(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024132925
(43)【公開日】2024-10-01
(54)【発明の名称】サツマイモ軟腐病菌の病徴発現を抑制する方法、及び、Rhizopus属に属する新規サツマイモ軟腐病菌
(51)【国際特許分類】
C12N 1/00 20060101AFI20240920BHJP
C12N 1/14 20060101ALI20240920BHJP
【FI】
C12N1/00 P ZNA
C12N1/14 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024030966
(22)【出願日】2024-03-01
(31)【優先権主張番号】P 2023039177
(32)【優先日】2023-03-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100189094
【弁理士】
【氏名又は名称】田邉 陽一
(72)【発明者】
【氏名】鬼頭 英樹
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA69X
4B065AC03
4B065BA22
4B065BC32
4B065CA47
(57)【要約】
【課題】 低温保管等によってその病徴発現が抑制できない収穫後サツマイモ塊根に発生するサツマイモ軟腐病に関して、その病徴発現を抑制可能とすることを課題とする。また、サツマイモを含む農作物の病害防除に関連して、低温条件にてペクチンを含むサツマイモ等の農作物残渣を効率的に分解可能とすることを課題とする。
【解決手段】 収穫後のサツマイモ塊根に緩やかな高温処理を行う工程、及び、前記工程の後に揮発性天然抗菌成分を含む空間内で且つ低温にて前記サツマイモ塊根の保管等を行う工程を含む、サツマイモ塊根におけるサツマイモ軟腐病菌(Rhizopus koreanus KP8に属する菌又は前記KP8と同様の温度特性を有する同属菌をその菌種構成に含む)による病徴発現を抑制する方法、を提供する。また、低温13℃での腐敗活性を示すサツマイモ軟腐病菌であって、前記KP8に属する菌又は前記KP8に由来する菌、を提供する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
収穫後のサツマイモ塊根の表面温度が32~42℃となるように1日以上処理する工程(工程1)、及び、前記工程1の後に揮発性天然抗菌成分を含む空間内で且つ15℃以下の低温にて前記サツマイモ塊根の保管又は流通を行う工程(工程2)、を含む、サツマイモ軟腐病菌による病徴発現を抑制する方法であって、
;
当該方法の抑制対象病徴の原因微生物であるサツマイモ軟腐病菌の菌種の構成に関して、
(1)Rhizopus stolonifer及び/又はRhizopus arrhizusに属する菌(サツマイモ塊根に対して25℃での軟腐病の病徴発現活性を示すサツマイモ軟腐病菌)を含み、且つ、
(2)サツマイモ塊根に対して13℃での軟腐病の病徴発現活性を示す菌として、
(2-1)Rhizopus koreanus KP8系統(NITE P-03817)に属する菌、及び/又は、
(2-2)Rhizopus koreanusに属する菌であって下記の菌学的特性、
(A)低温腐敗活性に関する特性: サツマイモ塊根の一部に接種して低温13℃にて6日間保管した際に、その塊根の半分から全体に綿網状の菌糸が生育して塊根が軟腐症状を示す特性、及び、
(B)高温耐性に関する特性: PDA寒天培地に接種して32~34℃にて4日間保管した際に、菌の少なくとも一部が死滅する特性、
を備えた菌、を含む、
;
保管又は流通中のサツマイモ塊根におけるサツマイモ軟腐病菌による病徴発現を抑制する方法。
【請求項2】
前記(2-2)に記載のRhizopus koreanusに属する菌が、
(D)遺伝子分類マーカーに関する特性: ゲノムDNA中の28SrDNA D1/D2領域に含まれる配列番号1に対応する塩基配列が、配列番号1に記載の塩基配列と100%の同一性を示す特性、
を有する菌である、請求項1に記載のサツマイモ軟腐病の病徴発現を抑制する方法。
【請求項3】
前記方法の抑制対象病徴の原因微生物であるサツマイモ軟腐病菌の菌種の構成として、
下記(A)に記載の特性及び下記(B-)に記載の特性の両方を備えたサツマイモ軟腐病菌を含まない、請求項1に記載のサツマイモ軟腐病の病徴発現を抑制する方法であって、;
前記(A)及び(B-)に記載の特性が、
(A)低温腐敗活性に関する特性: サツマイモ塊根の一部に接種して低温13℃にて6日間保管した際に、その塊根の半分から全体に綿網状の菌糸が生育して塊根が軟腐症状を示す特性、及び、
