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  • 特開-フェノールの製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024121817
(43)【公開日】2024-09-06
(54)【発明の名称】フェノールの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/02 20060101AFI20240830BHJP
   C12N 15/52 20060101ALI20240830BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20240830BHJP
   C12N 1/19 20060101ALN20240830BHJP
   C12N 1/21 20060101ALN20240830BHJP
【FI】
C12P7/02
C12N15/52 Z
C12N15/09 Z
C12N1/19
C12N1/21
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024026365
(22)【出願日】2024-02-26
(31)【優先権主張番号】P 2023027934
(32)【優先日】2023-02-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【弁理士】
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【弁理士】
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(74)【代理人】
【識別番号】100162503
【弁理士】
【氏名又は名称】今野 智介
(74)【代理人】
【識別番号】100144794
【弁理士】
【氏名又は名称】大木 信人
(72)【発明者】
【氏名】山本 恭士
(72)【発明者】
【氏名】林 隆宏
(72)【発明者】
【氏名】前田 智子
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064CC24
4B064DA16
4B065AA01X
4B065AA01Y
4B065AA72X
4B065AA72Y
4B065AB01
4B065BA02
4B065BB07
4B065BB22
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】バイオマスからのフェノールの製造に利用可能な技術の提供。
【解決手段】培地と有機溶剤との混合液中でフェノール産生能を有する微生物を培養する工程1と、前記工程1で得られた培養液を、水相、有機相及び菌体に分離する工程2と、前記有機相からフェノールを回収する工程3と、を含むフェノールの製造方法であり、前記工程2で分離された菌体が前記工程1の培養に再度供される、製造方法を提供する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
培地と有機溶剤との混合液中でフェノール産生能を有する微生物を培養する工程1と、
前記工程1で得られた培養液を、水相、有機相及び菌体に分離する工程2と、
前記有機相からフェノールを回収する工程3と、を含むフェノールの製造方法であり、
前記工程2で分離された菌体が前記工程1の培養に再度供される、製造方法。
【請求項2】
前記有機溶剤がトリブチリンである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記フェノール産生能を有する微生物が、発現可能に導入された7-ホスホ-2-デヒドロ-3-デオキシアラビノヘプトン酸アルドラーゼ遺伝子、トランスケトラーゼ遺伝子、コリスミ酸ムターゼ/プレフェン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子、ホスホエノールピルビン酸シンターゼ遺伝子およびチロシンフェノールリアーゼ遺伝子を有する遺伝子組換体である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
前記フェノール産生能を有する微生物が、発現可能に導入された7-ホスホ-2-デヒドロ-3-デオキシアラビノヘプトン酸アルドラーゼ遺伝子、トランスケトラーゼ遺伝子、コリスミ酸ムターゼ/プレフェン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子、ホスホエノールピルビン酸シンターゼ遺伝子およびチロシンフェノールリアーゼ遺伝子を有する遺伝子組換体を親株として、該親株に対して導入された遺伝子変異を有する変異株であり、
