(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024131554
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】全粒粉
(51)【国際特許分類】
A23L 7/10 20160101AFI20240920BHJP
A21D 13/02 20060101ALI20240920BHJP
A21D 2/36 20060101ALI20240920BHJP
【FI】
A23L7/10 Z
A21D13/02
A21D2/36
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023041890
(22)【出願日】2023-03-16
(71)【出願人】
【識別番号】301049777
【氏名又は名称】日清製粉株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】國米 匠
(72)【発明者】
【氏名】向後 佑佳子
(72)【発明者】
【氏名】塚本 一民
(72)【発明者】
【氏名】高松 研一郎
(72)【発明者】
【氏名】木本 匡昭
(72)【発明者】
【氏名】広瀬 哲也
(72)【発明者】
【氏名】山本 幸弘
【テーマコード(参考)】
4B023
4B032
【Fターム(参考)】
4B023LC02
4B023LC05
4B023LE26
4B023LG06
4B023LK10
4B023LT51
4B032DB01
4B032DG02
4B032DK22
4B032DP01
4B032DP06
(57)【要約】
【課題】ベーカリー食品等の食品原料として好適な全粒粉の提供。
【解決手段】高分子量グルテニンサブユニットGlu-dと、低分子量グルテニンサブユニットGlu-B3g又はGlu-B3bを有する小麦の全粒粉であって、平均粒径が170~310μmであり、損傷澱粉量が3.5~7.0質量%である、全粒粉。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子量グルテニンサブユニットGlu-D1dと、低分子量グルテニンサブユニットGlu-B3g又はGlu-B3bを有する小麦の全粒粉であって、
平均粒径が170~310μmであり、
損傷澱粉量が3.5~7.0質量%である、
全粒粉。
【請求項2】
D30が70~160μmである、請求項1記載の全粒粉。
【請求項3】
前記小麦がゆめちから系統の小麦である、請求項1記載の全粒粉。
【請求項4】
ベーカリー食品用小麦粉である、請求項1記載の全粒粉。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項記載の全粒粉を含有するベーカリー食品。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか1項記載の全粒粉を用いるベーカリー食品の製造方法。
【請求項7】
前記全粒粉を穀粉類の全量中5~100質量%含有する原料粉を用いる、請求項6記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の性質を有する全粒粉、及びそれを用いたベーカリー食品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、食のトレーサビリティの観点から、国内産原料を用いた食品への関心が高まっている。例えば、ベーカリー食品や麺類の原料となる国内産(日本産)小麦粉に対する要望は、潜在的に高い。しかしながら、従来の国内産小麦品種由来の小麦粉は、輸入(外国産)小麦粉と比べて、ベーカリー食品原料としての品質は充分ではなかった。ベーカリー食品原料に適した国内産小麦粉の開発が望まれている。特許文献1、2には、いわゆる超強力小麦粉と呼ばれる特定の性状を有する小麦粉を、グルテン強度の弱い小麦粉に配合して原料小麦粉として使用することで、品質のよいパン類や麺類を製造することができることが記載されている。
【0003】
小麦全粒粉(以下「全粒粉」)は、小麦粒の全成分を含む小麦粉である。全粒粉は食物繊維、ビタミン、ミネラルなどの栄養素に富み、健康に良い食材として注目されている。一方で、全粒粉は、ふすま成分を含むため、食感のざらつきや、ふすま独特のえぐみを有するなど食味や食感に問題があり、また二次加工性に劣る。特許文献3には、粒径75μmまでの累積体積が30%以上であり、粒径510μmまでの累積体積が80~95%である、二次加工性と食感が改善した全粒粉が記載されている。
【0004】
