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特開2024-127139固体潤滑被膜、摺動部材及び固体潤滑被膜の製造方法
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  • 特開-固体潤滑被膜、摺動部材及び固体潤滑被膜の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024127139
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】固体潤滑被膜、摺動部材及び固体潤滑被膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/08 20060101AFI20240912BHJP
【FI】
C23C14/08 C
C23C14/08 J
C23C14/08 A
C23C14/08 B
C23C14/08 D
C23C14/08 E
C23C14/08 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023036078
(22)【出願日】2023-03-08
(71)【出願人】
【識別番号】000183646
【氏名又は名称】出光興産株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100187218
【弁理士】
【氏名又は名称】堀 宏光
(72)【発明者】
【氏名】竹中 一生
(72)【発明者】
【氏名】宮川 善秀
【テーマコード(参考)】
4K029
【Fターム(参考)】
4K029AA02
4K029BA04
4K029BA07
4K029BA08
4K029BA09
4K029BA12
4K029BA14
4K029BA15
4K029BA16
4K029BA22
4K029BA43
4K029BA44
4K029BA45
4K029BA46
4K029BA47
4K029BA48
4K029BA49
4K029BB01
4K029BC02
4K029BD04
4K029CA06
4K029DC05
(57)【要約】
【課題】高い耐久性を有する固体潤滑被膜を提供する。
【解決手段】固体潤滑被膜300は、金属酸化物を含む層を有する。金属酸化物を含む層の表面のビッカース硬さが、Hv605より大きく、Hv2000以下である。
【選択図】図1

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属酸化物を含む層を有し、
前記層の表面のビッカース硬さが、Hv605より大きく、Hv2000以下である、固体潤滑被膜。
【請求項2】
前記金属酸化物は、AgO、Al、Bi、CaO、Ce、Cr、CrO、CrO、CuO、CuO、Fe、Fe、FeO、In、LiO、MgO、MnO、Nb、NiO、Sb、Sb、SiO、SnO、Ta、TiO、WO、ZnO、及びZrOからなる群から選択される少なくとも1つを含む、請求項1に記載の固体潤滑被膜。
【請求項3】
前記金属酸化物はZnOを含む、請求項1又は2に記載の固体潤滑被膜。
【請求項4】
前記層の表面の算術平均高さが12nmよりも小さい、請求項1から3のいずれか1項に記載の固体潤滑被膜。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載の固体潤滑被膜と、
前記固体潤滑被膜が形成された基材と、を有する、摺動部材。
【請求項6】
前記基材は、3~14族に属する少なくとも1種の元素を含む、請求項5に記載の摺動部材。
【請求項7】
請求項1から4のいずれか1項に記載の固体潤滑被膜の製造方法であって、
基材上に金属酸化物の層を成膜する成膜ステップを有し、
前記成膜ステップにおけるいずれかのタイミングにおいて酸素を含む雰囲気下で成膜を行うことと、前記成膜ステップの後に前記金属酸化物の層を酸素を含む雰囲気に晒すこと、のうちの少なくとも一方を含む、固体潤滑被膜の製造方法。
【請求項8】
前記成膜ステップにおけるいずれかのタイミングにおいて、酸素を含む雰囲気下で、金属酸化物をターゲット材としてスパッタすることを含む、請求項7に記載の固体潤滑被膜の製造方法。
