(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024131749
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】水素吸蔵合金の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 30/00 20060101AFI20240920BHJP
C22C 1/00 20230101ALI20240920BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20240920BHJP
B22F 1/14 20220101ALI20240920BHJP
B22F 9/04 20060101ALN20240920BHJP
【FI】
C22C30/00
C22C1/00 N
B22F1/00 R
B22F1/14 300
B22F9/04 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023042191
(22)【出願日】2023-03-16
(71)【出願人】
【識別番号】000116655
【氏名又は名称】愛知製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松山 晃大
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 泰行
【テーマコード(参考)】
4K017
4K018
【Fターム(参考)】
4K017AA04
4K017BA03
4K017BA04
4K017BA10
4K017BB04
4K017BB06
4K017BB07
4K017BB09
4K017BB18
4K017DA09
4K017EA03
4K018BA20
4K018BB06
4K018BC10
4K018BD07
(57)【要約】
【課題】優れた放電レート特性を有する水素吸蔵合金の製造方法を提供する。
【解決手段】Ti:5~35原子%、Zr:5~35原子%、Ni:5~35原子%、Cr:5~35原子%及びMn:5~35原子%から構成され、かつ、混合エントロピーΔS
mixが1.5R以上である化学成分を有し、C14型の結晶構造を有する主相と、C14型以外の結晶構造を有する第二相とを含む水素吸蔵合金粉末を準備する。この水素吸蔵合金粉末を、0.02~0.1MPaの圧力を有する水素雰囲気中において400~800℃の温度に保持し、その後、水素吸蔵合金粉末に吸蔵された水素を水素吸蔵合金粉末から脱離させる水素中加熱処理を行うことにより、水素吸蔵合金を作製する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ti:5原子%以上35原子%以下、Zr:5原子%以上35原子%以下、Ni:5原子%以上35原子%以下、Cr:5原子%以上35原子%以下及びMn:5原子%以上35原子%以下から構成され、かつ、下記式(1)で表される混合エントロピーΔS
mixが1.5R以上である化学成分を有し、C14型の結晶構造を有する主相と、C14型以外の結晶構造を有する第二相とを含む水素吸蔵合金粉末を準備し、
前記水素吸蔵合金粉末を、0.02MPa以上0.1MPa以下の圧力を有する水素雰囲気中において400℃以上800℃以下の温度に保持し、その後、前記水素吸蔵合金粉末に吸蔵された水素を前記水素吸蔵合金粉末から脱離させる水素中加熱処理を行う、水素吸蔵合金の製造方法。
【数1】
(ただし、前記式(1)におけるRは気体定数であり、x
iは前記水素吸蔵合金中に含まれる個々の元素のモル分率である。)
【請求項2】
前記水素中加熱処理を行った後の前記水素吸蔵合金粉末における前記第二相の結晶子サイズが、前記水素中加熱処理を行う前の前記水素吸蔵合金粉末における前記第二相の結晶子サイズよりも小さくなる条件で水素中加熱処理を行う、請求項1に記載の水素吸蔵合金の製造方法。
【請求項3】
前記水素吸蔵合金粉末における前記第二相の構成比率が10質量%以上19質量%以下である、請求項2に記載の水素吸蔵合金の製造方法。
【請求項4】
前記第二相の結晶構造がB2型である、請求項2または3に記載の水素吸蔵合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素吸蔵合金の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ニッケル水素電池等のアルカリ蓄電池に用いられる負極活物質として、水素吸蔵合金が多用されている。また、近年では、燃料電池自動車等へ水素を供給するための水素ステーションにおいて、水素の貯蔵に水素吸蔵合金を用いる技術の開発が進められている。
