(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024121911
(43)【公開日】2024-09-09
(54)【発明の名称】耐震補強構造および木造建築物
(51)【国際特許分類】
E04G 23/02 20060101AFI20240902BHJP
E04B 9/00 20060101ALI20240902BHJP
【FI】
E04G23/02 E
E04B9/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023029143
(22)【出願日】2023-02-28
(71)【出願人】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100143111
【弁理士】
【氏名又は名称】青山 秀夫
(74)【代理人】
【識別番号】100189876
【弁理士】
【氏名又は名称】高木 将晴
(72)【発明者】
【氏名】北川 啓介
(72)【発明者】
【氏名】井戸田 秀樹
【テーマコード(参考)】
2E176
【Fターム(参考)】
2E176AA09
2E176BB29
(57)【要約】
【課題】建築物が伝統構造であっても適用でき、大規模な改修工事を必要としないで、容易に耐震性を向上することができ、且つ、断熱性の向上をも実現することができる耐震補強構造を提供すること。
【解決手段】
伝統構造による木造建築物に配された真壁に適用される耐震補強構造1であって、前記耐震補強構造が、真壁31の室内側の面に形成された、少なくとも30mmの厚さの吹付発泡樹脂層32を有し、吹付発泡樹脂層が、真壁31の室内側の面から周囲の柱面30と梁面とに連続して吹付けにより形成された被覆層とされ、被覆層が、柱と梁の室内側の側から屈曲されて真壁の室内側の面に一体に接着され、真壁の耐震性を向上させると共に真壁の脱落を防止させるようにした。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
伝統構造又は在来軸組構造による木造建築物の外周に配された真壁に適用される耐震補強構造であって、
前記耐震補強構造が、前記真壁の室内面に形成された、少なくとも30mmの厚さの吹付発泡樹脂層を有し、
前記吹付発泡樹脂層が、前記真壁をなす一対の柱の室内側柱面から、前記一対の柱が向い合う面を経て、前記真壁の室内面に連なり、且つ、前記真壁をなす梁の室内側梁面から、前記梁の梁底面を経て前記真壁の室内面に連なり、前記真壁の室内面の側を全体に覆う被覆層とされ、
前記被覆層が、前記室内側柱面及び前記室内側梁面から、前記真壁の室内面に屈曲されて、前記吹付けにより一体に接着され、前記真壁の耐震性を向上させると共に前記真壁の脱落を防止させる、
ことを特徴とする耐震補強構造。
【請求項2】
伝統構造又は在来軸組構造による木造建築物の外周に配された真壁に適用される耐震補強構造であって、
前記耐震補強構造が、前記真壁の室内面に形成された、少なくとも30mmの厚さの吹付発泡樹脂層と、一対の柱面添着部材と梁面添着部材とを有し、
各々の前記柱面添着部材が、前記真壁をなす一対の柱の室内側の柱面と同じ見附幅とされ、各々の前記柱面に固着され、
前記梁面添着部材が、前記真壁をなす梁の室内側の梁面と同じ見附高さとされ、前記梁面に固着され、
前記吹付発泡樹脂層が、前記一対の柱面添着部材が向い合う面から、前記一対の柱が向い合う面を経て、前記真壁の室内面に連なり、且つ、前記梁面添着部材の底面から、前記梁の梁底面を経て前記真壁の室内面に連なり、前記真壁の室内面の側を全体に覆う被覆層とされ、
前記被覆層の側面接着面積が前記柱面添着部材により拡大され、且つ、前記被覆層の天面接着面積が前記梁面添着部材により拡大され、
前記被覆層が前記吹付けにより一体に接着され、前記真壁の耐震性を向上させると共に前記真壁の脱落を防止させる、
ことを特徴とする耐震補強構造。
【請求項3】
伝統構造又は在来軸組構造による木造建築物の外周に配された真壁に適用される耐震補強構造であって、
前記耐震補強構造が、前記真壁の室内面に形成された、少なくとも30mmの厚さの吹付発泡樹脂層と、一対の柱面添着部材と梁面添着部材とを有し、
各々の前記柱面添着部材が、前記真壁をなす一対の柱の室内側の柱面より狭い幅とされ、各々の前記柱面に段をなすように固着され、
前記梁面添着部材が、前記真壁をなす梁の室内側の梁面より低い高さとされ、前記梁面に段をなすように固着され、
前記吹付発泡樹脂層が、前記一対の柱面添着部材が向い合う面から、前記真壁をなす柱の室内側柱面と前記一対の柱が向い合う面とを経て、前記真壁の室内面に連なり、且つ、前記梁面添着部材の底面から、前記真壁をなす梁の室内側梁側面と前記梁の梁底面とを経て前記真壁の室内面に連なり、前記真壁の室内面の側を全体に覆う被覆層とされ、
前記被覆層の側面接着面積が前記柱面添着部材により拡大され、且つ、前記被覆層の天面接着面積が前記梁面添着部材により拡大され、
前記被覆層が、段をなした前記室内側柱面及び前記室内側梁側面から、前記真壁の室内面に屈曲されて、前記吹付けにより一体に接着され、前記真壁の耐震性を向上させると共に前記真壁の脱落を防止させる、
ことを特徴とする耐震補強構造。
【請求項4】
更に、前記真壁に囲まれた空間の上面を覆う天井面が、落下防止手段を備え、
前記落下防止手段が、少なくとも厚さ30mmの吹付発泡樹脂層からなる水平面体とされ、
