IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 三菱レイヨン株式会社の特許一覧

特開2024-128260炭素繊維前駆体繊維及びその製造方法、炭素繊維束の製造方法
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024128260
(43)【公開日】2024-09-24
(54)【発明の名称】炭素繊維前駆体繊維及びその製造方法、炭素繊維束の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 6/18 20060101AFI20240913BHJP
   D01F 9/22 20060101ALI20240913BHJP
【FI】
D01F6/18
D01F9/22
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023037142
(22)【出願日】2023-03-10
(71)【出願人】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(72)【発明者】
【氏名】新免 祐介
(72)【発明者】
【氏名】濱田 益豊
(72)【発明者】
【氏名】小亀 朗由
(72)【発明者】
【氏名】長島 悠理
【テーマコード(参考)】
4L035
4L037
【Fターム(参考)】
4L035AA04
4L035AA09
4L035BB03
4L035BB16
4L035BB60
4L035BB61
4L035BB66
4L035DD02
4L035DD20
4L035EE08
4L035EE20
4L035MB04
4L035MB09
4L037CS02
4L037CS03
4L037FA01
4L037FA06
4L037FA12
4L037PA53
4L037PA68
4L037PA69
4L037PC09
4L037PF27
4L037PS02
4L037UA09
(57)【要約】      (修正有)
【課題】本発明は、炭素繊維の弾性率を高めることができる炭素繊維前駆体アクリル繊維束およびその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】結晶配向度が92.6%以上である炭素繊維前駆体繊維束。単繊維の長径/短径比が1.3以上1.7以下であること、単繊維引張試験における弾性率が16GPa以上であることが好ましい。紡糸工程における洗浄処理後、膨潤度が75質量%以下の繊維束を油剤工程に導入する炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。紡浴温度が25℃以下であることが好ましい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶配向度が92.6%以上である炭素繊維前駆体繊維束。
【請求項2】
単繊維の長径/短径比が1.3以上1.7以下である請求項1に記載の炭素繊維前駆体繊維束。
【請求項3】
単繊維引張試験における弾性率が16GPa以上である請求項1に記載の炭素繊維前駆体繊維束。
【請求項4】
結晶子サイズが16.4nm以上である請求項1に記載の炭素繊維前駆体繊維束。
【請求項5】
単繊維の円形度が0.7以上0.9以下である請求項1に記載の炭素繊維前駆体繊維束。
【請求項6】
炭素繊維前駆体繊維がアクリル繊維であり、アクリロニトリル単量体の含有量が90~97.5質量%である請求項1に記載の炭素繊維前駆体繊維。
【請求項7】
繊維の本数が14000~100000本である請求項1に記載の炭素繊維前駆体繊維束。
【請求項8】
単繊維繊度が0.8~2.0dtexである請求項1に記載の炭素繊維前駆体繊維束。
【請求項9】
紡糸原液を紡糸口金から凝固液に吐出し繊維状とし、洗浄処理後の繊維の膨潤度を75質量%以下とし、油剤工程に導入する炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項10】
凝固液温度が25℃以下である請求項9に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項11】
紡糸口金は複数の吐出孔を有し、吐出孔の孔径が60μm以下である請求項9に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項12】
紡糸口金孔内の見かけせん断応力(Pa)/(紡浴温度(℃))が30以上60以下である請求項9に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項13】
紡糸原液を紡糸口金から凝固液中に直接吐出して繊維状とする請求項9に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項14】
凝固液が、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、塩化亜鉛、チオシアン酸ナトリウムのいずれかを含む水溶液である請求項9に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項15】
