物質もしくは前記塩基性物質の混合により、pH値を4以上とすることが好ましく、6以上とすることがより好ましい。pHを高くすることで、水熱処理により析出する薄片状の二酸化バナジウム水和物の収率を大きくすることができる。他方、前記pH値は、9以下とすることが好ましく、8以下とすることがより好ましい。pHを低くすることで、前述した酸性物質もしくは塩基性物質由来のイオンが薄片状の二酸化バナジウム水和物に付着する量を抑えることができる。
【0029】
本実施形態における、薄片状の二酸化バナジウム水和物を合成するための前駆体溶液の水熱処理では、加熱方法は特に限定されない。ヒーター加熱等の通常の方法であってもよく、マイクロ波照射による加熱であってもよい。
【0030】
前記[1]又は[2]の方法によって、薄片状の二酸化バナジウム水和物を合成する場合、水熱処理は160℃以上200℃以下の温度で行われることが好ましく、170℃~180℃の温度で行われることがより好ましい。処理温度が160℃よりも低い場合は、薄片状の二酸化バナジウム水和物の形成が困難である。一方、処理温度が200℃よりも高い場合は、ロッド状のVO2(B)相が形成されてしまい、その後の処理によってナノ粒子状のVO2(M)粒子を形成することが困難となる。
【0031】
前述した水熱処理温度での保持時間は、任意であるが、十分な量の薄片状の二酸化バナジウム水和物が生成できる程度であり、かつ、生成した薄片状二酸化バナジウム水和物同士の融合による粗大化が抑制できる程度であることが好ましい。
マイクロ波照射による水熱処理の場合の保持時間は、当該水熱処理温度で、十分な量の薄片状の二酸化バナジウム水和物が生成できるように30秒以上であることが好ましく、2分以上であることがより好ましい。また、薄片状二酸化バナジウム水和物同士の融合による粗大化が抑制できるように、1時間以下であることが好ましく、10分以下であることがより好ましい。
【0032】
前記[1]又は[2]の方法によって、薄片状の二酸化バナジウム水和物を合成する場合、水熱処理後に当該薄片状の二酸化バナジウム水和物を洗浄することが好ましい。
洗浄の仕方としては、例えば、薄片状二酸化バナジウム水和物の水中への分散と固液分離とを繰り返すことや、フィルタ上の薄片状二酸化バナジウム水和物に水を供給しながら濾過すること等が挙げられる。
前記固液分離には、遠心分離、減圧濾過及び限外濾過等が利用できる。
【0033】
なお、例えば、非特許文献2には、
図4(a)のSEM像に示される薄片状二酸化バナジウム水和物が、
図3(a)の1hに示される特徴的なX線回折パターンを有することが開示されている。したがって、本実施形態に係る合成物が薄片状の二酸化バナジウム水和物であることは、CuKα
1線を用いた粉末X線回折(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて、2θ=6°~9°の間に最大ピークが現れることにより、確認することができる。
【0034】
本実施形態における薄片状の二酸化バナジウム水和物は、二酸化バナジウムの相転移温度を変化させるための異種元素が添加されていてもよい。異種元素が添加された薄片状の二酸化バナジウム水和物は、上記した薄片状の二酸化バナジウム水和物を合成するための原料と、異種元素を含む化合物とを含む前駆体溶液を調製し、水熱処理することにより、得ることができる。
異種元素としては、例えば、タングステン(W)、モリブデン(Mo)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)、スズ(Sn)、レニウム(Re)、イリジウム(Ir)、オスミウム(Os)、ルテニウム(Ru)、ゲルマニウム(Ge)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、ガリウム(Ga)、アルミニウム(Al)、フッ素(F)、チタン(Ti)、ケイ素(Si)、マグネシウム(Mg)、スカンジウム(Sc)及びリン(P)からなる群から選ばれる、少なくとも1つの元素が挙げられる。
【0035】
<単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子の合成>
