(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024125902
(43)【公開日】2024-09-19
(54)【発明の名称】潤滑油膜の劣化評価方法、発錆監視装置、発錆監視システム、及びこれらに用いられる潤滑油組成物
(51)【国際特許分類】
G01N 17/00 20060101AFI20240911BHJP
G01N 17/04 20060101ALI20240911BHJP
G01N 33/30 20060101ALI20240911BHJP
G01N 27/00 20060101ALI20240911BHJP
【FI】
G01N17/00
G01N17/04
G01N33/30
G01N27/00 L
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023034028
(22)【出願日】2023-03-06
(71)【出願人】
【識別番号】000183646
【氏名又は名称】出光興産株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100114409
【弁理士】
【氏名又は名称】古橋 伸茂
(74)【代理人】
【識別番号】100128761
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 恭子
(74)【代理人】
【識別番号】100194423
【弁理士】
【氏名又は名称】植竹 友紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100158481
【弁理士】
【氏名又は名称】石原 俊秀
(74)【代理人】
【識別番号】100217663
【弁理士】
【氏名又は名称】末広 尚也
(74)【代理人】
【識別番号】100147762
【弁理士】
【氏名又は名称】藤 拓也
(72)【発明者】
【氏名】長瀬 直樹
【テーマコード(参考)】
2G050
2G060
【Fターム(参考)】
2G050AA01
2G050AA02
2G050BA03
2G050EB02
2G060AA05
2G060AE30
2G060AF02
2G060AG03
2G060AG06
2G060EA08
(57)【要約】
【課題】潤滑油膜の劣化評価方法、及び潤滑油組成物が塗布された対象物の発錆を監視する発錆監視装置、発錆監視システム、及びこれらに用いられる潤滑油組成物を提供する。
【解決手段】発錆監視システム10は、発錆監視装置100と、潤滑油組成物が適用される実部品200とを主に備える。発錆監視装置100は、実際に潤滑油組成物が適用される実部品に取り付けられるACM型腐食センサ110と、ACM型腐食センサ110から流れる電流を測定する電流計120とを主に備える。ACM型腐食センサ110は、絶縁層111と、導電層112と、導電層112の上に設けられた銅箔113とを主に備える。絶縁層111は、例えばエポキシ樹脂系絶縁ペーストから成り、実部品200上に接触して取り付けられる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
実際に潤滑油組成物が適用される実部品にセンサを取り付けるステップと、
前記センサに電流計を接続するステップと、
前記センサに前記潤滑油組成物を塗油するステップと、
前記実部品を曝露すべき所定の環境に、前記実部品に取り付けられた前記センサを曝露するステップと、
前記電流計に流れる電流値を検出するステップと
を備える潤滑油膜の劣化評価方法。
【請求項2】
前記電流値が所定値以上となる期間が所定期間以上であるときに、前記潤滑油膜が劣化したと評価するステップをさらに備える請求項1に記載の潤滑油膜の劣化評価方法。
【請求項3】
前記センサはACMセンサである、請求項1又は2に記載の潤滑油膜の劣化評価方法。
【請求項4】
前記実部品と前記センサとの接触面積は、1cm2以上である、
請求項1から3のいずれかに記載の潤滑油膜の劣化評価方法。
【請求項5】
前記潤滑油組成物は、基油に、酸化防止剤、金属不活性化剤、及び防錆剤から選ばれる少なくとも1種の添加剤を含む防錆油である、請求項1~4のいずれかに記載の潤滑油膜の劣化評価方法。
