(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024117359
(43)【公開日】2024-08-29
(54)【発明の名称】ミクログリア含有大脳オルガノイドの作製方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/10 20060101AFI20240822BHJP
C12N 5/079 20100101ALI20240822BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20240822BHJP
【FI】
C12N5/10 ZNA
C12N5/079
C12N15/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023023418
(22)【出願日】2023-02-17
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100180231
【弁理士】
【氏名又は名称】水島 亜希子
(72)【発明者】
【氏名】小高 陽樹
(72)【発明者】
【氏名】舘野 浩章
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA93X
4B065AA93Y
4B065AB01
4B065AC20
4B065BA01
4B065BA21
4B065BB12
4B065BB19
4B065BB34
4B065BC03
4B065BC07
4B065BC11
4B065BC46
4B065BD15
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】 発達過程を再現し得る大脳オルガノイドを提供する。
【解決手段】 (a)多能性幹細胞から胚様体を調製するステップ、(b)前記胚様体を、BMPシグナル経路阻害剤およびTGFβシグナル経路阻害剤の存在下で培養するステップ、これにより神経化された胚様体が得られ、(c)前記神経化された胚様体を、EGFシグナル経路活性化剤、FGFシグナル経路活性化剤、TGFβシグナル経路活性化剤およびM-CSFシグナル経路活性化剤の存在下で造血前駆細胞と共培養するステップ、これにより初期大脳オルガノイドが得られ、ならびに、(d)前記初期大脳オルガノイドを、TrkBおよび/またはTrkCシグナル経路活性化剤の存在下で培養するステップを含む、ミクログリア含有大脳オルガノイドを作製する方法。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)多能性幹細胞から胚様体を調製するステップ、
(b)前記胚様体を、BMPシグナル経路阻害剤およびTGFβシグナル経路阻害剤の存在下で培養するステップ、これにより神経化された胚様体が得られ、
(c)前記神経化された胚様体を、EGFシグナル経路活性化剤、FGFシグナル経路活性化剤、TGFβシグナル経路活性化剤およびM-CSFシグナル経路活性化剤の存在下で造血前駆細胞と共培養するステップ、これにより初期大脳オルガノイドが得られ、ならびに、
(d)前記初期大脳オルガノイドを、TrkBおよび/またはTrkCシグナル経路活性化剤の存在下で培養するステップ
を含む、ミクログリア含有大脳オルガノイドを作製する方法。
【請求項2】
前記BMPシグナル経路阻害剤が、ドルソモルフィン、LDN-193189、ノギンおよびDMH1からなる群から選択され、
前記TGFβシグナル経路阻害剤が、SB-431542、SB-505124、SB-525334、sc-203294、A83-01、LY364947およびSD-208からなる群から選択され、
前記EGFシグナル経路活性化剤が、EGF、アンフィレギュリン、ヘパリン結合EGF様増殖因子、ベタセルリン、エピジェンおよびエピレグリンからなる群から選択され、
前記FGFシグナル経路活性化剤が、bFGF、aFGFおよびFGFCからなる群から選択され、
前記TGFβシグナル経路活性化剤が、IDE1、IDE2およびTGF-βからなる群から選択され、
前記M-CSFシグナル経路活性化剤が、M-CSFおよびIL-34からなる群から選択され、かつ、
前記TrkBおよび/またはTrkCシグナル経路活性化剤が、BDNF、NT-3およびNT-4からなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ステップ(c)において、前記神経化された胚様体1個あたり1×104~1×105個の前記造血前駆細胞が添加される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記造血前駆細胞が多能性幹細胞から誘導されたものである、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記多能性幹細胞および前記造血前駆細胞がヒト由来である、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の方法により作製されたミクログリア含有大脳オルガノイド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミクログリア含有大脳オルガノイドの作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、インビトロの生体モデルとして、種々の臓器のオルガノイドが作製されている。特に、ヒト脳組織は入手や培養が困難であることから、ヒト多能性幹細胞由来の脳オルガノイドは、ヒト特有の神経学的発達の研究や疾患の前臨床モデルになり得るものとして期待されている。これまでにも脳オルガノイドの作製方法が多数報告されており、脳オルガノイドにおいて脳組織の層構造を再現できることも報告されている(例えば、非特許文献1)。しかし、これまでに報告された脳オルガノイドの多くは、ミクログリアを含有していない。ミクログリアは、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患、脳梗塞、てんかん発作、神経障害性疼痛など、中枢神経系疾患の大半に関与していることが知られている。そのため、ミクログリアを含有しない脳オルガノイドは、疾患モデルとしては不十分である。
