(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024121597
(43)【公開日】2024-09-06
(54)【発明の名称】繊維強化樹脂成形品の繊維長分布予測方法、繊維長分布予測装置、繊維長分布予測プログラム、及び記録媒体
(51)【国際特許分類】
B29C 70/42 20060101AFI20240830BHJP
B29C 45/76 20060101ALI20240830BHJP
G06F 30/20 20200101ALI20240830BHJP
G06F 113/26 20200101ALN20240830BHJP
【FI】
B29C70/42
B29C45/76
G06F30/20
G06F113:26
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023028779
(22)【出願日】2023-02-27
(71)【出願人】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】古川 智司
(72)【発明者】
【氏名】小川 淳一
(72)【発明者】
【氏名】岩本 道尚
(72)【発明者】
【氏名】田中 慶和
(72)【発明者】
【氏名】荒井 知夢
(72)【発明者】
【氏名】谷澤 浩樹
(72)【発明者】
【氏名】志水 克教
【テーマコード(参考)】
4F205
4F206
5B146
【Fターム(参考)】
4F205AA11
4F205AD16
4F205HA12
4F205HA27
4F205HA34
4F205HA35
4F205HB01
4F205HC16
4F205HK03
4F205HK04
4F205HK19
4F206AA11
4F206AA24
4F206AA28
4F206AA29
4F206AB11
4F206AB16
4F206AB17
4F206AB18
4F206AB19
4F206AB25
4F206AM23
4F206AP12
4F206JA07
4F206JF02
4F206JL09
4F206JP13
4F206JQ88
5B146AA10
5B146DJ03
5B146DJ11
(57)【要約】
【課題】繊維強化樹脂成形品の繊維長分布予測方法、繊維長分布予測装置、繊維長分布予測プログラム、及び記録媒体において、繊維長分布の予測精度を向上させる。
【解決手段】繊維強化樹脂成形品の繊維長分布予測方法は、コンピュータシミュレーションにより、繊維強化樹脂の成形品に含まれる繊維の繊維長分布を予測する方法であって、成形工程中に繊維に作用する力と、力が繊維に作用する時間と、に基づき、繊維の平均繊維長を算出する工程Aと、平均繊維長に基づき、繊維の平均折損回数を算出する工程Bと、平均折損回数に基づき、ポアソン分布を用いて繊維の折損回数の確率分布を算出する工程Cと、繊維の折損回数の確率分布と、繊維の折損位置の情報と、に基づき、折損回数毎の繊維の繊維長と該繊維長を有する該繊維の本数との関係を得る工程Dと、折損回数毎の前記関係に基づき、繊維長分布を算出する工程Eと、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータシミュレーションにより、繊維強化樹脂の成形品に含まれる繊維の繊維長分布を予測する方法であって、
成形工程中に前記繊維に作用する力と、該力が該繊維に作用する時間と、に基づき、該繊維の平均繊維長を算出する工程Aと、
前記平均繊維長に基づき、前記繊維の平均折損回数を算出する工程Bと、
前記平均折損回数に基づき、ポアソン分布を用いて前記繊維の折損回数の確率分布を算出する工程Cと、
前記繊維の折損回数の確率分布と、前記繊維の折損位置の情報と、に基づき、前記折損回数毎の前記繊維の繊維長と該繊維長を有する該繊維の本数との関係を得る工程Dと、
前記折損回数毎の前記関係に基づき、前記成形品に含まれる前記繊維の繊維長分布を算出する工程Eと、を備えた
ことを特徴とする繊維強化樹脂成形品の繊維長分布予測方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記工程Dで、前記繊維の折損位置の情報は、正規分布を用いた繊維長毎の折損位置の確率分布として与えられる
ことを特徴とする繊維強化樹脂成形品の繊維長分布予測方法。
【請求項3】
請求項2において、
前記折損位置の確率分布は、
前記繊維が折損しない場合の確率、及び、前記前記繊維の両端から前記繊維の折損限界である最小繊維長分の長さの部分を除外した部分において折損位置が発生する確率は、前記正規分布により与えられ、
前記前記繊維の両端から前記繊維の折損限界である最小繊維長分の長さの部分において折損位置が発生する確率は、前記正規分布により与えられる確率よりも低い所定の確率に制限されている
ことを特徴とする繊維強化樹脂成形品の繊維長分布予測方法。
【請求項4】
請求項1又は請求項2において、
前記工程Aで、前記繊維の折損限界である最小繊維長を考慮する
ことを特徴とする繊維強化樹脂成形品の繊維長分布予測方法。
【請求項5】
請求項4において、
前記工程Aで、前記繊維は、その繊維長と前記最小繊維長との差が大きいほど折れやすく、小さいほど折れにくいと仮定する
ことを特徴とする繊維強化樹脂成形品の繊維長分布予測方法。
【請求項6】
請求項1又は請求項2において、
前記工程Dで、前記繊維の折損位置の情報は、分割率として与えられる
ことを特徴とする繊維強化樹脂成形品の繊維長分布予測方法。
【請求項7】
コンピュータシミュレーションにより、繊維強化樹脂の成形品に含まれる繊維の繊維長分布を予測する装置であって、
成形工程中に前記繊維に作用する力と、該力が該繊維に作用する時間と、に基づき、該繊維の平均繊維長を算出する平均繊維長算出部と、
前記平均繊維長に基づき、前記繊維の平均折損回数を算出する平均折損回数算出部と、
前記平均折損回数に基づき、ポアソン分布を用いて前記繊維の折損回数の確率分布を算出する折損回数確率分布算出部と、