(B-)高温耐性に関する特性: PDA寒天培地に接種して34℃にて4日間培養した際に菌の増殖停止が起こらない、又は、前記34℃での培養後に25℃で回復培養を行った際に菌が再増殖する特性、
である、;前記方法。
【請求項4】
前記工程1が、収穫後のサツマイモ塊根の表面温度が34~36℃となるように4日以上処理する工程である、請求項1に記載のサツマイモ軟腐病の病徴発現を抑制する方法。
【請求項5】
前記工程2に係る揮発性天然抗菌成分が、オイゲノール、ヒノキチオール、又はアリルイソチオシアネートを含むものである、請求項1に記載のサツマイモ軟腐病の病徴発現を抑制する方法。
【請求項6】
前記工程2が、4~13℃の低温にて前記サツマイモ塊根の保管又は流通を行う工程である、請求項1に記載のサツマイモ軟腐病の病徴発現を抑制する方法。
【請求項7】
前記工程2の後、更に、揮発性天然抗菌成分が存在しない条件にて4~13℃の低温保管又は低温輸送を行う工程(工程3)を含む、請求項1に記載のサツマイモ軟腐病の病徴発現を抑制する方法。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載の方法を用いた、収穫後のサツマイモ塊根の鮮度を保持する方法。
【請求項9】
サツマイモ塊根に対して低温13℃での腐敗活性を示すサツマイモ軟腐病菌であって、;
(3-1)Rhizopus koreanus KP8系統(NITE P-03817)に属する菌、
又は、
(3-2)Rhizopus koreanus KP8系統(NITE P-03817)に由来する菌であって、下記の菌学的特性、
(A)低温腐敗活性に関する特性: サツマイモ塊根の一部に接種して低温13℃にて6日間保管した際に、その塊根の半分から全体に綿網状の菌糸が生育して塊根が軟腐症状を示す特性、及び、
(B)高温耐性に関する特性: PDA寒天培地に接種して32~34℃にて4日間保管した際に、菌の少なくとも一部が死滅する特性、
を備えた菌、;
である、前記サツマイモ軟腐病菌。
【請求項10】
前記(3-2)に記載のRhizopus koreanus KP8系統(NITE P-03817)に由来する菌が、
(G)ペクチン資化性に関する特性: ポリガラクツロン酸を単一炭素源とする寒天プレート培地上で低温13℃にて5日培養した際に、同条件にて生育したRhizopus stolonifer及びRhizopus arrhizusよりも大きな菌叢を形成する特性、及び、
(H)ペクチン資化性に関する特性: ポリガラクツロン酸を単一炭素源とする寒天プレート培地上で低温13℃にて5日培養した際に、同条件にて生育したRhizopus arrhizusよりもその菌叢全体で多くの胞子嚢を形成する特性、
を備えた菌である、請求項9に記載のサツマイモ軟腐病菌。
【請求項11】
前記(3-2)に記載のRhizopus koreanus KP8系統(NITE P-03817)に由来する菌が、
(I)低温ペクチン分解活性に関する特性: ペクチン及び澱粉を含む植物体破砕物を栄養源として低温13℃で培養した際に、同条件で培養したRhizopus stolonifer及びRhizopus arrhizusよりもペクチン分解物であるガラクツロン酸を多く産生する特性、及び、
(J)低温ペクチン分解活性に関する特性: ペクチン及び澱粉を含む植物体破砕物を栄養源として低温13℃で培養した際に、澱粉分解物であるグルコースよりもペクチン分解物であるガラクツロン酸を多く産生する特性、
を備えた菌である、請求項9に記載のサツマイモ軟腐病菌。
【請求項12】
前記(3-2)に記載のRhizopus koreanus KP8系統(NITE P-03817)に由来する菌が、
(D)遺伝子分類マーカーに関する特性: ゲノムDNA中の28SrDNA D1/D2領域に含まれる配列番号1に対応する塩基配列が、配列番号1に記載の塩基配列と100%の同一性を示す特性、
を有する菌である、請求項9に記載のサツマイモ軟腐病菌。
【請求項13】
請求項9~12のいずれか一項に記載のサツマイモ軟腐病菌の生菌及び/又は胞子を含む、低温にてペクチンを含む植物体を分解するための組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サツマイモ塊根の貯蔵病害であるサツマイモ軟腐病に関して、収穫後のサツマイモ塊根の保管又は輸送において低温腐敗活性菌を含むサツマイモ軟腐病菌の病徴発現を抑制する技術に関する。また、本発明は、低温腐敗活性を示す新規サツマイモ軟腐病菌及びその利用技術に関する。
【背景技術】
【0002】
