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特開2024-118961全固体リチウムイオン電池用正極活物質、全固体リチウムイオン電池用正極、全固体リチウムイオン電池及び全固体リチウムイオン電池用正極活物質の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024118961
(43)【公開日】2024-09-02
(54)【発明の名称】全固体リチウムイオン電池用正極活物質、全固体リチウムイオン電池用正極、全固体リチウムイオン電池及び全固体リチウムイオン電池用正極活物質の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/525 20100101AFI20240826BHJP
   H01M 4/505 20100101ALI20240826BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20240826BHJP
   H01M 4/131 20100101ALI20240826BHJP
   H01M 10/0562 20100101ALI20240826BHJP
   H01M 10/052 20100101ALI20240826BHJP
   C01G 53/00 20060101ALI20240826BHJP
【FI】
H01M4/525
H01M4/505
H01M4/36 C
H01M4/131
H01M10/0562
H01M10/052
C01G53/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023025583
(22)【出願日】2023-02-21
(71)【出願人】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】田村 友哉
【テーマコード(参考)】
4G048
5H029
5H050
【Fターム(参考)】
4G048AA04
4G048AB02
4G048AB04
4G048AB06
4G048AC06
4G048AD03
4G048AE05
5H029AJ02
5H029AJ06
5H029AJ14
5H029AK03
5H029AL02
5H029AL07
5H029AL11
5H029AL12
5H029AM12
5H029CJ02
5H029CJ08
5H029HJ02
5H029HJ05
5H029HJ10
5H029HJ14
5H050AA02
5H050AA12
5H050AA19
5H050BA16
5H050BA17
5H050CA08
5H050CA09
5H050CB02
5H050CB08
5H050CB11
5H050CB12
5H050FA17
5H050FA18
5H050GA02
5H050GA10
5H050GA27
5H050HA02
5H050HA05
5H050HA10
5H050HA14
5H050HA20
(57)【要約】      (修正有)
【課題】全固体リチウムイオン電池に用いたときに電池特性が良好となる全固体リチウムイオン電池用正極活物質、および正極活物質の製造方法を提供する。
【解決手段】正極活物質粒子と、正極活物質粒子表面に設けられた被覆層と、を含む全固体リチウムイオン電池用正極活物質であって、正極活物質粒子は、下記式(1)に示す組成で表され、
LiaNibCocMndef(1)
(式(1)中、1.0≦a≦1.05、0.8≦b≦0.9、b+c+d+e=1、0.002≦e/(b+c+d)≦0.016、1.8≦f≦2.2、MはZr、Ta及びWから選ばれる少なくとも1種である。)
被覆層は、LiとNbとTiとを含み、ICP発光分光分析において、正極活物質全量に対する被覆層に含まれるTiの含有量が10~30質量ppmであり、正極活物質におけるTiとNbとの質量比Ti/Nbが0.0015~0.0040である、正極活物質。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極活物質粒子と、前記正極活物質粒子表面に設けられた被覆層と、を含む全固体リチウムイオン電池用正極活物質であって、
前記正極活物質粒子は、下記式(1)に示す組成で表され、
LiaNibCocMndef (1)
(前記式(1)中、1.0≦a≦1.05、0.8≦b≦0.9、b+c+d+e=1、0.002≦e/(b+c+d)≦0.016、1.8≦f≦2.2、MはZr、Ta及びWから選ばれる少なくとも1種である。)
前記被覆層は、LiとNbとTiとを含み、
ICP発光分光分析において、前記全固体リチウムイオン電池用正極活物質全量に対する前記被覆層に含まれるTiの含有量が10~30質量ppmであり、前記全固体リチウムイオン電池用正極活物質におけるTiとNbとの質量比Ti/Nbが0.0015~0.0040である、全固体リチウムイオン電池用正極活物質。
【請求項2】
前記全固体リチウムイオン電池用正極活物質の表面のTOF-SIMS分析において、スパッタレートを0.25nm/秒に設定してイオンスパッタリングを行ったとき、分析開始から50秒間でTiが検出される、請求項1に記載の全固体リチウムイオン電池用正極活物質。
【請求項3】
50%累積体積粒度D50が4~7μmである、請求項1に記載の全固体リチウムイオン電池用正極活物質。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の全固体リチウムイオン電池用正極活物質を含む、全固体リチウムイオン電池用正極。
【請求項5】
請求項4に記載の全固体リチウムイオン電池用正極及び負極を含む、全固体リチウムイオン電池。
【請求項6】
下記式(2)に示す組成で表される全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体を準備する工程と、
NibCocMnd(OH)2 (2)
(前記式(2)中、0.8≦b≦0.9、0.07≦c≦0.15、及び、b+c+d=1である。)
50%累積体積粒度D50が1μm以下である、Zrの酸化物、Taの酸化物及びWの酸化物から選ばれる少なくとも1種を前記全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体に湿式で混合して混合物を得る工程と、
前記混合物をリチウム源と乾式で混合し、700℃以上で4時間以上焼成して正極活物質粒子を得る工程と、
LiとNbとTiとを含む被覆液を用いて前記正極活物質粒子の表面を被覆し、300℃以下で熱処理を行うことで、前記正極活物質粒子の表面にLiとNbとTiとを含む被覆層を形成する工程と、
を含む、全固体リチウムイオン電池用正極活物質の製造方法。
【請求項7】
