(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024122632
(43)【公開日】2024-09-09
(54)【発明の名称】器官芽の保存方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20240902BHJP
【FI】
C12N5/071
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023030290
(22)【出願日】2023-02-28
(71)【出願人】
【識別番号】505155528
【氏名又は名称】公立大学法人横浜市立大学
(71)【出願人】
【識別番号】000003986
【氏名又は名称】日産化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(74)【代理人】
【識別番号】100152308
【弁理士】
【氏名又は名称】中 正道
(74)【代理人】
【識別番号】100201558
【弁理士】
【氏名又は名称】亀井 恵二郎
(72)【発明者】
【氏名】谷口 英樹
(72)【発明者】
【氏名】田所 友美
(72)【発明者】
【氏名】畑中 大輔
(72)【発明者】
【氏名】阿武 志保
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065BD12
4B065BD33
4B065BD50
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】従来の課題を解決できる新規の器官芽の保存技術の確立。
【解決手段】脱アシル化ジェランガム又はその塩、及び、アルギン酸又はその塩を含む、器官芽を保存するための液体組成物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
脱アシル化ジェランガム又はその塩、及び、アルギン酸又はその塩を含む、器官芽を保存するための液体組成物。
【請求項2】
塑性流体であることを特徴とする、請求項1記載の液体組成物。
【請求項3】
脱アシル化ジェランガム又はその塩の濃度が、0.002~0.01(w/v)%であり、
アルギン酸又はその塩の濃度が、0.004~0.1(w/v)%である、
請求項1又は2記載の液体組成物。
【請求項4】
さらに器官芽を含む、請求項1~3のいずれか一項記載の液体組成物。
【請求項5】
液体組成物において、器官芽が1~7680器官芽/mLの密度で存在することを特徴とする、請求項4記載の液体組成物。
【請求項6】
液体組成物において、溶液中に占める器官芽の体積が0.00002~0.17%の比率で存在することを特徴とする、請求項4記載の液体組成物。
【請求項7】
液体組成物が、15~34℃に維持されることを特徴とする、請求項1~6のいずれか一項記載の液体組成物。
【請求項8】
器官芽が、肝芽である、請求項1~7のいずれか一項記載の液体組成物。
【請求項9】
脱アシル化ジェランガム又はその塩、及び、アルギン酸又はその塩を含む液体組成物中で器官芽を浮遊及び分散させる工程を含む、器官芽を保存するための方法。
【請求項10】
液体組成物が、塑性流体であることを特徴とする、請求項9記載の方法。
【請求項11】
液体組成物中の脱アシル化ジェランガム又はその塩の濃度が、0.002~0.01(w/v)%であり、
アルギン酸又はその塩の濃度が、0.004~0.1(w/v)%である、
請求項9又は10記載の方法。
【請求項12】
液体組成物において、器官芽が1~7680器官芽/mLの密度で存在することを特徴とする、請求項9~11のいずれか一項記載の方法。
【請求項13】
液体組成物において、溶液中に占める器官芽の体積が0.00002~0.17%の比率で存在することを特徴とする、請求項9~11のいずれか一項記載の方法。
【請求項14】
器官芽の保存が、15~34℃で行われることを特徴とする、請求項9~13のいずれか一項記載の方法。
【請求項15】
器官芽が、肝芽である、請求項9~14のいずれか一項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、器官芽を保存するための方法に関し、より詳細には、脱アシル化ジェランガム及びアルギン酸を用いた、器官芽を保存するための方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、末期臓器不全に対して臓器移植が唯一の根本的治療法である。しかし、ドナー臓器の供給は絶対的に不足しており、米国だけでも毎年2千人以上の肝不全患者が移植を待つ間に死亡あるいは病状悪化により移植が受けられない状態が続いている。従って、臓器移植に代わる治療法として、新たなヒト臓器創出技術の開発が求められている。
【0003】
かかる状況下、本発明者らのグループは、これまでに様々な器官芽を調製する方法を構築している。例えば、本発明者らのグループは、肝内胚葉細胞、血管内皮細胞、間葉系細胞の3種類の細胞から、血管網を有した肝臓の原基(肝芽)を調製する方法を構築しており、さらには、これらの3種類の細胞すべてをiPS細胞から調製することで、高品質かつ均質な肝芽を大量に調製する方法を構築している(特許文献1~3、非特許文献1、2)。
【0004】
本発明者らのグループの成果により肝芽をはじめとする器官芽を調製する手段は構築されたが、依然として器官芽の生体移植プロセスには課題が存在する。生体移植用の器官芽は細胞培養加工施設を用いて再生医療等製品の製造管理及び品質管理の基準であるGCTPに準拠して製造されるが、調製された器官芽を品質を保ったうえで医療機関などの移植実施施設へ輸送するためには、器官芽の保存技術が必要不可欠である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2013/047639
【特許文献2】WO2015/012158
【特許文献3】WO2019/107535
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Takebe T et al., Nature 499, pp481-484, 2013
【非特許文献2】Takebe T et al., Cell Stem Cell 16, pp556-565, 2015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
器官芽は栄養や酸素供給の面から、分散した状態で保存および輸送されることが求められる。現在は、研究施設などで調製された移植用の器官芽は凝集を防ぎ分散状態を保つために4℃などの低温条件下で医療機関へ輸送されることが一般的である。しかし、低温条件下における器官芽の保存及び輸送は6時間程度が限界である。また、分散状態を保つためにゲル包埋による保存も可能であるが、使用温度範囲が限定されること、および移植前に器官芽をゲルから取り出す作業を要することなど、課題も多い。従って、これらの課題を解決できる新規の器官芽の保存および輸送技術の確立が強く求められている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題に対して鋭意検討した結果、脱アシル化ジェランガムとアルギン酸を含む水溶液が、
(1)撹拌等の操作なしに、肝芽を浮遊及び分散した状態で維持できること、
(2)常温に近い温度帯で肝芽を保存できること、
(3)生物学的機能を良好に保持した肝芽を長時間保存できること、
等を見出し、かかる知見に基づいてさらに研究を進めることによって本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の通りである。
【0009】
[1]
脱アシル化ジェランガム又はその塩、及び、アルギン酸又はその塩を含む、器官芽を保存するための液体組成物。
[2]
塑性流体であることを特徴とする、[1]記載の液体組成物。
[3]
脱アシル化ジェランガム又はその塩の濃度が、0.002~0.01(w/v)%であり、
アルギン酸又はその塩の濃度が、0.004~0.1(w/v)%である、
[1]又は[2]記載の液体組成物。
[4]
さらに器官芽を含む、[1]~[3]のいずれか記載の液体組成物。
[5]
液体組成物において、器官芽が1~7680器官芽/mLの密度で存在することを特徴とする、[4]記載の液体組成物。
