(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024126940
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】微細化ニトロセルロース及びその製法
(51)【国際特許分類】
D04H 1/425 20120101AFI20240912BHJP
C08B 5/02 20060101ALI20240912BHJP
D21H 11/16 20060101ALI20240912BHJP
D04H 1/4382 20120101ALI20240912BHJP
【FI】
D04H1/425
C08B5/02
D21H11/16
D04H1/4382
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023035720
(22)【出願日】2023-03-08
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000000033
【氏名又は名称】旭化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 宣夫
(74)【代理人】
【識別番号】100108903
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 和広
(72)【発明者】
【氏名】岡田 賢
(72)【発明者】
【氏名】秋吉 美也子
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 貴士
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 靖子
(72)【発明者】
【氏名】古川 桂佑
【テーマコード(参考)】
4C090
4L047
4L055
【Fターム(参考)】
4C090AA05
4C090BA27
4C090BB62
4C090BB65
4C090BB85
4C090BB94
4C090BD21
4C090BD24
4C090CA02
4C090CA03
4C090CA04
4C090CA19
4C090CA22
4C090CA24
4C090CA28
4C090CA38
4C090DA31
4L047AA08
4L047AB08
4L047AB09
4L047CB10
4L047CC16
4L055AF10
4L055BB03
4L055EA16
4L055EA17
4L055EA40
(57)【要約】
【課題】従来の天然綿繊維由来のNC繊維に比べ、燃焼速度が高いにも拘わらず、落つい感度が低く、かつ、乾燥されたNC繊維集合体、並びに該乾燥されたNC繊維集合体の、低コスト、かつ、安全な製法の提供。
【解決手段】平均径が3μm以上30μm以下であり、かつ、BET比表面積が10m
2/g以上100m
2/g以下である、羽毛状の乾燥されたニトロセルロース(NC)繊維集合体、及び天然綿繊維に由来するNC繊維をスラリー状態で微細化する工程を含む該NC繊維集合体の製法。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均径が3μm以上30μm以下であり、かつ、BET比表面積が10m2/g以上100m2/g以下である、羽毛状の乾燥されたニトロセルロース(NC)繊維集合体。
【請求項2】
前記NC繊維集合体が凍結乾燥体である、請求項1に記載のNC繊維集合体。
【請求項3】
前記NC繊維集合体の落つい感度が6級以上である、請求項1に記載のNC繊維集合体。
【請求項4】
前記NC繊維集合体の落つい感度が6級以上である、請求項2に記載のNC繊維集合体。
【請求項5】
前記NC繊維集合体の摩擦感度が6級以上であり、かつ、燃焼速度が20cm/s以上である、請求項1~4のいずれか1項に記載のNC繊維集合体。
【請求項6】
以下の工程:
セルロースとしての天然綿繊維に由来するニトロセルロース(NC)繊維に、当該NC繊維の非溶媒を加え、これを混合してスラリーを調製する工程;
前記天然綿繊維に由来するNC繊維をスラリー状態で微細化して、微細化NC繊維を含むスラリーを調製する工程;及び
得られた微細化NC繊維を含むスラリーから非溶媒を除去して、乾燥されたNC繊維集合体を得る乾燥工程;
を含む、乾燥されたNC繊維集合体の製造方法。
【請求項7】
