(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024130396
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】植物ステロールの蓄積が増大したナス科植物
(51)【国際特許分類】
A01H 5/00 20180101AFI20240920BHJP
A01H 6/82 20180101ALI20240920BHJP
C12N 15/29 20060101ALN20240920BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20240920BHJP
【FI】
A01H5/00 A ZNA
A01H6/82
C12N15/29
C12N15/09 110
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023040082
(22)【出願日】2023-03-14
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.掲載アドレス、掲載年月日 http://jspp.org/annualmeeting/63/abstractbook.php、令和4年3月15日 [刊行物等] 1.集会名、開催日 第63回日本植物生理学会年会、令和4年3月22日 [刊行物等] 1.刊行物名、発行者名、発行年月日 第34回植物脂質シンポジウム プログラム 要旨集 O9のページ、第34回植物脂質シンポジウム準備委員会、令和4年9月20日 [刊行物等] 1.集会名、開催日 第34回植物脂質シンポジウム、令和4年9月21日
(71)【出願人】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(71)【出願人】
【識別番号】304026696
【氏名又は名称】国立大学法人三重大学
(71)【出願人】
【識別番号】397022911
【氏名又は名称】学校法人甲南学園
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100188651
【弁理士】
【氏名又は名称】遠藤 広介
(72)【発明者】
【氏名】島田 貴士
(72)【発明者】
【氏名】尾亦 雄斗
(72)【発明者】
【氏名】江面 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】菅野 茂夫
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 和季
(72)【発明者】
【氏名】庄司 翼
(72)【発明者】
【氏名】森 哲哉
(72)【発明者】
【氏名】岡咲 洋三
(72)【発明者】
【氏名】上田 晴子
(72)【発明者】
【氏名】西村 いくこ
【テーマコード(参考)】
2B030
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB03
2B030AD09
2B030CA17
2B030CA19
(57)【要約】
【課題】ステロールの蓄積が増大したナス科植物の提供。
【解決手段】HISE1遺伝子が減弱化されているナス科植物を用いる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
HISE1遺伝子が減弱化されている、ナス科植物。
【請求項2】
HISE1タンパク質の発現または活性が抑制または阻害されている、請求項1に記載のナス科植物。
【請求項3】
HISE1遺伝子が、以下の(a)~(g)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる、請求項1または2に記載のナス科植物:
(a)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(b)配列番号1で表されるアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸が置換、欠失または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(c)配列番号1で表されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド
(d)配列番号2で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(e)配列番号2で表される塩基配列と同一性が90%以上である塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(f)配列番号2で表される塩基配列において、1または数個の塩基が置換、欠失または付加されている塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(g)配列番号2で表される塩基配列の相補配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド。
【請求項4】
請求項3に記載のポリヌクレオチドにおいて、ストップコドン変異、フレームシフト変異、およびヌル変異からなる群より選択される変異が導入された、ナス科植物。
【請求項5】
配列番号2の塩基配列における変異が、配列番号2の塩基配列の塩基番号787の塩基欠失もしくは塩基置換、または塩基番号787と788との間の塩基付加である、請求項4に記載のナス科植物。
【請求項6】
前記変異により得られたタンパク質が配列番号1のアミノ酸配列のC末端アミノ酸欠失変異体であって、配列番号1のアミノ酸配列のN末端からのアミノ酸残基数が300残基以下である、請求項4に記載のナス科植物。
【請求項7】
前記ナス科植物が、トマト、ジャガイモ、ナス、およびタバコからなる群から選択される少なくとも一種である、請求項1または2に記載のナス科植物。
【請求項8】
葉における遊離ステロールの含有量が1,000pmol/mg新鮮重量以上であるか、果実における遊離ステロールの含有量が15,000pmol/mg乾燥重量以上である、請求項1または2に記載のナス科植物。
【請求項9】
葉におけるステロールエステルの含有量が野生型と比較して10倍以上であるか、果実におけるステロールエステルの含有量が野生型と比較して2倍以上である、請求項1または2に記載のナス科植物。
【請求項10】
ドリコールを含んでなる、請求項1または2に記載のナス科植物。
【請求項11】
HISE1遺伝子を減弱化することを含んでなる、植物ステロールの蓄積が増大したナス科植物の作出方法。
【請求項12】
野生型の花粉をhise1変異体に受粉させることを含んでなる、請求項11に記載の植物ステロールの蓄積が増大したナス科植物の作出方法。
【請求項13】
HISE1遺伝子を減弱化することを含んでなる、ナス科植物の植物ステロール蓄積を増大する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物ステロールの蓄積が増大したナス科植物に関する。
【背景技術】
【0002】
植物ステロールは植物の脂質膜の主要成分であり、細胞の活動および膜の流動性に影響を与える。さらに、植物ステロールは、化学構造がコレステロールに類似しており、ヒトが摂取すると十二指腸においてコレステロールと競合的に働き、コレステロールの吸収を抑制する働きがあるため、コレステロールによる動脈硬化、心筋梗塞、脳梗塞などの生活習慣病の予防に期待されている。(非特許文献1)
【0003】
シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)では、植物ステロール合成の律速酵素である3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル(HMG)-CoA還元酵素の量を制御する因子としてHIGH STEROL ESTER 1(At-HISE1)が知られている。非特許文献2には、シロイヌナズナに存在するAtHISE1遺伝子を破壊することにより、シロイヌナズナの葉中のステロールエステルが野生型に比べて約5倍多く過剰蓄積できることが記載されている。
【0004】
トマト(Solanum lycopersicum)は、ナス科植物であり、世界中で人気のある野菜である。植物には、上述の植物ステロールとして、通常、β-シトステロール、カンペステロール、スチグマステロールの3つの主要なフィトステロールが含まれているが、これらフィトステロールに加えて、トマトにはシクロアルテノール、ラノステロール、α-アミリン、β-アミリン、δ-アミリン、ルペオール等のC30H50Oステロール種が含まれていることが知られている。
【0005】
しかしながら、上述のトマトをはじめとするナス科植物におけるHISE1については何ら報告されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】久保光志他、“血清中植物性ステロールの高感度定量法の開発”[online]、2007年5月19日発表、第68回分析化学討論会、[2023年3月3日検索]、インターネット<URL : http://www.jsac.or.jp/tenbou/TT68/P15.html>
【非特許文献2】Shimada et al, Nature Plants, 2019, Vol.5, pp.1154-1166
【発明の概要】
【0007】
本発明者らは、今般、ナス科植物であるトマトにおいてHISE1遺伝子を減弱化することにより、植物ステロールの蓄積が効果的に増大しうることを見出した。本発明は、かかる知見に基づくものである。
【0008】
したがって、本発明は、ナス科植物において植物ステロールの蓄積が効果的に増大するための技術的手段を提供する。
