(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024130631
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】pH応答性タンパク質送達用担体
(51)【国際特許分類】
C07K 2/00 20060101AFI20240920BHJP
A61K 47/42 20170101ALI20240920BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20240920BHJP
A61P 35/02 20060101ALI20240920BHJP
A61P 37/06 20060101ALI20240920BHJP
A61P 37/02 20060101ALI20240920BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20240920BHJP
A61K 38/02 20060101ALI20240920BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20240920BHJP
A61K 47/64 20170101ALI20240920BHJP
C07K 17/08 20060101ALI20240920BHJP
C07K 16/00 20060101ALN20240920BHJP
【FI】
C07K2/00
A61K47/42
A61P35/00
A61P35/02
A61P37/06
A61P37/02
A61P29/00
A61K38/02
A61K39/395 H
A61K39/395 A
A61K47/64
C07K17/08
C07K16/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023040467
(22)【出願日】2023-03-15
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1)ウェブサイトの掲載日 令和4年(2022年)8月20日 (2)ウェブサイトのアドレス https://authors.elsevier.com/sd/article/S0142-9612(22)00388-X (3)公開者 チェン ペンウェン、ヤン ウェンキァン、ホン タエフン、宮崎 拓也、ディリサラ アンジャネユル、片岡 一則、カブラル オラシオ (4)公開された発明の内容 チェン ペンウェン、ヤン ウェンキァン、ホン タエフン、宮崎 拓也、ディリサラ アンジャネユル、片岡 一則及びカブラル オラシオが、上記アドレスのウェブサイトで公開されたBiomaterials,Volume 288,September 2022,121748にて、チェン ペンウェン及びカブラル オラシオが発明した、「がん細胞の過酸性エンド/リソソームから脱出するナノキャリアは、治療的に阻害するc-MYCに対する抗体の腫瘍標的細胞内送達を可能にする」(Nanocarriers escaping from hyperacidified endo/lysosomes in cancer cells allow tumor-targeted intracellular delivery of antibodies to therapeutically inhibit c-MYC)について公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1)ウェブサイトの掲載日 令和4年(2022年)8月19日 (2)ウェブサイトのアドレス https://authors.elsevier.com/sd/article/S0142-9612(22)00388-X (3)公開者 チェン ペンウェン、ヤン ウェンキァン、ホン タエフン、宮崎 拓也、ディリサラ アンジャネユル、片岡 一則、カブラル オラシオ (4)公開された発明の内容 チェン ペンウェン、ヤン ウェンキァン、ホン タエフン、宮崎 拓也、ディリサラ アンジャネユル、片岡 一則及びカブラル オラシオが、上記アドレスのウェブサイトで公開されたBiomaterials,Volume 288,September 2022,121748にて、チェン ペンウェン及びカブラル オラシオが発明した、「がん細胞の過酸性エンド/リソソームから脱出するナノキャリアは、治療的に阻害するc-MYCに対する抗体の腫瘍標的細胞内送達を可能にする」(Nanocarriers escaping from hyperacidified endo/lysosomes in cancer cells allow tumor-targeted intracellular delivery of antibodies to therapeutically inhibit c-MYC)について公開した。
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 規雄
(72)【発明者】
【氏名】カブラル オラシオ
(72)【発明者】
【氏名】チェン ペンウェン
【テーマコード(参考)】
4C076
4C084
4C085
4H045
【Fターム(参考)】
4C076AA11
4C076AA16
4C076AA29
4C076AA95
4C076BB11
4C076BB13
4C076BB14
4C076BB15
4C076BB16
4C076CC04
4C076CC07
4C076CC27
4C076CC41
4C076EE41
4C076EE59
4C076FF31
4C076FF34
4C084AA01
4C084BA03
4C084MA05
4C084MA17
4C084MA21
4C084MA44
4C084MA66
4C084NA13
4C084NA14
4C084ZB07
4C084ZB08
4C084ZB11
4C084ZB26
4C084ZB27
4C085AA11
4C085BB31
4C085CC22
4C085CC23
4C085EE01
4C085EE05
4C085GG01
4C085GG02
4C085GG03
4C085GG04
4C085GG05
4H045AA10
4H045BA62
4H045CA40
4H045DA75
4H045EA20
(57)【要約】
【課題】薬物送達用のpH応答性担体の提供。
【解決手段】 シス-アコニチン無水物修飾ポリ(エチレングリコール)-b-ポリ[(L-リジン)ブロック共重合体と、ポリ(エチレングリコール)-b-ポリ{N-[N'-(2-アミノ-エチル)-2-アミノエチル]アスパルタミド}ブロック共重合体との組み合わせを含む、タンパク質送達用pH応答性担体、及び当該担体と生体関連物質との複合体などを提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
次式(1):
【化20】
〔式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、水素原子、若しくは置換されていてもよい炭素数1~12の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、又はアジド、アミン、マレイミド、リガンド若しくは標識剤を表し、
R
3は、下記式(I)で示される化合物を表し、
【化21】
(式中、R
a及びR
bは、それぞれ独立して、水素原子、又は置換されていてもよいアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アシル基、複素環基、複素環アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基若しくはアリールオキシ基を表す。また、R
aとR
bとが互いに結合し、それぞれが結合している炭素原子と共に芳香環又はシクロアルキル環を形成していてもよい。R
a及びR
bがそれぞれ結合している炭素原子間の結合は、単結合であってもよいし二重結合であってもよい。)
L
1は、NH、CO、又は下記式(11):
-(CH
2)
p1-NH- (11)
(式中、p1は1~6の整数を表す。)
で示される基、若しくは下記式(12):
-L
2a-(CH
2)
q1-L
3a- (12)
(式中、L
2aは、OCO、OCONH、NHCO、NHCOO、NHCONH、CONH又はCOOを表し、L
3aは、NH又はCOを表す。q1は1~6の整数を表す。)
で示される基を表し、
m1及びm2は、それぞれ独立して1~500の整数を表し(但し、m1及びm2の合計は10~500の整数を表す。)、m3、m4及びm5は、それぞれ独立して1~5の整数を表し、nは1~500の整数を表す。
「/」の表記は、その左右に示された(m1+m2)個の各モノマー単位の配列順序が任意であることを表す。〕
で示されるブロック共重合体と、次式(2):
【化22】
〔式中、R
1、R
2、L1、m1及びm2、並びに「/」の表記は前記と同様であり、R
30及びR
32は、それぞれ独立してメチレン基又はエチレン基を表し、R
31及びR
33は、それぞれ独立してアミノ基を有する基を表す。〕
で示されるブロック共重合体との組み合わせを含む、タンパク質送達用pH応答性担体。
【請求項2】
式(I)で示される化合物が、下記式(Ia)~(Ig)で示される化合物のうち少なくとも1種である、請求項1に記載の担体。
【化23】
【請求項3】
式(I)で示される化合物が、下記式(Ia)又は(Ib)で示される化合物である、請求項2に記載の担体。
【化24】
【請求項4】
アミノ基を有する基が、下記式:
【化25】
で示される基である、請求項1に記載の担体。
【請求項5】
pHが4.0~6.5でエンドソーム脱出を行うことができる請求項1に記載の担体。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の担体とタンパク質とを含む複合体。
【請求項7】
タンパク質が抗体である請求項6に記載の複合体。
【請求項8】
請求項6に記載の複合体を含む医薬組成物。
【請求項9】
請求項7に記載の複合体を含む医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2種類のブロック共重合体を含む、細胞内へのpH応答性タンパク質送達用担体に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞内にタンパク質を送達することは、細胞機能の制御に基づく新規治療法の開発に有用である。ほとんどの癌においては細胞内経路が制御されていることから、上記治療法は癌の治療数を拡大するために特に魅力的である(非特許文献1)[1]。このような治療法を実現するためには、タンパク質を標的細胞に輸送し、その細胞質ゾルに運ぶ系の開発が必要である。従って、タンパク質を細胞内に送達するために、生物学的及び細胞学的障壁を克服した種々の系が開発されている(非特許文献2~4)[2~4]。しかしながら、現在開発されている系では、送達効率及び標的への選択性がいずれも低く、in vivoでの適用が制限される(非特許文献4~7)[4-7]。従って、機能性タンパク質をin vivoで細胞内送達し、治療開発を促進するための有効な戦略が依然として必要とされる。
【0003】
脂質ナノ粒子(非特許文献8)[8]、ポリマーミセル(非特許文献9)[9]及び無機ナノ材料(非特許文献10)[10]などのナノキャリアは、タンパク質等の生体活性高分子をin vivoで送達する可能性を実証している(非特許文献11~14)[11~14]。このうちいくつかのナノキャリアは、細胞内送達のために、エンドサイトーシスを介した細胞内取り込みを促進し、エンドソーム膜を破壊して細胞質ゾルに接近するウイルス様の特徴を備えている(非特許文献15~17)[15-17]。
【0004】
エンドソームからの脱出は、エンドソーム/リソソーム区画におけるペイロードの分解を回避し、そして治療効果を達成するために必須である(非特許文献18)[18]。従って、pH緩衝化物質(非特許文献19~20)[19-20]、膜妨害物質(非特許文献21~23)[21-23]、又は融合原性物質(非特許文献15~16)[15-16]をこれらのナノキャリア構造に導入することによって、ナノキャリアのエンドソーム脱出能を最大化することに主要な努力が払われてきた。
【0005】
ところで、ウイルスは、エンドソームを感知し、特定の宿主細胞に感染できるようにするために細胞を選択的に破壊するように進化している一方で、他の宿主細胞への感染は免れている(非特許文献24)[24]。例えばB型肝炎ウイルスは、肝細胞内のエンドソームから選択的に脱出して肝臓に感染することができる(非特許文献25)[25]。従って、ナノキャリアのエンドソーム脱出の選択性に関しては、癌細胞などの特定の細胞型において優先的にエンドソーム脱出能を有するナノキャリアを開発することが、優れた治療結果、及びオフターゲット効果の低下に向けて、送達の精度及び有効性を増加させるための有望なアプローチとなり得る。
【0006】
エンドソーム脱出が起こるための一般的な属性は酸性化であり、そのpHは6.5~4.5の範囲である(非特許文献26)[26]。従って、酸性環境は、ナノキャリアの脱出機能を活性化するためのトリガーとして広く使用されている(非特許文献27~29)[27~29]。最近の研究では、癌細胞のエンドソーム内のpHが高度に調節障害されていることが示されている(非特許文献30~32)[30-32]。例えば、癌細胞におけるエンドソームの過酸化は低酸素腫瘍内条件下で起こる(非特許文献30)[30]。これにより、分化したエンドソーム酸性化は、腫瘍にタンパク質を選択的に送達するためのナノキャリアのエンドソーム脱出を調節するのに適切なシグナルとなり得る。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】D. Hanahan, R. A. Weinberg, Cell 2011, 144, 646.
【非特許文献2】K. Kardani, A. Milani, S. H. Shabani, A. Bolhassani, Expert Opin. Drug Deliv. 2019, 16, 1227
【非特許文献3】A. Jhaveri, V. Torchilin, Expert Opin. Drug Deliv. 2015, 13, 49.
【非特許文献4】J. L. S. Au, B. Z. Yeung, M. G. Wientjes, Z. Lu, M. G. Wientjes, Adv. Drug Deliv. Rev. 2016, 97, 280
【非特許文献5】A. Erazo-Oliveras, N. Muthukrishnan, R. Baker, T. Y. Wang, J. P. Pellois, Pharm. 2012, Vol. 5, Pages 1177-1209 2012, 5, 1177.
【非特許文献6】J. Gilleron, W. Querbes, A. Zeigerer, A. Borodovsky, G. Marsico, U. Schubert, K. Manygoats, S. Seifert, C. Andree, M. Stoter, H. Epstein-Barash, L. Zhang, V. Koteliansky, K. Fitzgerald, E. Fava, M. Bickle, Y. Kalaidzidis, A. Akinc, M. Maier, M. Zerial, Nat. Biotechnol. 2013 317 2013, 31, 638.
【非特許文献7】G. Sahay, W. Querbes, C. Alabi, A. Eltoukhy, S. Sarkar, C. Zurenko, E. Karagiannis, K. Love, D. Chen, R. Zoncu, Y. Buganim, A. Schroeder, R. Langer, D. G. Anderson, Nat. Biotechnol. 2013 317 2013, 31, 653.
【非特許文献8】T. Jiang, R. Mo, A. Bellotti, J. Zhou, Z. Gu, Adv. Funct. Mater. 2014, 24, 2295.
【非特許文献9】A. Tao, G. Lo Huang, K. Igarashi, T. Hong, S. Liao, F. Stellacci, Y. Matsumoto, T. Yamasoba, K. Kataoka, H. Cabral, Macromol. Biosci. 2020, 20, 1900161.
