(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024126691
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】冷間加工用ロールの寿命予測方法
(51)【国際特許分類】
G01N 3/32 20060101AFI20240912BHJP
B21B 21/02 20060101ALI20240912BHJP
B21D 5/08 20060101ALI20240912BHJP
G01M 99/00 20110101ALI20240912BHJP
【FI】
G01N3/32 E
B21B21/02
B21D5/08 Z
G01M99/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023035253
(22)【出願日】2023-03-08
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087398
【弁理士】
【氏名又は名称】水野 勝文
(74)【代理人】
【識別番号】100128783
【弁理士】
【氏名又は名称】井出 真
(74)【代理人】
【識別番号】100128473
【弁理士】
【氏名又は名称】須澤 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100160886
【弁理士】
【氏名又は名称】久松 洋輔
(74)【代理人】
【識別番号】100180699
【弁理士】
【氏名又は名称】成瀬 渓
(72)【発明者】
【氏名】三田(山田) 麻由
(72)【発明者】
【氏名】中崎 盛彦
【テーマコード(参考)】
2G024
2G061
4E063
【Fターム(参考)】
2G024AD08
2G024BA12
2G024BA17
2G024CA04
2G024DA01
2G024FA15
2G061AA16
2G061AA20
2G061AB04
2G061AB10
2G061BA15
2G061CA01
2G061CB04
2G061DA11
2G061DA12
2G061EA03
2G061EA04
2G061EB07
2G061EC02
2G061EC05
4E063AA04
4E063EA20
(57)【要約】
【課題】冷間加工用ロールの寿命を効率よくより正確に予測可能な寿命予測方法を提供する。
【解決手段】冷間加工用ロールの寿命予測方法であって、寿命を予測する予測対象ロールについて、シミュレーションによって被加工材を加工する際に発生する応力分布を計算し、前記応力分布に基づいて加工の際の応力振幅と応力比との対応関係を求め、寿命の比較対象とする基準ロールについて、シミュレーションによって計算される前記応力分布から求められる前記対応関係に基づいて作成される所定の基準と、前記予測対象ロールの前記対応関係と、を比較することにより前記予測対象ロールの寿命を予測することを特徴とする冷間加工用ロールの寿命予測方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷間加工用ロールの寿命予測方法であって、
寿命を予測する予測対象ロールについて、シミュレーションによって被加工材を加工する際に発生する応力分布を計算し、前記応力分布に基づいて前記被加工材を加工する際の応力振幅と応力比との対応関係を求め、
寿命の比較対象とする基準ロールについて、シミュレーションによって計算される前記応力分布から求められる前記対応関係に基づいて作成される所定の基準と、
前記予測対象ロールの前記対応関係と、
を比較することにより前記予測対象ロールの寿命を予測することを特徴とする冷間加工用ロールの寿命予測方法。
【請求項2】
前記冷間加工用ロールはピルガーミルのロールであり、
前記予測対象ロールの前記対応関係は、ロール周方向に沿って孔の大きさが変化するカリバーにおける前記応力分布から求められる関係であり、
前記所定の基準は、前記基準ロールのカリバーにおける前記応力分布から求められる前記対応関係に基づいて作成される基準であることを特徴とする請求項1に記載の冷間加工用ロールの寿命予測方法。
【請求項3】
前記予測対象ロール及び前記基準ロールの前記応力分布は、前記カリバーを周方向において複数の位置で区分する、各区分の位置に前記被加工材が接する際に発生する応力分布であることを特徴とする請求項2に記載の冷間加工用ロールの寿命予測方法。
【請求項4】
前記各区分についての前記応力分布に基づいて、応力振幅と応力比の関係を前記各区分について求め、前記各区分についての前記関係を統合することにより、前記予測対象ロール及び前記基準ロールの前記対応関係がそれぞれ求められることを特徴とする請求項3に記載の冷間加工用ロールの寿命予測方法。
【請求項5】
