(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024130141
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】運動支援装置
(51)【国際特許分類】
A61N 1/36 20060101AFI20240920BHJP
【FI】
A61N1/36
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023039685
(22)【出願日】2023-03-14
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000970
【氏名又は名称】弁理士法人 楓国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】永井 美和
(72)【発明者】
【氏名】西川 敦
【テーマコード(参考)】
4C053
【Fターム(参考)】
4C053JJ02
4C053JJ13
4C053JJ24
(57)【要約】 (修正有)
【課題】電極の簡易な配置構造で、四肢等の指骨を運動させる筋を選択的に筋収縮させる。
【解決手段】運動支援装置1は、陰極電極30と、複数の陽極電極31と、刺激信号出力部2とを備える。共通の陰極電極30は、四肢を形成する骨を可動させる筋のうちの複数の筋の筋腹部位が互いに隣接する位置と対向する皮膚面に貼付される。複数の陽極電極31は、複数の筋の停止側となる腱のうちの個別の腱に対向する皮膚面に貼付される。刺激信号出力部2は、複数の陽極電極31のいずれかと陰極電極30との間に選択的に電気刺激信号を出力する。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
骨を可動させる筋のうちの複数の筋の筋腹部位が互いに隣接する位置と対向する皮膚面に配置される陰極電極と、
前記複数の筋の一端側の腱のうちの個別の腱及び組み合わせに係る腱の少なくとも一方に対向する皮膚面に配置される1又は複数の陽極電極と、
前記陰極電極と前記1又は複数の陽極電極との間に電気刺激信号を出力する刺激信号出力部とを備えた運動支援装置。
【請求項2】
前記陽極電極は、前記陰極電極に対向する複数の筋の1つに対向して配置されるものである請求項1に記載の運動支援装置。
【請求項3】
前記陽極電極は、前記陰極電極に対向する複数の筋のそれぞれに対向して配置されるものである請求項1に記載の運動支援装置。
【請求項4】
前記陽極電極は、前記陰極電極に対向する複数の筋の腱のうち、少なくとも前記組み合わせに係る腱に対向して配置されるものである請求項1に記載の運動支援装置。
【請求項5】
前記陰極電極は、浅指屈筋及び深指屈筋の一方の屈筋を形成する各筋の筋腹部位に対向する皮膚面に配置されるものであり、
前記陽極電極は、前記浅指屈筋及び深指屈筋の一方の屈筋を形成する各筋の腱に対向する皮膚面に配置されるものである請求項1に記載の運動支援装置。
【請求項6】
前記陰極電極は、四肢を形成する骨を可動させる骨間筋の筋腹部位に対向する皮膚面に配置されるものであり、
前記陽極電極は、前記骨間筋の腱に対向する皮膚面に配置されるものである請求項1に記載の運動支援装置。
【請求項7】
前記電気刺激信号は、パルス列を有する信号である請求項1~6のいずれかに記載の運動支援装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気刺激によって筋収縮が誘発されることを利用した指骨等の運動支援装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、四肢等に麻痺が生じた場合、四肢等の筋に電気刺激を与えて目的とする筋の筋収縮を誘発することで、失われた運動を再建、回復(リハビリテーション)させ得ることが知られている。また、四肢の運動を支援し、またトレーニングする目的で電気刺激を運動学習に適用できることが知られている。
【0003】
近年では、電気刺激により誘発される筋収縮を利用した指骨のリハビリテーションや運動をアシストする運動支援に関する研究が進んでいる(例えば非特許文献1~8)。電気刺激の方法としては双極法や単極法が知られており、いずれの方法も一対の陽極電極と陰極電極とが用いられている。例えば単極法は、
図1に示すように、陰極電極を関電極として筋のモータポイントに対応する皮膚面に配置し、陽極電極を不関電極として筋の一端である腱の部位に対向する皮膚面に配置する。そして、筋収縮の誘発は、陽極電極と陰極電極との間にパルス状の電気刺激を加えることで行われる。なお、モータポイントとは、
図1に例示する運動神経の末梢が筋肉に進入する部位点のうち、経皮的な電気刺激に対して最も鋭敏に収縮する部位をいい、概ね筋腹部位と対応している。
【0004】
電気刺激による筋収縮に関する研究のうち、例えば非特許文献1には、前腕の手首と肘の中間辺りで、かつ長手方向に隣接する2箇所(一方部位は浅指屈筋の筋腹辺り、他方部位はその近傍)にそれぞれ小形の電極を環状に配列し、隣接する両電極間で単極法による電気刺激を行うことで対応する手指の独立した屈曲を一部達成した実験結果が記載されている。より詳細には、陽極側及び陰極側の電極は、それぞれ腕の周囲に14個を環状に巻き付けた形で配列され、選択的に刺激電流を供給して刺激部位の変化を確認可能にしたものである。
【0005】
非特許文献2には、中手骨のそれぞれに沿って手背側に長尺の陰極電極を配置し、手首に配置した共通の陽極電極との間で、非対称な双極パルス(デューティが50%でないパルス)による電気刺激を行うことで背側骨間筋を刺激して中手指節間関節(MP関節)での選択的な屈曲を達成する実験成果が記載されている。非特許文献3には、対象となる筋の筋電圧を計測し、計測電圧に比例したレベルの刺激電流を対象の筋に単極法で入力する電気刺激装置を用いて電気刺激を行うことで、手指屈曲等のリハビリ成果を示す結果が記載されている。非特許文献4には、母指から小指までの各背側骨間筋に対応する5個の小形の電極片がシート体上に微小ピッチで一体的に配列されたアレイ状電極体を手背側及び手首に配置して、骨間筋への刺激による手指の屈曲を一律に行うようにした、握りのトレーニング装置が記載されている。
【0006】
非特許文献5,6には、示指の外転に寄与する第1背側骨間筋の単極法による電気刺激を示す研究内容が記載されている。より詳細には、人差し指で机を下側から押し上げ、その際に膨らんだ位置を筋肉の位置と定義し、そこに陰極電極を貼りつけることが記載されている。
【0007】
非特許文献7,8には、深部筋の選択的電気刺激の方法が記載されている。非特許文献7では、2系統の中周波数帯を深部で干渉させて100Hz程度の差分周波数の刺激信号を生成する方法が提案され、非特許文献8では、環状に配置した複数の電極から短いパルス刺激を高速で切り替えて出力することで皮膚表面に近い神経は興奮させず、所望の刺激点に刺激を与え続けて深部の局所的な刺激を行う方法が提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】E. Tamaki et al., “PossessedHand: techniques for controlling human hands using electrical muscles stimuli,” CHI '11: Proceedings of the SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems, pp. 543-552, 2011.