前記繊維の折損回数の確率分布と、前記繊維の折損位置の情報と、に基づき、前記折損回数毎の前記繊維の繊維長と該繊維長を有する該繊維の本数との関係を得る関係算出部と、
前記折損回数毎の前記関係に基づき、前記成形品に含まれる前記繊維の繊維長分布を算出する繊維長分布算出部と、を備えた
ことを特徴とする繊維強化樹脂成形品の繊維長分布予測装置。
【請求項8】
コンピュータシミュレーションにより、繊維強化樹脂の成形品に含まれる繊維の繊維長分布を予測するためのプログラムであって、
コンピュータに、
成形工程中に前記繊維に作用する力と、該力が該繊維に作用する時間と、に基づき、該繊維の平均繊維長を算出する手順Aと、
前記平均繊維長に基づき、前記繊維の平均折損回数を算出する手順Bと、
前記平均折損回数に基づき、ポアソン分布を用いて前記繊維の折損回数の確率分布を算出する手順Cと、
前記繊維の折損回数の確率分布と、前記繊維の折損位置の情報と、に基づき、前記折損回数毎の前記繊維の繊維長と該繊維長を有する該繊維の本数との関係を得る手順Dと、
前記折損回数毎の前記関係に基づき、前記成形品に含まれる前記繊維の繊維長分布を算出する手順Eと、を実行させる
ことを特徴とする繊維強化樹脂成形品の繊維長分布予測プログラム。
【請求項9】
請求項8に記載された樹脂射出成形品の繊維長分布予測プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、繊維強化樹脂成形品の繊維長分布予測方法、繊維長分布予測装置、該方法をコンピュータに実行させるための繊維長分布予測プログラム、及び該プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
繊維強化樹脂成形品では、成形品の強度向上等を目的として、繊維を含有させている。しかしながら、成形品の成形工程では、繊維に作用する力の影響により、繊維が折損し、短繊維化が進む。短繊維化が進むと、成形品の強度や剛性が低下するという問題がある。また、成形品の収縮量も繊維長により変化するため、成形品の反り変形量も変化する。そこで、短繊維化を抑制可能な製品設計や、反り変形量の評価に資する観点から、成形品に含まれる繊維の繊維長分布を精度よく予測する方法の開発が望まれている。
【0003】
例えば、特許文献1には、熱可塑性樹脂とガラス繊維束とを押出機で混練して成形してなる樹脂成形体中のガラス繊維の繊維長の分布を導出するガラス繊維長分布導出装置が開示されている。当該装置は、粒子追跡法で導出した各トレーサー粒子に作用するせん断応力の時間分布を(Qβ/Nsγ)で割ったものを、各ガラス繊維に作用するせん断応力の時間分布とみなして、ガラス繊維長分布を導出する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の装置では、粒子追跡法を使って解析に与えるせん断力を実験値から算出し、3D解析を使用して繊維長分布の予測を行っている。しかしながら、当該装置のように、3D解析で物理現象を再現した場合、計算に要する時間やコスト等の計算負荷が増大するという問題があった。
【0006】
そこで本開示では、繊維強化樹脂成形品の繊維長分布予測方法、繊維長分布予測装置、繊維長分布予測プログラム、及び記録媒体において、計算負荷を低減させるとともに、繊維長分布の予測精度を向上させることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本開示に係る繊維強化樹脂成形品の繊維長分布予測方法の一態様は、
コンピュータシミュレーションにより、繊維強化樹脂の成形品に含まれる繊維の繊維長分布を予測する方法であって、
成形工程中に前記繊維に作用する力と、該力が該繊維に作用する時間と、に基づき、該繊維の平均繊維長を算出する工程Aと、
前記平均繊維長に基づき、前記繊維の平均折損回数を算出する工程Bと、
前記平均折損回数に基づき、ポアソン分布を用いて前記繊維の折損回数の確率分布を算出する工程Cと、
前記繊維の折損回数の確率分布と、前記繊維の折損位置の情報と、に基づき、前記折損回数毎の前記繊維の繊維長と該繊維長を有する該繊維の本数との関係を得る工程Dと、
前記折損回数毎の前記関係に基づき、前記成形品に含まれる前記繊維の繊維長分布を算出する工程Eと、を備えた
ことを特徴とする。
【0008】
ポアソン分布を用いて繊維の折損回数を計算するから、折損に幅がある(1度も折損しない繊維が発生)場合や、局部的な繊維長分布の変化がある場合の予測精度が向上する。また、本技術では縮退化をさせ、2.5Dモデルからも算出可能であるから、3D解析で物理現象を再現する場合と比較して、計算負荷を低減できる。
【0009】
好ましくは、前記工程Dで、前記繊維の折損位置の情報は、正規分布を用いた繊維長毎の折損位置の確率分布として与えられる。
【0010】
本構成によれば、折損位置のばらつきを考慮できるから、繊維長分布の予測精度が向上する。
【0011】
好ましくは、前記折損位置の確率分布は、
前記繊維が折損しない場合の確率、及び、前記前記繊維の両端から前記繊維の折損限界である最小繊維長分の長さの部分を除外した部分において折損位置が発生する確率は、前記正規分布により与えられ、
前記前記繊維の両端から前記繊維の折損限界である最小繊維長分の長さの部分において折損位置が発生する確率は、前記正規分布により与えられる確率よりも低い所定の確率に制限されている。
【0012】
本構成によれば、繊維の両端部は折損発生確率が低いことを表現できるから、繊維長分布の予測精度が向上する。
【0013】
好ましくは、前記工程Aで、前記繊維の折損限界である最小繊維長を考慮する。
【0014】
本構成によれば、実現象に沿った現象を考慮するから、繊維長分布の予測精度が向上する。
【0015】
好ましくは、前記工程Aで、前記繊維は、その繊維長と前記最小繊維長との差が大きいほど折れやすく、小さいほど折れにくいと仮定する。
【0016】
本構成によれば、実現象に沿った現象を考慮するから、繊維長分布の予測精度が向上する。また、モデル式を縮退化できるから、計算負荷の低減に資することができる。