【請求項9】
前記成膜ステップにおけるすべてのタイミングにおいて、酸素を含む雰囲気下で、金属酸化物をターゲット材としてスパッタすることを含む、請求項7又は8に記載の固体潤滑被膜の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体潤滑被膜、摺動部材及び固体潤滑被膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エネルギーの節約のための一つとして、摺動部材の摩擦力を低減することが挙げられる。摩擦低減の目的で、摺動部材の表面に固体潤滑材からなる被膜(固体潤滑被膜)を形成することが知られている。以下の特許文献1及び特許文献2では、固体潤滑被膜として酸化亜鉛被膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2012/039264号
【特許文献2】国際公開第2016/190375号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
固体潤滑被膜の摩擦係数は、通常、空気や油中の酸素により酸化すると経時的に増大し得る。このような経時的な摩擦係数の増大を抑制するために、固体潤滑被膜は金属酸化物を含むことが望ましい。また、摩擦係数の維持に加え、固体潤滑被膜の耐久性の向上も求められる。したがって、高い耐久性を有する固体潤滑被膜、当該固体潤滑被膜を有する摺動部材、及び固体潤滑被膜の製造方法が望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0005】
一態様に係る固体潤滑被膜は、金属酸化物を含む層を有する。前記層の表面のビッカース硬さが、Hv605より大きく、Hv2000以下である。
【0006】
一態様に係る摺動部材は、前述した固体潤滑被膜と、前記固体潤滑被膜が形成された基材と、を有する。
【0007】
一態様に係る固体潤滑被膜の製造方法は、基材上に金属酸化物の層を成膜する成膜ステップを有する。当該製造方法は、前記成膜ステップにおけるいずれかのタイミングにおいて酸素を含む雰囲気下で成膜を行うことと、前記成膜ステップの後に前記金属酸化物の層を酸素を含む雰囲気に晒すこと、のうちの少なくとも一方を含む。
【発明の効果】
【0008】
上記態様によれば、高い耐久性を有する固体潤滑被膜、当該固体潤滑被膜の製造方法、及び当該固体潤滑被膜を有する摺動部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、第1実施形態に係る固体潤滑被膜が形成された摺動部材の一例を示す模式図である。
図2図2は、往復動摩擦試験後における実施例1,2及び参考例1における基材の表面のレーザー顕微鏡写真を示す図である。
図3図3は、往復動摩擦試験中における実施例1,2及び参考例1における基材の表面の摩擦係数の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を参照して、実施形態について説明する。以下の図面において、同一又は類似の部分には、同一又は類似の符号を付している。ただし、図面は模式的なものであり、各寸法の比率等は現実のものとは異なることがあることに留意すべきである。
【0011】
一実施形態に係る摺動部材について説明する。図1は、第1実施形態に係る固体潤滑被膜が形成された摺動部材の一例を示す模式図である。
【0012】
摺動部材100は、基材200と、固体潤滑被膜300と、を有していてよい。固体潤滑被膜300は、基材200上に形成されている。
【0013】
基材200を構成する材料は、特に制限されないが、例えば金属材料であってよい。基材200を構成する材料は、例えば3~14族に属する少なくとも1種の元素を含んでいてよい。好ましくは、基材200を構成する材料は、3~11族に属する少なくとも1種の元素を含んでいてよい。
【0014】
より好ましくは、基材200を構成する材料は、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Ni及びCuからなる群から選択された少なくとも1種の元素を有する。いっそう好ましくは、基材200を構成する材料は、Fe元素を有する。このような材料は、例えば鉄もしくは鉄を含む合金等であってよい。
