(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024122879
(43)【公開日】2024-09-09
(54)【発明の名称】細胞培養基材と、これを用いた酵素処理を必要としない単核状細胞の培養・回収方法
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20240902BHJP
C08L 33/04 20060101ALI20240902BHJP
C08L 25/02 20060101ALI20240902BHJP
C12N 5/0775 20100101ALN20240902BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C08L33/04
C08L25/02
C12N5/0775
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024007171
(22)【出願日】2024-01-22
(31)【優先権主張番号】P 2023029722
(32)【優先日】2023-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】林 政浩
(72)【発明者】
【氏名】平床 聖也
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 博之
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
4J002
【Fターム(参考)】
4B029AA21
4B029BB11
4B029CC02
4B029DG08
4B029GB09
4B065AA90X
4B065BC41
4B065CA44
4J002BC042
4J002BG021
4J002GT00
(57)【要約】 (修正有)
【課題】細胞を効率的に培養でき、培養細胞を酵素処理することなく単核状態で大量に回収可能な細胞培養基材、および細胞培養方法を提供すること。
【解決手段】(メタ)アクリル系温度応答性高分子(A)、カルボキシル基を有するポリビニル系高分子(B)を特定の割合で含むポリマー成分を、細胞非接着性表面上に、下記の微細パターンで印刷した細胞培養基材を用いることで上記課題を解決できる。
・微細パターンはドット形状で構成される。
・ドットの直径(Φ)または長辺(S)は20μm以上400μm以下である。
・隣接するドット間の最短距離(P)は150μm以上1000μm以下である。
・ドット中央部の平均膜厚は5nm以上500nm以下である。
・ドット外縁部の膜厚は100nm以上1000nm以下である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞非接着性基材の表面に温度応答性高分子(A)で微細パターンを形成した細胞培養基材であって、該温度応答性高分子(A)が下記一般式(1)で表されるアクリル系高分子であり、温度応答性高分子(A)100部に対して、下記一般式(2)で表されるカルボキシル基を有するポリビニル系高分子(B)が0.02部以上5.00部以下の割合で含まれ、微細パターンを構成する印刷点がドット形状で、その長辺(S)が20μm以上400μm以下であり、隣接するドット間の最短距離(P)が150μm以上1000μm以下であることを特徴とする細胞培養基材。
【化1】
(一般式(1)において、R1、R2は水素原子、炭素原子数1~8のアルキル基、アリール基を表す。R5、R6、R7は水素原子またはメチル基を表し、R3は水素原子、メチル基、エチル基、または、-(CH2CH2O)n-(CH2CH(CH3)O)m-R0で表されるポリオキシアルキレン基を表す。ここにおいてnは1~300、mは0~60の整数を表す。また、R0は、水素原子、炭素原子数1~30のアルキル基を表す。R4は炭素原子数3以上22以下のアルキル基を表す。また、x、y、zは各成分のモル%を表し、0≦x≦80、0≦y≦80、0≦z≦40、ここでx+y+z=100である。)
【化2】
(一般式(2)において、R8、R9、R10はそれぞれ水素原子、または、炭素原子数1~30のアルキル基を表し、同じ組み合わせでも異なる組み合わせでも構わない。また、l、m、nは各成分のモル%を表し、0≦l≦80、0≦m≦50、0≦n≦100、ここでl+m+n=100である。)
【請求項2】
請求項1に記載した細胞培養基材において、微細パターンを構成する印刷点が千鳥配置または格子状配置のいずれかの意匠、またはこれらを組み合わせた意匠であることを特徴とする細胞培養基材。
【請求項3】
請求項1または2に記載した細胞培養基材において、形成された印刷点の中央部の平均膜厚が5nm以上500nm以下であることを特徴とする細胞培養基材。
【請求項4】
請求項3に記載した細胞培養基材において、形成された印刷点の外縁部の膜厚が印刷点の中央部の平均膜厚よりも厚く、かつ100nm以上1000nm以下であることを特徴とする細胞培養基材。
【請求項5】
請求項1に記載した細胞培養基材において、印刷点の形成方法が、温度応答性高分子(A)およびカルボキシル基を有するポリビニル系高分子(B)を溶媒に溶解して溶液化し、これを用いたインクジェット法であることを特徴とする細胞培養基材。
【請求項6】
請求項1に記載した細胞培養基材を用いて細胞を培養する方法で、温度応答性高分子(A)の下限臨界温度以上の温度で細胞を培養し、細胞が増殖した後で該温度応答性高分子(A)の下限臨界温度未満に細胞培養基材を冷却することで、タンパク質分解酵素を用いることなく培養細胞を非侵襲的に回収する、細胞の培養方法。
【請求項7】
請求項6に記載した細胞を培養する方法で、培養する細胞がヒト間葉系幹細胞であることを特徴とする、細胞の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養、組織培養等の分野において利用される細胞の培養を生体外で行うための細胞培養基材、この細胞培養基材を用いた細胞培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞を原料とするバイオ医薬品は薬効の高さから普及が期待されており、原料細胞を大量に培養する技術に注目が集まっている。
【0003】
多くの細胞では生体外で培養する際は、細胞を何らかの基材に接着させる必要がある。培養の過程で細胞の増殖に伴って細胞と基材間あるいは隣接する細胞間に細胞外基質による結合が生じ、コンフルエントとなった培養細胞は基材表面でスフェロイド状や膜状となる。この培養細胞を基材から剥離して回収するためには前記の細胞外基質による結合を破壊する必要があり、トリプシンなどのタンパク質分解酵素を用いた酵素処理が行われることが一般的である。しかしながらこの処理工程において、培養細胞に該分解酵素が混入してしまうことが避けられない。現時点では人体に対して完全に無害だと認められている安全なタンパク質分解酵素が存在しないため、該分解酵素を用いて回収された培養細胞をバイオ医薬品として人体へ投与する際には、細胞に混入した該分解酵素を細胞から慎重に除去しなければならない。一方で、該分解酵素を細胞から除去することは技術的な難易度が高く、煩雑な操作が求められている。さらには該分解酵素により細胞表面のタンパク質が部分的に分解されることで、細胞の品質が低下することも問題となっている。
【0004】
酵素処理を行わずに培養細胞を回収することを目的に、温度応答性高分子を修飾した細胞培養基材がこれまでに報告されている。温度応答性高分子はLCST(下限臨界溶液温度:この温度よりも高温で疎水性、低温で親水性に変化)を有するものが一般に適用され、細胞を培養した基材を冷却処理して基材表面を親水化することで、酵素処理を行うことなく細胞を剥離可能である。
【0005】
しかしながら温度応答性高分子で単に修飾された基材では、細胞外基質によって隣接した細胞間に形成された結合を解くことは困難であり、回収細胞の形態はシート状やスフェロイド状(複数細胞による塊状)になることが一般的である(特許文献1:特許第5846584号公報)。培養細胞をこの形態のままバイオ医薬品として人体へ投与すると、患部へ到達する前に血管内などで閉塞する恐れがあるため、投与の際の細胞は非結合状態、可能であれば単核状態(シングルセル状態)であることが求められている。
【0006】
特許文献2では、骨髄単核細胞(ヒト間葉系幹細胞)を含む液体を、孔径が制御された多孔性フィルターに通すことで単核細胞だけを選別でき、患者への投与(移植)に適用可能になる旨が明らかにされている(特許文献2:特開2006-6125号公報)。しかしながらこの方法では単核細胞として回収可能な細胞数が少なくなってしまう、あるいはフィルター通過時のシェアストレスにより細胞が深刻なダメージを負ってしまう等の課題が残されていた。
【0007】
特許文献3では、表面が細胞接着性を有する細胞培養基材表面に、細胞非接着性物質を用いて微細なパターンを形成することで、効率的にスフェロイド状の細胞を得ることができるとされている(特許文献3:WO2021/29241号公報)。微細なパターンを形成することの目的はスフェロイドの大きさを揃えることであり、本発明の目的である単核状細胞を得ることは困難である。
【0008】
細胞培養基材表面のパターニングについては、このほかにも特許文献4(特開2017-104027号公報)で、細胞接着阻害性あるいは細胞接着性の光感受性親水性高分子をフォトリソグラフィ法によりパターニングした表面上への培養細胞の配列を試みたものが公知となっている。しかし感光性材料を用いたフォトリソグラフィ法等によるパターニングを行っている場合、高精細なパターンを得ることはできるが、細胞接着性材料が感光性を有する必要があり、例えば生体高分子等にこのような感光性を付与するために化学的修飾することが困難な場合が多く、細胞接着性材料の選択性の幅を極めて狭くするといった問題があった。また、フォトレジストを用いたフォトリソグラフィ法では、現像液等を用いる必要性があり、これらが細胞培養に際して悪影響を及ぼす場合があった。
【0009】
特許文献5(特開2021-97661号公報)では、細胞接着性組成物または細胞非接着性組成物を含有するインキを用いて基材表面にインクジェット印刷することで、細胞の配向性を制御した培養組織を作製する方法が示されている。しかしながら本発明の目的である単核状細胞を得る方法については何ら言及されていない。
【0010】
つまり、酵素処理を必要とせずに単核状細胞を効率的かつ大量に培養および回収可能な細胞培養基材、および細胞培養方法は、これまで一切知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第5846584号公報
【特許文献2】特開2006-6125号公報
【特許文献3】WO2021/29241号
【特許文献4】特開2017-104027号公報