【0003】
水素吸蔵合金は、水素との親和力が高いA元素と、水素との親和力が低いB元素とから構成された合金であり、AB5型合金、AB2型合金、A2B7型合金及びAB型合金等が知られている。また、5種類以上の元素から構成されており、各元素の含有率が5原子%以上35原子%以下であり、1.5R以上(ただし、Rは気体定数である)の混合エントロピーを有する、ハイエントロピー合金と呼ばれる合金組成を備えた水素吸蔵合金が提案されている。
【0004】
例えば特許文献1には、Ti:5原子%以上35原子%以下、Zr:5原子%以上35原子%以下、Ni:5原子%以上35原子%以下、Cr:5原子%以上35原子%以下及びMn:5原子%以上35原子%以下からなる化学成分を有し、混合エントロピーΔSmixが1.5R以上であり、主相の結晶構造がC14型である、ハイエントロピー水素吸蔵合金が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1のハイエントロピー水素吸蔵合金は、低い放電レートで放電した際の放電容量と高い放電レートで放電した際の放電容量との差が比較的大きい。そのため、放電レート特性のさらなる改善が望まれている。
【0007】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、優れた放電レート特性を有する水素吸蔵合金の製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様は、Ti(チタン):5原子%以上35原子%以下、Zr(ジルコニウム):5原子%以上35原子%以下、Ni(ニッケル):5原子%以上35原子%以下、Cr(クロム):5原子%以上35原子%以下及びMn(マンガン):5原子%以上35原子%以下から構成され、かつ、下記式(1)で表される混合エントロピーΔSmixが1.5R以上である化学成分を有し、C14型の結晶構造を有する主相と、C14型以外の結晶構造を有する第二相とを含む水素吸蔵合金粉末を準備し、
前記水素吸蔵合金粉末を、0.02MPa以上0.1MPa以下の圧力を有する水素雰囲気中において400℃以上800℃以下の温度に保持し、その後、前記水素吸蔵合金粉末に吸蔵された水素を前記水素吸蔵合金粉末から脱離させる水素中加熱処理を行う、水素吸蔵合金の製造方法にある。
【0009】
【0010】
ただし、前記式(1)におけるRは気体定数であり、xiは前記水素吸蔵合金中に含まれる個々の元素のモル分率である。
【発明の効果】
【0011】
前記水素吸蔵合金の製造方法においては、前記特定の化学成分を有し、C14型の結晶構造を有する主相と、C14型以外の結晶構造を有する第二相とを含む水素吸蔵合金粉末を前記特定の条件で加熱した後、前記水素吸蔵合金粉末に吸蔵された水素を前記水素吸蔵合金粉末から脱離させる水素中加熱処理を行う。このように、前記水素吸蔵合金粉末を水素雰囲気中で加熱した後、水素吸蔵合金粉末に吸蔵された水素を水素吸蔵合金から脱離させることにより、水素吸蔵合金の放電レート特性を改善することができる。
【0012】
従って、前記の態様によれば、優れた放電レート特性を有する水素吸蔵合金の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、実施例における合金A3~A6及び合金B1のX線回折パターンを示す説明図である。
【
図2】
図2は、実施例における合金A8の金属組織を示す拡大写真である。
【
図3】
図3は、実施例における合金B1の金属組織を示す拡大写真である。
【
図4】
図4は、実施例における、アルカリ蓄電池用負極の要部を示す一部断面図である。
【
図5】
図5は、実施例における、水素中加熱処理を行う前の試験材T1の金属組織を示す拡大写真である。
【
図6】
図6は、実施例における、水素中加熱処理を行った後の試験材T2の金属組織を示す拡大写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(水素吸蔵合金の製造方法)
〔水素吸蔵合金粉末〕