特許文献4には、マルトース価が220~320の範囲内である全粒粉が記載され、マルトース価が損傷澱粉量に関係していること、該全粒粉のマルトース価が当該範囲にあると、生地のべたつきやハンドリング、及び得られるベーカリー食品のボリュームや食感が良好になることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000-350559号公報
【特許文献2】特開2003-61603号公報
【特許文献3】特開2022-44079号公報
【特許文献4】特開2020-162593号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ベーカリー食品等の食品原料として好適な全粒粉に関する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の代表的実施形態として、以下を提供する。
〔1〕高分子量グルテニンサブユニットGlu-D1dと、低分子量グルテニンサブユニットGlu-B3g又はGlu-B3bを有する小麦の全粒粉であって、
平均粒径が170~310μmであり、
損傷澱粉量が3.5~7.0質量%である、
全粒粉。
〔2〕D30が70~160μmである、〔1〕記載の全粒粉。
〔3〕前記小麦がゆめちから系統の小麦である、〔1〕又は〔2〕記載の全粒粉。
〔4〕ベーカリー食品用小麦粉である、〔1〕~〔3〕のいずれか1項記載の全粒粉。
〔5〕〔1〕~〔4〕のいずれか1項記載の全粒粉を含有するベーカリー食品。
〔6〕〔1〕~〔4〕のいずれか1項記載の全粒粉を用いるベーカリー食品の製造方法。
〔7〕前記全粒粉を穀粉類の全量中5~100質量%含有する原料粉を用いる、〔6〕記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、食感、えぐみ、二次加工性が改善された超強力小麦の全粒粉を提供する。本発明の全粒粉は、ベーカリー食品の原料として好適である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
小麦粉生地の性質は、小麦グルテンの性質によるところが大きい。超強力小麦粉は、強力小麦粉と同様に硬質小麦由来のタンパク質含量が高い小麦粉であって、且つ強力小麦粉と比べてグルテンの質が強靭な小麦粉である。超強力小麦粉は、強力小麦粉と比べて強いグルテンネットワークを構築するので、より弾性の高い生地を形成する。
【0010】
超強力小麦粉の構築する強靭なグルテンは、グルテンを構成するグルテニンタンパク質間のS-S結合が強力小麦粉よりも密であることによると考えられている。グルテンを形成するタンパク質の1つであるグルテニンは、高分子量グルテニン(HMWG)サブユニットと、低分子量グルテニン(LMWG)サブユニットに分けられる。超強力小麦粉のグルテンの強靭さに貢献する因子としてHMWGサブユニットGlu-D1d、ならびにLMWGサブユニットGlu-B3g及びGlu-B3bが報告されている(池田達哉、「小麦の品質に関わるグルテンの遺伝的素質について」、作成日;2015年8月7日、修正日;2015年10月16日、[http://nihonnomugi.com/img/new2015/technologies/151016ikeda.pdf])。HMWGサブユニットにGlu-D1d、ならびにLMWGサブユニットにGlu-B3g又はGlu-B3bを有する小麦は、超強力小麦に分類される。
【0011】
これまでに育成されている超強力小麦品種としては、Glennlea、Bluesky、ゆめちから、北海259号、みのりのちから、銀河のちから、ハナマンテン、こしちから、Windcat、Victoria INTA、カンザス州立大学育成系統KS831957、北海道農業試験場育成系統PC-338、ホクレン農業協同組合連合会育成系統HW-2号、独立行政法人農業技術研究機構北海道農業研究センター育成系統の勝系12、勝系14、勝系33、などが挙げられる。これらの品種の小麦は、Glu-D1dと、Glu-B3g又はGlu-B3bを有している。
【0012】
本発明で提供される全粒粉は、超強力小麦の全粒粉である。したがって、本発明の全粒粉は、HMWGサブユニットGlu-D1dと、LMWGサブユニットGlu-B3g又はGlu-B3bを有する小麦の全粒粉である。好ましくは、本発明の全粒粉は、HMWGサブユニットGlu-D1dと、LMWGサブユニットGlu-B3bを有する小麦の全粒粉である。
【0013】
本発明の全粒粉の原料となる超強力小麦(原料小麦)としては、Glu-D1dサブユニットと、Glu-B3g又はGlu-B3bサブユニットとを有する小麦であればよく、例えば、前述したこれまでに育成されている超強力小麦品種又はそれらから派生した超強力小麦品種の産生した小麦が挙げられる。