サツマイモは輸送中に腐敗が生じやすい傾向があるところ、わが国の国内流通における貯蔵中の腐敗は10%程度もありその経済的損失は大きい。また、SDGsの目標達成、食料安全保障、食料自給率向上、フードロス削減の観点からもその解決が期待される。
わが国では、農水産物の輸出目標を2030年までに5兆円に達することを目指しているところ、主要な輸出品の1つであるサツマイモに関する当該課題は、サツマイモの輸出拡大の足枷となっており、その解決が求められている。
【0003】
サツマイモの腐敗は、「サツマイモ軟腐病」として一般的に知られており、その原因微生物としてはクモノスカビ属(Rhizopus)に属する「R. stolonifer」及び「R. arrhizus」が報告されている。
ここで、「R. stolonifer」は、軟腐病の強い病徴を引き起こす主要な原因微生物としてその存在が知られている(非特許文献1)。また、「R. arrhizus」は、R. stoloniferよりは主要な原因微生物ではないが、軟腐病菌を構成する菌として報告されている(非特許文献2)。なお、軟腐病菌の原因微生物としては、R. oryzaeと報告されている例も存在するが(非特許文献3)、当該種は分類的にR. arrhizusとシノニムであり、R. arrhizusと同種に該当する(非特許文献4)。
これらのクモノスカビ類は、常温(25℃程度)でサツマイモ塊根に高い腐敗活性を示すところ、一方、低温(15℃以下)では著しく活性が低下する菌学的特性を示す。
このため、サツマイモ軟腐病の対応としては、低温貯蔵によって腐敗を低減する対応が一般的に行われているところ、しかしながら、「低温貯蔵」を行った場合であっても、サツマイモ軟腐病の病徴が強く発現してサツマイモの腐敗を低減できないケースが多く、その原因は不明である。この点、サツマイモの流通(特に輸出を前提とした長期輸送)に関する技術分野では、サツマイモ軟腐病を根本的に抑制可能な技術開発が強く求められている。
【0004】
また、農作物病害の防除手段として、栽培中及び収穫後の農作物への妨害発生を軽減する観点から、土壌での病害原因微生物の繁殖を前もって防ぐことが求められている。
例えば、サツマイモの栽培土壌では、基腐病(もとぐされ病)等の病原菌蔓延を防止するために、塊根収穫後のサツマイモ残渣(規格外のイモ、傷ついたイモ、イモの破片等)を取り除くことが推奨されているところ、実際の現場でサツマイモ残渣を取り除くには多くの労力を要する。この点、土壌分解微生物を利用してサツマイモ残渣を分解する技術が考案されており(非特許文献5)、サツマイモ等に含まれるペクチン分解活性が知られているR. stolonifer等に関しても、サツマイモ軟腐病菌を土壌改良微生物として利用することが検討されている。
しかし、サツマイモ栽培が行われない時期である12~3月は地温が低く、土壌分解微生物での分解処理は期待できない。また、そもそも寒冷地では土壌分解微生物の活性自体が低く、収穫後の農作物残渣がより分解し難い問題がある。一方、逆に高温期では土壌分解微生物自体の活性は上がるが、所望する微生物以外の雑菌の繁殖が多くなり過ぎ、散布した微生物量に対する分解効率が十分に得られない事情がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2021-019522(サツマイモの鮮度保持方法)
【特許文献2】特開2021-165161(農園芸作物低温保存用容器)
【特許文献3】特許第6680632号(徐放性フィルム)
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Scruggs A. C. et al., Plant Disease, vol.100 no.8, p1532-1540 (2016), Cultural, Chemical, and Alternative Control Strategies for Rhizopus Soft Rot of Sweetpotato
【非特許文献2】永田ら,植物防疫所調査研究報告 第1号,15-29頁,1961年,輸出用ヤマユリの軟腐病防除に関する研究
【非特許文献3】Jin-Hyeuk Kwon et. al., Plant Pathol. J., vol.28 (1), p114 (2012), First Report of Rhizopus oryzae as a Postharvest Pathogen of Sweet Potato in Korea
【非特許文献4】Somayeh Dolatabadi et al., Mycoses, vol.57 (Suppl. 3), p108-127 (2014), Species boundaries and nomenclature of Rhizopus arrhizus (syn. R. oryzae)
