(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024126988
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】層状物質膜の特性評価方法
(51)【国際特許分類】
H01L 21/66 20060101AFI20240912BHJP
G01N 27/00 20060101ALI20240912BHJP
【FI】
H01L21/66 L
G01N27/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023035797
(22)【出願日】2023-03-08
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000408
【氏名又は名称】弁理士法人高橋・林アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】岡田 光博
(72)【発明者】
【氏名】山田 貴壽
(72)【発明者】
【氏名】久保 利隆
(72)【発明者】
【氏名】清水 哲夫
(72)【発明者】
【氏名】沖川 侑揮
【テーマコード(参考)】
2G060
4M106
【Fターム(参考)】
2G060AA09
2G060AF02
2G060AF15
2G060EB03
2G060EB08
2G060KA09
4M106AA01
4M106BA14
4M106BA20
4M106CA48
4M106CB30
4M106DH50
(57)【要約】 (修正有)
【課題】遷移金属ダイカルコゲナイドやグラフェンなどの層状物質、特に数層程度の層状物質の超薄膜の層数を決定する方法を提供すること。
【解決手段】ケルビンプローブフォース顕微鏡を用いた特性評価方法は、厚さが0.3nm以上7.0nm以下の層状物質膜102の表面上の第1の点と層状物質膜を部分的に覆う金属膜104の表面上の第2の点とを結ぶ測定線上に沿って、金属膜と層状物質膜の表面の仕事関数をカンチレバー110を走査して取得することと、層状物質膜102、境界103および金属膜104に亘る測定線上における仕事関数の変化挙動に基づいて層状物質膜の層数を決定することと、を含む。層状物質膜は、第4族から第7族の遷移金属ダイカルコゲナイドの膜またはグラフェン膜である。
【選択図】
図1A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
厚さが0.3nm以上7.0nm以下の層状物質膜の表面上の第1の点と前記層状物質膜を部分的に覆う金属膜の表面上の第2の点とを結ぶ測定線上に沿って、前記金属膜と前記層状物質膜の表面の仕事関数をケルビンプローブフォース顕微鏡を用いて取得すること、および
前記測定線上における前記仕事関数の変化挙動に基づいて前記層状物質膜の層数を決定することを含み、
前記層状物質膜は、第4族から第7族の遷移金属ダイカルコゲナイドの膜またはグラフェン膜である、層状物質膜の特性評価方法。
【請求項2】
前記遷移金属ダイカルコゲナイドは、チタン、バナジウム、ニオブ、モリブデン、タングステン、およびレニウムから選択される金属の二硫化物、二セレン化物、および二テルル化物から選択される、請求項1に記載の特性評価方法。
【請求項3】
前記厚さは、0.3nm以上3.0nm以下である、請求項1に記載の特性評価方法。
【請求項4】
前記金属膜は、
前記層状物質膜の上に位置し、前記層状物質膜に接する第1の金属膜、および
前記第1の金属膜上の第2の金属膜を含み、
前記第1の金属膜は、チタン、クロム、およびニッケルから選択される金属を含み、
前記第2の金属膜は、金と白金から選択される金属を含む、請求項1に記載の特性評価方法。
【請求項5】
前記変化挙動は、前記仕事関数の前記測定線上の位置に対するプロットによって表される、請求項1に記載の特性評価方法。
【請求項6】
前記層数の前記決定は、前記測定線上の連続する0μmよりも長く10μm以下の範囲における前記仕事関数の前記変化挙動を用いて行われ、
前記層状物質膜と前記金属膜の境界が前記範囲と重なる、請求項1に記載の特性評価方法。
【請求項7】
前記仕事関数は、前記ケルビンプローブフォース顕微鏡のカンチレバーと前記層状物質膜または前記金属膜間の電位差を測定することで取得され、
前記金属膜と前記カンチレバーは、電圧可変直流電源を介して互いに電気的に接続される、請求項1に記載の特性評価方法。
【請求項8】
層状物質膜の特性評価のためのシステムであり、
ケルビンプローブフォース顕微鏡、走査プローブ顕微鏡、および原子間力顕微鏡から選択される測定装置、ならびに
前記測定装置で取得されるデータを取得するように構成されるコンピューティングデバイスを備え、
