IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 独立行政法人産業技術総合研究所の特許一覧

特開2024-118783植物に有益な形質を付与する土壌微生物叢の能力を評価する方法
<>
  • 特開-植物に有益な形質を付与する土壌微生物叢の能力を評価する方法 図1
  • 特開-植物に有益な形質を付与する土壌微生物叢の能力を評価する方法 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024118783
(43)【公開日】2024-09-02
(54)【発明の名称】植物に有益な形質を付与する土壌微生物叢の能力を評価する方法
(51)【国際特許分類】
   A01G 7/00 20060101AFI20240826BHJP
   A01G 24/13 20180101ALI20240826BHJP
   A01G 24/15 20180101ALI20240826BHJP
   C12Q 1/04 20060101ALI20240826BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20240826BHJP
【FI】
A01G7/00 605Z
A01G24/13
A01G24/15
C12Q1/04 ZNA
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023025275
(22)【出願日】2023-02-21
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 宣夫
(74)【代理人】
【識別番号】100134784
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 和美
(72)【発明者】
【氏名】西岡 友樹
(72)【発明者】
【氏名】玉木 秀幸
【テーマコード(参考)】
2B022
4B063
【Fターム(参考)】
2B022BA03
2B022BA04
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ05
4B063QQ19
4B063QR73
4B063QR74
4B063QR90
4B063QS40
4B063QX01
(57)【要約】
【課題】土壌微生物叢それ自体の能力を直接評価する方法を提供すること。
【解決手段】植物に有益な形質を付与する土壌微生物叢の能力を評価する方法であって、
(i)微生物叢を含む土壌から土壌懸濁液を調製し、前記土壌懸濁液を、微生物叢を含む画分と微生物叢を含まない画分とに分離する工程、
(ii)天然鉱物由来の人工土壌を準備し、前記微生物叢を含む画分と前記微生物叢を含まない画分の各々で前記人工土壌を処理する工程、
(iii)前記処理した各人工土壌に植物の種子を播種する工程、
(iv)植物を栽培し、前記植物における病害の発生及び/又は前記植物の生育を監視する工程、
(v)前記土壌が病害の発生を抑制するか及び/又は前記植物の生育を促進する場合に、前記土壌を、植物に有益な形質を付与する能力を有すると評価する工程、
を含む、方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物に有益な形質を付与する土壌微生物叢の能力を評価する方法であって、
(i)微生物叢を含む土壌から土壌懸濁液を調製し、前記土壌懸濁液を、微生物叢を含む画分と微生物叢を含まない画分とに分離する工程、
(ii)天然鉱物由来の人工土壌を準備し、前記微生物叢を含む画分と前記微生物叢を含まない画分の各々で前記人工土壌を処理する工程、
(iii)前記処理した各人工土壌に植物の種子を播種する工程、
(iv)植物を栽培し、前記植物における病害の発生及び/又は前記植物の生育を監視する工程、
(v)前記土壌が病害の発生を抑制するか及び/又は前記植物の生育を促進する場合に、前記土壌を、植物に有益な形質を付与する能力を有すると評価する工程、
を含む、方法。
【請求項2】
植物に有益な形質を付与する土壌微生物叢のスクリーニング方法であって、
(i)微生物叢を含む複数の土壌から各土壌懸濁液を調製し、前記各土壌懸濁液を、微生物叢を含む画分と微生物叢を含まない画分とに分離する工程、
(ii)天然鉱物由来の人工土壌を準備し、前記微生物叢を含む画分と前記微生物叢を含まない画分の各々で前記人工土壌を処理する工程、
(iii)前記処理した各人工土壌に植物の種子を播種する工程、
(iv)植物を栽培し、前記植物における病害の発生及び/又は前記植物の生育を監視する工程、
(v)前記複数の土壌から、前記病害の発生を抑制するか、及び/又は前記植物の生育を促進する土壌を、前記植物に有益な形質を付与する土壌の微生物叢として選択する工程、
を含む、方法。
【請求項3】
植物における土壌伝染性植物病の発生を抑制する土壌微生物叢のスクリーニング方法であって、
(i)微生物叢を含む複数の土壌から各土壌懸濁液を調製し、前記各土壌懸濁液を、微生物叢を含む画分と微生物叢を含まない画分とに分離する工程、
(ii)天然鉱物由来の人工土壌を準備し、前記微生物叢を含む画分と前記微生物叢を含まない画分の各々で前記人工土壌を処理する工程、
(iii)前記処理した各人工土壌に土壌伝染性植物病の原因となる微生物を接種し、次いで植物の種子を播種する工程、
(iv)植物を栽培し、植物における前記土壌伝染性植物病の発生を監視する工程、
(v)前記複数の土壌から、前記微生物叢を含む画分が前記土壌伝染性植物病の発生を50%超抑制し、かつ、前記微生物叢を含まない画分が前記土壌伝染性植物病の発生を20%未満抑制する土壌の微生物叢を選択する工程、
を含む、方法。
【請求項4】
前記(i)の、微生物叢を含む画分と微生物叢を含まない画分とに分離することが、前記土壌懸濁液を孔径10~50μmのフィルターで濾過した後に、得られた濾液を孔径0.1~1.0μmのフィルターで濾過する工程を含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記人工土壌が、バーミキュライト、ゼオライト、及びパーライトからなる群から選択される、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記人工土壌がバーミキュライトである、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記土壌伝染性植物病がフザリウム病である、請求項3に記載の方法。
