(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024125185
(43)【公開日】2024-09-13
(54)【発明の名称】水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質を吸着ないし濃縮する水処理用吸着材、及び該吸着材を用いた水処理方法、並びに該吸着材を用いた水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質濃度の測定方法
(51)【国際特許分類】
B01J 20/22 20060101AFI20240906BHJP
B01J 20/34 20060101ALI20240906BHJP
C02F 1/28 20230101ALI20240906BHJP
B01J 20/28 20060101ALI20240906BHJP
【FI】
B01J20/22 C
B01J20/34 E
C02F1/28 L
B01J20/28 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024026444
(22)【出願日】2024-02-26
(31)【優先権主張番号】P 2023032968
(32)【優先日】2023-03-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)「令和4年度 独立行政法人環境再生保全機構 環境研究総合推進費「土壌・水系における有機フッ素化合物類に関する挙動予測手法と効率的除去技術の開発」による委託研究業務産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100199691
【弁理士】
【氏名又は名称】吉水 純子
(74)【代理人】
【識別番号】100140198
【弁理士】
【氏名又は名称】江藤 保子
(74)【代理人】
【識別番号】100127513
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100206829
【弁理士】
【氏名又は名称】相田 悟
(72)【発明者】
【氏名】臼田 初穂
(72)【発明者】
【氏名】南 公隆
(72)【発明者】
【氏名】川本 徹
【テーマコード(参考)】
4D624
4G066
【Fターム(参考)】
4D624AA02
4D624AB11
4D624BA16
4D624BB01
4D624BC01
4D624DA04
4G066AB05B
4G066AB07B
4G066AB13B
4G066AB19B
4G066CA32
4G066CA33
4G066DA07
4G066GA40
(57)【要約】 (修正有)
【課題】PFASsの分配係数が大きく、pH6.8~7.8の範囲で、液/吸着材比が大きい場合においても、PFASsへの高い吸着能を有し、且つ、カラム等の固定床を必要としない水処理用吸着材、及びPFASsを吸着した該吸着材を容易に分離回収できる水処理方法、並びに該吸着材を用いたPFASsの定量方法を提供する。
【解決手段】リン脂質のベシクルを含有する、水中のPFASsを吸着ないし濃縮する水処理用吸着材、及び該吸着材を用いて水中のPFASsを吸着ないし濃縮した後、該PFASsを吸着ないし濃縮した吸着材を、凝集沈殿材を用いて分離回収する水処理方法、並びに該吸着材を用いてPFASsを定量する方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質を吸着ないし濃縮する吸着材であって、リン脂質のベシクルを含有する、水処理用吸着材。
【請求項2】
前記リン脂質が、ホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、又はホスファチジルエタノールアミンがエステル結合した、グリセロリン脂質である、請求項1に記載の水処理用吸着材。
【請求項3】
前記リン脂質が、25℃で液晶相状態である、請求項1に記載の水処理用吸着材。
【請求項4】
前記リン脂質が、2つの飽和脂肪酸基を有する、請求項1に記載の水処理用吸着材。
【請求項5】
前記リン脂質が、2つの脂肪酸基を有し、前記脂肪酸基の一方が飽和脂肪酸基であり、他方が2つ以下のシス二重結合を有する脂肪酸基である、請求項1に記載の水処理用吸着材。
【請求項6】
前記リン脂質が、2つの脂肪酸基を有し、前記脂肪酸基がいずれも1つのシス二重結合を有する不飽和脂肪酸基である、請求項1に記載の水処理用吸着材。
【請求項7】
前記リン脂質が、大豆レシチン、1,2-ジミリストイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DMPC)、1-パルミトイル-2-オレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(POPC)、1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DOPC)、及び1,2-ジパルミトイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DPPC)からなる群から選ばれる1以上である、請求項1に記載の水処理用吸着材。
【請求項8】
水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質をリン脂質のベシクルを含有する吸着材に吸着ないし濃縮させる工程、及び
前記の水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質を吸着ないし濃縮した吸着材を分離回収する工程を含む、水処理方法。
【請求項9】
前記分離回収を、凝集沈殿材を用いて行う、請求項8に記載の水処理方法。
【請求項10】
前記凝集沈殿材が、天然無機系凝集材である、請求項9に記載の水処理方法。
【請求項11】
前記凝集沈殿材が、ケイ酸塩・粘土を主成分とする凝集材、火山灰を主成分とする凝集材、又は無水石膏を主成分とする凝集材である、請求項10に記載の水処理方法。
【請求項12】
水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質をリン脂質のベシクルを含有する吸着材に吸着ないし濃縮させる工程、
前記の水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質を吸着ないし濃縮した吸着材を分離回収する工程、及び
前記分離回収した吸着材中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質を定量する工程、
を含む、水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質の濃度を測定する方法。
【請求項13】
前記分離回収を、凝集沈殿材を用いて行う、請求項12に記載の、水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質の濃度を測定する方法。
