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特開2024-121738就業継続困難感予測マーカ、及び就業継続困難感の予測方法
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  • 特開-就業継続困難感予測マーカ、及び就業継続困難感の予測方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024121738
(43)【公開日】2024-09-06
(54)【発明の名称】就業継続困難感予測マーカ、及び就業継続困難感の予測方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20240830BHJP
【FI】
G01N33/53 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023028997
(22)【出願日】2023-02-27
(71)【出願人】
【識別番号】000232092
【氏名又は名称】NECソリューションイノベータ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100115255
【弁理士】
【氏名又は名称】辻丸 光一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100201732
【弁理士】
【氏名又は名称】松縄 正登
(74)【代理人】
【識別番号】100154081
【弁理士】
【氏名又は名称】伊佐治 創
(74)【代理人】
【識別番号】100227019
【弁理士】
【氏名又は名称】安 修央
(72)【発明者】
【氏名】藤田 智子
(72)【発明者】
【氏名】加藤 信太郎
(72)【発明者】
【氏名】好光 有一
(72)【発明者】
【氏名】矢野 理香
(72)【発明者】
【氏名】山口 真弥
(57)【要約】
【課題】 非就業継続困難感の予測精度を高めるための、就業継続困難感予測マーカ、及び就業継続困難感の予測方法を提供する。
【解決手段】 本発明の就業継続困難感予測マーカは、コルチゾールを含み、就業継続困難感を予測する指標となる。本発明の就業継続困難感の予測方法は、測定工程、および予測工程を含み、前記測定工程は、被験者の生体試料における就業継続困難感予測マーカの量を測定し、前記就業継続困難感予測マーカは、コルチゾールを含み、前記予測工程は、前記測定された前記就業継続困難感予測マーカの定量値及び主観的指標を含む予測指標に基づき、前記被験者の就業継続困難感を予測する。
【選択図】 なし

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コルチゾールを含み、
就業継続困難感を予測する指標となる、就業継続困難感予測マーカ。
【請求項2】
前記コルチゾールが、唾液中のコルチゾールである、請求項1記載の就業継続困難感予測マーカ。
【請求項3】
測定工程、および予測工程を含み、
前記測定工程は、被験者の生体試料における就業継続困難感予測マーカの量を測定し、
前記就業継続困難感予測マーカは、コルチゾールを含み、
前記予測工程は、前記測定された前記就業継続困難感予測マーカの定量値及び主観的指標を含む予測指標に基づき、前記被験者の就業継続困難感を予測する、
就業継続困難感の予測方法。
【請求項4】
前記主観的指標は、慢性疲労及びバーンアウトに関する指標を含む、請求項3記載の予測方法。
【請求項5】
前記予測工程は、さらに、就業経験年数を含む予測指標に基づき、前記被験者の就業継続困難感を予測する、
請求項3又は4記載の予測方法。
【請求項6】
前記生体試料が、唾液である、請求項3又は4記載の予測方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、就業継続困難感予測マーカ、及び就業継続困難感の予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
慢性疲労やバーンアウト等が業務等の就業の継続を困難にする原因となり、これらの指標が、例えば会社における離職等と関連することが知られている(非特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Rutledge DN, Douville S, Winokur E, Drake D, Niedziela D. Impact of engagement factors on nurses’ intention to leave hospital employment. J Nurs Manag. 2021;29(6):1554-1564. doi:10.1111/jonm.13287