【非特許文献10】F. Scaletti, J. Hardie, Y. W. Lee, D. C. Luther, M. Ray, V. M. Rotello, Chem. Soc. Rev. 2018, 47, 3421.
【非特許文献11】P. Mi, K. Miyata, K. Kataoka, H. Cabral, Adv. Ther. 2021, 4, 2000159
【非特許文献12】H. Cabral, K. Miyata, K. Osada, K. Kataoka, Chem. Rev. 2018, 118, 6844.
【非特許文献13】M. Ray, Y. W. Lee, F. Scaletti, R. Yu, V. M. Rotello, Nanomedicine 2017, 12, 941.
【非特許文献14】X. Qin, C. Yu, J. Wei, L. Li, C. Zhang, Q. Wu, J. Liu, S. Q. Yao, W. Huang, Adv. Mater. 2019, 31, 1902791.
【非特許文献15】Y. Nishimura, K. Takeda, R. Ezawa, J. Ishii, C. Ogino, A. Kondo, J. Nanobiotechnology 2014, 12, 1.
【非特許文献16】K. Sasaki, K. Kogure, S. Chaki, Y. Nakamura, R. Moriguchi, H. Hamada, R. Danev, K. Nagayama, S. Futaki, H. Harashima, Anal. Bioanal. Chem. 2008, 391, 2717.
【非特許文献17】I. M. S. Degors, C. Wang, Z. U. Rehman, I. S. Zuhorn, Acc. Chem. Res. 2019, 52, 1750.
【非特許文献18】S. A. Smith, L. I. Selby, A. P. R. Johnston, G. K. Such, Bioconjug. Chem. 2018, 30, 263.
【非特許文献19】J. Lee, I. Sands, W. Zhang, L. Zhou, Y. Chen, Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 2021, 118, e2104511118
【非特許文献20】S. Han, Q. Cheng, Y. Wu, J. Zhou, X. Long, T. Wei, Y. Huang, S. Zheng, J. Zhang, L. Deng, X. Wang, X. J. Liang, H. Cao, Z. Liang, A. Dong, Biomaterials 2015, 48, 45.
【非特許文献21】S. T. Yang, E. Zaitseva, L. V. Chernomordik, K. Melikov, Biophys. J. 2010, 99, 2525.
【非特許文献22】H. Yu, Y. Zou, Y. Wang, X. Huang, G. Huang, B. D. Sumer, D. A. Boothman, J. Gao, ACS Nano 2011, 5, 9246.
【非特許文献23】X. Han, H. Zhang, K. Butowska, K. L. Swingle, M.-G. Alameh, D. Weissman, M. J. Mitchell, Nat. Commun. 2021 121 2021, 12, 1.
【非特許文献24】J. M. White, G. R. Whittaker, Traffic 2016, 17, 593.
【非特許文献25】L. Stoeckl, A. Funk, A. Kopitzki, B. Brandenburg, S. Oess, H. Will, H. Sirma, E. Hildt, Proc. Natl. Acad. Sci. 2006, 103, 6730.
【非特許文献26】J. R. Casey, S. Grinstein, J. Orlowski, Nat. Rev. Mol. Cell Biol. 2009 111 2009, 11, 50.
【非特許文献27】S. Wang, Front. Chem. 2021, 9, 145.
【非特許文献28】Y. Sato, H. Hatakeyama, Y. Sakurai, M. H 774 yodo, H. Akita, H. Harashima, J. Control. Release 2012, 163, 267.
【非特許文献29】N. Song, L. Zhou, J. Li, Z. Pan, X. He, H. Tan, X. Wan, J. Li, R. Ran, Q. Fu, Nanoscale 2016, 8, 7711.
【非特許文献30】M. Ko, A. Quinones-Hinojosa, R. Rao, Cancer Metastasis Rev. 2020, 39, 519.
【非特許文献31】F. Lucien, P. P. Pelletier, R. R. Lavoie, J. M. Lacroix, S. Roy, J. L. Parent, D. Arsenault, K. Harper, C. M. Dubois, Nat. Commun. 2017 81 2017, 8, 1.
【非特許文献32】L. W. Jiang, V. M. Maher, J. J. McCormick, M. Schindler, J. Biol. Chem. 1990, 265, 4775.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記背景のもと、タンパク質を目的となる組織に送達し、pHに応じてタンパク質を放出し得る担体の開発が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、2種類のブロック共重合体とタンパク質との複合体により上記課題を解決し得ることに成功し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1] 次式(1):
【化1】
〔式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、水素原子、若しくは置換されていてもよい炭素数1~12の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、又はアジド、アミン、マレイミド、リガンド若しくは標識剤を表し、
R
3は、下記式(I)で示される化合物を表し、
【化2】
(式中、R
a及びR
bは、それぞれ独立して、水素原子、又は置換されていてもよいアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アシル基、複素環基、複素環アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基若しくはアリールオキシ基を表す。また、R
aとR
bとが互いに結合し、それぞれが結合している炭素原子と共に芳香環又はシクロアルキル環を形成していてもよい。R
a及びR
bがそれぞれ結合している炭素原子間の結合は、単結合であってもよいし二重結合であってもよい。)
L
1は、NH、CO、又は下記式(11):
-(CH
2)
p1-NH- (11)
(式中、p1は1~6の整数を表す。)
で示される基、若しくは下記式(12):
-L
2a-(CH
2)
q1-L
3a- (12)
(式中、L
2aは、OCO、OCONH、NHCO、NHCOO、NHCONH、CONH又はCOOを表し、L
3aは、NH又はCOを表す。q1は1~6の整数を表す。)
で示される基を表し、
m1及びm2は、それぞれ独立して1~500の整数を表し(但し、m1及びm2の合計は10~500の整数を表す。)、m3、m4及びm5は、それぞれ独立して1~5の整数を表し、nは1~500の整数を表す。
「/」の表記は、その左右に示された(m1+m2)個の各モノマー単位の配列順序が任意であることを表す。〕
で示されるブロック共重合体と、次式(2):
【化3】
〔式中、R
1、R
2、L1、m1及びm2、並びに「/」の表記は前記と同様であり、R
30及びR
32は、それぞれ独立してメチレン基又はエチレン基を表し、R
31及びR
33は、それぞれ独立してアミノ基を有する基を表す。〕
で示されるブロック共重合体との組み合わせを含む、pH応答性タンパク質送達用担体。
[2] 式(I)で示される化合物が、下記式(Ia)~(Ig)で示される化合物のうち少なくとも1種である、[1]に記載の担体。
【化4】
[3] 式(I)で示される化合物が、下記式(Ia)又は(Ib)で示される化合物である、[2]に記載の担体。
【化5】
[4] アミノ基を有する基が、下記式:
【化6】
で示される基である、[1]に記載の担体。
[5] pHが4.0~6.5でエンドソーム脱出を行うことができる[1]に記載の担体。
[6] [1]~[5]のいずれか1項に記載の担体とタンパク質とを含む複合体。
[7] タンパク質が抗体である[6]に記載の複合体。
[8] [6]に記載の複合体を含む医薬組成物。
[9] [7]に記載の複合体を含む医薬組成物。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、ポリアスパラギン酸を骨格とするブロック共重合体と、ポリリジンを骨格とするブロック共重合体に抗体等のタンパク質を担持させ、目的の組織にタンパク質を送達させることが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】癌細胞株および非癌細胞株におけるエンドソームのpHプロファイリングを示す図である。a)エンドソームpHの指標としての蛍光強度比の代表的画像(スケールバー=20μm)。b)pHレポーターとのインキュベーション4時間後(上パネル)および8時間後(下パネル)の対応する細胞株のエンドソームにおけるpH分布のヒートマップ可視化。c)pHレポーターとのインキュベーション4時間後(左パネル)および8時間後(右パネル)の対応する細胞株の平均エンドソームpH。データは、平均± SEM(n = 200)として示される。
【
図2】異なる割合のPEG-pAsp(DET)を有する抗NPC/mの調製および特徴付けを示す図である。a)ミセル(スケールバー=50nm)の代表的なTEM像。b)DLS測定により測定したミセルの代表的な強度直径分布。c)DLS測定から得られた抗NPC/mのZ平均直径。d)抗NPCのミセルへのカプセル化効率。e)異なるpH条件下での遊離抗NPCおよび抗NPC/mのζ電位値。データは平均±標準偏差(n = 3)として示した。f)DLS測定から得られた正規化計数率によって決定される異なるpH条件下でのミセル安定性。データは平均±標準偏差(n = 3)として示した。g)ミセルからの抗NPCの累積放出を透析法により測定した。データは平均±標準偏差(n = 3)として示した。
【
図3】抗NPC/mによる細胞への抗NPCのインビトロ送達を示す図である。a)CT26細胞中のミセルのエンドソーム脱出分析。異なるポリマー含量を有するミセルと共にインキュベートしたCT26細胞の代表的なCLSM画像を左パネルに示す(スケールバー=10μm;青: Hoechst;緑: Lysotracker;赤:抗NPC)。Red-Greenチャネルの共局在化係数を、各サンプル中の15個の細胞から定量した(右パネル)。データは平均±標準偏差(n = 15)として示した。b)ミセルと24時間インキュベートした後のCT26細胞から抽出した核の代表的なフローサイトメトリー結果。c)フローサイトメトリーの結果の定量化。データは平均±標準偏差(n = 3)として示した。d)抗NPC/mの細胞毒性。ウシ血清アルブミン(BSA/m)を負荷したミセルを対照として使用した(n = 3)。e)p/p = 0.2:0.8および0.5:0.5を有するミセルと共に24時間インキュベートした癌および非癌細胞の代表的なCLSM画像(スケールバー=10μm;青:ヘキスト;緑:ライソトラッカー;赤:抗NPC)。Red-Greenチャネルの共局在化係数を、各サンプル中の15個の細胞から定量した。データは平均±標準偏差(n =15)として示した。p値は、対応のないt検定を介して計算した。
【
図4】全身注射された抗NPC/mによる抗NPCのインビボ送達を示す図である。a)静脈内注射の24時間後の遊離抗NPCおよび抗NPC/m(p/p = 0:1および0.2:0.8)の生体内分布を示す代表的なIVIS画像。b)組織ホモジネートにおける%注射用量(ID)に対して正規化された生体分布の定量。データは平均±標準偏差(n = 3)として示した。c) 遊離抗NPCおよび抗NPC/mの静脈内注射の24時間後における腫瘍切片の代表的なCLSM画像(スケールバー=20μm;青色:ヘキスト;赤色:抗NPC;緑色:共局在ピクセル)。d) c)で示した各照射野における赤青共局在化画素の相対的領域の定量化。データは平均±標準偏差(n = 5)として示した。e)遊離抗NPCおよび抗NPC/mの静脈内注射の24時間後に組織から抽出された核の代表的なフローサイトメトリー結果。f)フローサイトメトリーの結果の定量化。データは平均±標準偏差(n = 3)として示した。g)抗NPC/m(p/p = 0.2:0.8および0.5:0.5)の静脈内注射の24時間後の肝臓切片の代表的なCLSM写真(スケールバー=20μm;青:ヘキスト;赤:抗NPC;緑:共局在ピクセル)。h)赤青共局在画素の相対領域の定量化。データは、平均±標準偏差(n = 5)として示した。全てのp値は、unpaired t-検定を介して計算した。