【請求項6】
前記潤滑油組成物は、前記センサに0.1μm以上10μm以下の厚みで塗布される、請求項1~5のいずれかに記載の潤滑油膜の劣化評価方法。
【請求項7】
前記実部品は気孔を有する金属材料を含む部品である、請求項1~6のいずれかに記載の潤滑油膜の劣化評価方法。
【請求項8】
前記実部品は多孔質金属材料を含む部品である、請求項1~7のいずれかに記載の潤滑油膜の劣化評価方法。
【請求項9】
前記実部品は焼結により製作される多孔質体である、請求項1~8のいずれかに記載の潤滑油膜の劣化評価方法。
【請求項10】
前記実部品は焼結により形成された焼結部品である、請求項1~9のいずれかに記載の潤滑油膜の劣化評価方法。
【請求項11】
前記所定の環境は、前記実部品を単体で保管する環境である、請求項1~10のいずれかに記載の潤滑油膜の劣化評価方法。
【請求項12】
実際に潤滑油組成物が適用される実部品に取り付けられるセンサと、
前記センサから流れる電流を測定する電流計と
を備える発錆監視装置であって、
前記センサは、絶縁層と導電層とを備え、
前記絶縁層は前記実部品に接触して取り付けられ、前記導電層は、前記実部品との間に前記絶縁層を挟むように、前記絶縁層に取り付けられ、
前記導電層と前記実部品との間の絶縁抵抗は10MΩ以上である
発錆監視装置。
【請求項13】
前記実部品は気孔を有する金属材料を含む部品である、請求項12に記載の発錆監視装置。
【請求項14】
前記実部品は多孔質金属材料を含む部品である、請求項12又は13に記載の発錆監視装置。
【請求項15】
前記実部品は焼結により製作される多孔質体である、請求項12~14のいずれかに記載の発錆監視装置。
【請求項16】
前記実部品は焼結により形成された焼結部品である、請求項12~15のいずれかに記載の発錆監視装置。
【請求項17】
前記実部品と前記絶縁層との接触面積は、1cm2以上である、請求項12~16のいずれかに記載の発錆監視装置。
【請求項18】
前記導電層の幅は2mm以上であり、隣接する前記導電層との間隔は2mm以上であり、前記絶縁層の幅は2mm以上であり、又は前記絶縁層の厚さは20μm以上である、請求項12~17のいずれかに記載の発錆監視装置。
【請求項19】
請求項12~18のいずれかに記載の発錆監視装置と、
実際に潤滑油組成物が適用される実部品と
を備える発錆監視システム。
【請求項20】
請求項1~11のいずれかに記載の潤滑油膜の劣化評価方法、請求項12~18のいずれかに記載の発錆監視装置、または請求項19に記載の発錆監視システムに用いられる潤滑油組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑油膜の劣化評価方法、及び潤滑油組成物が塗布された対象物の発錆を監視する発錆監視装置、発錆監視システム、及びこれらに用いられる潤滑油組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
大気腐食センサ、例えばACM(Atmospheric Corrosion Monitor)型腐食センサを鋼製基板上に接合し、これに塗布された潤滑油組成物の劣化度を評価する、潤滑油組成物の劣化度評価方法が知られている。大気腐食センサの表面に塗布された潤滑油組成物が劣化すると大気腐食センサに微弱な電流が流れ、この電流を検出して潤滑油組成物の劣化度を推定する。これにより、防錆油のような薄膜状に塗布される潤滑油組成物の劣化度を評価する(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、実際に発錆を観測したい物品の構成が鉄製基板の構成と異なると、実際の物品が発錆したときに、鉄製基板が発錆していないことがある。このような物品の発錆を観測するために、鉄製基板を用いても、発錆を正確に監視することができない。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、潤滑油膜の劣化評価方法、及び潤滑油組成物が塗布された対象物の発錆を監視する発錆監視装置、発錆監視システム、及びこれらに用いられる潤滑油組成物を提供する。具体的な本発明の態様としては、下記[1]~[20]のとおりである。