【非特許文献2】A. Takahashi, H. Kajimoto et al., “Increasing Electrical Muscle Stimulation's Dexterity by means of Back of the Hand Actuation,” CHI '21: Proceedings of the 2021 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems, Article No. 216, pp. 1-12, 2021.
【非特許文献3】R. Suzuki et al., “Integrated volitional control electrical stimulation for the paretic hand: a case report,” Journal of Physical Therapy Science, vol. 31, no. 10, pp.844-849, 2019.
【非特許文献4】A. Crema et al., “AWearable Multi-Site System for NMES-Based Hand Function Restoration,” IEEE Transactions on Neural Systems and Rehabilitation Engineering, vol. 26, no. 2, pp.428-440, 2018.
【非特許文献5】宇戸和樹,梶本裕之ら,「手部筋肉への機能的電気刺激による指先に対する触覚刺激」,第16回日本バーチャルリアリティ学会大会論文集(2011年 9月).
【非特許文献6】宇戸和樹,梶本裕之ら,「手部への電気刺激を用いたタッチインタフェースのための触力覚提示方法の検討」,情報処理学会シンポジウム論文集,vol. 2012,no.3.
【非特許文献7】粟野祐介,高橋隆行,「干渉電流を用いた機能的電気刺激による手指動作筋の選択的刺激法の開発―5指の選択刺激と発生力の検討-」,ロボティクス・メカトロニクス講演会講演概要集,2A2-B12,2013.
【非特許文献8】高橋哲史,梶本裕之,「経皮的神経電気刺激における複数電極対の高速スイッチングによる選択的深部刺激手法の提案」,第24回日本バーチャルリアリティ学会大会論文集(2019年9月)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非特許文献1には、各筋を独立に刺激するために構造が複雑で、かつ電極サイズが小さいことからそれぞれの電極の配置位置の調整(キャリブレーション)が容易でないという課題がある。従って選択的に手指屈曲を実現するのは難しく、例えば示指の選択的屈曲は実現しがたいものとなっている。また、手指の屈曲以外の運動を実現する構成は記載されていない。
【0010】
非特許文献2では、背側骨間筋のすぐ表面に重なり合うように掌側骨間筋が配置されるため、背側骨間筋側のみをピンポイント的に電気刺激させるための電極形状の設計、また電極の配置位置の調整は容易でない。非特許文献3には、リハビリ対象の骨間筋に対して一対の電極を配置して各筋を独立に刺激する装置構成が記載されているに過ぎない。非特許文献4には、各骨間筋に対応する電極がシート上にアレイ状に配列された装置が記載されているものの、各骨間筋を独立に屈曲するようにしたものではない。非特許文献5,6は、皮膚表面近くの筋を対象とした刺激に関するもので、陰極の位置が筋駆動に特に寄与すると考えて陽極電極の位置を固定し、専ら陰極側の位置を調整するものである。また、近くに他の掌側骨間筋のない、第1背側骨間筋に対する電気刺激に関するものであり、刺激を選択的に切り替えたり、個別に刺激を行ったりする必要のないものである。さらに、掌側骨間筋を刺激する内転については記載されていない。非特許文献7,8は、刺激装置及び刺激電流を発生させる回路構成が複雑かつ大掛かりである。
【0011】
非特許文献1~6に記載の通り、各指を屈曲させる主要な筋は、
図4に示すように、浅指屈筋71を構成する複数の屈筋が、あるいは深指屈筋72を構成する複数の屈筋が、前腕501内で折り重なって配置されていたり、また、
図2、
図3に示すように、各指を内転及び外転させる筋は、各手骨に対応する掌側骨間筋61と背側骨間筋62とが重なり合ったりしており、しかも筋腹部位が必ずしも体表面近くにないことなどから、選択的な筋刺激の実現には課題があり、また配置位置に対するピンポイント的なキャリブレーションの調整作業も容易でないという課題があった。
【0012】
本発明は上記に鑑みてなされたもので、主に四肢等の指を運動させる筋を個別に筋収縮させる電極の簡易な配置構造を有する電気刺激装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係る運動支援装置は、骨を可動させる筋のうちの複数の筋の筋腹部位が互いに隣接する位置と対向する皮膚面に配置される陰極電極と、前記複数の筋の一端側の腱のうちの個別の腱及び組み合わせに係る腱の少なくとも一方に対向する皮膚面に配置される1又は複数の陽極電極と、前記陰極電極と前記1又は複数の陽極電極との間に電気刺激信号を出力する刺激信号出力部とを備えたものである。
【0014】
本発明によれば、陰極電極に対する陽極電極の配置として、
図5(A),(B)及び
図6の態様を少なくとも含む。そして、刺激信号出力部から、陰極電極と、個別の腱に対向して配置される1又は複数の陽極電極との間に、及び/又は陰極電極と、組み合わせに係る腱に対向して配置される1又は複数の陽極電極との間に電気刺激信号が出力される。陰極電極と選択された陽極電極との間に電気刺激信号が出力されて該当する筋が筋収縮し、かかる筋収縮した筋が接続された骨、例えば指骨に内転、外転、屈筋、伸展乃至それらの合成運動等が実現される。このように、互いに隣接する複数の筋腹部位の位置に対向させて陰極電極を配置するので配置作業が容易となる。また、電極の簡易な配置構造で、四肢等の指を運動させる筋を選択的に筋収縮させることができる。なお、対向とは、正確に対向している状態に限定されず、実質的に覆っている状態を含む。
【0015】
また、前記陽極電極は、前記陰極電極に対向する複数の筋の1つに対向して配置されるものである。この構成によれば、陽極電極を他の筋に変えることで、該当する骨に対する運動が可能となる。
【0016】
また、前記陽極電極は、前記陰極電極に対向する複数の筋のそれぞれに対向して配置されるものである。この構成によれば、電気刺激信号を切り替えて所望の陽極電極に出力することで選択的な骨の運動が実現される。