紡糸原液が、アクリロニトリル単量体の含有量が90~97.5質量%である共重合体が溶媒に溶解した原液である請求項9に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項16】
請求項1~8のいずれかに記載の炭素繊維前駆体束を、酸化性雰囲気中で200~300℃に加熱し、非酸化性雰囲気中で550~3000℃に加熱する炭素繊維束の製造方法。
【請求項17】
紡糸原液を紡糸口金から凝固液に吐出し繊維状とし、洗浄処理後の繊維の膨潤度を75質量%以下とし、油剤工程に導入して得た炭素繊維前駆体繊維束を、酸化性雰囲気中で200~300℃に加熱し、非酸化性雰囲気中で550~3000℃に加熱する炭素繊維束の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は炭素繊維前駆体繊維束及びその製造方法、炭素繊維束の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は比強度、比弾性率に優れ、炭素繊維強化複合材料の強化繊維として用いることにより部材の大幅な軽量化が可能となることから、エネルギー利用効率の高い社会の実現に不可欠な材料の一つとして幅広い分野で利用されている。近年、自動車や電子機器筐体などを初めとしたコスト低減の要求の強い分野においても適用が進んでおり、成形コストまで含めた最終部材コストの低減が強く求められている。
【0003】
最終部材コストを効果的に低減するためには、炭素繊維自身のコストダウンだけでなく、炭素繊維の性能向上による必要量低減や成形加工性の改善による成形コスト低減といった総合的なアプローチが重要である。
【0004】
最も広く利用されているポリアクリロニトリル系炭素繊維は、炭素繊維前駆体繊維を200~300℃の酸化性雰囲気下で耐炎化繊維へ転換する耐炎化工程、300~2000℃の不活性雰囲気下で炭素化する炭素化工程を経て工業的に製造される。また、ポリアクリロニトリル系の炭素繊維の引張弾性率を高めるためには、炭素化温度を上げることが有効とされている。これは、高温処理によって炭素繊維中の結晶成長が促進されるためであるが、その一方で得られる炭素繊維の引張強度や圧縮強度などが低いものとなったりしやすい。そして、このような炭素繊維は、上記の強度低下のみならず、毛羽立ち等によって品位が低下し、炭素繊維強化複合材料を得るにあたっての成形加工性が低いものとなりやすい。
【0005】
そのため、成型加工時のトラブルの原因となり、炭素繊維の必要量を低減できたとしても、成型加工性が悪く、成型コストの低減に繋がらないことがあった。
【0006】
炭素化温度を高温化する以外の方法で炭素繊維の引張弾性率を高める方法もいくつか提案されている。その一つとして炭素繊維の製造工程において高い張力を付与する方法が提案されている。
【0007】
特許文献1、2には、ポリアクリロニトリル共重合体の分子量を制御することにより、炭素化工程において高い張力を付与しても、毛羽の発生を抑制できる技術が提案されている。
【0008】
特許文献3では、耐炎化工程、予備炭素化工程において高延伸することによって、ストランド弾性率を高める技術が提案されている。
【0009】
さらに、特許文献4では撚りを加えることによって炭素化工程における伸長率を高くしながら、工程通過性を向上させる技術が提案されている。
【0010】
特許文献5には、前駆体繊維束における高分子鎖の絡み合いを制御するため、紡糸原液のせん断速度に対する粘度変化を適切に測定及び推定し、紡糸ノズル内のせん断速度を特定の範囲とすることで、凝固糸の全破断速度を高められる技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】国際公開第2008/047745号
【特許文献2】特開2009-256833号公報
【特許文献3】国際公開第2008/063886号
【特許文献4】国際公開第2019/244830号
【特許文献5】特開2012-207344号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、従来の技術には次のような課題がある。
特許文献1、2では、ポリアクリロニトリル共重合体の分子量を制御しているが、それによる炭素化工程における限界延伸張力の向上効果は小さく、大きなストランド弾性率の向上が見込めるものではなかった。
【0013】
特許文献3では、予備炭素化工程までの延伸比は高く設定する必要があり、実際の工程では毛羽が発生するという課題があった。また、炭素繊維のストランド弾性率を向上させやすい炭素化工程における延伸比が低く、大きなストランド弾性率向上が見込めるものではなかった。
【0014】
特許文献4では、炭素繊維のストランド弾性率は向上するものの、繊維に付与された撚りによって複合材料としては長繊維では使用できず、短繊維での使用にとどまっていた。
【0015】
特許文献5では、後延伸による高分子鎖の配向と、それによって得られる前駆体繊維の結晶構造の発達については何ら言及しておらず、さらには炭素繊維のストランド弾性率の向上に着目する思想もなかった。
【0016】
以上をまとめると、従来の技術には、炭素繊維の引張弾性率の向上と、その工程通過性を両立し、更には炭素繊維強化複合材料に長繊維して提供できる方法が記載されておらず、最終部材としてのトータルでのコストダウンを実現するためには、これらを高いレベルで両立させる方法の獲得が課題であった。