前記LiとNbとTiとを含む被覆液が、Li含有量及びNb含有量がそれぞれ0.1~0.2mol/LであるLi及びNbのペルオキソ錯体水溶液に、Ti含有量が0.002~0.01mol/LであるTiのペルオキソ錯体水溶液を、質量比がLi及びNbのペルオキソ錯体水溶液:Tiのペルオキソ錯体水溶液=30:1~30:5となるように混合した水溶液である、請求項6に記載の全固体リチウムイオン電池用正極活物質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、全固体リチウムイオン電池用正極活物質、全固体リチウムイオン電池用正極、全固体リチウムイオン電池及び全固体リチウムイオン電池用正極活物質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在使用されているリチウムイオン二次電池は、電解質に有機電解液を用いている。しかしながら、この電解液は可燃性であり、充電の際の火災の危険性はいかに努力しても完全に解決するのは難しい等の理由から、電解質を固体とする全固体リチウムイオン二次電池の開発がさかんに行われている。
【0003】
従来の固体電解質はリチウムイオン伝導性が悪く、電池設計が難しかったが、近年伝導性の良い固体電解質が見つかり、これを全固体リチウムイオン二次電池に適用する発明も多くみられるようになった。
【0004】
しかしながら、全固体リチウムイオン二次電池には、正極と固体電解質との界面反応により高抵抗層が形成され、出力が低下する問題がある。この高抵抗層の形成を抑制する手段としては、正極活物質の表面をLi複合酸化物で被覆する方法が知られている。正極活物質の表面を被覆するためのLi複合酸化物として代表的なものは、高いイオン伝導率を示すLiNbO3である(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第6293338号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
LiNbO3は非晶質状態で10-6S/cm程度の高いイオン伝導率を有するLi複合酸化物となるが、硫化物系固体電解質材料のイオン伝導率10-4~10-3S/cmに比べて1/100~1/1000程度であり、電池全体として被覆層のLiイオン拡散が律速過程となっている。このため、全固体リチウムイオン電池に用いたときに電池特性が良好となる全固体リチウムイオン電池用正極活物質について未だ開発の余地がある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、全固体リチウムイオン電池に用いたときに電池特性が良好となる全固体リチウムイオン電池用正極活物質、全固体リチウムイオン電池用正極、全固体リチウムイオン電池及び全固体リチウムイオン電池用正極活物質の製造方法を提供することを目的とする。
【0008】
上記知見を基礎にして完成した本発明は以下のように規定される。
1.正極活物質粒子と、前記正極活物質粒子表面に設けられた被覆層と、を含む全固体リチウムイオン電池用正極活物質であって、
前記正極活物質粒子は、下記式(1)に示す組成で表され、
LiaNibCocMndef (1)
(前記式(1)中、1.0≦a≦1.05、0.8≦b≦0.9、b+c+d+e=1、0.002≦e/(b+c+d)≦0.016、1.8≦f≦2.2、MはZr、Ta及びWから選ばれる少なくとも1種である。)
前記被覆層は、LiとNbとTiとを含み、
ICP発光分光分析において、前記全固体リチウムイオン電池用正極活物質全量に対する前記被覆層に含まれるTiの含有量が10~30質量ppmであり、前記全固体リチウムイオン電池用正極活物質におけるTiとNbとの質量比Ti/Nbが0.0015~0.0040である、全固体リチウムイオン電池用正極活物質。
2.前記全固体リチウムイオン電池用正極活物質の表面のTOF-SIMS分析において、スパッタレートを0.25nm/秒に設定してイオンスパッタリングを行ったとき、分析開始から50秒間までTiが検出される、前記1に記載の全固体リチウムイオン電池用正極活物質。
3.50%累積体積粒度D50が4~7μmである、前記1または2に記載の全固体リチウムイオン電池用正極活物質。
4.前記1~3のいずれかに記載の全固体リチウムイオン電池用正極活物質を含む、全固体リチウムイオン電池用正極。
5.前記4に記載の全固体リチウムイオン電池用正極及び負極を含む、全固体リチウムイオン電池。
6.下記式(2)に示す組成で表される全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体を準備する工程と、
NibCocMnd(OH)2 (2)
(前記式(2)中、0.8≦b≦0.9、0.07≦c≦0.15、及び、b+c+d=1である。)
50%累積体積粒度D50が1μm以下である、Zrの酸化物、Taの酸化物及びWの酸化物から選ばれる少なくとも1種を前記全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体に湿式で混合して混合物を得る工程と、
前記混合物をリチウム源と乾式で混合し、700℃以上で4時間以上焼成して正極活物質粒子を得る工程と、
LiとNbとTiとを含む被覆液を用いて前記正極活物質粒子の表面を被覆し、300℃以下で熱処理を行うことで、前記正極活物質粒子の表面にLiとNbとTiとを含む被覆層を形成する工程と、
を含む、全固体リチウムイオン電池用正極活物質の製造方法。
7.前記LiとNbとTiとを含む被覆液が、Li含有量及びNb含有量がそれぞれ0.1~0.2mol/LであるLi及びNbのペルオキソ錯体水溶液に、Ti含有量が0.002~0.01mol/LであるTiのペルオキソ錯体水溶液を、質量比がLi及びNbのペルオキソ錯体水溶液:Tiのペルオキソ錯体水溶液=30:1~30:5となるように混合した水溶液である、前記6に記載の全固体リチウムイオン電池用正極活物質の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、全固体リチウムイオン電池に用いたときに電池特性が良好となる全固体リチウムイオン電池用正極活物質、全固体リチウムイオン電池用正極、全固体リチウムイオン電池及び全固体リチウムイオン電池用正極活物質の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の実施形態に係る全固体リチウムイオン電池の模式図である。
図2】実施例1のTOF-SIMS分析で得られたスペクトル分布のグラフである。
図3】実施例2のTOF-SIMS分析で得られたスペクトル分布のグラフである。
図4】実施例3のTOF-SIMS分析で得られたスペクトル分布のグラフである。
図5】比較例1のTOF-SIMS分析で得られたスペクトル分布のグラフである。
図6】比較例2のTOF-SIMS分析で得られたスペクトル分布のグラフである。
