(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024121140
(43)【公開日】2024-09-06
(54)【発明の名称】フラックス、その製造方法および溶湯処理方法
(51)【国際特許分類】
C22B 21/06 20060101AFI20240830BHJP
【FI】
C22B21/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023028078
(22)【出願日】2023-02-27
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(71)【出願人】
【識別番号】519016181
【氏名又は名称】豊通スメルティングテクノロジー株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000241485
【氏名又は名称】豊田通商株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】100108833
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 裕司
(74)【代理人】
【識別番号】100149320
【弁理士】
【氏名又は名称】井川 浩文
(72)【発明者】
【氏名】日比 加瑞馬
(72)【発明者】
【氏名】八百川 盾
(72)【発明者】
【氏名】箕浦 琢真
(72)【発明者】
【氏名】森 広行
(72)【発明者】
【氏名】川原 博
(72)【発明者】
【氏名】岩田 靖
(72)【発明者】
【氏名】青木 裕子
(72)【発明者】
【氏名】長谷部 詩織
(72)【発明者】
【氏名】中野 悟志
(72)【発明者】
【氏名】古川 雄一
(72)【発明者】
【氏名】冨田 高嗣
【テーマコード(参考)】
4K001
【Fターム(参考)】
4K001AA02
4K001AA09
4K001AA38
4K001BA22
4K001BA23
4K001EA04
4K001GA19
4K001KA07
4K001KA08
4K001KA13
(57)【要約】
【課題】アルミニウム基溶湯からMgを効率的に除去できる新たなフラックスを提供する。
【解決手段】本発明は、金属銅と酸化銅を含む溶融塩またはその固形塩からなり、アルミニウム基溶湯からMgを除去できるフラックスである。金属銅は、アルミニウム基溶湯の処理中に析出し、溶融塩の上空にある酸素と反応して酸化銅を生成する。酸化銅は、アルミニウム基溶湯から溶融塩に取り込まれたMgと反応して金属銅となる。アルミニウム基溶湯上のフラックス(溶融塩)の厚さを、例えば0.05~5mmとするとよい。本発明によれば、フラックスの使用量抑制、溶湯処理時に発生する廃棄物の低減等を図りつつ、アルミニウム基溶湯からMgを持続的に効率よく除去できる。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属銅と酸化銅と塩化物を含み、Mgを含むアルミニウム基溶湯上に配設されるフラックス。
【請求項2】
マグネシウムを含む請求項1に記載のフラックス。
【請求項3】
前記金属銅と前記酸化銅は、前記塩化物の溶融塩中に含まれる請求項1に記載のフラックス。
【請求項4】
前記金属銅と前記酸化銅は、前記塩化物の固形塩中に含まれる請求項1に記載のフラックス。
【請求項5】
前記金属銅は、樹枝状粒子、針状粒子、棒状粒子または板状粒子である請求項1に記載のフラックス。
【請求項6】
前記酸化銅の少なくとも一部は、前記金属銅の一部が酸化されてなる請求項1に記載のフラックス。
【請求項7】
酸化マグネシウムを含む請求項1に記載のフラックス。
【請求項8】
前記酸化マグネシウムはポーラス状である請求項7に記載のフラックス。
【請求項9】
金属銅および/または酸化銅と塩化物とを混在させて得られるフラックスの製造方法。
【請求項10】
前記塩化物は、マグネシウムを含む請求項9に記載のフラックスの製造方法。
【請求項11】
請求項1~8のいずれかに記載のフラックスを用いて、前記アルミニウム基溶湯からMgを除去する溶湯処理方法。
【請求項12】
前記フラックスは、前記アルミニウム基溶湯上の厚さを0.05~5mmとして、酸素に接し得る雰囲気中で用いられる請求項11に記載の溶湯処理方法。
【請求項13】
前記フラックスは、前記アルミニウム基溶湯の補充後または入れ替え後に再利用される請求項12に記載の溶湯処理方法。