【0015】
図1に示す態様では、固体潤滑被膜300は、基材200側に向いた下地層310と、基材200とは反対側に向いた表面層320と、を有していてよい。ただし、下地層310と表面層320は、明確な境界によって区切られていなくてもよいことに留意されたい。
【0016】
固体潤滑被膜300は、例えばスパッタのような成膜技術によって形成することができる。この場合、固体潤滑被膜300の下地層310と表面層320は、例えば、互いに異なる成膜条件によって形成された層であってよい。
【0017】
図示していないが、固体潤滑被膜300は、下地層310と表面層320との間に、例えば別の成膜条件によって形成された層を含んでいてもよい。また、図1に示す態様の代わりに、下地層310と表面層320は、互いに区別不能な同一の層によって構成されていてもよい。すなわち、固体潤滑被膜300は、同一の成膜条件で形成された1つの層によって構成されていてもよい。
【0018】
固体潤滑被膜300は、金属酸化物を含む層を有する。下地層310及び表面層320のそれぞれが、金属酸化物を含む層を有していてよい。金属酸化物は、AgO、Al、Bi、CaO、Ce、Cr、CrO、CrO、CuO、CuO、Fe、Fe、FeO、In、LiO、MgO、MnO、Nb、NiO、Sb、Sb、SiO、SnO、Ta、TiO、WO、ZnO、及びZrOからなる群から選択される少なくとも1つを含むことが好ましい。より好ましくは、金属酸化物は、ZnOを含む。
【0019】
固体潤滑被膜300が下地層310と表面層320の少なくとも2層を有する場合、下地層310の厚みは、例えば10nm~100nm以下、又は20nm~80nm以下であってよい。同様に、表面層320の厚みは、例えば500nm~4500nm以下、又は800nm~3000nm以下であってよい。
【0020】
固体潤滑被膜300、すなわち金属酸化物を含む層の表面のビッカース硬さは、例えばHv605より大きい。固体潤滑被膜300の表面のビッカース硬さは、好ましくはHv610以上、より好ましくはHv615以上、よりいっそう好ましくはHv619以上であってよい。固体潤滑被膜300の表面のビッカース硬さが高いことにより、固体潤滑被膜300の耐久性が向上すると考えられる。
【0021】
固体潤滑被膜300、すなわち金属酸化物を含む層の表面のビッカース硬さは、特に制限されないが、例えばHv2000以下、Hv1800以下、Hv1600以下、又はHv1400以下であってよい。
【0022】
固体潤滑被膜300、すなわち金属酸化物を含む層の表面の算術平均高さ(Sa)は、例えば12nmよりも小さい。固体潤滑被膜300の表面の算術平均高さは、好ましくは11nm以下であり、より好ましくは10nm以下であり、よりいっそう好ましくは9nm以下である。固体潤滑被膜300の表面の算術平均高さが小さいことにより、固体潤滑被膜300の摩擦係数が低下したり、固体潤滑被膜300の耐久性が向上したりすると考えられる。
【0023】
固体潤滑被膜300の表面の算術平均高さの下限値は、特に制限されない。固体潤滑被膜300の表面の算術平均高さの下限値は、例えば0.1nm、1nm又は2nmであってよい。固体潤滑被膜300の表面の算術平均高さは、上記の上限値と上記の下限値を任意に組み合わせた範囲であってもよい。
【0024】
固体潤滑被膜300は、基材上に金属酸化物を成膜可能な任意の成膜技術により形成することができる(成膜ステップ)。そのような成膜技術の一例としてスパッタ成膜法を挙げることができる。以下、好ましい固体潤滑被膜300の製造方法の1つについて説明する。
【0025】
まず、固体潤滑被膜300を構成する元となるターゲット材を準備する。ターゲット材は、固体潤滑被膜300の主成分を構成する金属酸化物を形成する金属ないし金属酸化物であってよい。金属酸化物を形成する金属元素の種類については、前述したとおりである。好ましくは、ターゲット材は、固体潤滑被膜300の主成分を構成する金属酸化物からなる材料であってよい。固体潤滑被膜300の主成分を構成する金属酸化物がZnOであれば、ターゲット材は、Zn又はZnOからなることが好ましく、ZnOからなることがより好ましい。ターゲット材が金属酸化物であれば、ターゲット材のスパッタにより酸素原子も飛散するため、固体潤滑被膜としての金属酸化物の層を形成し易い。