図7】比較例3のTOF-SIMS分析で得られたスペクトル分布のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
次に本発明を実施するための形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、適宜設計の変更、改良等が加えられることが理解されるべきである。
【0012】
(全固体リチウムイオン電池用正極活物質)
本発明の実施形態に係る全固体リチウムイオン電池用正極活物質は、正極活物質粒子と、正極活物質粒子表面に設けられた被覆層とを含む。正極活物質粒子は、下記式(1)に示す組成で表される。
LiaNibCocMndef (1)
(前記式(1)中、1.0≦a≦1.05、0.8≦b≦0.9、b+c+d+e=1、0.002≦e/(b+c+d)≦0.016、1.8≦f≦2.2、MはZr、Ta及びWから選ばれる少なくとも1種である。)
【0013】
全固体リチウムイオン電池用正極活物質の正極活物質粒子は、上記式(1)において、リチウム組成を示すaが1.0≦a≦1.05に制御されている。リチウム組成を示すaが1.0以上であるため、リチウム欠損によるニッケルの還元を抑制することができる。また、リチウム組成を示すaが1.05以下であるため、電池とした際の抵抗成分となり得る、正極活物質粒子表面に存在する、炭酸リチウムや、水酸化リチウム等の残留アルカリ成分を抑制することができる。
【0014】
全固体リチウムイオン電池用正極活物質の正極活物質粒子は、上記式(1)において、ニッケル組成を示すbが、0.8≦b≦0.9に制御されており、いわゆるハイニッケル組成である。ニッケル組成を示すbが0.8以上であるため、全固体リチウムイオン電池の良好な電池容量を得ることができる。
【0015】
全固体リチウムイオン電池用正極活物質の正極活物質粒子は、上記式(1)において、ニッケル組成を示すb、コバルト組成を示すc、マンガン組成を示すd、添加元素Mの組成を示すeの合計が、b+c+d+e=1、すなわち、0.1≦c+d+e≦0.2に制御されているため、サイクル特性が向上し、充放電に伴うリチウムの挿入・脱離による結晶格子の膨張収縮挙動を低減することができる。当該c+d+eが0.1未満になると、上記のサイクル特性や膨張収縮挙動の効果を得ることが困難となり、c+d+eが0.2を超えると、コバルト及びマンガンの添加量が多過ぎて初期放電容量の低下が大きくなる、或いは、コスト面で不利になるおそれがある。
【0016】
全固体リチウムイオン電池用正極活物質の正極活物質粒子は、上記式(1)において、0.002≦e/(b+c+d)≦0.016であり、MはZr、Ta及びWから選ばれる少なくとも1種である。すなわち、全固体リチウムイオン電池用正極活物質の正極活物質粒子にはZr、Ta及びWから選ばれる少なくとも1種の元素が含まれている。当該元素は正極活物質内部へ固溶することで、充放電に伴うリチウムの挿入・脱離による結晶格子の膨張収縮挙動を低減する効果がある。このため、当該元素の組成割合であるe/(b+c+d)が0.002以上であると、サイクル特性が向上する。一方、当該元素は充放電時において電荷補償に寄与しない。このため、当該元素の組成割合であるe/(b+c+d)が0.016以下であると、放電容量の低下を抑えられるという効果を有する。また、好ましくは0.002≦e/(b+c+d)≦0.012であり、より好ましくは0.002≦e/(b+c+d)≦0.008である。
【0017】
本発明の実施形態に係る全固体リチウムイオン電池用正極活物質の正極活物質粒子表面に設けられた被覆層は、LiとNbとTiとを含む。被覆層は、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)が微量のTiを含む形態となっていることが好ましい。被覆層のニオブ酸リチウム(LiNbO3)に、微量のTiが含まれる効果について説明する。被覆層に、5価のイオンとして存在するNbより価数の小さい4価のイオンとして存在するTiが含まれることにより、被覆層内に正孔が形成される。充放電の際、従来の被覆層であるニオブ酸リチウムでは、格子間拡散のみでリチウムイオンが移動するが、微量のTiが含まれる場合、形成された正孔を介した空孔拡散によるLiイオンの移動も可能となる。そのため、Liイオンの移動が容易となり、レート特性の向上や、被覆層内での拡散移動抵抗を低減することができる。
【0018】
ICP(誘導結合プラズマ)発光分光分析において、全固体リチウムイオン電池用正極活物質全量に対する被覆層に含まれるTiの含有量が10~30質量ppmに制御されている。当該Tiの含有量が10質量ppm以上であると、ニオブ酸リチウムを含む被覆層内に正孔が形成され、当該正極活物質を使用した全固体リチウムイオン電池のレート特性が向上し、拡散移動抵抗を低減することができる。当該Tiの含有量が30質量ppmより多いと、ニオブ酸リチウムを含む被覆層内に正孔形成される正孔が多くなり、レート特性や拡散移動抵抗が悪化するおそれがある。全固体リチウムイオン電池用正極活物質全量に対する被覆層に含まれるTiの含有量は、10~20質量ppmであるのが好ましく、10~15質量ppmであるのがより好ましい。
【0019】
ICP発光分光分析において、全固体リチウムイオン電池用正極活物質におけるTiとNbとの質量比Ti/Nbが、0.0015~0.0040に制御されている。当該TiとNbとの質量比Ti/Nbが0.0015以上であると、ニオブ酸リチウムを含む被覆層内に正孔が形成され、当該正極活物質を使用した全固体リチウムイオン電池のレート特性が向上し、拡散移動抵抗を低減することができる。当該TiとNbとの質量比Ti/Nbが0.0040より大きいと、ニオブ酸リチウム被覆層内に正孔形成される正孔が多くなり、レート特性や拡散移動抵抗が悪化してしまう。ICP発光分光分析において、全固体リチウムイオン電池用正極活物質におけるTiとNbとの質量比Ti/Nbは、0.0015~0.0035であるのが好ましく、0.0015~0.0025であるのがより好ましい。
【0020】
上述のICP発光分光分析は、例えば、正極活物質(粉末)を0.2gはかり取り、アルカリ溶融法で分解後、日立ハイテク社製のICP(誘導結合プラズマ)発光分光分析装置(ICP-OES)「PS7800」を用いて、組成分析を行うことで測定することができる。
【0021】