【請求項14】
前記凝集沈殿材が、天然無機系凝集材である、請求項13に記載の水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質の濃度を測定する方法。
【請求項15】
前記凝集沈殿材が、ケイ酸塩・粘土を主成分とする凝集沈殿材、火山灰を主成分とする凝集沈殿材、又は無水石膏を主成分とする凝集沈殿材である、請求項14に記載の水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質の濃度を測定する方法。
【請求項16】
請求項12に記載の方法により、水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質の濃度を測定する工程、及び
前記測定の結果に基づいて、水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質の分離回収の必要性を判断する工程
を含む、水処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質を吸着ないし濃縮する水処理用吸着材、及び該吸着材を用いた水処理方法の除去方法、並びに該吸着材を用いた水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質濃度の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ペルフルオロオクタン酸(以下、「PFOA」とする)やペルフルオロオクタンスルホン酸(以下、「PFOS」とする)に代表される、ペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質(Per-and polyfluoroalkyl substances、以下、「PFASs」とする)は、耐熱性、耐薬品性に優れ、その特性を生かして、撥水剤、表面処理剤、乳化剤、泡消化剤等に用いられてきた、産業的に有用な物質である。
一方で、PFASsは、生物学的にも化学的にも分解されにくいことから「永遠の化学物質」と呼ばれている。
【0003】
PFASsは、水や食品からの摂取により体内に取り込まれると、妊娠性高血圧、血清総コレステロールの増加、高脂血症などの健康被害を引き起こすことが報告されている。健康に悪影響を与えるPFASsは、一旦体内に取り込まれると蓄積しやすく、その特性である難分解性により体内分解されずに残存し長く影響を与える。
また、PFASsが環境中に放出されると、その疎水性から回収・除去が困難である。
【0004】
これを受けて、世界各国の機関では、環境中のPFASsに対して、数十ng/Lオーダーの基準値を設定しており、日本では暫定指針値としてPFOAとPFOSとの合計値を50ng/Lとしている。
しかしながら、世界各地で雨水などの環境水から基準値以上のPFASs濃度が検出されている(非特許文献1)。
【0005】
こうしたことから、飲料水となる浄水場の原水や家庭用の水道水等の水に含まれるPFASsを除去する技術、及び水中のPFASsの濃度を測定する技術が求められている。
【0006】
従来、活性炭が、水中のPFASsを吸着ないし濃縮できる吸着材であることは知られており、活性炭を用いて、浄水場における原水からのPFASsの分離回収や、水道水の浄化等に用いることが検討されている。
例えば、特許文献1には、PFASsを含む水を処理する方法において、正に帯電した界面活性剤が充填された活性炭を含む活性炭床を準備すること、及び前記活性炭床にPFASsを含む水を導入してPFASsの吸着を促進することが記載されている。さらに、前記活性炭床の下流側のPFASs濃度の監視、活性炭の再生、再生された活性炭への界面活性剤の再充填を含む水処理システムについても記載されている。
特許文献2には、地下水及び飲料水等からPFASs等の難除去性有機化合物汚染物質を除去する方法において、吸着リアクター内でサブミクロン粉状活性炭に汚染物質を吸着させる工程、及びセラミック膜フィルターを使用して、汚染物質を吸着したサブミクロン粉状活性炭から水を分離する工程を含むことが記載されている。
特許文献3には、PFASs分離ステージと、該PFASs分離ステージの下流に位置するPFASs排除ステージとを備えたPFASs処理スキームにおいて、PFASsの分離が粒状活性炭を含む電気化学的に活性な基板への吸着により行われること、排除ステージで、PFASs分離ステージで生成されたPFASs濃縮液を電気化学的処理により排除することが記載されている。
非特許文献2、3には、PFASsの分散係数が、105オーダーに達する可能性のある種々の活性炭について記載されている。なお、分配係数とは、吸着能の指標の1つであり、吸着材中の濃度[g/kg]/水中の濃度[g/L]で表される。
【0007】
また、特許文献4には、微量なPFASsを含有する試料を捕集材に接触させてPFASsを捕集し、捕集材に吸着されたPFASsを抽出工程によって抽出液中に脱離させ、液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS)、ガスクロマトグラフィー質量分析法(GC-MS)等で定量測定することで、試料中に含まれるPFASsの濃度測定を行うことが可能となること、及びそのために用いられる捕集材として、水試料中の希薄なPFASsを吸着する活性炭及びそれを保持するフィルター体を見出したことが記載されている。
【0008】
さらに、特許文献5では、水不溶性ポリマー表面にシクロデキストリンを担持させてなるポリマー(以下、「シクロデキストリン担持ポリマー」とする)を含有する吸着材は、水中のPFASsを選択的に吸着し、しかも吸着したPFASsを回収でき、且つ吸着材として再利用することができるとされている。
【0009】
一方、PFASs自体を減らすために、PFASsの代替品の検討もなされている。
例えば、非特許文献4には、生物蓄積性ペルフルオロアルキル酸(PFOA)の代替品の生体蓄積挙動をより正確に推定するために、生体膜の主要構成要素であるリン脂質の1つ、1-パルミトイル-2-オレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(POPC)からなるリポソームを用いて、6つのペルフルオロカルボン酸、3つのペルフルオロアルカンスルホン酸、及び4つの代替品について、膜/水分配係数(Kmem/w)を検討したことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第7196276号公報
【特許文献2】特表2022-525031号公報
【特許文献3】特表2022-535730号公報
【特許文献4】特開2022-171711号公報
【特許文献5】特許第6034403号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Ian T.Cousins,et al, Environ. Sci.Technol.2022, 56, 11172-11179.