前記測定装置は、基板上に位置する前記層状物質膜、および層状物質膜を部分的に覆う金属膜を備える試料について、前記層状物質膜の表面上の第1の点と前記金属膜の表面上の第2の点とを結ぶ測定線上に沿って前記金属膜と前記層状物質膜の仕事関数を取得するように構成される、システム。
【請求項9】
前記測定装置は、電圧可変直流電源、およびカンチレバーをさらに備え、
前記金属膜、前記電圧可変直流電源、および前記カンチレバーがこの順で直列に接続される、請求項8に記載のシステム。
【請求項10】
前記測定装置は電圧計をさらに備え、
前記電圧計は、前記カンチレバーと前記金属膜の間で前記電圧可変直流電源に対して並列に接続される、請求項9に記載のシステム。
【請求項11】
前記測定装置を制御する制御ユニットをさらに備える、請求項8に記載のシステム。
【請求項12】
前記コンピューティングデバイスに通信接続されるデータベースをさらに備え、
前記データベースには、予め取得された、前記試料の前記測定線上における前記仕事関数の変化挙動が格納される、請求項8に記載のシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態の一つは、層状物質膜の特性評価方法に関する。例えば、本発明の実施形態の一つは、遷移金属ダイカルコゲナイドやグラフェンの薄膜の特性評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体材料の特性を評価するパラメータの一つとして、走査プローブ顕微鏡(SPM)の一種であるケルビンプローブフォース顕微鏡(KFM)によって取得される表面電位が用いられる。例えば特許文献1と2には、窒化ガリウムや遷移金属ダイカルコゲナイドなどの半導体材料の表面電位をKFMを用いて測定することで、半導体材料の表面特性や電位分布などが評価できることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008-277573号公報
【特許文献2】米国特許出願公開第2022/0011355号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の実施形態の一つは、層状物質膜の特性を評価するための新規な方法を提供することを課題の一つとする。あるいは、本発明の実施形態の一つは、遷移金属ダイカルコゲナイドやグラフェンなどの層状物質の膜、特に数層程度の層状物質の超薄膜の特性評価方法を提供することを課題の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の実施形態の一つは、層状物質膜の特性評価方法である。この特性評価方法は、厚さが0.3nm以上7.0nm以下の層状物質膜の表面上の第1の点と層状物質膜を部分的に覆う金属膜の表面上の第2の点とを結ぶ測定線上に沿って、金属膜と層状物質膜の表面の仕事関数をKFMを用いて取得すること、および測定線上における仕事関数の変化挙動に基づいて層状物質膜の層数を決定することを含む。層状物質膜は、第4族から第7族の遷移金属ダイカルコゲナイドの膜またはグラフェン膜である。
【0006】
本発明の実施形態の一つは、層状物質膜の特性を評価するためのシステムである。このシステムは、KFM、および原子間力顕微鏡(AFM)から選択される測定装置、ならびに上記測定装置で取得されるデータを取得するように構成されるコンピューティングデバイスを備える。測定装置は、基板上に位置する層状物質膜、および層状物質膜を部分的に覆う金属膜を備える試料について、層状物質膜の表面上の第1の点と金属膜の表面上の第2の点とを結ぶ測定線上に沿って金属膜と層状物質膜の仕事関数を取得するように構成される。
【発明の効果】
【0007】
本発明の実施形態の一つにより、層状物質の超薄膜の特性を非破壊で評価することができる。あるいは、本発明の実施形態の一つにより、層状物質の超薄膜の層数を非破壊で決定することができ、例えば、単一の単位層で構成される層状物質膜と二つの単位層で構成される層状物質膜とを判別することも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1A】本発明の実施形態の一つに係る評価方法を示す模式的端面図。
【
図1B】本発明の実施形態の一つに係る評価方法を示す模式的上面図。
【
図2A】本発明の実施形態の一つに係る評価方法を示す模式図。
【
図2B】本発明の実施形態の一つに係る評価方法を実現するためのシステムの機能ブロック図。
【
図3A】実施例において作製した試料1-1(左)と1-2(右)のKFM像。
【
図3B】実施例において作製した試料2-1(左)と2-2(右)のKFM像。
【
図3C】実施例において作製した試料3-1(左)と3-2(右)のKFM像。
【
図4A】試料1-1と1-2の測定線上の位置に対する仕事関数のプロット。