また、正極活物質をICP発光分光分析によって分析して得られたTiの含有量については、例えば、飛行時間型二次イオン質量分析(TOF-SIMS:Time-of-Flight Secondary Ion Mass Spectrometry)で検出したTiのデータを分析することで、それが正極活物質粒子の表面の被覆層に含まれるTiの含有量であることがわかる。具体的には、全固体リチウムイオン電池用正極活物質の表面のTOF-SIMS分析において、スパッタレートを0.25nm/秒に設定してイオンスパッタリングを行ったとき、分析開始から50秒間でTiが検出されると、被覆層にTiが含まれることがわかる。例えば、TOF-SIMS分析装置(ION-TOF社製TOF-SIMS 4S)を用いて、正極活物質の表面のTOF-SIMS分析を行った。具体的には、1次イオンにBi3+、スパッタイオンにCs+を用いた、スパッタレート0.25nm/秒(SiO2換算)の高質量分解モード(negative)でのTOF-SIMS分析を行う。スパッタ面積は300μm×300μmとし、測定面積は150μm×150μmとする。被覆層は6~10nmの厚みとなっており、TOF-SIMS分析において、分析開始から被覆層の厚み分がスパッタされる約50秒間でTiが検出されれば被覆層内にTiが存在しているものと判断される。
ここで、正極活物質粒子にTiが含まれている場合は、後述の図2~4に示すTOF-SIMSのNiの結果のように、スパッタ開始50秒間は増加傾向のグラフになり、被覆層にTiが含まれている場合は、後述の図2~4に示すTOF-SIMSのTiやNbの結果のように、スパッタ開始がピークでそれ以降は減少傾向のグラフになる。また被覆層にTiを含まない場合は、ICP分析の結果で定量下限値以下となる。
【0022】
被覆層の厚さは10nm以下であるのが好ましく、6nm以下であるのがより好ましい。被覆層の厚さが6nm以下であると、Liイオンの移動阻害等の悪影響をより良好に回避することができる。被覆層の厚さの下限値は、特に限定されないが、典型的には4nm以上であり、好ましくは5nm以上である。なお、被覆層の厚さは、走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用いた元素マッピング分析及びライン分析により測定することができる。
【0023】
全固体リチウムイオン電池用正極活物質は、大部分が複数の一次粒子が凝集した二次粒子の形態を有しており、部分的に二次粒子として凝集しない状態の一次粒子が含まれる形態であってもよい。二次粒子を構成する一次粒子、及び、単独で存在する一次粒子の形状については特に限定されず、例えば、略球状、略楕円状、略板状、略針状等の種々の形状であってもよい。また、複数の一次粒子が凝集した形態についても特に限定されず、例えば、ランダムな方向に凝集する形態や、中心部からほぼ均等に放射状に凝集して略球状や略楕円状の二次粒子を形成する形態等の種々の形態であってもよい。
【0024】
全固体リチウムイオン電池用正極活物質の50%累積体積粒度D50が4~7μmであるのが好ましい。ここで、50%累積体積粒度D50は、体積基準の累積粒度分布曲線において、50%累積時の体積粒度である。全固体リチウムイオン電池用正極活物質の50%累積体積粒度D50が4μm以上であると、比表面積が抑えられLi、Nb及びTiの被覆量を抑えることができる。全固体リチウムイオン電池用正極活物質の50%累積体積粒度D50が7μm以下であると、比表面積が過剰に小さくなることを抑制することができる。全固体リチウムイオン電池用正極活物質の50%累積体積粒度D50は、5~6μmであるのがより好ましい。
【0025】
全固体リチウムイオン電池用正極活物質の50%累積体積粒度D50は、例えば以下のようにして測定することができる。すなわち、まず、正極活物質の粉末100mgを、Microtrac社製レーザー回折型粒度分布測定装置「MT3300EXII」を用いて、50%の流速中、40Wの超音波を60秒間照射して分散後、粒度分布を測定し、体積基準の累積粒度分布曲線を得る。次に、得られた累積粒度分布曲線において、50%累積時の体積粒度を、正極活物質の粉末の50%累積体積粒度D50とする。なお、測定の際の水溶性溶媒はフィルターを通し、溶媒屈折率を1.333、粒子透過性条件を透過、粒子屈折率を1.81、形状を非球形とし、測定レンジを0.021~2000μm、測定時間を30秒とする。
【0026】
(全固体リチウムイオン電池用正極活物質の製造方法)
次に、本発明の実施形態に係る全固体リチウムイオン電池用正極活物質の製造方法について詳述する。本発明の実施形態に係る全固体リチウムイオン電池用正極活物質の製造方法は、まず、下記式(2)に示す組成で表される全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体を準備する。
NibCocMnd(OH)2 (2)
(前記式(2)中、0.8≦b≦0.9、0.07≦c≦0.15、及び、b+c+d=1である。)
【0027】
全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体の製造方法としては、まず、(a)ニッケル塩、(b)コバルト塩、(c)マンガン塩、及び、(d)アンモニアを含む塩基性水溶液とアルカリ金属の塩基性水溶液、を含有する水溶液を準備する。(a)ニッケル塩としては、硫酸ニッケル、硝酸ニッケルまたは塩酸ニッケル等が挙げられる。(b)コバルト塩としては、硫酸コバルト、硝酸コバルトまたは塩酸コバルト等が挙げられる。(c)マンガン塩としては、硫酸マンガン、硝酸マンガンまたは塩酸マンガン等が挙げられる。(d)アンモニアを含む塩基性水溶液としては、アンモニア水溶液、硫酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、塩酸アンモニウム等の水溶液が挙げられる。アルカリ金属の塩基性水溶液は、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸塩等の水溶液であってもよい。また、当該炭酸塩の水溶液としては、例えば、炭酸ナトリウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、炭酸水素ナトリウム水溶液、炭酸水素カリウム水溶液などの炭酸基の塩を用いた水溶液が挙げられる。
【0028】
また、当該水溶液の組成は、製造する前駆体の組成によって適宜調整することができるが、(a)45~110g/Lのニッケルイオンを含む水溶液、(b)4~20g/Lのコバルトイオンを含む水溶液、(c)1~4g/Lのマンガンイオンを含む水溶液、(d)10~28質量%のアンモニア水、及び、アルカリ金属濃度10~30質量%の塩基性水溶液であることが好ましい。
【0029】
次に、上述の(a)ニッケル塩、(b)コバルト塩、(c)マンガン塩、及び、(d)アンモニアを含む塩基性水溶液とアルカリ金属の塩基性水溶液、を含有する水溶液を反応液とし、反応液中のpHを10.8~11.4、アンモニウムイオン濃度を10~22g/L、液温を55~65℃に制御しながら共沈反応を行う。このとき、ニッケル塩、コバルト塩及びマンガン塩の混合水溶液を入れたタンク、アンモニアを含む塩基性水溶液を入れたタンク、及び、アルカリ金属の塩基性水溶液を入れたタンクの3つのタンクから、それぞれ薬液を反応槽に送液してもよい。このようにして、上記式(2)で表される正極活物質の前駆体を製造することができる。
