(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024118846
(43)【公開日】2024-09-02
(54)【発明の名称】アンモニア応答性受容体のリガンドの探索方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/04 20060101AFI20240826BHJP
【FI】
C12Q1/04 ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023025396
(22)【出願日】2023-02-21
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1)掲載日:令和4年5月31日 第22回日本蛋白質科学会年会 ウェブサイト:https://www2.aeplan.co.jp/pssj2022/viewing/wp-content/uploads/2022/05/Web_Upload_compressed.pdf (2) 開催日:令和4年6月7日 第22回日本蛋白質科学会年会 開催場所:つくば国際会議場
(71)【出願人】
【識別番号】000102544
【氏名又は名称】エステー株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100161506
【弁理士】
【氏名又は名称】川渕 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100220836
【弁理士】
【氏名又は名称】堂前 里史
(72)【発明者】
【氏名】田澤 寿明
(72)【発明者】
【氏名】福谷 洋介
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 芽生
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QQ13
4B063QR41
4B063QS36
(57)【要約】
【課題】アンモニアに対して応答性を示す受容体のリガンドを効率よく選定できる探索方法を提供する。
【解決手段】一態様に係る探索方法は、アンモニア応答性受容体とアンモニアを緩衝液の非存在下で接触させることを含む。他の態様に係る探索方法は、アンモニア応答性受容体を発現した細胞とアンモニアをウェル内で接触させることを含み、該ウェル内への緩衝液の1ウェル当たりの添加量は25μL以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンモニア応答性受容体とアンモニアを緩衝液の非存在下で接触させることを含む、アンモニア応答性受容体のリガンドの探索方法。
【請求項2】
アンモニア応答性受容体を発現した細胞とアンモニアをウェル内で接触させることを含み、
前記ウェル内への緩衝液の1ウェル当たりの添加量は25μL以下である、アンモニア応答性受容体のリガンドの探索方法。
【請求項3】
前記アンモニアに応答した後のアンモニア応答性受容体に試験物質を添加することをさらに含む、請求項1または2に記載の探索方法。
【請求項4】
下記の基準データ1と下記の試験データ1を比較することをさらに含む、請求項3に記載の探索方法。
基準データ1:前記アンモニアと接触させた後であって、かつ、前記試験物質を添加する前のアンモニア応答性受容体の応答を測定したデータ。
試験データ1:前記試験物質を添加した後のアンモニア応答性受容体の応答を測定したデータ。
【請求項5】
前記アンモニアをアンモニア応答性受容体と接触させる前に、アンモニア応答性受容体に試験物質を添加することをさらに含む、請求項1または2に記載の探索方法。
【請求項6】
下記の基準データ2と下記の試験データ2を比較することをさらに含む、請求項5に記載の探索方法。
基準データ2:前記アンモニアと接触させる前であって、かつ、前記試験物質を添加する前のアンモニア応答性受容体の応答を測定したデータ。
試験データ2:前記試験物質の存在下で前記アンモニアと接触させた後のアンモニア応答性受容体の応答を測定したデータ。
【請求項7】
前記アンモニア応答性受容体が、TAAR5およびTAAR5と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上である、請求項1または2に記載の探索方法。
【請求項8】
前記アンモニアが、気体状態である、請求項1または2に記載の探索方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アンモニア応答性受容体のリガンドの探索方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生活空間における臭気として、ヒトまたは動物の排泄物臭、汗臭や加齢臭、生ごみ臭、タバコ臭等がある。これら臭気が混ざり合った複合的な臭気もある。アンモニアは、排泄物臭や生ゴミ臭の主要な原因物質の一つである。