【0017】
また、前記陽極電極は、前記陰極電極に対向する複数の筋の腱のうち、少なくとも前記組み合わせに係る腱に対向して配置されるものである。この構成によれば、複数の骨を同時に運動させることが可能となる。
【0018】
また、前記陰極電極は、浅指屈筋及び深指屈筋の一方の屈筋を形成する各筋の筋腹部位に対向する皮膚面に配置されるものであり、前記陽極電極は、前記浅指屈筋及び深指屈筋の一方の屈筋を形成する各筋の腱に対向する皮膚面に配置されるものである。この構成によれば、簡易な構成で各指の選択的な屈曲が可能となる。
【0019】
また、前記陰極電極は、四肢を形成する骨を可動させる骨間筋の筋腹部位に対向する皮膚面に配置されるものであり、前記陽極電極は、前記骨間筋の腱に対向する皮膚面に配置されるものである。この構成によれば、電極を指部に配置する構成で装置の装着が可能となる。
【0020】
また、前記電気刺激信号は、パルス列を有する信号である。パルス列を用いることで、刺激強度やパルス幅、パルス数、周波数を適宜調整して所望する動きを実現することができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、電極の簡易な配置構造で、四肢等の骨を運動させる筋を選択的に筋収縮させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】筋収縮を誘発する電気刺激方法のうちの単極法を説明する図である。
【
図2】四指の各骨と関節と筋及び腱との配置を示す図で、(A)は、右手を掌側から見た図、(B)は、左手を背側から見た図である。
【
図3】手掌を中手骨の部位で横断した断面図である。
【
図4】前腕から手指に亘る骨と筋との関連を示す図で、(A)は、浅指屈筋と四指に対応する腱とを示す図、(B)は、深指屈筋と四指に対応する腱とを示す図、(C)は、前腕の長さ方向の中間辺りで横断した断面図である。
【
図5】本発明に係る運動支援装置の回路構成を示す図で、(A)は、一対の陰極電極と陽極電極とを備えた第1実施形態の回路図、(B)は、1個の陰極電極に対して複数の陽極電極を備えた第2実施形態の回路図である。
【
図6】本発明に係る運動支援装置の第3実施形態を示す回路図である。
【
図7】内側に陽極電極が取り付けられた手袋型の装着具の一例を示す部分破断図である。
【
図8】本発明に係る運動支援装置の第4実施形態を示す回路図である。
【
図9】第1の実験の内容を説明する図で、(A),(B)は、骨間筋の筋腹部位に対向する皮膚上に貼付された陰極電極と、異なる指に貼付された陽極電極とを示す図、(C)は、電気刺激の条件を示す図、(D)は、示指の内転を示し、(E)は、中指の橈側外転を示す図である。
【
図10】第2の実験の内容を説明する図で、(A)は、前腕の浅指屈筋の筋腹部位に対向する皮膚上に貼付された陰極電極と各指に貼付された陽極電極との間に加えられる電気刺激の条件を示す図、(B)は、示指の屈曲を示す図、(C)は、中指の屈曲を示す図、(D)は、環指の屈曲を示す図、(E)は、小指の屈曲を示す図である。
【
図11】第3の実験の内容を説明する図で、(A)は、前腕の深指屈筋の筋腹部位に対向する皮膚上(ここでは第2の実験と同一位置とした)に貼付された陰極電極と各指に貼付された陽極電極との間に加えられる電気刺激の条件を示す図、(B)は、示指の屈曲を示す図、(C)は、中指の屈曲を示す図、(D)は、環指の屈曲を示す図、(E)は、小指の屈曲を示す図である。
【
図12】第4の実験の内容を説明する図で、(A)は、示指の指先をキーボード画面の文字アイコン「な」の上面に離間して重ねた状態の図、(B)は、電気刺激の条件を示す図、(C)は、示指の屈曲を示す図、(D)は、屈曲状態での示指の外転を示す図である。
【
図13】第5の実験の内容を説明する図で、(A)は、示指の指先をキーボード画面の文字アイコン「な」の上面に離間して重ねた状態の図、(B)は、電気刺激の条件を示す図、(C)は、示指の屈曲を示す図、(D)は、屈曲後の示指の内転を示す図である。
【
図14】第6の実験の内容を説明する図で、(A)は、母指の指先をキーボード画面の文字アイコン「な」の上面に離間して重ねた状態の図、(B)は、電気刺激の条件を示す図、(C)は、母指の屈曲、内転及び対立の動作を行わせる陰極電極及び陽極電極の第1の電極ペアの配置を示す図、(D)は、母指外転の動作を行わせる陰極電極及び陽極電極の第2の電極ペアの配置を示す図、(E)は、母指の屈曲、内転及び対立を示す図、(F)は、屈曲、内転及び対立後の母指の外転を示す図である。
【
図15】第7の実験の内容を説明する図で、(A)は、母指の指先をキーボード画面の文字アイコン「な」の上面に離間して重ねた状態の図、(B)は、電気刺激の条件を示す図、(C)は、母指の外転を示す図、(D)は、外転後の母指の屈曲、内転及び対立を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
まず、
図2~
図4を用いて、前腕から手指に亘る骨と、筋及び腱との関連の概要を説明する。
図2は、四指の各骨と、関節と、筋及び腱との配置を示す図で、ここでは、(A)は、右手を掌側から見た図、(B)は、左手を背側から見た図である。
図3は、手掌を中手骨の部位で横断した断面図である。手指の5本の指は、母指511、示指512、中指513、環指514及び小指515で構成されている。指512~515は、それぞれ手掌から指先に向けて中手指節間関節(以下、MP関節という)、近位指節間関節(以下、PIP関節という)、及び遠位指節間関節(以下、DIP関節という)で連結されており、屈曲、伸展、内転及び外転の各運動が可能な構造になっている。なお、図には示されていないが、公知のように、母指511は、母指内転筋、短母指外転筋及び母指対立筋等によって、他の指512~515との間で物を摘まむ動きを可能にしている。
【0024】
図2(A)に示すように、指512,514,515の中手骨の側面であって、中指513の方を向く側面には、長さ方向(
図2の上下方向)に長尺な掌側骨間筋61(611~613)が形成されている。より詳細には、掌側骨間筋611~613は、両端が腱で形成されて各骨と繋がっている。掌側骨間筋611~613のうち、手元側の腱(起始腱)は中手骨の下部の側面と繋がり、手先側の腱(停止腱)はMP関節を超えた箇所(基節骨)の側面と繋がっている。掌側骨間筋611~613は、電気刺激を受けると筋収縮を生じ、対応する指512,514,515を中指513の方に内転させる。
【0025】