【0017】
好ましくは、前記工程Dで、前記繊維の折損位置の情報は、分割率として与えられる。
【0018】
本構成によれば、繊維長分布予測の計算負荷を低減できる。
【0019】
ここに開示する繊維強化樹脂成形品の繊維長分布予測装置の一態様は、
コンピュータシミュレーションにより、繊維強化樹脂の成形品に含まれる繊維の繊維長分布を予測する装置であって、
成形工程中に前記繊維に作用する力と、該力が該繊維に作用する時間と、に基づき、該繊維の平均繊維長を算出する平均繊維長算出部と、
前記平均繊維長に基づき、前記繊維の平均折損回数を算出する平均折損回数算出部と、
前記平均折損回数に基づき、ポアソン分布を用いて前記繊維の折損回数の確率分布を算出する折損回数確率分布算出部と、
前記繊維の折損回数の確率分布と、前記繊維の折損位置の情報と、に基づき、前記折損回数毎の前記繊維の繊維長と該繊維長を有する該繊維の本数との関係を得る関係算出部と、
前記折損回数毎の前記関係に基づき、前記成形品に含まれる前記繊維の繊維長分布を算出する繊維長分布算出部と、を備えた
ことを特徴とする。
【0020】
ここに開示する繊維強化樹脂成形品の繊維長分布予測プログラムの一態様は、
コンピュータシミュレーションにより、繊維強化樹脂の成形品に含まれる繊維の繊維長分布を予測するためのプログラムであって、
コンピュータに、
成形工程中に前記繊維に作用する力と、該力が該繊維に作用する時間と、に基づき、該繊維の平均繊維長を算出する手順Aと、
前記平均繊維長に基づき、前記繊維の平均折損回数を算出する手順Bと、
前記平均折損回数に基づき、ポアソン分布を用いて前記繊維の折損回数の確率分布を算出する手順Cと、
前記繊維の折損回数の確率分布と、前記繊維の折損位置の情報と、に基づき、前記折損回数毎の前記繊維の繊維長と該繊維長を有する該繊維の本数との関係を得る手順Dと、
前記折損回数毎の前記関係に基づき、前記成形品に含まれる前記繊維の繊維長分布を算出する手順Eと、を実行させる
ことを特徴とする。
【0021】
本開示の一実施形態に係る記録媒体は、上述の樹脂射出成形品の繊維長分布予測プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体である。
【発明の効果】
【0022】
以上述べたように、本開示によると、計算負荷を低減させるとともに、繊維長分布の予測精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】樹脂の射出成形工程(成形工程)の一例を説明するための図。
【
図2】樹脂の射出成形における樹脂に含まれる繊維の繊維長分布の一例を示すグラフ。
【
図3】繊維長分布予測装置の構成例を示すブロック図。
【
図4A】繊維長分布予測方法の一例を説明するフロー図。
【
図4B】繊維長分布導出工程の一例を説明するフロー図。
【
図5】可塑化工程及び型内流動工程における平均繊維長と時間との関係を模式的に示すグラフ。
【
図6】可塑化工程における力係数kの算出方法の一例を説明するためのグラフ。
【
図7】型内流動工程におけるせん断力と力係数との関係の一例を示すグラフ。
【
図8】可塑化工程における折損回数係数mの算出方法の一例を説明するためのグラフ。
【
図9】ポアソン分布を用いて算出した平均折損回数に対応する折損回数の確率分布の一例を示すグラフ。
【
図10】折損位置の確率分布の与え方を説明するための図。
【
図11】各繊維長の繊維における折損位置の確率分布の一例を示すグラフ。
【
図12】繊維長10mmの繊維における折損位置の確率分布の一例を示すグラフ。
【
図13】折損回数毎の繊維長と繊維の本数との関係の一例を模式的に示すグラフ。
【
図14】折損位置の与え方の他の一例を説明するための図。
【
図15】可塑化時間10秒の場合における押出機からの材料押出直後の繊維長分布を示すグラフ。
【
図16】可塑化時間12秒の場合における押出機からの材料押出直後の繊維長分布を示すグラフ。
【
図17】可塑化時間30秒の場合における押出機からの材料押出直後の繊維長分布を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本開示の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本開示、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものでは全くない。
【0025】
(実施形態1)
本開示は、射出成形に限らず、種々の成形法に適用できるが、以下の説明では、射出成形を例に挙げて説明する。
【0026】
<樹脂の射出成形及び樹脂射出成形品>
本実施形態に係る繊維長分布予測の対象である樹脂の射出成形及び樹脂射出成形品について、概要を説明する。
【0027】
[樹脂の射出成形]
図1は、樹脂の射出成形工程(成形工程)の一例を説明するための図である。
図2は、樹脂の射出成形における樹脂に含まれる繊維の繊維長分布の一例を示すグラフである。
【0028】
図1に示すように、樹脂の射出成形は、押出機10により、樹脂及び繊維を含む材料を溶融・混練させる可塑化工程と、押出機10から金型(不図示)内に材料を射出して材料中の樹脂が型内を流動する型内流動工程と、を備える。
【0029】
押出機10は、ホッパ11と、筒状のバレル12と、バレル12の内部に配置されたスクリュー13と、ノズル15と、を備える。可塑化工程では、材料Mは、ホッパ11を通じてバレル12の内部に投入される。材料は、加熱溶融されながらスクリュー13により加圧・混練され、ノズル15を通じて押し出される。
【0030】
そして、金型のスプルー、ランナー及びゲートを介してキャビティ内に射出された材料Mは、キャビティ内を流動し(型内流動工程)、凝固して、最終的にワークWが得られる。
【0031】
ホッパ11投入前の個数平均繊維長が10mmのガラス繊維について、