【0003】
成熟脳オルガノイドと成熟ミクログリアとを共培養することにより、ミクログリア含有脳オルガノイドを作製する方法が報告されている(非特許文献2)。しかし、この方法では、脳オルガノイドが成熟した後に成熟ミクログリアを添加しているため、生体内の脳発生の過程を再現できない。生体内では、卵黄嚢から発生したミクログリア前駆細胞が発生初期の脳に浸潤し、その後、神経発達と協調的にミクログリアへと分化し、成熟する。ミクログリアは、発達過程の脳内で、成長因子やサイトカインの分泌、シナプスの剪定、アポトーシス細胞の除去などの、神経ネットワークの構築に不可欠な機能を担っている。したがって、忠実な脳オルガノイドを作出するためには、このような生体内の脳発生における神経系細胞とミクログリアとの相互作用を再現できる必要がある。
【0004】
脳発生の過程および中枢神経系疾患を高度にモデル化することができる脳オルガノイドが求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Watanabe,M.et al.,Stem Cell Reports,2022;17(10):2220-2238
【非特許文献2】Abud,EM.et al.,Neuron,2017;94(2):278-293.e9
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、大脳を忠実に再現できる大脳オルガノイドを提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意研究の結果、多能性幹細胞から大脳オルガノイドを誘導する過程において造血前駆細胞を添加することにより、大脳を発生過程から再現した大脳オルガノイドを作出することに成功した。
【0008】
すなわち、本発明は、一実施形態によれば、(a)多能性幹細胞から胚様体を調製するステップ、(b)前記胚様体を、BMPシグナル経路阻害剤およびTGFβシグナル経路阻害剤の存在下で培養するステップ、これにより神経化された胚様体が得られ、(c)前記神経化された胚様体を、EGFシグナル経路活性化剤、FGFシグナル経路活性化剤、TGFβシグナル経路活性化剤およびM-CSFシグナル経路活性化剤の存在下で造血前駆細胞と共培養するステップ、これにより初期大脳オルガノイドが得られ、ならびに、(d)前記初期大脳オルガノイドを、TrkBおよび/またはTrkCシグナル経路活性化剤の存在下で培養するステップを含む、ミクログリア含有大脳オルガノイドを作製する方法を提供するものである。
【0009】
前記BMPシグナル経路阻害剤は、ドルソモルフィン、LDN-193189、ノギンおよびDMH1からなる群から選択され;前記TGFβシグナル経路阻害剤は、SB-431542、SB-505124、SB-525334、sc-203294、A83-01、LY364947およびSD-208からなる群から選択され;前記EGFシグナル経路活性化剤は、EGF、アンフィレギュリン、ヘパリン結合EGF様増殖因子、ベタセルリン、エピジェンおよびエピレグリンからなる群から選択され;前記FGFシグナル経路活性化剤は、bFGF、aFGFおよびFGFCからなる群から選択され;前記TGFβシグナル経路活性化剤は、IDE1、IDE2およびTGF-βからなる群から選択され;前記M-CSFシグナル経路活性化剤は、M-CSFおよびIL-34からなる群から選択され;かつ、前記TrkBおよび/またはTrkCシグナル経路活性化剤は、BDNF、NT-3およびNT-4からなる群から選択されることが好ましい。
【0010】
前記ステップ(c)において、前記神経化された胚様体1個あたり1×104~1×105個の前記造血前駆細胞が添加されることが好ましい。
【0011】
前記造血前駆細胞は、多能性幹細胞から誘導されたものであることが好ましい。
【0012】
前記多能性幹細胞および前記造血前駆細胞は、ヒト由来であることが好ましい。
【0013】
また、本発明は、一実施形態によれば、上記方法により作製されたミクログリア含有大脳オルガノイドを提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る方法によれば、生体内における脳発生と同様に、大脳オルガノイドの成熟とミクログリアの成熟とが同時に進行する。そのため、本発明に係る方法により作製されたミクログリア含有大脳オルガノイドは、脳発生の研究および中枢神経系疾患の薬剤スクリーニングのための大脳モデルとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、ミクログリア含有大脳オルガノイドの作製スケジュールを示す概略図である。
【
図2】
図2は、iPS細胞から誘導された造血前駆細胞におけるCD43の発現をフローサイトメトリーにより解析した結果を示すヒストグラムである。
【
図3】
図3は、HPCを添加せずに、またはHPCを種々の濃度で添加して調製された大脳オルガノイド(誘導9日目)におけるCD43陽性細胞をフローサイトメトリーにより解析した結果を示すヒストグラムである。
【
図4】
図4は、HPCを添加せずに、またはHPCを種々の濃度で添加して調製された大脳オルガノイド(誘導25日目)におけるCD45陽性細胞をフローサイトメトリーにより解析した結果を示すヒストグラムである。
【
図5】
図5は、HPCを添加せずに調製された大脳オルガノイド(誘導25日目)の、抗IBA1抗体を用いた蛍光免疫染色像(左上)、抗TUJ1抗体を用いた蛍光免疫染色像(右上)、Hoechst染色像(左下)、およびすべての染色像を重ねた画像(右下)を示す図である。
【
図6】
図6は、HPCを添加せずに調製された大脳オルガノイド(誘導43日目)の、抗IBA1抗体を用いた蛍光免疫染色像(左上)、抗TUJ1抗体を用いた蛍光免疫染色像(右上)、Hoechst染色像(左下)、およびすべての染色像を重ねた画像(右下)を示す図である。