【0003】
アンモニア臭の消臭に関し、吸着処理を利用した物理的消臭や中和反応を利用した化学的消臭が提案されている。例えば特許文献1では、炭素数6~12の脂肪族アルデヒド類等の香気成分を有効成分とする、アンモニアまたはトリメチルアミンに対する化学的消臭香料組成物が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ヒト等の哺乳類の嗅神経細胞には、匂い分子に応答するGタンパク質共役受容体が発現している。鼻腔の粘液に溶け込んだ匂い分子が嗅覚神経細胞の受容体に結合することで生じるシグナル伝達に基づいて、匂いが知覚される。
よって、アンモニア臭の効果的な消臭のためには、アンモニア分子に対して応答性を示す受容体の応答を制御することが有効である。例えば、アンモニア分子に対して応答性を示す受容体にアンモニア分子以外のリガンドを結合させることで、該受容体によるアンモニア臭の知覚を阻害ないし抑制できると考えられる。
【0006】
本発明は、アンモニアに対して応答性を示す受容体のリガンドを効率よく選定できる探索方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは実験を重ねた結果、TAAR5等の特定の受容体がアンモニアに対して特異的に応答性を示す受容体受容体であることを見出した。TAAR5等の応答を抑制することで、アンモニア臭の知覚を効果的に抑制できると考えられる。
本発明者らのさらなる実験の結果、TAAR5を発現させた細胞の培養物にアンモニアを接触させるとき、緩衝液が存在しない条件下または緩衝液の添加量が少ない条件下であれば、アンモニアに対するTAAR5の応答が観察しやすくなることを知見した。本発明は、かかる知見に基づいて生み出されたものである。
【0008】
本発明は、下記の態様を有する。
[1]アンモニア応答性受容体とアンモニアを緩衝液の非存在下で接触させることを含む、アンモニア応答性受容体のリガンドの探索方法。
[2]アンモニア応答性受容体を発現した細胞とアンモニアをウェル内で接触させることを含み、前記ウェル内への緩衝液の1ウェル当たりの添加量は25μL以下である、アンモニア応答性受容体のリガンドの探索方法。
[3]前記アンモニアに応答した後のアンモニア応答性受容体に試験物質を添加することをさらに含む、[1]または[2]に記載の探索方法。
[4]下記の基準データ1と下記の試験データ1を比較することをさらに含む、[3]に記載の探索方法。
基準データ1:前記アンモニアと接触させた後であって、かつ、前記試験物質を添加する前のアンモニア応答性受容体の応答を測定したデータ。
試験データ1:前記試験物質を添加した後のアンモニア応答性受容体の応答を測定したデータ。
[5]前記アンモニアをアンモニア応答性受容体と接触させる前に、アンモニア応答性受容体に試験物質を添加することをさらに含む、[1]または[2]に記載の探索方法。
[6]下記の基準データ2と下記の試験データ2を比較することをさらに含む、[5]に記載の探索方法。
基準データ2:前記アンモニアと接触させる前であって、かつ、前記試験物質を添加する前のアンモニア応答性受容体の応答を測定したデータ。
試験データ2:前記試験物質の存在下で前記アンモニアと接触させた後のアンモニア応答性受容体の応答を測定したデータ。
[7]前記アンモニア応答性受容体が、TAAR5およびTAAR5と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上である、[1]~[6]のいずれかの探索方法。
[8]前記アンモニアが、気体状態である、[1]~[7]のいずれかの探索方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、アンモニアに対して応答性を示す受容体のリガンドを効率よく選定できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例においてアンモニアに対する微量アミン関連受容体の応答強度(NORMALIZED LUMINESCECNSE)を測定した結果を示す。
【
図2】実施例においてTAAR5の応答と緩衝液量との関係を測定した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(用語の説明)
「アンモニア応答性受容体」とは、細胞膜上に発現可能なポリペプチドであって、アンモニア分子(NH3)の結合により、細胞内のcAMPの産生を引き起こすポリペプチド、または細胞外から細胞内へのカルシウムイオンの流入を促進するポリペプチドをいう。