【
図5】CT26腫瘍に対する抗c-MYC/mの治療効果を示す図である。a)抗c-MYC/mの特性決定。遊離抗c-MYC抗体および抗c-MYC/mの平均直径(左パネル)およびζ電位値(右パネル)を測定した。データは、平均±標準偏差(n = 3)として示した。b)PBS、遊離抗c-MYC抗体および抗c-MYC/mで処理した後のCT26細胞中のc-MYCレベルをウェスタンブロット法により測定した。代表的なウエスタンブロット結果(左パネル)およびその定量結果(右パネル)は、抗c-MYC/mによるc-MYCタンパク質のインビトロ抑制を示す。データは、平均±標準偏差(n = 3)として示した。c)遊離抗c-MYC抗体および抗c-MYC/mのIn vitro細胞毒性。データは、平均±標準偏差(n = 4)として示した。d)抗c-MYC/mで処理した細胞のアポトーシスレベルを、アネキシンV/PI染色のフローサイトメトリー分析によって決定した。代表的なフローサイトメトリーの結果(左パネル)および定量分析結果は、抗c-MYC/m処置によって誘導されるアポトーシスを実証する。データは、平均±標準偏差(n = 3)として示した。e)CT26腫瘍に対する遊離抗c-MYC抗体及び抗c-MYC/m(2.5mg/kg抗c-MYC同等)の抗腫瘍活性。5日目と7日目に薬剤を静脈注射した。f)Day15における各群の平均腫瘍重量(n = 6)。g)ウェスタンブロット法により測定したCT26腫瘍におけるc-MYC蛋白質のin vivo抑制。代表的なウェスタンブロット結果(左パネル)およびその定量分析結果(右パネル)は、インビボでの抗c-MYC/m減少c-MYCレベルを明らかにした。データは、平均±標準偏差(n = 3)として示した。h)TUNEL染色(スケールバー=100μm)によって決定したインビボアポトーシス誘導。全てのp値は、対応のないt検定を介して計算した。
【
図6】ポリマーミセルの形成を示す図である。ミセルは、単にポリマーを抗体と混合することによって、水性環境中で自己集合する。抗体は、pH感受性アミド結合および静電相互作用によってミセルに内包される。
【
図7】D
2O中のPEG‐pLLの
1H‐NMRを示す図である。PEG(δ =3.7ppm)上の-OCH
2 CH
2‐とリジンの-C
3H
6‐(b, c, d) (δ=1.2~2.0ppm)のプロトン比から、リジン基の重合度は35であると決定した。
【
図8】d
6-DMSO中のPEG-pLL(CAA)の
1H-NMR及びHPLCの結果を示す図である。a) d
6-DMSO中のPEG-pLL(CAA)の
1H-NMR。
1H-NMRの結果からCAA上のC=C‐H(f)のピーク(δ=5.7ppm)によりCAA基のポリマーへの結合が確認され、1つのポリマー上のCAA基の数は19であると決定された。b) HPLCの結果は、単分散PEG-p(Lys
16-CAA
19)を示した。
【
図9】CDCl
3中のPEG-PBLAの
1H-NMRを示す図である。BLA基のDPは、PEG上の-OCH
2CH
2-(δ=3.7ppm)とBLA上の-CH
2-COO(c)(δ=4.8-5.2ppm)のピークを比較することによって50と決定された。
【
図10】D
2O中のPEG‐pAsp(DET)の
1H‐NMR及びHPLCの結果を示す図である。a) D
2O中のPEG‐pAsp(DET)の
1H‐NMR。-CH
2‐基のピーク(b, c, d, e)によりDET基とポリマーとの結合を確認し (δ=3.2~3.7ppm)、1つのポリマー上のDET基の数は50と決定した。b)HPLCの結果は単分散PEG-pAsp(DET)を示した。
【
図11】抗NPCを内包するミセルの特徴を示す図である。a) A647標識抗NPCを内包するミセルのHPLC結果。b) A647標識抗NPCおよびQSY21標識PEG-pAsp(DET)(p/p = 0.2:0.8)を構成する抗NPC/mの蛍光発光スペクトル。抗NPC/mは、647nmmp励起波長を有するpHの異なる緩衝液で希釈した。c) QSY21標識PEG-pAsp(DET)を内包する抗NPC/mのHPLC結果。
【
図12】異なるPEG-pAsp(DET)比を有するBSA内包ミセル(BSA/m)の特徴付けを示す図である。a) BSAのミセルへの内包効率。b) DLSで測定したBSA/mの平均直径。データは平均±標準偏差(n = 3)として示した。
【
図13】抗NPC/mの特徴を示す図である。 細胞内蛍光強度は、8時間(a)および24時間(b)のインキュベーション後の異なる細胞株における抗NPC/m(p/p=0.2:0.8または0.5:0.5)の取り込みを示す。データは平均±標準偏差(n = 15)として示した。
【
図14】バフィロマイシンA1で処理し、抗NPC/m(p/p = 0.2:0.8)と共に8時間インキュベートした細胞のインビトロエンドソーム脱出を示す図である(スケールバー=20μm;青:ヘキスト; 緑: Lysotracker; 赤:抗NPC)。Red-Greenチャネルの共局在化係数を、各サンプル中の15個の細胞から定量化し、棒グラフに示した。データは平均±標準偏差として示した。
【
図15】抗NPC/mの腫瘍内注射後のCT26腫瘍細胞への抗NPCのインビボ送達を示す図である。a) i.t.注射24時間後の腫瘍切片の代表的なCLSM写真(スケールバー=20μm; 青色: ヘキスト; 赤色: 抗NPC; 緑色: 共局在ピクセル)。b) a)に示す各視野における共局在化画素(n = 5)の相対面積の定量化。平均±S.D.およびp-値として示されるデータは、unpaired t-検定を介して計算した。
【
図16】CT26細胞における抗c-MYC/mのin vitro取り込みを示す図である。a) サンプルと24時間インキュベーションした後のCT26細胞の代表的なCLSM写真(スケールバー=10μm; 青色: ヘキスト; 赤色: 抗c-MYC)。b) 各群の個々の細胞からの平均蛍光(n = 10)。平均±S.D.およびp-値として示されるデータは、unpaired t-検定を介して計算した。
【
図17】抗c-MYC/m処置中の腫瘍サイズと全身毒性を示す図である。a) Day 15に切除した腫瘍の写真。b) 処置中のマウスの体重変化(n = 6)。c) Day 15に採取した検体の血液検査結果(n = 6)。すべての結果において、いずれの群間にも有意差は認められなかった。d) Day 15における肝臓切片の代表的H&E染色(スケールバー=100μm)。データは平均± S.D.で示した。任意の2群間のone-way ANOVA分析でも有意差を明らかにすることはできなかった。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.概要
本発明は、所定の細胞のサイトゾルに選択的に到達するための、エンドソーム脱出能を有するpH応答性タンパク質送達用担体(高分子ナノキャリア)を提供する。本発明においては、ナノキャリア中に抗体等のタンパク質を内包することにより、in vitroとin vivoの両者において、タンパク質を癌細胞等のサイトゾルに選択的にタンパク質を送達させることを実証した。実施例では、抗c‐MYC抗体を内包し全身投与されたナノキャリア-抗体複合体は、固形腫瘍におけるc‐MYCを抑制し、副作用なしに腫瘍増殖を阻害した。このことから、本発明の複合体は治療可能な医薬組成物としての有用性を有することが確認された。本発明の高分子ナノキャリアは、特定の細胞においてエンドソームからの脱出能を調節することができ、タンパク質を細胞特異的に送達するために有用である。
【0014】
本発明においては、癌性及び非癌性細胞におけるエンドソームのpHをスクリーニングすることにより、いくつかの癌細胞が非癌性細胞と比較して顕著なエンドソーム酸性化を示すことを見出した。従って、本発明者は、エンドソームのpHプロファイルに基づいて、これらの癌細胞内にタンパク質を選択的に送達するための、エンドソーム脱出能を有するpH応答性ナノキャリアを開発した。
【0015】
実施例ではモデルタンパク質として抗体を使用したが、その理由は、抗体のサイズが大きい(~150kDa)ために細胞膜傷害せずに浸透することができないからであり[33-34]、抗体は、Myc、RasおよびNF-kB癌遺伝子等の大きなタンパク質-タンパク質インターフェース[35]を有するため、低分子インヒビターを持たないタンパク質の機能を阻害できるからである[36-38]。
【0016】
2.ブロック共重合体
本発明は、次式(1)で示されるブロック共重合体と次式(2)で示されるブロック共重合体との組み合わせを含む、pH応答性の生体関連物質送達用担体に関する。
2.1.式(1)で示されるブロック共重合体
式(1)で示されるブロック共重合体の構造は以下の通りである。
【化7】
【0017】
式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、水素原子、若しくは置換されていてもよい炭素数1~12の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、又はアジド、アミン、マレイミド、リガンド若しくは標識剤を表す。
R
3は、下記式(I)で示される化合物を表す。
【化8】
(式中、R
a及びR
bは、それぞれ独立して、水素原子、又は置換されていてもよいアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アシル基、複素環基、複素環アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基若しくはアリールオキシ基を表す。また、R
aとR
bとが互いに結合し、それぞれが結合している炭素原子と共に芳香環又はシクロアルキル環を形成していてもよい。R
a及びR
bがそれぞれ結合している炭素原子間の結合は、単結合であってもよいし二重結合であってもよい。)
また、L
1は、NH、CO、又は下記式(11):
-(CH
2)
p1-NH- (11)
(式中、p1は1~6の整数を表す。)
で示される基、若しくは下記式(12):
-L
2a-(CH
2)
q1-L
3a- (12)
(式中、L
2aは、OCO、OCONH、NHCO、NHCOO、NHCONH、CONH又はCOOを表し、L
3aは、NH又はCOを表す。q1は1~6の整数を表す。)
で示される基を表す。
m1及びm2は、それぞれ独立して1~500の整数を表し(但し、m1及びm2の合計は10~500の整数を表す。)、m3、m4及びm5は、それぞれ独立して1~5の整数を表し、nは1~500の整数を表す。
「/」の表記は、その左右に示された(m1+m2)個の各モノマー単位の配列順序が任意であることを表す。
【0018】
ここで、一般式(1)の構造式中、繰り返し単位数(重合度)がnのブロック部分がポリエチレングリコール(PEG)部分であり、繰り返し単位数がm1の部分とm2の部分とを合わせたブロック部分(一般式(1)中、[ ] 内に示された部分)がポリカチオン部分である。また、ポリカチオン部分の構造式中の「/」の表記は、その左右に示された各モノマー単位の配列順序が任意であることを意味する。例えば、A及びBというモノマー単位から構成されるブロック部分が、[-(A)a-/-(B)b-]と表記されている場合は、a個のAとb個のBとからなる合計(a+b)個の各モノマー単位が、ランダムにどのような並び順で連結していてもよいことを意味する(但し、すべてのA及びBは直鎖状に連結している。)。
【0019】
一般式(1)中、R1及びR2は、それぞれ独立して、水素原子、又は置換されていてもよい炭素数1~12の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、又はアジド、アミン、マレイミド、リガンド若しくは標識剤などの官能基を表す。
上記炭素数1~12の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、n-ヘキシル基、デシル基及びウンデシル基等が挙げられる。また上記アルキル基の置換基としては、例えば、アセタール化ホルミル基、シアノ基、ホルミル基、カルボキシル基、アミノ基、炭素数1~6のアルコキシカルボニル基、炭素数2~7のアシルアミド基、シロキシ基、シリルアミノ基、及びトリアルキルシロキシ基(各アルキルシロキシ基は、それぞれ独立に、炭素数1~6である)等が挙げられる。
【0020】