【非特許文献2】Liu et al. Environ.Sci.: Water Res. Technol., 2019, 5, 1844-1853
【非特許文献3】Xin Xiao etal., Environ. Sci. Technol. 2017, 51, 6342-6351
【非特許文献4】Andrea Ebert, et Al.,Environ. Sci.Technol. 2020, 54, 5051-5061
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献1、3、4、又は非特許文献2、3に記載の活性炭を吸着材に用いてPFASsを除去する方法は、吸着材を保持するカラムや固定床等の部材の使用を前提としている。保持部材を使用する場合、原水(被処理水)中のPFASs濃度がある濃度で一定期間流入した後に、前記濃度よりも低い濃度で流入した場合、保持部材中の吸着材からPFASsが脱離し、原水(被処理水)よりも処理後の水中のPFASs濃度のほうが高くなってしまうことが実際に観測されている。
また、特許文献2に記載の方法は、セラミック膜フィルターを使用して、汚染物質を吸着したサブミクロン粉状活性炭から水を分離するものであるが、送液に圧力を要し、コストがかかるという課題が想定される。
【0013】
一方、特許文献5に記載のシクロデキストリン担持ポリマーからなる吸着材の吸着能は、水溶液のpHの影響を受け、中性・アルカリ性水溶液よりも酸性水溶液中で大きくなるため、液/吸着材比が10の場合でも、pH7での吸着率が37%以下であり、pHが6.8~7.8の範囲である浄水場の原水や家庭用の水道水から、PFASsを吸着ないし濃縮する吸着材として好ましい吸着材であるとはいえない。
【0014】
非特許文献4には、PFASs、及びPFASs代替品の生体への影響を調べるために、生体膜の主要構成要素であるリン脂質を用いて、膜/水分配係数(Kmem/w)を検討したことは示されている。しかし、浄水場の原水や家庭用の水道水等の水からPFASsを分離回収すること、或いは該水中に含まれるPFASsの濃度を測定することについては何ら示されていない。
【0015】
本発明は、上記の状況に鑑みてなされたものであり、PFASsの分配係数が大きく、カラムや固定床等の保持部材を使用せずともPFASsを吸着することができ、且つ、pH6.8~7.8の範囲で、液/吸着材比が大きい場合においても、PFASsへの高い吸着能を有する水処理用吸着材、及び該吸着材を用いた水処理方法、並びに該吸着材を用いた水中のPFASs濃度の測定方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、非特許文献4に記載のリポソーム(リン脂質が形成するベシクル)についてさらに検討し、リン脂質が形成するベシクルは、pH6.8~7.8の範囲で安定した形状を保ち、その流動性を維持できること、及びPFASsを吸着した後のベシクルは、凝集沈殿材により沈殿させることでPFASsを容易に回収できることを見出した。
【0017】
本発明はこれらの知見に基づいて完成にいたったものであり、以下の態様を含む。
(1)水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質を吸着ないし濃縮する吸着材であって、リン脂質のベシクルを含有する、水処理用吸着材。
(2)前記リン脂質が、ホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、又はホスファチジルエタノールアミンがエステル結合した、グリセロリン脂質である、前記(1)の水処理用吸着材。
(3)前記リン脂質が、25℃で液晶相状態である、前記(1)又は(2)の水処理用吸着材。
(4)前記リン脂質が、2つの飽和脂肪酸基を有する、前記(1)~(3)のいずれか1の水処理用吸着材。
(5)前記リン脂質が、2つの脂肪酸基を有し、前記脂肪酸基の一方が飽和脂肪酸基であり、他方が2つ以下のシス二重結合を有する脂肪酸基である、前記(1)~(3)のいずれか1の水処理用吸着材。
(6)前記リン脂質が、2つの脂肪酸基を有し、前記脂肪酸基がいずれも1つのシス二重結合を有する不飽和脂肪酸基である、前記(1)~(3)のいずれか1の水処理用吸着材。
(7)前記リン脂質が、大豆レシチン、1,2-ジミリストイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DMPC)、1-パルミトイル-2-オレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(POPC)、1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DOPC)、及び1,2-ジパルミトイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DPPC)からなる群から選ばれる1種以上である、前記(1)~(6)のいずれか1の水処理用吸着材。
(8)水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質をリン脂質のベシクルを含有する吸着材に吸着ないし濃縮させる工程、及び
