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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024127727
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】真空蒸着方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/24 20060101AFI20240912BHJP
【FI】
C23C14/24 D
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023196486
(22)【出願日】2023-11-20
(31)【優先権主張番号】P 2023034322
(32)【優先日】2023-03-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000231464
【氏名又は名称】株式会社アルバック
(74)【代理人】
【識別番号】110000305
【氏名又は名称】弁理士法人青莪
(72)【発明者】
【氏名】木本 孝仁
(72)【発明者】
【氏名】安田 仁
(72)【発明者】
【氏名】倉内 利春
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 俊介
(72)【発明者】
【氏名】氏原 祐輔
【テーマコード(参考)】
4K029
【Fターム(参考)】
4K029BA03
4K029DB03
4K029DB13
4K029DB15
4K029DB18
(57)【要約】      (修正有)
【課題】蒸着ボートに生ずる局所的な変形の進行を可及的に抑制して蒸着ボートの高寿命化を図ることができる真空蒸着方法を提供する。
【解決手段】蒸着源BSとして蒸着材料Emの収容部31aを有するボート本体31とボート本体の両端に夫々張り出す電極取付板部とを有する蒸着ボート3を用い、収容部を画成するボート本体の底板に当接するようにその上方からワイヤ状の蒸着材料を供給し、両電極取付板部の間に通電することでボート本体を加熱して収容部内の蒸着材料を蒸発させる蒸発工程を含む。ワイヤ状の蒸着材料を供給する間、ボート本体の底板に当接するワイヤ状の蒸着材料の先端部Em1のボート本体に対する相対移動によって先端部を連続または間欠的に変位させる変位工程を更に含む。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空チャンバ内で蒸着材料を蒸発させて被蒸着物に対して蒸着するための真空蒸着方法であって、
蒸着源として蒸着材料の収容部を有するボート本体と当該ボート本体の両端に夫々張り出す電極取付板部とを有する蒸着ボートを用い、当該収容部を画成するボート本体の底板に当接するようにその上方からワイヤ状の蒸着材料を供給し、両電極取付板部の間に通電することでボート本体を加熱して収容部内の蒸着材料を蒸発させる蒸発工程を含むものにおいて、
ワイヤ状の蒸着材料を供給する間、ボート本体の底板に当接するワイヤ状の蒸着材料の先端部のボート本体に対する相対移動によって当該先端部を連続または間欠的に変位させる変位工程を更に含むことを特徴とする真空蒸着方法。
【請求項2】
前記収容部を画成するボート本体の底板面内で互いに直交する二軸方向をX軸方向及びY軸方向とし、また、当初にワイヤ状の蒸着材料の先端部が当接するボート本体の底板の位置を起点位置として、前記変位工程では、蒸着材料の先端部が起点位置からX軸方向への相対移動とY軸方向への相対移動とを順次繰り返しながら当該起点位置に戻るようにしたことを特徴とする請求項1記載の真空蒸着方法。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空チャンバ内で蒸着材料を蒸発させて被蒸着物に対して蒸着するための真空蒸着方法に関し、より詳しくは、蒸着ボートを用いて被蒸着物に対する蒸着を実施するものに関する。
【背景技術】
【0002】
