(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024117288
(43)【公開日】2024-08-29
(54)【発明の名称】防護対象物に付着した延焼防止剤の除去方法
(51)【国際特許分類】
A62C 2/00 20060101AFI20240822BHJP
【FI】
A62C2/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023023302
(22)【出願日】2023-02-17
(71)【出願人】
【識別番号】000233826
【氏名又は名称】能美防災株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】501241645
【氏名又は名称】学校法人 工学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000383
【氏名又は名称】弁理士法人エビス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】檜山 圭一郎
(72)【発明者】
【氏名】増田 有行
(72)【発明者】
【氏名】田村 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】後藤 治
(57)【要約】
【課題】文化財等の防護対象物の表面に付着した延焼防止剤に対して、表面の変色や変質を抑えながら付着した延焼防止剤を除去する方法を提案する。
【解決手段】防護対象物の表面に付着した延焼防止剤を除去する方法であって、表面に付着して固化した延焼防止剤の付着膜を湿潤化する湿潤化処理と、湿潤化した付着膜を表面から除去する除去処理とを有する。湿潤化処理では、付着膜に接する低吸湿性の水分供給層の上に高吸湿性の保水層を積層し、保水層に水を加えて付着膜に吸水させる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
火災から防護したい防護対象物の表面に付着した延焼防止剤を除去する方法であって、
前記表面に付着した延焼防止剤の付着膜を湿潤化する湿潤化処理と、
湿潤化した前記付着膜を前記表面から除去する除去処理と、
を有することを特徴とする防護対象物に付着した延焼防止剤の除去方法。
【請求項2】
前記湿潤化処理では、
前記付着膜に接する低吸湿性の水分供給層の上に高吸湿性の保水層を積層し、前記保水層に水を加えて前記付着膜に吸水させることを特徴とする請求項1に記載された防護対象物に付着した延焼防止剤の除去方法。
【請求項3】
前記水分供給層は、樹脂繊維製の不織布で形成し、
前記保水層は、布製の織布で形成することを特徴とする請求項2に記載された防護対象物に付着した延焼防止剤の除去方法。
【請求項4】
前記除去処理では、
湿潤化した前記付着膜を布材で拭き取ることを特徴とする請求項1に記載された防護対象物に付着した延焼防止剤の除去方法。
【請求項5】
前記湿潤化処理では、
前記保水層に水を加えた状態を3時間程度保持することを特徴とする請求項2に記載された防護対象物に付着した延焼防止剤の除去方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、火災から防護したい防護対象物に付着した高粘度液体による延焼防止剤(以下、延焼防止剤)を除去する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
粘性を高める添加物を水に添加した高粘度液体を延焼防止剤として使用するための開発が進められている。この延焼防止剤は、消火活動で使用される消火剤(消火器などの薬剤等)と比べると、水が主成分であり、無機物が含有されているため、付着面に対し材質による影響は少ない。加えて、延焼防止対象物の表面に付着させて対象物の延焼を防止するので、流動性のある水を散布する場合と比較して、付着範囲を限定することができるので、茶室等の小型建築物の茅葺屋根や文化財建造物の屋内での火災に対して、汚損リスクを最小限に抑えながら効果的に延焼防止を図ることができる(下記特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
延焼防止剤は、付着範囲を限定できるので汚損リスクを抑えることができ、また、延焼防止剤の成分上それ自体による汚損リスクも少ないと言えるが、文化財などの表面に付着した場合には、表面が変色したり変質したりすることが無いかの懸念がある。実際に、漆塗りの表面に延焼防止剤が付着した状態で放置されると、延焼防止剤が固化して、白濁した付着膜が形成されることが確認されている。
【0005】