前記の水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質を吸着ないし濃縮した吸着材を分離回収する工程、
を含む、水処理方法。
(9)前記分離回収を、凝集沈殿材を用いて行う、前記(8)の水処理方法。
(10)前記凝集沈殿材が、天然無機系凝集材である、前記(9)の水処理方法。
(11)前記凝集沈殿材が、ケイ酸塩・粘土を主成分とする凝集材、火山灰を主成分とする凝集材、又は無水石膏を主成分とする凝集材である、前記(10)の水処理方法。
(12)水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質をリン脂質のベシクルを含有する吸着材に吸着ないし濃縮させる工程、
前記の水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質を吸着ないし濃縮した吸着材を分離回収する工程、及び
前記分離回収した吸着材中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質を定量する工程、
を含む、水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質の濃度を測定する方法。
(13)前記分離回収を、凝集沈殿材を用いて行う、前記(12)の、水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質の濃度を測定する方法。
(14)前記凝集沈殿材が、天然無機系凝集材である、前記(13)の水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質の濃度を測定する方法。
(15)前記凝集沈殿材が、ケイ酸塩・粘土を主成分とする凝集沈殿材、火山灰を主成分とする凝集沈殿材、又は無水石膏を主成分とする凝集沈殿材である、前記(14)の水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質の濃度を測定する方法。
(16)前記(12)~(15)のいずれか1の方法により、水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質の濃度を測定する工程、及び
前記測定の結果に基づいて、水中のペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質の分離回収の必要性を判断する工程
を含む、水処理方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、リン脂質のベシクルは、PFASsの濃度に関わらず、一旦吸着したPFASsを脱離することがないので、低濃度のPFASsの吸着に有利である。また、本発明によれば、リン脂質のベシクルは、pH6.8~7.8の範囲で安定した形状を保って、その流動性を維持でき、液/吸着材比が大きい場合においても、優れた吸着能を示す。さらに、本発明の水処理用吸着材は、吸着塔やカラム等の保持部材を用いることなく、水中のPFASsを吸着ないし濃縮でき、PFASsを吸着した後は、凝集沈殿材を用いて沈殿分離させることで容易に分離回収できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明における、PFASsの、リン脂質のベシクルへの吸着の概要の模式図
【
図2】リン脂質の分子構造がPFASs吸着性能に与える影響を示す模式図
【
図3】本発明の水処理方法を用いた、浄水場における水処理の一実施形態の工程の模式図
【
図4】本発明における、水中のPFASsの濃度を測定する方法の一例の概要の模式図
【
図6】実施例3に係る水処理用吸着材へのPFASsの分配係数を示す図
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は、水中のPFASsを吸着ないし濃縮する水処理用吸着材、及び該吸着材を用いた水処理方法、並びに該吸着材を用いた水中のPFASs濃度の測定方法を提供するものである。
以下、本発明の実施形態(以下、「本実施形態」という)について、その最良の形態を含めて、さらに具体的に説明するが、本発明は、本実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載の技術的思想の範囲内であれば、その他の様々な実施の形態が含まれる。
なお、数値範囲等を「~」を用いて表す場合、その下限及び上限として記載された数値も含む。
【0021】
[水処理用吸着材]
本実施形態における水処理用吸着材は、水中のPFASsを吸着ないし濃縮する吸着材であって、リン脂質のベシクルを含有する。
本実施形態において、ベシクルを形成するリン脂質は、疎水性の尾部となる脂肪酸基と、親水性の頭部となるリン酸基のエステルを有する両親媒性化合物であって、脂肪酸基同士による疎水性相互作用によって、水中で自発的にベシクルを形成する。ここでベシクルはリン脂質が形成する二重膜からなる球状の構造体である。そのサイズに制限はないが、50nm以上1000nm未満が実際的である。通常ベシクルは水中に存在する場合は真球状であるが、流れその他の影響により真球からひずんでいてもPFASsの吸着能を有するのであれば問題はない。また、球状の一部が欠損していたり、別の物質の表面に吸着し、平板上になっていてもPFASsの吸着能を有していれば制限はない。また、ベシクルを形成する分子は一種類であることが通常であるが、二種類以上のものから形成されていてもよい。