本実施形態においては、前記の薄片状の二酸化バナジウム水和物を、水又は有機溶媒中に分散した原料液に、マイクロ波を照射して水熱反応させることにより、単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子を得ることができる。
前記水熱反応は、180℃以上の温度で行われることが好ましく、反応速度を上げ、温度保持時間(照射時間)を短縮するためには、200℃以上の温度で行われることがより好ましい。
また、300℃以下の温度で行われることが好ましく、汎用の装置を用いて行うためには270℃以下の温度で行われることが好ましく、250℃以下の温度で行われることがより好ましい。
温度保持時間は、反応温度により調整し、1秒以上10時間以下とすることが好ましい。
【0036】
前記水熱反応は、マイクロ波の照射により行われることが必須である。
通常加熱の水熱反応では、280℃で高温保持した場合に、薄片状の二酸化バナジウム水和物からはVO
2(B)の結晶構造を有するロッド状結晶が形成されることが、例えば非特許文献2の中の
図3(a)のX線回折パターン、及び非特許文献2の中の
図4(a)~(d)のSEM像で開示されている。
このように、マイクロ波照射の水熱合成と通常加熱の水熱合成とで、得られる試料の結晶構造が異なるメカニズムは明らかとはいえないが、マイクロ波照射による加熱方式とヒーター等の通常の加熱方式では、原料液への熱エネルギーの伝達が異なることに大きく関係すると考えられる。
【0037】
マイクロ波照射による加熱では、マイクロ波透過性の密閉容器の中に薄片状の二酸化バナジウム水和物を含有する原料液を収容されており、溶媒である水よりも原料である薄片状の二酸化バナジウム水和物の方がよりマイクロ波を吸収するため、薄片状の二酸化バナジウム水和物の一つ一つが直接的、且つ選択的に加熱され、
図1(b)に示すように、薄片状の二酸化バナジウム水和物が端の方から分解して、VO
2(D)相のナノ粒子が形成されていくとともに、最終的には薄片状の二酸化バナジウム水和物は崩壊・消失していくと考えられる。
【0038】
さらに、水熱反応が進行するのにしたがって、
図1(c)に示すように、準安定相であるVO
2(D)相のナノ粒子同士が、比較的小さなエネルギーによって融合しながら、安定相であるVO
2(M)相のナノ粒子へと構造変化すると考えられる。
以上のことから、本実施形態によって、従来では困難とされてきた250℃未満の比較的低温においても、VO
2(M)ナノ粒子を形成することができると考えられる。
【0039】
一方、通常加熱の水熱合成では、ヒーターなどの熱媒体の熱エネルギーは対流伝熱によって反応容器の壁へと伝わり、さらに反応容器内部を伝熱し、最終的に対流伝熱によって薄片状の二酸化バナジウム水和物を含有する原料液に伝達される。この場合は、水溶媒と薄片状の二酸化バナジウム水和物が同時に加熱されるため、薄片状の二酸化バナジウム水和物が分解する速度よりも、薄片状の二酸化バナジウム水和物同士が融合してさらに大きな構造物へ成長する速度の方が速く、その結果として長尺が数μm程度のロッド状のVO2(B)相もしくはVO2(A)相の構造物が形成されると考えられる。
【0040】
<単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子の評価>
[相転移温度]
本実施形態により得られる単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子は、可逆的な金属-絶縁体相転移を起こす相転移温度を有する。例えば、異種元素を含まない場合のナノ粒子では、理論値の68℃よりも若干低い温度である約50℃の相転移温度を有する。異種元素を含む場合は、添加される異種元素の種類や添加量によって相転移温度を制御することができるので、サーモクロミック特性を制御することができる。
なお、異種元素を含む場合のVO2(M)の態様には、
(1)バナジウムの一部が異種元素で置換されたもの、
(2)酸素の一部が異種元素で置換されたもの、
(3)二酸化バナジウムの結晶格子間に異種元素が挿入されたもの、又は、
(4)二酸化バナジウムの結晶粒界に異種元素の粒状析出物が形成されたもの、
が含まれる。
