(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024127365
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】絶縁膜用塗布剤、その塗布剤の製造方法、および絶縁膜付き金属板の製造方法
(51)【国際特許分類】
C09D 183/04 20060101AFI20240912BHJP
C08G 77/04 20060101ALI20240912BHJP
【FI】
C09D183/04
C08G77/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023036485
(22)【出願日】2023-03-09
(71)【出願人】
【識別番号】000006644
【氏名又は名称】日鉄ケミカル&マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】山田 紀子
【テーマコード(参考)】
4J038
4J246
【Fターム(参考)】
4J038DL031
4J038KA06
4J038NA21
4J038PC02
4J246AA03
4J246AA18
4J246BA260
4J246BA26X
4J246BB020
4J246BB022
4J246BB02X
4J246CA240
4J246CA248
4J246CA24X
4J246FA071
4J246FA131
4J246FA461
4J246FB081
4J246GD08
4J246HA22
4J246HA62
(57)【要約】
【課題】本発明は、金属板上の絶縁膜用塗布剤であって、一般的なRoll-to-Roll塗工機およびRoll-to-Roll熱処理を使用して工業的にリーズナブルな速度で生産が可能であり、600℃~750℃の耐熱性を有し、さらに0.5μm以上の膜厚であってもクラックが発生を抑制することを課題として、そのような絶縁膜塗布剤を提供することを目的とする。
【解決手段】塗布剤中の全Siに対するメチル基が30~70モル%、メチルシロキサンポリマーの縮合度が高く(77.0~87.0%)、かつ、メチルシロキサンポリマーの末端基に占めるアルコキシ基の比率が高い(7.0~11.0%)塗布剤であれば、600℃~750℃のアニール処理後であってもクラックが発生しないことを見出した。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機溶媒中にメチルシロキサンポリマーを含有し、
前記メチルシロキサンポリマーが、
全Siに対するメチル基の比率が30モル%以上70モル%以下であり、
Siの全結合手からSi-CH3結合(メチル基結合)を除いた非メチル基結合の結合手におけるSi-OSi結合の比率を縮合度としたとき、前記縮合度が77.0%以上87.0%以下であり、
前記非メチル基結合の結合手におけるSi-OR結合(アルコキシ基結合)の比率が7.0%以上11.0%以下である、
絶縁膜用塗布剤。
【請求項2】
前記Si-OR結合の結合手におけるSi-OCnH2n-OCmH2m+1で表される結合の比率が12%以上26%以下である請求項1に記載の絶縁膜用塗布剤。
ただし、nとmは自然数である。
【請求項3】
請求項1に記載の絶縁膜用塗布剤の製造方法であって、
有機溶媒を有機溶媒-1と有機溶媒-2に2分し、
前記有機溶媒-1にAl、 Ti、 Zr、 Nb、 Ta から選ばれる金属アルコキシドとメチルトリアルコキシシランとテトラアルコキシシランを溶解し、
前記有機溶媒-2に水と弱酸を溶解した後、
前記有機溶媒-1中に有機溶媒-2を滴下し、
ケトン溶媒を加え、
前記メチルトリアルコキシシランと前記テトラアルコキシシランの合計に対する前記メチルトリアルコキシシランの比率が30モル%以上70モル%以下であり、
前記水の添加量が前記メチルトリアルコキシシランと前記テトラアルコキシシランに含まれるアルコキシ基に対して45モル%以上75モル%以下であり、かつ、Siに対する弱酸のH+(水素イオン)のモル比が0.3モル%以上0.9モル%以下であり、
かつ、Siに対する前記金属アルコキシドのモル比が0.2モル%以上0.5モル%以下であることを特徴とする絶縁膜用塗布剤の製造方法。
【請求項4】
前記有機溶媒がHOCnH2nOCmH2m+1で表される請求項3に記載の絶縁膜用塗布剤の製造方法。
ただし、nとmは自然数である。
【請求項5】
請求項1に記載の絶縁膜用塗布剤を金属板の少なくとも一方の表面に塗布する塗工工程と、前記塗布剤を塗布した金属板を400~420℃の温度で1~2分保持して前記金属板の表面に絶縁膜を形成する熱処理工程を有することを特徴とする絶縁膜付き金属板の製造方法。
【請求項6】
前記塗工工程と前記熱処理工程をRoll-To-Rollの連続処理で行う請求項5に記載の絶縁膜付き金属板の製造方法。
【請求項7】
前記金属板がステンレス箔である請求項5または6に記載の絶縁膜付き金属板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本技術は金属板へ塗布する絶縁膜用塗布剤およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子デバイス用基板として金属板が利用される場合が多い。例えば、太陽電池、有機ELデバイス、全個体薄膜電池などが挙げられる。これらのデバイス用基板として金属板を適用する場合は、その表面に絶縁膜を形成する必要がある。
【0003】
金属板上の絶縁膜としては、例えば特許文献1にシロキサン結合を主体とする複数の無機ポリマー膜を重ね、その内の少なくとも一つの膜は、Siの一部が有機基または水素と化学結合した無機ポリマー膜であり、最上層の膜が、その他の膜とは組成の異なる無機ポリマー膜であってSiの一部が水素と結合しているか無機ポリマー膜である絶縁膜が提案されている。
【0004】
また、特許文献2には、シロキサン結合を主とする無機の三次元網目構造を骨格とし、架橋酸素の少なくとも一個を有機基または水素原子で置換した無機有機ハイブリッド膜が提案されている。
