(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024124133
(43)【公開日】2024-09-12
(54)【発明の名称】低弾性率で高硬度な無機複合被膜を有する被覆材並びに製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 16/42 20060101AFI20240905BHJP
C23C 16/36 20060101ALI20240905BHJP
C04B 41/87 20060101ALI20240905BHJP
C04B 41/89 20060101ALI20240905BHJP
F16J 15/34 20060101ALI20240905BHJP
【FI】
C23C16/42
C23C16/36
C04B41/87 N
C04B41/89 J
F16J15/34 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023032095
(22)【出願日】2023-03-02
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年12月22日公開 The American Ceramic Society 47th International Conference & Exposition on Advanced Ceramics and Composites ABSTRACT BOOK https://ceramics.org/wp-content/uploads/2023/01/ICACC23_Abstracts-3.pdf 令和5年1月22~27日開催 The American Ceramic Society(主催) 47th International Conference & Exposition on Advanced Ceramics and Composites アメリカ合衆国フロリダ州デイトナ・ビーチ ヒルトン デイトナ ビーチ リゾート アンド オーシャン センター
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100111707
【弁理士】
【氏名又は名称】相川 俊彦
(72)【発明者】
【氏名】下田 一哉
(72)【発明者】
【氏名】且井 宏和
【テーマコード(参考)】
3J041
4K030
【Fターム(参考)】
3J041AA01
3J041BC02
3J041DA15
4K030AA09
4K030AA11
4K030AA17
4K030BA17
4K030BA37
4K030BA41
4K030BB12
4K030CA02
4K030CA05
4K030EA04
4K030EA11
4K030FA07
4K030FA10
4K030GA02
4K030JA01
4K030KA23
4K030LA23
(57)【要約】
【課題】優れたパフォーマンスを示す複合材料被膜を備えるメカニカルシール部材を提供する。
【解決手段】金属又はセラミックスからなる基材に被覆される被膜であって、炭化ケイ素を含む2種類以上の無機化合物からなる複合被膜を含み、前記複合被膜の硬度と弾性率と硬度の3乗と弾性率の2乗の比が調整された被膜を提供する。これによって、基材単体よりも優れた特性を有する複合材を提供することができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属又はセラミックスからなる基材と、
該基材の表面の少なくとも一部を被覆する被膜と、を含む複合材であって、
前記被膜は、炭化ケイ素及び炭窒化タンタルを含む複合被膜であり、
該複合被膜の硬度が15GPa以上で弾性率が300GPa以下であり、
硬度に対する弾性率の比(H/E)が0.07以上であることを特徴とする複合材。
【請求項2】
前記複合被膜は、炭化ケイ素領域及び炭窒化タンタル領域を含み、
前記複合被膜の断面若しくは表面において、前記炭化ケイ素領域又は前記炭窒化タンタル領域の少なくとも何れかは、円近似した場合、その径が10nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の複合材。
【請求項3】
前記被膜の硬度の3乗に対する弾性率の2乗の比(H^3/E^2)が0.07以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の複合材。
【請求項4】
前記被膜は、モル比Ta/(Si+Ta)が、0.01以上であり、かつ、0.9以下である、Siを含有する原料化合物及びTaを含有する原料化合物から形成されたことを特徴とする請求項1又は2に記載の複合材。
【請求項5】
前記被膜の厚みが、1μm以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の複合材。
【請求項6】
前記被膜及び前記基材表面の間に中間層を備え、該中間層の材料の線熱膨張係数が、前記被膜及び前記基材の線熱膨張係数の中間であることを特徴とする請求項1又は2に記載の複合材。
【請求項7】
請求項1又は2に記載の複合材を形成する方法であって、
所定の位置に、金属又はセラミックスからなる基材を配置するステップと、
2種類以上の無機化合物の原料となる化合物を供給するステップと、
前記被膜が形成される基材の形成面近傍に前記有機化合物を滞留させるステップと、
滞留した前記有機化合物又は前記基材の形成面に光学的に熱を供給するステップと、を含む方法。
【請求項8】
前記有機化合物は、その供給温度において蒸気又は気体であることを特徴とする請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記光学的に熱を供給するステップは、レーザー光によって行われることを特徴とする請求項7に記載の方法。
【請求項10】
請求項1又は2に記載の基材及び被膜を備える複合材を含むメカニカルシール部材であって、該メカニカルシール部材の摺動面に前記被膜が形成されていることを特徴とするメカニカルシール部材。
【請求項11】
請求項10に記載のメカニカルシール部材を備えるメカニカルシール。
【請求項12】
請求項11に記載のメカニカルシールを備える流体用のポンプ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低弾性率で高硬度な無機複合被膜を有する被覆材並びに製造方法に関する。また、このような無機複合被膜を有する部品、特に、メカニカルシール部材に関する。
【背景技術】
【0002】
水資源の持続可能的な利用には、日本では考えられないような様々な水質(砂利等を含んだ濁水、汚染水、海水)を様々な水源(川、湖、海)で浄水・排水する高性能で耐久性の高い優れたポンプ開発が鍵である。ポンプ内で最も過酷な部材の一つは、メカニカルシール部材である。一般に、メカニカルシールとは、ポンプやコンプレッサーなどの回転機械の動力を伝える軸部分(シャフト)に設置される密封装置の一種であり、高圧力・高速回転する軸のまわりから流体の漏れを制御する部品とされる(例えば、
図20から
図22を参照方)。ポンプ軸封部等からの漏れや、異物混入を機械的に防ぐ大切な部品のひとつとされる。メカニカルシールは、軸方向に移動する回転環(シールリング)と固定された固定環(シールリング)とが互いに接触して摺動し(摺動面)、この摺動によって前記液体の漏洩を防止するとされている。このような摺動面を構成する回転環及び固定環の端面シールにおいて、内部流体の漏れや外部からの異物侵入を防ぎ、回転軸の運動(回転)を妨げないことが要求される。そのため、高強度で高硬度で高耐食性を有し、摺動時の摩擦係数が小さく、かつ平滑性も優れた材料からなる部材が望まれる。
【0003】
このような好ましい特性としては、硬度と弾性率の比(以下、「H/E」という)が1つの指標になる。また、耐摩耗性が重要な場合は、硬度の3乗と弾性率2乗の比(以下、「H
3/E