前記製造方法に用いられる水素吸蔵合金粉末は、A元素としてのTi及びZrと、B元素としてのNi、Cr及びMnとからなる5元系の水素吸蔵合金から構成されている。また、前記水素吸蔵合金粉末は、前述した各元素の含有率が5原子%以上35原子%以下であり、かつ、下記式(1)で表される混合エントロピーΔSmixが1.5R以上となる化学成分を有している。
【0015】
【0016】
ただし、前記式(1)におけるRは気体定数であり、xiは前記水素吸蔵合金中に含まれる個々の元素のモル分率である。
【0017】
前記水素吸蔵合金粉末の化学成分において、各元素の含有率及び混合エントロピーΔSmixをそれぞれ前記特定の範囲内とすることにより、水素吸蔵合金粉末中における主相の結晶構造をC14型とするとともに、水素吸蔵合金粉末中にC14型以外の結晶構造を有する第二相を形成することができる。なお、「C14型の結晶構造」は、例えば「金属 vol.80(2010)No.7 32頁」等で明らかにされている六方晶MgZn2型構造と同一である。
【0018】
また、前述した「主相」とは、水素吸蔵合金粉末に含まれる結晶相のうち、最も構成比率の高い結晶相をいい、「第二相」とは、主相よりも構成比率の低い結晶相をいう。第二相は、1種類の結晶構造を有する結晶相から構成されていてもよく、互いに異なる結晶構造を有する複数の結晶相から構成されていてもよい。水素吸蔵合金粉末に含まれる結晶相のうちいずれの結晶相が主相であるかは、水素吸蔵合金粉末のX線回折チャートに基づいて判断することができる。より具体的には、水素吸蔵合金粉末のX線回折チャートにRietvelt解析を行うことにより、水素吸蔵合金粉末中に存在する各結晶相の構成比率を見積もることができる。
【0019】
前記水素吸蔵合金粉末においては、主相の構成比率が高いほど、水素吸蔵量を多くすることができる。かかる観点からは、主相の構成比率は75質量%以上であることが好ましい。主相の構成比率を75質量%以上とすることにより、一般的なAB5型の希土類ニッケル系水素吸蔵合金よりも高い水素吸蔵量を容易に実現することができる。
【0020】
水素吸蔵合金粉末における第二相の構成比率は、例えば0質量%を超え20質量%以下であればよい。第二相の構成比率を前記特定の範囲とすることにより、水素吸蔵量を増大させる効果をより確実に得ることができる。また、この場合には、前記水素吸蔵合金中に吸蔵された水素が前記水素吸蔵合金の外部へ放出されやすくなる。それ故、かかる水素吸蔵合金粉末を用いて得られる前記水素吸蔵合金は、例えば、水素ステーションにおける水素貯蔵材や、アルカリ蓄電池用負極の活物質として好適である。
【0021】
前述した作用効果をより確実に得る観点からは、前記水素吸蔵合金粉末における第二相の構成比率は、3.0質量%以上であることがより好ましく、6.0質量%以上であることがさらに好ましく、9.0質量%以上であることが特に好ましく、10.0質量%以上であることが最も好ましい。一方、前記水素吸蔵合金の水素吸蔵量をより高める観点からは、前記水素吸蔵合金粉末における第二相の構成比率は19質量%以下であることがより好ましく、18質量%以下であることがさらに好ましく、17質量%以下であることが特に好ましく、16質量%以下であることが最も好ましい。
【0022】
水素吸蔵合金粉末における第二相の構成比率の好ましい範囲を構成するに当たっては、前述した第二相の構成比率の上限と下限とを任意に組み合わせることができる。例えば、水素吸蔵合金粉末における第二相の構成比率の好ましい範囲は、3.0質量%以上19質量%以下であってもよく、6.0質量%以上19質量%以下であってもよく、9.0質量%以上19質量%以下であってもよく、10質量%以上19質量%以下であってもよく、10質量%以上16質量%以下であってもよい。
【0023】
水素吸蔵合金粉末中に含まれる第二相の結晶構造はB2型であることが好ましい。B2型の結晶構造を有する結晶相は、水素中加熱処理において処理の影響を受けやすい性質を有している。そのため、水素吸蔵合金粉末中に含まれる第二相の結晶構造をB2型とすることにより、放電レート特性向上の効果をより確実に得ることができる。
【0024】
前記水素吸蔵合金粉末は、1.5R以上という高い混合エントロピーを有している。このような高い混合エントロピーを有する合金は、ハイエントロピー合金と呼ばれ、一般的な合金とは異なる特性を有している。例えば、前記水素吸蔵合金粉末においては、その混合エントロピーΔSmixの高さのため、結晶構造内におけるTi、Zr、Ni、Cr及びMnの配置が無秩序となる。このような特徴的な原子配置を有する水素吸蔵合金粉末は、高い水素吸蔵量を有するとともに、室温環境中においても吸蔵された水素を容易に放出することができる。