【非特許文献2】Leiter MP, Maslach C. Nurse turnover: the mediating role of burnout. Journal of Nursing Management. 2009;17(3):331-339. doi:10.1111/j.1365-2834.2009.01004.x
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
慢性疲労やバーンアウト等の主観的指標により前記就業の継続困難感(就業継続困難感)を予測することも、ある程度は可能である。一方で、主観的指標は被験者の主観に基づくパラメータであるが故に制御不可能なバイアスを含みうる。そのため、主観的指標のみから就業継続困難感を予測する場合、その予測精度には限界がある。
【0005】
そこで、本発明は、就業継続困難感の予測精度を高めるための、就業継続困難感予測マーカ、及び就業継続困難感の予測方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を達成するために、本発明の就業継続困難感予測マーカは、コルチゾールを含み、就業継続困難感を予測する指標となる。
【0007】
本発明の就業継続困難感の予測方法は、測定工程、および予測工程を含み、
前記測定工程は、被験者の生体試料における就業継続困難感予測マーカの量を測定し、
前記就業継続困難感予測マーカは、コルチゾールを含み、
前記予測工程は、前記測定された前記就業継続困難感予測マーカの定量値及び主観的指標を含む予測指標に基づき、前記被験者の就業継続困難感を予測する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、就業継続困難感の予測精度を高めるための、就業継続困難感予測マーカ、及び就業継続困難感の予測方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、本発明の実施例において予測指標等を測定又は評価したタイミングを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書で使用する用語は、特に言及しない限り、当該技術分野で通常用いられる意味で用いることができる。
【0011】
本発明において、「就業継続困難感」とは、現在行っている就業に対する否定的な感情、又は現在行っている就業を続けることに対する困難感を意味する。例えば、前記就業が業務である場合、前記就業継続困難感は「業務継続困難感」とも言い換えることができ、これは、現職に対する否定的な感情、又は現在の仕事を続けることに対する困難感を意味する。
【0012】
以下に、本発明の実施形態について説明する。なお、本発明は、以下の実施形態には限定されない。
【0013】
(マーカ)
本発明の就業継続困難感予測マーカは、コルチゾールを含み、就業継続困難感を予測する指標となる。前記コルチゾールは、例えば、生体試料から取得することができる。前記生体試料は、例えば、唾液、涙液、鼻汁、尿等である。
【0014】
本発明の就業継続困難感予測マーカは、例えば、さらに、前記コルチゾール以外の物質を含んでもよい。前記コルチゾール以外の物質は、特に制限されず、本発明のマーカ以外のマーカでもよい。
【0015】
本発明の就業継続困難感予測マーカは、例えば、後述する本発明の就業継続困難感の予測方法における、客観的指標として用いられてもよい。本発明の就業継続困難感予測マーカを検出する方法、及び本発明の就業継続困難感予測マーカを用いて慢性疲労レベルを判定する方法等は、後述する、本発明の就業継続困難感の予測方法の記載を参照することができる。
【0016】
本発明の就業継続困難感予測マーカを、就業継続困難感を予測する際の客観的指標とすることで、例えば、慢性疲労やバーンアウトなどの主観的指標と組み合わせれば、前記主観的指標のみに基づく就業継続困難感の予測よりも予測精度が向上する。また、本発明の就業継続困難感予測マーカは、例えば、唾液等の生体試料から取得することができるため、簡便性、非侵襲性、および即時性の観点から、就業継続困難感のセルフチェックにおいて有効である。