前記所定の基準は、前記基準ロールに用いられる材質の疲労限度を通り、前記基準ロールの前記対応関係の近似曲線に接する基準線であることを特徴とする請求項1または2に記載の冷間加工用ロールの寿命予測方法。
【請求項6】
前記予測対象ロールの前記対応関係の近似曲線と、前記基準線と、を比較して前記予測対象ロールの寿命を予測することを特徴とする請求項5に記載の冷間加工用ロールの寿命予測方法。
【請求項7】
前記予測対象ロールに用いられる材質の疲労限度を通り前記予測対象ロールの前記対応関係の近似曲線に接する接線と、前記基準線と、を比較して前記予測対象ロールの寿命を予測することを特徴とする請求項5に記載の冷間加工用ロールの寿命予測方法。
【請求項8】
前記基準ロールと前記予測対象ロールは、疲労限度が同じ材質で形成され、
前記予測対象ロールの前記接線の傾きと前記基準線の傾きを比較して前記予測対象ロールの寿命を予測することを特徴とする請求項7に記載の冷間加工用ロールの寿命予測方法。
【請求項9】
前記所定の基準と、前記基準ロールを用い実機で加工を行った場合の寿命と、に基づき、前記予測対象ロールの寿命を予測することを特徴とする請求項1または2に記載の冷間加工用ロールの寿命予測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷間加工用ロールの寿命予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
冷間加工用ロールは、疲労破壊起因の割れや欠けによる破損が起こるので、より長寿命化が求められる。寿命の予測に関して、例えばニューラルネットワークを利用して金型の寿命を予測する方法やその予測方法に基づき金型の最適な物性値を予測する方法が提案されている(特許文献1)。
【0003】
特許文献1では、対象の金型について硬さなどの物性値と寿命との関係を求め、その関係を用いて長寿命化に最適な物性値を予測できるとしている。硬さ以外の物性値として、例えば金型のコーナ部の曲率半径についても同様にして寿命との関係を求め、最適な値を予測することも可能であるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
冷間加工用ロールの用途として、例えば鋼管を細径化するピルガーミルがある。ピルガーミルは、周方向において溝の深さ(大きさ)が徐々に変化するカリバー(孔型)を有する一対のピルガーロールを鋼管(素管)に対して往復運動させることで、所定の径の鋼管にする加工方法である。カリバーの深さをどのように変化させるかによって、カリバーの各位置における圧下率が設定される。そのため、カリバーは効率よく適切に圧伸できるような形状に設計される。
【0006】
一方でピルガーロールは、繰り返しの往復運動によりロールのカリバー底部付近で疲労破壊による割れが発生する場合があり、より長寿命なカリバー形状とする必要もある。カリバー形状の設計においては、試行錯誤的にロールの寿命を確認していてはコストや時間が多大になるため、寿命を効率よく予測する必要がある。
【0007】
上記の通り特許文献1の方法により物性値を変化させた場合の寿命を予測することができるが、カリバーの形状は硬度や曲率半径のように単純に増減するものではなく、物性値として扱うことはできない。よって特許文献1の方法を利用して様々な形状のピルガーロールの寿命を予測することは難しい。
【0008】
本発明は、冷間加工用ロールの寿命を効率よくより正確に予測可能な冷間加工用ロールの寿命予測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するための手段は、以下の通りである。
【0010】
(1)冷間加工用ロールの寿命予測方法であって、
寿命を予測する予測対象ロールについて、シミュレーションによって被加工材を加工する際に発生する応力分布を計算し、前記応力分布に基づいて前記被加工材を加工する際の応力振幅と応力比との対応関係を求め、
寿命の比較対象とする基準ロールについて、シミュレーションによって計算される前記応力分布から求められる前記対応関係に基づいて作成される所定の基準と、
前記予測対象ロールの前記対応関係と、
を比較することにより前記予測対象ロールの寿命を予測することを特徴とする冷間加工用ロールの寿命予測方法。
【0011】
(2)前記冷間加工用ロールはピルガーミルのロールであり、
前記予測対象ロールの前記対応関係は、ロール周方向に沿って孔の大きさが変化するカリバーにおける前記応力分布から求められる関係であり、
前記所定の基準は、前記基準ロールのカリバーにおける前記応力分布から求められる前記対応関係に基づいて作成される基準であることを特徴とする上記(1)に記載の冷間加工用ロールの寿命予測方法。
【0012】