前記水平面体が、前記天井面の下面から、前記天井面の周囲の梁の側面に至るまで連続して吹付けにより一体に接着され、天井構成部材の落下を防止させる、
ことを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載の耐震補強構造。
【請求項5】
前記耐震補強構造が、耐震要素付加手段とともに備えられ、
前記耐震要素付加手段が、壁により閉塞されていない柱間を、構造用合板で閉塞させ、少なくとも前記構造用合板の一方の面に発泡樹脂層が吹付けられ一体に接着されている、
ことを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の耐震補強構造。
【請求項6】
伝統構造又は在来軸組構造による木造建築物において、
請求項5に記載の前記耐震要素付加手段に応じた壁倍率評価と、前記吹付発泡樹脂層の厚さに応じた壁倍率評価と、を使って計算した各階と各方向のいずれの偏心率も0.3以下とされている、
ことを特徴とする木造建築物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、木造建築物の耐震性を向上させる耐震補強構造に関する。具体的には、単に木造建築物の既設壁の壁基準耐力を向上させるだけでなく、現在の耐震基準による耐震補強工事の対象外とされている伝統構造による建築物にも適用でき、壁部材等を屋内外に脱落させず、建築物内外の市民の安全の確保に寄与する耐震補強構造および木造建築物に関する。
【0002】
より具体的には、木造建築物に配設された真壁に適用され、真壁の周囲の柱面と梁面とに、真壁の室内側の面から、連続して一体に吹付けられた発泡樹脂層からなる被覆層を含み、被覆層が柱と梁と真壁とに一体に接着され、耐震性を向上させると共に真壁の脱落を防止させる耐震補強構造および木造建築物に関する。
【背景技術】
【0003】
日本の木造建築物の建築構造は、年代順に、伝統構造、従来構造、伝統構造に従来構造を複合した構造が普及し、更に近時においては木造枠組壁構造が普及している。
【0004】
伝統構造とは、柱と梁の結合部に、仕口と称されている、特殊な形状の切り欠きを組み合わせた継手の加工をし、柱と梁の結合部をボルト等の金物を使わないで継手により結合させて、木組みをした継手の柔軟性を活かす建築構造である。その特徴は、地震の際には柱と梁の結合部をわずかに変形させ、建築物全体を揺らすようにし、地震による振動エネルギーを吸収すると共に受け流す構造であるとされている。
【0005】
伝統構造、例えば古民家・寺社等は、振動エネルギーを吸収・受け流すために、揺れやすいことが必要であり、壁が少ない平面計画が採用され、採光・通風が確保しやすい建築構造とされている。しかし耐用年数中に被った地震動や木材等の部材の乾燥収縮により、僅かずつ壁にひびが入り、柱と梁の仕口にゆるみが発生し、柱と壁との間に隙間が発生する。地震動の大きさによっては瓦を落下させる被害を発生させる反面、地震動が大きい場合においても全壊倒壊しにくい構造であるとされている。
【0006】
繰り返し地震動を受けることにより、壁にひびが入り、柱・梁と壁との間に隙間があき、居住されていない場合には、湿気により木質材の腐朽が進み、耐震性が低下している建築物が多い。しかし、伝統構造は、地震動は壁耐力により受け持たせるという従来の在来構造の耐震補強工事の考え方とは異なる構造形式であるため、従来の耐震補強工事の対象にはできないとされている。伝統構造の建築物の撤去、建て替えが進みにくい現状において、地域防災の観点からも、早急に、伝統構造にも適用できる耐震補強構造の開発が必要とされている。
【0007】
在来構造とは、木造軸組構造とも称され、伝統構造の柱と梁の接合部の加工を簡易にする一方、結合部を、カスガイ、ボルトや金属板等の金物で一体化させた構造である。在来構造は、伝統構造の設計の自由度を確保しつつ、柱と梁の結合部の耐力が高くされ、変形されにくい反面、一定の変形を超えると建築物が全壊する可能性があった。
【0008】
阪神・淡路大震災後に、昭和56年以前に建築された在来軸組構造を対象として、耐震診断・耐震改修が促進され、在来軸組構造の建築物は、認定された耐震補強構造により耐震化の向上が進められている。しかし、耐震補強構造によっては、大規模な改修による住み替えが必要とされるため、耐震化が普及しにくく、より簡易に耐震性を向上させる耐震補強構造の提供が課題とされている。
【0009】
また、木造枠組壁構造とは、1970年代後半から普及し、ツーバイフォーとも称されており、垂直軸材と水平軸材とで矩形をなす枠組を形成させ、その枠組面に構造用合板を釘打ち固定させて垂直面材又は水平面材とし、垂直面材と水平面材とにより組み立てる箱型構造であり、耐震性が高い建築構造とされている。また近時では、予め工場で、枠組の内部に発泡樹脂を注入させて断熱性と耐震性の高い枠組パネルを作成しておき、建設現場において、予め枠組パネルを嵌め込む軸組を構築し、軸組に枠組パネルを嵌め込む建築構造もある。
【0010】
しかし建設現場において軸組が高い精度で組み立てられていないと、この枠組パネルを嵌め込むことが困難であり、ましてや、既設建築物の軸組に枠組パネルを嵌め込むためには、既設建築物の壁を撤去して、予め軸組の間隔を正確に測定することが必要であり、手間、費用がかさむだけでなく、居住者の転居も必要となり、耐震目的の改修工事には適用できないという課題があった。