[1]
実際に潤滑油組成物が適用される実部品にセンサを取り付けるステップと、
前記センサに電流計を接続するステップと、
前記センサに前記潤滑油組成物を塗油するステップと、
前記実部品を曝露すべき所定の環境に、前記実部品に取り付けられた前記センサを曝露するステップと、
前記電流計に流れる電流値を検出するステップと
を備える潤滑油膜の劣化評価方法。
[2]
前記電流値が所定値以上となる期間が所定期間以上であるときに、前記潤滑油膜が劣化したと評価するステップをさらに備える態様1に記載の潤滑油膜の劣化評価方法。
[3]
前記センサはACMセンサである、態様1又は2に記載の潤滑油膜の劣化評価方法。
[4]
前記実部品と前記センサとの接触面積は、1cm2以上である、
態様1から3のいずれかに記載の潤滑油膜の劣化評価方法。
[5]
前記潤滑油組成物は、基油に、酸化防止剤、金属不活性化剤、及び防錆剤から選ばれる少なくとも1種の添加剤を含む防錆油である、態様1~4のいずれかに記載の潤滑油膜の劣化評価方法。
[6]
前記潤滑油組成物は、前記センサに0.1μm以上10μm以下の厚みで塗布される、態様1~5のいずれかに記載の潤滑油膜の劣化評価方法。
[7]
前記実部品は気孔を有する金属材料を含む部品である、態様1~6のいずれかに記載の潤滑油膜の劣化評価方法。
[8]
前記実部品は多孔質金属材料を含む部品である、態様1~7のいずれかに記載の潤滑油膜の劣化評価方法。
[9]
前記実部品は焼結により製作される多孔質体である、態様1~8のいずれかに記載の潤滑油膜の劣化評価方法。
[10]
前記実部品は焼結により形成された焼結部品である、態様1~9のいずれかに記載の潤滑油膜の劣化評価方法。
[11]
前記所定の環境は、前記実部品を単体で保管する環境である、態様1~10のいずれかに記載の潤滑油膜の劣化評価方法。
[12]
実際に潤滑油組成物が適用される実部品に取り付けられるセンサと、
前記センサから流れる電流を測定する電流計と
を備える発錆監視装置であって、
前記センサは、絶縁層と導電層とを備え、
前記絶縁層は前記実部品に接触して取り付けられ、前記導電層は、前記実部品との間に前記絶縁層を挟むように、前記絶縁層に取り付けられ、
前記導電層と前記実部品との間の絶縁抵抗は10MΩ以上である
発錆監視装置。
[13]
前記実部品は気孔を有する金属材料を含む部品である、態様12に記載の発錆監視装置。
[14]
前記実部品は多孔質金属材料を含む部品である、態様12又は13に記載の発錆監視装置。
[15]
前記実部品は焼結により制作される多孔質体である、態様12~14のいずれかに記載の発錆監視装置。
[16]
前記実部品は焼結により形成された焼結部品である、態様12~15のいずれかに記載の発錆監視装置。
[17]
前記実部品と前記絶縁層との接触面積は、1cm2以上である、態様12~16のいずれかに記載の発錆監視装置。
[18]
前記導電層の幅は2mm以上であり、隣接する前記導電層との間隔は2mm以上であり、前記絶縁層の幅は2mm以上であり、又は前記絶縁層の厚さは20μm以上である、態様12~17のいずれかに記載の発錆監視装置。
[19]
態様12~18のいずれかに記載の発錆監視装置と、
実際に潤滑油組成物が適用される実部品と
を備える発錆監視システム。
[20]
態様1~11のいずれかに記載の潤滑油膜の劣化評価方法、態様12~18のいずれかに記載の発錆監視装置、または態様19に記載の発錆監視システムに用いられる潤滑油組成物。
【発明の効果】
【0006】
本発明の好適な一態様である、潤滑油膜の劣化評価方法、及び潤滑油組成物が塗布された対象物の発錆を監視する発錆監視装置、発錆監視システム、及びこれらに用いられる潤滑油組成物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】本発明による発錆監視システムの一例を示す概略図である。
【
図2】本発明による発錆監視システムの一例を示す概略図である。
【
図3】本発明による発錆監視システムの一例を示す概略図である。
【
図4】従来の鋼板センサと本発明による発錆監視システムにおける湿度と電流値との関係を示すグラフである。
