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特開2024-121481硫化物の製造方法、及び硫化物ガラスの製造方法
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  • 特開-硫化物の製造方法、及び硫化物ガラスの製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024121481
(43)【公開日】2024-09-06
(54)【発明の名称】硫化物の製造方法、及び硫化物ガラスの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C03B 3/02 20060101AFI20240830BHJP
【FI】
C03B3/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023028617
(22)【出願日】2023-02-27
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「毒物フリー赤外線カメラ用レンズの製造技術開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504255685
【氏名又は名称】国立大学法人京都工芸繊維大学
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】角野 広平
(72)【発明者】
【氏名】森 悠太
(72)【発明者】
【氏名】坂口 浩一
(72)【発明者】
【氏名】北村 直之
【テーマコード(参考)】
4G014
【Fターム(参考)】
4G014AB01
(57)【要約】
【課題】従来法に比して、複雑な工程を有さず、且つ製造コスト削減に寄与する簡便な硫化物ガラスの製造方法を提供する。
【解決手段】ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属の硫化物の一種又は二種以上の混合物を含むガラス原料を、密閉容器中において、不活性雰囲気下、800℃以上1100℃以下の温度で溶融した後、ガラス化する工程を有することを特徴とする、硫化物ガラスの製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属の硫化物の製造方法であって、
(1)前記硫化物は、硫化物ガラスを製造するための原料であり、
(2)前記製造方法は、
(2-1)ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属単体と、硫黄とを400℃以上650℃以下の温度で熱処理する工程を有する、
(2-2)ガリウムと、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属単体と、硫黄とを400℃以上650℃以下の温度で熱処理する工程を有する、
(2-3)ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される二種以上の金属の合金と、硫黄とを400℃以上650℃以下の温度で熱処理する工程を有する、又は、
(2-4)ガリウムと、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される二種以上の金属の合金と、硫黄とを400℃以上650℃以下の温度で熱処理する工程を有する、
ことを特徴とする硫化物の製造方法。
【請求項2】
ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属の硫化物の一種又は二種以上の混合物を含むガラス原料を、密閉容器中において、不活性雰囲気下、800℃以上1100℃以下の温度で溶融した後、ガラス化する工程を有することを特徴とする、硫化物ガラスの製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の硫化物の製造方法により、ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属の硫化物を得る工程を更に有する、請求項2に記載の硫化物ガラスの製造方法。
【請求項4】
連続式で行う、請求項2に記載の硫化物ガラスの製造方法。
【請求項5】
前記密閉容器の一部又は全部は、シリカ、マグネシア、アルミナ、ジルコニア、カーボン、又は窒化ホウ素から構成される、請求項2に記載の硫化物ガラスの製造方法。
【請求項6】