前記微細化NC繊維を含むスラリーを調製する工程において、ディスクミル粉砕機を用い、所定のクリアランス、及び時間に亘る段階的な所定回数(パス数)に供して、適宜、該非溶媒を添加しながら、乾燥後の微細化NC繊維において、平均径が3μm以上30μm以下であり、かつ、BET比表面積が10m2/g以上100m2/g以下となるように、前記天然綿繊維由来のNC繊維をスラリー状態で摩砕する、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記天然綿繊維に由来するNC繊維は、平均繊維径が160μm~200μmであり、繊維径が30μm~500μmの範囲内に80%分布し、かつ、BET比表面積が10m2/g未満であり、
前記乾燥されたNC繊維集合体に含まれる前記微細化NC繊維は、平均径が3μm以上30μm以下であり、かつ、BET比表面積が10m2/g以上100m2/g以下であり、かつ、
前記非溶媒が水である、請求項6又は7に記載の方法。
【請求項9】
前記乾燥工程が、微細化NC繊維を含むスラリーを遠心分離により上澄み液を捨て、炭素数1~4程度の低級アルコールを加えつつ、水を炭素数1~4程度の低級アルコールで置換したものを、凍結乾燥する工程であり、かつ、得られる乾燥されたNC繊維集合体が羽毛状である、請求項8に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微細化ニトロセルロース(以下、「NC」ともいう。)、及びその製法に関する。より詳しくは、本発明は、従来の天然綿繊維由来のNC繊維に比べ、落つい感度が低く、かつ、乾燥されたNC繊維集合体、並びに該乾燥されたNC繊維集合体の、低コスト、かつ、安全な製法に関する。
【背景技術】
【0002】
NCは、危険物第5類に指定され、無煙火薬(砲弾や銃器の発射薬)として使用されるほか、塗料、医薬、接着剤、セルロイド等の用途分野においても広く使用されている。
【0003】
従来のNC繊維は、セルロースとしての天然綿繊維に硝酸と硫酸からなる混酸を反応させて製造するのが通常である。その際、セルロースを構成するグルコースは1単位分子当たり最大3ヵ所で硝酸エステル化(ニトロ化、硝化)される。硝化反応は極めて速く、生成したNCは、洗浄して酸を除去した後、真空乾燥や空気乾燥により乾燥させる。硝化により製造されたNCは、窒素の含有量により、13重量%以上のものを強綿薬、10重量%未満のものを脆綿薬、それらの間のものを弱綿薬と称せられる。市販されているNCとしては、例えば、本願実施例に用いたNC-13.17((株)ダイセル製、窒素量13.17±0.05重量%)とNC-12.6(旭化成(株)製、窒素量12.6±0.05重量%)が挙げられる。
【0004】
このように、従来のNC繊維は、セルロースとして天然の綿繊維を、ニトロ化して製造されているため、一般に、市場から入手できるNC繊維の繊維径は、原料である天然の綿繊維の繊維径と同等であるか又はそれよりやや細く、その平均繊維径(粒度分布計による評価)は凡そ160μm~200μmの範囲内にあり、繊維径は凡そ30μm~500μmの範囲内に80%分布し、かつ、BET比表面積は凡そ10m2/g未満である。
尚、ここで記載した繊維径は、後述する粒度分布装置(計)で測定した値を示している。粒度分布計は媒体中でのサンプルの粒径分布を迅速に測定することが可能である。セルロースの繊維径と直線的な比例関係は無いが、セルロース繊維の粒度分布が解繊前後で変化することが知られている。この測定方法はサンプル中にあるセルロース繊維の粒度分布を、乾燥工程を経ることなく、水分散状態で分析することができるため、解繊処理の評価に用いられている。パルプ由来セルロース繊維の解繊度合いを調べた論文(KUMAGAI ET. AL. JPN.TAPPI J 2019,73,461)では、解繊前には10μm未満から100μm以上まで分布していた粒径が、解繊処理を繰り返すことで約10μmに収斂し、その際の平均繊維径(SEM画像より算出)は0.1μmまで減少していたと報告されている。そのため、本明細書中、NC繊維の解繊度合いの迅速な評価法として後述する粒度分布装置(計)で測定した粒度分布を採用した。
【0005】
そこで、以下の特許文献1では、従来のものよりも繊維径が小さく、かつ、比表面積の高いNCが得られれば、燃焼性能が高まり、煙火等に使用される割薬、打揚薬への応用展開が可能となるとの認識の下、ニトロ化前の原料として、ナノセルロースゲル(以下、「n-Cゲル」ともいう。)、すなわち、繊維径を予め凡そ3nm~100nmのナノサイズまで小さくしいたものを用いて、硫酸での処理後に、硝酸と硫酸との混酸でニトロ化処理を施して燃焼性能を高めた、繊維径凡そ14nm~30nm、BET比表面積凡そ50~900m2/gの繊維状ナノニトロセルロース(n-NC)を得ている。
【0006】
