(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024132601
(43)【公開日】2024-10-01
(54)【発明の名称】放射性廃液の処理方法および放射性物質捕捉剤
(51)【国際特許分類】
G21F 9/16 20060101AFI20240920BHJP
G21F 9/04 20060101ALI20240920BHJP
【FI】
G21F9/16 571A
G21F9/04 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023043437
(22)【出願日】2023-03-17
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 掲載年月日 令和 4年 4月19日 掲載アドレス https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-22K12426/ 発行年月日 令和 4年11月17日 発行者 一般社団法人 日本保健物理学会 一般社団法人 日本放射線安全管理学会 刊行物名 第4回 日本保健物理学会 日本放射線安全管理学会 合同大会講演要旨集 公開日 令和 4年11月25日 集会名 第4回 日本保健物理学会 日本放射線安全管理学会 合同大会
(71)【出願人】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100162396
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100194803
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 理弘
(72)【発明者】
【氏名】廣田 昌大
(72)【発明者】
【氏名】桧垣 正吾
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 茂樹
(57)【要約】
【課題】放射性元素以外の不純物を含む放射性廃液を、低コストで効率的に処理することが可能な処理方法と、この処理方法に用いることのできる放射性物質捕捉剤を提供すること。
【解決手段】放射性物質と10mEq/L以上のナトリウムを含む放射性廃液に、シクロデキストリンと高吸水性高分子とをこの順で、または同時に接触させる接触工程を有する放射性廃液の処理方法と、シクロデキストリンと高吸収性高分子とを含有する放射性物質捕捉剤。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射性物質と10mEq/L以上のナトリウムを含む放射性廃液に、シクロデキストリンと高吸水性高分子とをこの順で、または同時に接触させる接触工程を有することを特徴とする放射性廃液の処理方法。
【請求項2】
前記放射性物質が、放射性ヨウ素(I)、放射性アスタチン(At)、放射性セシウム(Ce)、放射性ロジウム(Rh)から選ばれる1以上である請求項1に記載の放射性廃液の処理方法。
【請求項3】
前記放射性廃液が、尿素窒素を8mg/dL以上含有する請求項1または2に記載の放射性廃液の処理方法。
【請求項4】
前記放射性廃液1Lに対して、前記シクロデキストリンを0.5g以上3g以下で接触させる請求項1または2に記載の放射性廃液の処理方法。
【請求項5】
前記シクロデキストリン1重量部に対し、前記高吸水性高分子を0.5重量部以上50重量部以下で前記放射性廃液に接触させる請求項1または2に記載の放射性廃液の処理方法。
【請求項6】
前記シクロデキストリンが、α-シクロデキストリンである請求項1または2に記載の放射性廃液の処理方法。
【請求項7】
前記接触工程後に、水を減らす減量工程、
を有する請求項1に記載の放射性廃液の処理方法。
【請求項8】
前記接触工程後または前記減量工程後に、放射性物質を含むシクロデキストリンと高吸水性高分子とを密封する密封工程、
を有する請求項1または7に記載の放射性廃液の処理方法。
【請求項9】