[6]
液体組成物において、溶液中に占める器官芽の体積が0.00002~0.17%の比率で存在することを特徴とする、[4]記載の液体組成物。
[7]
液体組成物が、15~34℃に維持されることを特徴とする、[1]~[6]のいずれか記載の液体組成物。
[8]
器官芽が、肝芽である、[1]~[7]のいずれか記載の液体組成物。
[9]
脱アシル化ジェランガム又はその塩、及び、アルギン酸又はその塩を含む液体組成物中で器官芽を浮遊及び分散させる工程を含む、器官芽を保存するための方法。
[10]
液体組成物が、塑性流体であることを特徴とする、[9]記載の方法。
[11]
液体組成物中の脱アシル化ジェランガム又はその塩の濃度が、0.002~0.01(w/v)%であり、
アルギン酸又はその塩の濃度が、0.004~0.1(w/v)%である、
[9]又は[10]記載の方法。
[12]
液体組成物において、器官芽が1~7680器官芽/mLの密度で存在することを特徴とする、[9]~[11]のいずれか記載の方法。
[13]
液体組成物において、溶液中に占める器官芽の体積が0.00002~0.17%の比率で存在することを特徴とする、[9]~[11]のいずれか記載の方法。
[14]
器官芽の保存が、15~34℃で行われることを特徴とする、[9]~[13]のいずれか記載の方法。
[15]
器官芽が、肝芽である、[9]~[14]のいずれか記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、生物学的機能を良好に保持した器官芽を長時間保存できる。加えて、本発明によれば、器官芽の保管や輸送時の温度管理が容易となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、実施例における肝芽の保存試験の概要を示す図である。
【
図2】
図2は、様々な温度において、本発明の液体組成物を用いて肝芽を保存したときの、肝芽の形態を解析した結果を示す図である。
【
図3】
図3は、様々な温度において、本発明の液体組成物を用いて肝芽を保存したときの、肝芽の蛍光観察の結果を示す図である。
【
図4】
図4は、様々な温度において、本発明の液体組成物を用いて肝芽を保存したときの、肝芽の生存率および生物学的機能を解析した結果を示す図である。
【
図5】
図5は、様々な温度において、本発明の液体組成物を用いて肝芽を保存したときの、肝芽培養培地中の成分を解析した結果を示す図である。
【
図6】
図6は、様々な肝芽密度において、本発明の液体組成物を用いて肝芽を保存したときの、肝芽の形態を解析した結果を示す図である。
【
図7】
図7は、様々な肝芽密度において、本発明の液体組成物を用いて肝芽を保存したときの、肝芽の蛍光観察の結果を示す図である。
【
図8】
図8は、様々な肝芽密度において、本発明の液体組成物を用いて肝芽を保存したときの、肝芽の生存率および生物学的機能を解析した結果を示す図である。
【
図9】
図9は、様々な肝芽密度において、本発明の液体組成物を用いて肝芽を保存したときの、肝芽培養培地中の成分を解析した結果を示す図である。
【
図10】
図10は、様々な添加物を加えた液体組成物を用いて肝芽を保存したときの、肝芽の生存率、生物学的機能、肝芽の回収率を解析した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0013】
1.器官芽を保存するための液体組成物
本発明は、脱アシル化ジェランガム又はその塩、及び、アルギン酸又はその塩を含む、器官芽を保存するための液体組成物(以下、「本発明の液体組成物」と称することがある)を提供する。
【0014】
本発明において、「器官芽」とは、成熟することで器官に分化することができる構造体であって、臓器細胞、血管内皮細胞、及び未分化間葉系細胞若しくはそれから分化した細胞の三種類の細胞を含む構造体をいう。ある構造体が器官芽であるかどうかは、例えば、その構造体を生体へ移植し、目的の器官に分化できるかどうかを調べること(目的の器官へ分化していれば器官芽であると判断できる。)、及び/又はその構造体が上述した三種類の細胞をすべて含んでいるかどうかを調べること(三種類の細胞をすべて含んでいれば器官芽であると判断できる。)により確認できる。器官芽は、例えば、腎臓、心臓、肺臓、脾臓、食道、胃、甲状腺、副甲状腺、胸腺、生殖腺、脳、脊髄などの器官に分化する器官芽などであってもよいが、肝臓に分化する器官芽(肝芽)、膵臓に分化する器官芽(膵芽)、腸管に分化する器官芽など内胚葉性器官に分化する器官芽が好ましい。ある構造体が内胚葉性器官に分化する器官芽であるかどうかは、マーカーとなるタンパク質の発現を調べることにより確認できる(後述するマーカータンパク質のいずれか一つあるいは複数が発現していれば器官芽であると判断できる。)。例えば、肝芽では、HHEX、SOX2、HNF4A、AFP、 ALBなどがマーカーになり、膵芽では、PDX1、SOX17、SOX9などがマーカーになり、腸管に分化する器官芽では、CDX2、SOX9などがマーカーになる。当業者間で使用されている用語のうち、liver bud、liver diverticula、liver organoid、pancreatic(dorsal or ventral) buds、pancreatic diverticula、pancreatic organoid、intestinal bud、intestinal diverticula、intestinal organoid(K.Matsumoto,et al. Science.19;294(5542):559-63.(2001))などは本発明における器官芽に含まれる。
【0015】
器官芽を製造するための方法は、自体公知の方法を用いることができ、例えば、特許第6990462号に開示される方法を用いることができるが、これに限定されない。
【0016】
本発明の好ましい一態様において、器官芽は肝芽であり得る。「肝芽」とは、成熟することにより肝臓に分化することができる複数種の細胞を含む構造体を意味する。「肝芽」は、「ミニ肝臓」、「liver bud」、「liver diverticula」、又は「liver organoid」等とも称されるが、本明細書における「肝芽」はこれらのいずれをも含む概念である。構造体が肝芽であるかどうかは、マーカーとなるタンパク質(例、HHEX、SOX2、HNF4A、AFP、およびALB等)の発現を調べることにより当業者であれば容易に確認することができる。本発明の液体組成物により保存される肝芽は、肝芽融合前の小型肝芽であってもよく、血管形成やアルブミン分泌を行う肝芽融合後の成熟した肝芽であってもよい。好ましい一態様において、肝芽は、肝芽融合前の小型肝芽であり得る。
【0017】
肝芽は、生体内から採取したものであってもよく、又は自体公知の方法を用いてインビトロで調製したものであってもよい。インビトロでの肝芽の調製方法は、肝前駆細胞、血管内皮細胞、および間葉系細胞を混合して培養する工程を含む。インビトロでの肝芽の調製方法において、肝前駆細胞、血管内皮細胞、および間葉系細胞は生体由来のものであってもよく、iPS細胞等の多能性幹細胞から分化させたものであってもよい。好ましくは、肝前駆細胞、血管内皮細胞、および間葉系細胞の少なくとも1つがiPS細胞由来であり、より好ましくは、これらすべての細胞がiPS細胞由来である。尚、インビトロでの肝芽の調製方法における各種条件は、例えば、WO2017/110724、WO2019/087988、WO2019/189324、WO2019/107535等の教示内容を参考として適宜設定することができる。
【0018】
本発明の液体組成物は、脱アシル化ジェランガム(これ以降、「DAG」と表記する場合がある)又はその塩と、アルギン酸又はその塩を含む。
【0019】
脱アシル化ジェランガムは、1-3結合したグルコース、1-4結合したグルクロン酸、1-4結合したグルコース及び1-4結合したラムノースの4分子の糖を構成単位とする直鎖状の高分子多糖類であり、以下の一般式(I)(ここで、R1、R2が共に水素原子であり、nは2以上の整数である)で表わされる多糖類である。ただし、R1がグリセリル基を、R2がアセチル基を含んでいてもよいが、アセチル基及びグリセリル基の含有量は、好ましくは10%以下であり、より好ましくは1%以下である。
【0020】
【0021】