【請求項8】
前記土壌伝染性植物病の原因となる微生物が、フザリウム(Fusarium)属菌である、請求項3に記載の方法。
【請求項9】
前記フザリウム属菌が、フザリウム・オキシスポラム(Fusarium oxysporum)である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
植物における土壌伝染性植物病の発生を抑制する方法であって、
(i)請求項3に記載のスクリーニング方法において、前記微生物叢を含む画分が前記土壌伝染性植物病の発生を80%超抑制し、かつ、前記微生物叢を含まない画分が前記土壌伝染性植物病の発生を20%未満抑制し、拮抗微生物群を含む土壌(a)と、前記微生物叢を含む画分が前記土壌伝染性植物病の発生を30%未満抑制し、かつ、前記微生物叢を含まない画分が前記土壌伝染性植物病の発生を20%未満抑制する土壌(b)とを選択する工程、
(ii)前記土壌(a)と前記土壌(b)とを混合する工程、
(iii)前記土壌(a)中の前記拮抗微生物群を前記土壌(b)に転移及び定着させることによって、前記土壌(b)の前記土壌伝染性植物病の発生抑制能を向上させる工程、
を含む、方法。
【請求項11】
前記土壌(a)及び前記土壌(b)が、同一の圃場由来の土壌であるか、又は互いに異なる圃場由来の土壌である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記土壌(a)と前記土壌(b)とを1:9~9:1の割合で混合する、請求項10に記載の方法。
【請求項13】
前記拮抗微生物群が、シュードラブリズ(Pseudolabrys)属細菌及び/又はスフィンゴモナス(Sphingomonas)属細菌である、請求項10に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物に有益な形質を付与する土壌微生物叢の能力を評価する方法に関する。本発明はまた、植物に有益な形質を付与する土壌微生物叢のスクリーニング方法に関する。本発明はまた、植物における土壌伝染性植物病の発生を抑制する土壌微生物叢のスクリーニング方法に関する。本発明は更に、植物における土壌伝染性植物病の発生を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年では、人体や環境に及ぼす影響や資源枯渇の懸念等から、国内外において化学農薬や化学肥料の使用量の削減が強く求められている。農業分野では、化学農薬や化学肥料に依存した農業生産体系からの脱却の鍵として、植物生育促進や病害防除能力を有する微生物(plant growth promoting microorganisms:PGPM)に着目した研究が実施されており、これまでに様々な作物や病害に対する高い活性ポテンシャルを持ったPGPM株が数多く見出されてきた。
【0003】
しかしながら、これらPGPM株を単独で土壌に導入しても定着させることは難しく、それらの能力を十分に発揮できない場合が多い。そのため、PGPM株が土壌環境下での実用化に至った例は極めて少ない。これらの背景から、現在では、微生物の集合体である微生物叢単位での農業利用に高い注目が集まっている。
【0004】
農業現場において微生物叢を適切に利活用するためには、植物に有益な形質を付与する微生物叢に対する深い理解が求められる。そのためには、植物に有益な形質を付与する微生物叢を多数発見し、精緻に解析する必要がある。これまで、農業現場において病害が発生しにくい土壌や植物の生育が良好な土壌などが発見された場合、これらの土壌微生物叢の構成や機能解析などが行われてきた(非特許文献1~3)。例えば、特許文献3では、イチゴ単作土壌などの数種類の土壌の各々にフザリウム・オキシスポラム(Fusarium oxysporum)を接種し、イチゴ苗を植えて、当該糸状菌が引き起こすイチゴ萎凋病の発生を抑制する土壌を評価している。
【0005】
しかしながら、病害抑止的な土壌の発見は偶発的であるため、研究対象の数が十分でない。また、土壌には、微生物叢の他に、石、砂、土、シルト、粘土などの無機物から構成される固体状の粒子成分である物理学的成分、有機、無機成分などの水溶性成分である理化学的成分が含まれるが、従来の解析方法では土壌全体を評価対象としているため、土壌微生物叢それ自体の能力を直接評価できていないとの問題点があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Okazaki, K. et al. (2021), Microbes and environments, 36(2), ME20137
【非特許文献2】Yin, C. et al. (2021), Microbiome, 9(1), 86.https://link.springer.com/article/10.1186/s40168-020-00997-5
【非特許文献3】Cha, J.Y. et al. (2016), The ISME journal, 10(1), 119-129. https://www.nature.com/articles/ismej201595
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって、植物における病害の発生の抑制、植物の生育の促進などの、植物に有益な形質を付与する微生物叢(以下、適宜、「有用微生物叢」と表記)を得るためには、土壌微生物叢それ自体の能力を直接評価する方法が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意検討した結果、微生物叢を含む1又は複数の土壌を、それぞれ、微生物叢のみを含む画分と微生物叢を含まない画分とに分離し、各画分で処理した人工土壌下で植物を栽培することにより、土壌微生物叢を直接評価することができることを見出し、本発明を完成させた。
