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特開2024-12184昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法、昆虫の匂い応答に対する阻害剤、昆虫阻害システム、及び昆虫阻害方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024012184
(43)【公開日】2024-01-25
(54)【発明の名称】昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法、昆虫の匂い応答に対する阻害剤、昆虫阻害システム、及び昆虫阻害方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20240118BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20240118BHJP
   A01P 19/00 20060101ALN20240118BHJP
   A01N 31/08 20060101ALN20240118BHJP
【FI】
C12Q1/02 ZNA
G01N33/50 Z
A01P19/00
A01N31/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】35
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023115895
(22)【出願日】2023-07-14
(31)【優先権主張番号】P 2022114316
(32)【優先日】2022-07-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】000002853
【氏名又は名称】ダイキン工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】光野 秀文
(72)【発明者】
【氏名】祐川 侑司
(72)【発明者】
【氏名】二木 佐和子
(72)【発明者】
【氏名】中條 卓也
(72)【発明者】
【氏名】神崎 亮平
(72)【発明者】
【氏名】黒田 枝里
(72)【発明者】
【氏名】北園 茜
(72)【発明者】
【氏名】田中 利夫
(72)【発明者】
【氏名】黒井 聖史
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4H011
【Fターム(参考)】
2G045AA40
2G045CB17
2G045FB04
4B063QA05
4B063QQ08
4B063QR41
4B063QS36
4B063QX02
4H011AC07
4H011BB03
4H011BC03
4H011DA12
(57)【要約】
【課題】昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法を提供する。
【解決手段】昆虫の嗅覚受容体及び嗅覚受容体の共受容体の少なくとも一方を発現している匂い検出構造体を用意することと、嗅覚受容体に対応する匂い物質と、複数の阻害剤候補物質のそれぞれを、匂い検出構造体に与えることと、匂い検出構造体内へのイオンの流入に基づいて、複数の阻害剤候補物質をスクリーニングすることと、を含む。昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
昆虫の嗅覚受容体及び前記嗅覚受容体の共受容体の少なくとも一方を発現している匂い検出構造体を用意することと、
前記嗅覚受容体に対応する匂い物質と、複数の阻害剤候補物質のそれぞれを、前記匂い検出構造体に与えることと、
前記匂い検出構造体内へのイオンの流入に基づいて、前記複数の阻害剤候補物質をスクリーニングすることと、
を含む、昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項2】
前記嗅覚受容体が1-オクテン-3-オールの受容体であり、前記匂い物質が1-オクテン-3-オールである、請求項1に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項3】
前記昆虫がゴキブリである、請求項1に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項4】
昆虫の触角を用意することと、
前記昆虫の触角を刺激する刺激物質と、前記スクリーニングで選別された阻害剤候補物質を、前記昆虫の触角に与えることと、
前記昆虫の触角の反応を検出することと、
をさらに含む、請求項1に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記刺激物質がボンビコールである、請求項4に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項6】
前記昆虫の触角がガの触角である、請求項4に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項7】
前記ガがカイコガである、請求項6に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項8】
前記嗅覚受容体が1-オクテン-3-オールの受容体であり、
前記匂い物質が1-オクテン-3-オールであり、
前記刺激物質がボンビコールであり、
前記昆虫の触角がガの触角である、
ガのフェロモンへの応答に対する阻害剤をスクリーニングするための、請求項4に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項9】
前記昆虫の触角の反応を検出することにおいて、前記触角の電位を検出する、請求項4に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項10】
昆虫を用意することと、
前記昆虫を刺激する刺激物質と、前記スクリーニングで選別された阻害剤候補物質を、前記昆虫に与えることと、
前記昆虫の反応を検出することと、
をさらに含む、請求項1に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項11】
前記刺激物質がボンビコールである、請求項10に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項12】
前記昆虫がガである、請求項10に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項13】
前記ガがカイコガである、請求項12に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項14】
前記昆虫がゴキブリである、請求項10に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項15】
前記嗅覚受容体が1-オクテン-3-オールの受容体であり、
前記匂い物質が1-オクテン-3-オールであり、
前記刺激物質がボンビコールであり、
前記昆虫がガである、
ガのフェロモンへの応答に対する阻害剤をスクリーニングするための、請求項10に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項16】
前記昆虫の反応を検出することにおいて、前記昆虫の行動を観察する、請求項10に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項17】
請求項1に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法で得られた昆虫の匂い応答に対する阻害剤であって、
前記匂い検出構造体内へのイオンの流入を37%未満にする、昆虫の匂い応答に対する阻害剤。
【請求項18】
前記匂い検出構造体内へのイオンの流入を20%以下にする、請求項17に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤。
【請求項19】
メチルフェノール誘導体である、請求項17に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤。
【請求項20】
4-イソプロピル-3-メチルフェノールを含む、請求項17に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤。
【請求項21】
4-(tert-ブチル)-2-メチルフェノールを含む、請求項17に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤。
【請求項22】
溶媒が、エタノール、ヘキサン、イソプロピルアルコール、アセトン、DMSO、及び水からなる群から選択される少なくとも一つである、請求項17に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤。
【請求項23】
ガの匂い応答に対する阻害剤である、請求項17に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤。
【請求項24】
前記ガがカイコガである、請求項23に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤。
【請求項25】
ゴキブリの匂い応答に対する阻害剤である、請求項17に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤。
【請求項26】
請求項1に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法で得られた昆虫の匂い応答に対する阻害剤を散布する散布部を備える、昆虫阻害システム。
【請求項27】
前記散布部が、前記昆虫の匂い応答に対する阻害剤を微粒子化する、請求項26に記載の昆虫阻害システム。
【請求項28】
前記散布部が、前記昆虫の匂い応答に対する阻害剤を微粒子化する、二流体ノズル、超音波振動子、圧電素子、及び静電噴霧ノズルからなる群から選択される少なくとも一つを備える、請求項26に記載の昆虫阻害システム。
【請求項29】
前記昆虫の匂い応答に対する阻害剤の溶媒が、エタノール、ヘキサン、イソプロピルアルコール、アセトン、DMSO、及び水からなる群から選択される少なくとも一つである、請求項26に記載の昆虫阻害システム。
【請求項30】
前記昆虫の匂い応答に対する阻害剤が、4-イソプロピル-3-メチルフェノール又は4-(tert-ブチル)-2-メチルフェノールを含む、請求項26に記載の昆虫阻害システム。
【請求項31】
請求項1に記載の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法で得られた昆虫の阻害溶液を散布することを含む、昆虫阻害方法。
【請求項32】
前記散布することにおいて、前記昆虫の匂い応答に対する阻害剤を微粒子化する、請求項31に記載の昆虫阻害方法。
【請求項33】