図2(B)に示すように、指513の中手骨の両側面、及び指512,514の中手骨の側面であって中指513と反対方向を向く側面には、長さ方向に長尺な背側骨間筋62(621~624)が形成されている。より詳細には、背側骨間筋621~624は、両端が腱で形成されて各骨と繋がっている。背側骨間筋621~624のうち、手元側の腱は中手骨の下部の側面と繋がり、手先側の腱はMP関節を超えた箇所の側面とで繋がっている。背側骨間筋621~624は、電気刺激を受けると筋収縮を生じ、対応する指512~514を外転させる。
【0026】
次に、骨間筋61,62に対する陰極電極30及び陽極電極31,32の配置位置について説明する。
図2(A),(B)及び
図3から分かるように、掌側骨間筋611と背側骨間筋622、掌側骨間筋612と背側骨間筋623、及び掌側骨間筋613と背側骨間筋624とは、背側から掌側を見たとき、折り重なる乃至重なり合う状態で隣接していることが分かる。また、掌側骨間筋611と背側骨間筋622の筋腹部位、掌側骨間筋612と背側骨間筋623の筋腹部位、及び掌側骨間筋613と背側骨間筋624の筋腹部位は、それぞれ背側から見てほぼ同一位置となっている。
【0027】
そのため、単極法を利用した場合、陰極電極301は、掌側骨間筋611と背側骨間筋622とに対応し、陰極電極302は、掌側骨間筋612と背側骨間筋623とに対応し、陰極電極303は、掌側骨間筋613と背側骨間筋624とに対応する。
【0028】
陰極電極30(300~303)は、背側骨間筋621~624の各筋腹部位の幅寸法に対応するサイズに設定され、例えば
図2(B)に示すように、該当の筋腹部位に対向する背側の皮膚上に貼付される。なお、背側に代えて、
図2(A)に示すように掌側の皮膚上に貼付される態様でもよい。
【0029】
一方、陽極電極31(311~313),32(320~323)は、掌側骨間筋611~613及び背側骨間筋621~624の指先側の各腱と対向する指の側面、例えば基節骨と対向する皮膚上に、
図2(A),(B)に示すように貼付される。
【0030】
従って、陰極電極301と陽極電極311との間に電気刺激がなされると示指512が内転し、陰極電極301と陽極電極321との間に電気刺激がなされると中指513が橈側外転する。また、陰極電極302と陽極電極312との間に電気刺激がなされると環指514が内転し、陰極電極302と陽極電極322との間に電気刺激がなされると中指513が尺側外転する。また、陰極電極303と陽極電極313との間に電気刺激がなされると小指515が内転し、陰極電極303と陽極電極323との間に電気刺激がなされると、環指514が外転する。なお、陰極電極300と陽極電極320との間に電気刺激がなされると示指512が外転する。
【0031】
このように、皮膚上から見て互いに重なり合うような隣接する筋が形成されている場合、かかる隣接する筋の筋腹部位と対向乃至その領域をほぼ含むように、陰極電極30を貼付し、一方、互いに隣接する筋のそれぞれの腱(例えば停止腱)に対向する皮膚上に陽極電極31,32を貼付することで、互いに隣接する筋の筋腹部位と選択された腱との間で刺激電流を流し、当該筋の筋収縮を誘発し、繋がっている指に所定の運動を起こさせる。
【0032】
なお、陽極電極31,32は、対向する腱の一部乃至全部を覆うようなサイズ、形状に設定されている。本実施形態では、陰極電極30及び陽極電極31,32は、導電性を有する板状又はシート体で構成され、多角形乃至円形を含む種々の形状が採用可能である。また、陰極電極30及び陽極電極31,32は、同一サイズでよく、例えば1.5cm×1.5cmが採用可能である。なお、陰極電極30と陽極電極31,32とは、互いに異なるサイズ、形状でもよく、また手指の大きさに応じたサイズとしてもよい。陰極電極30及び陽極電極31,32は、典型的には導電性の接着剤等を介して、あるいは他の種々の方法を利用して皮膚上に配置される。
【0033】
図4は、前腕から手指に亘る骨と筋との関連を示す図で、(A)は、浅指屈筋と四指に対応する腱とを示す図、(B)は、深指屈筋と四指に対応する腱とを示す図、(C)は、前腕の長さ方向の中間辺りで横断した断面図である。浅指屈筋71は、前腕501及び手指に亘って延びている。浅指屈筋71は、肘側の腱(起始腱)が上腕部と繋がれ、一方、手指側の腱711~714(停止腱)が対応する指512~515の掌側を指先に向かって伸び、PIP関節を超えた中節骨と繋がれている。深指屈筋72は、前腕501及び手指に亘って延びている。深指屈筋72は、肘側の腱(起始腱)が上腕部と繋がれ、一方、手指側の腱721~724(停止腱)が対応する指512~515の掌側を指先に向かって伸び、DIP関節を超えた末節骨と繋がれている。
【0034】
次に、浅指屈筋71及び深指屈筋72に対する陰極電極304及び陽極電極33,34の配置について説明する。
図4から分かるように、浅指屈筋71は、各指に対応して4本の筋がほぼ同一形状に形成され、前腕の皮膚側から見たとき、ほぼ重なり合う状態で一体的に隣接している。従って、4本の筋の各筋腹部位は、皮膚上から見てほぼ同一位置となる。そのため、単極法を利用した場合、陰極電極304は、4本の筋の各筋腹部位を含めた幅寸法に対応するサイズに設定され、
図4(A)に示すように、各筋腹部位に対向する皮膚面に共通の電極として貼付される。
【0035】
一方、浅指屈筋71に対して、陽極電極331~334は、腱711~714の先端部位と対向する掌側の皮膚上に貼付される。陽極電極331~334は、対向する腱711~714それぞれの一部乃至全部を覆うようなサイズ、形状に設定されている。従って、浅指屈筋71は、電気刺激を受けると筋収縮を誘発して、対応する指をMP関節及びPIP関節周りで屈曲させる。
【0036】
深指屈筋72は、各指に対応して4本の筋がほぼ同一形状に形成され、前腕の皮膚側から見たとき、ほぼ重なり合う状態で一体的に隣接していることがわかる。従って、4本の筋の各筋腹部位は、皮膚上から見てほぼ同一位置となる。そのため、単極法を利用した場合、陰極電極304は、4本の筋の各筋腹部位を含めた幅寸法に対応するサイズに設定され、
図4(B)に示すように、各筋腹部位の皮膚上に共通の電極として貼付される。なお、深指屈筋72と浅指屈筋71とは皮膚側から見てほぼ重なった隣接位置にあり、お互いの筋腹部位が近接している。従って、
図4(A),(B)に示すように、両筋腹部位を覆う陰極電極304を共通の電極として採用することが可能である。
【0037】