【特許文献5】特開2021-97661号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、細胞を効率的に培養でき、培養細胞を酵素処理することなく単核状態で大量に回収可能な細胞培養基材、および細胞培養方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、以上の点を鑑み鋭意研究を重ねた結果、(A)(メタ)アクリル系温度応答性高分子100部に対して、(B)カルボキシル基を有するポリビニル系高分子を0.02部以上5.00部以下の割合で併用したポリマー成分を、細胞非接着性表面上に、円の直径(Φ)または不定形の長辺(S)が20μm以上400μm以下となる微細なドットパターンを、ドット間の最短距離(P)が150μm以上1000μm以下となるように配置された細胞培養基材を用いることで上記課題を解決できることを見出し、本発明に到達した。
【0014】
すなわち本発明は、以下の構成により達成される。
【0015】
[1]細胞非接着性基材の表面に温度応答性高分子(A)で微細パターンを形成した細胞培養基材であって、該温度応答性高分子(A)が下記一般式(1)で表されるアクリル系高分子であり、温度応答性高分子(A)100部に対して、下記一般式(2)で表されるカルボキシル基を有するポリビニル系高分子(B)が0.02部以上5.00部以下の割合で含まれ、微細パターンを構成する印刷点がドット形状で、その長辺(S)が20μm以上400μm以下であり、隣接するドット間の最短距離(P)が150μm以上1000μm以下であることを特徴とする細胞培養基材。
【0016】
【0017】
(一般式(1)において、R1、R2は水素原子、炭素原子数1~8のアルキル基、アリール基を表す。R5、R6、R7は水素原子またはメチル基を表し、R3は水素原子、メチル基、エチル基、または、-(CH2CH2O)n-(CH2CH(CH3)O)m-R0で表されるポリオキシアルキレン基を表す。ここにおいてnは1~300、mは0~60の整数を表す。また、R0は、水素原子、炭素原子数1~30のアルキル基を表す。R4は炭素原子数3以上22以下のアルキル基を表す。また、x、y、zは各成分のモル%を表し、0≦x≦80、0≦y≦80、0≦z≦40、ここでx+y+z=100である。)
【0018】
【0019】
(一般式(2)において、R8、R9、R10はそれぞれ水素原子、または、炭素原子数1~30のアルキル基を表し、同じ組み合わせでも異なる組み合わせでも構わない。また、l、m、nは各成分のモル%を表し、0≦l≦80、0≦m≦50、0≦n≦100、ここでl+m+n=100である。)。
【0020】
[2]
[1]に記載した細胞培養基材において、微細パターンを構成する印刷点が千鳥配置または格子状配置のいずれかの意匠、またはこれらを組み合わせた意匠であることを特徴とする細胞培養基材。
【0021】
[3]
[1]または[2]に記載した細胞培養基材において、形成された印刷点の平均膜厚が5nm以上500nm以下であることを特徴とする細胞培養基材。
【0022】
[4]
[1]~[3]のいずれか一項に記載した細胞培養基材において、形成された印刷点の外縁部の膜厚が印刷点の中央部の平均膜厚よりも厚く、かつ100nm以上1000nm以下であることを特徴とする細胞培養基材。
【0023】
[5]
[1]~[4]のいずれか一項に記載した細胞培養基材において、微細パターンの形成方法が、温度応答性高分子(A)およびカルボキシル基を有するポリビニル系高分子(B)を溶媒に溶解して溶液化し、これを用いたインクジェット法であることを特徴とする細胞培養基材。
【0024】
[6]
[1]~[5]のいずれか一項に記載した細胞培養基材を用いて細胞を培養する方法で、温度応答性高分子(A)の下限臨界温度以上の温度で細胞を培養し、細胞が増殖した後で温度応答性高分子(A)の下限臨界温度未満に細胞培養基材を冷却することで、タンパク質分解酵素を用いることなく培養細胞を非侵襲的に回収する、細胞の培養方法。
【0025】
[7]
[6]に記載した細胞を培養する方法で、培養する細胞がヒト間葉系幹細胞であることを特徴とする、細胞の培養方法。
【発明の効果】
【0026】
温度応答性高分子(A)はLCST以上の温度では表面が疎水性となり、接着性細胞の培養を行う際には細胞の好適な足場となる。培養終了時にLCST以下の温度に冷却することで表面が親水化し、酵素処理せずに培養細胞を基材から剥離させ、回収することが可能である。これにカルボキシル基を有するポリビニル系高分子(B)を併用することで、表面にカルボキシル基が露呈して電位が生じ、細胞接着性がさらに強固となり、増殖細胞数の増加につながる。ただしポリビニル系高分子(B)を過度に併用すると細胞の接着性が過剰となり、温度応答性高分子(A)のLCST以下の温度でも細胞の剥離性能が低下してしまうのでバランスが必要である。
【0027】
ポリマーで形成された微細パターンについては、細胞が接着できる面積があり、培養後も過度に凝集状態にならないように、その大きさを制限する必要がある。また、パターンの外縁部付近に接着した細胞はパターン外部へ遊走することがあり、隣接するパターンが近すぎる場合は遊走した細胞が互いの細胞外基質を介して結合して細胞塊を形成してしまうため、細胞同士の結合を抑制するために微細パターンの間隔を特定の数値以上に設定する必要がある。
【0028】
つまり、一般式(1)に示した温度応答性高分子(A)100部に対して、一般式(2)に示したカルボキシル基を有するポリビニル系高分子(B)を0.02部以上5.00部以下の割合で併用したポリマーを用いて、円相当の直径(Φ)または不定形の長辺(S)が20μm以上400μm以下となるような微細な印刷点を、印刷点の最短間隔が150μm以上1000μmとなるように基材表面に形成した細胞培養基材を用いることで、タンパク質分解酵素で処理することなく培養細胞を単核状態で容易に得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】印刷点の形状が円形で、60度千鳥配置された例
【
図3】印刷点の形状が方形で、60度千鳥配置された例
【
図19】培養終了時点から冷却回収、核染色工程でのhbMSCの状況比較
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施の形態」という。)について詳細に説明する。以下の本実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明を以下の内容に限定する趣旨ではない。本発明は、その趣旨の範囲内で適宜に変形して実施できる。
【0031】
(温度応答性高分子(A))
本発明においては温度応答性高分子(A)を、カルボキシル基を有するポリビニル系高分子(B)と併用して、一般的な細胞培養基材の上に塗布することが好ましい。温度応答性高分子とは、親水性と疎水性とが温度変化により可逆的に変化する高分子材料のことである。また、好ましい温度応答性高分子として、アクリル系モノマー及びアクリルアミドモノマーが共重合した高分子があげられる。更に好ましい温度応答性高分子としては前記一般式(1)で表される高分子が挙げられる。温度応答性高分子を表面に備えた細胞培養基材は、疎水性条件下では細胞と優れた接着性を示すため、細胞を好適に培養、増殖させることができ、また親水性条件下では、細胞との接着性を低下させることができるため、タンパク質加水分解酵素や化学薬品を使用せずに細胞を剥離できるため、細胞の破損や、基材の剥離混入を生じることなく、容易に細胞の回収が可能である。
【0032】
さらに、疎水性から親水性あるいは親水性から疎水性への変化が迅速であるため、温度をはじめとする外部環境を変化させる際に細胞に与える影響が少ないので好ましい。温度応答性高分子の親水性と疎水性とが変化する温度を臨界温度といい、特に高温で疎水性、低温で親水性になる時の温度を下限臨界溶液温度(LCST)という。
【0033】
細胞培養に使用される細胞は、多くは恒温動物由来であるため、人間の体温付近の37℃近辺で培養されることが多く、該温度で細胞が細胞培養支持体に接着しやすい方が良く、つまり、37℃近辺で細胞培養支持体表面は疎水性の性質であることが好ましい。一方で細胞の剥離時には、熱によるたんぱく質の変性を起こさないために低温で細胞培養支持体から剥離した方が好ましい。つまり低温で細胞培養支持体表面は親水性の性質であることが好ましい。さらには、細胞を好適に培養・剥離できることから、該LCSTが20℃以上37℃以下の範囲にあることが好ましい。
【0034】
本発明における温度応答性高分子(A)を構成するアクリル系高分子としては、アクリル酸、メタクリル酸、メチルアクリレート、メチルメタクリレート等の一般的なアクリル高分子でもよく、その誘導体でかまわない。また脂環式炭化水素骨格からなる多環式炭化水素系化合物であるアクリル高分子でもよく、多環式炭化水素系化合物としては、脂肪族の多環構造を有し、3次元的な架橋構造を含むものでもよい、例えば、トリシクロデカンジメタノールジメタクリレート、トリシクロデカンジメタノールジアクリレートや、アダマンチルメタクリレート、アダマンチルアクリレート等や、イソボルニルメタクリレート、イソボルニルアクリレート、ビニルノルボルネン等が挙げられる。
【0035】
温度応答性高分子(A)は、(メタ)アクリルアミドモノマーおよび(メタ)アクリル系モノマーの共重合体であり、モノマーの種類及び構成比を調整することで、温度応答性高分子(A)の細胞接着性、細胞剥離性、基材密着性などを高い次元でバランスできる。
【0036】
温度応答性高分子(A)の主な構成要素である(メタ)アクリルアミドモノマーの例としては、N-置換アクリルアミド誘導体、N,N-ジ置換アクリルアミド誘導体、N-置換メタクリルアミド誘導体、N,N-ジ置換メタクリルアミド誘導体などを好ましく使用することができ、具体的にはN-イソプロピルアクリルアミド、N-イソプロピルメタクリルアミド、N-n-プロピルアクリルアミド、N-n-プロピルメタクリルアミド、N-シクロプロピルアクリルアミド、N-シクロプロピルメタクリルアミド、N-エトキシエチルアクリルアミド、N-エトキシエチルメタクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド、N-エチルアクリルアミド、N-エチル-N-メチルアクリルアミド、N,N-ジエチルアクリルアミド、N-メチル-N-n-プロピルアクリルアミド、N-メチル-N-イソプロピルアクリルアミド、N-アクリロイルピペリディン、N-アクリロイルピロリジンが挙げられる。
【0037】
(メタ)アクリルアミドモノマー以外の(メタ)アクリル系モノマーについては、(メタ)アクリル酸のカルボキシル基を、各種の官能基や鎖長の異なるアルキル基などでエステル化したモノマーが好適であり、本発明において温度応答性高分子(A)は、下記一般式(1)で表される化合物である。
【0038】
【0039】
一般式(1)において、R1、R2は水素原子、炭素原子数1~8のアルキル基、アリール基を表す。R5、R6、R7は水素原子またはメチル基を表し、R3は水素原子、メチル基、エチル基、または、-(CH2CH2O)n-(CH2CH(CH3)O)m-R0で表されるポリオキシアルキレン基を表す。ここにおいてnは1~300、mは0~60の整数を表す。また、R0は、水素原子、炭素原子数1~30のアルキル基を表す。R4は炭素原子数3以上22以下のアルキル基を表す。また、x、y、zは各成分のモル%を表し、0≦x≦80、0≦y≦80、0≦z≦40、ここでx+y+z=100である。