リガンド分子は、特定の生体分子を標的とする目的で使用される化合物を意味し、例えば、抗体、アプタマー、タンパク質、アミノ酸、低分子化合物、生体高分子のモノマーなどが挙げられる。標識剤としては、例えば希土類蛍光標識剤、クマリン、ジメチルアミノスルホニルベンゾオキサジアゾール(DBD)、ダンシル、ニトロベンゾオキサジアゾール(NBD)、ピレン、フルオレセイン、蛍光タンパク質などの蛍光標識剤が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0021】
上記置換基がアセタール保護されたホルミル基である場合、この置換基は、酸性の穏和な条件下で加水分解されるときの別の置換基であるホルミル基(又はアルデヒド基;-CHO)に転化することができる。また、上記置換基(特にR1における置換基)がホルミル基、又はカルボキシル基若しくはアミノ基の場合は、例えば、これらの基を介して、抗体若しくはその断片又はその他の機能性若しくは標的指向性を有するタンパク質等を結合させることができる。
【0022】
一般式(1)中、R
3は下記一般式(I)で示される化合物を表す。
【化9】
上記式(I)中、R
a及びR
bは、それぞれ独立して、水素原子、又は置換されていてもよいアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アシル基、複素環基、複素環アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基若しくはアリールオキシ基を表す。また、R
aとR
bとが結合し、それぞれが結合している炭素原子と共に芳香環又はシクロアルキル環を形成していてもよい。また、式(I)中、R
a及びR
bがそれぞれ結合している炭素原子間の結合は、単結合であってもよいし二重結合であってもよく、限定はされない。式(I)においては、両結合様式を合わせて示すために、当該炭素原子間は一本の実線ともう一本の破線で表している。
【0023】
L1は、NH、CO、下記一般式(11):
-(CH2)p1-NH- (11)
(式中、p1は1~6の整数を表す。)
で示される基、又は下記一般式(12):
-L2a-(CH2)q1-L3a- (12)
(式中、L2aは、OCO、OCONH、NHCO、NHCOO、NHCONH、CONH又はCOOを表し、L3aは、NH又はCOを表す。q1は1~6の整数を表す。)
で示される基を表す。
【0024】
式(1)において、m1及びm2は、それぞれ独立して1~500の整数を表し(但し、m1及びm2の合計は10~500の整数を表す。)、m3、m4及びm5は、それぞれ独立して1~5の整数を表す。式(1)において、nはPEG部分の繰り返し単位数(重合度)を表し、より具体的には1~500 (好ましくは100~400、より好ましくは200~300)の整数を表す。
【0025】
式(1)で示されるカチオン性高分子の分子量(Mn)は、限定はされないが、例えば23,000~45,000であることが好ましく、より好ましくは28,000~34,000である。また、個々のブロック部分については、PEG部分の分子量(Mw)は、例えば8,000~15,000であることが好ましく、より好ましくは10,000~12,000であり、ポリカチオン部分の分子量(Mn)は、全体で例えば15,000~30,000であることが好ましく、より好ましくは18,000~22,000である。
【0026】
一般式(1)で示されるカチオン性高分子の製造方法は、限定はされないが、例えば、R1とPEG鎖のブロック部分とを含むセグメント(PEGセグメント)を予め合成しておき、このPEGセグメントの片末端(R1と反対の末端)に、所定のモノマーを順に重合し、その後必要に応じて側鎖をカチオン性基を含むように置換又は変換する方法、あるいは、上記PEGセグメントと、カチオン性基を含む側鎖を有するブロック部分とを予め合成しておき、これらを互いに連結する方法などが挙げられる。当該製法における各種反応の方法及び条件は、常法を考慮し適宜選択又は設定することができる。
【0027】
本発明の一実施形態において、式(I)で示される化合物は下記式(Ia)~(Ig)で示される化合物の少なくとも1種である。
【化10】
【0028】
本発明の好ましい態様において、式(I)で示される化合物は下記式(Ia)又は(Ib)で示される化合物である。
【化11】
【0029】
式(I)において、置換基は飽和又は不飽和の非環式又は環式炭化水素基である。非環式炭化水素基の場合、直鎖状又は分岐状のいずれであってもよい。炭化水素基としては、例えばC1-C20アルキル基、C2-C20アルケニル基、C4-C20シクロアルキル基、C6-C18アリール基、C6-C20アラルキル基、C1-C20アルコキシ基、C6-C18アリールオキシ基が挙げられる。
【0030】
式(I)で示される化合物は、塩基性又は中性タンパク質の全体としての電荷を酸性タンパク質の電荷に変換するものである。換言すれば、式(I)で示される化合物は、総荷電がプラス(+)側又はニュートラルな状態にあるタンパク質を、総荷電がマイナス(-)側にあるタンパク質となるように、電荷量をコントロールして、総荷電の変換を行うものであると言える。上記総荷電の変換は、具体的には、前記式(I)で示される化合物又はその誘導体が、タンパク質に含まれるアミノ基(プラス荷電を有する基)と結合し、タンパク質全体をマイナス荷電にすることにより行われる。この目的のため、当該結合は、例えば、前記式(I)で示される化合物と、タンパク質中のアミノ基とが結合(共有結合)して、下記式(I’)に示されるような構造をとることでなされる。
【0031】
【0032】
上記結合に関しては、例えば、前記式(I)で示される化合物が前記式(Ib)及び(Ic)で示される化合物である場合、当該結合後の上記式(I’)に示される構造としては、以下の通りとなる。
【化13】
【0033】
本発明のさらなる態様において、式(1)で示されるブロック共重合体は下記式10で示される。
【化14】
【0034】
2.2.式(2)で示されるブロック共重合体
本発明において、式(2)で示されるブロック共重合体は、以下の構造を有する。
【化15】
【0035】
式中、R
1、R
2、L
1、m1及びm2、並びに「/」の表記は前記と同様であり、R
30及びR
32は、それぞれ独立してメチレン基又はエチレン基を表し、R
31及びR
33は、それぞれ独立してアミノ基を有する基を表す。
アミノ基を有する基は、一級アミンを有するアミン化合物由来の残基を表し、例えば、下記一般式(22):
-NH-(CH
2)
r-X
1 (22)
(式中、X
1は、一級、二級若しくは三級アミン化合物又は四級アンモニウム塩由来のアミン化合物残基を表し、rは0~5の整数を表す。)
で示される基、又は下記一般式(23):
-〔NH-(CH
2)
s〕
t -X
2 (23)
(式中、X
2は、一級、二級若しくは三級アミン化合物又は四級アンモニウム塩由来のアミン化合物残基を表す。s及びtは、それぞれ独立し、かつ〔NH-(CH
2)
s〕ユニット間で独立して、sは1~5の整数を表し、tは2~5の整数を表す。)
で示される基が挙げられる。より具体的には、R
31及びR
33はとしては、例えば、-NH-NH
2 又は次式:
【化16】
で示される基が挙げられ、好ましくは
【化17】
で示される基である。
【0036】
ブロック共重合体の製造方法は、特に限定はされないが、末端にアミノ基を有する非荷電性親水性のポリマー鎖セグメントを用いて、そのアミノ末端から、例えば、β-ベンジル-L-アスパルテート及び/又はγ-ベンジル-L-グルタメートのN-カルボン酸無水物(NCA)を重合させてブロックコポリマーを合成し、その後、側鎖ベンジル基を他のエステル基に変換するか、又は部分若しくは完全加水分解することにより目的のブロックコポリマーを得る方法が挙げられる。
【0037】
3.担体-タンパク質複合体
本発明の複合体は、抗体やリボヌクレオタンパク質等のタンパク質と、上述したカチオン性高分子中の一部(ポリカチオン部分)とが静電的相互作用をしてコア部分を形成し、当該カチオン性高分子中の他の部分(PEG部分を含む部分)がコア部分の周囲にシェル部分を形成したような状態の、コア-シェル型のミセル状複合体であり、ポリイオンコンプレックス(PIC)であるということができる。
【0038】
本発明の複合体は、タンパク質とカチオン性高分子とを任意のバッファー(例えばTrisバッファー等)中で混合することにより容易に調製することができる。タンパク質として抗体を例に説明すると、カチオン性高分子と抗体との混合比は、限定はされないが、本発明においては、例えば、ブロックコポリマー中のカチオン性基(例えばアミノ基)の総数(N)と、抗体中のカルボキシル基の総数(C)との比(N/C比)を、0.1~200とすることができ、また0.5~100としてもよく、さらに1~50としてもよい。N/C比が上記範囲のときは、遊離のカチオン性高分子を低減できる等の点で好ましい。なお、上記カチオン性基(N)は、ミセルに内包する抗体中のカルボキシル基と、静電的相互作用によりイオン結合を形成することができる基を意味する。抗体以外のタンパク質についても、上記説明を適用することができる。
【0039】
本発明の複合体の大きさは、限定はされないが、例えば、動的光散乱測定法(DLS)による粒径が5~200 nmであることが好ましく、より好ましくは10~100 nmである。
【0040】
本発明の複合体は、細胞内に導入された後、内包していたタンパク質(抗体等)を放出するが(エンドソーム脱出)、この際、細胞質内におけるpH環境の変化(弱酸性環境下(例えばpH 5.5程度)に変化)により、前記式(I)で示される化合物がタンパク質から解離する(結合が切れる)。これにより、タンパク質の全体としての電荷(総荷電)が、タンパク質がもともと有する固有の電荷(総荷電)に回復するため、導入した細胞内においては、タンパク質をその構造及び活性等が再生した状態で存在させることができる。エンドソーム脱出を行うときのpHは、例えば4.0~6.5である。
【0041】
4.タンパク質送達デバイス
本発明においては、上述した複合体(PIC)を含むタンパク質送達デバイスが提供される。本発明のタンパク質送達デバイスは、細胞内外の酸化還元環境の変化を利用し、PICのコア部分に内包したタンパク質を、標的細胞の細胞表面、細胞内及び細胞外から選ばれるいずれかに効率的に導入する手段として使用できる。
【0042】
本発明の複合体において、コア部分の構成成分となるタンパク質としては、前述した式(I)で示される化合物により全体としての電荷が変換されたタンパク質(荷電変換タンパク質)であればよく、具体的には、総荷電が、塩基性又は中性タンパク質の総荷電(プラス側又はニュートラルな状態)から酸性タンパク質の総荷電と同様にマイナス側となるように変換されたタンパク質であればよい。総荷電がマイナス側となるように変換されたタンパク質は、タンパク質全体としてはアニオン性の物質(ポリアニオン)であると言える。従って、前記カチオン性高分子中のポリカチオン部分との静電的相互作用により、もともと塩基性又は中性タンパク質では形成が困難であったミセル状複合体を容易に形成することができる。
【0043】
本発明に用いるタンパク質の種類としては、元来塩基性又は中性タンパク質に含まれるものであればよく、限定はされない。本発明に用いるタンパク質は、単純タンパク質、糖タンパク質、脂質タンパク質、リボヌクレオタンパク質等を包含する。また、本発明に用いるタンパク質は、全長アミノ酸配列からなるものに限らず、その部分断片及びペプチド等も包含し、さらには、二分子(二量体)以上からなるタンパク質や、その部分配列又は全長配列同士の融合タンパク質も包含する。また、本発明に用いるタンパク質は、天然アミノ酸から構成されているものに限定はされず、少なくとも一部に非天然アミノ酸を構成成分として含む修飾タンパク質も包含する。さらに、本発明に用いるタンパク質は、必要に応じて、適宜、各種標識物質等を付加したものであってもよい。
【0044】
本発明に用いるタンパク質の具体例としては、例えば、リボヌクレオタンパク質、ヘムタンパク質、各種サイトカイン、各種酵素、又は抗体(例えば、核膜孔複合体に対する抗体等)若しくは抗体断片等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
リボヌクレオタンパク質は、RNAを含む核タンパク質、即ちリボ核酸とタンパク質の複合体である。例えば、遺伝子編集に使用されるCas9とガイドRNA(sgRNA)との複合体などが挙げられる。その他のリボヌクレオタンパク質としては、リボソーム、テロメラーゼ、ヴォールト、リボヌクレアーゼP、hnRNP、snRNP等が挙げられる。
【0045】
例えば内包させるタンパク質として再度抗体を例に説明すると、抗体を内包した複合体を含む溶液を被験動物に投与して、体内の標的細胞に取り込ませる。その後、細胞内に取り込まれた複合体がエンドソームに到達すると、式(I)に示される化合物が抗体より脱離し、複合体内の電荷のバランスが変化することによって複合体が崩壊する。複合体が崩壊すると、複合体から抗体がリリースされ、それと同時に複合体から解離したポリマーがエンドソーム膜を傷害する。それによってエンドソームが破壊されるために、放出した抗体の細胞質内への送達が達成される。
