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特開2024-128252エリスリトールジカーボネートの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024128252
(43)【公開日】2024-09-24
(54)【発明の名称】エリスリトールジカーボネートの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07D 317/36 20060101AFI20240913BHJP
【FI】
C07D317/36
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023037127
(22)【出願日】2023-03-10
(71)【出願人】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100142309
【弁理士】
【氏名又は名称】君塚 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】安齋 竜一
(57)【要約】
【課題】EDCを高収率で得られる製造方法を提供すること。
【解決手段】一例に係るEDCの製造方法は、EDCの生成量に対するDPCの残存量のモル比が0.2以下の値αになるまでは4KPaより高い圧力条件下でEryとDPCを反応させること、および、EDCの生成量に対するDPCの残存量のモル比が前記値α以下になった後は4KPa以下の圧力条件下でEryとDPCを反応させること、を含む。
他の例に係るEDCの製造方法は、下記の混合物βからフェノールを留出させながら、EryとDPCを反応させることを含み、混合物βはEryとDPCとEDCとフェノールとを含み、かつ、EDCに対するDPCのモル比が0.2以下であり、EDCに対するフェノールのモル比が1.5以上である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
触媒の存在下でエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させる、エリスリトールジカーボネートの製造方法であって、
エリスリトールジカーボネートの生成量に対するジフェニルカーボネートの残存量のモル比が0.2以下の任意の値αになるまでは、フェノールが留出しない条件下でエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させること、および
エリスリトールジカーボネートの生成量に対するジフェニルカーボネートの残存量のモル比が前記値α以下になった後は、フェノールが留出する条件下でエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させること、
を含む、エリスリトールジカーボネートの製造方法。
【請求項2】
エリスリトールジカーボネートの生成量に対するジフェニルカーボネートの残存量のモル比が0.2以下の任意の値αになるまでは、4KPaより高い圧力条件下でエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させる、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
エリスリトールジカーボネートの生成量に対するジフェニルカーボネートの残存量のモル比が前記値α以下になった後は、4KPa以下の圧力条件下でエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させる、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
触媒の存在下でエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させる、エリスリトールジカーボネートの製造方法であって、
エリスリトールジカーボネートの生成量に対するジフェニルカーボネートの残存量のモル比が0.2以下の任意の値αになるまでは、4KPaより高い圧力条件下でエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させること、および、
エリスリトールジカーボネートの生成量に対するジフェニルカーボネートの残存量のモル比が前記値α以下になった後は、4KPa以下の圧力条件下でエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させること、
を含む、エリスリトールジカーボネートの製造方法。
【請求項5】
エリスリトールジカーボネートの生成量に対するジフェニルカーボネートの残存量のモル比が前記値α以下になった後は、フェノールを留出させながらエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させる、請求項1~4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