【0040】
R1、R2で表される炭素原子数1~8のアルキル基としては直鎖でもよく分岐してもよい。例えば、メチル基、エチル基、イソプロピル基、イソブチル基、ドデシル基等の基を表し、また、置換されていてもよい。置換基としては、ハロゲン原子、ヒドロキシ基、カルボキシ基、また、アシル基等の基を含み、例えば、ヒドロキシエチル基、ヒドロキシプロピル基等が挙げられる。シクロアルキル基としてはシクロプロピル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基等が挙げられる。
【0041】
R1、R2で表されるアリール基としてはフェニル基、またトリル基等の置換フェニル基が挙げられる。また、R1、R2の少なくとも一つは水素原子であることが好ましい。
【0042】
R3には、水素、メチル基、エチル基が含まれてよい。また、メチル基、エチル基の水素が一部または全部置換された置換アルキル基を含み、置換アルキル基における置換基としてはハロゲン原子、ヒドロキシ基、カルボキシ基等の基を含み、例えば、ヒドロキシエチル基、ヒドロキシプロピル基等が挙げられる。
【0043】
さらにR3に含まれてもよい-(CH2CH2O)n-(CH2CH(CH3)O)m-R0で表されるポリオキシアルキレン基としては、オキシエチレン基の繰り返し単位(n)としては1~300が好ましく、より好ましいのは6~100の範囲が好ましく、さらに好ましいのは8~50の範囲である。また、またR3に含まれてもよいオキシプロピレン基の繰り返し単位(m)としては0~60が好ましく、より好ましいのは0~30の範囲が好ましく、さらに好ましいのは0~15の範囲である。これらオキシエチレン基とオキシプロピレン基は混在してもよい。R0で表される炭素原子数1~30のアルキル基としては、メチル、エチル、プロピル、ブチル、オクチル、デシル、ドデシル、ステアリル等の基が挙げられる。この中で好ましいR3の組み合わせとしては、n=1~4、m=0~3、R0=メチルまたはエチルまたはプロピルであり、特に好ましくはn=1~3、m=0~1、R0=メチルまたはエチルの組み合わせである。
【0044】
R3には、水素結合により細胞培地中の水分子を呼び集める機能が求められ、温度応答性高分子(A)の構成成分としてこの骨格が含まれることで、アクリルアミド骨格の近隣に水分子が存在することとなり、温度変化に伴う疎水性~親水性への可逆変化の応答性が鋭敏になるため好ましい。
【0045】
R4で表される炭素原子数3以上22以下のアルキル基としては、直鎖あるいは分岐アルキル基でもよく、プロピル基、イソプロピル基、イソブチル基、n-ブチル基、t-ブチル基、ヘキシル基、ドデシル基、ステアリル基等を表す。アルキル基の構造と鎖長を調整することで、ポリマーの耐水性および耐溶出性や、基材への密着性を良好なものとすることができる。炭素原子数の好ましい範囲としては3以上10以下、特に好ましい範囲は3以上8以下である。R3には、温度応答性高分子(A)の基材密着性への寄与が求められ、炭素原子数を最適な範囲に調整することで、培養後に剥離回収した細胞側に、温度応答性高分子(A)の断片が混入することを避けることができる。
【0046】
一般式(1)の温度応答性高分子(A)の製造は、各成分モノマーの共重合により得ることができる。具体的には各モノマーを多段階に反応させるブロック共重合体であることが好ましく、特に好ましくはリビング重合法により得られるブロック共重合体である。また、各ブロックは、直接結合していてもよいし、低分子のスペーサーを介して結合していてもよい。スペーサーの原子数は、前述の本発明の効果を損なわない限り特に制限はなく、2原子から30原子であることが好ましい。また、スペーサーの構造も本発明の効果を損なわない限り特に制限はなく、直鎖状、分岐状、環状のいずれであってもよい。
【0047】
リビング重合の中では、重合反応の制御が容易である点でリビングラジカル重合を用いることが好ましく、例えば、株式会社エヌ・ティー・エス発行、“ラジカル重合ハンドブック”、p.161~225(2010)に記載のリビングラジカル重合技術を用いて製造することがより好ましい。リビングラジカル重合技術としては、原子移動ラジカル重合法(ATRP)、可逆的付加開裂連鎖移動重合法(RAFT)、ニトロキシドを介した重合法(NMP)などを例示することができるが、これらの中では、汎用性が高く、細胞毒性を示す金属を使用しなくてもよい点でRAFT重合により製造することが好ましい。
【0048】
一般式(1)の温度応答性高分子(A)のモノマー成分をX、Y、Zとした場合、温度応答性高分子(A)のブロック共重合体の具体的な製造方法としては、ブロックXを生成するモノマーを重合した後、ブロックYを生成するモノマーを重合し、次いで、ブロックZを生成するモノマーを重合する方法(X-Y-Z)、または、ブロックXを生成するモノマーを重合した後、ブロックZを生成するモノマーを重合し、次いで、ブロックYを生成するモノマーを重合する方法(X-Z-Y)、または、ブロックYを生成するモノマーを重合した後、ブロックXを生成するモノマーを重合し、次いで、ブロックZを生成するモノマーを重合する方法(Y-X-Z)、または、ブロックYを生成するモノマーを重合した後、ブロックZを生成するモノマーを重合し、次いで、ブロックXを生成するモノマーを重合する方法(Y-Z-X)、または、ブロックZを生成するモノマーを重合した後、ブロックXを生成するモノマーを重合し、次いで、ブロックYを生成するモノマーを重合する方法(Z-X-Y)、または、ブロックZを生成するモノマーを重合した後、ブロックYを生成するモノマーを重合し、次いで、ブロックXを生成するモノマーを重合する方法(Z-Y-X)を例示することができる。また、温度応答性高分子(A)にはX、Y、Z以外のモノマー成分が含まれていてもよい。この場合、ブロック共重合体の製造方法として挙げた上記の合成順序のいずれの段階に、このモノマーの重合が挿入されていてもよい。
【0049】
本発明で用いるRAFT剤としては、公知のジチオベンゾアート型、トリチオカルボナート型、ジチオカルバマート型、ジチオカルボナート型のRAFT剤を挙げることができる。本発明では具体的には、S-シアノメチル-S-ドデシルトリチオカルボナートや、4-シアノ-4-[(ドデシルスルフォニルチオカルボニル)スルフォニル]ペンタノイックアシッドが好ましい例として挙げられる。
【0050】
本発明に係る温度応答性高分子(A)の重合においては、重合開始剤としてはラジカルを発生する開始剤として、アゾ系開始剤、過酸化物系開始剤を用いることができる。重合開始剤としては油溶性の過酸化物系あるいはアゾ系開始剤が好ましく、一例を挙げると、例えば、過酸化ベンゾイル、過酸化ラウロイル、過酸化オクタノイル、オルソクロロ過酸化ベンゾイル、オルソメトキシ過酸化ベンゾイル、メチルエチルケトンパーオキサイド、ジイソプロピルパーオキシジカーボネート、キュメンハイドロパーオキサイド、シクロヘキサノンパーオキサイド、t-ブチルハイドロパーオキサイド、ジイソプロピルベンゼンハイドロパーオキサイド等の過酸化物系開始剤、2,2′-アゾビスイソブチロニトリル、2,2′-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル)、2,2′-アゾビス(2,3-ジメチルブチロニトリル)、2,2′-アゾビス(2-メメチルブチロニトリル)、2,2′-アゾビス(2,3,3-トリメチルブチロニトリル)、2,2′-アゾビス(2-イソプロピルブチロニトリル)、1,1′-アゾビス(シクロヘキサン-1-カルボニトリル)、2,2′-アゾビス(4-メチキシ-2,4-ジメチルバレロニトリル)、2-(カルバモイルアゾ)イソブチロニトリル、4,4′-アゾビス(4-シアノバレリン酸)、ジメチル-2,2′-アゾビスイソブチレート等が挙げられる。この中で、ターシャリイソブチルハイドロパーオキサイド、クメンハイドロパーオキサイド、パラメンタンハイドロパーオキサイドなどの有機過酸化物類、過酸化水素等が好ましく用いられる。これら重合開始剤は、モノマーの合計量に対して、0.01~20質量%、特に、0.1~10質量%の割合で使用されるのが好ましい。
【0051】
本発明の温度応答性高分子(A)の分子量に特に限定はないが、数平均分子量Mnが7,000~800,000であり、好ましくは10,000~300,000である。7,000未満では培地への溶出の懸念が生じ、800,000を超えると溶媒への溶解性が低下して溶液化が困難となり細胞培養基材の加工性が低下するなどの問題が発生する。
【0052】
(カルボキシル基を有するポリビニル系高分子(B))
本発明においては、温度応答性高分子(A)と、カルボキシル基を有するポリビニル系高分子(B)と併用して、一般的な細胞培養基材の上に塗布することが好ましい。本発明においてカルボキシル基を有するポリビニル系高分子(B)は、下記一般式(2)で表される化合物である。
【0053】
【0054】
一般式(2)において、R8、R9、R10はそれぞれ水素原子、または、炭素原子数1~30のアルキル基を表し、同じ組み合わせでも異なる組み合わせでも構わない。また、l、m、nは各成分のモル%を表し、0≦l≦80、0≦m≦50、0≦n≦100、ここでl+m+n=100である。
【0055】
ポリビニル系高分子(B)のカルボキシル基は、構成要素となるビニル安息香酸(カルボキシスチレン)、マレイン酸、無水マレイン酸、フマル酸、さらにはこれらのアルキル基置換体モノマーに由来するものである。
【0056】
ポリビニル系高分子(B)を重合する際にスチレンモノマーを使用すると、ポリビニル系高分子(B)を溶液化して細胞培養基材へ塗布する際に、基材との密着性が向上する。使い捨ての細胞培養基材として広く使用されているポリスチレン系の培養基材の場合は、培養基材表面のポリスチレン分子に対して、ポリビニル系高分子(B)のポリスチレン骨格がπ-π結合で静電気的に結合するため、ポリビニル系高分子(B)の培地や細胞への溶出を抑えることが可能となる。
【0057】
ポリビニル系高分子(B)を温度応答性高分子(A)に少量併用する目的は、培養する細胞の基材への接着性を高め、細胞培養効率を向上させることである。
一般に、プラスチック製の細胞培養基材の表面は疎水性であり、基本的に細胞は接着しにくいことが知られている。このため接着培養用のプラスチック製細胞培養基材を製造する際は、プラズマ処理等で基材表面にカルボニル基、水酸基、カルボキシル基などの親水性の官能基を導入し、細胞接着性を改善する試みが行われている。
【0058】
本発明では、プラズマ処理を行うことなく、高い細胞接着性を基材に付与するために、温度応答性高分子(A)100部に対してカルボキシル基を有するポリビニル系高分子(B)を0.02部以上5.00部以下の割合で併用する。併用する量は、0.03部以上3.00部以下が好ましく、0.04部以上1.50部以下がさらに好ましい。この数値限定により、温度応答(冷却)による細胞剥離・回収性能を阻害することなく、高い細胞接着性を付与することが可能となる。具体的には、0.02部未満では十分な細胞接着性が得られず細胞増殖性が低下することが問題となる。一方で5.00部を超える量では細胞と基材の接着性が過度に強くなり、温度応答性高分子(A)のLCST以下の温度に基材を冷却しても、培養後の細胞を基材から剥離させることが困難となる。