2」という)が1つの指標になる。(例えば、非特許文献1及び2)。既存の材料につき、これらの特性を次のような表にまとめる。(出典:https://jcc-coating.co.jp/equip/makuatsu.html)
【表1】
この表から、SiC、TaC、VCにおいては、H/Eは、概ね、0.03から0.07と小さく、また、H
3/E
2は、0.01から0.07である。しかるに、機械的特性としてより好ましいと思われるB
4C、ダイヤモンドにおいては、H/Eは0.09と大きい。このため、延性破壊が優勢になり靭性が優れると考えられる。また、Si
3N
4においてもH/Eは0.08と準じる値となっている。一方、H
3/E
2においては、B
4C及びダイヤモンドは、0.31及び0.58であり、耐摩耗性が優れ、更に好ましいと推定される。
【0004】
しかしながら、このような優れた特性を持つものは、表1においてB4C及びダイヤモンドだけである。おそらく、単一の材料・素材ではこのような優れた特性を持つことが難しいのであろう。しからば、複合材ではどうであろう。例えば、上述するような好ましい機械的特性を備える基材の上に、同様に又はそれ以上に機械的特性に優れるコーティング(被膜)を備えることもできるかもしれない。更に、耐摩耗性については、かかる被膜に特に担わせてもよいかもしれない。例えば、部材として機械的特性と信頼性を担保する基材の表面に耐摩耗・耐食性を付与するニューセラミックスを被膜として摺動面側に備える複合材の可能性を考えることもできるであろう。例えば、メカニカルシール部材として、鋳鉄やダイス鋼(SDK)や、耐海水性のよさからチタン合金のような金属系材料を基材として用い、摺動面側にニューセラミックスを被覆させ、耐摩耗性を向上させることも考え得る。また、基材として、窒化ケイ素焼結体等を用い、摺動面側に更に耐摩耗性があるコーティングを施すことも考えられる。
【0005】
上述するような金属系材料を基材として用いる場合は、摺動面側に耐摩耗性を賦与するには、比較的低温で行うことが望ましい。何故ならば、金属系材料は、1100℃程度が耐熱限界であるが、摩耗性の材料はそれよりも高温で形成されることもあるからである。
【0006】
従来より、回転環と固定環との摺動面部分で液体部分と気体部分とを分離するウォーターポンプのメカニカルシールにおいて、回転環における固定環との摺動面又は固定環における回転環との摺動面に、ナノサイズのセラミック粒子をコーティングしてコーティング層を形成したものが提案されている(例えば、特許文献1)。また、回転環や固定環のシール端面に耐摩耗性に優れたセラミックス等の硬質材からなる被覆層が形成されたものが提案されている(例えば、特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2013-53693号公報
【特許文献2】特開2005-315392号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】B.D. Breake, Surf. Coat. Tecnol, 442, (2022) 128272
【非特許文献2】X. Chen, Y Du and Y.-W. Chung, Thin Solid. Films, 688, (2019), 137265
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、単に硬質の材料を表面に被覆したとはあるものの、その特性が測定等により確認されておらず、必ずしも満足のいく、高強度のような優れた機械特性を備えるものは得られたとは言い難い。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、かかる背景の下、鋭意研究を行った結果、コーティング等により表面に被覆した際の、被膜や被覆層等の物性を評価し、高性能化を確認することに成功した。また、その特性につき、好ましい範囲を特定することができ、このような所望の特性が得られる複合材を提供することができた。
【0011】
このような被膜や被覆層等においては、高い硬度が重要であることは言うまでもない。一方、高硬度が達成され易いセラミック材料においては、高弾性率が得られやすい。しかしながら、高弾性率は、メカニカルシール部材に適用されると、必ずしも好ましくないことが判明した。即ち、高硬度及び高弾性率の材料は、メカニカルシール部材の特に摺動面においては、好ましい機械的特性を有するとは限らないのである。そこで、高硬度を保ちつつ、弾性率をそれなりに調整した被膜や被覆層等が好ましいことを見出した。
【0012】
このような被膜や被覆層等の所望の硬度及び弾性率のような物性を得るためには、種々の方法が考えられる。例えば、被膜や被覆層等を構成するセラミック材料の結晶性を調整することにより、調整することが可能である。例えば、被膜や被覆層等は、通常、気相形成/成長により行うことができるが、その際の原料ガスの種類と供給速度等、基材の表面温度、形成/成長速度、雰囲気ガスの成分や温度を調整することにより、被膜や被覆層等のセラミック材料の結晶性を調整することができる。このとき、セラミック材料としては、1種類でもよく、2種以上であってもよい。炭素、窒素、酸素、フッ素等のようなアニオンの種類を1又はそれ以上としてもよく、欠損型及び/又は侵入型であってもよい。
【0013】
また、1種又は2種以上の種類のカチオンを含む複合材からなる被膜や被覆層等であってもよい。カチオンの種類を変えると、生成されるセラミック材料(例えば、炭化物、窒化物、酸化部、フッ化物等)の硬度や弾性率等のような物性も変化し易く、複数種のカチオンからなる複合材を用いることにより、調整することができる。例えば、同じ炭化物であっても炭化ケイ素(SiC)と、炭化タンタルのようなタンタル系炭化物との複合材を実現すれば、所望の特性が得られることが分かった。
【0014】
[基材及び被膜]
被膜や被覆層等が備えられる基材(Substrate)としては、窒化ケイ素(Si
3N
4)(線熱膨張係数:2.6~3.5(10
6/K))等のような焼結体であってもよく、ステンレス鋼(線熱膨張係数:17.3(10
6/K))や鋳鉄(線熱膨張係数:10.5(10
6/K))のような鉄系金属、チタン(線熱膨張係数:8.4(10
6/K))若しくはチタン合金、又はその他の金属若しくは合金を用いてもよい。これらの基材は、メカニカルシール部材としての機械的特性や物理的特性や化学的特性等を満足することが好ましい。金属は一般に熱膨張係数がセラミック材料に比べて大きいので、金属系の基材に被膜や被覆層等を形成するときは、中間材又はプライマーとして、チタン系炭窒化物(TiC、TiCN、TiN)、タンタル系炭窒化物(TaC、TaCN、TaN)、及びハフニウム系炭窒化物(HfC、HfCN、HfN)から選択される1種又は2種以上の化合物とからなる中間層若しくは中間膜を形成してもよい。また、4から6族遷移金属の炭化物、窒化物、炭窒化物(例えば、ZrC、ZrCN、ZrN、NbC、NbCN、NbNなど)や、Cr
2O
3、Al
2O
3、Fe
2O
3、Fe
3O
4、ZrO
2などの金属系の基材上で安定な酸化被膜から選択される1種又は2種以上の化合物とからなる中間層若しくは中間膜を形成してもよい。一般に、TiN、TiC、Ta、TaC(TaNも同レベル)、Hf、HfC、Nb、NbC、Al
2O
3、ZrO
2の線熱膨張は、それぞれ、7.8×10
-6℃
-1、7.8×10
-6℃
-1、6.3×10
-6℃
-1、6.6×10
-6℃
-1、5.9×10
-6℃
-1、7.3×10
-6℃
-1、6.6×10
-6℃
-1、7.2×10
-6℃
-1、10.5×10
-6℃
-1と言われており、熱応力を緩和できる中間層を構成し得る。
図1Bにおいては、表面20aとの境界として描かれる線に相当する薄さの中間層であってもよい。
【0015】