【
図7】
図7は、HPCを添加して調製された大脳オルガノイド(誘導25日目)の、抗IBA1抗体を用いた蛍光免疫染色像(左上)、抗TUJ1抗体を用いた蛍光免疫染色像(右上)、Hoechst染色像(左下)、およびすべての染色像を重ねた画像(右下)を示す図である。
【
図8】
図8は、HPCを添加して調製された大脳オルガノイド(誘導43日目)の、抗IBA1抗体を用いた蛍光免疫染色像(左上)、抗TUJ1抗体を用いた蛍光免疫染色像(右上)、Hoechst染色像(左下)、およびすべての染色像を重ねた画像(右下)を示す図である。
【
図9】
図9は、HPCを添加して調製された大脳オルガノイド(誘導25日目および43日目)における抗IBA1抗体を用いた蛍光免疫染色の拡大像を示す図である。
【
図10】
図10は、HPCを添加せずに、またはHPCを添加して調製された大脳オルガノイド(誘導25日目)をデキサメタゾンに曝露した場合の、グルココルチコイド受容体(GR)(NR3C1遺伝子)の発現量の変化を示すグラフである。
【
図11】
図11は、HPCを添加せずに、またはHPCを添加して調製された大脳オルガノイド(誘導25日目)をデキサメタゾンに曝露した場合の、FKBP5遺伝子の発現量の変化を示すグラフである。
【
図12】
図12は、HPCを添加せずに、またはHPCを添加して調製された大脳オルガノイド(誘導25日目)をデキサメタゾンに曝露した場合の、IL1B遺伝子、TNFalpha遺伝子、IL10遺伝子およびIGF1遺伝子の発現量の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は本明細書中に説明した実施形態に限定されるものではない。
【0017】
本発明は、第一の実施形態によれば、(a)多能性幹細胞から胚様体を調製するステップ、(b)前記胚様体を、BMPシグナル経路阻害剤およびTGFβシグナル経路阻害剤の存在下で培養するステップ、これにより神経化された胚様体が得られ、(c)前記神経化された胚様体を、EGFシグナル経路活性化剤、FGFシグナル経路活性化剤、TGFβシグナル経路活性化剤およびM-CSFシグナル経路活性化剤の存在下で造血前駆細胞と共培養するステップ、これにより初期大脳オルガノイドが得られ、ならびに、(d)前記初期大脳オルガノイドを、TrkBおよび/またはTrkCシグナル経路活性化剤の存在下で培養するステップを含む、ミクログリア含有大脳オルガノイドを作製する方法である。
【0018】
本実施形態の方法では、多能性幹細胞から胚様体を調製する(ステップ(a))。「多能性幹細胞」には、例えば、胚性幹(ES)細胞、人工多能性幹(iPS)細胞、胚性生殖(EG)細胞、多能性生殖幹(mGS)細胞、Muse細胞などが挙げられるが、これらに限定されない。本実施形態の方法では、いずれの多能性幹細胞を用いてもよいが、ES細胞またはiPS細胞を用いることが好ましく、iPS細胞を用いることがより好ましい。
【0019】
本実施形態における多能性幹細胞は、任意の脊椎動物由来のものであってよく、好ましくは、マウス、ラット、ウサギ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、ウシ、サル、ヒトなどの哺乳動物由来であり、特に好ましくはヒト由来である。
【0020】
多能性幹細胞の調製方法は十分に確立されており(例えば、iPS細胞については、Cell,2007;131(5):861-872,doi:10.1016/j.cell.2007.11.019)、当分野において公知の方法にしたがって、任意の組織または細胞から多能性幹細胞を調製することができる。あるいは、すでに樹立されたiPS細胞株やES細胞株を、例えば、京都大学iPS細胞研究財団(CiRA_F)、理化学研究所バイオリソース研究センター(RIKEN BRC)、American Type Culture Collection(ATCC)などから入手してもよい。
【0021】
「胚様体」(EB)とは、多能性幹細胞の三次元凝集塊をいう。本実施形態における胚様体は、当分野において公知の方法にしたがって、例えば、任意の未分化ES/iPS細胞用維持培地を用いた浮遊培養やハンギングドロップ培養などにより調製されてよい。この際、EBは、以下に記載する分化誘導工程の前に、Y-27632のようなRhoキナーゼ(ROCK)阻害剤を含む培地中で1~2日間培養されることが好ましい。
【0022】
次いで、EBを、BMPシグナル経路阻害剤およびTGFβシグナル経路阻害剤の存在下で培養する(ステップ(b))。これにより、EBが神経パターニングを受け、神経化されたEBが得られる。
【0023】
本実施形態における「BMPシグナル経路阻害剤」は、BMP(骨形成タンパク質)またはその受容体もしくはその下流のシグナル経路を阻害する任意の公知の化合物であってよい。本実施形態におけるBMPシグナル経路阻害剤は、例えば、ドルソモルフィン、LDN-193189、ノギンおよびDMH1などであってよく、これらから選択される単独または2種類以上を組み合わせて用いることができる。本実施形態におけるBMPシグナル経路阻害剤は、好ましくはドルソモルフィンであってよく、培地におけるドルソモルフィンの濃度は、好ましくは1μM~10μMとすることができる。
【0024】
本実施形態における「TGFβシグナル経路阻害剤」は、TGFβ(トランスフォーミング成長因子β)またはその受容体もしくはその下流のシグナル経路を阻害する任意の公知の化合物であってよい。本実施形態におけるTGFβシグナル経路阻害剤は、例えば、SB-431542、SB-505124、SB-525334、sc-203294、A83-01、LY364947およびSD-208などであってよく、これらから選択される単独または2種類以上を組み合わせて用いることができる。本実施形態におけるTGFβシグナル経路阻害剤は、好ましくはSB-431542であってよく、培地におけるSB-431542の濃度は、好ましくは1μM~30μMとすることができる。
【0025】