【0026】
前述したように、下地層310と表面層320の少なくとも2層を形成する場合、各層は、同一のターゲット材をスパッタすることによって形成することができる。下地層310と表面層320は、互いに異なる成膜条件によって形成されてもよく、互いに同一の成膜条件によって形成されてもよい。
【0027】
好ましくは、成膜ステップにおけるいずれかのタイミングにおいて、酸素を含む雰囲気下で、金属酸化物をターゲット材としてスパッタする。例えば、下地層310と表面層320の少なくとも一方を成膜する際に、ターゲット材のスパッタは、酸素を含む雰囲気下で実施することが好ましい。一例では、下地層310は、酸素を含む雰囲気下でターゲット材をスパッタすることによって形成されてよい。この代わりに、又はこれに加えて、表面層320が、酸素を含む雰囲気下でターゲット材をスパッタすることによって形成されてよい。
【0028】
より好ましくは、成膜ステップにおけるすべてのタイミングにおいて、酸素を含む雰囲気下で、金属酸化物をターゲット材としてスパッタする。例えば、下地層310と表面層320の両方が、酸素を含む雰囲気下でターゲット材をスパッタすることによって形成されてよい。
【0029】
酸素を含む雰囲気下でスパッタ成膜することによって、成膜された金属酸化物の層内の酸素欠陥が減少すると考えられる。酸素欠陥が減少することにより、成膜された金属酸化物の層の結晶構造がより安定化し、金属酸化物の層の硬さが向上すると考えられる。金属酸化物の層の硬さの向上により、固体潤滑被膜の耐久性が向上し得る。
【0030】
また、成膜された金属酸化物の層内の酸素欠陥が減少することにより、成膜された金属酸化物の層の表面の表面粗さ(算術平均高さ)が低下すると考えられる。
【0031】
さらに、酸素を含む雰囲気下でスパッタ成膜することによって、雰囲気中の酸素イオンのエネルギーが増大し、固体潤滑被膜の表面がアッシングされて、固体潤滑被膜の表面粗さが低下し得ると考えられる。この観点では、少なくとも表面層320の成膜時に、酸素を含む雰囲気下でターゲット材をスパッタすることが好ましい。
【0032】
固体潤滑被膜の算術平均高さが低下すると、固体潤滑被膜の動摩擦係数が低下し得ると考えられる。
【0033】
スパッタ時の酸素を含む雰囲気は、例えば酸素ガスと希ガスの混合ガスであってよい。希ガスは、ヘリウムガス、ネオンガスもしくはアルゴンガス、又はこれらの混合ガスであってよい。酸素を含む雰囲気の酸素分圧比は、所望の混合層の厚みを実現できれば特に制限されない。酸素雰囲気中の酸素分圧比は、例えば、1.5%以上、3%以上、5%以上、8%以上、又は10%以上であってよい。
【0034】
酸素を含む雰囲気下の酸素分圧比の上限値は特に制限されない。酸素雰囲気中の酸素分圧比は、例えば、90%以下、80%以下、70%以下、60%以下、50%以下、40%以下又は30%以下であってよい。
【0035】
好ましくは、成膜ステップにおいて、ターゲット材は金属酸化物であり、かつ少なくとも成膜中のいずれかのタイミングにおいて酸素を含む雰囲気下でスパッタが実施される。この場合、金属酸化物に含まれる酸素原子の数よりも多くの酸素原子が、成膜開始時に基材に向けて飛散し得る。したがって、成膜された金属酸化物の層内の酸素欠陥がより減少し得る。
【0036】
酸素を含む雰囲気下でスパッタする代わりに、成膜ステップの後に金属酸化物の層を酸素を含む雰囲気に晒すことによっても、成膜された金属酸化物の層内の酸素欠陥を減少させることができると考えられる。
【0037】
例えば、酸素雰囲気中でのアニール処理、酸素プラズマ処理、オゾン処理、及び/又は酸化液への浸漬処理を、成膜ステップの後に金属酸化物の層に対して実施すればよい。
【0038】
また、固体潤滑被膜の表面粗さを低下させるという観点では、上記方法の代わりに、又は上記方法に加えて、以下の処理を実施しても良い。例えば、成膜ステップの前及び/又は後に、基材の表面及び/又は固体潤滑被膜の表面の粗さを、研磨やウェットエッチング等により低減する処理を行ってもよい。
【0039】
[実施例1]