前記散布することにおいて、二流体ノズル、超音波振動子、圧電素子、及び静電噴霧ノズルからなる群から選択される少なくとも一つで、前記昆虫の匂い応答に対する阻害剤を微粒子化する、請求項31に記載の昆虫阻害方法。
【請求項34】
前記昆虫の匂い応答に対する阻害剤の溶媒が、エタノール、ヘキサン、イソプロピルアルコール、アセトン、DMSO、及び水からなる群から選択される少なくとも一つである、請求項31に記載の昆虫阻害方法。
【請求項35】
前記昆虫の匂い応答に対する阻害剤が、4-イソプロピル-3-メチルフェノール又は4-(tert-ブチル)-2-メチルフェノールを含む、請求項31に記載の昆虫阻害方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は環境技術に関し、昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法、昆虫の匂い応答に対する阻害剤、昆虫阻害システム、及び昆虫阻害方法に関する。
【背景技術】
【0002】
昆虫の習性には多くに嗅覚が関与している(例えば、特許文献1及び非特許文献1参照。)。昆虫の摂食行動、交尾を目的とする雌雄間の誘引、及び産卵場所の選択には、嗅覚が重要な役割を果たしていると考えられている。一方、有害な昆虫を忌避するために、昆虫の嗅覚を阻害したり、昆虫が忌避する匂いを利用したりすることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2021/045233号
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Satoshi Hamada et al., "Giant vesicles functionally expressing membrane receptors for an insect pheromone," Chem. Commun., 2014,50, 2958
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
昆虫の匂い応答に対する効果の高い阻害剤、及び当該阻害剤をスクリーニングする方法が望まれている。そこで、本発明は、昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法、昆虫の匂い応答に対する阻害剤、昆虫阻害システム、及び昆虫阻害方法を提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の態様に係る昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法は、昆虫の嗅覚受容体及び嗅覚受容体の共受容体の少なくとも一方を発現している匂い検出構造体を用意することと、嗅覚受容体に対応する匂い物質と、複数の阻害剤候補物質のそれぞれを、匂い検出構造体に与えることと、匂い検出構造体内へのイオンの流入に基づいて、複数の阻害剤候補物質をスクリーニングすることと、を含む。昆虫の嗅覚受容体は、イオンチャネル型受容体であってもよい。匂い検出構造体は細胞であってもよい。匂い検出構造体は人工の構造体であってもよい。匂い検出構造体は、嗅覚受容体の共受容体を発現していてもよい。
【0007】
上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法において、嗅覚受容体が1-オクテン-3-オールの受容体であり、匂い物質が1-オクテン-3-オールであってもよい。
【0008】
上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法において、昆虫がゴキブリであってもよい。
【0009】
上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法が、昆虫の触角を用意することと、昆虫の触角を刺激する刺激物質と、スクリーニングで選別された阻害剤候補物質を、昆虫の触角に与えることと、昆虫の触角の反応を検出することと、をさらに含んでいてもよい。刺激物質がボンビコールであってもよい。昆虫の触角がガの触角であってもよい。ガがカイコガであってもよい。
【0010】
上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法において、嗅覚受容体が1-オクテン-3-オールの受容体であり、匂い物質が1-オクテン-3-オールであり、刺激物質がボンビコールであり、昆虫の触角がガの触角であってもよい。上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法が、ガのフェロモンへの応答に対する阻害剤をスクリーニングするための方法であってもよい。
【0011】
上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法において、昆虫の触角の反応を検出することにおいて、触角の電位を検出してもよい。
【0012】
上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法が、昆虫を用意することと、昆虫を刺激する刺激物質と、スクリーニングで選別された阻害剤候補物質を、昆虫に与えることと、昆虫の反応を検出することと、をさらに含んでいてもよい。刺激物質がボンビコールであってもよい。昆虫がガであってもよい。ガがカイコガであってもよい。昆虫がゴキブリであってもよい。ゴキブリがワモンゴキブリであってもよい。
【0013】
上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法において、嗅覚受容体が1-オクテン-3-オールの受容体であり、匂い物質が1-オクテン-3-オールであり、刺激物質がボンビコールであり、昆虫がガであってもよい。上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法が、ガのフェロモンへの応答に対する阻害剤をスクリーニングするための方法であってもよい。
【0014】
上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法において、昆虫の反応を検出することにおいて、昆虫の行動を観察してもよい。昆虫の行動が羽ばたき行動であってもよい。昆虫の行動が探索行動であってもよい。
【0015】
本発明の態様に係る昆虫の匂い応答に対する阻害剤は、匂い検出構造体内へのイオンの流入を37%未満にする、昆虫の匂い応答に対する阻害剤である。
【0016】
本発明の態様に係る昆虫の匂い応答に対する阻害剤は、上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法で得られた昆虫の匂い応答に対する阻害剤であって、匂い検出構造体内へのイオンの流入を37%未満にする、昆虫の匂い応答に対する阻害剤である。
【0017】
上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤が、匂い検出構造体内へのイオンの流入を20%以下にしてもよい。
【0018】
上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤が、メチルフェノール誘導体であってもよい。
【0019】
上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤が、4-イソプロピル-3-メチルフェノールを含んでいてもよい。
【0020】
上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤が、4-(tert-ブチル)-2-メチルフェノールを含んでいてもよい。
【0021】
上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤において、溶媒が、エタノール、ヘキサン、イソプロピルアルコール、アセトン、DMSO、及び水からなる群から選択される少なくとも一つであってもよい。
【0022】
上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤が、ガの匂い応答に対する阻害剤であってもよい。ガがカイコガであってもよい。上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤が、ゴキブリの匂い応答に対する阻害剤であってもよい。ゴキブリがワモンゴキブリであってもよい。
【0023】
本発明の態様に係る昆虫阻害システムは、昆虫の匂い応答に対する阻害剤を散布する散布部を備える。昆虫の匂い応答に対する阻害剤は、上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤であってもよい。
【0024】
本発明の態様に係る昆虫阻害システムは、上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法で得られた昆虫の匂い応答に対する阻害剤を散布する散布部を備える。
【0025】
上記の昆虫阻害システムにおいて、散布部が、昆虫の匂い応答に対する阻害剤を微粒子化してもよい。
【0026】
上記の昆虫阻害システムにおいて、散布部が、昆虫の匂い応答に対する阻害剤を微粒子化する、二流体ノズル、超音波振動子、圧電素子、及び静電噴霧ノズルからなる群から選択される少なくとも一つを備えていてもよい。
【0027】
上記の昆虫阻害システムにおいて、昆虫の匂い応答に対する阻害剤の溶媒が、エタノール、ヘキサン、イソプロピルアルコール、アセトン、DMSO、及び水からなる群から選択される少なくとも一つであってもよい。
【0028】
上記の昆虫阻害システムにおいて、昆虫の匂い応答に対する阻害剤が、4-イソプロピル-3-メチルフェノール又は4-(tert-ブチル)-2-メチルフェノールを含んでいてもよい。
【0029】
本発明の態様に係る昆虫阻害方法は、昆虫の阻害溶液を散布することを含む。昆虫の匂い応答に対する阻害剤は、上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤であってもよい。
【0030】
本発明の態様に係る昆虫阻害方法は、上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法で得られた昆虫の阻害溶液を散布することを含む。
【0031】
上記の昆虫阻害方法において、散布することにおいて、昆虫の匂い応答に対する阻害剤を微粒子化してもよい。
【0032】
上記の昆虫阻害方法において、散布することにおいて、二流体ノズル、超音波振動子、圧電素子、及び静電噴霧ノズルからなる群から選択される少なくとも一つで、昆虫の匂い応答に対する阻害剤を微粒子化してもよい。
【0033】
上記の昆虫阻害方法において、昆虫の匂い応答に対する阻害剤の溶媒が、エタノール、ヘキサン、イソプロピルアルコール、アセトン、DMSO、及び水からなる群から選択される少なくとも一つであってもよい。
【0034】
上記の昆虫阻害方法において、昆虫の匂い応答に対する阻害剤が、4-イソプロピル-3-メチルフェノール又は4-(tert-ブチル)-2-メチルフェノールを含んでいてもよい。