前記ガラス原料は、銀、銅、インジウム、及びビスマスからなる群から選択される少なくとも一種の金属又はその硫化物、及び/又は、テルル、及び/又は、ハロゲン化アルカリ金属、及び/又は、ハロゲン化アルカリ土類金属を更に含む、請求項2に記載の硫化物ガラスの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫化物の製造方法、及び硫化物ガラスの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セキュリティ、セイフティ等の分野では、防犯、認証機器等として赤外線カメラ、赤外線センサ等が利用されている。これらのセンサには赤外線が使用されており、センサに用いられている光学素子は赤外線を透過する赤外線透過材料から構成されている。より具体的には、「大気の窓」と呼ばれる波長が3~5μm及び8~13μmの赤外線を透過する赤外線透過材料が必要とされている。
【0003】
光学素子の量産に有利となるモールド成型に適した結晶でない赤外線透過材料として、周期表第16族元素(カルコゲン)を主成分としたカルコゲナイドガラス(「カルコゲン化物ガラス」ともいう)が知られている。
【0004】
従来、カルコゲナイドガラスは、図1に示すようなプロセスにより製造されている。具体的には(a)カルコゲン単体(硫黄、セレン等)と、ガラスの網目構造を形成する金属単体(ゲルマニウム、ガリウム、アンチモン、スズ等)とを所望のガラス組成になるように秤量、調合し、シリカガラス管に充填する、(b)次いで、シリカガラス管を減圧して真空封緘する、(c)次いで、真空封緘したシリカガラス管を揺動しながら所定の温度(通常1000℃以下、図1では900℃)まで昇温する、(d)次いで、シリカガラス管を取り出して空気中で急冷することによりガラス化する、という一連の工程により製造されている。(e)は得られたカルコゲナイドガラスのインゴットである。この一連の工程では、(c)の昇温過程でカルコゲン単体と、ガラスの網目構造を形成する金属とが反応してカルコゲン化物が生成し、更なる昇温によりカルコゲン化物が溶融混合され、その後(d)の空気中での急冷によりガラス化される。例えば、特許文献1にはモールド成型に適した赤外線透過ガラス(カルコゲナイドガラス)が開示されており、その実施例では上記一連の工程に準じた製造方法が記載されている。
【0005】
図1に示すような従来法において、ガラス原料をシリカガラス管に充填し、これを真空封緘してから反応させているのは、ガラス原料に含まれるカルコゲン単体(硫黄、セレン等)の蒸気圧が高く蒸発し易い点で、高温で反応、溶融中にこれらが蒸発するのを防止するため、及び溶融中に酸素及び水分の混入を防止するためである。カルコゲン単体の蒸発し易さの観点からは硫黄が最も蒸発し易く、カルコゲナイドガラスの中でも硫黄を用いた硫化物ガラスを製造する際に蒸発の問題が顕著となる。また、一般的なガラスは酸化物から構成される場合が多いが、カルコゲナイドガラスでは酸化物は不純物となるため、酸化物及び水分が混入すると赤外線透過性能に影響を与える。
【0006】
このように、従来のカルコゲナイドガラス(特に硫化物ガラス)の製造方法では、ガラス原料をシリカガラス管に充填して真空封緘する複雑な工程を要するため、製造方法を自動化することは容易ではない。また、一度封緘されたシリカガラス管は通常再利用できず、使い捨てざるを得ないことからも製造コスト削減には限界があると考えられている。
【0007】
よって、従来法に比して、複雑な工程を有さず、且つ製造コスト削減に寄与する簡便な硫化物ガラスの製造方法の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2016/159289号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、従来法に比して、複雑な工程を有さず、且つ製造コスト削減に寄与する簡便な硫化物ガラスの製造方法を提供することを目的とする。また、当該硫化物ガラスの製造方法に有用な、ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属の硫化物の製造方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、従来法とは異なる特定の工程を有する硫化物ガラスの製造方法によれば上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち、本発明は、下記の硫化物の製造方法、及び硫化物ガラスの製造方法に関する。
