IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 愛知製鋼株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-窒化用粗形鋼材及びその製造方法 図1
  • 特開-窒化用粗形鋼材及びその製造方法 図2
  • 特開-窒化用粗形鋼材及びその製造方法 図3
  • 特開-窒化用粗形鋼材及びその製造方法 図4
  • 特開-窒化用粗形鋼材及びその製造方法 図5
  • 特開-窒化用粗形鋼材及びその製造方法 図6
  • 特開-窒化用粗形鋼材及びその製造方法 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024127805
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】窒化用粗形鋼材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240912BHJP
   C22C 38/32 20060101ALI20240912BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20240912BHJP
   C21D 8/06 20060101ALI20240912BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/32
C21D1/06 A
C21D8/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024027776
(22)【出願日】2024-02-27
(31)【優先権主張番号】P 2023036664
(32)【優先日】2023-03-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000116655
【氏名又は名称】愛知製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】牧野 孔明
(72)【発明者】
【氏名】高尾 亮太
(72)【発明者】
【氏名】金岡 光春
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA05
4K032AA08
4K032AA12
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032BA02
4K032CD01
4K032CD02
(57)【要約】
【課題】窒化前に切削性を確保でき、窒化後に疲労強度を従来よりも高めることができると共に静的強度も兼ね備えた特性が得られる窒化用粗形鋼材を提供すること。
【解決手段】質量%で、C:0.05~0.15%、Si:0.05~0.90%、Mn:0.90~1.50%、Cr:1.31~2.00%、Al:0.001~0.080%、V:0.10~0.70%、Mo:0.05~0.30%、N:0.0020~0.0180%を含有し、式1~式3を満足する。フェライト、ベイナイト、及びパーライトからなると共に、フェライトの相分率が5%以上50%未満、ベイナイトの相分率が50%以上、パーライトの相分率が5%以下であると共に、円相当径100nm以上のV炭窒化物の存在が、1000μm2の範囲内に10個以下である、内部金属組織を有する。580℃に5時間保持した後において280HV以上の内部硬さを有する。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化処理による表面硬化層を形成することが予定された熱間鍛造材からなる窒化用粗形鋼材であって、
質量%で、必須元素として、C:0.05~0.15%、Si:0.05~0.90%、Mn:0.90~1.50%、Cr:1.31~2.00%、Al:0.001~0.080%、V:0.10~0.70%、Mo:0.05~0.30%、及びN:0.0020~0.0180%を含有し、
任意元素として、Ca:0.0005~0.0050%、Nb:0.01~0.10%、B:0.0005~0.0050%、及びTi:0.01~0.10%の少なくとも1種を含有し、
残部がFe及び不可避的不純物よりなると共に、下記式1~式3を満足する化学成分組成を有し、
フェライト、ベイナイト、及びパーライトからなると共に、フェライトの相分率が5%以上50%未満、ベイナイトの相分率が50%以上、パーライトの相分率が5%以下であると共に、円相当径100nm以上のV炭窒化物の存在が、1000μm2の範囲内に10個以下である、内部金属組織を有し、
580℃に5時間保持した後において280HV以上の内部硬さを有する、窒化用粗形鋼材。
式1:3Mn+2Cr+10Mo≧7.0、
式2:2.0≦10C+Mn+Si≦3.0、
式3:285V+7800N-0.34V/N+900≦1150、
(ただし、式1~式3における元素記号は、各元素の含有率(質量%)の値を示す。)
【請求項2】
窒化処理による表面硬化層を形成することが予定された熱間鍛造材からなる窒化用粗形鋼材であって、
質量%で、必須元素として、C:0.05~0.15%、Si:0.05~0.90%、Mn:0.30~1.50%、Cr:1.31~2.00%、Al:0.001~0.080%、V:0.10~0.70%、N:0.0020~0.0180%、及びB:0.0005~0.0050%を含有し、
任意元素として、Mo:0.00~0.30%、Ca:0.0005~0.0050、Nb:0.01~0.10%、及びTi:0.01~0.10%の少なくとも1種を含有し、
残部がFe及び不可避的不純物よりなると共に、下記式1’~式3を満足する化学成分組成を有し、
フェライト、ベイナイト、及びパーライトからなると共に、フェライトの相分率が5%以上50%未満、ベイナイトの相分率が50%以上、パーライトの相分率が5%以下であると共に、円相当径100nm以上のV炭窒化物の存在が、1000μm2の範囲内に10個以下である、内部金属組織を有し、