【
図5】防錆油が適用されない従来の鋼板センサと本発明による発錆監視システムの電流値を示すグラフである。
【
図6】短期防錆油が適用された従来の鋼板センサと本発明による発錆監視システムの電流値を示すグラフである。
【
図7】長期防錆油が適用された従来の鋼板センサと本発明による発錆監視システムの電流値を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[発錆監視システム]
まず、
図1を用いて、本発明の一実施形態による発錆監視システム10について説明する。
図1(A)は、発錆監視システム10をACM型腐食センサ110側から見た平面概略図であり、
図1(B)は、ACM型腐食センサ110のB-B断面を示す断面概略図である。なお、本明細書、特許請求の範囲、及び図面では、発錆を腐食ともいい、防錆を防食ともいう。
【0009】
本発明による発錆監視システム10は、発錆監視装置100と、潤滑油組成物が適用される実部品200とを主に備える。
【0010】
発錆監視装置100は、実際に潤滑油組成物が適用される実部品に取り付けられるACM型腐食センサ110と、ACM型腐食センサ110から流れる電流を測定する電流計120とを主に備える。
【0011】
ACM型腐食センサ110は、絶縁層111と、導電層112と、導電層112の上に設けられた銅箔113とを主に備える。絶縁層111は、例えばエポキシ樹脂系絶縁ペーストから成り、実部品200上に接触して取り付けられる。絶縁層111を実部品200上に取り付けるには、例えば、エポキシ樹脂系絶縁ペーストをIC用精密スクリーン印刷機を用いて実部品200に印刷(塗布)し、硬化させる。このようなエポキシ樹脂系絶縁ペーストとしては、例えばグレース・ジャパン社製、アミコンME-990J#BN(樹脂:エポキシ系、フィラー:BN)などが好適である。導電層112は、例えば導電ペーストから成り、実部品200との間に絶縁層111を挟み、かつ実部品200との絶縁が保たれるように絶縁層111上に取り付けられる。導電層112を絶縁層111上に取り付けるには、例えば、導電ペーストをIC用精密スクリーン印刷機を用いて絶縁層111上に印刷(塗布)し、硬化させる。このような導電ペーストとしては、例えばグレース・ジャパン社製、アミコンC‐990J#585(樹脂:エポキシ系、フィラー:Ag)などが好適である。導電層112と実部品200との間の絶縁抵抗は、乾燥状態で10MΩ以上であることが好ましい。
【0012】
銅箔113は、導電層112に電気的に接合され、また配線121を介して電流計120に電気的に接続される。電流計120は、無抵抗電流計であって、電流の測定範囲は少なくとも0.1nA以上10mA以下であり、分解能は、0.1nA以上10μA以下の測定範囲では少なくとも0.1nAであり、1μA以上1mA以下の測定範囲では少なくとも1μAであることが好ましい。このような電流計として、「株式会社シュリンクス」製のモデル名「SACM-311B」が好ましい。
【0013】
実部品200は、鉄粉を焼結により成形して得られる焼結部品、例えば歯車、軸受部材等であり、発錆監視装置100を用いた発錆の測定時に、実際の保管時に塗布される潤滑油組成物が塗布される。潤滑油組成物は、例えば防錆油等である。
【0014】
発錆監視システム10に対して防錆油等を塗布するには、任意の方法が採用できる。例えば、刷毛塗りあるいはスプレーによる噴霧が好適である。ここで、焼結部品は、その製造上の都合により、表面や内部に無数の気孔を有するところ、部品表面の気孔近傍は結露し易く、また表面の気孔から内部に水分が浸入し易く、これらに起因する水分が焼結部品に錆を生じさせるおそれがある。そこで、防錆油等を塗布する際には、部品形状、部品の材質、保管方法、及び/又は保管条件等に応じて要求される防錆性能を発揮する、適正な油膜厚みを形成するように、防錆油等を塗布する。また、水が透過してしまう油膜厚さは、防錆油等の種類によって異なる。そこで、防錆油等の種類に応じて、少なくとも水が透過しない程度の油膜厚さを確保する。防錆油等の塗布厚みは、電流値の測定精度の観点、および防錆油等の劣化度合いの判定精度の観点より0.1μm以上10μm以下が好ましい。