【0014】
本発明の全粒粉は、前述した原料小麦のいずれか1種から得られた全粒粉であってもよく、又は、いずれか2種以上の異なる原料小麦から得られた全粒粉の組み合わせであってもよい。好ましくは、本発明の全粒粉は、ゆめちから系統の小麦の全粒粉、すなわち、ゆめちから又はそれから派生した超強力小麦の全粒粉である。
【0015】
本発明の全粒粉は、平均粒径が、好ましくは170~310μm、より好ましくは175~290μmである。また好ましくは、本発明の全粒粉は、D30が70~160μm、より好ましくは75~160μmである。本明細書における粒子の平均粒径とは、レーザー回折・散乱法により算出された該粒子の体積平均径(MV)をいう、また本明細書における粒子のD30とは、レーザー回折・散乱法により算出された、該粒子の粒度分布の累積体積百分率30%での粒径をいう。粒子の平均粒径及びD30は、市販のレーザー回折・散乱式粒度分布計測装置(例えば、マイクロトラックMT3000II;マイクロトラックベル株式会社)を用いて測定することができる。
【0016】
本発明の全粒粉は、損傷澱粉量が、好ましくは3.5~7.0質量%、より好ましくは3.5~6.5質量%である。後述の実施例に示すとおり、本発明の全粒粉の損傷澱粉量は、従来市販の超強力小麦の全粒粉と比べて比較的高い傾向にある。ただし、原料穀粒の種類が異なれば、同様の過程で製粉されても損傷澱粉量は異なり得るため、食品原料として好適な損傷澱粉量は穀粒の種類ごとに異なり得る。超強力小麦の全粒粉の損傷澱粉量と得られた食品の食感との関係は、これまで明らかではなかった。
【0017】
本明細書における小麦粉の損傷澱粉量は、AACC Method 76-31に従って測定された値である、すなわち、試料中に含まれている損傷澱粉をカビ由来α-アミラーゼでマルトサッカライドと限界デキストリンに分解し、次いでアミログルコシダーゼでグルコースにまで分解し、生成されたグルコースを定量することにより測定された値であり、アミラーゼ感受性の澱粉量を表す。AACC Method 76-31による損傷澱粉量の測定には、市販のキット(例えばMegaZyme製,Starch Damage Assay Kit)を用いることができる。
【0018】
本発明の全粒粉は、前述した原料小麦となる超強力小麦の穀粒を、通常の方法に従って、ただし前述の粒度及び損傷澱粉量を達成できるように条件を調整して、製粉することによって製造することができる。穀粉の損傷澱粉量を調整する方法は当該分野で公知である。通常、製粉過程で穀粉に機械力や熱などが加わることで澱粉が物理的に破壊されると、穀粉の損傷澱粉量は高くなる。例えば、原料小麦の粉砕工程(粗粉砕工程)又はその粉砕物の粉砕工程(リダクション工程)において、粉砕に用いる滑面ロール(smooth roller)のロール間隔を狭めて粉砕すると、澱粉が損傷を受けやすくなり、得られた小麦粉の損傷澱粉量が増加する。また、適宜粉砕工程の条件や回数を調整したり、粉砕物を分級したりすることによって、所望の粒径の穀粉を得ることができる。あるいは、製粉後の穀粉を分級して粒度が前述の範囲となるように取り分けることで、穀粉の粒度を調整することができる。
【0019】
本発明の全粒粉は、食品原料として好適である。好ましくは、本発明の全粒粉はベーカリー食品用小麦粉として使用される。本発明で提供されるベーカリー食品は、原料粉に本発明の全粒粉を配合する以外は、通常の手順に従って製造することができる。該ベーカリー食品の原料粉における本発明の全粒粉の含有量は、該原料粉に含まれる穀粉類の全量中、好ましくは5~100質量%、より好ましくは5~70質量%である。
【0020】
本発明の全粒粉を用いて製造されるベーカリー食品の種類としては、パン、ケーキ、クッキー、パンケーキ、ホットケーキ、クレープ、ワッフル、マフィン、ドーナツ、蒸しパン(蒸しカステラ、中華まん等)、お好み焼き、たこ焼き、大判焼、たい焼きなどが挙げられ、特に限定されない。
【0021】
本発明の全粒粉を用いたベーカリー食品の製造方法においては、本発明の全粒粉を含有する原料粉から生地を調製する。該原料粉には、本発明の全粒粉以外に、ベーカリー食品原料として使用可能なその他の成分、例えば本発明の全粒粉以外の他の穀粉、澱粉、卵粉、紛乳、食塩、糖類、油脂、蛋白質、膨張剤などから選択される1種又は2種以上が必要に応じて含まれていてもよい。本発明の全粒粉以外の他の穀粉としては、本発明の全粒粉以外の小麦粉、米粉、ライ麦粉、トウモロコシ粉などが挙げられるが、好ましくは本発明の全粒粉以外の小麦粉、例えば、強力粉、準強力粉、中力粉、薄力粉、デュラム粉、本発明の全粒粉以外の全粒粉など、である。上記に挙げた当該他の穀粉は、いずれか1種又はいずれか2種以上の組み合わせで使用することができる。