反応系へのエリスリトールの仕込量に対する前記反応系へのジフェニルカーボネートの仕込量のモル比を2.2以下にすること、をさらに含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
120℃以下で反応を行う、請求項1~4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項8】
触媒の存在下でエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させる、エリスリトールジカーボネートの製造方法であって、
下記の混合物βからフェノールを留出させながら、エリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させることを含む、エリスリトールジカーボネートの製造方法。
混合物β:エリスリトールとジフェニルカーボネートとエリスリトールジカーボネートとフェノールとを含む混合物であり、かつ、エリスリトールジカーボネートに対するジフェニルカーボネートのモル比が0.2以下であり、エリスリトールジカーボネートに対するフェノールのモル比が1.5以上である、混合物。
【請求項9】
エリスリトールジカーボネートの生成量に対するジフェニルカーボネートの残存量のモル比が0.2以下になるまでは4KPaより高い圧力条件下でエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させることで、前記混合物βを得ること、をさらに含む、請求項8に記載の製造方法。
【請求項10】
反応系へのエリスリトールの仕込量に対する前記反応系へのジフェニルカーボネートの仕込量のモル比を2.2以下にすること、をさらに含む、請求項8に記載の製造方法。
【請求項11】
120℃以下で反応を行う、請求項8~10のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エリスリトールジカーボネートの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エリスリトールジカーボネートは、例えば、リチウムイオン電池の電解液やポリヒドロキシウレタンの原料として有用であるように、種々の用途での利用が検討されている。
特許文献1には、エリスリトールからエリスリトールジカーボネートを合成する方法として、1,1’-カルボニルジイミダゾールとエリスリトールとを反応させることが開示されている。しかし、この合成法はホスゲンを使用するため、好ましくない。そこで、特許文献2、非特許文献1には、エリスリトールジカーボネートの合成法として、エリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2022-530931号公報
【特許文献2】特公昭49-16431号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Macromolecules,50(6),2296(2017)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献2、非特許文献1の各方法では、エリスリトールジカーボネートの収率が低い。
【0006】
本発明は、エリスリトールジカーボネートを高収率で得られる製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、下記の態様を有する。
[1]触媒の存在下でエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させる、エリスリトールジカーボネートの製造方法であって、
エリスリトールジカーボネートの生成量に対するジフェニルカーボネートの残存量のモル比が0.2以下の任意の値αになるまでは、フェノールが留出しない条件下でエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させること、および
エリスリトールジカーボネートの生成量に対するジフェニルカーボネートの残存量のモル比が前記値α以下になった後は、フェノールが留出する条件下でエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させること、
を含む、エリスリトールジカーボネートの製造方法。
[2]エリスリトールジカーボネートの生成量に対するジフェニルカーボネートの残存量のモル比が0.2以下の任意の値αになるまでは、4KPaより高い圧力条件下でエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させる、[1]に記載の製造方法。