(3)前記予測対象ロール及び前記基準ロールの前記応力分布は、前記カリバーを周方向において複数の位置で区分する、各区分の位置に前記被加工材が接する際に発生する応力分布であることを特徴とする上記(2)に記載の冷間加工用ロールの寿命予測方法。
【0013】
(4)前記各区分についての前記応力分布に基づいて、応力振幅と応力比の関係を前記各区分について求め、前記各区分についての前記関係を統合することにより、前記予測対象ロール及び前記基準ロールの前記対応関係がそれぞれ求められることを特徴とする上記(3)に記載の冷間加工用ロールの寿命予測方法。
【0014】
(5)前記所定の基準は、前記基準ロールに用いられる材質(鋼材、超硬、セラミック等)の疲労限度を通り、前記基準ロールの前記対応関係の近似曲線に接する基準線であることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の冷間加工用ロールの寿命予測方法。
【0015】
(6)前記予測対象ロールの前記対応関係の近似曲線と、前記基準線と、を比較して前記予測対象ロールの寿命を予測することを特徴とする上記(5)に記載の冷間加工用ロールの寿命予測方法。
【0016】
(7)前記予測対象ロールに用いられる材質の疲労限度を通り前記予測対象ロールの前記対応関係の近似曲線に接する接線と、前記基準線と、を比較して前記予測対象ロールの寿命を予測することを特徴とする上記(5)に記載の冷間加工用ロールの寿命予測方法。
【0017】
(8)前記基準ロールと前記予測対象ロールは、疲労限度が同じ材質で形成され、
前記予測対象ロールの前記接線の傾きと前記基準線の傾きを比較して前記予測対象ロールの寿命を予測することを特徴とする上記(7)に記載の冷間加工用ロールの寿命予測方法。
【0018】
(9)前記所定の基準と、前記基準ロールを用い実機で加工を行った場合の寿命と、に基づき、前記予測対象ロールの寿命を予測することを特徴とする上記(1)または(2)に記載の冷間加工用ロールの寿命予測方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、冷間加工用ロールの寿命を効率よくより正確に予測可能な冷間加工用ロールの寿命予測方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図2】所定の基準を作成する工程を示すフローチャートである。
【
図3】CAE解析により求めた、圧伸時のピルガーロールにおける応力分布図の一例である。
【
図4】応力振幅σ
aと応力比Rの関係の一例を示すグラフである。
【
図5】統合した応力振幅σ
aと応力比Rの対応関係のグラフ(統合線)と、その近似二次曲線の一例を示すグラフである。
【
図6】寿命予測工程の流れを示すフローチャートである。
【
図7】他の実施形態の予測対象ロールの寿命予測工程を示すフローチャートである。
【
図8】他の実施形態の寿命の予測方法を説明するためのグラフである。
【
図9】実施例のロール1~3の各セクションにおける断面減少率を示すグラフである。
【
図10】ピルガーロールの応力振幅と応力比の対応関係から求めた近似曲線と接線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
(第1の実施形態)
以下、冷間加工用ロールの寿命予測方法の実施形態を説明する。本実施形態では冷間加工用ロールの一例としてピルガーロールの寿命を予測する場合について説明する。まず
図1を参照してピルガーロールを説明する。
図1は、ピルガーミルの構成を示す模式図である。ピルガーミルは、ピルガーロール1とマンドレル10とにより被加工材である鋼管20に対して冷間圧伸加工を行う。
【0022】
ピルガーロール1は鋼管20の上下に一対配置され、鋼管20の外面を圧下する。ピルガーロール1は、カリバー2(孔型)と軸4を有する。カリバー2は、鋼管20の外面に当接して圧下する溝である。カリバー2は、ピルガーロール1の外面においてロール周方向に沿って形成され、孔の大きさ(深さ)がロール周方向に沿って徐々に変化する。具体的には、カリバー2は、
図1において鋼管20の入側(上流側)に対応する側から出側(下流側)に対応する側に向けて、孔の大きさ(深さ)が徐々に小さくなるように形成される。カリバー2の周方向に直交する断面形状は、半円形状またはカリバー2の幅方向に長手方向を有する半楕円形状である。ピルガーロールは鋼材で形成される。
【0023】
マンドレル10は、鋼管20に挿入されて内面に当接し、内側から鋼管20を保持する。マンドレル10は、鋼管20の供給方向に向けてテーパー形状である。
【0024】