また、本発明者らは、微生物叢を含む複数の土壌を用いて、上記と同様の手法によって、複数の土壌微生物叢から有用微生物叢をスクリーニングすることができることを見出し、本発明を完成させた。
また、本発明者らは、微生物叢を含む複数の土壌を用いて、上記と同様の手法によって、土壌伝染性植物病の原因となる微生物による土壌伝染性植物病の発生を抑制する土壌微生物叢をスクリーニングすることができることを見出し、本発明を完成させた。
更にまた、本発明者らは、前記の土壌伝染性植物病の発生を抑制する土壌微生物叢をスクリーニングする方法によって得られた、土壌伝染性植物病の発生を抑制する能力が高い土壌と、土壌伝染性植物病の発生を抑制する能力が低い土壌とを混合することにより、後者の土壌伝染性植物病の発生抑制能を向上させることができることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は以下のものを提供する。
(1)植物に有益な形質を付与する土壌微生物叢の能力を評価する方法であって、
(i)微生物叢を含む土壌から土壌懸濁液を調製し、前記土壌懸濁液を、微生物叢を含む画分と微生物叢を含まない画分とに分離する工程、
(ii)天然鉱物由来の人工土壌を準備し、前記微生物叢を含む画分と前記微生物叢を含まない画分の各々で前記人工土壌を処理する工程、
(iii)前記処理した各人工土壌に植物の種子を播種する工程、
(iv)植物を栽培し、前記植物における病害の発生及び/又は前記植物の生育を監視する工程、
(v)前記土壌が病害の発生を抑制するか及び/又は前記植物の生育を促進する場合に、前記土壌を、植物に有益な形質を付与する能力を有すると評価する工程、
を含む、方法。
(2)植物に有益な形質を付与する土壌微生物叢のスクリーニング方法であって、
(i)微生物叢を含む複数の土壌から各土壌懸濁液を調製し、前記各土壌懸濁液を、微生物叢を含む画分と微生物叢を含まない画分とに分離する工程、
(ii)天然鉱物由来の人工土壌を準備し、前記微生物叢を含む画分と前記微生物叢を含まない画分の各々で前記人工土壌を処理する工程、
(iii)前記処理した各人工土壌に植物の種子を播種する工程、
(iv)植物を栽培し、前記植物における病害の発生及び/又は前記植物の生育を監視する工程、
(v)前記複数の土壌から、前記病害の発生を抑制するか、及び/又は前記植物の生育を促進する土壌を、前記植物に有益な形質を付与する土壌の微生物叢として選択する工程、
を含む、方法。
(3)植物における土壌伝染性植物病の発生を抑制する土壌微生物叢のスクリーニング方法であって、
(i)微生物叢を含む複数の土壌から各土壌懸濁液を調製し、前記各土壌懸濁液を、微生物叢を含む画分と微生物叢を含まない画分とに分離する工程、
(ii)天然鉱物由来の人工土壌を準備し、前記微生物叢を含む画分と前記微生物叢を含まない画分の各々で前記人工土壌を処理する工程、
(iii)前記処理した各人工土壌に土壌伝染性植物病の原因となる微生物を接種し、次いで植物の種子を播種する工程、
(iv)植物を栽培し、植物における前記土壌伝染性植物病の発生を監視する工程、
(v)前記複数の土壌から、前記微生物叢を含む画分が前記土壌伝染性植物病の発生を50%超抑制し、かつ、前記微生物叢を含まない画分が前記土壌伝染性植物病の発生を20%未満抑制する土壌の微生物叢を選択する工程、
を含む、方法。
(4)前記(i)の、微生物叢を含む画分と微生物叢を含まない画分とに分離することが、前記土壌懸濁液を孔径10~50μmのフィルターで濾過した後に、得られた濾液を孔径0.1~1.0μmのフィルターで濾過する工程を含む、(1)~(3)のいずれか1に記載の方法。
(5)前記人工土壌が、バーミキュライト、ゼオライト、及びパーライトからなる群から選択される、(1)~(4)のいずれか1に記載の方法。
(6)前記人工土壌がバーミキュライトである、(5)に記載の方法。
(7)前記土壌伝染性植物病がフザリウム病である、(3)、及び(3)を引用する(4)~(6)のいずれか1に記載の方法。
(8)前記土壌伝染性植物病の原因となる微生物が、フザリウム(Fusarium)属菌である、(3)、及び(3)を引用する(4)~(7)のいずれか1に記載の方法。
(9)前記フザリウム属菌が、フザリウム・オキシスポラム(Fusarium oxysporum)である、(8)に記載の方法。
(10)植物における土壌伝染性植物病の発生を抑制する方法であって、
(i)(3)、及び(3)を引用する(4)~(9)のいずれか1に記載のスクリーニング方法において、前記微生物叢を含む画分が前記土壌伝染性植物病の発生を80%超抑制し、かつ、前記微生物叢を含まない画分が前記土壌伝染性植物病の発生を20%未満抑制し、拮抗微生物群を含む土壌(a)と、前記微生物叢を含む画分が前記土壌伝染性植物病の発生を30%未満抑制し、かつ、前記微生物叢を含まない画分が前記土壌伝染性植物病の発生を20%未満抑制する土壌(b)とを選択する工程、
(ii)前記土壌(a)と前記土壌(b)とを混合する工程、
(iii)前記土壌(a)中の前記拮抗微生物群を前記土壌(b)に転移及び定着させることによって、前記土壌(b)の前記土壌伝染性植物病の発生抑制能を向上させる工程、
を含む、方法。
(11)前記土壌(a)及び前記土壌(b)が、同一の圃場由来の土壌であるか、又は互いに異なる圃場由来の土壌である、(10)に記載の方法。
(12)前記土壌(a)と前記土壌(b)とを1:9~9:1の割合で混合する、(10)又は(11)に記載の方法。
(13)前記拮抗微生物群が、シュードラブリズ(Pseudolabrys)属細菌及び/又はスフィンゴモナス(Sphingomonas)属細菌である、(10)~(12)のいずれか1に記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、土壌微生物叢それ自体の、植物に有用な形質を付与する能力を直接評価することができ、それによって有用微生物叢を高い精度で取得することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、混合した土壌の微生物叢成分液のフザリウム病抑制効果を示す図である。各処理区5植物体の3反復試験の発病度の平均値を比較した結果、土壌12、土壌23に対しては土壌1の微生物叢の抑制効果は転移したが、土壌28及び土壌40に対しては当該抑制効果が転移しなかったことを示す。