また、以下の非特許文献1には、既存のNCをエチルメトルケトン(EMK)溶媒に溶かして、エレクトロスピニング法(電界紡糸法)により、径が90nm~150nm、400nm~500nmなどのナノファイバー状のNCを製造したことが開示されている(同書、3.Results and Discussion参照)。
【0007】
また、以下の非特許文献2には、THF、MeOH、EtOH、DMFなどの有機溶媒に溶かしたNCをガラス基板上に滴下、乾燥して、粒径(Particle size)200nm~900nm、300nm~800nm、0.5~4μmの粒子状NCを製造したことが開示されている(同書、Table 1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】M.R.Sovizi,et al.,”Effect of particle size on thermal decomposition of nitrocellulose”,Journal of Hazardous Materials 168(2009)1134-1139
【非特許文献2】Xin Zhang,et al.,”Preparation of sub-micron nitrocellulose particles for improved combustion behavior”,Journal of Hazardous Materials 268(2014)224-228
【非特許文献3】「セルロースナノファイバーCNF利用促進のための原料評価書(概要)」、NEDO委託事業WEB公開資料、2020年3月、[2023年2月21日検索]、インターネット<url: https://www.aist.go.jp/Portals/0/chugoku/images/event/2020fy/0326/cnf_hyoukasyo_gaiyou.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本願発明者らは、前述した先行技術文献に記載の技術は以下の点に配慮が必要であることを見出した。
特許文献1に記載の技術では、n-NCゲルを開示する特許第5206947号公報等から一般に知られるように、セルロースナノファイバーへの解繊のためには、解繊溶媒の選定や機械的粉砕の最適化を含む技術的困難性が伴い、また、得られるセルロースナノファイバーには水分が多く含まれるため製造効率が悪く、乾燥された集合体を得るためには、遠心分離などの煩雑な工程を経る必要がある。それゆえ、特許文献1に開示された微細化NC繊維の製造方法は、製造コストや生産性の観点から、微細化NC繊維を工業的規模で大量生産の点で問題がある。
非特許文献1では、エレクトロスピニング法を用いており、NCを一旦溶媒に溶解させる必要があるため、溶媒の選択やニトロセルロースの窒素含有量に依存する溶解度の制約や、高電圧を印加して紡糸するため、危険物であるNCの工業的製造法としての安全性に欠けるという問題がある。
また、非特許文献2に開示された方法も、非特許文献1と同様、NCを一旦溶媒に溶解させる必要があるため、溶媒の選択やニトロセルロースの窒素含有量に依存する溶解度の制約や、NCの量産化のための工業的製造法としての適格性に欠けるという問題がある。
前記した従来技術の水準に鑑み、本発明が解決しようとする課題は、従来の天然綿繊維由来のNC繊維に比べ、燃焼速度が高いにも拘わらず、落つい感度が低く、かつ、乾燥されたNC繊維集合体、並びに該乾燥されたNC繊維集合体の、低コスト、かつ、安全な製法を提供することである。尚、天然綿繊維の実際の繊維径は、凡そ12μm~28μmであることが知られている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、係る課題を解決すべく鋭意検討し実験を重ねた結果、セルロース純度の高い天然綿繊維に由来するニトロセルロース(NC)繊維を、非溶媒、好ましくは水のスラリーとし、係るスラリー状態で、例えば、ディスクミル粉砕機を用いて、NC繊維を微細化し、さらに、乾燥方法を最適化することで、従来の天然綿繊維由来のNC繊維に比べ、燃焼速度が高いにも拘わらす、落つい感度が低く、かつ、乾燥されたNC繊維集合体を、製造することができることを、予想外に見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0012】
すなわち、本発明は、以下の通りのものである。
[1]平均径が3μm以上30μm以下であり、かつ、BET比表面積が10m2/g以上100m2/g以下である、羽毛状の乾燥されたニトロセルロース(NC)繊維集合体。