【発明の効果】
【0035】
本発明によれば、昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法、昆虫の匂い応答に対する阻害剤、昆虫阻害システム、及び昆虫阻害方法を提供可能である。
【図面の簡単な説明】
【0036】
図1】実施形態に係る嗅覚受容体を匂い検出細胞に発現させる方法を示す模式図である。
図2】実施形態に係る匂い検出細胞を均一化する方法を示す模式図である。
図3】実施形態に係る複数の嗅覚受容体を匂い検出細胞に発現させる方法を示す模式図である。
図4】実施形態に係る複数の嗅覚受容体を匂い検出細胞に発現させる方法を示す模式図である。
図5】実施形態に係る昆虫阻害システムの模式図である。
図6】実施形態に係る昆虫阻害システムの模式図である。
図7】実施形態に係る昆虫阻害システムの模式図である。
図8】実施形態に係る昆虫阻害システムの模式図である。
図9】実施例に係る匂い検出細胞が発する蛍光の強度の時間変化を示すグラフである。
図10】実施例に係る昆虫の匂い応答に対する阻害剤及び阻害剤候補物質の濃度と、匂い検出細胞が発する蛍光の正規化された強度と、の関係を示すグラフである。
図11】実施例に係る昆虫の匂い応答に対する阻害剤候補物質の濃度と、匂い検出細胞が発する蛍光の正規化された強度と、の関係を示すグラフである。
図12】実施例に係る昆虫の匂い応答に対する阻害剤及び阻害剤候補物質の濃度と、匂い検出細胞が発する蛍光の正規化された強度と、の関係を示すグラフである。
図13】実施例に係る昆虫の匂い応答に対する阻害剤及び阻害剤候補物質と、匂い検出細胞が発する蛍光の正規化された強度と、の関係を示すグラフである。
図14】実施例に係るEAGの計測方法を示す写真である。
図15】実施例に係る触角の電位の時間変化を示すグラフである。
図16】実施例に係る触角の電位の時間変化を示すグラフである。
図17】実施例に係る複数濃度のボンビコールに対する昆虫の応答を示す表である。
図18】実施例に係る阻害剤を昆虫に与えた後の複数濃度のボンビコールに対する昆虫の応答を示す表である。
図19】実施例に係る複数濃度のボンビコールに対する昆虫の応答を示す表である。
図20】実施例に係る阻害剤候補物質を昆虫に与えた後の複数濃度のボンビコールに対する昆虫の応答を示す表である。
図21】実施例に係る複数濃度のボンビコールに対する昆虫の応答を示す表である。
図22】実施例に係る阻害剤候補物質を昆虫に与えた後の複数濃度のボンビコールに対する昆虫の応答を示す表である。
図23】実施例に係る昆虫の匂い応答に対する阻害剤及び阻害剤候補物質の濃度と、匂い検出細胞が発する蛍光の正規化された強度と、の関係を示すグラフである。
図24】実施例に係るゴキブリの配偶行動を観察するためのコンテナの写真である。
図25】実施例に係るフェロモンを含ませたろ紙片又はアルミ片へのゴキブリのアクセス数を示すグラフである。
図26】実施例に係るフェロモンを含ませたろ紙片又はアルミ片へのゴキブリのアクセス数を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0037】
実施形態に係る昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法は、昆虫の嗅覚受容体及び嗅覚受容体の共受容体の少なくとも一方を発現している匂い検出構造体を用意することと、嗅覚受容体に対応する匂い物質と、複数の阻害剤候補物質のそれぞれを、匂い検出構造体に与えることと、匂い検出構造体内へのイオンの流入に基づいて、複数の阻害剤候補物質をスクリーニングすることと、を含む。
【0038】
匂い検出構造体は、細胞であってもよいし、人工の構造体であってもよい。
【0039】
匂い検出構造体が細胞である場合、匂い検出細胞は、細胞膜に嗅覚受容体を発現している。匂い検出細胞において、嗅覚受容体は天然に発現されていてもよいし、導入遺伝子によって発現されていてもよい。嗅覚受容体は、昆虫の嗅覚受容体であってもよい。
【0040】
匂い検出細胞は、昆虫細胞であってもよい。昆虫細胞は、ヨトウガ(Spodoptera frugiperda)及びイラクサギンウワバ(Trichoplusia ni)等のガ由来の細胞であってもよい。ヨトウガ由来の細胞の例としては、Sf21及びSf9が挙げられる。Sf21細胞は、卵巣細胞由来である。Sf21細胞は、無限分裂し、導入した遺伝子を永続的に発現する安定発現系統を樹立することが可能である。また、Sf21細胞は、18℃から40℃の広い温度範囲で生存可能であり、培養液のpHを調整するための二酸化炭素も不要である。Sf21細胞は、本来、嗅覚受容体を有しないが、嗅覚受容体の遺伝子を導入することにより、嗅覚受容体を発現させることが可能である。Sf9細胞は、Sf21のクローンである。イラクサギンウワバ由来の細胞の例としては、High Five及びTniが挙げられる。Tni由来細胞は、卵巣細胞由来である。
【0041】
あるいは、昆虫細胞は、ショウジョウバエ由来の細胞であってもよい。ショウジョウバエ由来の細胞の例としては、Drosophila S2細胞が挙げられる。またあるいは、昆虫細胞は、ゴキブリ由来の細胞であってもよい。
【0042】
嗅覚受容体は、イオンチャネル型受容体である。嗅覚受容体は、Gタンパク質共役型受容体であってもよいし、イオンチャネル型受容体であってもよい。イオンチャネル型受容体は、匂い分子であるリガンドと相互作用する部位と、イオンが流入する部位と、を有する。匂い検出細胞のイオンチャネル型受容体がリガンドと結合すると、匂い検出細胞内にナトリウムイオンやカルシウムイオン等の陽イオンが流入する。匂い検出細胞において、イオンの流入は、リガンドの結合から数10ミリ秒程度で生じ得る。流入するイオンの量は多く、1個のリガンドの結合に対し、細胞内に流入するイオンの量は107個ともいわれている。
【0043】
一般に、特定の種類の嗅覚受容体は、特定の匂い分子に対する特異性を有する。匂い検出細胞において、1種類の匂い分子に対応する1種類の嗅覚受容体のみを発現させてもよいし、複数種類の匂い分子に対応する複数種類の嗅覚受容体を発現させてもよい。また、発現させる嗅覚受容体の量を調整してもよい。昆虫の嗅覚受容体は、ハエ、カ、ガ、ハチ、シラミ、及びゴキブリ等の多くの昆虫種で類似した匂い物質の受容のしくみを備えている。したがって、ある特定の昆虫の嗅覚受容体に対する阻害剤は、昆虫全般の嗅覚受容体に対する阻害剤として機能し得る。
【0044】
匂い検出構造体は、嗅覚受容体とともに、嗅覚受容体の共受容体を発現していてもよい。共受容体は、嗅覚受容体とヘテロ複合体を形成して、匂い物質の受容体として機能する。昆虫の共受容体も、ハエ、カ、ガ、ハチ、シラミ、及びゴキブリ等の多くの昆虫種で類似した匂い物質の受容のしくみを備えている。したがって、ある特定の昆虫の嗅覚受容体の共受容体に対する阻害剤は、昆虫全般の嗅覚受容体の共受容体に対する阻害剤として機能し得る。
【0045】
嗅覚受容体の例としては、ショウジョウバエの受容体であって、カビ臭であるゲオスミンの受容体であるDmOr56a、ショウジョウバエの受容体であって、芳香あるいは果実臭を有する酢酸ゲラニルの受容体であるDmOr82a、ショウジョウバエの受容体であって、ヒトの汗の臭いを有する2-メチルフェノール(o-クレゾール)の受容体であるDmOr49b、ショウジョウバエの受容体であって、カビ臭である1-オクテン-3-オール(1-octen-3-ol)の受容体であるDmOr13a、カイコガの性フェロモンであるボンビコール(Bombykol)の受容体であるBmOR1、カイコガの性フェロモンの副成分であるボンビカール(Bombykal)の受容体であるBmOR3、キイロショウジョウバエの一般臭受容体であるDmOr85b、及びコナガの性フェロモン受容体であるPxOR1が挙げられるが、これらに限定されない。なお、「ゲオスミン」は「ジェオスミン」とも呼ばれる。
【0046】
遺伝子工学的に嗅覚受容体を匂い検出細胞に発現させる場合、例えば、図1に示すように、嗅覚受容体をコードする遺伝子をベクターに組み込み、構築されたベクターを宿主細胞にトランスフェクトさせてもよい。嗅覚受容体をコードする遺伝子は、例えば、昆虫の嗅覚器官からmRNAを抽出し、cDNAを合成して単離することができる。単離されたcDNAから、PCRプライマーを用いて、嗅覚受容体をコードする遺伝子の一部をPCR法にて増幅することが可能である。
【0047】
嗅覚受容体をコードする遺伝子の一部は、合成した二本鎖cDNAを適当なベクターに組み込み、当該ベクターを用いて大腸菌等を形質転換してcDNAライブラリーを作製することによっても取得することができる。cDNAは、制限酵素とリガーゼを用いる通常の方法、例えば、得られたcDNAを制限酵素で切断し、ベクターDNAの制限酵素部位に挿入してベクターに連結する方法によって、ベクターに組込むことができる。
【0048】
嗅覚受容体に対応する匂い物質とは、嗅覚受容体と特異的に反応する匂い物質である。DmOr56aに対応する匂い物質は、ゲオスミンである。DmOr82aに対応する匂い物質は、酢酸ゲラニルである。DmOr49bに対応する匂い物質は、2-メチルフェノール(o-クレゾール)である。DmOr13aに対応する匂い物質は、1-オクテン-3-オール(1-octen-3-ol)である。BmOR1に対応する匂い物質は、ボンビコール(Bombykol)である。BmOR3に対応する匂い物質は、ボンビカール(Bombykal)である。PxOR1に対応する匂い物質は、コナガの性フェロモンである。
【0049】
匂い検出細胞内において、イオンに応じて蛍光強度が変化する蛍光タンパク質が発現していてもよい。上述したように、匂い検出細胞において、イオンチャネル型嗅覚受容体に匂い分子が結合すると、匂い検出細胞内にイオンが流れる。したがって、イオンに応じて蛍光強度が変化する蛍光タンパク質を発現させる遺伝子を匂い検出細胞に導入することにより、蛍光強度の変化、あるいは蛍光強度変化率から、匂い検出細胞が匂い分子を検出しているか否かを確認することが可能である。蛍光タンパク質の例としては、カルシウムイオンと反応して蛍光を発するGCaMP3、GCaMP6s、及びエクオリンが挙げられる。
【0050】
嗅覚受容体と匂い分子が反応すると、匂い検出細胞内に流入するイオンの濃度が高くなり、多くの蛍光タンパク質が蛍光を発する。そのため、匂い検出細胞が発する蛍光強度が強くなる。嗅覚受容体と匂い分子の反応が阻害物質により阻害されると、匂い検出細胞内に流入するイオンの濃度が低くなるか、ゼロになり、少ない蛍光タンパク質が蛍光を発するか、蛍光が発せられなくなる。そのため、匂い検出細胞が発する蛍光強度が弱くなるか、無くなる。したがって、匂い検出細胞内へのイオンの流入に対応する蛍光強度に基づき、嗅覚受容体と匂い分子の反応が阻害物質で阻害されているか否かを評価することが可能である。
【0051】