[3]エリスリトールジカーボネートの生成量に対するジフェニルカーボネートの残存量のモル比が前記値α以下になった後は、4KPa以下の圧力条件下でエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させる、[2]に記載の製造方法。
[4]触媒の存在下でエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させる、エリスリトールジカーボネートの製造方法であって、
エリスリトールジカーボネートの生成量に対するジフェニルカーボネートの残存量のモル比が0.2以下の任意の値αになるまでは、4KPaより高い圧力条件下でエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させること、および、
エリスリトールジカーボネートの生成量に対するジフェニルカーボネートの残存量のモル比が前記値α以下になった後は、4KPa以下の圧力条件下でエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させること、
を含む、エリスリトールジカーボネートの製造方法。
[5]エリスリトールジカーボネートの生成量に対するジフェニルカーボネートの残存量のモル比が前記値α以下になった後は、フェノールを留出させながらエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させる、[1]~[4]のいずれかに記載の製造方法。
[6]反応系へのエリスリトールの仕込量に対する前記反応系へのジフェニルカーボネートの仕込量のモル比を2.2以下にすること、をさらに含む、[1]~[5]のいずれかに記載の製造方法。
[7]120℃以下で反応を行う、[1]~[6]のいずれかに記載の製造方法。
【0008】
[8]触媒の存在下でエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させる、エリスリトールジカーボネートの製造方法であって、
下記の混合物βからフェノールを留出させながら、エリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させることを含む、エリスリトールジカーボネートの製造方法。
混合物β:エリスリトールとジフェニルカーボネートとエリスリトールジカーボネートとフェノールとを含む混合物であり、かつ、エリスリトールジカーボネートに対するジフェニルカーボネートのモル比が0.2以下であり、エリスリトールジカーボネートに対するフェノールのモル比が1.5以上である、混合物。
[9]エリスリトールジカーボネートの生成量に対するジフェニルカーボネートの残存量のモル比が0.2以下になるまでは4KPaより高い圧力条件下でエリスリトールとジフェニルカーボネートを反応させることで、前記混合物βを得ること、をさらに含む、[8]に記載の製造方法。
[10]反応系へのエリスリトールの仕込量に対する前記反応系へのジフェニルカーボネートの仕込量のモル比を2.2以下にすること、をさらに含む、[8]または[9]に記載の製造方法。
[11]120℃以下で反応を行う、[8]~[10]のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、エリスリトールジカーボネートを高収率で得られる製造方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0010】
用語の意味は、以下の通りである。
「Ery」は、エリスリトールの略称である。エリスリトールの優先IUPAC名は、(2R,3S)-Butane-1,2,3,4-tetrolである。
「DPC」は、ジフェニルカーボネートの略称である。ジフェニルカーボネートの優先IUPAC名は、Diphenyl carbonateである。
「EDC」は、エリスリトールジカーボネートの略称である。
「EDC生成反応」は、触媒の存在下でEryおよびDPCが反応することで、EDCが生成する化学反応を意味する。
「Ery転化率」とは、EDC生成反応におけるEryの減少率であり、反応系におけるEryの仕込量に対するEryの減少量のモル比率である。
「DPC転化率」とは、EDC生成反応におけるDPCの減少率であり、反応系におけるDPCの仕込量に対するDPCの減少量のモル比率である。
「DPC残存率」は、反応系におけるDPCの仕込量に対するDPCの残存量のモル比率である。
数値範囲を示す「~」は、その前後に記載された数値を下限値および上限値として含むことを意味する。
【0011】
<EDC生成反応>
本発明のEDCの製造方法においては、触媒の存在下でEryとDPCを反応させる。EDC生成反応は下式に示す通り進行し、フェノールが副生物として生成する。
【0012】
【化1】
【0013】
ポリオールとDPCを反応させ、ジオールの環状カーボネートまたはポリカーボネートを製造する場合、平衡上の制約があるためフェノールを抜き出さないと反応が停止する。そのため、副生するフェノールを反応系外に排出することが一般的である。従来のEryとDPCを反応させるEDCの合成法でも、反応中に副生するフェノールを反応系から反応初期より留去している。