当該変異株は、フェノールを含有する培地中での培養で前記親株よりも改善された生育を示し、かつ、バイオマスの発酵に用いられて前記親株よりも増強されたフェノール産生能を示す、請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
前記遺伝子組換体が、大腸菌又は酵母である、請求項3又は4に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、フェノールの製造方法に関する。より詳しくは、フェノール産生能を有する微生物を用いたフェノールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化学品製造分野において、石油由来の原料からバイオマス由来の原料への転換が図られている。特許文献1には、糖代謝経路が改変された微生物を用いてグルコースからフェノールを発酵生産する技術が開示されている。
【0003】
特許文献2にも、フェノール産生菌を用いたバイオプロセスによるフェノールの製造技術が開示されている。特許文献2の開示される技術は、フェノール産生菌の培養物とフェノール抽出剤との混合物から有機相を回収する工程を含むものであるが、菌体の回収分離回収及び培養系への再供給は行われていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】再表2017-033965号
【特許文献2】特開2017-105720号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本開示は、バイオマスからのフェノールの製造に利用可能な技術を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題解決のため、本開示は、以下の[1]-[6]を提供する。
[1] 培地と有機溶剤との混合液中でフェノール産生能を有する微生物を培養する工程1と、
前記工程1で得られた培養液を、水相、有機相及び菌体に分離する工程2と、
前記有機相からフェノールを回収する工程3と、を含むフェノールの製造方法であり、
前記工程2で分離された菌体が前記工程1の培養に再度供される、製造方法。
[2] 前記有機溶剤がトリアシルグリセロール、好ましくはトリブチリンである、[1]の製造方法。
[3] 前記フェノール産生能を有する微生物が、発現可能に導入された7-ホスホ-2-デヒドロ-3-デオキシアラビノヘプトン酸アルドラーゼ遺伝子、トランスケトラーゼ遺伝子、コリスミ酸ムターゼ/プレフェン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子、ホスホエノールピルビン酸シンターゼ遺伝子およびチロシンフェノールリアーゼ遺伝子を有する遺伝子組換体である、[1]又は[23]の製造方法。
[4] 前記フェノール産生能を有する微生物が、発現可能に導入された7-ホスホ-2-デヒドロ-3-デオキシアラビノヘプトン酸アルドラーゼ遺伝子、トランスケトラーゼ遺伝子、コリスミ酸ムターゼ/プレフェン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子、ホスホエノールピルビン酸シンターゼ遺伝子およびチロシンフェノールリアーゼ遺伝子を有する遺伝子組換体を親株として、該親株に対して導入された遺伝子変異を有する変異株であり、
当該変異株は、フェノールを含有する培地中での培養で前記親株よりも改善された生育を示し、かつ、バイオマスの発酵に用いられて前記親株よりも増強されたフェノール産生能を示す、[1]-[3]のいずれかの製造方法。
[5] 前記遺伝子組換体が、大腸菌又は酵母である、[3]又は[4]の製造方法。
【0007】
[6] 培地と有機溶剤との混合液中でフェノール産生能を有する微生物を培養する工程1と、
前記工程1で得られた培養液を、水相、有機相及び菌体に分離する工程2と、
前記有機相からフェノールを回収する工程3と、を含むフェノールの製造方法であり、
前記工程2で分離された菌体が前記工程1の培養に再度供される、製造方法における、
前記有機溶剤としてのトリアシルグリセロール、好ましくはトリブチリンの使用。
【発明の効果】
【0008】
本開示により、バイオマスからのフェノールの製造に利用可能な技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】フェノール産生菌の混合液中での培養におけるフェノール蓄積量の変化を示す(実施例1)。
図2】通常培養(単一相培養)及び混合液中での培養を経た菌体を通常培養した際のフェノール蓄積量の測定結果を示す(実施例2)。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本開示を実施するための好適な形態について説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本開示の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本開示の範囲が狭く解釈されることはない。