この種の真空蒸着方法を実施できる真空蒸着装置用の蒸着源の中には、蒸着ボートを用いるものが例えば特許文献1で知られている。このものは、蒸着材料の収容部を有するボート本体と、当該ボート本体の一方向両端から上方に夫々起立する起立板部と、両起立板部の上端から外方に夫々張り出す電極取付板部とを備える。通常は、低コスト化等のため、ボート本体、起立板部及び電極取付板部といった各部が単一の金属製の板材から形成される。そして、蒸着ボートが、両電極取付板部を上下一対の電極プレートで夫々保持(挟持)させて真空チャンバ内に設置される。真空雰囲気の真空チャンバ内での被蒸着物への蒸着に際しては、電源によって電極プレートを介して両電極取付板部の間に通電することでボート本体をジュール熱で加熱する。そして、当該収容部を画成するボート本体の底板に当接するようにその上方からワイヤ状の蒸着材料を供給すると、当該収容部内で蒸着材料が溶解して濡れ拡がり、この濡れ拡がったものが蒸発し、この蒸発した蒸着物質が飛散することで被蒸着物に蒸着される。このとき、濡れ拡がった蒸着材料が収容部内に流動し、この流動したものが電極取付板部へと這い上がることが起立板部で防止される。
【0003】
ここで、蒸着時にボート本体の底板の一定の位置に対してワイヤ状の蒸着材料を供給していると、蒸着ボートの材質、蒸着レートに応じたボート本体の加熱温度、蒸着材料の供給速度や蒸着材料の種類によっては、ボート本体の底板に対する蒸着材料の当接箇所を含む領域で当該底板が局所的に変形する。そして、このときの変形量が蒸着時間の増加に従い大きくなって、やがて底板部分に孔が開き、蒸着ボートが早期に寿命を迎えることが判明した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007-46106号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、以上の点に鑑み、蒸着ボートに生ずる局所的な変形の進行を可及的に抑制して蒸着ボートの高寿命化を図ることができる真空蒸着方法を提供することをその課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、真空チャンバ内で蒸着材料を蒸発させて被蒸着物に対して蒸着するための本発明の真空蒸着方法は、蒸着源として蒸着材料の収容部を有するボート本体と当該ボート本体の両端に夫々張り出す電極取付板部とを有する蒸着ボートを用い、当該収容部を画成するボート本体の底板に当接するようにその上方からワイヤ状の蒸着材料を供給し、両電極取付板部の間に通電することでボート本体を加熱して収容部内の蒸着材料を蒸発させる蒸着工程を含み、ワイヤ状の蒸着材料を供給する間、ボート本体の底板に当接するワイヤ状の蒸着材料の先端部のボート本体に対する相対移動によって当該先端部を連続または間欠的に変位させる変位工程を更に含むことを特徴とする。
【0007】
ここで、本願発明者らの鋭意研究の結果、例えば蒸着ボートを高融点金属製とし、蒸着材料を銅製とした場合、ボート本体の底板に生ずる局所的な変形は、蒸着材料の供給によってもたらされる荷重が作用することで発生する高温度下でのクリープによるもの(クリープ変形)であるとの知見を得た。他方で、例えば蒸着ボートをBNとTiBの粉末を焼結したものとし、蒸着材料をアルミニウム製とした場合、ボート本体の底板に生ずる局所的な変形は、アルミニウムの溶解に伴う腐食の進行によるものであると知見を得た。そこで、本発明においては、蒸着材料を供給する際にボート本体の底板に当接するワイヤ状の蒸着材料の先端部を連続または間欠的に変位させることで、蒸着中、例えば蒸着材料の供給によってもたらされる荷重が作用する領域がボート本体の底板面内の各所に分散される。その結果、蒸着ボートに生ずる局所的な変形の進行が可及的に抑制され、その結果、蒸着ボートの高寿命化を図ることができる。
【0008】
ところで、収容部を画成するボート本体の底板に当接するようにその上方からワイヤ状の蒸着材料を供給して蒸発させる際(蒸着中)に、濡れ拡がった蒸着材料の周囲に蒸着材料の副生成物(不純物)が析出することが知られている。このように析出したものが再蒸発せずに堆積すると、この堆積したものによって堰止めされて蒸着材料が濡れ拡がる面積(湯面)が狭められる場合があり、蒸着レートの低下を招くといった不具合が生じる。また、収容部に蒸着材料のない状態で加熱すると、ボート本体の底板はその全面に亘って略均等に加熱されるが、蒸着材料の供給状態では、濡れ拡がった蒸着材料が存するボート本体の底板部分の温度が低下してその周辺温度が相対的に高くなる(つまり、ボート本体の底板面内に温度勾配ができる)。特に、蒸着材料とボート本体の底板との接触が固相かつ面圧を生じる条件下では、その温度勾配は顕著となる。そのとき、副生成物の堆積状態によっては、濡れ拡がった蒸着材料が、比較的高温となっているボート本体の底板部分まで流動する場合があり、突沸が発生して良好な蒸着が阻害されるという不具合が生じる。