【非特許文献5】サツマイモ基腐病の発生生態と防除対策(令和3年度版)、p63、農研機構ウェブページ https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/stem_blight_and_storage_tuber_rot_of_sweetpotator03.pdf
【非特許文献6】Guo Jie Li et al., Fungal Diversity, vol.78, p1-237 (2016), Fungal diversity notes 253-366: taxonomic and phylogenetic contributions to fungal taxa
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、低温での保管又は輸送を行ってもその病徴発現が抑制できない収穫後のサツマイモ塊根に発生するサツマイモ軟腐病に関して、その病徴発現を抑制可能とする技術を提供することを課題とする。
更に本発明は、サツマイモを含む農作物の病害防除に関連する技術として、低温条件においてペクチンを含むサツマイモ等の農作物残渣を効率的に分解可能な技術を提供することを課題とする。また、これに関連して、低温条件においてペクチンを効率的に分解する技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を鑑みて鋭意研究を重ねたところ、サツマイモ軟腐病を引き起こすこれまで知られていた原因微生物であるクモノスカビ属(Rhizopus)のR. stolonifer及びR. arrhizusの他に、低温保管にて軟腐病を発症したサツマイモ塊根から、これらと同属であるが別種の「R. koreanus」に属する菌系統を新規に発見し、サツマイモへの接種試験にて低温にて軟腐症状を発症させる新規原因微生物であることを解明した。
ここで、R. koreanusは、本出願時から見て比較的最近に韓国のカキから分離されたクモノスカビ属の一種であるところ(非特許文献6)、本発明者が分離した系統(KP8)は、その遺伝子配列と形態的特徴の比較から、R. koreanusに属するがその既存系統(EML-HO95-1)とは異なる「新規系統」と認められた。
【0009】
本発明者は、今回新規に分離されたR. koreanus KP8の温度の違いによるサツマイモ腐敗活性を調べたところ、常温である25℃程度(既知のR. stolonifer及びR. arrhizusでの高活性温度帯)では軟腐病を引き起こす活性が局所的であるが、一方、「低温である13℃程度」(既知のR. stolonifer及びR. arrhizusでは低活性温度帯)の温度条件では、塊根に軟腐病を引き起こす活性が著しく高くなることを見出した。
【0010】
上記発見を受けて本発明者は、当該新規軟腐病菌であるR. koreanus KP8を接種したサツマイモ塊根を準備し、揮発性天然抗菌成分を含む13℃程度の低温空間内に保管した場合、サツマイモ塊根の腐敗を抑えることができることを実験にて確認した。但し、揮発性天然抗菌成分は、食品利用が可能なものが多い緩やかな作用の天然化合物であり、その抗菌作用によってカビの増殖抑制が可能ではあるところ(特許文献2,3)、しかし、常在菌を死滅させる性質の殺菌剤ではない。この点、これらの抗菌成分が揮発拡散した空間では常在菌の増殖を緩慢にはできるところ、当該空間から塊根を出して通常の低温保管に移管する際には、その後の常在菌の活動を抑えることができない。
そこで、本発明者は、更に検討を行ったところ、今回の低温腐敗活性を示す軟腐病菌として新規に分離されたR. koreanusに属する菌系統は、既存のRhizopus属とはその温度特性が全く異なり、32~34℃(既知のRhizopus属の他の菌では生存温度帯)の緩い高温処理によってその菌叢が容易に死滅してしまう「高温耐性が著しく低い」温度特性を示すことが、実験にて明らかになった。
【0011】
以上の実験結果及び知見から、本発明者は、収穫後のサツマイモ塊根に対して32℃程度の緩い高温処理(工程1)を行い(今回存在が明らかになった低温腐敗活性菌の大幅減少又は死滅処理)、その後に低温腐敗活性菌がサツマイモ塊根の表面に大幅に少ない又は死滅した状態にて13℃程度の低温(既知の常温活性を示すRhizopus属の他の菌が活動できない温度帯)で且つ揮発性天然抗菌成分を含む空間内(カビ全般の増殖を緩慢にする条件)にて保管又は輸送(工程2)を行うことによって、これまで完全には抑制することが困難であったサツマイモ軟腐病の病徴発現を、劇的に抑制できることを見出した。