【0011】
本開示に係るフェノールの製造方法は、以下の工程1-3を含み、工程2で分離された菌体が工程1の培養に再度供される。
工程1:培地と有機溶剤との混合液中でフェノール産生能を有する微生物を培養する工程。
工程2:前記工程1で得られた培養液を、水相、有機相及び菌体に分離する工程。
工程3:前記有機相からフェノールを回収する工程。
【0012】
工程1
本工程では、培地と有機溶剤との混合液中でフェノール産生能を有する微生物を培養する。
微生物は、フェノール産生能を有する微生物であればよく、野生株としては例えば以下の微生物が挙げられる。
Escherichia coliなどのEscherichia属細菌;Pseudomonas putidaなどのPseudomonas属細菌;Corynebacterium glutamicumなどのCorynebacterium属細菌;Bacillus subtilisなどのBacillus属細菌;Pichia pastorisなどのPichia属酵母;Saccharomyces cerevisiaeなどのSaccharomyces属酵母;Aspergillus oryzae、Aspergillus nidulans及びAspergillus nigerなどのAspergillus属糸状菌。
微生物には、これらから選択される1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて使用できる。
また、微生物は、野生株に限定されず、UV照射や化学処理等の通常用いられる変異処理により得られる変異株、細胞融合もしくは遺伝子組換え法などの遺伝学的手法により誘導される遺伝子組換体などあってもよい。
【0013】
遺伝子組換体の作成のための宿主には、特に限定されないが、細菌では大腸菌、Rhodococcus属、Pseudomonas属、Corynebacterium属、Bacillus属、Streptococcus属、Streptomyces属などが用いられ、酵母ではSaccharomyces属、Candida属、Shizosaccharomyces属、Pichia属、糸状菌ではAspergillus属などが用いられる。これらの中で、特に大腸菌と酵母を用いることが簡便であり、効率もよく好ましい。
【0014】
微生物は、フェノール産生能を増強するための遺伝子改変が施された遺伝子組換体であってもよい。
このような遺伝子改変としては、チロシンの生成に関与する酵素の活性強化、チロシンのフェノールへの変換に関与する酵素の活性強化、チロシン及びフェノールを分解する酵素をコードする遺伝子の破壊、及び、生成物を細胞外へ排出する輸送蛋白質の発現強化などが挙げられる。
【0015】
酵素の活性強化は、該酵素をコードする遺伝子の導入により遺伝子の発現量を増大させること、遺伝子のプロモーター活性を強化することによって遺伝子を強発現させること、あるいは遺伝子のリプレッサー活性を低減化又は不活化することによって発現量を増大させることを含む。
遺伝子導入等は従来公知の分子生物学的手法に従って行うことができる。酵素活性の強化の有無は、微生物の無細胞抽出液あるいは精製酵素を用いた活性測定により確認できる。
【0016】
チロシン生成能を増強するための遺伝子改変として、7-ホスホ-2-デヒドロ-3-デオキシアラビノヘプトン酸アルドラーゼ遺伝子、トランスケトラーゼ遺伝子、コリスミ酸ムターゼ/プレフェン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子及びホスホエノールピルビン酸シンターゼ遺伝子の活性強化が挙げられる。
【0017】
7-ホスホ-2-デヒドロ-3-デオキシアラビノヘプトン酸アルドラーゼは、D-エリスロース-4-リン酸、ホスホエノールピルビン酸及び水から、7-ホスホ-2-デヒドロ-3-デオキシアラビノヘプトン酸及び無機リン酸を生じる酵素遺伝子である。本酵素は、フェニルアラニンにより活性が阻害されることが知られている。本開示に用いられる7-ホスホ-2-デヒドロ-3-デオキシアラビノヘプトン酸アルドラーゼには、フェニルアラニンによる阻害を解除するための変異が導入されていることが望ましい。そのような変異としては公知のものが利用できるが、例えば、Escherichia coli由来の酵素(uniport id: P0AB91)におけるD146N変異、F209S変異などが挙げられる。
【0018】
トランスケトラーゼは、フルクトース-6-リン酸とグリセルアルデヒド-3-リン酸から、エリスロース-4-リン酸及びキシルロース-5-リン酸を生じる酵素である。
