(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024130269
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】感染性の硝子体疾患の検出方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6869 20180101AFI20240920BHJP
C12Q 1/6888 20180101ALI20240920BHJP
【FI】
C12Q1/6869 Z ZNA
C12Q1/6888 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023039897
(22)【出願日】2023-03-14
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】弁理士法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】西田 幸二
(72)【発明者】
【氏名】浅尾 和伸
(72)【発明者】
【氏名】橋田 徳康
(72)【発明者】
【氏名】丸山 和一
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA19
4B063QQ05
4B063QQ42
4B063QR08
4B063QR62
4B063QS25
4B063QS34
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】硝子体組織中の微生物叢に着目した、硝子体疾患の病態生理を迅速かつ正確に解明できる技術の構築。
【解決手段】以下の工程、(a)被験者の硝子体組織から採取した硝子体組織検体中の微生物叢に含まれる微生物クラスターの遺伝子の塩基配列情報を取得する工程と、(b)得られた遺伝子配列情報に基づいて、前記微生物叢に含まれる微生物クラスターを同定し、同定された微生物クラスターそれぞれの相対的占有率を算出することにより前記微生物叢の構成を解析する工程、(c)前記微生物叢が、最も相対的占有率の高い微生物クラスターが、2番目に相対的占有率の高い微生物クラスターの2倍以上の相対的占有率で含まれるとの第1基準、を含む判断基準を満たすか否かを判定し、前記判断基準を満たす場合に、前記被験者は感染性の硝子体疾患であるとして検出する工程、とを有する、感染性の硝子体疾患の検出方法。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
感染性の硝子体疾患の検出方法であって、
以下の工程、
(a)被験者の硝子体組織から採取した硝子体組織検体中の微生物叢に含まれる微生物クラスターの遺伝子の塩基配列情報を取得する工程と、
(b)得られた遺伝子配列情報に基づいて、前記微生物叢に含まれる微生物クラスターを同定し、同定された微生物クラスターそれぞれの相対的占有率を算出することにより前記微生物叢の構成を解析する工程と、
(c)前記微生物叢が、最も相対的占有率の高い微生物クラスターが、2番目に相対的占有率の高い微生物クラスターの2倍以上の相対的占有率で含まれるとの第1基準、
を含む判断基準を満たすか否かを判定し、前記判断基準を満たす場合に、前記被験者は感染性の硝子体疾患であるとして検出する工程と、を有する、感染性の硝子体疾患の検出方法。
【請求項2】
前記工程(c)の前記判断基準が、前記最も相対的占有率の高い微生物クラスターの相対的占有率が25%以上であるとの第2基準を含む、請求項1に記載の感染性の硝子体疾患の検出方法。
【請求項3】
前記工程(b)の前記微生物叢の構成を解析する工程が、前記同定された微生物クラスターの総数を算出することを含み、かつ、
前記工程(c)の前記判断基準が、前記同定された微生物クラスターの総数が30以下であるとの第3基準を含む、請求項1又は2に記載の感染性の硝子体疾患の検出方法。
【請求項4】
前記工程(b)の前記微生物叢の構成を解析する工程が、前記同定された微生物クラスターの総数を算出することを含み、かつ、
前記工程(c)の判断基準が、相対的占有率が2%以上の微生物クラスターの数が10以下であるとの第4基準を含む請求項1又は2に記載の感染性の硝子体疾患の検出方法。
【請求項5】
(d)前記工程(c)の後に、感染性の硝子体疾患であるとして検出された被験者において、前記最も相対的占有率の高い微生物クラスターを前記感染性の硝子体疾患の原因微生物として検出する工程、を含む請求項1又は2に記載の感染性の硝子体疾患の検出方法。
【請求項6】
前記塩基配列情報が、16S rRNA遺伝子の塩基配列情報である、請求項1又は2に記載の感染性の硝子体疾患の検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、感染性の硝子体疾患の検出方法に関し、被験者から採取した硝子体組織検体の微生物叢の解析に基づく感染性の硝子体疾患の検出方法である。
【背景技術】
【0002】
感染症の原因微生物の検出同定は、感染症の確定診断、およびそれに続く抗生物質の選択等の治療方針の決定や感染対策に重要な役割を果たす。従来において、原因微生物の検査同定には、原因微生物を分離培養し検出同定する培養法やポリメラーゼ連鎖反応(以下、「PCR」と略する)等を利用して原因微生物の遺伝子から原因微生物を検出同定する遺伝子検出法等により行われてきた。しかし、培養法では、培養条件の設定が必要であり培養困難な微生物ではしばしば原因微生物が同定できない症例があった(非特許文献1~2参照)。また、遺伝子検出法においても原因微生物の遺伝子の配列情報が存在しないこと等に起因するプライマーやプローブの設計面での限界がある。そのため、感染症治療において原因微生物の検出同定が困難な症例が認められ、的確な治療や感染対策が難しい場合あった。
【0003】
2010年にマイクロバイオームプロジェクトが開始され、人体の各組織におけるマイクロバイオームの同定が報告されてきた(非特許文献3参照)。かかるプロジェクトは、各組織に存在する微生物叢とその遺伝子配列情報等を解析し理解することにより、健康維持や疾患治療に応用するものである。そして、16S rRNA領域をターゲットとしたゲノムシークエンスを行うことで、検体中の微生物群の網羅的な同定が可能となっている(非特許文献4参照)。現在では、ショットガン解析を用いた種レベルでの分類学的な同定や、機能遺伝子解析等の多様な解析が可能となり、疾患発症に関与する微生物叢の解析が進められている。メタゲノム解析は微生物叢を網羅的に解析でき(非特許文献5参照)、また、解析技術の進歩に伴ってコストの削減がなされたことから、特に、微生物叢の同定方法として利用しやすい方法として周知されている。
【0004】
微生物叢を構成する微生物には、細菌、真菌、ウイルス等が含まれるが、特に、16S rRNA遺伝子を用いた細菌叢の同定が進められてきた。近年、微生物叢の構成成分として細菌叢に加えて真菌叢の同定も可能となってきている。従来においては、真菌叢はそれ自体の同定が困難であり真菌叢に関する報告も少なかったが内部転写スペーサー(Internal Transcribed Spacer:ITS)領域を標的としてシークエンスを行うことにより真菌叢の同定も可能となった(非特許文献6参照)。全身疾患の発症への真菌叢の関与については、膵臓癌発症において真菌叢変化が癌促進因子となり、またアトピー性皮膚炎を代表とする表在性皮膚疾患ではマラセチア属真菌(Malassezia)が疾患バイオマーカーとなり得ることが報告されている(非特許文献7参照)。直近では、シークエンサーの進歩によりウイルス叢の同定も可能になりつつあることが報告されている(非特許文献8参照)。
【0005】