図1中符号A1~A3で示す、それぞれ押出機10から押し出された直後、ゲート通過直後、及びキャビティ内の先端方向へ流動後の材料に含まれる繊維の繊維長分布を測定した。具体的には、実機による成形工程において該当個所の材料を抜き出し、樹脂を灰化してガラス繊維を得、繊維長を測定した。
図2中符号A1~A3で示すプロットは、
図1中の符号と対応している。
【0032】
図2のA1に示すように、繊維長は、押出機10の混練による繊維の折損により、投入前の10mmと比較して短くなっていることがわかる。また、A2、A3に示すように、スプルー及びランナー内における樹脂の流動、並びに、キャビティ内における樹脂の流動による繊維の折損により、繊維長はさらに短くなっていくことがわかる。
【0033】
[射出成形品]
解析対象の射出成形品としては、特に限定する意図ではないが、例えば自動車用部品、ロケット、航空機等の部品、スポーツ用品等が挙げられる。好ましくは、車両の内外装部材等の板状の射出成形品が挙げられる。
【0034】
樹脂としては、特に限定されるものではなく、周知の樹脂を対象とすることができるが、具体的には例えばポリプロピレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアミド(PA)樹脂等が挙げられる。これらの樹脂は1種又は2種以上が混合されて用いられ得る。繊維としては、特に限定されるものではなく、周知の繊維を用いることができるが、具体的には例えばガラス繊維、炭素繊維、セルロースナノ繊維等が挙げられる。これらの繊維は1種又は2種以上が混合されて用いられ得る。繊維径、繊維長等は、特に限定されるものではなく、一般的に用いられる条件とすることができる。成形品中における繊維の含有量は、特に限定されるものではなく、一般的な含有量とすることができるが、例えば1質量%以上50質量%以下、好ましくは5質量%以上40質量%以下である。また、成形品は、成形性、強度、意匠性、機能性等の向上の観点から、5質量%程度のフィラー、顔料、染料、耐衝撃性改良剤、UV吸収剤等の添加材等を含有してもよい。これらの添加材は単独で又は複数種添加され得る。
【0035】
<繊維長分布予測装置>
図3に、本実施形態の繊維強化樹脂成形品の繊維長分布予測装置100(以下、「予測装置100」ともいう。)の構成例を示す。予測装置100は、繊維強化樹脂の射出成形品に含まれる繊維の繊維長分布をコンピュータシミュレーションにより予測する装置であり、コンピュータ110を基本構成とするCAE(Computer Aided Engineering)システムである。
【0036】
予測装置100は、記憶部120と、プロセッサ130と、を備える。また、予測装置100は、例えばディスプレイ等からなる表示部140、キーボード等からなる入力部150、及び各種記録媒体170に保存された情報を取得するための読取部160等を備える。記憶部120及び/又は記録媒体170には、演算処理用のプログラム及び各種解析用データ等の情報が格納される。プロセッサ130は、記憶部120に格納された上記情報、入力部150を介して入力された情報、及び読取部160を介して記録媒体170から取得した情報等に基づいて、各種演算処理を行う。
【0037】
予測装置100は、解析モデル作成部131により、例えば繊維強化樹脂の流路となる金型のスプルー、ランナー、ゲート及びキャビティ形状を定義した3D CADデータ等の形状データを複数の微小要素に分割して解析モデルを作成する。微小要素を作成する解析モデル作成部131としては、例えばAnsys社のPolyflow、東レエンジニアリングDソリューションズ株式会社製の3D TIMON(登録商標)-Pre/Post、株式会社エヌ・エス・ティ製のFEMAP(登録商標)、エムエスシーソフトウェア株式会社製のPatran(登録商標)、Altair社製のHyeper mesh(登録商標)等のCAEプリプロセッサを使用できる。
【0038】
なお、解析モデルの微小要素としては、特に限定されるものではなく、ソリッド要素、シェル要素等の周知の要素を採用できる。計算量を抑え、簡単且つ短時間で繊維長分布の予測を精度よく行う観点から、2.5次元薄肉シェル要素を採用することが望ましい。2.5次元薄肉シェル要素は、薄い板状のシェル要素であるから、特に、板状の射出成形品を解析対象とする場合に好適である。
【0039】
樹脂及び繊維等の種類、配合等に関する材料特性データ、射出速度及び樹脂温度等の成形条件が記載された境界条件データ等に基づき、解析条件設定部132で解析条件を設定する。
【0040】
そして、流動解析部133で、キャビティに材料を射出したときの材料の挙動を解析する流動解析を実行する。流動解析により、微小要素ごとの樹脂及び繊維の情報を含む各種データが得られる。解析条件設定部132及び流動解析部133としては、例えばAnsys社のPolyflow、東レエンジニアリングDソリューションズ株式会社製の3D TIMON(登録商標)等の射出成形CAEソフトウェアを使用できる。
【0041】
詳細は後述するが、プロセッサ130は、平均繊維長算出部134、平均折損回数算出部135、折損回数確率分布算出部136、関係算出部137、繊維長分布算出部138としても機能する。
【0042】
平均繊維長算出部134は、成形工程中に繊維に作用する力と、該力が該繊維に作用する時間と、に基づき、該繊維の平均繊維長を算出する。
【0043】
平均折損回数算出部135は、算出された平均繊維長に基づき、繊維の平均折損回数を算出する。
【0044】
折損回数確率分布算出部136は、算出された平均折損回数に基づき、ポアソン分布を用いて繊維の折損回数の確率分布を算出する。
【0045】
関係算出部137は、算出された繊維の折損回数の確率分布に基づき、折損回数毎の前記繊維の繊維長と該繊維長を有する該繊維の本数との関係を得る。
【0046】
繊維長分布算出部138は、折損回数毎の上記関係に基づき、成形品に含まれる繊維の繊維長分布を算出する。
【0047】