【0011】
特許文献1には、在来軸組構造による在来木造住宅に用いる好適な高断熱・高気密性耐震補強構造に関し、施工作業を容易にし、且つ、建築物の強度を十分に確保できることを課題とした技術が開示されている。この技術によれば、壁、床、天井の外周に、室内側に向けた基材面を設けて、所定の厚みで室内を覆う断熱・気密用発泡樹脂層を設けるとされている。
【0012】
特許文献1に記載の技術によれば、所定の厚みのポリウレタンフォーム層が得られるように、例えば塗布速度を調整する等して、ポリウレタン材料の塗布量を調整するとされている。塗布範囲が広い場合には、ポリウレタン材料をスプレイノズルにより塗布してもよいとされ、また、壁の外面板と内面板の壁内空間に、孔からポリウレタン材料を注入する例も開示されている。
【0013】
具体的には、内壁側の板にポリウレタン材料の注入用の孔をあけて、孔から壁内空間にポリウレタン材料を注入するとされている。しかし、在来構造の壁は、間柱、胴縁により区画され、壁内空間には断熱グラスウールや配線・配管等が配設されている。そのため、注入量が少ない場合には、ポリウレタン材料で壁内空間を十分に且つ均一に埋めることができず、断熱・耐力構造として有効なポリウレタンフォーム層を形成させることが困難であった。また、注入量が多い場合には、ポリウレタン材料が発泡される際の圧力により、外壁板よりも強度が低い内壁側の板を膨らませて壁を凸凹にさせるという課題があった。
【0014】
そのため、ポリウレタン材料の注入量を精密に管理する必要があるが、在来住宅の壁内空間の配線・配管の配設状況はまちまちであり、内壁側の板を撤去しないと、壁内空間の状態を把握することができず、ポリウレタン材料の注入量の精密な管理をすることができなかった。このため、特許文献1に記載の技術は、在来住宅の耐震補強工事に適用することは困難であるという課題があった。
【0015】
特許文献2には、発泡樹脂層を吹付けた外壁構造として、環境負荷の高いフロンガスに換えて、ハイドロフルオロオレフィンを発泡剤として、所定の独立気泡率以上、且つ、所定の密度以上の硬質ポリウレタンフォーム層がなす外壁構造の技術が開示されている。具体的には2つの垂直棒部材と2つの水平棒部材とそれらの室外側に固定された平面部材に、所定のポリマーフォームを吹付ける外壁構造の技術とされている。
【0016】
このハイドロフルオロオレフィンを発泡剤とした硬質ポリウレタンフォーム層については、硬質ポリウレタンフォーム層の厚さと密度に応じた壁耐力試験が実施され、建築基準法関係法規に定められる壁倍率として、前記厚さと密度に応じて所定の値の実験結果が得られたことが示され、硬質ポリウレタンフォーム層の吹付けが、耐震性の向上に寄与することが示されている。
【0017】
しかし、特許文献2に記載の技術は、隣接する柱の向かい合う露出した面に、発泡樹脂層を形成させる技術であり、例えば真壁のように柱の対向する面の幅が小さい場合、具体的には、壁の室内面側の位置が、柱の室内面側から僅かに落ち込んだ寸法の位置にある場合には、有効な厚さの発泡層を形成させることができないため適用できず、適用対象が限定されるという課題があった。
【0018】
特許文献3には、施工性に優れ、しかも断熱効果の向上が図れる木造住宅における外断熱方法を提供することを課題として、柱と外壁材の間に弱熱伝導性の部材を配設させて、室内側から弱熱伝導性部材を挟むように発泡断熱材を吹付け、外壁材の裏面に、弱熱伝導性の部材と発泡断熱材とにより連続した断熱気密層を形成する技術が開示されている。しかし、特許文献3に記載の技術もまた、既設建築物には適用できないという課題があった。
【0019】
そこで、本願の発明者らは、単に在来軸組構造(在来構造)だけでなく、伝統構造にも適用でき、既設建築物にも、大規模な改修工事をしないでも、簡易に低コストで耐震性を向上できる耐震補強構造を提供することを課題として鋭意研究を進め、本願技術の想到に至った。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0020】
【特許文献1】特開平8-27915号公報
【特許文献2】特開2018-172895号公報
【特許文献3】特開2000-355987号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
本発明は、木造建築物が伝統構造であっても、在来構造であっても適用でき、木造建築物が既設であっても適用できる耐震補強構造であって、大規模な改修工事を必要としないで、特に真壁の建築物に好適に適用され、容易に耐震性を向上することができ、且つ、断熱性の向上をも実現することができる耐震補強構造を提供することを課題としている。ここで、真壁とは、壁厚さが柱の奥行寸法よりも小さく、柱面が壁面より室内側にでている壁仕上をいい、大壁とは、柱を壁仕上げ材が格納し、柱面を室内側に表さない壁仕上をいう。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明の第1の発明は、伝統構造又は在来軸組構造による木造建築物の外周に配された真壁に適用される耐震補強構造であって、前記耐震補強構造が、前記真壁の室内面に形成された、少なくとも30mmの厚さの吹付発泡樹脂層を有し、前記吹付発泡樹脂層が、前記真壁をなす一対の柱の室内側柱面から、前記一対の柱が向い合う面を経て、前記真壁の室内面に連なり、且つ、前記真壁をなす梁の室内側梁面から、前記梁の梁底面を経て前記真壁の室内面に連なり、前記真壁の室内面の側を全体に覆う被覆層とされ、前記被覆層が、前記室内側柱面及び前記室内側梁面から、前記真壁の室内面に屈曲されて、前記吹付けにより一体に接着され、前記真壁の耐震性を向上させると共に前記真壁の脱落を防止させることを特徴としている。