メタゲノム解析等に用いられる次世代シークエンサーの最たるメリットは、上記した培養法では必須である培養工程を経ることなく、検体中に存在する微生物叢を網羅的に解析できることである。培養に際しては、細菌では数日間、真菌では1週間程度の培養日数が必要であり、迅速な原因微生物の同定を妨げる要因となっていた。特に、迅速な対策を要する感染性の眼疾患において迅速な原因微生物の同定は疾患予後を考えるうえでも重要な要素である。
【0006】
現状、眼表面疾患では、シェーグレン症候群や角膜潰瘍において、眼結膜組織の微生物叢の解析を通じて、その病態と微生物叢の変化の関係が報告されている。また、アレルギー性結膜炎では、細菌叢および真菌叢の両方での変化(細菌叢ではPropionibacterium acnes、真菌叢ではマラセチア属真菌の相対的占有率の変化)が疾患発症に関与すると報告されている。このように眼表面疾患と眼結膜組織の微生物叢の相関は、多数報告されてきている。一方、硝子体疾患ではその発症や病態生理と微生物叢との相関を検討した確たる報告は存在しなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Holt KE他著,Proc Natl Acad Sci U S A, 2015, 112(27), E3574~E3581
【非特許文献2】Bonnet M他著,New Microbes New Infect, 2020, 34, 100622
【非特許文献3】Qin J et al. Nature, 2010, 464(7285),p59-p65
【非特許文献4】Costello EK et al. Science, 2009, 326(5960), p1694-p1697
【非特許文献5】Xi H他著,Front Med (Lausanne). 2022, 9, 847143
【非特許文献6】Motooka D et al. Front Microbiol, 2017,8, 238
【特許文献7】Aykut B et al. Nature, 2019,574(7777),p264-267
【特許文献8】Liang G et al. Nature Reviews Microbiology, 2021, 19(8), p514-527
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記した通り、従来において、硝子体疾患ではその発症や病態と微生物叢との相関に関する確たる報告はなかった。硝子体組織からの検体採取には硝子体手術を要し、しかも、ある程度、病期が進行した状態で手術が行われるため、解析のための硝子体組織検体自体が入手し難い状況であったことが要因の1つとして考えられる。しかも、硝子体組織において安定して微生物叢が存在しているのか否かについても十分な報告がないのが現状であった。しかし、網膜・硝子体疾患は、網膜剥離や糖尿病網膜症等の失明につながる疾患が多く含まれる。そのため、硝子体組織を解析し疾患の病態解明を行うことは、硝子体疾患の発症予防や有効な治療薬等の治療法の選択に重要である。そこで、本発明は、硝子体疾患の病態生理を迅速かつ正確に解明できる技術の構築を目的とし、特に、硝子体組織中の微生物叢と硝子体疾患の病態生理との相関に着目した。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく研究を重ねた結果、硝子体組織にも微生物叢が存在し、かかる微生物叢を構成する微生物の遺伝子の塩基配列情報を解析することにより、硝子体疾患が微生物感染によるものであるのか否かを迅速に検出できる判断基準を確立し、感染性の硝子体疾患を迅速かつ正確に検出できるとの知見を得た。また、感染性の硝子体疾患である場合にはその原因微生物を迅速かつ正確に特定することができるとの知見をも得た。本発明者らは、これらの知見に基づき本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明は、以下の〔1〕~〔6〕の発明を提供する。〔1〕の発明単独で課題を解決できるが、〔2〕~〔6〕の発明の何れかと組み合わせても良い。
【0011】
〔1〕感染性の硝子体疾患の検出方法であって、
以下の工程、
(a)被験者の硝子体組織から採取した硝子体組織検体中の微生物叢に含まれる微生物クラスターの遺伝子の塩基配列情報を取得する工程と、
(b)得られた遺伝子配列情報に基づいて、前記微生物叢に含まれる微生物クラスターを同定し、同定された微生物クラスターそれぞれの相対的占有率を算出することにより前記微生物叢の構成を解析する工程と、
(c)前記微生物叢が、最も相対的占有率の高い微生物クラスターが、2番目に相対的占有率の高い微生物クラスターの2倍以上の相対的占有率で含まれるとの第1基準、を含む判断基準を満たすか否かを判定し、前記判断基準を満たす場合に、前記被験者は感染性の硝子体疾患であるとして検出する工程、とを有する、感染性の硝子体疾患の検出方法。
【0012】
上記〔1〕の構成によれば、硝子体組織の微生物叢の解析を通して、感染性の硝子体疾患を検出する方法を提供できる。従来において、硝子体組織では確たる微生物叢の存在は報告されていなかった。したがって、本構成のように、硝子体組織の微生物叢の変化に着目し、それにより、硝子体疾患が感染性のものであるか否かを判断し得るとの技術的思想は画期的である。特に、本構成の感染性の硝子体疾患の検出方法は、培養工程を経る必要がないことから、培養条件による制約を受けることはないとの利点がある。また、培養法によっては原因微生物が検出されなかった症例においても、感染性の硝子体疾患であることが特定できる症例が認められた。したがって、本構成の感染性の硝子体疾患の検出方法は、正確に硝子体疾患を感染性であるか、非感染性であるかを検出することができる、信頼性の高い検出方法である。また、本構成の感染性の硝子体疾患の検出方法は、微生物叢に含まれる微生物クラスターをその遺伝子の塩基配列情報に基づいて同定するものであることから、培養工程を必要とする培養法等のような従来法に比べて迅速に検出結果を得ることができる。このように、本構成の感染性の硝子体疾患の検出方法は、正確かつ迅速に、硝子体疾患が感染性であるのか、非感染性であるのかを検出することができる。
【0013】
さらに、本構成によれば、硝子体疾患が、感染性であるか否かを迅速かつ正確に検出できることから、かかる検出結果に基づいて、個々の硝子体疾患の患者に適切な治療を行うことができ、硝子体疾患の経過において最も重要な視力の予後を予測することができるとの利点がある。特に、従来の培養法によっては、感染性の硝子体疾患を検出できなかった症例に、本構成の感染性の硝子体疾患の検出方法は有用である。従来において、培養法で原因微生物を検出できなかった症例には適切な治療法が選択されないおそれがあったが、本構成の感染性の硝子体疾患の検出方法によって感染性の硝子体疾患であると検出された場合には、適切な抗生物質を選択し治療でき、疾患の臨床経過を改善することができる。
【0014】
このように、本構成の感染性の硝子体疾患の検出方法は、患者に対して適切な治療法を選択する際の指標を提供するものとして有用であり、適切な治療法の選択は、患者の予後が改善すると共に、医療費の抑制にもつながり社会経済の観点からも有用である。
【0015】
〔2〕前記工程(c)の前記判断基準が、前記最も相対的占有率の高い微生物クラスターの相対的占有率が25%以上であるとの第2基準を含む。
【0016】
上記〔2〕の構成によれば、被験者の硝子体疾患が感染性であるか否かを検出する際の、迅速性および正確性がさらに向上し、硝子体疾患の患者にさらに適切な治療を行うことが可能となる。したがって、上記構成によれば、個々の患者に対して適切な治療法を選択する際の指標を提供するものとしてさらに有用である。