深指屈筋72に対して、陽極電極341~344は、腱721~724の先端部位と対向する掌側の皮膚上に貼付される。陽極電極341~344は、対向する腱721~724それぞれの一部乃至全部を覆うようなサイズ、形状に設定されている。従って、深指屈筋72は、電気刺激を受けると筋収縮を誘発して、対応する指をMP関節、PIP関節及びDIP関節周りで屈曲させる。
【0038】
なお、陰極電極304として、例えば5.0cm×5.0cmが、陽極電極33,34として、例えば1.5cm×1.5cmが採用可能であるが、筋腹部位の幅寸法に応じて、また前腕や手指の大きさなどに応じて適宜の寸法、形状が採用可能である。陰極電極304及び陽極電極33,34は、典型的には導電性の接着剤等を用いて皮膚上に貼付される。陰極電極304は、腕に巻く弾性の帯体に取り付けられ、肌に圧接させるタイプでもよい。
【0039】
次に、
図5は、本発明に係る運動支援装置の回路構成を示す図で、(A)は、一対の陰極電極と陽極電極とを備えた第1実施形態の回路図、(B)は、1個の陰極電極に対して複数の陽極電極を備えた第2実施形態の回路図である。
【0040】
図5(A)において、運動支援装置1は、刺激信号出力部2、陰極電極30と陽極電極31とを有する電極部3、及び必要に応じて、外部から各種の指示が可能な操作部22を備える。刺激信号出力部2は、プロセッサを内蔵する制御部20及びパルス生成部21を備える。パルス生成部21は、制御部20からの制御信号を受け付けてパルス状の電流信号を生成し、皮膚面に貼付された陰極電極30と陽極電極31との間に出力する。
【0041】
生成されるパルス信号の刺激強度は、収縮動作が開始される2.0mAから、強い収縮動作が得られる6.0mAの範囲が好ましい。周波数は、数Hz以上、例えば15Hz~数100Hzが採用可能である。パルス幅は200~600μsが採用可能である。なお、手指に電極を貼付する態様では、刺激感軽減の点からパルス幅500μs、周波数100Hz辺りでの使用が好ましい。
【0042】
陰極電極30は、前述したように、互いに隣接する筋の各筋腹部位を覆う共通の電極として貼付され、陽極電極31は、
図5(A)の実施形態では、破線の陽極電極31’で示すように、運動対象の指の変更に伴って貼付位置が変更され、これによって、対象となる指を運動させる刺激回路が形成される。
【0043】
次に、
図5(B)に示す運動支援装置1Aは、
図5(A)の回路に対して、電極部3Aの構成及びスイッチ4を備えた点で相違する。運動支援装置1Aは、共通の電極としての1個の陰極電極30に対して複数の陽極電極31A1~31Am(m=2,3,・・)を備え、操作部22に対する操作に基づく刺激信号出力部2Aの制御部20Aからの制御信号に基づいてスイッチ4を選択的に切り替えることで、刺激対象の筋の腱に対応する陽極電極を指定可能にしている。例えば、陰極電極30に対して、陽極電極31A1~31Amのいずれか1つを選択する場合が想定される。なお、制御部20A及びスイッチ4は、1つの陽極電極を選択する態様の他、複数の陽極電極を同時に選択し得る態様を含めてもよい。例えば、浅指屈筋71の陰極電極304に対して、陽極電極332と333とを選択して中指と環指とを同時に屈曲させる場合が想定される。
【0044】
図6は、
図5(B)の装置に対して、電極部3Bを複数の電極部3B1~3Bn(nは並設数で、2,3,・・)で並設して構成した第3の実施形態を示す運動支援装置1Bである。制御部20及びスイッチ41~4nは、各電極部3B1~3Bnを個別に動作させるためのものである。刺激信号出力部2Bのパルス生成部211~21nは、対応する電極部3B1~3Bnに刺激信号を出力する。電極部3B1は、陰極電極301に対して、i個の陽極電極31B1~31Bi(iは2,3,・・)を備え、電極部3Bnは、陰極電極30nに対して、j個の陽極電極3nB1~3nBj(jは2,3,・・)を備えている。制御部20は、パルス生成部211~21nを個別に制御する。なお、第4の実施形態となる回路図を示す
図8については、後述する。
【0045】
図7は、内側に陽極電極が取り付けられた手袋型の装着具8の一例を示す部分破断図である。なお、作図上、電極は示指に対応する部位を代表にして記載し、他の指部の陽極電極の記載及び説明は省略したが、他の指部についても、
図2や
図4に基づいて概ね同様の電極取り付け構造を採用している。また、
図2に対応する装着具、
図4に対応する装着具としたものでもよい。
【0046】
皮膚と陽極電極の接触態様としては、種々の方法が考えられ、例えば、接着剤を介して皮膚上に直接貼付する態様、指に巻き付ける態様、シート状体の対応位置に予め電極を接着し、そのシート状体を手指に圧接したり、巻きつけたりして、電極位置を手指に対して固定する態様、あるいは指サックの内面側の所定位置に電極を予め取り付ける(貼り付ける)態様が採用可能である。
【0047】
図7は、指サックの利用法をさらに手袋型の装着具8に広げた態様を示す。装着具8は、背側から見た右手用で、示指部の付け根辺りの右側面の内側には、掌側骨間筋611の腱と対向する陽極電極311が取り付けられている。中指部の付け根辺りの左側面の内側には、背側骨間筋622の腱と対向する陽極電極321が取り付けられている。また、示指部の基節骨部辺りの掌側の内側には浅指屈筋71の腱と対向する陽極電極331が、示指部の中節骨部辺りの掌側の内側には深指屈筋72の腱と対向する陽極電極341が取り付けられている。装着具8に取り付けられた全ての電極は電極面が内面側を向き、手袋をはめた人の手指の皮膚に接するようにしている。
【0048】
なお、
図7では、陽極電極の取り付けしか記載していないが、手指の骨間筋に対向する陰極電極30(
図2参照)も対応する位置に取り付ける態様としてもよい。
【0049】
図9~
図15は、効果確認のための実験及びその結果を示す図である。
図9は、第1の実験の内容を説明する図である。なお、すべての実験は、健全な成人1人の被験者に対して行った。第1の実験では、
図9(A)、
図9(B)及び
図2から分かるように、示指と中指の間に沿って重なり合っている掌側骨間筋と背側骨間筋の両筋腹部位の背側皮膚上の同一位置に陰極電極を貼付し、一方、示指の中指側側面に陽極電極を、中指の示指側側面に陽極電極を貼付した。なお、図中、陰極電極及び陽極電極を示す部材のうち、白色の部分が接着シート体で、皮膚面側に電極が設けられて皮膚に押圧されている。
【0050】
実験は、前腕及び手指を水平台の面から少し離し、かつ脱力的な状態で各指を開いて行った。陰極電極及び各陽極電極は、いずれも1.5cm×1.5cmサイズの正方形の形状を採用した。電気刺激に用いたパルス信号は、
図9(A)及び
図9(B)共に同一とし、
