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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024117215
(43)【公開日】2024-08-29
(54)【発明の名称】ナットランナ
(51)【国際特許分類】
   B25B 23/14 20060101AFI20240822BHJP
   B23P 19/06 20060101ALI20240822BHJP
【FI】
B25B23/14 620H
B25B23/14 620C
B25B23/14 610E
B23P19/06 K
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023023180
(22)【出願日】2023-02-17
(71)【出願人】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(71)【出願人】
【識別番号】390005924
【氏名又は名称】株式会社ユタニ
(74)【代理人】
【識別番号】100120868
【弁理士】
【氏名又は名称】安彦 元
(74)【代理人】
【識別番号】100199347
【弁理士】
【氏名又は名称】西田 泰士
(72)【発明者】
【氏名】中島 智晴
(72)【発明者】
【氏名】下田 萌喜
(72)【発明者】
【氏名】吉本 智
(72)【発明者】
【氏名】油谷 謙介
【テーマコード(参考)】
3C038
【Fターム(参考)】
3C038AA01
3C038AA04
3C038BC03
3C038BC04
3C038CA02
3C038CA06
3C038CA07
3C038CA10
3C038CB02
3C038CC04
3C038EA02
(57)【要約】
【課題】ボルト又はナットの着座や底付を正しく判定し、判定精度を向上させて不良化率を低減するナットランナを提供する。
【解決手段】締付対象物に対してボルト又はナットの締付制御を行う制御手段を有するナットランナにおいて、前記制御手段は、進化戦略に従って重み係数の最適値を探索する最適値探索手段を用いて締付制御を行うAI締付制御手段を有し、前記AI締付制御手段は、締付開始後の計測データ群を前記最適値探索手段に入力することにより、前記締付対象物の着座及び/又は底付を検出する検出手段を有することを特徴とする。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
締付対象物に対してボルト又はナットの締付制御を行う制御手段を有するナットランナにおいて、
前記制御手段は、進化戦略に従って重み係数の最適値を探索する最適値探索手段を用いて締付制御を行うAI締付制御手段を有し、
前記AI締付制御手段は、締付開始後の計測データ群を前記最適値探索手段に入力することにより、前記締付対象物の着座及び/又は底付を検出する検出手段を有することを特徴とするナットランナ。
【請求項2】
前記AI締付制御手段は、ナットランナの外部に設けたこと特徴とする請求項1記載のナットランナ。
【請求項3】
前記AI締付制御手段は、更に予め設定された前記締付対象物の着座トルクに到達したか否かを判定する判定手段を有し、前記判定手段により前記着座トルクに到達したと判定されるまで、前記検出手段による前記締付対象物の着座及び/又は底付の検出を繰り返すこと特徴とする請求項1又は2記載のナットランナ。
【請求項4】
前記最適値探索手段は、締付学習データから共分散行列適応進化戦略(CMA-ES:Covariance Matrix Adaptation Evolution Strategy)のアルゴリズムに基づいて最適解(評価値)を探索することを特徴とする請求項1記載のナットランナ。
【請求項5】
前記ナットは、セルフロックナットであることを特徴とする請求項1記載のナットランナ。
【請求項6】
前記ナットランナは、エアナットランナ又は据付型ナットランナであることを特徴とする請求項1記載のナットランナ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナットランナに関し、締付対象物の着座や底付きを自動的に検出するナットランナに関する。
【背景技術】
【0002】
ナットランナは自動車車体製造、航空宇宙産業、重機・建機組立、家電組立等、産業界の組立分野において幅広く使われている。これらの組立現場では、ナットランナが締付対象物に対してボルトやナットを締付ける際に利用される。ボルトやナットの締付には、回転する先端部分にソケットを装着して用いられる。ナットランナの形状は、手で持って作業をするハンドナットランナや設備に搭載する据付型のナットランナがある。ハンドナットランナとしては、ストレートタイプ、ピストルタイプ、アングルタイプ等がある。