【0019】
コリスミ酸ムターゼ/プレフェン酸デヒドロゲナーゼは、コリスミ酸とNAD+から、3-(4-ヒドロキシフェニル)ピルビン酸、NADH及び二酸化炭素を生じる酵素である。本酵素は、チロシンにより活性が阻害されることが知られている。本開示に用いられるコリスミ酸ムターゼ/プレフェン酸デヒドロゲナーゼには、チロシンによる阻害を解除するための変異が導入されていることが望ましい。そのような変異としては公知のものが利用できるが、例えば、Escherichia coli由来の酵素(uniport id: P07023)におけるM53I変異、A354V変異などが挙げられる。
【0020】
ホスホエノールピルビン酸シンターゼは、ピルビン酸、ATP及び水から、ホスホエノールピルビン酸、AMP及び無機リン酸を生じる酵素である。
【0021】
チロシンのフェノールへの変換能を増強するための遺伝子改変として、チロシンフェノールリアーゼ遺伝子の活性強化が挙げられる。TPL(EC 4.1.99.2)は、ピリドキサールリン酸を補酵素とし、チロシンの炭素―炭素結合を開裂してフェノール、ピルビン酸及びアンモニアを生じる酵素である。
チロシンフェノールリアーゼは、特に限定されないが、例えばEnterobacteriaceae、Clostridiaceae、Fusobacteriaceae、Morganellaceae、Pasteurellaceaeのいずれかの科に属する微生物由来の酵素が挙げられる。
また、チロシンフェノールリアーゼは、環境メタゲノム等から見出された配列であって、上記能力を有する酵素であっても良い。
【0022】
Enterobacteriaceaeに属する微生物は、Citrobacter属、Pantoea属、Klebsiella属のいずれかの属に属する微生物であってよい。
Citrobacter属に属する微生物として、C. freundii、C. koseri、C. youngaeが挙げられる。
Pantoea属に属する微生物として、P. ananatis、P. allii、P. agglomeransが挙げられる。
Klebsiella属に属する微生物として、K. oxytoca、K. africana、K. quasivariicola、K. werkmaniiが挙げられる。
【0023】
Clostridiaceaeに属する微生物は、Clostridium属、Tindallia属のいずれかの属に属する微生物であってよい。
Clostridium属に属する微生物として、C. saccharolyticum、C. tetani、 C. tetanomorphum、 C. malenominatum、C. cochlearium、C. liquoris、C. pascui、C. cadaverisが挙げられる。
Tindallia属に属する微生物として、T. cariforniensis、T. magadiensis、T. texcoconensisが挙げられる。
【0024】
Fusobacteriaceaeに属する微生物は、Fusobacterium属に属する微生物であってよい。 Fusobacteriumに属する微生物として、F. varium、F. necrophorum、F. nucleatum、F. russiiが挙げられる。
【0025】
Morganellaceaeに属する微生物は、Morganella属に属する微生物であってよい。
Morganella属に属する微生物として、M. morganii、M. psychrotoleransが挙げられる。
【0026】
Pasteurellaceaeに属する微生物は、Aggregatibacter属、Pasteurella属のいずれかに属する微生物であってよい。
Aggregatibacter属に属する微生物として、A. actinomycetemcomitans、A. aphrophilus、A. kilianiiが挙げられる。
Pasteurella属に属する微生物として、P. multocida、P. skyensisが挙げられる。
【0027】
チロシンフェノールリアーゼは、上述の種に由来する野生型酵素にアミノ酸変異を導入し、チロシンからフェノールへの反応を触媒する活性を付与あるいは増強した変異型酵素であってもよい。
【0028】
フェノール産生能を増強するための遺伝子改変が施された遺伝子組換体として、好ましくは、発現可能に導入された7-ホスホ-2-デヒドロ-3-デオキシアラビノヘプトン酸アルドラーゼ遺伝子、トランスケトラーゼ遺伝子、コリスミ酸ムターゼ/プレフェン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子、ホスホエノールピルビン酸シンターゼ遺伝子およびチロシンフェノールリアーゼ遺伝子を有する遺伝子組換体が挙げられる。