ニューセラミックスは概して高弾性率(300~450GPa)であり、上記の金属系材料の弾性率(100~300GPa)と異種被覆する場合、被覆側が変形を拘束し貫通割れを生じてしまうおそれがある。一方、ニューセラミックスを低弾性率化する方法として、ポーラス化すると低性能(耐摩耗・耐食性)・低耐久性になってしまうおそれがある。緻密質で健全性(低弾性率化)を有しながら高い耐摩耗・耐食性(高硬度化)のトレードオフな資質を兼備する被覆方法は、本願発明者らが知る限りにおいて、これまで開発成功例はない。特に緻密化すると高弾性率(400~480GPa)化するSiC系で低弾性(E≦300GPa)かつ高硬度化(H≧15GPa)するハイブリッドセラミックスコーティング層(H/E≧0.07、H^3/E^2≧0.07)を提供する短時間製造の被覆製造法の確立が望まれる。
【0016】
より具体的には、例えば、高硬度を備える炭化ケイ素(SiC)を一方のエンドメンバーにすることができる。SiCは高硬度で耐エロージョン・コロージョン性は充分である。一方、単体で膜として成膜すると、形成された被膜は弾性率が高くなり易い。また、線熱膨張係数が低い(4.0(106/K))。基材の材料にもよるが、マッチング対象は極めて限定され易い。一方、SiCは結晶性が低くなると弾性率が低下し易い。硬度も低下し易い。他の材料との複合化によって機械的・熱的特性を調整することが可能である。4~6族遷移金属の炭化物・窒化物・炭窒化物は硬度の高い材料が多い。TaC(線熱膨張係数:7.1(106/K))は硬くて弾性率も高い。但し、組成により弾性率が著しく変化するとの報告がある。(“Reported values for the elastic stiffness coefficients exhibit large variations of up to 50%”(294~560 GPa)、Laura Lo’pez-de-la-Torre et. al, Solid State Comm. 134 (2005) 245-250.))また、線熱膨張係数は比較的高い(7.1(106/K))。従って、炭化ケイ素(SiC)の対向するエンドメンバーとして炭化タンタル(TaC)を設定することができる。そのようにして、所望の硬度及び弾性率を備える複合材被膜若しくは被覆層を形成することができる。
【0017】
ここで、市販のセラミックス系メカニカルシール材は、例えば、焼結窒化ケイ素においては、密度が3.2(g/cm3)で、弾性率が210(GPa)で、ビッカース硬度が16.9(GPa)で、硬度と弾性率の比(硬度/弾性率。以下、「H/E」と呼ぶ)は0.08であるかもしれない。また、焼結炭化ケイ素においては、密度が3.1(g/cm3)で、弾性率が480(GPa)で、ビッカース硬度が25.5(GPa)で、H/Eは0.05であるかもしれない。このような市販のSiC製メカニカルシール材の欠点は、焼結体による高緻密、高結晶による高硬度化を実現しているが高弾性率であるため金属との共存は難しいと考えられることであり、結晶構造のへき開性が高く、チッピング(欠け)しやすいことで信頼性が低いと考えられることである。Si3N4メカニカルシール材は、へき開性が小さくチッピングの可能性が低いと考えられるが、硬度が低い。硬度に関する性能が劣るおそれがある。
【0018】
例えば、以下のようなものを提供することができる。
金属又はセラミックスからなる基材と、該基材の表面の少なくとも一部を被覆する被膜と、を含む複合材であって、前記被膜は、炭化ケイ素及び炭窒化タンタルを含む複合被膜であり、該複合被膜の硬度が15GPa以上で弾性率が300GPa以下であり、硬度に対する弾性率の比(H/E)が0.07以上であることを特徴とする複合材。
ここで、H/Eについては、特に上限を規定する必要はないが、実務的に、H/E≦0.15であってもよい。基材の弾性率は、上記被膜の弾性率以下であってもよい。
前記複合被膜は、炭化ケイ素領域及び炭窒化タンタル領域を含み、前記複合被膜の断面若しくは表面において、前記炭化ケイ素領域又は前記炭窒化タンタル領域の少なくとも何れかは、円近似した場合、その径が10nm以下であることを特徴とする上記いずれかに記載の複合材。
前記炭化ケイ素領域及び前記炭窒化タンタル領域が円近似で平均10nm以下であってもよい。或いは、前記複合被膜の断面若しくは表面において、約10nmの径の円を描いた場合、前記炭化ケイ素領域及び前記炭窒化タンタル領域の少なくとも一部がその円の中に含まれてもよい。
前記被膜の硬度の3乗に対する弾性率の2乗の比(H^3/E^2)が0.07以上であることを特徴とする上記いずれかに記載の複合材。
H^3/E^2では、硬度が強調されると考えられる。そして、高い硬度は表面の摩耗を低下させると考えられる。例えば、表面の塑性変形を低下させると考えられる。
前記被膜の組成のモル比Ta/(Si+Ta)が、0.01以上であり、かつ、0.9以下であることを特徴とする上記いずれかに記載の複合材。
前記被膜は、モル比Ta/(Si+Ta)が、0.01以上であり、かつ、0.9以下である、Siを含有する原料化合物及びTaを含有する原料化合物から形成されたことを特徴とする上記いずれかに記載の複合材。
前記被膜の厚みが、1μm以上であることを特徴とする上記いずれかに記載の複合材。
前記被膜及び前記基材表面の間に中間層を備え、該中間層の材料の線熱膨張係数が、前記被膜及び前記基材の線熱膨張係数の中間であることを特徴とする上記いずれかに記載の複合材。
上記何れかに記載の複合材を形成する方法であって、所定の位置に、金属又はセラミックスからなる基材を配置するステップと、2種類以上の無機化合物の原料となる化合物を供給するステップと、前記被膜が形成される基材の形成面近傍に前記化合物を滞留させるステップと、滞留した前記化合物又は前記基材の形成面に光学的に熱を供給するステップと、を含む方法。
ここで、2種類以上の無機化合物の原料となる化合物のいずれかが、その分解温度が他方より低い場合であって、その無機化合物(元素を含んでもよい)を相対的に多く被膜中に含ませる場合は、成膜温度を低温にしてもよい。例えば、前記分解温度+300℃であってもよく、前記分解温度+200℃であってもよく、前記分解温度+100℃であってもよく、又は、前記分解温度以下であってもよい。
前記化合物は、その供給温度において蒸気又は気体であることを特徴とする上記いずれかに記載の方法。
前記光学的に熱を供給するステップは、レーザー光によって行われることを特徴とする上記いずれかに記載の方法。
上記何れかに記載の基材及び被膜を備える複合材を含むメカニカルシール部材であって、該メカニカルシール部材の摺動面に前記被膜が形成されていることを特徴とするメカニカルシール部材。
上記いずれかに記載のメカニカルシール部材を備えるメカニカルシール。
上記いずれかに記載のメカニカルシールを備える流体用のポンプ。
金属又はセラミックスからなる基材と、 該基材の表面の少なくとも一部を被覆する被膜と、を備えた含む複合材であって、 前記被膜は、炭化ケイ素を含む2種類以上の無機化合物からなる複合被膜であり、 該複合被膜の硬度が15GPa以上で弾性率が300GPa以下であり、 硬度に対する弾性率の比(H/E)が0.07以上、硬度の3乗に対する弾性率の2乗の比(H^3/E^2)が0.07以上を有することを特徴とする複合材。
ここで、H/Eは、0.06以上が好ましく、0.07以上がより好ましく、0.08以上がより好ましい。また、0.09以上であってもよい、0.1以上であってもよい。上限は、特に限定される必要はないが、例えば、1以下であってもよい。また、0.8以下、0.7以下、0.6以下、或いは0.5以下であってもよい。また、硬度は、ナノインデンテーションによる測定で、平均が10GPa以上、15GPa以上、又は20GPa以上であってもよい。硬度は、ナノインデンテーションによる測定で、平均が50GPa以下、45GPa以下、又は40GPa以下であってもよい。弾性率は、同方法で測定することにより、平均が50GPa以上、100GPa以上、又は150GPa以上であってもよい。また、400GPa以下、350GPa以下、又は300GPa以下であってもよい。
また、H^3/E^2は、0.07以上が好ましく、0.1以上がより好ましく、0.15以上がより好ましい。また、0.2以上であってもよい。上限は、特に限定される必要はないが、例えば、1.0以下であってもよい。また、0.8以下、或いは0.7以下であってもよい。