【0022】
図1は、本実施形態における、PFASsの、リン脂質のベシクルへの吸着の概要を説明する模式図である。
図に示すように、両親媒性化合物であるPFASsは、同様の両親媒性化合物であるリン脂質が自己集合して形成する球形のベシクルの膜に吸着する。
【0023】
本実施形態において、ベシクルを形成するリン脂質としては、疎水性の尾部となる脂肪酸基と、親水性の頭部となるリン酸基のエステルとを有する両親媒性化合物であるリン脂質であれば、特に限定されないが、具体例を挙げると、グリセロリン脂質、或いはスフィンゴリン脂質等が挙げられる。
【0024】
(グリセロリン脂質)
下記の式(1)は、前記グリセロリン脂質の構造を示す式である。
該式(1)に示すように、グリセロリン脂質は、グリセロール(グリセリンともいう)を基本骨格とし、1位又は2位、若しくはその両方に脂肪酸がエステル結合して、疎水性の尾部を形成するとともに、3位にリン酸がエステル結合し、さらにリン酸にアルコールがエステル結合して、親水性の頭部を形成する構造を有している。
【0025】
【0026】
上記式(1)中、R1CO-及びR2CO-は、それぞれ脂肪酸のアシル基を表しており、以下、単に「脂肪酸基」という。
脂肪酸基の炭素数は、12以上が好ましく、12~22がより好ましい。炭素数がこの範囲のリン脂質は入手が容易であり、且つ、安定なベシクルを形成し易い。
【0027】
前記該脂肪酸基は、後述する理由により、シス型の不飽和基(シス二重結合)の数が少ない方が好ましい。具体的な脂肪酸としては、ラウリン酸(炭素数12の飽和脂肪酸)、ミリスチン酸(炭素数14の飽和脂肪酸)、パルミチン酸(炭素数16の飽和脂肪酸)、ステアリン酸(炭素数18の飽和脂肪酸)、オレイン酸(炭素数18、不飽和結合1つの不飽和脂肪酸)、リノール酸(炭素数18、不飽和結合2つの不飽和脂肪酸)などが挙げられる。
【0028】
また、上記式(1)中、Xは、アルコール残基を表しており、好ましいアルコールとしては、コリン、セリン、エタノールアミン等の窒素を含むアルコールが挙げられる。
【0029】
前記式(1)で表されるグリセロリン脂質の部分構造である、グリセロールの1位と2位に脂肪酸、3位にリン酸が結合した骨格を、ホスファチジル基といい、これに、アルコールとしてコリン、セリン、又はエタノールアミンが結合したものを、それぞれ、ホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、又はホスファチジルエタノールアミンと称す。
【0030】
以下の式(2)は、前記ホスファチジルコリンの一例である、1-パルミトイル-2-オレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(POPC)を示す式である。
【0031】
【0032】
(スフィンゴリン脂質)
下記の式(3)は、前記スフィンゴリン脂質の構造の一例を示す式である。
スフィンゴリン脂質は、「スフィンゴイド塩基」とよばれる長鎖アミノアルコールを骨格としてもつ脂質のアミノ基に脂肪酸がアミド結合して、疎水性の尾部を形成するとともに、アルコールがエステル結合したリン酸がエステル結合して、親水性の頭部を形成する構造を有している。
下記の式(3)は、スフィンゴイド塩基がスフィンゴシン(パルミチン酸とセリンが縮合して生ずる炭素数18のアミノアルコール)である場合のスフィンゴリン脂質の構造を示す。
【0033】
【化3】
[式中、R
3CO
-は、前記式(1)におけるR
1CO
-及びR
2CO
-と同様の脂肪酸のアシル基を表し、Xは、前記式(1)に記載したと同じである。]
【0034】
前記スフィンゴリン脂質の代表的な例としては、Xがコリンであるスフィンゴミエリンが挙げられる。スフィンゴミエリンは、前記のホスファチジルコリンに構造が似たものとしてよく知られている。
【0035】
本実施形態における水処理用吸着材は、これらのリン脂質のうちのいずれか1つ、或いは複数を含むものを、水中に分散させることで、ベシクルを形成させて用いられる。
【0036】
図2は、リン脂質の分子構造がPFASs吸着性能に与える影響を示す模式図である。脂肪酸基にシス二重結合が存在すると、ベシクルを形成する膜の粘性が低下し、水中での安定した形状と流動性を高める利点があることが知られている。しかし、シス二重結合は、
図2に示すように脂肪酸基に屈曲をもたらすため、直鎖構造を有するPFASsとの構造類似性が低下し、PFASsのベシクルへの取り込みが阻害される。したがって、本実施形態に係るベシクルの吸着性能を上げるためには、シス二重結合の数が少ない脂肪酸基を有するリン脂質を用いることが好ましく、シス二重結合は2以下であることが好ましい。
【0037】