【0025】
また、前記水素吸蔵合金粉末は、Fe(鉄)が実質的に含まれていない化学成分を有している。すなわち、前記水素吸蔵合金粉末中のFeの含有率は、不可避的不純物としての含有率以下であり、前記水素吸蔵合金粉末を用いて得られる前記水素吸蔵合金中のFeの含有率も、不可避的不純物としての含有率以下である。Feは、アルカリ蓄電池における電解液などのアルカリ性水溶液に接触した際に、Fe(OH)3を形成するおそれがある。Fe(OH)3は絶縁体であるため、Feを含む水素吸蔵合金をアルカリ蓄電池用負極の活物質として使用する場合には、活物質の電子伝導性が低下し、放電レート特性の悪化を招くおそれがある。これに対し、前記製造方法により得られる水素吸蔵合金にはFeが含まれていないため、前記水素吸蔵合金とアルカリ性水溶液とが接触した場合においてもFe(OH)3が形成されることはない。従って、前記製造方法により得られる水素吸蔵合金は、アルカリ蓄電池用負極の活物質としても好適である。
【0026】
前記水素吸蔵合金粉末中には、必須成分としてのTi、Zr、Ni、Cr及びMnの他に、製造過程において不可避的に混入する不可避的不純物が含まれ得る。これらの不可避的不純物の含有率は、各元素について0.2原子%以下であり、かつ、合計2.0原子%以下であればよい。
【0027】
前記水素吸蔵合金粉末の作製方法は特に限定されることはなく、種々の態様を採用することができる。例えば、前記水素吸蔵合金粉末を作製するに当たっては、まず、前記特定の化学成分を有する溶湯を鋳造して鋳塊や鋳片などの鋳造物を作製し、この鋳造物を粉砕する方法を採用することができる。水素吸蔵合金の溶解方法は特に限定されることはなく、例えば、真空高周波溶解炉等の種々の溶解炉を使用することができる。また、水素吸蔵合金の鋳造方法としては、例えば、鋳型を用いた鋳造法やストリップキャスト法等の種々の方法を採用することができる。また、水素吸蔵合金粉末を作製する方法として、例えばアトマイズ法などの、溶湯から直接粉末を作製する方法を採用することもできる。
【0028】
水素吸蔵合金粉末の製造過程において鋳造物を作製する場合、鋳造直後の鋳造物には、凝固過程などにおいて生じる空孔や格子歪等の欠陥、及び、転位が存在していることがある。鋳造物中の欠陥や転位は、水素吸蔵量の低下の原因となる。そのため、鋳造物中の欠陥や転位を低減することにより、水素吸蔵量をより高くすることができる。
【0029】
鋳造物中の欠陥や転位を除去するためには、不活性ガス雰囲気中において鋳造物を1000℃以下に加熱することが好ましい。前記特定の条件で加熱を行うことにより、主相の結晶構造を維持しつつ、鋳造物の内部に存在する欠陥や転位を除去することができる。その結果、最終的に得られる前記水素吸蔵合金の水素吸蔵量をより高くすることができる。
【0030】
〔水素中加熱処理〕
前記製造方法においては、前記水素吸蔵合金粉末を、0.02MPa以上0.1MPa以下の圧力を有する水素雰囲気中において400℃以上800℃以下の温度に保持し、その後、前記水素吸蔵合金粉末に吸蔵された水素を前記水素吸蔵合金粉末から脱離させる水素中加熱処理を行う。このように、水素吸蔵合金粉末に前記特定の条件で水素中加熱処理を行うことにより、優れた放電レート特性を有する水素吸蔵合金を得ることができる。そして、このような水素吸蔵合金をアルカリ蓄電池の負極活物質として用いることにより、低い放電レートで放電させた際の放電容量と高い放電レートで放電させた際の放電容量との差を小さくすることができる。
【0031】
前記水素吸蔵合金の放電レート特性をより高める観点からは、水素中加熱処理における水素の圧力は0.02MPa以上0.09MPa以下であることが好ましく、0.03MPa以上0.08MPa以下であることがより好ましく、0.03MPa以上0.07MPa以下であることがさらに好ましい。同様の観点から、水素中加熱処理における加熱温度は500℃以上800℃以下であることが好ましく、550℃以上800℃以下であることがより好ましく、600℃以上800℃以下であることがさらに好ましい。
【0032】
また、水素中加熱処理における水素の圧力を0.01MPa以上0.08MPa以下とし、加熱温度を600℃以上800℃以下とすることにより、放電レート特性に加えて充放電サイクル特性をより向上させ、充放電を繰り返し行った場合における放電容量の低下をより抑制することができる。