【0015】
図2を参照して、絶縁層111、導電層112、及び実部品200の寸法について説明する。導電層112の幅A、絶縁層111の幅B、絶縁層111の厚さCは、JIS Z 2384:2019に可能な限り合致させるとともに、実部品200と絶縁層111との接触面積ができるだけ広くなるように決定される。例えば、導電層112の幅Aは2mm以上であることが好ましく、絶縁層111の幅Bは2mm以上であることが好ましく、絶縁層111の厚さCは、20μm以上であることが好ましく、実部品200と絶縁層111との接触面積は、1cm
2以上であることが好ましい。また、隣接する導電層112どうしの間隔は2mm以上であることが好ましい。なお、実部品200と絶縁層111との接触面積の上限は、実部品200の表面積である。また、電層112の幅A、絶縁層111の幅B、及び絶縁層111の厚さCに関する上記値は、本願発明において必須の要件でなく、実部品によって最適な値が決定されてもよい。
【0016】
図3は、焼結部品から成る歯車を実部品200として用いた例を示す。歯車200の回転軸に直交する面201にACM型腐食センサ110を適用した。面201の一部に、絶縁層111と、導電層112と、導電層112の上に設けられた銅箔113とを、前述の手法で適用した。
【0017】
〔潤滑油膜の劣化評価方法〕
防錆油等を塗布した後の発錆監視システム10を、適当な環境下に所定時間放置する。適当な環境下は、実際に防錆油等を使用する環境下、あるいはそれに近い環境下であり、いいかえると実部品200を単体で保管する環境下である。
【0018】
劣化評価方法は、次のように実行される。まず、実部品にセンサを取り付けるステップとして、実際に防錆油等が適用される実部品200に、ACM型腐食センサ110を取り付ける。次に、電流計を接続するステップとして、ACM型腐食センサ110に電流計120を接続する。そして、塗油するステップとして、ACM型腐食センサ110に防錆油等を塗油する。次に、曝露するステップとして、実部品200を曝露すべき所定の環境に、実部品200に取り付けられたACM型腐食センサ110を曝露して、放置する。そして、電流値を検出するステップとして、電流計120が、ACM型腐食センサ110から流れてくる電流値、すなわち電流計120に流れる電流値を検出する。そして、評価するステップとして、この電流値が所定値以上となる期間が所定期間以上であるときに、防錆油膜が劣化したと評価する。これをいいかえると、電流計120が電流を検出した期間が所定期間以上であるときに、潤滑油膜が劣化したと評価する。
【0019】
防錆油膜が劣化すると、油膜が不完全となって、腐食因子、例えば塩化物や硫化物等の電解質を含む水が部品表面に結露、あるいは腐食因子、例えば塩化物や硫化物等の電解質が付着した部品表面に水が結露して水膜を作り(
図2の「結露水」参照)、これにより導電層112と実部品200(あるいは鋼板)との間に微弱なカルバニック電流が流れ、この電流が継続して流れると実部品200(あるいは鋼板)に腐食を生じる。この継続して電流が検出される時点をもって潤滑油膜が劣化したと評価し、潤滑油膜の寿命が尽きたと判断する。これにより、目視可能な腐食に進展する前に防食対策を施すことが可能になり、これをもって部品の錆を防止できる。
【0020】
特許文献1では潤滑油の劣化度を評価しているところ、潤滑油組成物そのものが劣化変質しても、実部品上の油膜が劣化していなければ、油膜を介して水分が実部品200に達せず、実部品200に錆が発生しない。すなわち、潤滑油組成物の劣化変質は発錆に必須の条件ではない。そこで、本願による劣化評価方法では、潤滑油組成物の劣化ではなく、潤滑油膜の劣化を評価する。潤滑油膜の劣化は、何らかの要因で防錆効果発揮に必要な油膜が不安定になることである。この何らかの要因として、油膜の薄膜化、水や塩化物等が油膜に侵入してしまうことが考えられる。
【0021】