例えば、具体例としては、前記式(2)に示す1-パルミトイル-2-オレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(POPC)の他、以下の式(4)に示す1,2-ジミリストイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DMPC)、以下の式(5)に示す1, 2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DOPC)、以下の式(6)に示す1,2-ジパルミトイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DPPC)、及び下記(7)に示すホスファチジルコリンを主成分とする混合物である大豆レシチン、卵黄レシチン等の天然物由来のレシチンが挙げられる。
本実施形態における水処理用吸着材においては、その入手の容易性やコストの面から、大豆レシチンや卵黄レシチンが好ましく用いられる。
【0038】
【0039】
【0040】
【0041】
【0042】
また、ベシクルを構成する膜は、形状安定性と流動性の観点からは、粘性が低い方が好ましいため、上記に挙げたシス二重結合の数が少ない脂肪酸基を有するリン脂質の中でも、さらに25℃での相状態が液晶相であるものを選択することが好ましい。
【0043】
[水処理方法]
本実施形態おける水処理方法は、水中のPFASsを、リン脂質のベシクルを含有する吸着材に吸着ないし濃縮させる工程、及び、前記の水中のPFASsを吸着ないし濃縮した吸着材を分離回収する工程、を含む。
【0044】
本実施形態における水処理方法により処理される水(被処理水)は、特に限定されず、工場や家庭からの排水から、家庭の水道水に至るまで、種々の水が含まれる。
工場や家庭からの排水中に含まれるPFASsは、河川水に排出され、続いて、取水され、浄水場を経由して飲料水として生体に取り込まれることになるため、特に、浄水場における水処理においてPFASsが取り除かれることが望ましい。
【0045】
図3は、本実施形態における水処理方法を用いた、浄水場における水処理の一実施形態の工程を示す図である。
図に示すとおり、浄水場に供給される原水、通常は、固形物などがろ過処理されて取り除かれた後の原水に、本実施形態におけるリン脂質のベシクルを含有する吸着材を投入して、該吸着材に、原水中のPFASsを吸着ないし濃縮させる。なお、図には示していないが、原水中のPFASsを吸着ないし濃縮させる工程において、原水(被処理水)を吸着タンク等に一時的に貯蔵してもよい。
【0046】
原水(被処理水)に投入する水処理用吸着材の量は、原水(被処理水)に対して、リン脂質の固形分の量で、リン脂質に対する分配係数以上が好ましい。
水処理用吸着材の量が、上記のように一定以上である場合に、本実施形態の水処理方法は、より高い除去効率を発揮する。
次いで、下流側に配置された沈殿池等の沈殿工程において、原水中のPFASsを吸着ないし濃縮したベシクル(吸着材)を含む被処理水中に沈殿凝集材を投入してベシクルを凝集沈殿させ、沈殿した吸着材を被処理水から分離回収する。
また、該沈殿工程において沈殿せずに被処理水中に残存する凝集した吸着材は、さらに下流側に設置されたろ過池等のろ過工程において、被処理水から分離回収される。
【0047】
(凝集沈殿材)
本実施形態において、PFASsを吸着ないし濃縮した吸着材を分離回収するのに用いられる凝集沈殿材としては、水への溶解度が低く処理水に残存しないものとして天然無機系凝集材が用いられ、なかでも、ケイ酸塩・粘土を主成分とする凝集材、火山灰を主成分とする凝集材、又は無水石膏を主成分とする凝集材が好ましく用いられる。
前記天然無機系凝集材によって、PFASsを吸着ないし濃縮した吸着材は、粉状活性炭又は粒状活性炭の粒径に比較して大粒径の凝集体となるため、被処理水から容易に分離することができる。
【0048】
[水中のPFASsの濃度の測定方法]
本実施形態における、水中のPFASsの濃度を測定する方法は、水中のPFASsを、リン脂質のベシクルを含有する吸着材に吸着ないし濃縮させる工程、前記の水中のPFASsを吸着ないし濃縮した吸着材を分離回収する工程、及び、前記分離回収した吸着材中のPFASsを定量する工程、を含む。
【0049】
図4は、本実施形態における、水中のPFASsの濃度を測定する方法の一例の概要を示す図である。
(ベシクル分散液の調製)
最初に、リン脂質を水中に分散させて、水中でベシクルを形成したベシクル分散液を調製する。分散方法としては、単純分散、エレクトロポーレーション、超音波処理、エクストルージョン等の方法が用いられるが、超音波処理及びエクストルージョン法による分散が好ましく用いられる。
得られたベシクル分散液のベシクルの大きさを小さくするために、後述する実施例3に記載する、凍結と融解を繰り返す方法(Freeze-thaw method)を施すこともできる。
【0050】
(混合・吸着)
容器内で、得られたベシクル分散液と、PFASsを含む水とを、所定の液/リン脂質比となるように混合した後、振とうして、ベシクルにPFASsを吸着ないし濃縮させる。
振とう時間は、用いるベシクル分散液や温度等によるが、25℃で振とうする場合、液中の濃度変化が24時間経過後に5%以内となることが好ましく、実施例3の場合、200h以上が好ましかった。
【0051】
(凝集沈殿材による分離回収)
ベシクルにPFASsを吸着ないし濃縮させた後、凝集沈殿材を添加して、遠心分離によりベシクルを沈殿させる。