本実施形態の方法のステップ(b)では、任意選択的に、Wntシグナル経路阻害剤をさらに添加してもよい。Wntシグナル経路阻害剤は、BMPシグナル経路阻害剤およびTGFβシグナル経路阻害剤によるEBの神経化をさらに促進することができる。本実施形態における「Wntシグナル経路阻害剤」は、Wntファミリータンパク質またはその受容体もしくはその下流のシグナル経路(好ましくは古典的Wnt/β-カテニン経路)を阻害する任意の公知の化合物であってよい。本実施形態におけるWntシグナル経路阻害剤は、例えば、XAV-939、IWR-1(IWR-1-endo)、53AH、IWP-2、IWP-4およびWnt-C59などであってよく、これらから選択される単独または2種類以上を組み合わせて用いることができる。本実施形態におけるWntシグナル経路阻害剤は、好ましくはXAV-939であってよく、培地におけるXAV-939の濃度は、好ましくは1μM~30μMとすることができる。
【0026】
本実施形態の方法のステップ(b)~(d)で使用される基本培地は、神経系細胞の分化誘導に用いられる一般的なものであってよく、例えば、DMEM/F-12培地、IMEM/F-12培地、N2培地、Essential6(商標)培地(Thermo Fisher Scientific)、Essential8(商標)培地(Thermo Fisher Scientific)、Neurobasal(商標)培地(Thermo Fisher Scientific)などであってよく、これらから選択される単独または2種類以上を混合して用いることができる。本実施形態のステップ(b)では、Essential6(商標)培地を基本培地として用いることが好ましい。
【0027】
本実施形態のステップ(b)において、EBは、例えば3×103~3×104/mLの濃度範囲で播種されてよい。ステップ(b)の期間は、例えば6~11日間であってよく、好ましくは6~8日間であってよい。
【0028】
次いで、神経化されたEBを、EGFシグナル経路活性化剤、FGFシグナル経路活性化剤、TGFβシグナル経路活性化剤およびM-CSFシグナル経路活性化剤の存在下で造血前駆細胞と共培養する(ステップ(c))。これにより、初期大脳オルガノイドが得られる。本実施形態において「初期大脳オルガノイド」とは、脳室様構造が形成され、かつ、造血前駆細胞が浸潤した、発生初期段階の大脳を模倣したオルガノイドをいう。
【0029】
「造血前駆細胞」とは、血球系細胞に分化することができる細胞をいい、CD43陽性細胞として定義され得る。本実施形態における造血前駆細胞は、任意の脊椎動物由来のものであってよく、好ましくは、マウス、ラット、ウサギ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、ウシ、サル、ヒトなどの哺乳動物由来であり、特に好ましくはヒト由来である。
【0030】
本実施形態における造血前駆細胞は、任意の方法により調製されてよく、生体組織から単離されたものであってもよいし、多能性幹細胞から誘導されたものであってもよい。多能性幹細胞を造血前駆細胞へと分化させる方法はすでに確立されており(例えば、Hetel,P.et al.,Nature Neuroscience,2017;20(5):753-75)、当分野において公知の方法にしたがって造血前駆細胞を調製することができる。多能性幹細胞を造血前駆細胞へと分化させるための培地やキットも市販されており、そのような市販品を用いて造血前駆細胞を調製してもよい。
【0031】
本実施形態における「EGFシグナル経路活性化剤」は、EGF(上皮成長因子)受容体またはその下流のシグナル経路を活性化する任意の公知の化合物であってよい。本実施形態におけるEGFシグナル経路活性化剤は、例えばEGF、TGF-β、アンフィレギュリン(AREG)、ヘパリン結合EGF様増殖因子 (HB-EGF)、ベタセルリン(BTC)、エピジェン(EPG)、エピレグリン(EPR)などであってよく、これらから選択される単独または2種類以上を組み合わせて用いることができる。本実施形態におけるEGFシグナル経路活性化剤は、好ましくはEGFであってよく、培地におけるEGFの濃度は、好ましくは5ng/ml~50ng/mlとすることができる。
【0032】
本実施形態における「FGFシグナル経路活性化剤」は、FGF(線維芽細胞増殖因子)受容体またはその下流のシグナル経路を活性化する任意の公知の化合物であってよい。本実施形態におけるFGFシグナル経路活性化剤は、例えば、FGF1ファミリーである酸性線維芽細胞成長因子(aFGF(FGF1))、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF(FGF2))およびそれらの組換え体(例えばFGF-G3(商標)など)、ならびに線維芽細胞成長因子キメラ(FGFC)などであってよく、これらから選択される単独または2種類以上を組み合わせて用いることができる。本実施形態におけるFGFシグナル経路活性化剤は、好ましくはbFGFであってよく、培地におけるbFGFの濃度は、好ましくは5ng/ml~50ng/mlとすることができる。
【0033】
本実施形態における「TGFβシグナル経路活性化剤」は、TGFβ受容体またはその下流のシグナル経路を活性化する任意の公知の化合物であってよい。本実施形態におけるTGFβシグナル経路活性化剤は、例えば、IDE1、IDE2、ならびにTGFβ1、TGFβ2およびTGFβ3などのTGFβタンパク質などであってよく、これらから選択される単独または2種類以上を組み合わせて用いることができる。本実施形態におけるTGFβシグナル経路活性化剤は、好ましくはIDE1であってよく、培地におけるIDE1の濃度は、好ましくは1ng/ml~10ng/mlとすることができる。
【0034】