当該方法では、工程1を経ることによって、通常では常在菌として存在する低温腐敗活動菌をサツマイモ塊根表面から大幅に減少又は死滅させているため、揮発性天然抗菌成分の増殖緩慢効果が薄い場合や当該揮発性天然抗菌成分を含む空間からサツマイモを「通常の低温保管」に移動した際でも、サツマイモ塊根の鮮度保持を担保することが可能となる。
【0012】
更に本発明者は、分離した新規サツマイモ軟腐病菌である「R. koreanus KP8」に関して、その温度及び資化性に関する詳しい菌学的性質を調べた。その結果、R. koreanus KP8系統は、ペクチンを単一炭素源とする培地上において13℃の低温条件にて活発に生育し且つ胞子形成を活発に行って急激に増殖する性質を持った菌であることが明らかになった。また、R. koreanus KP8系統は、低温条件においてペクチンを効率的に分解する特性を示すサツマイモ軟腐病菌であることが、低温培養物中の糖類含量の分析結果からも確認された。
この点、当該R. koreanus KP8は、通常の土壌分解微生物(既存の軟腐病菌であるR. stolonifer及びR. arrhizusを含めて)が利用できない低温環境(冬季や寒冷地)のサツマイモ等の農作物の収穫後の土壌に散布した場合、圃場(土壌表面、土壌中)の農作物残渣を効率的に分解して除去できる低温バイオマス分解菌として、利用可能であることが示唆された。また、当該低温ペクチン分解活性は、低温期や寒冷地でのサイレージ等でも利用可能な技術となることが示唆された。また、当該低温ペクチン分解活性は、低温にて原料のペクチンを効率的に分解することを要する技術分野においても利用可能な技術になることが示唆された。本出願人は、R. koreanus KP8系統を、特許微生物寄託センターに生物寄託した。
【0013】
本発明者らは上記知見に基づいて本発明を完成するに至った。本発明は具体的には以下に記載の発明に関する。
[項1]
収穫後のサツマイモ塊根の表面温度が32~42℃となるように1日以上処理する工程(工程1)、及び、前記工程1の後に揮発性天然抗菌成分を含む空間内で且つ15℃以下の低温にて前記サツマイモ塊根の保管又は流通を行う工程(工程2)、を含む、サツマイモ軟腐病菌による病徴発現を抑制する方法であって、
;
当該方法の抑制対象病徴の原因微生物であるサツマイモ軟腐病菌の菌種の構成に関して、
(1)Rhizopus stolonifer及び/又はRhizopus arrhizusに属する菌(サツマイモ塊根に対して25℃での軟腐病の病徴発現活性を示すサツマイモ軟腐病菌)を含み、且つ、
(2)サツマイモ塊根に対して13℃での軟腐病の病徴発現活性を示す菌として、
(2-1)Rhizopus koreanus KP8系統(NITE P-03817)に属する菌、及び/又は、
(2-2)Rhizopus koreanusに属する菌であって下記の菌学的特性、
(A)低温腐敗活性に関する特性: サツマイモ塊根の一部に接種して低温13℃にて6日間保管した際に、その塊根の半分から全体に綿網状の菌糸が生育して塊根が軟腐症状を示す特性、及び、
(B)高温耐性に関する特性: PDA寒天培地に接種して32~34℃にて4日間保管した際に、菌の少なくとも一部が死滅する特性、
を備えた菌、を含む、
;
保管又は流通中のサツマイモ塊根におけるサツマイモ軟腐病菌による病徴発現を抑制する方法。
[項2]
前記(2-2)に記載のRhizopus koreanusに属する菌が、
(D)遺伝子分類マーカーに関する特性: ゲノムDNA中の28SrDNA D1/D2領域に含まれる配列番号1に対応する塩基配列が、配列番号1に記載の塩基配列と100%の同一性を示す特性、
を有する菌である、項1に記載のサツマイモ軟腐病の病徴発現を抑制する方法。
[項3]
前記方法の抑制対象病徴の原因微生物であるサツマイモ軟腐病菌の菌種の構成として、
下記(A)に記載の特性及び下記(B-)に記載の特性の両方を備えたサツマイモ軟腐病菌を含まない、項1に記載のサツマイモ軟腐病の病徴発現を抑制する方法であって、;
前記(A)及び(B-)に記載の特性が、
(A)低温腐敗活性に関する特性: サツマイモ塊根の一部に接種して低温13℃にて6日間保管した際に、その塊根の半分から全体に綿網状の菌糸が生育して塊根が軟腐症状を示す特性、及び、
(B-)高温耐性に関する特性: PDA寒天培地に接種して34℃にて4日間培養した際に菌の増殖停止が起こらない、又は、前記34℃での培養後に25℃で回復培養を行った際に菌が再増殖する特性、
である、;前記方法。
[項4]
前記工程1が、収穫後のサツマイモ塊根の表面温度が34~36℃となるように4日以上処理する工程である、項1に記載のサツマイモ軟腐病の病徴発現を抑制する方法。
[項5]