【請求項14】
前記塩化物が補充される請求項13に記載の溶湯処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム基溶湯に用いるフラックス等に関する。
【背景技術】
【0002】
環境意識等の高揚に伴い、軽量なアルミニウム系部材が様々な分野で用いられている。新規に精錬されたアルミニウムを用いるよりもスクラップを再利用すれば、省エネルギ化、環境負荷低減、脱炭素化等を図りつつ、アルミニウム系部材の利用を促進できる。
【0003】
スクラップを利用する場合、Al以外の様々な元素が溶湯中に混在し得る。不要または過剰な元素は、スクラップを溶解した原料溶湯(Al基溶湯)から除去する必要がある。その一例として、Mgの除去に関連する記載が下記の文献にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】US4097270A
【特許文献2】特開2007-154268
【特許文献3】特開2008-50637
【特許文献4】特開2011-168830
【特許文献5】特開2021-110025
【特許文献6】特開2021-110026
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】軽金属33(1983)243-248
【非特許文献2】軽金属54(2004)75-81
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1には、Mgを含むAl基溶湯とシリカ(SiO2)を反応させて(2Mg+SiO2→2MgO+Si)、MgをMgOとして除去する方法(金属酸化物処理法の一種)に関する記載がある。
【0007】
特許文献2は、Mgを含むAl基溶湯へ、ホウ酸アルミニウム(9Al2O3・2B2O3)を含むペレットを添加し、Mgをそのペレット上に付着させ、反応生成物(MgAl2O4)として除去する方法を提案している。
【0008】
特許文献3、4は、使用済みの乾電池を焙焼して得た粉末状の電池滓を、Mgを含むAl基溶湯へ添加して、Mgを除去する方法を提案している。電池滓の主成分はZnO、MnO2であり、Mgはそれら酸化物との反応物(MgO、MgMn2O4またはMgMnO3)として除去される。電池滓に含まれる塩化物は、それら酸化物とAl基溶湯の濡れ性を高め、反応物の生成を促進する。塩化物量がマンガン乾電池より少ないアルカリ乾電池の電池滓を用いる場合、塩化物(KClとNaClの混合塩)が補充される。
【0009】
特許文献5、6では、アルミニウム基溶湯上に十分に厚く形成した溶融塩へCuOを加えて、そのアルミニウム基溶湯に含まれるMgをその厚い溶融塩へ取り込んで除去している。この場合、除去されるMg量は、溶融塩に加えたCuO量に依存するため、Mgの持続的な除去には、CuOの継続的な補充が必要となる。
【0010】
非特許文献1、2には、塩素ガス処理法とフラックス処理法に関する記載がある。その塩素ガス処理法では、Al基溶湯中へ吹き込まれた塩素、六塩化エタン、四塩化炭素等のガスと反応したMgが、MgCl2として除去される(Mg+Cl2→MgCl2)。そのフラックス処理法では、Al基溶湯中へ添加されたフッ化物(AlF3、NaAlF4、K3AlF6等)と反応したMgが、MgF2として除去される(例えば、3Mg+2AlF3→3MgF2+2Al)。このような処理法では、多くのAlがドロス等にトラップされてロスになると共に、作業環境の悪化や有害廃棄物の発生等を招く。
【0011】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、アルミニウム基溶湯に用いる新たなフラックス等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、アルミニウム基溶湯上に形成した溶融塩中にある金属銅を酸化させ、アルミニウム基溶湯からマグネシウムを持続的に除去することを着想し、これを具現化した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0013】
《フラックス》
本発明は、金属銅と酸化銅と塩化物を含み、Mgを含むアルミニウム基溶湯上に配設されるフラックスである。
【0014】
本発明のフラックスを用いれば、アルミニウム基溶湯(Al基溶湯)からマグネシウム(Mg)を除去する溶湯処理(精製等)を行える。
【0015】