ピルガーミルにおいて、鋼管供給方向に一定長さずつ送り出される鋼管20に対して、一対のピルガーロール1がA1方向及びA2方向に交互に回転して鋼管供給方向と平行な方向に往復運動する。ピルガーロール1の往復運動とマンドレル10により、鋼管20(素管)の外径や肉厚が逐次圧下され、製品寸法に仕上げられる。鋼管20の厚みにバラつきが出ないように、ピルガーロール1の一往復毎に、鋼管20が所定の角度ずつ回転される。
【0025】
ピルガーロール1は、鋼管20の供給方向と平行に、軸4と鋼管の中心との距離が一定の状態で往復運動する。そのため、
図1の鋼管供給方向に沿った鋼管の外面形状が、カリバー2の周方向に沿った断面形状(カリバーの大きさがどのように変わるか)に対応する。カリバー2の周方向に沿った断面形状に応じて、入側から出側までの加工領域における各位置における圧下率(パススケジュール)が変わる。カリバー2の周方向断面形状を適切に設計することで、鋼管供給方向における圧下率が適切に設定され、生産効率よく圧伸できる。また当該カリバー形状によってロールの寿命も変化する。なお、本実施形態の説明において「カリバーの形状」や「カリバー形状」は、特に指定しない限り、カリバー2の周方向において孔の大きさが変化する形状を指す。
【0026】
次に、本実施形態のピルガーロールの寿命予測方法の各工程を説明する。本実施形態の寿命予測方法は、寿命を予測したい予測対象ロールであるピルガーロール(例えば新規に作成されるピルガーロール)についての圧伸の際の応力振幅と応力比との対応関係をシミュレーションによって求め、当該対応関係と、基準ロールであるピルガーロールについての同様の対応関係から作成される所定の基準と、を比較することにより、予測対象のピルガーロールの寿命を予測するものである。対応関係は、シミュレーションによって圧伸の際に発生する応力分布を計算し、その応力分布に基づいて求められる。
【0027】
以下の説明においては、所定の基準が作成されるピルガーロールを「基準ロール」、寿命の予測対象のピルガーロールを「予測対象ロール」とする。
【0028】
本実施形態の方法によれば予測対象ロールについて、実機による確認をしなくても、寿命の予測を行うことができる。また、寿命を比較する基準ロールについて実機での実績値の寿命も予測に用いることで、より精度よく予測対象ロールの寿命を予測することができる。例えばロールの試作品の作成前の設計段階においても、新規のカリバー形状のピルガーロールについて、寿命を効率よくより正確に予測することができる。
【0029】
まず、
図2を参照して、本実施形態の寿命予測方法のうち、寿命予測に用いる所定の基準を作成する工程について説明する。
図2は、所定の基準を作成する工程を示すフローチャートである。なお、所定の基準は後述の予測対象ロールの寿命予測の際にあればよく、所定の基準を作成するタイミングは特に限定されない。
【0030】
まず、寿命の比較対象とする基準ロールについてCAE(Computer Aided Engineering)解析により鋼管の圧伸をシミュレーションし、圧伸の際に基準ロールに生じる応力分布を求める(ステップ101)。
【0031】
基準ロールは、予測対象ロールと寿命を比較したい任意のピルガーロールを用いてよい。例えば目標とする寿命性能を有するピルガーロールでもよい。また、ロールの改良を行う場合においてその改良前のピルガーロールでもよい。寿命を比較する目的に応じて適宜、基準ロールを設定できる。また、少なくとも基準ロールに対する予測対象ロールの相対的な寿命の評価(予測)を行うことができればよいので、基準ロールの寿命が定量的に把握されたものである必要はない。また、カリバーの形状が予測対象ロールとより近い方がより精度よく寿命を予測可能であるが、カリバーの形状が類似していないロールを基準ロールとして寿命予測してもよい。
【0032】
CAE解析でのシミュレーションにおけるその他の加工に関する各種設定条件についても、比較の目的に応じて適宜設定されればよいが、例えばそのロールによって実機で加工する場合と同様の条件を設定すればよい。設定条件には、基準ロールやマンドレルや鋼管の鋼種、カリバーの形状(鋼管の圧下スケジュール)、鋼管とロール間のせん断摩擦係数、鋼管の送り量や回転量などが含まれる。
【0033】
なお、設定条件は、後述の予測対象ロールの加工における設定条件と同じであってもよいし、異なってもよい。例えば、カリバーの形状の違いのみによる寿命の比較(予測)を行う場合には、基準ロールと予測対象ロールのカリバー形状以外の条件をできる限り共通とすればよい。ただし基準ロールの加工条件が予測対象ロールと異なる場合でも、条件が異なるロール同士での寿命の比較を行うことはできる。
【0034】
CAE解析は、有限要素法を用いて行うことができる。本実施形態では一例として六面体要素で分割したピルガーロールの弾性体モデルを用いてカリバーに生じる応力分布を計算する。なお、分割形式は六面体要素に限られず、四面体や五面体などの他の要素を用いてもよい。
【0035】