1.ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属の硫化物の製造方法であって、
(1)前記硫化物は、硫化物ガラスを製造するための原料であり、
(2)前記製造方法は、
(2-1)ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属単体と、硫黄とを400℃以上650℃以下の温度で熱処理する工程を有する、
(2-2)ガリウムと、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属単体と、硫黄とを400℃以上650℃以下の温度で熱処理する工程を有する、
(2-3)ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される二種以上の金属の合金と、硫黄とを400℃以上650℃以下の温度で熱処理する工程を有する、又は、
(2-4)ガリウムと、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される二種以上の金属の合金と、硫黄とを400℃以上650℃以下の温度で熱処理する工程を有する、
ことを特徴とする硫化物の製造方法。
2.ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属の硫化物の一種又は二種以上の混合物を含むガラス原料を、密閉容器中において、不活性雰囲気下、800℃以上1100℃以下の温度で溶融した後、ガラス化する工程を有することを特徴とする、硫化物ガラスの製造方法。
3.上記項1に記載の硫化物の製造方法により、ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属の硫化物を得る工程を更に有する、上記項2に記載の硫化物ガラスの製造方法。
4.連続式で行う、上記項2に記載の硫化物ガラスの製造方法。
5.前記密閉容器の一部又は全部は、シリカ、マグネシア、アルミナ、ジルコニア、カーボン、又は窒化ホウ素から構成される、上記項2~4のいずれか一項に記載の硫化物ガラスの製造方法。
6.前記ガラス原料は、銀、銅、インジウム、及びビスマスからなる群から選択される少なくとも一種の金属又はその硫化物、及び/又は、テルル、及び/又は、ハロゲン化アルカリ金属、及び/又は、ハロゲン化アルカリ土類金属を更に含む、上記項2~5のいずれか一項に記載の硫化物ガラスの製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の硫化物ガラスの製造方法によれば、ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属の硫化物の一種又は二種以上の混合物を含むガラス原料を、密閉容器中において、不活性雰囲気下、800℃以上1100℃以下の温度で溶融した後、ガラス化する工程を経ることにより、従来法のようにガラス原料をシリカガラス管に充填して真空封緘する複雑な工程を要することなく、簡便な方法により硫化物ガラスを製造することができる。よって、従来法のようにシリカガラス管を使い捨てる必要がなく、従来法に比して製造コスト削減にも寄与する。
【0013】
また、ガラス原料に含まれる硫化物は、ガラスの網目構造を形成する金属(単体及び/又は合金)と、硫黄とを400℃以上650℃以下の温度で熱処理することにより得ることができるため、硫化物を得る工程においても、原料をシリカガラス管に充填して真空封緘する複雑な工程を必要としない。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】従来法の硫化物ガラスの製造方法の一例を模式的に説明する図である。
図2】本発明の硫化物ガラスの製造方法の一例を模式的に説明する図である。
図3】本発明の硫化物ガラスの製造方法の一例において、ガラス原料を溶融する工程を模式的に説明する図である。
図4】本発明の硫化物ガラスの製造方法の一例において、連続的にガラス原料を溶融、混合し、更にガラス化、清澄する工程を模式的に説明する図である。
図5】実施例6~8及び比較例2で得られた硫化物ガラスの赤外線透過スペクトル(横軸:波長、縦軸:透過率)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0016】
本発明の硫化物ガラスの製造方法は、ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属の硫化物の一種又は二種以上の混合物を含むガラス原料を、密閉容器中において、不活性雰囲気下、800℃以上1100℃以下の温度で溶融した後、ガラス化する工程を有することを特徴とする。