【0059】
一般式(2)で表されるカルボキシル基を有するポリビニル系高分子(B)のモノマーの比率について、mは50以下(モル%)、nは100以下(モル%)であり、残りがlである。mが50を超えると細胞-基材間の静電結合と疎水結合のバランスが崩れ、十分な細胞接着性を発現することが困難になる。また、(m+n)は20以上である。(m+n)が20未満の場合はポリビニル系高分子(B)を溶液化する際に、溶媒への溶解性に不具合を生じやすい。nが100の場合は基材への密着性が低下するため、R9、R10の一部をアルキル基で置換することが好ましい。
【0060】
ポリビニル系高分子(B)は一般式(2)で表した以外の構成成分が含まれていても良い。構成成分がランダムに配列したランダム共重合体であっても良く、各モノマー成分を多段階反応で重合したブロック共重合体であっても良い。カルボキシル基がランダムに存在することで細胞接着性が向上することから、本発明ではランダム共重合体であることが好ましい。これら共重合体の重合方法としては、公知の方法を用いることができる。一例として、付加重合、重縮合、イオン重合、開環重合、リビングラジカル重合、配位重合を選択できる。また、本発明の高分子化合物の製法は特に限定はなく、一例として、塊状重合、溶液縮合、懸濁重合、乳化重合を選択できる。
【0061】
本発明のポリビニル系高分子(B)の重合においては、重合開始剤として前述したアゾ系開始剤、過酸化物系開始剤を用いることができる。重合開始剤は、モノマーの合計量に対して、0.01~20質量%、特に、0.1~10質量%の割合で使用されるのが好ましい。
【0062】
本発明のポリビニル系高分子(B)の分子量に特に限定はないが、数平均分子量Mnが5,000~1,000,000であり、好ましくは10,000~300,000である。5,000未満では培地への溶出の懸念が生じ、1,000,000を超えると溶媒への溶解性が低下して溶液化が困難となり細胞培養基材の加工性が低下するなどの問題が発生する。
【0063】
(溶液)
本発明の温度応答性高分子(A)とポリビニル系高分子(B)は、一つの溶液内に共存する形式でも、個別の溶液を調製してそれを後から混合してから基材表面に塗布する形式、あるいは個別の溶液を複数回に分けて基材表面に印刷する形式、いずれでも構わない。
【0064】
溶液を調製する際は、溶液中のポリマー含有量(質量%)として0.1%以上5.0%以下の濃度であることが好ましい。さらに好ましくは、0.3%以上3.0%以下の濃度である。濃度が低いと微細パターンを形成する際に印刷点の膜厚が小さくなり、濃度が高いと膜厚は大きくなる。
【0065】
溶液の25℃における粘度については、3mPa・s以上、25mPa・s以下であることが好ましく、特に好ましくは5mPa・s以上、15mPa・s以下である。溶液の粘度が高すぎる場合は微細パターンを形成する際の加工性が低下しやすく、一方で粘度が低すぎる場合は印刷点が滲んでしまうなどの問題を生じる。粘度を調整するために、溶媒の種類やポリマー含有量を変更するだけでなく、増粘剤等を併用することも可能である。なお、溶液の粘度はTVB-10M型粘度計(東機産業製、TM1ローター、60rpm)を用い、300mLのガラス瓶に準備した溶液を25℃に調整して測定した。
【0066】
溶液の23℃における動的表面張力については、20mN/m以上、50mN/m以下であることが望ましい。さらに好ましくは23mN/m以上、40mN/m以下、特に好ましい範囲は25mN/m以上、35mN/m以下である。表面張力は、DM-500型接触角計(協和界面科学製)を用いて、23℃の環境下で形成した懸滴の接触角を測定し、あらかじめ測定した比重データを使用してYoung-Laplase法で求めた値である。表面張力が小さい場合は、微細パターンを形成する際に基材への親和性(濡れ性)が高くなるメリットがある一方で、印刷点の乾燥が完了する前に滲んでしまいパターンの形状が崩れてしまうというデメリットがある。逆に表面張力が高すぎる場合は、基材への濡れ性が低下して溶液が弾かれてしまい、微細パターンの形状を維持することが難しくなる。表面張力を調整する目的で、表面張力調整剤を併用することが可能である。表面張力調整剤としては、界面活性剤や消泡剤、湿潤剤、湿潤調整剤が挙げられる。ただし表面張力調整剤を含んだ微細パターンからは、細胞培養時に表面張力調整剤がブリードアウトする恐れがあり、これが培地や培養細胞を汚染してしまう可能性があるため、表面張力調整剤の使用には慎重になるべきである。このため表面張力調整剤は使用しないことが望ましい。表面張力調整剤を併用せざるを得ない場合、細胞毒性の観点から厚生労働省が発行する「医薬品添加物規格2018」に記載のものから選択することが好ましい。
【0067】
溶液を調製する際に用いる溶媒としては、大気圧下での沸点が100℃以上、280℃以下であることが好ましい。特に好ましい範囲は150℃以上、260℃未満である。沸点が低すぎる場合は、微細パターンを形成するための印刷点のレベリング性(均膜化挙動)と乾燥性のバランスが崩れ、印刷点の膜厚が不均等になりやすい。沸点が高すぎる場合は、乾燥に係る時間が長くなり生産性が低下することや、乾燥後の微細パターンに溶媒が残存し、細胞培養時に培地や細胞へ溶媒が移行する恐れが生じる。
【0068】
本発明では、基材へ微細パターンを形成する好ましい手法として、インクジェット印刷方式を挙げることができる。さらに詳細には、ピエゾヘッド式インクジェット印刷方式であることが特に好ましい。インクジェット印刷に適した液性(粘度、表面張力、沸点)としては、「特に好ましい範囲」として前述した範囲を挙げることができる。インクジェット印刷方式では、印刷点の正確性や乾燥性だけでなく、ヘッドのノズル(溶液がメニスカスを形成)での乾燥目詰まりが問題となる。ポリマー溶液には、ヘッドノズルの乾燥目詰まりを抑え、一方で印刷パターンの乾燥性を高めるという背反した性能が求められる。
【0069】
本発明では、温度応答性高分子(A)とポリビニル系高分子(B)の溶解性と、前述の液性(粘度、表面張力、沸点)をバランスさせ、さらには塗布対象となる基材を溶解しない観点から、水溶性溶媒を使用するのが好ましく、グリコールエーテル類、中でも(ポリ)アルキレングリコールモノアルキルエーテル、(ポリ)アルキレングリコールジアルキルエーテルが効果的である。グリコールエーテル類の具体例としては、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノプロピルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノペンチルエーテル、ジエチレングリコールモノヘキシルエーテル、トリエチレングリコールモノメチルエーテル、トリエチレングリコールモノエチルエーテル、トリエチレングリコールモノプロピルエーテル、トリエチレングリコールモノブチルエーテル、テトラエチレングリコールモノメチルエーテル、テトラエチレングリコールモノブチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノプロピルエーテル、プロピレングリコールモノブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル、トリプロピレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル、ジプロピレングリコールジメチルエーテル等が挙げられる。
【0070】
これらの中で、好ましいのはジエチレングリコールモノブチルエーテル(沸点231℃)、ジエチレングリコールモノヘキシルエーテル(沸点258℃)、トリエチレングリコールモノメチルエーテル(沸点249℃)、ジエチレングリコールジエチルエーテル(沸点188℃)、プロピレングリコールモノブチルエーテル(沸点170℃)である。これらの溶剤は単独または複数を組み合わせて使用してもよく、さらに、水や酢酸水溶液、乳酸水溶液、などの水溶液を複数混合して使用することもできる。
【0071】
(細胞培養基材)
本発明の細胞培養基材の素材としては、各種高分子材料、ガラス、改質ガラス、ウール布、コットン布、紙、金属(例えばアルミニウム)等が挙げられる。取り扱い上の観点から、本発明の細胞培養基材としては、プラスチック材料(例えば、セルロースアセテート、ポリエステル、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリアミド、ポリイミド、セルローストリアセテートまたはポリエチレン、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート、ABS樹脂=アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン共重合体、MBS樹脂=メチルメタクリレート・ブタジエン・スチレン共重合体等)が好ましく、本発明においてはポリスチレンまたはMBS樹脂が特に好ましい。基材の厚みとしては50~3000μm程度、好ましくは70~1800μmである。
【0072】
本発明では、培養する細胞は基材表面にポリマーで形成した微細パターン上のみであることが望ましいため、微細パターンが形成されない部分については細胞の接着性は低い方がよい。このため、細胞培養基材の表面に一般的に行われるグロー放電、コロナ放電、真空プラズマ処理、大気圧プラズマ処理またはシランカップリング処理などは行わないことが好ましい。場合によっては、細胞培養基材の表面に細胞の接着を阻害する成分(例えば、ポリヒドロキシメチルアクリレートを主骨格とする共重合体などの、水不溶性かつ高親水性ポリマー)の膜を事前に形成しておくことも可能である。この共重合体の膜厚としては、1nm以上、900nm以下が好ましく、さらに好ましくは10nm以上、500nm以下である。
【0073】
(微細パターンの形成方法)
基材表面に温度応答性高分子(A)とポリビニル系高分子(B)の溶液を塗布して微細パターンを形成する方法には特に制限はなく、例えばマスキングを行った後にスピンコート法、バーコーター法、カーテンコート法、浸漬法、エアーナイフ法、ホッパー塗布法、リバースロール塗布法、グラビア塗布法、エクストリュージョン塗布法、真空蒸着法(スパッタリング法)等の公知の方法を用いることができる。本発明では、マスキング処理を行わずに微細パターンを形成可能な、インクジェット方式やスタンプ方式を用いるのが好ましく、特にインクジェット方式で溶液を塗布することが好ましい。
【0074】
インクジェット方式で基材表面に微細パターンを形成する場合、ヘッドから吐出された液滴は、基材へ付着→レベリング→溶媒蒸発→乾燥完了のプロセスを経るが、レベリングしてから溶媒が蒸発するまでの時間が長くなると、印刷点の内部で濃度の偏りが生じたり、部分的に高分子の析出が生じて印刷点の形状が悪化(変形、白濁など)することがある。このため、レベリング後は速やかに溶媒を乾燥させることが美しい印刷結果につながる。具体的な手法としては、印刷前に基材を加熱して30℃~50℃に温めておくことが好ましい。または、ヘッドから吐出された液液がレベリングした後に60℃~100℃の熱風をあて、強制的に乾燥を促進することも効果的である。