カリバーに生じる応力分布の計算は、まず圧伸時に鋼管に加わる圧力を計算する圧伸解析を行う。この際、鋼管を六面体要素の弾塑性体とし、ピルガーロール及びマンドレルを剛体とした3次元モデルに、鋼管の回転や送り出し量などの設定を与えて圧伸解析を行う。そして鋼管に加わる圧力をピルガーロールの六面体要素モデルに転写して弾性解析または弾塑性解析を行うことで、最終的に圧伸時のカリバーに生じる応力分布を算出することができる。なお、鋼管についての圧伸解析を介さずに、カリバーに生じる応力分布を直接計算してもよい。
【0036】
上記の応力分布は、カリバーを周方向(長手方向)において複数の位置で区分し、各区分の位置に前記被加工材が接する際に発生する応力分布であることが好ましい。例えば、加工領域の範囲のカリバーを長手方向に10等分し、その各区分の位置に鋼管が接したときの応力分布をそれぞれ求める。より具体的には、カリバーの孔の大きさがロール周方向に沿って徐々に変化し鋼管の圧伸が行われる部分がワーキングゾーンであり、鋼管の入側に対応する区分の位置をセクション1.0、出側に対応する位置をセクション0.0として各断面(区分)位置を数字(1.0、0.9、0.8・・・、0.0)で区切って呼称する。例えば、ワーキングゾーンの中心断面位置はセクション0.5である。以下の説明における、あるセクション(について)の応力分布との記載は、そのセクション(区分)の位置に鋼管が接したときに生じる応力分布を意味する。カリバーの深さ変化はカーブ状に設計される場合があり、カリバーの場所が異なれば圧下率が異なり、応力状態が変化する。よって、細分化して解析することでより正確に応力分布を求めることができる。なお、ピルガーミルでは1ショット毎のロールの往復において、主に往路(ピルガーロールがA2方向に回転しながら鋼管の入側から出側方向へ平行移動して行われる圧伸)で成形が行われるため、往路での応力分布を求めればよい。
【0037】
また、応力分布を求める際は、少なくともロールの被加工材との接触部の応力分布を求める。ピルガーロールであれば、カリバーの周方向に直交する断面において、半円の溝の底を角度0°の位置とした場合に、0°から30°までの範囲が被加工材の鋼管との接触部となるのでカリバーの0°から両側30°の範囲について少なくとも応力分布を求めることが好ましい。溝底の0°から約90°の両側のカリバー縁まで応力分布を求めればより好ましい。ピルガーロールでは、主にカリバーの底部分に応力が生じるため、底部分に対応する0°から30°の範囲について少なくとも応力分布を計算し、その範囲の応力分布に基づいて後述の対応関係を求め、所定の基準を作成することが好ましい。
【0038】
応力分布としては、各六面体要素に生じる最大主応力と最小主応力の応力分布を求める。最大主応力は引張応力に対応し、最小主応力は圧縮応力に対応する。
【0039】
図3に、CAE解析により求めた、圧伸時のピルガーロールにおける応力分布図の一例を示す。
図3の応力分布は、鋼管の圧伸解析で得られた面圧をロールの弾性体モデルに転写し、ロールのセクション毎に応力解析を行って求められた応力分布のうちの、1つのセクションについての応力分布である。
図3の例でのCAE解析における設定条件については、鋼管の素材をSUJ2とし、素管から加工後の製品への断面減少率を約75%とした。また、ピルガーロールを疲労限度が720MPaの素材とし、鋼管とピルガーロール間のせん断摩擦係数を0.3とした。ピルガーロールが1往復する1ショット毎に鋼管を60°回転させ、10mm前方へ送り出す設定とした。
【0040】
図3の左側が(a)最大主応力の分布であり、右側が(b)最小主応力の分布であり、図のカリバー中央部の周りと色が異なる部分に鋼管が当接した際に生じた応力である。
図3では、カリバー表面の六面体要素ごとに、発生する応力が対応する色(右側のカラーバーで表示)で表示されている。このようなピルガーロールのカリバーにおけるセクション単位の応力分布を、全セクションについてシミュレーションで求める。
【0041】
次に、求めたセクション毎の応力分布に基づいて、セクション毎の応力振幅σaと応力比Rの関係を求める(ステップ102)。ピルガーロールのカリバーには繰り返しの応力が作用するので、カリバーの変形に対しては疲れ強度を考慮する必要がある。疲れ強度を評価するために、本実施形態では応力振幅σaと応力比Rの関係を用いる。
【0042】
応力振幅σaは下記式(1)により算出され、応力比Rは下記式(2)により算出される値である。
σa=(σmax-σmin)/2 (1)
R=σmin/σmax (2)