【0005】
さらに、特許文献3では、シリコンアルキシドあるいはオルガノアルコキシシランに対し特定金属の金属アルコキシドまたはその誘導体を添加して、加水分解と縮合反応により絶縁膜を製造する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004-291453号公報
【特許文献2】特開2003-247078号公報
【特許文献3】特開平11-193329号公報
【特許文献4】国際公開第2016/001971号
【特許文献5】特開2022-176795号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】新日鐵住金技報、第407号(2017)、p30-35
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
CIGS型太陽電池や全固体電池などのようにセル形成するために600℃~750℃程度の高温アニール処理が必要なデバイスが出現し、耐熱性のある絶縁膜が要求されている。さらに、これらデバイスの基板となる金属板は圧延などにより表面に凹凸構造がある(非特許文献1)。このため、絶縁性を担保するにはある程度の厚みの膜厚が必要となる。必要な膜厚は印加電圧にも依存するが、ユニットセル当たりの発電が数Vの電池であれば0.5μm以上の膜厚が必要であることが経験上の知見として得られている。
【0009】
有機基を含まないSiO2膜、Al2O3膜、ZrO2膜などの無機膜は膜厚0.3μm程度を超えるとクラックが発生しやすくなる。一方、特許文献1~3に開示されているような有機基を含有するシリカ膜も検討されているが、デバイス作製時の高温アニール処理中に有機基が熱分解し、膜中にクラックが発生する可能性がある。膜中にクラックが発生すると、膜自体の剥離につながる恐れがある。
【0010】
本発明は、金属板上に塗布する絶縁膜用塗布剤であって、一般的なRoll-to-Roll塗工機およびRoll-to-Roll熱処理炉を使用して工業的に実施可能な速度で生産が可能であり、絶縁膜の膜厚が0.5μm以上であって、600℃~750℃のアニールを施してもクラック発生が抑制されることを課題として、そのような絶縁膜塗布剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、柔軟性を有しながら耐熱性を有する観点から有機基含有シリカ膜、とりわけ熱分解温度が高いメチル基を含むシリカ膜を中心に開発を進めた。メチル基含有シリカ膜はテトラアルコキシシランとメチルトリアルコキシシランの部分加水分解・縮合反応物を含む塗布剤を塗工し、窒素雰囲気において概ね400~450℃で熱処理することによって得られる。しかし、この膜を600℃近くに加熱するとメチル基の熱分解が始まり、700℃近くに加熱すると数分から数十分でほぼ全量消失することが確認された。メチル基の含有量が少ないほど、メチル基消失に伴う体積量および膜構造の変化が少ないためクラックが発生しにくい。一方、メチル基の含有量が少ないと、無機のSiO2膜の性質に近付き、0.3μmを超える膜厚では400~450℃の成膜時の熱処理でクラックが発生してしまう。
【0012】
本発明者らは、テトラアルコキシシランとメチルトリアルコキシシランの比が一定、すなわち600℃以上の加熱で消失するメチル基量を同じにして複数の塗布剤を試作し、塗布剤の固形成分であるメチルシロキサンポリマーの末端基を変化させて研究開発を進めた。その結果、塗布剤中のメチルシロキサンポリマーの縮合度が高く、かつ、メチルシロキサンポリマーの末端基に占めるアルコキシ基の比率が高い塗布剤であれば、600℃~750℃のアニール処理後であってもクラックが発生しないことを見出した。本発明はこの知見を基に成したものであり、その要旨は次のとおりである。
【0013】
[1]
有機溶媒中にメチルシロキサンポリマーを含有し、
前記メチルシロキサンポリマーが、
全Si対するメチル基の比率が30モル%以上70モル%以下であり、
Siの全結合手からSi-CH3結合(メチル基結合)を除いた非メチル基結合の結合手におけるSi-OSi結合の比率を縮合度としたとき、前記縮合度が77.0%以上87.0%以下であり、
前記非メチル基結合の結合手におけるSi-OR結合の比率が7.0%以上11.0%以下である絶縁膜用塗布剤。
ここでRはアルキル基およびCnH2n-OCmH2m+1基を表す(ただし、nとmは自然数である。)。
[2]
前記Si-OR結合の結合手におけるSi-OCnH2n-OCmH2m+1で表される結合の比率が12%以上26%以下である[1]に記載の絶縁膜用塗布剤。
ただし、nとmは自然数である。
[3]
前記[1]に記載の絶縁膜用塗布剤の製造方法であって、
有機溶媒を有機溶媒-1と有機溶媒-2に2分し、
前記有機溶媒-1にAl、Ti、Zr、Nb、Taから選ばれる金属アルコキシドとメチルトリアルコキシシランとテトラアルコキシシランを溶解し、
前記有機溶媒-2に水と弱酸を溶解した後、
前記有機溶媒-1中に有機溶媒-2を滴下し、
ケトン溶媒を加え、
前記メチルトリアルコキシシランと前記テトラアルコキシシランの合計に対する前記メチルトリアルコキシシランの比率が30モル%以上70モル%以下であり、
前記水の添加量が前記メチルトリアルコキシシランと前記テトラアルコキシシランに含まれるアルコキシ基に対して45モル%以上75モル%以下であり、かつ、全Siに対する弱酸中のH+(水素イオン)のモル比が0.3モル%以上0.9モル%以下であり、
かつ、全Siに対する前記金属アルコキシドのモル比が0.2モル%以上0.5モル%以下であることを特徴とする絶縁膜用塗布剤の製造方法。
[4]
前記有機溶媒がHOCnH2nOCmH2m+1で表される[3]に記載の絶縁膜用塗布剤の製造方法。
ただし、nとmは自然数である。
[5]
前記[1]に記載の絶縁膜用塗布剤を金属板の少なくとも一方の表面に塗布する塗工工程と、前記塗布剤を塗布した金属板を400~420℃の温度で1~2分保持して前記金属板の表面に絶縁膜を形成する熱処理工程を有することを特徴とする絶縁膜付き金属板の製造方法。