【0017】
本発明の硫化物ガラスの製造方法によれば、ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属の硫化物の一種又は二種以上の混合物を含むガラス原料を、密閉容器中において、不活性雰囲気下、800℃以上1100℃以下の温度で溶融した後、ガラス化する工程を経ることにより、従来法のようにガラス原料をシリカガラス管に充填して真空封緘する複雑な工程を要することなく、簡便な方法により硫化物ガラスを製造することができる。よって、従来法のようにシリカガラス管を使い捨てる必要がなく、従来法に比して製造コスト削減にも寄与する。
【0018】
また、ガラス原料に含まれる硫化物は、ガラスの網目構造を形成する金属(単体及び/又は合金)と、硫黄とを400℃以上650℃以下の温度で熱処理することにより得ることができるため、硫化物を得る工程においても、原料をシリカガラス管に充填して真空封緘する複雑な工程を必要としない。
【0019】
本発明の硫化物ガラスの製造方法は、図2に一例を模式的に説明するような手順により実施される。具体的には、先ず(i)においてガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属の硫化物を得る。次いで、(ii)において前記硫化物の一種又は二種以上の混合物(所望のガラス組成となる混合物)を含むガラス原料を調製する。次いで、(iii)においてガラス原料を、密閉容器中において、不活性雰囲気下、800℃以上1100℃以下の温度で溶融する。次いで、(iv)において溶融したガラス原料を冷却してガラス化する。ここで、(iii)のガラス原料の溶融工程は、例えば図3に模式的に示す反応装置により実施することができる。図3ではシリカガラス管の雰囲気を真空ポンプ及び不活性ガス(アルゴンガス)ボンベを用いてアルゴン雰囲気に置換した後、電気炉で加熱してガラス原料を溶融している。
【0020】
本発明の硫化物ガラスの製造方法の手順は、ガラスの網目構造を形成する金属(単体及び/又は合金)と、硫黄とを熱処理することにより硫化物を得る1段階目の工程と、硫化物を所望のガラス組成となるように混合、溶融した後にガラス化する2段階目の工程とに大別される。ここで、硫化物を得る1段階目の工程は、ガラス原料を溶融する2段階目の工程に比べて高温を必要とせず、またガラスを作製する工程ではないため、反応容器の搖動及び硫化物を急冷する作業は不要である。よって、硫化物を得る1段階目の工程は密閉容器を用いて不活性雰囲気中、650℃以下の温度で実施することができるため、従来法のような真空封緘したシリカガラス管を用いる必要がない。また、ガラス原料を溶融する2段階目の工程においても、硫化物はカルコゲン単体(硫黄、セレン等)と比べて蒸発しにくく、また溶融過程で新たな化学反応を伴うものではないため、急激に昇温することも可能である。よって、ガラス原料を溶融する2段階目の工程も、密閉容器を用いて不活性雰囲気中、1100℃以下の温度で実施することができるため、従来法のような真空封緘したシリカガラス管を用いる必要はなく反応容器を激しく搖動する必要もない。従って、1段階目及び2段階目のいずれの工程においても、従来法のようなシリカガラス管の真空封緘を必要とせず、密閉容器を用いて不活性雰囲気中、各工程に適した温度条件などを採用する簡便な方法により実施することができる。特に、反応容器として再利用可能な密閉容器を採用できる点では高価なシリカガラス管以外を使用することもできることから、硫化物ガラスの製造コストの削減の点でも有利である。
【0021】
更に、2段階目の工程では、反応容器の密閉性を維持した上で、例えば、反応容器の上部にガラス原料(硫化物)の投入口を設け、下部にガラス取り出し口を設けて、硫化物ガラスを連続的に製造するシステムを構築することも可能である。また、治具を挿入してガラス原料の融液を撹拌することも可能である。更に、反応容器を2つに分け、上流側をガラス原料の溶融、撹拌槽とし、下流側をガラス化、清澄槽とすることにより、高品質な硫化物ガラスの生産設備に拡張することも可能である。このような連続法による硫化物ガラスの製造システムの一例の模式図を図4に示す。
【0022】
1.ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属の硫化物の製造(前記1段階目の工程)
本発明の硫化物ガラスの製造方法は、ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属の硫化物の一種又は二種以上の混合物を含むガラス原料を用いる。ガラス原料は、前記硫化物の一種又は二種以上の混合物のみでもよいが、必要に応じて後述する添加剤を含有してもよい。