【0003】
ナットランナの駆動方式としては、圧縮空気を利用したエア式ナットランナ、電動モータの軸から減速ギアを経由してソケットへ伝達してボルトやナットを回転させる電気式ナットランナが一般的である。締付強度(トルク、Nmで表す)の与え方としては、連続的にトルクを与えるダイレクト駆動(DC)方式と、パルス状のトルクを与えながら締付けるパルス方式がある。パルス方式はDC方式に比べて、締付完了段階における反力が少ないというメリットがある反面、正確なプログラム制御や締付トルクの判定が難しいというデメリットがある。
【0004】
エア式ナットランナでは、規定トルクに達するとクラッチが外れて空転する、又はシャットオフバルブが機能して回転を止めることにより、規定トルクの締付けを行う。電動ナットランナにおいては、回転速度・角度・締付トルクをプログラムにより制御を行うことが可能であり、回転速度が自動で切り替わる機能を有するものもあり、例えば締付ける時には高速回転で、最後は低速になって仕上げを行うといった作業を自動で行うことができる。エア式ナットランナにおいても、同様な機能を追加したものがある。
【0005】
特許文献1には、機械学習装置を用いたネジ締付システムが開示されている。
【0006】
また、特許文献2には、締付開始から着座までボルトやナットの締付対象物を例えば高速回転で締付け、その着座後から締付完了まで締付対象物を例えば低速回転で締付けるナットランナ及びその制御方法が開示されている。
【0007】
特許文献3には、ニューラルネットワークを用いて、ナットランナによるねじの締付を制御するナットランナ制御装置が開示されている。具体的には、特許文献3では、軸力測定結果を教師として、ナットランナ締付を軸力測定無しでも軸力と紐付けて締付け判定制御している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2017-30088号公報
【特許文献2】特開2006-110657号公報
【特許文献3】特開平6-206127号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記特許文献1では、報酬の決め方が、「距離センサによるネジ頭部と座面間の距離測定」に依存しているため、ネジ締付は距離センサが必要である。行動(制御動作)を最適化するためのニューラルネットワークによりエラーの少ない制御動作を学習し、その動作で動かす制御を行う。判定の良し悪しが学習されるわけではないため、距離センサが無い場合には、正解判定精度が著しく落ちるという問題点があった。
【0010】
上記特許文献2では、着座地点までに異常が発生しないことを評価する技術であり、着座の決定方法を改良することについては配慮されていなかった。
【0011】
上記特許文献3では、着座については開示されているが、底付きまでは考慮されていなかった。
【0012】
そこで本発明は、上述した問題点に鑑みて案出されたものであり、その目的とするところは、ボルト又はナットの着座や底付を正しく判定し、判定精度を向上させて不良化率を低減するナットランナを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するために、第1発明に係るナットランナは、締付対象物に対してボルト又はナットの締付制御を行う制御手段を有するナットランナにおいて、前記制御手段は、進化戦略に従って重み係数の最適値を探索する最適値探索手段を用いて締付制御を行うAI締付制御手段を有し、前記AI締付制御手段は、締付開始後の計測データ群を前記最適値探索手段に入力することにより、前記締付対象物の着座及び/又は底付を検出する検出手段を有することを特徴とする。
【0014】
第2発明に係るナットランナは、第1発明において、前記AI締付制御手段は、ナットランナの外部に設けたこと特徴とする。
【0015】
第3発明に係るナットランナは、第1発明又は第2発明において、前記AI締付制御手段は、更に予め設定された前記締付対象物の着座トルクに到達したか否かを判定する判定手段を有し、前記判定手段により前記着座トルクに到達したと判定されるまで、前記検出手段による前記締付対象物の着座及び/又は底付の検出を繰り返すことを特徴とする。
【0016】
第4発明に係るナットランナは、第1発明において、前記最適値探索手段は、締付学習データから共分散行列適応進化戦略(CMA-ES:Covariance Matrix Adaptation Evolution Strategy)のアルゴリズムに基づいて最適解(評価値)を探索することを特徴とする。
【0017】
第5発明に係るナットランナは、第1発明において、前記ナットは、セルフロックナットであることを特徴とする請求項1記載のナットランナ。
【0018】