【0014】
本発明者は検討の結果、従来法においては反応初期からフェノールと共にDPCが系外に留出していることがEDCの収率低下の原因であることを突き止めた。また、上記式で示す化学反応は、逆反応が起きにくいため、フェノールを留去せずともEDC生成反応は進行することを本発明者は見出した。EDC精製に必要なフェノールの留去操作を反応の後段から実施することで、DPCの留出に伴う収率低下を抑制できると本発明者は考えた。また、フェノール中のDPC含有量が少なく、フェノールのリサイクルのための精製負荷が低くなることも分かった。
【0015】
以下、いくつかの実施形態について詳細に説明するが、以下の記載は発明の代表例に関する開示であり、本発明はこれに限定されるものではない。
【0016】
<EDC生成反応の準備>
触媒としては、DPCとジオールとのエステル交換反応が進行する化合物であれば、特に制限なく使用できる。触媒は金属を含んでもよく、含まなくてもよい。金属を含む触媒としては、例えば、金属の酸化物、水酸化物、炭酸塩、炭酸水素塩、硫酸塩、塩化物、硝酸塩、リン酸塩、ホウ酸塩、有機酸塩、錯塩、アルコキシド、ジアルキル金属オキシド、ジアリール金属オキシドが挙げられる。金属を含まない触媒としては、例えば、トリエチルアミン、ジアザビシクロのような塩基性化合物が挙げられる。
触媒活性の点から、酸化亜鉛、水酸化カリウム、酢酸マグネシウム、塩化マグネシウム、ナトリウムメトキシド、ジオクチルスズオキシドが好ましく、酢酸マグネシウムがより好ましい。
【0017】
触媒は1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。また、触媒はその全てが反応液に溶解してもよく、一部が溶解してもよい。
反応に際して、系内で上記金属化合物の触媒を生成する金属、金属化合物、酸、塩基等を添加してもよい。触媒を反応器に仕込む方法としては、例えば、全量を最初に反応器に仕込む方法、最初に一部を仕込み、残りを後で供給する方法が挙げられる。
【0018】
触媒の使用量は、Eryに対するモル比(触媒/Ery)で0.00001~0.1が好ましい。反応を円滑に進行させる点から、該モル比(触媒/Ery)は0.0001以上がより好ましく、0.001以上がさらに好ましい。一方、触媒の除去や副反応の抑制の点から、該モル比(触媒/Ery)は0.01以下がより好ましく、0.005以下がさらに好ましい。
【0019】
EDC生成反応は、Eryの仕込量に対するDPCの仕込量のモル比が1.6~2.2であれば実施できる。反応終了時の反応液の固化防止、DPCの除去処理の負荷低減の点から、該モル比(DPC/Ery)は2.1以下が好ましい。
ところで、特許文献2、非特許文献1の各方法では、反応途中に反応液が急に固化することがある。そのため、エリスリトールジカーボネートを反応器から回収するのに労力を要することがある。本発明者は反応系へのEryの仕込量に対するDPCの仕込量のモル比を2.0以下にすることで、EDCの結晶化が良好に進行することを見出した。このような仕込量の工夫により、反応液の固化を防止でき、反応器からEDCを容易に回収できる。よって、反応系へのDPCの仕込量は、反応系へのEryの仕込量に対するモル比(DPC/Ery)で2.0以下とすることが好ましい。
EDCの収率の点から、該モル比(DPC/Ery)は1.6以上がより好ましく、1.8以上がより好ましい。
【0020】
反応器にEry、DPC、触媒を仕込む方法は特に限定されるものではないが、例えば、下記の方法が挙げられる。
・反応開始前にEry、DPCおよび触媒の全量を一度に仕込む方法。
・反応開始前にEryおよびDPCのいずれか一方を全て反応器に仕込み、他方の一部を反応前にあらかじめ一部仕込む方法。
・反応開始前にEryおよびDPCのいずれか一方を全て反応器に仕込み、反応開始後に他方を仕込む方法。
・反応開始前にEry、DPCおよび触媒のすべてを一部仕込む方法。
【0021】
一部仕込む方法の場合、Ery、DPC、触媒のいずれにおいても、反応開始後に残部量を複数回に分割して反応系に供給してもよく、連続して反応系に供給してもよい。
【0022】
<EDC生成反応の実施>
(第1実施形態)
第1実施形態では、EDCの生成量に対するDPCの残存量のモル比が0.2以下の任意の値αになるまでは、フェノールが留出しない条件下でEryとDPCを反応させる(一段目反応)。任意の値αは0.2以下であれば特に限定されない。EDCの生成量に対するDPCの残存量のモル比は、EDC生成反応の進行に伴い低下する。EDCの生成量に対するDPCの残存量のモル比が0.2以下の任意の値αまで低下していれば、EDC生成反応が充分に進行したことになる。よって、任意の値αは小さいほどEDCの収率を高めることができる。任意の値αの上限値は0.2である。
【0023】