<繊維長分布予測方法>
図4A及び
図4Bは、本開示に係る繊維強化樹脂成形品の繊維配向状態予測方法(以下、「予測方法」ともいう。)の実施の手順の一例を示すフロー図である。
【0048】
図4Aに示すように、予測方法は、例えば、解析モデル作成工程S1と、解析条件設定工程S2と、流動解析工程S3と、繊維長分布導出工程S4と、を備える。
【0049】
まず、解析モデル作成工程S1において、上述のごとく、解析モデル作成部131により、3次元CAD等を用いて作成した金型のスプルー、ランナー、ゲート及びキャビティの形状データ等を数値解析用の微小要素に分割し、解析モデルを作成する。
【0050】
続いて、解析条件設定工程S2において、材料特性データ、境界条件データ等の解析条件を設定する。そして、流動解析工程S3において、流動解析を行う。そうして、繊維長分布導出工程S4において入力情報となる、型内流動工程における力Fの情報を取得する。
【0051】
[繊維長分布導出工程]
繊維は、繊維に作用する力Fにより折損し、力が作用する時間tの間に折損を繰り返すと考えられる。すなわち、繊維の繊維長は、時間tの間に発生する折損の回数(折損回数)と、繊維の長さ方向のどの位置で折損するか(折損位置)によって決定されると仮定できる。そして、折損回数及び折損位置は、統計的な確率に従うと仮定できる。
【0052】
上記仮定の下で、本実施形態に係る繊維長分布予測方法は、成形工程において繊維に作用する力F、時間t及び平均繊維長L(t)の関係を一般解化し、時間t後の繊維の平均繊維長を算出するようにした(工程A)。そして、平均繊維長L(t)から平均折損回数Nを算出し(工程B)、当該平均折損回数Nに基づいて、統計的手法により折損回数の確率分布を算出する(工程C)。さらに、折損回数の確率分布と、折損位置の情報と、に基づいて、折損回数毎の繊維の繊維長と当該繊維長を有する繊維の本数との関係を算出する(工程D)。そして、折損回数毎の当該関係を足し合わせて、最終的な繊維長分布を得る(工程E)。
【0053】
具体的に、繊維長分布導出工程S4は、
図4Bに示すように、平均繊維長算出工程S41(工程A、手順A)と、平均折損回数算出工程S42(工程B、手順B)と、折損回数確率分布算出工程S43(工程C、手順C)と、関係算出工程S44(工程D、手順D)と、繊維長分布算出工程S45(工程E、手順E)と、を備える。
【0054】
-平均繊維長算出工程-
平均繊維長算出工程S41は、成形工程中に前記繊維に作用する力Fと、該力Fが該繊維に作用する時間tと、に基づき、該繊維の平均繊維長L(t)を算出する工程であり、平均繊維長算出部134により実行される。入力情報は、初期平均繊維長、折損限界平均繊維長、材料粘度等の材料物性、可塑化条件、成形条件等である。なお、本明細書において、平均繊維長は、個数平均繊維長であってもよいし、質量平均繊維長であってもよい。平均繊維長の実測値は、例えば材料を灰化して得られた繊維の所定の本数について、繊維長を測定し、個数平均(本数平均)又は質量平均を算出することにより得られる。
【0055】
具体的には例えば、平均繊維長L(t)は、下記式(1)により算出される。
【0056】
【0057】
但し、式(1)中、L0は初期平均繊維長、Llimは折損限界平均繊維長、kは力Fに関する係数(力係数)である。
【0058】
初期平均繊維長L0は、折損前、すなわち例えば繊維原料を押出機10に投入する前の平均繊維長である。具体的に例えば、平均繊維長10mmの繊維原料の場合、初期平均繊維長L0を10mmと設定すればよい。
【0059】
繊維は、オイラーの座屈理論を考慮すると、ある程度繊維長が短くなると折損し難くなると考えることができる。具体的に、オイラーの座屈理論から、繊維に作用する座屈荷重P[N]は、下記式(2)で表される。
【0060】
【0061】
但し、式(2)中、Pは座屈荷重[N]、nは端末係数、Eはヤング率[GPa]、Iは最小断面二次モーメント[mm4]、lは繊維の長さ[mm]である。
【0062】
式(2)に示すように、座屈荷重Pは、繊維の長さの二乗に反比例する。そして、繊維の折損限界である最小繊維長が存在する。式(1)では、当該最小繊維長をLlimで表している。
【0063】
また、繊維は、その繊維長と最小繊維長との差が大きいほど折れやすく、小さいほど折れにくいと仮定できる。
【0064】
具体的に、
図5は、可塑化工程及び型内流動工程における平均繊維長と時間との関係を模式的に示すグラフである。
【0065】
繊維に作用する力Fとしては、せん断力、樹脂の粘度、スクリューの回転数、背圧等が関係し得る。可塑化工程では、力Fとして、主にスクリューの回転に伴うせん断力が繊維に作用する。型内流動工程では、力Fとして、主に溶融樹脂の流動に伴うせん断力が繊維に作用する。これらの力Fの作用により、各工程において、平均繊維長は、指数関数的に減少していくと考えられる。本実施形態では、この平均繊維長の指数関数的な経時変化を式(1)で一般化している。
【0066】
また、式(1)において、力Fの影響は、力係数kにより表現している。以下、力Fと力係数kとの関係について説明する。
【0067】
例えば、可塑化工程におけるスクリューの回転に伴うせん断力Fは下記式(3)により表すことができる。
【0068】
【0069】
但し、μは樹脂溶融粘度、νはスクリュー回転速度、Sはスクリュー溝の面積、hはスクリュー溝高さである。
【0070】
また、型内流動工程における溶融樹脂の流動に伴うせん断力Fは、上述の流動解析により算出できる。
【0071】
そして、力係数kは、式(1)を変形すると、下記式(4)により表される。
【0072】
【0073】
上記式(4)の右辺は、平均繊維長L(t)の時間変化率(傾き)を示している。
【0074】
図5において白抜き矢印で示すように、可塑化工程及び型内流動工程のいずれにおいても、力Fにより平均繊維長L(t)の時間変化率(傾き)は変化する。すなわち力Fの影響は力係数kの値の変化として表現される。
【0075】