【
図4B】試料2-1と2-2の測定線上の位置に対する仕事関数のプロット。
【
図5】試料3-1と3-2の測定線上の位置に対する仕事関数のプロット。
【
図6】実施例において作製した試料4-1(左)と4-2(右)のKFM像。
【
図7】試料4-1と4-2の測定線上の位置に対する仕事関数のプロット。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本出願で開示される発明の実施形態について説明する。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲において様々な態様で実施することができ、以下に例示する実施形態の記載内容に限定して解釈されるものではない。以下の実施形態によりもたらされる作用効果とは異なる作用効果であっても、本明細書の記載から明らかなもの、または、当業者において容易に予測し得るものについては、当然に本発明によりもたらされるものと理解される。
【0010】
図面は、説明をより明確にするため、実際の態様に比べ、各部の幅、厚さ、形状などについて模式的に表される場合があるが、あくまで一例であって、本発明の解釈を限定するものではない。本明細書と各図において、既出の図に関して説明したものと同様の機能を備えた要素には、同一の符号を付して、重複する説明を省略することがある。
【0011】
1.層状物質膜の特性評価方法
(1)層状物質膜
本発明の実施形態の一つに係る特性評価方法における評価対象は、導電性を有する層状物質の膜である。具体的には、遷移金属ダイカルコゲナイド膜またはグラフェン膜である。
【0012】
遷移金属ダイカルコゲナイドとしては、周期表第4族から第7族の遷移金属ダイカルコゲナイドが挙げられ、より具体的には、遷移金属ダイカルコゲナイドは、チタン、バナジウム、ニオブ、モリブデン、タングステン、およびレニウムから選択される金属の二硫化物、二セレン化物、および二テルル化物から選択される。典型的な遷移金属ダイカルコゲナイドとして、二硫化モリブデン(MoS2)、二セレン化モリブデン(MoSe2)、二硫化タングステン(WS2)、二セレン化タングステン(WSe2)などが例示される。これらの遷移金属ダイカルコゲナイドの各単位層は、遷移金属の層とこれを上下から挟持するカルコゲン原子の層によって形成され、各単位層において、遷移金属原子とカルコゲン原子(硫黄、セレン、テルル)はいずれも三角格子を形成する。複数の単位層が層状に積み重なることで三次元結晶が形成される。遷移金属ダイカルコゲナイド膜の結晶構造に制約はなく、三角プリズム型構造(2Hあるいは3R相)や準安定化構造である正八面体構造(1T相)若しくは正八面体構造からカルコゲンがずれた歪み正八面体構造(1T´相)でもよい。
【0013】
グラフェンとは、sp2炭素原子が二次元のハニカム格子内に配置され、一原子層の厚さを有する平面状の物質であり、単層グラフェンまたはグラフェンシートとも呼ばれる。本特性評価方法の対象であるグラフェン膜は、単層グラフェン(すなわち、単位層)と複数のグラフェンの積層体を含む。
【0014】
本特性評価方法の評価対象である層状物質膜の厚さは、0.3nm以上7.0nm以下、0.3nm以上3.0nm、または0.3nm以上1.0nm以下である。したがって、層状物質膜に含まれる単位層の数(層数)は、1以上10以下、1以上5以下、1以上3以下、または1若しくは2であり、このことから、評価対象は極めて厚さが小さい超薄膜であることが理解される。このような遷移金属ダイカルコゲナイドやグラフェンの超薄膜、特に単層膜や二層膜(すなわち、二つの単位層からなる膜)は、電子の閉じ込め効果が高く、これに起因して特異的な性質(線形のバンド分散、発光特性、バレー自由度)や機能(電界トランジスタにおける高いオン-オフ比など)を発現することができる。
【0015】
(2)層状物質膜の特性評価方法
本特性評価方法では、KFMを用いて取得される表面電位が利用される。
図1Aと
図1Bに本特性評価方法で用いられる試料の模式的端面図と上面図をそれぞれ示す。
図1Aに示すように、試料は、基板100、基板100上に形成される評価対象である層状物質膜102、および層状物質膜102の一部を覆い、他の一部を露出する金属膜104を含む。試料は、後述する測定装置の試料台上に設置される。
【0016】
基板100としては、絶縁性表面を有する基板が用いられる。例えば、雲母(マイカ)基板、シリコン基板、ゲルマニウム基板、ガリウムヒ素基板、窒化ガリウム基板、サファイア基板、石英基板、六方晶窒化ホウ素基板、ガラス基板、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)単結晶基板などが基板100として用いられる。雲母基板は天然雲母基板でもよく、あるいはフッ素金雲母基板などの人造雲母基板でもよい。シリコンやゲルマニウム、化合物半導体などの半導体を含む基板を用いる場合には、その表面に酸化物を形成してもよい。好ましくは、基板100の表面は平坦であり、その算術平均表面荒さ(Ra)は、例えば0.0nmよりも大きく1.0nm以下、0.5nm以下、または0.2nm以下でもよい。