【0041】
[平均粒径]
本実施形態では、得られるVO2(M)ナノ粒子の平均粒径が5nm~50nmであることが好ましく、10nm~30nmであることがより好ましい。
ここで、本実施形態におけるVO2(M)ナノ粒子の平均粒径は、以下の方法で決定される。
まず、粒子の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を画像データとして取得し、描画ソフトを用いて該画像上に各粒子と同じ大きさの多角形を作図すると共に、スケールバーのマーキングを行った後、SEM画像を削除して描画データを保存する。
前述した多角形の作図は、最低でも50個の粒子について行う。
次に、画像処理ソフト「Image J」(アメリカ国立衛生研究所(NIH)で開発されたオープンソースソフトウェア)により、前述の描画データ中の個々の多角形の面積を求めた後、該面積値から各多角形の円相当径(ヘイウッド径)を算出し、得られた各粒子の円相当径の総和を、測定した個数で割ることによって平均粒径の値を求めることができる。
さらに、得られるVO2(M)ナノ粒子は、粒径の変動係数CV(粒径の標準偏差/平均粒径)が0.5以下であることが好ましく、0.3以下であることがより好ましい。粒径の変動が少ないことにより、可視光透過性とサーモクロミック特性とをより高レベルで両立できる。
【0042】
[粉末X線回折(XRD)により測定されるX線回折パターン]
本実施形態に係るVO2(M)ナノ粒子は、CuKα1線を用いた粉末X線回折(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて、2θ=27.8°±1.0°と、2θ=37.0°±1.0°にピークが現れ、ICDD(JCPDS)のデータベースのリファレンスコードNo.82-0661で示される単斜晶型の二酸化バナジウム粒子のパターンによく一致する。該データベースによれば、2θ=27.8°±1.0°に現れるピークは(011)面からの反射に相当し、2θ=37.0°±1.0°に現れるピークは(2-11)面(本来の表記では、(211)の「2」の上にバー「-」を施す)からの反射に相当する。
上記のリファレンスパターンでは、2θ=27.8°±1.0°に現れるピークの強度(IA)を100%とすると、2θ=37.0°±1.0°に現れるピークの強度(IB)は32.8%であって、ピーク強度比(IA/IB)はほぼ3である。したがって、本実施形態に係るVO2(M)ナノ粒子は、前記ピーク強度比(IA/IB)が3に近いほど、特定の結晶方位に配向することなく、等方性が高いといえるので、3以下であることが好ましい。
また、当該ピーク強度比(IA/IB)が1以上であれば、二酸化バナジウム粒子は結晶性が高く、より優れたサーモクロミック特性を示すことができるので、好ましい。
【実施例0043】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明を具体的に説明する。
なお、実施例は本発明の好適な例を示すものであり、本発明は、以下の実施例によって制限されるものではない。
【0044】
<実施例1>
<薄片状二酸化バナジウム水和物の作製>
10mLの純水に、1450mgの五酸化二バナジウム(V2O5、富士フィル和光純薬製、特級)、10%硫酸水溶液15mL及び5%に希釈したヒドラジン一水和物(N2H4・H2O)溶液4750mgを混合し、液温60℃で30分撹拌した。撹拌中の溶液を観察したところ、橙色から青透明色へと変化した。これは、オキソバナジウム(IV)イオン(VO2+)の生成によるものと解される。
次に、得られた青透明色の溶液に、7%に希釈したアンモニア水を添加してpHを7~8の間の値に調整し、カフェオレ色の懸濁液を得た。これは、オキシ水酸化バナジウムの析出及び懸濁によるものと解される。このカフェオレ色の懸濁液の室温での電気伝導率を、上述した方法で測定したところ、47mS/cmであった。
【0045】
次に、カフェオレ色の懸濁液に純水を追加混合して60mLの前駆体溶液とし、マイクロ波水熱反応装置(米国CEM社製、MARS6)用の110mLテフロン(登録商標)製密閉容器(米国CEM社製、MARS6専用品、iPrep(登録商標))に入れ、該密閉容器をマイクロ波水熱反応装置にセットし、水熱処理を行った。