【0017】
本発明の目的は、炭素繊維の弾性率が高くできる炭素繊維前駆体アクリル繊維束およびその製造方法を提供することにある。これにより、前炭素化及び炭素化工程での過度な伸長と、それを実施するための繊維の撚りを不要とし、高品質かつ長繊維での炭素繊維の製造を可能とさせることで炭素繊維複合材料をトータルでコストダウンすることができる。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明は、前述の課題を解決するために、本発明者等が鋭意検討した結果実現したものである。
1.結晶配向度が92.6%以上である炭素繊維前駆体繊維束。
2.単繊維の長径/短径比が1.3以上1.7以下である1に記載の炭素繊維前駆体繊維束。
3.単繊維引張試験における弾性率が16GPa以上である1または2に記載の炭素繊維前駆体繊維束。
4.結晶子サイズが16.4nm以上である1~3のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維束。
5.単繊維の円形度が0.7以上0.9以下である1~4のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維束。
6.炭素繊維前駆体繊維がアクリル繊維であり、アクリロニトリル単量体の含有量が90~97.5質量%である1~5のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維。
7.繊維の本数が14000~60000本である1~6のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維束。
8.単繊維繊度が0.8~2.0dtexである1に記載の炭素繊維前駆体繊維束。
9.紡糸原液を紡糸口金から凝固液に吐出し繊維状とし、洗浄処理後の繊維の膨潤度が75質量%以下とし、油剤工程に導入する炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
10.凝固液温度が25℃以下である9に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
11.紡糸口金は複数の吐出孔を有し、吐出孔の孔径が60μm以下である9または10に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
12.紡糸口金孔内の見かけせん断応力(Pa)/(紡浴温度(℃))が30以上60以下である9~11のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
13.紡糸原液を紡糸口金から凝固液中に直接吐出して繊維状とする9~12のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
14.凝固液が、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、塩化亜鉛、チオシアン酸ナトリウムのいずれかを含む水溶液である9~13のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
15.紡糸原液が、アクリロニトリル単量体の含有量が90~97.5質量%である共重合体が溶媒に溶解した原液である9~14のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
16.1~8のいずれかに記載の炭素繊維前駆体束を、酸化性雰囲気中で200~300℃に加熱し、非酸化性雰囲気中で550~3000℃に加熱する炭素繊維束の製造方法。
17.紡糸原液を紡糸口金から凝固液に吐出し繊維状とし、洗浄処理後の繊維の膨潤度を75質量%以下とし、油剤工程に導入して得た炭素繊維前駆体繊維束を、酸化性雰囲気中で200~300℃に加熱し、非酸化性雰囲気中で550~3000℃に加熱する炭素繊維束の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、炭素繊維の弾性率が高くできる炭素繊維前駆体アクリル繊維束およびその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明を詳細に説明する。ただし、この実施の形態は、発明の趣旨をより良く理解させるため具体的に説明するものであり、特に指定のない限り、発明内容を限定するものではない。本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、数や、位置や、大きさ等についての変更、省略、追加及びその他の変更が可能である。
【0021】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束は、結晶配向度が92.6%以上である。
炭素繊維前駆体繊維束の結晶配向度を高めることにより、炭素繊維の弾性率を高めやすくなる。
この観点から、前記結晶配向度は、92.7%以上が好ましく、92.8%以上がさらに好ましい。
配向度は高い方が良いので上限は無いが、生産性、コストの点から前記結晶配向度の上限は95%以下が好ましく、94%以下より好ましく、93.5%以下がさらに好ましい。