【0009】
本発明においては、前記収容部を画成するボート本体の底板面内で互いに直交する二軸方向をX軸方向及びY軸方向とし、また、当初にワイヤ状の蒸着材料の先端部が当接するボート本体の底板の位置を起点位置として、前記変位工程では、蒸着材料の先端部が起点位置からX軸方向への相対移動とY軸方向への相対移動とを順次繰り返しながら当該起点位置に戻るようにすればよい。この場合、例えば、ボート本体の底板中心付近を起点位置とし、起点位置からX軸方向への相対移動とY軸方向への相対移動とを順次繰り返しながら当該起点位置に戻るまでを1サイクルとして、蒸着時間に応じてこの1サイクルが複数回繰り返される。
【0010】
以上によれば、1サイクルの相対移動中、X-Y平面における座標位置が互いに重ならないように、ボート本体の底板面内にて蒸着材料の先端部が溶解する位置を連続または間欠的に変化させることで、ボート本体の底板面内に温度勾配が生ずることが抑制され、副生成物が堆積し難くでき、ひいては、突沸の発生を可及的に抑制することができる。仮に析出した副生成物が堆積したとしても、次のサイクルで蒸着材料の先端部が相対移動されてきたときに、その副生成物が、溶解して濡れ拡がる蒸着材料によってボート本体の底板の周縁側へと押し出され、その結果、蒸着中、湯面の面積を略一定に確保することが可能になる。なお、蒸着材料の先端部のボート本体に対する相対移動速度は、例えば1mm/sec~1000mm/secの範囲に設定できる。また、X軸方向及びY軸方向への変位量は、ボート本体の底板の周縁部に副生成物が堆積される領域が確保されるように、X軸方向及びY軸方向の全長の60%~80%の範囲とすればよい。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本実施形態の蒸着源を備えるインライン式の真空蒸着装置の構成を説明する部分断面図。
図2】(a)は、図1に示す蒸着源の拡大平面図、(b)は、蒸着源の拡大断面図。
図3】ボート本体に生ずるクリープ変形を説明する図。
図4図2(a)に対応させて蒸着材料の先端部の変位を説明する図。
図5】蒸着材料の先端部の変位を説明する図。
図6】(a)~(c)は、変形例に蒸着材料の先端部の変位を説明する図。
図7】起立板部への補強板の取付を説明する部分拡大図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して、被蒸着物を矩形のガラス基板(以下、「基板Sg」という)とし、また、蒸着材料Emをワイヤ状に成形された銅製のものとし、蒸着材料Emを供給しながら蒸発させて真空チャンバ内で基板Sgの成膜面に銅膜を蒸着する場合を例に本発明の真空蒸着方法の実施形態を説明する。以下において、上、下といった方向を示す用語は、蒸着源BSの設置姿勢である図1を基準とする。
【0013】
図1を参照して、インライン式の真空蒸着装置Esは真空チャンバ1を備え、真空チャンバ1には、図示省略の排気管を介して真空ポンプが接続され、その内部を所定圧力(真空度)に真空排気して真空雰囲気を形成できる。真空チャンバ1の上方空間には基板搬送装置2が設けられている。基板搬送装置2は、成膜面としての下面を開放した状態で基板Sgを保持するキャリア21を有し、図外の駆動装置によってキャリア21、ひいては基板Sgを真空チャンバ1内の一方向に所定速度で搬送できる。基板搬送装置2としては公知のものが利用できるため、これ以上の説明は省略する。そして、一方向に搬送される基板Sgに対向させて真空チャンバ1の下方空間には本実施形態の蒸着源BSが設けられている。
【0014】