水熱処理は、該密閉容器中に周波数2.45GHzのマイクロ波を照射し、15分間で180℃まで昇温した後、180℃で10分間保持することで行った。
【0046】
水熱処理中の溶液温度は、マイクロ波水熱反応装置(米国CEM社製、MARS6)に搭載されているiWAVE(登録商標)機能を用いて測定された。具体的には、密閉容器の底面を透過する溶液からの光の放射を、マイクロ波水熱反応装置の底面内部に設置された放射温度計測センサで測定することで、非接触、且つリアルタイムに溶液自体の温度の測定を行った。
【0047】
反応後、溶液温度が90℃以下になったことを確認してから密閉容器を開封し、得られた懸濁液を12000rpmで遠心分離した。得られた沈殿物を50mLの純水に懸濁させた後12000rpmで遠心分離することを2回繰り返して脱塩処理し、黒色試料を得た。
【0048】
得られた黒色試料を走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察したところ、数nm~数十nmの厚みに対して、数百nm~数μmの幅もしくは長さの2次元異方性の高い薄片状物質が重なっていた。波長1.5418オングストロームのCuKα
1線を用いた粉末X線回折測定を行ったところ、
図2に示すように、2θ=7.4°に最大ピークがあるパターンを示した。これらのことから、得られた試料は薄片状二酸化バナジウム水和物であり、面間隔が約1.2nmの単分子層の間に水分子を含有した結晶構造であると解される。
【0049】
<二酸化バナジウムナノ粒子の作製>
得られた薄片状二酸化バナジウム水和物を純水に懸濁させて60mLの原料液とし、当該原料液をマイクロ波水熱反応装置(米国CEM社製、MARS6)用の110mLテフロン(登録商標)製密閉容器(米国CEM社製、MARS6専用品、iPrep(登録商標))に入れ、該密閉容器をマイクロ波水熱反応装置にセットし、水熱処理を行った。
水熱処理は、該密閉容器中に周波数2.45GHzのマイクロ波を照射し、1時間で220℃まで昇温した後、220℃で9時間保持することで行った。
水熱処理中の溶液温度は、前記iWAVE(登録商標)機能を用いて測定された。
反応後、液温が90℃以下になったことを確認してから密閉容器を開封し、得られた懸濁液を12000rpmで遠心分離した。得られた沈殿物を50mLの純水に懸濁させた後15000rpmで遠心分離することを3回繰り返し、さらに沈殿物を70℃で12時間乾燥させることにより、実施例1に係る粒子試料を得た。
【0050】
<二酸化バナジウムナノ粒子のX線回折測定>
得られた粒子試料について、CuKα
1線を用いた粉末X線回折測定を行ったところ、
図3に示すように、ICDD(JCPDS)のデータベースのリファレンスコードNo.82-0661で示されるVO
2(M)に起因するピークのみが観察された。したがって、本実施例で得られた粒子試料はVO
2(M)のみといえる。さらに、該X線回折パターンにおいて、2θ=27.8°付近に現れる(011)面のピークの強度(IA)と、2θ=37.0°付近に現れる(2-11)面のピークの強度(IB)との比IA/IBの値が1.21であったことから、結晶品質は良好といえる。
【0051】
<二酸化バナジウムナノ粒子のSEM観察及び粒径測定>
得られたVO
2(M)粒子を走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察した。結果を
図4に示す。本実施例に係る二酸化バナジウム粒子は、粒径が10nm~50nmの範囲内にあり、サイズが揃ったナノ粒子であることが目視で確認された。
次に、二酸化バナジウム粒子の平均粒径、及び粒径の変動係数を算出したところ、平均粒径は17.8nm、粒径の変動係数は0.248であり、十分な小径化と粒径均一化とが達成されたことが確認された。
【0052】
<実施例2>
<薄片状二酸化バナジウム水和物の作製>
薄片状二酸化バナジウム水和物の作製のための試薬を変更した以外は、実施例1と同様の手順で行った。