【0017】
〔3〕前記工程(b)の前記微生物叢の構成を解析する工程が、前記同定された微生物クラスターの総数を算出することを含み、かつ、
前記工程(c)の前記判断基準が、前記同定された微生物クラスターの総数が30以下であるとの第3基準を含む。
【0018】
上記〔3〕の構成によれば、被験者の硝子体疾患が感染性であるか否かを検出する際の、迅速性および正確性がさらに向上し、硝子体疾患の患者にさらに適切な治療を行うことが可能となる。したがって、上記構成によれば、個々の患者に対して適切な治療法を選択する際の指標を提供するものとしてさらに有用である。
【0019】
〔4〕前記工程(b)の前記微生物叢の構成を解析する工程が、前記同定された微生物クラスターの総数を算出することを含み、かつ、
前記工程(c)の判断基準が、相対的占有率が2%以上の微生物クラスターの数が10以下であるとの第4基準を含む。
【0020】
上記〔4〕の構成によれば、被験者の硝子体疾患が感染性であるか否かを検出する際の、迅速性および正確性がさらに向上し、硝子体疾患の患者にさらに適切な治療を行うことが可能となる。したがって、上記構成によれば、個々の患者に対して適切な治療法を選択する際の指標を提供するものとしてさらに有用である。
【0021】
〔5〕(d)前記工程(c)の後に、感染性の硝子体疾患であるとして検出された被験者において、前記最も相対的占有率の高い微生物クラスターを前記感染性の硝子体疾患の原因微生物として検出する工程、を含む。
【0022】
上記〔5〕の構成によれば、原因微生物をも迅速かつ正確に検出する方法を提供できる。本構成の感染性の硝子体疾患の検出方法において相対的占有率の高い微生物として特定された微生物種は、従来の培養法によっても原因微生物として検出された微生物種と一致する。したがって、本構成の感染性の硝子体疾患の検出方法は、感染性の硝子体疾患の原因微生物の検出においても有効に機能し得る。これにより、個々の患者に対して、有効な抗生物質を選択する際の指標を提供でき、さらに適切な治療法を提供することが可能となる。
【0023】
〔6〕前記塩基配列情報が、16S rRNA遺伝子の塩基配列情報である。
【0024】
上記〔6〕の構成によれば、16S rRNA遺伝子に基づく硝子体組織の微生物叢の解析を通して、感染性の硝子体疾患を検出する方法を提供できる。16S rRNA遺伝子解析を通して、微生物叢、特に細菌叢に存在する微生物種を網羅的かつ迅速に解析することができ、被験者の硝子体疾患が感染性であるか否かを検出する際の迅速性および正確性がさらに向上し、硝子体疾患の患者にさらに適切な治療法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】健常硝子体疾患患者における硝子体組織中の微生物叢の解析を行った実施例1の結果を示すグラフ図であり、各被験者からの硝子体組織検体中の微生物叢の解析結果を示す。
【
図2】健常硝子体疾患患者における硝子体組織中の微生物叢の解析を行った実施例1の結果を示す表図であり、存在割合の高い20の微生物クラスターを抽出した結果を示す。
【
図3】眼内炎患者における硝子体組織中の微生物叢の解析を行った実施例2の結果に基づいてグループ分けされた各グループにおける代表的な症例の前眼部の画像図およびB-モード超音波検査の結果を示す画像図である。
【
図4】眼内炎患者における硝子体組織中の微生物叢の解析を行った実施例2の結果を示すグラフ図であり、実施例2で検討を行った全ての症例由来の硝子体組織中の微生物叢の解析結果を実施例2の結果に基づくグループ毎に示す。
【
図5】眼内炎患者における硝子体組織中の微生物叢の解析を行った実施例2の結果を示す表図であり、実施例2で検討を行った全ての症例由来の硝子体組織中の微生物叢の解析結果に対して、各微生物クラスターの相対的占有率に基づいてカットオフ値を設定し、当該カットオフ値を満たす微生物クラスターの数を、実施例2の結果に基づくグループ毎に示す。
【
図6】眼内炎患者における硝子体組織中の微生物叢の解析を行った実施例2の結果を示すグラフ図であり、実施例2の結果に基づく各グループに対して観察された微生物クラスター数を縦軸にした箱ひげ図であり、α多様性の評価を行った結果である。
【
図7】眼内炎患者における硝子体組織中の微生物叢の解析を行った実施例2の結果を示すグラフ図であり、Aは、実施例2に基づく各グループに対して主成分解析(PCA)を実施した結果を示し、Bは、AのPCA結果に基づき各グループ間の距離を縦軸にした箱ひげ図であり、β多様性の評価を行った結果である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施形態に係る感染性の硝子体疾患の検出方法について詳細に説明する。ただし、本発明は、後述する実施形態に限定されるものではない。
【0027】
本実施形態に係る感染性の硝子体疾患の検出方法は、硝子体組織に存在する微生物叢のバランスの変化に基づいて硝子体疾患の病態生理に関する情報を提供するものである。特には、硝子体組織に存在する微生物叢の微生物群集構造の変化に基づき、硝子体疾患の発症の要因が微生物感染によるものであるのか否かを迅速に検出する方法を提供し、また、微生物感染によるものである場合には治療薬の選択の指標となる原因微生物に関する情報を提供することができる。
【0028】
本実施形態に係る感染性の硝子体疾患の検出方法の検出対象となる硝子体疾患は、硝子体組織に異常をきたす疾患全般を意味する。硝子体組織の異常としては、硝子体組織の変質、例えば、硝子体の混濁や出血等が含まれ、さらに、網膜等の異常に伴う硝子体組織の変質や硝子体組織の変質に伴う網膜等の異常を含む。硝子体疾患は、感染性疾患と非感染性疾患に大別できる。感染性の硝子体疾患は、かかる硝子体の異常の要因が細菌や真菌、ウイルス、原虫、寄生虫等の病原性微生物であり、かかる病原性微生物の眼内への感染によって硝子体に変質が生じている場合を指す。感染性の硝子体疾患には、細菌性、真菌性、ウイルス性の眼内炎等が挙げられる。非感染性の硝子体疾患には、上記した感染性の硝子体疾患ではない疾患を意味し、例えば、サルコイドーシスやベーチェット病等の全身性の1症状として硝子体組織に炎症が生じているものや、糖尿病網膜症、黄斑変性等により生じるものがある。感染性の硝子体疾患と非感染性の硝子体疾患の臨床所見は類似するが、治療法が全く異なる疾患である。したがって、治療に際しては、両者を明確に区別することが重要である。また、硝子体疾患は、視力が強く障害される症例が多く、最終的に失明することも少なくないため、迅速かつ正確に硝子体疾患の要因を検出することが求められていた。
【0029】
本実施形態に係る感染性の硝子体疾患の検出方法は、被験者の硝子体組織から採取した硝子体組織検体を被験対象とする。硝子体組織検体は、眼の硝子体組織から採取した検体である。硝子体は、水晶体と網膜の間に位置し、眼球の大部分を満たす無色透明のハイドロゲルである。硝子体組織は、大部分が水で、コラーゲンやヒアルロナン等の可溶性タンパク質等を含んで構成されている。硝子体組織検体は、かかる硝子体組織から採取された検体である限り、その採取部位や採取量は特に制限はなく、硝子体組織の変質した箇所、つまり、病変部から採取された硝子体組織を硝子体組織検体とすることが好ましい。
【0030】
硝子体組織検体の採取は、硝子体組織を採取できる限り当該技術分野で公知の技術を用いて行うことができる。例えば、強膜、角膜輪部に形成した細孔から挿入した硝子体カッターを用いて硝子体組織を切除し、切除した硝子体組織を吸引することにより硝子体組織検体を採取することができる。また、硝子体手術により切除された硝子体組織を硝子体組織検体とすることができる。したがって、硝子体疾患等の外科的治療と共に、硝子体組織検体を解析することで、外科的治療に続く治療法を確立することができる。採取した硝子体組織検体は、必要に応じて適当な液体に溶解または懸濁することができる。採取する硝子体組織検体の量は特には限定されないが、例えば、100~1500μl、好ましくは200~500μl、特に好ましくは、500μl若しくは200~300μl程度であれば良い。