匂い検出細胞内へのイオンの流入を、電気的に測定してもよい。例えば、匂い検出細胞の近傍に、ソース電極、ドレイン電極、及びゲート電極を備えるトランジスターを配置する。嗅覚受容体と匂い分子が反応し、匂い検出細胞内へイオンが流入すると、トランジスターのゲート電極のゲート電位が変位し、ソース電極及びドレイン電極の間を流れるドレイン電流に変調が生じる。嗅覚受容体と匂い分子の反応が阻害物質により阻害されると、匂い検出細胞内に流入するイオンの濃度が低くなるか、ゼロになり、ドレイン電流の変調が低くなるか、無くなる。したがって、匂い検出細胞内へのイオンの流入に対応するトランジスターのドレイン電流の変調を検出することによって、嗅覚受容体と匂い分子の反応が阻害物質で阻害されているか否かを評価することが可能である。
【0052】
匂い検出細胞は、(a)嗅覚受容体を有する細胞群から一部の細胞を選択し、(b)選択された細胞を増殖し、(c)増殖した細胞の匂い物質への応答性を確認することの(a)工程から(c)工程を複数実施し、匂い物質への応答性が基準値以上の増殖した細胞から選択されてもよい。(a)工程で選択される細胞は、単一の細胞(シングルセル)であってもよい。
【0053】
あるいは、匂い検出細胞は、(a)嗅覚受容体を有する細胞群から一部の細胞を選択し、(b)選択された細胞を増殖し、(c)増殖した細胞の匂い物質への応答性を確認することの(a)工程から(c)工程を複数実施し、匂い物質への応答性が最も高い増殖した細胞から選択されてもよい。(a)工程で選択される細胞は、単一の細胞(シングルセル)であってもよい。
【0054】
具体的には、図2に示すように、嗅覚受容体を有し、蛍光タンパク質を発現している細胞系統群の希釈を繰り返すことにより、単一又は少数の細胞を選択し、選択した細胞を培養して増殖させることにより、細胞系統を樹立してもよい。当該工程を複数実施することにより、複数の細胞系統が樹立される。樹立された複数の細胞系統のうち、匂い物質への応答性が所定の基準値以上の細胞系統を、匂い検出細胞として使用してもよい。あるいは、樹立された複数の細胞系統のうち、匂い物質への応答性が最も高い細胞系統を、匂い検出細胞として使用してもよい。
【0055】
図3及び図4に示すように、樹立した嗅覚受容体を発現している細胞に、さらに別の嗅覚受容体を発現させてもよい。すなわち、上記の方法等で樹立した第1の嗅覚受容体を発現している細胞に、さらに第2の嗅覚受容体を発現させてもよい。例えば、第2の嗅覚受容体をコードする遺伝子をベクターに組み込み、構築されたベクターを第1の嗅覚受容体を発現している細胞にトランスフェクトさせることにより、第1の嗅覚受容体及び第2の嗅覚受容体を発現している細胞を樹立することが可能である。第1の嗅覚受容体を発現している細胞に、さらに複数の異なる嗅覚受容体を発現させてもよい。図3は、第1の嗅覚受容体としてOr56aを発現している細胞に、第2の嗅覚受容体であるOr-Xの遺伝子を含むベクターと、抗生物質耐性遺伝子を含むベクターと、を導入する例を示している。図4は、第1の嗅覚受容体としてOr56aを発現している細胞に、第2の嗅覚受容体であるOr-Xの遺伝子と抗生物質耐性遺伝子の両方を含むベクターを導入する例を示している。
【0056】
匂い検出構造体が、人工の構造体である場合、人工の構造体は、細胞を模様していてもよい。人工の構造体は、例えば、膜を備えるベシクルを備え、膜に配置された嗅覚受容体を備える。人工の構造体は、膜内にイオンの濃度に応じて蛍光を発する蛍光タンパク質を備えていてもよい。人工の構造体は、例えば、非特許文献1を参照して製造することが可能である。
【0057】
匂い物質と複数の阻害剤候補物質のそれぞれを、匂い検出構造体に同時に与えてもよい。あるいは、匂い物質を匂い検出構造体に与えた後に、複数の阻害剤候補物質のそれぞれを匂い検出構造体に与えてもよい。またあるいは、複数の阻害剤候補物質のそれぞれを匂い検出構造体に与えた後に、匂い物質を匂い検出構造体に与えてもよい。匂い物質により生じ得る匂い検出構造体内へのイオンの流入を阻害した阻害剤候補物質が、昆虫の匂い応答に対する阻害剤として選別される。
【0058】
匂い検出構造体を用いてスクリーニングされた複数の阻害剤候補物質を、さらにスクリーニングしてもよい。例えば、実施形態に係る昆虫の匂い応答に対する阻害剤のスクリーニング方法は、昆虫又は昆虫の一部を用意することと、昆虫又は昆虫の一部を刺激する刺激物質と、上記のスクリーニングで選別された阻害剤候補物質を、昆虫又は昆虫の一部に与えることと、昆虫又は昆虫の一部の反応を検出することと、をさらに含む。
【0059】
昆虫の例としては、ガ、ゴキブリ、カ、ハエ、ハチ、及びシラミなどが挙げられる。ガの例としては、カイコガ、コナガ、アワヨトウ、及びメイガが挙げられる。ゴキブリの例としては、トウヨウゴキブリ、チャバネゴキブリ、ワモンゴキブリ、コワモンゴキブリ、トビイロゴキブリ、クロゴキブリ、ヤマトゴキブリ、ウルシゴキブリ、及びスズキゴキブリが挙げられる。昆虫の一部の例としては、触角、吻、脚、及び翅が挙げられる。
【0060】
昆虫又は昆虫の一部に対する刺激物質の例としては、ボンビコール、ペリプラノンA、ペリプラノンB、及び1-オクテン-3-オールが挙げられる。
【0061】
刺激物質と複数の阻害剤候補物質のそれぞれを、昆虫又は昆虫の一部に同時に与えてもよい。あるいは、刺激物質を昆虫又は昆虫の一部体に与えた後に、複数の阻害剤候補物質のそれぞれを昆虫又は昆虫の一部に与えてもよい。またあるいは、複数の阻害剤候補物質のそれぞれを昆虫又は昆虫の一部に与えた後に、刺激物質を昆虫又は昆虫の一部に与えてもよい。
【0062】
昆虫の反応を検出することにおいて、昆虫の行動を観察してもよい。刺激物質により生じ得る昆虫の行動を阻害した阻害剤候補物質が、昆虫の匂い応答に対する阻害剤として選別される。昆虫の行動の例としては、羽ばたき行動、探索行動、及び配偶行動が挙げられる。また、昆虫の触角の反応を検出することにおいて、触角の電位を検出してもよい。刺激物質により生じ得る触角の電位の変化を阻害した阻害剤候補物質が、昆虫の匂い応答に対する阻害剤として選別される。
【0063】
実施形態に係る昆虫の匂い応答に対する阻害剤は、匂い検出構造体内へのイオンの流入を37%未満、35%以下、30%以下、25%以下、20%以下、あるいは20%未満にし得る。例えば、匂い検出構造体内の蛍光強度を観察することにより、匂い検出構造体内へのイオンの流入を評価する場合、実施形態に係る昆虫の匂い応答に対する阻害剤は、阻害剤がないときの匂い分子により生じる蛍光の強度に対し、蛍光の強度を37%未満、35%以下、30%以下、25%以下、20%以下、あるいは20%未満にし得る。匂い検出構造体近傍のトランジスターのドレイン電流を観察することにより、匂い検出構造体内へのイオンの流入を評価する場合、実施形態に係る昆虫の匂い応答に対する阻害剤は、阻害剤がないときの匂い分子により生じるドレイン電流の変調に対し、ドレイン電流の変調を37%未満、35%以下、30%以下、25%以下、20%以下、あるいは20%未満にし得る。なお、イオン流入、あるいはドレイン電流の低下の割合は、実施形態に係る蛍光強度の低下の割合と関連する値としてもよい。
【0064】
昆虫の匂い応答に対する阻害剤は、例えば、メチルフェノール誘導体である。昆虫の匂い応答に対する阻害剤は、下記化学式1に示す4-イソプロピル-3-メチルフェノールを含んでいてもよい。昆虫の匂い応答に対する阻害剤は、下記化学式2に示す4-(tert-ブチル)-2-メチルフェノールを含んでいてもよい。昆虫の匂い応答に対する阻害剤は、下記化学式3に示す2-イソプロピル―6-メチルフェノールを含んでいてもよい。昆虫の匂い応答に対する阻害剤は、下記化学式4に示す2,4-ジイソプロピルフェノールを含んでいてもよい。昆虫の匂い応答に対する阻害剤は、下記化学式5に示す2-tert-ブチル-4-メチルフェノールを含んでいてもよい。
【0065】
【化1】
【化2】
【化3】
【化4】
【化5】
【0066】
昆虫の匂い応答に対する阻害剤は、ケイ皮酸誘導体を含んでいてもよい。ケイ皮酸誘導体の例としては、トランスケイ皮酸メチル、及びトランスケイ皮酸tertブチルが挙げられる。
【0067】
昆虫の匂い応答に対する阻害剤の溶媒の例としては、エタノール、ヘキサン、イソプロピルアルコール、アセトン、DMSO、及び水が挙げられる。実施形態に係る昆虫の匂い応答に対する阻害剤は、例えば、ガの匂い応答に対する阻害剤として使用可能である。ガは、カイコガであってもよい。
【0068】
実施形態に係る昆虫阻害システムは、図5に示すように、昆虫の匂い応答に対する阻害剤を散布する散布部20を備える。昆虫の匂い応答に対する阻害剤は、上記の昆虫の匂い応答に対する阻害剤であってもよい。散布部20は、例えば、昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液を貯留する貯留部21、昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液を微粒化する微粒子化部22、及び微粒化された昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液を吹き出す吹出部23を備える。溶液の溶媒は、上記の溶媒であってもよい。
【0069】
貯留部21は、例えばタンクであり、本体21aと蓋21bを備える。微粒子化部22は、例えば、貯留部21内に配置された、液体と気体の二流体を混合し微粒化する二流体ノズル25を備える。吹出部23は、蓋21bに設けられていてもよい。
【0070】
二流体ノズル25には、気体が流入する気体流入口25aと、貯留部21内の昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液が流入する溶液流入口25bが設けられている。気体は、例えば、高圧の圧縮空気である。また、二流体ノズル25には、噴霧口26が設けられている。噴霧口26に形成される液膜状の昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液が、気流の剪断力で微粒子化され、噴霧口26から噴出される。噴霧口26から噴出された微粒化された昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液は、吹出部23から貯留部21の外に放出される。
【0071】
二流体ノズル25の気体流入口25aには、管継手などの接続部27を介して、二流体ノズル25に気体を供給するための制御部30が接続されている。制御部30は、例えば、空気を供給するためのポンプ32と、ポンプ32と接続部27を接続する気体供給管34と、を備える。気体供給管34に、電磁弁等の弁33が設けられている。ポンプ32及び弁33は、コントローラー31に電気的に接続されている。コントローラー31は、ポンプ32及び弁33を制御して、二流体ノズル25に供給される気体の流量、及び圧力等を制御する。
【0072】
あるいは、実施形態に係る昆虫阻害システムは、図6に示す構成を備えていてもよい。図6に示す昆虫阻害システムの散布部120は、例えば、昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液を貯留する貯留部41、昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液を微粒化する微粒子化部42、及び微粒化された昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液を吹き出す吹出部43を備える。