また本発明のフラックスを用いると、例えば、フラックスの使用量の低減、フラックスの使用後にできる廃棄物(ドロス等)の低減、有害廃棄物の発生や作業環境の悪化の抑制回避等を図ることも可能になる。つまり、フラックスや廃棄等に要するコストの削減、環境負荷の低減等、ひいてはAl基溶湯の処理費用抑制等を図ることが可能になる。このような優れた効果が得られる機序は、次のように考えられる。
【0016】
本発明のフラックスをAl基溶湯に加えると、Al基溶湯上に溶融塩(溶融塩化物)ができる。溶融塩中の酸化銅(CuOおよび/またはCu2O)は、自身の還元(CuO・Cu2O→Cu)によって金属銅となり、その引き換えに、Al基溶湯から溶融塩へ取り込まれたMgを酸化(Mg→MgO)させる。溶融塩中(Al基溶湯の界面を含む。)に析出した金属銅(Cu)は、酸素が供給され得る状況下(例えば大気雰囲気中)で、容易に酸化銅を生成する。この酸化銅は、上述したMgの酸化(MgO生成)に消費されて、金属銅として析出する。
【0017】
このように、酸化銅から金属銅への変化(酸化銅の還元)と金属銅から酸化銅への変化(金属銅の酸化)とが溶融塩中で繰り返され得る。この場合、Al基溶湯上に形成した溶融塩へ酸化銅を外部から補充し続けなくても、Al基溶湯に含まれるMgの持続的な除去が可能となり、上述した効果が得られる。なお、上述の説明から明らかなように、本発明のフラックスを用いた溶湯処理なら、有害なガスや廃棄物の大量発生、作業環境の悪化等も回避される。
【0018】
《フラックスの製造方法》
本発明は、フラックスの製造方法としても把握される。フラックスは、例えば、金属銅および/または酸化銅と塩化物とを混在(原材料(粉末等)の混合、溶融混合等)させて得られる。塩化物は、溶融塩でも固形塩(塊状、粒子状、粉末状等)でもよい。
【0019】
フラックスは、当初から金属銅と酸化銅の両方を含んでいてもよいし、金属銅と酸化銅の一方(一部)が他方に変化して結果的に両方が含まれるようになってもよい。例えば、Al基溶湯上に形成された金属銅と酸化銅の一方を含む溶融塩が、後発的に、金属銅と酸化銅の両方を含む溶融塩(フラックス)となってもよい。
【0020】
マグネシウム(Mg)が塩化物(固形塩または溶融塩)中に含まれていると、金属銅と酸化銅に係る酸化還元反応が促進される。Mgは、塩化物(MgCl2)として当初から混合されてもよいし、溶湯処理中(フラックス調製中)にAl基溶湯から溶融塩へ供給されてもよい。
【0021】
《溶湯処理方法》
本発明は、上述したフラックスを用いて、Al基溶湯からMgを除去する溶湯処理方法としても把握される。溶湯処理は、フラックス中の金属銅へ酸素が供給され得る状況でなされるとよい。フラックスまたは溶融塩を所定厚さの層状にすると、金属銅と酸素の接触が促進され得る。一例として、溶湯処理を酸素含有雰囲気(例えば、大気雰囲気)中で行なうとよい。酸素含有雰囲気は、圧送や循環等が積極的になされてもよい。
【0022】
金属銅と酸化銅は相互に循環して生成されるため、処理対象であるAl基溶湯の補充や入れ替えがなされても、本発明のフラックスは連続利用または繰返し利用が可能である。溶湯処理中に塩化物(溶融塩)が蒸発や坩堝への染み込等により減少するときは、塩化物(液相でも固相でもよい。)を補充してもよい。これにより、溶融塩またはフラックスが適量に維持され、溶湯処理の安定的な継続が可能となる。
【0023】
《Al基合金》
本発明は、溶湯処理後(精製後)のAl基溶湯(半溶融状態を含む)またはその凝固物(インゴット等)からなるAl基合金として把握されてもよい。
【0024】
《その他》
(1)本明細書でいう「フラックス」は液相(酸化銅および/または金属銅を含む溶融塩)でも固相(酸化銅および/または金属銅を含む固形塩)でもよい。適宜、液相のフラックスを「溶融フラックス」、固相のフラックスを「固形フラックス」という。固形フラックスは、フラックス原料(固相)の混在物(例えば混合粉末状)でもよいし、溶融フラックスの凝固物でもよい。本明細書でいう「フラックス」は、Al基溶湯に含まれるMgの除去(濃度低減)ができる限り、再生数(再利用回数)等をとわない。
【0025】
「金属銅」は、Cuを主成分とする金属であり、その形態やサイズは種々あり得る。例えば、金属銅は、樹枝状、針状、棒状、板状等であってもよい。金属銅は、純銅(高純度銅、銅単体物)に限らず、不純物、合金元素、化合物等を含んでいてもよい。敢えていえば、金属銅は、その全体に対してCuを90%以上、95%以上さらには98%以上含むとよい。なお、本明細書でいう濃度や組成は、特に断らない限り、対象物(溶湯、組成物等)の全体に対する質量割合(質量%)であり、単に「%」で示す。