580℃に5時間保持した後において280HV以上の内部硬さを有する、窒化用粗形鋼材。
式1’:3Mn+2Cr+10Mo≧4.0、
式2’:1.0≦10C+Mn+Si≦3.0、
式3:285V+7800N-0.34V/N+900≦1150、
(ただし、式1~式3における元素記号は、各元素の含有率(質量%)の値を示す。)
【請求項3】
請求項1又は2に記載の窒化用粗形鋼材を製造する方法であって、
上記化学成分組成を有する鋼材に最終の熱間鍛造を実施するにあたり、下記式4及び式5を満足する温度T℃において熱間鍛造を行い、その後、少なくとも800℃~400℃の間の冷却を0.7~2.0℃/秒の冷却速度で行う、窒化用粗形鋼材の製造方法。
式4:X=T-(285V+7800N-0.34V/N)、
式5:X≧900
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化用粗形鋼材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば自動車用歯車やシャフトのように高い疲労強度を必要とする鋼部品は、表面硬化を目的とした浸炭、高周波熱処理等の処理が施されている。これらの処理は、鋼部品をオーステナイト変態域まで加熱した後、焼入れを行うため、熱又はマルテンサイト変態に起因した歪の発生が問題になる。この歪については、オーステナイト変態温度以下において処理が行われる窒化処理を採用することによって抑制が可能である。
【0003】
従来、窒化後の強度を確保するために、窒化前にVが固溶したマルテンサイトやベイナイト組織としておき、窒化処理時にV炭窒化物を析出させ、析出強化を活用する技術がある(例えば、特許文献1)。ただし、通常、歯車用鋼は窒化などの熱処理前に切削加工工程があり、この工程でマルテンサイトのような硬さが高く靭性の高い組織の分率が高すぎると、工具摩耗や工具の欠けなどの不具合を起こす恐れがある。また、V添加鋼におけるパーライト組織においても、V炭窒化物の析出強化により硬さが高くなり、そのような析出強化がなされていないベイナイトや比較的硬さの低いフェライトに比べ、切削性を低下させる懸念がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2022-94150号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
切削性改善には、マルテンサイトやパーライトの生成防止やフェライト分率の確保が有効であると考えられる。しかし、フェライト分率を確保するために合金元素を低減させると、フェライト組織が多くなりすぎる、またはマルテンサイトやベイナイト組織ではなく、パーライト組織が生成しやすくなる。フェライト組織やパーライト組織の増加は窒化後の静的強度や疲労強度の低下を招くことが、発明者らの検討で明らかとなった。
【0006】
また、十分な疲労強度を得るためには、熱間鍛造後に生成したベイナイト母相から、窒化時にV炭窒化物を析出させ、内部硬さを増加させることが必要であるため、最終熱間鍛造後にこれを十分に固溶させておくことが重要であり、材料の成分設計と、材料成分を加味した熱間鍛造工程設計が必要になる。
【0007】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、窒化処理による表面硬化層を形成することが予定された熱間鍛造材からなる窒化用粗形鋼材において、窒化前においては切削性を確保でき、窒化後においては疲労強度を従来よりも高めることができると共に静的強度も兼ね備えた特性が得られる窒化用粗形鋼材及びその製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1の態様は、窒化処理による表面硬化層を形成することが予定された熱間鍛造材からなる窒化用粗形鋼材であって、
質量%で、必須元素として、C:0.05~0.15%、Si:0.05~0.90%、Mn:0.90~1.50%、Cr:1.31~2.00%、Al:0.001~0.080%、V:0.10~0.70%、Mo:0.05~0.30%、及びN:0.0020~0.0180%を含有し、
任意元素として、Ca:0.0005~0.0050%、Nb:0.01~0.10%、B:0.0005~0.0050%、及びTi:0.01~0.10%の少なくとも1種を含有し、
残部がFe及び不可避的不純物よりなると共に、下記式1~式3を満足する化学成分組成を有し、
フェライト、ベイナイト、及びパーライトからなると共に、フェライトの相分率が5%以上50%未満、ベイナイトの相分率が50%以上、パーライトの相分率が5%以下であると共に、円相当径100nm以上のV炭窒化物の存在が、1000μm2の範囲内に10個以下である、内部金属組織を有し、
580℃に5時間保持した後において280HV以上の内部硬さを有する、窒化用粗形鋼材にある。
式1:3Mn+2Cr+10Mo≧7.0、
式2:2.0≦10C+Mn+Si≦3.0、
式3:285V+7800N-0.34V/N+900≦1150、
(ただし、式1~式3における元素記号は、各元素の含有率(質量%)の値を示す。)
【0009】
本発明の第2の態様は、窒化処理による表面硬化層を形成することが予定された熱間鍛造材からなる窒化用粗形鋼材であって、
質量%で、必須元素として、C:0.05~0.15%、Si:0.05~0.90%、Mn:0.30~1.50%、Cr:1.31~2.00%、Al:0.001~0.080%、V:0.10~0.70%、N:0.0020~0.0180%、及びB:0.0005~0.0050%を含有し、
任意元素として、Mo:0.00~0.30%、Ca:0.0005~0.0050、Nb:0.01~0.10%、及びTi:0.01~0.10%の少なくとも1種を含有し、
残部がFe及び不可避的不純物よりなると共に、下記式1’~式3を満足する化学成分組成を有し、
フェライト、ベイナイト、及びパーライトからなると共に、フェライトの相分率が5%以上50%未満、ベイナイトの相分率が50%以上、パーライトの相分率が5%以下であると共に、円相当径100nm以上のV炭窒化物の存在が、1000μm2の範囲内に10個以下である、内部金属組織を有し、