【0017】
層状物質膜102は公知の方法を適用して形成することができる。層状物質膜102が遷移金属ダイカルコゲナイドの膜の場合には、例えば熱化学気相堆積(CVD)法を利用して層状物質膜102が形成される。具体的には、遷移金属を含有する前駆体を原料として用い、アルゴンや窒素などの不活性ガスと気化させたカルコゲン単体ないしカルコゲン含有ガスを混合してチャンバーまたは反応容器内で加熱すればよい。必要であれば、水素などの還元性ガスを混入してもよい。前駆体としては、六フッ化タングステン(WF6)や六フッ化モリブデン(MoF6)など遷移金属フッ化物、モリブデンヘキサカルボニル(Mo(CO)6)やタングステンヘキサカルボニル(W(CO)6)などの遷移金属カルボニル、二酸化モリブデン(MoO2)、三酸化モリブデン(MoO3)、三酸化タングステン(WO3)などの遷移金属酸化物などが例示される。カルコゲン単体としては硫黄(S)、セレン(Se)、テルル(Te)、カルコゲン含有ガスとしては、硫化水素(H2S)やセレン化水素(H2Se)、テルル化水素(H2Te)などが挙げられる。また、成長の促進剤としてアルカリ金属化合物を投入してもよい。アルカリ金属化合物には、塩化リチウム(LiCl)、塩化ナトリウム(NaCl)や臭化カリウム(KBr)などのアルカリ金属ハロゲン化物、水酸化ナトリウム(NaOH)や水酸化カリウム(KOH)などのアルカリ金属水酸化物、酢酸ナトリウム(CH3COONa)などのアルカリ金属有機酸塩などが挙げられる。
【0018】
層状物質膜102がグラフェン膜の場合においても、熱CVDまたはプラズマCVDを利用して層状物質膜102を形成することができる。例えば、メタンやエタン、アセチレン、エタノール、ベンゼンなどの炭素含有化合物を原料として用い、基板が配置されたチャンバーまたは反応容器内で、原料を600℃以上1200℃以下の温度で加熱することで基板上にグラフェンを含む層状物質膜102を形成することができる。この時、原料とともに希釈用の不活性ガスや、水素などの還元性ガスを導入してもよい。基板には、グラフェン生成を促進する触媒として機能する銅、鉄、ニッケル、コバルト、イリジウム、金などの金属を含むことが好ましい。CVD法で得られたグラフェン/基板構造の基板をウエットエッチングで除去、または基板構造から電気化学的や機械的に剥離し、基板100へ転写してもよい。
【0019】
これら層状物質膜102は、バルク単結晶から機械的や化学的に剥離し、基板100へ付着させたものでもよい。また、多層の層状物質膜102は、へき開や成長によって得られるだけでなく、転写によって積層させたものでもよい。転写法は、ウェット・ドライを問わない。
【0020】
金属膜104は、層状物質膜102と接して接着層として機能する第1の金属膜104-1、および第1の金属膜104-1上に位置し、第1の金属膜104-1と接する第2の金属膜104-2を含む。第1の金属膜104-1に含まれる金属(0価の金属)に特段の制約はない。例えば、チタン、ニッケル、クロム、タンタル、モリブデン、タングステン、パラジウム、白金、金、銀、銅、アルミニウムなどが第1の金属膜104-1に含まれる金属として挙げられ、典型的にはチタン、ニッケル、クロムなどが例示される。第2の金属膜104-2は保護電極としても機能し、例えば金、または白金を含む。第1の金属膜104-1と第2の金属膜104-2は、いずれもマスク(例えばメタルマスク)を利用する蒸着法を利用して形成すればよい。金属膜104の厚さに制約はなく、例えば第1の金属膜104-1の厚さは2nm以上50nm以下の範囲から、第2の金属膜104-2の厚さは5nm以上100nmの範囲から適宜選択すればよい。また、金属膜104は単一の金属のみで構成されていてもよい。
【0021】
上述したように、本特性評価方法ではKFMが用いられ、KFMのカンチレバー110の先端が層状物質膜102と金属膜104の表面近傍に配置される。カンチレバー110と層状物質膜102の間、およびカンチレバー110と金属膜104の間の電位差を取得するため、電圧可変直流電源106がカンチレバー110と金属膜104に電気的に接続される。すなわち、金属膜104、電圧可変直流電源106、カンチレバー110がこの順で直列に接続され、カンチレバー110と金属膜104の間に電圧計108が電圧可変直流電源106に対して並列に接続される。
【0022】
KFMによる測定では、金属膜104の表面上の点(例えば、