フェノールが留出しない条件下としては、例えば、常圧での圧力条件、4KPaより高い圧力条件が挙げられる。圧力が高いほどDPCの留出量は少なくなるため、フェノールが留出しない圧力条件としては6KPa以上が好ましく、8KPa以上がさらに好ましい。一方、操作性の点から常圧が好ましい。
常圧とは、一切の加圧操作および減圧操作を行わない、成り行きの圧力をいう。
【0024】
ただし、EryおよびDPCの反応においては、反応系内が一時的に過度の減圧状態になることや不活性ガスのバブリングが起きることがある。このように瞬間的にまたは突発的にフェノールが留出する条件が達成されることがあり得るが、このような状態は許容されるものとする。つまり、EDCの生成量に対するDPCの残存量のモル比が0.2以下の任意の値αになるまでの間に、反応系内が瞬間的にまたは突発的にフェノールが留出する条件が達成されることはあり得る。
よって、EDCの生成量に対するDPCの残存量のモル比が0.2以下の任意の値αになるまでの間、フェノールが留出しない条件を常に維持することは必須ではない。一時的に圧力条件等を変更することでフェノールが留出する条件でEryとDPCを反応させた後、フェノールが留出しない条件下でのEryとDPCの反応を再開してもよい。
また、配管や冷却部等にフェノールが付着すること等により、反応液中のフェノール濃度が減少する場合があるが、発明の実施においては問題ない。
【0025】
EDCの生成量に対するDPCの残存量のモル比が0.2以下の任意の値α以下になった後は、フェノールが留出する条件下でEryとDPCを反応させる(二段目反応)。
例えば、一段目反応において4KPaより高い圧力条件で反応を実施した場合、4KPa以下に圧力を下げることで、フェノールの留去を開始することができる。
EDCの生成量に対するDPCの残存量のモル比が0.2以下の任意の値α以下になった後は、フェノールを留去しながらEryとDPCを反応させることができる。二段目反応からフェノールの留去を開始させることで、フェノールと共に反応系外に留出してしまうDPC量を抑制できる。
【0026】
一段目反応開始から二段目反応の開始までの時間は、仕込み比、反応温度から適宜決めればよいが、通常1~24時間である。Ery転化率が70%以上になる時間が好ましく、90%以上になる時間がより好ましい。一方、生産性の点から反応時間は18時間以下が好ましく、12時間以下がより好ましく、8時間以下がさらに好ましい。
【0027】
二段目反応では圧力はフェノールが留出する圧力に設定する。二段目反応は圧力4KPa以下で実施することが好ましいが、反応装置の構造や反応容器内のフェノール量に合わせて、反応圧力を徐々に下げていくことがより好ましい。圧力の設置値の範囲は、例えば、0.01~4KPaであり得る。二段目反応の時間は、仕込み比、反応温度、圧力から適宜決めればよいが、通常1~24時間である。
【0028】
ただし、EryおよびDPCの反応においては、一時的に反応系内の減圧が弱くなることがある。このように瞬間的にまたは突発的にフェノールが留出しない条件になることがあり得るが、このような状態は許容されるものとする。つまり、EDCの生成量に対するDPCの残存量のモル比が0.2以下の任意の値α以下になった後は、反応系内が瞬間的にまたは突発的にフェノールが留出しない条件が達成されることはあり得る。
よって、EDCの生成量に対するDPCの残存量のモル比が0.2以下の任意の値α以下になった後、フェノールが留出する条件を常に維持することは必須ではない。一時的に圧力条件等を変更することでフェノールが留出しない条件でEryとDPCを反応させた後、フェノールが留出する条件下でのEryとDPCの反応を再開してもよい。
【0029】
EryおよびDPCの反応は溶媒の非存在下で進行するが、一例では溶媒を使用してもよい。溶媒としては、例えば、ジオクチルエーテル、ジフェニルエーテル、ジオキサン等のエーテル;ベンゾフェノン等のケトン;ジメチルスルホキシド、ジエチルスルホキシド等のスルホキシド;ヘキサンアミド、オクタンアミド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等のアミドが挙げられる。
溶媒は1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0030】
上述の通り溶媒の使用は必須ではないが、溶媒を使用する場合、Eryの仕込質量に対して10倍まで使用できる。反応速度および精製負荷の点から、溶媒の使用量はEryの仕込質量に対して2倍以下が好ましく、1倍以下がより好ましい。
【0031】
一段目反応および二段目反応は、70~150℃の温度範囲で実施できる。反応を円滑に進行させることができる点から、反応温度は80℃以上がより好ましく、90℃以上がさらに好ましい。一方、副反応や着色を抑制する点から、反応温度は120℃以下がより好ましく、110℃以下がより好ましい。