【0073】
貯留部21は、例えばタンクであり、本体21aと蓋21bを備える。貯留部21と微粒子化部42は、昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液を送液するための配管で接続されている。微粒子化部42は、例えば、昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液を収容するノズルヘッド47、及びノズルヘッド47に配置されたピエゾ素子等の圧電素子45を備える。吹出部43は、ノズルヘッド47に設けられている。
【0074】
圧電素子45は、パルス電圧を印加されると、変形と復元を繰り返す。そのため、ノズルヘッド47の容積が収縮と復元を繰り返す。これにより、ノズルヘッド47内の昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液は、吹出部43から間欠的に押し出され、微粒子化する。
【0075】
圧電素子45には、配線48を介して制御部130が接続されている。制御部130は、圧電素子45に電圧を印加して、圧電素子45の変形量等を制御する。
【0076】
あるいは、実施形態に係る昆虫阻害システムは、図7に示す構成を備えていてもよい。図7に示す昆虫阻害システムの散布部60は、例えば、昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液を貯留する貯留部61、昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液を微粒化する微粒子化部62、及び微粒化された昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液を吹き出す吹出部63を備える。
【0077】
貯留部61は、例えば、可撓性の袋状の容器である。貯留部61の少なくとも一部は、超音波透過膜65である。吹出部43は、貯留部61に設けられている。貯留部61は、作用水67が充填された振動発生容器66に保持されている。微粒子化部62は、超音波振動子を備える。
【0078】
超音波振動子は、高周波の交流電圧を印加されると、超音波振動する。超音波振動により発生した振動エネルギーは、作用水67及び超音波透過膜65を介して、貯留部61内の昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液に到達する。これにより、貯留部61内の昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液が振動し、溶液表面が霧化して、微粒子化された昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液が、吹出部63から吹き出される。
【0079】
微粒子化部62の超音波振動子には、配線70を介して制御部230が接続されている。制御部230は、超音波振動子に交流電圧を印加して、超音波振動子の振動量等を制御する。
【0080】
あるいは、実施形態に係る昆虫阻害システムは、図8に示す構成を備えていてもよい。図8に示す昆虫阻害システムの散布部80は、例えば、昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液を貯留する貯留部81、昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液を微粒化する静電噴霧式の微粒子化部82、及び微粒化された昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液を吹き出す吹出部83を備える。
【0081】
貯留部81は、例えばタンクであり、本体81aと蓋81bを備える。吹出部83は、貯留部81に設けられている。貯留部81内に、微粒子化部82が配置される。微粒子化部82は、静電噴霧ノズル84及びポンプ等の搬送部85を備える。搬送部85は、静電噴霧ノズル84に昆虫の匂い応答に対する阻害剤を含む溶液を搬送する。静電噴霧ノズル84の周囲には筒状部材86が配置されている。筒状部材86の上端面には対向電極等の電圧印加部87が配置されている。
【0082】
電圧印加部87により静電噴霧ノズル84と静電噴霧ノズル84の外部に高電圧を印加すると、気液界面において、溶液の表面張力と、溶液に作用する静電気力と、の釣り合いにより、微細な液糸が引き出され、その先端が微粒子に分裂して静電噴霧ノズル84から噴霧される。
【0083】
電圧印加部87には、配線71を介して高電圧制御部330が接続されている。高電圧制御部330は、電圧印加部87に高電圧を印加して、溶液に作用する静電気力等を制御する。
【0084】
(実施例1:均質な匂い検出細胞系統の樹立)
DmOr13aとDmOrcoは、キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)の触角に由来する嗅覚受容体であり、対象臭である1-octen-3-olに応答する。GCaMP6sは、改良型のカルシウム感受性蛍光タンパク質である。DmOr13aとDmOrcoを挿入したpIBベクター、及びGCaMP6sを挿入したpIZベクターをリポフェクションによりSf21細胞へ遺伝子導入した。
【0085】
Grace's Insect Medium, Supplemented(11605-094、Gibco)に、終濃度10%のUS Insect Cell Screened FBS(SH30070.03、GEヘルスケア)と、3種類の抗生物質(終濃度10μg/mLのGentamicin Reagent Solution(15710-064、Gibco)、終濃度10μg/mLのBlasticidin S HCl(A11139-03、Gibco)、終濃度100μg/mLのZeocin(R25001、Invitrogen)を添加して、継代培地を用意した。当該継代培地を用いて、DmOr13a受容体及び共受容体DmOrco、並びにGCaMP6sを発現しているSf21細胞をフラスコ(353082、FALCON)内で継代培養した。継代時の細胞懸濁液の液量は6mLとした。細胞がコンフルエントになったら、フラスコから6mLの上清を回収し、15mLチューブ(91015、TPP)に入れた。微量高速遠心機を用いて、15mLチューブを400×g、4℃で3分間遠心した。
【0086】
遠心後、上清を10mLシリンジ(01007、TOP)と0.45μmフィルター(431220、CORNING)を用いて滅菌した。滅菌した上清を、抗生物質(終濃度10μg/mLのBlasticidin S HCl、終濃度100μg/mLのZeocin)を含む、等量の新しい継代培地と混合することで、10mLのコンディション培地を調製した。
【0087】
上清を回収したフラスコ底面に接着した細胞を剥がして新しい培地1mLに懸濁し、細胞懸濁液を1.5mLチューブ(MCT-150-C、AXYGEN)に回収した。細胞を40個含む細胞懸濁液を抽出し、上記のコンディション培地に加え、よくピペッティングをした。細胞を加えられたコンディション培地の全量をリザーバー(BM-0850-1、BMBio)に移した。さらに、8マルチチャンネルピペット(HT5123、HTL)を用いて、96ウェルプレート(3860-096、IWAKI)に細胞を加えられたコンディション培地を100μLずつ滴下し、その後、細胞を27℃で培養した。細胞がウェルに接着した後、倒立顕微鏡でウェルを観察し、単一細胞(シングルセル)のみがコンディション培地中に存在するウェルを確認した。
【0088】
播種時に単一細胞が確認できたウェルの細胞を約80%から約90%コンフルエントになるまで培養を続けた。その後、24ウェルプレート(3820-024、IWAKI)、35mmディッシュ(353801、CORNING)、T-25フラスコの順で、細胞をスケールアップした。24ウェルプレート、35mmディッシュ、T-25フラスコでの培養は、それぞれ液量が500μL、2.5mL、5mLとなるように培地の量を調整し、27℃で培養した。T-25フラスコまでスケールアップができた細胞の匂い物質に対する応答性を、カルシウムイメージングにより調査し、良好な応答性を示した細胞系統を、均質な匂い検出細胞系統として得た。
【0089】
(実施例2:阻害剤に対する匂い検出細胞の応答)
直径12mmのカバーガラス(CS-12R:Warner Instruments,LLC,Hamden,CT,USA)に、実施例1で得た匂い検出細胞を播種した後、カバーガラスを円形カバーガラス用開放型バスチャンバー(RC-48LP:Warner Instruments,LLC,Hamden,CT,USA)に挿入した。
【0090】
匂い検出細胞に溶液を潅流するために、ペリスタルティックチューブポンプ(MP-2010:Tokyo Rikakikai Co.Ltd.,Tokyo,Japan)にそれぞれ接続した内径1mm、外径3mmの2本のシリコンチューブを、チューブクランプ(CAT-1:NARISHIGE Co.Ltd.,Tokyo,Japan)によって、開放型バスチャンバーのインレットとアウトレットにそれぞれ接続した。
【0091】
20倍の水浸対物レンズ(UMPlanFI 20x/0.50W:Olympus,Tokyo,Japan)を備えた正立蛍光顕微鏡(BX51WI:Olympus,Tokyo,Japan)を用意した。正立蛍光顕微鏡には、GFP用の蛍光フィルターセット(U-MGFPHQ:Olympus,Tokyo,Japan)を配置した。また、正立蛍光顕微鏡に、光源として、100Wハロゲンランプ(TH4-100,Olympus,Japan)を配置した。蛍光観察時の露光時間を500ミリ秒に設定した。
【0092】
細胞の蛍光強度変化の計測のために、EM-CCDカメラ(DU-897E:Andor Technology PLC,Belfast,UK)を用意した。EM-CCDカメラは、AndoriQ(Andor Technology PLC,Belfast,UK)で操作した。EM-CCDカメラは、毎秒512×512ピクセルの画像を取得するよう設定された。
【0093】
アッセイバッファーによる潅流を開始した。流量は約1.4mL/分に設定し、チャンバーの内液量は約230μLに設定した。図9に示すように、匂い物質である10μmol/Lの1-octen-3-olをバッファーとともに15秒間流したところ、匂い検出細胞において蛍光強度の上昇が観察された。
【0094】
阻害剤候補物質である300μmol/Lのゲラニオールを60秒流し、次に匂い物質である10μmol/Lの1-octen-3-olを300μmol/Lのゲラニオールとともに15秒間流し、さらに60秒300μmol/Lのゲラニオールを流したところ、匂い検出細胞における蛍光強度の上昇は、匂い物質の阻害剤がない場合と比較して抑制された。
【0095】