図1Bにおける点A)と、金属膜104から露出した層状物質膜102の表面上の点(例えば、
図1Bにおける点B)の間を結ぶ測定線AB上でカンチレバー110を走査し、カンチレバー110の先端と金属膜104または層状物質膜102間の電位差(表面電位差)を取得する。測定線ABは必ずしも直線である必要はなく、金属膜104と層状物質膜102の境界103を横断する直線、曲線、あるいは直線と曲線の組み合わせでもよい。また、測定線ABは一定の幅(例えば、1μm以上5μm以下)を有してもよい。この場合、測定線AB上の各点の測定値として、当該点における測定線ABの傾きに垂直な方向でカンチレバー110を走査して取得される複数の測定点の平均値を採用すればよい。
【0023】
上記電位差は、カンチレバー110の先端と金属膜104または層状物質膜102間の電位差をキャンセルするために電圧可変直流電源106から印加される電圧に相当する。この電圧可変直流電源106から印加される電圧を電圧計108で測定することにより、カンチレバー110と金属膜104の間、およびカンチレバー110と層状物質膜102間の表面電位差、および表面電位差の符号を逆転して得られる仕事関数の差を取得することができる。より具体的には、第2の金属膜104-2(例えば、金の場合)の表面の仕事関数を4.7eVと仮定し、カンチレバー110と金属膜104の間、およびカンチレバー110と層状物質膜102間の表面電位差を取得する。なお、金属膜104の仕事関数の値は、第2の金属膜に使用する金属の仕事関数の値を用いればよい。これらの表面電位差の値の符号を反転し、さらに第2の金属膜104-2の表面の仕事関数が第2の金属膜104-2に含まれる金属の仕事関数(例えば、金の場合には4.7eV)となるようにオフセットして得られる値をそれぞれ金属膜104と層状物質膜102の仕事関数として取得する。その結果、測定線上における仕事関数の変化を取得することができる。すなわち、層状物質膜102、境界103、および金属膜104に亘る仕事関数の測定線上における位置依存性を得ることができる。より具体的には、
図2Aに示すように、層状物質膜102、境界103、および金属膜104に亘る仕事関数の変化挙動を測定線上の位置に対する仕事関数のプロットとして得ることができる。なお、この時の仕事関数の絶対値は必ずしも正確である必要はなく、各プロットにおいて相対的な値でよい。
【0024】
ここで、境界103の位置は、カンチレバー110の変位を利用して得られる金属膜104と層状物質膜102が重なる領域と層状物質膜102のみが存在する領域の高さから決定することができる(
図2Aにおける鎖線参照)。したがって、高さが急激に変化する点を繋いで得られる線を境界103として定義すればよい。しかしながら、上述したように、測定対象の層状物質膜102は極めて小さな厚さを有し、境界103を明確な線として決定することが出来ない場合がある。このため、境界103は、
図2Aに示すように、有限の幅(例えば、0.005μ以上3.0μm以下、または0.5μm以上2μm以下)を有する一定の領域として定義づけられることがある。また、後述するように、境界103および/または境界103の近傍で仕事関数は大きく変化し、この変化挙動が本特性評価方法に利用される。このため、測定線上の連続する0μmよりも長く10μm以下、3μm以下、または2μm以下の範囲であり、かつ、境界103と重なる範囲において仕事関数の変化挙動を取得、利用すればよい。
【0025】
仕事関数は、必ずしも層状物質膜102と金属膜104の間で連続的に増大または減少するとは限らない。例えば
図2Aに模式的に示す例では、層状物質膜102側から境界103に近づくにつれて仕事関数が一度増大し、その後、境界103またはその付近において減少する。さらに金属膜104側に近づくと仕事関数は再度増大するが、仕事関数の増大率は徐々に低下する。また、図示しないが、境界103またはその付近において仕事関数は大きく変化せず、ほぼ一定になることもある。注目すべき点は、実施例でも示すように、仕事関数は境界103を介して変化するだけでなく、その変化挙動は、層状物質の組成、第1の金属膜104-1に含まれる金属、および層状物質膜102の層の数に依存するという点である。換言すると、層状物質の組成と第1の金属膜104-1に含まれる金属が分かれば、層状物質膜102、境界103、および金属膜104に亘る仕事関数の変化挙動、または境界103とその近傍における仕事関数の変化挙動に基づき、層状物質膜102を破壊することなく、その層数を決定することができる。
【0026】