【0023】
数十年使用されてきた伝統構造又は在来軸組構造は、耐用年数中に被った地震動等により、真壁の柱と梁との間に隙間(
図5(A)
図22参照)が生じており、地震の規模によっては真壁が脱落しやすい状態となっている。本発明の適用対象の壁は伝統構造の外周壁の真壁であると好適であるが、外周壁に限定されず、在来軸組構造であっても壁構造が真壁であれば好適に適用できる。
【0024】
吹付発泡樹脂層の厚さが30mm以上とされ、室内側から吹付けにより隙間なく、前記真壁の室内面の側を全体に覆う被覆層として、在来の柱と梁と真壁とに連続して接着されている。吹付樹脂は、吹付け施工する現場近くに配設させたタンクに貯蔵させた液体状の樹脂材を、ホースにてスプレイノズルに導入し、噴出させる際に発泡剤により発泡反応させて吹付ければよい。吹付発泡樹脂層の材質は、ポリウレタンが好適であるが限定されず、密度は20~40kg/m3であればよく、被覆層は、窓等の開口がある場合は、開口を除いた部分に適用されればよいことは勿論のことである。
【0025】
吹付発泡樹脂層は、壁材に接着されていることによる壁脱落防止作用は勿論のこと、柱と梁の仕口の分離防止作用として機能する。特に伝統構造の古民家は建築されてから長い期間を経ているため、柱・梁の木質材は乾燥されているため、吹付発泡樹脂層との接着に優れる。真壁の材質は限定されず、土壁であってもよく、木下地に張られたプラスターボードであってもよい。吹付発泡樹脂層は、建築物断熱用吹付け硬質ポリウレタンフォーム(日本工業規格JISA 9526)に基づいて、ポリイソシアネート成分及びポリオール成分を主成分として,吹付け発泡した硬質発泡プラスチックとされればよいが、限定されない。
【0026】
第1の発明によれば、吹付発泡樹脂層の弾塑性変形により、柱と梁の結合部の剛性を大きく変化させないで、柱と梁と壁とに僅かな揺れを許容し、伝統構造の長所である継手の柔軟性を確保しつつ、建築物の断熱性と耐震性を向上させている。また、吹付発泡樹脂層がなす被覆層が、外周に配された真壁の室内面から折れ曲がって、周囲の柱と梁とに引っ掛かった状態とされ、大地震の被災の際にも、狭隘道路に面した伝統構造による古民家の外壁を道路側に脱落させない。これにより、周囲の狭隘道路の避難道路、消火用道路としての防災機能を損なわせないという従来にない有利な効果を奏する。
【0027】
本発明の第2の発明は、伝統構造又は在来軸組構造による木造建築物の外周に配された真壁に適用される耐震補強構造であって、前記耐震補強構造が、前記真壁の室内面に形成された、少なくとも30mmの厚さの吹付発泡樹脂層と、一対の柱面添着部材と梁面添着部材とを有し、各々の前記柱面添着部材が、前記真壁をなす一対の柱の室内側の柱面と同じ見附幅とされ、各々の前記柱面に固着され、前記梁面添着部材が、前記真壁をなす梁の室内側の梁面と同じ見附高さとされ、前記梁面に固着され、前記吹付発泡樹脂層が、前記一対の柱面添着部材が向い合う面から、前記一対の柱が向い合う面を経て、前記真壁の室内面に連なり、且つ、前記梁面添着部材の底面から、前記梁の梁底面を経て前記真壁の室内面に連なり、前記真壁の室内面の側を全体に覆う被覆層とされ、前記被覆層の側面接着面積が前記柱面添着部材により拡大され、且つ、前記被覆層の天面接着面積が前記梁面添着部材により拡大され、前記被覆層が前記吹付けにより一体に接着され、前記真壁の耐震性を向上させると共に前記真壁の脱落を防止させることを特徴としている。
【0028】
柱と梁に添着される各々の添着部材は、所定のピッチで釘打ちにより固着されればよいが限定されず、接着剤併用釘打ちとされてもよく、ねじ止めとされてもよい。また、施工が容易である点で材質は木質材が好適であるが限定されず、軽量鉄骨材、硬質樹脂材であってもよい。
【0029】
第2の発明によれば、真壁の柱面等から壁面への段落ち寸法が小さくても、柱面添着部材等の添着により、吹付発泡樹脂層の側面接着面積等の拡大が可能であり、吹付発泡樹脂層の厚さを断熱性及び耐震性が確保される任意の厚さまで拡大することができるという有利な効果を奏する。
【0030】
また、柱添着部材の側面及び梁添着部材の底面を吹付発泡樹脂層の接着部としているため、柱添着部材及び梁添着部材の室内面を仕上部材の取り付けに使用することができ、断熱性及び耐震性を向上しつつ、真壁を大壁に変更することができ、改修設計の自由度が確保できるという効果を奏する。
【0031】