580℃に5時間保持した後において280HV以上の内部硬さを有する、窒化用粗形鋼材にある。
式1’:3Mn+2Cr+10Mo≧4.0、
式2’:1.0≦10C+Mn+Si≦3.0、
式3:285V+7800N-0.34V/N+900≦1150、
(ただし、式1~式3における元素記号は、各元素の含有率(質量%)の値を示す。)
【0010】
本発明の第3の態様は、上記窒化用粗形鋼材を製造する方法であって、上記化学成分組成を有する鋼材に最終の熱間鍛造を実施するにあたり、下記式4及び式5を満足する温度T℃に加熱して熱間鍛造を行い、その後、少なくとも800℃~400℃の間の冷却を0.7~2.0℃/秒の冷却速度で行う、窒化用粗形鋼材の製造方法にある。
式4:X=T-(285V+7800N-0.34V/N)、
式5:X≧900
【発明の効果】
【0011】
第1の態様の窒化用粗形鋼材は、上記各元素の含有範囲を満たすと共に上記式1~式3を具備する特定の化学成分組成を有し、かつ、上記特定の内部金属組織及び上記所定処理後の内部硬さ特性を具備している。これにより、窒化処理前においては切削性を確保でき、その後窒化処理を施して窒化鋼部品を得た際には、その窒化鋼部品の疲労強度を向上させ、かつ、静的強度を確保することができる。
【0012】
第2の態様の窒化用粗形鋼材は、上記各元素の含有範囲を満たすと共に上記式1’~式3を具備する特定の化学成分組成を有し、かつ、上記特定の内部金属組織及び上記所定処理後の内部硬さ特性を具備している。これにより、第1の態様の場合と同様に、窒化処理前においては切削性を確保でき、その後窒化処理を施して窒化鋼部品を得た際には、その窒化鋼部品の疲労強度を向上させ、かつ、静的強度を確保することができる。
【0013】
さらに、第2の態様の場合には、第1の態様の場合と比較して、上記特定の範囲でベイナイト生成に寄与するB(ホウ素)の添加を必須とし、かつ、式1及び式2を式1’及び式2’に変更することにより、Bと同様にベイナイト生成に寄与するMn及びMoの含有可能範囲の下限を拡大することができる。そのため、Mn及び高価な元素であるMo含有率を低減することが容易となり、これによるコストダウンを期待することができる。
【0014】
また、このような優れた窒化用粗形鋼材は、第3の態様の製造方法にあるように、上記式4及び式5を満足する温度条件において熱間鍛造を行うと共にその後の冷却を上記特定の条件で行うことによって、得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】回転曲げ疲労試験片の構成を示す説明図。
図2】3点曲げ試験片の構成を示す、(A)左側面図、(B)正面図。
図3】比較例である試料No.23のV炭窒化物を示すSEM写真。
図4】式3の値と窒化後想定硬さの関係を示す説明図。
図5】鍛造後のフェライト率と切削性との関係を示す説明図。
図6】加熱温度と窒化後想定硬さとの関係を示す説明図。
図7】Ca含有率と切削性(工具摩耗量)との関係を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
まず、第1の態様の窒化用粗形鋼材の化学成分組成の限定理由を説明する。
【0017】
C:0.05~0.15%;
C(炭素)は、焼入れ性確保によりベイナイト変態に寄与することと、Mo、V炭窒化物の時効析出にも寄与することから、0.05%以上含有させる。一方、Cの含有率が高すぎると金属組織におけるフェライト率が減少し、切削性が悪化するおそれがあるため、その上限値は、0.15%とする。
【0018】
Si:0.05~0.90%;
Si(ケイ素)は、固溶強化による強度向上と、脱酸効果を発揮するため、0.05%以上含有させる。一方、Si含有率が高すぎると切削性が悪化するため、その上限値は0.90%とする。
【0019】
Mn:0.90~1.50%;
Mn(マンガン)は、焼入れ性確保によるベイナイト変態に寄与するため、0.90%以上含有させる。一方、Mn含有率が高すぎると内部硬さが高くなりすぎ切削性が悪化するため、その上限値は1.50%とする。
【0020】
Cr:1.31~2.00%;
Cr(クロム)は、焼入れ性確保によりベイナイト変態に寄与することと、窒化後の内部硬さ及び硬化深さ向上にも有効であるため、1.31%以上含有させる。一方、Cr含有率が高すぎると硬化深さが低下してくるため、その上限値は2.00%とする。
【0021】
Al:0.001~0.080%;
Al(アルミニウム)は、脱酸のために、0.001%以上の添加が必要である。一方、Al含有率が高くなると、同じ硬化深さを得るのに窒化処理時間が長く必要になるため、その上限値は0.080%とする。
【0022】
V:0.10~0.70%;
V(バナジウム)は、炭窒化物の時効析出による時効硬化や、窒化後の表面硬さ、内部硬さ及び硬化深さの向上に有効であるため、0.10%含有させる。一方、V含有率が0.70%を超えると時効硬化の効果が飽和するため、その上限値は0.70%とする。
【0023】
Mo:0.05~0.30%;
Mo(モリブデン)は、焼入れ性確保によりベイナイト変態に寄与することと、表面硬さ向上及びMo炭化物の時効析出による時効硬化により内部硬さ向上に有効であるため、0.05%以上含有させる。一方、Mo含有率が高すぎると、組織がマルテンサイトとなりやすく、切削性も悪化し、コストも悪化するため、その上限値は0.30%とする。
【0024】
N:0.0020~0.0180%;
N(窒素)は、不可避的に含有される元素である。脱ガス処理によりNの含有率を低くすることは可能であるが、低くし過ぎるとコストアップにつながるため、下限値は0.0020%とする。一方、N含有率を高くし過ぎると鋳造時に巣が発生するおそれがあるため、その上限値は0.0180%とする。
【0025】
次に、上記窒化鋼部品の化学成分組成は、上記必須元素を上記範囲で含有すると共に、さらに、Ca:0.0005~0.0050%、Nb:0.01~0.10%、B:0.0005~0.0050%、及びTi:0.01~0.10%のいずれかを含有してもよい。なお、これら4種の元素を全く含有しなくてもよい。