[2]前記NC繊維集合体が凍結乾燥体である、前記[1]に記載のNC繊維集合体。
[3]前記NC繊維集合体の落つい感度が6級以上である、前記[1]に記載のNC繊維集合体。
[4]前記NC繊維集合体の落つい感度が6級以上である、前記[2]に記載のNC繊維集合体。
[5]前記NC繊維集合体の摩擦感度が6級以上であり、かつ、燃焼速度が20cm/s以上である、前記[1]~[4]のいずれかに記載のNC繊維集合体。
[6]以下の工程:
セルロースとしての天然綿繊維に由来するニトロセルロース(NC)繊維に、当該NC繊維の非溶媒を加え、これを混合してスラリーを調製する工程;
前記天然綿繊維に由来するNC繊維をスラリー状態で微細化して、微細化NC繊維を含むスラリーを調製する工程;及び
得られた微細化NC繊維を含むスラリーから非溶媒を除去して、乾燥されたNC繊維集合体を得る乾燥工程;
を含む、乾燥されたNC繊維集合体の製造方法。
[7]前記微細化NC繊維を含むスラリーを調製する工程において、ディスクミル粉砕機を用い、所定のクリアランス、及び時間に亘る段階的な所定回数(パス数)に供して、適宜、該非溶媒を添加しながら、乾燥後の微細化NC繊維において、平均径が3μm以上30μm以下であり、かつ、BET比表面積が10m2/g以上100m2/g以下となるように、前記天然綿繊維由来のNC繊維をスラリー状態で摩砕する、前記[6]に記載の方法。
[8]前記天然綿繊維に由来するNC繊維は、平均繊維径が160μm~200μmであり、繊維径が30μm~500μmの範囲内に80%分布し、かつ、BET比表面積が10m2/g未満であり、
前記乾燥されたNC繊維集合体に含まれる前記微細化NC繊維は、平均径が3μm以上30μm以下であり、かつ、BET比表面積が10m2/g以上100m2/g以下であり、かつ、
前記非溶媒が水である、前記[6]又は[7]に記載の方法。
[9]前記乾燥工程が、微細化NC繊維を含むスラリーを遠心分離により上澄み液を捨て、炭素数1~4程度の低級アルコール(例えば、メタノール、エタノール、n-プロパノール、n-ブタノール及びその異性体、例えば、tert-ブタノール)を加えつつ、水を炭素数1~4程度の低級アルコールで置換したものを、凍結乾燥する工程であり、かつ、得られる乾燥されたNC繊維集合体が羽毛状である、前記[8]に記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る羽毛状の乾燥されたニトロセルロース(NC)繊維集合体は、従来の天然綿繊維由来のNC繊維に比べ、燃焼速度が高いにも拘わらず、落つい感度が低く、かつ、乾燥されたNC繊維集合体であるため、無煙火薬(砲弾や銃器の発射薬)として使用されるほか、塗料、医薬、接着剤、セルロイド等の用途分野において好適に利用可能である。また、本発明に係る乾燥されたNC繊維集合体の製造方法は、非溶媒、例えば、水のスラリーの状態で、NC繊維を微細化するため、安全性が高く、また、量産化が可能な工業的製造方法である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施例1におけるディスクミル処理前の天然綿由来のNC繊維(NC-13.17)のSEM画像)である(繊維径15μm)。尚、前記したように、ニトロ化前の原料である天然綿繊維の繊維径は、凡そ12μm~28μmである。
【
図2】実施例1ディスクミル処理後の微細化NC繊維(NC-13.17)のSEM画像である(繊維径約10μm)。
【
図3】実施例1にけるNC-13.17についてのディスクミル処理前の粒度分布計で測定した繊維径の分布を示すグラフである。
【
図4】実施例1におけるNC-13.17についてのディスクミル処理後の粒度分布計で測定した繊維径の分布を示すグラフ。
【
図5】実施例2におけるNC-12.6についてのディスクミル処理前の粒度分布計で測定した繊維径の分布を示すグラフを示す。
【
図6】実施例2におけるNC-12.6についてのディスクミル処理後の粒度分布計で測定した繊維径の分布を示すグラフを示す。
【
図7】実施例2におけるNC-12.6についてのディスクミル処理前の発熱開始温度を示す示差走査熱量測定チャートを示す。
【
図8】実施例2におけるNC-12.6についてのディスクミル処理後の発熱開始温度を示す示差走査熱量測定チャートを示す。
【
図9】実施例1にけるNC-13.17についてのディスクミル処理前、実施例2におけるNC-12.6についてのディスクミル処理前、及び実施例1におけるNC-13.17についてのディスクミル処理後の、水スラリーの分散安定性(TSI:タービスキャンインデックス)時間経過を示すグラフである。