本発明の第3の発明は、伝統構造又は在来軸組構造による木造建築物の外周に配された真壁に適用される耐震補強構造であって、前記耐震補強構造が、前記真壁の室内面に形成された、少なくとも30mmの厚さの吹付発泡樹脂層と、一対の柱面添着部材と梁面添着部材とを有し、各々の前記柱面添着部材が、前記真壁をなす一対の柱の室内側の柱面より狭い幅とされ、各々の前記柱面に段をなすように固着され、前記梁面添着部材が、前記真壁をなす梁の室内側の梁面より低い高さとされ、前記梁面に段をなすように固着され、前記吹付発泡樹脂層が、前記一対の柱面添着部材が向い合う面から、前記真壁をなす柱の室内側柱面と前記一対の柱が向い合う面とを経て、前記真壁の室内面に連なり、且つ、前記梁面添着部材の底面から、前記真壁をなす梁の室内側梁側面と前記梁の梁底面とを経て前記真壁の室内面に連なり、前記真壁の室内面の側を全体に覆う被覆層とされ、前記被覆層の側面接着面積が前記柱面添着部材により拡大され、且つ、前記被覆層の天面接着面積が前記梁面添着部材により拡大され、前記被覆層が、段をなした前記室内側柱面及び前記室内側梁側面から、前記真壁の室内面に屈曲されて、前記吹付けにより一体に接着され、前記真壁の耐震性を向上させると共に前記真壁の脱落を防止させることを特徴としている。
【0032】
柱に添着する柱面添着部材の幅は柱幅より狭く、梁に添着する梁面添着部材の高さは梁より小さく、真壁から周囲に広がる吹付発泡樹脂層は、真壁をなす柱の側面から柱の室内側の面を経て柱面添着部材の側面に接着され、真壁をなす梁の底面から梁の室内側の面を経て梁面添着部材の底面に接着される。各々の添着部材により接着面積が拡大されるだけでなく、吹付発泡樹脂層がなす被覆層が、外周に配された真壁の室内面から折れ曲がって、周囲の柱と梁とに引っ掛かった状態とされる。
【0033】
第3の発明によれば、断熱性と耐震性の向上とともに、真壁を大壁に変更することができ、改修設計の自由度が確保できるだけでなく、建築物が狭隘道路に沿った位置に建設されていても外壁を脱落させず、狭隘道路の防災機能を損なわせないという従来にない有利な効果を奏する。
【0034】
本発明の第4の発明は、第1から第3の発明の耐震補強構造であって、更に、前記真壁に囲まれた空間の上面を覆う天井面が、落下防止手段を備え、前記落下防止手段が、少なくとも厚さ30mmの吹付発泡樹脂層からなる水平面体とされ、前記水平面体が、前記天井面の下面から、前記天井面の周囲の梁の側面に至るまで連続して吹付けにより一体に接着され、天井構成部材の落下を防止させることを特徴としている。
【0035】
第4の発明による耐震補強構造では、落下防止手段をなす吹付発泡樹脂層が、梁により周囲が囲まれた天井面と周囲の梁とに吹付けられて、少なくとも厚さ30mmの吹付発泡樹脂層により一体化され、屋内空間を囲む外周壁をなす真壁だけでなく、屋内空間を覆う天井面にも発泡樹脂層が吹付により形成され、屋内空間の断熱性と安全性が向上される。
【0036】
第4の発明によれば、垂直区画をなす周囲壁の脱落防止だけでなく、水平区画をなす天井部材又は屋根部材の落下が防止され、水平区画と垂直区画に囲まれた屋内空間の断熱性と安全性が向上されるという効果を奏する。
【0037】
第5の発明は、第1から第3の発明の耐震補強構造であって、前記耐震補強構造が、耐震要素付加手段とともに備えられ、前記耐震要素付加手段が、壁により閉塞されていない柱間を、構造用合板で閉塞させ、少なくとも前記構造用合板の一方の面に発泡樹脂層が吹付けられ一体に接着されていることを特徴としている。
【0038】
閉塞させる部材が構造用合板であるため、発泡樹脂層との接着性がよい。構造用合板の厚さは、9mm又は12mmのいずれであってもよく、建築物の偏心率に応じて厚さが決定されればよい。第5の発明によれば、従来は、ふすま又は障子が移動する空間とされ、壁により閉塞されていない柱間に、間柱を立て、構造用合板を釘打ちし、構造用合板に発泡樹脂層を吹付けて、耐震性を向上させることができる。
【0039】
本発明の第6の発明は、伝統構造又は在来軸組構造による木造建築物において、第5の発明の耐震要素付加手段に応じた壁倍率評価と、吹付発泡樹脂層の厚さに応じた壁倍率評価と、を使って計算した各階と各方向のいずれの偏心率も0.3以下とされている木造建築物であることを特徴としている。壁倍率評価とは、後述する実験結果に示される吹付発泡樹脂層の厚さに応じた耐力を有するとして、吹付発泡樹脂層と耐震要素付加手段とが夫々負担する耐力に応じた比率とすればよい。
【0040】
建築基準法関係法規においては、伝統構造による建築物についての壁の評価は規定されていないため、偏心率の算定にあたっては、吹付発泡樹脂層を有する真壁について、例えば、厚さ60mmの吹付発泡樹脂層の壁倍率評価を「1」として、厚さ9mmの構造用合板を使った耐震要素付加手段の壁倍率評価を「2」として、夫々の壁倍率評価に応じた壁長を乗じて、偏心率を評価すればよい。
【0041】
在来軸組構造については、後述する実験結果相当の壁基準耐力を有するとして、従来の耐震補強工事による補強に加算するようにしてもよい。第6の発明によれば、伝統構造であっても、在来軸組構造であっても、各階と各方向の偏心率が0.3以下であることにより、部分的に過大な変形がされない、ねじりの小さい建築物とすることができるという効果を奏する。
【発明の効果】
【0042】
・第1の発明によれば、伝統構造の長所である仕口の柔軟性を確保しつつ、建築物の断熱性と耐震性を向上させると共に、周囲の狭隘道路の避難道路、消火用道路としての防災機能を損なわせないという従来にない有利な効果を奏する。
・第2の発明によれば、吹付発泡樹脂層の厚さを断熱性及び耐震性が確保される任意の厚さまで拡大することができると共に、改修設計の自由度が確保できるという効果を奏する。
【0043】