さらに、この遺伝子組換体を親株として、該親株に対して導入された遺伝子変異を有する変異株であって、フェノールを含有する培地中での培養で前記親株よりも改善された生育を示し、かつ、バイオマスの発酵に用いられて前記親株よりも増強されたフェノール産生能を示す変異株も、フェノール産生能を増強するための遺伝子改変が施された遺伝子組換体として好ましく用いられ得る。このような変異株は、上記親株に遺伝子変異を導入し、フェノール存在下での培養により親株に比して改善された生育を示す変異株を選択することにより得ることができる。親株への遺伝子変異の導入は、従来公知の手法によって行うことができ、例えばUV変異原を用いた突然変異処理法や、エチルメタンスルホン酸(EMS)等の化学的変異原を用いた突然変異処理法を適用できる。
【0029】
培地は、微生物が増殖可能な、少なくとも一種類の炭素源を含む十分な栄養素を含む液体培地とされる。
培地は、バイオマスを含有していてもよい。バイオマスは、動植物由来の有機性資源であって、エネルギーや物質に再生が可能であり、かつ、化石資源を除く資源を意味する。本開示において、バイオマスは、微生物の発酵に供され得る発酵性糖質を含む資源を特に意味する。発酵性糖質としては、特に限定されないが、グルコース、キシロース、スクロース、デンプン、廃糖蜜、グリセロール、リビトール、及びエリスリトールなどが挙げられる。バイオマスは、これらの発酵性糖質から誘導され得る又はこれらの発酵性糖質の代謝によって生じ得る、脂質、アミノ酸、有機酸及びアルコールを含んでもよい。これらのバイオマスは、1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて使用することができる。
培地中のバイオマスの濃度は、フェノールを産生することができれば特に限定されない。濃度は、例えば、0.05~20(w/v)%、好ましくは0.1~15(w/v)%、より好ましくは0.2~10(w/v)%とされる。0.2(w/v)%以上用いるのは微生物のチロシン産生能が上昇するからであり、10(w/v)%以下とするのはそれ以上添加しても飛躍的な効果の上昇が認められないからである。また、培養中、バイオマスの減少にあわせ、バイオマスの追加添加を行っても良い。
【0030】
微生物の培養は、培地と有機溶剤との混合液中で行われ、撹拌や温度の条件、培養時間等は従来公知の手法に基づき適宜設定され得る。培養は、微生物の増殖を伴うプロセスであっても、増殖を伴わないプロセス(休止菌体反応)であってもよいが、前者であることがより好ましい。培養中、微生物により産生されたフェノールは混合液中へ分泌され、有機溶剤中へ移行する。
【0031】
培地中から有機溶剤中へのフェノールの移行を促進し、かつ、培養中の微生物の生存を阻害しないため、有機溶剤はトリアシルグリセロールが好ましく、トリブチリンがより好ましい。
【0032】
培地中から有機溶剤中へのフェノールの移行を促進し、かつ、培養中の微生物の生存を阻害しないため、混合液中の有機溶剤の比率は、90%以下であることが好ましく、70%以下であることがより好ましく、50%以下であることがさらに好ましい。
【0033】
工程2
本工程では、工程1で得られた培養液を、水相、有機相及び菌体に分離する。
培養液からの水相、有機相及び菌体の分離は、遠心分離や膜分離などの周知の操作を必要に応じて適宜組み合わせて行うことができ、好ましくは遠心分離により行われる。

培養液からの菌体の分離は、ろ過によって行うこともできる。
【0034】
分離された菌体は、工程1の培養に再度供され、工程1-3に循環的に利用され得る。
【0035】
工程3
本工程では、工程2で得られた有機相からフェノールを回収する。
有機相からのフェノールの回収は、ろ過、遠心分離、真空濃縮、イオン交換又は吸着クロマトグラフィー、溶媒抽出、蒸留及び結晶化などの周知の操作を必要に応じて適宜組み合わせて行うことができ、好ましくは蒸留により行われる。
【0036】
フェノールの回収を蒸留により行う場合には、器具(冷却管、ヘ字菅、ト字菅、連結管等)に付着したフェノールを有機溶剤を用いて洗浄することで、フェノールを回収して取得量を向上させることができる。
【0037】
回収したフェノールは、高速液体クロマトグラフィー及びLC/MSなどの通常の方法を用いて検出できる。
出発原料としてバイオマスを用いる場合、得られるフェノールには、原料のバイオマスに由来する炭素14放射性同位体が含まれる。フェノールに含まれる炭素14放射性同位体の含量は、原料中のバイオマスと同等の水準となる。具体的には、構成炭素原子1012個あたり、0.8個以上、好ましくは1個以上の炭素14放射性同位体を含む。