【
図10】ディスクミル(グラインダー)法の原理の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
本発明の1の実施形態は、平均径が3μm以上30μm以下であり、かつ、BET比表面積が10m2/g以上100m2/g以下である、羽毛状の乾燥されたニトロセルロース(NC)繊維集合体である。
【0016】
本明細書中、用語「羽毛状」とは、通常乾燥され、微細化NCが凝集された状態、すなわち、フレーク状ではなく、
図2に示すように、例えば、ディスクミルにより処理され、凍結乾燥されたNC繊維集合体で観察されるような、NC繊維が細かく摩砕されており、全体的に、あるいは部分的に解繊され、繊維表面が毛羽立った構造を含み、ほどよい空隙をもって適度に分散され、羽毛状でふわふわになっている状態をいう。この状態は繊維が多孔質の羽毛状集合体を形成もしくは乾燥前と形態の大きな変化がない羽毛状をいう。乾燥されたNC繊維集合体における係る状態は、以下に述べるように、例えば、分散安定化したスラリー中の水を炭素数1~4程度の低級アルコールで置換して凍結乾燥させる、すなわち、微細化されたNC繊維を分散された状態で維持して乾燥させることにより得ることができ、係る「羽毛状」であることで、本実施形態では、落つい感度のような衝撃試験において、応力が集中するホットスポットの数が低下し、より安全性に振らすことが可能となっている。これは、従来技術のNC繊維では達成されることが出来なかった特性である。
【0017】
本発明の他の実施形態は、以下の工程:
セルロースとしての天然綿繊維に由来するニトロセルロース(NC)繊維に、該NC繊維の非溶媒を加え、これを混合してスラリーを調製する工程;
前記天然綿繊維に由来するNC繊維をスラリー状態で微細化して、微細化NC繊維を含むスラリーを調製する工程;及び
得られた微細化NC繊維を含むスラリーから非溶媒を除去して、乾燥されたNC繊維集合体を得る乾燥工程;
を含む、乾燥されたNC繊維集合体の製造方法である。
【0018】
上記「セルロースとしての天然綿繊維に由来するニトロセルロース(NC)繊維に、該NC繊維の非溶媒を加え、これを混合してスラリーを調製する工程」において使用する非溶媒は、NC繊維を実質的に溶解しないものであれば、特に制限はなく、窒素含量に応じて適宜選定されることができる。本明細書中、「NC繊維を実質的に溶解しない」とは、溶解率が20%以下であることをいう。もちろん、水100であれば、NC繊維は溶解しない。例えば、NC-12.6の場合、エーテル溶剤/エタノール溶媒(エーテル率20%以下)、アセトン溶剤/溶媒エタノール溶媒(アセトン率5%以下)、アセトン溶剤/水溶媒(アセトン率70%以下)、NC-13.17の場合、エーテル溶剤/エタノール溶媒(エーテル率40%以下)、アセトン溶剤/溶媒エタノール溶媒(アセトン率70%以下)、アセトン溶剤/水溶媒(アセトン率80%以下)であることができる。安全性、生産コストの観点から、非溶媒は好ましくは水である。なお、前記天然綿繊維に由来するNC繊維は、典型的には平均繊維径が160μm~200μmであり、繊維径が30μm~500μmの範囲内に80%分布し、かつ、BET比表面積が10m2/g未満である。
【0019】
上記「NC繊維をスラリー状態で微細化して、微細化NC繊維を含むスラリーを調製する工程」に使用する装置も、「乾燥後の微細化NC繊維において、平均径が3μm以上30μm以下であり、かつ、BET比表面積が10m2/g以上100m2/g以下となる」微細化NCを安全に、かつ、比較的高い生産性をもって、調製することができる装置である限り、特に制限はなく、例えば、ディスクミル(グラインダー)法、高圧ホモジェナイザー法、水中カウンターコリジョン(ACC)法、マイクロフリュイダイザー法、凍結粉砕法、超音波解繊法、高速攪拌法、ビーズミル法を挙げることができるが、危険物であるNCに衝撃や熱をできるだけ与えないという観点から、ディスクミル(グラインダー)法が好ましい。
【0020】
図10は、ディスクミル(グラインダー)法の原理の説明図(非特許文献3、第19頁、