【0017】
なお、コルチゾールと就業継続困難感の関連を説明するメカニズムの1つとして、例えば、持続的ストレスに対する床下部-脳下垂体-副腎皮質軸(HPA軸)の負のフィードバック反応がある。ストレスを受けると、それに対応するために生体内でコルチゾールの放出が促される。この反応は、ストレスイベントが消失した後に正常に戻るが、ストレス状態が長期化するとコルチゾール分泌が異常(低値)になると考えられている。また、コルチゾール分泌は、エネルギー生産、代謝、気分など身体と脳の活動を調節し、生体がストレスに対処するための役割を持つ。このことから、コルチゾールプロファイルによって示される一定期間に渡るコルチゾールレベル低値は、さらなるストレスへの適切な対処能力に関連し、就業継続困難感の程度に影響する可能性がある。コルチゾールレベル低値が持続している兆候は、就業継続困難感を抱く前兆と考えられ、コルチゾ-ルの持続的低値が就業継続困難感の予測因子であるとみなすことは合理性がある。ただし、上記のメカニズムはあくまでも例示であって、本発明は上記のメカニズムに限定されない。
【0018】
(就業継続困難感の予測方法)
本発明の就業継続困難感の予測方法は、測定工程、及び予測工程を含む。
【0019】
前記測定工程は、被験者の生体試料における就業継続困難感予測マーカの量を測定する。前記就業継続困難感予測マーカは、コルチゾールを含む。前記就業継続困難感予測マーカは、例えば、前述した本発明の就業継続困難感予測マーカであり、前記就業継続困難感予測マーカの説明を引用することができる。前記被験者は、例えば、ヒトである。
【0020】
前記予測工程は、前記測定された前記就業継続困難感予測マーカ(以下、「客観的指標」という場合がある。)の量及び主観的指標を含む予測指標に基づき、前記被験者の就業継続困難感を予測する。前記予測工程は、例えば、さらに、就業経験年数を含む予測指標に基づき、前記被験者の就業継続困難感を予測してもよい。すなわち、前記客観的指標、前記主観的指標、及び前記就業経験年数に基づき、前記被験者の就業継続困難感を予測してもよい。
【0021】
前記就業継続困難感予測マーカの量の測定方法は、特に限定されず、例えば、従来公知の方法を使用することができる。前記就業継続困難感予測マーカの量は、例えば、ELISA法、ECLIA(電気化学発光免疫測定法)、CLEIA(化学発光酵素免疫測定法)、CLIA(化学発光免疫測定法)等により定量可能である。前記就業継続困難感予測マーカの定量は、例えば、前記就業継続困難感予測マーカの量を直接測定してもよいし、mRNAや前駆体等の間接的な量を測定し、前記間接的な量に基づき、算出してもよい。前記コルチゾールの量は、例えば、複数の測定結果の組合せでもよく、複数回の測定結果の平均値等でもよい。
【0022】
前記主観的指標は、例えば、慢性疲労、バーンアウトに関する指標を含む。前記主観的指標の程度は、例えば、スコア化された前記主観的指標を前記被験者自身が評価するものである。前記評価は、例えば、アンケート等による回答に基づくものであってもよい。前記主観的指標が慢性疲労に関する指標である場合、例えば、The Japanese version of the Occupational Fatigue Exhaustion Recovery Scale(Journal of Occupational Health. 2022;64(1). doi:10.1002/1348-9585.12325)により慢性疲労の程度を評価してもよい。前記主観的指標がバーンアウトに関する指標である場合、例えば、日本版バーンアウト尺度(JJ Psycho. 2014;85(4):364-372. doi:10.4992/jjpsy.85.13214)によりバーンアウトの程度を評価してもよい。
【0023】
前記予測指標の測定結果又は評価結果を収集するタイミングは、特に限定されず、例えば、前記就業継続困難感を予測する前の任意のタイミングであり、前記予測する時点の3か月前までの間の任意のタイミングが好ましい。
【0024】
前記予測は、例えば、重回帰分析による予測であってもよい。すなわち、前記就業継続困難感を、前記予測指標を説明変数として予測するものであってもよい。また、前記予測は、例えば、ランダムフォレスト、勾配ブースティング等であってもよい。
【実施例0025】
つぎに、本発明の実施例について説明する。ただし、本発明は、下記実施例により制限されない。
【0026】
本実施例では、本発明の就業継続困難感予測マーカを客観的指標として、就業継続困難感の予測を行った。