ここで被膜の厚みは、平均で1μm以上、5μm以上、8μm以上、10μm以上、或いは、15μm以上であってもよい。厚すぎると剥離が生じやすくなるので、例えば、10mm以下、5mm以下、1mm以下、又は、500μm以下であってもよい。
【発明の効果】
【0019】
以上のように、本発明の実施例において、メカニカルシール部材として用いられる基材(セラミック製/金属製)の上に形成される炭化ケイ素複合材からなる被膜又は被覆層等は、所定の硬度及び所定の弾性率を備えてもよい。また、硬度と弾性率の比は、所定の値を超えるものであってもよい。また、硬度の3乗と弾性率の2乗の比は、所定の値を超えるものであってもよい。これらの複合材からなる被膜又は被覆層等を備えるメカニカルシール部材は、好ましい特性を備える。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1A】本発明の実施例において、複合材の一例として円板状の基材の上面に被膜が構成される模式図を示す斜視図である。
【
図1B】
図1Aの模式図において、A-A断面の一部を示す図である。
【
図2】
図1Aの複合材を製造する製造装置の一例を模式的に示す説明図である。
【
図3】本発明の実施例において、SiC-TaC複合被膜中の組成とSi-Ta原料組成との関係を示すグラフである。
【
図4】本発明の実施例において、成膜温度を1100℃として作製したSiC-TaC複合被膜のX線回折パターンを示すグラフである。
【
図5】本発明の実施例において、原料供給比(R
Ta)を0.23として作製したSiC-TaC複合被膜のX線回折パターンを示すグラフである。
【
図6】本発明の実施例において、原料供給比(R
Ta)を0.36として作製したSiC-TaC複合被膜のX線回折パターンを示すグラフである。
【
図7】SiC-TaC複合被膜の表面SEM像を示す図である。
【
図8】SiC-TaC複合被膜の断面SEM像並びに原料比と成膜速度の関係を表すグラフを示す図である。
【
図9】SiC-TaC複合被膜のTEMの明視野像及び制限視野電子回折を示す図である。
【
図10】原料供給比(R
Ta)が0.36で、実測膜においてTa/(Ta+Si)が0.480である試料のSTEM写真の図である。
【
図11】SiC-TaC複合被膜の断面において、ナノインデンテーションによる硬度及び弾性率の測定方法を説明する図である。
【
図12】ナノインデンテーションによる硬度及び弾性率の測定方法を説明する図である。
【
図13】SiC-TaC複合被膜の断面において、走査プローブ顕微鏡による画像において、ダイヤモンド圧子による弾性率測定結果を示す図である。
【
図14】SiC-TaC複合被膜の弾性率とSi-Ta原料組成との関係を示すグラフである。
【
図15】SiC-TaC複合被膜の断面において、走査プローブ顕微鏡による画像において、ダイヤモンド圧子による硬度測定結果を示す図である。
【
図16】SiC-TaC複合被膜の硬度とSi-Ta原料組成との関係を示すグラフである。
【
図18】硬度の3乗と弾性率の2乗の関係を示すグラフである。
【
図19】本発明の実施例において、硬度と弾性率の関係を示すグラフである。
【
図20】本発明の実施例において、複合材が用いられるメカニカルシールを備えるポンプの模式図である。
【
図21】
図20のメカニカルシールの詳細を図解する模式図である。
【
図22】メカニカルシールに用いられるシールリングの例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照しながら本発明の実施例について説明する。なお、同様の要素には同様の番号を付し、その説明を省略する。
【0022】
[複合材の構成]
図1A及び
図1Bは、本発明の実施例において、基材20と、基材20の表面20aの少なくとも一部を被覆する被膜30と、を備える複合材10を示す。基材20は、窒化ケイ素のようなセラミック材から形成されてもよく、ステンレス鋼(例えばSUS304)のような金属若しくは合金から形成されてもよい。被膜(若しくは被覆層)30は、炭化ケイ素複合材からなってもよい。基材20は、少なくとも800℃において溶融及び分解しないという耐熱性を有してもよい。更に、800℃~1300℃において炭化ケイ素及び炭化タンタルと反応しないものからなるものが好ましい。このような特徴を備えるものであれば、如何なる種類の材料であってもよい。基材20の材料は、好ましくは無機材料(セラミックス、金属、合金等)であってもよい。例えば、窒化ケイ素(Si
3N4)、アルミナ(Al
2O
3)、YAG(Y
3Al
5O
12)、ジルコニア(ZrO
2)、炭化ケイ素(SiC)、窒化ガリウム(GaN)、シリコン(Si)、炭素、繊維強化炭素複合材料(C
f/C)、繊維強化SiC複合材料(SiC
f/SiC)等であってもよい。基材20の形状は、特に限定される必要はない。例えば、板状、線状、塊状、リング状等とすることができる。無機被膜を有する基材20の表面は、平面及び曲面のいずれでもよい。また、この表面は、平滑であってよい。また、凹部又は凸部を有してもよい。
【0023】
[被膜の構成]
被膜30を構成する無機複合膜は、ケイ素、タンタル、炭素、窒素からなる炭化ケイ素と炭窒化タンタルの複合材であってもよい。例えば「SiC-TaCN」で表される複合材であってもよい。ケイ素(Si)、タンタル(Ta)、炭素(C)、窒素(N)は種々の構成比率を採用することができる。例えば、SiwCx-TayCzと表すことができる。TaCの炭素は窒素と置き換えられてもよく、TaCvN1-v(0<v<1。y=v及びz=1-v。)と表すことができる。複合材10において、無機被膜30の厚さは、10nm以上であってもよく、1μm以上であってもよく、5μm以上であってもよい。また、100μm以下であってもよく、10mm以下であってもよい。また、1μm~10mmであってもよく、5μm~100μmであってもよい。耐コロージョン・エロージョンとして有用である。
【0024】
ここで、炭化ケイ素(SiC)は、ダイヤモンドとシリコンの中間的な性質を持ち、硬度、耐熱性、化学的安定性に優れることから、研磨材、耐火物、発熱体などに使われ、また半導体でもあることから電子素子の素材にもなる。結晶の光沢を持つ、黒色あるいは緑色の粉粒体として、市場に出る。密度は、3.22g/cm3であり、融点は、2730℃で、水に不溶である。結晶構造は、3C-SiCで、F-43mであり、aが、4.36Å、cが4.36Åである。また、4H-SiCで、P63mcであり、aが、3.08Å、cが、10.05Åである。また、6H-SiCで、P63mcであり、aが、3.08Å、cが、15.12Åである。炭化タンタル(TaC)は、一般に、非常に硬度が高い(モース硬度 9-10)耐火性のセラミック材料で、切削工具の部品として市販品にも用いられている。化学的には安定していて、水、希酸および希アルカリには不溶であるが硫酸およびフッ化水素とは幾分反応する。固体は電気伝導性を示し、臨界温度9.3K以下では超伝導を示す。鋳型のコーティングに用いた場合、表面の摩擦力を弱める。密度は、13.9g/cm3であり、融点は、3880℃、沸点は、5500℃、結晶構造は立方晶、cF8、空間群は、Fm3m、No.225である。窒化タンタル(TaN)の結晶構造は、立方晶、cF8、空間群は、Fm3m、No.225である。従って、被膜の構成は、一部アモルファスもあるかもしれないが、SiCの3C(主)と一部4H及び/又は6Hが混在し、そして、TaCの立方晶、cF8構造において、Cの一部がNに置き換わった複合TaCxN1-xが、まじりあった形態を備えると考えられる。そして、このような構成が、本明細書で述べるような特別な機械的特性を備えるものと考えられる。
更に、そのような複合被膜は、Ta/(Si+Ta)のモル比で特定してもよい。
【0025】
[被膜の組成]