【0022】
前記原料粉を、水分、油脂などと混合することで、生地が調製される。水分としては、水、乳、液卵などを使用することができる。油脂としてはバター、サラダ油、マーガリン、ショートニングなどが挙げられる。原料の配合は、製造するベーカリー食品の種類に合わせて適宜調整することができる。必要に応じて、調製した生地を発酵させてもよい。得られた生地を、必要に応じて分割又は成形し、加熱(例えば、焼成、蒸し、揚げ等)してベーカリー食品を製造することができる。
【0023】
好ましくは、本発明で提供されるベーカリー食品は、発酵ベーカリー食品である。発酵ベーカリー食品としては、パン、中華まん、及びワッフル、イーストドーナツ等の発酵菓子類が挙げられる。好ましくは、本発明の発酵ベーカリー食品は、調製された生地を、一次発酵、成形、及び二次発酵させ、次いで焼成することで製造される。本発明による発酵ベーカリー食品の製造は、ストレート法、中種法、速成法、液種法、冷凍生地法等の各種常法に従って行うことができる。必要に応じて、調製した生地を、そのまま、又は発酵もしくは成形した状態で冷蔵又は冷凍保存し、必要に応じて解凍した後、該生地を加熱して本発明のベーカリー食品を製造してもよい。
【0024】
本発明の全粒粉を用いて製造したベーカリー食品の生地は、二次加工性が改善されている。また、本発明の全粒粉を用いて製造したベーカリー食品は、ふすま独特のえぐみが改善されており、かつ、もっちりした良好な食感を有し、製造後時間が経っても食感のパサつきが少ない。
【実施例0025】
以下、実施例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例にのみ限定されるものではない。
【0026】
1)全粒粉
比較例1~4として市販の超強力小麦全粒粉(ゆめちから由来)を用意した。
超強力小麦「ゆめちから」(Glu-D1d、Glu-B3b)穀粒から、ブレーキング工程、グレーディング工程、ピュリフィケーション工程、及びリダクション工程を調整することにより、表1に示す性質を有する実施例1~5、及び比較例5~7の全粒粉を調製した。同様に、強力小麦「春よ恋」(Glu-D1d、Glu-B3h)穀粒を製粉して表1に示す比較例8の全粒粉を調製した。
【0027】
各全粒粉の損傷澱粉量は、Starch Damage Assay Kit(MegaZyme製)により測定した。また、各全粒粉の平均粒径及びD30は、マイクロトラックMT3000II(マイクロトラックベル株式会社)により測定した。
【0028】
2)得られた全粒粉を用いて、下記の手順にて食パンを製造した。
〔生地配合:質量部〕
全粒粉 30
小麦粉(強力小麦粉) 70
グルテン製剤(H-10;小川製粉(株)) 1.2
生地改良剤(CアンティS;オリエンタル酵母工業(株))0.1
乳化剤(パンマック200V;理研ビタミン(株)) 0.3
発酵風味液(泡雪;オリエンタル酵母工業(株)) 5
イースト(レギュラーイースト;オリエンタル酵母工業(株))3
食塩 1.8
上白糖 10
蜂蜜 3
脱脂粉乳 2
油脂(マーガリン) 8
水 69
〔工程:ストレート法〕
1.ミキシング 低速4分→油脂添加→低速4分
→中低速10分→中高速3~5分
2.捏上温度 27.5℃
3.フロアタイム(27℃・75%)70~80分
4.分割 450g
(型1833cc、比容積:4.0)
5.ベンチタイム 20分
6.成形(モルダー使用)
7.ホイロ(38℃・85%) 40分
8.焼成(210℃) 25分
【0029】
パンの製造過程で、生地の二次加工性(生地の繋がり、べたつき)を評価した。製造したパンを常温(20~25℃)に30分間放置した後、食感とえぐみを評価した。さらに、常温で24時間保管した後のパンの経時耐性(食感のパサつき)を評価した。評価は、専門のパネラー10名により下記評価基準にて行い、10名の評価の平均点を求めた。結果を表1に示す。
【0030】
<評価基準>
(二次加工性:生地の繋がり、べたつき)
5点:非常に良好
4点:良好
3点:やや良好
2点:やや不良
1点:不良
(食感)
5点:非常にもっちりした食感
4点:もっちりとした食感
3点:ややもっちりとした食感
2点:もっちりさにやや欠ける食感
1点:もっちりさに欠ける食感
(えぐみ)
5点:エグミが非常に弱く、非常に良好
4点:エグミが弱く、良好
3点:エグミがやや弱く、やや良好
2点:エグミがやや強い
1点:エグミが強い
(経時耐性:食感のパサつき)
5点:パサつきがほとんど無い
4点:パサつきが少ない
3点:パサつきがやや少ない
2点:パサつきを感じる
1点:パサつきを強く感じる
【0031】