上述したように、遷移金属ダイカルコゲナイド膜やグラフェン膜などの層状物質の超薄膜、特に単層膜や二層膜は、(例えば10層以上の)多層膜と異なって極めて特異的な特性を有しており、優れた電子デバイスを構築するための材料として注目されている。また、層状物質によっては、単層膜と二層膜の特性が大きく異なることがある。このため、層状物質が単層膜であるか二層膜であるかを区別することは重要であるが、これは必ずしも容易ではない。例えば、断面の電子顕微鏡観察によって層状物質膜の厚さを取得し、厚さに基づいて層数を見積もることはできるものの、この方法では層状物質の破壊を伴う。また、AFMを用いる膜厚測定では、基板表面の凹凸が単位層厚程度であるために、基板の凹凸の影響を受けるため、厚さの差が実質的に単位層の厚さしか示さない単層膜と二層膜を区別することは非常に難しい。しかしながら、実施例において示されるように、本特性評価方法を実施することで、単層の層状物質膜と二層の層状物質膜を容易に区別することができる。このような本特性評価方法の特徴は、層状物質の超薄膜の特性解明や、超薄膜を利用する電子デバイスの開発に大きく寄与するものと言える。
【0027】
2.層状物質の特性評価のためのシステム
本特性評価方法は、例えば
図2Bのブロック図で表されるシステムによってより効率よく行うことができる。
図2Bに示すように、本システムは、表面電位を測定するための測定装置(例えば、KFM、SPM、またはAFM)120およびその制御ユニット122、ならびにコンピューティングデバイス124を含むことができる。任意の構成として、本システムは、ネットワーク130などを介してコンピューティングデバイス124と通信接続可能なデータベース126を含んでもよい。
【0028】
測定装置120としては、公知のKFM、SPM、またはAFMを利用することができる。測定装置120は図示しない試料台を有しており、試料台上に
図1Aに示す試料が固定される。制御ユニット122は測定装置120を制御し、測定装置120で得られるデータを取得する。コンピューティングデバイス124はデータ格納機能と計算機能を備える通信端末であり、例えばデスクトップ型のコンピュータやサーバのほか、スマートフォンやタブレットに例示される携帯型の通信端末でもよい。コンピューティングデバイス124は、測定装置120で取得したデータを制御ユニット122を介して取得できるように構成される。このため、コンピューティングデバイス124は、制御ユニット122と有線接続または無線接続されてもよく、あるいは制御ユニット122と接続されない状況下においてもフラッシュメモリなどの記憶媒体を介して測定装置120で取得されるデータを受領できるためのポートを備えてもよい。ネットワーク130は、インターネットなどのワイドエリアネットワークでもよく、あるいはローカルエリアネットワークでもよい。データベース126はデータ格納機能を有するデバイスであり、上述した特性評価方法を利用して予め取得された情報が格納される。すなわち、層数の異なる様々な層状物質膜、および含まれる金属が異なる種々の第1の金属膜を用いて作製された試料について、上述した特性評価方法を利用して得られる仕事関数の変化挙動がデータベース126に格納される。変化挙動は、測定線上の位置に対する仕事関数のプロットデータであり、このデータと試料の構成(層状物質とその膜の層数、第1の金属膜に含まれる金属など)がリンクされる。さらに、この変化挙動を表すプロットの近似曲線をデータベース126に格納してもよい。近似曲線は、最小二乗法などを利用して作成すればよい。なお、データベース126に格納される上記情報は、コンピューティングデバイス124のデータ格納装置(メモリ)に格納してもよい。
【0029】
本システムを用いる層数の決定は、層数未知の層状物質を含む試料について測定装置120を用いて仕事関数の変化挙動を取得し、その挙動に最も類似する変化挙動を示す試料をデータベース126から選択することで行えばよい。選択は人為的に行ってもよく、あるいは教師あり学習モデルを利用してもよい。後者の場合、例えば、種々の試料の仕事関数のプロットデータを予め取得し、このデータが入力データ(特徴量データ)として用いられる。一方、試料の構成(層状物質とその膜の層数、第1の金属膜に含まれる金属)を教師データとして用いればよい。教師あり学習モデルで用いるアルゴリズムも任意に選択することができるが、例えばニューラルネットワーク、ディープニューラルネットワーク、畳み込みニューラルネットワークなどの深層学習(ディープラーニング)アルゴリズムなどを利用すればよい。
【実施例0030】
1.試料の作製
(1)遷移金属ダイカルコゲナイド膜を含む試料の作製