【0026】
Ca:0.0005~0.0050;
Ca(カルシウム)は、任意元素であり、未添加でも大量生産時に問題ない切削性が得られる。ただし、本願の発明の中でも特に、部品強度を高める目的でフェライト率を低めにする制御をしている場合、切削加工時に被削材と工具との接触位置で切削温度が高くなりやすく、切削性を改善した方がより生産性が向上し、良い場合がある。このような場合に、Caを0.0005%以上添加することにより、切削性を改善し、機械加工時の生産性を効率良く高めることができる。これは切削時の高温下で被削材に含まれるCaなどが工具表面で酸化物として被膜上に生成し、工具摩耗を抑制する働きがあるためである。一方、Ca含有率が高すぎると、酸化物などを生成し、窒化鋼部品の強度に悪影響を及ぼすおそれがあるため、Caを添加する場合の上限値は、0.0050%とする。
【0027】
Nb:0.01~0.10%;
Nb(ニオブ)は、任意元素であり、含有させれば結晶粒を微細化し、靭性を高め、強度を向上させる効果を発揮する。この効果を得る場合には、0.01%以上添加することが好ましい。一方、Nbを添加する場合その含有率が0.10%を超えると添加による効果が飽和してコストが悪化するため、Nb含有率の上限値は0.10%とすることが好ましい。
【0028】
B:0.0005~0.0050%;
B(ホウ素)は、任意元素であり、含有させれば組織におけるフェライト生成を抑え、ベイナイトの生成をしやすくする作用がある。この効果を得る場合には、0.0005%以上添加することが好ましい。一方、Bを添加する場合その含有率が0.0050%を超えると添加による効果が飽和してコストが悪化するため、B含有率の上限値は0.0050%とする。
【0029】
Ti:0.01~0.10%;
Ti(チタン)は、任意元素であり、含有させれば、結晶粒を微細化し、靭性を高め、強度を向上させる効果を発揮する。この効果を得る場合には、0.01%以上添加することが好ましい。一方、Tiを添加する場合その含有率が0.10%を超えると添加による効果が飽和してコストが悪化するため、Ti含有率の上限値は0.10%とすることが好ましい。
【0030】
次に、上記窒化用粗形鋼材の化学成分組成は、上記必須元素を上記範囲で含有した上で、上述した式1~式3を満たす必要がある。
【0031】
式1:3Mn+2Cr+10Mo≧7.0;
式1を具備することは、パーライト生成を相分率で5%以下に抑制しつつ、ベイナイト主体の組織を得るために必要である。
【0032】
式2:2.0≦10C+Mn+Si≦3.0;
式2は、ベイナイト率及びフェライト率を適切な範囲に確保するのに有効な関係式である。10C+Mn+Siの値が2.0未満の場合にはフェライト率が高くなりすぎ、一方、3.0を超える場合には、フェライト率が低くなりすぎるおそれがある。
【0033】
式3:285V+7800N-0.34V/N+900≦1150;
式3は、窒化後に十分な強度を確保するために必要な鋼材成分範囲を規定する関係式である。この関係式を具備することにより、通常想定される最終鍛造時の温度においてV炭窒化物を十分に固溶させることができ、その後の窒化処理時に析出させて強度向上を図ることが可能となる。なお、最終鍛造温度を高くすれば、上記関係式を満たさなくてもV炭窒化物を固溶させることが可能な場合もあるが、鍛造コスト・生産性の観点から想定される現実的な鍛造温度では、この式を満足しなければ鍛造時にV炭窒化物を十分に固溶できないため、上記式3を具備することは必要である。
【0034】
次に、上記窒化用粗形鋼材の内部金属組織(表面硬化層よりも内部の金属組織)は、フェライト、ベイナイト、及びパーライトからなると共に、フェライトの相分率が5%以上50%未満、ベイナイトの相分率が50%以上、パーライトの相分率が5%以下であると共に、円相当径100nm以上のV炭窒化物の存在が、1000μm2の範囲内に10個以下である。
【0035】
フェライト相分率:5%以上50%未満;
フェライト率(相分率)が低すぎると切削性が悪化するため、5%以上確保することが必要である。また、フェライト率の上限値はベイナイト率及びパーライト率より決定されるが、少なくともベイナイト率を50%以上確保する関係から、自ずとフェライト率は50%未満となる。
【0036】
ベイナイト相分率:50%以上;
ベイナイト率(相分率)は、高いほど部品内部の靭性を向上させるため、少なくとも50%以上とすることにより、静的強度を確保することができる。
【0037】
パーライト相分率:5%以下;
パーライト率(相分率)は、本願のような化学成分組成にVが含まれている場合には、パーライトの硬さがフェライト及びベイナイトの硬さよりも高くなり、切削性を低下させる。そのため、パーライト率は、5%以下に制限する。
【0038】
円相当径100nm以上のV炭窒化物の存在が、1000μm2の範囲内に10個以下;
窒化後に析出強化により硬さを増加させるためには、窒化前の粗形鋼材の段階においてはVを固溶させておき、窒化時にV炭窒化物として微細に析出させることが好ましい。この析出物は非常に小さいものがあり、その具体的個数の測定は難しい場合があるため示していないものの、微細な炭窒化物は多数析出させた状態とするのが良い。なお、円相当径100nm未満の微細なV炭窒化物であれば窒化前から存在していても問題はない。但し、上記窒化用粗形鋼材の状態においては、比較的大きな円相当径100nm以上のV炭窒化物の存在は、析出硬化に寄与しないため、固溶させ、できるだけ少なく制御することが必要であり、1000μm2の範囲内に10個以下とすることが重要である。これを具備しない場合には、窒化後において十分な析出強化が得られないおそれがある。
【0039】
580℃に5時間保持した後において内部硬さが280HV以上;