【0031】
本実施形態に係る感染性の硝子体疾患の検出方法は、被験者の硝子体組織から採取した硝子体組織検体中の微生物叢に含まれる微生物クラスターの種類を同定し、かかる微生物クラスターの数や量、相対的占有率等を算出し、当該微生物叢の構成、つまり微生物群集構造を解析するものである。ここで、微生物クラスターとは、微生物叢に存在する多種多様な微生物をその性質等によって分類した微生物群を意味し、種レベルで分類した場合には、同一の種として分類された微生物群を意味する。
【0032】
硝子体組織に存在する微生物叢の解析は、当該技術分野における公知の技術を用いて求めることができる。例えば、16S rRNA遺伝子やITS領域を標的とした微生物叢解析法等を利用できる。微生物叢解析法としては、メタゲノム解析法、末端標識制限酵素断片多型分析法(Terminal Restriction Fragment Length Polymorphism;T-RFLP)、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法(Denaturing Gradient Gel Electrophoresis;DGGE)、温度勾配ゲル電気泳動(Temperature Gradient Gel Electrophoresis;TGGE)、および、蛍光in situハイブリダイゼーション(fluorescence in situ hybridization;FISH)-フローサイトメトリー法(FISH-FCM)等が例示されるが、これらに限定するものではない。好ましくは、硝子体組織検体中に含まれる微生物叢を構成する微生物クラスターの遺伝子の塩基配列情報を解析することが好ましく、特に好ましくは、次世代シークエンサーを用いたメタゲノム解析法を利用することができる。
【0033】
メタゲノム解析法を利用する場合、例えば、被験者の硝子体組織検体中に含まれる微生物、特には細菌の16S rRNA遺伝子の塩基配列の解析を行い、得られた塩基配列データに基づいて微生物叢の解析を行うことができる。次世代シークエンサーを用いることにより、従来の培養法では特定が困難であった微生物叢を一つの集団として、当該微生物叢に含まれる微生物クラスターの種類や、その数や量、相対的占有率等の情報を得ることが可能となる。したがって、単離培養の段階を経る必要がないことから、従来による培養法に基づく解析では検出が困難であった難培養性の微生物をも含めて同定できる。したがって、特定の微生物種に偏ることなく、採取した検体全体に含まれる微生物クラスターの網羅的な解析が可能となる。さらに、既存のデータベースと照合することにより微生物クラスターを分類学的に特定し、微生物群集構造の特性解析が可能となる。
【0034】
16S rRNA遺伝子の塩基配列の解析においては、まず、被験者の硝子体組織検体中に含まれる微生物のゲノムDNAを抽出する。微生物のゲノムDNAの抽出方法は、特に限定されるものではなく、当該技術分野における公知の技術を用いて行うことができる。例えば、熱抽出法、アルカリ熱抽出法、フェノール・クロロホルム抽出法等を利用することができる。また、PowerSoil(登録商標) DNA Isolation Kit(MoBio、Carlsbad、CA)等の市販の抽出キットを利用することができる。
【0035】
続いて、抽出したゲノムDNAに含まれる16S rRNA遺伝子の塩基配列を決定する。16S rRNA遺伝子の配列決定は、全領域の配列決定を行ってもよいが、各微生物種間の配列の特徴が反映される限り特定領域の配列決定を行うことが好ましい。16S rRNA遺伝子には、微生物種を超えた保存性の高い領域に遍在する形で、V1-V9と称される9ヶ所の超可変領域が隣接する。かかる超可変領域を塩基配列決定の対象とすることで、微生物種の同定が行うことができる。したがって、超可変領域のいずれか、または、これらの複数の領域を含む領域の塩基配列を決定することが好ましい。例えば、V1-V2を含む領域やV3-V4を含む領域等が挙げられるが、かかる領域に限定するものではない。
【0036】
塩基配列を決定する際、必要に応じて、塩基配列を決定する領域を増幅させてもよく、得られた核酸増幅断片(アンプリコン)を塩基配列決定の対象とすることができる。核酸の増幅は当該技術分野における公知の技術を用いて行うことができる。例えば、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)等を利用することができる。核酸増幅反応において用いるプライマーは、当該技術分野における公知の技術に基づいて設計することができる。プライマーの設計は、硝子体組織中の細菌の16S rRNA遺伝子間で比較的普遍的に保存されている領域を含めるように行うことが好ましく、例えば、16S rRNA遺伝子用のユニバーサルプライマーを用いることができる。プライマーには、塩基配列決定のために必要な配列を増幅核酸断片に付加するように設計してもよい。例えば、サンプル間の識別に利用するためのバーコード配列等が挙げられる。
【0037】
塩基配列の決定に際して、予め、増幅核酸断片を当該技術分野における公知の技術により精製を行っていてもよい。
【0038】
また、16S Metagenomic Sequencing Library Preparation Guide(Illumina)に従って、16S rRNA遺伝子アンプリコンを調製し、MiSeq(Illumina)等の次世代シークエンサーに供しても良い。
【0039】
塩基配列の決定は、当該技術分野における公知の技術のいずれを用いて行うことができる。例えば、従来型のサンガー法等に基づくシークエンサー等により行ってもよいが、塩基配列の解析能力等の観点からSequencing by Synthesis法やピロシークエンシング法、リガーゼ反応シークエンシング法等に基づく次世代型のシークエンサー等により行うことが好ましい。次世代型のシークエンサーとして、例えば、上記したMiSeq(Illumina)等を利用することができ、製造業者のプロトコルに従って配列決定を行うことができる。
【0040】
得られた塩基配列データ(リード)には不完全なシークエンス反応等による低クオリティーのリードが含まれる可能性があるため、必要に応じて、オーバラップするペアエンドリードのマージを行っても良いし、リードトリミングにより低クオリティーのリードの除去等を行ってもよい。トリミングは、例えばBBtrim等を利用して行うことができる。また、DADA2やDeblur等を利用してもよい。
【0041】
配列決定された塩基配列に基づいて微生物叢の解析を行う。微生物叢の解析は、当該技術分野における公知の技術のいずれを用いて行うことができ、微生物叢の微生物群集構造を視覚化や数値化することにより解析することができる。微生物叢の解析は、当該技術分野で公知の解析ソフトウェアやデータベース等を利用することにより行うことができる。解析ソフトウェアとしては、例えば、QIIME等を利用でき、また、データベースとしては、例えば、Greengenes、Silva、NCBI等を利用することができ、当該データベースに対して相同性解析や系統分類解析等を行うことができる。種の相動性解析については、LEfSe(Linear discriminant analysis effect size)プログラムを用いることで、分類学的における各レベルを考慮した有意差検定を行うことが可能である。