力係数kは、具体的には例えば、実際の射出成形品から得られる実測値に基づいて決定することが好ましい。
【0076】
具体的に、個数平均繊維長10mmのガラス繊維(ガラス繊維の連続繊維束に母材樹脂としてのポリプロピレン樹脂(日本ポリプロ株式会社製ノバテック(登録商標)PP、SA08A)を含浸させ、所定の長さ(約10mm)に切断してなるガラス繊維含有ペレットであり、ペレット中におけるガラス繊維含有量は約45~47質量%である。)と、ポリプロピレン樹脂(日本ポリプロ株式会社製ノバテック(登録商標)PP、SA08A)とを、材料全体に対してガラス繊維の含有量が40質量%となるように、自社設計の射出成形機(特開2018-167409号公報に記載の射出成形機)の押出機に投入し、
図1に示す射出成形品を製造した。その過程で、
図1の符号A1で示すノズルから押し出した直後の材料サンプルを抽出して、灰化し、残留したガラス繊維のうちの1000本について繊維長を測定し、個数平均繊維長を算出した。なお、押出機に投入後、ノズルから押し出されるまでの時間を可塑化時間として、可塑化時間0秒(投入前)、10秒、12秒及び30秒の4種類についてガラス繊維の平均繊維長を求めた。結果を表1に示す。
【0077】
【0078】
表1の可塑化時間と平均繊維長との関係をプロットしたグラフを
図6に示す。可塑化時間を時間tと仮定し、最小二乗法を用いてフィッティングを行った。フィッティングの結果得られた近似曲線も
図6に示している。当該近似曲線が式(1)により表されると仮定して力係数kの値を求めると、k=0.156となった。
【0079】
このように、予め実験的に求めておいた平均繊維長の実測値と時間tとの関係から、力係数kの値を求めることにより、実現象を考慮することができるから、高精度の繊維長分布予測が可能となる。なお、時間tは、可塑化工程であれば可塑化時間(混練時間)、型内流動工程であれば流動時間(射出時間)等とすることができる。
【0080】
図7は、型内流動工程におけるせん断力Fの値と力係数kとの関係の一例を示すグラフである。なお、
図7のせん断力Fの値は、
図1の符号B1~B4の位置において、型内流動解析の結果得られた値(符号B1~B4の位置の各要素において発生したせん断力の解析開始から終了までの積分値)である。また、力係数kは、表1及び
図6の結果を得た実験で上述のごとく製造した射出成形品の符号B1~B4の部分の平均繊維長の実測値に基づいて算出した値である。
図7に示すように、せん断力Fと力係数kとの間には比例関係があり、力係数kが繊維に作用する力Fの影響を反映していることがわかる。
【0081】
力係数kの値は、樹脂及び繊維の種類、物性、スクリュー形状等の押出機の仕様、押出条件、キャビティ形状、射出成形条件等により変化する。種々の条件下における平均繊維長の実測値と時間との関係から、対応する条件下での力係数kの値を予め求めておき、記憶部120に格納しておけばよい。これにより、材料物性や成形条件等の設定に応じて適切な力係数kを読み込み、解析を行うことができる。なお、例えば
図7のように、所定の成形条件及び可塑化条件の少なくとも一方における、繊維に作用する力Fと、力係数kとの関係をマップ化して記憶部120に格納しておいてもよい。これにより、上述の式(3)により得られる可塑化工程の力Fの情報及び流動解析により得られた型内流動工程における力Fの情報と、当該マップの情報とに基づいて力係数kの値を決定できる。また、力係数kとして、ユーザが実測値に基づいて任意の値を入力できるようにしてもよい。
【0082】
-平均折損回数算出工程-
平均折損回数算出工程S42は、上述の平均繊維長算出工程S41で算出した平均繊維長に基づき、時間tにおける繊維の平均折損回数を算出する工程であり、平均折損回数算出部135により実行される。
【0083】
次の折損回数確率分布算出工程S43において、ポアソン分布を用いて折損回数の確率分布を算出する。そのためには、平均折損回数を求める必要がある。
【0084】
本願発明者らは、繊維長分布の実測値に計算モデルが一致するように最適化計算を行うことにより、平均繊維長L(t)と、平均折損回数Nとの間に下記式(5)の関係があることを見出した。
【0085】
【0086】
但し、式(5)中、mは折損回数係数である。
【0087】
折損回数係数mは、力係数kと同様に、実測値に基づいて決定することができる。
【0088】
上述の表1及び
図6の結果を得た実験において、さらに可塑化時間を変化させた場合の平均繊維長のデータを取得し、平均折損回数との関係を調べた。結果を表2に示す。
【0089】
【0090】
表2の平均繊維長と平均折損回数との関係をプロットしたグラフを
図8に示す。そして、当該データに対し、最小二乗法を用いてフィッティングを行った。その結果得られた近似曲線も
図8に示している。当該近似曲線が式(5)により表されると仮定して折損回数係数mの値を求めると、m=0.98となった。
【0091】
このように、予め実験的に求めておいた平均繊維長の実測値と平均折損回数との関係から、折損回数係数mの値を求めることにより、実現象を考慮することができるから、繊維長分布の予測精度が向上する。
【0092】
折損回数係数mの値は、力係数kの値と同様に、樹脂及び繊維の種類、物性、スクリュー形状等の押出機の仕様、押出条件、キャビティ形状、射出成形条件等により変化する。種々の条件下における平均繊維長の実測値と平均折損回数との関係から、対応する条件下での折損回数係数mの値を予め求めておき、記憶部120に格納しておけばよい。これにより、材料物性や成形条件等の設定に応じて適切な折損回数係数mを読み込み、解析を行うことができる。また、折損回数係数mとして、ユーザが実測値に基づいて任意の値を入力できるようにしてもよい。
【0093】
-折損回数確率分布算出工程-
折損回数確率分布算出工程S43は、平均折損回数算出工程S42で算出した平均折損回数に基づき、ポアソン分布を用いて繊維の折損回数の確率分布を算出する工程であり、折損回数確率分布算出部136により実行される。