第6発明に係るナットランナは、第1発明において、前記ナットランナは、エアナットランナ又は据付型ナットランナであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
以上の構成により、本発明によれば、ボルト又はナットの着座や底付地点を正しく判定し、判定精度を向上させて不良化率を低減するナットランナを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1(a)は本発明の実施形態を示すハンドナットランナの断面図である。図1(b)は本発明の実施形態のハンドナットランナにおける操作部の構成図である。
図2図2は、本実施形態のハンドナットランナの電気ブロック図である。
図3図3は、本実施形態のナットランナにおけるAI締付制御フローチャートである。
図4図4は、a(χ)のχ=1(自由度1)のカイ二乗分布の一例を示す図である。
図5図5は、モンテカルロ法による最適解探索の一例を示す図である。
図6図6(a)は遺伝的アルゴリズムによる最適解探索の一例を示す図である。図6(b)は遺伝的アルゴリズムによる最適解探索による評価方法を示す図である。
図7図7(a)はCMA-ESによる共分散行列適応進化戦略による世代1の一例を示す図である。図7(b)はCMA-ESによる共分散行列適応進化戦略による世代2の一例を示す図である。図7(c)はCMA-ESによる共分散行列適応進化戦略による世代3の一例を示す図である。
図8図8(a)はCMA-ESによる共分散行列適応進化戦略による世代4の一例を示す図である。図8(b)はCMA-ESによる共分散行列適応進化戦略による世代5の一例を示す図である。図8(c)はCMA-ESによる共分散行列適応進化戦略による世代6の一例を示す図である。
図9図9は、最適解探索の学習の流れを示す図である。
図10図10は、最適解探索の学習の流れを示す図である。
図11図11は、各手法における最適解探索時間と着座判定精度のテスト結果を示す図である。
図12図12は、CMA-ESで探索した最適解の着座判定精度を示すグラフである。
図13図13は、判定対象における着座検知率を示す図である。
図14図14は、本実施形態の他の例を示すAI締付制御フローチャートである。
図15図15(a)は、本実施形態におけるナットランナの使用状態(ソケット装着前)を示す説明図である。図15(b)は本実施形態におけるナットランナの使用状態(ソケット装着後)を示す説明図である。
図16図16(a)は本実施形態の実験1における発明の効果を示す図である。図16(b)は本実施形態の実験2における発明の効果を示す図である。
図17図17は、本発明と従来の効果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を適用した実施形態におけるナットランナの一例について、図面を参照しながら説明する。
【0022】
<本実施形態:ハンドナットランナ>
<構成>
図1は本発明の実施形態を示すハンドナットランナの一例を示す断面図である。
本実施形態のハンドナットランナは、図1に示すように、樹脂ケーシング1と、金属ケーシング2と、充電式バッテリ3と、グリップ4と、スイッチ5と、操作部6、表示部7と、を有する。
【0023】
これらのケーシング内部に、電子部品とメカ部品とモータ等が内蔵されている。すなわち、樹脂ケーシング1には、CPU基板11と、DCブラシレスモータ12と、エンコーダ13と、モータ制御基板14と、表示操作基板15と、加速度および角速度計測部16と、を有する。金属ケーシング2には、モータ駆動軸21と、減速部22と、かさ歯車部23と、先端出力部24と、歪ゲージ式トルクセンサ25と、歪ゲージ式トルクセンサ26と、を有する。図示を省略するが、減速部22は、サンギヤと、ピニオンギヤと、インターナルギヤを有し、遊星歯車機構を構成している。
【0024】
<構成の説明>
樹脂ケーシング1には、CPU基板11、DCブラシレスモータ12、モータエンコーダ13、モータ制御基板14、表示操作基板15、加速度および角速度計測部16を内蔵している。
【0025】
金属ケーシング2には、モータ駆動軸21、モータ駆動軸21、減速部22、かさ歯車部23、先端出力部24、第1の歪ゲージ式トルクセンサ25、第2の歪ゲージ式トルクセンサ26を内蔵している。
【0026】
充電式バッテリ3は、ナットランナ内部のセンサ、各電子基板、モータ等に電源供給を行う。例えば、充電式のリチウムイオン電池やニッケル水素電池等が使用できる。試作機では、電池電圧25.2V、容量3.9Ahのものを用いているが、これに限定されない。所望の締付トルクを達成できるものであれば良い。
【0027】
グリップ4は、操作者が手で握る部分である。グリップ4を操作者が把持し、ハンドナットランナを締付対象物に対して操作する。
【0028】
スイッチ5は、操作者により押すと締付制御が開始される。