【0042】
また、得られた塩基配列データは、OTU(Operational Taxonomic Unit)解析により、配列類似性に基づいて複数のクラスターに分類した上で、各OUTの中で最も出現頻度の高い塩基配列を代表配列とし、かかる代表配列を用いて解析を行ってもよい。このとき、同一クラスターに分類するための塩基配列の類似性は、要求される信頼性等に基づいて適宜設定することができ、例えば95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上とすることができる。OTU解析用のソフトウェアとしては、UCLUST、UPARSE、および、USEARCH等を利用することができる。
【0043】
得られた16S RNA遺伝子のメタゲノム解析結果を視覚化する方法としては、例えば、分類階級により解析された微生物クラスターをそのクラスター毎にその相対的占有率で色分けして表示し、合計100%の棒グラフで表す積み上げ棒グラフ表示とする方法がある。また、メタゲノム解析結果に対して、主成分解析(PCA)や主座標解析(PCoA)等を行い、微生物叢の多様性(α多様性およびβ多様性)の視覚的に表示することもできる。
【0044】
本実施形態に係る感染性の硝子体疾患の検出方法は、解析された硝子体組織検体中の前記微生物叢に含まれる微生物クラスターの変化に基づいて、前記微生物叢の微生物群集構造を解析することにより、当該硝子体組織検体が由来する被験者が、感染性の硝子体疾患を患って否かを検出する。
【0045】
ここで、微生物としては、細菌や真菌等が含まれ、特には細菌が好ましい。例えば、硝子体組織検体中の微生物叢を構成する微生物クラスターに対して、門、網、目、科、属、または、種レベルに基づいて分類することができ、好ましくは、種レベルに基づいて分類する。このとき、複数レベルを併用して分類してもよく、2以上の門、網、目、科、属、または、種レベルをまとめて分類しても良い。かかる分類結果に基づいて、感染性の硝子体疾患を患う対象者に由来する硝子体組織検体を検出することができる。例えば、各微生物クラスターの占有率や存在量、また、微生物クラスターの数等によって予め設定された判断基準に従って、当該硝子体組織検体が由来する被験者が、感染性の硝子体疾患を患って否かを検出することができる。特に、種レベルでの原因微生物の検出は、適切な抗生物質の選択につながり、特に有用である。
【0046】
本実施形態の感染性の硝子体疾患の検出方法において、以下のような判断基準を設けることができる。
【0047】
(i)相対的占有率の最も高い微生物クラスターの相対的占有率と、その他微生物クラスターの相対的占有率との比較による判断基準
後述する実施例で確認された通り、感染性の硝子体疾患の患者では、硝子体組織中の微生物叢を構成する微生物クラスターの多様性が、非感染性の硝子体疾患の患者に比べて有意に低下している。そのため、感染の要因である病原性微生物である一部の微生物クラスターが優勢種となり存在し、他の微生物クラスターに比べてその相対的占有率が高くなっている。したがって、微生物叢の解析を通して分類された各微生物クラスターの相対的占有率を算出し、微生物クラスターの最も高い微生物クラスター(以下、「第1占有微生物クラスター」と称する場合がある)の相対的占有率と、その他の微生物クラスターの相対的占有率との比較することで、他の微生物クラスターに比べて有意に第1占有微生物クラスターの占有率が高い場合に、硝子体組織検体が感染性の硝子体疾患の患者に由来するものであると判断することができる。例えば、第1占有微生物クラスターとの比較対象とする微生物クラスターとしては、2番目や3番目に相対的占有率の高い微生物クラスターが挙げられる(以下、「第2占有微生物クラスター」、「第3占有微生物クラスター」と称する場合がある)。例えば、第1占有微生物クラスターの相対的占有率が、第2占有微生物クラスター、第3占有微生物クラスターの相対的占有率に対して1.5~5倍以上、好ましくは、2倍、2.5倍、3倍、3.5倍、または、4倍以上、特に好ましくは、2倍以上である場合に、対象の硝子体組織検体が感染性の硝子体疾患の患者に由来するものであると判断することができる。
【0048】
後述する実施例で確認したように、培養法でも感染性の硝子体疾患であると判断された硝子体組織検体において、培養法で確認された微生物クラスターと、メタゲノム解析で第1占有微生物クラスターとして確認された微生物種は同一であったことから、第1占有微生物クラスターは感染性の硝子体疾患の原因微生物であることが理解できる。したがって、本実施形態に係る感染性の硝子体疾患の検出方法は、原因微生物の同定に用いることもでき、かかる第1占有微生物クラスターを当該硝子体疾患の原因微生物であると特定することができる。
【0049】
また、培養法は、微生物による感染が特定されなかった硝子体組織検体であっても、メタゲノム解析では、上記判断基準によれば感染性の硝子体疾患であると検出できたものがあった。したがって、上記判断基準は、培養法よりも高感度に感染性の硝子体疾患であるか否か検出できる判断基準として有効に機能し得るものであることが理解できる。
【0050】
(ii)相対的占有率の最も高い微生物クラスターの相対的占有率による判断基準
感染性の硝子体疾患の患者では、硝子体組織中の微生物叢を構成する微生物クラスターの多様性が、非感染性の硝子体疾患の患者のものに比べて有意に低下している。そのため、感染の要因である病原性微生物である一部の微生物クラスターが優勢種となって存在し、その相対的占有率が高くなっている。例えば、微生物叢の解析を通して分類された各微生物クラスターの相対的占有率を算出し、第1占有微生物クラスターの相対的占有率に基づいて、硝子体組織検体が感染性の硝子体疾患の患者に由来するものであるか否かを判断することができる。例えば、第1占有微生物クラスターの相対的占有率が、20~70%以上である場合、好ましくは、20~50%以上、特に好ましくは、20%、25%、30%、33%、または、35%以上である場合に、対象の硝子体組織検体が感染性の硝子体疾患の患者に由来するものであると判断することができる。本判断基準は、上記(i)の補助的な判断基準とすることができ、上記(i)の基準を満たすことを前提として、本判断基準で判断することにより、感染性の硝子体疾患をより正確に検出することができる。
【0051】
また、第1占有微生物クラスターと第2占有微生物クラスターの合計、若しくは、第3占有微生物クラスターとの合計の相対的占有率の80%、85%、90%、または、95%以上を占める場合などにおいて、第2占有微生物クラスター、第3占有微生物クラスターの相対的占有率が本判断基準を満たすような場合には、複合微生物による感染である可能性を検出できる。このような場合には、第1占有微生物クラスターと第2占有微生物クラスター、若しくは、第3占有微生物クラスターを加えた微生物種が当該硝子体疾患の原因微生物である可能性を考慮して治療法を検討することができる。
【0052】
(iii)微生物クラスターの総数による判断基準
感染性の硝子体疾患の患者では、硝子体組織中の微生物叢を構成する微生物クラスターの多様性が、非感染性の硝子体疾患の患者のものに比べて有意に低下している。そのため、一部の微生物クラスターが優勢種となって存在することから、他の微生物クラスターが劣勢種となり、相対的占有率が低下し、検出されないか、若しくは、存在が認められなくなる。例えば、微生物叢の解析を通して分類された各微生物クラスターの総数を算出し、その数に基づいて、硝子体組織検体が感染性の硝子体疾患の患者に由来するものである否を検出することができる。例えば、硝子体組織の微生物叢に含まれる微生物クラスターの総数が30以下、好ましくは、25以下、20以下、15以下、または、10以下の場合に、対象の硝子体組織検体が感染性の硝子体疾患の患者に由来するものであると判断することができる。なお、本判断基準は、上記(i)の補助的な判断基準とすることができ、上記(i)の基準を満たすことを前提として、当該判断基準で判断することにより、感染性の硝子体疾患をより正確に検出することができる。また、上記(i)および(ii)の補助的な判断基準とすることができる。