前記接触工程が、前記放射性廃液をシクロデキストリンと高吸収性高分子とに同時に接触させ、前記放射性廃液の全量を吸水させる吸水工程であることを特徴とする請求項1に記載の放射性廃液の処理方法。
【請求項10】
放射性物質と10mEq/L以上のナトリウムを含む放射性廃液から放射性物質を捕捉する放射性物質補足剤であって、
シクロデキストリンと高吸収性高分子とを含有する放射性物質捕捉剤。
【請求項11】
前記シクロデキストリン1重量部に対し、前記高吸水性高分子を0.5重量部以上50重量部以下含む請求項10に記載の放射性物質捕捉剤。
【請求項12】
吸水体として、請求項10または11に記載の放射性物質捕捉剤を含む尿吸収物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射性廃液の処理方法と、この処理方法に用いることのできる放射性物質捕捉剤に関する。
【背景技術】
【0002】
科学研究や、治療・診断等の医学分野等において、様々な放射性同位体が用いられている。日本国では、原子力規制委員会告示第六号により、放射性物質を含む放射性廃液は、一般排水として放出できる濃度基準が設けられており、放射性物質が所定の濃度限度以下となるまで保管するか希釈してから排水する必要がある。
例えば、放射性ヨウ素(123I、125I、131I)は、甲状腺に蓄積する性質を利用して甲状腺疾患の診断薬や治療薬に用いられている。放射性ヨウ素(131I)の内用療法では、患者への放射性ヨウ素(131I)の一般的な投与量は0.37~7.4GBqであり、その8~9割は数日中に尿として排泄される(ICRP publ.78, 2001など)。この放射性ヨウ素(131I)を含む尿を、一般排水として放出できる濃度基準以下にするためには、半年以上保管して放射能の減衰を待つか、4000万倍程度に希釈しなければならない。
【0003】
このように、放射性同位体を含む放射性廃液の排水処理には、貯留槽・希釈槽等を備えた大型の排水設備が必要である。また、放射性元素の中には、ヨウ素、アスタチン等のように揮発性の高いものも存在し、排水設備が故障等した際も放射性廃液が外部へ漏出しないようにする必要もあるため、排水設備のみならず、それを取り囲む建屋等も専門の対策が必要である。そのため、放射性廃液を処理するための排水設備の設置と維持は、非常に高コストであり、低コストな放射性廃液の処理方法が求められている。
【0004】
放射性廃液中の放射性元素を水から分離することができれば、長期間の保管、または大量の水による希釈が不要となるため、排水処理費用が軽減できる。出願人らは、精製水中の放射性ヨウ素を、活性炭またはシクロデキストリンからなる回収剤により効率的に回収できることを報告している(非特許文献1、2)。しかし、尿のような不純物を多く含む溶液では、放射性ヨウ素とともに他の不純物も吸着してしまうため、精製水の場合と比較して放射性ヨウ素の吸着率は低下してしまう。そのため、不純物を多く含む溶液から放射性元素(放射性ヨウ素)を分離するには大量の回収剤が必要であり、また、使用後の大量の回収剤を減衰するまで保管する必要があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】廣田昌大、他5名、「活性炭の放射性ヨウ素吸着能向上に関する基礎的研究」、Isotope News、公益財団法人日本アイソトープ協会、2017年、6月号 No.751、75-76頁
【非特許文献2】Hirota,M.,Higaki,S.,Ito,S. et al. “Effects of 2-hydroxypropyl α-cyclodextrin on the radioactive iodine sorption on activated carbon.” J Radioanal Nucl Chem,328,659-667,(2021).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、放射性元素以外の不純物を含む放射性廃液(以下、廃液ともいう)を、低コストで効率的に処理することが可能な処理方法と、この処理方法に用いることのできる放射性物質捕捉剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するための手段は、以下の通りである。