【0009】
本発明は、以下の発明を包含する。
[1] HISE1遺伝子が減弱化されている、ナス科植物。
[2] HISE1タンパク質の発現または活性が抑制または阻害されている、[1]に記載のナス科植物。
[3] HISE1遺伝子が、以下の(a)~(g)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる、[1]または[2]に記載のナス科植物:
(a)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(b)配列番号1で表されるアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸が置換、欠失または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(c)配列番号1で表されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド
(d)配列番号2で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(e)配列番号2で表される塩基配列と同一性が90%以上である塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(f)配列番号2で表される塩基配列において、1または数個の塩基が置換、欠失または付加されている塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(g)配列番号2で表される塩基配列の相補配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド。
[4] [3]に記載のポリヌクレオチドにおいて、ストップコドン変異、フレームシフト変異、およびヌル変異からなる群より選択される変異が導入された、ナス科植物。
[5] 配列番号2の塩基配列における変異が、配列番号2の塩基配列の塩基番号787の塩基欠失もしくは塩基置換、または塩基番号787と788との間の塩基付加である、[4]に記載のナス科植物。
[6] 前記変異により得られたタンパク質が配列番号1のアミノ酸配列のC末端アミノ酸欠失変異体であって、配列番号1のアミノ酸配列のN末端からのアミノ酸残基数が300残基以下である、[4]に記載のナス科植物。
[7] 前記ナス科植物が、トマト、ジャガイモ、ナス、およびタバコからなる群から選択される少なくとも一種である、[1]~[6]のいずれか一つに記載のナス科植物。
[8] 葉における遊離ステロールの含有量が1,000pmol/mg新鮮重量以上であるか、果実における遊離ステロールの含有量が15,000pmol/mg乾燥重量以上である、[1]~[7]のいずれか一つに記載のナス科植物。
[9] 葉におけるステロールエステルの含有量が野生型と比較して10倍以上であるか、果実におけるステロールエステルの含有量が野生型と比較して2倍以上である、[1]~[8]のいずれか一つに記載のナス科植物。
[10] ドリコールを含んでなる、[1]~[9]のいずれか一つに記載のナス科植物。
[11] HISE1遺伝子を減弱化することを含んでなる、植物ステロールの蓄積が増大したナス科植物の作出方法。
[12] 野生型の花粉をhise1変異体に受粉させることを含んでなる、[11]に記載の植物ステロール蓄積が増大したナス科植物の作出方法。
[13] HISE1遺伝子を減弱化することを含んでなる、ナス科植物の植物ステロールの蓄積を増大する方法。
【0010】
本発明によれば、ナス科植物においてHISE1遺伝子を減弱化することにより植物ステロールの蓄積を効果的に増大させることができる。ここで、植物ステロールとしては、遊離ステロール、ステロールエステルが挙げられる。また、本発明によれば、HISE1遺伝子を減弱化することによりドリコールの蓄積を効果的に増大できる上で有利である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】植物における植物ステロール種(ステロール誘導体を含む)の生合成経路を示す。具体的には、ステロールエステル(SE)、ステリルグルコシド(SG)、およびアシル-ステリルグルコシド(ASG)の生合成経路を示す。CoAはコエンザイムAを示し、HMG-CoAは3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル補酵素Aを示し、HMGRはHMG-CoA還元酵素を示し、DAGはジアシルグリセロールを示し、TAGはトリアシルグリセロールを示す。矢印は、酵素反応を示す。
【
図2】Sl-HISE1遺伝子のタンパク質コーディング領域(coding sequence;CDS)を示した図である。Sl-hise1変異体は、Sl-HISE1のCDSのDNA配列における787番目のグリシンが欠失している。
【
図3】播種後5日目の野生型およびSl-hise1変異体の植物の写真である。バーは0.5cmを示す。
【
図4】播種後3週目の野生型およびSl-hise1変異体の植物の写真である。バーは3cmを示す。
【
図5】野生型およびSl-hise1雄しべの顕微鏡画像である。バーは100μmを示す。Sl-hise1雄しべの右の写真は拡大写真である。
【
図6】アレキサンダー染色で染色された、野生型、Sl-hise1ヘテロ接合体およびSl-hise1ヘテロ接合体の花粉粒の顕微鏡画像である。バーは20μmを示す。
【
図7】野生型およびSl-hise1変異体の熟した果実との種子を示す(バーは1cmを示す)。
【
図8】野生型およびSl-hise1変異体の果実をBODIPY 493/503で染色した蛍光顕微鏡画像および明視野画像、ならびにそれらの重ね合わせである。バーは20μmを示す。
【
図9】野生型およびSl-hise1変異体の2週齢の本葉をBODIPY 493/503で染色した蛍光顕微鏡画像および明視野画像、ならびにそれらの重ね合わせである。バーは10μmを示す。
【
図10】野生型とSl-hise1変異体の2週齢の葉における、遊離ステロールの含有量(葉の新鮮重量(FW)当たりの含有量)、ステロールエステル(SE)およびドリコールの[M+NH
4]
+のピーク強度の、1,2-ジデカノイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(以下、PC20:0ともいう)の[M+H]
+種のピーク強度に対する相対強度を示した図である。エラーバーは標準偏差を示す(n=3)。アスタリスクは、野生型との有意差を示す(p<0.05、t検定)。
【
図11】野生型とSl-hise1変異体の果実における、遊離ステロールの含有量(果実の乾燥重量(DW)当たりの含有量)、ステロールエステル(SE)およびドリコールの[M+NH
4]
+の、PC20:0の[M+H]
+種に対する相対強度を示した図である。エラーバーは標準偏差を示す(n=3)。アスタリスクは、野生型との有意差を示す(p<0.05、t検定)。
【発明の具体的説明】
【0012】
本発明は、HISE1遺伝子が減弱化されているナス科植物であることを一つの特徴とする。
【0013】
植物のステロール生合成経路(
図1)では、まず、アセチルコエンザイムA(CoA)を原料に3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル補酵素(HMG-CoA)が生成され、HMG-CoAはHMG-CoA還元酵素によりメバロン酸へと変換される。メバロン酸からファルネシル2リン酸が生成され、ファルネシル2リン酸からドリコールとスクアレンが生成される。次に、スクアレンから遊離ステロールが生成される。遊離ステロールは脂肪酸とのエステル反応により、ステロールエステルが生成される。一方、遊離ステロールからステリルグルコシド(SG)も生成され、次いでアシル-ステリルグルコシド(ASG)が生成される。
【0014】
<HISE1遺伝子およびHISE1タンパク質>
「HISE1(HIGH STEROL ESTER 1)」は、HMG-CoA還元酵素(HMGR)レベルを低下させて植物ステロール生合成を負に制御して、植物ステロールの過剰生産や過剰蓄積を防ぐ。シロイヌナズナでは、過剰な遊離ステロールは、ステロールアシル転移酵素(phospholipid sterol acyltransferase1:PSAT1)によってSEに変換され、脂肪滴(lipid droplet:LD)に分離されることが知られている。
【0015】
本発明の一実施態様によれば、本明細書においてHISE1とは、本発明の対象となる植物のHISE1である。本発明の対象となる植物のHISE1は、好ましくはナス科植物のHISE1であり、例えば、配列番号1で示される658残基のアミノ酸配列からなるトマトHISE1タンパク質(以下、Sl-HISE1ともいう)である。
【0016】
本発明の好ましい実施態様によれば、本発明のHISE1タンパク質は、配列番号1で示すアミノ酸配列からなるタンパク質(野生型HISE1タンパク質)だけではなく、植物において、植物ステロールの過剰蓄積を抑制することができるか、または植物ステロールの蓄積の増大を抑制できる、その変異体タンパク質もまた含む。
【0017】
したがって、本発明において、HISE1タンパク質という場合、以下の(a)~(c)のタンパク質:
(a)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質、
(b)(a)のアミノ酸配列において1個または数個のアミノ酸が置換、欠失および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質、または