前記工程2に係る揮発性天然抗菌成分が、オイゲノール、ヒノキチオール、又はアリルイソチオシアネートを含むものである、項1に記載のサツマイモ軟腐病の病徴発現を抑制する方法。
[項6]
前記工程2が、4~13℃の低温にて前記サツマイモ塊根の保管又は流通を行う工程である、項1に記載のサツマイモ軟腐病の病徴発現を抑制する方法。
[項7]
前記工程2の後、更に、揮発性天然抗菌成分が存在しない条件にて4~13℃の低温保管又は低温輸送を行う工程(工程3)を含む、項1に記載のサツマイモ軟腐病の病徴発現を抑制する方法。
[項8]
項1~7のいずれか一項に記載の方法を用いた、収穫後のサツマイモ塊根の鮮度を保持する方法。
[項9]
サツマイモ塊根に対して低温13℃での腐敗活性を示すサツマイモ軟腐病菌であって、;
(3-1)Rhizopus koreanus KP8系統(NITE P-03817)に属する菌、
又は、
(3-2)Rhizopus koreanus KP8系統(NITE P-03817)に由来する菌であって、下記の菌学的特性、
(A)低温腐敗活性に関する特性: サツマイモ塊根の一部に接種して低温13℃にて6日間保管した際に、その塊根の半分から全体に綿網状の菌糸が生育して塊根が軟腐症状を示す特性、及び、
(B)高温耐性に関する特性: PDA寒天培地に接種して32~34℃にて4日間保管した際に、菌の少なくとも一部が死滅する特性、
を備えた菌、;
である、前記サツマイモ軟腐病菌。
[項10]
前記(3-2)に記載のRhizopus koreanus KP8系統(NITE P-03817)に由来する菌が、
(G)ペクチン資化性に関する特性: ポリガラクツロン酸を単一炭素源とする寒天プレート培地上で低温13℃にて5日培養した際に、同条件にて生育したRhizopus stolonifer及びRhizopus arrhizusよりも大きな菌叢を形成する特性、及び、
(H)ペクチン資化性に関する特性: ポリガラクツロン酸を単一炭素源とする寒天プレート培地上で低温13℃にて5日培養した際に、同条件にて生育したRhizopus arrhizusよりもその菌叢全体で多くの胞子嚢を形成する特性、
を備えた菌である、項9に記載のサツマイモ軟腐病菌。
[項11]
前記(3-2)に記載のRhizopus koreanus KP8系統(NITE P-03817)に由来する菌が、
(I)低温ペクチン分解活性に関する特性: ペクチン及び澱粉を含む植物体破砕物を栄養源として低温13℃で培養した際に、同条件で培養したRhizopus stolonifer及びRhizopus arrhizusよりもペクチン分解物であるガラクツロン酸を多く産生する特性、及び、
(J)低温ペクチン分解活性に関する特性: ペクチン及び澱粉を含む植物体破砕物を栄養源として低温13℃で培養した際に、澱粉分解物であるグルコースよりもペクチン分解物であるガラクツロン酸を多く産生する特性、
を備えた菌である、項9に記載のサツマイモ軟腐病菌。
[項12]
前記(3-2)に記載のRhizopus koreanus KP8系統(NITE P-03817)に由来する菌が、
(D)遺伝子分類マーカーに関する特性: ゲノムDNA中の28SrDNA D1/D2領域に含まれる配列番号1に対応する塩基配列が、配列番号1に記載の塩基配列と100%の同一性を示す特性、
を有する菌である、項9に記載のサツマイモ軟腐病菌。
[項13]
項9~12のいずれか一項に記載のサツマイモ軟腐病菌の生菌及び/又は胞子を含む、低温にてペクチンを含む植物体を分解するための組成物。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、低温での保管又は輸送を行ってもその病徴発現が抑制できない収穫後のサツマイモ塊根に発生するサツマイモ軟腐病に関して、その病徴発現を抑制可能とする技術を提供する。
更に本発明は、サツマイモを含む農作物の病害防除の手段に関連する技術として、低温条件においてペクチンを含むサツマイモ等の農作物残渣を効率的に分解可能な技術を提供する。また、これに関連して、低温条件においてペクチンを効率的に分解する技術を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実験例2にて28SrDNA D1/D2領域の塩基配列を用いて構築したRhizopus属の系統樹を示す。枝の上又は下の数値はブートストラップ確率(枝の信頼性を示す数値)を示す。系統樹の下の「0.02」が示す枝の長さは、変異2%に相当する枝長を示す。
【
図2】実験例2にて分離したR. koreanus KP8系統の培養状態及び菌の形態を観察した結果を示す。(A):PDA寒天培地上にて培養された菌叢を撮影した写真像。(B)及び(C):形成された胞子嚢を実体顕微鏡にて観察した写真像。(D):胞子嚢胞から放出された胞子(胞子嚢胞子)を光学顕微鏡にて観察した写真像。