1.放射性物質と10mEq/L以上のナトリウムを含む放射性廃液に、シクロデキストリンと高吸水性高分子とをこの順で、または同時に接触させる接触工程を有することを特徴とする放射性廃液の処理方法。
2.前記放射性物質が、放射性ヨウ素(I)、放射性アスタチン(At)、放射性セシウム(Ce)、放射性ロジウム(Rh)から選ばれる1以上である1.に記載の放射性廃液の処理方法。
3.前記放射性廃液が、尿素窒素を8mg/dL以上含有する1.または2.に記載の放射性廃液の処理方法。
4.前記放射性廃液1Lに対して、前記シクロデキストリンを0.5g以上3g以下で接触させる1.~3.のいずれかに記載の放射性廃液の処理方法。
5.前記シクロデキストリン1重量部に対し、前記高吸水性高分子を0.5重量部以上50重量部以下で前記放射性廃液に接触させる1.~4.のいずれかに記載の放射性廃液の処理方法。
6.前記シクロデキストリンが、α-シクロデキストリンである1.~5.のいずれかに記載の放射性廃液の処理方法。
7.前記接触工程後に、水を減らす減量工程、
を有する1.~6.のいずれかに記載の放射性廃液の処理方法。
8.前記接触工程後または前記減量工程後に、放射性物質を含むシクロデキストリンと高吸水性高分子とを密封する密封工程、
を有する1.~7.のいずれかに記載の放射性廃液の処理方法。
9.前記接触工程が、前記放射性廃液をシクロデキストリンと高吸収性高分子とに同時に接触させ、前記放射性廃液の全量を吸水させる吸水工程であることを特徴とする1.~8.のいずれかに記載の放射性廃液の処理方法。
10.放射性物質と10mEq/L以上のナトリウムを含む放射性廃液から放射性物質を捕捉する放射性物質補足剤であって、
シクロデキストリンと高吸収性高分子とを含有する放射性物質捕捉剤。
11.前記シクロデキストリン1重量部に対し、前記高吸水性高分子を0.5重量部以上50重量部以下含む10.に記載の放射性物質捕捉剤。
12.吸水体として、10.または11.に記載の放射性物質捕捉剤を含む尿吸収物品。
【発明の効果】
【0008】
本発明の処理方法により、放射性元素以外の不純物を多く含む放射性廃液中の放射性元素を、効率的に捕捉することができる。
本発明の処理方法は、減量工程において、放射性元素を残留させたまま廃液から水を取り除くことができ、これにより放射性元素と水とを分離することができる。本発明の処理方法は、不純物を多く含む廃液であっても放射性元素と水とを分離することができるため、濃度限度以下への希釈が不要となり、放射性元素が十分に減衰するまで保管するスペースを大幅に狭くすることができる。そのため、本発明の処理方法により、放射性廃液の排水処理費用を削減することができる。
本発明の処理方法は、ヨウ素、アスタチン等の揮発性を有する放射性元素の揮発を抑制することができるため、処理時や保管時における空間中の放射性物質濃度の上昇を抑えることができ、廃液処理に関わる者の被ばくリスクを軽減することができる。
本発明の処理方法は、特に放射性同位体の投与を受けた患者の尿の処理に好適に用いることができる。
【0009】
本発明の放射性物質捕捉剤は、シクロデキストリンと高吸水性高分子を主成分とし、特殊な材料は不要であるため、非常に低コストである。また、本発明の放射性物質捕捉剤は、放射性廃液に接触、吸水させるだけでよく、複雑な操作が不要であるため、特殊な訓練等が不要である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】模擬廃液(W)に蓋をして保管したときの経時でのヨウ素残存率を示すグラフ。
【
図2】SAP1gを添加した模擬廃液(W)について、各αCD量における含水量の経時変化を示すグラフ。
【
図3】SAP1gを添加した模擬廃液(U)について、各αCD量における含水量の経時変化を示すグラフ。
【
図4】αCD、SAPのいずれも添加していない、模擬廃液(W)と模擬廃液(U)のヨウ素残存率の経時変化を示すグラフ。
【
図5】模擬廃液(W)の全サンプルについて、90日経過後のヨウ素残存率を示すグラフ。
【
図6】模擬廃液(U)の全サンプルについて、90日経過後のヨウ素残存率を示すグラフ。