【0022】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束は、繊維軸に対して垂直方向の単繊維の長径/短径比が1.3以上1.7以下であることが好ましい。
前駆体繊維束の長径/短径比は紡浴の有機溶剤濃度やその温度によって変わる。一般的には、凝固が遅い条件において繊維の断面形状は丸くなる傾向にあり、繊維の構造は均質化される。そのため、長径/短径比が1に近づくほど、前駆体繊維束の構造は均質化され、得られる炭素繊維束の弾性率を向上させやすい。一方で、凝固が遅い条件では紡浴の引取張力に繊維が耐え切れず、破断してしまうことがある。そのため、ある程度は凝固が速い条件を設定する必要があることから、1.35以上が好ましく、長径/短径比は1.45以上がさらに好ましい。また、長径/短径比がある程度低ければ炭素繊維束の弾性率に影響を与えるような構造の不均質化は起こらないため、長径/短径比は1.6以下が好ましく、1.55以下がさらに好ましい。
【0023】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束は、単繊維引張試験における弾性率が16GPa以上であることが好ましい。
炭素繊維の弾性率はグラファイト結晶の大きさに比例することが広く知られており、その原料である炭素繊維前駆体繊維束の結晶構造も、その結晶成長に少なからず影響を与えていると考えられる。そのため、前駆体繊維束のポリアクリロニトリルの結晶構造を発達させることが炭素繊維の弾性率向上に有効となるが、その指標としては前駆体繊維束の単繊維弾性率が重要になる。X線構造解析で得られる結晶子サイズや配向度は微視的な領域の結晶構造を表しているにすぎず、補完的な意味合いが強い。したがって、前駆体繊維の弾性率を高めることにより、炭素繊維の弾性率を高めやすくなる。
この観点から、前記弾性率は、16.2GPa以上がより好ましく、16.4GPa以上がさらに好ましい。
弾性率は高い方が良いので上限は無いが、生産性、コストの点から弾性率の上限は17GPa以下である。
【0024】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束は、結晶子サイズが16.4nm以上であることが好ましい。
上記の理由から炭素繊維前駆体繊維束の結晶子サイズを高めることにより、炭素繊維の弾性率を高めやすくなる。
この観点から、前記結晶子サイズは、16.6nm以上がより好ましい。
結晶子サイズは高い方が良いので上限は無いが、生産性、コストの点から弾性率の上限は17nm以下である。
【0025】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束は、単繊維の円形度が0.7以上0.9以下であることが好ましい。
単繊維の円形度が0.7以上であれば、均質性が十分な前駆体繊維束が得られ、性能発現性が良好な炭素繊維を製造可能であり、単繊維の円形度が0.9以下であれば、凝固の遅延に伴う生産性低下による影響を受けず、均質な前駆体繊維束が得られるので好ましい。
こられの観点から、単繊維の円形度は0.75以上、0.85以下がより好ましい。
【0026】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束は、アクリル繊維であり、アクリロニトリル単量体の含有量が90~97.5質量%であることが好ましい。
アクリル繊維は、アクリル繊維は、羊毛に似た風合から衣料材料に広く利用されており、その原料であるアクリロニトリルは世界的に生産されていることから、容易に入手することが可能であり、低コストでの生産が可能である。加えて、炭素繊維の製造工程における耐炎化処理において、加熱処理によって不融化構造を取りやすく、その生産性と得られる炭素繊維の性能発現性が良いことが知られている。これらの観点から、アクリル繊維を用いることが好ましい。
アクリロニトリル単量体の含有量が90質量%以上であれば、弾性率を高くできやすく、97.5質量%以下であれば、紡糸原液調製時の有機溶剤への溶解性を十分確保できる点で好ましい。
【0027】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束は、繊維の本数が14000~60000本であることが好ましい。
繊維の本数が14000本以上であれば、生産性が高くでき、60000本以下であれば、安定して炭素繊維前駆体繊維束、炭素繊維が得ることができる。
【0028】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束は、単繊維繊度が0.8~2.0dtexであることが好ましい。
単繊維繊度が小さいほど機械特性が向上する傾向にあるが、生産性が低下することがある。逆に、単繊維繊度が大きいほど生産性は高められるが、前駆体繊維としてアクリル繊維を用いる場合、主として耐炎化工程において前駆体繊維束中のそれぞれの前駆体単繊維において繊維表面から内部に酸素が拡散しにくいことに起因して単繊維中に内外構造差が生じ、機械特性が低下することがある。これらのトレードオフが存在するために、単繊維繊度は0.8dtex以上であれば、生産性を高くでき、2.0dtex以下であれば、弾性率の低下が少ないので好ましい。