40mLの純水に、2000mgのメタバナジン酸アンモニウム(NH4VO3、富士フィル和光純薬製、特級)を加え、液温60℃で30分撹拌した。次に、得られた溶液に、ヒドラジン一水和物(N2H4・H2O、富士フィル和光純薬製、特級)の5質量%水溶液4.8gをゆっくり滴下し、液温60℃での攪拌をさらに30分保持することで濃い黒茶色の前駆体溶液を調製した。
次に、得られた濃い黒茶色の前駆体溶液に純水を追加混合して60mLの前駆体溶液とし、実施例1と同様の条件、及び同様の手順により当該前駆体溶液をマイクロ波水熱反応装置(米国CEM社製、MARS6)用の110mLテフロン(登録商標)製密閉容器(米国CEM社製、MARS6専用品、iPrep(登録商標))に入れ、該密閉容器をマイクロ波水熱反応装置にセットし、水熱処理を行い、さらに実施例1と同様の遠心処理を行い、薄片状二酸化バナジウム水和物を得た。
【0053】
<二酸化バナジウムナノ粒子の作製>
得られた薄片状二酸化バナジウム水和物を純水に懸濁させて60mLの原料液とし、実施例1と同様の条件、及び同様の手順により当該原料液をマイクロ波水熱反応装置(米国CEM社製、MARS6)用の110mLテフロン(登録商標)製密閉容器(米国CEM社製、MARS6専用品、iPrep(登録商標))に入れ、該密閉容器をマイクロ波水熱反応装置にセットし、水熱処理を行い、さらに実施例1と同様の遠心処理を行い、実施例2に係る粒子試料を得た。
【0054】
<二酸化バナジウムナノ粒子のX線回折測定>
得られた粒子試料について、CuKα
1線を用いた粉末X線回折測定を行ったところ、
図3に示すように、ICDD(JCPDS)のデータベースのリファレンスコードNo.82-0661で示されるVO
2(M)に起因するピークのみが観察された。したがって、本実施例で得られた粒子試料は二酸化バナジウム(VO
2(M))といえる。さらに、該X線回折パターンにおいて、2θ=27.8°付近に現れる(011)面のピークの強度(IA)と、2θ=37.0°付近に現れる(2-11)面のピークの強度(IB)との比IA/IBの値が1.17であったことから、結晶品質は良好といえる。
【0055】
<二酸化バナジウム粒子のSEM観察及び粒径測定>
得られた二酸化バナジウム(VO
2(M))粒子をSEMにて観察した。結果を
図4に示す。本実施例に係る二酸化バナジウム粒子は、粒径が10nm~50nmの範囲内にあり、サイズが揃ったナノ粒子であることが目視で確認された。
次に、二酸化バナジウム粒子の平均粒径、及び粒径の変動係数を算出したところ、平均粒径は26.9nm、粒径の変動係数は0.286であり、十分な小径化と粒径均一化とが達成されたことが確認された。
【0056】
<比較例1>
比較として、特許文献2の実施例1に基づいて、薄片状の二酸化バナジウム水和物を含む原料液ではなく、オキシ水酸化バナジウムを含有し、かつ室温での電気伝導率が10mS/cm以下である原料液に、本実施例1と同じ条件で水熱処理した場合に所期のVO2(M)ナノ粒子が生成するか否かを確認した。
10mLの純水に、1450mgの五酸化二バナジウム(V2O5、富士フィル和光純薬製、特級)、10%硫酸水溶液15mL及び5%に希釈したヒドラジン一水和物(N2H4・H2O)溶液4750mgを混合し、液温60℃で30分撹拌した。撹拌中の溶液を観察したところ、橙色から青透明色へと変化した。これは、オキソバナジウム(IV)イオン(VO2+)の生成によるものと解される。
次に、得られた青透明色の溶液に、7%に希釈したアンモニア水を添加してpHを7~8の間の値に調整し、カフェオレ色の懸濁液を得た。これは、オキシ水酸化バナジウムの析出及び懸濁によるものと解される。このカフェオレ色の懸濁液の室温での電気伝導率を、上述した方法で測定したところ、55mS/cmであった。
次に、このカフェオレ色の液を3000rpmで遠心分離し、懸濁物を沈殿させ、さらに、得られた沈澱物を50mLの純水に懸濁させた後3000rpmで遠心分離することを3回繰り返し、沈殿物を洗浄した。
洗浄後の沈殿物(オキシ水酸化バナジウム)を純水に懸濁させて50gの原料液とした。この原料液の室温での電気伝導率を、上述した方法で測定したところ、6.7mS/cmであった。
【0057】