【0030】
次に、全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体に、50%累積体積粒度D50が1μm以下である、Zrの酸化物、Taの酸化物及びWの酸化物から選ばれる少なくとも1種を湿式で混合して混合物を得る。混合するZrの酸化物、Taの酸化物及びWの酸化物から選ばれる少なくとも1種の総量は、目標とする全固体リチウムイオン電池用正極活物質の組成によって適宜調整することができる。Zrの酸化物としてはZrO2、Taの酸化物としてはTa25、Wの酸化物としてはWO2またはWO3を用いることができる。当該湿式での混合は、特に限定されないが、水溶媒に全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体とZrの酸化物、Taの酸化物及びWの酸化物から選ばれる少なくとも1種とを添加し、これを機械的手段で混合してスラリーを調製し、次いで、当該スラリーを静置させた状態で乾燥させるか、あるいは、当該スラリーを噴霧乾燥処理して乾燥させる等により混合物を得る方法が挙げられる。
【0031】
上述のように、全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体に対し、リチウム源との混合を行う前に、Zrの酸化物、Taの酸化物及びWの酸化物を、湿式で混合することで、異種元素(Zr、Ta、W)の酸化物の全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体の表面への付着率が向上する。また、混合するZrの酸化物、Taの酸化物及びWの酸化物の粒子のD50を1μm以下に制御することで、異種元素(Zr、Ta、W)の酸化物の全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体の表面への付着率が向上する。異種元素(Zr、Ta、W)の全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体の表面への付着率が向上すると、異種元素(Zr、Ta、W)の酸化物が全固体リチウムイオン電池用正極活物質粒子の表面に付着せずに、独立した粒子として存在してしまうことを抑制することができる。混合するZrの酸化物、Taの酸化物及びWの酸化物の粒子のD50は、0.3~1.0μmであるのが好ましく、0.3~0.5μmであるのがより好ましい。
【0032】
次に、上述のようにして得られた全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体とZrの酸化物、Taの酸化物及びWの酸化物の少なくとも1種との混合物に対し、リチウム源と乾式で混合して、リチウム混合物を形成する。混合するリチウム源の量は、目標とする全固体リチウムイオン電池用正極活物質の組成によって適宜調整することができる。リチウム源としては、水酸化リチウムが挙げられる。混合方法としては、各原料の混合割合を調整してヘンシェルミキサー、自動乳鉢またはV型混合器等で乾式混合する。
【0033】
次に、上述のようにして得られたリチウム混合物を、700℃以上で4時間以上焼成する。このように、リチウム混合物の焼成は、700℃以上の温度とし、4時間以上という長時間で一度に実施することで、異種元素(Zr、Ta、W)の全固体リチウムイオン電池用正極活物質内部への固溶率が向上する。また、これにより異種元素(Zr、Ta、W)の酸化物が全固体リチウムイオン電池用正極活物質粒子の表面に付着せずに、独立した粒子として存在してしまうことを抑制することができる。当該焼成温度は、700~800℃であるのが好ましく、当該焼成時間は4~12時間であるのが好ましい。焼成雰囲気は酸素雰囲気であることが好ましい。
【0034】
その後、必要であれば、焼成体を、例えば、パルベライザー等を用いて解砕することにより正極活物質粒子を得ることができる。
【0035】
次に、上述の正極活物質粒子表面を、LiとNbとTiとを含む水溶液(被覆液)で被覆する。このとき、被覆液としては、Li含有量及びNb含有量がそれぞれ0.1~0.2mol/LであるLi及びNbのペルオキソ錯体水溶液に、Ti含有量が0.002~0.01mol/LであるTiのペルオキソ錯体水溶液を、質量比がLi及びNbのペルオキソ錯体水溶液:Tiのペルオキソ錯体水溶液=30:1~30:5となるように混合した水溶液であるのが好ましい。
【0036】
また、被覆方法としては、正極活物質粒子の表面上に被覆液を付着可能な方法であれば特に限定されるものではないが、例えば、転動流動層を有するコート装置を用いる方法や、噴霧乾燥による方法を用いてもよい。
【0037】
正極活物質粒子表面をLiとNbとTiとを含む水溶液(被覆液)で被覆した後は、300℃以下で熱処理を行う。当該熱処理は、200~300℃で1~5時間行うことが好ましい。このようにして、正極活物質粒子の表面にLiとNbとTiとを含む被覆層が形成された本発明の実施形態に係る全固体リチウムイオン電池用正極活物質を得ることができる。
【0038】
(全固体リチウムイオン電池用正極及び全固体リチウムイオン電池)
本発明の実施形態に係る全固体リチウムイオン電池用正極活物質によって正極を形成し、当該正極を正極層とし、当該正極層と、固体電解質層と、負極層とを含む全固体リチウムイオン電池を作製することができる。本発明の実施形態に係る全固体リチウムイオン電池を構成する固体電解質層及び負極層は、特に限定されず、公知の材料で形成することができ、図1に示すような公知の構成とすることができる。
【0039】
全固体リチウムイオン電池の正極層は、本発明の実施形態に係る全固体リチウムイオン電池用正極活物質と、固体電解質とを混合してなる正極合材を層状に形成したものを用いることができる。正極層における正極活物質の含有量は、例えば、50質量%以上99質量%以下であることが好ましく、60質量%以上90質量%以下であることがより好ましい。
【0040】
正極合材は、さらに導電助剤を含んでもよい。当該導電助剤としては、炭素材料を用いることができる。炭素材料としては、例えば、ケッチェンブラック、アセチレンブラック、デンカブラック、サーマルブラック、チャンネルブラック等のカーボンブラック、黒鉛、炭素繊維、活性炭等を用いることができる。
【0041】
全固体リチウムイオン電池の正極層の平均厚みについては特に限定されず、目的に応じて適宜設計することができる。全固体リチウムイオン電池の正極層の平均厚みは、例えば、1μm~100μmであってもよく、1μm~10μmであってもよい。
【0042】
全固体リチウムイオン電池の正極層の形成方法については特に限定されず、目的に応じて適宜選択することができる。全固体リチウムイオン電池の正極層の形成方法としては、例えば、全固体リチウムイオン電池用正極活物質を圧縮成形する方法などが挙げられる。