【0023】
前記硫化物を調製する方法は限定的ではないが、本発明では下記の硫化物の製造方法を採用することが好ましい。以下、下記の硫化物の製造方法を「本発明の硫化物の製造方法」ともいう。
【0024】
本発明の硫化物の製造方法は、ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属の硫化物の製造方法であって、
(1)前記硫化物は、硫化物ガラスを製造するための原料であり、
(2)前記製造方法は、
(2-1)ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属単体と、硫黄とを400℃以上650℃以下の温度で熱処理する工程を有する、
(2-2)ガリウムと、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属単体と、硫黄とを400℃以上650℃以下の温度で熱処理する工程を有する、
(2-3)ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される二種以上の金属の合金と、硫黄とを400℃以上650℃以下の温度で熱処理する工程を有する、又は、
(2-4)ガリウムと、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される二種以上の金属の合金と、硫黄とを400℃以上650℃以下の温度で熱処理する工程を有する、
ことを特徴とする。
【0025】
上記ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属は、ガラスの網目構造を形成する金属である。なお、これらの金属の中でもゲルマニウムはそれ単独でガラスの網目構造を形成し得るが、残りのガリウム、アンチモン及びスズは、単独ではガラスの網目構造を形成し得ず、二種以上を組み合わせることによりガラスの網目構造を形成することができる。
【0026】
また、上記ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属のうち、ガリウム単体は、900℃で熱処理した場合でも硫黄の残留が認められる(後述する参考例参照)。これは、ガリウムの硫化物の融点が高く、硫黄との反応が進行しにくいためであると推測される。よって、ガリウム単体の場合は650℃以下の熱処理では硫化物を調製することは困難である。しかしながら、ガリウムは他のガラスの網目構造を形成する金属とともに(混合物及び/又は合金の態様で)硫黄と反応させる場合は650℃以下の温度でも硫化物を調製可能である。よって、ガリウムと、その他の金属とにおける硫黄との反応性の相違から、本発明の硫化物の製造方法では、
(2-1)ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属単体と、硫黄とを400℃以上650℃以下の温度で熱処理する工程を有する硫化物の調製方法、
(2-2)ガリウムと、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属単体と、硫黄とを400℃以上650℃以下の温度で熱処理する工程を有する硫化物の調製方法、
(2-3)ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される二種以上の金属の合金と、硫黄とを400℃以上650℃以下の温度で熱処理する工程を有する硫化物の調製方法、又は、
(2-4)ガリウムと、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される二種以上の金属の合金と、硫黄とを400℃以上650℃以下の温度で熱処理する工程を有する硫化物の調製方法、を採用する。
【0027】
上記(2-1)~(2-4)のいずれの硫化物の調製方法においても、ガラスを作製する工程ではないため、反応容器の搖動及び硫化物を急冷する作業は不要である。また、硫化物の調製工程は密閉容器を用いて不活性雰囲気中、650℃以下の温度で実施することができるため、従来法のような真空封緘したシリカガラス管を用いる必要がない。例えば、密閉容器の一部又は全部は、シリカ、マグネシア、アルミナ、ジルコニア、カーボン、又は窒化ホウ素から構成することができる。密閉容器の構成材料は上記材料の単独又は二種以上の組み合わせであってもよい。
【0028】
