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特開2024-123932ホウレンソウ苗の製造方法、及びホウレンソウの栽培方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024123932
(43)【公開日】2024-09-12
(54)【発明の名称】ホウレンソウ苗の製造方法、及びホウレンソウの栽培方法
(51)【国際特許分類】
   A01G 22/15 20180101AFI20240905BHJP
   A01G 7/00 20060101ALI20240905BHJP
【FI】
A01G22/15
A01G7/00 601Z
A01G7/00 601A
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023031766
(22)【出願日】2023-03-02
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 公表日 令和4年3月15日 刊行物 2022年第63回日本植物生理学会年会要旨集、第341頁、第63回日本植物生理学会年会委員会 〔刊行物等〕 開催日 令和4年3月23日 集会名、開催場所 第63回日本植物生理学会年会、オンライン開催
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100206944
【弁理士】
【氏名又は名称】吉川 絵美
(72)【発明者】
【氏名】米田 有希
【テーマコード(参考)】
2B022
【Fターム(参考)】
2B022AB11
2B022DA02
2B022DA17
2B022DA20
(57)【要約】
【課題】ホウレンソウの雌株率を向上させることができるホウレンソウ苗の製造方法を提供すること。
【解決手段】ホウレンソウ種子の播種時から12~16日間、12~14℃の環境下でホウレンソウを栽培することを含む、ホウレンソウ苗の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホウレンソウ種子の播種時から12~16日間、12~14℃の環境下でホウレンソウを栽培することを含む、ホウレンソウ苗の製造方法。
【請求項2】
前記環境が明期を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の方法によってホウレンソウ苗を製造することと、該ホウレンソウ苗をさらに明期15~30℃の環境下で栽培することとを含む、ホウレンソウの栽培方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホウレンソウ苗の製造方法、及びホウレンソウの栽培方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ホウレンソウ(Spinacia oleracea L.)は雌雄異株の植物である。その雌雄比はほぼ1対1とされるが、同一株上に雄花と雌花を持つ間性株が稀に発生する。ホウレンソウは、雌株の方が雄株よりも収量が多く、かつ抽苔が遅い傾向にあるとされる。抽苔とは、植物体が花芽をつけ、茎が伸長することである。抽苔が起こると市販野菜としては品質の低下につながるため、抽苔時期がより遅い方が栽培者に好まれる。
【0003】
ホウレンソウ種子に放射線を照射することにより性変化させる方法が開発されている(特許文献1)。また、雌雄異株であるホップについては、植物ホルモンであるエチレンによる反応を低減する薬剤を施用して雌雄性を制御する方法が開発されている(特許文献2)。同じく雌雄異株であるアスパラガスについて、遺伝子操作により性誘導を促す方法が開発されている(例えば特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005-73521号公報
【特許文献2】国際公開第2013/027659号
【特許文献3】特表2018-501821号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ホウレンソウの雌株率を向上させることができれば、ホウレンソウの収量や品質の向上につながると期待される。ホウレンソウの雌株率を向上させる方法として、ホルモン剤等の農薬の投与や、遺伝子操作、放射線の使用によらない、簡便な方法が好ましい。
【0006】
本発明は、ホウレンソウの雌株率を向上させることができるホウレンソウ苗の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、ホウレンソウの栽培条件を鋭意検討した結果、ホウレンソウの雌株率を簡便に向上させることができる方法を見出した。
【0008】
本発明の一側面は、ホウレンソウ種子の播種時から12~16日間、12~14℃の環境下でホウレンソウを栽培することを含む、ホウレンソウ苗の製造方法である。
【0009】
上記方法において、上記環境が明期を有することが好ましい。
【0010】
本発明の別の一側面は、上記苗の製造方法によりホウレンソウ苗を製造することと、該ホウレンソウ苗をさらに明期15~30℃の環境下で栽培することとを含む、ホウレンソウの栽培方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の方法により、ホウレンソウの雌株率を向上させることができるホウレンソウ苗の製造方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0013】