【0053】
(iv)ある一定の相対的占有率を超えて存在する微生物クラスターの数による判断基準
感染性の硝子体疾患の患者では、硝子体組織中の微生物叢を構成する微生物クラスターの多様性が、非感染性の硝子体疾患の患者のものに比べて有意に低下している。そのため、一部の微生物クラスターが優勢種となって存在していることから、他の微生物クラスターが劣勢種となり、相対的占有率が低下し、検出されないか、若しくは、存在が認められなくなる。また、微生物叢中で相対的占有率が極小の微生物クラスターは、微生物叢に影響を与えることは少なく、また、塩基配列情報のエラー等により正確な分類がなされなかったことに起因する偽りの微生物クラスターであることも予測される。したがって、微生物叢の解析を通して分類された各微生物クラスターにおいて、相対的占有率が極小の微生物クラスターを除外した微生物クラスターの数を算出し、その数に基づいて、硝子体組織検体が感染性の硝子体疾患の患者に由来するものであるか否かを検出することができる。例えば、相対的占有率が2%以上若しくは1%以上である微生物クラスターの数が10以下、9以下、または、8以下の場合に、対象の硝子体組織検体が感染性の硝子体疾患の患者に由来するものであると判断することができる。なお、本判断基準は、上記(i)の補助的な判断基準とすることができ、上記(i)の基準を満たすことを前提として、当該判断基準で判断することにより、感染性の硝子体疾患をより正確に検出することができる。また、上記(i)および(ii)または(iii)の補助的な判断基準、若しくは、上記(i)~(iii)の補助的な判断基準とすることができる。
【0054】
また、本実施形態の感染性の硝子体疾患の検出方法は、例えば情報処理装置により実行してもよく、例えば、コンピュータシステムとして構成されてもよい。
【0055】
本実施形態に係る感染性の硝子体疾患の検出方法は、硝子体組織の微生物叢の解析を通して、感染性の硝子体疾患を検出するものである。つまり、細菌叢および真菌叢を含めた硝子体組織の微生物叢の存在を確認したものであるが、従来において、硝子体組織では確たる微生物叢の存在は報告されていなかった。したがって、本実施形態に係る感染性の硝子体疾患の検出方法のように、硝子体組織の微生物叢の変化に着目し、それにより、硝子体疾患が感染性のものであるか否かを判断し得るとの技術的思想は画期的である。特に、本実施形態に係る感染性の硝子体疾患の検出方法は、培養工程を経る必要がないことから、培養条件による制約を受けることはないとの利点がある。また、培養法によっては原因微生物が検出されなかった症例においても、感染性の硝子体疾患であることが特定できる症例が認められた。したがって、本実施形態に係る感染性の硝子体疾患の検出方法は、正確に硝子体疾患を感染性であるか、非感染性であるかを検出することができる、信頼性の高い検出方法であることが確認された。また、本実施形態に係る感染性の硝子体疾患の検出方法は、微生物叢に含まれる微生物クラスターをその遺伝子の塩基配列情報に基づいて同定するものであることから、培養工程を必要とする培養法等の従来法に比べて迅速に検出結果を得ることができる。このように、本実施形態に係る感染性の硝子体疾患の検出方法は、正確かつ迅速に、硝子体疾患が感染性であるのか、非感染性であるのかを検出することができる。
【0056】
ここで、硝子体疾患は、感染性および非感染性に関わらず、その病変部の臨床所見は類似する。一方で、感染性であるか、また、非感染であるかによってその治療法が大きく異なることが知られている。また、感染性であったとしても、微生物種に応じた適切な抗生物質を選択し投与する必要がある。本実施形態に係る感染性の硝子体疾患の検出方法によれば、感染性であるか否か、また、感染性である場合には、その原因微生物を迅速かつ正確に検出することができる。かかる正確な病態生理の把握は、硝子体疾患の患者に適切な治療を行うための指標を提供でき、これにより、硝子体疾患の経過において最も重要な視力の予後を予測することができるとの利点がある。特に、従来の培養法によっては、感染性の硝子体疾患を検出できなかった症例に、本実施形態に係る感染性の硝子体疾患の検出方法は有用である。臨床的には、硝子体病変の出現は、感染性の硝子体疾患の可能性が高いとして判断されるが、培養法で原因微生物を検出できなかった場合には適切な治療法が選択されないおそれがあった。しかし、このような症例においても、本実施形態に係る感染性の硝子体疾患の検出方法は感染性の硝子体疾患であると検出された場合には、適切な抗生物質を選択し適切に治療を行うことができ臨床経過が改善することが期待される。一方、感染性の硝子体疾患が検出されず非感染性の硝子体疾患であると判断された場合には、上記したぶどう膜炎(非感染性)等として治療することができる。
【0057】
また、実施形態に係る感染性の硝子体疾患の検出方法において相対的占有率の高い微生物として特定された微生物種は、従来の培養法によっても原因微生物として検出された微生物種と一致し、実施形態に係る感染性の硝子体疾患の検出方法は、感染性の硝子体疾患の原因微生物の検出においても有効に機能し得る。これにより、個々の患者に対して、有効な抗生物質を選択することができる。
【0058】
このように、本実施形態に係る感染性の硝子体疾患の検出方法は、患者に対して適切な治療法を選択する際の指標として有用であり、適切な治療法の選択は、患者の予後が改善すると共に、医療費の抑制にもつながり社会経済の観点からも有用である。
【0059】
したがって、本実施形態に係る感染性の硝子体疾患の検出方法は、臨床現場における治療およびその治療の効果の判定においても有用な技術である。また、従来の培養法では解析が困難若しくは不可能であった原因微生物をも迅速かつ正確に検出できることから、眼科領域の疾患のみならず、多くの感染性疾患に応用可能である。本実施形態の係る感染性の硝子体疾患の検出方法は、解析フローの確立により、通常の検査レベルで原因微生物の検出が可能となる検査システムの構築に貢献し得るものである。
【実施例0060】
[実施例1]健常硝子体疾患患者における硝子体組織中の微生物叢の解析
本実施例では、健常硝子体疾患(黄斑前膜および黄斑円孔)の患者に対して、硝子体組織中の微生物叢の解析を行った。なお、健常硝子体疾患とは、硝子体組織において疾患発症に感染性病変が含まれない、硝子体疾患を意味する。
【0061】
〔被験者〕
本実施例では、黄斑前膜の患者31名および黄斑円孔の患者24名を被験者とし、各被験者当たり1眼を対象とし合計31眼(黄斑前膜)および24眼(黄斑円孔)で検討を行った。
【0062】
〔硝子体組織検体の採取および微生物叢の解析〕
上記各被験者から硝子体組織検体を採取した。詳細には、原疾患に対し硝子体手術を行い、その際に除去された硝子体組織検体を採取した。
【0063】
続いて、採取した硝子体組織検体中の微生物叢(細菌叢)を、次世代シークエンサーを用いて同定した。
【0064】
詳細には、上記各被験者から硝子体組織検体を採取した。詳細には、硝子体組織検体は、眼内洗浄なしで行われた強膜切開術によって、硝子体カッター(Alcon Laboratories、ジュネーブ、スイス)を硝子体腔に挿入して直ちに収集した。各500μlの硝子体組織検体を解析に供した。メタゲノム解析は大阪大学微生物病研究所で行った。