【0029】
操作部6は、設定値変更、締付結果の表示の変更、決定、リセット等の操作を行うためのボタン群が設けられている。
【0030】
表示部7は、設定値、締付結果、状態等の表示を行うための液晶画面である。カラー表示や白黒表示等の表示形式については特に限定されない。
【0031】
CPU基板11は、締付対象物に対してボルト又はナットの締付制御を行う制御手段としての機能を備え、進化戦略に従って重み係数の最適値を探索する最適値探索手段を用いて締付制御を行うAI締付制御手段を有している。CPU基板11には、AI締付制御手段としての締付制御を行うためのプログラムが書き込まれている。本明細書では、人工知能、Artificial Intelligeceを略して「AI」と表記する。以下、CPU基板11におけるナットランナのコントローラとしての機能を説明する。CPU基板11は、DCブラスレスモータ等のモータ12、エンコーダ13、第1の歪ゲージ式トルクセンサ25、第2の歪ゲージ式トルクセンサ26、加速度および角速度計測部16で計測した値を取り込む。CPU基板11は、Wi-Fi通信又はUSB接続により、図示しない外部PCと接続できる。ナットランナから外部PCに、締付結果や締付に必要な設定値を送信することができる。また、外部PCからナットランナに、締付に必要な設定値を送信することができる。メモリに一時的に各種測定値や検討結果を保存することができる。内部ストレージ(SDカード等)に、締付結果を保存することができる。
【0032】
モータ12は、ナットランナの動力源である。モータ12の回転速度及び電流値は、CPUに取り込まれる。
【0033】
モータエンコーダ13は、モータ12の回転速度を計測する。計測された回転速度値は、CPUに取り込まれる。
モータ制御基板14は、モータ12の駆動制御IC、ドライバ回路、電源回路などを備えた基板である。
表示操作基板15は、操作部6や表示部7の表示・操作用の基板である。
【0034】
加速度および角速度計測部16は、x、y、z軸の加速度および角速度の計測を行うためのものである。加速度および角速度計測部16は後記図2の9軸ジャイロセンサに対応する。ジャイロセンサのことを、本明細書では「振動センサ」という用語を用いている場合もある。
【0035】
モータ駆動軸21は、モータ12の駆動力を伝達するものである。モータ12の動力を駆動軸から減速部(遊星歯車機構等)へ入力を行うためのものである。
【0036】
減速部22は、遊星歯車機構(サンギヤ、ピニオン、インターナルギヤ)等により減速させて、目標のトルク(規定トルク)を得る。
【0037】
かさ歯車部23は、出力方向変換を行い、回転力を先端出力部24に伝達する。
【0038】
先端出力部24は、図示しないソケット等を装着し、ナットやボルトと接続することで、締付を行う。
【0039】
第1の歪ゲージ式トルクセンサ25は、締付トルクの計測を行うためのものである。計測されたトルク値は、CPUに取り込まれる。この第1の歪ゲージ式トルクセンサ25のことを後述するAI開発においては、トルクセンサ(1)と略して表記する。
【0040】
第2の歪ゲージ式トルクセンサ26は、締付トルクの計測を行うためのものである。計測されたトルク値は、CPUに取り込まれる。この第2の歪ゲージ式トルクセンサ26のことを後述するAI開発においては、トルクセンサ(2)と略して表記する。
【0041】
<電子基板:CPU基板、モータ制御基板等>
図2は、本実施形態のナットランナの電子基板の主要な構成例を示す図である。
図2に示すように、電子基板は、トルクセンサ101A、101Bと、増幅器102A、102Bと、フィルタ103A、103Bと、A/D変換部104A、104Bと、中点電圧105A、105Bと、入力部106と、モータエンコーダ107と、CPU108と、メモリ109と、記憶装置113と、表示部114と、モータ制御部115と、通信部116と、各種センサ(ジャイロセンサ等)117と、を有する。
【0042】
<電子基板の構成の説明>
トルクセンサ101A、101Bは、ボルト締付時のトルクをアナログ値として発生させる。センサ部品自体にかかるトルクが歪を発生させ、それに起因した回路の電圧差を出力する。ここでは、歪ゲージを採用しているが、出力されるアナログ値は電圧に限定されない。トルクセンサ101Aは、図1に示す第1の歪ゲージ式トルクセンサ25に対応する。また、トルクセンサ101Bは、図1に示す第2の歪ゲージ式トルクセンサ26に対応する。
【0043】
増幅器102A、102Bは、トルクセンサが出力する微小電位差を増幅する。増幅率は例えば、250倍程度に設定するが、これに限定されない。
【0044】
フィルタ103A、103Bは、増幅器102A、102Bの出力のアナログ値を平滑化する丸め処理(フィルタリング)を行う。
【0045】