「アゴニスト」とは、アンモニア応答性受容体に結合し、該アンモニア応答性受容体の応答を活性化する化合物である。
「アンタゴニスト」とは、アンモニア応答性受容体に結合し、該アンモニア応答性受容体のアゴニストによる活性化を阻害する化合物である。
「パーシャルアゴニスト」とは、アゴニストであって、該アゴニストが結合するアンモニア応答性受容体に相対的に弱く作用し、該アンモニア応答性受容体の応答を活性化する化合物である。
「インバースアゴニスト」とは、アンモニア応答性受容体に結合し、該アンモニア応答性受容体の応答を不活化させる化合物である。「インバースアゴニスト」は、不活性型受容体への親和性が高く、平衡を不活性型受容体優位の方向へずらし、細胞内シグナルの発生を抑制する。
数値範囲を示す「~」は、その前後に記載された数値を下限値および上限値として含むことを意味する。
【0012】
アミノ酸配列の配列同一性(相同性)は、基準アミノ酸配列に対する対象アミノ酸配列の配列同一性として、次のようにして求めることができる。まず、基準アミノ酸配列および対象アミノ酸配列をアラインメントする。ここで、各アミノ酸配列には、配列同一性が最大となるようにギャップを含めてもよい。次いで、基準アミノ酸配列および対象アミノ酸配列において、一致したアミノ酸のアミノ酸残基数を算出し、下記式(1)にしたがって、配列同一性を求めることができる。
配列同一性(%)=(一致したアミノ酸残基数/対象アミノ酸配列の総アミノ酸残基数)×100 ・・・式(1)
【0013】
(第1の態様)
本発明の第1の態様に係るアンモニア応答性受容体のリガンドの探索方法は、アンモニア応答性受容体とアンモニアを緩衝液の非存在下で接触させることを含む。
第1の態様においては、アンモニア応答性受容体とアンモニアを緩衝液の非存在下で接触させる。そのため、アンモニア(NH3)が緩衝液の作用によってアンモニウム(NH4
+)に変換されることがない。
【0014】
結果として、アンモニア応答性受容体がアンモニアに対してより顕著に応答しやすい。そのため、アンモニアに対するアンモニア応答性受容体の応答をより顕著に観察できる。
アンモニア応答性受容体のアンモニアに対する応答性が高くなるほど、該アンモニア応答性受容体の応答を抑制する抑制剤による受容体の抑制効果をより顕著に観察しやすい。よって、アンモニア応答性受容体の応答を抑制する抑制剤等のリガンドを効率よく選定できる。
【0015】
(第2の態様)
本発明の第2の態様に係るアンモニア応答性受容体のリガンドの探索方法は、アンモニア応答性受容体を発現した細胞とアンモニアをウェル内で接触させることを含む。そして、ウェル内への緩衝液の1ウェル当たりの添加量は25μL以下である。
第2の態様においては、アンモニア応答性受容体を発現した細胞とアンモニアを緩衝液の存在下でウェル内で接触させるが、該緩衝液の1ウェル当たりの添加量は25μL以下である。そのため、アンモニア(NH3)が緩衝液への溶解によってアンモニウム(NH4
+)に変換されにくくなる。
【0016】
結果として、アンモニア応答性受容体がアンモニアに対してより顕著に応答しやすい。そのため、アンモニアに対するアンモニア応答性受容体の応答をより顕著に観察できる。
アンモニア応答性受容体のアンモニアに対する応答性が高くなるほど、該アンモニア応答性受容体の応答を抑制する抑制剤による受容体の抑制効果をより顕著に観察しやすい。よって、アンモニア応答性受容体の応答を抑制する抑制剤等のリガンドを効率よく選定できる。
【0017】
緩衝液の添加量は1ウェル中20μL以下が好ましく、15μL以下がより好ましく、10μL以下がさらに好ましく、5μL以下が特に好ましい。緩衝液の添加量が少ないほど、平衡反応によってアンモニア(NH3)がアンモニウム(NH4
+)に変換されにくい。緩衝液の添加量の下限値は特に限定されるものではないが、例えば1μLである。
【0018】
緩衝液の種類としては、特に限定されないが、例えば、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)、DPBS(ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水)、HBSS(Hank’s平衡塩溶液)、EBSS(Earle’s平衡塩溶液)が挙げられる。好ましくはHBSSが用いられる。