阻害剤候補物質である300μmol/Lのl-メントールを60秒流し、次に匂い物質である10μmol/Lの1-octen-3-olを300μmol/Lのl-メントールとともに15秒間流し、さらに60秒300μmol/Lのl-メントールを流したところ、匂い検出細胞における蛍光強度の上昇は、匂い物質の阻害剤がない場合と比較して抑制された。
【0096】
阻害剤候補物質である300μmol/Lのチモールを60秒流し、次に匂い物質である10μmol/Lの1-octen-3-olを300μmol/Lのチモールとともに15秒間流し、さらに60秒300μmol/Lのチモールを流したところ、匂い検出細胞における蛍光強度の上昇は、匂い物質の阻害剤がない場合と比較して抑制された。
【0097】
既知の匂い物質の阻害剤である300μmol/Lのぎ酸リナリル(LF)を60秒流し、次に匂い物質である10μmol/Lの1-octen-3-olを300μmol/LのLFとともに15秒間流し、さらに60秒300μmol/LのLFを流したところ、匂い検出細胞における蛍光強度の上昇は、匂い物質の阻害剤がない場合と比較して抑制された。
【0098】
既知の匂い物質の阻害剤である300μmol/Lの2-tert-ブチル-6-メチルフェノール(BMP)を60秒流し、次に匂い物質である10μmol/Lの1-octen-3-olを300μmol/LのBMPとともに15秒間流し、さらに60秒300μmol/LのBMPを流したところ、匂い検出細胞における蛍光強度の上昇は、匂い物質の阻害剤がない場合と比較して抑制された。
【0099】
最後に、匂い物質である10μmol/Lの1-octen-3-olをバッファーとともに15秒間流したところ、匂い検出細胞における蛍光強度の上昇が回復した。
【0100】
実施例2の結果は、匂い検出細胞が、匂い物質の阻害剤のスクリーニングに有用であることを示している。
【0101】
(実施例3:香料成分の濃度に応じた匂い検出細胞の応答)
阻害剤候補物質である、チモール、シトラール、1-ノナノール、酢酸オイゲノール、d-リモネン、オイゲノール、ゲラニオール、酢酸ゲラニル、及び既知の匂い物質の阻害剤であるBMP、及びLFを用意した。
【0102】
図9の測定方法と同様に、阻害剤を含めずに、匂い物質である10μmol/Lの1-octen-3-olを実施例1で得た匂い検出細胞に与え、匂い検出細胞における蛍光の強度を測定した。次に、10μmol/Lの阻害剤候補物質又は阻害剤、30μmol/Lの阻害剤候補物質又は阻害剤、100μmol/Lの阻害剤候補物質又は阻害剤、170μmol/Lの阻害剤候補物質又は阻害剤、300μmol/Lの阻害剤候補物質又は阻害剤、560μmol/Lの阻害剤候補物質又は阻害剤、1mmol/Lの阻害剤候補物質又は阻害剤、3mmol/Lの阻害剤候補物質又は阻害剤を順次10μmol/Lの1-octen-3-olとともに匂い検出細胞に与え、匂い検出細胞における蛍光の強度を測定した。最後に、阻害剤を含めずに、10μmol/Lの1-octen-3-olを匂い検出細胞に与え、匂い検出細胞における蛍光の強度を測定した。
【0103】
阻害剤を含めずに10μmol/Lの1-octen-3-olを匂い検出細胞に与えたときの匂い検出細胞における蛍光強度変化率の平均値を100%として、各阻害剤についての、阻害剤の濃度と、匂い検出細胞における蛍光の正規化された強度と、の得られた関係を図10のグラフに示す。図10に示されたように、匂い検出細胞における匂い物質に対する応答は、阻害剤の濃度に応じて抑制された。
【0104】
実施例3の結果は、匂い検出細胞が、匂い物質の阻害剤のスクリーニングに有用であることを示している。
【0105】
(実施例4:阻害剤候補物質の濃度に応じた匂い検出細胞の応答)
阻害剤候補物質である、トランスケイ皮酸メチル、及びトランスケイ皮酸tertブチルを用意した。
【0106】
阻害剤候補物質を含めずに、匂い物質である10μmol/Lの1-octen-3-olを実施例1で得た匂い検出細胞に与え、匂い検出細胞における蛍光の強度を測定した。次に、10μmol/Lの阻害剤候補物質、30μmol/Lの阻害剤候補物質、100μmol/Lの阻害剤候補物質、170μmol/Lの阻害剤候補物質、300μmol/Lの阻害剤候補物質、560μmol/Lの阻害剤候補物質、及び1mmol/Lの阻害剤候補物質を順次10μmol/Lの1-octen-3-olとともに匂い検出細胞に与え、匂い検出細胞における蛍光の強度を測定した。最後に、阻害剤を含めずに、10μmol/Lの1-octen-3-olを匂い検出細胞に与え、匂い検出細胞における蛍光の強度を測定した。
【0107】
阻害剤候補物質を含めずに10μmol/Lの1-octen-3-olを匂い検出細胞に与えたときの匂い検出細胞における蛍光強度変化率の平均値を100%として、各阻害剤候補物質についての、阻害剤候補物質の濃度と、匂い検出細胞における蛍光の正規化された強度と、の得られた関係を図11のグラフに示す。図11に示されたように、匂い検出細胞における匂い物質に対する応答は、阻害剤候補物質の濃度に応じて抑制された。
【0108】
(実施例5:阻害剤及び阻害剤候補物質の濃度に応じた匂い検出細胞の応答)
阻害剤候補物質である、2,4-ジイソプロピルフェノール、4-イソプロピル-3-メチルフェノール、2-tert-ブチル-4-メチルフェノール、4-tert-ブチル-2-メチルフェノール、及び2-イソプロピル―6-メチルフェノールを用意した。
【0109】
阻害剤候補物質を含めずに、匂い物質である10μmol/Lの1-octen-3-olを実施例1で得た匂い検出細胞に与え、匂い検出細胞における蛍光の強度を測定した。次に、10μmol/Lの阻害剤候補物質、30μmol/Lの阻害剤候補物質、100μmol/Lの阻害剤候補物質、170μmol/Lの阻害剤候補物質、及び300μmol/Lの阻害剤候補物質を順次10μmol/Lの1-octen-3-olとともに匂い検出細胞に与え、匂い検出細胞における蛍光の強度を測定した。最後に、阻害剤を含めずに、10μmol/Lの1-octen-3-olを匂い検出細胞に与え、匂い検出細胞における蛍光の強度を測定した。
【0110】
阻害剤候補物質を含めずに10μmol/Lの1-octen-3-olを匂い検出細胞に与えたときの匂い検出細胞における蛍光強度変化率の平均値を100%として、各阻害剤候補物質についての、阻害剤候補物質の濃度と、匂い検出細胞における蛍光の正規化された強度と、の得られた関係を図12のグラフに示す。図12に示されたように、匂い検出細胞における匂い物質に対する応答は、阻害剤候補物質の濃度に応じて抑制された。
【0111】
(実施例6:濃度に応じた匂い検出細胞の阻害効果による阻害剤及び阻害剤候補物質のスクリーニング)
実施例3から5の結果に基づき、ディート、d-リモネン、シトラール、ぎ酸リナリル、オイゲノール、ゲラニオール、1-ノナノール、酢酸ゲラニル、チモール、酢酸オイゲノール、トランスケイ皮酸メチル、トランスケイ皮酸tertブチル、2,4-ジイソプロピルフェノール、4-イソプロピル-3-メチルフェノール、2-イソプロピル―6-メチルフェノール、2-tert-ブチル-4-メチルフェノール、及び4-tert-ブチル-2-メチルフェノールの濃度が300μMであるときの蛍光強度変化率の値のグラフを図13に示す。
【0112】
トランスケイ皮酸メチル、トランスケイ皮酸tertブチル、2,4-ジイソプロピルフェノール、4-イソプロピル-3-メチルフェノール、2-イソプロピル―6-メチルフェノール、2-tert-ブチル-4-メチルフェノール、及び4-tert-ブチル-2-メチルフェノールは、10μmol/Lの1-octen-3-olを匂い検出細胞に与えたときの匂い検出細胞における蛍光強度変化率を37%未満にした。後述する実施例7に示すように、阻害剤であるBMP、並びに阻害剤候補物質である4-イソプロピル-3-メチルフェノール及び4-tert-ブチル-2-メチルフェノールは、エレクトロアンテノグラムで、阻害効果が認められた。実施例6の場合、それらの物質の蛍光強度変化率は25%(24.7%)未満であった。一方、後述する実施例7に示すように、蛍光強度変化率が37%以上である酢酸オイゲノール、1-ノナノール、及びチモールでは、エレクトロアンテノグラムで、阻害効果が認められなかった。実施例6の場合、それらの物質の蛍光強度変化率は37%以上であった。よって、蛍光強度変化率の値が25%未満の物質は阻害効果が認められ、蛍光強度変化率の値が37%未満であれば、阻害効果を得られることが示された。また、2-tert-ブチル-4-メチルフェノール、及び4-tert-ブチル-2-メチルフェノールは、10μmol/Lの1-octen-3-olを匂い検出細胞に与えたときの匂い検出細胞における蛍光強度変化率を20%以下にした。
【0113】
(実施例7:阻害剤への触角の応答)
図14に示すように、2本の金属電極の表面にそれぞれゲル滴(Spectra 360 Electrode Gel、Parker Laboratories)を載せ、先端と基部を切除したカイコガの触角をゲル滴に接触させて、2本の金属電極の間に触角をアーチ状に設置した。昆虫の触角は、匂い物質に応答して、先端と基部の間の電位が変化することが知られており、当該電位を記録することは、エレクトロアンテノグラム(EAG)と呼ばれている。
【0114】
カイコガの性フェロモンであるボンビコール(BOL)、既知の匂い物質の阻害剤であるBMP、阻害剤候補物質である4-イソプロピル-3-メチルフェノール、及び阻害剤候補物質である4-tert-ブチル-2-メチルフェノールを用意した。1000ngのBOLを滴下したろ紙、1000ngのBOLと1000μgのBMPを滴下したろ紙、1000ngのBOLと1000ngの4-イソプロピル-3-メチルフェノールを滴下したろ紙、及び1000ngのBOLと1000ngの4-tert-ブチル-2-メチルフェノールを滴下したろ紙を用意した。第1のガラス管カートリッジにBOLを滴下したろ紙を入れ、第2のガラス管カートリッジにBOLとBMPを滴下したろ紙を入れ、第3のガラス管カートリッジにBOLと4-イソプロピル-3-メチルフェノールを滴下したろ紙を入れ、第4のガラス管カートリッジにBOLと4-tert-ブチル-2-メチルフェノールを滴下したろ紙を入れた。
【0115】
第1のガラス管カートリッジから触角に1L/分でBOLを含む気体を噴射したところ、触角の先端と基部の間の電位が図15(a)上段に示すように低下した。次に、第2のガラス管カートリッジから触角に1L/分でBOLとBMPを含む気体を噴射したところ、触角の先端と基部の間の電位の低下は、図15(b)上段に示すように、BMPを含まない場合と比較して、半分以下に抑制された。再び、第1のガラス管カートリッジから触角に1L/分でBOLを含む気体を噴射したところ、触角の先端と基部の間の電位は、図15(c)上段に示すように、低下した。
【0116】
第1のガラス管カートリッジから触角に1L/分でBOLを含む気体を噴射したところ、触角の先端と基部の間の電位が図15(a)中段に示すように低下した。次に、第3のガラス管カートリッジから触角に1L/分でBOLと4-イソプロピル-3-メチルフェノールを含む気体を噴射したところ、触角の先端と基部の間の電位の低下は、図15(b)中段に示すように、4-イソプロピル-3-メチルフェノールを含まない場合と比較して、半分程度に抑制された。再び、第1のガラス管カートリッジから触角に1L/分でBOLを含む気体を噴射したところ、触角の先端と基部の間の電位は、図15(c)中段に示すように、低下した。