抗体を内包したミセルでは、細胞外で抗体を放出して抗体が細胞表面の受容体に結合するため、細胞表面を送達の対象にすることができる。
【0046】
本発明のタンパク質送達デバイスは、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、ブタ、イヌ及びネコ等の各種哺乳動物に適用することができ、限定はされない。被験動物への投与方法は、通常、点滴静注などの非経口用法が採用され、投与量、投与回数及び投与期間などの各条件は、被験動物の種類及び状態に合わせて適宜設定することができる。
【0047】
5.医薬組成物
本発明の複合体及びタンパク質送達デバイスは、各種疾患の原因となる細胞にタンパク質を導入する治療(例えば、IL-12を内包する複合体の場合は抗腫瘍療法等)に用いることができる。よって本発明は、前述した複合体を含む医薬組成物(例えば抗腫瘍療法用の医薬組成物)、及び、前述した複合体を用いる各種疾患(例えば腫瘍)の治療方法を提供することもできる。なお、投与の方法及び条件は前記と同様である。
【0048】
本発明の医薬組成物において、対象となる腫瘍は、特に限定されるものではない。例えば、脳腫瘍(下垂体腺腫、神経膠腫)、頭頸部癌、頚癌、顎癌、口腔癌、唾液腺癌、舌下腺癌、耳下腺癌、鼻腔癌、副鼻腔癌、喉頭癌、食道癌、肺癌、乳癌、膵臓癌、胃癌、胆道癌(胆管癌、胆嚢癌)小腸又は十二指腸癌、大腸癌、膀胱癌、腎癌、肝癌、前立腺癌、子宮癌(子宮頸癌、子宮体癌)、卵巣癌、甲状腺癌、咽頭癌、肉腫(例えば、骨肉腫、軟骨肉腫、カポジ肉腫、筋肉腫、血管肉腫、線維肉腫など)、悪性リンパ腫(ホジキン型リンパ腫、非ホジキン型リンパ腫)、白血病(例えば、慢性骨髄性白血病(CML)、急性骨髄性白血病(AML)、慢性リンパ球性白血病(CLL)及び急性リンパ性白血病(ALL)、リンパ腫、多発性骨髄腫(MM)、骨髄異型成症候群などを含む)、皮膚癌、メラノーマなどを挙げることができる。
【0049】
また、本発明においてタンパク質として例えば IL-10, IL-4, IL-10, IL-6, IL-11, IL-13 IL-1R, IL-18R, TNF-R1, TNF-R2, TGF-β, CXCL12を使用する場合は、炎症性疾患や免疫系の疾患を対象とすることができる。
炎症性疾患としては、リウマチ、乾癬、多発性硬化症、クローン病、心筋炎、I型糖尿病、全身性エリテマトーデス、炎症性腸疾患、潰瘍性大腸炎、咽喉頭炎、膀胱炎、肝炎、肺炎、膵炎、腸炎、多発性筋炎、皮膚筋炎、強皮症、シェーグレン症候群、クローン病、多発性硬化症、重症筋無力症、ギラン・バレー症候群、急速進行性糸球体腎炎、自己免疫性溶血性貧血、特発性血小板減少性紫斑病(免疫性血小板減少症)、バセドウ病、天疱瘡などが挙げられる。
【0050】
上記医薬組成物については、薬剤製造上一般に用いられる賦形剤、充填剤、増量剤、結合剤、湿潤剤、崩壊剤、潤滑剤、界面活性剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、溶解補助剤、防腐剤、矯味矯臭剤、無痛化剤、安定化剤及び等張化剤等を適宜選択して使用し、常法により調製することができる。
【0051】
本発明の医薬組成物の投与形態としては注射が挙げられ、通常の静脈内、動脈内等の全身投与のほか、筋肉、関節内、皮下、皮内等に局所投与することができる。この場合、通常は単位投与量アンプル又は多投与量容器の形態で提供され、使用する際に適当な担体、例えば滅菌水で再溶解させる粉体であってもよい。また、これらの剤形に対し、製剤上一般に使用される添加剤を含有させることもできる。その投与量は、治療目的、ミセルの形態、投与対象の年齢、投与経路、投与回数により異なり、広範囲に変えることができ、本発明の医薬組成物に含まれる抗体の量は、当業者であれば適宜設定することができる。例えば、本発明の医薬組成物の有効量と適切な希釈剤及び薬理学的に使用し得る担体との組合せとして投与される有効量は、一回につき体重1kgあたり1μg~1000μgであり、1日間から6週間間隔で投与される。
【0052】
6.タンパク質送達用キット
本発明のタンパク質(例えば抗体やリボヌクレオタンパク質)送達用キットは、前記ブロック共重合体を含むことを特徴とするものである。当該キットは、例えば、免疫治療方法、抗腫瘍療法等に好ましく用いることができる。
【0053】
本発明のキットにおいて、カチオン性高分子の保存状態は、限定はされず、その安定性(保存性)及び使用容易性等を考慮して溶液状又は粉末状等の状態を選択できる。本発明のキットは、前記ブロックコポリマー以外に、他の構成要素を含んでいてもよい。他の構成要素としては、例えば、各種バッファー、細胞内に導入する各種タンパク質(電荷変換タンパク質)、溶解用バッファー及び使用説明書(使用マニュアル)等を挙げることができる。本発明のキットは、標的細胞内に導入する抗体をコア部分としたポリイオンコンプレックス(PIC)を調製するために使用され、調製したPICは、標的細胞への抗体送達デバイスとして有効に用いることができる。
【0054】
実施例
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例0055】
1.材料と方法
ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI 1640培地(RMPI)、William’s E培地、ニジェリシンナトリウム塩、cis-アコニチン無水物、ジエチレントリアミン(DET)、バフィロマイシンA1、核孔複合体抗体(抗NPC)(414クローン)及びウサギc-MYC抗体(ポリクローナル)は、Sigma Aldrich(St. Louis, USA)から購入した。
【0056】
フルオレセイン及びテトラメチルローダミン標識デキストラン(Fluor-Dex-Rhod、Mw = 70,000 Da)、Alexa Fluor 647(A647)-NHSエステル、QSY21-NHSエステル、DyLight 650(Dy650)-NHSエステル、lysotracker-grenn、ウサギβアクチン抗体(抗βアクチン)(RM112クローン)、HRP結合ウサギ-IgG抗体(HRP抗ウサギIgG)(ポリクローナル)、ウェスタンブロットゲルおよびECL基質は、Invitrogen(Waltham、USA)から購入した。α‐メトキシ‐ω‐アミノポリ(エチレングリコール)(MeO‐PEG‐NH2)(Mw=12,000g mol‐1)は、NOF Co., Ltd.(東京、日本)から入手した。N‐トリフルオロアセチル‐L‐リジン‐N‐カルボキシ無水物(Lys(TFA)‐NCA)およびβ‐ベンジル‐L‐アスパルテート‐N‐カルボン酸無水物(BLA‐NCA)は、中央化成品(東京、日本)から入手した。重炭酸ナトリウム、メタノール、CH2Cl2、NaOH、ジメチルホルムアミド(DMF)およびウシ血清アルブミン(BSA)は、Wako Co.( 東京、日本)から購入した。酸化重水素(D2O)DMSO-d6および塩化オキサリルは、東京化学工業株式会社(東京、日本)から購入した。マウス抗c-MYC (9E10クローン)は、Bioxcell(Lebanon, USA)から購入した。Hoechst 33342および細胞計数キット8(CCK-8)アッセイは、同仁堂研究所(熊本、日本)から購入した。FITC-アネキシンV/PIアポトーシスアッセイおよびTUNELアッセイキット-HRP-DABは、Abcam(Cambridge, UK)から購入した。
【0057】
抗体またはポリマーを蛍光色素またはクエンチャーで標識するために、抗体またはポリマーと、A647-NHSエステル、Dy650-NHSエステル、またはQSY21-NHSエステルとを、製造業者の指示書に従って反応させ、Cytiva(Marlborough, USA)から購入したSephadex G25ゲルを充填したPD-10カラムによるゲル濾過によって精製した。
【0058】
細胞及び動物
CT26細胞、HEK293細胞、RAW264.7細胞、HCT116細胞、HT29細胞、HepG2細胞、HuH7細胞およびHela‐Luc細胞を理研バイオリソースセンター(筑波、日本)から得た。CT 26、HEK293、RAW 264.7およびHela‐Luc細胞は、37℃および5% CO2雰囲気下、10% FBSおよび1×ペニシリン‐ストレプトマイシンを補ったDMEM中で培養した。HCT116、HT29、HepG2およびHuH7細胞は、37℃および5% CO2雰囲気下で、10% FBSおよび1×ペニシリンストレプトマイシンを補ったRMPI中で培養した。マウス肝細胞はBALB/cマウスから単離し、既報のプロトコールに従って培養した[52]。BALB/cマウスは、Charles River Japan(神奈川、日本)から購入した。動物実験手順は、東京大学のGuidelines for Care and Use of Laboratory Animalsに従って実施した。
【0059】
複数の細胞株におけるエンドソームpHのプロファイリング
細胞(CT26細胞、HCT116細胞、HT29細胞、HepG2細胞、HuH7細胞、Hela-Luc細胞、マウス肝細胞、HEK293細胞およびRAW264.7細胞)を8ウェルチャンバースライド(ウェルあたり104細胞)に播種し、所定の条件下で培養した。細胞がチャンバースライドの底に付着するように一晩インキュベートした後、Fluor-Dex-Rhod(50μg/mL)を細胞に添加した。4および8時間のインキュベーション後、細胞をPBSで3回洗浄し、共焦点レーザー散乱顕微鏡(CLSM)(LSM-780、Zeiss)により488nmおよび543nm励起レーザーで画像化した。2つのチャネルからの画像を、2つの蛍光色素からの強度の比を計算するために、Image Jソフトウェアによって分析した。
【0060】
pHの明確な値を決定するために、対応する細胞から較正曲線を得た。細胞をFluor-Dex-Rhodで4時間培養し、続いてPBSで洗浄し、PBS中の20μMニゲリシンおよび20μMモネンシンでそれぞれ決定されたpH値で5分間処理し、次いでCLSMを画像化した。各サンプルにおいて、少なくとも10個の画像を分析し、個々のピクセルの平均蛍光強度比値を計算してヒートマップを生成した。
【0061】
cis‐アコニチン無水物修飾ポリ(エチレングリコール)‐b‐ポリ(L‐リジン)[PEG-pLL(CAA)]の合成
PEG-pLL(CAA)の合成経路をスキームS1に示す。
【0062】
【0063】
先ず、MeO-PEG-NH2(Mw = 12000g mol-1)により開始される水性開環重合(ROP)によって、PEG-pLLを合成した[53]。すなわち、MeO-PEG-NH2(1g、0.083mmol)を25mLの重炭酸ナトリウム緩衝液(50mM、pH=8.4)に溶解した。Lys(TFA)-NCA(1g、3.75mmol)をAr雰囲気中で秤量した。次に、MeO-PEG-NH2溶液を直ちにLys(TFA)-NCAに添加した。
【0064】
混合物を氷浴中で連続撹拌しながら12時間反応させ、次いで純水(膜の分子量カットオフ(MWCO):6,000~8,000Da)に対して2日間透析した。透析した溶液を凍結乾燥して白色粉末を得た後、メタノール/CH2Cl2混合物(v:v=1:1)に再溶解し、冷ジエチルエーテルに対して沈殿させてPEG-pLL(TFA)を得た。TFA基を除去するために、PEGpLL(TFA)を、1M NaOHを含有するメタノールに溶解し、室温で一晩の反応を維持した。純水に対する透析(MWCO: 6,000~8,000Da)による精製後、溶液を凍結乾燥してPEG-pLLを得た。リジン基の重合度(DP)は、D2O中の1H-NMR(400MHz NMR、JEOL)によって測定した。
【0065】
酸塩化物とアミンとの縮合反応により、cis‐アコニチン無水物(CAA)基をPEG‐pLL中のリジンのアミノ基に結合させた。このために、CAAの酸塩化物(CAA-Cl)を最初に調製した。塩化オキサリル(2mL、2.5g、20mmol)をCAA(153mg、1mmol)に加えた。混合物を25℃で一晩反応させた後、真空乾燥によって溶媒及び過剰の塩化オキサリルを除去した。PEG-pLL(200mg、0.011mmol)を20mLのCH2Cl2に溶解し、溶液をCAA-Clに移した。反応物を25℃で一晩保持し、最終生成物PEG-pLL(CAA)を、ジエチルエーテルに対する沈殿により暗赤色固体として回収した。CAA基との結合は80℃下でDMSO‐d6中、1H‐NMRにより確認し、ポリマーの多分散性を水性GPC(Extrema, JEOL)(溶出液: 10mM PBS, pH 3.0;温度: 25℃;流速:0.75mL min-1;検出器: UV 220nm)により試験した。
【0066】
ポリ(エチレングリコール)‐ポリ{N‐[N‐(2‐アミノエチル)‐2‐アミノエチル]アスパルタミド}(PEG‐pAsp(DET))の合成
PEG-pAsp(DET)の合成経路をスキームS2として示す。
【0067】
【0068】