実施例1に係る固体潤滑被膜について説明する。実施例1では、固体潤滑被膜として酸化亜鉛被膜が基材上に設けられている。基材は軟鉄(SPCC)である。酸化亜鉛被膜は、図1に示すように、下地層310と表面層320とを含む。酸化亜鉛被膜の下地層及び表面層は、「アルバック社製 インターバック式スパッタ装置 SIH-300」を用いてスパッタ成膜法により形成された。ターゲット材は、酸化亜鉛であった。
【0040】
実施例1では、酸化亜鉛被膜の下地層の成膜時の成膜ガスは、80%アルゴン分圧と20%の酸素分圧の混合物である(表1参照)。実施例1では、表面層の成膜時の成膜ガスは、アルゴンであり、酸素を実質的に含まない。成膜ガスの流量は、50ml/minであった。成膜温度は25℃であり、成膜圧は0.5Paであった。下地層の成膜時の放電電力は224Wであり、表面層の成膜時の放電電力は2236Wであった。下地層の膜厚は60nmであり、表面層の膜厚は1700nmであった。なお、前述した膜厚は、分光エリプソメトリーによる測定値である(以下、同様)。
【0041】
[実施例2]
実施例2に係る固体潤滑被膜について説明する。実施例2では、固体潤滑被膜として酸化亜鉛被膜が基材上に設けられている。実施例2に係る酸化亜鉛被膜は、表面層の成膜時における成膜ガスの成分及び表面層の膜厚を除き、実施例1と同じ条件で形成された(表1参照)。酸化亜鉛被膜の表面層の成膜時の成膜ガスは、80%アルゴン分圧と20%の酸素分圧の混合物である。表面層の膜厚は1100nmであった。
【0042】
[実施例3]
実施例3に係る固体潤滑被膜について説明する。実施例3では、固体潤滑被膜として酸化亜鉛被膜が基材上に設けられている。基材は軟鉄(SPCC)である。酸化亜鉛被膜は、下地層310のみを含む。酸化亜鉛被膜の下地層は、「アルバック社製 インターバック式スパッタ装置 SIH-300」を用いてスパッタ成膜法により形成された。ターゲット材は、酸化亜鉛であった。実施例3では、酸化亜鉛被膜の下地層の成膜時の成膜ガスは、80%アルゴン分圧と20%の酸素分圧の混合物である(表1参照)。成膜ガスの流量は、50ml/minであった。成膜温度は25℃であり、成膜圧は0.5Paであった。下地層の成膜時の放電電力は224Wであり、表面層の成膜時の放電電力は2236Wであった。下地層の膜厚は35nmであった。
【0043】
[参考例1]
参考例1に係る固体潤滑被膜について説明する。参考例1では、固体潤滑被膜として酸化亜鉛被膜が基材上に設けられている。参考例1に係る酸化亜鉛被膜は、下地層の成膜時における成膜ガスの成分を除き、実施例1と同じ条件で形成された。参考例1では、下地層及び表面層の成膜時の成膜ガスは、アルゴンであり、酸素を実施的に含まない(表1参照)。また、参考例1では、下地層の膜厚は60nmであり、表面層の膜厚は1700nmであった。
【0044】
(表1)
【0045】
[ビッカース硬さ]
参考例1及び各実施例に係る酸化亜鉛被膜のビッカース硬さを測定した。ビッカース硬さは、エリオニクス社製の「ENT-1100a」を用いてナノインデンテーション法(ISO14577)により測定した。ビッカース硬さを測定するための圧子は、バーコビッチ(三角錐)である。28℃の温度で、圧子を12.5mNの荷重にて酸化亜鉛被膜に押し付ける。上記のナノインデンテーション試験によって得られる押し込み硬さ(H_IT(GPa))に対して所定の換算係数(92.4)を乗算することによって、ビッカース硬さ(kgf/mm)が得られる。ビッカース硬さは、10回の測定による平均値によって求められた。測定されたビッカース硬さの値は、上記の表1に示されている。
【0046】
表1から、成膜ガスが酸素を含むことにより、酸化亜鉛被膜のビッカース硬さが増大していることがわかる。酸化亜鉛被膜のビッカース硬さの増大という観点において、下地層と表面層の成膜時のいずれか一方において成膜ガスが酸素を含んでいればよいことがわかる。より高いビッカース硬さを得るためには、下地層と表面層の成膜時の両方において成膜ガスが酸素を含んでいればよい。
【0047】
[表面粗さ:算術平均高さ(Sa)]
参考例1及び各実施例に係る算術平均高さ(Sa)を測定した。算術平均高さは、原子間力顕微鏡(AFM:SII社製「E-sweep」)を用いて測定された。酸化亜鉛被膜の測定領域は、5μm×5μmの正方形の領域である。算術平均高さは、ISO25178に従って測定される。算術平均高さは、表面の平均面と各測定点の高さの差の絶対値の平均値によって算出される。