上記(2-3)及び(2-4)における二種以上の金属の合金は常法に従って事前調製することができる。合成における各金属の組成は、最終的な硫化物ガラスの特性、及にガラス原料をガラス化する工程の便宜を考慮して適宜設定することができる。
【0029】
上記(2-1)~(2-4)のいずれの硫化物の調製方法においても、熱処理の温度としては400℃以上650℃以下であればよく、450℃以上550℃以下がより好ましい。例えば、熱処理の上限温度は500℃に設定することもできる。また、熱処理の時間は熱処理の温度に応じて適宜設定できるが、6時間以上14時間以下の中から適宜設定することが好ましい。熱処理は公知の電気炉を使用することができる。
【0030】
熱処理する際の密閉容器内の雰囲気は不活性雰囲気とすればよい。例えば、不活性ガスであるアルゴン、窒素等を使用することができる。また、密閉容器内の圧力は特に限定されないが、例えば、真空ポンプ及び圧力計を用いて1気圧以上10気圧以下に維持することが好ましい。
【0031】
反応容器内における上記ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン及びスズからなる群から選択される少なくとも一種の金属の総量に対する硫黄の添加量は限定的ではないが、前記金属の総量100モル%に対して、化学量論量で120モル%以上160モル%以下から適宜設定することが好ましく、130モル%以上150モル%以下から適宜設定することがより好ましい。なお、硫化物が調製されたか否かは、反応生成物をX線回折することにより、目的の硫化物の回折線が観察されること、及び未反応の硫黄の回折線が実質的に認められないことを根拠として確認することができる。
【0032】
本発明の硫化物の製造方法は、特に上記(2-2)~(2-4)において、ガリウム単体のみでは650℃以下の低温では硫化物を得ることが困難であるにもかかわらず、他の金属とともに(混合物及び/又は合金の態様で)硫黄と反応させることにより、650℃以下の低温において硫化物が得られるところに優位性がある。ガリウムを他の金属とともに硫黄と反応させる態様においては、例えば、
(1)Ga(3~40モル%)+Sb(60~97モル%)+Sn(0~40モル%)の混合物と、金属の合計100モル%に対して、S(130~160モル%)とを組み合わせて硫化物を調製する、
(2)Ga/Sn合金(Gaは3~40モル%、Snは3~40モル%)+Sb(60~97モル%)の混合物と、金属の合計100モル%に対して、S(130~160モル%)とを組み合わせて硫化物を調製する、
(3)Ga/Sb合金(Gaは3~40モル%、Sbは60~97モル%)+Sn(0~40モル%)の混合物と、金属の合計100モル%に対して、S(130~160モル%)とを組み合わせて硫化物を調製する、
態様が好ましい組み合わせとして挙げられる。
【0033】
2.硫化物ガラスの製造(前記2段階目の工程)
本発明の硫化物ガラスの製造方法は、前記硫化物の一種又は二種以上の混合物を含むガラス原料を、密閉容器中において、不活性雰囲気下、800℃以上1100℃以下の温度で溶融した後、ガラス化する工程を有することを特徴とする。
【0034】
上記ガラス原料は、前記硫化物の一種又は二種以上の混合物を、所望の硫化物ガラスの組成となるように処方することにより調製する。このとき、必要に応じてガラス原料には公知の添加剤を配合してもよい。前記硫化物は、適宜、不活性雰囲気下で粉砕してから密閉容器内に充填することが好ましい。
【0035】
ガラス原料に配合し得る添加剤としては限定的ではないが、例えば銀、銅、インジウム、及びビスマスからなる群から選択される少なくとも一種の金属又はその硫化物、及び/又は、テルル、及び/又は、ハロゲン化アルカリ金属、及び/又は、ハロゲン化アルカリ土類金属が挙げられる。上記ハロゲン化アルカリ金属としては、例えばCsCl,CsBr,CsI,RbCl,RbBr,RbI,KCl,KBr,KI等が挙げられる。また、ハロゲン化アルカリ土類金属としては、例えばBaCl,BaBr,BaI,SrCl,SrBr,SrI,CaCl,CaBr,CaI等が挙げられる。これらの添加剤は、例えば、ガラスの熱的安定性、成型加工性等の向上、及び短波長側の光透過性の向上等を目的として配合することができる。これらの添加剤は、単独又は二種以上を混合して使用することができる。
【0036】