本発明の一実施形態は、ホウレンソウ種子の播種時から12~16日間、12~14℃の環境下でホウレンソウを栽培することを含む、ホウレンソウ苗の製造方法である。一般的には、ホウレンソウの発芽適温は15~20℃、生育適温は10~20℃とされている。しかしながら本発明者は、意外にも、播種から約2週間という初期の短期間に、ホウレンソウを終日12~14℃という低温に曝して栽培することにより、ホウレンソウの雌株率を向上させることができることを見出した。
【0014】
本発明の方法によれば、種子から苗という小さい形態の段階で低温処理を行えばよいため、簡便に雌株化を向上させることができる。また、ホルモン剤やその他の農薬の投与なしでもホウレンソウの雌株率を向上させることが可能であるため、安全性、環境保全の観点からも好適である。雄株より雌株の方が収量が高く品質のよいホウレンソウにおいて、本発明の方法によって、ホウレンソウ収量の向上及び品質の改善が期待される。
【0015】
本発明のホウレンソウ苗の製造方法では、まず、種子の播種時から12~16日間、12~14℃の低温環境下で栽培する。以下、この栽培期間を「低温処理期間」とも称する。低温処理期間は、ホウレンソウ種子の播種時から13~15日間が好ましく、13.5~14.5日間であることがより好ましい。低温処理の期間は、ホウレンソウ種子を栽培地に播種したタイミングを始期とし、得られた苗を14℃超の環境下においたタイミングを終期とする。低温処理期間中は、ホウレンソウ苗は移植されないことが好ましい。
【0016】
一般的なホウレンソウの栽培方法では、日中の方が夜間よりも温度が高い環境、すなわち明期の方が暗期よりも温度が高い環境で栽培される。しかしながら本発明のホウレンソウ苗の製造方法では、12~14℃という低温環境を終日維持して栽培することに特徴がある。
【0017】
低温処理期間は、1日の中で、明期を含むことが好ましく、明期及び暗期を含むことがより好ましく、1回の明期及び1回の暗期を含むことがさらに好ましい。明期の明るさとしては特に制限がなく、光合成が可能な程度の光強度条件下であればよい。暗期は、明期よりも暗い期間であり、自然条件下での夜に相当する期間である。
【0018】
低温処理期間中は、例えば長日条件であってよく、具体的には1日のうちの明期が、例えば、13時間以上、14時間以上、15時間以上、又は16時間以上であってよく、20時間以下、18時間以下、又は16時間以下であってよい。低温処理期間中の暗期は、1日のうち、例えば、4時間以上、6時間以上、又は8時間以上であってよく、11時間以下、10時間以下、9時間以下、又は8時間以下であってよい。これらの明期及び暗期の期間は、それぞれ1日のうちの合計期間であってもよく、1つの連続した期間であってよい。
【0019】
明期及び暗期の管理は、人工気象器、照明等によって人工的に行ってもよく、自然条件下で日中を明期、夜間を暗期としてもよい。明期は、例えばPPFD(photosynthetic photon flux density)が100μmol m-2-1以上、又は130μmol m-2-1以上であってよく、2000μmol m-2-1以下、1500μmol m-2-1以下、1000μmol m-2-1以下、500μmol m-2-1以下、300μmol m-2-1以下、200μmol m-2-1以下、又は190μmol m-2-1以下であってよい。暗期は、例えばPPFDが0~10μmol m-2-1であってよい。
【0020】
ホウレンソウ種子を播種する栽培地としては、ホウレンソウの栽培に一般に用いられるものを用いることができ、例えば畑、水耕栽培地、育苗ポット、育苗トレイ、セルトレイ、育苗箱、育苗マット等であってよい。栽培地のpHは、例えば5.5~7.5であってよく、pH6~7が好ましい。
【0021】
播種の密度は、例えば株間の距離が4cm以上であってよく、9cm以上が好ましい。
【0022】
ホウレンソウの品種には、大きく分けて東洋種、西洋種、及びその中間種(交雑種)がある。東洋種は、西洋種、中間種と比べて、抽苔までの日数に雌雄間で差がある傾向にある。本発明の方法におけるホウレンソウの品種としては、東洋種が好ましい。東洋種は日本国内で市場価値が高いが、栽培が難しく、特に夏作での栽培が困難であることから、本発明の方法において特に効果を奏する。本発明の方法におけるホウレンソウの品種としては、雌株の方が雄株より抽苔が遅い、品質がよい、及び/又は収量が高いとされる品種が好適である。
【0023】
ホウレンソウには、一般的な雄株、雌株とは異なり、雄花及び雌花を1つの株(個体)内に付ける間性系統、雄性間性系統、雌性間性系統等の系統が存在する。本発明の方法の対象となるホウレンソウは、間性系統ではないことが好ましい。具体的には、ホウレンソウは、遺伝子型XXMM及びXXMmのいずれも持たない株であることが望ましい。
【0024】
低温処理期間を終えて得られたホウレンソウ苗は、例えば、移植せずにそのまま栽培を続けてもよく、苗として流通に供されてもよく、別の場所に移植されて栽培を続行されてもよい。本実施形態に係る製造方法により得られるホウレンソウ苗は、例えば、ポット苗、セル成型苗等として得てもよく、ロックウール又はウレタン等の固形培地に植栽された形態として得てもよい。本発明の製造方法により得られるホウレンソウ苗は、種子の播種後の初期段階で、雌株率向上に必要な低温処理を完了しているため、その後は従来の環境下で栽培することが可能であり、移植にも適している。移植により、斉一化、土壌病害の低減、土壌中の有害物質の吸収抑制、在圃期間の短縮といったメリットが期待される。