このような複合材料に含まれる炭化ケイ素及び炭化タンタルの含有割合は、炭化ケイ素及び炭化タンタルの合計を100モル%とすると、それぞれ、1.0~99.0モル%及び99.0~1.0モル%であってもよく、好ましくは99.5~0.5モル%及び0.5~99.5モル%であってもよく、より好ましくは90.0~30.0モル%及び10.0~70.0モル%であってもよく、更に好ましくは80.0~40.0モル%及び20.0~60.0モル%であってもよい。又、炭化ケイ素及び炭窒化タンタルの含有割合は、炭化ケイ素及び炭窒化タンタルの合計を100モル%とすると、それぞれ、1.0~99.0モル%及び99.0~1.0モル%であってもよく、好ましくは99.5~0.5モル%及び0.5~99.5モル%であってもよく、より好ましくは90.0~30.0モル%及び10.0~70.0モル%であってもよく、更に好ましくは80.0~40.0モル%及び20.0~60.0モル%であってもよい。無機被膜30における炭化ケイ素及び炭化タンタル、炭化ケイ素及び炭窒化タンタルのモル比は、その全体において一定であってもよい。また、断面において深さ方向に異なってもよい。
【0026】
本発明の実施例において、複合材10の無機被膜30の厚さは、各種用途に好適な耐エロージョン・コロージョン被覆として有用であることが好ましい。例えば、50nm以上であってもよく、好ましくは100nm以上であってもよく、より好ましくは1μmであってもよく、更に好ましくは5μm以上であってもよい。また、100μm以下であってもよく、10μm以下であってもよい。また、1μm~10μm、好ましくは5μm~100μmであってもよい。
【0027】
[複合材の製造方法]
本発明の実施例において、複合材10の製造方法は、ケイ素原子を含む化合物(以下、「ケイ素原子含有化合物」という)の気化物と、タンタル原子を含む化合物(タンタル原子含有化合物)の気化物とを基材20の表面20aに滞留させた状態で、これらの気化物にパワー密度が2W/cm2以上のレーザーを照射してもよい。即ち、このような製造方法は、基材20の表面20aの少なくとも一部を被覆する被膜30を形成することによって、複合材10を製造することができる。
【0028】
原料ガスはケイ素とタンタルと炭素を含む単一原料か、少なくとも一つを含む原料の混合ガスを用いることができる。ケイ素を含有する化合物とタンタルを含有する化合物と炭化水素の混合ガスを挙げることができる。更に窒素を含んでもよい。ケイ素を含有する化合物は、SiCl4、SiCH3Cl3、Si(CH3)4、SiH4、Si(CH3)3H、(一般式:Si(CH3)nH4-n、SiClnH4-n、SiCln(CH3)4-n(nは0から4の整数))等を挙げることができる。タンタルを含有する化合物は、TaF5、TaCl5のハロゲン化合物を挙げることができる。炭化水素はCH4、C2H2、C3H8を挙げることができる。
【0029】
[原料ガスの使用例]
本発明の実施例において、複合材の製造方法は、原料ガスとして、ケイ素原子含有有機化合物及びタンタル原子含有有機化合物の気化物が用いられてもよい。従来、公知のCVDによりセラミックスからなる無機被膜を製造する場合、セラミックスを形成する複数の原料成分(ハロゲン化合物と炭化水素等)を用いることが一般的であった。例えば、炭化ケイ素はハロゲン化合物と炭化水素等の混合ガスを原料とし、炭化タンタルはハロゲン化合物と炭化水素等の混合ガスを原料としていた。本発明の実施例において、炭化ケイ素及び炭化タンタルの各々の相に対して1種類ずつの原料成分、即ち、ケイ素原子含有有機化合物により炭化ケイ素膜を形成することができる。タンタル原子含有有機化合物により炭化タンタル膜を形成することができる。
【0030】
また、本発明の実施例において、無機被膜の形成は、従来のCVDと同様、密閉空間で行ってもよい。従来法において、上記のような複数の原料成分を混合状態としてこれらを反応させると、製造装置の内壁又は装置内の備品を汚染させるおそれがあった。従来法の例として、ポリマー焼成法が挙げられる。この方法では、(1)PCS(ポリマー)+Al粉末、フェライト鋼へのディップコーチングで形成するものである。生成した被膜は、硬度が12Hv、弾性率が153GPaであった(例えば、“Fabrication of Silicon Carbide (SiC) Coatings from Pyrolysis of Polycarbosilane/Aluminum,” J Inorg Organomet Polym (2011) 21:534-540)。一般に、ポリマー系は、熱処理温度を1200℃に下げられる一方、結晶性が乏しく弾性率は200GPa以下で低く抑えられる。また、(2)スパッタでは非晶質やナノ結晶SiCが形成されている(例えば、V. Kulikovsky et al., “Hardness and elastic modulus of amorphous and nanocrystalline SiC and Si films” Surface and Coatings Technology 202 (2008) 1738-1745)。しかし、本発明の実施例においては、レーザー照射による基材への局部加熱及び被膜形成を行うことができる。汚染等の不具合は抑制され得る。
【0031】
[ケイ素含有原料]
ケイ素原子含有化合物は、沸点において分解することなく気化するものであれば、如何なる種類のものであってもよい。好ましくは、炭素原子、水素原子及びケイ素原子を含む化合物であってもよい。更に窒素原子を含んでもよい。例えば、0℃~300℃の温度で気化する化合物であってもよい。炭素原子、水素原子及びケイ素原子を含むケイ素原子含有化合物としては、一般式:SinHm(CaH2a+1)(2n+2-m)(式中、aは1~5の整数、nは1~10の整数、mは1~10の整数)等で表される直鎖状シラン、一般式:SijHk(CbH2b+1)(2j-1)(式中、bは1~5の整数、jは1~10の整数、kは1~10の整数)で表される環状シラン等を挙げることができる。これらの化合物は、気化後に腐食性ガスを発生させないことから好ましく用いられるかもしれない。ケイ素原子含有有機化合物としては、Si(CH3)4、Si2(CH3)6(ヘキサメチルジシラン)、Si2H2(CH3)4、Si2(C2H5)6、C7Si3H22、Si4(CH3)8、Si5H5(CH3)5、Starfire社製「CVD-4000」(商品名)等を挙げることができる。
【0032】
[タンタル含有原料]
タンタル原子含有化合物は、沸点において分解することなく気化するものであれば、如何なる種類のものであってもよい。タンタル原子含有化合物は、好ましくは、炭素原子、水素原子及びタンタル原子を含む化合物であってもよい。好ましくは20℃~250℃の温度で気化する化合物であってもよい。本発明の実施例において、炭素原子、水素原子、窒素原子及びタンタル原子を含む化合物が特に好ましい。このような化合物は、気化後に腐食性ガスを発生させないと考えられ、好ましい。
【0033】
炭素原子、水素原子、窒素原子及びタンタル原子を含むタンタル原子含有化合物は、好ましくは、一般式:Ta(NCnH2n+1CmH2m+1)5 又は、Ta(NCnH2n+1CmH2m+1)3(NClH2l+1)(式中、nは1~5の整数、mは1~5の整数、lは1~5の整数)で表される(アルキルアミド)タンタルである。この(アルキルアミド)タンタルとしては、Ta(NCH3C2H5)3(NC4H9)で表される(ターシャリーブチル)トリス(エチルメチルアミド)タンタル、Ta(NCH3CH3)5で表されるペンタキス(ジメチルアミド)タンタル等が挙げられ、これらのうち、(ターシャリーブチル)トリス(エチルメチルアミド)タンタルが好ましい。
【0034】
ケイ素原子含有化合物およびタンタル原子含有化合物の気化物を調製する方法は、如何なるものであってもよい。従来、公知の加熱方法、バブリング方式による気化方法等が適用されてもよい。複合材の製造方法で用いられるケイ素原子含有化合物及びタンタル原子含有化合物の気化物は、1種のみでもよく、2種以上でもよい。
【0035】