また、特許文献1が開示する潤滑油の劣化度評価方法(以下、従来の劣化度評価方法ともいう)では、実部品200に代えてJISZ 2384:2019に示される市販の鋼板を用いており、実際に潤滑油を適用して保管される実部品とは材質・形状・表面状態が異なる。これらの材質・形状・表面状態は、潤滑油膜の劣化状況に影響を与えるため、従来の劣化度評価方法により評価された劣化傾向は、実際に潤滑油を適用して保管される実部品における潤滑油膜の劣化傾向と異なるおそれがある。また、従来の劣化度評価方法は、潤滑油膜の寿命予測を行うものであり、実部品の防食状態を監視するものではない。特に、焼結部品のような多数の気孔を有する部品においては、その表面積が広いことによって大気中の水分が結露し易く、また防錆油が気孔まで行き渡らないことにより防錆油膜を形成し難いため、従来の劣化度評価方法のように鋼板を用いた評価との解離が大きい。しかしながら、本願発明によれば、実部品200にACM型腐食センサ110を取り付けて潤滑油膜の劣化を評価するため、ACM型腐食センサ110が取り付けられない実部品における潤滑油膜の劣化傾向との解離がない。
【0022】
また、潤滑油膜が劣化した直後に実部品200(あるいは鋼板)が発錆することがわかっている。そのため、実部品200(あるいは鋼板)の発錆を評価すれば、防錆油膜の劣化状態を評価できる。
【0023】
後述する実験結果では、実部品200を用いて測定した電流値は、前述した鋼板を用いて測定した電流値よりも発錆しているときの電流値に近いことがわかった。そのため、防錆油膜の劣化状態もまた、前述した鋼板を用いて測定した電流値よりも発錆しているときの電流値に近いことがわかった。
【0024】
次に、
図4を用いて、本発明の有効性について検討した実験結果について説明する。
【0025】
まず、ACM型腐食センサ110に5%NaCl水溶液を0.2ml相当滴下し、10mg/m
2程度付着させる。次に、これを40℃に設定した恒温恒湿槽内に設置し、相対湿度を90%から40%まで5%刻みで下降させる。そして、相対湿度が40%に到達後、40%の相対湿度が10分間変化しないことを確認した後に、電流値を測定した。相対湿度が10分間変化しないことを確認するのは、使用される恒温槽の種類により相対湿度が安定するまでの時間が異なるためである。次に、恒温恒湿槽の扉を開け、槽内のウイックをイオン水で濡らし、その後、相対湿度を90%まで5%刻みで降下させ、各湿度にて40分保持した後の電流値を測定した。この手法を、特許文献1が開示する潤滑油の劣化度評価方法(以下、従来の劣化度評価方法ともいう)にて用いられた鋼板と、実部品200とに適用し、得られた電流値を
図4に示す。
【0026】
図4において、「△」(三角形)を用いて示された点は、JISG3141のSPCC-SD鋼板に発錆監視装置100を取り付けた発錆監視システムが発錆しているときの周囲の相対湿度と電流値出力との関係を示すものであり、「□」(四角形)及び「○」(丸形)を用いて示された点は、実部品200が発錆しているときの周囲の相対湿度と電流値出力との関係を示すものである。
図4を参照すると、この実験結果によれば、実部品200を用いて測定した値は、鋼板を用いて測定した値よりも発錆しているときの値に近いことがわかった。
【0027】
上述した発錆監視システム10を用いることにより、薄膜状で使用される潤滑油膜の劣化度、及び実部品200の発錆を簡便に評価することができる。
また、発錆監視システム10を、発錆監視装置100が取り付けられていない他の実部品と共に保管すれば、他の実部品の発錆を予測及び検知することができる。
【0028】
なお、大気腐食センサとしては、必ずしもACM型腐食センサには限られない。潤滑油をセンサ部に塗布可能な大気腐食センサであれば、本発明の劣化度評価方法に適用可能である。
【0029】
本発明の劣化度評価方法の測定対象となる潤滑油組成物は、例えば、基油に、酸化防止剤、金属不活性化剤、及び防錆剤から選ばれる少なくとも1種の添加剤を含む防錆油が挙げられる。
【0030】
基油としては、鉱油及び合成油から選ばれる1種以上が挙げられる。
鉱油としては、例えば、パラフィン系原油、中間基系原油、ナフテン系原油等の原油を常圧蒸留して得られる常圧残油;これらの常圧残油を減圧蒸留して得られる留出油;当該留出油を、溶剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、接触脱ろう、及び水素化精製等の精製処理を1つ以上施して得られる精製油;等が挙げられる。