一段目反応および二段目反応の反応温度は同じでもよく、互いに異なっていてもよい。操作の点からは、一段目反応および二段目反応の反応温度が同じであると簡便である。
【0032】
二段目反応の終了後の反応液に対して、蒸留、洗浄、吸着剤処理、晶析等の各処理を施すことでEDCを精製できる。
洗浄に使用可能な化合物としては、例えば、以下のものが挙げられる。
水;メチルアルコール、エチルアルコール、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n-ブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、tert-ブチルアルコール、イソブチルアルコール等の直鎖または分枝鎖の脂肪族アルコール;アリルアルコール等の不飽和アルコール;シクロペンタノール、シクロヘキサノール等の環式アルコール;フェノール、ベンジルアルコール等の芳香族アルコール;エチレングリコール、1,2-プロパンジオール、1,3-プロパンジオール、1,2-ブタンジオール、1,3-ブタンジオール、1,4-ブタンジオール、グリセリン等の多価アルコール;ヘキサン、ヘプタン、ペンタン、シクロヘキサン等の脂肪族系炭化水素;トルエン、キシレン等の芳香族系炭化水素;ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、メチル-tert-ブチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル;アセトン、メチルエチルケトン、ジイソプロピルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン。
洗浄には、1種の化合物を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0033】
EDCを再結晶する方法としては、例えば、以下の方法が挙げられる。
・EDCを溶媒に溶解させた後、溶液の温度を下げることで結晶を析出させる方法。
・EDCを溶媒に溶解させた後、溶液を濃縮することで濃縮して結晶を析出させる方法。
・EDCを溶媒に溶解させた後、Eryの溶解度が低い溶媒を溶液に添加する方法。
【0034】
再結晶に使用可能な溶媒としては、例えば、アセトニトリル、プロピオノニトリル、イソブチロニトリル等のニトリル化合物が挙げられる。溶媒の減圧除去の点で、アセトニトリルが好ましい。再結晶における溶媒は1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。得られた結晶は遠心分離、加圧ろ過、減圧ろ過、自然ろ過等の公知の方法で回収できる。
【0035】
EDCを蒸留精製する方法としては、例えば、単蒸留、複数段の蒸留塔(精留塔)を用いて蒸留する方法が挙げられる。蒸留塔には、例えば、ステンレス鋼、ガラス、陶磁器製等のラシヒリング、レッシングリング、ディクソンパッキン、ポールリング、サドル、スルザーパッキン等の形状を有する充填物を使用した充填塔、多孔板塔や泡鐘塔等の棚段塔等が使用できる。
【0036】
蒸留塔と反応器との接続は、反応器の上部に蒸留塔が連接された形態、反応器と接続された別容器の上部に蒸留塔が連接された形態、蒸留塔の上段から下段のいずれかの位置に反応器が接続された形態のいずれでもよい。いずれの接続形態においても、反応器と蒸留塔の間の経路は一つでも複数でもよく、途中に熱交換器等の装置が介在していてもよい。蒸留では、例えば、還流器を使用しない内部還流方式や還流器を使用して還流比を制御する方式が使用できる。
【0037】
(第1実施形態の作用機序)
以上説明した第1実施形態に係るEDCの製造方法においては、EDCの生成量に対するDPCの残存量のモル比が0.2以下の任意の値αになるまでは、フェノールが留出しない条件下でEryとDPCを反応させる。その後、EDCの生成量に対するDPCの残存量のモル比が0.2以下の任意の値αになった後は、フェノールが留出する条件下でEryとDPCを反応させる。このような二段階の反応を実施するため、フェノールと共に反応系外に留出してしまうDPC量を抑制できる。結果、EDCの収率が高くなる。
本手法によれば、DPCを効率よく使用できるため、EDCを高収率で生産できる。
【0038】
(第2実施形態)
第2実施形態に係るEDCの製造方法は、下記の混合物βからフェノールを留出させながら、EryとDPCを反応させることを含む。
混合物β:EryとDPCとEDCとフェノールとを含む混合物であり、かつ、EDCに対するDPCのモル比が0.2以下であり、EDCに対するフェノールのモル比が1.5以上である、混合物。
【0039】
混合物βはEDC生成反応が開始した後、ある程度の時間が経過したときの反応系における反応物と生成物の混合物である。EryとDPCを反応させるEDC生成反応においては、フェノールが副生成物として生成するため、混合物βはフェノールを含む。
【0040】