先ず、ポリ(エチレングリコール)‐b‐ポリ(b‐ベンジル‐L‐アスパルテート)(PEG‐PBLA)を水性ROP反応により合成した。MeO-PEG-NH2(Mw = 12000g mol-1、1g、0.083mmol)を25mLの重炭酸ナトリウム緩衝液(50mM、pH=8.4)に溶解した。BLA-NCA(1g、3.75mmol)をAr雰囲気中で秤量した。次に、MeO-PEG-NH2溶液を直ちにBLA-NCAに添加した。反応混合物を氷浴中で12時間連続撹拌しながら反応させ、次いで純水(MWCO: 6,000~8,000Da)に対して2日間透析した。透析した溶液を凍結乾燥して白色粉末を得た後、CH2Cl2に再溶解し、冷ジエチルエーテルに対して沈殿させてPEG-PBLAを得た。BLA基のDPをクロロホルム‐d3中の1H‐NMRにより特徴づけした。
【0069】
PEG‐pAsp(DET)はPEG‐PBLAのアミノリシスにより合成した。
PEG-PBLA(220mg、0.01mmol)を10mLの無水DMFに溶解した。ジエチレントリアミン(DET)(2.5mL、25mmol)をPEG-PBLA溶液に添加した。混合物を0℃で1時間反応させ、次いで、溶液中に供給されたアミン基に相当する氷冷5M HCl(aq)を滴下することによって反応を停止させた。中和した溶液を最初に0.01 M HCl(MWCO: 6,000~8,000Da)に対して透析し、次いで純水に対する透析に変更した。精製した溶液を凍結乾燥して、PEG-pAsp(DET)を白色粉末として得た。DET基の結合を確認するために、最終生成物をD2O中の1H-NMRによって特徴付けした。ポリマーの多分散性は、水性GPC(溶出液: 10mM PBS、pH 7.4;温度: 25℃;流速:0.75mL min-1;検出器: UV 220nm)によって試験した。
【0070】
抗体内包ミセル(AB/m)の調製および特徴付け
抗NPC抗体を代表的なタンパク質として用いて、pH制御滴定法によりAB/mを処方した。調製プロセスにおいて、PEG-pLL(CAA)に対する抗NPC抗体のモル比は一定に1:100に維持した。一方、異なる量のPEG-pAsp(DET)をシステムに含めた(nPEG-Asp(DET)/nPEG-pLL(CAA))(p/p)=0:1、0.02:0.98、0.1:0.9、0.2:0.8、0.5:0.5)。抗NPC抗体およびPEG-Asp(DET)を塩基性HEPES緩衝液(10mM、pH 8.0)に一緒に溶解し、抗体濃度を0.1mg/mLとした。PEG-pLL(CAA)を、同容量の抗NPC/PEG-pAsp(DET)溶液を含む酸性HEPES緩衝液(10mM、pH 4.5)に溶解した。
【0071】
PEG‐pLL(CAA)溶液を抗NPC/PEG‐pAsp(DET)溶液に4℃のシリンジポンプで2μL/分の流量で添加した。次いで、十分に混合した溶液を、塩基性HEPES緩衝液(10mM、pH 8.0)を添加することによってpH 7.4に調整し、続いて、4℃下で一晩さらにインキュベートした。抗体のカプセル化効率を測定するために、A647標識抗NPC抗体を使用して抗NPC/mを調製し、インキュベートした混合物をHPLC(Superdex 200-10/300GLカラム、溶離液: 10mM PBS pH 7.4; 温度: 25℃; 流速: 0.75mL min-1;検出器:蛍光650/670nm)にロードした。
【0072】
抗体のカプセル化効率は、カプセル化抗NPC抗体および遊離抗NPCのピーク面積を比較することによって決定した。別の実験では、PEG-pAsp(DET)をQSY21クエンチャーで標識し、抗NPC/mを同じプロトコールに従って調製し、HPLC(Superdex 200-10/300GLカラム、溶離剤: 10mM PBS pH 7.4;温度: 25℃;流速:0.75mL min-1;検出器: UV 600nm)によって分析し、ミセル中のPEG-pAsp(DET)ポリマーの内包効率を検出した。
【0073】
次いで、混合物をダイアフィルトレーション(MWCO: 30万Da; 1000× g)によって精製して、内包されていない抗体を除去した。透過型電子顕微鏡(TEM)観察のために、抗NPC/mを、イオンコーターによって予め親水化された支持フィルムを備えた400メッシュ銅グリッド上で酢酸ウラニル溶液(2% w/v)で染色した。TEM観察は、ビーム電流40μA、加速電圧120 kV(JEM-1400, JEOL)で行った。抗NPC/mのサイズ分布は動的後方散乱(DLS)(Zetasizer, Malvern Panalytical)によって決定した。またζ電位は、表面電荷状態を示すために、異なるpH値を有するHEPES緩衝液中で抗NPC/mを希釈することによって、ゼータサイザーを介して測定した。
【0074】
A647標識抗NPC抗体またはDy650標識PEG-pAsp(DET)ポリマーを内包したミセルを50 nM染料当量濃度に希釈し、分子当たりのカウント数および平均拡散時間を測定するためにCLSMのFCSモデルによってスキャンした。抗NPC/mの詳細な成分を調べるために、蛍光相関分光法(FSC)を実施した。サンプルの流体力学的直径を計算するための標準として、遊離A647-NHSエステルを使用した。ミセル中の抗体とPEG‐pAsp(DET)の共内包化を確認するために、抗NPC抗体をA647で標識し、PEG‐pAsp(DET)をQSY21消光剤で標識した。2つの標識成分で形成された抗NPC/mを調製及び精製し、次いで、647nm励起波長での蛍光分光計による走査のために、異なるpH値を有する緩衝液中で希釈した。
【0075】
AB/m安定性および抗体放出プロフィール
異なるpH条件下でのAB/mの安定性は、DLSによって測定した。精製した抗NPC/mをダイアフィルトレーション(MWCO: 300,000Da; 1000×g)により1mg/mLの抗NPC抗体当量濃度まで濃縮した。次いで、抗NPC/mを、異なるpH値(4.5、5.0、5.5、6.5および7.4)を有する10mM PBSを使用して10倍希釈した。25℃で所定時間(4、8、及び24時間)インキュベートした後、試料をDLSで測定し、微分計数率値を記録した。
【0076】
抗NPC抗体の放出プロフィールは、透析法によって決定した。A647標識抗NPC抗体を内包化した精製抗NPC/mを10mM PBS(pH 7.4)中に分散させ、最終抗NPC抗体濃度を0.1mg/mLとした。次いで、ミセルを透析カセット(MWCO: 30万Da)に入れた。試料は、異なるpH条件(5.0、6.5および7.4)で10mM PBSに対して透析した。25℃で所定時間(1、4、8、及び24時間)インキュベートした後、サンプルをカセットから回収し、サンプルの蛍光強度を分光計(NanoDrop ND-2000; Thermo Fisher Scientific)によって測定して、残存する相対抗体濃度を決定した。
【0077】
インビトロでの抗NPC抗体内包ミセルのエンドソーム脱出能および送達効率
インビトロでのAB/mのエンドソーム脱出能を測定するために、細胞(CT26細胞、HCT116細胞、HT29細胞、HepG2細胞、HuH7細胞、Hela-Luc細胞、マウス肝細胞、HEK293細胞およびRAW264.7細胞)を8ウェルチャンバースライド(ウェル当たり104細胞)に播種し、適切な条件下で培養した。一晩インキュベートした後、サンプル(50μg/mL抗NPC当量)をウェルに添加した。所定のインキュベーション時間の後、細胞をHoechst33342およびLysotracker greenによって染色し、次いでCLSMによって観察した。
【0078】
赤色~緑色ピクセルの共局在化係数をZenソフトウェアにより計算し、統計分析のために各群において15個の個々の細胞を定量した。細胞取り込みは、個々の細胞における赤色蛍光の平均蛍光強度を計算することによって評価した。抗NPC/mのエンドソーム脱出能に対するエンドソーム酸性化の効果を確認するために、実験を同じ条件下で行ったが、50 nMバフィロマイシンA1をインキュベーション培地に添加してエンドソーム酸性化を阻害した。バフィロマイシンA1処理下で酸性度の低いエンドソームを可視化するために、共焦点顕微鏡画像化に使用したレーザーゲインを増強して、未処理エンドソーム画像と同じ平均シグナル強度を有する緑色蛍光チャネルを補償した。
【0079】
CT26細胞に対する抗NPC抗体の送達効率を、フローサイトメトリーによってさらに評価した。CT26細胞の核を、核抽出キットを用いて製造業者提供のプロトコールに従い単離した。次いで、抽出された核をPBS(10mM、pH 7,4)中に分散させ、A647標識抗NPCからの蛍光強度を検出するためにフローサイトメーター(LSR II、BD Biosciences)にロードした。抗NPC抗体の送達は、細胞毒性試験によっても確認した。抗NPC抗体およびBSAを内包するミセルをそれぞれ調製し、CT26細胞(100μg/mLタンパク質当量、ウェル当たり5000細胞)を播種した96ウェルプレートに添加した。48時間のインキュベーション後、細胞生存率をCCK-8アッセイによって決定した。
【0080】
局所投与による抗NPC抗体のインビボ送達効率
BALB/cマウス(5週齢; 雌)の左下腹部にCT26細胞(マウス当たり106細胞)を皮下(s.c.)接種した。腫瘍体積が200 mm3に達したときに、サンプル(A647標識抗NPC抗体当量10μg、PBS50μL中に分散)を腫瘍内注射した(i.t.)。注射24時間後にマウスから腫瘍サンプルを回収した。新鮮腫瘍はO.C.T試薬に包埋し、液体窒素により直ちに凍結した。凍結したサンプルは、クライオスタット(CM 1950, Leica)によって10μmの厚さの切片にスライスした。切片を4%パラホルムアルデヒド(PFA)で固定し、Hoechst 33342で染色し、次いでCLSMで観察した。CLSM画像はZenソフトウェアで解析した。ここで、赤‐青共局在画素は緑色で可視化し、これらの共局在画素が占める相対面積を計算し、標的への抗NPC蛋白質の送達効率を求めた。
【0081】
全身投与時の体内分布および細胞内送達効率
CT26腫瘍(平均腫瘍体積: 200mm3)を有するマウスに、試料(10μg A647標識抗NPC抗体当量、100μL PBS中に分散)を静脈内(i.v.)注射した。注射24時間後に、臓器(心臓、肝臓、脾臓、肺、および腎臓)および腫瘍サンプルを採取した。生体分布を決定するために、先ず組織サンプルを、650/680nm蛍光チャネルを有するIVISイメージングシステム(Xenogen IVIS 2000、Perkin)によってイメージングし、次いでホモジナイズし、そして2000g×15分間遠心分離して、上清を回収した。
【0082】
上清の蛍光強度は蛍光分光計(Spark, Tecan)によって測定し、対応する組織中の抗体量を、組織1グラムあたりの注射用量のパーセンテージ(% I.D./g)に正規化した。細胞内送達効率を評価するために、組織サンプルをクライオスタットによってスライスした。切片を4% PFAで固定し、Hoechst 33342で染色し、CLSMで観察した。CLSM画像はZenソフトウェアによって分析し、赤-青チャネルの共局在を評価した。次に、組織試料の核を単離し、フローサイトメーターを用いてA647標識抗NPC抗体からの蛍光強度を測定することによって分析した。各種組織試料における異なる群の平均蛍光強度は、定量分析のために遊離抗NPC抗体で処理した試料の平均値によって正規化した。
【0083】
抗c-MYC抗体のインビトロ送達
マウス抗c-MYC抗体を内包したミセル(抗c-MYC/m)を、上記のプロトコールに従って調製した。細胞取り込みを評価するため、A647標識抗c-MYC抗体を内包したミセルをCT26細胞に添加し(20μg/mL抗c-MYC当量)、続いて24時間インキュベーションした後CLSMによって観察した。細胞取り込みは、個々の細胞からの平均蛍光シグナルを計算することによって定量した。
【0084】
次に、CT26細胞を、異なる抗c-MYC抗体当量の濃度を有するサンプルと共にインキュベートした。24時間インキュベーションした後、細胞を回収し、ウェスタンブロッティングおよびアポトーシス検出を行った。ウェスタンブロッティングについては、細胞を、プロテイナーゼ阻害剤を補ったRIPA溶解緩衝液によって処理し、次に、SDS-PAGE用のブロッティングゲルにロードした。
【0085】
転写後、ブロッティング膜をまずウサギ抗c‐MYCおよび抗β‐アクチンで染色し、次にHRP抗ウサギIgG二次抗体で染色し、続いてECL基質と反応させて化学発光イメージングを行った。アポトーシス検出については、細胞をFITC-アネキシン/PIアポトーシス検出キットによって染色し、フローサイトメーターによって分析した。48時間のインキュベーション後、細胞生存率をCCK-8アッセイにより決定した。
【0086】
抗c-MYC/mのIn vivo抗腫瘍効果