【0026】
「酸化銅」は、酸化第一銅(Cu2O)および/または酸化第二銅(CuO)である。通常、CuOが主である。
【0027】
元素名(例えばマグネシウム)または元素記号(例えばMg)のみで示すものは、特に断らない限り、その状態(単体、化合物、イオン等)を問わない。
【0028】
(2)本明細書でいう「x~y」は、特に断らない限り、下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。本明細書でいう「x~yμm」はxμm~yμmを意味する。他の単位系についても同様である。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1A】Mg除去量またはCu増加量と溶湯処理時間との関係を示すグラフである。
【
図1B】フラックス上面の時間変化を示す写真である。
【
図2A】フラックス原料と、溶融フラックスと、固形フラックスの外観写真である。
【
図2B】固形フラックスの表側と裏側を示す写真である。
【
図2C】その表側に観られる黒色部のSEM像とEDX像である。
【
図2D】その表側に観られる茶色部のSEM像とEDX像である。
【
図2E】その表側に観られる白色部のSEM像とEDX像である。
【
図2F】その裏側に係るSEM像とEDX像である。
【
図2G】その固形フラックスの所定断面における表側付近のSEM像とEDX像である。
【
図2H】その断面の裏側付近のSEM像とEDX像である。
【
図2I】その固形フラックスを水洗して得た残留物のSEM像とEDX像である。
【
図3】溶融塩厚さとMg除去効率の関係を示すグラフである。
【
図4A】大気雰囲気中またはAr雰囲気中で溶湯処理した様子を示す模式図である。
【
図4B】所定時間経過後の各フラックス表面を示す写真である。
【
図4C】各雰囲気中で溶湯処理したときのMg除去量を示す棒グラフである。
【
図5A】フラックスを再利用しつつ溶湯処理を繰り返す様子を示す模式図である。
【
図5B】その再利用回数とAl基溶湯中のMg濃度との関係を示す棒グラフである。
【
図6】フラックスによりAl基溶湯中のMgが除去される機序を説明する模式図である。
【
図7】金属酸化物と金属塩化物の標準生成自由エネルギ図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。方法的な構成要素であっても物(例えばフラックス(Mg除去剤)、Al合金(溶湯)等)に関する構成要素ともなり得る。
【0031】
《Mg除去原理》
Al基溶湯からMgが除去される原理は次のように考えられる。
【0032】
(1)基本反応
Al基溶湯中のMgは次のように酸化され得る。
アノード反応:Mg → Mg2++2e- (1)
【0033】
溶融塩中のCu2+、Cu+は次のように還元され、金属銅として析出し得る。
カソード反応:Cu2++2e- → Cu (2a)
Cu+ + e- → Cu (2b)
【0034】
従って、MgとCuO、Cu2Oとの酸化還元反応は次のようになる。
CuO +Mg → Cu+MgO (3a)
Cu2O+Mg → 2Cu+MgO (3b)
【0035】
これらの反応は、金属元素の塩化物・酸化物の標準生成自由エネルギ(単に「自由エネルギ」ともいう。)に基づけば、自由エネルギ変化ΔGが負(ΔG<0)となる安定な方向、すなわち、左辺から右辺に進行し易いと考えられる。ちなみに、自由エネルギの大小関係(660℃)は、例えば、Knacke O., Kubaschwski O., Hesselmann K.,“Thermochemical Properties of Inorganic Substances"(1991),SPRlNGER-VERLAG(
図7参照)に示されている。
図7に示す傾向は、少なくとも660~800℃で同様である。
【0036】
(2)塩化物中の反応
もっとも、酸化銅自体はAl基溶湯に濡れ難く、溶融塩中の反応も遅い。ただ、銅塩化物(CuCl2、CuCl)なら、下記の反応が進行し易い。
CuCl2+Mg → Cu+MgCl2 (4a)
2CuCl +Mg → 2Cu+MgCl2 (4b)
【0037】
そしてMgを含む塩化物(溶融塩)中なら、酸化銅でも下記の反応が進行し易い。
CuO +MgCl2 → CuCl2+MgO (5a)