この原料液をマイクロ波水熱反応装置(米国CEM社製、MARS6)用の110mLテフロン(登録商標)製密閉容器(米国CEM社製、MARS6専用品、iPrep(登録商標))に入れ、該密閉容器をマイクロ波水熱反応装置にセットし、水熱合成を行った。
水熱処理は本実施例1と同様の条件であり、周波数2.45GHzのマイクロ波を照射し、1時間で220℃まで昇温した後、220℃で9時間保持することで行った。
水熱処理中の溶液温度は、前記iWAVE(登録商標)機能を用いて測定された。
反応後、液温が90℃以下になったことを確認してから密閉容器を開封し、得られた懸濁液を12000rpmで遠心分離した。得られた沈殿物を50mLの純水に懸濁させた後15000rpmで遠心分離することを3回繰り返し、さらに沈殿物を70℃で12時間乾燥させることにより、比較例1に係る粒子試料を得た。
【0058】
得られた粒子試料について、本実施例1と同様にX線回折測定を行ったところ、
図3に示すように、ICDD(JCPDS)のデータベースのリファレンスコードNo.82-0661で示されるVO
2(M)に起因するピークとともに、ICDD(JCPDS)のデータベースのリファレンスコードNo.81-2392(又は65-7960)で示されるVO
2(B)に起因するピークの存在が確認され、本比較例では、VO
2(M)を単独で得ることはできなかった。
得られた試料をSEMにて観察した結果を
図4に示す。長さが500nm~2μm程度のナノワイヤーと数十nm径のナノ粒子が観察され、前述したX線回折測定の結果と合わせて考察すると、ナノワイヤーはVO
2(B)であり、ナノ粒子はVO
2(M)であると考えられる。
【0059】
本比較例1においてVO2(B)ナノワイヤーとVO2(M)ナノ粒子が形成される理由は、現状では明確になっていないが、オキシ水酸化バナジウムを220℃の低温でマイクロ波照射による水熱処理を施した場合には、合成温度が十分に高いとは言えないため、一部のオキシ水酸化バナジウムが中間種であるVO2(B)へと結晶構造が変化するものと考えられる。
【0060】
<比較例2>
薄片状の二酸化バナジウム水和物を含有する原料液に対して、マイクロ波照射に変えて、通常の加熱方式で水熱処理を行った場合に、所期のVO2(M)ナノ粒子が生成するか否かを確認した。
まず、実施例1と同様の手順で前駆体溶液を調製し、実施例1と同様の条件、及び同様の手順により当該前駆体溶液をマイクロ波水熱反応装置(米国CEM社製、MARS6)用の110mLテフロン(登録商標)製密閉容器(米国CEM社製、MARS6専用品、iPrep(登録商標))に入れ、該密閉容器をマイクロ波水熱反応装置にセットし、水熱処理を行い、さらに実施例1と同様の遠心処理を行い、薄片状二酸化バナジウム水和物を得た。
【0061】
得られた薄片状二酸化バナジウム水和物を純水に懸濁させて50mLの原料液とし、当該原料液を市販の水熱反応処理用オートクレーブ(三愛科学製、回転型反応分解容器100mLセット(耐圧ステンレス製外筒RDVS-100、PTFE製内筒HUT-100))内に入れ、さらに当該水熱反応処理用オートクレーブを市販のローラー式オーブン(三愛科学製、RDV-TM2)内にセットし、220℃で24時間、ヒーター加熱による水熱合成を行った。
水熱処理中の温度は、前記ローラー式オーブン内部のローラー部の近傍に設置されたK熱電対を用いて測定された。
反応後、オーブン内部の温度が50℃以下になったことを確認してから密閉容器を開封し、得られた懸濁液を12000rpmで遠心分離した。得られた沈殿物を50mLの純水に懸濁させた後15000rpmで遠心分離することを3回繰り返し、さらに沈殿物を70℃で12時間乾燥させることにより、比較例2に係る粒子試料を得た。
【0062】
得られた粒子試料について、本実施例1と同様にX線回折測定を行ったところ、
図3に示すように、ICDD(JCPDS)のデータベースのリファレンスコードNo.82-0661で示されるVO
2(M)に起因するピークは非常に小さく、ICDD(JCPDS)のデータベースのリファレンスコードNo.75-2392(又は42-0876)で示されるVO
2(A)に起因する大きなピークの存在が確認され、本比較例では、VO
2(M)粒子を単独で得ることはできなかった。