A/D変換部104A、104Bは、アナログ値をソフトウエアが読める形であるデジタル値に変換する。A/D変換部104A、104Bにより、ソフトウエア上の値(例えば、0-4096)として読み取りが可能となる。
【0046】
中点電圧105A、106Bは、安全な出力をするための中点であり、異常電圧から回路を保護する。
【0047】
入力部106は、ハンドツール(手持ち式工具)の使用者が、操作を行うためのボタン等のインタフェースである。入力部106の例としては、ボタンに加えてタッチパネルやマイク等を含んでも良い。
【0048】
モータエンコーダ107は、モータの回転角度を読み取るためのパルス信号を出力する。ON-OFF-ON-OFFという信号がCPU108に入力される。CPU108は、その値からモータの回転角度を計算する。
【0049】
CPU108は、以下の処理を実行する。(1)入力部106からの読み取り処理(2)通信部116からの読み取り処理及び通信部116への書き込み処理。(3)A/D変換部104A、104Bからの読み取り処理。(4)モータエンコーダ107からの読み取り処理。(5)トルクセンサ101A、101Bとモータエンコーダ107のリアルタイムの読み取り値を計算し、モータ回転を制御する締付制御。(6)ハンドツール使用者に締付結果等の伝達。(7)締付結果データの記憶装置113への保存。ここで、CPU108は、進化戦略に従って重み係数の最適値を探索する最適値探索手段を用いて締付制御を行うAI締付制御手段を有している。そして、AI締付制御手段としての締付制御を行うためのプログラムが書き込まれている。AI締付制御手段については、AI開発から適用までの詳細を後述する。
【0050】
メモリ109は、プログラムおよび締付に必要なデータを一時的に記憶するための揮発性の記憶装置である。
【0051】
記憶装置113は、プログラムおよび締付に必要なデータを恒久的に記憶するための不揮発性の記憶装置である。
【0052】
表示部114は、使用者に情報を伝達するための電子部品である。例えば表示部114は、ディスプレイ、LEDライト、警告ブザーが含まれる。
【0053】
モータ制御部115は、例えばモータ本体、モータ制御のための電子部品から構成される。本実施形態では、モータ本体と一体構成としているが、別体構成にしても良い。
【0054】
通信部116は、接続された外部の電子機器とデータ転送をする電子部品である。本実施形態では、無線通信インタフェースを採用しているが、有線・無線インタフェースのどちらを採用しても良い。
【0055】
各種センサ117は、トルクセンサ101A、101B以外の接続インタフェースである。本実施形態では、9軸ジャイロセンサ(振動センサ)を接続している。
上記実施形態において、バッテリタイプのハンドナットランナにAI機能を搭載した点に特徴がある。そして、本発明のAI締付制御手法は従来の制御手法に対して着座判定精度を向上させたものであり、「底付」や「かじり」の判定精度も向上させた点に特徴がある。
【0056】
<ナットランナの使用状態説明図>
図15(a)(b)に図1(a)のナットランナ本体の先端出力部24にソケットを装着した使用状態説明図を示す。図15(a)は本実施形態におけるナットランナにソケットを装着する前の状態を示している。図15(b)は本実施形態におけるナットランナにソケットを装着した装着後の状態を示している。
図15(a)、(b)に示すように、図示しない使用者により、ナットランナ本体151(図1参照)の先端出力部にソケットCP(ジョイント)152を装着し、締付対象物A(接合対象A)153と締付対象物B(接合対象B)を重合せて両方の穴にボルト156を通し、セルフロックナット155を押さえ込むようにナットランナ本体151を押し付けてスイッチをオンしてボルト又はナットの締付を行う。
【0057】
<本実施形態 AI締付制御フロー>
図3は、本実施形態のナットランナにおけるAI締付制御フローチャートである。以下、図15(b)のようにナットランナ本体にソケットを装着し、図3のAI締付制御手段による締付制御フローについて説明する。
まず、締付け開始ボタンが押下(ON)される(ステップ301)と、モータが回転し、ネジ締付が開始され、各種計測値の測定が開始される(ステップ302)。
次に、着座や底付き等の異常判定に必要な数値を算出するため、測定値は時系列で保存され計算に使用される(ステップ303)。
次に、計測データ群をAIに入力し(ステップ304)、底付き判定(ステップ305)、着座判定(ステップ306)、着座トルク到達判定(ステップ307)を繰り返す。
着座を検出(ステップ306)し、着座トルクに到達した場合(ステップ307)は、判定結果は正常として処理を終了する(ステップ308)。