[6]
前記塗工工程と前記熱処理工程をRoll-To-Rollの連続処理で行う前記[5]に記載の絶縁膜付き金属板の製造方法。
[7]
前記金属板がステンレス箔である[5]または[6]に記載の絶縁膜付き金属板の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る絶縁膜用塗布剤によれば、一般的なRoll-to-Rollプロセスにより金属板上に塗布・熱処理を行い、工業的にリーズナブルな速度で生産が可能であり、絶縁膜の膜厚が0.5μm以上であって、デバイス形成時に600℃~750℃のアニールを施しても、クラック発生が抑制され、安定して絶縁膜を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、メチルシロキサンポリマーの分子構造のイメージを表した概念図である。
【
図2】
図2はSiの結合手の種類であって、メチルトリアルコキシシランに由来する結合と、テトラアルコキシシランに由来する結合を説明するための概念図である。
【
図3】
図3はSi-OR結合の部分構造の例を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施形態(以下、本発明と呼ぶ場合がある。)を例に、本発明の内容を説明する。
【0017】
[絶縁膜用塗布剤の構成]
本発明の絶縁膜用塗布剤はメチル基含有シリカ膜を形成するために調製した塗布剤であり、有機溶媒中にメチルシロキサンポリマーを含有するものである。本発明者らは実験を繰り返し、メチルシロキサンポリマーの縮合度が77%以上87%以下であり、かつ、非メチル基結合に対するSi-OR結合の比率が7%以上11%以下であるメチルシロキサンポリマーを有機溶媒中に含有する塗布剤であれば、0.5μm以上の膜厚で600℃~750℃のアニールをしたとしても、膜面にクラックの発生なく絶縁膜を形成できることを確認した。さらに、この塗布剤であれば、成膜のための熱処理も400℃~420℃を1~2分程度の短時間処理で可能となることを確認した。この短時間成膜処理であれば、例えばステンレス箔に絶縁膜を形成するためのRoll-to-Roll処理にも適用でき、既存の設備で生産することができる。
【0018】
前述したように、本発明者らは、テトラアルコキシシランとメチルトリアルコキシシランから塗布剤を試作し、塗布剤の固形成分であるメチルシロキサンポリマーの縮合度が高く、かつ、メチルシロキサンポリマーの末端基に占めるアルコキシ基の比率が高い塗布剤であれば、600℃~750℃のアニール処理後であってもクラックが発生しないことを見出した。
【0019】
テトラアルコキシシランとメチルトリアルコキシシランから合成する塗布剤は、通常、有機溶媒中でテトラアルコキシシランとメチルトリアルコキシシランを加水分解することにより得られる。メチルトリアルコキシシランCH3Si(OR)3を例にとって説明する。ここでRはアルキル基を表す。メチルトリアルコキシシランは理想的には(式1)(式2)(式3)で表されるように加水分解が進み、(式4)で表されるように脱水反応によって縮合が進みポリマー化する。
CH3Si(OR)3+H2O→CH3Si(OR)2OH+ROH
・・・・・(式1)
CH3Si(OR)2(OH)+H2O→CH3SiOR(OH)2+ROH
・・・・・(式2)
CH3SiOR(OH)2+H2O→CH3Si(OH)3+ROH
・・・・・(式3)
CH3Si(OH)3+CH3Si(OH)3→(OH)2CH3Si-O-SiCH3(OH)2+H2O
・・・・・(式4)
【0020】
アルコキシ基(OR)を多く残すには水の添加量を減らして加水分解を進ませないようにすることが考えられる。メチル基を含有するシロキサンポリマーは(式4)で表されるような水酸基(OH)の脱水縮合反応によって縮合が進むので、アルコキシ基を多く残すとシロキサンポリマーの縮合度が上がらなくなる。工業的に膜付きステンレス箔を製造するには、ステンレス箔ロールに連続的に塗工(塗布)・乾燥・熱処理を行って熱処理膜のついたステンレス箔ロールを巻き取るというRoll-to-Rollプロセスが用いられる。従って現実的な熱処理炉の長さと生産性を考慮すると、熱処理時間は1~2分という短いものになる。縮合度が上がっていないシロキサンポリマーを塗工した場合には、1~2分という短い熱処理時間で十分な膜強度を得ることは難しい。
【0021】
[メチルシロキサンポリマーの構造]
メチルシロキサンポリマーの部分構造はSiに着目して表すことができる。Siは4価の原子であり、いわゆる結合手を4つ有している。メチルシロキサンポリマー中のSi原子(部分構造に注目しているSi原子)は、末端基となるCH3(メチル基)、OH(水酸基)、OR(アルコキシ基)と結合するほか、別のSi原子との間にOSi結合を形成してポリマー化する。即ち、メチルシロキサンポリマー中のSi原子は、Si-OSi結合(本明細書においてシロキサン結合とも呼ぶ。単にSi-OSiやSi-O-Siと表現する場合もある。)、Si-CH3結合(メチル基結合とも呼ぶ。単にSi-CH3と表現する場合がある。)、Si-OH結合(シラノール基結合とも呼ぶ。単にSi-OHと表現する場合がある。)、Si-OR結合(アルコキシ基結合とも呼ぶ。単にSi-ORと表現する場合がある。)を有している。
【0022】
ORはアルコキシ基を示しており、原料となるテトラアルコキシシランに由来するアルコキシ基、メチルトリアルコキシシランに由来するアルコキシ基、および原料を加水分解するときの有機溶媒(テトラアルコキシシランやメチルトリアルコキシシランの加水分解の結果生じたアルコールとは異なる有機溶媒) に由来するアルコキシ基が考えられる。
【0023】