本発明は、このような事情に対処するために提案されたものである。すなわち、文化財等の火災から防護したい防護対象物の表面に付着した延焼防止剤に対して、表面の変色や変質を抑えながら付着した延焼防止剤を除去する方法を提案することで、延焼防止剤の適用性を向上させること、が本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
このような課題を解決するために、本発明は、以下の構成を具備するものである。
火災から防護したい防護対象物の表面に付着した延焼防止剤を除去する方法であって、前記表面に付着した延焼防止剤の付着膜を湿潤化する湿潤化処理と、湿潤化した前記付着膜を前記表面から除去する除去処理と、を有することを特徴とする防護対象物に付着した延焼防止剤の除去方法。
【発明の効果】
【0007】
このような特徴を有する本発明によると、文化財等の防護対象物の表面に付着した延焼防止剤に対して、表面の変色や変質を抑えながら付着した延焼防止剤を除去することができ、延焼防止剤の適用性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図2】湿潤化処理の変形例を示す説明図((a)平面図、(b)X-X断面図)。
【
図3】実証試験例における除去処理の方法を説明する説明図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態を説明する。本発明の実施形態に係る防護対象物に付着した延焼防止剤の除去方法は、以下に示す延焼防止剤を使用することを前提とする。
【0010】
[延焼防止剤(高粘度液体)]
延焼防止剤としては、粘度を高める添加剤を水に添加して調整したものを用いることができる。添加剤としては、高分子吸水ポリマー等のゲル化剤を含むものを用いてもよいし、水にチクソトロピー性(掻き混ぜたり振り混ぜたりすることにより、ゲルが流動性のゾルに変化する性質)をもたらす無機物を含む添加剤を用いてもよい。
【0011】
本発明の実施形態に係る延焼防止剤の除去方法は、防護対象物の表面に付着した延焼防止剤(白濁した付着膜)を対象にして、第1処理として湿潤化処理を行い、引き続き第2処理として除去処理を行う。
【0012】
[湿潤化処理]
<基本処理>
湿潤化処理は、防護対象物に付着した延焼防止剤の付着膜(以下、単に付着膜という)を湿潤化して、ジェル状にする処理である。ここでは、付着膜を湿潤化するために、
図1に示すように、防護対象物1の表面に付着した付着膜10に接するように水分供給層11を置き、その上に保水層12を積層させる。そして、保水層12に水を加えて付着膜10に吸水させる。
【0013】
この際、水分供給層11は、低吸湿性の材料で構成し、水分供給層11に届いた水を付着膜10に対して均一に均す役目を担い、水分供給層11に届いた水を均等に付着膜10に吸湿させる。これに対して、保水層12は、高吸湿性の材料で構成し、保水層12に加えられた水を所定時間保持しながら、徐々に水分供給層11に届ける役目を担っている。吸湿性を比較すると、保水層12の吸湿性は水分供給層11の吸湿性より高くなる。
【0014】
水分供給層11は、例えば、吸湿性の少ないポリエステル紙などの樹脂繊維製の不織布で構成することができ、保水層12は、例えば、吸湿性の高い、所謂ガーゼのような布製の織布で形成することができる。保水層12は、ガーゼのような織布を複数枚重ねることで、所望の保水性を確保することができる。
【0015】
また、保水層12の上には、必要に応じて、保水層12表面からの水の蒸発を防止するために、蒸発防止層(樹脂製ラップなど)を設けるようにしてもよい。
【0016】
<変形例>
湿潤化処理の変形例としては、
図2に示すように、防護対象物1の表面に付着した付着膜10に接するように水分供給層11を置き、その上に保水層12を積層させ、更に、保水層12の上に水溶性チューブ21を置き、その上に樹脂ラップなどからなる蒸発防止層20を置く。
【0017】
水溶性チューブ21は、例えば、材質が水溶性のポリビニルアルコールなどのチューブであり、この水溶性チューブ21の端部を給水口21A,21Bとして、そこから水溶性チューブ21内に水を入れる。水を入れてから一定時間が経過すると、水溶性チューブ21が溶けて、水が保水層12を経て水分供給層11に供給される。この際、水溶性チューブ21は保水層12の役割を兼ねるので、保水層12を省略して、直接水分供給層11の上に水溶性チューブ21を置くようにしてもよい。
【0018】
そして、この変形例では、水分供給層11と保水層12と水溶性チューブ21と蒸発防止層20、或いは、水分供給層11と水溶性チューブ21と蒸発防止層20を一体のシートにして、この一体のシートを防護対象物1の表面に付着した付着膜10に接するように置くことができる。水分供給層11と保水層12と水溶性チューブ21と蒸発防止層20を一体にする場合には、水溶性チューブ21の位置がずれないように、水溶性チューブ21の数か所を保水層(ガーゼ)12に縫い付ける又は編み込むようにしてもよい。このような一体シートを用いることで、湿潤化処理を効率良く行うことができる。