緩衝液はEPPS(4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジンプロパンスルホン酸)、HEPES(4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジンエタンスルホン酸)、MES(2-モルホリノエタンスルホン酸)、MOPS(3-モルホリノプロパンスルホン酸)、PIPES(ピペラジン-1,4-ビス(2-エタンスルホン酸))等のZwitterion構造をもつ各種のアミノエタンスルホン酸、アミノプロパンスルホン酸誘導体を含有してもよく、その濃度は特に限定されないが、例えば、0.1~100mmol/L、1~125mol/L、5~10mmol/L等であり得る。
【0019】
(実施形態の開示)
以下、いくつかの実施形態について開示する。以下に開示の実施形態は、特に断りのない限り、上述の第1の態様および第2の態様で共通する。以下の開示は、実施形態の代表例に関するものであり、本発明は以下の開示に限定されるものではない。
【0020】
(アンモニア応答性受容体)
アンモニア応答性受容体としては、例えば、TAAR5およびTAAR5と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種が挙げられる。
TAAR5は、ヒト嗅覚受容神経での発現が確認されている微量アミン関連受容体であり、Gene ID:9038としてGenBank(NCBI)に登録されている。TAAR5は、配列番号1のアミノ酸配列からなるポリペプチドである。
【0021】
本発明者の検討によれば、TAAR5はアンモニウム(NH4
+)よりアンモニア(NH3)に対して選択的に応答する。緩衝液の存在は、平衡反応によるアンモニア(NH3)のアンモニウム(NH4
+)への変換を促す。そのため、緩衝液の非存在下または低濃度の緩衝液の存在下で、TAAR5とアンモニアを接触させることが、アンモニアに対するアンモニア応答性受容体の応答性の向上に寄与すると考えられる。
【0022】
発明者の検討によれば、TAAR5のポリペプチド鎖のN末端から114番目のアスパラギン酸残基(D114)、N末端から295番目のチロシン残基(Y295)が、アンモニア(NH3)との応答に関与している可能性が高い。D114は、アンモニアの結合部位であると考えられる。Y295は、その変異体との比較からアンモニアの結合に関与していると考えられる。
【0023】
一実施形態において、TAAR5はTAAR5と同等の機能を有するポリペプチドと代替可能である。TAAR5と同等の機能を有するポリペプチドのアミノ酸配列は、TAAR5のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示すことが好ましく、85%以上の相同性を示すことがより好ましく、90%以上の相同性を示すことがさらに好ましく、95%以上の相同性を示すことがさらにいっそう好ましく、98%以上の相同性を示すことが特に好ましく、99%以上の相同性を示すことが最も好ましい。
【0024】
TAAR5の他にも、これらと同等の機能を有するポリペプチドであれば、アンモニア応答性受容体として使用され得る。例えば、ヒトおよびマウス以外の他の動物由来の相同なアンモニア応答性受容体が挙げられる。ヒトおよびマウス以外の他の動物として、例えばラット、その他の実験モデル生物が挙げられる。
【0025】
アンモニア応答性受容体は、アンモニアに対する応答性を失わない範囲内であれば、任意の態様で使用され得る。例えば、アンモニア応答性受容体は、アンモニア応答性受容体を天然に発現する細胞または組織およびこれらの培養物;アンモニア応答性受容体を担持した嗅覚受容細胞の膜;アンモニア応答性受容体を発現する遺伝子組換え細胞およびその培養物;アンモニア応答性受容体が発現した遺伝子組換え細胞の膜;アンモニア応答性受容体が発現した脂質二重膜等の態様での使用が想定され得る。また、アンモニア応答性受容体として嗅粘液を有する組織(嗅上皮、嗅粘膜等)を用いてもよい。
【0026】
一実施形態においてアンモニア応答性受容体としては、アンモニア応答性受容体を天然に発現する細胞、アンモニア応答性受容体を発現する遺伝子組換え細胞およびこれらの培養物の使用が好ましい。
特に、アンモニア応答性受容体を発現するヒト由来の遺伝子組換え細胞の使用が好ましい。ヒト由来の遺伝子組換え細胞は、例えば、アンモニア応答性受容体をコードする遺伝子を組み込んだベクターを用いてヒト培養細胞を形質転換することで調製できる。
【0027】
アンモニア応答性受容体の応答の測定の具体的手法は、特に限定されない。例えば、細胞内cAMP量の測定が挙げられる。細胞内cAMP量をアンモニア応答性受容体の応答の指標とすることで、アンモニア応答性受容体の応答を評価できる。細胞内のcAMP量を測定する方法としては、例えば、ELISA法、レポータージーンアッセイ等が挙げられる。