着座トルクに到達する前に、底付を検出した場合は(ステップ305)、判定結果はエラー(異常)、すなわち締付不良として(ステップ309)、モータを停止させて締付け終了とする。
上記ステップ301~306の処理を実行することによって、着座や底付きを判定することができる。
【0058】
<着座・底付のAI判定処理>
この着座や底付の判定は、進化戦略に従って重み係数の最適値を探索する最適値探索手段を用いて締付制御を行うAI締付制御手段によって実行される。このAI締付制御手段はCPUに締付制御プログラムを書き込むことにより実現される。具体的には、AI締付制御手段は、締付開始後の計測データ群を前記最適値探索手段に入力することにより、前記締付対象物の着座及び/又は底付を検出する。前記最適値探索手段は、締付学習データから共分散行列適応進化戦略(CMA-ES:Covariance Matrix Adaptation Evolution Strategy)のアルゴリズムに基づいて最適解(評価値)を探索することにより、着座や底付きを判定することができるので、従来の着座や底付の判定に対して判定精度を向上させることができる。
【0059】
以下では、本実施形態のハンドナットランナのAI開発とその適用について図面を参照しながら説明する。
【0060】
<AI開発工程>
AI開発に当たり、学習データを教師データとして与え、AI締付制御を行う。AIが用いる測定値は、ナットランナに搭載された各測定器が締付時に測定するものを用いる。各測定器と測定項目は、以下の通りである。歪ゲージ式トルクセンサ(締付トルク(N・m))、歪ゲージ式トルクセンサ(締付トルク(N・m))、振動センサ(X,Y,Z軸方向の加速度(m/sec2))、振動センサ(X,Y,Z軸方向の角速度(deg/sec))、エンコーダ(モータ回転角度(deg))、モータ/アンプ(モータ電流(A))、モータ/アンプモータ回転数(rpm))。ナットランナは、内蔵されたコントローラにより、トルク1、トルク2、角度、モータ電流、回転速度、加速度(X,Y,Z軸)、角速度(X,Y,Z軸)の11項目を例えば1ms間隔で計測/保存しながら締付けを行う。ボルト/ナットの組合せは、例えば組合せ1として、MS21042L3(セルフロックナット)とNAS6303-10(ボルト)、組合せ2として、MS21043-5(セルフロックナット)とNAS6305A10(ボルト)を用いてデータを取得する。
【0061】
<AI開発の実施>
着座判定に用いる判定式fを下記に示す。

f(A,B,C,D,E,F,G,H,I,J,K) =
aA+a'A2+bB+b'B2+cC+c'C2+dD+d'D2+eE+e'E2+fF+f'F2+gG+g'G2+hH+h'H2+iI+i'I2+jJ+j'J2+kK+k'K2+l

ここで、a,a',b,b',c,c',d,d',e,e',f,f',g,g',h, h',i,i',j,j', k,k',l:重み係数、A:締付トルク1、B:締付トルク2、C:モータ電流、D:締付角度、E:モータの回転数、F:振動センサの角速度(x軸)、G:振動センサの角速度(y軸)、H:振動センサの角速度(z軸)、I:振動センサの加速度(x軸)、J:振動センサの加速度(y軸)、K:振動センサの加速度(z軸) である。
しかしながら、上記の判定式に取得したデータを代入して計算するには、多くのパラメータが必要となるため、有意なデータに絞り判定式を以下に簡素化する。
【0062】
<着座判定AIの構築>
着座判定に用いる判定式fを下記のように簡素化して定義する。

f(x, y) = ax2+ bx + cy2+ dy + e

ここで、a, b, c, d, e : 重み係数、x : トルクセンサ1の値、y : モータ電流の値である。

異常度a(χ)を用いて下記のように着座判定を定義する。
異常判定: 異常度a(χ)が閾値を超えていれば異常判定とする。
着座判定: 指定回数の異常を検知したとき、着座したと判定する。

データが正規分布に従う場合には、異常度a(χ)はホテリング理論により下記の(式1)で計算することができる。
【数1】
ここで、x : 新たなデータ、μ : データ全体の平均値、σ2 : データ全体の分散 である。

((χ-μ)/σ)2は自由度1のカイ二乗分布に従う。このa(χ)のカイ二乗分布の例を図4に示す。χ2(1; k) < αとなるk を閾値として、a(χ) がk を超えているか否かにより、外れ値判定を行う。
【0063】
もっとも精度よく着座を検知する重み係数a, b, c, d, e の値を下記i)、ii)、iii)の方法にて探索する。
【0064】
<i)モンテカルロ法>
例えば図5に示すように、ランダムに重み係数を決定し、評価を行う。その操作を何度も繰り返し、最適な解を探索する方法である。この例を図5に示す。ランダムに定数の組合せを決定し(ステップ501)、解の評価を行い(ステップ502)、終了条件の確認を行う(ステップ503)。