【0075】
図1~
図4に示したように、微細パターンを構成する各印刷点の形状はドット状であり、その形状は円形や多角形、楕円形、不定形のいずれでもよい。その大きさについては、円相当の直径(Φ)または多角形や楕円形の長辺(S)短辺(V)がいずれも20μm以上、400μm以下である。好ましい範囲は、30μm以上、350μm以下である。さらに好ましくは、50μm以上、300μm以下である。印刷点の大きさが小さすぎる場合、細胞の接着面積が不足して増殖性が低下する。一方で印刷点が大きすぎる場合は、接着・増殖した細胞同士が細胞外基質(細胞外マトリクス)を介して会合してしまい、本発明の主眼である単核状の細胞として回収することが困難となる。
【0076】
微細パターンを構成する各印刷点の配置方法には制限はなく、格子状配置(グリッド配置)や千鳥配置(45度千鳥配置、60度千鳥配置など)を例示することができ、これらを組み合わせることも可能である。この中で、基材表面に印刷点を最密に配置できるという点で、60度千鳥配置が好ましい。
【0077】
微細パターンにおいて、隣接する印刷点間の最短距離(P)は150μm以上、1000μm以下である。好ましくは180μm以上、900μm以下、さらに好ましくは200μm以上、800μm以下である。最短距離(P)が下限未満の場合、印刷点に接着・増殖した細胞が印刷点の外側に遊走して細胞同士が細胞外基質を介して会合してしまい、本発明の主眼である単核状の細胞として回収することが困難となる。最短距離(P)が上限を上回る場合、基材表面に占める印刷点の数が極端に減少してしまい、接着可能な細胞数が減少してしまうため細胞培養の効率が低下し、多大な培養面積で僅かな細胞数しか得られない状態、つまり大量に細胞を培養することが困難となる。例えば、直径150μmの円形ドットを60度千鳥配置、印刷点間の最短距離(P)200μmで印刷した場合、基材表面全体の面積に対して全ての印刷点の面積を合計した割合は約17%である。この条件で印刷点間の最短距離(P)だけを400μmに変更すると、印刷点の面積の割合は約7%まで減少する。
【0078】
微細パターンを正確に形成するためには、基材表面の静電気を除電しておくことも有効である。冬季の乾燥状態では、プラスチック製の基材は数百Vまで帯電するため、インクジェットヘッドから吐出されたポリマー溶液の液滴が正しい場所に着弾する前に静電気の力でずれてしまうことがある。例えば静電気除去装置としてSTABLO AP(島津製作所製、交流コロナ放電方式イオナイザー)を用いて、基材から10cmの位置で数秒間除電することで、帯電圧を0Vまで低減することが可能である。
【0079】
微細パターンを構成する各印刷点の中心付近の膜厚は5nm以上、500nm以下、好ましくは7nm以上、400nm以下である。膜厚が小さ過ぎる場合は温度応答性高分子(A)とポリビニル系高分子(B)の効果が小さくなり、培養する細胞の接着性が悪化して培養効率が低下する。膜厚が大き過ぎる場合は、基材表面に対して印刷点が凸形状になるため、この形状が細胞の接着性を阻害する恐れが生じてしまう。なお印刷点の膜厚を測定する装置として、顕微分光膜厚計OPTM-A1型(大塚電子製)を挙げることができる。印刷点の反射率を測定し、基材と印刷点(高分子)の光学パラメーターの差異から膜厚を算出できる装置であり、1nmから35μmの範囲の膜厚を正確に測定可能である。印刷点の平均膜厚を求める場合は、OPTM-A1の自動ステージを用いて、少なくとも各印刷点上の任意の10以上のポイントについて測定を行い、算術平均値を求めた。
【0080】
微細パターンを構成する各印刷点を、非吸収性の基材表面に印刷した場合、コーヒーリング現象と呼ばれる挙動により印刷点の外縁部の膜厚が大きくなることがある。本発明の微細パターンとしては、印刷点の外縁部の膜厚が大きいことで接着細胞の遊走を阻害し、単核状細胞として回収しやすくなる効果が確認された。印刷点の外縁部の膜厚は中央部の膜厚よりも厚く、かつ100nm以上、1000nm以下であることが好ましく、さらに好ましくは300nm以上、900nm以下である。印刷点の中央部と外縁部の膜厚に差異がない状態でも本発明の基本的な性能は発現するが、中央部と外縁部の膜厚に一定の差異が存在する方がより顕著な効果が得られる。
【0081】
(細胞培養用基材を用いた細胞培養方法)
本発明の細胞培養基材を用いた細胞培養は、培養基材の表面に形成された微細パターンを構成する温度応答性高分子(A)のLCSTよりも高い温度で行われるが、ヒト由来細胞を用いる場合は、高い培養効率を得ることを目的にヒトの体温付近で行うことが好ましく、35~39℃の温度範囲で行うことがより好ましく、36~38℃の温度範囲で行うことがさらに好ましい。その他の培養条件は特に制限されず、当分野において通常行われる条件下で培養を行ってよい。例えば、培地としては、ウシ胎児血清等の血清が添加されているものでもよいし、無血清培地でもよい。
【0082】
培養後、増殖した細胞を細胞培養基材から剥離するには、周囲の温度を本発明の温度応答性高分子(A)のLCSTよりも低い温度、好ましくはLCSTより10℃以上低い温度に変化させればよい。LCST以下に冷却することによる細胞培養基材からの細胞剥離は、細胞を培養していた培養液中においても、その他の培地或いはリン酸緩衝液中においても可能であり、目的に応じて選択することができる。例えば、培養後の細胞が培養基材から剥がれないように培地を破棄した後に、3~5℃に冷却した培地を速やかに細胞培養基材へ注入し、室温雰囲気下で5分間から30分間静置することで細胞培養基材から細胞を剥離させる方法を挙げることができる。この際に、増殖細胞を効果的にかつ容易に剥離させるため、細胞培養基材を軽くたたいたり、揺らしたり、更にはピペット等を使用して培地を撹拌するなどしてもよい。
【0083】
本発明の細胞培養基材を用いて培養される細胞としては、温度降下による刺激付与前の細胞培養基材の微細パターン表面に接着可能なものであれば特に制限されるものではない。例えば、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞、ヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞、ヒト肺由来繊維芽細胞、ヒト皮膚繊維芽細胞、チャイニーズハムスター卵巣由来CHO細胞、マウス結合組織L929細胞、ヒト胎児腎臓由来細胞HEK293細胞、ヒト子宮頸癌由来HeLa細胞等の種々の培養細胞株に加え、例えば生体内の各組織、臓器を構成する上皮細胞や内皮細胞、収縮性を示す骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞、神経系を構成するニューロン細胞、グリア細胞、繊維芽細胞、生体の代謝に関与する肝実質細胞、肝非実質細胞や脂肪細胞、分化能を有する細胞として、種々の組織に存在する幹細胞、さらにはそれらから分化誘導した細胞等を用いることができる。これら以外でも、血液、リンパ液、髄液、喀痰、尿又は便に含まれる細胞(生細胞)や、体内あるいは環境中に存在する微生物、ウイルス、原虫等を例示できる。
【0084】
(調製例)
以下、本発明に用いる温度応答性高分子(A)およびカルボキシル基を有するポリビニル系高分子(B)、およびこれらを用いた溶液の調製例を説明するが、本発明はこれらに限定されない。また、特に断りのない限り、試薬は市販品を用いた。
【0085】
(1)温度応答性高分子(A)の作製
(1.1)温度応答性高分子(A-1)の合成
500mL容の筒型フラスコ(内径80mm)に2-メトキシエチルアクリレート(MEA)モノマーを1.952g(15mmol)加え、さらにRAFT剤であるS-シアノメチル-S-ドデシルトリチオカルボナートを95.1mg(300μmol)、重合開始剤であるアゾビスイソブチロニトリルを4.8mg(30μmol)、さらに反応溶媒であるtert-ブチルアルコールを30mL加え、アルゴンガス置換後に、撹拌翼径70mmの2枚パドル撹拌翼で回転数200rpm、62℃の条件で24時間反応した(1段目)。
【0086】
反応液をサンプリングし、1H-NMRで転化率が90%であることを確認後、上記反応液にn-ブチルアクリレート(BA)モノマーを11.535g(90mmol)加え、さらにアゾビスイソブチロニトリル4.8mg(30μmol)とtert-ブチルアルコール10mLを追加し、アルゴンガス置換後に1段目と同じ撹拌・温度条件で24時間反応した(2段目)。
【0087】
反応液をサンプリングし、1H-NMRで転化率が88%であることを確認後、上記反応液にN-イソプロピルアクリルアミド(NiPAAm)モノマーを22.066g(195mmol)加え、さらにアゾビスイソブチロニトリル4.8mg(30μmol)とtert-ブチルアルコール255mLを追加し、アルゴンガス置換後に1段目と同じ撹拌・温度条件で24時間反応した(3段目)。
【0088】
反応液をサンプリングし、1H-NMRで転化率が92%であることを確認し、反応終了とした。得られた反応液濃度は13.2wt%、反応液密度は0.81g/cm3(62℃)、反応液粘度は20mPa・s(62℃)であった。
【0089】
次に、純水2Lを予め仕込んだ3Lビーカーに上記反応液300mLを滴下し、黄色の粘性物を析出させて濾別回収した。この粘性物を別の純水2Lに12時間浸漬した後、40℃に加温して固体を濾別回収し、100℃の雰囲気温度で12時間真空乾燥を行った。乾燥後の固体を300mLのクロロホルムに溶解し、この溶液に硫酸マグネシウムを5g添加して室温で1時間撹拌し、ろ液を濾別回収した。ヘプタン2Lを予め仕込んだ3Lビーカーに上記ろ液を滴下し、白色固体を析出させて濾別回収し、100℃の雰囲気温度で12時間減圧乾燥を行うことで温度応答性高分子(A-1)を17.8g得た。
【0090】
温度応答性高分子(A-1)の物性値は、x:y:z=6:27:67(1H-NMRによるモノマーのモル比)、数平均分子量=11.8万、重量平均分子量/数平均分子量(Mw/Mn)=1.12(GPC)であった。
【0091】
(1.2)温度応答性高分子(A-2)の合成
500mL容の筒型フラスコ(内径80mm)に2-メトキシエチルアクリレート(MEA)モノマーを0.831g(6mmol)加え、さらにRAFT剤であるS-シアノメチル-S-ドデシルトリチオカルボナートを40.5mg(128μmol)、重合開始剤であるアゾビスイソブチロニトリルを4.2mg(26μmol)、さらに反応溶媒であるtert-ブチルアルコールを30mL加え、アルゴンガス置換後に、撹拌翼径70mmの2枚パドル撹拌翼で回転数200rpm、62℃の条件で24時間反応した(1段目)。
【0092】
反応液をサンプリングし、1H-NMRで転化率が93%であることを確認後、上記反応液にn-ブチルアクリレート(BA)モノマーを4.909g(38mmol)加え、さらにアゾビスイソブチロニトリル4.2mg(26μmol)とtert-ブチルアルコール10mLを追加し、アルゴンガス置換後に1段目と同じ撹拌・温度条件で24時間反応した(2段目)。