【0043】
全固体リチウムイオン電池の負極層は、公知の全固体リチウムイオン電池用金属箔又は、負極活物質を層状に形成したものであってもよい。また、当該負極層は、公知の全固体リチウムイオン電池用負極活物質と、固体電解質とを混合してなる負極合材を層状に形成したものであってもよい。負極層における負極活物質の含有量は、例えば、10質量%以上99質量%以下であることが好ましく、20質量%以上90質量%以下であることがより好ましい。
【0044】
負極層は、例えば、金属リチウム、金属インジウム、ケイ素等の金属自体や他の元素、化合物と組み合わせた合金、または、グラファイト、酸化ケイ素やその複合材料を用いることができる。
【0045】
全固体リチウムイオン電池の負極層の平均厚みについては特に限定されず、目的に応じて適宜選択することができる。全固体リチウムイオン電池の負極層の平均厚みは、例えば、1μm~100μmであってもよく、1μm~10μmであってもよい。
【0046】
全固体リチウムイオン電池の負極層の形成方法については特に限定されず、目的に応じて適宜選択することができる。全固体リチウムイオン電池の負極層の形成方法としては、例えば、金属箔を挿入する方法、負極活物質粒子を圧縮成形する方法などが挙げられる。
【0047】
固体電解質は、公知の全固体リチウムイオン電池用固体電解質を用いることができる。固体電解質として、硫化物系固体電解質等を用いることができる。
【0048】
硫化物系固体電解質としては、例えば、LiI-Li2S-P25、LiI-Li2S-B23、Li3PO4-Li2S-Si2S、Li3PO4-Li2S-SiS2、LiPO4-Li2S-SiS、LiI-Li2S-P25、LiI-Li3PO4-P25、Li3PS4、およびLi2S-P25などが挙げられる。
【0049】
全固体リチウムイオン電池の固体電解質層の平均厚みについては特に限定されず、目的に応じて適宜設計することができる。全固体リチウムイオン電池の固体電解質層の平均厚みは、例えば、50μm~500μmであってもよく、50μm~100μmであってもよい。
【0050】
全固体リチウムイオン電池の固体電解質層の形成方法については固体電解質を圧縮成形する方法などが挙げられる。
【0051】
全固体リチウムイオン電池を構成するその他の部材については特に限定されず、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、正極集電体、負極集電体、及び、電池ケースなどが挙げられる。
【0052】
正極集電体の大きさ及び構造については特に限定されず、目的に応じて適宜選択することができる。
正極集電体の材質としては、例えば、ダイス鋼、ステンレス鋼、アルミニウム、アルミニウム合金などが挙げられる。
正極集電体の形状としては、例えば、箔状、板状などが挙げられる。
正極集電体の平均厚みとしては、例えば、10μm~500μmであってもよく、50μm~100μmであってもよい。
【0053】
負極集電体の大きさ及び構造については特に限定されず、目的に応じて適宜選択することができる。
負極集電体の材質としては、例えば、ダイス鋼、インジウム、銅、ステンレス鋼などが挙げられる。
負極集電体の形状としては、例えば、箔状、板状などが挙げられる。
負極集電体の平均厚みとしては、例えば、10μm~500μmであってもよく、50μm~100μmであってもよい。
【0054】
電池ケースについては特に限定されず、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、従来の全固体電池で使用可能な公知のラミネートフィルムなどが挙げられる。ラミネートフィルムとしては、例えば、樹脂製のラミネートフィルム、樹脂製のラミネートフィルムに金属を蒸着させたフィルムなどが挙げられる。
電池の形状については特に限定されず、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、円筒型、角型、ボタン型、コイン型、扁平型などが挙げられる。
【実施例0055】
以下、本発明及びその利点をより良く理解するための実施例を提供するが、本発明はこれらの実施例に限られるものではない。
【0056】
(実施例1)
まず、組成式:Ni0.82Co0.15Mn0.03(OH)2で表される全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体を準備した。
次に、水溶媒にD50が5.4μmである全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体と、D50が0.35μmであるZrO2を0.3mol%の仕込み量となるように添加し、これを機械的手段で混合(湿式混合)してスラリーを調製し、次いで、当該スラリーを静置させた状態で乾燥させることで混合物を得た。
次に、得られた混合物に対し、炭酸リチウム(リチウム源)を添加してヘンシェルミキサーで混合(乾式混合)して、リチウム混合物を形成した。
次に、上述のようにして得られたリチウム混合物を、酸素雰囲気にて740℃で12時間焼成することで、正極活物質粒子を作製した。
次に、被覆液として、Li含有量及びNb含有量がそれぞれ0.18mol/LであるLi及びNbのペルオキソ錯体水溶液に、Ti含有量が0.005mol/LであるTiのペルオキソ錯体水溶液を、質量比がLi及びNbのペルオキソ錯体水溶液:Tiのペルオキソ錯体水溶液=30:4となるように混合した水溶液(Li-Nb-Tiペルオキソ錯体水溶液)を準備した。次に、当該被覆液を用いて、転動流動層コーティング装置によって、作製した正極活物質粒子の表面をLiとNbとTiとを含む酸化物前駆体で被覆し、酸素雰囲気にて230℃で熱処理を行い、被覆層を表面に設けた正極活物質を作製した。
【0057】
(実施例2)
まず、組成式:Ni0.82Co0.15Mn0.03(OH)2で表される全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体を準備した。
次に、水溶媒にD50が5.4μmである全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体と、D50が0.56μmであるWO2を0.5mol%の仕込み量となるように添加し、これを機械的手段で混合(湿式混合)してスラリーを調製し、次いで、当該スラリーを静置させた状態で乾燥させることで混合物を得た。
次に、得られた混合物に対し、炭酸リチウム(リチウム源)を添加してヘンシェルミキサーで混合(乾式混合)して、リチウム混合物を形成した。
次に、上述のようにして得られたリチウム混合物を、酸素雰囲気にて720℃で12時間焼成することで、正極活物質粒子を作製した。