【
図7】模擬廃液(W)のαCDが0%または5%でありSAPが0gまたは1gであるサンプルについて、ヨウ素残存率の経時変化を示すグラフ。
【
図8】模擬廃液(U)のαCDが0%または2%でありSAPが0gまたは1gであるサンプルについて、ヨウ素残存率の経時変化を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0011】
「処理方法」
本発明の放射性廃液の処理方法は、放射性物質と10mEq/L以上のナトリウムを含む放射性廃液に、シクロデキストリンと高吸水性高分子とをこの順で、または同時に接触させる接触工程を有する。
本発明の処理方法は、接触工程後に、水を減らす減量工程と、
接触工程後、または減量工程後に、放射性物質を含むシクロデキストリンと高吸水性高分子とを密封する密封工程、
を有することもできる。
【0012】
・放射性廃液
本発明の処理方法において処理する放射性廃液は、放射性物質と10mEq/L以上のナトリウムを含む。
本発明の処理方法において処理する放射性物質は特に制限されず、放射性ヨウ素(I)、放射性アスタチン(At)、放射性セシウム(Ce)、放射性ロジウム(Rh)、放射性テクネチウム(Tc)、放射性モリブデン(Mo)、放射性タリウム(Tl)、放射性ロジウム(Rb)、放射性インジウム(In)、放射性イットリウム(Y)、放射性ラジウム(Ra)等の1種または2種以上を含むことができる。これらの中で、揮発性が高い放射性ヨウ素及び放射性アスタチン、揮発性が高い放射性アスタチンや放射性ラドンを発生させる放射性ラジウムが本発明により有効に処理することができる。さらに、放射性ヨウ素は、排水中濃度限度が125Iが0.06Bq/cm3、131Iが0.04Bq/cm3と、他の放射性元素と比較して低いため、放射性ヨウ素が本発明により特に有効に処理することができる。
【0013】
本発明で処理する廃液は、少なくとも放射性物質と10mEq/L以上のナトリウムを含めばよい。本発明の処理方法は、放射性物質以外の不純物が溶解している廃液に適しているため、廃液のナトリウム濃度は、30mEq/L以上が好ましく、50mEq/L以上がより好ましい。廃液のナトリウム濃度の上限は特に制限されないが、濃度が高くなりすぎるとシクロデキストリンの溶解性、高吸水性高分子の吸水性が低下する場合がある。そのため、廃液のナトリウム濃度の上限は、400mEq/L以下が好ましく、350mEq/L以下がより好ましく、300mEq/L以下がさらに好ましい。
本発明で処理する廃液は、放射性物質とナトリウム以外に、例えば、カリウム、マグネシウム、カルシウム、塩素、臭素、炭酸水素、尿素、アンモニア、リン、糖、タンパク質、アミノ酸等の水溶性化合物の1種または2種以上を含むことができ、また、これらの濃度も特に限定されない。これらの中で、尿素窒素を8mg/dL以上含有することが本発明において有効である。ただし、濃度が高くなりすぎるとシクロデキストリンの溶解性、高吸水性高分子の吸水性が低下する場合がある。そのため、廃液の比重は1.04以下が好ましく、1.035以下がより好ましい。
【0014】
・シクロデキストリン
シクロデキストリン(以下、CDともいう)は、α-グルコピラノース基がα-1,4-グリコシド結合によって環状につながった円錐台状の構造を有する化合物であり、環状オリゴ糖とも呼ばれる。シクロデキストリンは、環を構成するピラノース基の個数により、αCD(6個)、βCD(7個)、γCD(8個)の主に3種類が存在する。
【0015】
CDは、その円錐台状の内側が疎水性、外側が親水性であり、内部に疎水性の物質を取り込んで包接することができる。すなわち、CDは、その内部に放射性物質を取り込むことができる。そのため、本発明において使用するCDは、処理対象である放射性物質の原子の大きさに応じて選択することができ、αCD、βCD、γCDの1種または2種以上を使用することができる。例えば、放射性ヨウ素(I)、放射性アスタチン(At)、放射性セシウム(Ce)、放射性ロジウム(Rh)であれば、αCDを好適に用いることができる。
【0016】
・高吸水性高分子