合成油としては、例えば、α-オレフィン単独重合体、又はα-オレフィン共重合体(例えば、エチレン-α-オレフィン共重合体等の炭素数8~14のα-オレフィン共重合体)等のポリα-オレフィン;イソパラフィン;ポリアルキレングリコール;ポリオールエステル、二塩基酸エステル等のエステル系油;ポリフェニルエーテル等のエーテル系油;アルキルベンゼン;アルキルナフタレン;天然ガスからフィッシャー・トロプシュ法等により製造されるワックス(GTLワックス(Gas To Liquids WAX))を異性化することで得られる合成油(GTL)等が挙げられる。
【0031】
酸化防止剤としては、例えば、アルキル化ジフェニルアミン、フェニルナフチルアミン、アルキル化フェニルナフチルアミン等のアミン系酸化防止剤;2、6-ジ-t-ブチルフェノール、4,4’-メチレンビス(2,6ージーtーブチルフェノール)、イソオクチル-3-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート、n-オクタデシル-3-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート等のフェノール系酸化防止剤;等が挙げられる。」
【0032】
金属不活性化剤としては、例えば、ベンゾトリアゾール、イミダゾリン、ピリミジン誘導体、チアジアゾール、チアジアゾール等が挙げられる。
【0033】
防錆剤としては、例えば、アルキルベンゼンスルフォネート、ジノニルナフタレンスルフォネート、アルケニルコハク酸エステル、多価アルコールエステル、酸化ワックス誘導体等が挙げられる。
【0034】
潤滑油組成物には、上記以外にも、例えば、粘度指数向上剤、流動点降下剤、金属清浄剤、分散剤、極圧剤、消泡剤等の添加剤を含有してもよい。
【実施例0035】
次に、実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明する。なお、本発明はこれらの実施例の記載内容に何ら制限されるものではない。
【0036】
〔防錆油の調製〕
以下に示す3種類の防錆油を調製した。
<短期防錆油>
市販防錆油であるダフニーオイルコートRL55(出光興産株式会社製)
<長期防錆油>
市販防錆油であるダフニースーパーコートPM1(出光興産株式会社製)
【0037】
〔ACM型腐食センサ〕
焼成部品である実部品200に発錆監視装置100を取り付けた発錆監視システム10(以下、焼結センサという)と、JISG3141のSPCC-SD鋼板に発錆監視装置100を取り付けた発錆監視システム(以下、鋼板センサという)とを所定台数製作した。
【0038】
〔評価方法〕
焼結センサ及び鋼板センサに、塗布量が2g/m2となるように、短期防錆油又は長期防錆油を各々塗布した。また、防錆油を塗布しない焼結センサ及び鋼板センサを用意した。
次に、これらの焼結センサ及び鋼板センサを沖縄県にて露天に暴露した。鋼板センサについては、2021年6月25日0時~2022年4月12日23時50分まで曝露されて、毎時00分、10分、20分、30分、40分、及び50分に電流値を測定し、焼結センサについては、2022年7月21日0時~2022年9月28日11時50分まで曝露されて、毎時00分、10分、20分、30分、40分、及び50分に電流値を測定した。なお、焼結センサについては、2022年9月28日11時50分以降、本願出願日においてなお曝露中である。そして1日毎に焼結センサ及び鋼板センサ表面の錆びの有無を目視観察するとともに、電流値を記録した。
【0039】
〔評価結果〕
(鋼板センサ及び焼結センサに関する目視による錆外観)
無塗油の鋼板センサ及び焼結センサについては、1日目に錆が認められた。
短期防錆油を塗布された鋼板センサについては、49日目に錆が認められ、焼結センサについては1日目に錆が認められた。
長期防錆油を塗布された鋼板センサについては、238日目に錆が認められ、焼結センサについては90日経過後も錆びが認められなかった。
【0040】
(焼結センサ及び鋼板センサにおける出力電流値)