【0019】
[除去処理]
湿潤化処理でジェル状になった付着膜に対して、水分供給層11と保水層12を取り除き、布材で拭き取ることで、防護対象物1の表面から付着膜10を除去する。この際には、手又は用具を介して、湿潤化した付着膜10に所定圧力で布材を押し付け、一方向に向けて単数回又は複数回拭き取り処理を行う。
【0020】
外観的に平面状の表面上に付着した付着膜10であれば、十分な湿潤化の後に速やかに拭き取り処理を行うことで、防護対象物1の表面に変色や変質を生じさせることなく除去することができ、防護対象物1の表面を付着前の状態に復元することができる。
【0021】
[実証試験例]
<防護対象物の試験サンプル>
30mm×20mmの矩形材の表面に漆塗りを施したものを文化財の屋内建築資材モデルとして使用した。
【0022】
<延焼防止剤(高粘度液体)>
純水に添加剤を数パーセント加えたものであり、添加剤としては、透明性、高チクソトロピー性、高耐熱性を有するものを用いた延焼防止剤を使用した。
【0023】
<付着条件>
塗厚さが3mm(塗布量1.8g)で試験サンプルの表面全体に延焼防止剤を塗布し、塗布した後、試験サンプルを室温が25℃に保たれた室内で3日間又は1箇月放置し、塗布された延焼防止剤を乾燥・固化させた。これにより、全ての試験サンプルの表面には、白濁した付着膜10が形成された。
【0024】
<湿潤化処理>
水分供給層11として、ポリエステル紙(8g/m2)を1枚使用し、保水層12として、医療用ガーゼのタイプI(1cm間の条数、縦糸平均12±1、横糸平均12±1)を5枚使用した。保水層12に加える水の量は、保水可能な最大水分量(1.1g)とした。湿潤化条件として、温度:27℃且つ湿度:80%の条件(2021年8月の東京の平均温湿度)を恒温槽で維持し、3時間、6時間、9時間保持した。
【0025】
<除去処理>
A処理:湿潤化した付着膜10の上を擦らないようにして、水分供給層11と保水層12を取り除く。
B処理:A処理の後、
図3に示すように、布材(保水層12で用いたものと同じもので未使用のガーゼ5枚)31を防護対象物1の表面に乗せ、布材31の上に荷重(金属柱30)を乗せて、荷重計32で計測される荷重の値が0.4~0.6kgになるように荷重を加えながら、防護対象物1の表面全体を拭き取るように、布材31を移動させる。
C処理:A処理とB処理を行った後、布材31を新しいものと交換して、再度拭き取り処理を行い、防護対象物1の表面に変化が生じなくなるまで拭き取り処理を繰り返す。
【0026】
<実証試験結果の評価>
前述した実証試験は、18個の試験サンプルに対して実施し、サンプルNO.1-1~3-3の9個の試験サンプルは、前述の付着条件の放置期間を3日間とし、サンプルNO.4-1~6-3の9個の試験サンプルは、前述の付着条件の放置期間を1箇月とした。また、サンプルNO.1-1~1-3及びサンプルNO.4-1~4-3の試験サンプルは、前述の湿潤化処理の処理時間を3時間とし、サンプルNO.2-1~2-3及びサンプルNO.5-1~5-3の試験サンプルは、前述の湿潤化処理の処理時間を6時間とし、サンプルNO.3-1~3-3及びサンプルNO.6-1~6-3の試験サンプルは、前述の湿潤化処理の処理時間を9時間とした。
【0027】
前述した実証試験の結果を下記の表に示す。評価結果は、除去方法において、拭き取り処理を実施する処理Bと処理Cに関してのみ示している。評価結果は、「〇」が良好(延焼防止剤が付着する前に近い状態)で、「△」が概ね良好(若干残留物は残るが概ね延焼防止剤が付着する前に近い状態)とする。
【0028】
評価結果において、湿潤化処理の保持時間は、3時間程度が適当であり、その程度湿潤化処理を保持することで、付着膜は十分なジェル状に戻り、後段の拭き取り処理で除去し易くなる。また、湿潤化処理の時間が6時間又は9時間と過剰に長くなってしまうと、付着膜に一旦付与された水分が蒸発を始め、ジェル状から再び固化した膜に変化する場合があり、防護対象物1の表面への固着力が再び強くなるので、湿潤化処理の保持時間を過剰に長くするのは避けるべきである。
【0029】
付着条件としては、付着後に3日間放置した場合に比べて、1箇月放置した場合の方が除去処理の評価結果は良好になった。これは、防護対象物1の表面に付着した延焼防止剤の乾燥期間が長くなると、付着膜10がより乾燥して多孔質状になり、湿潤化処理における水分の吸水量が多くなることに起因するものと考えらえる。
【0030】
【符号の説明】
【0031】
1 防護対象物 10 付着膜
11 水分供給層 12 保水層
20 蒸発防止層 21 水溶性チューブ
30 金属柱(錘) 31 布材
32 荷重計