炭素14放射性同位体含量の測定には、公知の手法が利用できるが、例えばガスプロポーショナルカウンティング法、液体シンチレーションカウンティング法、加速器質量分析装置 (AMS)などが利用できる。石油資源を出発原料として得られるメチルフェノールは、炭素14放射性同位体を含まない。
【実施例0038】
[実施例1:フェノール生産反応]
(1)フェノール生産菌培養
フェノール産生菌(フェノール高生産株MCP1.1.1:受託番号:NITE BP-03815)のフリーズストックから一白金耳分を試験管に調製したLB培地(カナマイシン硫酸塩50mg/L含有)が10mL入った50mL培養チューブにとり、30℃、180rpmで20時間振盪培養した。得られた培養液を2×YT培地(1.6% Bacto Tryptone、1% Yeast extract、4% グルコース)400mLを含む1Lジャーファーメンター(エイブル)に植菌量2%となるように植菌し、培養温度30℃、撹拌回転数500rpm、pH=7.0に制御した条件にて培養を開始した。
培養開始6時間後に0.3mM IPTG、100mLトリブチリンを添加し、混合液中での培養を開始した(工程1)。コントロールとして、トリブチリンを添加せずに、通常培養(単一相培養)を行った。グルコースは初発40g/Lで添加し、24、48、82、170時間後に終濃度20g/Lとなるように添加した。
【0039】
MCP1.1.1株は、フェノール高産生株MCP1.1を親株として、化学変異原を用いた突然変異処理法によりフェノール高耐性を示す変異株である。
MCP1.1株は、フェノール産生株MCP1を親株として、紫外線を用いた突然変異処理法によりフェノール高耐性を示す変異株である。
MCP1株は、チロシン高生産株Tyr0に、Citrobacter freundii由来のチロシンフェノールリアーゼ(TPL)を遺伝子導入した遺伝子組み換え株である。
チロシン高生産株Tyr0は、大腸菌BL21(DE3)株に、コリスミ酸ムターゼ/プレフェン酸デヒドロゲナーゼ(tyrA)変異遺伝子(A354V/M531L)、7-ホスホ-2-デヒドロ-3-デオキシアラビノヘプトン酸アルドラーゼ(aroG)変異遺伝子(D146N)、トランスケトラーゼ(tktA)遺伝子及びホスホエノールピルビン酸シンターゼ(ppsA)遺伝子を遺伝子導入した遺伝子組み換え株である。
MCP1.1.1株は、特許法施行規則第27条の2及び3の規定に基づく寄託機関であり、微生物の寄託の国際的承認に関するブダペスト条約に基づく国際寄託当局である、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)(千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に国際寄託されている。上記株の受託番号はNITE BP-03815であり、受領日は2023年1月31日である。
【0040】
(2)フェノール蓄積量の測定
培地中のフェノール蓄積量の測定は、UPLC-MS(Waters)を用いて行なった。カラムにはAcquity UPLC BEH C18 1.7μm 2.1×50mm(Waters)を使用した。移動相として0.1%ギ酸を含む水とアセトニトリル(流速0.2mL/min、カラム温度40℃)を用いて表1に示すグラジエントプログラムにより溶出させ、271nmのUV吸収をモニタリングすることでフェノールを検出、定量した。
【0041】
【表1】
【0042】
フェノール蓄積量の経時的な測定結果を図1に示す。トリブチリンを添加して混合液中での培養を行った場合、フェノール蓄積量が9.4g/Lであり、通常培養(単一相培養)と比して蓄積量が4倍程度増加した。混合液中での培養におけるフェノール蓄積量は、培地液量換算値であり、以下の式で算出した。
フェノール蓄積量=(培地中のフェノール濃度×培地液量+トリブチリン中のフェノール濃度×トリブチリン液量)/培地液量
【0043】
[実施例2:菌体リサイクリング]
(1)菌体回収及びフェノール生産反応
通常培養(単一相培養)終了後及び混合液での培養終了後に得られた培養液(水相)から菌体を遠心分離により回収し(工程2)、LB培地で5回洗浄を行った。菌体をOD600が40-100になるように1mLの2×YT培地(100mM NaPi、4%グルコース、0.3mM IPTG、50mg/L Kan)に懸濁し、再度30℃での培養に供した(工程1)。培養開始48時間後にサンプリングを行い、フェノール蓄積量を測定した。コントロールとして、フリーズストックからの新たな菌体を、同様の操作で培養した。
【0044】
結果を図2に示す。混合液中での培養後に得られた菌体では、コントロールと比して70%以上のフェノール生産性を示した。一方、通常培養(単一相培養)後に得られた菌体では、フェノール生産性が著しく低かった。
【0045】
[実施例3:培養液からのフェノール蒸留回収]