【
図3】実験例2にて分離したR. koreanus KP8系統を塊根の一部に接種し、低温13℃にて保管した後の塊根の状態を撮影した写真像を示す。(A):サツマイモ塊根の外観。(B):サツマイモ塊根の縦断面。
【
図4】実験例3(1)にて揮発性天然抗菌成分の影響を調べた試験において、当該試験で使用した揮発性天然抗菌成分を含む空間を有する保存容器を示した図である。(A):本試験にて使用した保存容器の構造の概略を示した模式図。(B):本試験にて使用した保存容器の構造を示す写真像(下面から撮影)。
【
図5】実験例3(1)にて揮発性天然抗菌成分の影響を調べた試験結果(リアルタイムPCRにより定量された菌DNA量を単位イモDNA量に対する値に換算して示した値)を示した図である。
【
図6】実験例4(2)における13℃(低温)でのペクチンを単一炭素源として含む培地での胞子嚢形成試験において、寒天培養上での菌の形態を実体顕微鏡にて観察した写真像である。(A):R. koreanus KP8の写真像。(B):R. arrhizus MAFF 238040の写真像。(C):R. arrhizus MAFF 239882の写真像。
【
図7】実験例4(3)におけるグルコースを炭素源として含む培地でのR. koreanus KP8系統の生育試験において、生育温度の違いに応じたコロニー直径の計時変化を示した結果図である。グラフの下の符号は次の通りである。黒塗り三角:5℃。白抜き三角:13℃。黒塗り丸:25℃。白抜き丸:35℃。
【
図8】実験例4(3)におけるグルコースを炭素源として含む培地でのR. koreanus KP8系統の胞子(胞子嚢胞子)形成量の測定試験において、生育温度の違いに応じた培養7日後における胞子形成数を示した結果図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明するが、本発明に係る技術的範囲は、下記した構成を全て含む態様に限定されるものではない。また、本発明に係る技術的範囲は、本発明に係る技術的特徴が奏する作用効果を実質的に妨げるものでなければ、下記に記載した構成以外の他の構成を含む態様を除外するものではない。
【0017】
1.用語の説明
本明細書中、「サツマイモ植物(サツマイモ)」は、Ipomoea batatas (L.) Lam. に属する植物を指す。本明細書中、「塊根(サツマイモ塊根)」は、サツマイモ植物の地下貯蔵器官である芋を指す。
本明細書中、「系統」という用語は、「種(species)」の下位分類を指し、集団として他の品種又は系統(集団)と区別可能な外形的及び/又は生理的な特性(表現型)を有する集団を指す用語として用いる。
本明細書中、「塩基配列の変異」は、特に明記がない限りは、塩基配列を構成する塩基の置換、欠失、及び/又は挿入による変異を意味する用語として用いる。
本明細書中、「配列番号Xで示す塩基配列」(※本段落中のX:自然数)という表現は、配列表に示す配列番号Xに記載の塩基部位の順序で示す配列にて構成される塩基配列を意味する。
本明細書中、「PCR反応(PCR)」という用語は、ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction)を意味する用語として用いる。
本明細書中、「PCRプライマー」は、PCR反応に用いられるオリゴヌクレオチド(又はポリヌクレオチド)にて構成されてなる又は含んでなるプライマーを指す。オリゴヌクレオチドプライマーと表現することもできる。PCRプライマーは短い1本鎖DNAであり、PCR反応にて特異的配列に結合して耐熱性DNAポリメラーゼの伸長起点として機能する。
【0018】
本明細書中、「サツマイモ軟腐病(軟腐病)」は、サツマイモ塊根の貯蔵病害の一種で、サツマイモ軟腐病菌であるRhizopus属に属する菌が収穫後のサツマイモ塊根に増殖して、当該塊根が腐敗状態になる一連の病徴を指す。詳しくは、収穫後のサツマイモ塊根に感染し、病徴発症した塊根に綿網状の菌糸が増殖し、塊根が軟腐症状を呈し、アルコール臭を発する等の病徴を示す。なお、サツマイモ軟腐病菌は、健全に生育しているサツマイモ植物の塊根(生育中の植物体の塊根)を腐敗させる活性は有しない。
本明細書中、「腐敗活性」は、収穫後のサツマイモ塊根に対するサツマイモ腐敗病菌の感染と増殖により病徴が発現してその塊根が腐敗する活性を指す。
本明細書中、「強い腐敗活性」という用語が指すサツマイモ塊根の腐敗活性の程度としては、例えば、下記の実施例に即して記載した場合、実験例2(2)に記載の手順にてサツマイモ塊根の一部に接種して所定の温度にて6日間保管した際に、「その塊根の半分から全体に(特にはその塊根の全体に)」に綿網状の菌糸が幅広く生育して、塊根の表層から深部にかけて軟腐症状が発生する程度の腐敗活性、として記載することができる。