混合物βにおいて、EDCに対するフェノールのモル比は1.5以上であるが、1.7以上がより好ましく、1.8以上がさらに好ましく、1.9以上が特に好ましい。混合物βにおいてEDCに対するフェノールのモル比が前記下限値以上であると、EDCの収率をさらに高くすることができる。混合物βにおいて、EDCに対するフェノールのモル比の上限は特に限定されるものではないが、通常、2.2以下、2.1以下等であり得る。
【0041】
混合物βは、上述した第1実施形態の一段目反応終了時の反応系における反応物と生成物の混合物に対応する。よって、EDCの生成量に対するDPCの残存量のモル比が0.2以下になるまでは4KPaより高い圧力条件下でEryとDPCを反応させることで混合物βを得ることができる。
第2実施形態において、反応温度、反応圧力、反応時間、溶媒、精製の詳細および好ましい態様は第1実施形態と同じであるため、その説明は省略する。
【0042】
(第2実施形態の作用機序)
以上説明した第2実施形態に係るEDCの製造方法においては、EDC生成反応がある程度進行したときの混合物βから、フェノールを留出させながら、EryとDPCを反応させる。混合物βは、EryとDPCとEDCとフェノールとを含み、かつ、EDCに対するDPCのモル比が0.2以下である。フェノールを留出する際にはEDCに対するフェノールのモル比が1.5未満にならないようにすることにより、フェノールと共に反応系外に留出してしまうDPC量を抑制できるため、EDCの収率が高くなる。
本手法によれば、DPCを効率よく使用できるため、EDCを高収率で生産できる。
【0043】
以上いくつかの実施形態について説明したが、本発明は本明細書に開示の実施形態例に限定されず、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施できる。本明細書に開示の実施形態は、その他の様々な形態で実施可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置換、変更が可能である。
【実施例0044】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の記載に限定されない。
【0045】
<原料>
・Ery:東京化成工業株式会社の製品を使用した。
・DPC:富士フイルム和光純薬株式会社の製品を使用した。
・酢酸マグネシウム:富士フイルム和光純薬株式会社の製品を使用した。
【0046】
<分析法>
反応液の分析はH-NMRにて実施した。Ery、EDC、フェノールのプロトンのシグナル比をもとに、反応液の組成を計算した。反応液の組成をもとに、Ery転化率、DPC転化率、EDC収率、フェノール/EDC(モル比)を計算した。H-NMRの測定条件は下記の通りである。
・装置名:JNM-ECZ400S(日本電子株式会社製)
・測定温度:20℃
・溶媒:DMSO-d6
【0047】
<実施例1>
45℃の温水を流した還流冷却管付き300mLフラスコにEryを61.1g(0.5mol)、DPCを214.2g(1.0mol)、酢酸マグネシウム四水和物を0.21g(0.001mol)入れた。その後、内温110℃、減圧操作をせずに大気圧下で攪拌しながら5時間反応させた。反応後の液を分析した結果、DPC転化率は94.6%(DPC残存率5.4%)、Ery転化率は94.5%、EDC収率は94.0%であった(一段目反応)。
この後、フェノールが付着した還流冷却管をはずし、クライゼン管と45℃の温水を流したリービッヒ冷却管を付けた。110℃、0.2~3.4KPaの条件でフェノールの留去を5時間実施した。DPC転化率は97.1%(DPC残存率2.9%)、Ery転化率は96.8%、EDC収率は95.1%となった(二段目反応)。
留出したフェノールは、氷浴につけたトラップで回収した。フェノール中のDPCは0.011molであった。二段目反応後の反応液はシャーベット状であった。そのため、5倍量の水を入れ、懸濁することにより、容易にフラスコから回収できた。懸濁液をろ過した後、ろ過残渣を3倍量の水に懸濁し、再びろ過した。ろ過残渣を3倍量のアセトンに懸濁後、再度ろ過した。このときのろ過残渣を減圧乾燥し、純度99.8%のEDCを94.1%の収率(全収率)で得た。
【0048】
<実施例2、3>
DPCの量を変えた以外は、実施例1と同様に操作を実施した。
【0049】
<実施例4>
45℃の温水を流した還流冷却管付き300mLフラスコにEryを61.1g(0.5mol)、DPCを214.2g(1.0mol)、酢酸マグネシウム四水和物を0.21g(0.001mol)入れた。その後、内温110℃、圧力7.1~7.2KPaで攪拌しながら5時間反応させた。反応後の液を分析した結果、DPC転化率は95.0%(DPC残存率5.0%)、Ery転化率は94.3%、EDC収率は93.7%であった(一段目反応)。
この後、フェノールが付着した還流冷却管をはずし、クライゼン管と45℃の温水を流したリービッヒ冷却管を付けた。110℃、0.2~3.4KPaでフェノールの留去を5時間実施し、DPC転化率は97.6%(DPC残存率2.4%)、Ery転化率は96.6%、EDC収率は94.8%となった(二段目反応)。