【0029】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、紡糸工程における洗浄処理後、膨潤度が75質量%以下の繊維束を油剤工程に導入する。
紡糸工程は、紡糸口金の吐出孔から紡糸原液を、溶剤を含む水溶液に吐出して凝固繊維とし、溶剤の洗浄処理、延伸処理を行う、続けて油剤工程に導入して油剤を付与し、乾燥させる。場合によっては、その後、乾熱延伸、湿熱延伸を行う。
膨潤度が75質量%以下の繊維束を油剤工程に導入することで、油剤が繊維の中まで過剰に入ることが少なくなるので、繊維中のボイドが少なくなり、弾性率が高くなりやすい。
この観点から、前記膨潤度は70質量%以下が好ましく、65質量%がより好ましい。
【0030】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、凝固液温度が15℃以上25℃以下であることが好ましい。
凝固液温度を低くすることで、凝固過程における溶剤及び水の拡散速度が緩やかになり凝固を遅延させることが可能である。それにより、繊維軸に対して断面方向の構造が均質化され、その後の延伸で高分子の配向が内部まで十分行われるため、緻密な糸になりやすいので、膨潤度を低くでき、得られる炭素繊維の弾性率を高くしやすくできる。
この観点から、前記凝固液温度は、25℃以下が好ましく、20℃以下がより好ましい。
一方、過度に凝固液を冷却すると湿式紡糸方式では紡糸ノズル外周部の紡糸原液が冷却され増粘することによって吐出斑となり、繊度斑の原因となる。そのため、凝固液温度は15℃以上が好ましく、17℃以上がより好ましい。
【0031】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、紡糸口金の孔径が60μm以下であることが好ましい。
紡糸口金の孔径が60μm以下であれば、見かけの吐出線速度を高く保つことが可能となり良好な紡糸性を確保できる点で好ましい。また、紡糸口金の孔径が30μm以上であれば、孔の洗浄性を維持することが可能で、孔の閉塞による紡糸原液の吐出不良を抑制でき、糸切れを抑制できる点で好ましい。
この観点から、紡糸口金の孔径は55μm以下がより好ましく、50μm以下がさらに好ましい。
【0032】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、紡糸口金孔内せん断応力/(紡浴温度)が30以上であることが好ましい。
紡糸口金孔内せん断応力/(紡浴温度)が30以上であれば、紡糸原液中の高分子鎖の絡み合いを解し、後延伸において効率的に高分子鎖を配向させ、前駆体繊維の結晶配向を促進させることで得られる炭素繊維の弾性率を向上させることが可能となる点で好ましい。
この観点から、紡糸口金孔内せん断応力/(紡浴温度)は、35以上がより好ましく、40以上がさらに好ましい。
一方、せん断応力を高くしすぎると高分子鎖の絡み合いを完全に解してしまうため、後延伸性としては逆に悪くなる。さらに、紡糸ノズルにかかる排圧が高くなり、工業的な実施が難しくなることから、紡糸口金孔内せん断応力/(紡浴温度)は、55以下がより好ましく、50以下がさらに好ましい。
【0033】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、紡糸原液を紡糸口金から紡浴液中に直接吐出して繊維状とすることが好ましい。
紡糸原液を紡糸口金から凝固液中に直接吐出して繊維状とするとは、湿式紡糸法と呼ばれる紡糸方法であり、凝固が比較的早く、紡糸ノズルの吐出孔の数を多くすることができ、生産性の観点から好ましい。
しかしながら、この湿式の紡糸法では、凝固が比較的早いため、従来の製造方法では高い弾性率や、高い結晶配向度を得ることが難しかった。
【0034】
本発明の炭素繊維の製造方法は、前記炭素繊維前駆体束を、酸化性雰囲気中で200~300℃に加熱し、非酸化性雰囲気中で550~3000℃に加熱する。
【0035】
(炭素繊維前駆体アクリル繊維束)
本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維は、溶剤にアクリロニトリル系重合体が溶解したアクリロニトリル系重合体溶液を紡糸して得られる。
本発明で用いられるアクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルを主な単量体とし、これを重合して得られる重合体である。アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルのみから得られるホモポリマーであっても、主成分であるアクリロニトリルに加えて他の単量体が共重合したコポリマーであってもよい。
【0036】
アクリロニトリル系重合体中のアクリロニトリル単位の含有量は、得られる炭素繊維束に求める品質等を勘案して決定でき、例えば、90質量%以上97.5質量%以下であることが好ましく、93質量%以上97質量%以下であることがより好ましく、95質量%以上96.5質量%以下であることがさらに好ましい。