【0027】
(被験者)
大学病院における看護師を被験者とし、各被験者を3ヶ月間追跡した。被験者は、一般病棟において2交代制シフトに従事する20-40代の女性看護師40名とした。なお、客観的指標であるコルチゾール量への影響要因として、被験者の性別と年齢を限定した。また、除外基準は、1)新卒看護師、2)管理者、3)眠剤、抗精神病薬、抗うつ薬、ステロイド薬、および経口避妊薬を常用している者、4)妊娠中、5)休職中、および6)貧血、甲状腺疾患、糖尿病、月経不順、不眠症、不整脈、不眠症、および自律神経失調症に対して治療中の者とした。本実施例は、the Strengthening the reporting of observational studies in epidemiologyに準拠し、北海道大学の倫理審査委員会により承認された(reference No. 21-43)。全ての被験者は書面によるインフォームド・コンセントを受けた。
【0028】
(予測指標等の評価時期)
図1は、本実施例において予測指標等を測定又は評価したタイミングを示す図である。図1におけるベースライン(Baseline、T0)において、被験者は属性や労働状況、および疲労とバーンアウトに関する質問票に回答した。その後1ヶ月間の間、3回の日勤日に被験者の唾液を採取し、唾液中のコルチゾールプロファイルを測定した。コルチゾールプロファイルの測定日は、各被験者のシフト表に基づき、各日勤の間隔がおおよそ等間隔になるように決定した。3ヶ月後、被験者は、疲労とバーンアウトに関する質問票、および就業継続困難感の程度を回答した。
【0029】
(測定・分析手順)
<コルチゾール>
被験者にSoma Cube測定セット(Soma Bioscience社製)を配布し、コルチゾールプロファイルの測定を実施した。このセットによる測定値は、酵素結合免疫吸着法(enzyme-linked immunosorbent metho)と高い相関がある。被験者は、1ヶ月目のシフト表に基づき決定した3回の日勤日において、起床後うがいをし、5分間安静後に、使い捨て手袋を装着し唾液採取した。採取した試料は、測定までの間、4℃以下で保存した。唾液採取にあたり、採取日の前日から激しい運動と飲酒を避けること、および採取日は起床時から測定までは飲食や歯磨きを避けることを事前に被験者に依頼した。なお、被験者は唾液採取日の起床時刻、身体症状、および気分(イライラや憂鬱)を報告したが、いずれもコルチゾールプロファイルには有意に関連しなかった。採取した試料は、測定前に2分間混合した。その後、試料3滴をラテラルフローデバイス(LFD)プレートに滴下し、15分間放置した。次に、遮光した状態でプレート上にSoma Cube測定セットのキューブ型機器を設置し、コルチゾールプロファイルを測定した。コルチゾールプロファイルはLFDプレート上のテストラインの強度に反比例し、キューブ型機器のモニターに表示される。マニュアルに従い、コルチゾールプロファイルの測定は室温(20-28℃)で高湿を避けた環境で実施した。
【0030】
<就業継続困難感>
就業継続困難感は、下記の質問を用いて図1におけるベースラインから3ヵ月後(T1)に測定した。被験者は、0点(全くない)から10点(この上なく感じる)のnumerical rating scaleに回答した。
質問:「現在、仕事を続けることに対して、どの程度困難(reluctance)であると感じていますか?」
【0031】
<バーンアウト>
本実施例では、日本語版バーンアウト尺度(JJ Psycho. 2014;85(4):364-372. doi:10.4992/jjpsy.85.13214)を使用した。Maslach Burnout Inventoryに基づく本尺度は、情緒的消耗感、脱人格化、および個人的達成感の低下の3つの因子を持ち、17項目5件法(ない-いつもある)で構成される。各因子に含まれる項目スコアの平均値を因子スコアとした。いずれもスコアが高いほど、その状態が強いことを意味する。
【0032】
<慢性疲労>
The Japanese version of the Occupational Fatigue Exhaustion Recovery Scaleを使用した(Journal of Occupational Health. 2022;64(1). doi:10.1002/1348-9585.12325)。本尺度は15項目で構成され、本実施例では慢性疲労の5項目を分析に使用した。項目は7段階リッカート方式(全くそう思わない-とてもそう思う)で構成される。因子標準化得点(範囲:0~100)を下記式(1)により算出し、本実施例では慢性疲労のスコアのみを使用した。なお、標準化スコアが高いほど慢性疲労の程度が強いことを示す。