図2も参照して、蒸着源BSは蒸着ボート3を備える。蒸着ボート3は、平坦な底面を持つ蒸着材料Emの収容部としての凹部31aを有するボート本体31と、ボート本体31の長手方向(図1中、左右方向)両端から上方に略直角に夫々起立する起立板部32と、両起立板部32の上端から外方に水平に夫々張り出す電極取付板部33とを備える。本実施形態では、蒸着ボート3が、蒸着材料Emより高い融点の金属製板材、具体的には、高融点金属製で0.3mm~3mmの範囲の板厚を持つ板材をプレス加工により一体に形成したものである。本発明にいう「高融点金属」としては、例えば、モリブデン、タングステンやタンタルが挙げられ、その中には、モリブデン、タングステン及びタンタルのいずれか1種を主成分とするもの(例えば、モリブデンに所定の重量比で酸化イットリウムを添加したもの)を含む。
【0015】
真空チャンバ下壁1aの内面には、長手方向に間隔を存して絶縁材料で構成される2個の支持台4,4が設置されている。支持台4,4の上面には、導電性の良い銅などの金属で構成される上下一対の電極プレート5a,5bが、蒸着ボート3の各電極取付板部33を上下方向から挟持させた状態でボルト等の締結手段41によって着脱自在に夫々取り付けられる。この場合、電極取付板部33を挟持する電極プレート5a,5bの部分は、両電極プレート5a,5bをその全面に亘って密着できるように電極プレート5a,5bより広い幅を有し、電極取付板部33を挟持した状態で電極取付板部33の両側で締結手段41による締結が可能となっている。そして、電極取付板部33を挟持した電極プレート5a,5bの取付状態では、凹部31aを画成するボート本体31の底板が水平となる姿勢で蒸着ボート3が真空チャンバ下壁1aの内面から所定の高さ位置に設置される。
【0016】
真空チャンバ1内には、ワイヤ状の蒸着材料Emをボート本体31の凹部31aに対して連続してまたは間欠的に供給するための材料供給手段6が設けられている。材料供給手段6は、真空チャンバ1内に配置される防着板11の蒸着源BSと背向する側に設置される筐体61を有する。筐体61内には、繰出ローラ62と、繰出ローラ62を回転駆動するモータ63と、上下一対のガイドローラ64,64とが格納されている。蒸着源BS側に位置する筐体61の側壁には突出管部61aが形成され、突出管部61aが防着板11に形成した透孔11aを挿通するようにして筐体61が真空チャンバ1内に設置される。突出管部61aの先端にはへ字状に湾曲させた所定長さのガイド管65が取り付けられ、ワイヤ状の蒸着材料Emをボート本体31の凹部31aに向けて案内するようにしている。蒸着材料Emとしては、Φ1mm~5mmの外径に成形したものが利用され、繰出ローラ62に予め巻回される。そして、繰出ローラ62に巻回されたワイヤ状の蒸着材料Emの先端を引き出して上下一対のガイドローラ64,64の間を通し、突出管部61a内の空間からガイド管65内を挿通させる。ガイド管65から突出する蒸着材料Emの先端部Em1を凹部31aの長手方向中央領域でその内底面(ボート本体31の底板)にその上方から当接するようにしてワイヤ状の蒸着材料Emが準備される。
【0017】
上記蒸着ボート3を用いて真空雰囲気の真空チャンバ1内で基板Sgの下面に銅膜を蒸着する場合には(即ち、本実施形態の真空蒸着方法では)、図外の電源によって電極プレート5a,5bを介して両電極取付板部33,33の間に通電することでボート本体31をジュール熱で加熱し、所定時間が経過すると、モータ63により繰出ローラ62を回転駆動して所定速度でワイヤ状の蒸着材料Emを繰り出す。これにより、凹部31aの内底面に当接する蒸着材料Emの先端部Em1が順次溶解して濡れ拡がり、この濡れ拡がったものが蒸発する(蒸発工程)。そして、蒸発した蒸着物質Emが飛散することで、一方向に移動する基板Sgの下面に銅膜が蒸着される。このとき、濡れ拡がった蒸着材料Emが凹部31aで流動するが、この流動したものが電極取付板部33へと這い上がることが起立板部32で防止される。尚、蒸着レートは、例えば、200mm/min~2000mm/minの範囲に設定される。
【0018】