Cu2O+MgCl2 → 2CuCl +MgO (5b)
【0038】
結局、Mgを含む塩化物(溶融塩)中なら、高価な塩化銅ではなく安価な酸化銅を用いても、Al基溶湯中のMgはMgOとして効率よく除去され得る。なお、反応式(4a)、(4b)と反応式(5a)、(5b)から、反応式(3a)、(3b)を促進させるMgCl2 は触媒的な作用に留まることがわかる。
【0039】
ちなみに、反応式(5a)、(5b)は共に、左辺から右辺へ進行するとき、自由エネルギ変化ΔGが負(ΔG<0)となる安定な方向となる。このため、Al基溶湯からフラックスへトラップされたMgは、MgCl2→MgOに一方的に変化し、MgOからMgCl2へは殆ど戻らない。こうしてAl基溶湯中のMgは、フラックス(除去剤)中でMgOとなり除去される。
【0040】
(3)金属銅の酸化
金属銅は、下記のように、酸素と接触して酸化銅を生成する。
2Cu+O2 → 2CuO (6a)
4Cu+O2 → 2Cu2O (6b)
【0041】
反応式(3a)、(3b)からすると、除去されるMgO量は供給(補充)されるCuO量に依る。但し、反応式(6a)、(6b)も併せて考えれば、CuO自体を補給しなくても、酸素(O、O
2)の供給があれば、Al基溶湯中のMgは溶融塩中にMgOとして取込まれて持続的に除去されることがわかる。この様子を
図6に模式的に示した。
【0042】
《塩化物》
(1)塩化物は、金属元素とClからなる金属塩化物である。金属元素は、例えば、K、Na、Caが代表的である。それ以外に、例えば、アルカリ金属(Li等)アルカリ土類金属(Ba等))を金属元素として含んでもよい。また、溶融塩またはフラックスは、塩化物以外のハロゲン化物(例えば臭化物)を含んでもよい。
【0043】
塩化物は、単塩(例えば、KCl、NaCl、CaCl2)でも、それらの複合塩でもよい。複合塩を用いると、融点、密度(比重)、濡れ性、蒸気圧、吸湿性等の調整やコスト低減が可能になる。例えば、塩化物の融点を低下させるKClが、塩化物全体に対して30~70質量%(単に「%」という。)または40~65%含まれてもよい。NaClなら、塩化物全体に対して30~60%または35~47%含まれてもよい。触媒的な作用をするMgCl2は、塩化物全体に対して、例えば、1~20%または3~10%含まれてもよい。
【0044】
塩化物は、複数種の原料塩の混合物(混合塩)でも、原料塩全体を溶融させて固化(凝固)させた溶製塩でも、鉱物や鉱物から得られた鉱物由来塩化物(例えばカーナライト無水物:KMgCl3)等でもよい。
【0045】
(2)塩化物は、フラックス全体に対して、例えば、30~80%、40~70%または45~65%含まれる。塩化物が過少でも過多でも、Mgの除去効率が低下し得る。
【0046】
《金属銅・酸化銅》
金属銅と酸化銅は、塩化物(特に溶融塩)中に保持される形態であればよい。金属銅なら、例えば、樹枝状粒子、針状粒子、棒状粒子または板状粒子であるとよい。それらのサイズは問わないが、例えば、最大長が5~500μm、10~100μm、15~65μmであってもよい。なお、本明細書でいうサイズは、例えば、視野(横:50~500μm×縦50~500μm)に現れたそれぞれの最大長の算術平均値で特定されてもよい。
【0047】
酸化銅は、例えば、金属銅と同様な形態(形状、サイズ)でもよい。また酸化銅の少なくとも一部は、金属銅の一部が酸化されて形成されたもの(膜状、層状、殻状等の酸化銅)でもよい。
【0048】
なお、Al基溶湯への配設前(投入前)のフラックス(原料)には、金属銅が含まれていなくてもよい。つまり金属銅は、Mgを除去するAl基溶湯の処理中に析出されたものでもよい。
【0049】
《フラックス》
Al基溶湯上で溶融する限り、フラックス自体は液体状態でも固体状態でもよい。Al基溶湯への投入前のフラックスは、原料の混在物(混合粉末等)でもよいし、その混在物を溶解凝固させた固形物(溶製物)でもよい。固形物は、例えば、塊状でも粒状(砕粉状、顆粒状、粉末状等)でもよい。
【0050】
フラックスには、酸化マグネシウムが含まれていてもよい。酸化マグネシウムは、溶湯処理中に形成されたものでもよい。ポーラス状の酸化マグネシウムは、フラックスの密度(比重)低減、析出したCu(金属銅)のAl溶湯中への混入抑制等に寄与し得る。
【0051】
《溶湯処理》