【0117】
第1のガラス管カートリッジから触角に1L/分でBOLを含む気体を噴射したところ、触角の先端と基部の間の電位が図15(a)下段に示すように低下した。次に、第4のガラス管カートリッジから触角に1L/分でBOLと4-tert-ブチル-2-メチルフェノールを含む気体を噴射したところ、触角の先端と基部の間の電位の低下は、図15(b)下段に示すように、4-tert-ブチル-2-メチルフェノールを含まない場合と比較して、半分程度に抑制された。再び、第1のガラス管カートリッジから触角に1L/分でBOLを含む気体を噴射したところ、触角の先端と基部の間の電位は、図15(c)下段に示すように、低下した。
【0118】
カイコガの性フェロモンであるボンビコール(BOL)、阻害剤候補物質である酢酸オイゲノール、阻害剤候補物質である1-ノナノール、及び阻害剤候補物質であるチモールを用意した。1000ngのBOLを滴下したろ紙、1000ngのBOLと1000μgの酢酸オイゲノールを滴下したろ紙、1000ngのBOLと1000μgの1-ノナノールを滴下したろ紙、及び1000ngのBOLと1000ngのチモールを滴下したろ紙を用意した。第5のガラス管カートリッジにBOLを滴下したろ紙を入れ、第6のガラス管カートリッジにBOLと酢酸オイゲノールを滴下したろ紙を入れ、第7のガラス管カートリッジにBOLと1-ノナノールを滴下したろ紙を入れ、第8のガラス管カートリッジにBOLとチモールを滴下したろ紙を入れた。
【0119】
第5のガラス管カートリッジから触角に1L/分でBOLを含む気体を噴射したところ、触角の先端と基部の間の電位が図16(a)上段に示すように低下した。次に、第6のガラス管カートリッジから触角に1L/分でBOLと酢酸オイゲノールを含む気体を噴射したところ、触角の先端と基部の間の電位の低下は、図16(b)上段に示すように、酢酸オイゲノールを含まない場合と比較して、増強された。再び、第5のガラス管カートリッジから触角に1L/分でBOLを含む気体を噴射したところ、触角の先端と基部の間の電位は、図16(c)上段に示すように、低下した。
【0120】
第5のガラス管カートリッジから触角に1L/分でBOLを含む気体を噴射したところ、触角の先端と基部の間の電位が図16(a)中段に示すように低下した。次に、第7のガラス管カートリッジから触角に1L/分でBOLと1-ノナノールを含む気体を噴射したところ、触角の先端と基部の間の電位の低下は、図16(b)中段に示すように、1-ノナノールを含まない場合と比較して、増強された。再び、第5のガラス管カートリッジから触角に1L/分でBOLを含む気体を噴射したところ、触角の先端と基部の間の電位は、図16(c)中段に示すように、低下した。
【0121】
第5のガラス管カートリッジから触角に1L/分でBOLを含む気体を噴射したところ、触角の先端と基部の間の電位が図16(a)下段に示すように低下した。次に、第8のガラス管カートリッジから触角に1L/分でBOLとチモールを含む気体を噴射したところ、触角の先端と基部の間の電位の低下は、図16(b)下段に示すように、チモールを含まない場合と比較して、増強された。再び、第5のガラス管カートリッジから触角に1L/分でBOLを含む気体を噴射したところ、触角の先端と基部の間の電位は、図16(c)下段に示すように、低下した。
【0122】
実施例7の結果は、EAGが、匂い物質の阻害剤のスクリーニングに有用であることを示している。
【0123】
(実施例8:阻害剤への昆虫の応答)
複数の透明な蓋付きプラスチック容器(マルカップ200MB、ミネロン化成工業株式会社)を用意した。プラスチック容器の蓋には、パスツールピペットの先端を差し込める小さな穴をあけた。複数のプラスチック容器のそれぞれに、オスのカイコガを一匹入れて蓋を閉めた。
【0124】
カイコガの性フェロモンであるボンビコール(BOL)、既知の匂い物質の阻害剤であるBMPを用意した。0.01ngのBOLを滴下したろ紙、0.1ngのBOLを滴下したろ紙、1ngのBOLを滴下したろ紙、10ngのBOLを滴下したろ紙、100ngのBOLを滴下したろ紙、1000ngのBOLを滴下したろ紙、及びヘキサンで希釈した1000μgのBMPを滴下したろ紙を用意した。
【0125】
第1のパスツールピペットに0.01ngのBOLを滴下したろ紙を入れ、第2のパスツールピペットに0.1ngのBOLを滴下したろ紙を入れ、第3のパスツールピペットに1ngのBOLを滴下したろ紙を入れ、第4のパスツールピペットに10ngのBOLを滴下したろ紙を入れ、第5のパスツールピペットに100ngのBOLを滴下したろ紙を入れ、第6のパスツールピペットに1000ngのBOLを滴下したろ紙を入れ、第7のパスツールピペットにBMPを滴下したろ紙を入れた。それぞれのパスツールピペットをプラスチック容器に挿入し、カイコガをAir-puff(パフ)刺激した。
【0126】
図17に示すように、順次各濃度のBOLでカイコガを3回パフ刺激したところ、1ngのBOLで5匹中3匹のカイコガが羽ばたき行動を示し、2匹のカイコガが探索行動を示した。10ngのBOLでは、全てのカイコガが探索行動を示した。
【0127】
図18に示すように、BMPで3回パフ刺激をした後、順次各濃度のBOLでカイコガを3回パフ刺激したところ、1ngのBOLでは、5匹中3匹のカイコガが反応を示さず、2匹のカイコガが羽ばたき行動を示した。10ngのBOLでは、5匹中1匹のカイコガが反応を示さず、5匹中2匹のカイコガが羽ばたき行動を示し、5匹中2匹のカイコガが探索行動を示した。100ngのBOLでは、3匹中1匹のカイコガが羽ばたき行動を示し、2匹のカイコガが探索行動を示した。1000ngのBOLでは、残りの1匹のカイコガが探索行動を示した。図17図18の比較から、BMPは昆虫の匂い物質への応答を阻害し、羽ばたき行動及び探索行動を生じさせるBOLの濃度の閾値を上昇させることが示された。
【0128】
実施例8の結果は、昆虫の応答を観察することが、匂い物質の阻害剤のスクリーニングに有用であることを示している。
【0129】
(実施例9:昆虫による阻害剤のスクリーニング)
実施例8と同じ複数のプラスチック容器を用意し、複数のプラスチック容器のそれぞれに、オスのカイコガを一匹入れて蓋を閉めた。
【0130】
ヘキサンで希釈したボンビコール(BOL)を用意した。阻害剤候補物質として、ヘキサンで希釈した4-tert-ブチル-2-メチルフェノール、及びエタノールで希釈した4-イソプロピル-3-メチルフェノールを用意した。
【0131】
第1のパスツールピペットに0.01ngのヘキサンで希釈したBOLを滴下したろ紙を入れ、第2のパスツールピペットにヘキサンで希釈した0.1ngのBOLを滴下したろ紙を入れ、第3のパスツールピペットにヘキサンで希釈した1ngのBOLを滴下したろ紙を入れ、第4のパスツールピペットにヘキサンで希釈した10ngのBOLを滴下したろ紙を入れ、第5のパスツールピペットにヘキサンで希釈した100ngのBOLを滴下したろ紙を入れ、第6のパスツールピペットにヘキサンで希釈した1000ngのBOLを滴下したろ紙を入れた。
【0132】
図19に示すように、順次ヘキサンで希釈した各濃度のBOLでカイコガを3回パフ刺激したところ、0.01ngのヘキサンで希釈されたBOLで3匹中2匹のカイコガが反応を示さず、1匹のカイコガが羽ばたき行動を示した。0.1ngのヘキサンで希釈されたBOLで全てのカイコガが探索行動を示した。
【0133】
ヘキサンで希釈した1000ngの4-tert-ブチル-2-メチルフェノールを滴下したろ紙を、カイコガと共にプラスチック容器に10分間入れた。その後、図20に示すように、順次ヘキサンで希釈した各濃度のBOLでカイコガを3回パフ刺激したところ、ヘキサンで希釈された0.01ngのBOLで全てのカイコガが反応を示さなかった。ヘキサンで希釈された0.1ngのBOLで3匹中2匹のカイコガが反応を示さず、1匹のカイコガが羽ばたき行動を示した。ヘキサンで希釈された1ngのBOLで3匹中2匹のカイコガが反応を示さず、1匹のカイコガが探索行動を示した。ヘキサンで希釈された10ngのBOLで2匹中1匹のカイコガが羽ばたき行動を示し、1匹のカイコガが探索行動を示した。ヘキサンで希釈された100ngのBOLで残った1匹のカイコガが探索行動を示した。図19図20の比較から、4-tert-ブチル-2-メチルフェノールは昆虫の匂い物質への応答を阻害し、羽ばたき行動及び探索行動を生じさせるBOLの濃度の閾値を上昇させることが示された。
【0134】
エタノールを滴下したろ紙を、カイコガと共にプラスチック容器に10分間入れた。その後、図21に示すように、順次ヘキサンで希釈した各濃度のBOLでカイコガを3回パフ刺激したところ、0.01ngのヘキサンで希釈されたBOLで全てのカイコガが反応を示さなかった。0.1ngのヘキサンで希釈されたBOLで3匹中2匹のカイコガが反応を示さず、1匹のカイコガが羽ばたき行動を示した。1ngのヘキサンで希釈されたBOLで全てのカイコガが探索行動を示した。
【0135】
エタノールで希釈した1000ngの4-イソプロピル-3-メチルフェノールを滴下したろ紙を、カイコガと共にプラスチック容器に10分間入れた。その後、図22に示すように、順次ヘキサンで希釈した各濃度のBOLでカイコガを3回パフ刺激したところ、ヘキサンで希釈された0.01ng及び0.1ngのBOLで全てのカイコガが反応を示さなかった。ヘキサンで希釈された1ngのBOLで3匹中2匹のカイコガが反応を示さず、1匹のカイコガが羽ばたき行動を示した。ヘキサンで希釈された10ngのBOLで3匹中2匹のカイコガが羽ばたき行動を示し、1匹のカイコガが探索行動を示した。ヘキサンで希釈された100ngのBOLで全てのカイコガが探索行動を示した。図21図22の比較から、4-イソプロピル-3-メチルフェノールは昆虫の匂い物質への応答を阻害し、羽ばたき行動及び探索行動を生じさせるBOLの濃度の閾値を上昇させることが示された。
【0136】
(実施例10:Or56を発現する匂い検出細胞の作製)
キイロショウジョウバエの触覚cDNA由来の、共受容体であるDmOrcoの遺伝子の開始コドンから終止コドンまでを、下記の遺伝子特異的配列を含むプライマーを用いてPCRで増幅し、DmOrco遺伝子を得た。得られたDmOrcoの遺伝子を、pIZベクター(Invitrogen社製)のマルチクローニングサイトにNEBuilder HiFi DNA Assembly MasterMix(New England Biolabs Japan)を用いて挿入し、pIZ-DmOrcoベクターを構築した。
【0137】
DmOrco:
フォワード:5'-TTCGAATTTAAAGCTGCCGCCATGATGACAACCTCGATGCAGCC-3'
リバース:5'-TTACCTTCGAACCGCTTACTTGAGCTGCACCAGCAC-3'