(c)(a)のアミノ酸配列と50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質
を含むことが出来る。
ここで、上記(b)および(c)のタンパク質のアミノ酸配列からなるタンパク質は、植物ステロールの過剰蓄積を抑制することができるか、または植物ステロールの蓄積の増大を抑制できることが好ましい。
【0018】
本発明の一実施態様によれば、タンパク質(b)における「数個」とは、例えば、2~20個が挙げられ、好ましくは2~15個、より好ましくは2~10個、さらに好ましくは2~7個、さらに好ましくは2~5個、さらに好ましくは2~4個、また、さらに好ましくは2~3個をいう。また、アミノ酸の置換は、保存的アミノ酸置換が望ましい。「保存的アミノ酸置換」とは、電荷、側鎖、極性、芳香族性等の性質の類似するアミノ酸間の置換をいう。性質の類似するアミノ酸は、例えば、塩基性アミノ酸(アルギニン、リジン、ヒスチジン)、酸性アミノ酸(アスパラギン酸、グルタミン酸)、無電荷極性アミノ酸(グリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、トレオニン、システイン、チロシン)、無極性アミノ酸(ロイシン、イソロイシン、アラニン、バリン、プロリン、フェニルアラニン、トリプトファン、メチオニン)、分枝鎖アミノ酸(ロイシン、バリン、イソロイシン)、芳香族アミノ酸(フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、ヒスチジン)等に分類することができる。
【0019】
本明細書において、アミノ酸配列の「同一性」とは、二つのアミノ酸配列を整列(アラインメント)し、必要に応じてギャップを導入して、両者のアミノ酸一致度が最も高くなるようにしたときに、配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるHISE1の全アミノ酸残基に対する二つのアミノ酸配列間での同一アミノ酸残基の割合(%)をいう。アミノ酸同一性は、BLASTやFASTAによるタンパク質の検索システムを用いて算出することができる。
【0020】
本発明の別の実施態様によれば、本発明の対象となる植物のHISE1は、好ましくはメンブラリン様ドメイン(IPR019144)を含む。トマトHISE1のメンブラリン様ドメインは、配列番号1で示すアミノ酸配列においてアミノ酸番号7~アミノ酸番号453のアミノ酸領域に相当する。本発明の対象となる植物のHISE1は、好ましくはかかるアミノ酸領域のアミノ酸配列に対して60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、または99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるメンブラリン様ドメインを含む。
【0021】
「HISE1遺伝子」は、前記HISE1タンパク質をコードする遺伝子である。HISE1遺伝子の具体例として、配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるHISE1タンパク質をコードするHISE1遺伝子が挙げられる。より具体的には、配列番号2で示される塩基配列からなるトマトHISE1遺伝子が挙げられる。しかしながら、配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするヌクレオチドまたは配列番号2で示される塩基配列で示されるものに限定されるものではなく、配列番号2で示されるHISE1遺伝子がコードするHISE1タンパク質と機能的に同等の活性、すなわち植物ステロールの過剰蓄積を抑制することができるか、または植物ステロールの蓄積の増大を抑制できるHISE1変異体タンパク質やHISE1タンパク質オルソログをコードするHISE1遺伝子も包含する。
【0022】
本発明の一実施態様によれば、前述した通り、本発明のHISE1タンパク質には、タンパク質(a)~(c)の少なくとも1種が含まれる。これらのタンパク質に基づいて、本発明のHISE1遺伝子には、タンパク質(a)~(c)に対応するものとして、以下の(a)~(c)のヌクレオチド:
(a)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(b)配列番号1で表されるアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸が置換、欠失または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(c)配列番号1で表されるアミノ酸配列と50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド
のいずれかのポリヌクレオチドが含まれる。
【0023】
ポリヌクレオチド(b)および(c)において、ポリヌクレオチドをコードするタンパク質(b)および(c)に関して、それぞれの態様における「1または数個のアミノ酸」、そしてアミノ酸配列の「同一性」については、前述した通りである。
【0024】
本発明の一実施態様によれば、前述した通り、本発明のHISE1遺伝子という場合、トマトHISE1タンパク質をコードする配列番号2で表される塩基配列(ヌクレオチド(d))が含まれ、そしてこのポリヌクレオチド(d)に基づいて得られるHISE1遺伝子の変異体もまた、含まれる。したがって、本発明のHISE1遺伝子として、以下の(d)~(g)ポリヌクレオチドを含むことができる:
(d)配列番号2で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(e)配列番号2で表される塩基配列において、1または数個の塩基が置換、欠失または付加されている塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(f)配列番号2で表される塩基配列と同一性が少なくとも80%以上、好ましくは85%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、または99%以上である塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(g)配列番号2で表される塩基配列の相補配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド。
ここで、上記(e)~(g)のポリヌクレオチドは、配列番号1のアミノ酸配列とタンパク質としての同等の機能、活性、または性質、すなわち、植物ステロールの過剰蓄積を抑制することができるか、または植物ステロールの蓄積の増大を抑制できるような、アミノ酸配列をコードすることが好ましい。
【0025】
本発明の一実施態様によれば、ポリヌクレオチド(e)における「数個」とは、例えば、2~20個が挙げられ、好ましくは2~15個、より好ましくは2~10個、さらに好ましくは2~7個、さらに好ましくは2~5個、さらに好ましくは2~4個、また、さらに好ましくは2~3個をいう。
【0026】
本明細書において塩基配列の「同一性」とは、二つの塩基配列を整列(アラインメント)し、必要に応じてギャップを導入して、両者の塩基一致度が最も高くなるようにしたときに、配列番号2で示される塩基配列からなるHISE遺伝子のコード配列の全塩基に対する二つの塩基配列間で同一塩基の割合(%)をいう。塩基配列の同一性は、ClustalWやBLASTといった公知のソフトウェアを使用して決定することができる。
【0027】
本明細書において「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズ(する)」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件でハイブリダイズすることをいい、例えば、低塩濃度および/または高温の条件下でハイブリダイゼーションと洗浄を行うことが挙げられる。「ストリンジェントな条件」とは、例えば、「5×SSPE、5×Denhardt’s液、0.5%ドデシル硫酸ナトリウム(sodium dodecyl sulfate、SDS)、50%ホルムアミド、200μg/mL鮭精子DNA、42℃オーバーナイト」であってもよく、洗浄のための条件として、「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」の条件が挙げられる。「ストリンジェントな条件」の別の実施態様によれば、例えば、「60℃、24時間」の条件が挙げられる。また、「よりストリンジェントな条件」とは、ハイブリダイゼーションのための条件として、「5×SSPE、5×Denhardt’s液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、200μg/mL鮭精子DNA、42℃オーバーナイト」、洗浄のための条件として、「0.2×SSC、0.1%SDS、65℃」の条件が挙げられる。ストリンジェントなハイブリダイゼーションの条件については、Green,M.R. and Sambrook,J., 2012, Molecular Cloning : A Laboratory Manual Fourth Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New Yorkに記載されているので参考にすることができる。
【0028】
HISE1タンパク質の活性は、HMGRタンパク質の量(例えば、イムノブロットによる)および/またはHMGRタンパク質の比活性を低下させる活性を意味する。本発明において、HISE1タンパク質の変異体は、HMGRタンパク質の量および/または比活性を低下させる限り、その活性の程度は特に限定されないが、例えば配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質の約50%以上の活性を有していればよい。HMGRタンパク質の量および/またはHMGRタンパク質の比活性は、非特許文献2に記載の方法で測定することができる。