【0093】
反応液をサンプリングし、1H-NMRで転化率が91%であることを確認後、上記反応液にN-イソプロピルアクリルアミド(NiPAAm)モノマーを28.892g(255mmol)加え、さらにアゾビスイソブチロニトリル4.2mg(26μmol)とtert-ブチルアルコール370mLを追加し、アルゴンガス置換後に1段目と同じ撹拌・温度条件で24時間反応した(3段目)。
【0094】
反応液をサンプリングし、1H-NMRで転化率が95%であることを確認し、反応終了とした。得られた反応液濃度は10.1wt%、反応液密度は0.80g/cm3(62℃)、反応液粘度は14mPa・s(62℃)であった。
【0095】
次に、純水2Lを予め仕込んだ3Lビーカーに上記反応液410mLを滴下し、黄色の粘性物を析出させて濾別回収した。この粘性物を別の純水2.8Lに12時間浸漬した後、40℃に加温して固体を濾別回収し、100℃の雰囲気温度で12時間真空乾燥を行った。乾燥後の固体を350mLのクロロホルムに溶解し、この溶液に硫酸マグネシウムを5g添加して室温で1時間撹拌し、ろ液を濾別回収した。ヘプタン3Lを予め仕込んだ3Lビーカーに上記ろ液を滴下し、析出した白色固体を濾別回収し、100℃の雰囲気温度で12時間減圧乾燥を行うことで温度応答性高分子(A-2)を20.9g得た。
【0096】
温度応答性高分子(A-2)の物性値は、x:y:z=2:11:87(1H-NMRによるモノマーのモル比)、数平均分子量=23.0万、Mw/Mn=1.21(GPC)であった。
【0097】
(2)カルボキシル基を有するポリビニル系高分子(B)の作製
(2.1)ポリビニル系高分子(B-1)の合成
200mL容の2口フラスコに、スチレン(St)モノマーを0.833g(8mmol)、およびカルボキシスチレン(CSt)モノマーを0.889g(6mmol)加え、さらに重合開始剤であるアゾビスイソブチロニトリルを16mg(100μmol)とtert-ブチルアルコール15mLを加え、窒素ガス置換後、撹拌翼径50mmの2枚パドル撹拌翼で回転数200rpm、64℃の条件で24時間反応した。
【0098】
反応液をサンプリングし、1H-NMRで転化率が91%であることを確認し、反応終了とした。この反応液をn-ヘプタンで再沈精製し、減圧乾燥することで白色固体のポリビニル系高分子(B-1)を1.5g得た。
【0099】
得られたポリビニル系高分子(B-1)の組成はSt:CSt=l:m=57:43(1H-NMRによるモノマーのモル比)、数平均分子量Mnは9.1万、Mw/Mnは1.9(GPC)であった。
【0100】
(2.2)ポリビニル系高分子(B-2)の合成
200mL容の2口フラスコに、スチレン(St)モノマーを0.833g(8mmol)、および無水マレイン酸(MA)モノマーを1.471g(15mmol)加え、さらに重合開始剤であるアゾビスイソブチロニトリルを16mg(100μmol)とtert-ブチルアルコール15mLを加え、窒素ガス置換後、撹拌翼径50mmの2枚パドル撹拌翼で回転数200rpm、64℃の条件で24時間反応した。
【0101】
反応液をサンプリングし、1H-NMRで転化率が89%であることを確認し、反応終了とした。この反応液をn-ヘプタンで再沈精製し、減圧乾燥することで白色固体のポリビニル系高分子(B-2)を2.1g得た。
【0102】
得られたポリビニル系高分子(B-2)の組成はSt:MA=l:n=35:65(1H-NMRによるモノマーのモル比)、数平均分子量Mnは10.0万、Mw/Mnは2.1(GPC)であった。
【0103】
(3)微細パターン形成用溶液の作製
(3-1)温度応答性高分子(A-1)+ポリビニル系高分子(B-1)溶液の調製
200mL容のガラス瓶に温度応答性高分子(A-1)を2.00g、ポリビニル系高分子(B-1)を0.02g秤量し、溶媒であるプロピレングリコールモノブチルエーテル(1-ブトキシ-2-プロパノール)を131.3g追加し、撹拌子を投入して23℃雰囲気下でマグネティックスターラーを用いて24時間撹拌した。均一に溶解したことを目視で確認し、0.2μmのシリンジフィルター(Merck製、PES素材、SLGPR33RS型)で異物を除去した。溶液を約5g採取し、加熱乾燥式水分計にセットして120℃で11分間加熱し、不揮発成分(濃度)が1.48質量%であることを確認した。この溶液の25℃での粘度は8.8mPa・s、動的表面張力は26mN/mであった。なお、この溶液では温度応答性高分子(A-1)100部に対するポリビニル系高分子(B-1)の割合は1.0部である。
【0104】
(3-2)温度応答性高分子(A-2)+ポリビニル系高分子(B-2)溶液の調製
200mL容のガラス瓶に温度応答性高分子(A-2)を1.5g、ポリビニル系高分子(B-2)を0.045g秤量し、溶媒であるプロピレングリコールモノブチルエーテルを148.5g追加し、撹拌子を投入して23℃雰囲気下でマグネティックスターラーを用いて24時間撹拌した。均一に溶解したことを目視で確認し、0.2μmのシリンジフィルター(Merck製、PES素材、SLGPR33RS型)で異物を除去した。溶液を約5g採取し、加熱乾燥式水分計にセットして120℃で13分間加熱し、不揮発成分(濃度)が1.01質量%であることを確認した。この溶液の25℃での粘度は7.7mPa・s、動的表面張力は25mN/mであった。なお、この溶液では温度応答性高分子(A-2)100部に対するポリビニル系高分子(B-2)の割合は3.0部である。
【0105】
(3-3)温度応答性高分子(A-1)+ポリビニル系高分子(B-1)溶液の調製
1000mL容のガラス瓶に温度応答性高分子(A-1)を10.00g、ポリビニル系高分子(B-1)を1.0mg秤量し、溶媒であるプロピレングリコールモノブチルエーテル(1-ブトキシ-2-プロパノール)を656.6g追加し、撹拌子を投入して23℃雰囲気下でマグネティックスターラーを用いて24時間撹拌した。均一に溶解したことを目視で確認し、0.2μmのシリンジフィルター(Merck製、PES素材、SLGPR33RS型)で異物を除去した。溶液を約5g採取し、加熱乾燥式水分計にセットして120℃で11分間加熱し、不揮発成分(濃度)が1.50質量%であることを確認した。この溶液の25℃での粘度は8.6mPa・s、動的表面張力は26mN/mであった。なお、この溶液では温度応答性高分子(A-1)100部に対するポリビニル系高分子(B-1)の割合は0.01部である。
【0106】
(3-4)温度応答性高分子(A-1)+ポリビニル系高分子(B-2)溶液の調製
200mL容のガラス瓶に温度応答性高分子(A-1)を2.00g、ポリビニル系高分子(B-2)を0.11g秤量し、溶媒であるプロピレングリコールモノブチルエーテル(1-ブトキシ-2-プロパノール)を131.2g追加し、撹拌子を投入して23℃雰囲気下でマグネティックスターラーを用いて24時間撹拌した。均一に溶解したことを目視で確認し、0.2μmのシリンジフィルター(Merck製、PES素材、SLGPR33RS型)で異物を除去した。溶液を約5g採取し、加熱乾燥式水分計にセットして120℃で11分間加熱し、不揮発成分(濃度)が1.50質量%であることを確認した。この溶液の25℃での粘度は8.9mPa・s、動的表面張力は26mN/mであった。なお、この溶液では温度応答性高分子(A-1)100部に対するポリビニル系高分子(B-2)の割合は5.5部である。
【0107】
(4)インクジェットプリンターの準備
(4-1)民生機の利用
市販のブランクカートリッジ(サンワサプライ社製、IC6CL70相当)6本にプロピレングリコールモノブチルエーテル(1-ブトキシ-2-プロパノール)を充填し、市販のインクジェットプリンター(エプソン社製、EP-306型)にこれをセットし、ヘッドクリーニング機構を利用してインク経路をプロピレングリコールモノブチルエーテルで洗浄および置換した。印刷対象基材表面の静電気を除電する目的で、ヘッド周辺にイオナイザー(島津製作所製、STABLO-AP型)を配置した。
【0108】
(4-2)産業用プリンターの利用
産業用のインクジェットプリンター(マイクロジェト社製、LaboJet-600型)に専用のシングルノズルヘッド(同社製、IJHD-100型)を装着し、インクタンクからノズル先端をプロピレングリコールモノブチルエーテルで洗浄および置換した。印刷対象基材表面の静電気を除電する目的で、ヘッド周辺にイオナイザー(島津製作所製、STABLO-AP型)を配置した。
【0109】
<温度応答性高分子(A)、ポリビニル系高分子(B)の組成>
核磁気共鳴測定装置(日本電子社製、商品名JNM-ECZ400S/L1)を用いたプロトン核磁気共鳴分光(1H-NMR)スペクトルより求めた。
【0110】
<温度応答性高分子(A)、ポリビニル系高分子(B)の分子量、分子量分布>
得られた高分子の重量平均分子量(Mw)、数平均分子量(Mn)および分子量分布(Mw/Mn)は、ゲル・パーミエーション・クロマトグラフィー(GPC)によって測定した。GPC装置は東ソー(株)製 HLC-8320GPCを用い、カラムは東ソー製 TSKgel Super AWM-Hを2本用い、カラム温度を40℃に設定し、溶離液は10mMトリフルオロ酢酸ナトリウムを含む1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノールまたは10mM臭化リチウムを含むN,N-ジメチルホルムアミドを用いて測定した。測定試料は1.0mg/mL、試料注入量0.1mL、溶離液の流速0.6mL/minの条件で測定した。分子量の検量線は、分子量既知のポリメタクリル酸メチル(PSS Polymer Standards Service GmbH社製)を用いた。
【0111】
<高分子溶液の粘度>
得られた高分子溶液の粘度はTVB-10M型粘度計(東機産業社製、TM1ローター、60rpm)を用い、300mLのガラス瓶に準備した溶液を25℃に調整して測定した。
【0112】
<高分子溶液の表面張力>
得られた高分子溶液の表面張力は、DM-500型接触角計(協和界面科学社製)を用いて、23℃の環境下で形成した懸滴の接触角を測定し、あらかじめ測定した比重データを使用してYoung-Laplase法で求めた。
【0113】
<高分子溶液の濃度>
得られた高分子溶液の濃度は、加熱乾燥式水分計(エー・アンド・デイ社製、MS-70型)を用いて測定した。具体的には、約5gの試料を120℃で10~15分間加熱し、質量の減少幅が安定した時点で測定を終了し、溶液濃度(不揮発分)を求めた。
【実施例0114】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【0115】
(実施例1)
市販のブランクカートリッジ(サンワサプライ社製、IC6CL70相当)6本に調製例3-1で調製した溶液[温度応答性高分子(A):ポリビニル系高分子(B)=100:1.0]を充填し、事前にインク経路をプロピレングリコールモノブチルエーテルで洗浄および置換した市販のインクジェットプリンター(エプソン社製、EP-306型)にこれをセットし、ヘッドクリーニング機構を利用してインク経路を置換した。