因子標準化得点=慢性疲労に該当する5項目の得点の和÷30×100 (1)
【0033】
<被験者の業務経験年数>
被験者の業務経験年数(就業経験年数)を調査した。被験者の就業経験年数の平均値及び標準偏差は、5.3及び4.0(年)であった。
【0034】
<統計分析>
サンプルサイズはG Power 3.1を用いて算出した。主要な仮説を確認するための線形回帰モデルでは、effect size (f2) = 0.20 (medium), significance level = 0.05, power = 0.80とすると、少なくとも42のサンプルサイズがあれば十分であった。
【0035】
データは平均値(標準偏差)、または度数(%)を用いて要約した。コルチゾールのデータは、常用対数変換した。変数間の関連はピアソンの相関分析で評価した。各日のコルチゾールプロファイルと就業継続困難感には、一貫した関連はなかった(日勤1日目: r = -0.450、日勤2日目: r = -0.256、日勤3日目: r = -0.368)。ここで、看護師の慢性疲労には2回の日勤に渡る一貫したレベルが関連することが先行文献より知られている(Healthcare. 2022;10(8):1416. doi:10.3390/healthcare10081416)。また、他の先行文献では2日間のコルチゾールプロファイルの平均値を用いている(Psychiatry Research. 2011;186(2-3):310-314. doi:10.1016/j.psychres.2010.09.002)。さらに、本実施例ではこれらの研究よりも1時点多いコルチゾールデータを有する。したがって、本実施例においては、3日間の平均値をコルチゾールプロファイルとして扱った。
【0036】
つぎに、就業継続困難感を目的変数とした重回帰モデルを行った。まず、比較例1として、コルチゾールプロファイルを説明変数としたモデルにおいて、就業継続困難感との単独の関連を評価した。つぎに、実施例1として、ベースラインの主観的指標(慢性疲労とバーンアウト)を投入し、なおコルチゾールプロファイルが有意であるかを調べた。また、比較例2として、就業継続困難感と有意に関連した経験年数(r = -0.425、P = 0.006)および主観的指標を説明変数としたモデルを作成した。比較例2における主観的指標は、stepwise変数減少法でP < 0.05を基準に選択された慢性疲労と個人的達成感の低下とした。最後に、実施例2として、説明変数にコルチゾールプロファイルを追加し、コルチゾールプロファイルの関連性と決定係数(R2)を評価した。
【0037】
統計解析は、JMP Pro software、ver.16.1(SAS Institute Inc)を用いて行い、P < 0.05を統計的有意とした。
【0038】
(結果)
<予測指標の相関関係>
就業継続困難感、慢性疲労、バーンアウト、およびコルチゾールプロファイルの平均値と標準偏差を表1に示す。ベースラインの主観的指標のうち、慢性疲労(r = 0.565, P < 0.001)と情緒的消耗感(r = 0.565, P < 0.001)、脱人格化(r = 0.36, P = 0.022)、個人的達成感の低下(r = 0.462, P = 0.003)は、就業継続困難感と中程度以上に相関した。
【0039】
【表1】
【0040】
<コルチゾールプロファイルと就業継続困難感の関連>
表2は就業継続困難感に対するコルチゾールプロファイルの関連を調べた重回帰モデルの結果である。比較例1では、コルチゾールプロファイルは3ヶ月後の就業継続困難感と負に関連した(Estimate, -2.97; 95% CI, -5.39 to -0.56; P = 0.017)。実施例1において、ベースラインの主観的指標で調整したところ、コルチゾールプロファイルは、なお就業継続困難感と負に関連した(Estimate, -2.83; 95% CI, -4.74 to -0.93; P = 0.005)。
【0041】