複合材の製造方法において、レーザーを照射する前には、ケイ素原子含有有機化合物及びタンタル原子含有有機化合物の気化物を基材の表面に滞留させてもよい。滞留はどのように行ってもよい。通常、ホウ素原子含有有機化合物の気化物を製膜室(通常、圧力調節できるように密閉された空間であってもよい。尚、製膜装置に関しては後述する。)に導入することにより実現できる。気化物を供給する方法は、如何なるものであってもよい。連続的供給又は間欠的供給により、製膜を安定的に進めることができる。気化物を供給する場合、キャリヤーガス(不活性ガス(例えば、Ar等の希ガスや窒素ガス等)や水素ガス)を利用する方法、真空引きにより気化物を流動させる方法等を挙げることができる。キャリヤーガスの供給速度は、1~5000sccmであってもよく、好ましくは5~1000sccm、より好ましくは10~200sccmであってもよい。気化物の供給速度は、0.0001~10g/minであってもよく、好ましくは0.001~1g/min、より好ましくは0.01~0.1g/minであってもよい。
【0036】
また、複合材の製造方法は、好ましくは、減圧条件下で製膜する方法であってもよい。減圧時の製造装置内の圧力は、好ましくは20~10000Pa、より好ましくは100~2000Paであってもよい。尚、気化物を製造装置内に供給する前に、予め、製造装置内を減圧状態、好ましくは100Pa以下としておくことにより、酸素ガス、水分等の影響を抑制し、酸素含有量が5原子%以下の炭化ケイ素および炭化タンタルからなる無機被膜を有する複合材を効率よく製造することができる。
【0037】
[レーザー照射]
本発明の実施例において、複合材の製造方法では、ケイ素原子含有化合物及びタンタル原子含有化合物の気化物を基材の表面に滞留させた状態で、該気化物にレーザーを照射してもよい。使用するレーザーは特に限定されないが、波長100~10800nmの半導体レーザー、固体レーザー、気体レーザー等を用いることができる。発振モードは、連続発振及びパルス発振のいずれでもよいが、好ましくは連続発振であってもよい。好ましいレーザーとしては、エキシマレーザー(波長:193~351nm)、Nd:YAGレーザー(波長:1064nm)、インジウムガリウム砒素リン又はアルミニウムガリウム砒素を用いた半導体レーザー(波長:800~900nm)、炭酸ガスレーザー(波長:10.8μm)、ファイバーレーザー(波長:1080nm)等を挙げることができる。Nd:YAGレーザー及びファイバーレーザーが好ましい。
【0038】
ケイ素原子含有化合物の気化物及びタンタル原子含有化合物の気化物に照射するレーザーのパワー密度は、緻密な無機被膜が得られることから、1W/cm2以上であってもよく、好ましくは5~500W/cm2であってもよく、より好ましくは10~100W/cm2であってもよい。このようなパワー密度のレーザーを照射した場合、基材の製膜面における温度は、通常、800℃~1300℃であるかもしれない。尚、照射するレーザーのパワー密度は、終始一定であってよいし、変化させてもよい。
【0039】
レーザーの照射時間は、製膜面積、無機被膜の厚さ等により、適宜、選択されるが、通常、30秒間~60分間であってもよい。大面積の製膜を行う場合、基材を固定した状態でレーザーをスキャンさせながら若しくは光拡散レンズを介して光路を変化させながらレーザー照射する方法、又は、基材を移動させながら、光路を固定したレーザーを照射する方法を適用することができる。
【0040】
レーザーを照射する場合の雰囲気は、酸素原子を含むガスの併存を抑制した不活性ガス雰囲気、水素ガス雰囲気又は真空であることが好ましい。不活性ガスを用いる場合、アルゴン、ヘリウム、窒素等が好ましい。不活性ガス雰囲気、及び水素ガス雰囲気とする場合の圧力は、好ましくは0.01~10000Pa、より好ましくは20~10000Paであってもよい。
【0041】
レーザーを照射する場合、効率よい製膜性の観点から、基材を予熱しておいてもよい。予熱温度は、好ましくは200℃以上、より好ましくは300℃以上であってもよい。例えば、赤外線ランプ、ハロゲンランプ等を用いて予熱する方法、抵抗加熱、高周波誘導加熱、マイクロ波加熱等の利用により予熱する方法が挙げられる。
【0042】
ケイ素原子含有有機化合物の気化物及びタンタル原子含有有機化合物の気化物の混合物を基材の表面に滞留させてレーザーを照射すると、ケイ素原子含有有機化合物が分解して炭化ケイ素が生成され得る。更に、タンタル原子含有有機化合物が分解して炭化タンタルが生成され得る。これらが均一に混合された緻密な無機被膜が形成され得る。
【0043】
[製造装置例]
本発明における複合材の製造方法で用いる装置は、特に限定されない。
図2は、このような装置の例を模式的に示す。製造装置60は、製膜室61と、原料ガス供給手段63と、レーザー照射手段67と、を備えることができる。製膜室61は、内部に基材20を載置可能な空間であり、製膜環境を形成する空間を提供するものであってもよい。製膜室61は、通常、その内部へケイ素原子含有有機化合物の気化物及びタンタル原子含有有機化合物の気化物を供給する原料ガス供給手段63と接続されてもよい。更に、製膜室61内に載置される基材20に対してレーザーを照射することができるように、レーザー照射手段67と光学的に接続されてもよい。
【0044】
原料ガス供給手段63は、製膜室61内へケイ素原子含有有機化合物の気化物及びタンタル原子含有有機化合物の気化物を供給する手段であってもよい。原料ガス供給手段63の構成は限定されないが、例えば、ケイ素原子含有有機化合物の気化物及びタンタル原子含有有機化合物の気化物を調整する原料ガス調製手段64を備えることができる。より具体的には、原料ガス調整手段64は、気化前のケイ素原子含有有機化合物を収容する収容槽641と、気化前のタンタル原子含有有機化合物を収容する収容槽642と、これら各収容槽641及び642を加熱して、これら化合物の気化物を形成するためのヒーター643を備えることができる。尚、収容槽の数は限定されず、更にその他の種類の原料を混合するための収容槽を設けることもできる。
【0045】
キャリアガス供給手段651を用いる場合、キャリアガス供給手段651は、原料ガス調製手段64より上流側に配置してもよい。また、原料ガス調製手段64より下流側に配置してもよい。更に、これらの両方に配置してもよい。同様に、ガス供給手段652は、水素や炭化水素などの還元ガスを用いる場合に使用でき得る。原料ガス調製手段64より上流側に配置してもよい。また、原料ガス調製手段64より下流側に配置してもよい。更に、これらの両方に配置してもよい。
【0046】
レーザー照射手段67は、製膜室61内の所定の場所(例えば、後述する基材支持台69上に置かれた基材20の表面20a)へ向けてレーザーを照射することができる手段であってもよい。通常、レーザー照射手段67は、製膜室61の外部に設置され、製膜室61の窓材672を介して、製膜室61内へレーザー照射できるように構成され得る。また、レーザー照射手段67は、前述したように、大面積に対応できるようにレーザー照射箇所を変化させることができる機構を備えることができる。
図2には、光拡散レンズ671を介して光路を変化させながらレーザーを照射し、基材20の表面20aに照射することができる形態が例示される。光拡散レンズ671の構成材料は限定されず、レーザーの種類又は波長により適宜選択できる。例えば、石英、BK7、セレン化亜鉛等を利用できる。尚、基材20の一部に被膜30の形成を目的としない領域を有する場合には、この領域を覆うことにより、即ち、マスキングすることにより実現できる。
【0047】
更に、製造装置60は、製膜室61内の環境圧力を調節することができるように、減圧手段62を有することができる。この減圧手段62も、製膜室61へ接続することができる。減圧手段62としては、従来公知の真空ポンプ等を用いることができる。また、減圧手段62を備える場合、製膜室61及び原料ガス供給手段63の接続部(原料ガス導入口)と、基材20と、減圧手段62とが一直線上に配置されることができる。また、製造装置60は、基材支持台69を有することができる。基材支持台69は、基材20を載置する支持台であり、必要に応じて基材20を固定する固定機構を備えることができる。同様に、必要に応じて基材20を回転又は移動させる移動機構を備えることができる。また、基材支持台69は、基材20を予熱することができる予熱機構を備えることができる。