本実施形態における「M-CSFシグナル経路活性化剤」は、M-CSF(マクロファージコロニー刺激因子)受容体またはその下流のシグナル経路を活性化する任意の公知の化合物であってよい。本実施形態におけるM-CSFシグナル経路活性化剤は、例えば、M-CSFおよびIL-34などであってよく、これらから選択される単独または2種類以上を組み合わせて用いることができる。本実施形態におけるM-CSFシグナル経路活性化剤は、好ましくはM-CSFおよびIL-34の組み合わせであってよく、培地におけるM-CSFおよびIL-34の濃度は、好ましくはそれぞれ10ng/ml~100ng/mlおよび10ng/ml~100ng/mlとすることができる。
【0035】
本実施形態のステップ(c)では、Neurobasal(商標)培地を基本培地として用いることが好ましく、B-27サプリメントなどが適宜添加されていてもよい。造血前駆細胞は、神経化されたEB1個に対して、例えば1×104~1×105個、好ましくは1×104~3×104個の比率で添加されてよい。ステップ(c)の期間は、例えば13~22日間であってよく、好ましくは16~19日間であってよい。
【0036】
次いで、初期大脳オルガノイドを、TrkBおよび/またはTrkCシグナル経路活性化剤の存在下で培養する(ステップ(d))。これにより、皮質層が形成され、かつ、ミクログリア前駆細胞がミクログリアに分化し、ミクログリア含有大脳オルガノイドが得られる。
【0037】
本実施形態における「TrkBおよび/またはTrkCシグナル経路活性化剤」は、高親和性ニューロトロフィン受容体ファミリー(TrkA、TrkBおよびTrkC)のうち、TrkBおよびTrkCのいずれか一方もしくは両方またはそれらの下流のシグナル経路を活性化する任意の公知の化合物であってよい。本実施形態におけるTrkBおよび/またはTrkCシグナル経路活性化剤は、例えば、BDNF、NT-3およびNT-4などであってよく、これらから選択される単独または2種類以上を組み合わせて用いることができる。本実施形態におけるTrkBおよび/またはTrkCシグナル経路活性化剤は、好ましくはBDNFおよびNT-3の組み合わせであってよく、培地におけるBDNFおよびNT-3の濃度は、好ましくはそれぞれ5ng/ml~50ng/mlおよび5ng/ml~50ng/mlとすることができる。
【0038】
本実施形態のステップ(d)では、Neurobasal(商標)培地を基本培地として用いることが好ましく、B-27サプリメントなどが適宜添加されていてもよい。ステップ(d)の期間は、作製されるミクログリア含有大脳オルガノイドの所望の成熟度によって適宜変更され得るが、例えば、少なくとも14日間であってよく、好ましくは14~22日間であってよく、特に好ましくは16~20日間であってよい。
【0039】
本実施形態の方法によれば、初期大脳オルガノイドにミクログリア前駆細胞を浸潤させることにより、生体内の脳の発生過程における神経系細胞およびミクログリアの協調的な成熟を再現することができる。そのため、本実施形態の方法によれば、発生過程を含めて大脳を忠実に再現した大脳オルガノイドを作製することが可能である。
【0040】
本発明は、第二の実施形態によれば、上記方法により作製されたミクログリア含有大脳オルガノイドである。
【0041】
上記方法により得られたオルガノイドがミクログリア含有大脳オルガノイドであるかどうかは、例えば、神経細胞特異的マーカーであるTUJ1(別名TUBB3)およびミクログリア特異的マーカーであるIBA1の発現により確認することができる。本実施形態のミクログリア含有大脳オルガノイドは、上記マーカーに加え、SOX2、PAX6、NESTIN、FOXG1、TBR1、CTIP2、SATB2、CUX1、MAP2、CD45、CX3CR1、TREM2、TMEM119、P2RY12などを発現していることが好ましい。マーカーの発現は、RT-PCR、ウェスタンブロット、フローサイトメトリーなどの公知の手法により解析することができる。
【0042】
本実施形態のミクログリア含有大脳オルガノイドは、発生過程を含めて大脳をインビトロにおいて忠実に再現できるものであり、脳発生の研究および中枢神経系疾患の薬剤スクリーニングのための大脳モデルとして有用である。
【実施例0043】
以下に実施例を挙げ、本発明についてさらに説明する。なお、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【0044】
<試薬>
本実施例において使用した試薬情報(試薬名、製品番号、製造元、略称など)は下記の通りである。
・mTeSR Plus-cGMP(STEMCELL Technologies: ST-100-0276)(以下、「mTeSR+培地」と表記)
・DMEM/F-12,HEPES(Gibco: 11330032)(以下、「DMEM/F-12培地」と表記)
・Corning Matrigel hESC-Qualified Matrix, LDEV-Free(Corning: 354277)(以下、「Matrigel」と表記)
・Versene(EDTA),0.02%(Lonza: 17-711E=BE17-711E)(以下、「Versene溶液」と表記)
・Accutase(Innovative Cell Technologies: AT104-500)
・D-PBS(-)(富士フイルム和光純薬: 049-29793)
・CultureSure 10mmol/l Y-27632 Solution,Animal-derived-free(富士フイルム和光純薬: 039-24591)(以下、「Y-27632」と表記)
・STEMdiff Hematopoietic Kit(STEMCELL Technologies: 5310)
・BAMBANKER(リンフォテック: CS-02-001)
・Essential6 Medium(Gibco: A1516401)
・SB-431542(R&D Systems: 1614/1)(以下、「SB」と表記)
・Dorsomorphin,≧98%(Sigma-Aldrich: P5499-5MG)(以下、「DM」と表記)
・XAV-939(R&D Systems: 675244)(以下、「XAV」と表記)
・Neurobasal-A Medium,liquid(Gibco: 10888022)