他にも、カルシウムイメージング法、電気生理学的手法による測定が挙げられる。電気生理学的測定では、例えば、アンモニア応答性受容体を他のイオンチャネルとともに共発現させた試験細胞(例えば、アフリカツメガエル卵母細胞等)を調製し、該試験細胞上のイオンチャネルの活動電位をパッチクランプ法、二電極膜電位固定法等で測定してもよい。
【0028】
(アンモニア応答性受容体とアンモニアの接触)
アンモニア応答性受容体とアンモニアとの接触の態様は、特に限定されない。例えば、以下の方法が挙げられる。
・アンモニアを封入した密閉容器内に、アンモニア応答性受容体を担持した膜またはアンモニア応答性受容体が発現した細胞もしくは組織を静置する方法。
・アンモニア応答性受容体を担持した膜またはアンモニア応答性受容体が発現した細胞もしくは組織を、密閉容器内に置き、次いで、密閉容器内にアンモニアを供給する方法。
【0029】
アンモニアをアンモニア応答性受容体と接触させる際、アンモニアは気体状態でもよく、液体状態でもよく、固体状態でもよい。
単一成分からなるアンモニアを用いてもよいが、アンモニア以外の悪臭物質と組み合わせた複合臭や、アンモニアを含む任意の空間から採取された臭気を用いてもよい。
【0030】
液体のアンモニアを密閉容器内等で気化させてもよい。密閉容器内におけるアンモニア応答性受容体とアンモニアとの接触に際しては、培養プレート、シャーレを用いてもよく、循環機(サーキュレーター)を用いてもよい。
【0031】
気体状態のアンモニアを使用した場合、アンモニア応答性受容体を緩衝液の非存在下でアンモニアと接触させやすい。
アンモニアは水溶液中ではNH3+H2O⇔NH4
++OH-の平衡状態を示し、アンモニア(NH3)とアンモニウム(NH4
+)が共存しているが、アッセイ時のように希薄な溶液中ではNH4
++の割合が多いと考えられる。
対して、気体状態のアンモニアを使用した場合、緩衝液が存在したとしてもその添加量が少なければ、表面張力により緩衝液はウェルの内壁付近に存在する傾向がある。そのため、ウェルの中央の細胞は空気中に露出しやすい。つまり、ウェルの中央の細胞は、気相中のアンモニアに曝露されやすい。
【0032】
実際の嗅覚の挙動を再現する点でも、気体状態のアンモニアの使用が好ましい。気体状態のアンモニアを使用することで、リガンドの探索条件を実際の鼻におけるアンモニア応答性受容体の反応条件に近づけることができる。そのうえで、アンモニア臭に応答するアンモニア応答性受容体の抑制剤やアンタゴニストを探索できる。このようにして選定されたアンモニア臭の抑制剤は、実際に消臭剤等の製品に用いた際も消臭効果を発揮する可能性が高いと考えられる。
悪臭の原因となるアンモニアは気体として供給する場合、該気体は単一の化合物である必要もなく、例えば、悪臭空間から採取した空気等のように複合的な臭気を気体のアンモニア臭として使用できることも利点である。
【0033】
(試験物質)
試験物質は、アンモニア応答性受容体のリガンドとなるか否かの試験の対象となる物質である。そのため、試験物質は特に制限されない。
試験物質は、典型的には、アンモニア臭の抑制剤としての使用を所望する物質である。試験物質は天然由来の物質でもよく、合成した物質でもよい。
【0034】
試験物質としては、アンモニア臭の抑制剤を消臭剤として商品化する点を考慮すると、アンモニア臭とは別の匂いを知覚させる物質が好ましく、揮発性物質がより好ましい。また、無臭の試験物質、匂い強度が低い試験物質の使用も好ましい。
試験物質は単一の物質でもよく、二以上の物質を含む混合物でもよい。例えば、単一物質の香料を用いてもよく、複数種の物質を調合した香料を用いてもよい。
【0035】
(アンモニア応答性受容体への試験物質の添加)
アンモニア応答性受容体は、アンモニアに対して特異的に応答する。アンモニア応答性受容体に試験物質を添加したとき、該試験物質がアンモニア応答性受容体の応答を抑制すれば、該試験物質はアンモニア臭に対する消臭効果を充分に発揮しやすいと考えられる。
アンモニア応答性受容体のアンモニアに対する応答を抑制した試験物質は、アンモニア臭の抑制剤として有用であると考えられる。
【0036】
試験物質がアンタゴニストとして機能しているとき、その試験物質はアンモニア臭の抑制剤として有用であると期待できる。試験物質と混合した後のアンモニア応答性受容体において、以下の2点を満足すれば、該試験物質は、試験物質はアンタゴニストとして機能していると考えることができる。
・試験物質と混合した後のアンモニア応答性受容体において、試験物質を混合していないときに比べてアンモニアに対して応答しにくくなること。
・試験物質と混合した後のアンモニア応答性受容体が該試験物質に対しては応答しないこと。
【0037】
試験物質の添加方法は、特に限定されない。アンモニア応答性受容体を発現させる細胞の培養培地に試験物質を混ぜてもよく、アンモニア応答性受容体が発現した細胞、組織に試験物質を滴下、散布、噴霧してもよい。