・第3の発明によれば、断熱性と耐震性の向上とともに、改修設計の自由度が確保できるだけでなく、建築物が狭隘道路に沿った位置に建設されていても外壁を脱落させず、狭隘道路の防災機能を損なわせないという従来にない有利な効果を奏する。
・第4の発明によれば、水平区画をなす天井部材又は屋根部材の落下が防止され、水平区画と垂直区画に囲まれた屋内空間の断熱性と安全性が向上されるという効果を奏する。
【0044】
・第5の発明によれば、壁により閉塞されていない柱間に、間柱を立て、構造用合板を釘打ちし、構造用合板に発泡樹脂層を吹付けて、耐震性を向上させることができる。
・第6の発明によれば、伝統構造であっても、在来軸組構造であっても、偏心率が0.3以下であることにより、部分的に過大な変形がされないねじりの小さい建築物とすることができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【
図1】耐震補強構造と耐震要素付加手段の説明図(実施例1)。
【発明を実施するための形態】
【実施例0046】
伝統構造で建築された古民家の耐震性向上のための耐震補強構造1を、図面を参照して説明する。古民家は、愛知県知多郡南知多町豊浜地内の海岸より約100m内陸に位置する。昭和37年に建設され、建設後61年経過した建築物であり、地域の狭隘道路100に接して建設されている。古民家は、瓦屋根葺の2階建て建築物200であり、南側に面して窓・出入口が多く、現行の建築基準法上で有効な耐震壁がない建築物(
図4(A)図参照)であった。
【0047】
理解を容易にするために、耐震補強工事前の建築物200の写真を参照して説明する(
図4(B)図参照)。2階の小屋梁300は、大断面の丸太梁であり、南面と北面に配置された軒桁310(
図5(A)図参照)に、南北方向に架け渡されている。軒桁310も、小屋梁300と同様に大断面の丸太桁とされている。小屋梁の中央からは小屋束320が立ち上がり棟木330を支えている。
【0048】
棟木330と軒桁にかけて、垂木340が南北方向に所定の間隔で架け渡され、垂木340には短い間隔で屋根野縁350が東西方向に架け渡され、屋根野縁350には野地板360が張り詰められ、野地板360には瓦が土370により接着され、瓦葺屋根とされている。2階床は、1階天井板を兼ね、所定の間隔で南北方向に配置された床根太に、仕上げの2階床板が敷き詰められている。
【0049】
ここで平面図を参照して、耐震補強工事前の建築物の間取りを説明する。
図3(A)図は、2階の平面図を示し、
図3(B)図は1階の平面図を示している。柱の配置は、平面図に示すように、主として外周に92cm間隔で105mm角の柱10が配置され、部屋を障子等で仕切る主要な位置にも、独立した柱11が上下の梁に接続するように配置されている。柱と梁の結合部は、切欠き、穴、突起等が設けられた仕口と称されている木組みをした継手により結合されている。
【0050】
1階は、主として、居室、土間、縁側に使用され、2階は、主として物品保管用途に使用されていた。1階の居室と土間を、障子により区画する南北方向の軸線12の上部の2階位置には、物品保管用途を仕切る土壁13が設けられている。2階には、建築物南北外面の所定位置に、柱高の中間位置から丸太桁まで、窓14が開口している。
【0051】
1階の南側には縁側15が配置され、縁側15は南面のガラス障子16により外部と区画され、北面の障子17により居室と区画されている。1階の居室の西側には、押入れ18が設けられていた。居室の東側は、炊事用の竈門が設けられた土間19とされ、半屋外的用途に使用されていた。1階居室の西側天井部には、2階への階段用の昇降開口20が設けられている。なお、1階南東部には、東西南北方向夫々が90cmである、板で囲まれた雨避け部21が設けられている。この雨避け部21は、構造上に寄与しない付屋であり、容易に撤去可能であるため、今回の構造上の評価及び耐震補強工事の対象としては無視している。
【0052】
2階には、南北面の壁に柱の中間位置から丸太桁まで広がる窓14が、数か所設けられているが、東西面の壁には窓が設けられていない。東西面の在来壁は土壁であり、耐用中の土壁又は小屋梁の乾燥収縮又は地震時の建築物の振動等により、
図5(A)図に示すように、小屋梁・柱と土壁の境に隙間22があき、外部から光が漏れる状態であり、地震の被災により土壁の脱落が危惧される状態であった。
【0053】
図1を参照して、耐震補強構造1と耐震要素付加手段2を説明する。耐震補強構造1としては、真壁構造とされた外周壁の室内側から、真壁構造をなす両側の柱30と土壁31の室内面側全面に、ポリウレタン樹脂を、発泡させながら吹付により一体に接着させて、独立気泡からなる60mmの連続した発泡ポリウレタン層32が形成されている。吹付けは、発泡ポリウレタン層32の厚さ管理をしながら、薄膜を重ねるようにして層厚さを管理して、全体に所定の厚さをなすようにするとよい。発泡ポリウレタン層32の厚さは少なくとも30mm確保されればよく、約120mm以下とすると好適である。
【0054】
発泡樹脂層は、ポリウレタンフォーム、ポリイソシアヌレートフォーム、フェノールフォーム、ポリスチレンフォーム等の発泡プラスチックフォームの中から選択され、独立気泡をなすポリウレタンフォームが好適であるが、内外の透湿が問題でなければ、独立気泡に限定されず連続気泡の発泡樹脂層であってもよい。壁面よりも柱面・梁面が突出した状態とされている真壁に、所定の厚さをなすように吹付けるため、仕上がり面では柱・梁の位置が室内側に盛り上がった状態になる(