・B-27 Supplement Minus Vitamin A(50X),Liquid(Gibco: 12587010)(以下、「B-27 Supplement」と表記)
・GlutaMAX-I Supplement(Gibco: 35050061)
・Fibroblast Growth Factor,Basic,Human,recombinant(富士フイルム和光純薬: 064-04541)(以下、「bFGF」と表記)
・Recombinant Human EGF,CF(R&D Systems: 236-EG-200)(以下、「EGF」と表記)
・IDE1,10mM*1mL in DMSO(MedChemExpress: HY-100533)
・Recombinant Human IL-34(PeproTech: 200-34-10ug)(以下、「IL-34」と表記)
・Animal-Free Recombinant Human M-CSF(PeproTech: AF-300-25)(以下、「M-CSF」と表記)
・Recombinant Human/Murine/Rat BDNF(PeproTech: 450-02)(以下、「BDNF」と表記)
・Recombinant Human NT-3(PeproTech: 450-03)(以下、「NT-3」と表記)
・Dexamethasone(Cayman Chemical Company: 11015)
・4%パラホルムアルデヒド・りん酸緩衝液(富士フイルム和光純薬: 163-20145)(以下、「4%PFA」と表記)
・ヒドロキシ尿素(富士フイルム和光純薬: 8506653)
・Triton X-100(ナカライテスク: 35501-15)
・SCALEVIEW-S Trial Kit(富士フイルム和光純薬: 299-79901)
・deScale Solution(富士フイルム和光純薬: 041-34425)
・SCALEVIEW-A2(富士フイルム和光純薬: 193-18455)
・Human TruStain FcX(Fc Receptor Blocking Solution)(Biolegends: 422302)
・PE anti-human CD43 Antibody(BioLegend: 343203)(以下、「PE標識抗CD43抗体」と表記)
・APC anti-human CD45 Antibody(BioLegend: 304011)(以下、「APC標識抗CD45抗体」と表記)
・Anti Iba1,Rabbit(for Immunocytochemistry)(富士フイルム和光純薬: 019-19741)(以下、「抗IBA1抗体」と表記)
・ANTI BETA-TUBULIN III ISOFORM(CHEMICON: MAB1637)(以下、「抗TUJ1抗体」と表記)
・Goat anti-Rabbit IgG (H+L) Cross-Adsorbed Secondary Antibody, Alexa Fluor 647(Thermo Fisher Scientific: A-21244)(以下、「Alexa647標識抗ウサギIgG抗体」と表記)
・Goat anti-Mouse IgG1 Cross-Adsorbed Secondary Antibody, Alexa Fluor 555(Thermo Fisher Scientific: #A-21127)(以下、「Alexa555標識抗マウスIgG抗体」と表記)
・Cellstain Hoechst 33342 溶液 (1mg/ml H2O)(同仁化学研究所: H342)
・RNeasy Mini Kit(Qiagen: 74106)
・ReverTra Ace qPCR RT Master Mix with gDNA Remover(TOYOBO: FSQ-301)
・ THUNDERBIRD SYBR qPCR Mix(TOYOBO: QPS-201)
【0045】
<大脳オルガノイドのための基本培地(以下、「CO培地」と表記)>
2% B-27 Supplementおよび1% GlutaMAX-I Supplementが添加されたNeurobasal-A培地を、大脳オルガノイドのための基本培地として用いた。
【0046】
<1.ミクログリア含有大脳オルガノイドの分化誘導>
(1-1)iPS細胞の培養
ヒトiPS細胞(201B7株)(以下、単に「iPS細胞」と記載する)は、RIKEN BRCより入手した。iPS細胞を、6ウェルプレート上で、mTeSR+培地を用いて、37℃、5%CO2条件下で培養した。培地は2日に1回交換した。iPS細胞がセミコンフルエントに達したら、以下の手順で継代培養を行った。Matrigelをメーカー指定の希釈倍率でDMEM/F-12培地により希釈し、6ウェルプレートに1mL/ウェルで添加し、室温で1時間インキュベートした。培地を除去し、D-PBS(-)で1回洗浄した後、Versene溶液(1mL/ウェル)を添加した。室温で7分間インキュベートした後、Versene溶液を除去し、mTeSR+培地(2mL)を吹きかけてiPS細胞コロニーを回収した。回収されたiPS細胞コロニーの1/5~1/10量を、新しいMatrigelコート6ウェルプレートに播種した。
【0047】
(1-2)造血前駆細胞の調製
(1-2-i)胚様体の調製
培養上清を除去し、iPS細胞をD-PBS(-)で1回洗浄した後、Versene溶液(1mL/ウェル)を添加した。37℃で5分間インキュベートした後、ピペッティングにより単一細胞に分散させたiPS細胞を遠心管に回収した。D-PBS(-)を6ウェルプレートに2mL/ウェルで添加し、ウェルに残るiPS細胞を回収した。300×gで4分間遠心分離し、上清を除去し、10μMのY-27632を含有するmTeSR+培地によりiPS細胞を懸濁した(3.6×105細胞/mL)。iPS細胞をAggreWell(商標)400,24ウェルプレート(STEMCELL Technologies)に播種し(iPS細胞懸濁液1mL/ウェル)、プレートを100×gで3分間遠心した。その後、37℃、5%CO2条件下で24時間インキュベートし、胚様体(EB)を得た。