次に、実施例1と同様の方法で正極活物質粒子の表面に被覆層を設けることで、正極活物質を作製した。
【0058】
(実施例3)
まず、組成式:Ni0.82Co0.15Mn0.03(OH)2で表される全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体を準備した。
次に、水溶媒にD50が5.4μmである全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体と、D50が0.31μmであるTa25を0.5mol%の仕込み量となるように添加し、これを機械的手段で混合(湿式混合)してスラリーを調製し、次いで、当該スラリーを静置させた状態で乾燥させることで混合物を得た。
次に、得られた混合物に対し、炭酸リチウム(リチウム源)を添加してヘンシェルミキサーで混合(乾式混合)して、リチウム混合物を形成した。
次に、上述のようにして得られたリチウム混合物を、酸素雰囲気にて720℃で12時間焼成することで、正極活物質粒子を作製した。
次に、実施例1と同様の方法で正極活物質粒子の表面に被覆層を設けることで、正極活物質を作製した。
【0059】
(比較例1)
まず、組成式:Ni0.82Co0.15Mn0.03(OH)2で表される全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体を準備した。
次に、水溶媒にD50が5.5μmである全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体と、D50が0.35μmであるZrO2を0.3mol%の仕込み量となるように添加し、これを機械的手段で混合(湿式混合)してスラリーを調製し、次いで、当該スラリーを静置させた状態で乾燥させることで混合物を得た。
次に、得られた混合物に対し、炭酸リチウム(リチウム源)を添加してヘンシェルミキサーで混合(乾式混合)して、リチウム混合物を形成した。
次に、上述のようにして得られたリチウム混合物を、酸素雰囲気にて720℃で12時間焼成することで、正極活物質粒子を作製した。
次に、被覆液として、Li含有量及びNb含有量がそれぞれ0.18mol/LであるLi及びNbのペルオキソ錯体水溶液(Li-Nbペルオキソ錯体水溶液)を準備した。次に、当該被覆液を用いて、転動流動層コーティング装置によって、作製した正極活物質粒子の表面をLiとNbとを含む酸化物前駆体で被覆し、酸素雰囲気にて250℃で熱処理を行い、被覆層を表面に設けた正極活物質を作製した。
【0060】
(比較例2)
まず、組成式:Ni0.82Co0.15Mn0.03(OH)2で表される全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体を準備した。
次に、水溶媒にD50が5.5μmである全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体と、D50が0.56μmであるWO2を0.5mol%の仕込み量となるように添加し、これを機械的手段で混合(湿式混合)してスラリーを調製し、次いで、当該スラリーを静置させた状態で乾燥させることで混合物を得た。
次に、得られた混合物に対し、炭酸リチウム(リチウム源)を添加してヘンシェルミキサーで混合(乾式混合)して、リチウム混合物を形成した。
次に、上述のようにして得られたリチウム混合物を、酸素雰囲気にて720℃で12時間焼成することで、正極活物質粒子を作製した。
次に、比較例1と同様の方法で正極活物質粒子の表面に被覆層を設けることで、正極活物質を作製した。
【0061】
(比較例3)
まず、組成式:Ni0.82Co0.15Mn0.03(OH)2で表される全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体を準備した。
次に、水溶媒にD50が5.5μmである全固体リチウムイオン電池用正極活物質の前駆体と、D50が0.31μmであるTa25を0.5mol%の仕込み量となるように添加し、これを機械的手段で混合(湿式混合)してスラリーを調製し、次いで、当該スラリーを静置させた状態で乾燥させることで混合物を得た。
次に、得られた混合物に対し、炭酸リチウム(リチウム源)を添加してヘンシェルミキサーで混合(乾式混合)して、リチウム混合物を形成した。
次に、上述のようにして得られたリチウム混合物を、酸素雰囲気にて720℃で12時間焼成することで、正極活物質粒子を作製した。
次に、比較例1と同様の方法で正極活物質粒子の表面に被覆層を設けることで、正極活物質を作製した。
【0062】
(正極活物質の組成)
得られた各正極活物質のサンプル(粉末)を0.2gはかり取り、アルカリ溶融法で分解後、日立ハイテク社製のICP(誘導結合プラズマ)発光分光分析装置(ICP-OES)「PS7800」を用いて、組成分析を行った。
酸素含有量は、Li及び金属成分の分析値に加え、不純物濃度、残留アルカリ量を、分析試料全量から差し引くことにより求め、これにより式(1)における「Of」のfを算出した。
【0063】
(50%累積体積粒度D50)
得られた各正極活物質のサンプル(粉末)100mgを、Microtrac社製レーザー回折型粒度分布測定装置「MT3300EXII」を用いて、50%の流速中、40Wの超音波を60秒間照射して分散後、粒度分布を測定し、体積基準の累積粒度分布曲線を得た。次に、得られた累積粒度分布曲線において、50%累積時の体積粒度を、正極活物質の粉末の50%累積体積粒度D50とした。なお、測定の際の水溶性溶媒はフィルターを通し、溶媒屈折率を1.333、粒子透過性条件を透過、粒子屈折率を1.81、形状を非球形とし、測定レンジを0.021~2000μm、測定時間を30秒とした。
【0064】
(TOF-SIMS分析)
TOF-SIMS分析装置(ION-TOF社製TOF-SIMS 4S)を用いて、正極活物質の表面のTOF-SIMS分析を行った。具体的には、1次イオンにBi3+、スパッタイオンにCs+を用いた、スパッタレート0.25nm/秒(SiO2換算)の高質量分解モード(negative)でのTOF-SIMS分析を行った。スパッタ面積は300μm×300μmとし、測定面積は150μm×150μmとした。被覆層は6~10nmの厚みとなっており、TOF-SIMS分析において、分析開始から被覆層の厚み分がスパッタされる約50秒間でTiが検出されれば被覆層内にTiが存在しているものと判断される。
図2~7に、実施例1~3、比較例1~3のTOF-SIMS分析で得られたスペクトル分布のグラフを示す。図2~7のグラフの縦軸はイオン強度を示し、横軸は分析開始からの経過時間(スパッタ時間[秒])を示す。