脱アシル化ジェランガムは、発酵培地でジェランガム生産微生物を培養し、菌体外に生産された粘膜物をアルカリ処理に付し、1-3結合したグルコース残基に結合したグリセリル基とアセチル基を脱アシル化した後に回収し、乾燥、粉砕等の工程後、粉末状にすることにより、製造することが出来る。精製方法としては、例えば、液-液抽出、分別沈澱、結晶化、各種のイオン交換クロマトグラフィー、セファデックスLH-20等を用いたゲル濾過クロマトグラフィー、活性炭、シリカゲル等による吸着クロマトグラフィーもしくは薄層クロマトグラフィーによる活性物質の吸脱着処理、あるいは逆相カラムを用いた高速液体クロマトグラフィー等を単独あるいは任意の順序に組み合わせ、また反復して用いることにより、不純物を除き精製することができる。ジェランガムの生産微生物の例としては、これに限定されるものではないが、スフィンゴモナス・エロディア(Sphingomonas elodea)及び当該微生物の遺伝子を改変した微生物が挙げられる。
【0022】
脱アシル化ジェランガムはリン酸化したものを使用することもできる。当該リン酸化は公知の手法で行うことができる。
【0023】
一般式(I)で表される化合物のR1及び/又はR2に当たる水酸基を、C1-3アルコキシ基、C1-3アルキルスルホニル基、グルコースあるいはフルクトースなどの単糖残基、スクロース、ラクトースなどのオリゴ糖残基、グリシン、アルギニンなどのアミノ酸残基などに置換した脱アシル化ジェランガムの誘導体も本発明に使用できる。また、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(EDC)等のクロスリンカーを用いて脱アシル化ジェランガムを架橋することもできる。
【0024】
塩としては、リチウム、ナトリウム、カリウムといったアルカリ金属の塩;カルシウム、バリウム、マグネシウムといったアルカリ土類金属の塩;アルミニウム、亜鉛、銅、鉄等の塩;アンモニウム塩;テトラエチルアンモニウム、テトラブチルアンモニウム、メチルトリブチルアンモニウム、セチルトリメチルアンモニウム、ベンジルメチルヘキシルデシルアンモニウム、コリン等の四級アンモニウム塩;ピリジン、トリエチルアミン、ジイソプロピルアミン、エタノールアミン、ジオラミン、トロメタミン、メグルミン、プロカイン、クロロプロカイン等の有機アミンとの塩;グリシン、アラニン、バリン等のアミノ酸との塩;等が挙げられる。
【0025】
脱アシル化ジェランガム又はその塩の重量平均分子量は、好ましくは10,000乃至50,000,000であり、より好ましくは100,000乃至20,000,000、更に好ましくは1,000,000乃至10,000,000である。例えば、当該分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)によるプルラン換算で測定できる。
【0026】
脱アシル化ジェランガム又はその塩として、市販の製品、例えば、三晶株式会社製「KELCOGEL(シーピー・ケルコ社の登録商標)CG-LA」、三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製「ケルコゲル(シーピー・ケルコ社の登録商標)」等を使用することができる。
【0027】
アルギン酸は、α1-4結合したL-グルクロン酸とβ1-4結合したD-マンヌロン酸の両方のウロン酸が直鎖重合した構造を有する多糖類である。
【0028】
アルギン酸又はその塩は、コンブやワカメに代表される褐藻類から、アルギン酸が有するカルボキシル基に対するイオン交換反応を行うことにより、抽出、精製することが出来る。藻体中のアルギン酸はカルシウムイオンなどの多価カチオンと不溶性の塩を作っているので、これをNaとイオン交換させ水溶性のアルギン酸ナトリウムとすることで、藻体外へ抽出する。更に、アルギン酸ナトリウムの水溶液に対して酸を加えることにより、不溶性のアルギン酸を凝固析出させ、凝固析出したアルギン酸を単離することにより、精製されたアルギン酸を得ることができる。
【0029】
塩としては、リチウム、ナトリウム、カリウムといったアルカリ金属の塩;カルシウム、バリウム、マグネシウムといったアルカリ土類金属の塩;アルミニウム、亜鉛、銅、鉄等の塩;アンモニウム塩;テトラエチルアンモニウム、テトラブチルアンモニウム、メチルトリブチルアンモニウム、セチルトリメチルアンモニウム、ベンジルメチルヘキシルデシルアンモニウム、コリン等の四級アンモニウム塩;ピリジン、トリエチルアミン、ジイソプロピルアミン、エタノールアミン、ジオラミン、トロメタミン、メグルミン、プロカイン、クロロプロカイン等の有機アミンとの塩;グリシン、アラニン、バリン等のアミノ酸との塩;等が挙げられる。本発明においては、水への溶解性の観点から、アルギン酸ナトリウムが好適に使用される。
【0030】
アルギン酸又はその塩の重量平均分子量は、好ましくは300乃至50,000,000であり、より好ましくは500乃至10,000,000、更に好ましくは1,000乃至5,000,000である。例えば、当該分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)によるプルラン換算で測定できる。
【0031】
アルギン酸又はその塩として、市販の製品、例えば、以下の製品を使用することもできる。
株式会社キミカ:
キミカアルギンシリーズ IL-2、IL-6、I-1、I-3、I-5、I-8、ULV-L3、ULV-L5、ULV-1、ULV-3、ULV-5、ULV-20、ULV-L3G、IL-6G、I-1G、I-3G、IL-6M、BL-2、BL-6、B-1、B-3、B-5、B-8、SKAT-ONE、SKAT-ULV
アルギテックスシリーズ LL、L、M、H
キッコーマンバイオケミファ株式会社:
ダックアルギンNSPH2R、NSPHR、NSPMR、NSPLR、NSPLLR
三晶株式会社:
スコーギン、サンアルギン
北海道三井化学株式会社:
アルギン酸オリゴ糖 ALGIN
持田製薬株式会社:
低エンドトキシン アルギン酸ナトリウム Sea Matrix(登録商標)
【0032】
脱アシル化ジェランガム、及びアルギン酸は、環内或いは環外異性化により生成する互変異性体、幾何異性体、互変異性体若しくは幾何異性体の混合物、又はそれらの混合物の形で存在してもよい。脱アシル化ジェランガム及びアルギン酸は、異性化により生じるか否かに拘わらず、不斉中心を有する場合は、分割された光学異性体或いはそれらを任意の比率で含む混合物の形で存在してよい。
【0033】
脱アシル化ジェランガム又はその塩、及びアルギン酸又はその塩は、液体組成物中の金属カチオン(例えば、カルシウムイオン等の二価金属カチオン)を介して集合し、三次元のネットワーク(不定型な構造体)を形成する。多糖類が金属カチオンを介してマイクロゲルを形成することは公知であり(例えば、特開2004-129596号公報)、前記不定型な構造体には、一態様として当該マイクロゲルも包含される。脱アシル化ジェランガム又はその塩、及びアルギン酸又はその塩が金属カチオンを介して集合したものとしては、その一態様としてフイルム状の構造体が挙げられる。本発明の液体組成物は、この脱アシル化ジェランガム又はその塩、及びアルギン酸又はその塩が、金属カチオン(例えば、カルシウムイオン等の二価金属カチオン)を介して集合することにより形成された、三次元のネットワーク(不定型な構造体)を含む。本発明の液体組成物中に、器官芽(例、肝芽)を懸濁し保存すると、液体組成物中に懸濁された器官芽は、この三次元ネットワークにトラップされ、沈降しないため、振とう、回転操作等を要することなく、器官芽を浮遊状態で分散させたまま、保存する(浮遊静置保存する)ことが可能となる。本発明の液体組成物は、好ましくは、前記三次元のネットワーク(不定型な構造体)を均一に分散された態様で含む。
【0034】
好ましい態様において、上記三次元のネットワーク(不定型な構造体)の形成は、本発明の液体組成物の粘度を実質的に高めない。「液体組成物の粘度を実質的に高めない」とは、液体組成物の粘度が8mPa・sを上回らないことを意味する。この際の当該液体組成物の粘度は、25℃において、8mPa・s以下であり、好ましくは4mPa・s以下であり、より好ましくは2mPa・s以下である。従って、本発明の好ましい一態様において、本発明の液体組成物は塑性流体である。尚、本明細書において「塑性流体」とは、流動させるために降伏応力が必要な流体、すなわち、降伏値を持つ流体をいう。塑性流体は、ビンガム流体であってもよく、非ビンガム流体であってもよい。