【0029】
また、本発明の植物において、HISE1タンパク質の発現または活性が抑制また阻害されていることは、例えばリアルタイムPCR、ノーザンハイブリダイゼーション、RT-PCR等を用いてmRNAの量を定量することによって調べることができる。リアルタイムPCR等に用いるための適切なプライマーやPCRの条件は、当業者であれば、適宜選択することができる。
【0030】
<ナス科植物>
本発明で用いられるナス科植物としては、例えば、ナス属、トウガラシ属、タバコ属の植物が挙げられ、好ましくは、ナス属の植物である。ナス属の植物としては、特に限定されないが、好ましくは、トマト、ナス、ジャガイモである。トウガラシ属の植物としては、例えば、トウガラシ、ピーマン、パプリカが挙げられ、好ましくは、ピーマン、パプリカである。タバコ属の植物としては、特に限定されないが、好ましくは、タバコである。理論に拘束されるものではないが、ナス科植物の植物ステロールおよびその関連化合物は、他の植物に比べて種類が多く特有であることが知られている(Itkin M. et al., Science, 2013, Vol.341, Issue 6142, pp.175-9、Roshani Shakya et al., Journal of Agricultural and Food Chemistry, 2008, Vol.56, Issue 16, pp.6949-6958)。
【0031】
植物の野生型とは、非改変の植物(例えば、HISE1遺伝子の減弱化のための遺伝的変異導入前の植物)であり、トマトでは、例えば、矮性栽培品種である「Micro-Tom」を野生型トマト植物として用いてもよい。
【0032】
本発明において「植物」とは、植物体の全部としての植物体を構成する全領域とともに、植物体の一部としての植物体を構成する一部領域、具体的には、茎、葉、根、花、蕾、果実(果実は、果肉および果皮を含む)、種子、細胞、およびカルス等を包含する。
【0033】
<HISE1遺伝子の減弱化>
「HISE1遺伝子が減弱化」とは、非改変植物(例えば、野生型植物)に比べてHISE1タンパク質が正常に機能しないように改変され、HISE1タンパク質の発現または活性が抑制または阻害されていることを意味する。したがって、HISE1遺伝子が減弱化されているナス科植物は、形質転換植物であってよい。ここで、「HISE1タンパク質の発現または活性が抑制または阻害されている」とは、HISE1タンパク質の発現または活性が、対象となる植物の野生型のそれと比較して低下していることをいう。例えば、遺伝子組換えによりHISE1遺伝子を改変することにより、野生型植物に対してHISE1タンパク質の分子の数が減少した場合、またはHISE1タンパク質の分子が全く生成されなくなった場合、あるいはHISE1タンパク質の分子当たりの活性が低下または喪失した場合等が含まれる。HISE1タンパク質の分子の数は、HISE1タンパク質をコードする遺伝子(HISE1遺伝子)の発現量を低下させることにより減少させることができる。HISE1遺伝子の発現量の低下には、HISE1タンパク質mRNAの転写量の低下、およびHISE1タンパク質mRNAの翻訳量の低下が含まれる。また、HISE1タンパク質の分子を全く生成させなくすること、HISE1タンパク質の分子数を減少させることあるいはHISE1タンパク質の分子当たりの活性を低下または喪失させることは、HISE1遺伝子を破壊することによって達成することができる。本発明の植物においてHISE1タンパク質の発現または活性が低下している程度は、植物ステロールの蓄積が増大または増強される限り、特に限定しない。例えば、対象となる植物の野生型と比較して、HISE1タンパク質の発現または活性が、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、99%以上抑制、または100%阻害されていてもよい。
【0034】
本発明の植物において、HISE1遺伝子を減弱化する具体的方法としては、当該分野において公知の任意の方法を用いることができる。
【0035】
本発明の一実施態様によれば、限定しないが、既存の変異体の利用、変異原処理、遺伝子ノックダウン、遺伝子ノックアウト、および/または阻害剤の導入、あるいはその任意の組み合わせによって、HISE1遺伝子を減弱化することができる。以下、それぞれの方法について説明する。
【0036】
(既存の変異体の利用)
本明細書において「既存の変異体の利用」とは、当該技術分野で既に存在している変異体を利用することをいう。ここでいう「変異体」とは、標的遺伝子、すなわちHISE1遺伝子に変異を生じた植物体をいう。変異は、HISE1遺伝子の野生型遺伝子における付加、欠失、および/または置換が含まれる。変異体は、変異を含むHISE1遺伝子の機能が欠損、阻害、または抑制されているものが好ましい。「既存の変異体」とは、過去に収集され、各種配布機関によって収集、保存、提供されており、適宜利用することができる変異体である。既存の変異体は人為的に作出されたものであってもよい。
【0037】
(変異原処理)
本明細書において「変異原処理」とは、対象とする植物に対して突然変異を誘発する処理をいう。処理方法は特に限定しない。例えば、X線や紫外線等の電磁波または放射線を照射する処理、ニトロソグアニジン、ニトロソアミン、ブロモデオキシウリジン、N-エチル-N-ニトロソウレア、エタンスルホン酸メチル、ベンゾピレン、臭化エチジウム等の突然変異誘発剤を接触させる処理、ウイルスやトランスポゾン等を利用して核酸をゲノム中のランダムな位置に導入する処理等を挙げることができる。変異原処理によって、点変異や欠失変異、挿入変異等の突然変異が誘発される。変異原処理後、表現型等によりHISE1遺伝子に変異を生じた候補変異体を分離し、PCRにより遺伝子断片を増幅し、塩基配列決定によりHISE1遺伝子への変異導入を確認することで目的とするHISE1遺伝子の変異体を得ることができる。
【0038】
(遺伝子ノックダウン)
本明細書において「遺伝子ノックダウン」とは、HISE1遺伝子の発現レベルを減少させる操作をいう。例えば、HISE1遺伝子から転写されるRNAにハイブリダイズすることのできるアンチセンスDNAを用いて、RNaseHによりHISE1遺伝子のmRNAを分解するアンチセンス法や、siRNAやshRNAを用いて標的mRNAを分解することにより遺伝子の発現を転写後に抑制するRNA干渉法(RNAi)等が挙げられる。例えば、アンチセンス核酸やshRNAの発現ベクターを細胞に導入する方法や、人工核酸を含むアンチセンス核酸やshRNAを使用する方法が挙げられる。
【0039】
(遺伝子ノックアウト)
本明細書において「遺伝子ノックアウト」とは、染色体上のHISE1遺伝子に挿入や欠失を加えることにより遺伝子の機能を破壊することをいう。遺伝子ノックアウトには、相同組換えを用いて内因性の遺伝子を改変する遺伝子ターゲティング法や、ZFNやTALEN等の人工のDNA切断酵素や、CRISPR/Cas等の部位特異的ヌクレアーゼを用いるゲノム編集技術を用いることができ、好ましくは、部位特異的ヌクレアーゼを用いるゲノム編集技術である。本発明における遺伝子ノックアウトは、条件付き遺伝子ノックアウトであってもよい。ここで、「条件付き遺伝子ノックアウト」とは、部位特異的および/または時期特異的な遺伝子ノックアウトをいう。条件付き遺伝子ノックアウトは、例えば、DNA組換え酵素の認識配列をHISE1遺伝子の前後に導入し、部位特異的および/または時期特異的な活性を有するプロモーターの制御下でDNA組換え酵素を発現させ、部位特異的組換え反応を引き起こすことによって行うことができる。
【0040】
(阻害剤の導入)
本発明の形質転換植物等では、HISE1タンパク質の発現または活性を抑制または阻害するために、阻害剤を導入することができる。阻害剤は、HISE1タンパク質の発現または活性を直接的または間接的に抑制/阻害し得る阻害剤であれば、限定しない。
【0041】
本発明の別の実施態様によれば、HISE1遺伝子を減弱化する具体的方法としては、本発明のHISE1タンパク質をコードするポリヌクレオチドにおいて、ストップコドン変異、フレームシフト変異、およびヌル変異からなる群から選択される変異を導入することにより、HISE1タンパク質の発現または活性を抑制または阻害することができる。以下、それぞれの方法について説明する。
【0042】
(ストップコドン変異)
本明細書において「ストップコドン変異」とは、遺伝子をコードするポリヌクレオチド(例えば、DNA)に1または数個の塩基が挿入されることにより、挿入された部位のアミノ酸のコドンを終止コドンにするような塩基配列の変異を意味する。
【0043】
(フレームシフト)
本明細書において「フレームシフト」とは、DNAに1個または数個(3の倍数ではない)の塩基の挿入や欠失が起こった結果、トリプレットのリーディングフレーム(読み枠)がずれてしまい、結果としてその挿入または欠失が生じた場所以降で野生型とは異なるアミノ酸配列を規定したり終止コドンが挿入されたりするような塩基配列の変異を意味する。
【0044】
(ヌル変異)
本明細書において「ヌル変異」とは、欠失や塩基置換などにより、全アミノ酸配列が発現されなくなるなど、機能を持つタンパク質が作れなくなるような塩基配列の変異を意味する。
【0045】