【0094】
長い繊維長の繊維であっても1回も折損が発生しない場合も現実としてあり得るから、そのような確率も考慮する必要がある。本願発明者らは、離散的な現象の発生確率を統計的に扱うポアソン分布を用いることが有効であることを見出した。また、ポアソン分布を用いることにより、例えば平均繊維長などの任意の繊維長及びその前後における局部的な繊維長の変化を効果的に算出することが可能になる。
【0095】
図9に、ポアソン分布を用いて算出した平均折損回数に対応する折損回数の確率分布の一例を示す。
図9に示すように、平均折損回数が1回、3回、5回の場合、平均折損回数及びその近傍の折損回数が最も多くなるが、それ以外の折損回数もゼロではない確率分布となる。
【0096】
そして、繊維に折損が発生しても、材料として投入した繊維の総質量は保存されるから、折損回数の確率分布に基づいて、折損回数毎の繊維の本数(具体的には例えば1回折損する繊維の本数がX1、2回折損する繊維の本数がX2、・・・等)を算出することができる。
【0097】
-関係算出工程-
関係算出工程S44は、折損回数確率分布算出工程S43で算出した繊維の折損回数の確率分布に基づき、折損回数毎の前記繊維の繊維長と該繊維長を有する該繊維の本数との関係を得る工程であり、関係算出部137により実行される。
【0098】
具体的には、上述のごとく、折損回数の確率分布から、折損回数毎の繊維の本数が算出できる。
【0099】
なお、例えば1回折損する繊維の本数がX1本と算出されたとして、これらの繊維が長さ方向のどの位置で折損するかについては別の問題である。しかしながら、最終的に精度よく繊維長分布を予測するためには、折損位置、好ましくは折損位置のばらつきを考慮することが望ましい。
【0100】
そこで、本実施形態では、折損位置の情報として、繊維の折損位置のばらつきを考慮することにした。具体的には例えば、折損位置のばらつきを表現するため、正規分布を用いて、折損位置の確率分布を与えるようにした。
【0101】
具体的には、
図10に示すように、繊維長Lの繊維が1回折損して繊維長L’の繊維と、繊維長L’’の繊維とに分割される折損発生確率は、繊維長Lの繊維の中央に近づくにつれて高くなると考えることができる。すなわち、折損発生確率は、繊維長Lに対する正規分布で与えられると仮定できる。
【0102】
繊維長Lの繊維のうち、折損回数1回のX1本の繊維の各々については、正規分布に基づく折損発生確率で1回折損し、繊維長L’の繊維と繊維長L’’の繊維の2本に分割される。
【0103】
繊維長Lの繊維のうち、折損回数2回のX2本の繊維の各々については、正規分布に基づく折損発生確率で1回折損し、繊維長L’の繊維と繊維長L’’の繊維の2本に分割され、さらに例えば繊維長L’の繊維が繊維長L’に対する正規分布で与えられる折損発生確率で折損すると仮定できる。
【0104】
なお、3回目以上の折損は、繊維長L’の繊維が折損した結果生じた繊維が更に分割すると仮定してもよいし、繊維長L’’の繊維が折損すると仮定してもよい。
【0105】
このようにして、例えば
図11に示すように、折損位置の情報を、正規分布を用いた繊維長毎の折損位置の確率分布として与えることにより、折損位置のばらつきを考慮できるから、繊維長分布の予測精度が向上する。なお、
図11は、繊維長2mm~10mmまでの繊維(1mm毎)についての、正規分布に基づく折損発生確率を示している。
【0106】
折損位置の確率分布について、さらに折損限界平均繊維長Llim(折損限界である最小繊維長)を考慮することが好ましい。
【0107】
図12は、繊維長10mmの繊維が1回折損する場合の折損位置の確率分布について、折損限界平均繊維長L
limを考慮した例を示している。
【0108】
図12では、折損位置の確率分布は、繊維が折損しない場合(折損位置が10mmの場合)の確率、及び、繊維の両端から折損限界平均繊維長L
lim分の長さの部分を除外した部分において、折損発生確率を正規分布により与えている。
【0109】
一方、繊維の両端から折損限界平均繊維長Llim分の長さの部分において折損位置が発生する確率は、正規分布により与えられる確率よりも低い所定の確率に制限されている。
【0110】
なお、
図12の折損位置の確率分布は、下記式(6)で表される。
【0111】
【0112】
但し、式(6)中、FDは折損発生確率、FBLは繊維の両端から折損限界平均繊維長Llim分の長さの部分における折損発生確率である。FBLは、正規分布により与えられる確率よりも低い所定の確率であり、限定する意図ではないが、具体的には例えば0.001以下とすることができる。また、繊維の両端から折損限界平均繊維長Llim分の長さの部分では折損が発生する確率は極めて低いが、全く折損が起きないとはいえない場合もあるため、FBLは0超であることが好ましい。
【0113】
このようにして、折損回数の確率分布と、折損位置の情報とに基づいて、折損回数毎の繊維の繊維長と該繊維長を有する該繊維の本数との関係を算出する。具体的には例えば、
図13に示すように、X1本の繊維が1回折損することにより発生する繊維の本数を繊維長との関係として算出する。また、X2本の繊維が2回折損することにより発生する繊維の本数を繊維長との関係として算出する。こうして、発生確率のある各折損回数について、
図13に示すような繊維長と繊維の本数との関係を算出する。
【0114】
-繊維長分布算出工程-
繊維長分布算出工程は、折損回数毎の繊維長と本数との関係に基づき、繊維長分布を算出する工程であり、繊維長分布算出部138により実行される。
【0115】
具体的には、
図13に示すような折損回数毎の繊維長と繊維の本数との関係を全て足し合わせて、最終的な繊維長分布(例えば
図15~
図17参照)を得る。
【0116】
[作用効果]
本実施形態に係る繊維長分布予測装置及び予測方法では、以下の特徴がある。
(1)繊維長は、折損回数と折損位置とによって決まると仮定するとともに、両者を統計的手法によりモデル化したこと。