BALB/cマウス(5週齢;雌)に、CT26細胞(マウス当たり106細胞)をDay 0にs.c.接種した。平均腫瘍体積が30mm3に達した段階で(Day 5)、マウスを無作為にグループ分けした。PBS、遊離抗c-MYCおよび抗c-MYC/m(2.5mg/kg抗c-MYC当量)を、5日目および7日目に対応する群のマウスに静脈内注射した。腫瘍細胞のc‐MYC抑制とアポトーシスを評価するため、ウェスタンブロット法及び組織切片化用として10日目に腫瘍サンプルを採取した。ウェスタンブロッティングについては、腫瘍を、プロテイナーゼ阻害剤を含有するRIPA溶解緩衝液中でホモジナイズした。組織切片化については、腫瘍を厚さ10μmの切片にスライスし、ヘマトキシリンおよびエオシン(H&E)染色キットならびに末端デオキシヌクレオチジルトランスフェラーゼdUTP ickおよびラベリング(TUNEL)アッセイキットを用い、製造業者の指示に従って染色した。組織切片は、明るさフィールドからAll-in-One顕微鏡(BZ-X710, Keyence)によって画像化した。他のマウスは、腫瘍増殖をモニターするために維持した。
【0087】
腫瘍体積はカリパスで測定し、以下のように計算した。
V=1/2 L x W2
【0088】
ここで、LおよびWは、それぞれ腫瘍の長さおよび幅である。マウスの体重は実験中に記録した。
【0089】
抗c-MYC/mの全身毒性
血液および肝臓サンプルは、抗腫瘍実験のエンドポイント後にマウスから採取した。血漿サンプルを遠心分離(10000g×10分)により血液から分離し、血液分析器(DIR-CHEM 7000iシステム、富士フィルム)にロードして、全タンパク質(TP)、アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)、血液尿素窒素(BUN)およびリパーゼの濃度を検出した。肝臓サンプルは、厚さ10μmにスライスし、顕微鏡観察のためにH&E染色キットによって染色した。
【0090】
2. 結果と考察
2.1. エンドソームpHのプロファイリングにより、癌細胞におけるエンドソームの酸性度の違いが明らかになった。
ナノキャリアを用いた遺伝子送達戦略に関する研究では、送達効率は細胞種間で異なることが示されている[39]。しかし、異なる細胞におけるエンドサイトーシス経路と送達効率のばらつきとの特異的関係については、ほとんど解明されていない[39]。遺伝子送達の効率に関連するいくつかの因子は、細胞取り込み、細胞内輸送の速度、およびエンドソーム/リソソーム系の酸性pHである[40]。これらの因子のうち、エンドソームの酸性化は、癌の進行[41]、多剤耐性[42]およびウイルス感染[43]などのいくつかの病態生理学的特性と関連することが確認されている。エンドソームpHは細かく定量することができるため、異なる細胞においてエンドソーム酸性度を系統的にプロファイリングすることは、選択的細胞内送達を行うためのナノキャリアを適切に設計するのに有用である。
【0091】
本実施例では、6種類の癌細胞株(マウス結腸腺癌CT26細胞、ヒト結腸癌HT29及びHCT116細胞、ヒト肝癌HepG2及びHuH7細胞、並びにルシフェラーゼ発現ヒト子宮頚癌Hela‐Luc細胞)、並びに3種類の非癌細胞(マウス肝細胞、ヒト胚性腎細胞293(HEK293)及びマウスRAW264.7マクロファージ)を含む種々の細胞株を選択した。エンドサイトーシス過程におけるエンドソームのpH値は、pH感受性プローブとしてフルオレセイン及びテトラメチルローダミン標識デキストラン(Fluor-Dex-Rhod, Mw = 70,000 Da)により定量した。エンドソームの酸性化は、細胞をプローブと共に4時間及び8時間インキュベートした後、共焦点レーザー走査顕微鏡(CLSM)によってモニターした。エンドソームpH値は、CLSMによる画像化、及びImage Jソフトウェアによって定量した。
【0092】
その結果、いくつかの癌細胞と非癌細胞との間で異なるエンドソームpHを示した(
図1aおよび1b)。CT26、HT29、HCT116およびHepG2細胞のエンドソームは、より速く、かつより高い酸性化を受け、4時間のインキュベーション後、平均pHは5.0未満に低下した(
図1c)。一方、HuH7、Hela‐Luc、肝細胞、HEK293およびRAW264.7のエンドソームの平均pHは、8時間のインキュベーション後でも5.0以上に維持された。
【0093】
上記結果は、エンドソームの酸性化レベルと速度が細胞タイプによって異なることを示している。本発明者は、強酸性化エンドソーム区画を有する4つの細胞株(CT26、HT29、HCT166およびHepG2細胞)を同定した。したがって、エンドソームの酸性度に基づいてエンドソーム脱出を制御することができるナノキャリアシステムを設計することによって、これらの細胞のサイトゾルへの選択的な細胞内送達を達成することが可能であると仮定した。
【0094】
2.2.エンドソーム脱出能を有するpH感受性抗体内包ミセル(AB/m)の作製
2つのブロックコポリマー、すなわちシス-アコニチン無水物(CAA)‐修飾ポリ(エチレングリコール)‐b‐ポリ[(L‐リジン)[PEG‐pLL(CAA)]及びPEG‐b‐ポリ{N‐[N'‐(2‐アミノ‐エチル)‐2‐アミノエチル]アスパルタミド}[PEG‐pAsp(DET)]を、前記スキームS1及びS2に示す経路に従って合成し、これらのブロックコポリマーを用いて、抗体を内包させたpH感受性ポリマーミセルを調製した。
【0095】
PEG-pLL(CAA)は、抗体を適切かつ安定に内包できるように、抗体との静電的及び共有結合的相互作用の両方を促進させるために設計されている。pLL(CAA)ブロック中の残留アミノ基は、抗体中のカルボキシレート基とのイオン錯化を誘発することができる。さらに、CAA部分は、抗体上の第一級アミンと反応して、pH感受性アミド結合を形成する
[44]。さらに、CAA基と、pLL(CAA)ブロック及びpAsp(DET)ブロック中のアミノ基との間のさらなる反応により、ミセルのコアが架橋されて構造を安定化させることができる(
図6)。
【0096】
1H-NMRにより、pLLの重合度(DP)、pLLセグメントの側鎖アミノ基へのCAA部分導入の数、およびPEG-pLLにおけるCAA導入後の残りのリジン単位は、それぞれ35、19、及び16であった(
図7及び8a)。これらの結果は、ポリマー上のリジン基の約半分がCAA分子とコンジュゲートしていることを示す。また、生成物をHPLCにかけたところ、PEG-pLL(CAA)ポリマーは単分散分子量分布を有することを示した(
図8b)。
【0097】
本実施例において、ミセルのエンドソーム脱出成分としてPEG-pAsp(DET)ブロックコポリマーを選択したが、その理由は、細胞毒性がなく、エンドソームpHでの膜破壊能力を介してエンドソームから細胞のサイトゾルへの核酸の逃避を促進するために有効に使用されてきたからである
[45]。
1H‐NMRにより、pAspブロック単位の数は50であり(
図9)、pAsp(DET)セグメント中のDET部分の数も50であることが分かった(
図10a)。このことは、PEG‐pAsp(DET)の側鎖にDETが完全に導入されていることを示すものである。そして、生成物のHPLCの結果から、PEG-pAsp(DET)ポリマーが単分散分子量分布を有することを示した(
図10b)。
【0098】
モデルタンパク質として抗核孔複合体抗体(抗NPC)を用いることにより、水性条件下で全成分を混合するだけで、PEG‐pAsp(DET):PEGpLL(CAA)の異なるモル比(p/p)を有する抗NPC抗体内包ミセル(抗NPC/m)を調製した。ミセルの形成は、透過型電子顕微鏡(TEM)及び動的レーザー散乱(DLS)によって確認した(
図2a及び2b)。ミセルは、異なるPEG-pAsp(DET)含量下、40~55nmのZ平均直径を示した(
図2c)。抗体をポリマーと混合した後HPLCを行った結果、抗NPC/m(溶出体積=8.5mL)及び遊離抗体(溶出体積=14.5mL)に対応する2つのピークに分離されたAlexa Fluor 647(A647)標識抗体の蛍光シグナルが確認された。このことは、ミセル中に抗NPC抗体を成功裏に内包できたことを示す(
図11a)。
【0099】
ミセルの内包化効率は、抗NPC抗体及び抗NPC/mのピーク面積を比較することによって計算した(
図2d)。その結果、抗体内包効率はシステム中のPEG‐pAsp(DET)の割合と共に増加した。抗NPC抗体内包化効率の増加は、アセンブリ段階におけるPEG‐pAsp(DET)によって寄与される追加のアミンに関連し得るものであり、抗体との静電相互作用及びPEG‐pLL(CAA)との共有結合の両者に機能し得る。また、QSY21標識PEG-pAsp(DET)のシグナルが、抗NPC/mのピークに対応する排除体積中の8.5mLでの単一ピークとして現れたため、HPLCによってミセル中のPEG-pAsp(DET)の内包も確認できた(
図11c)。
【0100】
さらに本発明者は、ミセルのコアに内包されたA647標識抗NPC抗体の蛍光消光-脱消光を検討することによって(QSY21はA647の蛍光消光剤である)、同じミセル中のPEG-pAsp(DET)及び抗NPC抗体の同時内包を確認した(
図11b)。したがって、A647標識抗NPC抗体およびQSY21標識PEG-pAsp(DET)から調製した抗NPC/mは低い蛍光強度を有するが、酸性緩衝液中でミセルを解離させると、A647標識抗NPC抗体の蛍光シグナルが増加し、単一ミセル内の抗NPC抗体およびPEG-pAsp(DET)の同時内包を示した。さらに、抗NPC/mの成分を蛍光相関分光法(FCS)によって調べた(表1及び2)。
【表1】
【表2】
【0101】
抗NPC/mは、遊離抗NPC抗体またはPEG-pAsp(DET)ポリマーよりも大きな拡散時間を与え、ミセルの形成から生じるそれらのより大きな流体力学的直径を示した。1分子当たりのカウント値から、1つの抗NPC抗体が1つのミセルに内包化され、単一ミセルに内包されたPEG‐pAsp(DET)分子の数がPEG‐pAsp(DET)の供給と共に増加することを示した。ミセル製剤中に存在するPEG-pAsp(DET)の量が多いことは、粒子のζ電位の変化によっても示された(
図2e)。ポリマーを遮蔽すると、ミセル中の抗体の負に帯電した表面がブロックされた。
【0102】
さらに、異なるpH下でのミセルのζ電位を測定したところ、PEG-pAsp(DET)成分を含有するミセルの正の表面電荷が増強されたことが明らかとなり、これは、酸性pHにおけるDET部分の増加したプロトン化に関連し得るものである[45][46]。したがって、より多くのPEG‐pAsp(DET)含量を有するミセルは、エンドソームのpH 5でより高いζ電位を示した。さらに、腫瘍内の酸性度を模倣するpH(pH 6.5)では、PEG‐pAsp(DET)のp/p = 0.1、0.2および0.5を有するミセルは正の表面電荷を示した。これは、腫瘍におけるミセルの細胞取り込みを増強するのに有用であると言える[47]。
【0103】
DLS中の光子の正規化計数率として測定された光散乱強度の減少から、7.4~4.5の範囲の異なるpH下での解離速度を評価することによって、抗NPC/mのpH感受性をさらに調べた(
図2f)。本発明者らは、これらのpH値においてミセルの異なる解離速度を観察した。
【0104】
p/p=0.2:0.8の抗NPC/mでは、誘導計数率はpH 7.4および6.5のpH値で24時間インキュベートした後も元の値(90%)のままであったため、ミセルは両方のpHで安定であった。このような安定性は、全身循環の間、及び弱酸性腫瘍微小環境における局在化のミセル構造の保存を確実にし得る。そして、所定の癌細胞株(CT26、HT29、HCT116およびHepG2細胞)における酸性エンドソームpHに対応するpH 5.0および4.5下では、ミセルは急速に解離した。ミセルのこのような迅速な解離は、エンドソーム構造の不安定化を実現しており、PEG-pAsp(DET)がエンドソーム破壊剤として提示されるものと理解できる。
【0105】
さらに、pH5.0以下でのミセルの加速分解は、CT26、HT29、HCT116およびHepG2癌細胞におけるエンドソームのpH条件において、ミセルの示差的解離速度を提供する。一方、HuH7、Hela‐Luc、肝細胞、HEK293およびRAW264.7細胞においては高度に酸性化されたエンドソームが欠如しており、これらの細胞におけるミセルの解離は緩和され、エンドソームの脱出が制限される。
【0106】
本発明者らはまた、ミセルの安定性のほか、ミセルからのA647標識抗NPC抗体の放出速度を透析法により試験した(
図2g)。その結果、抗NPC抗体の放出はpHによる制御が行われ、より低いpH下でより高い放出率が得られた。このことは、ミセル安定性の結果に対応することを示すものである。
【0107】
抗NPC抗体の迅速な放出は、PEG-pAsp(DET)比率にかかわらず、pH 5.0で全ての抗NPC/mにおいて起こり、抗NPC抗体の80%以上が放出されたのは24時間のインキュベーション後であった。そこで本発明者らは、pH <5.0での抗体の特異的分解および放出を伴うミセルの微調整pH感受性に基づいて、選択的エンドソーム脱出の確認を行った。
【0108】
2.3. 選択的エンドソーム脱出による特定の癌細胞への抗NPCの送達