アクリロニトリル単位の含有量が90質量%以上であれば、炭素繊維前駆体アクリル繊維を炭素繊維に転換するための耐炎化および炭素化のそれぞれの工程で、単繊維同士の融着を招くことがなく、炭素繊維束のストランド強度低下を防ぐことができる。さらに、加熱ローラーや加圧水蒸気による延伸等の処理において、単繊維間の接着を回避できる。アクリロニトリル単位の含有量が97質量%以下であれば、溶剤への溶解性が低下せず、アクリロニトリル系重合体の析出・凝固を防止できるため、炭素繊維前駆体アクリル繊維を安定して製造できる。
【0037】
アクリロニトリル共重合体中のアクリロニトリル以外の単量体単位としては、アクリロニトリルと共重合可能なビニル系単量体から適宣選択することができ、アクリロニトリル系重合体の親水性を向上させるビニル系単量体、耐炎化反応を促進するビニル系単量体が好ましい。 例えば、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、ヘキシル(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸エステル類;塩化ビニル、臭化ビニル、塩化ビニリデン等のハロゲン化ビニル類;(メタ)アクリル酸、イタコン酸、クロトン酸等の不飽和カルボン酸類及びそれらの塩類;マレイン酸イミド、フェニルマレイミド、(メタ)アクリルアミド、スチレン、α-メチルスチレン、酢酸ビニル;スチレンスルホン酸ナトリウム、アリルスルホン酸ナトリウム、β-スチレンスルホン酸ナトリウム、メタアリルスルホン酸ナトリウム等のスルホン基を含む重合性不飽和単量体;2-ビニルピリジン、2-メチル-5-ビニルピリジン等のピリジン基を含む重合性不飽和単量体等が挙げられる。重合によって得られたアクリロニトリル系重合体からは、未反応モノマー、重合触媒残留物、その他の不純物などを極力取り除くことが望ましい。なお、アクリロニトリル共重合体を合成する方法はどのような重合方法であってもよく、重合方法の相違によって本発明が制約されるものではない。
【0038】
まず、上述した本発明のポリアクリロニトリル共重合体を溶剤に溶解して、紡糸原液とする。すなわち、本発明に用いる紡糸原液は、ポリアクリロニトリル系共重合体と、溶剤とからなることができる。溶剤としては、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドなどの有機溶剤や、塩化亜鉛、チオシアン酸ナトリウムなどの無機化合物の水溶液を用いることができる。しかし、得られる前駆体繊維中に金属を含有せず、また、工程が簡略化される点で有機溶剤が好ましく、その中でも凝固糸及び湿熱延伸糸の緻密性が高いという点で、ジメチルアセトアミドを溶剤に用いることが好ましい。
【0039】
紡糸原液は、緻密な凝固糸を得るため、また、適正な粘度、流動性を有するために、ある程度以上の共重合体濃度を有することが好ましい。紡糸原液におけるポリアクリロニトリル共重合体の濃度は、15質量%以上30質量%以下であることが好ましく、より好ましくは18質量%以上25質量%以下である。
【0040】
続いて、その紡糸原液を紡糸して、凝固糸を得る。紡糸方法としては、公知の方法を採用でき、具体的には湿式紡糸法、乾湿式紡糸法、乾式紡糸法などが挙げられる。これらの中でも湿式紡糸法、乾湿式紡糸法が紡糸の生産性の観点、炭素繊維の強度発現性の観点から好ましく用いられる。
【0041】
(炭素繊維前駆体アクリル繊維束製造方法の説明)
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、凝固浴を出た繊維束を洗浄および延伸する第一洗浄延伸工程、油剤付与工程、乾燥緻密化工程、および、第二延伸工程を順に有する炭素繊維前駆体繊維束の製造方法であって、
前記第一洗浄延伸工程において、延伸は、空気中延伸および/または熱水延伸により延伸倍率4.1倍以上で延伸し、前記第二延伸工程において、乾熱延伸により延伸倍率1.1~2.0倍で延伸することが好ましい。
【0042】
(第一洗浄延伸工程)
前記第一洗浄延伸工程においては、空気中延伸および/または熱水延伸により延伸倍率4.1倍以上で延伸することが好ましい。
前記延伸倍率の上限は、単繊維切れの観点から6.0倍以下とするのが好ましい。前記延伸倍率を4.1倍以上にすれば、第二延伸工程での延伸性を向上することができ、安定生産し易くできる。
この観点より、前記延伸倍率は、より好ましくは、4.2~5.8倍であり、さらに好ましくは4.5~5.5倍である。
熱水延伸は、凝固糸に含まれている溶媒を沸水洗浄する槽で洗浄と同時に延伸を行っても良く、別々に行っても良い。
熱水延伸する熱水温度は80~100℃が好ましい。80℃以上であれば、延伸し易くできる。100℃とは沸水状態を意味する。この観点から、前記熱水温度は85~99℃がより好ましく、90~98℃がさらに好ましい。
熱水延伸するローラー間距離が1000~10000mmであることが好ましい。1000mm以上であれば、延伸し易くなる。
熱水は繊維束を貫通するように付与することが好ましい。熱水を貫通させることで、繊維束の中まで熱水が入り、延伸斑を少なくできる。
【0043】
(油剤付与工程)
第一洗浄延伸工程後、油剤を付与する。油剤は特に限定されるものではなく、その後の工程通過性を考慮し適宜選択することができる。
【0044】
(乾燥緻密化工程)