本発明の好ましい実施態様によれば、HISE1遺伝子を減弱化する具体的方法としては、HISE1タンパク質をコードするポリヌクレオチドに変異を導入することが挙げられる。かかるHISE1タンパク質をコードするポリヌクレオチドの変異としては、配列番号2の塩基配列の塩基番号787の塩基欠失または塩基置換または塩基番号787と788の間の塩基付加が挙げられる。配列番号2の塩基番号787の塩基置換における置換後の塩基は、アデニン(A)、シトシン(C)、チミン(T)のいずれであってもよく、好ましくは塩基番号787の塩基欠失である。配列番号2の塩基配列の塩基番号787と788の間の塩基付加における付加後の塩基としてはA、C、T、グアニン(G)のいずれであってもよく、好ましくはGである。
【0046】
本発明のより好ましい実施態様によれば、HISE1遺伝子を減弱化する具体的方法としては、HISE1タンパク質をコードするポリヌクレオチドに変異を導入して、変異により得られたHISEタンパク質が、HISE1タンパク質のアミノ酸配列のC末端側のアミノ酸を欠失させた、HISE1タンパク質C末端欠失変異体とすることが挙げられる。かかるHISE1タンパク質C末端欠失変異体における、HISE1タンパク質のアミノ酸配列(例えば、配列番号1で表されるアミノ酸配列)のN末端からのアミノ酸残基数としては、例えば、350残基以下が挙げられ、好ましくは300残基以下であり、より好ましくは280残基以下であり、さらに好ましくは275残基以下であり、また、好ましくは200残基以上、より好ましくは230残基以上、さらに好ましく260残基以上である。
【0047】
<HISE1遺伝子が減弱化されているナス科植物の特性>
本発明の一実施態様によれば、HISE1遺伝子が減弱化されているナス科植物(以下、「本発明のナス科植物」ともいう)は、植物ステロールの蓄積を増大することができる。かかる蓄積の増大は蓄積量の増大であってよい。ここで、植物ステロールとしては、遊離ステロール、ステロールエステル、またはそれらの組み合わせであってよい。遊離ステロールとしては、コレステロール、カンペステロール、スチグマステロール、β-シトステロール、C30H50Oステロールおよび24-メチレンシクロアルタノールからなる群から選択される少なくとも一種が挙げられ、好ましくは、コレステロール、カンペステロール、スチグマステロール、β-シトステロール、C30H50Oステロールおよび24-メチレンシクロアルタノールの組み合わせである。
【0048】
本発明の好ましい実施態様によれば、本発明のHISE1遺伝子が減弱化されているナス科植物において、葉における遊離ステロールの含有量(蓄積量)は、例えば1,000pmol/mg新鮮重量以上、好ましくは1,500pmol/mg新鮮重量以上であり、より好ましくは1,800pmol/mg新鮮重量以上であり、また、好ましくは5,000pmol/mg新鮮重量以下である。また、本発明のナス科植物の果実における遊離ステロールの含有量は、例えば10,000pmol/mg乾燥重量以上、好ましくは15,000pmol/mg乾燥重量以上、より好ましくは20,000pmol/mg乾燥重量以上、さらに好ましくは50,000pmol/mg乾燥重量以上であり、さらに好ましくは100,000pmol/mg乾燥重量以上であり、また、好ましくは300,000pmol/mg新鮮重量以下である。
【0049】
本発明の別の好ましい実施態様によれば、本発明のHISE1遺伝子が減弱化されているナス科植物において、遊離ステロールの含有量を、野生型のナス科植物と比較して、例えば、1.5倍以上、好ましくは2倍以上、また、好ましくは20倍以下に増大できる。特に、本発明のナス科植物において、葉における遊離ステロールの含有量は、野生型のナス科植物の葉と比較して、例えば1.5倍以上、好ましくは2倍以上であり、より好ましくは2.5倍以上であり、また、好ましくは10倍以下である。また、本発明のナス科植物の果実における遊離ステロールの含有量は、野生型のナス科植物の果実と比較して、例えば2倍以上、好ましくは5倍以上であり、より好ましくは7倍以上であり、また、好ましくは20倍以下である。
【0050】
本発明の植物における遊離ステロールの含有量の測定は、液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)により測定される。上記測定としては、Yamashita, K. et al., J Chromatogr A (2007), 1173, pp.120-128に記載の手順に準じてステロールのピコリノイル誘導体化を行うことができ、Okazaki, Y. and Saito, K. (2018) Methods Mol Biol 1778, pp.157-169に記載の方法に従ってLC-MS/MSを行うことができる。このような測定は、LC四重極飛行時間型(QTOF)MS(LC:Waters Acquity UPLCシステム、MS:Waters Xevo G2 Q-Tof)を用いることにより、簡便に行うことができる。ここで、より正確な濃度測定のためには、既知の濃度を有する内部標準を用いることが望ましく、内部標準としては通常各化合物を用いることができる。
【0051】
本発明の好ましい実施態様によれば、本発明のHISE1遺伝子が減弱化されているナス科植物において、ステロールエステルの含有量は、1,2-ジデカノイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(PC20:0)の[M+H]+種に対するステロールエステルの[M+NH4]+の相対強度として算出することができる。本発明のナス科植物の葉におけるステロールエステルの含有量は、PC20:0の[M+H]+種に対する上記相対強度として、例えば0.5以上、好ましくは1以上であり、より好ましくは2以上であり、また、好ましくは5以下である。また、本発明のナス科植物の果実におけるステロールエステルの含有量は、PC20:0の[M+H]+種に対する相対強度として、例えば0.5以上、好ましくは1以上であり、より好ましくは1.3以上であり、また、好ましくは5以下である。
ここで、PC20:0は内部標準として添加され、その[M+H]+種のピーク強度は、以下のように求めることができる。最初に、葉の場合について説明する。まず、葉(約50mg)を凍結し、振とう粉砕する。その後約16倍量の抽出溶媒(1μMの1,2-ジデカノイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリンを含むメチルtert-ブチルエーテル/メタノール=3/1(v/v))を粉砕されたサンプルに入れ、激しく混合する。得られたホモジネートに約4倍量の水を加える。その後激しく攪拌し、氷上、暗所でインキュベーションした後遠心分離する。上層を新しいマイクロ遠心チューブに移し、遠心濃縮器を使用して有機相を室温で蒸発乾固させる。得られた残渣をエタノール(好ましくは、200μL)に溶解し遠心分離する。得られた上清をガラスインサート付きのバイアルに移し、Okazaki, Y. and Saito, K. (2018) Methods Mol Biol 1778, pp.157-169に記載の方法に従ってLC-MS/MSを行う。好ましくは試験例5の方法である。
次に、果実の場合について説明する。果実を凍結乾燥し粉砕する。乾燥果実粉末(約5g)を約160倍量の抽出溶媒で抽出する。上層(例えば、160μL)を約50倍量の水で洗浄後、濃縮乾固し、エタノール(例えば、200μL)で溶解し、上記葉の場合と同様にLC-MS/MS分析を行う。好ましくは試験例5の方法である。
【0052】
本発明の別の好ましい実施態様によれば、本発明のHISE1遺伝子が減弱化されているナス科植物において、ステロールエステルの含有量は、野生型のナス科植物と比較して、例えば、2倍以上、好ましくは5倍以上に増大できる。特に、本発明のナス科植物において、葉におけるステロールエステルの含有量は、野生型のナス科植物の葉と比較して、例えば10倍以上、好ましくは20倍以上であり、より好ましくは100倍以上である。好ましくは、ステロールエステルは野生型のナス科植物の葉では未検出であるものの、本発明のナス科植物の葉では検出されうる。また、本発明のナス科植物の果実におけるステロールエステルの含有量は、野生型のナス科植物の果実と比較して、例えば2倍以上、好ましくは5倍以上であり、より好ましくは6倍以上であり、また、好ましくは20倍以下である。
【0053】
本発明の植物におけるステロールエステルの含有量の測定は、液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)により測定される。上記測定としては、Okazaki, Y. and Saito, K. (2018) Methods Mol Biol 1778, pp.157-169に記載の手順に従って測定することができる。ここで、より正確な濃度測定のためには、既知の濃度を有する内部標準を用いることが望ましく、内部標準として1,2-ジデカノイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(PC20:0)を用いることができる。さらに、ステロールエステルの含有量は、PC20:0の[M+H]+種のピーク強度に対するステロールエステルの[M+NH4]+のピーク強度の相対強度として求めることができる。
【0054】
本発明の別の実施態様によれば、HISE1遺伝子が減弱化されているナス科植物はドリコールを含むことができる。ドリコールは野生型のナス科植物では未検出であるものの、本発明のナス科植物では検出されうる。
【0055】