図9(C)に示すように、パルス幅500μs、周波数100Hz、刺激強度(電流)2.0mA、出力パルス数20個とした。
【0051】
実験結果を
図9(D)及び
図9(E)に示す。
図9(D)は、
図9(A)に対する結果であり、示指が内転したことが認められた。
図9(E)は、
図9(B)に対する結果であり、中指が橈側外転したことが認められた。
【0052】
この結果によれば、重なり合った掌側骨間筋と背側骨間筋との筋腹部位に陰極電極を対向配置し、かつ、これら掌側骨間筋と背側骨間筋の各腱に対向させて個別の陽極電極を配置する構成で、選択的に筋収縮させることができた。掌側骨間筋と背側骨間筋とに陰極電極を対向配置するようにしたので、陰極電極の位置決めの際のキャリブレーションに要する時間が非特許文献1,2に比して大幅に短縮された。また、陽極電極を腱の部位に対向配置するようにしたので、位置決めに際して周囲の他の腱の存在を考慮する必要がない。なお、中指と環指の間に沿って重なり合っている掌側骨間筋と背側骨間筋に対して、環指と小指の間に沿って重なり合っている掌側骨間筋と背側骨間筋に対しても同様な筋収縮ができると考えられる。また、前記において、両方の腱に対して同時に電気刺激を行うと、前述の内転と外転とが同時に起こると思われる。
【0053】
図10は、第2の実験の内容を説明する図である。第2の実験では、
図10(B)~
図10(E)及び
図4(A)から分かるように、前腕の浅指屈筋の筋腹部位に対向する皮膚面に陰極電極を貼付し、一方、示指~小指のMP関節とPIP関節との間の手掌側にそれぞれ陽極電極を貼付した。実験は、手指を水平台の面から少し離し、かつ脱力させた状態で各指を開いて行った。陰極電極は、浅指屈筋の筋腹部位における幅寸法に対応する5.0cm×5.0cmサイズの正方形の形状を採用し、陽極電極は、いずれも1.5cm×1.5cmサイズの正方形の形状を採用した。電気刺激に用いたパルス信号は、
図10(B)~
図10(E)のいずれも同一とし、
図10(A)に示すように、パルス幅500μs、周波数100Hz、刺激強度(電流)3.5mA、出力パルス数40個とした。
【0054】
実験結果を
図10(B)~
図10(E)に示す。
図10(B)では、示指がMP関節とPIP関節周りで屈曲したことが認められた。
図10(C)では、中指がMP関節とPIP関節周りで屈曲したことが認められた。
図10(D)では、環指がMP関節とPIP関節周りで屈曲したことが認められた。
図10(E)では、小指がMP関節とPIP関節周りで屈曲したことが認められた。なお、屈曲した指以外の指についても、引っ張られる形で一部緩やかな屈曲が見られた。
【0055】
この結果によれば、4指のための各屈曲筋が重なり合って構成される浅指屈筋に陰極電極を対向配置し、かつ停止側の各腱に個別の陽極電極を配置する構成で、選択的に筋収縮させることができた。浅指屈筋に陰極電極を対向配置するようにしたので、陰極電極の位置決めの際のキャリブレーションが非特許文献1,2に比して容易となった。また、陽極電極を腱の部位に対向配置するようにしたので、位置決めに際して周囲の他の腱の存在を考慮する必要がない。なお、複数の腱に対して同時に電気刺激を行うと、それぞれに対して屈曲が同時に起こると思われる。
【0056】
図11は、第3の実験の内容を説明する図である。第3の実験では、
図11(B)~
図11(E)及び
図4(B)から分かるように、前腕の深指屈筋の筋腹部位の皮膚上の同一位置に陰極電極を貼付し、一方、示指~小指のPIP関節とDIP関節との間の手掌側にそれぞれ陽極電極を貼付した。なお、陰極電極の貼付位置は実験2の貼付位置と同一とした。実験は、手指を水平台の面から少し離し、かつ脱力的な状態で各指を開いて行った。陰極電極は、深指屈筋の筋腹部位における幅寸法に対応する5.0cm×5.0cmサイズの正方形の形状を採用し、陽極電極は、いずれも1.5cm×1.5cmサイズの正方形の形状を採用した。電気刺激に用いたパルス信号は、
図10(B)~
図10(E)のいずれも同一とし、(A)に示すように、パルス幅500μs、周波数100Hz、刺激強度(電流)3.5mA、出力パルス数40個とした。
【0057】
実験結果を
図11(B)~
図11(E)に示す。
図11(B)では、示指がMP関節、PIP関節及びDIP関節周りで屈曲したことが認められた。
図11(C)では、中指がMP関節、PIP関節及びDIP関節周りで屈曲したことが認められた。
図11(D)では、環指がMP関節、PIP関節及びDIP関節周りで屈曲したことが認められた。
図11(E)では、小指がMP関節、PIP関節及びDIP関節周りで屈曲したことが認められた。なお、屈曲した指以外の指について、一部緩やかな屈曲が見られた。
【0058】
この結果によれば、4指のための各筋が重なり合って構成される深指屈筋に陰極電極を対向配置し、かつ4指側の各腱に個別の陽極電極を配置する構成で、選択的に筋収縮させることができた。深指屈筋に陰極電極を対向配置するようにしたので、陰極電極の位置決めの際のキャリブレーションが容易となった。また、陽極電極を腱の部位に対向配置するようにしたので、位置決めに際して周囲の他の腱の存在を考慮する必要がない。なお、複数の腱に対して同時に電気刺激を行うと、それぞれに対して屈曲が同時に起こると思われる。さらに、実験2ではDIP関節に対する屈曲が見られなかったことから、浅指屈筋と深指屈筋との選択刺激ができたと認められた。
【0059】
次に、
図12~
図15は、異なる筋を順番に刺激して一連の運動を行わせた実験を示す。実験結果は、静止画で示している。各静止画は、動画画像の中から、実験開始時、タップ操作のための電気刺激の出力直後、及びフリック操作のための電気刺激の出力直後の各タイミングで切り取ったコマ画像である。
【0060】
まず、
図12、
図13は、画面に対して、示指で「タップ」と「フリック」との連続操作を行わせたものである。
図12は、第4の実験の内容を説明する図である。第4の実験では、タップ操作を示指の屈曲動作で実現するべく、浅指屈筋の筋腹部位に対向して陰極電極を貼付し、一方、示指のMP関節とPIP関節の間の掌側に陽極電極を貼付した。さらに、フリック操作を示指の外転動作で実現するべく、示指の母指側側面及び掌側で重なり合って配置されている背側骨間筋と虫様筋の両筋腹部位に対向して背側に陰極電極を貼付し、一方、示指の基節骨の母指側側面であって前記背側骨間筋と虫様筋の両方の腱に対向する部位に陽極電極を貼付した。
【0061】
実験は、