【0138】
また、構築したpIZ-DmOrcoベクターを下記のプライマーを用いてPCRで増幅し、pIBベクター(Invitrogen社製)のPci1部位にNEBuilder HiFi DNA Assembly MasterMix(New England Biolabs Japan)を用いて挿入し、pIB-DmOrcoベクターを構築した。
【0139】
pIB-Pci1:
フォワード:5'-GCAGGAAAGAACATGCATGATGATAAACAATGTATGGTGCTAATG-3'
リバース:5'-CCTTTTGCTCACATGGTTATCCCCTGATTCTGTGG-3
【0140】
PCRによる遺伝子の増幅は、各100pmol/μlの濃度のフォワードプライマー及びリバースプライマー、PrimeSTAR HS DNAポリメラーゼ(タカラバイオ、R010A)、当該ポリメラーゼに添付の反応バッファー、並びにdNTPを使用し、ポリメラーゼに添付のプロトコールに従って行った。PCRの温度条件は、94℃で1分間のステップ、次に、98℃で10秒間、55℃で15秒間、72℃で1.5分間の温度サイクルを30サイクル繰り返すステップ、その後、72℃で5分間のステップとした。
【0141】
次に、嗅覚受容体であるDmOr56aの塩基配列を昆虫細胞Sf9にコドン変換し、下記の配列をアダプター配列として付加して遺伝子を合成した(Integrated DNA Technologies)。
【0142】
アダプター配列:
フォワード:5'-CAGTGTGGTGGAATTGCCGCC-3'
リバース:5'-GCCCTCTAGACTCGATTA-3'
【0143】
得られたDmOr56a_Sf9の合成遺伝子の開始コドンから終止コドンまでを、上記のアダプター配列のプライマーを用いてPCRで増幅し、DmOr56a_Sf9遺伝子を得た。得られたDmOr56a_Sf9の遺伝子を、構築したpIB-DmOrcoベクターのマルチクローニングサイトにNEBuilder HiFi DNA Assembly MasterMix(New England Biolabs Japan)を用いて挿入し、pIB-DmOr56a_Sf9-DmOrcoベクターを構築した。
【0144】
PCRによる遺伝子の増幅は、各100pmol/μlの濃度のフォワードプライマー及びリバースプライマー、PrimeSTAR HS DNAポリメラーゼ(タカラバイオ、R010A)、当該ポリメラーゼに添付の反応バッファー、並びにdNTPを使用し、ポリメラーゼに添付のプロトコールに従って行った。PCRの温度条件は、98℃で2分間のステップ、次に、98℃で10秒間、55℃で10秒間、72℃で1.5分間の温度サイクルを25サイクル繰り返すステップ、その後、72℃で10分間のステップとした。
【0145】
同様に、カルシウム感受性タンパク質(GCaMP6s)発現ベクターを構築した。GCaMP6s遺伝子は、Addgeneを介して、Douglas Kim博士(Janelia Farm Research Campus, Howard Hughes Medical Institute)より入手した。GCaMP6sの遺伝子の開始コドンから終止コドンまでを、下記の遺伝子特異的配列を含むプライマーで増幅し、GCaMP6s遺伝子を得た。得られたGCaMP6sの遺伝子を、pIZベクター(Invitrogen社製)のマルチクローニングサイトにNEBuilder HiFi DNA Assembly MasterMix(New England Biolabs Japan)を用いて挿入し、pIZ- GCaMP6s ベクターを構築した。
【0146】
GCaMP6s:
フォワード:5'-TTCGAATTTAAAGCTGCCGCCATGGGTTCTCATCATCATCATC-3'
リバース:5'-TTACCTTCGAACCGCTCACTTCGCTGTCATCATTTGTAC-3'
【0147】
構築した嗅覚受容体発現ベクター及びカルシウム感受性タンパク質発現ベクターを、トランスフェクション試薬(TransIT-Insect Transfection Reagent:Mirus社製)を用いて、添付のマニュアルに従ってSf21細胞に導入した。これにより、DmOr56a_Sf9受容体、DmOrco、及びGCaMP6sを共発現しているSf21細胞(以下、「Or56を発現する匂い検出細胞」という。)を得た。
【0148】
(実施例11:Or56を発現する均質な匂い検出細胞系統の樹立)
前準備として、系統化を行う前の継代時に、6mLのOr56を発現する匂い検出細胞を含む培地を1フラスコ(FALCON)用意した。コンフルエントになった細胞のフラスコから培養上清6mLを15mLチューブ(TPP)に回収し、400×g、3分、4℃で遠心分離した。遠心分離後の上清を25mLチューブ(IWAKI)に回収し、10mLシリンジ(TOP)と0.45μmフィルター(CORNING)を用いて滅菌した。滅菌した培地5mL、新しい培地5mL、及び新しい培地分の2種の抗生物質(Blasticidin(Life Technologies)及びZeocin(Life Technologies))を混合し、コンディション培地を調製した。
【0149】
次に、フラスコ底面の細胞を剥がし、新しい培地1mLに細胞を懸濁し、その懸濁液を1.5mLチューブ(AXYGEN)に回収した。1.5mLチューブに回収した細胞の細胞数の測定を行い、40個の細胞をコンディション培地に加えて細胞懸濁液を得た。得られた細胞懸濁液の全量をリザーバー(BMBio)に移し、8マルチチャンネルピペット(HTL)を用いて96ウェルプレート(IWAKI)に100μLずつ播種し、27℃のインキュベータで培養した。細胞がウェルに接着した後、倒立顕微鏡でシングルセルが入ったウェルを確認した。
【0150】
96ウェルプレートでシングルセルを確認したウェルの細胞を約80%から90%コンフルエントになるまで培養を続けた。その後、24ウェルプレート(IWAKI)、35mmディッシュ(CORNING)、及びT25フラスコの順にスケールアップした。T25フラスコまでスケールアップが出来た細胞は、カルシウムイメージング法により蛍光の応答を確認し、応答がない細胞は破棄し、応答がある細胞は凍結ストックを作製し、継代を繰り返しながら系統を維持した。
【0151】
(実施例12:阻害剤及び阻害剤候補物質の濃度に応じたOr56を発現する匂い検出細胞の応答)
阻害剤候補物質である、2,4-ジイソプロピルフェノール、2,5-ジイソプロピルフェノール、4-イソプロピル-3-メチルフェノール、2-tert-ブチル-4-メチルフェノール、4-(tert-ブチル)-2-メチルフェノール、及び2-イソプロピル-6-メチルフェノールを用意した。また、既知の匂い物質の阻害剤である2-tert-ブチル-6-メチルフェノール(BMP)を用意した。
【0152】
阻害剤候補物質又は既知の阻害剤を含めずに、匂い物質である1μmol/Lのゲオスミンを実施例11で得たOr56を発現する匂い検出細胞に与え、匂い検出細胞における蛍光の強度を測定した。次に、10μmol/Lの阻害剤候補物質又は既知の阻害剤、30μmol/Lの阻害剤候補物質又は既知の阻害剤、100μmol/Lの阻害剤候補物質又は既知の阻害剤、170μmol/Lの阻害剤候補物質又は既知の阻害剤、及び300μmol/Lの阻害剤候補物質又は既知の阻害剤を順次1μmol/Lのゲオスミンとともに匂い検出細胞に与え、匂い検出細胞における蛍光の強度を測定した。最後に、阻害剤又は既知の阻害剤を含めずに、1μmol/Lのゲオスミンを匂い検出細胞に与え、匂い検出細胞における蛍光の強度を測定した。
【0153】
阻害剤候補物質又は既知の阻害剤を含めずに1μmol/Lのゲオスミンを匂い検出細胞に与えたときの匂い検出細胞における蛍光強度変化率の平均値を100%として、各阻害剤候補物質及び既知の阻害剤の濃度と、匂い検出細胞における蛍光の正規化された強度と、の得られた関係を図23のグラフに示す。図23に示されたように、Or56を発現する匂い検出細胞における匂い物質に対する応答は、阻害剤候補物質及び既知の阻害剤の濃度に応じて抑制された。
【0154】
(実施例12:阻害剤への昆虫の応答)
阻害剤候補物質としてDMSOを溶媒とする4-イソプロピル-3-メチルフェノール(IPMP)、及びコントロールとしてDMSOを試験薬剤として用意した。ゴキブリフェロモンであるペリプラノンA及びペリプラノンBの粗抽出物(アセトン溶媒)を1μL用意し、15mm四方のろ紙片又はアルミ片に付着させ、溶媒のアセトンを十分揮発させた。
【0155】
10頭前後のゴキブリを飼育しているコンテナのフタを、暗室内の赤色照明下で外し、餌皿と給水カップを回収した。試験薬剤を含ませたろ紙を載せたシャーレ2つをコンテナ四隅のうち対角となる場所に設置した。また、保湿のため、水を含ませたキムワイプをコンテナへ入れ、コンテナにフタをした。その後、30分間静置した。
【0156】
コンテナの動画撮影を開始し、ゴキブリフェロモン粗抽出物を付着させたろ紙片又はアルミ片を、試験薬剤を含ませたろ紙を載せたシャーレの1つの上へ設置した。その後、図24に示すように、撮影をしやすくするため、フタの代わりに透明アクリル板をコンテナに載せ、10分間、動画を撮影した。
【0157】
撮影をした動画を解析し、透明アクリル板をコンテナに載せた直後から5分間に、ゴキブリフェロモン粗抽出物を付着させたろ紙片又はアルミ片にゴキブリが接触した延べ回数を計測した。その結果、図25に示すように、DMSOを溶媒とした300mmol/Lの4-イソプロピル-3-メチルフェノールは、フェロモンを含ませたろ紙片又はアルミ片へゴキブリが近づき、接触することを妨げた。また、図26に示すように、4-イソプロピル-3-メチルフェノールの濃度が高くなるほど、フェロモンを含ませたろ紙片又はアルミ片にゴキブリが近づくことが抑制された。
【符号の説明】
【0158】
20・・・散布部、21・・・貯留部、21a・・・本体、21b・・・蓋、22・・・微粒化部、23・・・吹出部、25・・・二流体ノズル、25a・・・気体流入口、25b・・・溶液流入口、26・・・噴霧口、27・・・接続部、30・・・制御部、31・・・コントローラー、32・・・ポンプ、33・・・弁、34・・・気体供給管、41・・・貯留部、42・・・微粒子化部、43・・・吹出部、45・・・圧電素子、47・・・ノズルヘッド、48・・・配線、60・・・散布部、61・・・貯留部、62・・・微粒化部、62・・・微粒子化部、63・・・吹出部、65・・・超音波透過膜、66・・・振動発生容器、67・・・作用水、70・・・配線、71・・・配線、80・・・散布部、81・・・貯留部、81a・・・本体、81b・・・蓋、82・・・微粒子化部、83・・・吹出部、84・・・静電噴霧ノズル、85・・・搬送部、86・・・筒状部材、87・・・電圧印加部、120・・・散布部、130・・・制御部、230・・・制御部、330・・・高電圧制御部
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【配列表】
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