【0038】
アンモニア応答性受容体に試験物質を添加する際には、金属イオンの存在下で混合してもよい。金属イオンの使用態様、存在態様は特に限定されない。例えば、以下の手法が挙げられる。
・金属イオン含有液中でアンモニア応答性受容体と試験物質とを混合する方法。
・アンモニア応答性受容体を担持した膜またはアンモニア応答性受容体が発現した細胞もしくは組織を、金属イオン含有液に浸漬した状態で試験物質と混合する方法。
・アンモニア応答性受容体が発現した細胞、組織を培養する培地に金属イオンを添加し、次いで試験物質を添加する方法。
・アンモニア応答性受容体が発現した細胞、組織を培養する培地に、試験物質とともに金属イオン含有液を混合する方法。
【0039】
一実施形態においては、複数のウェルが形成された細胞培養プレートを使用してもよい。ウェル数は特に限定されないが、96ウェルプレートを用いることが好ましい。ウェル底部の形状としては、平底、丸底、V底、U底、イージーウォッシュ底、ハーフエリアソリッドのいずれも用いることができるが、平底が好ましい。開口部直径も特に限定されないが、3~8mm、好ましくは、5~7mm、底部直径は2~7mm、好ましくは3~6.5mm、最大容量は30~450μL好ましくは、200~400μLである。例えば、細胞培養プレートの複数のウェルのそれぞれにアンモニア応答性受容体が発現した細胞、組織と試験物質とを分注して混合し、該細胞培養プレートの周囲にアンモニアを供給し、アンモニアとアンモニア応答性受容体を接触させる。
【0040】
このようにあらかじめ試験物質をアンモニア応答性受容体と混合しておけば、次いで、アンモニアを接触させることで、各ウェル内のアンモニア応答性受容体の悪臭に対する応答開始時を揃えることができる。そのため、事前に悪臭物質を各ウェル内のアンモニア応答性受容体に一つずつ添加した後にアンモニア応答性受容体の応答を測定する場合に生じるような、応答開始時の各ウェル間でのタイムラグが発生しにくい。
この場合、より測定誤差の少ないアンモニア応答性受容体の応答データを測定できる。複数のウェルが形成された細胞培養プレートを用いる場合、各ウェル内のアンモニア応答性受容体は互いに同一でもよく、異なっていてもよい。
【0041】
(基準データ1、試験データ1)
一例において、緩衝液の非存在下または1ウェル当たり25μL以下の緩衝液の存在下でアンモニアに応答した後のアンモニア応答性受容体に、試験物質を添加することができる。この場合、下記の基準データ1と下記の試験データ1を比較することができる。
【0042】
基準データ1:緩衝液の非存在下または1ウェル当たり25μL以下の緩衝液の存在下でアンモニアと接触させた後であって、試験物質を添加する前のアンモニア応答性受容体の応答を測定したデータ。
試験データ1:緩衝液の非存在下または1ウェル当たり25μLの緩衝液の存在下でアンモニアと接触させた後に試験物質を添加したときのアンモニア応答性受容体の応答を測定したデータ。
【0043】
基準データ1および試験データ1の比較によれば、試験物質の添加の前後を通して既にアンモニアによって活性化したアンモニア応答性受容体の応答を評価できる。例えば、試験データ1におけるアンモニア応答性受容体の応答指標が基準データ1と比較して統計学的に有意に低減されていれば、その試験物質はアンモニア臭の抑制剤として有用である可能性がある。
【0044】
(基準データ2、試験データ2)
他の一例において、緩衝液の非存在下または1ウェル当たり25μL以下の緩衝液の存在下でアンモニアをアンモニア応答性受容体と接触させる前に、アンモニア応答性受容体に試験物質を添加することができる。この場合、下記の基準データ2と下記の試験データ2を比較することができる。
【0045】
基準データ2:アンモニアと接触させる前であって、かつ、試験物質を添加する前のアンモニア応答性受容体の応答を測定したデータ。
試験データ2:試験物質の存在下で、かつ、緩衝液の非存在下または1ウェル当たり25μL以下の緩衝液の存在下でアンモニアと接触させた後のアンモニア応答性受容体の応答を測定したデータ。
【0046】
基準データ2および試験データ2の比較によれば、アンモニアとの接触の前後を通して試験物質が存在するときのアンモニア応答性受容体の応答を評価できる。例えば、アンモニアの接触の前後を通して、アンモニア応答性受容体の応答が抑制されていれば、その試験物質は、アンモニア臭の抑制剤として有用である可能性がある。
【0047】
(官能試験)
一実施形態において、官能試験をさらに実施してもよい。例えば、アンモニア臭の抑制剤としての有用性が期待された試験物質を、アンモニア臭の消臭剤の候補物質とし、候補物質のアンモニア臭の抑制効果を官能試験により評価できる。官能試験でアンモニア臭の抑制効果が認められた候補物質をアンモニア臭の消臭剤として選択してもよい。