表面に厚さ300nmの酸化ケイ素が形成された単結晶シリコン基板(1.5cm×1.5cm)を基板として用いた。この基板をチャンバー内に設置し、基板上流側に前駆体であるMoO2 100mgおよびKBr 10mgを、さらに上流側に硫黄単体を設置した。窒素を200sccmから700sccmの流量でチャンバーに導入した。硫黄単体を200℃で加熱しつつ、この混合ガスをチャンバー内で780℃から900℃の温度で加熱した。加熱時間は3-10分であり、加熱中のチャンバー内の圧力を大気圧に維持した。加熱終了後、チャンバー内を室温まで冷却し、基板上に形成された二硫化モリブデン膜を得た。その後、得られた二硫化モリブデン膜上にメタルマスクを配置し、ニッケルと金を順次蒸着してニッケル膜と金膜の積層体を金属膜として形成することで単層および二層のMoS2を有する試料1-1および1-2を得た。ニッケル膜と金膜が第1の金属膜と第2の金属膜にそれぞれ該当する。ニッケル膜と金膜の厚さは、それぞれ5nm、50nmであった。WSe2の場合は、前駆体としてWO3200mg、KBrを200mgとし、単体セレンの加熱温度を400℃-500℃とするとともに、キャリアガスに水素 1-5sccmを混入させて成長させた。そして、第1の金属膜の金属を変化させ、試料2-1から試料3-2を作製した。層数は、試料の光学顕微鏡コントラストから判断した。試料2-1から試料3-2の構成は表1に示す通りである。また、試料は銀ペーストを用いて測定装置の試料台へ固定するとともに、電圧可変直流電源106および電圧計108への電気的な導通を確保した。
【0031】
(2)グラフェン膜を含む試料の作製
基板としての銅箔上に熱CVD法により合成された単層グラフェン上に、スピンコートによりポリメタクリル酸メチル(PMMA)を支持材として塗布し、銅箔を塩化第二鉄水溶液でエッチングした。PMMA/単層グラフェンを純水でリンスし、表面に厚さ300nmの酸化ケイ素が形成された単結晶シリコン基板(1cm×1cm)に転写した。その後、アセトンに浸漬することでPMMAを除去し、グラフェン/SiO2/Si構造を得た。グラフェン二層構造も上記手法により、単層グラフェンをグラフェン/SiO2/Si構造上に転写することで作製した。その後、得られたグラフェン膜上にメタルマスクを配置し、ニッケルと金を順次蒸着してニッケル膜と金膜の積層体を金属膜として形成することで、グラフェンの単層膜を含む試料4-1を得た。ニッケル膜と金膜が第1の金属膜と第2の金属膜にそれぞれ該当する。ニッケル膜と金膜の厚さは、それぞれ5nm、50nmであった。試料4-1、4-2の構成も表1に示す通りである。
【0032】
【0033】
2.仕事関数の取得
試料を遮光ボックスに配置し、Park Systems NX10原子間力顕微鏡を用い、カンチレバーの先端と金属膜または層状物質膜間の表面電位差の測定を行った。カンチレバーとしてオリンパス製マイクロカンチレバーAC240TMを用い、その変位を830nmの波長のレーザ光を発振するレーザーダイオードを用いて測定した。得られた表面電位差はカンチレバーの先端と金属膜または層状物質膜間の仕事関数差であり、これに基づいて金属膜と層状物質膜の表面の仕事関数を算出した。
【0034】
3.結果と考察
試料1-1と1-2について、仕事関数に基づいて得られるKFM像を
図3Aに示す。
図3Aの二つのKFM像の各々において、左側は金属膜が設けられた領域であり、右側がMoS
2を含む層状物質膜が露出した領域である。これらの領域間には明確に濃淡が存在することから、金属膜と層状物質膜間で仕事関数が異なることが分かる。また、濃淡が大きく変化する領域に境界が存在することが示唆される。
【0035】
これらの試料1-1と1-2について、境界を介して金属膜と層状物質膜の表面上の点を結ぶ測定線上における仕事関数の変化を
図4Aに示す。
図4Aの横軸は、鎖線で示された境界からの距離を示す。ただし、境界の位置はAFMで取得した二つの領域の高さから推定されるが、上述したように、境界は有限の幅を有する領域である。このため、鎖線は境界(またはその一部)を示す目安にすぎないことに留意されたい。(以下の
図4B、
図5、
図7においても同様である。)。
【0036】
図4Aから理解されるように、境界または境界付近では、仕事関数の変化は層状物質の層数によって大きく異なる。具体的には、単層MoS
2を含む試料1-1では、層状物質膜側から金属膜側に近づくにつれて一度仕事関数が増大したのちに減少し(a)、その後再度増大する。これに対し、二層MoS
2を含む試料1-2では、試料1-1と同様に金属膜側に近づくにつれて一度仕事関数が増大するものの、境界または境界付近における仕事関数の増大は無視できる程度であり、大きな減少を示さない(a´)。その後、仕事関数は金属膜側において徐々に増大する。また、境界または境界付近では、試料1-1と1-2の間に仕事関数の大きな差が見られる。
【0037】
同様の傾向は、WSe
2を層状物質として有する試料2-1と2-2の間、およびチタンを第1の金属膜として有する試料3-1と3-2の間においても観察された。試料2-1と2-2のKFM像を
図3Bに、試料3-1と3-2のKFM像を