図12(A)に示すように、スマートフォン9の文字入力モード画面において、文字「な」のアイコンの上に示指の指先を対向させ、かつ脱力させた状態で画面から少し離して行った。実験の要領は、各指の運動である屈曲、内転、外転、伸展、対立のいずれかを適宜利用して、文字入力の操作を行うもので、ここでは、文字アイコン「な」を示指でタップし(
図12(C)参照)、続いて右方にフリックする(
図12(D)参照)ことで、「な行」のうちの文字「ね」を指定する操作を行う。
【0062】
なお、文字の指定方法は、本スマートフォン9では以下のようにして行われる。
図12(A)に示すように、文字入力モード画面では、「あ行」から順番に各行の頭文字のアイコンが配列表示されている。そして、例えば文字「な」のアイコンがタップされただけであると、文字「な」が指定されたと判断される。一方、文字アイコン「な」のタップに続いて上下左右のいずれかの方向にフリック操作が行われると、フリック方向に対応した文字が指定されるように設定されている。本スマートフォン9では、文字指定のルールとして、例えば「な行」では、「に」「ぬ」「ね」「の」がタップ操作に続くフリック操作の右周り、すなわち「左」「上」「右」「下」に対応している。例えば、右フリックでは、文字「ね」が指定され、左フリックでは、文字「に」が指定される。
【0063】
浅指屈筋に貼付した陰極電極は、5.0cm×5.0cmサイズの正方形の形状を採用し、その他の電極は、いずれも1.5cm×1.5cmサイズの正方形の形状を採用した。電気刺激に用いたパルス信号は、
図12(B)に示すように、タップ操作用として、パルス幅500μs、周波数100Hz、刺激強度(電流)3.5mA、出力パルス数5個とし、5msのブランクをおいて、右フリック操作用として、パルス幅500μs、周波数100Hz、刺激強度(電流)4.0mA、出力パルス数40個とした。
【0064】
実験結果は、
図12(D)を参照することで、示指の運動経緯が分かる。すなわち、
図12(D)の画面には、文字「ね」が大きめに表示されている。従って、前記ルールに従えば、
図12(C)では画面は見えていないが、タップ操作を受け付けて、文字「な」が指定された経緯が認められる。その結果、続く右フリックで、その方向に文字「ね」が表示されて文字入力が完了したことになる。この実験では、15回の試行のうち、9回成功した。
【0065】
この結果によれば、異なる筋を連続的に運動させること、すなわち一連の、また複雑な動きについてリハビリテーションや運動学習を実現することが可能となる。
【0066】
図13は、第5の実験の内容を説明する図である。第5の実験では、タップ操作を示指の屈曲動作で実現するべく、浅指屈筋の筋腹部位に対向して陰極電極を貼付し、一方、示指のMP関節とPIP関節の間の掌側に陽極電極を貼付した。さらに、左フリック操作を示指の内転動作で実現するべく、示指と中指の間に沿って配置されている掌側骨間筋の筋腹部位に対向して陰極電極を貼付し、一方、示指の前記掌側骨間筋の腱に対向して陽極電極を貼付した。
【0067】
実験は、
図13(A)に示すように、スマートフォン9の文字入力モード画面において、文字「な」のアイコンの上に示指の指先を対向させ、かつ脱力させた状態で画面から少し離して行った。実験の要領は、各指の運動である屈曲、内転、外転、伸展、対立のいずれかを適宜利用して、文字入力の操作を行うもので、ここでは、文字アイコン「な」を示指でタップし(
図13(C)参照)、続いて左方にフリックする(
図13(C)参照)ことで、「な行」のうちの文字「に」を指定する操作を行う。
【0068】
浅指屈筋に貼付した陰極電極は5.0cm×5.0cmサイズの正方形の形状を採用し、その他の電極は、いずれも1.5cm×1.5cmサイズの正方形の形状を採用した。電気刺激に用いたパルス信号は、
図13(B)に示すように、タップ操作用として、パルス幅500μs、周波数100Hz、刺激強度(電流)3.5mA、出力パルス数5個とし、5msのブランクをおいて、左フリック用として、パルス幅500μs、周波数100Hz、刺激強度(電流)4.5mA、出力パルス数40個とした。
【0069】
実験結果は、
図13(C)、
図13(D)を参照することで、示指の運動経緯が分かる。すなわち、
図13(C)の画面では、文字アイコン「な」の表示色が変化していることから、タップ操作が受け付けられたことが認められる。次いで、
図13(D)の画面では、「な」の文字の左側に文字「に」が表示されており、右フリックで、文字「に」の入力が完了したことが分かる。この実験では、21回の試行のうち、16回成功した。
【0070】
この結果によれば、異なる筋を連続的に運動させること、すなわち一連の、また複雑な動きについてリハビリテーションや運動学習を実現することが可能となる。
【0071】
図14、
図15は、画面に対して、母指で「タップ」と「フリック」との連続操作を行わせたものである。
図14は、第6の実験の内容を説明する図で、(A)は、母指の指先をキーボード画面の文字アイコン「な」の上面に離間して重ねた状態の図、(B)は、電気刺激の条件を示す図、(C)は、母指の屈曲、内転及び対立の動作を行わせる陰極電極及び陽極電極の第1の電極ペアの配置を示す図、(D)は、母指外転の動作を行わせる陰極電極及び陽極電極の第2の電極ペアの配置を示す図、(E)は、母指の屈曲、内転及び対立を示す図、(F)は、屈曲、内転及び対立後の母指の外転を示す図である。
【0072】
図14(C)に示す第1の電極ペアでは、短母指屈筋、母指内転筋及び母指対立筋の各筋腹部位は、互いに近くに位置しており、かつこれらの筋腹部位が互いに隣接していることが知られている。従って、これらの筋腹部位に対向させて陰極電極を貼付した。一方、短母指屈筋及び母指内転筋の各腱は、母指基節骨に停止していることが知られており、これらの筋腱移行部に対向して陽極電極を貼付した。
図14(D)に示す第2の電極ペアは、短母指伸筋の筋腹部位に対向する皮膚上に陰極電極を貼付し、一方、短母指伸筋の腱に対向する皮膚上に陽極電極を貼付した。
【0073】
陰極電極及び陽極電極は、いずれも1.5cm×1.5cmサイズの正方形の形状を採用した。電気刺激に用いたパルス信号は、
図14(B)に示すように、タップ操作用として、パルス幅500μs、周波数100Hz、刺激強度(電流)5.5mA、出力パルス数10個とし、5msのブランクをおいて、右フリック用として、パルス幅500μs、周波数100Hz、刺激強度(電流)3.5mA、出力パルス数10個とした。
【0074】
実験結果は、
図14(F)を参照することで、母指の運動経緯から分かる。すなわち、
図14(F)の画面には、文字「ね」が大きめに表示されていることが分かる。従って、