ところで、蒸着時に、凹部31aの内底面の一定の位置に対してワイヤ状の蒸着材料Emを供給すると、蒸着レートに応じたボート本体31の加熱温度、蒸着材料Emの供給速度によっては、図3に示すように、凹部31aを画成するボート本体31の底板部分31bが下方に向けて膨出するように局所的に変形する。このように底板部分31bに生ずる変形は、蒸着材料Emの供給によってもたらされる荷重が作用することで発生する高温度下でのクリープによるもの(クリープ変形)である。そして、このときの変形量が蒸着時間の増加に従い大きくなると、やがてボート本体31の底板部分31bに孔が開く。また、蒸着時間の増加に従い、電極取付板部33からボート本体31に亘って蒸着ボート3全体の変形が進行し、場合によっては、起立板部32が破断することがあり、これでは、蒸着ボート3が早期に寿命を迎えてしまう。
【0019】
本実施形態では、筐体61をXYθステージ66上に設置することとした。そして、蒸着中には、図4に示すように、XYθステージ66によって筐体61をボート本体31の長手方向であるX軸方向、これに直交するY軸方向及び筐体61の中心を回転中心とするθ方向の何れかに往復動させ、凹部31aの内底面に当接するワイヤ状の蒸着材料Emの先端部Em1のボート本体31に対する相対移動によって先端部Em1を連続または間欠的に変位させるようにした(変位工程)。このときの変位量は、蒸着材料Emの先端部Em1以外の部分が上下一対の電極プレート5a,5b等の他の部品に干渉せず且つ上記荷重が作用する領域が分散できるものであれば特に制限はない。但し、先端部Em1を変位させることで蒸着材料Emが溶解して濡れ拡がったときの面積(湯面の面積)が変わると、凹部31aの内底面の一定の位置に対してワイヤ状の蒸着材料Emを供給した場合と比較して蒸着レートが変動する可能性があるので、これを考慮して先端部Em1の変位方向や変位量を設定することが好ましい。例えば、蒸着材料Emの先端部Em1が当初に当接する凹部31aのX軸方向中央領域の位置(即ち、凹部31aを画成するボート本体31の底板の中心付近)を起点位置とし、ボート本体31のX軸方向やY軸方向に同等の移動量(変位量)で往復動させるような場合、ボート本体31のX軸方向長さ及びY軸方向幅の80%、好ましくは60%の範囲内でその移動量を設定することができる。これによれば、ワイヤ状の蒸着材料Emの供給によってもたらされる荷重が作用する領域が凹部31aの内底面の各所に分散されることで、凹部31aの底面に生じる局所的な変形の進行が可及的に抑制され、その結果、蒸着ボート3の高寿命化を図ることができる。
【0020】
ところで、蒸着中、湯面の周囲に蒸着材料Emの副生成物(不純物)が析出することが知られている。このように析出したものが再蒸発せずに堆積すると、この堆積したものによって堰止めされて湯面の面積が狭められる場合があり、蒸着レートの低下を招くといった不具合が生じる。また、上記蒸着ボート3では、収容部31aに蒸着材料Emのない状態で加熱すると、収容部31aを画成するボート本体31の底板31bはその全面に亘って略均等に加熱されるが、蒸着材料Emの供給状態では、濡れ拡がった蒸着材料Emが存するボート本体31の底板31b部分の温度が低下してその周辺温度が相対的に高くなる(つまり、ボート本体31の底板面内に温度勾配ができる)。特に、蒸着材料Emとボート本体31の底板との接触が固相かつ面圧を生じる条件下では、その温度勾配は顕著となる。そのとき、副生成物の堆積状態によっては、濡れ拡がった蒸着材料Emが、比較的高温となっているボート本体31の底板31b部分まで流動する場合があり、突沸が発生して良好な蒸着が阻害されるという不具合が生じる。
【0021】
蒸着中に副生成物が堆積する可能性があるような場合には、図5に示すように、当初に蒸着材料Emの先端部Em1が当接するボート本体31の底板中心付近を起点位置Spとして、先端部Em1が起点位置からX軸方向への相対移動とY軸方向への相対移動とを順次繰り返しながら(即ち、矩形の軌跡Mpを描いて)起点位置Spに戻るように変位させることができる。そして、起点位置Spに戻るまでを1サイクルとして、蒸着時間に応じてこの1サイクルを複数回繰り返す。蒸着材料Emの先端部Em1のボート本体31に対する相対移動速度は、例えば1mm/sec~1000mm/secの範囲に設定できる。また、X軸方向及びY軸方向への変位量は、ボート本体31の底板の周縁部に副生成物Slが堆積される領域が確保されるように、X軸方向の全長Ld及びY軸方向の全幅Wdの60%~80%の範囲とすればよい。
【0022】