図3Cに示す。それぞれの図において、左側が金属膜が被覆された領域であり、右側が層状物質が露出した領域である。いずれのKFM像においても、これらの領域間には明確に濃淡が存在することから、金属膜と層状物質膜間で仕事関数が異なることが分かる。また、濃淡が大きく変化する領域に境界が存在することが示唆される。
【0038】
試料2-1と2-2の仕事関数の変化を
図4Bに示す。
図4Bから理解されるように、境界または境界付近では、仕事関数の変化は層状物質の層数によって大きく異なり、単層WSe
2を含む試料2-1では、層状物質膜側から金属膜側に近づくにつれて一度仕事関数が大幅に減少し、測定した範囲において最小値を示す(b)。仕事関数はその後増大するが、さらに金属膜側で減少する。これに対し、二層WSe
2を含む試料2-2では、層状物質膜側から金属膜側に近づくにつれて仕事関数が減少したのち、境界または境界付近において再度増大するものの(b´)、その増大量は試料2-1と比較して小さい。また、仕事関数が増大する位置も試料2-1と異なり、金属膜側に近い。仕事関数は、その後、金属膜側で再度減少する。
【0039】
試料3-1と3-2の仕事関数の変化を
図5に示す。
図5から理解されるように、他の試料と同様、境界または境界付近では、仕事関数の変化は層状物質膜の層数によって大きく異なり、単層WSe
2を含む試料3-1では、層状物質膜側から金属膜側に近づくにつれて一度仕事関数が大きく減少し、測定した範囲において最小値を示す(c)。さらに、仕事関数はその後増大する。これに対し、二層WSe
2を含む試料3-2では、層状物質膜側から金属膜側に近づくにつれて仕事関数の初期の変化は小さく、境界または境界付近から増大を開始する。また、層状物質とその膜の層数は同一で第1の金属膜が互いに異なる試料2-1と3-1または試料2-2と3-2を比較しても、境界またはその付近での仕事関数の変化挙動が異なることがわかる。
【0040】
層状物質がグラフェンの場合にも同様のことが言える。試料4-1と4-2のKFM像を
図6に、試料4-1と4-2の仕事関数の変化を
図7に示す。
図6中、Grはグラフェンを意味する。
図6において、右側が金属膜の領域であり、左側が層状物質膜が露出した領域である。いずれのKFM像においても、これらの領域間には明確に濃淡が存在することから、金属膜と層状物質膜間で仕事関数が異なることが分かる。また、濃淡が大きく変化する領域に仕事関数が変化する境界が存在することが示唆される。
【0041】
図7から理解されるように、他の試料と同様、境界または境界付近では、測定線に沿った仕事関数の変化は層状物質の層数によって異なる。単層グラフェンと二層グラフェンをそれぞれ含む試料4-1、4-2では、いずれも層状物質膜側から金属膜側に近づくにつれて仕事関数が徐々に減少した後、急激に増大する。ただし、試料4-1と4-2は仕事関数の増大量が異なり、単層グラフェンを含む試料4-1の仕事関数の増大量は、二層グラフェンを含む試料4-2のそれとして小さい。また、仕事関数の変化挙動は、遷移金属ダイカルコゲナイドを層状物質として含む試料1-1から3-2と大きく異なる。
【0042】
以上の結果は、層状物質膜のみが存在する層と層状物質膜と金属膜の積層との間の境界とその付近、より具体的には、境界と重なる一定の範囲(例えば、測定線上の連続する0μmよりも長く10μm以下、3μm以下、または2μm以下の範囲であり、かつ、境界と重なる範囲)では、仕事関数の変化挙動が層状物質とその膜の層数、および層状物質膜と接する金属膜に含まれる金属によって大きく異なることを明確に示している。したがって、層状物質の組成と層状物質膜と接する金属膜に含まれる金属が既知であれば、層状物質の超薄膜の層数を決定することができ、例えば単層と二層の区別も可能である。
【0043】
本発明の実施形態として上述した各実施形態は、相互に矛盾しない限りにおいて、適宜組み合わせて実施することができる。また、各実施形態の特性評価方法に対して当業者が適宜構成要素の追加、削除もしくは設計変更を行ったもの、または、工程の追加、省略もしくは条件変更を行ったものも、本発明の要旨を備えている限り、本発明の範囲に含まれる。
【0044】
上述した各実施形態の態様によりもたらされる作用効果とは異なる他の作用効果であっても、本明細書の記載から明らかなもの、または、当業者において容易に予測し得るものについては、当然に本発明によりもたらされるものと解される。
100:基板、102:層状物質膜、103:境界、104:金属膜、104-1:第1の金属膜、104-2:第2の金属膜、106:電圧可変直流電源、108:電圧計、110:カンチレバー、120:測定装置、122:制御ユニット、124:コンピューティングデバイス、126:データベース、130:ネットワーク