【0048】
(1-2-ii)iPS細胞から造血前駆細胞への分化誘導
EBを回収し、STEMdiff Hematopoietic Kit Medium Aを添加した。Medium Aで満たしたMatrigelコート12ウェルプレート(1mL/ウェル)に80個のEBを添加し、37℃、5%CO2条件下で培養した(0日目)。2日目に培地の半量をSTEMdiff Hematopoietic Kit Medium Bにより交換した。以後、2日に1回、培地の半量をMedium Bにより交換した。11日目に培養上清中に浮遊する単球様の造血前駆細胞(以下、「HPC」とも記載する)が確認された。HPCを回収し、一部をフローサイトメトリー解析に供し(後述)、残りをBAMBANKERを用いて凍結保存した。
【0049】
(1-3)ミクログリア含有大脳オルガノイドの調製
図1に示す分化誘導工程にしたがってミクログリア含有大脳オルガノイドを調製した。
(1-3-i)胚様体の調製(-1日目)
単一細胞に分散させたiPS細胞を上記(1-2-i)と同様の手順により調製し、10μMのY-27632(
図1では単に「Y」と表記)を含有するmTeSR+培地により懸濁した(1×10
6細胞/mL)。iPS細胞懸濁液を、96ウェルU底プレート(Corning:7007)または96ウェルV底プレート(住友ベークライト:MS-9096V)に添加し(100μL/ウェル)、プレートを100×gで3分間遠心した。その後、37℃、5%CO
2条件下で24時間インキュベートし、EBを得た。
【0050】
(1-3-ii)iPS細胞からミクログリア含有大脳オルガノイドへの分化誘導
・分化ステップ1(0日目):
培地を、終濃度10μMのSB、2μMのDMおよび2.5μMのXAVが添加されたEssential6培地に交換した。3日目にフレッシュな同培地により半量交換し、6日目まで培養を維持した。
・分化ステップ2(6日目):
培地を、終濃度20ng/mlのbFGF、20ng/mlのEGF、100ng/mlのIL-34、25ng/mlのM-CSFおよび5μMのIDE-1が添加されたCO培地に交換し、上記(1-2-ii)で調製したHPCを添加した(0.3~3×104細胞/ウェル)。3~4日ごとにフレッシュな同培地に交換し、25日目まで培養を維持した。
・分化ステップ3(25日目):
培地を、終濃度20ng/mlのBDNFおよび20ng/mlのNT-3が添加されたCO培地に交換した。3~4日ごとにフレッシュな同培地に交換し、43日目まで培養を維持した。
【0051】
<2.フローサイトメトリー解析>
(2-1)造血前駆細胞のフローサイトメトリー解析
上記(1-2-ii)で調製されたHPC(1×106細胞)を氷冷した1%BSA含有PBS(100μL)により懸濁し、1/20量のHuman TruStain FcX(BioLegend:422302)を添加した。10分間氷上で静置した後に、1/20量のPE標識抗CD43抗体を添加し、さらに60分間氷上で静置した。4℃、300×gで4分間遠心分離し、上清を除去し、1%BSA含有PBSで2回洗浄した。その後、CytoFLEXフローサイトメーター(ベックマン・コールター)により細胞を測定した。
【0052】
結果を
図2に示す。実線はPE標識抗CD43抗体で染色された細胞の結果を示し、破線は未染色の細胞の結果(対照)を示す。上記(1-2-ii)で調製された細胞がCD43陽性であり、造血前駆細胞であることが確認された。
【0053】
(2-2)ミクログリア含有大脳オルガノイドのフローサイトメトリー解析
上記(1-3)で調製されたミクログリア含有大脳オルガノイド(誘導9日目)をAccutaseで20~30分間処理し、ピペッティングで分散することにより単一細胞懸濁液を得た。4℃、300×gで4分間遠心分離し、回収された細胞(1×106細胞)を、上記(2-1)と同様の手順によりフローサイトメトリー解析した。対照として、HPCを添加しない以外は上記(1-3)の手順により調製された大脳オルガノイド(誘導9日目)を同様の手順により解析した。
【0054】
結果を
図3に示す。図中、「CO」はHPCを添加せずに調製された大脳オルガノイドを、「MG-CO」は、記載された数のHPC(0.3×10
4、1×10
4または3×10
4細胞/ウェル)を添加して調製された大脳オルガノイドを示す。大脳オルガノイドにおけるCD43陽性細胞(すなわち造血前駆細胞)の比率は、COでは0.024%、MG-CO(0.3×10
4 HPC/ウェル)では0.11%、MG-CO(1×10
4 HPC/ウェル)では0.66%、およびMG-CO(3×10
4 HPC/ウェル)では1.45%であった。この結果から、大脳オルガノイドに浸潤した造血前駆細胞が、造血前駆細胞の添加量に比例して増大することが確認された。
【0055】
また、上記(1-3)で調製されたミクログリア含有大脳オルガノイド(誘導25日目)を、PE標識抗CD43抗体に代えてAPC標識抗CD45抗体を用いた以外は上記(2-1)と同様の手順によりフローサイトメトリー解析した。対照として、HPCを添加しない以外は上記(1-3)の手順により調製された大脳オルガノイド(誘導25日目)を同様の手順により解析した。
【0056】
結果を
図4に示す。大脳オルガノイドにおけるCD45陽性細胞(すなわちミクログリア)の比率は、COでは0%、MG-CO(0.3×10
4 HPC/ウェル)では0.038%、MG-CO(1×10
4 HPC/ウェル)では0.66%、およびMG-CO(3×10
4 HPC/ウェル)では0.93%であった。この結果から、大脳オルガノイドに含有されるミクログリアが、造血前駆細胞の添加量に比例して増大することが確認された。発生期の脳におけるミクログリアの割合は0.5~1.5%程度であることを考慮すると、より正確に脳組織を再現したオルガノイドを調製するためには、1×10
4~3×10
4 HPC/ウェル(すなわち、EB1個あたり1×10
4~3×10
4個のHPC)を添加することが適切であることが示された。