フラックス(または溶融塩)は、Mgを除去するAl基溶湯上における厚さが、例えば、0.05~5mm、0.1~4mm、0.5~3mmまたは1~2.5mmであるとよい。このとき、溶融塩中の金属銅は、フラックスの上空側にある酸素と反応して酸化銅を生成し易い。そこで溶湯処理は、例えば、少なくともフラックス上空を酸素含有雰囲気にしてなされるとよい。酸素含有雰囲気は、大気雰囲気でもよいし、酸素濃度(酸素分圧)が制御された雰囲気でもよい。
【0052】
Al基溶湯の補充や入れ替え等を行なうときでも、フラックスの継続利用または再利用が可能である。フラックス中の塩化物(溶融塩)が減少するときは、適宜、その補充を行なうとよい。このような補充は、例えば、Al基溶湯上のフラックス(溶融塩)の厚さに基づいて管理されてもよい。
【0053】
フラックスは、Al基溶湯の湯面の一部を覆うだけでもよい。Al基溶湯の湯面全体を覆うことにより、Mgの除去効率の向上、Alの酸化抑制等が図られる。
【0054】
処理時間を長くするほど、Al基溶湯中のMg濃度を低減できる。もっとも、スクラップ等を再生する場合、そのMg濃度が所望範囲内になれば十分なことも多い。一回あたりの処理時間は、例えば、0.1~3時間、0.3~2時間または0.5~1時間である。Mgを除去する溶湯処理を繰り返して、Al基溶湯中のMg濃度を順次低減させてもよい。
【実施例0055】
フラックスによるAl基溶湯中のMg除去に関する具体例を示しつつ、本発明をより詳しく説明する。
【0056】
[全体概要]
特に断らない限り、以下に示す条件下で種々の実験を行なった。
【0057】
(1)原料
市販の純Al(純度99.7%)とAl-20%Mg(純度99.7%)を黒鉛坩堝内で溶解して、Al-(0.75%~0.76%)Mg溶湯(710℃±20℃)を調製した。濃度(%)は、特に断らない限り、質量割合(質量%)である。
【0058】
塩化物には、市販の試薬を配合して溶製した混合塩化物(KCl-41%NaCl-5%MgCl2)を用いた。混合塩化物は、溶融凝固させた固形塩を約3mm程度の粒子に粉砕して用いた。混合塩化物の密度(比重)は2.4g/cm3以下であり、その溶融塩はAl基溶湯と二相分離してAl基溶湯上に形成される。なお、固形塩(粒子状等)に替えて、原料塩の混合物(粉末状等)をそのまま塩化物として用いてもよい。
【0059】
金属銅または酸化銅の銅源には、酸化第二銅(CuO)の粉末(市販の試薬)を用いた。
【0060】
(2)溶湯処理
溶湯処理は、特に断らない限り、大気開放雰囲気中で行なった。溶湯処理中、Al基溶湯を710℃±20℃に保持して、撹拌等は特に行なわなかった。
【0061】
(3)濃度分析
Al基溶湯の化学成分(Mg濃度等)は次のように分析した。先ず、坩堝の略中央付近から採取したAl基溶湯を、金型(ステンレス製分析型)へ注入し、大気中で自然凝固させた。得られたAl合金鋳物(試料)の化学成分(Mg濃度、Cu濃度)を、蛍光X線分析装置(XRF:株式会社リガク製ZSX Primus II)で測定した。
【0062】
(4)観察・元素分析
フラックス等は、目視観察した他、走査型電子顕微鏡(SEM/株式会社日立ハイテクノロジーズ製SU3500形)でも観察した。その顕微鏡に付属しているエネルギー分散型X線分光装置(EDX)で元素分析も行なった。
【0063】
[実施例1](Mg除去量)
《溶湯処理》
Al基溶湯(1800g)上に溶融塩(9g)を加えた。このとき、Al基溶湯の湯面から溶融塩の上面までの高さ(溶融塩厚さ)は0.6mmであった。その溶融塩上へCuO(9g)をさらに添加した。こうして、Al基溶湯上にフラックスを形成した。そのフラックスの厚さは約3mmであった。なお、溶融塩厚さは体積から換算した。フラックス厚さはスケール(ステンレス製定規)で測定して求めた。溶融塩厚さ:フラックス厚さ=1:2~8とした。
【0064】
《測定》
CuO添加後から所定の処理時間が経過する毎に、Al基溶湯の成分分析を行なった。Al基溶湯中の濃度変化量(所定時間経過毎の濃度と初期濃度の差分)から、Al基溶湯全体に対するMg除去量とCu増加量を算出した。各変化量は、化学反応式から求まる理論値(化学量論値)と比較するため、モル単位で示した。処理時間と、MgおよびCuの変化量との関係を
図1Aに示した。
【0065】
《観察》
CuO添加後のフラックス表面の時間変化を観察した。その様子を
図1Bにまとめて示した。
図1B中に示した時間(min)は、CuO添加後の経過時間である。
【0066】
《評価》
(1)Mg量
反応式(3a)によれば、Mg除去量の理論値(最大値)は、添加したCuO(9g:0.113mol)と同molになるはずである。しかし、