図2図2は、γ線滅菌した土壌1を混合した土壌の微生物叢成分液のフザリウム病抑制効果を示す図である。各処理区5植物体の3反復試験の発病度の平均値を比較した結果、γ線滅菌した土壌1の微生物叢の抑制効果が土壌12及び土壌23に対して転移しなかったことを示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、具体的な実施態様に即して本発明を詳細に説明する。但し、本発明は決して以下の実施態様に束縛されるものではなく、適宜変更を加えて実施することが可能である。
【0013】
本発明の第1の実施形態は、植物に有益な形質を付与する土壌微生物叢の能力を評価する方法である。
第1の実施形態に係る評価方法は、以下の工程を含む。
(i)微生物叢を含む土壌から土壌懸濁液を調製し、前記土壌懸濁液を、微生物叢を含む画分と微生物叢を含まない画分とに分離する工程、
(ii)天然鉱物由来の人工土壌を準備し、前記微生物叢を含む画分と前記微生物叢を含まない画分の各々で前記人工土壌を処理する工程、
(iii)前記処理した各人工土壌に植物の種子を播種する工程、
(iv)植物を栽培し、前記植物における病害の発生及び/又は前記植物の生育を監視する工程、
(v)前記土壌が病害の発生を抑制するか及び/又は前記植物の生育を促進する場合に、前記土壌を、植物に有益な形質を付与する能力を有すると評価する工程。
【0014】
本発明における「有益な形質」とは、例えば、植物病害の発生の抑制や、植物の生育の促進、植物の収量の改善、植物の収穫のし易さ、植物における機能性成分の生産・蓄積の向上などを言う。
【0015】
植物「病害」とは、ある原因が連続的に作用して起こる植物の異常を言い、病気の原因となるものが微生物(糸状菌、細菌、ウイルス、ウイロイド、ファイトプラズマ、線虫)である場合を特に伝染病と言う。
「病害」は、軟腐病、腐敗病、斑点細菌病、斑葉細菌病、かいよう病、穿孔細菌病、黒斑細菌病、褐斑細菌病、茎えそ細菌病、もみ枯細菌病、苗立枯細菌病、青枯病、白葉枯病、黒腐病、火傷病などの細菌病害;根こぶ病、白紋羽病、灰色かび病、灰星病、菌核病、褐斑病、黒星病、斑点落葉病、黒斑病、夏疫病、輪紋病、葉かび病、すすかび病、そうか病、炭疽病、うどんこ病、さび病、黒点病、疫病、べと病などの糸状菌病害などが例示できる。
【0016】
「病害の発生を抑制する」とは、植物病害の原因となる微生物に対して拮抗作用を示すことを意味する。植物に有益な形質を付与する微生物叢(有用微生物叢)は、植物病害の原因となる微生物に対して拮抗作用を発揮することにより、その微生物により引き起こされる植物病害を予防又は治癒する。また、「病害の発生を抑制する」とは、微生物叢が植物側の免疫力を向上させ、間接的に植物病害の発生を抑制することを意味する。
「植物病害を予防する」とは、植物病害の原因となる微生物が感染していないか又は病徴が現れていない植物において、有用微生物叢の存在下で栽培した植物が、有用微生物叢の非存在下で栽培する以外は同じ条件下で栽培した植物よりも、その病害の度合いが低いことを言う。
「植物の病害を治癒する」とは、植物病害の病原菌が感染して病徴が現れている植物において、有用微生物叢の存在下で栽培した植物が、有用微生物叢の非存在下で栽培する以外は同じ条件下で栽培した植物よりも、その病害の度合いが低いことを言う。
「病害の度合いが低い」とは、例えば、発病度又は発病率が低いこと、具体的には、後記実施例2の式2で表される防除価が0より大きいことを意味する。防除価は、より大きい値が好ましく、30%以上であれば優れており、50%以上であればより優れており、60%以上であれば特に優れており、70%以上であればより特に優れている。
【0017】
「植物の生育を促進する」とは、有用微生物叢が植物病害の原因となる微生物に対して拮抗作用を有する結果、当該微生物の発生や増殖が抑制されて、植物の収量の安定、植物の収量の向上をもたらすことを言う。また、「植物の生育を促進する」とは、有用微生物叢が栄養分の供給を補助することなどによって、植物の収量の安定、植物の収量の向上をもたらすことを言う。
【0018】
「植物」は特に限定されるものではないが、例えば、穀類(例えば、稲、大麦、小麦、ライ麦、オーツ麦、とうもろこし等)、豆類(大豆、小豆、そら豆、えんどう豆、いんげん豆、落花生等)、果樹・果実類(林檎、柑橘類、梨、葡萄、桃、梅、桜桃、胡桃、栗、アーモンド、バナナ等)、葉・果菜類(キャベツ、トマト、ほうれんそう、ブロッコリー、レタス、たまねぎ、ねぎ(あさつき、わけぎ)、ピーマン、なす、いちご、ペッパー、おくら、にら等)、根菜類(にんじん、馬鈴薯、さつまいも、さといも、だいこん、かぶ、れんこん、ごぼう、にんにく、らっきょう等)、加工用作物(棉、麻、ビート、ホップ、さとうきび、てんさい、オリーブ、ゴム、コーヒー、タバコ、茶等)、ウリ類(かぼちゃ、きゅうり、すいか、まくわうり、メロン等)、牧草類(オーチャードグラス、ソルガム、チモシー、クローバー、アルファルファ等)、芝類(高麗芝、ベントグラス等)、香料等鑑賞用作物(ラベンダー、ローズマリー、タイム、パセリ、胡椒、生姜等)、花卉類(きく、ばら、カーネーション、蘭、チューリップ、ゆり等)などを挙げることができる。
【0019】
「土壌」とは、天然に存在する全体としては固体状の、鉱物、岩石、砂等の無機物;生物の産生物、排泄物、死体、腐食物質等の有機物;石油、石油前段階物質、石油抗泉水、鉱泉水・温泉水、河川水、湖沼水、海水等の天然液体;生物(生体)などの混合物を言う。地面に存在するものの他、河川、湖沼、海等の水の底に存在するものも含む。
対象となる「土壌」は、1つでも又は複数個でもよい。土壌が複数個の場合、同一の圃場から得られたものでも、又は互いに異なる圃場から得られたものでもよい。
「土壌懸濁液」とは、土壌を水中に懸濁させたものを言う。水は、滅菌水、蒸留水、精製水、純水、超純水、RO水、イオン交換水、Elix水、水道水などを用いることができる。これらの中で滅菌水が好ましい。濃度は、好ましくは1.0×10-7%~99%であり、より好ましくは0.01%~10%である。