上記のようにして、1サイクルの相対移動中、X-Y平面における座標位置が互いに重ならないように、ボート本体31の底板31b面内にて蒸着材料Emの先端部Em1が溶解する位置を連続または間欠的に変化させることで、ボート本体31の底板31b面内に温度勾配が生ずることが抑制され、副生成物Slが堆積し難くでき、ひいては、突沸の発生を可及的に抑制することができる。仮に析出した副生成物Slが堆積したとしても、次のサイクルで蒸着材料Emの先端部Em1が相対移動されてきたときに、その副生成物Slが、溶解して濡れ拡がる蒸着材料Emによってボート本体31の底板31bの周縁側へと押し出され、その結果、蒸着中、湯面の面積を略一定に確保することが可能になる。本実施形態では、矩形の軌跡Mpを描くように蒸着材料Emの先端部Em1を変位させるものを例に説明するが、これに限定されるものではない。なお、本願にいう「X軸方向への相対移動とY軸方向への相対移動とを順次繰り返しながら」には円弧状に移動させることが含まれ、例えば、図6(a)に示すように、楕円(長円であってもよい)の軌跡Mpを描くように蒸着材料Emの先端部Em1を変位させ、また、図6(b)に示すように、起点位置を基準に対称な楕円の軌跡Mpを描くように蒸着材料Emの先端部Em1を変位させるようにしてもよい。更には、図6(c)に示すように、櫛歯状の軌跡Mpを描くように蒸着材料Emの先端部Em1を変位させることもできる。
【0023】
また、本実施形態では、蒸着ボート3の変形を一層抑制するために、起立板部32と電極取付板部33との輪郭とが一致するように一枚の板材をL字状に成形した2枚の補強板7a,7bを準備し、電極プレート5a,5bに取り付けるときに、一対の補強板7a,7bによって電極取付板部33及び起立板部32がその板厚方向(上方方向)両側から挟持されるようにした。補強板7a,7bとしては、高融点金属製のものが利用できる。この場合、図7に示すように、起立板部32と電極取付板部33とに対し、その上方から取り付けられる一方の補強板7aの下方に屈曲させた部分71は、起立板部32を通る延長線32aに対して起立板部32側に向けて所定角度(例えば、2度~10度)の範囲で傾けている。また、他方の補強板7bの下方に屈曲させた部分72は、延長線32aに対して起立板部32側に向けて所定角度(例えば、2度~10度)の範囲で傾けている。これにより、起立板部32及び電極取付板部33に対して補強板7a,7bを一体化させて挟持するためのボルト等の固定手段を特段用いることなく、一対の補強板7a,7bによって板厚方向両側から起立板部32を確実に挟持することができる。
【0024】
以上によれば、加熱状態のボート本体31の凹部31aにワイヤ状の蒸着材料Emを供給して溶解させたときに、ボート本体31の電気抵抗値が減少したとしても、一対の補強板7a,7bが通電電流の分流路としての役割を果たし、起立板部32の電気抵抗値が相対的に高くなることが抑制されて当該起立板部32の過熱を可及的に防止することができる。しかも、一対の補強板7a,7bによって電極取付板部33や起立板部32が補強されることで、蒸着ボート3の変形を一層抑制することができる。その結果、蒸着ボート3の局所的な過熱や変形を抑制して更なる高寿命化を図ることができる。この場合、起立板部32での電気抵抗値が蒸着中におけるボート本体31の電気抵抗値と同等になるよう各補強板7a,7bの断面積を設定することが好ましい。これにより、蒸着中、ボート本体31と起立板部32とを同等の温度にできることで、仮に蒸着中に凹部31a内で溶解した蒸着材料Emが起立板部32へと這い上がってきたとしても、這い上がってきた蒸着材料Emもまた速やかに蒸発することで、起立板部32での蒸着材料Emの堆積を防止することができ、その上、蒸着レートの変更も抑制することができる。なお、起立板部32が過熱されると、溶解した蒸着材料Emが起立板部32へと這い上がって接触したときに突沸が発生するが、起立板部32の過熱が防止されるため、突沸の発生も抑制することができる。
【0025】