Si-OH結合は縮合してSi-OSiを生成することが可能な、反応性を有する末端基である。Si-OR結合はそのままでは反応しにくいが、塗布剤を金属板に塗布後の乾燥処理や熱処理の工程で水分と反応して加水分解されSi-OHに変化する。Si-OHに変化した後は、縮合してSi-O-Si結合を生成することができる。即ち、メチルシロキサンポリマーの部分構造としてSiの結合のうちメチル基結合(Si-CH3)を除いた結合(非メチル基結合)は、理想的には加水分解や縮合により、すべてシロキサン結合(Si-OSi)となり得ることになる。しかし、実際にはすべてが加水分解や縮合されるわけではなく、ポリマーには末端が存在し、それらはSi-OHまたはSi-ORとなる。
【0024】
[縮合度が77%以上87%以下]
そこでSiの全結合手からメチル基結合(Si-CH3結合)を除いた結合(非メチル基結合)の結合手におけるシロキサン結合(Si-OSi)の比率を縮合度と定義する。メチルシロキサンポリマーの縮合度が高いということは、シロキサン結合が多いということである。縮合度は高いほど短時間での熱硬化が可能になると考えられるが、縮合度100%、即ち非メチル基結合の全てがシロキサン結合に近付くと、有機溶媒に溶解することが困難になる。そのため、メチルシロキサンポリマーの縮合度は87%以下にするとよい。縮合度は、好ましくは86%以下、または85%以下にするとよい。
一方、メチルシロキサンポリマーの縮合度が少なくないと、成膜し難くなり、400~450℃の成膜熱処理でも成膜時間が長くなる。工業的な成膜速度(現行のRoll-to-Roll処理を前提)とする1~2分程度の成膜時間を考慮すると、縮合度は77%以上であるとよい。縮合度は、好ましくは、78%以上、79%以上、または80%以上であるとよい。
【0025】
[縮合度の求め方]
縮合度の求め方を説明する。塗布剤中の全Siを1モルとすると、Siは4つの結合手を有するので結合手は4モルである。メチルトリアルコキシシランに由来するT0、T1、T2、T3と、テトラアルコキシシランに由来するQ0、Q1、Q2、Q3、Q4が存在する(
図2参照)。これらの結合量は
29Si-NMRによって求めることができる。それぞれの存在量をモル単位でt0、t1、t2、t3、 およびq0、q1、q2、q3、q4と表す。このときSi-OSiの結合総数はt1×1+t2×2+t3×3+q1×1+q2×2+q3×3+q4×4となる。塗布剤中のSi1モルに対するSi-CH3結合のモル数をpモルと置くと、pはT核とQ核の比から算出することができる。全Siを1モルとした場合にはp=t0+t1+t2+t3である。従って、縮合度は{(t1×1+t2×2+t3×3+q1×1+q2×2+q3×3+q4×4)/(4-p)}×100となる。なお、
29Si-NMRの測定は、例えばBruker社製AVANCE III HD400を用いてDD(Dipolar Decoupling)/MAS(Magic Angle Spinning)法により、基準物質としてヘキサメチルシクロトリシロキサンを用いて行うことができる。
【0026】
[Si-OR結合(アルコキシ基結合)比率が7%以上11%以下]
Si-OR結合(アルコキシ基結合)は、例えばテトラメトキシシランとメチルトリエトキシシランをプロパノール中で加水分解した場合には、テトラメトキシシランに由来するメトキシ基、メチルトリエトキシシランに由来するエトキシ基、加水分解されたSiOHがプロパノールと反応して生じたプロピル基の3種類のアルコキシ基が生成することになる。また、テトラメトキシシランとメチルトリメトキシシランを2-メトキシエタノール中で加水分解した場合には、メトキシ基の他に、2-メトキシエタノールに由来するSi-OC2H4-OCH3で表される新しいアルコキシ基が生成する。このように、原料由来だけでなく原料の加水分解反応時に用いた有機溶媒から生じるアルコキシ基まで含めたものをSi-OR結合(アルコキシ基結合)として扱う。
【0027】
塗布剤中に含まれるSi-ORの一部は塗工・乾燥・熱処理中に、雰囲気ガス中の水分で加水分解されアルコールを生成してSi-OHに変化する。また一部は400℃~420℃の熱処理中に熱分解されてSi-OHに変化したりSi-O-Si結合を作ったりすることもある。加水分解も熱分解もされなかったSi-ORはそのままの状態でメチル基含有シリカ膜の中に残る。末端基としてのSi-ORとSi-OHを比較すると、Si-ORの方が1個以上の炭素原子およびそれに付随する水素原子を含むためSi-OHに比べると嵩が高い。従って、メチル基含有シリカ膜の分子構造中に空隙を生じさせることができる(
図1参照)。
図1において直鎖状のSi-O-Si結合はポリジメチルシロキサンのように回転の自由度が大きい。このため、Si-ORを一定量以上含むメチル基含有シリカ膜は、600~750℃のアニール中に加熱されてメチル基が分解したときに直鎖状のSi-O-Si結合の部分を利用して回転し無機のシリカ膜として最適な安定構造をとること、即ちシロキサン骨格の再編成が起き、アニール耐性が高くなる。一方、Si-ORの含有量が少ないメチル基含有シリカ膜は、600~750℃のアニール中にシロキサン骨格の再編成が起こりにくいため、メチル基が分解することにより多孔質化して膜強度が低下し、クラックが入りやすくなると考えられる。
【0028】
従って、非メチル基結合におけるSi-OR結合(アルコキシ基結合)の比率が小さいと、アニール中のシロキサン骨格の再編成が起こりにくくクラックが発生しやすくなる。そのため、非メチル基結合におけるSi-OR結合の比率は7.0%以上であるとよく、好ましくは7.2%以上、7.4%以上、7.6%以上、7.8%以上、または8.0%以上にするとよい。
【0029】
一方、非メチル基結合におけるSi-OR結合(アルコキシ基結合)の比率が高くなると、400~420℃で1~2分相当の熱処理を行って得られるメチルシロキサンポリマーに含まれる空隙が多くなりすぎ、熱処理膜としての硬度が低下しRoll-to-Roll成膜時にクラックが発生しやすくなる。そのため、非メチル基結合におけるSi-OR結合の比率は11.0%以下であるとよく、好ましくは10.8%以下、10.6%以下、10.4%以下、10.2%以下または10.0%以下にするとよい。
【0030】