ガラス原料を溶融する2段階目の工程も、密閉容器を用いて不活性雰囲気中、1100℃以下の温度で実施することができるため、従来法のような真空封緘したシリカガラス管を用いる必要はなく反応容器を搖動する必要もない(但し、必要に応じて反応容器を適宜撹拌してもよい。)。よって、例えば、密閉容器の一部又は全部は、シリカ、マグネシア、アルミナ、ジルコニア、カーボン、又は窒化ホウ素から構成することができる。また、密閉容器の真空封緘するような複雑な工程を有さない点で、最終的に得られた硫化物ガラスは密閉容器を破壊することなく取り出すことができることから、本発明の硫化物ガラスの製造方法は連続式で実施し易い点でも有利である。
【0037】
ガラス原料を溶融する熱処理の温度としては800℃以上1100℃以下であればよく、800℃以上950℃以下がより好ましい。また、熱処理の時間は熱処理の温度に応じて適宜設定できるが、4時間以上8時間以下の中から適宜設定することが好ましい。熱処理は公知の電気炉を使用することができる。なお、ガラス原料を溶融する際の密閉容器内の圧力は限定的ではないが、例えば、真空ポンプ及び圧力計を用いて1気圧以上3気圧以下に維持することが好ましい。
【0038】
熱処理する際の密閉容器内の雰囲気は不活性雰囲気とすればよい。例えば、不活性ガスであるアルゴン、窒素等を使用することができる。
【0039】
ガラス原料を溶融した後は、密閉容器を電気炉から取り出して冷却(急冷)することによりガラス化させる。ここで、冷却(急冷)速度は限定的ではないが、100~1000℃程度/分の速度で冷却することが好ましい。冷却はガラスの溶融温度から室温にまで直接冷却してもよいが、溶融温度からガラス融液の液相温度より高い温度(例えば700℃)にまで冷却し、その温度から室温にまで冷却するか、もしくはガラス転移温度付近の温度(例えば250℃)にまで冷却した後、室温にするなどの方法がある。このような段階的に冷却することによってより均質な硫化物ガラスが得られる。
【0040】
本発明の硫化物ガラスの製造方法により得られた硫化物ガラスは、波長が3~13μmの赤外線を透過する点で大気の窓を十分にカバーすることができる。また、結晶でないカルコゲナイドガラスである点でモールド成型に適しており、非球面レンズ、レンズアレイ等の複雑な形状の光学素子であってもモールド成型により簡便に赤外線透過性を有する光学素子を作製することができる。
【0041】
硫化物ガラスをモールド成型する際には、ガラスを軟化点付近まで加熱し、例えば上型と下型とで挟み込んで熱プレスすることにより所望の形状に成型する。成型に要する加熱温度は限定的ではないが、屈伏点より10~70℃程度高い温度が好ましく、屈伏点より20~50℃程度高い温度がより好ましい。
【0042】
モールド成型により作製する光学素子としては限定されないが、例えば赤外線を透過する性質が求められる、非球面レンズ、レンズアレイ、マイクロレンズアレイ、回折光学素子等が挙げられる。これらは、赤外線を用いた各種センサ用の光学素子として有用である。
【実施例0043】
以下に実施例及び比較例を示して本発明を具体的に説明する。但し、本発明は実施例に限定されない。
【0044】
実施例1(硫化物の製造)
ガリウム、アンチモン、スズを、それぞれの硫化物の比率が、GaS3/2が30mol%、SbS3/2が50mol%、SnSが20mol%になり、これに硫黄を加えた合計が8gになるように秤量し、一端が閉じられた、長さ約200mm、内径10mmのシリカガラス管に導入した。
【0045】
次いで、真空ポンプで減圧した後にアルゴンガスを導入した。
【0046】
次いで、電気炉を用いて500℃まで5時間で昇温した。その後12時間、及び14時間の2パターンで静置した。昇温及び静置時のシリカガラス管内の圧力は最大2.2気圧であった。
【0047】
次いで、電気炉の温度を室温まで下げて硫化物を得た。
【0048】
実施例2(硫化物の製造)
昇温最終温度を400℃、500℃の2パターンとし、昇温後の静置時間を12時間とした以外は、実施例1と同様にして硫化物を得た。
【0049】
実施例3(硫化物の製造)
ガリウムとスズを原子比率が30:20になるように秤量し、一端が閉じられた、長さ約200mm、内径10mmのシリカガラス管に導入した。
【0050】
次いで、真空ポンプで減圧した後にアルゴンガスを導入した。
【0051】
次いで、電気炉を用いて約300℃にまで昇温し、軽く撹拌して金属を混ぜた後、室温に戻してガリウムとスズの合金を得た。
【0052】
次いで、同じシリカガラス管に、更にアンチモンと硫黄を加えて、それぞれの金属の硫化物の比率が、GaS3/2が30mol%、SbS3/2が50mol%、SnSが20mol%になり、これに硫黄を加えた合計が8gになるように秤量した。ここで、硫黄の量は金属の合計100mol%(ガリウム30mol%、アンチモン50mol%、スズ20mol%)に対して化学量論量140mol%となるように加えた。