図4.2.4.1.1)である。グラインダー法では、例えば、水分散した被微細化物を電動石臼解繊装置(例えば、増幸産業(株)製のスーパーマスコロイダー(石臼式摩砕機、型式:MKCA6-2)で処理する。スーパーマスコロイダーは、間隔を自由に調整できる上下2枚の無気孔グラインダー(セラミックディスク)によって構成された石臼形式の超微細摩砕機であり、上部グラインダーは固定されており、下部グラインダーが高速回転する。投入された被微細化物は、上下グラインダーの間隔に送り込まれ、そこで生じる強大な圧縮・せん断・転がり摩擦などの複合作用により次第にすり潰され、超微細化される。石臼形式であるため、上記した他の粉砕方法に比べ、粒度(粒径)分布はシャープになり、製品粒子(繊維)は丸みを帯び、より滑らかになる。グラインダー処理では、1回処理もしくは1回処理では十分に解繊が進行しない場合、スラリー(懸濁液)を再度、装置に投入し繰り返し処理を行う。その際、必要に応じて上下セラミックディスク間のクリアランスを調整(処理回数の増加に伴い、試料が微細化するので、クリアランスを狭める)する。したがって、被微細化物の繊維径が大きい場合でも、処理を繰り返してクリアランスを調整することで、粗砕からナノ化までを実現できる。
【0021】
上記「NC繊維をスラリー状態で微細化して、微細化NC繊維を含むスラリーを調製する工程」において、ディスクミル粉砕機を用いる場合、所定のクリアランス、及び時間に亘る段階的な所定回数(パス数)に供して、適宜、該非溶媒を添加しながら、乾燥後の微細化NC繊維において、平均径が3μm以上30μm以下であり、かつ、BET比表面積が10m2/g以上100m2/g以下となるように、前記天然綿繊維由来のNC繊維をスラリー状態で摩砕することができる。
前記したように、非溶媒は、安全性、低コストの観点から、可燃性でない水が好ましい。
【0022】
ディスクミルは、上下2枚の無気孔砥石の間隔(クリアランス)を段階的に狭めていくことで、被処理物の粒径を低下させることを摩砕原理とするが、当然に熱が発生するため、加熱よる害作用がない状態で使用されうるものである。前記したn-NCゲルを開示する特許第5206947号公報中でも、セルロースナノファイバーの製造に用いたことが例示されているが、セルロースナノファイバーは、ニトロ化される前の状態であり、危険物であり加熱により爆発の恐れが高いNC繊維の摩砕にディスクミルを使用することを当業者はためらっていたのである。係る教示に反し、本願発明者らは、被処理物が、危険物であるNC繊維であっても、水で希釈したスラリー状態であれば、NC繊維を安全に摩砕することができることを実験により確かめることによって、本発明を完成するに至ったのである。また、前記したように、本願発明者らは、例えば、凍結乾燥体とすることによって、落つい感度が予想外に低下することを見出したのである。これらの点に、本願発明の技術的意義が認められるべきである。
【0023】
上記「乾燥工程」においては、NC繊維を含むスラリーを遠心分離により上澄み液を捨て、例えば、炭素数1~4程度の低級アルコール、例えば、tert-ブタノールを加えつつ、水を炭素数1~4程度の低級アルコールで置換したものを、凍結乾燥することにより、得られる乾燥されたNC繊維集合体をふわふわの羽毛状にすることができる。尚、一部のアルコールは、融点が低いため凍結乾燥には適さないものであった。
これを可能とするために、微細化処理、例えば、ディスクミル処理されたスラリーにおいて、微細化NC繊維の分散状態が極めて良好であることが必要である。後述するように、ディスクミル処理前後で、タービスキャンによる沈降測定を実施したところ、
図9に例示するように、ディスクミル処理されたスラリーにおいて、微細化NC繊維の分散状態が極めて良好であることが判明した。尚、タービスキャンによる沈降測定では、沈降やクリーミング、凝集や合一などでサンプル中の粒子の移動、濃度と粒径の変化を直接観察することができ、目測観察や遠心沈降などの他の一般的な方法よりも実際の環境下でより速く確実に分散状態の変化を評価できる。
つまり、ディスクミル処理されたスラリーにおいて、微細化NC繊維の分散状態が極めて良好であることで、例えば、添加された炭素数1~4程度の低級アルコールが水を置換して、微細化NC繊維の間に入り込み、その後、炭素数1~4程度の低級アルコールが除去されることで羽毛状のふわふわの凍結乾燥体が得られ、その結果、落つい感度が低下するのである。
【実施例0024】
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
まず、実施例等で用いた原料NC繊維の、また、ディスクミルによる微細化後の微細化NC繊維の各種物性の測定方法、条件等について説明する。
【0025】
[微細化前の原料NC繊維]
NC-13.17((株)ダイセル製、窒素量13.17重量%)とNC-12.6(旭化成(株)製、窒素量12.6重量%)を、以下の実施例等に用いた。
【0026】
[通常乾燥]