【0048】
官能試験は、消臭剤の通常の評価手順に準じて行われ得る。例えば、評価者は、候補物質の匂いと同時にアンモニア臭を嗅ぎ、アンモニア臭の強度を評価してもよく、候補物質の匂いと別々にアンモニア臭を嗅ぎ、アンモニア臭の強度を評価してもよい。
得られた評価結果は、アンモニア臭の単独強度と比較される。官能試験の結果、アンモニア臭の強度を低下させたと評価された候補物質は、アンモニア臭の抑制剤としての有用性が期待できる。
【0049】
(用途)
一実施形態に係る探索方法によれば、アンモニア臭の抑制剤を取得できる。取得したアンモニア臭の抑制剤は、アンモニア臭の消臭剤の有効成分として使用され得る。
【0050】
アンモニア臭の抑制剤は、特定のアンモニア応答性受容体のアンモニア臭に対する応答を抑制する。そのため、対象の空間において同程度の消臭効果を得るために必要な濃度は、従来の物理的消臭や化学的消臭の場合と比較して低く設定できる可能性が高い。そのためアンモニア臭の抑制剤は、アンモニア臭の消臭剤の有効成分として実用的である。
【0051】
アンモニア臭の抑制剤、すなわち、アンモニア応答性受容体のアンタゴニストは、消臭剤の有効成分として使用できる。アンタゴニストはアンモニア臭と拮抗してアンモニア応答性受容体の応答および悪臭の知覚を阻害することから、従来の物理的消臭や化学的消臭のように事前に拡散した状態を維持する必要もなくなる。そのため、アンタゴニストのアンモニア臭の抑制剤は、スプレー剤等の瞬間的な消臭用途にも好適である。
【0052】
消臭剤の具体的使用態様は特に限定されない。例えば、アンモニア臭の抑制剤は、アンモニア臭の抑制用の組成物、物品の有効成分として使用してもよく、アンモニア臭の抑制用の組成物、物品の製造に使用できる。
一実施形態に係る探索方法は消臭剤の製造方法の用途にも好適に適用できる。
【0053】
消臭剤の適用例として例えば、人間、動物用のトイレまたは排泄物処理;医療施設、介護施設の排泄物処理;廃棄物処理;紙おむつ、生理用品;漁業施設、水産加工施設、医療施設、介護施設の臭気処理;ごみ箱、キッチン空間、バスルーム、介護空間の臭気処理、特に生ごみを対象とした臭気処理;肌着、下着、マスク、フェイスシールド、リネン類等の服飾類、布製品、織物;洗濯用洗剤、柔軟剤;パーマネント剤、香粧品、洗浄剤、デオドラント等の外用剤、医薬品;食品等;アンモニア臭が発生する製品の製造設備等が挙げられる。ただし、アンモニア臭の抑制剤の適用はこれら例示には何ら限定されない。
【実施例0054】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳しく説明する。ただし、本発明は以下の実施例の記載に限定されない。
【0055】
<アンモニア応答性受容体発現細胞の調製>
(pCI-アンモニア応答性受容体ベクター、pCI-RTP1Sベクター)
GenBankに登録されている配列情報を基に、表1に記載のヒトおよびマウスアンモニア応答性受容体をコードする遺伝子をクローニングした。各遺伝子は、human genomic DNA Human mixed(G3041:Promega)およびマウス尾部から抽出したゲノムDNAを鋳型としたPCR法によりクローニングした。PCR法により増幅した各遺伝子をpCIベクター(Promega)に製品プロトコルにしたがって組み込んだ。具体的には、pCIベクター上に存在するNheI制限酵素サイト、BamHI制限酵素サイトを利用してRhoタグ配列が組み込み、その下流のMluI制限酵素サイト、NotI制限酵素サイトを利用してRhoタグ配列の下流にアンモニア応答性受容体遺伝子を組み込んだ。次いで、ヒトまたはマウスRTP1Sをコードする遺伝子をpCIベクターのMluI制限酵素サイト、NotI制限酵素サイトへ組み込んだ。
【0056】
【0057】
Hana3A細胞を50%コンフルエントになるように96ウェルプレート(コーニング、BioCoat ウェル形状:平底、ウェル開口部直径6.9mm、ウェル底部直径6.4mm、ウェルの深さ10.7mm、1ウェル当たりの最大容量360μL、ワーキングボリューム75~200μL)で培養した。表2に示す組成の反応液を調製し、クリーンベンチ内で15分静置した後、96ウェルプレート(コーニング、BioCoat)の各ウェルに50μLずつ添加した。37℃、5%CO2雰囲気保持したインキュベータ内で24時間培養し、表1に示したヒトおよびマウスアンモニア応答性受容体18種のそれぞれを発現させたHana3A細胞を調製した。なお、TAAR遺伝子量は各遺伝子の発現容易性に応じて、添加する遺伝子量を1~50μgの範囲で調整した。