【0020】
「微生物叢」とは、生態系における細菌、真菌、古細菌、ウイルス、原生生物などの微生物の集合体を意味する。集合体を構成する微生物の種類は、微生物叢が定着する環境ごとに異なる。「土壌微生物叢」とは、上記の土壌に定着する微生物叢を言う。
「微生物叢を含む画分」とは、岩などの物理学的成分を分離できる特定の孔径のフィルターで土壌懸濁液を濾過して得られた濾液(以下、「微生物叢含有濾液」と表記)を、「微生物叢を含まない画分」とは、当該微生物叢含有濾液を、微生物を除去できる孔径のフィルターを用いて更に濾過することによって得られる濾液を言う。「微生物叢を含まない画分」は、微生物叢が全く含まれていないか、あるいは、仮に含まれていたとしても検出限界なレベル(例えば、1×10~1×10cfu/ml未満)の微生物叢を含む濾液である。
【0021】
本発明の第1の実施形態の工程(i)では、先ず、土壌に含まれている微生物叢を、岩、石、砂、土等の粒、シルト(細砂)、粘土などの無機物から構成される固体状の粒子成分である物理学的成分から分離する。例えば、土壌を滅菌水などに懸濁して土壌懸濁液を調製し、孔径の粗いフィルターで濾過することにより、物理学的成分を取り除く。得られた濾液は、微生物叢に加えて、有機、無機成分などの水溶性成分である理化学的成分を含む(以下、適宜、「微生物叢を含む画分」と表記)。次いで、当該濾液をより細かい孔径のフィルターで更に濾過することによって、微生物叢を除いた理化学的成分液(以下、適宜、「微生物叢を含まない画分」と表記)を得る。物理学的成分を取り除くためには、例えば、孔径が約10~約50μm、好ましくは約20~約45μmのフィルターが用いられる。微生物叢を除くためには、例えば、孔径が約0.1~約1.0μm、好ましくは約0.1~約0.3μmのフィルターが用いられ、より好ましくは孔径が0.22μmのフィルターが用いられる。
【0022】
工程(ii)において、「天然鉱物由来の人工土壌」は、理化学的成分の含有量が少なく、物理化学的性質が均一なものであれば、特に制限されない。例えば、バーミキュライト、ゼオライト、パーライトなどを挙げることができる。多孔質で、非常に軽く、保水性、通気性、保肥性に優れる点で、バーミキュライトが特に好ましい。
また、人工土壌に、ビートモス、赤土、その他の土壌改良土を混合してもよい。その場合には、人工土壌の配合割合は、土壌全体の70重量%以上、好ましくは80重量%以上である。
人工土壌は滅菌処理を施したものが好ましく使用できる。滅菌処理は、オートクレーブ処理等、公知の方法で常法によって行うことができる。
【0023】
工程(ii)における、微生物叢を含む画分又は微生物叢を含まない画分での人工土壌の処理は、人工土壌に、微生物叢を含む画分又は微生物叢を含まない画分、これらの濃縮物、ペースト状物、乾燥物、希釈物などを添加、散布すればよい。
なお、人工土壌にハイポネックス等の人工肥料を添加してもよい。
【0024】
工程(iv)において、植物の種子を播種後、伸びた苗の様子を監視する。例えば、健全であるか又は発病しているかを監視し、根腐れ、根こぶ形成、葉の萎れ、黄化、腐敗、斑点形成、導管の褐変化、胚軸の黄褐変化、茎の萎れ、黄化、腐敗、株全体の萎れ、完全枯死などが見られる場合には、発病しているものとして、植物の発病度を例えば後記実施例2に記載の相対発病度にしたがって評価する。
【0025】
「監視」とは、植物全体及び/又は果実、根、葉などの各組織における生育状態に関する情報を取得することを言う。具体的には、栽培する植物に関連する、光合成速度、蒸散速度、吸水速度、葉面積、葉高、葉枚数、株重量、生育異常、菌数などを監視する。監視は、例えば、カメラ、ビームセンサやカラーセンサ等のセンサなどの監視装置によって行なわれる。例えば、植物の培養室に、植物を監視するための監視装置を設けるとともに、培養室外部に表示装置を設け、監視装置の出力信号を表示装置へ伝送する。監視装置の設置により、栽培容器をいちいち出庫しなくても、培養室の外部において生育状態を監視することができる。
「評価」とは、後記実施例2に記載の相対発病度に基づいて植物病害の発生の抑制度を決定することや、周知の評価方法を用いて健全な植物と比較した植物の生育の促進の有無、収量の増減、機能性成分の蓄積量の増減などを決定することを言う。
【0026】
本発明の第2の実施形態は、植物に有益な形質を付与する土壌微生物叢のスクリーニング方法である。
本発明の第2の実施形態は、以下の工程を含む。
(i)微生物叢を含む複数の土壌から各土壌懸濁液を調製し、前記各土壌懸濁液を、微生物叢を含む画分と微生物叢を含まない画分とに分離する工程、
(ii)天然鉱物由来の人工土壌を準備し、前記微生物叢を含む画分と前記微生物叢を含まない画分の各々で前記人工土壌を処理する工程、
(iii)前記処理した各人工土壌に植物の種子を播種する工程、
(iv)植物を栽培し、前記植物における病害の発生及び/又は前記植物の生育を監視する工程、
(v)前記複数の土壌から、前記病害の発生を抑制するか、及び/又は前記植物の生育を促進する土壌を、前記植物に有益な形質を付与する土壌の微生物叢として選択する工程。
【0027】
本発明の第2の実施形態に係るスクリーング方法における工程(i)~(iv)は第1の実施形態に係る評価方法における工程(i)~(iv)と実質的に同一であるが、工程(i)において複数の土壌を準備し、当該複数の土壌から、有用微生物叢を選択する工程(v)を含むことを特徴とする。
ここで、「複数」とは2以上であれば、特に制限されないが、好ましくは5以上、好ましくは6以上、より好ましくは7以上である。複数の土壌は、同一の圃場から得られたものでも、又は互いに異なる圃場から得られたものでもよい。
【0028】
本発明の第3の実施形態は、植物における土壌伝染性植物病の発生を抑制する土壌微生物叢のスクリーニング方法である。
本発明の第3の実施形態は、以下の工程を含む。
(i)微生物叢を含む複数の土壌から各土壌懸濁液を調製し、前記各土壌懸濁液を、微生物叢を含む画分と微生物叢を含まない画分とに分離する工程、
(ii)天然鉱物由来の人工土壌を準備し、前記微生物叢を含む画分と前記微生物叢を含まない画分の各々で前記人工土壌を処理する工程、