更に、本実施形態では、底板部分31bにその下側から当接する支持手段8を設けた。支持手段8は、両支持台4,4の内側に位置させて、真空チャンバ下壁1aの内面に第1の碍子81aを介して水平に設置される第1のベース板82を備える。第1のベース板82には上方にのびる2本の支柱83,83が立設されている。そして、各支柱83で支持させて真空チャンバ下壁1aの内面から所定の高さ位置には、第2のベース板84が設けられている。第2のベース板84には、第2の碍子81bを介してその上端が、ボート本体31の下面に当接する支持板85が設けられている。支持板85は、ボート本体31とより長い幅(図2(a)における上下方向)を有し且つ0.1mm~2mmの範囲の板厚を有する一枚の高融点金属製の板材をコ字状に屈曲させたものである。本実施形態では、この屈曲した支持板85の2個をその両自由端側が凹部31a側を向く姿勢で且つ各支持板85,85の互いに隣接する一方の自由端85a,85bが底板部分31bに夫々当接すると共に各支持板85,85の幅方向が、ボート本体31の長手方向に直交する方向に夫々合致する姿勢で並設している。この場合、自由端85a,85b相互の間の長手方向の隙間は、例えば底板部分31bが変形範囲に応じて適宜設定される。
【0026】
また、各支柱83で支持させて第2のベース板84から所定の高さ位置には、蒸着ボート3の底面と同等以上の面積を有するリフレクタ板86が設けられている。リフレクタ板86は0.1mm~2mmの範囲の板厚を有する高融点金属製の板材で構成される。この場合、ボート本体31に対向するリフレクタ板86の面を鏡面加工するようにしてもよい。また、リフレクタ板86には、支持板85,85の挿通を可能とする長孔86aが形成されている。本実施形態では、支柱83,83の外周面にはねじ山83aが設けられ、ねじ山83aには複数個のナット部材83bが螺合している。この場合、第2のベース板84及びリフレクタ板86には板厚方向に貫通する貫通孔(図示せず)が形成され、支柱83,83を挿通させて上下方向で対をなすナット部材83bで位置決め保持されるようにし、第2のベース板84やリフレクタ板86のボート本体31に対する高さ位置を適宜調整できるようにしている。
【0027】
以上によれば、例えば、蒸着材料Emの先端部Em1をボート本体31に対してX軸方向に相対移動させる場合、支持板85の自由端85a,85bにより、蒸着材料Emの供給によってもたらされる荷重が作用する底板部分31bが常時支持され、クリープ変形の進行がより一層抑制され、蒸着ボート3の高寿命化をより一層図ることができる。このとき、支持手段8を上記のように構成することで、底板部分31bに対する接触面積を可及的に小さくできる。その上、2個の屈曲した支持板85,85を並設したため、各支持板85,85の他方の自由端が、ボート本体31の長手方向両端側(底板部分31b以外の部分)を支持するため、ボート本体31全体の変形を低減でき、蒸着中にはボート本体31を常時略水平に保持することができる。また、リフレクタ板86を更に備えるため、蒸着中に何らかの原因によってボート本体31の凹部31a内で突沸が発生したとき、この突沸により生ずる液体状又は固体状の蒸着材料Emが碍子81bに付着して絶縁破壊を招くといったことが確実に防止できる。更には、ボート本体31からの輻射熱を反射することで、仮にボート本体31の下方空間に、配管や配線といった何らかの部品が配置されているような場合には、当該部品を熱から保護することもでき、有利である。
【0028】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明の技術思想の範囲を逸脱しない限り、種々の変形が可能である。上記実施形態では、材料供給手段6を構成する繰出ローラ62、モータ63やガイドローラ64,64といった部品を筐体61に格納すると共に筐体61をXYθステージ66上に設置して蒸着材料Emの先端部Em1を変位させるものを例に説明したが、これに限定されるものではない。材料供給手段6の構成に対応させて、例えば、繰出ローラ62やガイドローラ64自体に公知の移動機構を設け、または、ガイド管65に公知の首振り機構を設けて蒸着材料Emの先端部Em1を変位させることもできる。他方で、蒸着ボート3を支持する支持台4,4に公知の駆動機構を設け、ワイヤ状の蒸着材料の先端部に対する蒸着ボート3の相対移動によって先端部Em1を連続または間欠的に変位させるようにしてもよい。
【0029】