上記式(1)、(2)のσmaxとσminは、各セクション位置に鋼管が接した際のカリバーの半円の溝の底を0°とし、溝底に対して同じ角度位置の六面体要素に発生した最大主応力の最大値と最小主応力の最小値を採用する。この場合、同じ角度位置から採用された値であれば、最大主応力と最小主応力は違う六面体要素の値となってもよいし同じ要素の値でもよい。本来の応力振幅の定義からすると、同じ要素に発生した最大主応力および最小主応力を用いるのが好ましいが、対象セクションが鋼管に接する前後の微小なロール回転角度変化分まで詳細に解析を行っていては多大な時間がかかる。本実施形態では簡便的に同一角度位置で前記方法により求めた最大主応力の最大値および最小主応力の最小値から対象セクション毎の応力振幅および応力比を算出する。この方法であれば、解析が複雑なピルガーロールの場合でも、効率良くかつ適切に各セクションについての応力振幅σaと応力比Rを求めることができる。
【0043】
セクション毎の応力振幅σaと応力比Rの関係は、対象のセクションに鋼管が接した際に前記カリバーの半円の溝底に対して同じ角度位置にある六面体要素の応力振幅σaと応力比Rの関係を、カリバーの半円の溝底に対する角度位置毎に求めてプロットしたものである。本実施形態ではカリバーの半円の溝底を0°とした場合に、約3°間隔で溝底から両側のカリバー縁まで応力振幅σaと応力比Rの関係を求めた。同じセクションについて複数の角度位置で同じ応力比Rとなった場合には、応力振幅σaが大きい方の値をその応力比における応力振幅の値とする。なお、もちろん、セクション毎に全六面体要素について応力振幅σaと応力比Rを求めて、応力振幅σaと応力比Rの関係を求めてもよい。
【0044】
図4に、応力振幅σ
aと応力比Rの関係の一例を示す。
図4には、1つのロールのカリバーの一部のセクション(セクションa、b、c)についてのσ
aとRの関係を示している。
【0045】
次に、セクション毎に求めた応力振幅σaと応力比Rの関係を1つの対応関係に統合する(ステップ103)。具体的には、まず、全てのセクションについての応力振幅σaと応力比Rの関係について、同じ応力比Rに対する応力振幅σaの最大値を、統合した対応関係におけるその応力比Rに対する応力振幅σaの値とする。この統合処理を全応力比Rについて行うことでセクション毎の関係を1つの対応関係に統合し、統合された応力振幅σaと応力比Rの対応関係のグラフ(統合線)を得る。例えばセクション0.0から1.0まで11個のセクションに等分した場合において、応力比R=-4ではセクション0.1についての応力振幅σaが最も大きかった場合には、その応力振幅σaを統合した対応関係におけるR=-4の応力振幅σaとする。統合したσaとRの対応関係は、基準ロールのカリバー全体における応力振幅σaと応力比Rの関係を表していると言える。
【0046】
次に、統合した対応関係のグラフ(統合線)について近似曲線を求める(ステップ104)。統合した対応関係のグラフは二次曲線に近い形となるので、本実施形態では近似曲線として近似二次曲線を求める。
図5に、統合した応力振幅σ
aと応力比Rの対応関係のグラフ(統合線)と、その近似二次曲線の一例を示す。
【0047】
次に、対応関係(統合線)の近似曲線に対する接線である基準線を求める(ステップ105)。基準線は、予測対象ロールの寿命を予測する際に用いる所定の基準である。
図5に示す通り、基準線は基準ロールの材質(鋼材、超硬、セラミック等)の疲労限度の値を通り、基準ロールの近似曲線に接する接線である。ロールの材質の疲労限度は、材質に関する公知のデータベース等に記載のS-N線図から導出できる値などを用いればよい。ロールの材質について実際に疲労試験を行い、S-N線図を作成して疲労限度を求めてもよい。
【0048】
図5の例では、基準ロールに用いた材質の疲労限度が、応力比R=-1で応力振幅σ
a=720MPaであり、当該値を通る近似曲線に対する接線(σ
a=-45R+676)が基準線として求められる。
【0049】
次に、必要に応じて、基準ロールの実機での使用における寿命を求める(ステップ106)。例えば、基準ロールの寿命データがなく、予測対象ロールの寿命をある程度具体的に把握する必要がある場合には本工程を行えばよい。基準ロールの寿命データが既にある場合には本工程を省略してよい。また、予測対象ロールと基準ロールとで相対的に寿命を比較できればよい場合も省略してよい。なお、本工程はステップ101~105の後に行われる必要はなく、タイミングは特に限定されない。
【0050】
寿命は、実機において基準ロールを用いて実際に加工を行って計測される実績値の疲労寿命である。寿命を求める際の加工条件は、そのロールを用いて実際に加工する場合と同条件とすればよく、CAE解析におけるシミュレーションで設定した条件と同様でよい。基準ロールの寿命は、本実施形態ではカリバーに何らかの変形や破損が生じるまでの累積圧延回数で評価する。累積圧伸回数は、圧伸量(ton)を単位重量(ton/mm)で割り長さに換算後、送り量(mm/ショット)で割ることで算出できる。なお、寿命は累積圧伸回数による評価に限定されず、例えば累積圧伸量(累積圧伸トン数)などの他の指標でもよい。以上が、基準ロールから所定の基準を作成する工程である。