【0116】
市販のMBS板(光社製、PS2035-1、メチルメタクリレート・ブタジエン・スチレン共重合、厚み0.5mm)を基材として用い、この表面に、60°千鳥配置となるパターンを印刷した。印刷が終わりプリンターから排出された段階で印刷点(ドット)のレベリングが完了しており、60℃の熱風をあてて乾燥を促進した。さらに23℃/50%RHの環境で24時間乾燥した後に、顕微分光膜厚計(大塚電子社製、OPTM-A1型)でドットの膜厚分布を測定した結果、ドットの長辺の長さは240μm、中央付近の膜厚は140nm、外縁部の膜厚は360nm、最も膜厚が薄い箇所は60nmであった。なおドット間の最短距離(非印刷部分)は250μmであった。ドットの拡大画像およびその膜厚を等高線図で表した結果を
図5に示した。
【0117】
次に、この印刷片を直径51.4mmの大きさで円形にカットし、細胞培養用ディッシュ(AGCテクノグラス社製、1010-060型)の底面に固定して細胞培養基材とし、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞(以下、hbMSCと略す)の培養を行った。細胞培養基材の構成を
図6に示した。
【0118】
この細胞培養基材に3.0×10^4個のhbMSCを播種して5%CO2/37℃のインキュベーター内で7日間培養し、酵素処理せず基材を冷却するのみで細胞を回収し、回収細胞数と細胞の凝集分布を所定の方法で算出した。その結果、回収細胞数は8.9×10^4個、そのうち75%が単核状態で、細胞が4個以上凝集した細胞塊の割合は10%であることが確認された。また、回収細胞の生存率は92%であった。
【0119】
つまり実施例1の細胞培養基材を用いることで、培養したhbMSCを酵素処理不要で単核状態で回収可能なことが証明された。
【0120】
<細胞培養方法>
(1)細胞培養基材をD-PBS(-)(細胞科学研究所製)で十分に洗浄。
(2)細胞培養基材に培地[DMEM培地(富士フイルム和光純薬社製、D-MEM培地、高グルコース処方、L-グルタミン、フェノールレッド含有)に対し、10%の割合でFBS(フナコシ社製、南米産ウシ胎児血清、S1810-500)を事前に混合したもの]を5mL分注。
(3)継代数=3のhbMSC(ロンザ社製、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞)を播種。
(4)5%CO2/37℃のインキュベーター内で7日間培養。
(5)4℃に冷却したDMEM培地で培地交換し、21℃の環境で30分間静置。
(6)ピペッティングを 約10回穏やかに行い、細胞培養基材から細胞を剥離。
(7)回収した細胞を培地で懸濁し、細胞核をNucBlue Live ReadyProbe Reagent(Thermo Fisher Scientific社製、Hoechst 33342)で染色。撮影した画像を画像処理ソフト(Image-J)で2値化して細胞核の面積を数値化。
(8)回収した細胞を、さらにトリパンブルー溶液(富士フイルム和光純薬社製、0.4w/v% トリパンブルー溶液、死細胞や損傷を受けた細胞を選択的に染色)と1:1の比率で混合。
(9)自動セルカウンター(Thermo Fisher Scientific社製、Countess II型)を用いて、細胞数を計測し、さらに死細胞の割合を求めた。
【0121】
<回収した細胞の凝集状態の評価>
(1)前項(7)で2値化した画像データから、正常な単核状態のhbMSCの細胞核の面積が約400ピクセル以下であることを確認。
(2)観察された画像の細胞核の面積分布を、400ピクセルごとに集計。
(3)400ピクセル以下を単核状態の細胞、401~800ピクセルを2~4個の細胞凝集体、801~1200ピクセルを4~6個の凝集体、1201~1600ピクセルを6~8個の凝集体、1601~2000ピクセルを8~10個の凝集体、2001ピクセル以上を11個以上の凝集体として、夫々の割合を算出。
(4)前項(9)で求めた回収細胞総数に上記の割合を乗じて、回収細胞の凝集状態ごとの細胞数を算出した。
【0122】
(実施例2)
実施例1と同様のプリンター設定(調製例3-1で調製した溶液を使用)にて、市販のMBS板(光社製、PS2031-1、メチルメタクリレート・ブタジエン・スチレン共重合、厚み1.0mm)を基材として用い、60°千鳥配置となるパターンを印刷した。乾燥後に、顕微分光膜厚計(大塚電子社製、OPTM-A1型)でドットの膜厚分布を測定した結果、ドットの長辺の長さは300μm、中央付近の膜厚は150nm、外縁部の膜厚は320nm、最も膜厚が薄い箇所は50nmであった。なおドット間の最短距離(非印刷部分)は200μmであった。微細パターンの撮影画像を
図8に、ドットの拡大画像およびその膜厚を等高線図で表した結果を
図9に示した。
【0123】
この印刷片を直径51.4mmの大きさで円形にカットし、細胞培養用ディッシュ(AGCテクノグラス社製、1010-060型)の底面に固定して細胞培養基材とし、hbMSCの培養を行った。
【0124】
3.0×10^4個のhbMSCを播種して5%CO2/37℃のインキュベーター内で7日間培養し、酵素処理せず基材を冷却するのみで細胞を回収し、回収細胞数と細胞の凝集分布を所定の方法で算出した。その結果、回収細胞数は7.0×10^4個、そのうち68%が単核状態で、細胞が4個以上凝集した細胞塊の割合は21%であることが確認された。また、回収細胞の生存率は93%であった。培養開始から7日後の、回収前の培養基材の観察画像を
図10に示した(スケールバーは1.0mm)。hbMSCが接着増殖した際の特有の細胞の形態が、印刷点(ドット)で優先的に確認された。一方で、増殖した細胞がドットの外側へ遊走している状態も確認された。
【0125】
実施例2の細胞培養基材を用いることで、培養したhbMSCを酵素処理せずに高い割合で単核状態で回収可能であることが確認された。
【0126】
なお実施例2で実施例1よりも凝集細胞数がやや増加しているのは、ドットの長辺の長さが240μmから300μmへ拡大している影響であると考えられる。培養細胞を単核状に回収するためには、本質的には、ドットの大きさは小さい方が効果的であることが推察される。
【0127】
(比較例1)
実施例1と同様のプリンター設定(調製例3-1で調製した溶液を使用)を用いて、ベタ塗りパターン(基材全面に溶液をコート)をMBS板(光社製、PS2031-1、メチルメタクリレート・ブタジエン・スチレン共重合、厚み1.0mm)へ印刷した。乾燥後に、顕微分光膜厚計(大塚電子社製、OPTM-A1型)でドットの膜厚分布を測定した結果、平均膜厚は200nmであった。
【0128】
この印刷片を直径51.4mmの大きさで円形にカットし、細胞培養用ディッシュ(AGCテクノグラス社製、1010-060型)の底面に固定して細胞培養基材とし、hbMSCの培養を行った。
【0129】
3.0×10^4個のhbMSCを播種して5%CO2/37℃のインキュベーター内で7日間培養し、酵素処理せず基材を冷却するのみで細胞を回収し、回収細胞数と細胞の凝集分布を所定の方法で算出した。その結果、回収細胞数は1.5×10^5個、そのうち10%が単核状態であると判定され、細胞が4個以上凝集した細胞塊の割合は55%であることが確認された。また、回収細胞の生存率は93%であった。培養開始から7日後の、回収前の培養基材の観察画像を
図11に示した(スケールバーは1.0mm)。
【0130】
4個以上凝集した細胞塊が明らかに多く、本発明の主眼である大量の単核状態の培養細胞の回収が困難であることが確認された。
【0131】
(比較例2)
培養細胞の単核状/小コロニー状での回収を目的に市販されているRepCell(CellSeed社製、グリッド付き細胞回収用温度応答性細胞培養基材)は、温度応答性高分子が結合している培養面に、3mm間隔でグリッド・ウォールと呼ばれる壁が存在しており、培養細胞はこの壁を乗り越えることができず、ウォール内部の限られた空間でのみ増殖が進む。また、培養面を冷却することで酵素処理不要で培養細胞を回収可能とされている。これらの構成により、単核状/小コロニー状での培養細胞の回収が可能とされている。
【0132】
直径6cmのシャーレ形状のRepCellを用いて、実施例1と同様の手技でhbMSCの培養を行った。3.0×10^4個のhbMSCを播種して5%CO2/37℃のインキュベーター内で7日間培養し、酵素処理せず基材を冷却するのみで細胞を回収し、回収細胞数と細胞の凝集分布を所定の方法で算出した。その結果、回収細胞数は1.7×10^5個、そのうち15%が単核状態であると判定された。一方で、細胞が4個以上凝集した細胞塊の割合は45%であることが確認された。また、回収細胞の生存率は90%であった。培養開始から7日後の、回収前の培養基材の観察画像を
図12に示した(スケールバーは1.0mm)。
【0133】
比較例1よりも単核状細胞の割合はやや多いものの、単核状細胞と比べて4個以上凝集した細胞塊が明らかに多く存在しており、本発明の主眼である大量の単核状態の培養細胞の回収が困難であることが確認された。
【0134】
(比較例3)
実施例1と同様のプリンター設定(調製例3-1で調製した溶液を使用)にて、市販のMBS板(光社製、PS2031-1、メチルメタクリレート・ブタジエン・スチレン共重合、厚み1.0mm)に対して、60°千鳥配置のパターンを印刷した。乾燥後に、顕微分光膜厚計(大塚電子社製、OPTM-A1型)でドットの膜厚分布を測定した結果、ドットの長辺の長さは300μm、中央付近の膜厚は150nm、外縁部の膜厚は300nm、最も膜厚が薄い箇所は50nmであった。なおドット間の最短距離(非印刷部分)は100μmであった。微細パターンの撮影画像を
図13に示した。
【0135】
この印刷片を直径51.4mmの大きさで円形にカットし、細胞培養用ディッシュ(AGCテクノグラス社製、1010-060型)の底面に固定して細胞培養基材とし、hbMSCの培養を行った。
【0136】
3.0×10^4個のhbMSCを播種して5%CO2/37℃のインキュベーター内で7日間培養し、酵素処理せず基材を冷却するのみで細胞を回収し、回収細胞数と細胞の凝集分布を所定の方法で算出した。その結果、回収細胞数は9.0×10^4個、そのうち30%が単核状態であると判定され、細胞が4個以上凝集した細胞塊の割合は35%であることが確認された。また、回収細胞の生存率は93%であった。培養開始から7日後の、回収前の培養基材の観察画像を
図14に示した。印刷点(ドット)に接着し増殖した細胞が隣接するドットまで遊走し、複数の細胞が凝集している状態が確認された。
【0137】
ベタ塗りの比較例1と比較すると単核状細胞の割合が高いものの、その数値は30%に留まっており、本発明の主眼である大量の単核状態の培養細胞の回収が困難であることが確認された。
【0138】
(実施例3)