【0057】
<3.免疫組織染色>
HPCを添加せずに、または添加して(3×104 HPC/ウェル)、上記(1-3)の手順により調製された大脳オルガノイド(誘導25日目および43日目)を4%PFAで固定し、PBSで洗浄した。その後、以下の手順により組織の透明化および免疫蛍光染色を行った。
工程1: SCALEVIEW-S0液で37℃、4時間インキュベート
工程2: SCALEVIEW-A2液で37℃、4時間インキュベート
工程3: 8M尿素液で37℃、一晩インキュベート
工程4: SCALEVIEW-A2液で37℃、4時間インキュベート
工程5: 0.1%TritonX 含有1%BSA-PBSで室温、2時間インキュベート
工程6: 1次抗体、0.33M尿素、0.1%TritonXを含有した1%BSA-PBSに37℃、一晩インキュベート
工程7: 0.33M尿素、0.1%TritonXを含有した1%BSA-PBSで3回洗浄
工程8: 2次抗体、Hoechst33342(1/1000倍希釈)、0.33M尿素、0.1%TritonXを含有した1%BSA-PBSに37℃、一晩インキュベート
工程9: 0.33M尿素、0.1%TritonXを含有した1%BSA-PBSで3回洗浄
工程10: 4%PFAで室温、1時間インキュベート
工程11: deSCALE液で1回洗浄し、4℃、3時間インキュベート
工程12: SCALEVIEW-A2液で37℃、4時間インキュベート
工程13: THUNDERシステム蛍光顕微鏡(Leica)で観察
【0058】
1次抗体および2次抗体および希釈倍率を以下に示す。
抗IBA1抗体: 1/200
抗TUJ1抗体: 1/500
Alexa647標識抗ウサギIgG抗体: 1/1000
Alexa555標識抗マウスIgG抗体: 1/1000
【0059】
HPCを添加せずに調製された誘導25日目の大脳オルガノイドの結果を
図5に、43日目の大脳オルガノイドの結果を
図6に示す。また、HPCを添加して調製された誘導25日目の大脳オルガノイドの結果を
図7に、43日目の大脳オルガノイドの結果を
図8に示す。左上図はIBA1の染色像を示し、右上図はTUJ1の染色像、左下図はHoechst33342の染色像、右下図はIBA1、TUJ1およびHoechst33342の染色像を重ねた画像を示す。HPCを添加せずに調製された大脳オルガノイドには、神経細胞(TUJ1陽性細胞)は存在したが、ミクログリア(IBA1陽性細胞)は存在しなかった。これに対し、HPCを添加して調製された大脳オルガノイドでは、神経細胞とともにミクログリアがオルガノイド全体に分布していた。
【0060】
さらに、HPCを添加して調製された誘導25日目および43日目の大脳オルガノイドにおけるIBA1陽性細胞の拡大像を
図9に示す。誘導25日目の大脳オルガノイド(MG-CO Day 25)におけるIBA1陽性細胞は球状であり、未成熟ミクログリア様の形態であったのに対し、誘導43日目の大脳オルガノイド(MG-CO Day 43)におけるIBA1陽性細胞は分岐を有し、成熟ミクログリア様の形態であった。
【0061】
以上の結果から、神経化された胚様体と造血前駆細胞とを共培養することにより調製されたミクログリア含有大脳オルガノイドが、脳発生を再現できるものであることが示された。
【0062】
<4.ミクログリア含有大脳オルガノイドへのグルココルチコイド曝露>
グルココルチコイドは、胎生期の脳発達に影響することが知られるホルモンである。そこで、本実施例では、HPCを添加せずに、または添加して(3×104 HPC/ウェル)、上記(1-3)の手順により調製された大脳オルガノイド(誘導22日目)を、合成グルココルチコイドであるデキサメタゾン(DEX)(1μM)の存在下で3日間培養した。
【0063】
RNeasy Kitを用いて、DEXに曝露された大脳オルガノイドからRNAを抽出し、ReverTra Ace qPCR RT Master Mix with gDNA Removerを用いてcDNAを調製した。以下のプライマーおよびTHUNDERBIRD SYBR qPCR Mixを用いてqPCRを行い、CFX ConnectリアルタイムPCR解析システム(Bio-Rad Laboratories)により解析を行った。各遺伝子の発現レベルは、内在性コントロール遺伝子GAPDHのCq値でノーマライズしたΔΔCt法により評価した。
【0064】
表1.qPCRに使用したプライマーセット
【表1】
【0065】
結果を
図10~12に示す。図中、「CO」はHPCを添加せずに調製された大脳オルガノイド(すなわちミクログリアを含有しない従来の大脳オルガノイド)を、「MG-CO」はHPCを添加して調製された大脳オルガノイド(すなわちミクログリア含有大脳オルガノイド)を示し、「DEX」はDEXに曝露した場合の結果を、「con」はDEXに曝露しなかった場合の結果を示す。
【0066】
ミクログリア含有大脳オルガノイドでは、ミクログリアを含有しない従来の大脳オルガノイドに比べ、グルココルチコイド受容体(GR)遺伝子の発現が増大していた(
図10)。GRが活性化された場合に発現が上昇することが知られているFKBP5については、ミクログリアを含有しない従来の大脳オルガノイドではDEX曝露による発現量の変化は見られなかったのに対し、ミクログリア含有大脳オルガノイドではDEX曝露により発現の有意な上昇が見られた(
図11)。また、活性化されたミクログリアから分泌されることが知られる炎症性サイトカインIL-1βおよびTNFα、抗炎症性サイトカインIL-10、ならびに増殖因子IGF1のいずれも、ミクログリア含有大脳オルガノイドでのみ高い発現か見られ(
図12、MG-CO、con)、これらの発現量はいずれも、DEX曝露により低下した(
図12、MG-CO、DEX)。これらの結果から、DEXが発生期のミクログリアに対して抑制的に作用することが示された。
【0067】
以上の結果から、神経化された胚様体と造血前駆細胞とを共培養することにより調製されたミクログリア含有大脳オルガノイドが、脳発生を再現するモデルとして有用であることが示された。