【0065】
<ii)遺伝的アルゴリズム>
生物の適応進化に関する自然淘汰説に範を得た計算手法である。例えば図6(a)(b)に示すように、まず、ランダムに定数の組合せを決定し(ステップ601)、終了条件の確認を行い(ステップ602)、解の評価を行う(ステップ603)。主に以下の操作を行う。適応度による選択(Selection)、2つ解を交叉(Crossover)、 解の一部を突然変異(Mutation)の処理を行う。
【0066】
<iii)進化戦略>
以下では、進化戦略のうち、共分散行列適応進化戦略(CMA-ES(Covariance Matrix Adaptation Evolution Starategy))について説明する。共分散行列適応進化戦略は進化計算の1つであり、分散共分散行列を導入することで、変数間の依存関係を考慮した上で最適化を実現している。多変量正規分布のパラメータを更新して最適解を効率的に探索する。この例を図7(a)~(c)、図8(a)~(c)に示す。
(更新するパラメータ: 正規分布中心m、スケールσ、共分散行列C)
また、a, b, c, d, e の最適解探索(=学習)の流れを図9に示す。
まず、ある重み係数a, b, c, d, e を決定する。
次に、観測データから、異常度a(χ)の平均μおよび分散σ2 を算出する。また、異常度a(χ)のχに検証データの判定式を代入する。変化検知した(=異常度が閾値を指定回数超えた)地点が、実際の着座地点とどれほど離れているか(=時差)を求めることで着座判定を行う。さらに重み係数a~e はそのままにして、下記のように検証データを入れ替えていく。
次に、ある重み係数a, b, c, d, e を変更せずに、別の検証データについて同様の流れを行う。この例を図10に示す。
同様の作業を全てのデータが検証データとなるように繰り返し、集めた時差の平均をその重み係数の評価の指標とする。各手法i)~iii)により新たな重み係数を導出し、同様の検証を行っていき、最も時差の平均が小さかったものを最善の重み係数とする。
変化検知の定義の一例は以下の設定である。
閾値:カイ二乗分布による10%水準、 異常検知回数:1回
この時、各探索手法i)~iii)による着座判定精度は以下の通りである。この例を図11に示す。図12にCMA-ESの手法で最適解を探索し、着座判定を行った結果の一例を示す。図12の例では、縦軸に個数(個)を示し、横軸に正解との時差(ms)を示している。約450個の締付結果を、学習で得た最適解を重み係数に使用して着座判定させたところ、図12の結果が得られた。
【0067】
<精度向上検討>
異常検知精度の精度向上を下記のステップ1~ステップ6により行う。

f(x, y) = ax + bx2+ cy + dy2 + e
ここで、a, b, c, d, e : 重み係数 、 x : トルク1傾き、 y : トルク1である。

(ステップ1) トルク1、締付角度を移動平均処理

(ステップ2) 移動平均したトルク1(=ステップ1)の正規化(下記(式2)(式3))
【数2】
(ステップ3) 正規化したトルク1(=ステップ2)から、単位時間当たりのトルク増加幅を計算

(ステップ4) f(x, y) = ax + bx2 + cy + dy2 + e を計算
ここで、x: トルク1傾き(ステップ3) y: トルク1の値(ステップ2) である。

(ステップ5) (f(x, y) - mean)2 / var を計算

(ステップ6) ステップ5の値が閾値をN回連続で超えた地点を異常地点と判定

例えば、Nは10である。ステップ1~ステップ6の実施により図13に示すように、着座検知率を100%とすることができている。ここで、最大角度差0degが着座地点である。
このように、単位時間当たりのトルク上昇幅(トルク傾き)、移動平均 、異常検知回数、を最適化することで、異常検知精度が向上する。図13の例では、角度差を着座判定基準として説明しているが(角度差-9.5~38degの割合)、着座判定基準を軸力値で表して(例えば、軸力50~500Nの割合)、着座検知を行っても同様に着座検知率の精度を向上させることができる。軸力で着座検出を行った例を後記図17に示す。
【0068】
<他の実施形態のAI締付制御フロー>
図14にAI締付制御手段による締付制御フローについて説明する。
まず、締付け開始ボタンが押下(ON)される(ステップ1401)と、モータが回転し、ネジ締付が開始され、各種計測値の測定が開始される(ステップ1402)。
次に、着座や底付き等の異常判定に必要な数値を算出するため、測定値は時系列で保存され計算に使用される(ステップ1403)。
次に、計測データ群をAIに入力し(ステップ1404)、底付き判定(ステップ1405)、着座判定(ステップ1406)、仮締めトルク到達判定(ステップ1407)を繰り返す。