本発明の好ましい別の実施態様によれば、本発明のHISE1遺伝子が減弱化されているナス科植物において、ドリコールの含有量は、PC20:0の[M+H]+種に対するドリコールの[M+NH4]+の相対強度として算出することができる。本発明のナス科植物の葉におけるドリコールの含有量は、PC20:0の[M+H]+種に対する上記相対強度として、例えば0.02以上、好ましくは0.06以上であり、より好ましくは0.07以上であり、また、好ましくは0.2以下である。本発明のナス科植物の果実におけるステロールエステルの含有量は、PC20:0の[M+H]+種に対する上記相対強度として、例えば0.02以上、好ましくは0.08以上であり、より好ましくは0.1以上であり、また、好ましくは0.3以下である。ここで、PC20:0の[M+H]+種については、上述のステロールエステルの場合と同様に求めることができる。
【0056】
本発明の植物におけるドリコールの含有量の測定は、ステロールエステルと同様の方法で測定される。
【0057】
本発明の別の実施態様によれば、HISE1遺伝子が減弱化されているナス科植物は野生型のナス科植物に比較して脂肪滴(LD)の数および/または面積が増えている。具体的には、本発明のナス科植物の果実におけるLDは野生型のナス科植物の果実と比較して増えている。また、本発明のナス科植物の葉におけるLDも野生型のナス科植物の葉と比較して増えている。本発明のナス科植物の葉におけるLDの数は、野生型のナス科植物の葉におけるLDの数と比較して、例えば20倍以上、好ましくは30倍以上であり、より好ましくは40倍以上であり、また、好ましくは150倍以下である。また、本発明のナス科植物の葉におけるLDの面積は、野生型のナス科植物の葉におけるLDの面積と比較して、例えば50倍以上、好ましくは100倍以上であり、より好ましくは120倍以上であり、また、好ましくは200倍以下である。本発明の植物におけるLDの数および面積は顕微鏡を用いて測定され、特に、面積はソフトウェアImageJを用いて計算できる。
【0058】
本発明の別の実施態様によれば、本発明のHISE1遺伝子が減弱化されているナス科植物の葉において、1,000μm2あたりのLDの数は、例えば2個以上、好ましくは3個以上であり、より好ましくは4個以上である。また、本発明のナス科植物の葉における1,000μm2あたりのLDの面積は、例えば20μm2以上、好ましくは30μm2以上、より好ましくは40μm2以上である。
【0059】
本発明の別の実施態様によれば、HISE1遺伝子が減弱化されているナス科植物は部分的不稔表現型を示してもよく、例えば、雄性不稔性を示してもよい。ここで、雄性不稔性とは、植物個体が有する花器官のうち一部または全部の雄ずいの稔性が失われていることである。雄ずいの不稔性としては、雄ずいが正常に形成されず花粉が生産されないことによるもの、雄ずいが他の器官に置き換わり花粉が生産されないことによるもの、花粉は生産されたが稔性を有さないことによるもの等が挙げられる。本発明のナス科植物は、花粉の発達障害により生存能力を有しないことにより、雄性不稔性を示してもよい。
雄ずいの不稔は、雄ずいが花弁等の他の器官に置き換わる等を形態観察により調べてもよく、正常個体の雌ずいとの掛け合わせにより種子が形成されるかどうかによっても容易に調べることができ、花粉の生存能力についてはアレキサンダー染色により調べてもよい。
【0060】
<植物ステロールの蓄積が増大したナス科植物の作出方法>
本発明の植物ステロールの蓄積が増大したナス科植物の作出方法は、HISE1遺伝子を減弱化することを含むものである。さらに、かかる方法は植物のHISE1タンパク質の発現または活性を抑制または阻害することを含んでよい。
【0061】
上記HISE1遺伝子としては、上述の(a)~(g)ポリヌクレオチドを含むものが挙げられる。
【0062】
本発明のナス科植物の作出方法としては、ナス科植物のHISE1遺伝子に、HISE1遺伝子の減弱化のために変異を導入することが好ましい。上記変異としてはストップコドン変異、フレームシフト変異、およびヌル変異からなる群より選択される変異が挙げられる。かかる変異の導入方法としては、CRISPR/Cas等の部位特異的ヌクレアーゼを用いるゲノム編集技術を用いる遺伝子ノックアウトや遺伝子ノックダウンが挙げられる。
【0063】
本発明の一実施態様によれば、上述の<HISE1遺伝子の減弱化>に記載のように、配列番号2の塩基配列における変異として、配列番号2の塩基配列の塩基番号787の塩基欠失もしくは塩基置換、または塩基番号787と788の間の塩基付加が挙げられる。または、HISE1タンパク質をコードするポリヌクレオチドに変異を導入して、HISE1タンパク質のアミノ酸配列(例えば、配列番号1のアミノ酸配列)のC末端側のアミノ酸を欠失させ、HISE1タンパク質C末端欠失変異体とすることが挙げられる。
【0064】
さらに本発明は、本発明のHISE1遺伝子が減弱化されているナス科植物を育種親として、他のナス科植物と交配し、子孫植物としてHISE1遺伝子が減弱化されているナス科植物を取得することを含む、HISE1遺伝子が減弱化されているナス科植物の作出方法も提供する。上述のように、ナス科植物ではHISE1遺伝子が減弱化されることにより、花粉が生存能力を有さず雄性不稔性を示しうる。したがって、本発明の別の実施態様によれば、植物ステロールの蓄積が増大したナス科植物の作出方法として、野生型植物の花粉を、HISE1遺伝子が減弱化されているナス科植物の変異体(hise1変異体ともいう)に受粉させることを含むことが好ましい。上記の遺伝的変異およびそれに起因する性質(植物ステロール蓄積の増大)を目的のナス科植物において固定することができる。得られた子孫植物については、目的の変異を有することを確認することが好ましい。変異の確認は、遺伝的変異を検出できる任意の方法により行えばよい。
【0065】
<ナス科植物の植物ステロールの蓄積を増大させる方法>
本発明の別の態様によれば、ナス科植物の植物ステロール蓄積を増大させる方法であって、HISE1遺伝子を減弱化することを含む方法が提供される。本発明の方法によれば、ナス科植物における植物ステロール蓄積を増大することができる。
【0066】
本発明の方法におけるHISE1遺伝子の減弱化は、上述した本発明のナス科植物や植物ステロール蓄積が増大したナス科植物の作出方法について説明したHISE1遺伝子の減弱化と同様にして行うことができる。
【0067】
以下に本発明において配列番号で示される塩基配列またはアミノ酸配列について記述する。
配列番号1:トマトHISE1タンパク質のアミノ酸配列を示す。
配列番号2:トマトHISE1遺伝子のコード配列の塩基配列を示す。
配列番号3:実施例で使用されるSl-HISE1 cDNAのプライマーの塩基配列
配列番号4:実施例で使用されるSl-HISE1 cDNAのプライマーの塩基配列
配列番号5:実施例で使用されるSl-HISE1 cDNAのプライマーの塩基配列
配列番号6:実施例で使用されるSl-HISE1 cDNAのプライマーの塩基配列
配列番号7:実施例で使用される19310c-stopのプライマーの塩基配列
配列番号8:実施例で使用される19310c-stopのプライマーの塩基配列
配列番号9:実施例で使用されるガイドRNAのためのオリゴDNA
配列番号10:実施例で使用されるガイドRNAのためのオリゴDNA
配列番号11:実施例で使用されるプライマーの塩基配列
配列番号12:実施例で使用されるプライマーの塩基配列
配列番号13:実施例で使用されるプライマーの塩基配列
配列番号14:実施例で使用されるプライマーの塩基配列
【実施例0068】
以下の試験例に基づいて本発明を説明するが、本発明はこれらの試験例に限定されるものではない。
【0069】
試験例1:トマトにおけるHISE1オルソログの同定
トマト(Solanum lycopersicum)の矮性栽培品種「Micro-Tom」を野生型として使用した。バーミキュライトを含む土壌で種子を発芽させ、25°Cの連続光(150μEs-1m-2)で生育させた。
【0070】
トマトの推定HISE1オルソログ(LOC101265533およびSolyc04g026280)は、At-HISE1(シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)HIGH STEROL ESTER 1)をクエリとして用いて、National Center for Biotechnology Information(NCBI)のBasic Local Alignment Search Tool(BLAST)およびSol Genomic Networkでの相同性検索によって特定された。Sol Genomic Network(SL4.0)のBLASTプログラムを使用した相同性検索により、Solyc04g026280のタンパク質コード配列(CDS)がLOC101265533のCDSと類似していることが明らかになった。ここで、LOC101265533のCDSの+1883bpから+1977bpまでのDNA配列は、Solyc04g026280のCDSのイントロンと予想された。トマトHISE1オルソログ(LOC101265533)はAt-HISE1アミノ酸配列(AT1G60995)と64%の同一性を有していた。同定された候補配列のドメインは、InterProScan(バージョン5.59-91.0)(Zdobnov and Apweiler,2001)を用いて検索した。その結果、候補タンパク質に「メンブラリン様ドメイン(IPR019144)」が存在することが確認され、トマトのHISE1オルソログをSl-HISE1とした。
【0071】