図1Aから明らかなように、Mg除去量は、30分間経過後に理論値を越え、さらに処理時間の経過と共に単調増加した。
【0067】
CuOを添加しなければ、MgがAl基溶湯から実質的に除去されないことは確認済である。Al基溶湯上の溶融塩層をかなり厚くすると、Mg除去量が理論値内に留まることも確認済である。これらのことから、反応式(3a)、(4a)、(5a)に加えて、他の化学反応(つまり反応式(6a))の関与が明らかになった。
【0068】
(2)Cu量
図1Aに示すCu増加量から明らかなように、Al基溶湯へのCuの混入(溶解、浸入等)は観られなかった。このことから、形態や構造等は別にして、Cuはフラックス中に留まることも明らかになった。
【0069】
(3)フラックス
図1Bから明らかなように、溶融塩へCuOを添加した直後は茶色部(金属銅の析出)が見られた。しかし、30分間経過後は、茶色部がかなり減少し、黒色部と白色部が多くなった。さらに時間経過とともに、黒色部(主にCuO)と白色部(主にMgO)が増加していった。
【0070】
[実施例2](フラックス)
実施例1の結果を踏まえて、Al基溶湯上に形成されたフラックスの観察と分析を次のように行なった。
【0071】
《フラックスの調製》
Al基溶湯上に混合塩化物(5g)を添加して溶融塩層(厚さ0.3mm)を形成した。その溶融塩層上にCuO(5g)をさらに添加した。30分間経過後、Al基溶湯上のフラックスを取り出し、自然冷却して固化させた。こうして得られた観察用試料を
図2Aに示した。その調製に用いた混合塩化物およびCuOと、Al基溶湯上のフラックスとを示す写真も併せて
図2Aに示した。
【0072】
《外観》
観察用試料(固形フラックス)の表側と裏側を
図2Bに示した。表側には、中央最上面付近に黒色部が観られ、そこから一段下がた周縁付近に茶色部と白色部が観られた。その裏側には、Al基溶湯が凝固した付着物(Al基合金)と、茶色部が観られた。
【0073】
《分析》
(1)表側
表側の黒色部、茶色部および白色部をヘラで削り、採取した各粉末をSEMで観察すると共に、EDXで元素分析した。得られた結果を
図2C~
図2Eにそれぞれ示した。
【0074】
図2Cから明らかなように、黒色部はCuOおよび/またはCu
2O(適宜「酸化銅」という。)からなり、最大長が20μm程度の粗大粒と最大長が数μm程度の微細粒が混在していた。
【0075】
図2Dから明らかなように、茶色部は金属銅(MgOと酸化銅を一部含む。)であった。金属銅は、最大長が50μm以下の板状、針状、樹枝状(デンドライト状)であった。
【0076】
図2Eから明らかなように、白色部はMgOであり、多孔質状(ポーラス状)であった。こうして観察用試料の表側には、酸化銅(黒色部)の周縁付近に、金属銅(茶色部)とMgO(白色部)が分散していることがわかった。
【0077】
(2)裏側
裏側をそのままEDXで観察・分析した。その結果を
図2Fに示した。
図2Fから明らかなように、微細な金属銅(茶色部)の周囲にMgOと塩化物(K、Na、Cl)が観られた。
【0078】
微細な金属銅が多孔質なMgOにトラップされていた。MgOはAl基溶湯に溶解せず、多孔質なMgOは嵩密度が小さいため、Al基溶湯へ移行し難く、フラックス(溶融塩)内に留まり易くなっていたと考えられる。
【0079】
(3)断面
図2Bに示す破線部分の断面をEDXで観察・分析した。その断面の表側付近を
図2Gに、その断面の裏側付近を
図2Hに示した。
図2Gから明らかなように、表側には、厚み20μm以下の板状、針状、塊状の酸化銅に、微細な酸化銅が付着している様子が観察された。
図2Hから明らかなように、裏側には、厚み20μm以下の板状、針状、塊状の金属銅が多く観察された。
【0080】
これらから、フラックス内で析出した金属銅は、フラックスの最表面付近で大気中の酸素と反応して、部分的に酸化銅になったと考えられる。つまり、金属銅の析出と酸化銅の形成がフラックスの裏側(Al基溶湯側)と表側で繰り返されて、Al基溶湯からMgが理論値を越えて除去されるようになったと考えられる。
【0081】
(4)水洗
観察用試料を水洗して塩化物を除去した試料をEDXで観察・分析した。その結果を
図2Iに示した。
図2Iから明らかなように、厚み10μm以下の微細な樹枝状または棒状の金属銅が多く観察された。
【0082】
[実施例3](溶融塩厚さ/Mg除去効率)
(1)溶湯処理