【0033】
水素中加熱処理においては、前述した条件で水素吸蔵合金粉末を加熱した後、水素吸蔵合金粉末から水素を放出させる。水素吸蔵合金粉末から水素を放出される方法は特に限定されることはない。水素吸蔵合金から水素を放出させる方法としては、例えば、大気雰囲気や非酸化性ガス雰囲気、減圧雰囲気などの水素分圧の低い雰囲気中において水素吸蔵合金粉末を加熱する方法を採用することができる。
【0034】
(水素吸蔵合金の用途)
前記製造方法により得られる水素吸蔵合金は、水素ステーションにおける水素貯蔵材や、アルカリ蓄電池用負極の活物質などの種々の用途に用いることができる。また、前記水素吸蔵合金は、前述したように優れた放電レート特性を有しているため、これらの用途の中でも特にアルカリ蓄電池用負極の活物質として好適である。
【0035】
前記水素吸蔵合金を用いて作製されたアルカリ蓄電池用負極は、例えば、以下の構成を有していてもよい。すなわち、アルカリ蓄電池用負極は、導体からなる集電体と、結着剤と、前記結着剤を介して前記集電体に保持された粉末状の活物質とを有しており、
前記活物質は、
前記水素吸蔵合金からなるコア部と、
Niの水酸化物を含有し、前記コア部の表面に存在する表面層と、を有している。
【0036】
前記負極において、集電体としては、例えば、金属箔、パンチングメタル、エキスパンデッドメタル及び金属メッシュ等の種々の態様の導体を適用することができる。
【0037】
結着剤は、集電体と活物質との間に介在することにより、活物質を集電体に保持する作用を有している。結着剤としては、例えば、ポリビニルアルコール等を用いることができる。また、結着剤中には、必要に応じて、増粘剤等の公知の添加剤が含まれていてもよい。
【0038】
負極中には、必要に応じて、Cu(銅)粉末やNi(ニッケル)粉末などの公知の導電剤や導電助剤が含まれていてもよい。これらの導電剤や導電助剤は、活物質と同様に、結着剤を介して集電体に保持されている。
【0039】
活物質のコア部は、前記水素吸蔵合金から構成されている。前記水素吸蔵合金は、前述したように、水素吸蔵量が高く、かつ、水素吸蔵合金の内部に吸蔵された水素を水素吸蔵合金内から外部に容易に放出することができるという、アルカリ蓄電池用負極の活物質として好適な特性を有している。それ故、前記負極は、充電時においては活物質のコア部に多量の水素を吸蔵することができる。また、前記負極は、放電時においてはコア部に吸蔵された水素を容易にコア部から外部に放出することができる。これらの結果、前記負極によれば、アルカリ蓄電池の放電容量を向上させることができる。
【0040】
コア部の表面には、Niの水酸化物を含む表面層が存在している。表面層には、Niの水酸化物の他に、Niの酸化物や、後述する活性化処理の後に残留したZrO2、TiO2等の絶縁性化合物が含まれることがある。また、表面層は、Niの水酸化物を含む微粒子から構成されていてもよい。コア部の表面に表面層を形成することにより、前記負極の放電レート特性をより向上させ、高い放電レートで放電した場合のアルカリ蓄電池の放電容量と低い放電レートで放電した場合のアルカリ蓄電池の放電容量との差をより小さくすることができる。
【0041】
(アルカリ蓄電池用負極の製造方法)
前記アルカリ蓄電池用負極を作製するに当たっては、まず、前述した方法により、前記水素吸蔵合金からなる活物質を準備する。このようにして得られる活物質の表面には、大気等との接触によって形成されたZrO2やTiO2などの絶縁性化合物が存在している。次に、活物質を結着剤等と混合し、負極合剤を準備する。そして、この負極合剤を集電体に塗布した後乾燥させることにより、活物質を集電体に保持させることができる。
【0042】
その後、集電体に保持された活物質を強アルカリ水溶液中で煮沸して活性化処理を施す。活性化処理において用いる強アルカリ水溶液としては、例えば、温度105℃以上、pH14以上の水溶液を使用することができる。活物質に活性化処理を施すことにより、活物質の表面に存在する絶縁性化合物を除去するとともに、活物質の表面に存在するNi原子を水酸化物とすることができる。以上の結果、活物質の表面に前記表面層を形成し、前記負極を得ることができる。
【0043】
前記負極の製造方法においては、活性化処理を行うことにより、活物質の表面に存在するZrO2やTiO2等の絶縁性化合物による悪影響を低減することができる。これにより、負極の放電容量及び放電レート特性を向上させることができると考えらえる。