なお、首振り機構を設けて蒸着材料Emの先端部Em1を変位させる際には、首振りによる蒸着材料Emの繰り出し量を補正できるように(単位時間あたりの供給量が一定となるように)、繰出ローラ62、モータ63及びガイドローラ64によって蒸着材料Emの繰り出し量が制御可能になるように構成することが好ましい。例えば、首振り角度に応じた蒸着材料Emの繰り出し量の増減量を上位制御系で計算し、ガイドローラ64によって測定される蒸着材料Emの繰り出し量を、前述した増減量と一致するようにモータ63が繰出ローラ62を回転させるように制御すれば良い。また、XYθステージ66の各軸の駆動は、防着板11に形成した透孔11aを挿通された突出管部61aが、透孔11aと干渉しないように駆動され且つ透孔11aが最小の大きさとなるように構成されることが好ましい。このように制御することで透孔11aと突出管部61aとの隙間を最小とすることができ、不要な着膜を減少させることができる。当然ではあるが、XYθステージ66に首振り機構を設け、4軸以上のステージ構成とした場合でも、同様に隙間を最小とする駆動制御を行うことが好ましい。
【0030】
また、上記実施形態では、蒸着材料Emを銅製とし、蒸着ボート3を高融点金属製のとした場合を例に説明したが、これに限定されるものではない。本発明の真空蒸着方法は、蒸着材料Emの材質及び蒸着ボート3の材質等によって蒸着時にボート本体の底板の一定の位置に対してワイヤ状の蒸着材料を供給すると、蒸着ボートに局所的な変形が進行する場合に広く適用することができる。例えば、蒸着ボートをBNとTiBの粉末を焼結したものとし、また、蒸着材料をアルミニウム製とした場合、ボート本体の底板には、アルミニウムの溶解に伴う腐食の進行に伴って板厚が減少し、これに起因して局所的な変形が進行するが、本発明を適用すれば、蒸着ボートの高寿命化を図ることができる。
【0031】
上記実施形態では、一対の補強板7a,7bで分流路を構成したものを例に説明したが、蒸着中に起立板部32の電気抵抗値が相対的に高くなることが抑制できるように分流できるものであれば、これに限定されるものではなく、例えば、電線やブスバーといった導電性部品でボート本体31と電極取付板部33とを並列接続して起立板部の分流路を形成するようにしてもよい。また、上記実施形態では、起立板部32に対して補強板7a,7bの一部を傾けて、一対の補強板7a,7bによって起立板部32を挟持するものを例に説明したが、これに限定されるものではなく、例えば、起立板部32及び電極取付板部33の板厚方向両側に一対の補強板7a,7bを設置した後、高融点金属製のボルト等によって補強板7a,7bを締結し、または、スポット溶接することで一体化させて起立板部32が挟持されるようにしてもよい。
【0032】
また、上記実施形態では、支持手段8として、コ字状に屈曲させた2個の支持板85,85を並設したものを有する場合を例に説明したが、蒸着材料Emの供給によってもたらされる荷重が作用する底板部分31bにその下方から当接して支持できるものであれば、これに限定されるものではない。例えば、底板部分31bを跨ぐように断面円形や長円形状の梁部材を設けて底板部分31bを支持してもよく、また、支持板85に複数本の柱状体を立設して底板部分31bを支持するようにしてもよい。なお、支持手段8を設ける場合、蒸着ボート3として起立板部32のない形状のものにも本発明は適用することができる。更に、上記実施形態では、支持板85の自由端85a,85bがボート本体31の長手方向に直交する方向に合致する姿勢で並設するものを例に説明したが、これに限定されるものではなく、ワイヤ状の蒸着材料Emを供給したときの蒸着材料Emの先端部の変位方向によっては、各支持板85,85の幅方向が、ボート本体31の長手方向に合致する姿勢で並設することもできる。
【符号の説明】
【0033】
BS…真空蒸着装置用の蒸着源、Em…ワイヤ状の蒸着材料、Em1…蒸着材料の先端部、Es…真空蒸着装置、Sg…基板(被蒸着物)、1…真空チャンバ、3…蒸着ボート、31…ボート本体、31a…凹部(蒸着材料の収容部)、31b…ボート本体の底面部分(ボート本体の底板)、32…起立板部、33…電極取付板部、6…材料供給手段、61…筐体、Sp…起点位置。


図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7