市販のブランクカートリッジ(サンワサプライ社製、IC6CL70相当)6本に調製例3-2で調製した溶液[温度応答性高分子(A):ポリビニル系高分子(B)=100:3.0]を充填し、事前にインク経路をプロピレングリコールモノブチルエーテルで洗浄および置換した市販のインクジェットプリンター(エプソン社製、EP-306型)にこれをセットし、ヘッドクリーニング機構を利用してインク経路を置換した。
【0139】
市販のMBS板(光社製、PS2031-1、メチルメタクリレート・ブタジエン・スチレン共重合、厚み1.0mm)を基材として用い、この表面に、60°千鳥配置となるパターンを印刷した。印刷が終わりプリンターから排出された段階で印刷点(ドット)のレベリングが完了しており、60℃の熱風をあてて乾燥を促進した。さらに23℃/50%RHの環境で24時間乾燥した後に、顕微分光膜厚計(大塚電子社製、OPTM-A1型)でドットの膜厚分布を測定した結果、ドットの長辺の長さは150μm、中央付近の膜厚は110nm、外縁部の膜厚は510nm、最も膜厚が薄い箇所は60nmであった。なおドット間の最短距離(非印刷部分)は150μmであった。ドットの拡大画像およびその膜厚を等高線図で表した結果を
図15に示した。
【0140】
この印刷片を直径51.4mmの大きさで円形にカットし、細胞培養用ディッシュ(AGCテクノグラス社製、1010-060型)の底面に固定して細胞培養基材とし、hbMSCの培養を行った。
【0141】
5.0×10^4個のhbMSCを播種して5%CO2/37℃のインキュベーター内で6日間培養し、酵素処理せず基材を冷却するのみで細胞を回収し、回収細胞数と細胞の凝集分布を所定の方法で算出した。その結果、回収細胞数は1.2×10^5個、そのうち78%が単核状態で、細胞が4個以上凝集した細胞塊の割合は6%であることが確認された。また、回収細胞の生存率は95%であった。
【0142】
実施例3の細胞培養基材を用いることで、培養した大量のhbMSCを酵素処理せずに高い割合で単核状態で回収可能であることが確認された。
【0143】
なお比較例3ではドット間の最短距離が100μmであったため、隣接したドットに接着・増殖した細胞が遊走し凝集(細胞外基質により互いに結合)してしまったが、実施例3ではドット間の最短距離が150μmであったため遊走した細胞は凝集せずに単核状態で回収することが可能であったと言える。
【0144】
(実施例4)
産業用のインクジェットプリンター(マイクロジェト社製、LaboJet-600型)に専用のシングルノズルヘッド(同社製、IJHD-100型)を装着し、事前にインク経路をプロピレングリコールモノブチルエーテルで洗浄および置換した。インクタンクに調製例3-1で調製した溶液[温度応答性高分子(A):ポリビニル系高分子(B)=100:1.0]を充填し、マニュアル操作でノズル先端までをこの溶液で置換した。
【0145】
印刷ステージの表面を50℃に加温し、その上にイオナイザー(島津製作所製、STABLO-AP型)で十分に除電した細胞培養用ディッシュ(AGCテクノグラス社製、1010-060型、内径51.7mm)をセットし、30秒間~1分間静置して温度を馴染ませた。ディッシュの底面温度が35~45℃であることを確認後、60°千鳥配置となるように円形のドットパターンをディッシュ底面上に印刷した(
図16)。
【0146】
23℃/50%RHの環境で24時間乾燥した後に、顕微分光膜厚計(大塚電子社製、OPTM-A1型)でドットの膜厚分布を測定した結果、ドットの長辺の長さは160μm、中央付近の膜厚は50nm、外縁部の膜厚は160nm、最も膜厚が薄い箇所は15nmであった。なおドット間の最短距離(非印刷部分)は150μmであった。ドットの拡大画像およびその膜厚を2方向の断面図で表した結果を
図17に示した。
【0147】
次に、これを細胞培養基材としてhbMSCの培養を行った。5.0×10^4個のhbMSCを播種して5%CO2/37℃のインキュベーター内で6日間培養し、酵素処理せず基材を冷却するのみで細胞を回収し、回収細胞数と細胞の凝集分布を所定の方法で算出した。その結果、回収細胞数は1.1×10^5個、そのうち81%が単核状態で、細胞が4個以上凝集した細胞塊の割合は5%であることが確認された。また、回収細胞の生存率は92%であった。
【0148】
実施例4の細胞培養基材を用いることで、培養したhbMSCを酵素処理せずに高い割合で単核状態にて回収可能であることが確認された。
【0149】
(実施例5)
実施例1と同様のプリンター設定(調製例3-1で調製した溶液を使用)にて、ポリエチレンシート(三井化学社製、LLDPE、TUX-C-S、厚み0.25mm、押出成形品)に対して、60°千鳥配置のパターンを印刷した。乾燥後に、顕微分光膜厚計(大塚電子社製、OPTM-A1型)でドットの膜厚分布を測定した結果、ドットの長辺の長さは200μm、中央付近の膜厚は110nm、外縁部の膜厚は150nm、最も膜厚が薄い箇所は60nmであった。なおドット間の最短距離(非印刷部分)は800μmであった。微細パターンの撮影画像を
図18に示した。
【0150】
この印刷片を直径51.4mmの大きさで円形にカットし、細胞培養用ディッシュ(AGCテクノグラス社製、1010-060型)の底面に、培地から浮かないように固定して細胞培養基材とし、hbMSCの培養を行った。
【0151】
3.0×10^4個のhbMSCを播種して5%CO2/37℃のインキュベーター内で7日間培養し、酵素処理せず基材を冷却するのみで細胞を回収し、回収細胞数と細胞の凝集分布を所定の方法で算出した。その結果、回収細胞数は3.5×10^4個、そのうち84%が単核状態であると判定され、細胞が4個以上凝集した細胞塊の割合は7%であることが確認された。また、回収細胞の生存率は91%であった。
【0152】
実施例5ではドット間の最短距離を400μmと広く設定したため、全体に対するドットの占める割合が減少し、細胞培養効率が低下する結果となった。単核状の細胞を効率的かつ大量に培養・回収するという観点において、本実施例の印刷点の間隔がほぼ上限に近いものであることが示唆された。
【0153】
(比較例4)
市販のブランクカートリッジ(サンワサプライ社製、IC6CL70相当)6本に調製例3-3で調製した溶液[温度応答性高分子(A):ポリビニル系高分子(B)=100:0.01]を充填し、事前にインク経路をプロピレングリコールモノブチルエーテルで洗浄および置換した市販のインクジェットプリンター(エプソン社製、EP-306型)にこれをセットし、ヘッドクリーニング機構を利用してインク経路を置換した。
【0154】
実施例5と同様のポリエチレンシート(三井化学社製、LLDPE、TUX-C-S、厚み0.25mm、押出成形品)に対して、60°千鳥配置のパターンを印刷した。乾燥後に、顕微分光膜厚計(大塚電子社製、OPTM-A1型)でドットの膜厚分布を測定した結果、ドットの長辺の長さは200μm、中央付近の膜厚は120nm、外縁部の膜厚は150nm、最も膜厚が薄い箇所は60nmであった。なおドット間の最短距離(非印刷部分)は400μmであった。
【0155】
この印刷片を直径51.4mmの大きさで円形にカットし、細胞培養用ディッシュ(AGCテクノグラス社製、1010-060型)の底面に、培地から浮かないように固定して細胞培養基材とし、hbMSCの培養を行った。
【0156】
1.0×10^5個のhbMSCを播種して5%CO2/37℃のインキュベーター内で7日間培養したが、印刷したドットに細胞が接着せず、増殖がほとんど確認できなかった。基材を冷却して細胞を回収し、細胞数を所定の方法で確認した結果、回収細胞数は0.3×10^4個と僅かであった。
【0157】
比較例4では、温度応答性高分子(A)100部に対して、カルボキシル基を有するポリビニル系高分子(B)の使用割合が0.01部と少ないために、印刷したドットに細胞が接着せず、細胞を大量かつ効率的に培養し酵素処理せずに単核状のまま回収するという本発明の主眼に適さない結果となった。
【0158】
(比較例5)
市販のブランクカートリッジ(サンワサプライ社製、IC6CL70相当)6本に調製例3-4で調製した溶液[温度応答性高分子(A):ポリビニル系高分子(B)=100:5.5]を充填し、事前にインク経路をプロピレングリコールモノブチルエーテルで洗浄および置換した市販のインクジェットプリンター(エプソン社製、EP-306型)にこれをセットし、ヘッドクリーニング機構を利用してインク経路を置換した。
【0159】
市販のMBS板(光社製、PS2031-1、メチルメタクリレート・ブタジエン・スチレン共重合、厚み1.0mm)を基材として用い、この表面に、60°千鳥配置となる実施例3と同様のパターンを印刷した。印刷が終わりプリンターから排出された段階で印刷点(ドット)のレベリングが完了しており、60℃の熱風をあてて乾燥を促進した。さらに23℃/50%RHの環境で24時間乾燥した後に、顕微分光膜厚計(大塚電子社製、OPTM-A1型)でドットの膜厚分布を測定した結果、ドットの長辺の長さは150μm、中央付近の膜厚は120nm、外縁部の膜厚は450nm、最も膜厚が薄い箇所は55nmであった。なおドット間の最短距離(非印刷部分)は150μmであった。
【0160】
この印刷片を直径51.4mmの大きさで円形にカットし、細胞培養用ディッシュ(AGCテクノグラス社製、1010-060型)の底面に固定して細胞培養基材とし、hbMSCの培養を行った。
【0161】
5.0×10^4個のhbMSCを播種して5%CO2/37℃のインキュベーター内で6日間培養した。酵素処理を行わずに、基材を冷却するのみで細胞の回収を試みたところ、冷却培地へ培地交換し21℃の環境で30分経過しても細胞培養基材(ドット)から細胞が剥離する様子が認められなかった。このため、4℃に冷却した培地であらためて培地交換を行い、21℃の環境で更に1時間様子を見たが、細胞は剥離しなかった。止むを得ず培地を廃棄し、タンパク質分解酵素溶液であるTrypLE Express(ThermoFisher Scientific社製、TrypLE Express Enzyme(1X))を0.5mL垂らして全体になじませ、10分間静置した後に培地を添加して細胞を回収した。その結果、回収細胞数は1.3×10^5個、ほぼ全数が単核状態であった。また、回収細胞の生存率は80%であった。
【0162】
比較例5では、温度応答性高分子(A)100部に対して、カルボキシル基を有するポリビニル系高分子(B)の使用割合が5.5部と過剰であるため、印刷したドットに細胞が過剰に接着してしまい、細胞培養基材を冷却することで培養細胞を回収することは困難であった。タンパク質分解酵素を使用せずに単核状の細胞を回収するという、本発明の目的を達成することはできなかった。なお実施例1と比較例5で回収したhbMSCを市販の接着培養用シャーレ(AGCテクノグラス社製、3010-060型)に3.0×10^4個再播種し、実施例1と同様の培養条件で7日間培養した結果、実施例1由来のhbMSCが1.5×10^5個まで増殖したのに対し、比較例1由来のhbMSCの増殖は5.5×10^4個に留まった。これは、タンパク質分解酵素を使用した比較例5由来のhbMSC表面のタンパク質にダメージが加えられ、その結果として細胞増殖能が低下したことを示唆している。
【0163】