留出したフェノールは、氷浴につけたトラップで回収した。フェノール中のDPCは0.014molであった。
二段目反応後の反応液はシャーベット状であった。そのため、5倍量の水を入れ、懸濁することにより、容易にフラスコから回収できた。懸濁液をろ過した後。ろ過残渣を3倍量の水に懸濁し、再びろ過した。ろ過残渣を3倍量のアセトンに懸濁後、再度ろ過した。このときのろ過残渣を減圧乾燥し、純度99.8%のEDCを93.7%の収率(全収率)で得た。
【0050】
<実施例5>
45℃の温水を流した還流冷却管付き300mLフラスコにEryを61.1g(0.5mol)、DPCを214.2g(1.0mol)、酢酸マグネシウム四水和物を0.21g(0.001mol)入れた。その後、内温110℃、減圧操作をせずに大気圧下で攪拌しながら5時間反応させた。反応後の液を分析した結果、DPC転化率は94.5%(DPC残存率5.5%)、Ery転化率は94.6%、EDC収率は94.1%であった(一段目反応)。
この後、この後、フェノールが付着した還流冷却管をはずし、クライゼン管と45℃の温水を流したリービッヒ冷却管を付けた。110℃、0.2~3.0KPaでフェノールの留去を5時間実施し、DPC転化率は98.9%(DPC残存率1.1%)、Ery転化率は96.7%、EDC収率は94.8%となった(二段目反応)。
留出したフェノールは、氷浴につけたトラップで回収した。フェノール中のDPCは0.025molであった。二段目反応後の反応液はシャーベット状であった。そのため、5倍量の水を入れ、懸濁することにより、容易にフラスコから回収できた。
【0051】
<実施例6>
45℃の温水を流した還流冷却管付き300mLフラスコにEryを61.1g(0.5mol)、DPCを214.2g(1.0mol)、酢酸マグネシウム四水和物を0.21g(0.001mol)入れた。その後、内温110℃、減圧操作をせずに大気圧下で攪拌しながら3時間反応させた。反応後の液を分析した結果、DPC転化率は87.5%(DPC残存率12.5%)、Ery転化率は87.7%、EDC収率は87.1%であった(一段目反応)。
この後、この後、フェノールが付着した還流冷却管をはずし、クライゼン管と45℃の温水を流したリービッヒ冷却管を付けた。110℃、0.2~3.4KPaでフェノールの留去を7時間実施し、DPC転化率は97.5%(DPC残存率2.5%)、Ery転化率は96.2%、EDC収率は95.0%となった(二段目反応)。
留出したフェノールは、氷浴につけたトラップで回収した。フェノール中のDPCは0.029molであった。二段目反応後の反応液はシャーベット状であった。そのため、5倍量の水を入れ、懸濁することにより、容易にフラスコから回収できた。
【0052】
<比較例1>
45℃の温水を流した還流冷却管付き300mLフラスコにエリスルトールを61.1g(0.5mol)、DPCを214.2g(1.0mol)、酢酸マグネシウム四水和物を0.21g(0.001mol)入れた。その後、内温110℃、2.8~3.0KPaで攪拌しながら10時間反応させた。DPC残存率は0.2%、Ery転化率は88.8%、EDC収率は87.1%となった。留出したフェノールは、氷浴につけたトラップで回収した。フェノール中のDPCは0.11molであった。
【0053】
<参考例1~3>
DPCの量を表1に示す通り、1.05モル、1.1モル、1.15モルにそれぞれ変更した以外は、実施例1と同じ操作および条件により反応を実施した。いずれの場合も、二段目の反応中に反応液が固化したため、内容物を取り出せなかった。参考例1では、内容物の一部を取り出し、分析した。
【0054】
<結果>
各例の仕込み条件および反応条件を表1に示す。結果を表2に示す。
【0055】
【表1】
【0056】
【表2】
【0057】
表2中、実施例4のEDC全収率は、精製操作を行った後の収率である。比較例1のEDC全収率は、精製操作を行う前の収率である。
【0058】
表2に示す通り、実施例1~6では、一段目反応の終了時点でのEDCの生成量に対するDPCの残存量のモル比(DPC残存率/EDC収率)が0.2以下の値になった後に、二段目反応にてフェノールを留去しながらEryとDPCを反応させた。これら実施例1~6では、EDCの全収率を高くすることができた。
対して、反応初期からフェノールの留去を実施した比較例1ではEDCの全収率が低かった。この場合、純度の高いEDCを得られないと考えられる。
【0059】
また、表1に示す通り、Eryの仕込量に対するDPCの仕込量のモル比を2.0以下とした実施例1~6では、反応液の固化を防止でき、EDCを容易に回収できた。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明によれば、EDCを高収率で得られる製造方法が提供される。