【0065】
メタゲノム解析のために、16S rRNA遺伝子のシークエンスを行った。各ライブラリーは、16S rRNA遺伝子のV1-V2を標的とするプライマーセット(27Fmod:5-AGR GTT TGA TCM TGG CTC AG-3:配列番号1および338R:5´-TGC TGC CTC CCG TAG GAG T-3´配列番号2)を使用して、16S Metagenomic Sequencing Library Preparation Guide(Illumina)に従って調製した。アンプリコンの251塩基対のペアエンド シークエンスが、MiSeq v2 500 cycle kitを使用して MiSeq(Illumina)で実行しました。ペアエンド リードは、DADA2を使用してマージ、フィルター処理、ノイズ除去を行った。分類学的割り当ては、細菌に対するGreengenes 13_8データベースを備えたQIIME2(ver2020.2)を使用して行った(Motooka D他著、Front Microbiol.2017, Volume 8, Article 238を参照のこと)。これにより、硝子体組織検体中の微生物叢を同定した。今回の結果では、種レベルまで同定可能であった症例を対象とした。
【0066】
〔結果〕
結果を
図1に示す。
図1では、各被験者からの硝子体組織検体中の微生物叢の解析結果を示すグラフであり、グラフ中、縦軸は微生物叢を構成する各微生物クラスター(種に基づいて分類)の相対的占有率を表し、各微生物クラスターで色分けされている。横軸のERMは黄斑前膜の患者を示し、MHは黄斑円孔の患者を示す。かかる結果から、本実施例の方法により、硝子体組織検体の微生物叢を同定できることが判明した。また、本実施例で検討した健常硝子体疾患の患者由来の硝子体組織の微生物叢は多様性に富むことが判明した。
【0067】
続いて、
図1のデータに基づいて、存在割合の高い20の微生物クラスターを抽出した結果を
図2に示す。黄斑前膜および黄斑円孔のいずれもPseudomonas veroniiの相対的占有率が最も高く、両疾患患者由来の硝子体組織検体中の微生物叢は近似していることが判明した。また、本実施例で解析した微生物叢データは、健常硝子体組織検体の微生物叢データとして有用であり、各種疾患による微生物叢の変化を検出する際の基準となり得るものである。
【0068】
[実施例2]眼内炎患者における硝子体組織中の微生物叢の解析
本実施例では、眼内炎が疑われる患者に対して、硝子体組織中の微生物叢の解析を行った。
【0069】
〔被験者〕
本実施例では、眼内炎が疑われる連続治療歴のない患者20名を被験者とし、各被験者当たり1眼を対象とし合計20眼で検討を行った。各被験者の臨床所見と背景情報を下記表1に要約する。
【0070】
【0071】
〔硝子体組織検体の採取および微生物叢の解析〕
上記各被験者から硝子体組織検体を採取した。詳細には、硝子体組織検体は、眼内洗浄なしで行われた強膜切開術によって、硝子体カッター(Alcon Laboratories、ジュネーブ、スイス)を硝子体腔に挿入して直ちに収集した。このとき、微生物叢を構成する微生物クラスターの解析を、培養法と遺伝子検出法であるメタゲノム解析の2種類の手法によって行うために、被験者毎に2つの硝子体組織検体を調製した。各500μlの硝子体組織検体を解析に供した。なお、培養法による解析は大阪大学医学部付属病院、感染微生物検査室と東京医科大学病院で行い、メタゲノム解析は大阪大学微生物病研究所で行った。
【0072】
(培養法)
培養に際して、培養温度及び条件は、35℃にて炭酸ガス雰囲気下で行った、培地として、血液寒天培地、チョコレート寒天培地、サブロー寒天培地、若しくは、デスオキシコレート培地を用いてシャーレで培養を行い、必要に応じて他の培地を追加した。培養期間は好気性及び嫌気性菌で異なるが、目的に応じて2~3日ないし2週間行った。
【0073】
(メタゲノム解析)
メタゲノム解析のために、16S rRNA遺伝子のシークエンスを行った。各ライブラリーは、16S rRNA遺伝子のV1-V2を標的とするプライマーセット(27Fmod:5-AGR GTT TGA TCM TGG CTC AG-3:配列番号1および338R:5´-TGC TGC CTC CCG TAG GAG T-3´:配列番号2)を使用して、16S Metagenomic Sequencing Library Preparation Guide(Illumina)に従って調製した。アンプリコンの251塩基対のペアエンド シークエンスが、MiSeq v2 500 cycle kitを使用して MiSeq(Illumina)で実行しました。ペアエンド リードは、DADA2を使用してマージ、フィルター処理、ノイズ除去を行った。分類学的割り当ては、細菌に対するGreengenes 13_8データベースを備えたQIIME2(ver2020.2)を使用して行った(Motooka D他著、Front Microbiol.2017, Volume 8, Article 238を参照のこと)。これにより、硝子体組織検体中の微生物叢を同定した。今回の結果では、種レベルまで同定可能であった症例を対象とした。
【0074】
〔評価〕
(培養法)
培養法においては、各硝子体組織検体では、微生物のコロニーの形成を確認し、シャーレ中に10以上のコロニーを観察できた検体を陽性、確認できなかった検体を陰性と評価した。
【0075】
(メタゲノム解析)
メタゲノム解析により、各硝子体組織検体につき微生物叢を同定し、以下の判断基準により評価した。
(1)微生物叢を構成する微生物クラスターの種レベルでの同定
(2)微生物叢を構成する各微生物クラスターの相対的占有率の算出を行い、最も相対的占有率の高い微生物クラスター(第1占有微生物クラスター)の相対的占有率(Top1)と2番目に相対的占有率の高い微生物クラスター(以下、「第2占有微生物クラスター」と称する場合がある)の相対的占有率(Top2)が、Top1/Top2≧2との判断基準を満たすか否かの判定
上記(2)の判断基準を満した検体を陽性と判断し、上記(2)の判断基準を満たさなかった検体を陰性と判断した。
【0076】
〔結果〕
培養法による評価では、6例が陽性と評価され、残りの14例が陰性と評価された。一方、メタゲノム解析による評価では、11例が陽性と評価され、残りの9例が陰性と評価された。
【0077】
上記培養法とメタゲノム解析による評価結果から、本実施例で検討を行った硝子体組織検体を以下の3つのグループにグループ分けを行った。
(グループ1)培養法による評価が陽性で、メタゲノム解析による評価も陽性
(グループ2)培養法による評価が陰性であったのに対し、メタゲノム解析による評価が陽性
(グループ3)培養法による評価が陰性で、メタゲノム解析による評価も陰性
なお、培養法による評価が陽性で、メタゲノム解析による評価が陰性となる硝子体組織検体は確認されなかった。
【0078】
評価結果および各症例の主な所見を下記表2に要約する。
【0079】
【0080】
(グループ1)
グループ1には、症例6、7、8、9、11、および、17の6例に由来する硝子体組織検体がグループ分けされた。グループ1において、培養法により確認された微生物クラスターとメタゲノム解析における第1占有微生物クラスターは、同一であった。種レベルで微生物叢を構成する微生物クラスターを解析したメタゲノム解析の結果、症例6において、Staphylococcus epidermidisが第1占有微生物クラスターとして検出され、その相対的占有率99.7%であった。症例7および症例17においてKlebsiella pneumoniaeが第1占有微生物クラスターとして検出され、その相対的占有率はそれぞれ67.5%および68%であった。症例8および症例9においてStaphylococcus aureusが第1占有微生物クラスターとして検出され、その相対的占有率はそれぞれ45.7%および31.1%であった。症例11では、Streptococcus mitisが第1占有微生物として検出され、その相対的占有率は99.4%であった。培養法で確認された微生物クラスターとメタゲノム解析で第1占有微生物クラスターとして確認された微生物クラスターは同一であったことから、硝子体組織検体中の微生物叢を対象とするメタゲノム解析は眼内炎の原因微生物の検出に有効に利用できることができることが判明した。