高吸水性高分子(SuperAbsorbent Polymer、以下、SAPともいう)とは、水に溶解せずに、自重の数十倍~数千倍の水を吸収することのできる高分子材料であり、様々な分野で広く用いられている。本発明で使用するSAPは、公知のものを特に制限することなく使用することができ、例えば、アクリル酸若しくはアクリル酸アルカリ金属塩の重合体又は共重合体の架橋物、ポリアクリル酸及びその塩並びにポリアクリル酸塩グラフト重合体の架橋物、デンプンの架橋物、デンプン-アクリル酸塩グラフト共重合体の加水分解生成物の架橋物、ビニルアルコール-アクリル酸塩共重合体の架橋物、デンプン-アクリロニトリルグラフト共重合体の架橋物、デンプン-アクリルアミドグラフト共重合体の架橋物、無水マレイン酸グラフトポリビニルアルコールの架橋物、架橋イソブチレン-無水マレイン酸共重合体、酢酸ビニル-アクリル酸エステル共重合体のケン化物、カルボキシメチルセルロースの架橋物等を用いることができ、これらの1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。
なお、SAPは、その網目構造中に水とともに放射性元素を取り込むことができ、揮発性放射性元素の揮発を抑制することができる。ただし、SAPの揮発抑制能は、CDと比較して弱い。
【0017】
・接触工程
接触工程では、放射性廃液に、CDとSAPとをこの順で、または同時に接触させる。これは、放射性廃液がSAPと先に接触すると、SAPが吸水してゲル化が生じて流動性が低下して、放射性物質とCDとが遭遇しにくくなる場合があるためである。なお、CDとSAPとを同時に接触させる場合は、予めCDとSAPとが均一になるように混合し、これに接触させることが好ましい。
【0018】
CDとSAPとを、廃液にこの順で接触させるか、同時に接触させるかは、廃液へのCDの溶解性等に応じて決定することができ、CDが廃液に迅速に溶解する場合はどちらでもよい。CDは純水には迅速に溶解するが、他の化合物が溶解していると溶解が遅くなる場合がある。CDが廃液に溶解しにくい場合は、CDとSAPをこの順で廃液に接触させることが好ましく、CDが全体に分散または溶解した後にSAPを接触させることがより好ましく、CDが溶解してからSAPを接触させることがさらに好ましい。
【0019】
放射性廃液に接触させるCDの量は、処理対象である廃液が含む放射性物質の量に応じて調整することができ、例えば、廃液1Lに対して、CDを0.5g以上3g以下で接触させることができる。このCDの量が0.5g未満では、廃液が含む放射性物質量に対してCDが不足する場合がある。例えば、αCDの25℃の純水に対する溶解度は14.5g/100mLであるが、本発明の処理対象である廃液は、少なくとも放射性物質と10mEq/L以上のナトリウムを含むためCDの溶解性が低下している。そのため、CDの量が3gを超えると、CDが溶解するのに時間を要する場合や、CDの溶け残りが生じる場合がある。
【0020】
放射性廃液に接触させるSAPの量は、CDを取り込めるだけのゲルを形成できる量であれば特に制限されないが、例えば、CD1重量部に対し、SAPを0.5重量部以上50重量部以下で接触させることができる。CD1重量部に対して高吸水性高分子が0.5重量部未満では、CDを十分にSAPが形成するゲル中に閉じ込められない場合があり、50重量部を超えると効果が飽和して高コストとなる。
【0021】
接触工程は、放射性廃液をシクロデキストリンと高吸収性高分子とに同時に接触させ、かつ、放射性廃液の全量を吸水させる吸水工程とすることができる。この態様においては、シクロデキストリンと高吸収性高分子とを予め吸収体としておくことができる。吸収体としては紙オムツなどの尿吸収体が挙げられる。接触工程が吸水工程であることにより、放射性廃液の漏洩に伴う汚染拡大、さらに放射性物質が揮発性である場合には放射性物質の揮発抑制に有用である。放射性廃液の漏洩に伴う汚染、及び放射性物質の揮発は、被ばくに繋がることから、接触工程が吸水工程であることにより、被ばくリスクをより軽減することができる。
【0022】