【0048】
[実験例]
ここで用いたSiCの原料は、ケイ素原子含有有機化合物であり、具体的には、Starfire社製のCVD-4000であった。CVD-4000は、分子構造が[SiH2CH2]n(n=3-7)で、付属的反応物を必要としない一液性の材料で、ほぼ化学量論比のSiCマトリックス(Si:C=1:1)を形成可能な環状シランとされている。一般には、析出した皮膜を1100~1300℃でアニールすることで、結晶成長が進み、β-SiCを形成するとされている。また、TaCNの原料は、タンタル原子含有有機化合物であり、具体的には、Japan Advanced Chemicals社製の(ターシャリーブチル)トリス(エチルメチルアミド)タンタルであった。具体的には、Ta(N-t-C4H9)[N(C2H5)CH3]3(ターシャリーブチルイミド)トリス(エチルメチルアミド)タンタル((tertiarybutylimido)tris(ethylmethylamido)tantalum)とされている。水素ガスは、市販のサイテム社製の水素発生装置(型式:YH500)により生成した水素ガスを用いた。また、レーザーは、日本レーザー社製のJL-SP0242を用いた。窒化ケイ素基材は、東芝マテリアル社製のSIN-Pを用いた。
【0049】
これらの原料は、それぞれの供給源からキャリアガスと共に配管内を流れ、配管の接続部において混合が行われ、混合状態が進行しながら、円筒型のコールドウォール式の真空チャンバーの頂部から垂直に延びるノズルである管を通って真空チャンバー内に鉛直方向に下向きに導入された。このノズルの径及び長さは、原料が十分に均一に混合されるように設定される。例えば、直径と長さの比が、0.001から0.1が好ましいと考えられる。これにより水平に配置されたステージの上の基材表面にほぼ垂直にキャリアガスと共に混合原料が吹き付けられることになる。ノズル出口からステージ上の基材表面までの距離は、原料の種類、雰囲気温度、レーザー照射角度、レーザー強度等の種々の条件に合わせて調整されてよく、例えば、ノズル出口の径の2から20倍であることが好ましい。ここでは、波長が1080nmのファイバーレーザー(最大照射強度:500W)が用いられ、ステージ又は基材の表面の水平面から約60°斜め上から照射された。レーザー照射角度は、原料の種類及び供給速度(例えば流速)、雰囲気温度、基材温度、レーザー光の径等、種々の条件により、好ましい被膜が形成されるように設定される。ノズルとの関係で、90°近傍は難しく、水平方向(0°)は、レーザー光が基材の表面に照射されない(あたらない、吸収されない)ので難しい。例えば、30°から80°が好ましい。また、レーザー光の径を大きくすることは容易とは限らないので、大面積の被膜を形成するためには、ステージを可動式にしてもよい。いわゆる走査型の照射とも言えるかもしれない。また、ステージは、ヒーターを備えてもよい。
【0050】
原料から被膜が形成される過程において、原料の熱分解や化学反応による中間体の形成や気相中での核生成が生じると考えられる。被膜の組成は成膜環境(温度や雰囲気、原料ガス供給比、ガス流量、位置等)や原料の熱的・化学的安定性に影響を受けると考えられる。例えば、Ta原料がSi原料よりも低温で分解し易い場合は、成膜温度が低温(例えば、1000℃以下)でTaが被膜中により取り込まれ易くなると考えられる。従って、被膜中のTa組成比は比較的高くなると考えられる。また、成膜温度が高くなるにつれ、SiCの形成速度が上昇する場合は、被膜中のSiC組成が相対的に増加すると考えられる。従って、仮に同じ原料の混合比であっても、原料化合物の物性(例えば、分解温度)や成膜温度により、被膜中の組成を調整することができる。高温(例えば、1200℃又はそれ以上)では、気相中でも核生成が起こると考えられる。そして、生成される炭窒化タンタルは重いので、重力の影響で落下し易くなり、被膜中に取り込まれ易くなると考えられる。このように、2種以上の原料を用いる場合は、反応経路が複雑になることがあり、原料供給比だけで被膜組成は決定することは難しいと考えられる。しかしながら、被膜の特性(硬度や弾性率等のような物性等)は、被膜の組成によりある程度決定することができる。
【0051】
図3は、Si-Ta原料組成と被膜中の組成の相関関係を示すグラフである。縦軸は、SiC-TaC複合被膜の組成(モル比)を示し、横軸は、原料組成のうちTa及びSiの相対的な組成(モル比)を示す。この時の成膜温度は、900℃及び1100℃であった。SiC単体からTaC単体の被膜まで、複合材料被膜が形成できることが分かる。特に、原料比が、0.01を超えたところから、複合膜の組成(Taの濃度)が原料の組成にほぼ比例して上昇することがわかる。
【0052】
[被膜の結晶等]
図4は、成膜温度が1100℃での複合被膜のX線回折結果をTa濃度の順に並べて示した図である。左側が2θが20度から70度を示し、右側は32度から42度を取り出したものである。この図で、白抜きの逆三角形は、βSiCに起因するピーク位置を示し、グレーの逆三角形は、TaC(又はTaC
vN
1-v)に起因するピーク位置を示している。この図から、SiC単体でβSiC(及び微量のαSiC)が観測され、TaC単体で岩塩構造のTaCが観測される。尚、ここで、TaC単体とされているものにおいても、原料の窒素(N)が混入し、一部のCがNに置換していた。TaC及びTaNはともに同じ結晶構造をしており、CとNが任意に置換が可能であると考えられる。複合被膜においては、βSiCのピークがブロードになり、結晶性が低下していることが分かる。このことは、βSiC結晶がより微結晶になったり、アモルファス様になったりしたことを意味すると考えられる。
図5及び
図6は、原料供給比(R
Ta)をそれぞれ0.23及び0.36として作製したSiC-TaC複合被膜のX線回折パターンを示す。
図5では成膜温度を高温化するとともに白抜きの逆三角形で示すβSiCの回折ピークが強くなった。特に成膜温度1200℃では結晶性の高いβSiCを多く含むSiC-TaC複合被膜が形成されたことが示唆される。
図6ではβSiCとTaC(又はTaC
vN
1-v)が重なり合った幅広の回折ピークが観測され、成膜温度を高温化するとともに回折ピーク強度は高くなった。βSiCとTaC(又はTaC
vN
1-v)が混ざり合い、比較的結晶性の低いSiC-TaC複合被膜が形成されたことが示唆された。
【0053】
図7は、成膜温度が1100℃でのSiC-TaC複合被膜の表面を示すSEM像である。緻密な被膜であることが分かる。TaC側に移行するほど表面の凹凸が低下しているようにも見える。
図8は、同被膜の断面のSEM像及び成膜速度を示す。同じ条件下で、SiC単体では約15μm、原料供給比(R
Ta)が0.23では約25μm、原料供給比(R
Ta)が0.45では約18μm、TaC(又はTaCN)単体では約4μmの膜厚であることが分かった。SiC単体被膜、SiC-TaC複合被膜、TaC単体被膜が、何れも基材に密着していることが分かる。また成膜速度は、Taのモル比が0.23で極大を示す。
【0054】
[被膜の微細構造]
図9は、SiC-TaC複合被膜のTEMの明視野像及び制限視野電子回折を示す図である。Taのモル比が0.23の試料であるが、比較的結晶性がよいことがわかる。
図10は、原料供給比(R