本発明者らのスクリーニング実験において、CT26細胞が最も酸性のエンドソームpHを示し、そして高いエンドソーム脱出能を有する有益な製剤を同定するのに役立ち得ると考えられた。そこで先ず最初に、抗体を細胞内送達するための異なるPEG-pAsp(DET)比(p/p = 0:1、0.1:0.9、0.2:0.8および0.5:0.5)を有する抗NPC/mの能力について、CT26細胞を用いて検討した。すなわち、抗NPC/mのエンドソーム脱出は、A647標識-抗NPC抗体を内包したミセルを使用し、エンドソームをLysotracker-GreenでマーキングするCLSMによって視覚化した。エンドソーム中にある抗NPC抗体または抗NPC/mを黄色画素として可視化し、共局在化比によって定量した。共局在化比が低ければ、製剤のエンドソーム脱出能が高いことを示す。
【0109】
ミセルをCT26細胞と共に8時間インキュベートした後では、PEG-pAsp(DET)を用いた抗NPC/mのエンドソーム脱出に明らかな差が観察された(
図3a)。遊離抗NPC抗体、およびPEG‐pAsp(DET)を含まない抗NPC/m(p/p = 0:1)はエンドソームとの高い共局在を示したが、抗NPC/m含有PEG‐pAsp(DET)は強いエンドソーム脱出を示し、共局在係数は減少した(
図3a)。エンドソームからの増強された脱出能により、放出された抗NPC抗体の抗原認識が引き起こされた。そして、24時間のインキュベーションにより、送達された抗NPC抗体は、細胞の核膜に蓄積した。一方、p/p=0:1の遊離抗NPC抗体および抗NPC/mは、24時間のインキュベーション後でもエンドソームに捕捉されたままであった。
【0110】
ポリマー側鎖上のDET基の1,2‐ジアミノエタン単位はエンドソームpH下で強い膜不安定化効果を有することが報告されているため、上記結果は、抗NPC/mのエンドソーム逃避がPEG‐pAsp(DET)の添加に由来することを示す[45]。さらに、p/p=0.2:0.8および0.5:0.5の抗NPC/mは同等のエンドソーム脱出を示した。このことは、CT26細胞においてエンドソームを逃れ、抗体を細胞内に送達するのにp/p = 0.2:0.8が十分であることが示された。
【0111】
抗体の送達および生物活性をさらに確認するために、本発明者らはCT26細胞を抗NPC/mと共に24時間インキュベートし、核を抽出してフローサイトメトリー分析を行った(
図3bおよび3c)。p/p=0.2:0.8の抗NPC/mで処理した細胞では、核において強いシグナルを示し、核膜上に提示された抗原への抗NPC抗体の結合を示した。これに対し、遊離抗NPC抗体およびPEG-pAsp(DET)なしの抗NPC/mによって処理されたサンプルは、細胞質ゾルへのアクセス障害を表す低いシグナルしか示さなかった。さらに、抗NPC抗体および遊離PEG-pAsp(DET)で処理した細胞は、うまく抗体が送達されなかった。従って、有効な細胞内送達を達成するためには、抗NPC抗体およびPEG-pAsp(DET)が抗NPC/m中に共に内包される必要があることが示された。
【0112】
p/p=0.1:0.9および0.2:0.8を有する抗NPC/mは細胞生存率の低下をもたらしたため、核上のNPCへの抗NPC抗体の送達は細胞傷害性であった(
図3d)。これに対し、ウシ血清アルブミン(BSA/m)を内包したミセルは細胞生存率を低下させなかった。これらの結果は、ミセル系が本質的に非毒性であることを示す。BSA/mの特性を
図12に示す。
【0113】
次に、他の細胞株においても抗NPC/mの性能を試験した。
本発明者らは、p/p=0.2:0.8および0.5:0.5の抗NPC/mを使用し、CT26細胞に抗NPC抗体を送達することができた。異なる細胞におけるミセルの取り込みは有意差を示さなかったが(
図13)、これらの細胞における細胞内送達効率は劇的であった。p/p= 0.2:0.8の抗NPC/mは、強酸性エンドソームを有する癌細胞株、すなわちHCT116, HT29およびHepG2細胞におけるエンドソーム脱出の増強と、核膜での効果的な抗原認識を示した(
図3e)。しかし、より酸性の低いエンドソームを有する細胞、すなわちHuH7、Hela‐Luc、肝細胞、HEK293およびRAW264.7細胞では、p/p=0.2:0.8を有する抗NPC/mのエンドソーム脱出が大幅に減少した。このような細胞においては、より高いPEG-pAsp(DET)比率(p/p=0.5:0.5)が、抗NPC抗体のエンドソーム脱出及び細胞内標的への送達を成功裏に実現するために必要であった。
【0114】
選択的エンドソーム脱出は、これらの細胞系における異なるエンドソーム酸性化に起因すると考えられた。本発明者らは、CT26、HCT116、HT29およびHepG2を、抗NPC/mの解離、及び効率的なエンドソーム脱出のためのプロトン化PEG-pAsp(DET)の放出、並びに核を標的化するための抗NPC抗体の放出を保証し得る、迅速に酸性化されたエンドソームを有する細胞として定義した。この仮説をさらに検討するために、本発明者らは、バフィロマイシンA1を用いてCT26, HCT116, HT29およびHepG2細胞におけるエンドソームの酸性化を阻害した後、抗NPC/mのエンドソーム脱出能を試験した。特に、抗NPC/mは抗体を標的に送達する能力を失い、ミセルの大部分は、24時間のインキュベーション後でさえエンドソーム内に捕捉されたままであった(
図14)。
【0115】
従って、抗NPC/m処方物中のPEG-pAsp(DET)の量を微調整することによって、強く酸性化されたエンドソームを有する癌細胞における選択的エンドソーム脱出を達成することが可能である。これらの知見は、標的腫瘍細胞内送達を達成するための新規戦略として本発明のナノキャリアを適用することにつながる。本実施例では、抗NPC/m(p/p=0.2:0.8)が、酸性癌細胞では効率的に送達され、非癌性細胞では送達効率が低く、ナノキャリアのモデルとして示された。
【0116】
2.4. 全身投与された抗NPC/mは抗NPC抗体の腫瘍標的細胞内送達を達成する
in vivo条件下での抗NPC/mの機能を調べるため、先ず、CT26腫瘍における局所腫瘍内(i.t.)注射後の抗NPC/mの送達効率を試験した。抗NPC/m(p/p=0.2:0.8)は、腫瘍切片のCLSM画像においてA647標識抗NPC抗体からの強いシグナルを示した(
図15a)。腫瘍細胞の核に抗NPC抗体が結合することを確認するため、画像を処理して、青色画素(核; Hoechst)と赤色画素(A647標識抗NPC)を合わせて緑色画素として表した後、共局在化画素を緑色画素として示した。各視野における緑色画素の相対面積は、
図15bに示す通り定量化した。
【0117】
抗NPC/m(p/p=0.2:0.8)はより多くの共局在化画素を有意に示し、抗NPC抗体の標的への細胞内送達の増強が確認されたのに対し、他の群は共局在化のレベルは少なかった。これらの結果は、抗NPC/mが腫瘍内環境においてその機能を維持することができることを示すものである。
【0118】
次に、ミセルを全身投与した後に抗NPC抗体を腫瘍細胞の核に送達するミセルの送達能を調べた。A647標識抗NPC抗体、抗NPC/m(p/p = 0:1)および抗NPC/m(p/p = 0.2:0.8)内包A647標識抗NPC抗体のミセルの生体内分布を、インビボイメージングシステム(IVIS)蛍光イメージングによって試験した(
図4a)。静脈内(i.v.)注射の24時間後、抗NPC/m(p/p=0.2:0.8)は肝臓で上昇したレベルを示したが、CT26腫瘍に高度に蓄積することが分かった(
図4b)。
【0119】
組織切片のCLSM評価(
図4c)により、ミセルの細胞核への抗NPC抗体の送達能を調べた。肝臓を含む正常器官において、CLSM分析は、抗NPC抗体、抗NPC/m(p/p=0:1)および抗NPC/m(p/p = 0.2:0.8)についての共局在ピクセル(緑色)をほとんど示さなかった。一方、抗NPC/m(p/p=0.2:0.8)は、腫瘍組織において高い共局在レベルを達成した(
図4d)。また、組織から核を抽出した後、フローサイトメトリーによって送達効率を定量化した(
図4eおよびf)。健常組織からのサンプルは低い蛍光強度を示したが、抗NPC/m(p/p=0.2:0.8)で処置したマウスにおける腫瘍組織は極めて高い強度を示した。これらの結果は、ミセルがCT26腫瘍細胞の核に抗NPC抗体を効率的に送達し得る一方で、健常組織における細胞への低いオフターゲット送達を提示し、高い腫瘍選択性を示すものである。
【0120】
本発明者らが設計したミセルをさらに試験するために、より高いPEG-pAsp(DET)比率、すなわち、p/p=0.5:0.5(これは、インビトロでエンドソーム脱出選択性を示さない)で全身投与された抗NPC/mの細胞内分布を、肝臓組織切片のCLSM画像化によって評価した。
p/p=0.2:0.8の抗NPC/mと比較して、p/p=0.5:0.5の抗NPC/mは、より多くの抗NPC抗体を肝細胞の核に送達した(
図4gおよび4h)。これらの結果は、ミセルのエンドソーム脱出能を微調整することによって、腫瘍細胞への抗体の標的化された細胞内送達を達成する能力を支持するものである。
【0121】
2.5. 抗c‐MYC/mは安全に腫瘍増殖を阻害した
ミセル系の治療能力を評価するために、本発明者らは、モデル抗体として抗c-MYC抗体を選択した。c-MYCは細胞増殖の調節に関与する重要ながん遺伝子である[48]。c-MYC阻害薬の開発は、潜在的な治療標的と考えられているにもかかわらず、正常組織への毒性リスクの可能性や、小分子の実行可能な結合部位がないことなど、多くの障害に直面している[49][50]。本実施例では、治療効果に対するc‐MYCの機能を抑制することを目的とした抗c‐MYC抗体内包ミセル(抗c‐MYC/m)を開発した。
【0122】
抗c-MYC/m(p/p=0.2:0.8)を、抗NPC/mの同じ調製プロトコールに従って調製した。抗c-MYC/mは、約40nm(41±1nm)のZ平均直径およびわずかに正の表面電荷(1.5±1.1 mV)を示した(
図5a)。抗c-MYC/mは、遊離抗体と比較してより高い細胞取り込みを促進した(
図16)。さらに、抗c-MYC/mは異なる濃度でCT26細胞中のc-MYCを効果的に抑制したが、遊離抗c-MYC抗体は最高濃度であっても中程度の阻害しか与えなかった(
図5b)。抗c-MYC/mによりc-MYCタンパク質を抑制すると、24時間のインキュベーション後に細胞の約17%においてアポトーシスプロセスが開始すると共に、癌細胞の生存率を低下させた(
図5c)。これは、遊離抗c-MYC抗体で処理されたアポトーシス細胞の割合よりも4倍高かった(
図5d)。
【0123】
さらに、抗c‐MYC/mの治療効果をCT26腫瘍モデルにおいてin vivoで評価した。腫瘍を皮下接種し、5日間増殖させた。マウスに対し、2.5mg/kgの用量の抗c‐MYC/mを5日目と7日目にi.v.注射した。その結果、抗c-MYC/mは腫瘍の進行を効率的に抑制した(
図5e)。エンドポイントでは、抗c-MYC/mで処置した群から有意に小さい腫瘍体積が得られた(
図5fおよび
図17a)。最終的な抗c-MYC/m投与の3日後に、c-MYCタンパク質が未処理サンプルと比較して約68%まで減少したことから、上記腫瘍抑制効果は、腫瘍組織においてc-MYCタンパク質がインビボで抑制されたことに起因すると考えられた(
図5g)。さらに、腫瘍のアポトーシスレベルも増加していることがわかった(
図5h)。
【0124】
抗c‐MYC/mは強い抗腫瘍効果を示す一方で、全身毒性は最小であった。治療中、全群において体重変化は無視できるレベルであり、抗c-MYC/mが全身毒性有さないことが示された(
図17b)。さらに、肝臓、腎臓および膵臓の代表的なバイオマーカーの血液検査では、抗c-MYC/mはこれらの組織に損傷を与えなかった(
図17c)。また、肝組織の組織学的解析では、臓器の組織像に有意差は認められなかった(
図17d)。以上より、抗c-MYC/mは腫瘍のc-MYCを阻害する安全な治療選択肢であることが確認された。
【0125】
3. まとめ
本発明では、抗体を細胞内送達するためのナノキャリアとして役立つpH応答性高分子ミセル系を開発した。これらのミセルは、所定の癌細胞株の強酸性化エンドソームにおいて活性化されるように正確に操作され、高い選択性および送達効率、ならびに有用なインビボ性能を明らかにした。生体内分布の制御を介したナノキャリアの腫瘍選択性を媒介する従来の戦略[51]、またはリガンドを導入することによる標的細胞との相互作用の増加[11]と比較して、本発明は癌細胞における示差的エンドソーム脱出を利用することにより、腫瘍標的送達を達成するための新規パラダイムを提供する。さらに、特定の細胞におけるエンドソーム脱出を制御することは、伝統的な標的化アプローチに直交し得るものであり、これは、送達を正確にするための技術を組合せることを可能にする。
【0126】
本発明における知見は、細胞内標的を目指すナノキャリアの細胞内経路におけるエンドソーム酸性化の重要性も示している。健常および病理学的状態におけるエンドソームpHの全身プロファイリングは、細胞特異的細胞内送達に向けられたナノキャリアプラットフォームのpH応答を操作するために有用である。
【0127】
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