図5~7に、鋼板センサ及び焼結センサについて、試験日数と電流値との関係を表すグラフを示す。これらのグラフは、各測定点の以前200点及び以後200点、合計399点の電流値の移動平均値を各測定点での電流値として示している。なお、以前及び以後の測定点が200点に満たない場合には、確保しうる最大の測定点の移動平均値を各測定点での電流値とした。これにより、防錆油により形成される防錆膜の健全性(破瓜状態)の経時変化を示すものではない、各センサ表面の一時的な可逆的変化によるスパイク状のデータの影響を排除した。
図5は、無塗油の鋼板センサ及び焼結センサについて、試験日数と電流値との関係を表すグラフである。
鋼板センサでは、1日目に錆が認められたところ、1日目からおよそ30日目まで中程度の電流値が続き、およそ30日目を過ぎた日に電流値がさらに上昇した。錆により中程度の電流値が出力された(
図5(a)参照)。
焼結センサでは、1日目に錆が認められたところ、1日目から高い電流値が出力された(
図5(b)参照)。
鋼板センサでは、1日目から中程度の電流値が検出されたものの、この電流値は焼結センサにおける電流値よりも低く、鋼板センサをもって焼結部品の発錆を予測することはできないことがわかった。焼結センサでは、1日目から高い電流値が出力されたため、焼結部品の発錆を予測可能であることがわかった。
【0041】
図6は、短期防錆油を適用した鋼板センサ及び焼結センサについて、試験日数と電流値との関係を表すグラフである。
鋼板センサでは、49日目に錆が認められたところ、31日目に電流値が上昇した(
図6(a)参照)。
焼結センサでは、1日目に錆が認められたところ、1日目から高い電流値が出力された(
図6(b)参照)。
鋼板センサでは、電流値が上昇した日にちが発錆日よりも早いため、鋼板センサは、鋼板の発錆日を予測することが可能であることがわかった。一方、鋼板センサでは、31日目に電流値の上昇が検出されており、これは焼結部品の発錆日よりもはるかに遅いため、鋼板センサは焼結部品の発錆を予測不可能であることがわかった。焼結センサでは、1日目から高い電流値が出力されたため、焼結部品の発錆を予測可能であることがわかった。
【0042】
図7は、長期防錆油を適用した鋼板センサ及び焼結センサについて、試験日数と電流値との関係を表すグラフである。
鋼板センサでは、238日目に錆が認められたところ、177日目に電流値が上昇した(
図7(a)参照)。
焼結センサでは、90経過後も錆が認められなかったところ、90日経過後も高い電流値が出力されていない(
図7(b)参照)。
鋼板センサでは、電流値が上昇した日にちが発錆日よりも早いため、鋼板センサは、鋼板の発錆日を予測することが可能であることがわかった。一方、焼結センサでは、未だ発錆していないため、焼結センサ及び鋼板センサが焼結部品の発錆を予測できるかについては実験継続中である。
【0043】
図5~7に示される実験結果では、焼結センサを用いて測定した電流値は、鋼板センサを用いて測定した電流値よりも、実際に発錆しているときの電流値に近いことがわかった。また、潤滑油膜が劣化した直後に実部品200及び鋼板が発錆することがわかっている。これらに鑑みれば、鋼板センサを用いて測定した電流値よりも焼結センサを用いて測定した電流値の方が、防錆油膜の劣化状態を的確に示していることがわかった。
【0044】
以上の結果から、本願発明に係る劣化評価方法、発錆監視装置100、及び発錆監視システム10による出力電流値は、目視による錆びの程度と相関があることがわかった。これにより、本願発明に係る劣化評価方法、発錆監視装置、発錆監視システム、及び潤滑油組成物によれば、潤滑油膜の劣化度及び実部品200の発錆を簡便に評価することができるとともに、実部品200の発錆を検知及び予測できることがわかった。
【0045】
なお、本明細書および図中に示した各部材の大きさ、形状、及び数量は例示であって、これらに限定されない。また、各部材の素材は例示であって、これらに限定されない。
【0046】
ここに付随する図面を参照して本発明の実施形態が説明されたが、記載された発明の範囲と精神から逸脱することなく、変形が各部の構造と関係に施されることは、当業者にとって自明である。