得られた試料を走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察した結果を
図4に示す。長さが2~5μm程度のマイクロロッドが観察され、前述したX線回折測定の結果と合わせて考察すると、マイクロロッドはVO
2(A)であると考えられる。
本比較例2においてVO
2(A)マイクロロッドが形成される理由は、現状では明確になっていないが、薄片状二酸化バナジウム水和物を水熱処理した場合には、まずは薄片状二酸化バナジウム水和物が凝集してロッド状のVO
2(B)となり、さらにVO
2(A)へと結晶構造が変化したものと考えられる。
【0063】
<実施例3>
実施例1と同様の原料液を用いて、実施例1よりも短時間の水熱処理実験を行った。実施例1と同様の手順で薄片状の二酸化バナジウム水和物を作製し、得られた薄片状二酸化バナジウム水和物を純水に懸濁させて60mLの原料液とし、当該原料液をマイクロ波水熱反応装置(米国CEM社製、MARS6)用の110mLテフロン(登録商標)製密閉容器(米国CEM社製、MARS6専用品、iPrep(登録商標))に入れ、該密閉容器をマイクロ波水熱反応装置にセットし、水熱処理を行った。
水熱処理は、該密閉容器中に周波数2.45GHzのマイクロ波を照射し、15分で120℃まで一旦昇温した後、10分で250℃までさらに昇温した後、250℃で20秒保持することで行った。
X線回折測定の結果から、
図5に示すように、得られた粒子試料は二酸化バナジウム(VO
2(M))であることが確認された。また、ピーク強度比IA/IBは1.13であったことから、結晶品質は良好といえる。
さらに、SEM観察の結果から、本実施例3に係る二酸化バナジウムは、平均粒径が17.5nmのナノ粒子であり粒径の変動係数は0.251であることから、十分な小径化と粒径均一化とが達成されたことが確認された。
【0064】
<実施例4>
実施例1と同様の原料液を用いて、実施例1よりも低温の水熱処理実験を行った。実施例1と同様の手順で薄片状の二酸化バナジウム水和物を作製し、得られた薄片状二酸化バナジウム水和物を純水に懸濁させて60mLの原料液とし、当該原料液をマイクロ波水熱反応装置(米国CEM社製、MARS6)用の110mLテフロン(登録商標)製密閉容器(米国CEM社製、MARS6専用品、iPrep(登録商標))に入れ、該密閉容器をマイクロ波水熱反応装置にセットし、水熱処理を行った。
水熱処理は、該密閉容器中に周波数2.45GHzのマイクロ波を照射し、1時間で200℃まで昇温した後、200℃で9時間保持することで行った。
X線回折測定の結果から、
図5に示すように、得られた粒子試料は二酸化バナジウム(VO
2(M))であることが確認された。また、ピーク強度比IA/IBは1.08であったことから、結晶品質は良好といえる。
さらに、SEM観察の結果から、本実施例4に係る二酸化バナジウムは、平均粒径が17.9nmのナノ粒子であり、粒径の変動係数が0.255であることから、十分な小径化と粒径均一化とが達成されたことが確認された。
【0065】
<実施例5>
<薄片状のタングステン複合二酸化バナジウム水和物の作製>
異種元素としてWが1.0at%程度添加された薄片状のタングステン複合二酸化バナジウム水和物の合成を以下の手順で行った。
10mLの純水に、1450mgの五酸化二バナジウム(V2O5、富士フィル和光純薬製、特級)、10%硫酸水溶液15mL及び5%に希釈したヒドラジン一水和物(N2H4・H2O)溶液4750mgを混合し、液温60℃で30分間、攪拌撹拌した。(溶液a)
さらに別のビーカーを準備して、5mLの純水に適量のタングステン酸アンモニウムパラ五水和物((NH4)10W12O41・5H2O、富士フィルム和光純薬製)を混合し、液温60℃で30分間、攪拌保持した。(溶液b)
溶液aと溶液bを混合し、さらに溶液aと溶液bの混合液を室温で10分間、攪拌保持した後、7%に希釈したアンモニア水を添加してpHを7~8の間の値に調整し、カフェオレ色の懸濁液を得た。
次に、カフェオレ色の懸濁液に純水を追加混合して60mLの前駆体溶液とし、マイクロ波水熱反応装置(米国CEM社製、MARS6)用の110mLテフロン(登録商標)製密閉容器(米国CEM社製、MARS6専用品、iPrep(登録商標))に入れ、該密閉容器をマイクロ波水熱反応装置にセットし、実施例1の<薄片状二酸化バナジウム水和物の作製>と同様の条件で水熱処理を行った。