凝集沈殿材の添加量は、上澄みが透明化する程度が望ましい。
遠心分離後、上澄み液を取り除き、真空乾燥させて乾燥物を得る。
【0052】
(PFASsの定量)
得られた乾燥物中のPFASs濃度を測定するため、得られた乾燥物から、アセトニトリル等の有機溶媒を用いてPFASsを抽出し、抽出されたPFASsをガスクロマトグラフィー質量分析法(GC-MS)、又は液体クロマトグラフ質量分析法(LC-MS/MS)を用いた検量線法により定量する。GC-MSを用いる場合は、PFASsは極性が高く不揮発性であるため誘導体化が必要である。
【0053】
浄水場の原水や家庭用の水道水等に含まれるPFASs濃度(mg/L)は、得られた乾燥物中のPFASs量の定量結果(mg/g)から、逆算することにより求められる。
【0054】
前記の本実施形態の測定方法によれば、水中の希薄なPFASs濃度を測定することができることから、浄水場等における水処理方法において、PFASsの分離回収の必要性の有無を判断する方法として、好ましく用いられる。
具体的には、浄水場等における水処理方法において、被処理水に含有されるPFASsの濃度を前記の本実施形態の測定方法を用いて測定し、得られた測定結果が、基準値以上か否かにより、PFASsの分離回収の必要性を判断する。
【実施例0055】
以下、実施例によって、本発明を説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。本発明の技術思想の範囲内での吸着材を用いた態様や、材料、処理条件等の変更なども全て本発明に含まれる。
【0056】
(実施例1)
本実施例では、ベシクルを形成するリン脂質の試料として、上記の式(7)で示されるホスファチジルコリンを主成分とする大豆レシチン(レシチン、大豆由来、富士フイルム和光純薬株式会社製)を用い、ベシクルを凝集沈殿させるための凝集材の検討を行った。本試料は、25℃において液晶相状態を有している。
【0057】
凝集沈殿材として、市販の有機高分子凝集材(ポリアクリル酸エステル)、及び市販の無機系凝集材を用いた。
大豆レシチン分散液(1mg/L)25mLを8試料に用意し、それぞれに凝集材25mgを添加し、1日間静置した。
一日間静置した後、上澄みが透明化しているか否かを観察したところ、有機高分子凝集材は、上澄みの透明化は観察できなかった。また、無機系凝集材で、上澄みが透明になったのは、天然無機系凝集材の、ケイ酸塩・粘土を主成分とするもの(SP-3602GP、アクト製)、火山灰を主原料とするもの(きよまる君、KBクリエイト/HALVO製)、及び無水石膏等を主成分とするもの(U-02、八千代マクロサイエンス製)であった。
【0058】
(実施例2)
本実施例では、ベシクルを形成するリン脂質として、前記の大豆レシチンを使用し、以下のようにして、凝集沈殿した大豆ベシクル(吸着材)中のPFOAの濃度を測定する(
図4参照)ことで、該大豆レシチンの分配係数を評価した。
【0059】
最初に、大豆レシチンを超音波処理により水中に分散させ、PFOA濃度51mg/L、液/大豆レシチン比:2000L/kgで混合し(大豆レシチン100mg、水200mL、PFOA19.8mg)、25℃で96時間振とうすることにより、PFOAを大豆レシチンベシクルに吸着させた。振とう後の液に、実施例1で選定した凝集沈殿材U-02、81mgを添加し、遠心分離(12000rpm)により大豆レシチンベシクルを沈殿させ、上澄みを取り除いて真空乾燥を行った。
【0060】
得られた乾燥物からアセトニトリルでPFOAを抽出するために、シクロヘキサン0.5mL,アセトン0.5mLで遠沈管を3回ずつ洗浄し、ガラス製試料管に回収した。これを真空下で乾燥させて有機溶媒を除去した。
PFOAは極性が高く揮発性が低いため、ガスクロマトグラフィー質量分析法(GC-MS)で定量できるように誘導体化を行った。誘導体化(トリメチルシリル化)は2,2,2-トリフルオロ-1-トリメチルシロキシ-N-トリメチルシリルエタンイミン(BSTFA)を5倍等量以上添加し、40℃の恒温槽で3時間静置して行った。ジクロロメタンで希釈・調製し、GC-MS測定を行った。
【0061】
GC-MS測定では、カラムとしてHP-5MS(30m×0.25mm×0,25μμm)を用いた。GC側の気化室温度は200℃、オーブン温度は50℃で2分、25℃/分で220℃に昇温、220℃で4分保持した。インジェクション体積は1μLで分離した。MS側では、70eVのイオン化電圧で電子イオン化し、m/z=79、保持時間3.630minのピークを定量に用いた。
【0062】
その結果、大豆レシチンベシクル(吸着材)中のPFOA濃度は18mg/gであることがわかった。
大豆レシチンベシクルに吸着された分だけ、液中のPFOAが減少したとすると吸着後の液中PFOA濃度は、4.3mg/Lである。これを大豆レシチンベシクル中のPFOA濃度で除すと、PFOAの大豆レシチンベシクルへの分配係数は、2×106L/kgであり、活性炭の分配係数(非特許文献2,3参照)とほぼ等しく、また、浄水場でバッチ処理により吸着させた後、沈殿させて回収する場合の分配係数の目標値である、>2×105L/kgも達成できた。
【0063】
(実施例3)