トマトの果実におけるSl-HISE1のタンパク質コード配列を同定するために、RNeasy Plant Mini Kit(QIAGEN社製)およびDNase Iを使用して野生型のトマトの果実からトータルRNAを単離した。逆転写酵素ReverTra Ace(東洋紡社製)を使用して、得られたトータルRNAからcDNAを調製した。Sl-HISE1 cDNA(-177~+2,110bp;ここで、+1bpは転写開始部位を指す)は、プライマー5'-CACCTTGCAACCCCTACCCTATCT-3'(配列番号3)および5'-TTCTACATATCTGTCTCCAC-3'(配列番号4)を使用して、果実をテンプレートとして用いcDNAからPCR増幅した。PCR産物は、TOPOクローニングを介してpENTR/D-TOPO(Invitrogen社製)にクローニングして、サブクローニングベクターを生成した。前記ベクターのDNA配列解析により、クローン化されたS1-HISE1 cDNAのDNA配列は配列番号2の通りであり、LOC101265533の参照配列に対応することが明らかとなった。
【0072】
トマトの葉におけるSl-HISE1のタンパク質コード配列を特定するために、RNeasy Plant Mini KitおよびDNase Iを用いて、3週齢の野生型のトマトの葉からトータルRNAを分離した。逆転写酵素ReverTra Aceを使用して、得られたトータルRNAからcDNAを調製した。Sl-HISE1 cDNA(-177~+2,110bp)は、プライマー5’-GCAGGCTCCGCGGCCTTGCAACCCCTACCCTATCT-3'(配列番号5)および5'-AGCTGGGTCGGCGCGTTCTACATATCTGTCTCCAC-3'(配列番号6)を使用して、葉をテンプレートとして用いcDNAからPCR増幅した。その後、終止コドンなしのAT1G19310(+1~+687bp、;ここで、+1bpは転写開始部位を指す)(19310c-stopともいう)を、プライマー5'-CACCATGTCTGATGTCCCTTCTTG-3'(配列番号7)および 5'-GCTCAAGAAGAGAGAAAACA-3'(配列番号8)を使用して、シロイヌナズナcDNAをテンプレートとして用いPCR増幅した。19310c-stopのPCR産物を、TOPOクローニングを介してpENTR/D-TOPOにクローニングして、サブクローニングベクターpENTR-19310を生成した。pENTR-19310ベクターを2つの制限酵素AscIおよびNotIで消化した。次に、消化されたDNAフラグメント(2,555bp、pENTR-CUTともいう)を精製し、サブクローニングに使用した。上記pENTR-19310はIn-Fusion Cloning Kit(Takara社製)を利用したサブクローニングを行うためのベクターとして作製した。次に、エントリークローンを作成するために、In-Fusion Cloning Kit(Takara社製)を使用して、Sl-HISE1 cDNAのPCR産物をpENTR-CUTとライゲーションした。前記ベクターのDNA配列解析により、クローン化されたS1-HISE1 cDNAのDNA配列も配列番号2の通りであり、LOC101265533の参照配列に対応することが明らかとなった。
【0073】
試験例2:ベクターの構築とトマトの形質転換
トマトSl-HISE1の機能を調べるために、clustered regularly interspaced short palindromic repeats(CRISPR)-Cas9遺伝子編集を使用して、Sl-HISE1欠損変異体(単に、Sl-HISE1変異体ともいう)を生成した。Sl-HISE1の6番目のエクソンをターゲットとするシングルガイドRNA(gRNA)を含むCRISPR/Cas9ベクターを構築し、この構築物を用いて野生型cv(園芸品種)Micro-Tomにアグロバクテリウム ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)を介した形質転換を行った。
【0074】
具体的には、Sl-hise1変異体を生成するために、NPTII発現カセットを含むpDe-CAS9(Fauser, F. et al., Plant J (2014), 79, pp.348-359の記載に基づき作成)とpEnChimera(Fauser, F. et al., Plant J (2014), 79, pp.348-359の記載に基づき作成)とを使用してゲノム編集用のベクターを構築した。ここで、オリジナルのpDe-CAS9ベクターはDr.H.Puchta(Fauser, F. et al., Plant J (2014), 79, pp.348-359)から提供されたものであり、オリジナルのbarカセットをNPTII発現カセットに置き換えている。ターゲット部位を配列番号2の塩基番号781から塩基番号803とした。なお、塩基番号781から塩基番号783のCCCがプロトスペーサー隣接モチーフ(Proto-spacer adjacent motif;PAM)である。ターゲット部位のガイドRNAは以下のように設計された。まず、2つのオリゴDNA(5'-ATTGtggcgcaatctagcttcctc-3'(配列番号9)および5'-AAACgaggaagctagattgcgcca-3'(配列番号10))について、以下のサーマルサイクラー設定で反応が行われた:95°Cで5分、5秒で95℃から85°Cに冷却(2°Cs-1)、85°Cで1分、その後5分で85℃から25°Cに冷却(0.2°Cs-1)。pEnChimeraベクターをBbsI-HFで消化し、精製した。ハイブリダイズしたオリゴDNAが、Takara Mighty Mix(Takara社製)を用いてBbsI消化されたpEnChimeraベクターに挿入された。ライゲーション産物により大腸菌(DH5α)を形質転換し、エントリークローンを得た。エントリークローンを、NPTII発現カセットを含むpDe-CAS9に対してLR反応させ、ゲノム編集用のSl-hise1ベクターを得た。二成分Sl-hise1ベクターをA.ツメファシエンスGV2260株に導入し、Sun et al., Plant Cell Physiol (2006), 47, pp.426-431に記載の方法に従って、A.ツメファシエンスを介した形質転換によりトランスジェニックトマト植物を生成した。
【0075】
Sl-HISE1に変異があるT0形質転換体(Sl-hise1)のゲノムDNAについて、次のプライマーセットを使用してPCRを行い、得られたPCR産物のDNA配列を決定した:5’-acctggtagtgcagtggcttga-3’(配列番号11)および5’-tcacgcaggatccacgaaagga-3’(配列番号12)。
【0076】
その結果、上記形質転換体はSl-HISE1に1bpの欠失を有するCRISPR/Cas9-Sl-HISE1変異株(Sl-hise1)であることが特定された(
図2)。Sl-HISE1は658アミノ酸のタンパク質をコードするが、Sl-hise1突然変異体は、272アミノ酸の短縮型タンパク質をコードした。
【0077】
Sl-hise1変異体は果実の発達に異常があり雄性不稔であるため、Sl-hise1変異体のめしべに野生型花粉を受粉させて果実とF1種子を得た。次に、F1植物を自家受粉させ、導入遺伝子を含まないSl-hise1ヘテロ接合系統をF2植物の中から単離した。次に、野生型対立遺伝子に特異的なa derived cleaved amplified polymorphic sequence(dCAPS)マーカーを用いて、250を超える分離F2個体の遺伝子型を特定した。具体的には、dCAPS Finder 2.0を使用して、dCAPSマーカーを設計した。PCRは、トマトゲノムDNAおよび次のプライマーセットを使用して実行された:5'-CCATTTATTTTTAGGGGTACTTGTTACTGCCCGCG-3'(配列番号13)および5'-CGTTCACGCAGGATCCACGAAAGGAATAAAAAGTC-3'(配列番号14)。野生型ゲノムに由来するPCR産物は、SacIIで切断された。
その結果、野生型:ヘテロ接合体:ホモ接合体=82:162:6であった。これは、カイ二乗検定で決定された予想される1:2:1(野生型:ヘテロ接合体:ホモ接合体)分離比に適合せず(p<0.001)、Sl-hise1ホモ接合変異体に成長異常があることを示唆した。
【0078】
Sl-hise1変異体は、さまざまな成長障害を示した。Sl-hise1植物は胚軸が短く(
図3)、野生型よりもゆっくりと成長した(
図4)。さらに、Sl-hise1植物は正常に花を咲かせたが、果実の発育は妨げられた。したがって、Sl-HISE1がトマトの成長と繁殖力に重要な役割を果たしていることが示唆された。
【0079】
試験例3:雄しべと花粉の観察
Sl-hise1変異体の花は正常に見えたが、果実はほとんど発達しなかった。この部分的不稔表現型を調べるために、Sl-hise1雄しべおよび花粉を観察した。
【0080】
野生型およびSl-hise1の雄しべを顕微鏡で観察した。顕微鏡の画像を
図5に示す。Sl-hise1雄しべには花粉粒がほとんど認められないが、野生型雄しべには多くの花粉粒が存在した。したがって、Sl-hise1変異体は花粉の発達に欠陥があると考えられる。
【0081】
花粉の生存能力はアレキサンダー染色を使用して評価した。アレキサンダー染色は、Alexander, M.P. (1969), Stain Technol 44, pp.117-122の方法に、若干の変更を加えて行った。具体的には、トマトの花をアレキサンダー染色液(10%エタノール、0.01%マラカイト グリーン、25%グリセロール、5%フェノール、5%抱水クロラール、0.05%酸性フクシン、0.000025%オレンジG、および1%氷酢酸)に50℃で24時間浸漬した。染色された花の花粉粒を顕微鏡(BZ-X800、キーエンス社)で観察した。その結果を