【0035】
液体組成物の粘度は、自体公知の方法で測定することができる。具体的には25℃条件下でE型粘度計(東機産業株式会社製、TV-22型粘度計、機種:TVE-22L、コーンロータ:標準ロータ 1°34’×R24、回転数100rpm)を用いて測定することができる。
【0036】
また、本発明の液体組成物は「脱アシル化ジェランガム又はその塩、及びアルギン酸又はその塩」以外の多糖類又はその塩を含んでいてもよい。当該多糖類は、好ましくはアニオン性の官能基を有する酸性多糖類である。酸性多糖類とは、その構造中にアニオン性の官能基を有すれば特に制限されないが、例えば、ウロン酸(例えば、グルクロン酸、イズロン酸、ガラクツロン酸、マンヌロン酸)を有する多糖類、構造中の一部に硫酸基又はリン酸基を有する多糖類、或いはその両方の構造を持つ多糖類であって、天然から得られる多糖類のみならず、微生物により産生された多糖類、遺伝子工学的に産生された多糖類、或いは酵素を用いて人工的に合成された多糖類も含まれる。より具体的には、ヒアルロン酸、ネイティブジェランガム、ラムザンガム、ダイユータンガム、キサンタンガム、カラギーナン、ザンタンガム、ヘキスロン酸、フコイダン、ペクチン、ペクチン酸、ペクチニン酸、ヘパラン硫酸、ヘパリン、ヘパリチン硫酸、ケラト硫酸、コンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸、ラムナン硫酸、又はそれらの塩が例示される。
【0037】
本発明の液体組成物中の脱アシル化ジェランガム又はその塩の濃度(フリー体の脱アシル化ジェランガム換算)は、例えば、0.002~0.01(w/v)%、好ましくは0.002~0.009(w/v)%、より好ましくは0.003~0.009(w/v)%、更に好ましくは0.0033~0.0066(w/v)%である。
【0038】
本発明の液体組成物中のアルギン酸又はその塩の濃度(フリー体換算)は、例えば、0.004~0.1(w/v)%、好ましくは0.004~0.02(w/v)%、より好ましくは0.004~0.015(w/v)%であり、更に好ましくは0.005~0.015(w/v)%、より更に好ましくは0.0066~0.0133(w/v)%である。
【0039】
脱アシル化ジェランガム又はその塩の濃度は、器官芽を浮遊および分散させる作用を確保する観点から、0.002(w/v)%以上、好ましくは0.003(w/v)%以上とすることが好ましい。一方、この濃度が高すぎると、浮遊作用が強くなることにより器官芽の回収率が低下したり、液体組成物自体の取扱い性が低下するおそれがあるので、0.01(w/v)%以下、好ましくは0.009(w/v)%以下とすることが好ましい。アルギン酸又はその塩の濃度は、せん断力によって、器官芽の浮遊および分散状態を維持する効果を速やかに消失する特性(器官芽の浮遊および分散状態を維持する効果のせん断力に対する脆弱性)を確保する観点から、0.004(w/v)%以上、好ましくは、0.005(w/v)%以上とすることが好ましい。一方、この濃度が高すぎると本発明の液体組成物が塑性流体ではなくなり、ゲル化する恐れがあるので、0.1(w/v)%以下、好ましくは0.02(w/v)%以下、より好ましくは0.015(w/v)%以下とすることが好ましい。
【0040】
本発明の液体組成物中に含まれる、脱アシル化ジェランガム又はその塩と、アルギン酸又はその塩の質量比(フリー体換算)は、せん断力によって、器官芽の浮遊状態を維持する効果を速やかに消失する特性を達成する観点から、脱アシル化ジェランガム又はその塩1質量部に対して、アルギン酸又はその塩を1質量部以上、好ましくは2質量部以上とする。一態様において、脱アシル化ジェランガム又はその塩1質量部に対して、アルギン酸又はその塩を例えば1~4質量部、好ましくは1~3質量部、より好ましくは1~2質量部とする。
【0041】
尚、液体組成物中の化合物濃度は、以下の式で算出できる。
【0042】
濃度[(w/v)%]=化合物の質量(g)/液体組成物の容量(ml)×100
【0043】
本発明の液体組成物は、上記の含有量で脱アシル化ジェランガム又はその塩、及びアルギン酸又はその塩を含むことにより、非凍結状態で保存された器官芽の良好な生存性を維持する効果を奏する。本発明の液体組成物は、上記の含有量で脱アシル化ジェランガム又はその塩、及びアルギン酸又はその塩を含むことにより、器官芽の浮遊および分散状態を維持する効果を奏する。
【0044】
本発明の液体組成物は上記の含有量で脱アシル化ジェランガム又はその塩、及びアルギン酸又はその塩を含むことにより、器官芽の浮遊および分散状態を維持する効果が、ピペッティングやフィルター濾過等のせん断力により速やかに消失するという特性(器官芽の浮遊状態を維持する効果のせん断力に対する脆弱性)をも備える。
【0045】
本発明の液体組成物は、脱アシル化ジェランガム又はその塩、及びアルギン酸又はその塩が、金属カチオン(例えば、カルシウムイオン等の二価金属カチオン)を介して集合して形成した、三次元のネットワーク(不定型な構造体)を含み、これが器官芽の浮遊及び分散状態を維持する効果を生じるが、アルギン酸又はその塩が含まれることにより、三次元ネットワークが、キレート剤又はせん断力に対して脆弱となり、ピペッティングやフィルター濾過等のせん断力により、この三次元ネットワークが容易に破壊され、器官芽の浮遊及び分散状態を維持する効果が速やかに消失する。脱アシル化ジェランガムは、比較的直線的な構造の構成単位を有し、液体組成物中で複数の脱アシル化ジェランガム鎖がバンドル化することにより、タイトで安定な三次元ネットワークを形成するため、キレート剤やピペッティングやフィルター濾過等ではこの三次元ネットワークが破壊され難いのに対して、α1-4結合したL-グルクロン酸とβ1-4結合したD-マンヌロン酸の両方のウロン酸を含むことにより比較的嵩高い構造を有するアルギン酸又はその塩を液体組成物中に添加すると、脱アシル化ジェランガムのバンドル化が抑制されることにより、三次元ネットワークがピペッティングやフィルター濾過等のせん断力に対して脆弱になると考えられるが、この理論に特に束縛されるものではない。
【0046】
上述のように、本発明の液体組成物においては、脱アシル化ジェランガム又はその塩、及びアルギン酸又はその塩が、液体組成物中の金属カチオン(例えば、カルシウムイオン等の二価金属カチオン)を介して集合し、三次元のネットワーク(不定型な構造体)を形成するため、本発明の液体組成物は、金属カチオン、例えば二価の金属カチオン(カルシウムイオン、マグネシウムイオン、亜鉛イオン、鉄イオンおよび銅イオン等)、好ましくはカルシウムイオンを含有する。当該金属カチオンは、例えばカルシウムイオンとマグネシウムイオン、カルシウムイオンと亜鉛イオン、カルシウムイオンと鉄イオン、カルシウムイオンと銅イオンのように、2種類以上を組み合わせて使用することができる。当業者は適宜その組み合わせを決定することができる。本発明の液体組成物中の金属カチオン濃度は0.1~300mMで、好ましくは、0.5~100mMであるが、これらに限定されない。
【0047】
ピペッティングやフィルター濾過等のせん断力による、三次元ネットワークの破壊(器官芽の浮遊及び分散状態を維持する特性の消失)は、可逆的な反応である。せん断力により破壊された三次元のネットワーク(不定型な構造体)の断片が、金属カチオン(例えば、カルシウムイオン等の二価金属カチオン)を介して再度集合することにより、三次元のネットワーク(不定型な構造体)が再生されるからである。
【0048】