つぎに、比較例2において、Stepwise法に基づき、ベースラインの慢性疲労と個人的達成感の低下、および経験年数による重回帰モデルを行った。比較例2において、有意な予測因子は慢性疲労(Estimate, -0.05; 95% CI, 0.02 to 0.08; P = 0.020)であった。比較例2は、就業継続困難感の分散を約42%説明した。このモデルにコルチゾールプロファイルを追加した実施例2では、慢性疲労(Estimate, 0.05; 95% CI, 0.02 to 0.08; P = 0.020)およびコルチゾールプロファイル(Estimate, -2.70; 95% CI, -4.59 to -0.82; P = 0.006)が有意な予測因子であった。実施例2は就業継続困難感の約53%の分散を説明し、その割合は比較例2よりも高かった(ΔR2 = 0.114)。
【0042】
【表2】
【0043】
このように、実施例1及び比較例1のいずれにおいても、1ヶ月目のコルチゾールプロファイルが3ヶ月後の就業継続困難感と負に関連したことから、コルチゾールプロファイルが就業継続困難感の独立した予測因子であることがわかった。すなわち、コルチゾールプロファイルは就業継続困難感の予測において主観的指標のみでは見過ごされる部分を拾えると考えられ、コルチゾールプロファイルと客観的指標を組み合わせて就業継続困難感を予測する点に意義があることを見出した。
【0044】
重回帰モデルでは、主観的指標とコルチゾールプロファイルの組み合わせで、就業継続困難感が最も良く説明された(実施例1、2)。このことは、主観的指標およびコルチゾールプロファイルの各々の指標だけでは、より高い就業継続困難感を見過ごす可能性があり、両者を組み合わせることで、より予測精度を向上させることを示唆した。また、コルチゾールプロファイルは3ヶ月後の就業継続困難感を予測した。この比較的長い間隔は、例えば、高リスク者に対して支援を導入するための準備に役立ち、スクリーニングから介入への移行を容易にすると考えられる。
【0045】
一方で、重回帰モデルにおいてコルチゾールプロファイルのみを説明変数とした比較例1、及び説明変数としてコルチゾールプロファイルを含まなかった比較例2のそれぞれは、実施例1及び2のそれぞれと比べて、予測精度が低かった。
【0046】
上記の結果から、コルチゾールプロファイルは、例えば、有効なバイオマーカがなかったために一定職業に就く者の離職リスクを予測できなかったケースにおいて有用である。また、これまでの知見によると、バーンアウトや他の心理学的因は、パスモデルにおいて離職意向の分散は39%(最大)しか説明しない。比較例2でも、主観的指標と経験年数によって説明される分散は限定的であった(R2 = 42%)。そして、主観的指標による慢性疲労やバーンアウトのサーベイランスとコルチゾールのセルフモニタリングを併用することは、就業継続困難感を抱えるものを精度高く検出することに寄与することが分かった。
【0047】
以上、実施形態及び実施例を参照して本発明を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。本発明の構成や詳細には、本発明のスコープ内で当業者が理解しうる様々な変更をすることができる。
【0048】
<付記>
上記実施形態及び実施例の一部又は全部は、以下の付記のようにも記載し得るが、以下には限定されない。
(付記1)
コルチゾールを含み、
就業継続困難感を予測する指標となる、就業継続困難感予測マーカ。
(付記2)
前記コルチゾールが、唾液中のコルチゾールである、付記1記載の就業継続困難感予測マーカ。
(付記3)
測定工程、および予測工程を含み、
前記測定工程は、被験者の生体試料における就業継続困難感予測マーカの量を測定し、
前記就業継続困難感予測マーカは、コルチゾールを含み、
前記予測工程は、前記測定された前記就業継続困難感予測マーカの定量値及び主観的指標を含む予測指標に基づき、前記被験者の就業継続困難感を予測する、
就業継続困難感の予測方法。
(付記4)
前記主観的指標は、慢性疲労及びバーンアウトに関する指標を含む、付記3記載の予測方法。
(付記5)
前記予測工程は、さらに、就業経験年数を含む予測指標に基づき、前記被験者の就業継続困難感を予測する、
付記3又は4記載の予測方法。
(付記6)
前記生体試料が、唾液である、付記3から5のいずれかに記載の予測方法。
【産業上の利用可能性】
【0049】
以上、説明したとおり、本発明によれば、就業継続困難感の予測精度を高めるための、就業継続困難感予測マーカ、及び就業継続困難感の予測方法を提供することができる。本発明の用途は特に限定されず、広範な用途に使用可能である。

図1