Ta)が0.36で、実測膜においてTa/(Ta+Si)が0.480である試料のSTEM写真である。この図において、白っぽいところは、TaC(又はTaCN)であり、黒っぽいところは、SiCである。スケールバーは、50nmを示しているので、この写真は、約180nm×約180nmの画像であることがわかる。この図から明らかなように、TaC(又はTaCN)領域及びSiC領域が、約10nm以下のスケールで互いに入り混じっていることが分かる。より詳細には、全体の視野の濃淡並びにTa/(Ta+Si)の比を参考に、この写真の濃淡による閾値を決定し、二値化することができる。そして二値化の結果より、TaC(又はTaCN)領域及びSiC領域を識別し、それぞれの領域の円近似による径を求めることができる。例えば、ImageJ 1.52aのソフトにより、このような計算をすれば、TaC(又はTaCN)領域及びSiC領域は、それぞれ、5.58nm及び8.40nmであった。このことより、それぞれの領域(又は粒子)の大きさが、10nm以下であることが分かった。
【0055】
[ナノインデンテーション]
図11及び
図12は、本発明の実施例において、行ったナノインデンテーションによる硬度及び弾性率を測定する方法を解説する図である。本発明の実施例において、複合被膜を形成した窒化ケイ素基材は、そのレーザーCVD被覆した断面をダイヤモンドブレードにて精密切断した。そして、切断面に対してクロスセクションポリッシャ(CP)で加工した。加工した断面に対して、以下のようなナノインデンテーション試験を実施した。試験条件は、ISO 14577に準じ、まず溶融シリカを用いてダイヤモンド圧子(バーコビッチ型)の硬度を校正した。測定は、2秒間で最大Fmax=2000μNまで押しこみ、1秒間保持し、2秒間で戻した。これをX方向に1μmの間隔で3列、Y方向に1μmの間隔で30個測定した(
図11参照)。膜厚に応じて弾性率が大きく異なる境界面を考慮して最大個数の平均値を算出した。より具体的には、
図12に示すグラフのように、上記測定過程で、h
r及びh
maxを実測する。ここで、Sは、除荷曲線の最大荷重における接線の傾きのことであり、h
pは、除荷曲線と横軸(変位)との交点(塑性変形量)であり、h
rは、接線と横軸(変位)との交点である。試料と圧子の接触面積は荷重変位曲線の解析値に大きく影響するため、接触深さ(h
c)を正確に求めなければならない。h
cは式(1)より求められる。ここで、εは圧子の形状で決まり、例えばバーコビッチの場合0.75が採用されている。
【数1】
硬度(H)と複合弾性率(E
r)はそれぞれ式(2)と(3)より求める(WC. Oliver and GM. Pharr, J. Mat.Res, 7, (1992)1564)。
【0056】
図13及び
図15は、SiC-TaC複合被膜の断面において、ナノインデンテーションによる硬度及び弾性率を測定した結果を弾性率に注目して示す。挿入されたバースケールから、膜の厚みは6μm以上あり、それぞれの圧痕の大きさが、最大でも約0.4μm(400nm)であることがわかる。この圧痕は断面に現れているので、通常の被膜の場合生じ得る基材の影響がないことが分かる。この時用いた試料は、
図14に示す1100℃で製膜したTaのモル比が0.36のものである。この図から、被膜の弾性率は、窒化ケイ素基材よりも低く、約240GPaであった。また、膜内では高い均一性を有していることが分かった。即ち、このような測定において、同一種類の被膜内では、ばらつきが小さく(標準偏差が小さく)、均一な硬度及び弾性率が得られたので、測定領域内では、TaC(又はTaCN)領域及びSiC領域が細かく均一に分散していることが分かる。
図14から分かるように、Taのモル比を変えることにより、弾性率を調整できることがわかる。また、SiC単体よりもTaのモル比がおよそ0.2のところでより高い弾性率が得られた。また、1100℃で製膜したものの方が弾性率は高かった。
【0057】
図14及び
図16は、SiC-TaC複合被膜の断面において、ナノインデンテーションによる硬度及び弾性率を測定した結果を硬度に注目して示す。試料は、
図13及び
図15のものと同じである。この図から分かるように、被膜の硬度は、基材よりも高かった(約24GPa)。また、膜内で高い均一性を示した。
図14の場合と同様に、Taのモル比を変えることにより、硬度を調整できることがわかる。また、SiC単体よりもTaのモル比がおよそ0.2のところでより高い硬度が得られた。
【0058】
図16は、Taのモル比に対する硬度をプロットしたものである。いずれも類似する傾向を示すが、Taのモル比が0.36において、硬度が25GPaであった。
【0059】
[被膜の組成等の結果一覧]
これらの実験結果を表2にまとめる。尚、XPSによる定量の特性から、バックグランドと思われるノイズを除去し、Si+Ta及びC+Nが等モルになるように補正を行った。
【表2】
【0060】
これらの結果から、複合被膜のH/Eは、0.06から0.13であった。また、H3/E2は、0.003から0.64であった。また、その時の硬度は、6.1から25.3であり、弾性率は、97.9から265.5であった。また、その時のTa/(Si+Ta)は、0.012から0.987であった。
【0061】
[硬度と弾性率の関係]
図17は、本発明の実施例において、H/Eを既存の材料と比較しつつ示すグラフである。H/Eの値が0.08を超えるものが、実施例において6件あったが、既存の材料では、窒化ケイ素、ダイヤモンド、及び炭化ホウ素だけであった。
図18は、本発明の実施例において、硬度
3/弾性率
2の比を既存の材料と比較しつつ示すグラフである。H/Eの値が0.15を超えるものが、実施例において4件あったが、既存の材料では、ダイヤモンド、窒化ホウ素、及び炭化ホウ素だけであった。
【0062】
図19は、硬度と弾性率の関係を示すグラフである。この図から分かるように、より優れた性能を有するものは、H/Eが、所定の値(即ち、傾き)から、硬度が高いものは、優れた特性を示すことがわかる。ここでは、H/E≧0.07、H/E≦0.15、H≧15、及びE≦300で囲われた領域を示す。このような領域の被膜は、好ましい機械特性を備えるものと考えられる。即ち、このような被膜を備える複合材は、メカニカルシール部材用として好ましいと考えられる。これは、例えば、H/Eが0.06以上では、延性破壊が優勢になり靭性が優れると考えられ、又、H/Eが0.1以上ではき裂が生じ難いとされている。(B.D. Breake, Surf. Coat. Tecnol, 442, (2022) 128272 及び X. Chen, Y Du and Y.-W. Chung, Thin Solid. Films, 688, (2019), 137265)。また、H
3/E
2(GPaにおいて)が0.06以上では、延性破壊が優勢になり靭性が優れること、又0.15以上では、耐摩耗性が優れること、更に0.23以上ではき裂が生じないとの報告がある(B.D. Breake, Surf. Coat. Technol, 442, (2022) 128272 及び X. Chen, Y Du and Y.-W. Chung, Thin Solid. Films, 688, (2019), 137265)。
【0063】
[メカニカルシールを備えるポンプ]
図20は、本発明の実施例において、複合材が用いられるメカニカルシールを備えるポンプの模式図である。また、
図21は、
図20のメカニカルシールの詳細を図解する模式図である。また、
図22は、メカニカルシールに用いられるシールリングの例を示す図である。このようなシールリングの端面(摺動面)に、本願の発明の実施例のような被膜を形成すると、優れたシールリングとなる可能性がある。
【産業上の利用可能性】
【0064】
このように、本願の発明の実施例のような被膜を備えるものは、優れた特性を備え得るので、メカニカルシール等の部材に適用されて、メカニカルシールやそれを用いるポンプのパフォーマンスに貢献することができる。
【符号の説明】
【0065】
10 複合材 20 基材 20a 表面 30 被膜
60 製造装置 61 製膜室 63 原料ガス供給手段
64 原料ガス調製手段 67 レーザー照射手段 68 温度計
69 基材支持台 631 632 フィルタ 641 642 収容槽
643 ヒーター 651 キャリアガス供給手段 652 ガス供給手段
671 光拡散レンズ 672 681 窓材