通常、鋼部品を窒化処理すると、窒素の拡散による硬さ向上効果が得られない内部においては、窒化処理時の加熱による焼戻し効果によって、硬度が低下し、窒化後の部品が強度低下する1つの原因となる。そこで、窒化後においても高強度を確保可能とするために、窒化処理の加熱による内部硬さ低下の影響を想定して、窒化処理温度に相当する580℃で5時間保持した場合における硬さが280HV以上となることを必須の構成として限定したものである。なお、580℃加熱後において、狙いの硬さを確保するために、本発明では加熱により析出強化による効果を得ることのできるMo、V等の元素を有効活用し、窒化時の加熱時に析出強化により高い硬さが確保できるように成分設計している。
【0040】
次に、第2の態様の窒化用粗形鋼材の化学成分組成の限定理由を説明する。
【0041】
B:0.0005~0.0050%;
B(ホウ素)は、組織におけるフェライト生成を抑え、ベイナイトの生成をしやすくするために、必須元素として、0.0005%以上含有させる。一方、Bの含有率が0.0050%を超えると添加による効果が飽和してコストが悪化するため、B含有率の上限値は0.0050%とする。そして、このBを必須添加元素とすることにより、後述するように、Mn及びMoの含有可能範囲の下限値の拡大を図ることができる。
【0042】
Mn:0.30~1.50%;
Mn(マンガン)は、焼入れ性確保によるベイナイト変態に寄与するため、0.30%以上含有させる。この下限値は、上述したようにBを必須添加元素とすることにより低い方に広げることが可能となる。一方、Mn含有率が高すぎると窒化処理前の鍛造後の硬さが高くなりすぎ切削性が悪化するため、その上限値は1.50%とする。なお、第2の態様において第1の態様との重複部分を除くMnの含有範囲を表現する場合には、Mn:0.30~1.50%(ただし、0.90%以上を除く)、あるいは、Mn:0.30%以上0.90%未満と表現することができる。
【0043】
Mo:0.00~0.30%;
Mo(モリブデン)は、上述したようにBを必須添加元素とすることにより、必須添加が必要のない任意元素となる。Moは、添加することにより、焼入れ性確保によりベイナイト変態に寄与することと、Vと同様に、窒化後の表面硬さ向上及び窒化処理時におけるMo炭窒化物の時効析出による時効硬化により、窒化後の内部硬さ、硬化深さ向上に有効である。一方、Mo含有率が高すぎると、組織がマルテンサイトとなりやすく、切削性も悪化し、コストも悪化するため、その上限値は0.30%とする。なお、第2の態様において第1の態様との重複部分を除くMoの含有範囲を表現する場合には、Mo:0.00~0.30%(ただし、0.05%以上を除く)、あるいは、Mo:0.05%未満と表現することができる。
【0044】
第2の態様においては、上述した、B、Mn及びMo以外の化学成分の限定範囲及び理由は第1の態様の場合と同様である。
【0045】
また、第2の態様においては、第1の態様の式1及び式2を式1’及び式2’に変更することが必須となる。この条件式の変更と、上述したB元素の必須元素化とを実施することにより、上述したMn及びMoの含有可能範囲の下限値を拡大することが可能となる。
【0046】
式1’:3Mn+2Cr+10Mo≧4.0;
式1’を具備することは、パーライト生成を相分率で5%以下に抑制しつつ、ベイナイト主体の組織を得るために必要である。第2の態様の場合には、第1の態様の場合よりもMn及びMoの含有可能範囲が広くなっているが、これらの実際の含有率は、上記式1’を具備する範囲内に制限されることとなる。
【0047】
式2’:1.0≦10C+Mn+Si≦3.0;
式2’は、ベイナイト率及びフェライト率を適切な範囲に確保するのに有効な関係式である。10C+Mn+Siの値が1.0未満の場合にはフェライト率が高くなりすぎ、一方、3.0を超える場合には、フェライト率が低くなりすぎるおそれがある。第2の態様の場合には、第1の態様の場合よりもMnの含有可能範囲が広くなっているが、Mnの実際の含有率は、上記式2’を具備する範囲内に制限されることとなる。
【0048】
第2の態様においては、上述した、式1’及び式2’以外の式3の限定範囲及び理由は第1の態様の場合と同様である。
【0049】
次に、第1及び第2の態様の窒化用粗形鋼材を製造する方法としては、上記化学成分組成を有する鋼材に最終の熱間鍛造を実施するにあたり、下記式4及び式5を満足する温度T℃に加熱して熱間鍛造を行い、その後、少なくとも800℃~400℃の間の冷却を0.7~2.0℃/秒の冷却速度で行う、窒化用粗形鋼材の製造方法がある。
式4:X=T-(285V+7800N-0.34V/N)、
式5:X≧900
【0050】
式4:X=T-(285V+7800N-0.34V/N)、及び式5:X≧900;
式4及び式5は、窒化後に十分な強度を確保するための条件となる関係式である。これらの式を満足する温度Tに加熱して熱間鍛造を行うことにより、熱間鍛造時にV炭窒化物を十分に固溶することができ、その後の窒化後に微細な析出物を生成させ、析出強化を得ることができる。
【0051】
また、最終の熱間鍛造後の冷却については、少なくとも800℃~400℃の間の冷却を0.7~2.0℃/秒の冷却速度で行う。これにより、窒化用粗形鋼材の内部金属組織の状態を所望の状態とすることができる。一方、上記温度範囲内の冷却速度が0.7℃/秒未満の場合には、ベイナイト率が低下して、静的強度、曲げ疲労強度が低下するおそれがあり、2.0℃/秒を超える場合には、フェライト率が低下して、切削性が低下するおそれがある。
【0052】
次に、上記窒化用粗形鋼材に切削加工を加えて所望形状の鋼部品を作製し、当該鋼部品に適切に窒化処理を施すことにより、表面硬化層を有し、疲労強度に優れると共に静的強度も備えた窒化鋼部品を得ることができる。なお、本願における「窒化処理」とは、鋼表面から実質的に窒素のみを侵入させて主に窒化物からなる化合物層及び芯部に比べ窒素含有率の高い状態で固溶強化・析出強化させた表面拡散層を形成する処理であり、窒素と共に炭素を侵入させて主に炭窒化物層からなる化合物層及び芯部に比べ炭素と窒素の含有率が高い状態で固溶強化・析出強化させた表面拡散層を形成する「軟窒化処理」と区別される狭義の窒化処理を意味する。
【実施例0053】
(実験例1)
【0054】