放射性廃液の全量を吸水させる場合、放射性廃液に接触させるSAPの量は、廃液の全量を吸収できる限り特に制限されないが、例えば、廃液1Lに対するSAPの量は10g以上である。SAPの量が10g未満では、廃液の全量を吸水できない場合がある。廃液1Lに対するSAPの量は、30g以上が好ましく、50g以上がより好ましい。廃液1Lに対するSAP量の上限は特に制限されないが、例えば、150g以下である。SAPは、陽イオンの存在下では吸水力が低下するが、SAPの量が150gを超えると、想定される廃液量に対してSAP量は十分足りており、これ以上SAPが増えると高コストとなる。
【0023】
・減量工程
本発明の処理方法は、接触工程後に、水を減らす減量工程を有することもできる。
減量工程において、水を減らす方法は特に制限されず、自然乾燥、加熱乾燥、減圧乾燥、遠心分離等のいずれか、またはこれらの組み合わせを用いることができる。
接触工程後のSAPは、廃液と接触してゲル化している。減量工程は、このゲル内外の水を減らす工程である。本発明において、放射性物質はCDに取り込まれた状態でゲル中に閉じ込められているため、放射性物質を捕捉したまま水を取り除くことができ、これにより不純物を多く含む廃液であっても放射性物質と水とを分離することができる。すなわち、本発明の減量工程は、廃液から放射性元素を取り除くものではなく、廃液から水を取り除くものである。
【0024】
減量工程は、当初廃液に対して、水を50重量%以上減らすことが好ましい。水を減らすことで、廃液の体積が小さくなるため、放射能が減衰するまで保管するためのスペースを減らすことができる。減量工程におけるこの重量減少は、60重量%以上がより好ましく、70重量%以上がさらに好ましく、80重量%以上がより好ましく、90重量%以上がさらに好ましく、95重量%以上がよりさらに好ましい。
【0025】
・密封工程
本発明の処理方法は、接触工程後、または減量工程後に、放射性物質を含むシクロデキストリンと高吸水性高分子とを密封する密封工程を有することもできる。
放射性物質はCDに取り込まれるが、化学量論的に一定の確率でCDの外へ飛び出してしまう。この飛び出した放射性物質を閉じ込めるために、放射性物質を含むCDとSAPとは、密封容器内に密封することが好ましい。
接触工程または減量工程後にそのまま密封工程を実施できるように、本発明の処理方法は、密封可能な容器を用いて行うことが好ましい。また、減量工程後は内容物(SAPが吸水したゲル)が小さくなっているため、折り畳み可能な容器を用いて行うことがより好ましい。また、密封工程で用いる容器には放射線で劣化しにくい耐放射線性も要求される。そのため、容器の材質としては、アルミニウム、ポリエステル、ポリウレタン、ポリエチレン、ポリアミド、ポリスチレン、ポリプロピレン等が挙げられ、ポリプロピレンが好ましい。
【0026】
「放射性物質捕捉剤」
本発明の放射性物質捕捉剤は、シクロデキストリン(CD)と高吸水性高分子(SAP)とを含有する。本発明の放射性物質捕捉剤は、上記した接触工程で用いることができる。
放射性物質捕捉剤は、CD1重量部に対し、高吸水性高分子を0.5重量部以上50重量部以下含むことが好ましい。CD1重量部に対して高吸水性高分子が0.5重量部未満では、CDを十分にゲル中に閉じ込められない場合があり、50重量部を超えると効果が飽和して高コストとなる。
放射性物質捕捉剤は、CDとSAPとを、予め混合した一剤型でもよく、別々の容器に入れた二剤型でもよい。また、放射性物質捕捉剤は、CDとSAP以外に、消臭剤、抗菌剤、防腐剤等を含むこともできる。
【0027】
本発明の放射性物質捕捉剤は、放射性廃液と接触、吸水するだけで、放射性廃液が含む放射性物質を捕捉することができる。そして、本発明の放射性物質捕捉剤は、乾燥により水分子を取り除くことができ、これにより放射性物質と水とを分離することができる。また、本発明の放射性物質捕捉剤は、揮発性放射性物質に対しては放射性物質揮発抑制剤としても作用する。
【0028】