図2~4の実施例1~3のTOF-SIMS分析で得られたスペクトル分布のグラフによれば、分析開始から被覆層の厚み分がスパッタされる約50秒間でTi(Ti+)が検出されており、被覆層内にTiが存在しているものと判断される。図5~7の比較例1~3のTOF-SIMS分析で得られたスペクトル分布のグラフによれば、分析開始から被覆層の厚み分がスパッタされる約50秒間でTiの検出量がノイズと認識される量であるため有意に検出されていないと判断でき、その結果、被覆層内にTiが存在しないものと判断される。
なお、図2~7のTOF-SIMS分析で得られたスペクトル分布のグラフでは、分析開始から被覆層の厚み分がスパッタされる約50秒間でTi(Ti+)の他にも、Li(LiCs2+)、Nb(Nb+)も検出されており、被覆層内にNbも存在しているものと判断される。また、O(OCs2+)、Li(LiCs2+)、Ni(NiCs2+)については、分析開始から約50秒経過以降は一定量分布しており、正極活物質粒子内の深さ方向において均等に存在していることがわかる。
【0065】
(電池特性)
<全固体リチウムイオン電池の作製方法>
実施例1~3、比較例1~3で得られた正極活物質と硫化物系固体電解質(75Li2S-25P25)とアセチレンブラックとバインダーとをこの順で60:35:5:1.5の質量比で混合し、スラリーの固形分が65質量%となるようにアニソールを溶媒として加え、マゼルスターで400秒混合して正極合材スラリーとし、これを正極集電体である厚さ0.03mmのアルミニウム箔の表面に塗工した。このとき、ギャップが400μmのアプリケーターを使用して15mm/sの移動速度でアプリケーターを移動させることで当該正極合材スラリーを正極集電体表面に塗工した。
次に、正極合材スラリーを表面に塗工した正極集電体をホットプレート上で100℃、30分乾燥して溶媒を除去することで、正極集電体の表面に正極合材層を形成した。
次に、正極合材層の作製の際に用いた硫化物系固体電解質と同組成の硫化物系固体電解質の上に上述の正極合材層を載せて、333MPaでプレスして、固体電解質層/正極合材層/正極集電体の積層体を作製した。
次に、固体電解質層の負極側に、金属Li-In合金を37MPaで圧着して負極層とした。このように作製した積層体をSUS304製の電池試験セルに入れて拘束圧をかけて全固体二次電池とした。また、当該拘束圧をかけて全固体二次電池としたものについて、大気を遮断するために密閉容器に入れた。
【0066】
<放電容量の評価>
全固体リチウムイオン電池の放電容量は、55℃での0.1Cでの初回充電後にインピーダンスを測定し抵抗を求め、続いて0.1Cで放電することで、初回放電容量を評価した。
【0067】
<レート特性の評価>
全固体リチウムイオン電池のレート特性(%)は、放電レート0.1Cで得られた初期容量(55℃、充電上限電圧:3.7V、放電下限電圧:2.5VvsLi-In)を測定し、次に放電レート0.5Cで得られた高率容量(55℃、充電上限電圧:3.7V、放電下限電圧:2.5VvsLi-In)を測定し、(高率容量)/(初期容量)の比を百分率として評価した。
【0068】
<抵抗の評価>
全固体リチウムイオン電池の抵抗は、交流インピーダンス測定を0.1Hz~1MHzまで行い、得られたCole-Coleプロットを解析することで全固体セル初期抵抗として評価した。
上記製造条件及び試験結果を表1~2に示す。
【0069】
【表1】
【0070】
【表2】
【0071】
(評価結果)
実施例1~3の正極活物質は、いずれも、下記式(1)の組成を有していた。なお、表2の「Li/Me比」は、正極活物質のNi、Co、Mn及びMの合計に対するLiの組成比を示す。
LiaNibCocMndef (1)
(前記式(1)中、1.0≦a≦1.05、0.8≦b≦0.9、b+c+d+e=1、0.002≦e/(b+c+d)≦0.016、1.8≦f≦2.2、MはZr、Ta及びWから選ばれる少なくとも1種である。)
また、実施例1~3の正極活物質は、いずれも、被覆層は、LiとNbとTiとを含んでおり、ICP発光分光分析において、正極活物質全量に対する被覆層に含まれるTiの含有量が10~30質量ppmであり、全固体リチウムイオン電池用正極活物質におけるTiとNbとの質量比Ti/Nbが0.0015~0.0040であった。
このため、実施例1~3についてはいずれも初回放電容量、レート特性、全固体セル初期抵抗のいずれも良好な結果となった。
【0072】
比較例1~3の正極活物質は、いずれも被覆層にTiを含んでおらず、いずれも全固体セル初期抵抗が高かった。また、比較例1に関してはレート特性も不良であった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【手続補正書】
【提出日】2023-09-20
【手続補正1】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0064
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0064】
(TOF-SIMS分析)
TOF-SIMS分析装置(ION-TOF社製TOF-SIMS 4S)を用いて、正極活物質の表面のTOF-SIMS分析を行った。具体的には、1次イオンにBi3+、スパッタイオンにCs+を用いた、スパッタレート0.25nm/秒(SiO2換算)の高質量分解モード(negative)でのTOF-SIMS分析を行った。スパッタ面積は300μm×300μmとし、測定面積は150μm×150μmとした。被覆層は6~10nmの厚みとなっており、TOF-SIMS分析において、分析開始から被覆層の厚み分がスパッタされる約50秒間でTiが検出されれば被覆層内にTiが存在しているものと判断される。
図2~7に、実施例1~3、比較例1~3のTOF-SIMS分析で得られたスペクトル分布のグラフを示す。図2~7のグラフの縦軸はイオン強度を示し、横軸は分析開始からの経過時間(スパッタ時間[秒])を示す。
図2~4の実施例1~3のTOF-SIMS分析で得られたスペクトル分布のグラフによれば、分析開始から被覆層の厚み分がスパッタされる約50秒間でTi(Ti+)が検出されており、被覆層内にTiが存在しているものと判断される。図5~7の比較例1~3のTOF-SIMS分析で得られたスペクトル分布のグラフによれば、分析開始から被覆層の厚み分がスパッタされる約50秒間でTiの検出量がノイズと認識される量であるため有意に検出されていないと判断でき、その結果、被覆層内にTiが存在しないものと判断される。
なお、図2~7のTOF-SIMS分析で得られたスペクトル分布のグラフでは、分析開始から被覆層の厚み分がスパッタされる約50秒間でTi(Ti+)の他にも、Li(LiCs + )、Nb(Nb+)も検出されており、被覆層内にNbも存在しているものと判断される。また、O(OCs2+)、Li(LiCs + )、Ni(NiCs + )については、分析開始から約50秒経過以降は一定量分布しており、正極活物質粒子内の深さ方向において均等に存在していることがわかる。