上記窒化用粗形鋼材及びその製造方法について実験例を用いて説明する。本例では、表1及び表2に示すように、化学成分が異なる(一部同一)の27種類の鋼材を準備し、それぞれ、後述する製造方法によって試験材を作製して各種試験を実施した。このうち、試料No.1~12及び21~22が、本発明の化学成分組成等の条件を満足する試料であり、その他の試料が化学成分、数式の値、鍛造条件のうちの一部の条件が本発明の範囲外の比較例である。また、試料No.1~20が後述する実験例1、試料No.21~27が、後述する実験例2で用いた試料である。
【0055】
【表1】
【0056】
【表2】
【0057】
<素材準備>
各試験材を得るに当たって、電気炉溶解によって鋳造した鋼材を用い、これを鍛伸によって、φ32×300mmの丸棒に加工した。熱間鍛造を想定して、この丸棒を1150℃に1時間保持する加熱をし、その後、800~400℃の温度範囲が1.3℃/秒の冷却速度となるよう冷却を行ない丸棒素材を得た。得られた丸棒素材は、各評価試験毎に適した試験片に加工して各種評価を行った。
【0058】
<内部金属組織の各相の相分率>
上記丸棒素材の表面からD/4(D:直径)の深さ位置の断面を鏡面研磨した後、5%ナイタールで腐食して観察面を得た。この観察面を光学顕微鏡により観察し、ミクロ組織写真を撮影した。得られたミクロ組織写真を画像解析して、フェライト(α)、パーライト(P)、ベイナイト(B)組織の相分率を算出した。この観察面における任意の5点について、各相の相分率を算出し、その算術平均値を求め、これを用いた。
【0059】
<V炭窒化物観察>
上記丸棒素材の表面からD/4深さ位置の断面を鏡面研磨して観察面とし、当該観察面をエッチングし、FE-SEM(電界放出型走査型電子顕微鏡)にて観察した。測定は1万倍の視野で10視野の観察を行い、SEM像を撮影した。SEM像について、画像解析を行い、V炭窒化物の円相当径及び数密度を算出した。析出物がV炭窒化物であることを確認するため、EDX(エネルギ分散型X線分析)も行い、1000μm2の範囲における、円相当径100nm以上のV炭窒化物の個数を求めた。なお、SEM観察により認識できないほどの微細な炭窒化物、例えば円相当径20nm以下程度のものが析出している場合もあるが、このような微細な析出物は特性上問題がないことと、観察が困難であることの理由から観察していない。
【0060】
図3には、試料No.23のV炭窒化物を観察したSEM写真の例を示す。同図の写真には、少なくとも、V炭窒化物1~4が観察され、それぞれの円相当径は、順に、220nm、140nm、250nm、210nmである。この試料は、後述する通り熱間鍛造を想定した加熱温度が低い比較例であり、加熱温度が低く、V炭窒化物の固溶が不十分となったため、円相当径100nm以上の大きさのV炭窒化物が加熱し、冷却した後まで残存した状態となった例である。その結果、後述する通り、析出強化が不十分となり、窒化後想定硬さが低くなり、静的強度、曲げ疲労強度が劣るものとなっている。
【0061】
<窒化後想定硬さの測定>
上記丸棒素材に、その後の窒化処理を想定して、580℃に5時間保持する加熱をし、その後空冷した。これを試験材とし、表面からD/4の深さ位置の硬さ測定を行った。硬さ測定は、JISZ2244(2017)のビッカース硬さ試験-試験方法に準拠して行った。荷重は10kgfとし、各試験片に対し、5回測定を行い、その平均値を測定値とした。
【0062】
<回転曲げ疲労試験片の作製>
図1に示すように、上記丸棒素材から、両端の直径φ12mmの把持部70の間に、直径φ10mmの平行部71を有し、平行部71にこれと直角方向の深さ1mmとなる半径R1mmの切欠き72(切欠き係数:1.78)を全周にわたって設けた回転曲げ疲労試験用の試験片7をそれぞれ複数作製した。その後、複数の試験片7に対して、アンモニア(NH3)と窒素(N2)とを含む窒化ガスを用いたガス窒化処理を行った。窒化処理は窒化温度580℃、窒化時間360分および、窒化ポテンシャルKn=0.4(atm-0.5)の条件に制御した。ここで窒化ポテンシャルKn(atm-0.5)は、窒化ガス雰囲気を構成するNH3ガスの分圧P(NH3)とH2ガスの分圧P(H2)との比率により、Kn=P(NH3)/P(H23/2の式により求められる値である。
【0063】
<曲げ疲労強度の測定>
曲げ疲労強度の測定は、回転曲げ疲労試験により行った。回転曲げ疲労試験は、株式会社島津製作所製の小野式回転曲げ疲労試験装置(型番:H6型)に、上記のように作製した試験片7片をセットして、回転数3600rpmで繰り返し曲げ応力を付与して行った。曲げ疲労限度は、繰り返し回数107回における疲労強度を、JISZ2274の基準に従って求めた。疲労強度が550MPa以上のものを合格とし、合格のものを表に〇、不合格のものを×で表示した。
【0064】
<3点曲げ試験片の作製>
図2に示すように、各丸棒素材から、静的強度評価のための3点曲げ試験片8を採取し、上述した窒化処理を行った。3点曲げ試験片8は、一辺の長さLが10mm角で長さ55mmの角柱状を呈し、その一側面の長手方向中央位置に深さdが2mmとなる半径R5mmの円弧状のノッチ81を設けたものである。
【0065】
<3点曲げ試験>
試験片8を用いて、3点曲げ試験を行った。ノッチ81を下側に向け、両端を支点間50mmとなるように図示しない治具を配置し、試験片8の中央上側のから先端半径R1.0mmの圧子により荷重を負荷させた。圧子の下降速度は1.0mm/minとした。試験片8が破断するまでにかかった最大荷重から試験片8にかかる公称応力を算出し、これを静的強度とした。静的強度が800MPa以上のものを合格とした。
【0066】
<切削性評価用素材の作製>
窒化前の状態での切削性への影響を調べるため、実験例1と同様に電気炉溶解によって鋳造した鋼材を用い、これを鍛伸によって、φ75×250mmの丸棒に加工した。熱間鍛造を想定して、この丸棒を1150℃に1時間保持する加熱をし、その後、800~400℃の温度範囲が1.3℃/秒の冷却速度となるよう冷却を行ない試験材を得た。
【0067】
<切削性評価>