【0051】
次に、所定の基準を用いて予測対象ロールの寿命を予測する工程について説明する。
図6は、寿命予測工程の流れを示すフローチャートである。
【0052】
まず、寿命を予測する予測対象ロールについて、基準ロールの場合と同様の方法で、CAE解析により鋼管の圧伸の際に予測対象ロールに生じる応力分布を求める(ステップ201)。上述の通り、カリバーを区分するセクションの位置毎に応力分布を求める。次に、予測対象ロールのカリバーのセクション毎に、応力振幅σ
aと応力比Rの関係を求める(ステップ202)。そして、各セクションについての応力振幅σ
aと応力比Rの関係を1つの対応関係に統合して、統合された対応関係のグラフ(統合線)を求める(ステップ203)。以上のステップ201~203については、上述した基準ロールについての
図2のステップ101~103と同様であるので、詳細な説明を省略する。
【0053】
なおCAE解析における各種設定条件は、予測対象ロールについて寿命を予測したい条件で設定されればよく、例えば予測対象ロールを用いて実機で行う予定の加工条件が設定されればよい。また、設定条件は、比較の目的等に応じて基準ロールと共通であってもよいし異なってもよい。
【0054】
次に、予測対象ロールの統合した応力振幅σ
aと応力比Rの対応関係(統合線)と、基準ロールから求めた所定の基準である基準線とを比較して、寿命を予測する(ステップ204)。例えば、予測対象ロールの統合した対応関係における応力振幅が、所定の基準である基準線の応力振幅より小さければ、予測対象ロールの方が基準ロールより寿命が長いと予測できる。例えば、基準線が
図5に示したものである場合、予測対象ロールについて求めた統合線が、当該基準線より下にあれば、いずれの応力比Rにおいても応力振幅σ
aが所定の基準より小さく、基準ロールより長寿命であると予測することができる。
【0055】
以上の本実施形態によれば、基準ロールから上述の方法で求められる所定の基準と予測対象ロールについての上記対応関係とを比較することで、予測対象ロールについて実機での試験を行うことなく寿命を予測することができる。よって、効率よくロールの寿命を評価できる。また、基準ロールについて実機での寿命が確認されている場合には、より正確に予測対象ロールの寿命を予測することができる。
【0056】
なお、本実施形態では予測対象ロールについての統合した応力振幅σaと応力比Rの対応関係(統合線)と基準線(所定の基準)とを比較したが、これに限られない。予測対象ロールの対応関係(統合線)についても同様に近似曲線を求めて、その予測対象ロールの近似曲線と基準線とを比較して寿命を予測してもよい。この場合も、予測対象ロールの近似曲線の応力振幅σaが基準線の応力振幅σaより小さければ(予測対象ロールの近似曲線が基準線より下にあれば)、基準ロールよりも長寿命であると予測できる。
【0057】
また、本実施形態においては冷間加工ロールとしてピルガーロールを説明したが、ピルガーロールに限られない。例えば、被加工材が板である、冷間板圧延用ロールの場合も、同様に本実施形態の寿命予測方法により、所定の基準と予測対象ロールの上記対応関係とを比較することで寿命を予測することができる。カリバーを有さない表面がフラットな板材用の冷間板圧延用ロールの場合も、繰り返しの応力による疲労破壊の発生メカニズムはピルガーロールと同様であるため、本実施形態の方法を適用して寿命予測が可能である。また、本方法は、ロールの材質が鋼材以外の超硬合金やセラミック等についても同様に適用できる。
【0058】
(第2の実施形態)
次に第2の実施形態について説明する。本実施形態では、所定の基準との比較による予測対象ロールの寿命予測工程において、予測対象ロールについても近似曲線を求め、さらにその近似曲線に対する接線を求める。そして、予測対象ロールの接線の傾きを、基準ロールから求めた基準線(所定の基準)の傾きと比較して、寿命の予測を行う。以下の説明において第1の実施形態と共通する点については説明を省略する。
【0059】
基準ロールについて所定の基準である基準線を作成する工程については、第1の実施形態と同様であり、説明を省略する。第1の実施形態と異なる、所定の基準を用いた予測対象ロールの寿命予測工程について説明する。
図7は、本実施形態の予測対象ロールの寿命予測工程を示すフローチャートである。まずステップ201~203の工程を行う。これらの工程は、第1の実施形態の
図6に示すフローチャートのステップ201~203と共通であるので説明を省略する。
【0060】
そして、
図6のフローチャートのステップ204の工程に代えて、ステップ205~207の工程を行う。まず、ステップ203で求めた予測対象ロールの統合した応力振幅σ