Si-OR結合の中に、Si-OCnH2n-OCmH2m+1で表される構造を含んでいる場合は、750℃以上の耐熱性が得られる傾向があることが確認できた。塗布剤中にSi-OCmH2m+1を含んでいる場合、熱処理膜までその構造が残り、Si-OCmH2m+1は通常のアルコキシ基Si-OCmH2m+1に比べて嵩が高くなるので、熱処理膜中のシロキサン骨格の再編がより容易となるので高い耐熱性が得られると考えられる。Si-OR全体に占めるSi-OCnH2n-OCmH2m+1の比率は12%以上26%以下であることが好ましい。ここでn、mは、それぞれ異なる1以上4以下の自然数である。塗布剤中のメチルシロキサンポリマーの重量すなわち固形分量は14%以上30%以下であることが好ましい。
【0031】
[Si-OR結合の比率の求め方]
Si-OR結合(アルコキシ基結合)の比率の求め方を、メチルトリエトキシシランとテトラメトキシシランを2-エトキシエタノールに加えて加水分解させて調製した塗布剤を例にして説明する。塗布剤中の総Siを1モルとすると、Siは4つの結合手を有するので結合手は4モルである。1H-NMRおよび13C-NMRからSi-CH3、Si-OCH3、Si-OC2H5、Si-OC2H4OC2H5の部分構造が存在していることがわかるので、それぞれのピークの面積比からモル%を求めることができる。
【0032】
図3に、このような部分構造を有する具体例をSiに着目した形で示した。まずはメチルトリエトキシシランそのものが挙げられる。この3つのエトキシ基は、メトキシ基およびOC
2H
4OC
2H
5で置換可能である。また、T1構造で水酸基とアルコキシ基が1つずつ存在する場合について考えると、アルコキシ基がエトキシ基である構造(T1-A)、メトキシ基である構造(T1-B)、OC
2H
4C
2H
5基である構造(T1-C)が挙げられる。T2、Q0、Q1、Q2、Q3の場合も同様である。Si1モルに対するSi-CH
3結合のモル数は
29Si-NMRで得られるT核とQ核の比から算出でき、塗布剤中のSi-CH
3結合のモル数に基づいてSi-OCH
3、Si-OC
2H
5、Si-OC
2H
4OC
2H
5のモル数を求めることができる。Si-ORの総モル数はSi-OCH
3、Si-OC
2H
5、Si-OC
2H
4OC
2H
5の3種類のアルコキシ基のモル数を足し合わせたものとなる。塗布剤中のSiを1モルとし、Si-CH
3結合がpモル存在するとしたとき、Siの全結合手(4モル)からSi-CH
3結合を除いた結合(非メチル基結合)の結合手は4-pになるので、Si-ORの総モル数を4-pで割ればよい。
【0033】
[全Siに対するメチル基が30モル%以上70モル%以下]
メチル基を含むシリカ膜は一般的に耐熱性を有しているものの、600℃近くに加熱すると熱分解が始まり、700℃近くに加熱するとほぼ全量消失することが確認された。全Siに対するメチル基の比率が少ないと、焼鈍時のメチル基の消失に伴う体積量や膜構造変化が少ないためクラックは発生しにくくなる。しかし、メチル基の比率が少な過ぎると無機のSiO2膜の性質に近付き脆化するため、0.3μm以上の膜厚になると熱衝撃によるクラックが発生し易くなる。特に400~450℃の成膜時の熱処理において、熱衝撃のためクラックが発生し易くなる。そこで、メチル基結合の比率は、全Siに対し30モル%以上にするとよく、好ましくは32モル%以上、35モル%以上、37モル%以上、39モル%以上、または40モル%以上にするとよい。
【0034】
一方、全Siに対するメチル基結合の比率が多いと柔軟性が増しSiO2膜が有する脆化傾向が弱くなるが、その反面アニール中にメチル基の消失に伴う体積量や膜構造変化が大きくなり、その変化によるクラックが発生する。そのため、メチル基結合比率は、全Siに対し70モル%以下にするとよく、好ましくは68モル%以下、66モル%以下、64モル%以下、62モル%以下または60モル%以下であるとよい。
【0035】
[メチル基結合の比率の求め方]
前述した縮合度の求め方と同様、メチルトリアルコキシシランに由来するT0、T1、T2、T3と、テトラアルコキシシランに由来するQ0、Q1、Q2、Q3、Q4のそれぞれの存在量をモル単位でt0、t1、t2、t3、 およびq0、q1、q2、q3、q4と表したとき、t0+t1+t2+t3とq0+q1+q2+q3+q4の比からSi1モルに対するSi-CH3結合(メチル基結合)のモル数を求めることができる 。
【0036】
[塗布剤の合成方法]
塗布剤合成時にSi-OR結合の比率と縮合度を制御する方法について述べる。
メチルトリアルコキシシランおよびテトラアルコキシシランを用いた塗布剤合成では、通常、有機溶媒中でテトラアルコキシシランとメチルトリアルコキシシランを加水分解することにより得られることは前述した。以下に、前述と同様、メチルトリアルコキシシランCH3Si(OR)3を例にとって説塗布剤の構成方法について説明する。ここで説明のため(式1)~(式4)を再掲する。
CH3Si(OR)3+H2O→CH3Si(OR)2OH+ROH
・・・・・(式1)
CH3Si(OR)2(OH)+H2O→CH3SiOR(OH)2+ROH
・・・・・(式2)
CH3SiOR(OH)2+H2O→CH3Si(OH)3+ROH
・・・・・(式3)
CH3Si(OH)3+CH3Si(OH)3→(OH)2CH3Si-O-SiCH3(OH)2+H2O
・・・・・(式4)
【0037】
メチルトリアルコキシシランおよびテトラアルコキシシランを用いた塗布剤合成では、一般にアルコキシ基に対して等モルあるいはそれ以上加えて加水分解反応((式1)~(式3))と脱水縮合反応(式4)を促進する。その際、触媒によりSi-OR結合の比率と縮合度を最適範囲に制御している。例えば従来はアルコキシ基と等モルの水を添加して加水分解反応と脱水縮合反応を促進した塗布剤が報告されている(例えば特許文献4)。しかし、これらの塗布剤を用いて膜厚0.5~0.7μmの範囲でステンレス箔上に塗工した膜を650~750℃の温度で窒素雰囲気中20分のアニール処理を行ったところ、膜にクラックが発生した。NMRによりこれらの塗布剤を分析したところ、いずれもSi-ORの比率が低かった。その結果、