【実施例0044】
前記水素吸蔵合金の製造方法の実施例について、
図1~
図3を用いて説明する。本例の水素吸蔵合金は、Ti:5原子%以上35原子%以下、Zr:5原子%以上35原子%以下、Ni:5原子%以上35原子%以下、Cr:5原子%以上35原子%以下及びMn:5原子%以上35原子%以下からなり、下記式(1)で表される混合エントロピーΔS
mixが1.5R以上である化学成分を有し、C14型の結晶構造を有する主相と、C14型以外の結晶構造を有する第二相とを含む水素吸蔵合金粉末を準備し、
水素吸蔵合金粉末を、0.02MPa以上0.1MPa以下の圧力を有する水素雰囲気中において400℃以上800℃以下の温度に保持し、その後、水素吸蔵合金粉末に吸蔵された水素を水素吸蔵合金粉末から脱離させる水素中加熱処理を行うことにより得られる。
【0045】
【0046】
ただし、前記式(1)におけるRは気体定数であり、xiは前記水素吸蔵合金中に含まれる個々の元素のモル分率である。以下に、本例の水素吸蔵合金の製造方法を詳説する。
【0047】
<水素吸蔵合金粉末の準備>
まず、アーク溶解炉を用いて、Ti(株式会社高純度化学研究所製、粉末、純度99.9%)、Zr(株式会社高純度化学研究所製、スポンジ、純度98.0%)、Ni(株式会社高純度化学研究所製、粉末、純度99.9%)、Cr(株式会社高純度化学研究所製、粉末、純度99.0%)及びMn(株式会社高純度化学研究所製、フレーク、純度99.9%)を、これらのモル比がZr:Ti:Ni:Cr:Mn=0.2:0.2:0.29:0.2:0.2となるように混合した後溶融させ、水素吸蔵合金の鋳塊を作製した。なお、Ti等の溶融には、真空高周波溶解炉を用いてもよい。また、水素吸蔵合金の鋳造には、ストリップキャスト法を採用してもよい。また、鋳造後の鋳塊等には、必要に応じて均質化処理などの熱処理を施してもよい。
【0048】
次に、湿式切断機を用いて得られた鋳塊を二等分し、一方の鋳塊を用いて比重の測定及び組織観察を行った。また、他方の鋳塊に、タングステンカーバイド製乳鉢による粗粉砕を行い、水素吸蔵合金粉末を得た。次に、得られた水素吸蔵合金粉末に、以下の方法により水素中加熱処理を行った。
【0049】
水素中加熱処理においては、水素吸蔵合金粉末をSUS管に封入した後、SUS管を表1に示す温度まで加熱した。その後、SUS管内に水素を導入し、SUS管内の圧力を表1に示す圧力まで上昇させた。この温度及び圧力を24時間維持した後、SUS管内の水素ガスを排気することによりSUS管内を減圧雰囲気とした。減圧雰囲気を4時間維持して水素吸蔵合金から水素を放出させた後、SUS管を150℃以下の温度まで冷却した。以上により、水素中加熱処理を完了した。
【0050】
水素中加熱処理が完了した後、SUS管から取り出された水素吸蔵合金粉末の篩い分けを行い、直径が20~40μmの範囲内である水素吸蔵合金粉末を取り出した。
【0051】
以上により、表1に示す水素吸蔵合金(合金A1~A9)を作製した。なお、表1に示す合金B1は、合金A1~A9との比較のための水素吸蔵合金である。合金B1の作製方法は、水素中加熱処理を行わなかったこと以外は合金A1~A9の製造方法と同様である。なお、高周波プラズマ発光分光分析装置(株式会社島津製作所製「ICPV-1017」)を用いて合金A1~A9及び合金B1の化学成分を測定したところ、これらの合金の化学成分は、前述したZr、Ti、Ni、Cr及びMnの混合比率と概ね同一であった。
【0052】
次に、以下の方法により、水素吸蔵合金の結晶構造解析及び金属組織の観察を行った。
【0053】
〔水素吸蔵合金の結晶構造解析〕
X線回折装置(株式会社リガク製「SmartLab(登録商標)」)を用いて粉末X線回折を行い、各合金のX線回折パターンを取得した。そして、得られたX線回折パターンに基づいて各合金に含まれる結晶相を同定した。なお、粉末X線回折はCuKα線を用いて行い、X線管球の出力は40kV、40mAとした。また、結晶構造解析及びRietvelt解析は、粉末X線解析ソフト(株式会社リガク製「PDXL」)を用いて行った。
【0054】
図1に、X線回折パターンの例として、合金A3~A6及び合金B1のX線回折パターンを示す。なお、
図1における縦軸は回折強度(相対強度)であり、横軸は回折角2θ(単位:°)である。
【0055】