【0048】
表1から、成膜ガスが酸素を含むことにより、酸化亜鉛被膜の算術平均高さが低下していることがわかる。酸化亜鉛被膜の算術平均高さの低下という観点において、下地層と表面層の成膜時のいずれか一方において成膜ガスが酸素を含んでいればよいことがわかる。より算術平均高さを低下させるためには、下地層と表面層の成膜時の両方において成膜ガスが酸素を含んでいればよい。
【0049】
[動摩擦係数]
実施例1,2及び参考例1に係る酸化亜鉛被膜を有する摺動部材に対して、往復動摩擦試験が行われた。往復動摩擦試験では、0.5インチの径を有する鋼材(SUJ-2)からなる球を、酸化亜鉛被膜が形成された基材の表面上を往復移動させる(新東科学株式会社製「摩擦摩耗試験機」TYPE:40)。ここで、往復動摩擦試験は、酸化亜鉛被膜上に機械油を塗布した状態で行われた。
【0050】
鋼材からなる球は、3kgfの荷重で基材へ押し付けられつつ、基材上を往復移動した。試験時の温度は室温であった。鋼材からなる球のストローク幅は20mmであり、ストローク速度は10mm/sであった。また、鋼材からなる球を、酸化亜鉛被膜を有する摺動部材100上を往復移動させた。表1に記載された動摩擦係数の値は、鋼材からなる球を100往復させたときに測定された100点の動摩擦係数の値の算術平均値である。
【0051】
図2は、往復動摩擦試験後における実施例1,2及び参考例1における基材の表面のレーザー顕微鏡写真を示す図である。図2から、実施例1,2における酸化亜鉛被膜は、往復動摩擦試験後においてもほとんど剥離していないことがわかる。これに対し、参考例1に係る酸化亜鉛被膜は、往復動摩擦試験後に部分的に剥離している。この結果から、実施例1,2に係る酸化亜鉛被膜の耐久性が向上していることがわかる。
【0052】
図3は、往復動摩擦試験中における実施例1,2及び参考例1における基材の表面の摩擦係数の測定結果を示すグラフである。図3から、実施例1,2では、鋼材からなる球の摺動回数が増加したとしても、摩擦係数が安定していることがわかる。これに対し、参考例1では、動摩擦係数は、摺動回数が20回目付近で急激に増大し、0.16付近に達している。これは基材の動摩擦係数に近い値であり、参考例1に係る酸化亜鉛被膜は、摺動回数が20回目付近で大幅に剥離していると考えられる。
【0053】
このように、実施例1,2に係る酸化亜鉛被膜は、参考例1に係る酸化亜鉛被膜と比較して高い耐久性を有することがわかる。これは、実施例1,2に係る酸化亜鉛被膜のビッカース硬さが大きいためと考えられる。
【0054】
このような観点から、酸化亜鉛被膜のビッカース硬さがHv605よりも大きければ、参考例1における酸化亜鉛被膜よりも高い耐久性を有する酸化亜鉛被膜を提供できると考えられる。
【0055】
実際に、実施例3に係る酸化亜鉛被膜について同様の往復動摩擦試験を行ったとき、摺動回数が100回目に達したときであっても酸化亜鉛被膜の動摩擦係数は実施例1,2と同様に安定していた(表1参照)。これは、実施例1~3に係る酸化亜鉛被膜の耐久性が、参考例1に係る酸化亜鉛被膜の耐久性よりも高いことを意味する。
【0056】
さらに、参考例1及び実施例1,2を参照すると、算術平均高さが小さくなるとともに動摩擦係数が小さくなっていることがわかる。このように、酸化亜鉛被膜の摩擦係数をより低下させることができる。このような観点から、酸化亜鉛被膜の算術平均高さが12nmよりも小さければ、参考例1における酸化亜鉛被膜よりも低い動摩擦係数を有する酸化亜鉛被膜を提供できると考えられる。
【0057】
上述したように、実施形態及び実施例を通じて本発明の内容を開示したが、この開示の一部をなす論述及び図面は、本発明を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者には様々な代替の実施形態、実施例及び運用技術が明らかとなる。したがって、本発明の技術的範囲は、上述の説明から妥当な特許請求の範囲に係る発明特定事項によってのみ定められるものである。
【符号の説明】
【0058】
100 摺動部材
200 基材
300 固体潤滑被膜

図1
図2
図3