【0069】
仮締めトルクに到達した場合(ステップ1407)、締付けを一時停止し(ステップ1408)、最終締付トルクの自動補正を行い(ステップ1409)、締付モードを切り替えて(ステップ1410)、締付を再開する(ステップ1411)。
次に、計測データ群の読取りを行い(ステップ1412)、ステップ1413、1414、1415の処理を実行する。ステップ1413、1414、1415は、ステップ1403、1404、1405の処理と同様であるので、説明を省略する。
補正済み最終トルク到達まで上記ステップ1412~1415までの処理を繰り返す。ステップ1415において、底付きを検出した場合は、結果をエラーとして処理する(ステップ1418)、底付きがなく、補正済み最終トルクに到達した場合は、結果を正常として処理を終了する(ステップ1417)。
上記実施形態においては、ステップ1407において、仮締めトルクの到達を判定していたが、仮締め角度到達、仮締めトルク到達および仮締め角度到達を判定するように構成しても良い。
【0070】
上記ステップ1401~1407までの処理は、図3のAI締付制御フローと同様である。これらの1401~1407の処理によって、着座や底付きを判定することができる。
ステップ1407以降の処理ステップは、必要に応じて行う。最終締付トルクの自動補正を行う(ステップ1409)。例えば、着座判定前の区間で計測された最大トルク値を算出して、最終締付トルクに加算する、といったような補正を行う。必要があれば、締付け精度等を向上させるために、締付けモードを切り替える(ステップ1410)。例えば、締付回転速度を低下させる等を行う。
最終締付トルクに到達するまで(ステップ1416)、ステップ1411~1416までの締付を行う。その際、AI開発の説明したような演算を行いながら、底付き等の異常が無いか検出しながら締付ける。異常なく、最終締付トルクに到達すれば、正常に締付完了したと判定する(ステップ1417)。
【0071】
<本発明と従来との比較結果>
図16(a)は本実施形態の実験1における発明の効果を示す図である。図16(b)は本実施形態の実験2における発明の効果を示す図である。図16(a)、(b)に示すような「締付トルク」、「締付角度」、「軸力」の関係が得られるボルト/ナット締結条件下において、本発明による効果と従来の効果比較結果を図17に示す。図17に示すように、従来手法では軸力「0」の着座していない誤検出が見られる。また、従来の手法では軸力が「745N」に達してからの着座検出が見られ、検出時間が遅く、判定精度が悪い。
これに対し、本発明のAIによる着座検出は誤検出がなく、着座検出精度の向上が図られる。教師データを変化させて学習することにより「底付」や「カジリ」等の締付異常も精度良く、検出することができる。
【0072】
本実施形態は、通常のボルトやナットの締付に適用しても効果を奏するが、セルフロックナットのように、着座に到達するまでにある程度のトルクを必要とするナットやボルトの締付に適用することにより有利な作用効果を奏する。セルフロックナットの締付では、着座や底付やカジリが発生していなくても、締付途中でトルクが上昇するという課題があるので、本発明が有効である。また、セルフタッピングネジで締付を行う際も、同様な課題があるので、本発明を適用することにより有利な効果を奏する。
【0073】
このように、本実施形態においては、ボルト又はナットの着座や底付を正しく判定し、判定精度を向上させて不良化率を低減するナットランナを実現することができる。
上記実施形態においては、手持ち式電動ナットランナについて説明したが、エアナットランナ又は据付型ナットランナにも同様に適用できる。さらに、コントローラが外付けのACサーボナットランナや、ETCパルスレンチにも本発明を同様に適用できる。
【符号の説明】
【0074】
1 樹脂ケーシング
2 金属ケーシング
3 充電式バッテリ
4 グリップ
5 スイッチ
6 操作部
7 表示部
11 CPU基板
12 DCブラシレスモータ
13 エンコーダ
14 モータ制御基板
15 表示操作基板
16 加速度および角速度計測部
21 モータ駆動軸
22 減速部
23 かさ歯車部
24 先端出力部
25 第1の歪ゲージ式トルクセンサ
26 第2の歪ゲージ式トルクセンサ
108 CPU
302 計測データ群の読取りステップ
303 データ群の時系列保存ステップ
304 計測データ群をAIに入力ステップ
305 底付き判定ステップ
306 着座判定ステップ
307 着座トルク到達判定ステップ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
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図14
図15
図16
図17