本発明の液体組成物は、器官芽の培養に用いられる培地(好ましくは液体培地)を含むことが好ましい。かかる培地は、器官芽が形成されるものであればどのようなものでもよいが、血管内皮細胞培養用の培地、臓器細胞培養用の培地、前記2つの培地を混合したものなどを使用することが好ましい。血管内皮細胞培養用の培地はどのようなものを使用してもよいが、hEGF(組換えヒト上皮細胞成長因子)、VEGF(血管内皮細胞成長因子)、ヒドロコルチゾン、bFGF、アスコルビン酸、IGF1、FBS、Antibiotics(例えば、ゲンタマイシン、アンフォテリシンBなど)、Heparin、L-Glutamine、Phenolred、BBEの少なくとも1種を含むものを使用するのが好ましい。血管内皮細胞培養用の培地としては、EGM-2 BulletKit(Lonza社製)、EGM BulletKit(Lonza社製)、VascuLife EnGS Comp Kit(LCT社製)、Human Endothelial-SFM Basal Growth Medium(Invitrogen社製)、ヒト微小血管内皮細胞増殖培地(TOYOBO社製)などを用いることができる。臓器細胞培養用の培地はどのようなものを使用してもよいが、臓器細胞が肝細胞である場合、ascorbic acid、BSA-FAF、insulin、hydrocortisone、GA-1000の少なくとも1種を含むものを使用するのが好ましい。肝細胞培養用の培地としては、HCM BulletKit(Lonza社製)よりhEGF(組換えヒト上皮細胞成長因子)を除いたもの、RPMI1640(Sigma-Aldrich社製)に1% B27 Supplements (GIBCO社製)と10ng/mL hHGF (Sigma-Aldrich社製)などを用いることができる。
【0049】
本発明の液体組成物は、器官芽の培養に用いられる培地(好ましくは液体培地)と、脱アシル化ジェランガム又はその塩、及びアルギン酸又はその塩とを混合することにより調製することができる。
【0050】
また、別の実施態様において、本発明の所望の効果を奏する限り、本発明の液体組成物は、器官芽の培養に用いられる培地の代わりに、生理食塩水やリン酸バッファーなどの緩衝液をベースとした水溶液であってもよい。
【0051】
器官芽が肝芽である実施態様において、本発明の液体組成物に用いられる培地としては、肝芽が維持できる限り特に限定されない。例えば、血管内皮細胞培養用の培地、肝細胞(肝前駆細胞)培養用の培地、前記2つの培地を混合した培地などを使用することができる。血管内皮細胞培養用の培地はどのようなものを使用してもよいが、hEGF(組換えヒト上皮細胞成長因子)、VEGF(血管内皮細胞成長因子)、ヒドロコルチゾン、bFGF、アスコルビン酸、IGF1、FBS、Antibiotics(例えば、ゲンタマイシン、アンフォテリシンBなど)、Heparin、L-Glutamine、Phenolred、BBEの少なくとも1種を含む培地を使用することが好ましい。血管内皮細胞培養用の培地としては、EGM-2 BulletKit(Lonza社製)、EGM BulletKit(Lonza社製)、VascuLife EnGS Comp Kit(LCT社製)、Human Endothelial-SFM Basal Growth Medium(Invitrogen社製)、ヒト微小血管内皮細胞増殖培地(TOYOBO社製)、KBM VEC-1(コージンバイオ社製)などを用いることができる。肝細胞培養用の培地としては、ascorbic acid、BSA-FAF、insulin、hydrocortisone、transferrin, Dexamethasone、Oncostatin M、HGFの少なくとも1種を含む培地を使用するのが好ましい。肝細胞培養用の培地としては、HCM BulletKit(Lonza社製)よりhEGF(組換えヒト上皮細胞成長因子)を除いたもの、RPMI1640(Sigma-Aldrich社製)に1% B27 Supplements(GIBCO社製)と10ng/mL hHGF(Sigma-Aldrich社製)を加えた培地などを用いることができる。ヒト肝芽の形成に関しては、EGM BulletKit(Lonza社製)とHCM BulletKit(Lonza社製)よりhEGF(組換えヒト上皮細胞成長因子)を除いたものを1:1で混ぜたものに、Dexamethasone、Oncostatin M、HGFを添加すると、肝芽の成熟に効果がある。
【0052】
尚、本発明の液体組成物は、器官芽の維持に悪影響がない限りにおいて、さらにその他の成分を含んでいてもよい。
【0053】
例えば、本発明の液体組成物は、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、リン、塩素、各種アミノ酸、各種ビタミン、抗生物質、血清、脂肪酸、糖などを当業者は目的に応じて自由に添加してもよい。
【0054】
また、一態様において、本発明の液体組成物は器官芽(例、肝芽)を含んでもよい。
【0055】
本発明の液体組成物が器官芽を含む場合、脱アシル化ジェランガム又はその塩とアルギン酸又はその塩とが形成する三次元ネットワークにより器官芽は本発明の液体組成物中において浮遊及び分散した状態で存在する。
【0056】
また、本発明の液体組成物が器官芽(例、肝芽)を含む場合、直径150μmの器官芽は、液体組成物中に、通常1~960器官芽/mL(溶液中に占める器官芽体積0.00018~0.17%)(好ましくは、30~480器官芽/mL(溶液中に占める器官芽体積0.0053~0.085%)、より好ましくは、60~240器官芽/mL(溶液中に占める器官芽体積0.0106~0.042%))の密度で存在させることが好ましい。直径75μmの器官芽(例、肝芽)の場合、液体組成物中に、通常1~7680器官芽/mL(溶液中に占める器官芽体積0.00002~0.17%)(好ましくは、240~3840器官芽/mL(溶液中に占める器官芽体積0.0053~0.085%)、より好ましくは、480~1920器官芽/mL(溶液中に占める器官芽体積0.0106~0.042%))の密度で存在させることが好ましい。尚、本明細書において「肝芽/mL」は「LB/mL」と記載することがある。
【0057】
また、本発明の液体組成物が器官芽(例、肝芽)を含む場合、かかる肝芽を含む液体組成物は、通常15℃以上、好ましくは17℃以上、19℃以上、21℃以上、23℃以上、又は25℃以上、より好ましくは26℃以上の温度で維持することができる。また、温度の上限は、通常34℃以下、好ましくは33℃以下、32℃以下、31℃以下、30℃以下、又は29℃以下、より好ましくは28℃以下であり得る。一態様において、器官芽(例、肝芽)の保存時の温度は、通常15~34℃、好ましくは、17~33℃、19~32℃、21~31℃、23~30℃、又は25~29℃、より好ましくは26~28℃(例、27℃)であり得る。
【0058】
2.器官芽を保存するための方法
本発明はまた、脱アシル化ジェランガム又はその塩、及び、アルギン酸又はその塩を含む液体組成物中で器官芽を浮遊及び分散させる工程を含む、器官芽を保存するための方法(以下、「本発明の方法」と称することがある)を提供する。
【0059】
本発明の方法における、器官芽、脱アシル化ジェランガム又はその塩、アルギン酸及びその塩、液体組成物中のそれらの濃度、液体組成物を構成する培地等は「本発明の液体組成物」において説明したものと同様である。尚、本発明の方法は、本発明の液体組成物中で器官芽を浮遊及び分散させる工程を含む、器官芽を保存するための方法と言い換えることができる。
【0060】
本発明の方法において、器官芽を本発明の液体組成物中に浮遊及び分散させる工程は、器官芽を本発明の液体組成物に播種することにより容易に達成することができる。器官芽の播種後、必要に応じて、本発明の液体組成物を撹拌してもよいし、しなくてもよい。
【0061】
本発明の方法の一態様において、液体組成物は塑性流体であり得る。塑性流体は本発明の液体組成物で説明したものと同様である。
【0062】
本発明の方法の一態様において、直径150μmの器官芽(例、肝芽)は、液体組成物中に、通常1~960器官芽/mL(溶液中に占める器官芽体積0.00018~0.17%)(好ましくは、30~480器官芽/mL(溶液中に占める器官芽体積0.0053~0.085%)、より好ましくは、60~240器官芽/mL(溶液中に占める器官芽体積0.0106~0.042%))の密度で存在させることが好ましい。直径75μmの器官芽(例、肝芽)の場合、液体組成物中に、通常1~7680器官芽/mL(溶液中に占める器官芽体積0.00002~0.17%)(好ましくは、240~3840器官芽/mL(溶液中に占める器官芽体積0.0053~0.085%)、より好ましくは、480~1920器官芽/mL(溶液中に占める器官芽体積0.0106~0.042%))の密度で存在させることが好ましい。
【0063】