(iii)前記処理した各人工土壌に土壌伝染性植物病の原因となる微生物を接種し、次いで植物の種子を播種する工程、
(iv)植物を栽培し、植物における前記土壌伝染性植物病の発生を監視する工程、
(v)前記複数の土壌から、前記微生物叢を含む画分が前記土壌伝染性植物病の発生をx%超抑制し、かつ、前記微生物叢を含まない画分が前記土壌伝染性植物病の発生をy%未満抑制する土壌の微生物叢を選択する工程、
を含む、方法。
【0029】
本発明の第3の実施形態における工程は(i)、(ii)、(iv)は、第2の実施形態と同一である。
【0030】
工程は(iii)における「土壌伝染性植物病」は、農業機械や作業靴によって土壌を媒介として他の圃場に伝染するものであれば特に制限されない。ある土壌に存在する微生物の遊走子が水中を泳いで他の土壌の植物体に感染するものも含まれる。
土壌伝染性植物病の原因となる「微生物」は、例えば、細菌、糸状菌などである。糸状菌には、例えば、卵菌類(Oomycetes)、子のう(嚢)菌類(Ascomycetes)、不完全菌類(Deuteromycetes)、担子菌類(Basidiomycetes)、接合菌類(Zygomycetes)などが含まれる。
【0031】
土壌伝染性植物病とその原因となる微生物としては、具体的には、青枯れ病菌(Ralstonia solanacearum)、軟腐病菌(Erwinia carotovora)、苗立ち枯れ病菌(Pythium ultimum)、疫病菌(Phytophthora capsici)、半身萎凋病菌(Verticillium dahliae)、つる割れ病菌(Fusarium oxysporum)、萎凋病菌(Fusarium oxysporum)、根こぶ病菌(Plasmodiophora brassicae)、立ち枯れ病菌(Gaeumannomyces gramineum)、白絹病菌(Athelia rolfsii)、紫紋羽病菌(Helicobasidium mompa)、白紋羽病菌(Rosellinia necatrix)、根腐れ病菌(Aphanomyces euteiches)、根くびれ病菌(Aphanomyces raphani)、黒腐菌核病菌(Sclerotium cepivorum)、粉状そうか病菌(Spongospora subterranea)、そうか病菌(Streptomyces scabies)、根頭がんしゅ病菌(Agrobacterium tumefaciens)、条斑病菌(Cephalosporium gramineum)、落葉病菌(Cephalosporium gregatum)、黒根病菌(Thielaviopsis basicola)、苗立ち枯れ病菌(Rhizoctonia solani)などが挙げられる。
【0032】
土壌伝染性植物病の原因となる微生物を人工土壌に接種する方法は、微生物の菌体自体、当該菌体を含む懸濁液、当該菌体を含む培養液、これらの濃縮物、ペースト状物、乾燥物、希釈物などを添加、散布することを含む。
【0033】
前記微生物の接種濃度は、例えば、菌体濃度に換算して、1×10~1×1011cfu/ml、好ましくは1×10~1×10cfu/mlの範囲内とすることができる。
【0034】
第3の実施形態の工程(v)は、微生物叢を含む画分が植物における土壌伝染性植物病の発生を抑制する程度(又は率)と、微生物叢を含まない画分で処理する以外は微生物叢を含む画分での処理と同じ条件で栽培した植物における土壌伝染性植物病の発生を抑制する程度(又は率)とを評価することを含む。
【0035】
微生物叢を含む画分による土壌伝染性植物病の発生を抑制する程度(x%)と微生物叢を含まない画分による土壌伝染性植物病の発生を抑制する程度(y%)との差は大きい程好ましいが、例えば約20%以上であればよい。例えば、微生物叢を含む画分の抑制率が30%であって、微生物叢を含まない画分の抑制率が10%でもよく、微生物叢を含む画分の抑制率が40%であって、微生物叢を含まない画分の抑制率が20%でもよいが、一般的には、微生物叢を含む画分の抑制率が50%超であって、微生物叢を含まない画分の抑制率が20%未満である。
より好ましくは、微生物叢を含む画分の抑制率が60%超であって、微生物叢を含まない画分の抑制率が20%未満、より好ましくは、微生物叢を含む画分の抑制率が70%超であって、微生物叢を含まない画分の抑制率が20%未満、より好ましくは、微生物叢を含む画分の抑制率が80%超であって、微生物叢を含まない画分の抑制率が20%未満、より好ましくは、微生物叢を含む画分の抑制率が90%超であって、微生物叢を含まない画分の抑制率が20%未満、より好ましくは、微生物叢を含む画分の抑制率が95%超であって、微生物叢を含まない画分の抑制率が20%未満、より特に好ましくは、微生物叢を含む画分の抑制率が99%超であって、微生物叢を含まない画分の抑制率が20%未満である。
【0036】
本発明の第4の実施形態は、植物における土壌伝染性植物病の発生を抑制する方法である。
本発明の第4の実施形態は、以下の工程を含む。
(i)本発明の第3の実施形態に係るスクリーニング方法において、前記微生物叢を含む画分が前記土壌伝染性植物病の発生を80%超抑制し、かつ、前記微生物叢を含まない画分が前記土壌伝染性植物病の発生を20%未満抑制し、拮抗微生物群を含む土壌(a)と、前記微生物叢を含む画分が前記土壌伝染性植物病の発生を30%未満抑制し、かつ、前記微生物叢を含まない画分が前記土壌伝染性植物病の発生を20%未満抑制する土壌(b)とを選択する工程、
(ii)前記土壌(a)と前記土壌(b)とを混合する工程、
(iii)前記土壌(a)中の前記拮抗微生物群を前記土壌(b)に転移及び定着させることによって、前記土壌(b)の前記土壌伝染性植物病の発生抑制能を向上させる工程。
【0037】
土壌(a)に含まれる「拮抗微生物群」とは、植物病害の原因となる微生物に対して拮抗作用を有する微生物群であれば特に限定されない。拮抗作用は、一般的には、寄生、抗生、競合、捕食、溶菌など様々な形態で現れ、これらのうちの1つが作用しても、又はこれらのうちの複数が組み合わさって作用してもよい。拮抗微生物群としては、拮抗性細菌、拮抗性糸状菌などが例示できる。