本実施例では、ベシクルを形成するリン脂質として、以下の表に示す4種類の試料(いずれもAvanti Polar Lipids社製、式は既述)それぞれについて、PFASsの各濃度における各4つのサンプルを作製し、その吸着性能を、半透膜で仕切られた透析セルを用いて評価した。各試料は、DPPC以外のベシクルは25℃において、液晶相状態を呈しており、DPPCベシクルはゲル相状態を呈している。
【0064】
【0065】
図5は、本実施例に用いた透析セルの模式図であり、右側が試験セル、左側が参照セルを示す。
透析セルは、A側とB側が孔径2.5nmの半透膜(セルロース)により仕切られている。
リン脂質のベシクルは半透膜を通過しないが、PFASsは半透膜を通過する。そのため、透析セルのA側にPFASsを含有する液を入れ、B側にリン脂質のベシクルを入れて振とうすると、A側のPFASs濃度とB側のベシクルに吸着されなかったPFASs濃度とは、平衡に達して等しくなる。
【0066】
そこで、最初に4種のリン脂質をそれぞれ超音波処理により水中に分散させて、ベシクルを形成させた。
形成されたベシクルの大きさを小さくするために、液体窒素を用いた凍結(5分)と融解(10~15分)を10回繰り返し、エクストルージョン法により100nmのフィルターにベシクルを通過させた。
【0067】
前記のフィルターを通過させて得られたベシクル分散液を、濃度1.67g/L、液/リン脂質比587:1に調製し、試験セルのA側に3mL入れた。
B側には、各種濃度(0.1~105μg/L)の、PFOA水溶液又はPFOS水溶液を、それぞれ3mL入れて、各種濃度毎の試験セルを用意し、3週間振とうした。
【0068】
参照セルは、平衡に達したことを確認するためのものであり、A側に水のみを入れたこと以外は、前記試験セルと同様とした。
振とう後の参照セルのA側及びB側からそれぞれ液1mLを採取し、液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS/MS)を用いてPFOA又はPFOS濃度を測定して、両液が同じ濃度であることで、平衡に達したことを確認した。
【0069】
参照セルで平衡に達したことを確認した後、前記試験用セルのB側から液1mLをそれぞれ採取し、液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS/MS)を用いて、PFOA又はPFOSの濃度を測定した。
【0070】
測定の結果、得られたB側のPFOA又はPFOSの濃度を吸着されずに液中に残っているPFOA又はPFOSの濃度とし、初期濃度との差から吸着されたPFOA又はPFOSの総量を算出した。ベシクルに吸着されたPFOA又はPFOSの量をA側の仕込んだベシクルの質量で除して単位質量あたりの吸着量を算出した。液中に残っているPFOA又はPFOSの濃度を単位質量あたりの吸着量で除して、ベシクルへのPFOA、PFOSの分配係数K
dを求めた。
結果を
図6に示す。右の凡例の上4つはPFOSに、下4つはPFOAに対応する。
【0071】
図6に示すとおり、DMPC、POPC、DOPC、及びDPPCのいずれにおいても、PFOSのK
dはPFOAのK
dよりも大きく、PFOSの場合、K
dは10
5L/kgに達し、PFOAの場合、K
dは10
3L/kg近傍であった。
また、PFOAのK
dは、PFOAの濃度によらず、比較的一定であったが、PFOSのK
dは、PFOSの低濃度側で大きいことがわかった。
【0072】
ベシクルの相状態が液晶相であるDMPC、POPC、DOPCで比較すると、KdはDMPC、POPC、DOPCの順に小さくなる。DMPC、POPC、DOPCそれぞれの疎水性の尾部に含まれるシス二重結合の数は、0個、1個、2個であることから、疎水性の尾部に含まれるシス二重結合が少ないほうがPFOAとPFOSをよく吸着することがわかった。
疎水性の尾部に二重結合を持たないDMPCとDPPCで比較すると、DMPCの場合のほうがKdは大きい。実験を行った温度25℃において、DMPCベシクルは液晶相であり、DPPCベシクルはゲル相であることから、液晶相のベシクルのほうがPFOAとPFOSをよく吸着することがわかった。
【0073】
以上の結果から、液晶相のベシクルの場合は、それを構成する両親媒性化合物の疎水性の尾部に含まれるシス二重結合の数が少ないほうが直鎖のPFASsをよく吸着すると考えられる。これはシス二重結合の存在が疎水性の尾部を屈曲させることで、直鎖のPFASsと疎水性の尾部との類似性を低下させ、吸着された際の分子間相互作用を低減させたためだと予想される。
また、ゲル相のベシクルよりも液晶相の場合のほうがPFASsをよく吸着すると考えられる。これはゲル相ではベシクルが硬い膜であることで、PFASsが膜に取り込まれにくいためだと予想される。
本発明によれば、PFASsの分配係数が高く、低濃度のPFASsの吸着に有利であるばかりでなく、液中のPFASsを吸着後、凝集沈殿させることにより簡便に分離回収することができる。したがって、本発明の方法を用いることで、簡便な方法で、飲料水となる浄水場の原水や家庭用の水道水等に含まれるPFASsを環境基準値である数十ng/L以下にすることができる。また、本発明の方法を用いて、PFASs濃度が数十ng/L程度の希薄な水におけるPFASs濃度を、簡便に測定することができる。