実施例1の混合液中での培養で得られた培養液をフラスコに移し一晩静置した。水相(上相)をデカンテーションで除いた後、有機相(下相)を50mLファルコンチューブに移し、8000rpmで10分間遠心を行った。クリアな有機相のみを回収し、シリンジフィルター(孔径:0.22μm)を通すことで、有機相の滅菌処理を行った。
有機相320 mLに無水硫酸マグネシウム16gを添加し、室温で一晩静置した後、濾紙を用いて硫酸マグネシウムを濾別した。得られた濾液のフェノール濃度をHPLCで測定したところ、フェノール濃度は2.9重量%であり乾燥前と変化が無かった。
【0046】
濾液のフェノール濃度の測定は、HPLC(島津製作所)を用いて行った。カラムにはGLサイエンスInert Sustain C18、3μm-HP、4.6×100mmを使用した。移動相として0.1%リン酸水溶液とアセトニトリル(流速1.0mL/min、カラム温度40℃)を用いて表2に示すグラジエントプログラムにより溶出させ、280nmのUV吸収をモニタリングすることでフェノールを検出、定量した。
【0047】
【表2】
【0048】
50mLのナスフラスコに乾燥後のフェノール含有トリブチリン溶液63.8g(フェノール含有量1.9g)をはかりとり、撹拌子を入れて室温の油浴につけて、へ字菅、スリ付き温度計、リービッヒ冷却管、連結管、マノメーター、減圧調整器、真空ポンプをセットした。リービッヒ冷却管に15℃の循環液を流し、減圧度を5.0kPaに調整して、攪拌及び昇温を開始した。油浴温度が80-120℃の範囲にて、50mLナスフラスコに発泡が見られなくなるまで低沸点成分を回収した。
【0049】
続いて回収容器を変えてから、リービッヒ冷却管に50℃の循環液を流し、減圧度を1.5kPaに調整し、油浴温度が165-170℃の範囲にて、登頂温度が101℃から93℃に下がるまでフェノールを蒸留回収した。減圧及び加熱を停止し、リービッヒ冷却管、連結管に析出したフェノールの結晶をドライヤーで加熱してフラスコに回収し、更にリービッヒ冷却管、連結管に付着したフェノールはアセトンを用いて洗浄して回収した。その回収液からエバポレータを用いてアセトンを留去して得られた結晶とフラスコに回収した結晶を合わせた回収量は0.8gであった。前述したHPLCで定量したところ、回収した結晶0.8g中のフェノール濃度は86.3重量%であったことから、含有フェノール量は0.7gであり、本蒸留によるフェノール回収率は36.8%と算出された。
【0050】
蒸留回収したフェノールを1H―NMRで解析したところ、混入物はトリブチリンのみであることが確認された。
【0051】
[実施例4:培養液からのフェノール蒸留回収2]
50mLのナスフラスコに実施例3で乾燥させたフェノール含有トリブチリン溶液60.3g(フェノール含有量1.8g)をはかりとり、撹拌子を入れて室温の油浴につけて、ディーンスタークトラップ NS14/23、リービッヒ冷却管、マノメーター、減圧調整器、真空ポンプをセットした。リービッヒ冷却管に15℃の循環液を流し、減圧度を5.0kPaに調整して、攪拌及び昇温を開始した。油浴温度が80-120℃の範囲にて、50mLナスフラスコに発泡が見られなくなるまで低沸点成分を回収した。
【0052】
続いてディーンスタークトラップに溜まった液を回収して、アセトンで洗浄してから再度ディーンスタークトラップをセットし、リービッヒ冷却管に50℃の循環液を流し、減圧度を1.5kPaに調整し、油浴温度が160-170℃の範囲にて、ディーンスタークトラップに結晶の析出が観測されなくなるまでフェノールを蒸留回収した。減圧及び加熱を停止し、リービッヒ冷却管に析出したフェノールの結晶をドライヤーで加熱してフラスコに回収し、更にリービッヒ冷却管、連結管に付着したフェノールはアセトンを用いて洗浄して回収した。その回収液からエバポレータを用いてアセトンを留去して得られた結晶とフラスコに回収した結晶を合わせた回収量は1.1gであった。前述したHPLCで定量した所、回収した結晶1.1g中のフェノール濃度は57.8重量%であったことから、含有フェノール量は0.6gであり、本蒸留によるフェノール回収率は33.3%と算出された。
【0053】
蒸留回収したフェノールを1H―NMRで解析したところ、混入物は低沸成分回収時に洗浄に使用したアセトンと、トリブチリンであることを確認した。
【0054】
[実施例5:培養液からのフェノール蒸留回収3]
実施例1の混合液中での培養で得られた培養液をフラスコに移し一晩静置した。水相(上相)をデカンテーションで除いた後、有機相(下相)を50mLファルコンチューブに移し、8000rpmで10分間遠心を行った。クリアな有機相のみを回収し、シリンジフィルター(孔径:0.22μm)を通すことで、有機相の滅菌処理を行った。