図14(E)では画面は見えていないが、タップ操作を受け付けて、「な行」が指定された経緯が認められる。その結果、続く右フリックで、その方向に文字「ね」が表示されて文字入力が完了したことになる。この実験では、17回の試行のうち、11回成功した。
【0075】
この結果によれば、異なる筋を連続的に運動させること、すなわち一連の、また複雑な動きについてリハビリテーションや運動学習を実現することが可能となる。また、複数の筋を、第6の実験では短母指屈筋と母指内転筋とを同時に刺激してタップ操作等の所望する動作が実現できたことが分かった。
【0076】
図15は、第7の実験の内容を説明する図で、(A)は、母指の指先をキーボード画面の文字アイコン「な」の上面に離間して重ねた状態の図、(B)は、電気刺激の条件を示す図、(C)は、母指の外転を示す図、(D)は、外転後の母指の屈曲、内転及び対立を示す図である。第7の実験は、タップ用操作を
図14(D)の第2の電極ペアで実行し、左フリック用操作を
図14(C)の第1の電極ペアで実行した。電気刺激の条件は、
図15(B)に示している。
【0077】
実験結果は、
図15(C)、
図15(D)を参照することで、母指の運動経緯から分かる。すなわち、
図15(C)の画面では、文字アイコン「な」の表示色が変化していることから、タップ操作が受け付けられたことが認められる。
図15(D)の画面では、「な」の文字枠の左側に文字「に」が表示されており、左フリックで、文字「に」の入力が完了したことが分かる。この実験では、18回の試行のうち、15回成功した。
【0078】
この結果によれば、異なる筋を連続的に運動させること、すなわち一連の、また複雑な動きについてリハビリテーションや運動学習を実現することが可能となる。また、複数の筋を、第7の実験では短母指屈筋と母指内転筋とを同時に刺激して左フリック操作等の所望する動作が実現できたことが分かった。さらに、
図14、
図15の実験例からわかるように、陰極電極を設けない態様の電極ペアも含めることで、各指の様々な動きを電気刺激で実現することが可能となる。
【0079】
なお、本発明は、以下の態様を含む。
【0080】
(1)本発明は、手指に限らず、同様な骨格、筋及び腱の構造を有する足指を含む四肢に適用することが可能である。
【0081】
(2)本発明は、手指の巧緻運動のためのトレーニングに供することができる。例えば、屈曲、内転、外転及び対立の各運動、またそれらの組み合わせの手指の運動の順序を教示したり、トレーニングしたりすることに供することができる。適用対象としては、楽器、キーボードやアイコン操作(タップ、クリック等)、手話が考えられる。
【0082】
(3)前記実施形態では、隣接する筋として深部方向に重なり合って配置された場合で説明したが、本発明は、これに限定されず、表層周りに隣同士となる筋を対象とする場合を含めてもよい。例えば、深層方向に重なり合ってはいないものの、前腕の裏側で、皮膚面に沿って隣接するような小指伸筋、総指伸筋、短橈伸筋などの伸筋群73(
図4(C)参照)は、筋腹部位が互いに近傍にあることから、これら筋腹部位と対向する陰極電極を配置すると共に、各指骨の背側で各伸筋の腱(
図3参照)と対向する皮膚面に陽極電極を配置することで、各指の伸展動作が選択的に可能となる。この場合でも、陰極電極のキャリブレーション位置の調整は容易となる。
【0083】
(4)
図8は、手指の動きで種々の内容を表現する際の当該動きの支援、練習等に適用する場合、例えば「手話」における会話等の内容に対応する指の動きの支援、練習等に適用可能な運動支援装置1Cの構成図である。
図8の構成図は、
図6の回路図の拡張版といえるもので、左右の5指に対応する右電極群3C―R、左電極群3C-Lを設けて、左右の5指に各動作(屈曲、内転、外転、対立、伸展など)を行うことを可能とするものである。なお、他の用途に適用する場合には、当該用途に必要な手指に対する電極部を設ければ済む。右電極群3C―Rは、電極部3Cとして、電極部3C1(31C1~31Ci、301)~3Cn(3nC1~3nCj、30n)を備え、左電極群3C-Lも詳細は省略しているが、同様な構成を備える。なお、母指の動きに関しては、母指伸筋、母指内転筋、母指外転筋、母指対立筋などに対して陰極電極と、各腱に対向させて陽極電極とを配置することで、同様に電気刺激が可能となる。
【0084】
図8に示す刺激信号出力部2Cの制御部20は、報知部23及び記憶部200と接続されている。報知部23は、手話の内容を運動者に報知するもので、例えばスピーカ、また必要に応じて表示部を備えている。記憶部200は、装置の動作を制御する制御プログラムを記憶する他、手話に関連する情報を記憶する変換テーブル2001を備える。変換テーブル2001は、会話や文字、単語の内容と指の動作のための刺激信号情報とを対応付けて記憶する。対応付けは、例えば、指文字を表現する各刺激信号情報、また多数の単語や各種の会話とそれらを表現する時系列の刺激信号情報である。操作部22Cは、会話等の内容を指示するもので、運動者によって操作される。
【0085】
制御部20は、制御プログラムを実行することで、報知処理部201、変換部202として機能する。報知処理部201は、操作部22Cから入力された、あるいは予め設定されている手話内容を報知部23に出力する。変換部202は、報知処理部201で処理される手話内容に対する時系列の刺激信号情報を変換テーブル2001から読み出し、該当するパルス生成部211~21n、L側パルス生成部群21-Lに出力する。これにより、手話に未経験乃至未熟な者であっても、手話等の内容に応じた指の動きを実現することができる。
【0086】
(5)本発明は、手指1本毎に仮想力覚を呈示する技術に応用することができる。例えば、ゲームその他において、モニタやヘッドマウントディスプレイ(HMD)内にVR空間を提示し、空間内に表れるオブジェクトに触ったり、把持したりしたことを判定すると刺激信号を出力し、手指1本ごとに仮想力覚を呈示するようにして臨場感を醸し出すことができる。また、オブジェクトに対するなぞり動作を行う場合に、なぞり動作に応じた外乱を、刺激信号を利用して加えて手指への力覚を変化させることができる。また、刺激波形として種々の波形を採用することで、刺激印加装置として適用することができる。
【符号の説明】
【0087】
1,1A,1B,1C 運動支援装置
2,2A,2B,2C 刺激信号出力部
3,3A,3B,3C 電極部
30,301,302,303,304,30n 陰極電極
31,31’,31A1,31Am,31B1,31Bi,3nB1,3nBj,31C1,31Ci,3nC1,3nCj 陽極電極
4,41,4n スイッチ