本発明の処理方法と放射性物質捕捉剤が処理対象とする放射性廃液は特に制限されないが、例えば、放射性同位体の投与を受けた患者の尿が挙げられる。尿は、放射性元素以外にも多様な無機塩や有機物を含むため、放射性元素の分離が困難である。そのため、患者が使用したオムツや尿パック等は、放射能が減衰してバックグランドレベルを超える放射線が検出されなくなるまで密封された状態で保管したうえで感染性廃棄物として処分されている。
ここで、オムツ、尿パッド等の尿吸収物品には、そもそも吸収体としてSAPが使用されている。この吸収体にCDを添加することにより、治療後の患者の尿と接触する可能性のある家族や医療従事者の被ばくリスクを抑えることができる。また、投与される放射性同位体が揮発性である場合は、保管中に放射性元素が揮発するリスクを抑えることができる。オムツ、尿パッド等の尿吸収物品ではなく尿パックを使用する場合、尿パック内にCDとSAPとを予め封入しておくことにより、尿パックから放射性元素を含む尿の漏洩や放射性元素が揮発するリスクを抑えることができる。さらに、本発明の処理方法と放射性物質捕捉剤は、放射性元素と水とを分離することができるため、減量した後に保管することにより、保管に必要な空間を小さくすることができる。
【実施例0029】
<模擬廃液の調製>
蒸留水1.0Lに尿素25.0g、塩化ナトリウム9.0g、無水りん酸水素二ナトリウム2.5g、塩化アンモニウム3.0g、りん酸二水素カリウム2.5g、クレアチニン2.0g、亜硫酸ナトリウム(水和物)3.0gを添加して人工尿とした。
0.37GBqの131Iが投与された放射性ヨウ素内用療法患者の尿を想定し、人工尿にNa125I溶液及びヨウ化ナトリウムを添加して、全ヨウ素濃度1.0×10-13モル/mL、放射線濃度100Bq/ml、ナトリウム濃度190mEq/Lである模擬廃液(U)を作成した。
【0030】
精製水に、Na125I放射能標準溶液(パーキンエルマー社製、NEZ033H)及びヨウ化ナトリウム(NaI、富士フィルム和光純薬工業株式会社製)を添加して、全ヨウ素濃度1.0×10-13モル/mL、放射線濃度100Bq/ml、ナトリウム濃度1.0×10-10mEq/Lである模擬廃液(W)を作成した。
【0031】
<サンプル調製>
模擬廃液W20mLに、αCD(シクロケム社製)を0%、0.5%、1%、2.5%、5%のいずれか、高吸収性樹脂(ケミカルテクノス社製、CP-1、ポリアクリル酸ナトリウム系。以下SAPということあり。)を0g、1g、2gのいずれかになるように添加し、5×3の計15条件のサンプルを調製した。各サンプルは、1条件あたり3つ作成した。
模擬廃液U20mLに、αCD(シクロケム社製)を0%、0.5%、1%、2%、2.5%のいずれか、SAPを0g、1g、2gのいずれかになるように添加し、5×3の計15条件のサンプルを調製した。各サンプルは、1条件あたり3つ作成した。なお、模擬廃液Uは、αCD濃度2.5%以上は飽和して沈殿が生じたため、αCD濃度の上限を2.5%とした。
【0032】
<評価方法>
各サンプル20mlを50ml容量のポリプロピレン製スクリュー瓶に分注し、18±7℃に設置されたドラフトチャンバー内に、蓋を開けた状態で90日間静置し、減量工程とした。試験開始時の1容器あたりの125I放射能は約2kBqである。
・含水量
試験開始後からの重量変化を求め、この重量変化が全て水の蒸発に依るものとして含水量を求め、3つのサンプルの相加平均値を用いた。
【0033】
・ヨウ素残存率
γ線シンチレーション測定装置(日立アロカメディカル株式会社製、JDC-1812)を用いて125I放射能を測定した。なお、125Iは60.14日の半減期で減衰するため、測定値について減衰補正を行った。また、水が減るに連れて液面の高さや吸水したSAPの形状が変化するため、形状変化についても補正係数を算出して補正を行った。
容器に模擬廃液を注入した直後に得られた125I正味計数をC0、補正後の各測定で得られた125I正味計数をCとし、ヨウ素残存率RIは次式によって算出し、3つのサンプルの相加平均値を用いた。
RI=C/C0
【0034】
αCD、SAP等を含まず、放射性ヨウ素が最も揮発しやすい模擬廃液Wのサンプルについて、90日間蓋をした状態で静置した。このサンプルについて、経時でのヨウ素残存率を示すグラフを
図1に示す。
・結果