(2)折損回数の確率分布はポアソン分布を用いて表現する一方、折損位置の確率分布は正規分布を用いて表現したこと(両者について異なる統計的手法を用いたこと)。
(3)平均繊維長算出工程S41及び平均折損回数算出工程S42において、上述の式(1)及び式(5)として、それぞれ力係数k及び折損回数係数mを用いて実測値を反映させるとともに縮退化させた式を用いたこと。
【0117】
上記特徴(1)、(2)により、ポアソン分布を用いて繊維の折損回数を計算するから、折損に幅がある(例えば1度も折損しない繊維が発生する)場合や、局部的な繊維長分布の変化がある場合の予測精度が向上する。また、正規分布を用いて折損位置の確率分布を与えることにより、折損位置のばらつきを考慮できるから、予測精度がさらに向上する。
【0118】
また、特許文献1の粒子追跡法のように、3D解析で物理現象を再現した場合、計算コストが増大するが、上記特徴(3)により、本装置及び本方法では、2.5次元モデルからも繊維長分布を算出可能であり、計算負荷を低減できる。
【0119】
本実施形態では、本装置及び本方法を可塑化工程及び型内流動工程の両方に適用する態様について説明したが、当該構成に限られない。本装置及び本方法は、可塑化工程及び型内流動工程の少なくとも一方に適用することができる。なお、成形品に含まれる繊維の繊維長分布の予測精度を向上させる観点から、両方に適用することが好ましい。
【0120】
本方法を可塑化工程及び型内流動工程の両方に適用する場合、可塑化工程終了後の繊維長分布の結果を入力情報とし、要素毎に繊維長分布導出工程S4を繰り返すことにより、型内流動工程終了後のワークに含まれる繊維の繊維長分布を予測することが好ましい。これにより、成形品に含まれる繊維の繊維長分布の予測精度がさらに向上する。
【0121】
また、本装置及び本方法を可塑化工程のみに適用する場合は、本装置のプロセッサ130は解析モデル作成部131、解析条件設定部132及び流動解析部133として機能しなくてもよく、
図4Aの解析モデル作成工程S1、解析条件設定工程S2及び流動解析工程S3を行わなくてもよい。なお、予測精度向上の観点からは可塑化工程についても流動解析を行ってもよいが、計算負荷低減の観点からは流動解析を行わないことが望ましい。
【0122】
<プログラム及びその記録媒体>
以上の繊維長分布予測方法の各工程は、プログラム化されている。すなわち、本実施形態に係るプログラムは、コンピュータに、上記各工程の手順を実行させるためのプログラムである。このプログラムは、記憶部120に格納された状態で、プロセッサ130により実行され得る。また、当該プログラムは、記憶部120に格納された状態に限らず、例えば光ディスク媒体や磁気テープ媒体等、コンピュータ読み取り可能な種々の周知の記録媒体170に記録させておくことができる。そして、このような記録媒体を読取部160に装着して上記プログラムを読み出すことにより、当該プログラムを実行可能である。また、プログラムは、ネットワークを通じて提供されるダウンロード可能なプログラムでもよい。
【0123】
(実施形態2)
以下、本開示に係る他の実施形態について詳述する。なお、これらの実施形態の説明において、実施形態1と同じ部分については同じ符号を付して詳細な説明を省略する。
【0124】
上記実施形態1では、関係算出工程S44における折損位置の情報として、正規分布を用いて折損位置の確率分布を与えるようにしたが、当該構成に限られない。
【0125】
具体的には例えば、
図14に示すように、一定の値である分割率aを用いてもよい。
【0126】
すなわち、本実施形態では、繊維は、1回の折損につき、分割率aで、親(長い方:比率a)と子(短い方:比率1-a)とに分割されると仮定する。そして、複数回折損する場合には、長い方の親が分割率aで折損を繰り返すと仮定する。
【0127】
この場合、工程Eでは、親の繊維長分布と子の繊維長分布とを足し合わせることにより、全体の繊維長分布を得ることができる。
【0128】
分割率aを用いる方法では、繊維長に拘わらず折損位置を分割率aで表すから、繊維長の折損位置に対する影響を考慮しない。このため、繊維長分布予測の精度という点では、実施形態1の方が望ましいが、繊維長分布予測の計算負荷を低減させるという観点からは、採用可能である。
【0129】
なお、分割率aの値は、例えば繊維長分布の実測値に計算モデルが一致するように最適化計算を行うことにより、決定できる。
【0130】
(実験例)
次に、具体的に実施した実験例について説明する。
【0131】
上述の表1及び
図6の結果を得た実験により得られた、
図1の符号A1における位置の繊維長分布の実測値、実施形態1のモデル1による予測値及び実施形態2のモデル2による予測値を
図15~
図17に示す。
【0132】
なお、
図15~
図17は、それぞれ可塑化時間10秒、12秒、及び30秒のときの繊維長分布である。
【0133】
図15~
図17に示すように、モデル1及びモデル2のいずれも実測値と同様の傾向を再現している。特にモデル1については、
図15~
図17の各々について、波形一致度が75.8%、76.4%及び88.3%となり、モデル2と比較して予測精度が向上することが判った。
【符号の説明】
【0134】
10 押出機
11 ホッパ
12 バレル
13 スクリュー
15 ノズル
100 繊維長分布予測装置、予測装置
120 記憶部
130 プロセッサ
131 解析モデル作成部
132 解析条件設定部
133 流動解析部
134 平均繊維長算出部
135 平均折損回数算出部
136 折損回数確率分布算出部
137 関係算出部
138 繊維長分布算出部
170 記録媒体
W ワーク
M 材料
S1 解析モデル作成工程
S2 解析条件設定工程
S3 流動解析工程
S4 繊維長分布導出工程
S41 平均繊維長算出工程
S42 平均折損回数算出工程
S43 折損回数確率分布算出工程
S44 関係算出工程
S45 繊維長分布算出工程