切削性は、旋盤により試験材を切削する場合の切削工具の摩耗量によって評価した。上記旋盤としては、森精機製SL-25旋盤を用い、切削工具としては、タンガロイ製SNMG120408-サーメットNS530を用いた。切削条件は、切削速度:200m/min、送り速度:0.3mm/rev、切り込み:1.5mmとした。10000mの切削試験後に切削工具の逃げ面摩耗量を測定し、その値が0.30mm以下であれば合格(○)、そうでない場合を不合格(×)とした。
【0068】
(実験例2)
実験例1では、熱間鍛造を想定した加熱温度及び冷却速度は1150℃、1.3℃/秒という固定条件で行ったが、実験例2では、本発明の範囲内である同じ化学成分からなる試料No.1と同じ鋼を用い、熱間鍛造を想定した加熱温度、冷却速度の条件のみを変動させて、前記した各種評価結果にどのように影響するかの評価を行った。
【0069】
実験例1及び2における、窒化処理条件及び各種評価結果を表3及び表4に示す。
【0070】
【表3】
【0071】
【表4】
【0072】
次に、実験例1の結果について説明する。
【0073】
表3に示されているように、試料No.1~12については、窒化処理前の内部金属組織、V炭窒化物の存在状況、580℃加熱後の内部硬さの状態がすべて望ましい状態となっていた。また、優れた切削性が得られ、その後窒化処理を施した後には、曲げ疲労強度、静的強度のいずれにおいても優れた結果が得られた。
【0074】
一方、一部の条件が本発明の条件からはずれている試料No.13~20については、以下に説明する通り、いずれかの特性が劣る結果となった。
【0075】
表4に示されているように、試料No.13は、C含有率が高すぎ、フェライト(α)率が低くなりすぎ、切削性に劣る結果となった。
【0076】
試料No.14は、Cr含有率が低すぎ、式1を満たさず、パーライト(P)率が高くなりすぎ、切削性に劣る結果となった。
【0077】
試料No.15は、Mn含有率が低すぎ、式2を満たさず、フェライト率(α)が高く、ベイナイト(B)率が低くなりすぎ、静的強度に劣る結果となった。
【0078】
試料No.16は、Mo含有率が低すぎ、式1を満たさず、パーライト(P)率が高くなりすぎ、切削性に劣る結果となった。
試料No.17は、V含有率が低すぎ、V炭窒化物による析出硬化の効果が不十分となり、内部硬さが低くなり、曲げ疲労強度が劣る結果となった。
【0079】
試料No.18は、式1を満たさず、パーライト(P)率が高くなりすぎ、切削性に劣る結果となった。
【0080】
試料No.19、20は、式3を満たさず、加熱温度に関し、式4、5も満たさず、V炭窒化物の固溶が十分でなかったため、円相当径100nm以上のV炭窒化物も多く存在し、析出強化が不足して、580℃加熱後の硬さが低下し、曲げ疲労強度にも劣る結果となった。
【0081】
次に実験例2の結果について説明する。
【0082】
試料No.21、22は、基本的に試料No.1と同様の成分であり、加熱後の800℃~400℃の間の冷却を試料No.21は2.0℃/秒、試料No.22は0.7℃/秒の冷却速度で行う点だけを変更したものである。この場合に、試料No.21、22は、試料No.1と同様に、窒化処理前の内部金属組織、V炭窒化物の存在状況、580℃加熱後の内部硬さの状態がすべて望ましい状態となっているため、その後適切な窒化処理を施した後の、曲げ疲労強度、静的強度がいずれも優れており、かつ窒化処理前の切削性についても優れた結果が得られた。
【0083】
一方、試料No.23~27のように、加熱温度、冷却速度のいずれかが本発明の範囲からはずれた場合には、優れた性能が得られないことがわかった。
【0084】
試料No.23、24は、最終の加熱温度が低すぎ、式4、5も満たさず、ベイナイト(B)率が低くなりすぎ、円相当径100nm以上のV炭窒化物も多く存在し、580℃加熱後の硬さが低下し、曲げ疲労強度及び静的強度に劣る結果となった。
【0085】
試料No.25も、最終の加熱温度が低すぎ、式4、5も満たさないが、No.23,24に比較してかなり本発明の加熱温度に近い温度であったため、ベイナイト(B)率は適正となり、静的強度も適正となった。しかし、依然としてV炭窒化物の固溶は十分でなかったため、円相当径100nm以上のV炭窒化物も多く存在し、析出強化が不足して580℃加熱後の硬さが低下し、曲げ疲労強度に劣る結果となった。
【0086】
試料No.26は、基本的に試料No.1と同様の成分であり、最終の加熱後の800℃~400℃の間の冷却を2.5℃/秒の冷却速度で行う点だけを変更したものであるが、この場合には、フェライト(α)率が低くなりすぎ、切削性に劣る結果となった。
【0087】
試料No.27は、基本的に試料No.1と同様の成分であり、最終の加熱後の800℃~400℃の間の冷却を0.5℃/秒の冷却速度で行う点だけを変更したものであるが、この場合には、フェライト(α)率が高く、ベイナイト(B)率が低くなりすぎ、580℃加熱後の硬さが低下し、曲げ疲労強度及び静的強度に劣る結果となった。
【0088】
(実験例3)
【0089】
本例では、表5に示すように、B(ホウ素)を必須元素として含有している場合に特化して、さらに7種類の鋼材(試料No.28~34)を準備し、実験例1及び2の場合と同様の評価を行い、その結果を表6に示した。表5及び表6には、参考のため、第1実施例におけるB含有材である試料No.11及び12も示した。各試験材の製造方法、試験方法は、上述した実験例1及び2の場合と同じとした。
【0090】
なお、表5に示すように、試料No.28及び34は、Bを必須添加にした上で、Mo含有率を0.05%未満に低減した例であり、試料No.29は、Bを必須添加にした上で、Mn含有率を0.90%未満に低減した例であり、試料No.30~33は、Bを必須添加にした上で、Mo含有率を0.05%未満に低減すると共に、Mn含有率を0.90%未満に低減した例である。
【0091】
【表5】
【0092】
【表6】
【0093】