拮抗性細菌としては、例えばバチルス(Bacillus)属、非病原性アグロバクテリウム(Agrobacterium)属、エンテロバクター(Enterobacter)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、キサントモナス(Xanthomonas)属、ストレプトマイセス(Streptomyces)属、非病原性エルピニア(Erwinia)属、パスツリア(Pasteuria)属、スフィンゴモナス(Sphingomonas)属、シュードラブリズ(Pseudolabrys)属などが挙げられる。
拮抗性糸状菌としては、例えばアスペルギルス(Aspergillus)属、非病原性フザリウム(Fusarium)属、グリオクラディウム(Gliocladium)属、ペニシリウム(Penicillium)属、ピシウム(Pythium)属、トリコデルマ(Trichoderma)属、フォーマ(Phoma)属、タラロマイセス(Talaromyces)属などが挙げられる。
【0038】
フザリウム属菌、特にフザリウム・オキシスポラム(Fusarium oxysporum)に対する拮抗微生物として、シュードモナス(Pseudomonas)属細菌、シュードラブリズ(Pseudolabrys)属細菌、スフィンゴモナス(Sphingomonas)属細菌が例示できる。シュードモナス属細菌としては、例えばシュードモナス・フルオレッセンス(Pseudomonas fluorescens)、シュードラブリズ属細菌としては、例えばシュードラブリズ・タイワンエンシス(Pseudolabrys taiwanensis)が、スフィンゴモナス属細菌としては、例えばスフィンゴモナス・パウシモビリス(Sphingomonas paucimobilis)が挙げられる。
【0039】
土壌(a)及び土壌(b)は、同一の圃場から得られたものでも、又は互いに異なる圃場から得られたものでもよい。
【0040】
工程(ii)において、土壌(a)と土壌(b)との混合割合は、混合物中に土壌(a)が10%程度以上含まれていればよく、好ましくは約1:9~約9:1であり、より好ましくは約2:8~約8:2であり、より好ましくは約3:7~約7:3であり、より好ましくは約4:6~約6:4であり、より好ましくは約1:1である。
【0041】
土壌(a)と土壌(b)との混合によって、土壌(a)に存在する拮抗微生物群が土壌(b)に転移し、土壌(b)中の微生物の根菌に定着することによって、土壌(b)に拮抗能、すなわち、土壌伝染性植物病の発生抑制能を付与することができる。本発明の方法によれば、土壌(a)及び土壌(b)が地理的に非常に離れた圃場から採取された土壌の場合にも、土壌(a)に存在する拮抗微生物群が土壌(b)に転移・定着することが見出された。
「抑制能」とは、本発明の第1の実施形態で記載した「病害の発生を抑制する」能力を言い、例えば、防除価で表わすことができる。防除価は、80%超であれば優れており、85%超であればより優れており、90%超であればより優れており、95%超であればより優れており、98%超であれば特に優れており、99%超であればより特に優れている。
【0042】
第4の実施形態の方法により、拮抗微生物群を含む土壌を土壌伝染性植物病の防除のために有効かつ簡便に利用することができる。
【実施例0043】
以下、実施例を示し、本発明をさらに詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、適宜変更を加えて実施することが可能である。
【0044】
実施例1 土壌の微生物叢成分液及び理化学成分液の調製
日本各地の10道県の13圃場から合計40種類の土壌を採取した。5gの土壌を45mlの滅菌水に加え、5分間室温で激しく振盪した。その後、土壌の大きな粒子などを取り除くため、土壌懸濁液を41μm孔径のフィルターで濾過した。10mlの濾液と90mlの滅菌水とを混合した液体を微生物叢成分液(微生物叢を含む画分)とした。次いで、微生物叢成分液を0.22μm孔径のフィルターで濾過し、微生物叢成分を取り除いた濾液を理化学成分液(微生物叢を含まない画分)とした。
【0045】
実施例2 フザリウム病抑制効果を有する土壌微生物叢のスクリーニング
各土壌の微生物叢のフザリウム病(本明細書では、フザリウム・オキシスポラム(Fusarium oxysporum)によって引き起こされる植物病害)に対する病害抑制効果の評価にはキュウリ(品種:ときわ地這)を使用した。約2.8gの滅菌バーミキュライトを植物培養試験管(30mm×120mm)に詰めた。植物培養試験管中の滅菌バーミキュライトを、各土壌の微生物叢成分液、理化学成分液、又は滅菌水(対照区)の3mlで処理し、25℃で12時間静置した。その後、キュウリつる割病の病原菌であるフザリウム・オキシスポラム・エフ・エスピー・ククメリナム(Fusarium oxysporum f. sp. cucumerinum)GUS77株懸濁液(約1.0×10 spores/ml)2ml、又は滅菌水2mlを接種した。
【0046】
次いで、滅菌バーミキュライト約2.8gを重層し、表面殺菌をしたキュウリの催芽種子1粒を播種した後、少量の滅菌バーミキュライトで覆土した。更に、1000倍希釈ハイポネックス(株式会社ハイポネックスジャパン製)1mlを施肥した後、試験管にキャップをして人工気象器内(25℃、12時間照明)で約3週間栽培した。
栽培後、キュウリ苗の様子を監視し、発病程度に従って4段階の発病指数(0:健全、1:子葉の萎れ、黄化又は導管の褐変化、2:胚軸の黄褐変化、3:株全体の激しい萎れ又は完全枯死)で評価し、各処理区の対照区に対する相対発病度を下記式1によって、各処理区の防除価を下記式2によって算出した。
【0047】
【数1】
【0048】
【数2】
【0049】
次の2つの条件を満たす土壌微生物叢を、フザリウム病抑制効果を有する土壌微生物叢とした。1)微生物叢成分液処理区の防除価(A値)が80%超、2)理化学成分液処理区の防除価(B値)が20%未満。
なお、本実験は1区5苗制とし、3回繰り返した。
この試験結果を表1-1及び1-2に示す。