【0053】
次いで、真空ポンプで減圧した後にアルゴンガスを導入した。
【0054】
次いで、電気炉を用いて500℃まで5時間で昇温した。その後14時間静置した。昇温及び静置時のシリカガラス管内の圧力は最大2.2気圧であった。
【0055】
次いで、電気炉の温度を室温まで下げて硫化物を得た。
【0056】
実施例4(硫化物の製造)
実施例3と同じ方法により予めガリウムとスズの合金を得た後、更にアンチモンと硫黄を加えて熱処理して硫化物を得た。ただし、硫黄の量は金属の合計100mol%(ガリウム30mol%、アンチモン50mol%、スズ20mol%)に対して化学量論量140mol%よりも過剰(145mol%)に加えた。
【0057】
実施例5(硫化物の製造)
実施例3と同じ方法により予めガリウムとスズの合金を得た後、更にアンチモンと硫黄を加えて熱処理して硫化物を得た。ただし、硫黄の量は金属の合計100mol%(ガリウム30mol%、アンチモン50mol%、スズ20mol%)に対して化学量論量140mol%よりも過剰(150mol%)に加えた。
【0058】
参考調製例1~9
ガリウム、アンチモン、スズをそれぞれ個別にシリカガラス管に入れ、それぞれに、化学量論組成の硫化物Ga,Sb,SnSが得られるように硫黄を入れた。
【0059】
次いで、真空ポンプで減圧した後にアルゴンガスを導入した。
【0060】
次いで、電気炉を用いて、それぞれのシリカガラス管を5時間かけて400℃,500℃,900℃までの3パターンで昇温した。その後、それぞれ2時間,4時間,8時間の3パターンで静置した。昇温及び静置時のシリカガラス管内の圧力は20気圧以下であった。
【0061】
次いで、電気炉の温度を室温まで下げて硫化物を得た。
【0062】
【表1】
【0063】
実施例6(硫化物ガラスの製造)
実施例1で作製した硫化物(ガラス原料)を不活性雰囲気下で粉砕し、一端が閉じられた、長さ約200mm、内径10mmのシリカガラス管に導入した。
【0064】
次いで、図3に示す真空ラインを用いて、シリカガラス管内をポンプで減圧し、アルゴンを導入した。
【0065】
次いで、圧力を見ながら密閉状態でシリカガラス管を徐々に昇温した。具体的には、昇温途中で圧力が2.3気圧を超えないように真空ポンプで吸引しながら、昇温最終温度900℃まで昇温し、時々攪拌した。
【0066】
次いで、真空ラインにつなげたまま、シリカガラス管を電気炉から取り出し、シリカガラス管中の融液を急冷して融液をガラス化した。
【0067】
次いで、シリカガラス管内の圧力が1気圧以下にならないようにアルゴンを導入し、シリカガラス管中のガラスを取り出した。これにより、硫化物ガラスを得た。
【0068】
実施例7(硫化物ガラスの製造)
実施例4で得た硫化物(ガラス原料)を用いた以外は、実施例6と同様にして硫化物ガラスを得た。
【0069】
実施例8(硫化物ガラスの製造)
実施例5で得た硫化物(ガラス原料)を用いた以外は、実施例6と同様にして硫化物ガラスを得た。
【0070】
比較例2(従来法の硫化物ガラスの製造方法)
ガリウム、アンチモン、スズを、それぞれの硫化物の比率が、GaS3/2が30mol%、SbS3/2が50mol%、SnSが20mol%になり、これに硫黄を加えた合計が8gになるように秤量し、一端が閉じられた、長さ約200mm、内径10mmのシリカガラス管に導入した。
【0071】
次いで、真空ポンプで減圧しながら酸水素バーナーで封緘した。
【0072】
次いで、真空封緘したシリカガラス管を、電気炉を用いて500℃まで5時間で昇温した。その後、500℃で12時間保持し、6時間かけて950℃まで昇温し、950℃で4時間保持した。時々電気炉を揺動させてシリカガラス管内の融液を攪拌した。
【0073】
次いで、電気炉の温度を700℃に降温し約30分保持した。
【0074】
次いで、シリカガラス管を取り出して室温まで急冷してガラス化した後、シリカガラス管を割り中のガラスを取り出した。これにより、硫化物ガラスを得た。
【0075】
試験例1(硫化物ガラスの赤外線透過性の評価)
実施例6~8及び比較例2で得られた硫化物ガラスの赤外線透過スペクトル(横軸:波長、縦軸:透過率)を測定した。結果を図5に示す。図5から明らかな通り、本発明の製造方法により得られた硫化物ガラスは、程度差はあるものの従来法により得られた硫化物ガラスと同様の赤外透過スペクトルを示しており、波長が3~13μmの赤外線を透過する点で大気の窓を十分にカバーすることができることが分かる。
図1
図2
図3
図4
図5