図1に示すシロキサン骨格の再編成ができず、アニール後にクラックが発生したと考えられる。ゾルゲル法によるアルコキシシランなどの加水分解では、アルコキシ基に対して等モル、またはそれ以上の水を加えることが一般的であるが、従来のメチルシロキサンポリマー膜では650~750℃でのアニール処理に耐えられないことを意味している。
【0038】
そこで本発明者らは、メチルシロキサンポリマー膜にアルコキシ基結合(Si-OR)を多く残すための方策を検討した。メチルシロキサンポリマーの末端に多くのアルコキシ基を残すためには、加水分解反応を抑制すればよいことを見出した。一般的には加水分解反応時に添加する水の量を減らすことと、触媒を強酸である塩酸、硝酸などから弱酸に変更することが考えられる。しかしながら、シュウ酸、酢酸、炭酸等の弱酸を使った場合、加水分解が抑制されるとともに脱水縮合反応も抑制されるため、縮合度が上がらないという問題があった。
【0039】
この問題に対しては、加水分解に用いる有機溶媒全量を等分して有機溶媒-1と有機溶媒-2を準備し、有機溶媒-1に金属アルコキシド、特にTiとZrのアルコキシドを溶解させた後メチルトリアルコキシシランとテトラアルコキシシランを加えて攪拌したところに、有機溶媒-2に溶解させた水と弱酸を徐々に滴下する方法が有効であることを見出した。有機溶媒-2と水と弱酸を滴下することにより、有機溶媒-1中のメチルトリアルコキシシランとテトラアルコキシシランの加水分解が進行するとともに金属アルコキシドが脱水縮合反応を促進させるものと考えられる。この時水の量を適正範囲にしておけば、アルコキシ基を残しながら縮合度を高めることが可能となる。加水分解に用いる有機溶媒の量は、原料のアルコキシ基がすべて加水分解・縮合することを仮定して計算した固形分濃度が25~55%となるように加えることが望ましい。固形分濃度が低すぎると反応終了までの時間がかかりすぎ、高すぎると発熱反応である加水分解反応時に急激な温度上昇が起き、局所的な脱水縮合反応が進んでシリカ微粒子が生成してしまい均一な塗布剤を得ることが困難になる。
【0040】
有機溶媒には、2-メトキシメタノール、2-メトキシエタノール、2-エトキシメタノール、2-エトキシエタノール、などHOCnH2nOCmH2m+1で表される有機溶媒を用いることがSi-OCnH2n-OCmH2m+1を生成させることができるので望ましい。
【0041】
メチルトリアルコキシシランとしては、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、メチルトリプロポキシシランなどが挙げられる。
【0042】
テトラアルコキシシランとしては、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラプロポキシシランなどが挙げられる。
【0043】
メチルトリアルコキシシランとテトラアルコキシシランの合計に対するメチルトリアルコキシシランの比率は、塗布剤中のメチル基結合に影響する。メチルトリアルコキシシランの比率が少な過ぎると、0.5μm以上の膜厚で成膜した時にクラックが発生しやすくなるため30モル%以上であることが望ましい。さらに好ましくは35モル%以上、または40モル%以上にするとよい。一方、メチルトリアルコキシシランの比率が多過ぎると、アニール処理中に大量のメチル基の熱分解に伴いクラックが発生しやすくなるため70モル%以下であることが望ましい。さらに好ましくは65モル%以下、または60モル%以下にするとよい。
【0044】
水の添加量は、原料中の全アルコキシ基に対して少な過ぎる場合は加水分解されるアルコキシ基が少なくなるため脱水縮合が進まず、縮合度が低くなる。そのため、水の添加量は原料中の全アルコキシ基に対して45モル%以上にするとよい。好ましくは46モル%以上、48モル%以上、または50モル%以上であることが望ましい。
一方、水の添加量が原料中の全アルコキシ基に対して多過ぎる場合は、加水分解が進んでポリマー中に残存するアルコキシ基量が減るので、出来上がった塗布剤を用いてRoll-to-Rollプロセスで製造した熱処理膜に600~750℃のアニール処理を施すとクラックが発生する可能性が高くなる。そのため、水の添加量は原料中の全アルコキシ基に対して70モル%以下にするとよい。好ましくは65モル%以下、または60モル%以下であることが望ましい。
【0045】
弱酸のモル比は、全アルコキシシランのSiに対して1.5モル%以上4.5モル%以下であることが望ましい。弱酸のモル比が少な過ぎる場合は加水分解が進まず、ポリマー中のSi-OR結合(アルコキシ基結合)の比率が高くなりすぎる。アルコキシ基は嵩高いので塗布膜中のポリマー間の距離が広がり、熱処理中の縮合反応が進みにくくなる。その結果、十分な膜強度が得られずクラックや疵が発生しやすくなる。そのため弱酸のモル比は1.5モル%以上にするとよい。好ましくは2.0モル%以上、または2.5モル%以上にするとよい。
一方、弱酸のモル比が高すぎる場合は、加水分解が進みすぎ、ポリマー中のアルコキシ基結合が少なくなりすぎる。その結果、アニール中にシロキサン骨格構造の再編成がうまくできずクラックが発生し易くなる。そのため弱酸のモル比は4.5モル%以下にするとよい。好ましくは4.0モル%以下、または3.5モル%以下にするとよい。
【0046】
金属アルコキシドでは、Al、 Ti、 Zr、 Nb、 Taなどのアルコキシドを、縮合度を上げるために用いることができる。特にTiとZrのアルコキシドが好ましい。これらのアルコキシドはアセチルアセトンやアセト酢酸エチルなどで化学改質をして用いることができる。金属アルコキシドモル比は、全アルコキシシランのSiに対して0.2モル%以上0.5モル%以下であることが望ましい。
【0047】
加水分解・縮合反応の終了点はFTIRスペクトルにより、波形の変化が認められなくなった時点で判断することができる。加水分解・縮合反応が終了した塗布剤は、有機溶媒をさらに加えて固形分濃度を調整する。ここで加える有機溶媒は各種アルコール、セロソルブ、ケトンなどを用いることができるが、塗工時に膜が白くなる白化を抑制する観点から、ケトンを用いることが好ましい。