反応後、さらに実施例1と同様の遠心処理を行い、薄片状のタングステン複合二酸化バナジウム水和物を得た。
【0066】
<タングステン複合二酸化バナジウムナノ粒子の作製>
得られた薄片状のタングステン複合二酸化バナジウム水和物を純水に懸濁させて60mLの原料液とし、実施例1と同様の条件、及び同様の手順により当該原料液をマイクロ波水熱反応装置(米国CEM社製、MARS6)用の110mLテフロン(登録商標)製密閉容器(米国CEM社製、MARS6専用品、iPrep(登録商標))に入れ、該密閉容器をマイクロ波水熱反応装置にセットし、水熱処理を行い、さらに実施例1と同様の遠心処理を行い、実施例5に係る粒子試料を得た。
【0067】
<タングステン複合二酸化バナジウムナノ粒子のタングステン添加量測定、及びX線回折測定>
得られた粒子試料について、波長分散型蛍光X線分析装置(リガク製、Supermini 200)を用いてV及びWの含有量を測定し、Vに対するWのモル百分率を算出したところ、W/V(mol%)の値は1.07%であった。したがって、得られたタングステン複合二酸化バナジウムナノ粒子は、W
0.01V
0.99O
2と表記される。
さらに得られたW
0.01V
0.99O
2ナノ粒子試料について、CuKα
1線を用いた粉末X線回折測定を行ったところ、
図5に示すように、ICDD(JCPDS)のデータベースのリファレンスコードNo.82-0661で示されるVO
2(M)に起因するピークのみが観察された。したがって、本実施例で得られたW
0.01V
0.99O
2ナノ粒子試料は二酸化バナジウム(VO
2(M))と同一の単斜晶系構造を有するといえる。さらに、該X線回折パターンにおいて、2θ=27.8°付近に現れる(011)面のピークの強度(IA)と、2θ=37.0°付近に現れる(2-11)面のピークの強度(IB)との比IA/IBの値が1.18であったことから、結晶品質は良好といえる。
【0068】
<タングステン複合二酸化バナジウム粒子のSEM観察及び粒径測定>
得られたW
0.01V
0.99O
2ナノ粒子試料をSEMにて観察した。結果を
図4に示す。本実施例に係る二酸化バナジウム粒子は、粒径が10nm~50nmの範囲内にあり、サイズが揃ったナノ粒子であることが目視で確認された。
次に、二酸化バナジウム粒子の平均粒径を算出したところ、平均粒径は22.5nm、粒径の変動係数は0.286であり、十分な小径化と粒径均一化とが達成されたことが確認された。
【0069】
以上の結果から、薄片状の結晶形状を有する二酸化バナジウム水和物を含有する原料液に、マイクロ波照射による水熱反応を、200℃以上300℃以下の温度で1秒以上10時間以下保持して行う本実施形態の実施例によれば、粒径が小さく、且つ結晶性の高いVO2(M)ナノ粒子が得られるのに対し、薄片状の二酸化バナジウム水和物を含む原料液ではなく、オキシ水酸化バナジウムを含有する原料液を用いて、220℃の低温でマイクロ波照射による水熱反応をさせた場合(比較例1)、及び薄片状の二酸化バナジウム水和物を含有する原料液を用いて、マイクロ波照射に変えて、通常の加熱方式で水熱処理を行った場合(比較例2)には、粒径が小さく、且つ結晶性の高いVO2(M)ナノ粒子は得られないことが分かる。
本発明に係る二酸化バナジウムナノ粒子の製造方法は、粒径が小さく、且つ結晶性が良好である、単斜晶型の結晶構造を有する二酸化バナジウムナノ粒子を簡便かつ汎用性高く得るのに好適である。当該二酸化バナジウムナノ粒子は、サーモクロミック特性を有する多機能塗料及びそれを適用した被覆物、樹脂フィルム、並びにインク及びその印刷物等に適用することができる。
また、前記二酸化バナジウムナノ粒子を車両若しくは建築物の窓、テラス、カーポート、テント材又は農業用温室フィルム等に適用した場合、近赤外線入射量を調節する効果を得ることができる。特に、本発明に係る製造方法で得られた二酸化バナジウムナノ粒子を車両若しくは建築物の窓に適用した場合には、濁りや曇りを抑制しつつ近赤外線入射量を調節することができる点で有用である。