【0050】
【表1-1】
【0051】
【表1-2】
【0052】
評価した40種類のうち、フザリウム病抑制効果を有する土壌微生物叢は13種類であった。特に、フザリウム病の発生を完全に抑制(防除価=100%)した土壌微生物叢は、土壌1、土壌28、及び土壌40の3種類の微生物叢であった。
【0053】
以上の結果は、本発明のスクリーニング方法により、フザリウム病抑制効果を有する微生物叢のスクリーニングが可能であることを示す。一方で、フザリウム病抑制効果の非常に低い微生物叢(A値<30%、且つB値<20%)も2種類(土壌12及び土壌23)見出された。
【0054】
実施例3 土壌微生物叢のフザリウム病抑制効果の転移性の検証
極めて強いフザリウム病抑制効果を有する土壌微生物叢の土壌1、28、及び40をフザリウム病抑制効果の非常に低い微生物叢を有する土壌12及び23に混合することにより、そのフザリウム病抑制効果が転移するかを検証した。土壌1、土壌28、及び土壌40をそれぞれ土壌12及び土壌23に1:9の割合で混合し、25℃で7日間静置した。その後、実施例1と同じ方法によって、各土壌の微生物叢成分液を調製した。各微生物叢成分液のフザリウム病抑制効果を実施例2と同じ方法により評価し、各処理区の発病度を式3によって算出した。
【0055】
【数3】
【0056】
本実験は1区5苗制とし、3回繰り返した。
【0057】
この試験結果を図1に示す。
滅菌水処理区(対照区)の発病度は57.8%であった。土壌1、土壌28、及び土壌40の微生物叢成分液処理区ではフザリウム病の発生が完全に抑制された(発病度=0%)のに対し、土壌12及び土壌23の微生物叢成分液処理区では発病度がそれぞれ51.1%、46.7%であり、対照区と有意な差は認められなかった。また、土壌1を土壌12又は土壌23と混合した時の微生物叢成分液処理区では、フザリウム病の発生が有意に抑制された。一方で、土壌28及び土壌40を土壌12又は土壌23に混合した時の微生物叢成分液処理区では、対照区と比較して発病度に有意な差は認められなかった。これらは、土壌1の微生物叢のフザリウム病抑制効果が、土壌の混合により他の土壌に転移及び定着したことを示す。
【0058】
実施例4 フザリウム病抑制効果転移における微生物叢の役割の検証
土壌1に60kGyのガンマ線を照射し、滅菌土壌1を作出した。滅菌土壌1を土壌12及び土壌23に1:9の割合で混合し、25℃で7日間静置した。その後、実施例1と同じ方法によって、各土壌の微生物叢成分液を調製した。各微生物叢成分液のフザリウム病抑制効果を実施例2と同じ方法により評価し、各処理区の発病度を算出した。
なお、本実験は1区5苗制とし、3回繰り返した。
【0059】
この試験結果を図2に示す。
滅菌水処理区(対照区)の発病度は51.1%であった。土壌1の微生物叢成分液処理区ではフザリウム病の発生が完全に抑制された(発病度=0%)のに対し、滅菌土壌1の微生物叢成分液処理区ではフザリウム病抑制効果が認められなかった。また、滅菌土壌1を土壌12又は土壌23と混合した時の微生物叢成分液処理区の発病度は、対照区と比較して有意な差は認められなかった。これらは、土壌1の混合によるフザリウム病抑制効果の転移及び定着には、土壌1の理化学成分ではなく、生きた微生物叢が重要な役割を果たしていることを示す。
【0060】
実施例5 土壌混合によって転移及び定着する微生物の特定
土壌1の混合によって、土壌12又は土壌23に転移及び定着する微生物をマイクロバイオーム解析により特定した。土壌1を土壌12又は土壌23とそれぞれ1:9の割合で混合し、1週間静置した後の土壌(「土壌1+12」、及び「土壌1+23」)からDNA抽出を行なった。次に,各DNAサンプルのV3-V4領域を特異的プライマー:
フォワードプライマー:CCTACGGGNGGCWGCAG(配列番号1)
リバーズプライマー:GACTACHVGGGTATCTAATCC(配列番号2)
で増幅し、Illumina MiSeq(商標)(イルミナ株式会社)でペアエンドシーケンスを行なった。シーケンスデータの解析はQIIME2(商標)を用いて実施し、各土壌の細菌群の相対存在量を求めた。まず、土壌12及び土壌23と比較して、土壌1に特異的に存在する細菌群(土壌1特異的細菌群)を、土壌1に相対存在量が有意に高い細菌群と定義した。有意性検定にはLinear discriminant analysis effect size(LEfSe)検定を利用した。また、LEfSe検定を利用して、土壌12及び土壌23と比較して、「土壌1+12」及び「土壌1+23」のそれぞれに特異的に存在する細菌群(「土壌1+12特異的細菌群」、及び「土壌1+23特異的細菌群」)を、相対存在量が有意に高い細菌群と定義した。続いて、「土壌1特異的細菌群」、「土壌1+12特異的細菌群」及び「土壌1+23特異的細菌群」に共通する細菌群を、土壌1の混合により土壌12及び土壌23に共通して転移する細菌群と定義した。その結果、フザリウム病に対するバイオコントロール効果への関与可能性が報告されている2種類の拮抗微生物群:シュードラブリズ(Pseudolabrys)属細菌、スフィンゴモナス(Sphingomonas)属細菌(Xue, C. et al. (2015), Scientific reports, 5, 11124;Shen, Z. et al. (2015), Applied Soil Ecology, 93, 111-119;Tan, L. et al. (2019), Sustainability, 11, 4428;Kim, Y. et al. (2020), International Journal of Molecular Sciences, 21(6), 2019))が土壌1に存在し、当該拮抗微生物が土壌12及び土壌23に共通して転移及び定着していることが示唆された。これは、フザリウム病抑制効果の転移及び定着に、当該拮抗微生物の転移及び定着が関与している可能性を示している。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の方法は、有用微生物叢の利活用を可能にする。
図1
図2
【配列表】
2024118783000001.xml