【0048】
この塗布剤を金属板上に成膜するとき、膜厚が薄過ぎると金属板の表面凹凸に対応できず、金属板表面を完全に被覆することができないことがある。そのため、成膜後の膜厚が0.5μm以上にするとよい。一方、成膜後の膜厚が厚過ぎると熱処理後あるいはアニール後にクラックが発生しやすい。そのため成膜後の膜厚は、好ましくは1.3μm以下にするとよい。
【0049】
塗工(塗布)方法は特に限定しない。通常の操業で行われているRoll-to-Rollの連続塗工方式であれば、設備改造を伴うことなく塗工することができる。塗工方法も特に限定しない。例えばグラビアコート、ダイコートなどが挙げられる。乾燥条件も特に限定しない。例えば140~160℃で0.2~2分相当保持するとよい。例えば乾燥炉の長さが10mで炉内温度を150℃に設定した場合、20mpmで搬送すれば0.5分相当と計算され、10mpmで搬送すれば1分相当となる。乾燥炉の雰囲気も特に限定しないが、大気雰囲気が望ましい。
【0050】
塗工後の熱処理方法も特に限定しない。通常、工業的に行われているRoll-to-Rollプロセス(金属板を巻いたロールから金属板を引き出して連続的に塗工・乾燥・熱処理を行い金属板表面に熱処理膜(絶縁膜)を形成し、熱処理膜のついた金属板を再度ロール状に巻き取る一例のプロセス)を適用することができる。現実的な熱処理炉の長さと生産性を考慮して、熱処理時間は1~2分という短いものにも適用できる。炉内雰囲気も特に限定しない。例えば、Roll-to-Rollの連続熱処理方式で、炉内設定温度は400℃以上420℃以下、熱処理時間(熱処理温度での保持時間)は1~2分であればよく、炉内雰囲気は窒素などの不活性ガスの場合であってもよい。このとき、炉長と搬送速度によって熱処理時間が算出されるが、例えば400℃~420℃に設定した5mの熱処理炉を搬送速度5~10mpmで搬送した場合は400~420℃×1~2分相当の熱処理が実施できるということになる。
【0051】
[金属板]
塗布する金属板の種類は特に限定しない。一般にアルミニウム(Al)、チタン(Ti)、銅(Cu)、ステンレス鋼の金属板(箔も含む)が流通しており、金属板として用いることができる。これらのうち、750度以上の高耐熱でハンドリングが容易なステンレス鋼板(ステンレス鋼箔)が好ましい。金属板の製造方法も特に限定しない。常法に従い製造することができる。
【実施例0052】
[実施例1]
有機溶媒をエタノールとして、メチルトリエトキシシランとテトラメトキシシランの含有量を変化させて各種塗布剤を作成し評価した。金属アルコキシドとしてチタニウムエトキシド(Tiアルコキシド)を2モル倍のアセト酢酸エチルで化学改質したものを用いた。弱酸としては酢酸を用いた。これら原材料のモル配合比を表1(表1-1、表1-2、および表1-3を合わせて表1と称する。以下同じ。)に示す。
【0053】
まず表1記載のエタノールを2分し、1Lのナスフラスコに2分した一方のエタノールと表1記載のモル数のチタニウムエトキシドとアセト酢酸エチルを加えてマグネティックスターラーで15分間攪拌した。その後、メチルトリエトキシシラン、およびテトラメトキシシランを加えてさらに15分間攪拌した。500mlのビーカーに2分した残りのエタノールと水と酢酸を加えた。1Lのナスフラスコに500mlのビーカーの内容物を2.5時間で滴下できるように滴下装置とローラーポンプをセットした。滴下完了後さらに30分攪拌を続けた。その後、固形分濃度等を調整するためメチルエチルケトン(MEK)を加えた。
【0054】
得られた塗布剤中の縮合度およびSi-OR結合比率を求めた。塗布剤中の縮合度は前述したように29Si-NMRによって求めた。Si-OR結合比率も前述したように、全Siに対するSi-CH3結合のモル比を29Si-NMRで測定し、Si-CH3、Si-OCH3、Si-OC2H5の部分構造のモル%を1H-NMRおよび13C-NMRで求めた。測定に用いたNMR装置は以下(ア)~(ウ)のとおりである。
(ア)29Si-NMR:AVANCE400(Bruker社製)を用いてDD(Dipolar Decoupling)/MAS(Magic Angle Spinning)法により行い、基準物質にはヘキサメチルシクロトリシロキサンを用いた。
(イ)1H-NMR:ECZ-600R(JEOL RESONANCE社製)を用いてsingle pulse法により行い、基準物質にはTetramethylsilaneを用いた。
(ウ)13C-NMR:ECZ-600R(JEOL RESONANCE製)を用いてsingle 13C pulse with inverse gated 1H decoupling法により行い、基準物質にはC6D6を用いた。
【0055】
得られた塗布剤に含まれるメチルシロキサンポリマー中の全Siに対するメチル基の比率(モル%)、縮合度、非メチル基結合に対するSi-OR結合の比率の測定結果を表1に示す。
【0056】
次に、得られた塗布剤をステンレス鋼箔に塗布した。ステンレス鋼箔はSUS444の板厚10μmでSB(スーパーブライト仕上げ)処理をしたものを用いた。表面粗さをAFMを用いて視野サイズ100μm角で測定したところRaは28.3nm、 Rmaxは700nmであった。当該ステンレス鋼箔を12cm角に切断した試料を準備し、スピンコータにて得られた塗布剤をステンレス鋼箔の試料の表面上に塗布した。塗布厚はスピンコータの回転数で制御し、塗工膜厚(スピンコータ塗布後の膜厚)が0.5μm以上になるようスピンコータの回転数を調整した。塗工膜厚の実測値を表1に示す。塗工後、150℃の大気雰囲気のオーブン中で1分間の乾燥処理を行った。
【0057】