本発明の方法の一態様において、器官芽の保存時の温度は、通常15℃以上、好ましくは、17℃以上、19℃以上、21℃以上、23℃以上、又は25℃以上、より好ましくは26℃以上であり得る。また、温度の上限は、通常34℃以下、好ましくは、33℃以下、32℃以下、31℃以下、30℃以下、又は29℃以下、より好ましくは28℃以下であり得る。一態様において、器官芽の保存時の温度は、通常15~34℃、好ましくは、17~33℃、19~32℃、21~31℃、23~30℃、又は25~29℃、より好ましくは26~28℃(例、27℃)であり得る。
【0064】
以下の実施例において本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの例によってなんら限定されるものではない。
【実施例0065】
〔調製例1〕
ALG/DAG配合保存培地の調製方法
0.67質量部のアルギン酸ナトリウム(ALG)(キミカアルギンIL-2、株式会社キミカ製)および0.33質量部の脱アシル化ジェランガム(DAG)(KELCOGEL CG-LA、三晶株式会社製)を、99質量部の精製水を入れたガラス製培地ビンに加え、攪拌により溶解後、0.22μm滅菌フィルター(Corningフィルターシステム430767、コーニング社製)に通液させることで、計1質量%濃度の多糖混合水溶液を作製した。また、DMEM培地(Thermo Fisher Scientific)とVEC1培地(コージンバイオ)を1:1で混合した培地に2.5%FBS、2.5ug/mlインスリン、0.25μg/mlハイドロコルチゾン、5ug/mLホロトランスフェリン、10ng/mL Oncostatin M、25nMデキサメタゾンを加えることで、肝芽培養培地を調製した。
【0066】
つぎに、培地作製キット(日産化学 FCeM(登録商標)-series Preparation Kit)を使用し、保存培地の作製を行った。上述肝芽培養培地を、上述キット付属の50mLコニカルチューブに49mL分注し、キットの構成品であるアダプターキャップを装着した。上述計1質量%濃度の多糖混合水溶液を1mL充填したディスポーザブルシリンジの先端部をアダプターキャップの円筒部に嵌め込んで接続し、シリンジのプランジャーを人力で押圧し、勢い良くシリンジ内の多糖混合液を容器内へと射出して培地と瞬時に混合させることで、多糖終濃度0.02%(w/v)の液体培地組成物(以下、ALG/DAG配合保存培地と表記)を作製した。
【0067】
〔調製例2〕
ALG/DAG/MC配合保存培地の調製方法
0.67質量部の脱アシル化ジェランガム(DAG)(KELCOGEL CG-LA、三晶株式会社製)を、99.33質量部の精製水を入れたガラス製培地ビンに加え、オートクレーブ滅菌処理(121℃、20分)を行うことで、0.67質量部のDAG水溶液を作製した。2.66質量部のアルギン酸ナトリウム(ALG)(キミカアルギンIL-2、株式会社キミカ製)を、97.34質量部の精製水を入れたガラス製培地ビンに加え、攪拌により溶解後、0.22μm滅菌フィルター(Corningフィルターシステム430767、コーニング社製)に通液させることで、2.66質量部のALG水溶液を作製した。2質量部のメチルセルロース(MC)(METOLOSE(SM-1500)、信越化学工業社製)を、98質量部の精製水を入れたガラス製培地ビンに加え、オートクレーブ滅菌処理(121℃、20分)を行うことで、2質量部のMC水溶液を作製した。
【0068】
つぎに、安全キャビネット内で、ガラス製培地ビンに0.67質量部のDAG水溶液を20mL、2.66質量部のALG水溶液を10mL、2質量部のMC水溶液を10mL加え、ピペッティングにより無菌的に混合し、計1.5質量%濃度の多糖混合水溶液を作製した。
【0069】
つぎに、培地作製キット(日産化学 FCeM(登録商標)-series Preparation Kit)を使用し、保存培地の作製を行った。上述の肝芽培養培地を、上述のキット付属の50mLコニカルチューブに49mL分注し、キットの構成品であるアダプターキャップを装着した。上述の計1.5質量%濃度の多糖混合水溶液を1mL充填したディスポーザブルシリンジの先端部をアダプターキャップの円筒部に嵌め込んで接続し、シリンジのプランジャーを人力で押圧し、勢い良くシリンジ内の多糖混合液を容器内へと射出して培地と瞬時に混合させることで、多糖終濃度0.03%(w/v)の液体培地組成物(以下、ALG/DAG/MC配合保存培地と表記)を作製した。
【0070】
〔調製例3〕
ALG/DAG/PEG4k配合保存培地の調製方法
0.67質量部の脱アシル化ジェランガム(DAG)(KELCOGEL CG-LA、三晶株式会社製)を、99.33質量部の精製水を入れたガラス製培地ビンに加え、オートクレーブ滅菌処理(121℃、20分)を行うことで、0.67質量部のDAG水溶液を作製した。2.66質量部のアルギン酸ナトリウム(ALG)(キミカアルギンIL-2、株式会社キミカ製)を、97.34質量部の精製水を入れたガラス製培地ビンに加え、撹拌により溶解後、0.22μm滅菌フィルター(Corningフィルターシステム430767、コーニング社製)に通液させることで、2.66質量部のALG水溶液を作製した。2質量部のポリエチレングリコール4,000(PEG4k)(平均分子量2,700~3,300、富士フイルム和光純薬社製)を、98質量部の精製水を入れたガラス製培地ビンに加え、撹拌し溶解後、0.22μm滅菌フィルター(Corningフィルターシステム430767、コーニング社製)に通液させることで、2質量部のPEG4k水溶液を作製した。
【0071】
つぎに、安全キャビネット内で、ガラス製培地ビンに0.67質量部のDAG水溶液を20mL、2.66質量部のALG水溶液を10mL、2質量部のPEG4k水溶液を10mL加え、ピペッティングにより無菌的に混合し、計1.5質量%濃度のポリマー混合水溶液を作製した。
【0072】
つぎに、培地作製キット(日産化学 FCeM(登録商標)-series Preparation Kit)を使用し、保存培地の作製を行った。上述の肝芽培養培地を、上述キット付属の50mLコニカルチューブに49mL分注し、キットの構成品であるアダプターキャップを装着した。上述の計1.5質量%濃度のポリマー混合水溶液を1mL充填したディスポーザブルシリンジの先端部をアダプターキャップの円筒部に嵌め込んで接続し、シリンジのプランジャーを人力で押圧し、勢い良くシリンジ内のポリマー混合液を容器内へと射出して培地と瞬時に混合させることで、ポリマー終濃度0.03%(w/v)の液体培地組成物(以下、ALG/DAG/PEG4k配合保存培地と表記)を作製した。
【0073】
〔調製例4〕
ALG/DAG/HPC配合保存培地の調製方法
0.67質量部の脱アシル化ジェランガム(DAG)(KELCOGEL CG-LA、三晶株式会社製)を、99.33質量部の精製水を入れたガラス製培地ビンに加え、オートクレーブ滅菌処理(121℃、20分)を行うことで、0.67質量部のDAG水溶液を作製した。2.66質量部のアルギン酸ナトリウム(ALG)(キミカアルギンIL-2、株式会社キミカ製)を、97.34質量部の精製水を入れたガラス製培地ビンに加え、撹拌により溶解後、0.22μm滅菌フィルター(Corningフィルターシステム430767、コーニング社製)に通液させることで、2.66質量部のALG水溶液を作製した。2質量部のヒドロキシプロピルセルロース(HPC)(NISSO HPC-M、日本曹達社製)を、98質量部の精製水を入れたガラス製培地ビンに加え、撹拌し溶解後、0.22μm滅菌フィルター(Corningフィルターシステム430767、コーニング社製)に通液させることで、2質量部のHPC水溶液を作製した。
【0074】
つぎに、安全キャビネット内で、ガラス製培地ビンに0.67質量部のDAG水溶液を20mL、2.66質量部のALG水溶液を10mL、2質量部のHPC水溶液を10mL加え、ピペッティングにより無菌的に混合し、計1.5質量%濃度のポリマー混合水溶液を作製した。
【0075】