図6に示す。野生型の花粉やSl-hise1ヘテロ接合体の花粉は鮮やかに染色されている一方、Sl-hise1ホモ接合体の花粉は染色されず、不規則にしわが寄っていた。したがって、Sl-hise1花粉の生存能力がなかったことが示唆された。一方、Sl-hise1雌しべに野生型花粉を受粉させた場合、果実と種子が得られ、Sl-hise1雌しべと胚珠が機能していることが示された。したがって、Sl-HISE1欠損により花粉の発達障害が引き起こされたものと考えられる。
【0082】
試験例4:脂肪滴の観察
トマトの果実(ここで、果実は、外果皮、中果皮、内果皮を含む。なお、トマトにおいては、中果皮および内果皮が果肉に相当する。)は、種子を取り囲む。果実は母体組織(めしべ)に由来するため、野生型で受粉したSl-hise1果実はSl-hise1遺伝子型を持っている。したがって、これらの果実はSl-hise1変異体である(
図7)。
【0083】
BODIPY 493/503染色を使用して、トマトの果実におけるLD形成に対するSl-hise1変異の影響を調べた。具体的には、LDを観察するために、トマトの果実を5μg/mL BODIPY 493/503(Thermo Fisher Scientific社)で染色し、蛍光顕微鏡(BZ-X800、キーエンス社)を用いて観察した。BODIPY蛍光は、緑色蛍光タンパク質(GFP)フィルターを用いて観察した。
【0084】
果実の結果を
図8に示す。野生型の果実にはほとんどLDが検出できなかったが、Sl-hise1変異体の果実には多くのLDが検出された(
図8)。この結果は、Sl-HISE1欠損が果実におけるLDの過剰蓄積を引き起こしたことを示唆している。
【0085】
果実と同様に、トマトの葉におけるLD形成に対するSl-hise1変異の影響を調べた。葉の結果を
図9に示す。野生型の2週齢の本葉ではLDはほとんど検出されなかったものの、Sl-hise1変異体の本葉にはいくつかのLDが検出された(
図9)。さらに、葉におけるLDの数およびLDの面積を測定した。ここで、面積については、顕微鏡写真のLDの面積についてソフトウェアImageJを用いて計算を行った。その結果、1,000μm
2あたりのLDの数(n=5)は、野生型では0.05±0.08(平均±標準偏差、以下同じ)、Sl-hise1変異体では4.2±1.6であった。また、1,000μm
2あたりのLDの面積(n=8)は、野生型では0.4±0.8μm
2、Sl-hise1変異体では51.0±3.6μm
2であった。野生型の葉よりもSl-hise1変異体の方が有意に大きかった(p<0.05、Tukeyの検定)。これらの結果より、Sl-HISE1欠乏がトマトの葉のLD増加につながることが示唆された。
【0086】
試験例5:トマトの葉と果実のリピドーム分析
トマトの葉の脂質組成に対するSl-HISE1欠乏の影響を調べるために、液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)を用いて、リピドーム分析を行った。具体的には、ステロールエステル(SE)およびドリコールの分析を行った。まず、トマトの葉(約50mg)をチューブに集め、液体窒素を使用して凍結した。これらのサンプルは、Shake Master Neo(BMS社)により、ジルコニアビーズを使用して900rpmで5分間振とうすることにより粉砕された。解凍を避けるために、サンプルとShake Masterアダプターは、各粉砕プロセスの直前に液体窒素で凍らせた。16倍量の抽出溶媒(1μMの1,2-ジデカノイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(Sigma-Aldrich社)を含むメチル tert-ブチルエーテル/メタノール=3/1(v/v))をチューブ中の粉砕されたサンプルに入れ、激しく混合した。得られたホモジネートに4倍量の水を加えた。ボルテックスミキサーで激しく攪拌し、氷上、暗所で15分間インキュベーションした後、ホモジネートを3,000×gで5分間、4°Cで遠心分離した。上層(160μL)を新しい1.5mLマイクロ遠心チューブに移した。遠心濃縮器(ThermoSavant SPD2010、Thermo Fisher Scientific社)を使用して、有機相を室温で蒸発乾固させた。残渣を200μLのエタノールに溶解し、15分、4°C、10,000×gで遠心分離した。得られた上清をガラスインサート付きのバイアルに移し、Okazaki, Y. and Saito, K. (2018) Methods Mol Biol 1778, pp.157-169に記載の方法に従ってLC-MS/MSを行った。SEおよびドリコールの含有量は、内部標準である1,2-ジデカノイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(PC20:0)の[M+H]+種に対するSEおよびドリコールの[M+NH4]+の相対強度として表示した。
【0087】
次に、遊離ステロール(FS)の分析を行った。ここで、FSとは、コレステロール、カンペステロール、スチグマステロール、β-シトステロール、C30H50Oステロールおよび24-メチレンシクロアルタノールをいう。FSの分析のうち、ピコリノイル誘導体化は、Yamashita, K. et al., J Chromatogr A (2007), 1173, pp.120-128に記載の方法に、若干の変更を加えて行った。上記SE等のリピドーム分析用に調製したサンプル溶液(75μL)を、3.0μMのコレステロール-d7(コレステロール-25,26,26,26,27,27,27-d7、CDN同位体)を含む100μLのエタノールと混合した。その後、遠心濃縮器を用いて有機溶媒を蒸発乾固させた。誘導体化試薬50μLを残渣に加え、室温で30分間インキュベートした。ここで、誘導体化試薬は、ピコリン酸(90mg)、4-ジメチルアミノピリジン(30mg)、2-メチル-6-ニトロ安息香酸無水物(150mg)、テトラヒドロフラン(3mL)、およびトリエチルアミン(0.6mL)からなる。得られた反応混合物に、酢酸エチル(400μL)および水(1,000μL)を加え、激しく混合し、氷上に10分間置いた。4,000×g、4℃で10分間遠心分離した後、上層(200μL)を回収し、遠心濃縮機を用いて室温で乾燥させた。残渣をエタノール(200μL)に溶解し、4,000×gで10分間、4°Cで遠心分離した。得られた上清を、LC四重極飛行時間型(QTOF)MS(LC:Waters Acquity UPLCシステム、MS:Waters Xevo G2 Q-Tof)を用いて、Okazaki, Y. and Saito, K. (2018) Methods Mol Biol 1778, pp.157-169に記載の方法に従ってLC-MS/MS分析を行った。ここで、FSの含有量とは、コレステロール、カンペステロール、スチグマステロール、β-シトステロール、C30H50Oステロールおよび24-メチレンシクロアルタノールの含有量の合計をいう。なお、FSの含有量は各化合物の標準曲線に基づいて計算した。
【0088】
得られた結果を
図10に示す。ステロールエステル(SE)はSl-hise1の葉に豊富に含まれていたものの、野生型の葉では検出されず、Sl-hise1の葉に100倍以上含まれていた(
図10)。ドリコールも同様であった(
図10)。FSの含有量は、野生型の葉よりもSl-hise1の葉の方が約3倍高かった(
図10)。ステロール生合成経路を
図1に示す。なお、FSの中で、両方の遺伝子型において、m/z532.42(ID=lcp0877、イオンピーク[ピコリン酸エステル+H]
+)において非常に豊富な化合物を検出した。LC-QTOF-MSの結果は、この化合物がC
30H
50Oステロールであることを示した。さらに、ステロール生合成経路の中間ステロールである24-メチレンシクロアルタノールはSl-hise1の葉で検出されたものの、野生型の葉では検出されなかった。これらの結果より、Sl-HISE1欠乏が、FS(特に、C
30H
50Oステロールおよび24-メチルシクロアルタノール)およびSEの蓄積を促進することを示している。この点、シロイヌナズナの葉ではHISE1遺伝子の破壊によりステロールエステルが野生型に比べて約5倍多いことを考慮すると、トマトの葉において100倍以上であることから顕著な増大といえる。
【0089】
トマトの果実のリピドーム分析は以下のように行った。トマトの果実を凍結乾燥し、Shake Master Neoで粉砕した。乾燥果実粉末(5g)を160倍量の抽出溶媒で抽出した。上層(160μL)を50倍量の水で洗浄後、濃縮乾固し、エタノール200μLで溶解し、上記葉のSE等のリピドーム分析と同様にLC-MS/MS分析を行った。さらに、FSの分析に関しても上記葉と同様に行った。
【0090】
得られた結果を
図11に示す。SEの含有量は、野生型の果実よりもSl-hise1の果実の方が約10倍高く、Sl-hise1の果実にもSEが過剰に蓄積していた(
図11)。ドリコールはSl-hise1の葉に含まれていたものの、野生型の葉では検出されなかった(
図11)。FSの含有量は、野生型の果実よりもSl-hise1の果実の方が約11倍高かった(
図11)。FSについては、葉と同様に、果実には主にC
30H
50Oステロールが含まれていた。Sl-hise1果実中のC
30H
50Oステロールの含有量は、野生型果実よりも20.8倍高かった。C
30H
50Oステロールは、Sl-hise1および野生型果実でそれぞれ総FSの約83.7%および約46.9%を占めていた。Sl-hise1果実では24-メチレンシクロアルタノールが検出されたが、野生型果実では検出されなかった。これらの結果は、Sl-hise1葉のように、FSとSEがSl-hise1果実に過剰に蓄積することを示唆した。まとめると、これらの結果は、Sl-HISE1が主にFS、SEおよびドリコールの生成に影響を与えることを示唆した。
【0091】