【0025】
本発明の一実施形態は、上述のホウレンソウ苗の製造方法によりホウレンソウ苗を得ることと、得られたホウレンソウ苗をさらに明期15~30℃の環境下で栽培することを含む、ホウレンソウの栽培方法である。本発明のホウレンソウの栽培方法では、種子の播種から約2週間という短期間のみ低温処理がなされることにより、その後に、従来の一般的なホウレンソウ栽培の栽培温度とされる、上述の低温処理よりも高い温度で栽培することで、得られるホウレンソウの雌株率を向上させることができる。したがって、上述のホウレンソウ苗の製造方法により得られたホウレンソウ苗を入手した栽培者は、その後、従来のホウレンソウ栽培方法を適用することで、本発明のホウレンソウ栽培方法を行うことができ、雌株率の向上したホウレンソウを得ることができる。
【0026】
本実施形態に係るホウレンソウ栽培方法において、低温処理期間を終えた後のホウレンソウ苗は、低温処理と同じ場所で移植せずに栽培されてもよく、別の栽培地に移植されて栽培されてもよい。
【0027】
低温処理期間を終えた後のホウレンソウの栽培条件としては、明期の温度が、例えば15~30℃であってよく、18~25℃であることが好ましく、19~22℃であることがより好ましい。低温処理期間後の暗期の温度は、例えば10~15℃であってよく、12~14℃であることが好ましい。
【0028】
低温処理期間後の栽培期間における明期及び暗期の時間は、特に制限がないが、例えば長日条件であってよく、具体的には、1日のうち明期の期間が例えば13時間以上、14時間以上、15時間以上、又は16時間以上であってよく、20時間以下、18時間以下、又は16時間以下であってよい。低温処理期間後の栽培期間における、1日のうちの暗期の期間は、例えば、4時間以上、6時間以上、又は8時間以上であってよく、11時間以下、10時間以下、9時間以下、又は8時間以下であってよい。
【0029】
低温処理期間中及びその後の期間を含むホウレンソウ栽培は、例えば、ハウス内、人工気象室内等で行ってもよく、適切な温度範囲であれば野外で露地栽培を行ってもよい。
【0030】
低温処理期間中及びその後の栽培期間におけるホウレンソウへの水やりは、例えば、底面給水、散水等により行うことができる。
【0031】
本発明の苗の製造方法又はホウレンソウ栽培方法により、ホウレンソウの雌株率を向上させることができる。したがって、本発明の方法は、ホウレンソウの雌株率向上方法ということもできる。ホウレンソウの各株が雌株であるかは、株が開花した後、雌花の存在により確認することが可能である。また、開花する前の株については、遺伝子解析により雌雄を確認することも可能である。具体的には、雄株はXY、雌株はXXmmの遺伝子型を有する。開花する前の株が雌株であるか雄株であるかの診断は、一般的なホウレンソウの収穫時期以降、具体的には例えば、低温処理期間を終えた後、更に5日間以上栽培した後に行うことが好ましい。
【実施例0032】
以下、実施例を挙げて本発明について更に具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0033】
以下の方法により異なる温度条件で、ホウレンソウを開花まで栽培した。ホウレンソウ品種としては禹城を用いた。培土(花と野菜の土W効果、自然応用科学社)を入れた9cm径のポットに、ホウレンソウ種子(サカタのタネ社)を1つずつ播種した。栽培は人工気象器(LH-350SP、日本医化器械製作所社)内で行った。
【0034】
13℃低温区、変温区、20℃適温区、及び30℃高温区の4試験区を設定した。変温区では、種子の播種から2週間を明期13℃設定とし、2週間経過後は明期20℃設定とした。13℃低温区、20℃適温区、及び30℃高温区での明期はそれぞれ13℃、20℃、30℃に設定した。全ての試験区で暗期は8時間13℃設定とした。全ての試験区及び栽培期間で、明期は16時間、暗期は8時間とした。各試験区における温度条件を表1に示す。実施例中に示す温度はいずれも人工気象器における設定温度である。各試験区につき30~40個ずつ種子を播種した。灌水は底面給水で行った。人工気象器内の明期における照明条件は白色LED、PPFD130~190μmol m-2-1とした。
【0035】
【表1】
【0036】
各株について出現した花芽を目視で観察し、播種時から花芽が約0.5cm出現した日までの日数を抽苔日数とした。さらに開花まで栽培を続け、開花後に花が雄花又は雌花であるかを確認した。播種したもののうち、開花前に枯死したもの、間性株だったもの等は対象外とした。雄花を付けた株を雄株、雌花を付けた株を雌株とそれぞれ判断し、雄株及び雌株の数をカウントした。雄株と雌株の総和数における雌株数の割合を雌株率(%)として算出した。雄株及び雌株それぞれについて抽苔日数の平均値及び標準偏差を求めた。また、各試験区における雌雄間での抽苔日数の有意差をt検定により確認した。結果を表2に示す。
【0037】
【表2】
【0038】
30℃高温区を除く各試験区では、いずれも抽苔するまでの日数が雄株より雌株の方が長かった。変温区における雌株率は、13℃低温区と比較すると約26%向上しており、20℃適温区と比較しても約12%向上していた。播種から約2週間の短期間に低温処理を行うことがホウレンソウの雌株化に重要であることが示された。