つぎに、培地作製キット(日産化学 FCeM(登録商標)-series Preparation Kit)を使用し、保存培地の作製を行った。上述の肝芽培養培地を、上述のキット付属の50mLコニカルチューブに49mL分注し、キットの構成品であるアダプターキャップを装着した。上述の計1.5質量%濃度のポリマー混合水溶液を1mL充填したディスポーザブルシリンジの先端部をアダプターキャップの円筒部に嵌め込んで接続し、シリンジのプランジャーを人力で押圧し、勢い良くシリンジ内の多糖混合液を容器内へと射出して培地と瞬時に混合させることで、多糖終濃度0.03%(w/v)の液体培地組成物(以下、ALG/DAG/HPC配合保存培地と表記)を作製した。
【0076】
〔調製例5〕
ALG/DAG/CMC配合保存培地の調製方法
0.67質量部の脱アシル化ジェランガム(DAG)(KELCOGEL CG-LA、三晶株式会社製)を、99.33質量部の精製水を入れたガラス製培地ビンに加え、オートクレーブ滅菌処理(121℃、20分)を行うことで、0.67質量部のDAG水溶液を作製した。2.66質量部のアルギン酸ナトリウム(ALG)(キミカアルギンIL-2、株式会社キミカ製)を、97.34質量部の精製水を入れたガラス製培地ビンに加え、撹拌により溶解後、0.22μm滅菌フィルター(Corningフィルターシステム430767、コーニング社製)に通液させることで、2.66質量部のALG水溶液を作製した。2質量部のカルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC)(富士フイルム和光純薬社製)を、98質量部の精製水を入れたガラス製培地ビンに加え、オートクレーブ滅菌処理(121℃、20分)を行うことで、2質量部のCMC水溶液を作製した。
【0077】
つぎに、安全キャビネット内で、ガラス製培地ビンに0.67質量部のDAG水溶液を20mL、2.66質量部のALG水溶液を10mL、2質量部のCMC水溶液を10mL加え、ピペッティングにより無菌的に混合し、計1.5質量%濃度の多糖混合水溶液を作製した。
【0078】
つぎに、培地作製キット(日産化学 FCeM(登録商標)-series Preparation Kit)を使用し、保存培地の作製を行った。上述の肝芽培養培地を、上述のキット付属の50mLコニカルチューブに49mL分注し、キットの構成品であるアダプターキャップを装着した。上述の計1.5質量%濃度の多糖混合水溶液を1mL充填したディスポーザブルシリンジの先端部をアダプターキャップの円筒部に嵌め込んで接続し、シリンジのプランジャーを人力で押圧し、勢い良くシリンジ内の多糖混合液を容器内へと射出して培地と瞬時に混合させることで、多糖終濃度0.03%(w/v)の液体培地組成物(以下、ALG/DAG/CMC配合保存培地と表記)を作製した。
【0079】
〔実施例1〕
[実験方法]
ヒト人工多能性幹細胞(iPSC)の培養法
細胞培養ディッシュあるいは細胞培養プレートをiMatrix-511(Nippi、0.7~0.9μg/cm2)で37℃、1時間コーティングし、PBSで洗浄した。凍結保存ヒトiPSC(Ff-I01s04株またはQHJI01s04株、京都大学より入手)を37℃の温水に2分間浸漬し、手で振盪しながら融解させた。細胞保存液の9倍量のStemFit培地(Ajinomoto)に細胞保存液を懸濁し、150-200xg、5分間の遠心操作を行った。細胞上清を除き、AK02培地にY-27632(10μM)を加えた培地に細胞を懸濁し、0.36~1.8x103cells/cm2の濃度でヒトiPSCを播種した。培養1日目にAK02培地に交換し、以降1日おきに培地交換を行った。継代に関しては、直径10cmの細胞培養ディッシュで一週間培養したヒトiPSCをPBSで洗浄した後、Accutase2mlを加え37℃で5分から10分間処理し、細胞を剥離した。AK02培地2mlを加えて、15mlのチューブに細胞を移し、150-200xg、5minの遠心操作を行った。細胞上清を除き、AK02培地にY-27632(10μM)を加えた培地に細胞を懸濁し、0.36~1.8x103cells/cm2の濃度でヒトiPSCを播種した。
【0080】
iPSCからの肝前駆細胞への分化誘導法
細胞培養ディッシュあるいは細胞培養プレート(Falcon)をiMatrix-511(Nippi、0.4~0.6μg/cm2)で37℃、1時間コーティングし、PBSで洗浄した。直径10cmの細胞培養ディッシュで一週間培養したヒトiPSCをPBS洗浄後にAccutase2mlを加え37℃で5分から10分間処理し、細胞を剥離した。細胞回収・遠心後に細胞上清を除き、RPMI培地にペニシリン/ストレプトマイシン(1%)、B27(2%)、Wnt3a(50ng/ml)、Activin A(100ng/ml)、Y-27632(10μM)を加えた培地に細胞を懸濁し、ラミニンコートしたディッシュに5~10x104cells/cm2の密度で播種した。培養1日目と3日目に、RPMI培地にペニシリン/ストレプトマイシン(1%)、B27(2%)、Wnt3a(50ng/ml)、Activin A(100ng/ml)、Sodium Butyrate(0.5mM)を加えた培地に交換した。培養4日目にRPMI培地にペニシリン/ストレプトマイシン(1%)、B27(2%)、Wnt3a(50ng/ml)、Activin A(100ng/ml)を加えた培地に交換した。培養6日目の細胞を、内胚葉細胞Definitive Endoderm(DE)とした。培養6日目と培養8日目に、RPMI培地にペニシリン/ストレプトマイシン(1%)B27(2%)、basic FGF(10ng/ml)、BMP-4(20ng/ml)を加えた培地に交換した。培養10日目の細胞を、iPS細胞由来の肝前駆細胞Hepatic Endoderm(「iPS-HE」と称することがある)とした。
【0081】
iPSCからの血管内皮細胞への分化誘導法
iPSCからの血管内皮細胞への分化誘導は既報に従って行った(Sekine et al.,Sci Rep,2020)。概要を説明すると、肝前駆細胞と同様にiPSCを播種し、StemFit培地にY-27632(10μM)を加えた培地で1日培養を行った。翌日にDMEM/F12培地に1% Glutamax、1%B27、CHIR99021(8μM)、BMP-4(25ng/ml)を加えた培地に交換し、3日間培養後にStemPro-34 SFM培地にVEGF(200ng/ml)、forskolin(2μM)を加えた培地に交換した。分化誘導開始から7日目にFACSによりCD31やCD144の発現を確認することで品質のチェックを行った。得られた血管内皮細胞は、StemPro-34 SFM培地にVEGF(50ng/ml)を加えた培地を用いて、フィブロネクチンコートした培養ディッシュ上で継代し、拡大培養を行った。本プロセスにより得られたiPS細胞由来の血管内皮細胞を「iPSC-EC」と称することがある。
【0082】
iPSCからの間葉系細胞への分化誘導法
iPSCからの間葉系細胞への分化誘導は既報に従って行った(Sekine et al.,Sci Rep,2020)。概要を説明すると、肝前駆細胞と同様2-8x103cells/cm2の密度でiPSCを播種し、StemFit培地にY-27632(10μM)を加えた培地で4-6日培養を行った。DMEM/F12培地に1%Glutamax、1%B27、CHIR99021(8μM)、BMP-4(25ng/ml)を加えた培地に交換し、3日間培養後にDMEM/F12培地に1%Glutamax、1%B27、Activin A(2ng/ml)、PDGFBB(10ng/ml)を加えた培地に交換した。3日後にStemPro-34 SFM培地にFGF2(10ng/ml)、PDGFBB(10ng/ml)を加えた培地に交換し3日間培養を行った。本プロセスにより得られたiPS細胞由来の間葉系幹細胞を「iPSC-MC」と称することがある。
【0083】
肝芽作製法
小型肝芽の作製に関しては、マイクロパターンウェルプレートElplasia RB 500 400 NA(Corning)24ウェルプレート1ウェル当たりヒトiPSC-HE 2.3-5x105cellsとiPSC-EC 0.5-3.5x105cellsとiPSC-MC 0.5-3.5x105cellsを肝芽培養培地に懸濁し、播種した。肝芽培養培地は、DMEM培地(Thermo Fisher Scientific)とVEC1培地(コージンバイオ)を1:1で混合した培地に2.5%FBS、2.5μg/mlインスリン、0.25μg/mlハイドロコルチゾン、5ug/mLホロトランスフェリン、10ng/mL Oncostatin M、25nMデキサメタゾンを加えたものである。肝芽は37℃、5%CO2環境下で48時間培養を行い、脱アシル化ジェランガムとアルギン酸を含む液体組成物での保存に供した。未保存群に関しては、培養後48時間の小型肝芽を肝芽融合に用いた。