90日間に亘ってヨウ素残存率はほぼ一定であり、密封することにより、ヨウ素の揮発を抑えられることが確かめられた。また、含水量もほとんど変化しなかった。
【0035】
SAP1gを添加した模擬廃液(W)、(U)サンプルについて、各αCD量における含水量の経時変化をそれぞれ
図2、3に示す。なお、SAP1gと2gとで、含水量の経時変化に大きな差は見られなかった。
【0036】
・結果
模擬廃液(W)の含水量は、開始から15日後までは低下し、以降一定になった。すなわち、模擬廃液(W)は、15日後までに水分が蒸発して含水量が最小になった。
模擬廃液(U)の場合、αCD無添加(0%)での含水量は、模擬廃液(W)と同様に開始から15日後まで低下し、以降一定となった。αCD添加での含水量は、開始から7日後に最小値となった後に上昇に転じ、15日以降はほぼ一定となった。模擬廃液(U)は、人工尿の成分として尿素、塩化ナトリウム、無水りん酸水素二ナトリウム、塩化アンモニウム等の強い吸水性を持つ物質を含む。また、αCDは、環状構造の外側にヒドロキシ基を有し、高い保水性を有する。よって、水が乾燥して最小値となった後、空気中の湿気を吸水して含水量が上昇したと考えられる。
【0037】
αCD、SAPのいずれも添加していない、模擬廃液(W)と模擬廃液(U)の、ヨウ素残存率の経時変化を
図4に示す。
・結果
αCDを添加しない模擬廃液(W)は、ヨウ素残存率は含水量が低下する15日後までに0.1に減少した。これは、ヨウ素が揮発してしまったためである。
αCDを添加しない模擬廃液(U)のヨウ素残存率は、15日後時点で0.9に減少しているだけであった。模擬廃液(U)は、水が蒸発すると人工尿の成分が結晶化する。この結晶にヨウ素が取り込まれてヨウ素の揮発が抑えられたと推測される。しかし、15日後以降ヨウ素残存率は徐々に低下し、60日後には0.5、90日後には0.4となった。容器中の水が乾燥した15日後にヨウ素の揮発が進んだことから、人工尿の成分の結晶は、乾燥後のヨウ素揮発抑制には機能しなかった。
【0038】
各サンプルについて、90日後のヨウ素残存率を
図5、6に示す。
また、模擬廃水(W)について、αCDが0%または5%でありSAPが0gまたは1gであるサンプルについてヨウ素残存率の経時変化を
図7に、模擬廃水(U)について、αCDが0%または2%でありSAPが0gまたは1gであるサンプルについてヨウ素残存率の経時変化を
図8に示す。
【0039】
・結果
模擬廃液(W)、模擬廃液(U)ともに、SAPが1gと2gとでヨウ素残存率に大きな差は見られなかった(
図5、6)。
模擬廃液(W)では、αCDを添加しSAPを添加しなかった場合、αCD濃度が高くなるに連れてヨウ素残存率も高くなった(
図5)。SAPも単独でヨウ素の揮発を抑制できたが、αCDとSAPとを組み合わせることにより、よりヨウ素の揮発を抑えられることが確かめられた(
図7)。
【0040】
模擬廃液(U)では、αCDのみを添加しSAPを添加しなかった場合、αCDを添加していない(0%)の時、ヨウ素残存率は0.395であったが、ヨウ素残存率はαCD濃度が0.5%で0.5と1.3倍になり、αCD濃度が2.5%で0.733と1.9倍になり、ヨウ素残存率はαCD濃度に比例して上昇した(
図6)。
αCDとSAPのいずれも添加していない模擬廃液(U)は、αCDのみ、またはSAPのみを添加した場合と比較して、減量工程初期のヨウ素残存率は高かったが、最終的には最も低くなった(
図8)。これは、人工尿中の強い吸水性を持つ不純物の影響であると考えられる。αCDとSAPの両方を添加した場合、αCDのみ、SAPのみの場合と比較して、減量工程の全期間に亘ってよりヨウ素の揮発を抑えることができた(
図8)。特に、αCD濃度1~2.5%において、ヨウ素残存率は0.7以上となった(
図7)。
【0041】
密封処理により放射性元素の揮発による減少をおさえられるため(
図1参照)、減量工程で水を減らした後に密封処理を行うことにより、水と分離させた放射性ヨウ素を90%程度の残存率で保管することができる。また、15日間の空気乾燥である減量工程により、水を90%程度取り除くことができるため、保管する容量を大幅に減容化することができる。