X線回折パターンに現れた回折ピークをデータベースと照合した結果、表1に示すように、合金A1~A9及び合金B1の主相は、C14型の結晶構造を有する結晶相であった。主相を構成する結晶相は、(Zr0.5Ti0.5)Mn2、または、(Zr0.5Ti0.5)Mn2におけるZr原子、Ti原子及びMn原子のうち少なくとも1種の原子が他の原子に置換された結晶構造を有していると推定される。また、これらの合金には、主相の他に、B2型の結晶構造を有する第二相が形成されていた。第二相を構成する結晶相は、Ti0.6Zr0.4Ni、または、Ti0.6Zr0.4NiにおけるTi原子、Zr原子及びNi原子のうち少なくとも1種の原子が他の原子に置換された結晶構造を有していると推定される。
【0056】
表1に、WPPF(Whole Powder Pattern Fitting)法により算出した各合金における主相及び第二相の格子定数を示す。また、表1に、シェラーの式(下記式(2)参照)に基づいて算出した第二相の結晶子サイズt(単位:nm)を示す。なお、下記式(2)におけるλは入射X線の波長(単位:nm)であり、B1/2は第二相の回折ピークの半値幅であり、θは回折角(単位:rad)である。本例においては、回折角が約41°である位置に現れる、第二相の(111)面に由来する回折ピークを使用して結晶子サイズを算出した。また、入射X線の波長λは0.1514nmとした。
t=0.9λ/(B1/2cosθ) ・・・(2)
【0057】
〔水素吸蔵合金の金属組織の観察〕
前述した篩い分けの際に取り除かれた粉末に含まれる粒子のうち、直径が100μm以上である粒子を試料として用い、金属組織の観察を行った。まず、試料の概ね中央部の断面を露出させた後、硝フッ酸水溶液を用いて断面のエッチングを行った。その後、光学顕微鏡(具体的には、LEICA社製「DM4M」)を用いて試料の断面を観察し、拡大写真を取得した。
【0058】
一例として、
図2に合金A8の断面の拡大写真を、
図3に合金B1の断面の拡大写真を示す。合金A1~A9及び合金B1は、いずれも、主相P1の結晶粒の間に第二相P2が介在した金属組織を有していた。また、合金A8の拡大写真には、合金B1の拡大写真に比べて第二相P2における結晶粒の粒界が明瞭に現れていた。
【0059】
次に、合金A1~A9及び合金B1を用いて得られるアルカリ蓄電池用負極の放電レート特性及び充放電サイクル特性の評価を行った。アルカリ蓄電池用負極の作製方法及び放電レート特性、充放電サイクル特性の評価方法は以下の通りである。
【0060】
〔アルカリ蓄電池用負極の作製方法〕
アルカリ蓄電池用負極1は、
図4に示すように、導体からなる集電体2と、結着剤3と、結着剤3を介して集電体2に保持された粉末状の活物質4とを有している。活物質4を構成する個々の粒子41は、合金A1~A9及び合金B1のうちいずれか1種の水素吸蔵合金から構成されている。以下に、本例の負極1の製造方法を詳説する。
【0061】
<アルカリ蓄電池用負極1の製造方法>
まず、合金A1~A9及び合金B1のうちいずれか1種の水素吸蔵合金と、Ni粉末と、結着剤3としてのPVA(ポリビニルアルコール)及びCMC(カルボキシメチルセルロース)とを、水素吸蔵合金:Ni粉末:PVA:CMC=80:18:0.5:1.5の質量比で混合し、ペースト状の負極合剤を調製した。この負極合剤を、別途準備した集電体2としてのNiメッシュに充填した。その後、ロールプレスを用いてNiメッシュを圧延し、負極合剤をNiメッシュに密着させることにより負極1を得た。その後、負極1を強アルカリ水溶液中で煮沸することにより活性化処理を行った。
【0062】
次に、活性化処理後の負極を市販のNi(OH)2/NiOOH正極及びHg/HgO参照極と組み合わせ、6mol/Lの水酸化カリウム及び1mol/Lの水酸化リチウムを含む電解液を用いて三極式の電池セルを構成した。ポテンショスタット(Bio-Logic社製 VMP3)を用いて電池セルの充放電及び放電容量の測定を行うことにより、放電レート特性及び充放電サイクル特性の評価を行った。
【0063】
[放電レート特性の評価]
温度30℃、電流密度100mA/gの条件で電池セルの充電を5時間行った後、10分休止をして電位を安定させた。次いで、25mA/g、50mA/g、100mA/g、250mA/g、500mA/gまたは1000mA/gのいずれかの電流密度でHg/HgOの電位を基準として-0.5Vの電位まで電池セルを放電させた。そして、放電開始から放電終了までの間の電池セルの放電容量を測定した。
【0064】