【0084】
肝芽融合法
肝芽作製24時間後、マイクロパターンウェルプレートElplasia RB 500 400 NA (Corning)より小型肝芽を回収した。回収した小型肝芽を6ウェルセルカルチャーインサート(Falcon)上に肝芽同士を近接させ配置した。6ウェルセルカルチャーインサート(Falcon)を使用する際には、肝芽培養培地2ml/wellとし、小型肝芽2400個を配置した。セルカルチャーインサート上にシリコン枠(Culture-Insert 2well/3well,ibidi)を使用することも可能である。インサート表面はコラーゲンIでコーティングを行った。その後、37℃、5%CO2環境下で7日間培養を行った。配置直後および配置後7日後の時点で蛍光顕微鏡BZ-X710(Keyence)、共焦点顕微鏡SP5を用いて写真撮影を行った。培養7日後に培地を回収した。
【0085】
肝芽の保存
小型肝芽は、調製例1で調製したALG/DAG配合保存培地中に懸濁し、5%CO2環境下で8日間培養を行った。37℃以外の温度帯については、AnaeroPack・CO2(三菱ガス化学)を用いた。懸濁密度は120-480肝芽/mLの範囲で実施した。培養温度は4~37℃の範囲で実施した。8日間培養後、Harvesting Bufferを保存溶液の1/10~等量程度加え混合した後、200xg、2分間遠心操作をすることで肝芽の回収を行った。
【0086】
肝芽形態評価および肝芽生存率評価
回収した肝芽は、Cell3iMager duos(Screen)を用いて肝芽数、肝芽サイズ、真円率の測定を行った。また、BZ-X810(Keyence)により蛍光撮影を行った。回収した肝芽の生存率の評価は、CellTiter-Glo 3D Cell Viability Assay (Promega)を用いて実施した。
また、肝芽保存中の培養上清を回収し、冷凍保存した。上清を室温にて解凍後、バイオプロファイルFLEX2(Nova Biomedical)にてグルコース、乳酸、グルタミン、グルタミン酸、アンモニウムイオン、pHを測定した。
【0087】
ELISAを用いた融合型肝芽の機能評価
融合型肝芽培養6日目に培地交換を行ない、24時間後に培地を回収し、培養上清中のアルブミンを市販のELISAキット(それぞれBethyl Laboratories)により測定した。
【0088】
[実験結果]
肝芽保存温度の検討
肝芽保存温度について
図1のように検討を行い、未保存群をコントロールとして、4℃、27℃又は37℃、並びに5%CO
2環境下で8日間保存した4群と比較した(
図1)。
【0089】
肝芽の形態解析を行った結果、27℃保存群においてコントロール群と比較して肝芽直径の増大(それぞれ平均156.1μm、143.25μm)が認められた。37℃保存群においては、様々なサイズの肝芽が含まれ、肝芽の融合や肝芽の分解が生じていることが示唆された(
図2左)。肝芽真円率については、未保存群の0.91に対し、37℃保存群において0.84と減少していた(
図2中央)。肝芽回収率については、未保存群に対し、37℃保存群において68.0%と有意に減少していた(
図2右)。
【0090】
肝内胚葉細胞をGreen Fluorescent Protein(GFP)、血管内皮細胞をKusabira Orange(KO)でそれぞれ標識してあるため、肝芽保存後に蛍光観察を実施して肝芽健全性の確認を実施した(
図3)。その結果、27℃保存群においてはGFP・KOともにコントロール群と同程度の蛍光強度を保持しており、肝芽健全性が保持されていることが示唆された(
図3)。一方で、4℃保存群においてはGFPの蛍光強度が低下し、37℃保存群においてはKOの蛍光強度が低下しており、肝芽健全性が保持されていないことが示唆された(
図3)。また、保存剤がない状態では、すべての肝芽が一塊となっており、保存剤が肝芽の分散維持に必須であることが示された(
図3)。
【0091】
細胞内ATPによる肝芽生存率の評価を実施した結果、4℃、37℃保存群においては未保存群と比較して顕著なATP量の低下が認められた一方で、27℃保存群においては未保存群との間に有意な差は認められなかった(
図4左)。27℃保存群においては未保存群と比較してATPに変化がなく、今回の3条件の中では最も肝芽保存に適した条件であると考えられた(
図4左)。尚、17℃保存群に対して細胞内ATPによる肝芽生存率の評価を実施した結果、17℃保存群においては未保存群との間に有意な差は認められなかった(データ示さず)。これらの結果から、肝芽の保存温度は、15~34℃程度が有効であることが示唆された。
【0092】
ヒトアルブミン(hALB)解析も肝芽生存率のデータと同様、27℃保存群において最も高い値を示していた。未保存群よりも有意に高いhALB値を示していたことから、保存中に肝芽の分化促進の可能性が示唆された(
図4右)。
【0093】
最後に、肝芽保存後の培地成分解析を実施した結果、37℃保存群においてグルコース、pHの減少が認められ、グルタミン酸、乳酸の増加が認められた(
図5)。37℃に静置した培地中では細胞の有無に関わらずグルタミンが減少し、アンモニアが増加していた(
図5)。37℃保存群においては、培地中の栄養分が消費されることによる肝芽保存状態の悪化が示唆された。以上の結果より、27℃、5%CO
2条件が最適な肝芽保存条件であることが示された。
【0094】
肝芽保存密度の検討
肝芽保存密度について
図1と同様の実験を行った。未保存群をコントロールとして、27℃、5%CO
2環境下、1200LB/2.5ml、1200LB/5ml、および1200LB/10mlの条件で8日間保存した群を比較した(
図6)。
【0095】
肝芽の形態解析を行った結果、全群においてコントロール群と比較して肝芽直径の増大が認められた(
図6左、未保存群平均144.34μm;1200LB/2.5ml保存群、平均149.93μm;1200LB/5ml保存群、平均144.21μm;1200LB/10ml保存群、平均153.57μm)。肝芽の真円率に関しては、いずれの群においても0.87前後と差は認められなかった(
図6中央)。肝芽回収率に関しては、未保存群と比較して1200LB/2.5ml保存群において85.2%と有意な減少が認められた一方、1200LB/5ml保存群と1200LB/10ml保存群においてはそれぞれ98.8%、91.6%と高い回収率を示し、未保存群との間に有意差は認められなかった(
図6右)。
【0096】
肝芽保存後に蛍光観察した結果、27℃保存群においては肝内胚葉細胞のGFP・血管内皮細胞のKOともにコントロール群と同程度の蛍光強度を保持しており、肝芽健全性が保持されていることが示された(
図7)。
【0097】
細胞内ATPによる肝芽生存率の評価を実施した結果、全群においてコントロール群と比較して有意な上昇が認められた(
図8左)。hALB分泌については、全群においてコントロール群と比較して有意な差は認められなかった(
図8右)。
【0098】
最後に、肝芽保存後の培地成分解析を実施した結果、1200LB/2.5 ml保存群においてグルコースの減少、グルタミン酸・乳酸の増加が認められた(
図9)。
【0099】
以上の結果より、27℃、5%CO2、1200LB/5ml以下の肝芽密度が最適な肝芽保存条件であることが示された。
【0100】
肝芽保存溶液の検討
調製例1、2、3、4、5で調製した各保存培地を用いて保存した肝芽について、8日間の保存後にATP量、hALB分泌量、肝芽回収率を測定し比較を行った(
図10)。
【0101】
結果を
図10に示す。
図10に示される通り、各保存液間においてATP量、hALB分泌量、肝芽回収率に差は認められず、上記に記載した全ての保存液は肝芽保存液として使用可能であることが示された。
本発明によれば、生物学的機能を良好に保持した器官芽を長時間保存できる。加えて、本発明によれば、器官芽の保管や輸送時の温度管理が容易となる。従って、本発明は例えば臓器移植に関する医療及び学術分野において極めて有益である。