第一延伸工程後の繊維束を乾燥緻密化する工程において、熱ロール、熱板、熱風、赤外線、マイクロ波等を使用できる。熱ロールは一個でも複数個でもよい。乾燥緻密化の温度は、繊維のガラス転移温度の60~90℃を超えた温度で行う必要があるが、実質的には含水状態から乾燥状態によって異なることもあり、温度は100~200℃程度の熱ロールが好ましい。
【0045】
(第二延伸工程)
第二延伸工程は、乾燥緻密化工程後の繊維束を乾熱延伸する工程である。乾熱延伸では、熱ロール、熱板、熱風、赤外線、マイクロ波等を使用できる。乾熱延伸の延伸倍率は1.1~2.0倍が好ましく、さらに好ましくは1.3~1.5倍である。乾熱延伸の延伸倍率が1.1倍以上であれば、繊維配向を高めることができ、1.5倍以下であれば、毛羽の発生を少なくすることができやすい。
【0046】
本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法は、第一延伸倍率と第二延伸倍率の積が7.0~9.0であることが好ましい。
第一延伸倍率と第二延伸倍率の積が6.0~9.0であれば、炭素繊維前駆体アクリル繊維束の毛羽を抑制しながら、繊維配向を十分に高めることができる。
この観点から、第一延伸倍率と第二延伸倍率の積は6.5~8.5がより好ましく、7.0~8.0がさらに好ましい。
【0047】
(乾燥緻密化工程後の繊維束の総繊度)
本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法は、乾燥緻密化工程後の繊維束の総繊度が8,000~120,000dtexであることが好ましい。10,000~60,000dtexであれば製造効率良く製造することができやすい。より好ましくは、12,000~30,000texである。さらに好ましくは、15,000~24,000dtexである。
【0048】
本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法は、第二延伸工程において、乾熱延伸時の繊維束温度を100~200℃とすることが好ましい。
前記繊維束温度が100℃以上であれば、ガラス転移点を越えた温度であるため延伸性への効果があり、200℃以下であれば、延伸性への効果を再現性高くすることができる。
これらの観点から、前記繊維束温度は120~190℃がより好ましく、150~180℃がさらに好ましい。
【0049】
本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法は、湿式紡糸法であることが好ましい。
湿式紡糸法であれば、生産性が高く生産できる。
【0050】
(炭素繊維の製造方法)
本発明の炭素繊維束の製造方法は、前記炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法により製造された炭素繊維前駆体アクリル繊維束を、酸化性雰囲気中で200~300℃に加熱する耐炎化工程と、非酸化性雰囲気中で550~800℃に加熱する前炭素化工程および非酸化性雰囲気中で1200~3000℃に加熱する炭素化工程を順に含む。
【0051】
(焼成工程)
炭素繊維前駆体アクリル繊維束から耐炎化工程、前炭素化工程、高温炭素化工程の順で行う焼成工程を経て、炭素繊維束を得る。一般的に耐炎化工程では炭素繊維前駆体アクリル繊維束を酸化性雰囲気化において200~300℃で耐炎化処理し、繊維に環化反応、酸化反応を生じさせることで、高温炭素化工程の高温処理への耐熱性が付与された耐炎化繊維束が得られる。なお、空気、酸素、二酸化炭素、塩化水素等の各酸化性雰囲気を採用できるが、入手しやすく安価のため空気が好ましい。耐炎化温度は繊維内部で酸素不足が生じ炭素繊維の弾性率が低下するため、200~300℃が好ましい。前炭素化工程では耐炎化繊維束を炭素化温度である1200℃以上で処理すると、急激な分解反応が生じて炭素繊維の機械特性が大幅に低下することから、炭素化前に段階的に非酸化性雰囲気で550~800℃で処理し前炭素化繊維束が得られる。なお、非酸化性雰囲気であればいずれも採用できるが、入手しやすく安価な窒素が好ましい。高温炭素化工程では前炭素化繊維束を非酸化性雰囲気において1200~3000℃で熱処理することで、分子鎖間反応による脱窒素が生じ炭素網面が発達した炭素繊維束が得られる。なお、前炭素化工程と同様に非酸化性雰囲気は窒素が好ましい。
【実施例0052】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
実施例における各測定は以下の方法によって行った。
【0053】
(炭素繊維前駆体アクリル繊維の弾性率の測定方法)
単繊維自動引張強伸度測定機(オリエンテック社製、商品名:UTM II-20)を使用し、台紙に貼られた単繊維をロードセルのチャックに装着し、毎分20.0mmの速度で引っ張り試験を行い、強伸度を測定することによって求められる応力-歪曲線において、初期の直線部分の傾きから弾性率を算出した。
【0054】
(結晶配向度の測定方法)
X線回折のX線源にはリガク社製のCuKα線(Niフィルター使用)X線発生装置(商品名:TTR-III、回転対陰極型X線発生装置)を用い、シンチレーションカウンターにより検出した。出力は50kV-300mAとした。
【0055】