aと応力比Rの対応関係(統合線)について、近似曲線を求める(ステップ205)。近似曲線は、基準ロールの統合線について近似曲線を求めた場合と同様にして求めればよく、近似曲線としては近似二次曲線でよい。
【0061】
次に、予測対象ロールの近似曲線に対する接線を求める(ステップ206)。接線についても、基準ロールについての接線(基準線)と同様にして求めればよい。すなわち、予測対象ロールの材質の疲労限度の値を通り、予測対象ロールの近似曲線に接する接線を求める。
【0062】
ここで本実施形態では、予測対象ロールと基準ロールが同じ材質であり、疲労限度が共通のものであることが好ましい。後述するように、予測対象ロールの接線の傾きと基準ロールの基準線の傾きを比較して応力振幅の大小を判断するため、同じ疲労限度を通る接線同士の比較であれば、傾きの値を用いたより定量的な比較を行うことができる。したがって、本実施形態の方法で寿命を予測する場合には、所定の基準を求める工程で、少なくとも予測対象ロールと疲労限度が共通である基準ロールが選択されることが好ましい。ただし、例えば予測対象ロールの接線の傾きと基準線の傾きが同じか、互いの上下位置を予測できる程度に近い場合には、両者が同じ疲労限度でなくても接線と基準線の上下関係で寿命を予測することは可能である。
【0063】
次に、ステップ206で求めた予測対象ロールの近似曲線に接する接線の傾きと、基準ロールの基準線の傾きを比較して、寿命の予測を行う(ステップ207)。
図8に、本実施形態の寿命の予測方法を説明するグラフを示す。
図8の例では、基準線がσ
a=aR+b、予測対象ロールの接線がσ
a=a
1R+b
1であり、どちらも同じ疲労限度を通る線である。そしてピルガーロールのカリバーの応力振幅σ
aと応力比Rの対応関係の場合、近似曲線に対する接線の傾きは負になる。そのため、予測対象ロールの接線の傾きa
1が基準線の傾きaよりも大きければ(a<a
1)、予測対象ロールの近似曲線が基準線(所定の基準)より下にある。この場合、予測対象ロールの方が所定の基準より応力振幅が小さいので、予測対象ロールが基準ロールより長寿命であると予測することができる。
【実施例0064】
実施例を挙げてさらに具体的に説明する。カリバー形状以外については共通の条件の3種類のピルガーロールのサンプルについて、実施形態の方法によりCAE解析モデルにて同条件で圧伸をシミュレーションし、応力振幅と応力比の対応関係の近似曲線と、その近似曲線に対する接線を求めた。また、各ロールについてCAE解析と同条件で、実機で圧伸を行って寿命を測定した。寿命はロールのカリバーに変形や破損が生じたときの累積圧伸回数である。
【0065】
各ロールのカリバーの形状については、3つのロールの圧伸前の素管寸法、仕上げ寸法が同じであり、各セクションにおける断面減少率が異なる。ロール1~3の各セクションの断面減少率を
図9に示す。鋼管入側(セクション1.0)からセクション0.8までの断面減少率を比較すると、ロール1のカリバーの大きさ(深さ)を1とした場合、ロール2は約0.87倍、ロール3は約1.1倍となる形状である。残りのセクションについても
図9に示すように形状が異なる。素管から製品への最終的な断面減少率は約75%で共通である。マンドレルは同一のものを用いた。CAE解析及び実機での圧伸条件として、3つのピルガーロールの素材は疲労限度が720MPaの同一素材とし、鋼管の素材はSUJ2とした。ピルガーロールが1往復するたびに鋼管を60°回転させ、10mm前方へ送り出す設定とした。また、CAE解析において鋼管とピルガーロール間のせん断摩擦係数を0.3とした。上述の通りピルガーロールの素材の疲労限度は、R=-1で応力振幅σ
a=720MPaである。
【0066】
図10に3つのピルガーロールの対応関係から求めた近似曲線と接線を示す。また、各ロールの寿命の実績値(ロール1の累積圧伸回数を1とした場合の累積圧伸回数比)と接線の傾きを表1に示す。各接線は、ロール1がσ
a=-45R+675、ロール2がσ
a=-40R+680、ロール3がσ
a=-31R+689であった。
【0067】
【0068】
図10のグラフ及び表1から分かる通り、シミュレーションで求めた応力振幅と応力比の対応関係の近似曲線に対する接線の傾きが大きいロールの方が、実機での寿命がより長いことが確認できた。
【0069】
例えば、ロール1を基準ロールとして、予測対象ロールをロール2及びロール3とした場合、ロール2やロール3の傾きが基準ロール(ロール1)の傾きよりも大きい。よって、ロール2、3について実機における寿命を確認しなくても、基準ロールより長寿命であることが予測できる。また、ロール2と3であれば、傾きがより大きいロール3の方が長寿命であることも予測できる。