表2に、前記各電流密度で放電を行った時の放電容量(単位:mAh/g)を示す。また、表3に、電流密度25mA/gにおける放電容量に対する各電流密度での放電容量比(単位:%)を示す。
【0065】
〔充放電サイクル特性の評価〕
温度30℃、電流密度100mA/gの条件で電池セルの充電を5時間行った後、10分休止をして電位を安定させた。次いで、100mA/gの電流密度でHg/HgOの電位を基準として-0.5Vの電位まで電池セルを放電させた。この充電と放電とのサイクルを1サイクルとし、充放電のサイクルを30回繰り返し行った。そして、各サイクルにおける電池セルの放電容量を測定した。そして、初回の放電における放電容量に対する30回目の放電における放電容量の比を算出し、この日を百分率で表した値を容量維持率(単位:%)とした。表4に、初回の放電における放電容量、30回目の放電における放電容量及び容量維持率を示す。
【0066】
【0067】
【0068】
【0069】
【0070】
表2及び表3に示すように、合金A1~A9の製造過程においては、前記特定の範囲内の圧力を有する水素雰囲気中で水素吸蔵合金粉末を前記特定の範囲内の温度に加熱する水素中加熱処理が行われている。そのため、これらの合金は、アルカリ蓄電池用負極の活物質として用いた場合に優れた放電レート特性を示し、低い放電レートで放電させた際の放電容量と高い放電レートで放電させた際の放電容量との差を小さくすることができる。
【0071】
これらの合金の中でも、特に、水素中加熱処理における水素の圧力が0.01MPa以上0.08MPa以下であり、加熱温度が600℃以上800℃以下である合金A1及び合金A4~A6は、他の合金と同等以上の放電容量比を有しており、放電レート特性を容易に向上させることが可能である。また、表4に示すように、合金A1及び合金A4~A6は、他の合金に比べて高い容量維持率を有し、充放電サイクル特性にも優れている。
【0072】
一方、水素中加熱処理が行われていない合金B1は、表2及び表3に示すように、合金A1~A9に比べて放電容量比が低く、放電レート特性に劣っている。
【0073】
前記水素中加熱処理により水素吸蔵合金の放電レート特性が向上する理由は現時点では必ずしも明確ではないが、例えば以下のような理由が考えられる。
図2及び
図3に示したように、水素吸蔵合金に水素中加熱処理を行うと、拡大写真において第二相P2の結晶粒界がより明瞭に現れるように金属組織が変化する。
【0074】
この変化をより詳細に調査するため、電子線プローブ微小分析(EPMA)により第二相P2の化学成分を決定し、第二相P2の化学成分と同一の化学成分を有する合金からなる試験材T1の粉末を作製した。図には示さないが、試験材T1の粉末X線回折を行ったところ、試験材T1の大部分は、第二相P2と同様にB2型の結晶構造を有する結晶相P3から構成されていることが確認された。
図5に、試験材T1の金属組織の拡大写真を示す。
図5に示すように、試験材T1における結晶相P3の結晶粒界は不明瞭であった。
【0075】
次に、試験材T1を0.1MPaの圧力を有する水素雰囲気中で500℃の温度に加熱し、水素中加熱処理を行うことにより試験材T2を作製した。
図6に、試験材T2の金属組織の拡大写真を示す。
図5と
図6との比較から、試験材T2における結晶相P3の結晶粒界は試験材T1に比べて明瞭になった。また、
図6に示すように、試験材T2においては、結晶相P3の結晶粒が微細化していた。
【0076】
また、表1に示すように、水素中加熱処理が行われた合金A1~A9の結晶子サイズは、水素中加熱処理を行う前の合金B1に比べて小さくなる傾向がある。
【0077】
以上の結果によれば、前記特定の化学成分を有し、C14型の結晶構造を有する主相と第二相とを含む水素吸蔵合金粉末に水素中加熱処理を行うと、第二相P2の結晶粒及び/または結晶粒を構成する結晶子が微細化すると考えられる。その結果、第二相における水素の拡散経路が増加し、水素が第二相内を透過しやすくなると考えられる。それ故、水素中加熱処理を行うことにより、水素が水素吸蔵合金の粒子の内部に存在する主相までより容易に到達することができ、水素吸蔵合金の放電レート特性が向上すると考えられる。
【0078】
以上、実施例に基づいて本発明に係る水素吸蔵合金の製造方法の態様を説明したが、本発明に係る水素吸蔵合金の製造方法の具体的な態様は、実施例に記載された態様に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜構成を変更することができる。