有機相400mLに無水硫酸マグネシウム20gを添加し、室温で一晩静置した後、濾紙を用いて硫酸マグネシウムを濾別した。得られた濾液のフェノール濃度をHPLCで測定したところ、フェノール濃度は2.2重量%であり乾燥前と変化が無かった。
【0055】
200mLのナスフラスコに乾燥後のトリブチリン溶液182.7g(フェノール含有量4.0g)及び198.4g(フェノール含有量4.4g)をはかりとり、撹拌子を入れて室温の油浴につけて、ト字菅、スリ付き温度計、リービッヒ冷却管、連結管、マノメーター、減圧調整器、真空ポンプをセットした。リービッヒ冷却管に15℃の循環液を流し、減圧度を5.0kPaに調整して、攪拌及び昇温を開始した。油浴温度が80-120℃の範囲にて、200mLナスフラスコに発泡が見られなくなるまで低沸点成分を回収した。
【0056】
続いて回収容器を変えてから、リービッヒ冷却管に50℃の循環液を流し、減圧度を1.5kPaに調整し、油浴温度が160-165℃の範囲にて、登頂温度が50℃から46℃に下がるまでフェノールを蒸留回収した。減圧及び加熱を停止し、リービッヒ冷却管、連結管に析出したフェノールの結晶をドライヤーで加熱してフラスコに回収し、更にリービッヒ冷却管、連結管に付着したフェノールはアセトンを用いて洗浄して回収した。その回収液からエバポレータを用いてアセトンを留去して得られた結晶とフラスコに回収した結晶を合わせた回収量は1.7g及び1.2gであった。前述したHPLCで定量したところ、回収した結晶1.7g及び1.2g中のフェノール濃度はそれぞれ88.1重量%、96.4重量%であったことから、含有フェノール量は1.5g及び1.2gであり、本蒸留によるフェノール回収率は37.5%及び27.3%であった。
【0057】
[実施例6:フェノールの再蒸留]
10mLのナスフラスコに実施例3-実施例5で蒸留回収したフェノール、及び冷却管などの付着物洗浄液から回収したフェノールを合わせた5.8g(HPLCによるフェノール濃度は72.9重量%、フェノール含有量4.2g)をはかりとり、撹拌子を入れて室温の油浴につけて、金網を設置したト字菅、リービッヒ冷却管、連結管、マノメーター、減圧調整器、真空ポンプをセットした。リービッヒ冷却管に50℃の循環液を流し、減圧度を1.5kPaに調整し、90℃の油浴にて、回収フラスコに結晶の析出が観測されなくなるまでフェノールを蒸留回収した。減圧及び加熱を停止し、リービッヒ冷却管、連結管に析出したフェノールの結晶をドライヤーで加熱してフラスコに回収し、更にト字管、リービッヒ冷却管、連結管に付着したフェノールはアセトンを用いて洗浄して回収した。その回収液からエバポレータを用いてアセトンを留去して得られた結晶とフラスコに回収した結晶を合わせた回収量は4.1gであった。
【0058】
得られた白色固体4.1gをHPLCで定量したところ、フェノール濃度は91.6重量%であったことから、含有フェノール量は3.8gであり、本蒸留によるフェノール回収率は89.4%と算出された。
【0059】
[実施例7:フェノールの再々蒸留]
10mLのナスフラスコに実施例6で得られた白色固体のうち3.9gをはかりとり、撹拌子を入れて室温の油浴につけて、金網を設置したト字菅、リービッヒ冷却管、連結管、マノメーター、減圧調整器、真空ポンプをセットした。リービッヒ冷却管に50℃の循環液を流し、減圧度を1.5kPaに調整し、87℃の油浴にて、初留のフェノールを回収フラスコに結晶の析出が観測されなくなるまで蒸留回収した。減圧及び加熱を停止し、リービッヒ冷却管、連結管に析出したフェノールの結晶をドライヤーで加熱してフラスコに回収し、回収量は0.40gであった。
【0060】
続いて回収容器を変えてから、リービッヒ冷却管に50℃の循環液を流し、減圧度を1.5kPaに調整し、90℃の油浴にて、後留のフェノールを回収フラスコに結晶の析出が観測されなくなるまで蒸留回収した。減圧及び加熱を停止し、リービッヒ冷却管、連結管に析出したフェノールの結晶をドライヤーで加熱してフラスコに回収し、更にリービッヒ冷却管、連結管に付着したフェノールはアセトンを用いて洗浄して回収した。その回収液からエバポレータを用いてアセトンを留去して得られた結晶とフラスコに回収した結晶を合わせた回収量は1.4gであった。
【0061】
初留として回収した結晶0.40gをHPLCで定量した所、フェノール濃度は98.6重量%であったことから、含有フェノール量は0.39gであり、本蒸留によるフェノール回収率は11.1%と算出された。後留として回収した結晶1.4gをHPLCで定量したところ、フェノール濃度は96.3重量%であったことから、含有フェノール量は1.3gであり、本蒸留によるフェノール回収率は33.3%と算出された。
【0062】
蒸留回収したフェノールを1H―NMRで解析した所、初留回収物はほぼ純品であることが確認され、後留回収物は混入物がトリブチリンのみであることを確認した。
図1
図2