実施例1と同様な溶湯処理を、溶融塩厚さを変更しつつ行なった。Al基溶湯は80~1000gとし、処理時間は30分間(一定)とした。処理後のAl基溶湯の成分分析を行い、Mg除去量をそれぞれ算出した。Mg除去量の理論値に対するモル比率(Mg除去効率(%)という。)と、溶融塩厚さの関係を
図3にまとめて示した。
【0083】
(2)評価
図3から明らかなように、溶融塩厚さを0.05~5mm(0.05mm超~5mm未満)さらには0.06mm~4mmとすると、添加したCuO量から求まる理論値(Mg除去効率100%)を超えてMgを除去できることがわかった。
【0084】
溶融塩が薄過ぎると、添加したCuOの溶解が遅れる結果、上記の処理時間内におけるMg除去効率が100%未満になったと考えられる。逆に、溶融塩層が厚過ぎると、析出した金属銅と酸素の接触が溶融塩により妨げられ、上記の処理時間内におけるMg除去効率が100%未満になったと考えられる。
【0085】
[実施例4](処理雰囲気)
(1)溶湯処理
実施例1と同様な溶湯処理を、溶融塩上方の雰囲気を変更して行なった。Al基溶湯:1000g、溶融塩厚さ:0.3mm、CuO添加量:5g、処理時間(CuO添加後の経過時間):120分間とした。
【0086】
図4Aに示すように、溶融塩上方の雰囲気は、大気雰囲気またはAr雰囲気にした。Ar雰囲気は、CuOの添加後、Arを導入して溶融塩上方の雰囲気をArで部分的に置換した。このとき、溶融塩の上方に設けた蓋により、溶融塩を外気から遮蔽した。
【0087】
(2)観察・分析
処理時間経過後の各フラックス表面を
図4Bに示した。また、処理後のAl基溶湯の濃度分析を行い、Mg除去量をそれぞれ算出した。その結果を
図4Cに示した。
【0088】
(3)評価
図4Bから明らかなように、大気雰囲気中で溶湯処理したときのフラックスは、実施例1や実施例2と同様な構造(黒色部、茶色部、白色部)であった。一方、Ar雰囲気中で溶湯処理したときのフラックスには、黒色部が殆どなく、白色部と茶色部しか観られなかった。蓋を外してAr雰囲気を大気雰囲気に開放すると、茶色部の一部が赤色発熱し、黒色に変化した。溶融塩の表面付近に析出していた金属銅が大気中の酸素により急激に酸化されたためと考えられる。
【0089】
図4Cから明らかなように、Ar雰囲気中で溶湯処理したときのMg除去量は理論値程度であった。一方、大気雰囲気中で溶湯処理したときのMg除去量は理論値の3倍以上となった。なお、Ar雰囲気中で溶湯処理したときのMg除去量が理論値を少し越えている理由は、溶融塩の上空に酸素が残存していたためと考えられる。
【0090】
溶融塩(さらには酸化銅)の上空を酸素含有雰囲気にすると、僅かな溶融塩とCuOでも、継続的かつ効率的にAl基溶湯からMgを除去できることがわかった。
【0091】
[実施例5](フラックス再利用)
(1)溶湯処理
実施例1と同様な溶湯処理を行なった。このとき、Al基溶湯:500g、溶融塩厚さ:0.15mm(溶融塩:2.5g)、CuO添加量:2.5gとした。CuO添加後から30分間経過後、Al基溶湯上にあるフラックス(ドロス)のみを全量回収した。こうして得られたフラックス(「初期フラックス」という。)を用いて、次の2条件(条件A、条件B)で、繰返し計7回の溶湯処理を行なった。この様子を
図5Aに模式的に示した。
条件A:取り出したフラックスを毎回そのまま再利用した。
条件B:取り出したフラックスに塩化物2gを毎回追加して再利用した。
(塩化物2gは溶融塩厚さ0.12mmに相当)
【0092】
Al基溶湯はフラックスを添加する毎に更新した。つまり、Al基溶湯の初期Mg濃度を毎回一定にした。処理毎にAl基溶湯のMg濃度を測定した。その結果を
図5Bにまとめて示した。なお、初期フラックスを生成したときのAl基溶湯のMg濃度は0.76%であった。
【0093】
(2)評価
図5Bから明らかなように、フラックスを4回程度再利用しても、Al基溶湯中のMg濃度は、初期フラックスの調製時と同程度に低減された。
【0094】
条件Bのように、塩化物の追加(溶融塩の補充)により、Al基溶湯のMg濃度が低減され易くなった。換言すると、Mg除去速度の増加傾向が観られた。溶融塩は、蒸発や坩堝への染込み等により減少する。塩化物の追加により、フラックスがMg除去に適した厚さに維持されたと考えられる。
【0095】
以上から、本発明によれば、フラックスの使用量や溶湯処理時の廃棄物等を低減しつつ、Al基溶湯からMgを効率的に除去できることが確認された。