【0081】
(グループ2)
グループ2には、症例14、15、16、18、および、20の5例に由来する硝子体組織検体がグループ分けされた。グループ2のメタゲノム解析の結果、症例14および15において、Pseudomonas veroniiが第1占有微生物クラスターとして検出され、その相対的占有率はそれぞれ38.1%と40.6%であった。症例16および18において、Bradyrhizobium diazoefficiensが第1占有微生物クラスターとして検出され、その相対的占有率はそれぞれ66.0%と38.0%であった。症例20において、Methylobacterium mesophilicumが第1占有微生物クラスターとして検出され、その相対的占有率は27.0%であった。このグループ2は、培養法では微生物の存在は確認されなかった。培養法では、培養条件の設定が必要であり培養困難な微生物ではしばしば原因微生物が同定できない症例が認められていた。
【0082】
(グループ3)
グループ3には、症例1、2、3、4、5、10、12、13、および、19の9例に由来する硝子体組織検体がグループ分けされた。いずれの硝子体組織検体も、培養法でも、メタゲノム解析によっても細菌の存在は確認されなかった。なお、このグループ3にのみ、5例のぶどう膜炎と診断された患者が含まれていた。したがって、メタゲノム解析による評価で陰性と評価された症例は、当該症例の眼内炎が細菌感染に起因するものではなく、非感染性のものであることが理解できる。
【0083】
このように、メタゲノム解析を利用することで微生物叢を構成する全微生物クラスターを検出することができ、また、種レベルでの病原体の同定は、適切な抗生物質の選択につながる。
【0084】
図3に各グループに属する症例のうち、代表的な症例の前眼部の画像を
図3のA、CおよびEに示し、グループ1はAに、グループ2はCに、グループ3はEに示されている。各症例は、いずれも前眼部に強い炎症があり、眼底透見が不能であった。そのため、B-モード超音波検査を施行した。その結果を、
図3のB、DおよびFに示し、グループ1はBに、グループ2はDに、グループ3はFに示されている。各症例は、いずれの場合も、眼房水には充血や膿漏などの重度の炎症が認められ、硝子体組織では硝子体混濁が認められた。
【0085】
本実施例で検討を行った全ての症例由来の硝子体組織中の微生物叢のメタゲノム解析の結果を表すグラフを、グループに分けて
図4に示す。横軸は各症例を表し、縦軸は微生物叢を構成する各微生物クラスターの相対的占有率を表し、各微生物クラスターにより色分けされている。
図4のメタゲノム解析の結果を、健常硝子体組織検体を対象としてメタゲノム解析の結果を示す実施例1の
図1と比較すると、グループ1およびグループ2(
図4のAおよびB)では、有意な多様性の低下が確認された。特に、グループ1では微生物叢の多様性は顕著に低下した(
図4のA)。グループ2はグループ1ほど多様性の低下は確認されなかったが、多様性は低下し、相対的占有率の高い細菌を検出した(
図4のB)。グループ3では、種々の微生物クラスターが認められ、有意に優勢な微生物クラスターは観察されなかった(
図4のC)。
【0086】
以上の結果から、硝子体組織検体の微生物叢を構成する各微生物クラスターの相対的占有率に基づいて、評価を行った場合に、第1占有微生物クラスターの相対的占有率が、第2占有微生物クラスターの2倍以上であるとの判断基準による評価により、眼内炎が感染性であるか、免疫系等に起因する非感染性のものであるかを判断でき、これにより、当該評価が投薬等の今後の治療方針の決定に際して重要な指標となり得るものであることが理解できる。特に、培養法では陰性であったグループ2については、メタゲノム解析に基づいて微生物クラスターの存在を検出できた。このことは、従来においては適切に治療が施されなかった可能性ある症例に対しても、検出された微生物種に応じた抗生物質を投与することにより適切かつ有効に治療が可能となる。また、非感染性眼内炎と判断されるグループ3に対しては、ステロイド剤等の適切な薬剤を選択すること等により適切かつ有効に治療が可能となる
【0087】
〔カットオフ値の設定〕
上記で得られたメタゲノム解析の結果を、各微生物クラスターの相対的占有率に対してカットオフ値を設定した。その結果を
図5に示す。その結果、カットオフ値を相対的占有率25%以上に設定した場合、グループ1およびグループ2では、相対的占有率25%を超える微生物クラスターの数が1または2であり(症例17のみ2)、原因微生物をほぼ1微生物種に特定することが可能となる。一方、グループ3では、相対的占有率25%以上の微生物クラスターの数は0であり、グループ3には、相対的占有率25%を超える微生物クラスターが存在しなかった。
【0088】
したがって、眼内炎が感染性であるか否かの判断には、硝子体組織検体中の微生物叢中に相対的占有率が25%以上の微生物クラスターの存在の有無に基づいて判断することも有用であることが判明した。
【0089】
また、同定された微生物クラスターの数が30以下であるとの基準、同定された微生物クラスターに対して、相対的占有率が2%以上の微生物クラスターの数が10以下であるとの基準に基づいても同様に、眼内炎が感染性であるか否かの判断を行えることことが判明した。
【0090】
〔α多様性の評価〕
上記で得られたメタゲノム解析の結果に基づき、各グループに対して観察された微生物クラスター数を縦軸にした箱ひげ図を
図6に示す。その結果、Kruskal―Wallis検定による分散分析により、グループ1とグループ3、グループ2とグループ3の間に有意差(P<0.05)が認められた。かかる結果から、グループ1およびグループ2は、グループ3に対して有意に多様性が低下していることが確認でき、
図4および
図5の結果を追認するものである。
【0091】
〔主成分解析(PCA)とβ多様性の評価〕
上記で得られたメタゲノム解析の結果に基づき、各グループに対して微生物叢を構成する微生物クラスター類似性を調べるために、主成分解析(PCA)を実施した結果を
図7Aに示し、かかるPCA結果に基づき各グループ間の距離を縦軸にした箱ひげ図を
図7Bに示す。
図7AのPCAの結果、グループ1、2、3は、いずれも空間的に距離が認められた。また、
図7Bに示す通り、Pairwise permanova検定による分散分析により、グループ1、グループ3、グループ3ではそれぞれ距離に有意差(P<0.01)が認められた。以上の結果より、グループ1、2、3は、それぞれ異なる微生物クラスターにより構成される集団であることが判明した。
【0092】
〔薬剤による治療〕
各グループとも硝子体手術に際して抗生物質を投与して治療を行った。抗生物質を検出された微生物種に応じて選択することで高い治療効果が期待できる。
本発明は、硝子体疾患の検出を必要とする全ての技術分野、例えば、硝子体疾患の発症、発症リスクおよび進行度の予測、硝子体疾患の原因究明、並びに、硝子体疾患の治療法の選択およびその効果の確認、特には、硝子体疾患の病態に応じた治療薬の選択等に利用でき、医療分野等に特に利用可能である。