ディスクミルによる微細化処理後のゲル状の微細化NC繊維36gを遠沈管にとり、遠心分離した後、上澄み液を捨て、25℃、減圧・乾燥下で24時間以上放置して、通常乾燥させた。なお、遠心分離は久保田製作所製テーブルトップ遠心機5240を用いて約10分間行った。こうして得られた通常乾燥体を各種物性の測定に供した。
【0027】
[凍結乾燥]
ディスクミル処理前のNC繊維36g、又はディスクミルによる微細化処理後のゲル状の微細化NC繊維36gを遠沈管にとり、遠心分離した後、上澄み液を捨て、tert-ブタノールを8mL加えた。自転公転ミキサー(THINKY製、ARE310)で攪拌し、再度遠心分離した。これを3回以上繰り返した後、最後にもう一度、tert-ブタノールを加え、自転公転ミキサーで攪拌した。内容物をナスフラスコに移し、冷凍庫等で十分に凝固させてから凍結乾燥機を用い、1~5Torrの真空下で、十分に凍結乾燥させた。こうして得られた凍結乾燥体を各種物性の測定に供した。凍結乾燥機には、コールドトラップと真空ポンプからなる自作装置を用いた。
【0028】
[BET比表面積(m2/g)]
乾燥した試料を、BELPREP VAC II(BEL Japan,Inc,Tokyo,Japan)を用いて、減圧下で6時間、50℃で脱ガスした。マイクロトラック・ベル(株)BELSORP-max(BEL Japan,Inc.,Tokyo,Japan)を用いて,77Kにおける窒素の吸着等温線を測定した。BET比表面積(SBET)は,BEL master解析ソフトウェア(BEL Japan, Inc.)で求めた。
【0029】
[平均径(μm)]
分散媒として水を用い、粒度分布装置ベックマン・コールター(株)LS 13 320を使用してサンプルの粒度分布、平均径、中位径、標準偏差(SD)等を測定した。得られた平均径および測定条件の詳細を
図3~6に示す。
【0030】
[発熱開始温度(℃)]
JIS K 4834:2013化学物質の爆発危険性評価手法としての発熱分解エネルギーの測定方法に準拠して、示差走査熱量測定を実施した。示差走査熱量測定には、(株)日立ハイテクサイエンス社製EXSTAR DSC7020を用いて、試料1mgを示差走査熱量測定容器(耐圧性ステンレス容器、容積約20μL)に充填し、5又は10K/minの加熱速度で500℃まで加熱した。測定によって得られるピークを時間に対して積分すると発熱分解エネルギー(QDSC)が得られる。分解による発熱開始温度は,ピークの立ち上がり温度と発熱曲線の接線とベースラインとの交点を示す温度の2種類を求めた。
【0031】
[摩擦感度(等級)]
JIS K 4810:2023火薬類性能試験法に準拠して、摩擦感度(等級)試験を実施した。ドイツ材料試験所(BAM)で開発された摩擦感度試験機を用いた。この試験機は、25x25x5mmの磁器製摩擦板(表面に平行な縞目を有するもの)と、径10mm、高さ15mmの磁器製摩擦棒から成っている。板と棒の間に試料を挟み、荷重を加え、モーターによって板を水平に直線的に動かした。荷重と爆発の状態との関係から、火薬類の感度を調べた。同一荷重で6回ずつ試験し、1/6爆点(6回のうち少なくとも1回爆発する条件)を求め、以下の判定基準に従って摩擦感度(等級)を判定した。
<判定基準>
【表1】
【0032】
[落つい感度(等級)]
JIS K 4810:2023火薬類性能試験法に準拠して、落つい感度試験機を実施した。試験機のかなしきの上に置いた2個の円筒コロの間に、錫箔皿に入れた試料をはさんだ。重量5kgの落ついを、その上に落として、その高さと爆発の成否の関係から、試料の打撃感度を調べた。同一落高で6回試験して、1/6爆点(1回だけ爆発するか、あるいは1回だけ爆発すると推定される高さ)を求め、以下の判定基準に従って、落つい感度(等級)を判定した。試験は5、10、15、20、30、40、50cmの中の適用な高さで行った。
<判定基準>
【表2】
【0033】
[燃焼速度(cm/s)]
NC試料(重量1g、幅5mm、長さ14cm)をグリーンスクリーン上に置き,大気圧条件下で、NC試料の片側から着火させた。高速度カメラ(SA-X、フォトロン株式会社)を用いて1000駒/秒の記録速度で燃焼挙動を記録し、燃焼速度を求めた。
【0034】
[実施例1]
NC-13.17:20gに蒸留水180ccを添加して10wt%スラリー:200mLを調製した。上記スラリーを、増幸産業(株)製のスーパーマスコロイダー(石臼式摩砕機、型式:MKCA6-2、モーター:1.5kW,3相、砥石直径:φ150mm(6インチ)、処理能力(湿):35~129kg/h、外径寸法W×L×H:φ350×650(H)mm、重量:60kg)に適用し、上下2枚の無気孔砥石(下が回転砥石:回転速度1800rpm)の間隔(クリアランス)を以下の表3:
【0035】
【表3】
に示すように、280μmから150μmまでクリアランスを徐々に狭めていき9回(パス)実施して、微細化NC-13.17のスラリーを得た。上記パスの途中で、200mLのスラリーに水を加え1Lに希釈した。150μmより狭めると、透過時間が極端に上昇し、砥石の温度の上昇が懸念され、ニトロセルロースの分解や爆発のリスクが高まると判断したため、150μmで摩砕を終了した。次いで、得られたスラリーの通常乾燥体と凍結乾燥体を作製した。結果を以下の表5に示す。
図1に、ディスクミル処理前の天然綿由来の繊維径15μmのNC繊維のSEM画像を示す。また、
図2に、ディスクミル処理後の微細化NC繊維のSEM画像を示す。
また、
図3と
図4に、それぞれ、ディスクミル処理前後の平均径の分布を示すグラフを示す。
【0036】
[実施例2]
NC-12.6:100gに蒸留水900ccを添加して10wt%スラリー:1Lを調製した。上記スラリーを、増幸産業(株)製のスーパーマルコロイダー(石臼式摩砕機)MKCA6-2に適用し、上下2枚の無気孔砥石(下が回転砥石:回転速度1800rpm)の間隔(クリアランス)を以下の表4:
【0037】
【表4】
に示すように、300μmから140μmまでクリアランスを徐々に狭めていき14回(パス)実施して、微細化NC-12.6のスラリーを得た。上記パスの途中で、1Lのスラリーに水を加え5Lに希釈した。140μmより狭めると、透過時間が極端に上昇し、砥石の温度の上昇が懸念され、ニトロセルロースの分解や爆発のリスクが高まると判断したため、140μmで摩砕を終了した。次いで、得られたスラリーの通常乾燥体と凍結乾燥体を作製した。結果を以下の表5に示す。
また、
図5と
図6に、それぞれ、ディスクミル処理前後の平均径の分布を示すグラフを示す。
【0038】
[発熱開始温度の確認]
また、
図7と
図8に、それぞれ、ディスクミル処理前後の発熱開始温度を示す示差走査熱量測定チャートを示す。
図7と
図8の対比から、ディスクミル処理前後では、発熱開始温度はほぼ同じであり、発熱分解エネルギーに関しては約10%程度の低下が見られたが、摩砕により物理形状が変化しただけで、摩砕による熱分解は限定的であることを確認した。
【0039】
[スラリーの分散安定性の確認]
図9は、実施例1にけるNC-13.17についてのディスクミル処理前、実施例2におけるNC-12.6についてのディスクミル処理前、及び実施例1におけるNC-13.17についてのディスクミル処理後の、水スラリーの分散安定性(TSI:タービスキャンインデックス)時間経過を示すグラフである。
図9中、#3-DMNC-13.17(実施例1におけるNC-13.17についてのディスクミル処理後の、水スラリー)のTSIは60時間経過後でも低く、微細化NC繊維を含む水スラリーの分散安定性が極めて高いことが分かった。
【0040】
【0041】
表5から分かるように、NCをディスクミル装置で安全に粉砕することができた。また、ディスクミル処理した微細化NCは、市販の処理前のNCに比べて約2倍の比表面積を有し、また、平均径が約1/10以下となった。また、NCをディスクミル処理により微細化NCにすることで、発熱開始温度と摩擦感度に大きな違いはなかった。また、ディスクミル処理した微細化NCを通常乾燥させた通常乾燥体では、微細化NC繊維が凝集し、フレーク状であったため、ディスクミル処理前の通常乾燥体と同様の燃焼速度であった。他方、ディスクミル処理した微細化NCを凍結乾燥させた凍結乾燥体では、燃焼速度が約10%増加したにも拘わらず、落つい感度は低下し、安全性が向上することが分かった。これは、
図2に示すように、ディスクミル処理され、凍結乾燥されたNC繊維集合体では、NC繊維が細かく摩砕されており、完全に解繊されてはいないものの、ほどよい空隙をもって適度に分散され、羽毛状で「ふわふわ」になっているため、落つい感度試験のような衝撃試験において応力が集中するホットスポットの数が低下したためと推定される。
本発明に係る羽毛状の乾燥されたニトロセルロース(NC)繊維集合体は、従来の天然綿繊維由来のNC繊維に比べ、燃焼速度を損なわずに、落つい感度が低い、乾燥されたNC繊維集合体であるため、安全性が向上しており、無煙火薬(砲弾や銃器の発射薬)として使用されるほか、塗料、医薬、接着剤、セルロイド等の用途分野において好適に利用可能である。また、本発明に係る乾燥されたNC繊維集合体の製造方法は、可燃性でない非溶媒、例えば、水のスラリーの状態で、NC繊維を微細化するため、安全性が高く、また、量産化が可能な工業的製造方法である。