【0058】
【0059】
<Glo Sensorアッセイ>
アンモニア応答性受容体の応答の測定には、Glo Sensorアッセイを行った。Hana3A細胞に発現したアンモニア応答性受容体は、細胞内在性のGαsおよびGαоlfと共役し、アデニル酸シクラーゼを活性化することで、細胞内cAMP量を増加させる。細胞内cAMP量の増加をホタルルシフェラーゼ遺伝子由来の発光値として測定し、アンモニア応答性受容体の応答強度を測定した。
ルシフェラーゼの活性測定には、Glo Sensor cAMP Reagent(Promega)を用い、製品プロトコルにしたがって測定を行った。各種刺激条件について、臭気刺激前のルシフェラーゼ由来の発光値を、臭気刺激後のルシフェラーゼ由来の発光値で除した値、すなわち、(刺激後の発光値)/(刺激前の発光値)を算出した。匂い物質の刺激により誘導された(刺激後の発光値)/(刺激前の発光値)を応答強度の測定値とした。
【0060】
<アンモニアに応答するアンモニア応答性受容体の探索>
(TAAR5の同定)
アンモニア応答性受容体発現細胞の培養物から培地を取り除き、10mMのHEPESを含むHBSS緩衝液で希釈したGlo Sensor cAMP Reagentを96ウェルプレートの各ウェルに25μLずつ添加した。細胞を遮光環境で2~3時間培養して細胞内にcAMP Reagentを導入した。最後に、5Lのフレックサンプラーバッグ内に96ウェルプレートと空気循環用のファンを入れ純空気で満たした。最後に悪臭分子としてアンモニアを気相終濃度が所定の値になるほうにシリンジで注入した。10分間、アンモニア応答性受容体発現細胞と悪臭分子を接触させ、その後、Glo Sensorアッセイを行い、悪臭分子に対するアンモニア応答性受容体の応答強度(NORMALIZED LUMINESCENCE)を測定した。結果を
図1に示す。
【0061】
図1の縦軸は、各受容体発現細胞の各匂い物質に対する相対応答強度を示す(
図1)。相対応答強度は各匂い物質の非存在下での応答強度を1として算出した。同濃度の各匂い物質および同時間の接触条件下での応答強度を1としている。
18種類のアンモニア応答性受容体を発現させた各細胞について、アンモニアに対する応答を測定した。
【0062】
結果、アンモニアに対して最も高い応答性を示したヒトアンモニア応答性受容体としてTAAR5が同定された。また、ヒトTAAR5のマウスホモログであるマウスTAAR5もアンモニアに対して強く応答することが分かった(
図1)。
【0063】
(TAAR5の応答と緩衝添加量との関係)
緩衝液の添加量を変えマウスTAAR5の応答を測定した。結果を
図2に示す。結果、緩衝液の添加量が低いほど、TAAR5はアンモニアに対して高い応答性を示すことが分かった。
【0064】
<試験物質>
試験物質(Compounds)として下記3種の化合物を10mMのHEPESを含むHBSS緩衝液で希釈し、終濃度が100μMになるよう調製した。
・α-ダマスコン
・β-ダマスコン
・β-イオノン
【0065】
<TAAR5のアンタゴニストの探索>
ヒトTAAR5発現細胞の培養物から培地を取り除き、10mMのHEPESを含むHBSS緩衝液で希釈したGloSensor cAMP Reagentを96ウェルプレートの各ウェルに25μLずつ添加した。細胞を遮光環境で2~3時間培養して細胞内にcAMP Reagentを導入した。その後、GloSensorアッセイを行い、試験物質を添加する前のヒトTAAR5の応答強度を測定した。
次いで、96ウェルプレートの各ウェルに試験物質を終濃度が表3に示す各濃度となるように添加し、10分後にGloSensorアッセイを行い、試験物質に対するヒトTAAR5の応答強度(fold increase)を測定し、基準データを得た。
その後、5Lのフレックサンプラーバッグ内に96ウェルプレートと空気循環用のファンを入れ純空気で満たした。最後に悪臭分子としてアンモニアガスを気相終濃度が所定の値になるほうにシリンジで注入した。10分間、ヒトTAAR5と悪臭分子を接触させ、その後、GloSensorアッセイを行い、悪臭分子に対するヒトTAAR5の応答強度(fold increase)を測定し、試験データを得た。
応答強度の測定結果を表3に示す。
【0066】
【0067】
表3に示すように、応答強度の測定の結果、α-ダマスコンおよびβ-ダマスコンはTAAR5のアンモニアに対する応答を抑制したことから、TAAR5のアンタゴニストとして機能していると考えられる。また、α-ダマスコンおよびβ-ダマスコンはアンモニア臭に対する消臭効果が充分に発揮されやすい抑制剤であると考えられる。
一方、β-イオノンについては、TAAR5のアンモニアに対する応答抑制効果が確認されなかった。