図6(A)図参照)。
【0055】
ここで発泡ポリウレタン層の耐震補強要素としての有効性を確認した試験結果を示す。枠体の1スパンを幅91cm高さ242cmとし、連続した2スパンの枠体で壁をなすように、枠体の外周を一辺10.5cmの木質角材で囲い、片面にパーティクルボードを6本の釘で固定し、2スパン長さの枠体を模擬壁とし、以下に示す3種類の試験体により短期基準せん断力と荷重変形関係を試験した。
【0056】
試験体1(T0)は、枠体の各内隅部を、コーナ金物(シナーコーナー:登録商標)で固定し、パーティクルボードを釘打ち固定しただけとした。試験体2(T30)は、同様に固定したパーティクルボードにポリウレタン樹脂を厚さ1cm吹付け、その上にラスの周囲をタッカーで枠体に固定し、更に同様にして、厚さ1cmのポリウレタン樹脂を2層吹付け、計3cmの層厚の発泡ポリウレタン層を形成させた。試験体3(T105)は、試験体2の1層のポリウレタン厚を3.5cmに変更し、計10.5cmの層厚の発泡ポリウレタン層をパーティクルボードに形成させた。
【0057】
枠体の面外方向への変形を拘束させた状態で、3種類の試験体の頂部に、同一の条件で正負方向に油圧ジャッキで水平力を負担させ、変形角が1/200rad(以下の単位も同じ),1/100,1/75,1/50の順に正負交番を1回負荷した。その後は、負方向への油圧ジャッキのストロークが制約されたため、正方向へ1/30,負方向へ1/50,正方向へ1/15,負方向へ1/50,正方向へ1/10の順に荷重を負荷した。更に、破壊まで、又は破壊しない場合は油圧ジャッキのストロークが限界に達するまで引ききった。
【0058】
その試験結果を、
図2を参照して説明する。
図2(A)図は、3種類の試験体についての荷重変形履歴曲線を示している。
図2(B)図は、各試験体と、一般的に使用される耐力壁の荷重変形関係を示している。
図2(A)図は、発泡ポリウレタン層を形成させていない試験体1(
図2(A)図の破線T0参照)と、壁体内に3cm厚の発泡ポリウレタン層を形成させた試験体2(
図2(A)図の実線T30参照)と、壁体内に10.5cm厚の発泡ポリウレタン層を形成させた試験体3(
図2(A)図の一点鎖線T105参照)の荷重変形履歴曲線を示している。
【0059】
試験体1(T0)は、背面のパーティクルボードを周囲の枠体に6本の釘だけで固定していただけであり、ほとんど耐力は発現しなかった。一方、試験体2(T30)は十分な初期剛性とともに耐力が立ち上がり、負荷荷重が10kNを超えてから剛性の低下が観察され、0.02(1/50)radで最大耐力17kNとなった。その後、発泡ポリウレタン層の隅角部の圧壊が進み、徐々に耐力が低下したがその耐力低下は緩やかであり、0.1(1/10rad)という極めて大きな変形時にも、まだ最大耐力の50%程度の復元力を示した。試験体3(T105)は、0.025radで最大耐力24kNに達した。
【0060】
表1に、各試験体の特性値と短期基準せん断力を示す。試験体1(T0)と、試験体2(T30)又は試験体3(T105)との最大耐力の差が、発泡ポリウレタン層による耐力上昇であり、試験体2(T30)は約14.9kN、試験体3(T105)は21.7kNの耐力上昇が認められた。耐力上昇が発泡ポリウレタン層の厚みに比例しなかったのは、発泡ポリウレタン層の層厚に拘わらず2枚のラスが添着されていることと、背面のパーティクルボードとの摩擦せん断抵抗によると判断されるが、いずれにしても発泡ポリウレタン層を形成させたことによる短期基準せん断力の向上が確認された。
【0061】
【0062】
図2(B)図は、耐震補強要素としての荷重変形関係の包絡線を、3種類の試験体と、一般的に使用される耐力壁である、厚さ9mmの構造用合板による耐力壁(
図2(B)図の細実線(G1)参照)と、片筋かい(45mm×90mm)による耐力壁(
図2(B)図の二点鎖線(G2)参照)と比較した図である。発泡ポリウレタン層30mmを吹付けた試験体2(
図2(B)図の実線(T30)参照)は、片筋かい(45mm×90mm)による耐力壁(G2)と同等以上の性能を示しており、短期基準せん断力も7.45kNを確保している。
【0063】
発泡ポリウレタン層10.5cmを形成させた試験体3(
図2(B)図の一点鎖線(T105)参照)は、厚さ9mmの構造用合板による耐力壁(G1)を超える耐力を発生させており、短期基準せん断力も11.78kNであり、在来の木造用の耐震補強構造の補強要素に十分匹敵する性能を有していた。この試験により、厚さ3cm以上の吹付による発泡ポリウレタン層が耐震補強要素として、有効であることが裏付けられた。
【0064】
ここで、壁に接する柱・梁との間に隙間がある真壁を有する古民家に、壁の脱落を防止しつつ耐震性を向上させる耐震補強構造1を適用した例を、
図3から
図6を参照して説明する。
図3は、建築物200の平面図を示し、
図4は、耐震補強工事前の建築物200の写真を示し、
図5は発泡ポリウレタン吹付けの養生中の建築物200の写真を示し、
図6は耐震補強工事後の建築物200の室内の写真を示している。
【0065】