塗布剤を試料に塗布は、実際のプロセス同様の熱履歴になるよう熱処理を行った。まず赤外線加熱炉にて窒素雰囲気中で420℃に加熱し1.5分保持して熱処理を行った。その後、デバイス製造時を模擬して、さらに窒素雰囲気中で750℃まで加熱し30分保持した。420℃の熱処理後、および750℃のアニール後の皮膜の膜面観察を行い、クラック発生の有無を目視で確認した。クラックが確認できなかったものを良(〇)とし、クラックが確認されたものを不良(×)とした。両方の熱処理を経てもクラックが発生しない場合を合格とし、少なくともどちらか一方でクラックが発生した場合を不合格とした。これら評価結果を表1に示す。
【0058】
試験剤No.101は塗布剤中のメチル基のモル%が少な過ぎるためにメチル基含有シリカ膜が硬く脆いものとなってしまい、420℃熱処理時にクラックが発生した。
【0059】
試験剤No.102はチタニウムエトキシドの割合が少な過ぎるために縮合度が低い塗布剤になった。このため窒素中420℃1.5分の熱処理では熱硬化が十分に進まず熱処理の段階でクラックが発生した。試験剤No.102の塗布剤については同様にして420℃2分の熱処理も行ったが熱処理時間を延長しても熱処理膜にクラックが発生した。
【0060】
試験剤No.103はチタニウムエトキシドの量が規定値に達しているので縮合度は試験剤No.102より上がっているが、酸が少ないためにSiOR結合が多く残りすぎた。OR基はかさ高いのでポリマー間の距離が広がり、OH基同士の脱水縮合が進みにくくなり、十分な膜強度が得られず熱処理膜にクラックが発生したと考えられる。
【0061】
試験剤No.104は加水分解時の水が少ないためにOR基が多く残りすぎた。OR基はかさ高いのでポリマー間の距離が広がり、OH基同士の脱水縮合が進みにくくなり、十分な膜強度が得られず熱処理膜にクラックが発生したと考えられる。
【0062】
試験剤No.105はメチル基が多過ぎる例である。メチル基のモル%以外は適正範囲内にあったので熱処理膜にクラックが発生することはなかったが、メチル基が多いためアニール中のメチル基分解に伴う体積変化が大きくなりアニール後にクラックが確認された。
【0063】
試験剤No.106は、チタニウムエトキシドが多過ぎたため塗布剤中のポリマーの縮合度が上がりすぎた。その結果、塗布剤中の有機溶剤に溶解できないポリマーが生成し、熱処理膜中にごく微細の固形物が混入した。アニール時には固形物を起点にクラックが発生した。
【0064】
試験剤No.107は酸が多いため加水分解が進みすぎ、塗布剤中のポリマーのOR基が少なくなりすぎた。そのため750℃アニール中のシロキサン網目構造の再編成がうまくできずアニール膜にクラックが発生した。
【0065】
試験剤No.110は水が多いため加水分解が進みすぎ、塗布剤中のポリマーのOR基が少なくなりすぎた。そのため750℃アニール中のシロキサン網目構造の再編成がうまくできずアニール膜にクラックが発生した。
【0066】
水も酸も加水分解を促進するので、試験剤No.111では試験剤No.110の水過剰の条件において酸の添加を中止した。しかしながら水過剰の場合は、酸を入れなくてもOR基が少なくなりすぎた。そのため750℃アニール中のシロキサン網目構造の再編成がうまくできずアニール膜にクラックが発生した。
【0067】
試験剤No.112では試験剤No.111の条件で加水分解縮合反応に寄与するチタニウムエトキシドの添加も取りやめた。しかしながら水過剰の場合は、酸およびチタニウムエトキシドを入れなくてもOR基が少なくなりすぎた。そのため750℃アニール中のシロキサン網目構造の再編成がうまくできずアニール膜にクラックが発生した。
【0068】
試験剤No.113は特許文献4の合成条件である。ここでは酢酸量が記載されていないので、本発明の範囲で最も少ない値を採用したが、このように酢酸を減らしてもOR基が減りすぎて不適であった。
【0069】
試験剤No.114は特許文献5の合成条件に相当するものであるが、酢酸添加量が多いので加水分解が進んで、OR基が減りすぎて不適であった。
【0070】
[実施例2]
表1の試験剤No.5に示す標準的塗布剤の配合のうち、有機溶媒をエタノールから2-エトキシエタノール、2-メトキシエタノール、2-ブタキシエタノールに変え、Si-OR基結合の一部をSi-OCnH2n-OCmH2m+1結合にして、実施例1と同様に塗布剤を作成した。金属板への塗布とその後の評価は実施例1と同様に行った。ただし、製品アニールに相当する高温アニールは750℃で行い、膜面のクラック有無を評価し、クラックがないものはさらに765℃のアニールを行い、膜面のクラック有無を評価した。これら評価結果を表2に示す。試験剤No.5は750℃アニールを経てもクラックが発生しなかったが、765℃アニールではわずかながら微少クラックが確認された。これに対し、試験剤No.10-12は765℃アニール後にもクラック発生が認められず、Si-ORの一部をSi-OCnH2n-OCmH2m+1にする効果が確認できた。
【0071】
[実施例3]
金属アルコキシド、改質剤、有機溶媒を変えた場合の実施例を示す。熱処理は窒素ガス雰囲気中で400℃に加熱し1分保持して実施した。それら以外は実施例1と同じ条件で行った。各原材料の配合比、評価結果を表3に示す。
表3に記載の一連の試験では加水分解すべきアルコキシ基はいずれも3.5モルである。これに対し2モルという少ない水の量しか添加していないが、試験剤No.3-1~3-4に示すように金属アルコキシドと弱酸を組み合わせることで良好な結果が得られている。
【0072】
試験剤No.103-1は水の添加量が少ないにもかかわらず金属アルコキシドを添加していないため、加水分解が進まず、縮合度も上がらなかった。このため膜強度が低く熱処理膜にクラックが発生した。
【0073】
試験剤No.103-2は強酸である塩酸を添加したために加水分解が進みすぎ、ポリマー中のOR基が少なくなりすぎ、アニール時にクラックが発生した。
【0074】
試験剤No.103-3は試験剤No.103-2の加水分解を抑制する目的で金属アルコキシドの添加を取りやめたが、そのような対策を施しても加水分解が進みすぎ、アニール時にクラックが発生した。
【0075】
【0076】
【0077】
【0078】
【0079】
【0080】