表6に示した試料No.28~31の結果から分かるように、Bを必須添加とした場合には、式1’及び式2’が条件を満たす限り、Mo及びMnの含有率の少なくとも一方の下限範囲を広くした場合であっても、内部金属組織の状態が望ましい状態となっており、580℃保持後硬さ、窒化処理後の曲げ疲労強度及び静的強度、並びに窒化処理前の状態における切削性のいずれにおいても優れた結果が得られた。そして、Bを添加したうえでMo及びMnを十分に加えた試料No.11及び12と同等の特性が得られることも分かった。
【0094】
これに対し、試料No.32は、式1’を満たさず、パーライト(P)率が高くなりすぎ、切削性に劣る結果となった。
【0095】
試料No.33は、式2’の下限を満たさず、フェライト率が高くなりすぎると共に、ベイナイト(B)率が低くなりすぎ、静的強度に劣る結果となった。
【0096】
試料No.34は、式2’の上限を満たさず、フェライト率が低くなりすぎ、切削性に劣る結果となった。
【0097】
次に、本願における化学成分の最適化と窒化後の内部硬さの関係について、表3、表4及び表6の結果に基づき整理した結果について説明する。本願の窒化用粗形鋼材は、熱間鍛造材であり、その後に窒化処理が予定されている。窒化処理は表面硬化処理であるが、窒素の拡散は内部まで影響を及ぼさないものの、窒化処理時に加熱する温度の影響を受ける。すなわち、窒化処理時の加熱によって硬さが予定した以上に低下した場合は、曲げ疲労強度の低下につながるため、好ましくない。
【0098】
図4は、横軸に式3の値をとり、縦軸に窒化処理温度に相当する580℃で5時間保持する加熱を行った後の硬さ(HV)をとり、試料No.1~20及び試料No.28~34の値をプロットした結果を示したものである。なお、試料No.21~27は、鍛造時の加熱温度、鍛造後の冷却速度の影響があり、比較しにくくなるので、プロットから除外した。図4から明らかなように、本発明の個々の成分を範囲内とした場合であっても、式3の値が1150を超える場合(試料No.19、20)は、狙いとする硬さ(280HV)が得られなくなることがわかる。逆に言えば式3の値を1150以下とすることにより、窒化処理による加熱を考慮しても、高い硬さを確保でき、窒化後の優れた強度を維持できることがわかる。なお、式3の値が1150以下でもV含有率が低い比較例(試料No.17)は、目標値(280HV)に比べ低い値を示しているが、これは、析出強化の効果が不十分となったためである。
【0099】
次に、本願の窒化用粗形鋼材は、熱間鍛造後に所定の形状に仕上げるための機械加工が行われるため、切削性が優れることが要求される。そして、この切削性には、熱間鍛造後における組織状態、特にフェライト率が大きく影響することが、今回の検討により明らかとなった。
【0100】
この点を明確にするために、図5を作成した。同図は、横軸にフェライト率をとり、縦軸に切削性評価試験時の工具摩耗量(mm)をとり、試料No.1~20及び試料No.28~34の値をプロットした結果を示したものである。図5に示すように、フェライト率が低いと切削性が低下すること(試料No.13及び34)、フェライト率が5%以上と高くても、パーライト率が5%を超えて高い場合(試料No.14、16、18及び32)は、切削性が低下することがわかる。
【0101】
次に、化学成分を考慮した鍛造時の加熱温度と窒化後想定硬さの関係について調査するため、実験例2及び3のうち、熱間鍛造を想定した加熱温度Tを変化させた試験結果を用い、図6を作成した。同図は、横軸に加熱温度Tから求めた式4のXの値をとり、縦軸に580℃加熱による窒化後想定硬さ(HV)の測定値をとって、試料No.1、試料No.23~25及び試料28~34の値をプロットした結果を示すものである。図6に示すように、加熱温度が低く、V炭窒化物の固溶が不十分で、V炭窒化物による析出強化を利用できない場合(試料No.23~25)には、窒化後想定硬さが低くなるため、鍛造時の加熱温度を適正とすることが、本願の窒化用粗形鋼材を用いて窒化鋼部品を製造した際の高強度化のポイントになることがわかる。
【0102】
また、本願の窒化用粗形鋼材を用いて、窒化鋼部品を製造する際においては、鍛造後窒化処理前に機械加工をする必要が生じるが、部品としての強度を優れたものとする関係で、内部硬さを高めに制御する場合には、機械加工性を改善した方が望ましく、任意添加元素であるCaを添加することがある。その効果を確認するために、実験例1における試料No.6~9に示すように、Ca以外の成分をほぼ固定した状態でCa含有率のみ変化させた場合の切削性評価結果を、図7に示す。さらに、実験例2におけるCa含有材の試料No.31と、試料No.31と比較してCa以外の成分がほぼ同じで、Caを含有していない試料No.30の結果も同図に示した。
【0103】
同図は、横軸にCa含有率を、縦軸に工具摩耗量を取り、各試料の結果をプロットしたものである。同図から明らかなように、Ca添加により切削性改善効果が効果的に得られることがわかる。すなわち、試料No.6はCa含有率が0.0001%であり、工具摩耗量が約0.28mmであったが、試料No.7~9においてCa含有率を増量すると工具摩耗量が急激に減少し、約0.17mmまで摩耗量が低減することが確認できた。さらに、試料No.30はCaを含有していないものであり、工具摩耗量が約0.27mmであったが、Ca含有率が0.0008%の試料No.31においては工具摩耗量が急激に減少し、約0.16mmまで摩耗量が低減することが確認できた。Ca添加が切削性向上に効果のあること自体は従来から知られているが、その効果の程度は、場合によって異なるため、図7に示す通り確認を行った。この結果より本発明においては、曲げ疲労強度、静的強度等他の特性を低下させることなく、かつ比較的高めの曲げ疲労強度を狙うため、内部硬さが高めとなる制御をした場合においても、切削性を効果的に高めることができることが確認できた。
【符号の説明】
【0104】
1~4 V炭窒化物
7 (回転曲げ疲労用)試験片
71 平行部
72 切欠き
8 (3点曲げ試験用)試験片
81 ノッチ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7