建築物200は2階建ての伝統構造による建築物であり、1階と2階の北壁面が同一面上にあり、1階の南壁面が2階の南壁面よりも半間(1間は約1.82m)突出している。各柱10,10,・・の間隔は、東側の1スパンを除き半間間隔で配置されている。東側1スパンは約1.2mとされ、1階部分については北面が南面よりも狭い台形形状の平面とされている(
図3(A)図,
図3(B)図参照)。
【0066】
耐震補強工事後の2階には、北面に1か所、南面に3か所の窓14が配置されているが、東西面は窓がない土壁とされている。耐震補強工事後の1階には、北面に3か所の窓14が配置され、東面に1か所の窓14が配置され、南面は、各両端の1スパンを除いた各スパンはガラス障子用16の開口とされている。1階の南側から1スパン内側の通り芯は、ほぼ中央部の4スパンが障子17用の開口とされている。
【0067】
各階の窓又は障子開口が配置された壁を除いた外周の土壁に(
図3(A)図,
図3(B)図の黒塗り矢印参照)、耐震補強構造として発泡ポリウレタン層が吹付けられている。更に、1階の南側から1スパン内側の通り芯の位置には、各両端の1スパンの土壁に、耐震補強構造として発泡ポリウレタン層が吹付けられ、その各内方の2スパンには耐震要素付加手段をなす壁が設けられている(
図1(B)図参照)。
【0068】
耐震補強構造をなす発泡ポリウレタン層の厚さは、前記試験の試験体2(T30)と試験体3(T105)の中間値である6cmとし(
図2(B)図参照)、構造用合板9mmによる耐震壁(
図2(B)図細実線
図G1参照)と同等以上の耐震効果が得られるようにした。ここで、耐震要素付加手段2(
図1(B)図参照)は、柱30に挟まれた障子開口であった位置の鴨井・敷居に間柱30を固定し、その内周に桟木40を釘で固定し、桟木40に厚さ9mmの構造用合板41を釘で固定し、発泡ポリウレタン層の下地とした。構造用合板には9cmの発泡ポリウレタン層を吹付け、9mmの構造用合板の約2倍の壁基準耐力が得られるようにした。
【0069】
2階の窓14がある壁の下方にも、隣接した壁と同じ厚さの発泡ポリウレタン層が吹付けられているが、耐震要素としては無視し、壁の脱落防止機能のみに寄与するとした。2階の天井は、野地板360が直接露出した下地とされていた(
図4(B)図参照)。また、2階東面の小屋梁300と柱が囲む土壁の周囲には、光が漏れる程度の隙間22があいていた(
図5(A)図参照)。
【0070】
土壁については、下地の柱と土壁の埃を箒で除去したうえに、発泡ポリウレタン層を吹付けた。土壁に接着した発泡ポリウレタンを土壁から剥離させようとしても、土壁の内部で破断し、土壁と発泡ポリウレタン層との接着が強固であることが確認できた。天井面については、屋根面及び天井面から漏水がないように、透湿・防水シート361を野地板360及び2階床板の下面に添着させておき、屋根面及び天井面に添着させた透湿・防水シート361の室内面側から、小屋梁300(
図5(B)図参照)、小屋桁310(
図6(A)図参照)又は2階床梁301(
図6(B)図参照)の側面まで、発泡ポリウレタン層を連続して垂下するように吹付け、瓦接着用の土370(
図4(B)図参照)等の室内への落下を防止する落下防止手段とした。
【0071】
発泡ポリウレタン樹脂の吹付けにあたっては、発泡ポリウレタン樹脂を吹付けても、耐震性の向上に寄与しない、小屋梁の側面、独立した丸太桁等については付着防止用の剥離シート302で囲って(
図5(B)図参照)発泡ポリウレタン樹脂の吹付けの対象外として、その他の室内面側に、床面を除いて広く発泡ポリウレタン樹脂を吹付けた。発泡樹脂材を吹付けた室内写真を
図6に示す。2階の室内の状況を
図6(A)図に示し、1階の室内の状況を
図6(B)図に示している。いずれも、旧宿場町等の伝統構造の耐震補強工事として適用しても、旧来の美観を損ねず、又は美観を向上させる仕上がりとなっている。
【0072】
ここで、建築物200の耐震補強後の偏心率について簡単に説明する。建築物200の重心、剛心算定上の原点1000(建築物1階南西隅柱芯より0.92m西、0.92m南の位置とした。)を、
図2に示している。この原点1000を基準に、重心、剛心を算定した。各階の重心の算定にあたっては、「2012年改訂版 木造住宅の耐震診断と補強方法」に記載された住宅の簡易重量表に基づいて、土葺瓦屋根2階建ての床面積あたりの重量として、1層目の床面積あたり重量を2.85kN/m
2とし、2層目の床面積あたり重量を3.23kN/m
2とした。
【0073】
前記のように窓14のあるスパンの発泡ポリウレタン層の耐力向上評価は無視し、各階の黒矢印部分の壁倍率評価を1とし壁長に乗じ、白抜き矢印部分のスパンについては、構造用合板9mmに発泡ポリウレタン層90mm吹付の壁倍率評価を2とし壁長に乗じた。一般的な構造計算により求めた、各階のX方向(東西方向)とY方向(南北方向)の偏心率を、偏心率を算定する過程の重心位置、剛心位置、偏心距離、ねじり剛性、弾性半径とともに表2に示している。
【0074】
【0075】
建築物1については、1階、2階のいずれの方向の偏心率も、建築基準法関係法規で定める0.3を大きく下回り、偏心の小さい建築物であるといえる。
図2において、各階の重心を〇印で示し、剛心を△印で示す。壁耐震補強構造1として外周に設ける耐震壁に偏りがあり、偏心率が大きくなるような場合には、構造用合板に発泡ポリウレタン層を吹付けた耐震要素付加手段2を適切な位置に配設させることにより、更に、偏心率が小さくできることは勿論のことである。