X線回折測定は、まずサンプル繊維束をX線に対して垂直な面上で360°回転させながらβ方向の回折強度を測定した。次いで、同サンプル繊維束について、繊維方向に対して垂直方向の2θ測定を行い、(100)反射に相当する2θ=17°近傍の回折強度プロファイルを得た。次に、回折強度プロファイルで最高ピーク強度を示す2θの角度位置でシンチレーションカウンターを固定し、該サンプル繊維束を固定しているホルダーを入射X線に対して垂直な面上で360°回転させながら回折強度を測定した。その回折強度ピークの半値幅B(単位:°)を求め、下式(1)により結晶配向度(単位:%)を求めた。 結晶配向度(%)=[(180-B)/180]×100・・・(1)
【0056】
(結晶子サイズの測定方法)
(結晶領域サイズ)
炭素繊維前駆体アクリル繊維束を50mm長に切断し、これを30mg精秤採取し、繊維軸が正確に平行になるようにして引き揃えた後、試料調整用治具を用いて巾1mmの厚さが均一な繊維試料束を得た。この繊維試料束に酢酸ビニル/メタノール溶液を含浸させて形態が崩れないように固定した後、これを広角X線回折試料台に固定した。X線源として、リガク社製のCuKα線(ニッケルフィルター使用)X線発生装置を用い、同じくリガク社製のゴニオメーターにより、透過法によってグラファイトの面指数(100)に相当する2θ=17°近傍の回折ピークをシンチレーションカウンターにより検出した。出力は40kV-100mAにて測定した。回折ピークにおける半値巾から下式(2)により結晶領域サイズLaを求めた。
La=Kλ/(β0cosθ)・・・(2)
(式中、Kはシェラー定数0.9、λは用いたX線の波長(ここではCuKα線を用いているので、15.418nm)、θはBraggの回折角、β0は真の半値巾、β0=βE-β1(βEは見かけの半値巾、β1は装置定数であり、ここでは1.05×10-2rad)である。)
【0057】
(膨潤度の測定方法)
膨潤度は採取したサンプルを卓上遠心脱水機にて3000rpmで10分間処理した後秤量しこの数値を湿質量とする。そのサンプルを水洗して乾燥機で105℃にて3時間処理した後、デシケーター内で30分間保管したあと秤量してこの数値を乾質量とする。膨潤度は、下式(3)により求めた。
膨潤度(質量%)=(湿質量-乾質量)/乾質量×100・・・(3)
【0058】
(炭素繊維前駆体繊維束を構成する単繊維の断面形状)
炭素繊維前駆体繊維束を、カーボンブラックを分散させたエポキシ樹脂(商品名:エポマウント27-771)に包埋し、室温化で12時間放置して硬化した後、繊維軸方向に対し垂直に繊維断面が観察できるよう切断し、#120~1200の研磨紙で予備研磨した後、羊毛研磨布にアルミナ懸濁液(商品名:FM.No.4)を含浸させて約20分間仕上げ研磨した。得られた試料をオリンパス(株)製落射蛍光顕微鏡(製品名:DSX500FL)を用い観察した。拡大倍率は繊維側面の凹凸が評価結果に影響を与えない範囲である1ピクセルあたり300nmとなるよう拡大倍率を設定した。試料断面方向に重なり率20%となるよう移動して撮影した画像121枚を貼り合せた。得られた画像はオリンパス(株)製画像解析ソフト(製品名:Stream Essencial)にて二値化処理を施した後、それぞれの単繊維の断面積Sと周長L求めた。また、単繊維の断面形状に外接する最も面積の小さな長方形の長辺/短辺比のうち最大の値として長径/短径比を求めた。単繊維の断面形状の円形度は、単繊維の断面積Sと単繊維の周長Lから下式(4)により定義した。
円形度=4πS/L・・・(4)
【0059】
(炭素繊維ストランドの弾性率)
樹脂含浸炭素繊維束のストランド試験体の調整方法および弾性率の測定は、JIS R7601に準拠し、測定、評価した。
【0060】
(実施例1)
アクリロニトリル単位が96質量%、アクリルアミド単位が3質量%、メタクリル酸単位が1質量%からなる共重合体を溶媒に溶解した紡糸原液を70℃に調温し、温度が20℃、溶媒濃度が60質量%の凝固水溶液中に、湿式紡糸法により15000本からなる繊維束を紡糸し、空気中において延伸倍率が1.5倍で延伸し、さらに98℃の熱水中により洗浄・延伸倍率が5.5倍で延伸し、油剤を付与し、ロール温度が180℃、延伸倍率が1.35倍で乾熱延伸し、単繊維繊度が1.3dtexの炭素繊維前駆体アクリル繊維束を得た。
詳細は表1、表2に示す。
【0061】
(実施例2~4)
原液温度、凝固液温度を表1の通り変更した以外は実施例1と同様にして炭素繊維前駆体アクリル繊維束を得た。
実施例2、3は同様の条件で。過度な伸長や、撚りを入れずに、酸化性雰囲気中で200~300℃に加熱し、非酸化性雰囲気中で550~3000℃に加熱する、通常の製造方法にて炭素繊維を製造した。
詳細は表1、表2に示す。
【0062】
(比較例1~8)
原液温度、凝固液温度を表1の通り変更した以外は実施例1と同様にして炭素繊維前駆体アクリル繊維束を得た。
各比較例は凝固液温度が高いため、膨潤度が高くなり、結晶配向度、結晶子サイズが小さく、弾性率が低い傾向となった。
比較例7、8では、実施例2と同様の条件で炭素繊維を製造した。
詳細は表1、表2に示す。
実施例2、3、比較例7、8から、炭素繊維前駆体アクリル繊維の弾性率が高いほど、炭素繊維束の弾性率が高くなる結果となった。
【0063】
【表1】
【0064】
【表2】