本明細書中、「弱い腐敗活性」という用語が指すサツマイモ塊根に対する腐敗活性の程度としては、例えば、下記の実施例に即して記載した場合、実験例2(2)に記載の手順にてサツマイモ塊根の一部に接種して所定の温度にて6日間保管した際に、「その接種した部位」に綿網状の菌糸が生育して、塊根の表層部分又は表層部分とその直下にのみ軟腐症状が発生する程度の腐敗活性、として記載することができる。
本明細書中、サツマイモ塊根に対する「各種温度処理」や「保管又は輸送」は、特に明示のない限りは、サツマイモ塊根の周囲の気体温度を調整して気相にて行われる処理や保管や輸送(液相への浸漬ではない)を指す。
【0019】
本明細書中、「PDA培地」は、ポテトデキストロース寒天培地を意味する。PDA培地の組成としては、ジャガイモ浸出液末 4g/L、デキストロース(グルコース) 20g/L、及び寒天(Agar)15g/Lの組成にて調製された寒天培地を挙げることができる。下記実験例では、BD Difco製(Becton, Dickinson and Company)のPotato Dextrose Agarを当該培地として用いている。PDA培地はプレート培地であり、PDA寒天培地やPDA平板培地等と表記することもできる。
本明細書中、下記実験例にて培地成分として用いた「YNB with Ammonium sulfate, without Dextrose and Amino Acids」は、炭素源であるデキストロースとアミノ酸を含まず且つ窒素源である硫酸アンモニウムを含むYNB(Yeast Nitrogen Base)を指す。下記実施例では、BD Difco製(Becton, Dickinson and Company)のYeast Nitrogen Base w/o AA(BD Difco 291940)を当該培地成分として用いている。当該培地成分の組成は、次の通りである。
・窒素源:Ammonium sulfate 5g/L。
・ビタミン類: Biotin 2μg/L, Calcium pantothenate 400μg/L, Folic acid 2μg/L, Inositol 2000μg/L, Niacin 400μg/L, p-Aminobenzoic Acid 200μg/L, Pyridoxine hydrochloride 400μg/L, Riboflavin 200μg/L, Thiamine hydrochloride 400μg/L。
・微量元素: Boric acid 500μg/L, Copper sulfate 40μg/L, Potassium iodide 100μg/L, Ferric chloride 200μg/L, Manganese sulfate 400μg/L, Sodium molybdate 200μg/L, Zinc sulfate 400μg/L。
・塩類: Monopotassium phosphate 1.0g/L, Magnesium sulfate 0.5g/L, Sodium chloride 0.1g/L, Calcium chloride 0.1g/L。
【0020】
2.サツマイモ軟腐病菌の病徴発現の抑制
本発明は、サツマイモ塊根におけるサツマイモ軟腐病菌による病徴発現を抑制する方法に関して、既知の常温活性菌であるR. stolonifer及びR. arrhizusに属する菌の他に、低温腐敗活性菌である新規のRhizopus属に属する菌(R. koreanusに属する菌であって特定の菌学的性質を備えた菌)が存在することを発見し、その温度特性及び増殖抑制条件を実験にて詳細に調査及び検討したことで、完成された発明である。
この点、本発明に係る方法は、当該方法の抑制対象病徴の原因微生物であるサツマイモ軟腐病菌の菌種の構成に関して、
(1)Rhizopus stolonifer及び/又はRhizopus arrhizusに属する菌(塊根に対して25℃での軟腐病の病徴発現活性を示すサツマイモ軟腐病菌)を含み、且つ、
(2)塊根に対して13℃での軟腐病の病徴発現活性が高い菌として、(2-1)Rhizopus koreanus KP8系統(NITE P-03817)に属する菌、及び/又は、(2-2)Rhizopus koreanusに属する菌であって下記の菌学的特性を備えた菌、を含む。
即ち、本発明に係る方法は、常温腐敗活性菌と低温腐敗活性菌の「両方」(上記(1)及び(2))を含むサツマイモ軟腐病菌、を原因微生物として塊根に発現する軟腐病の病徴を抑制する技術に関する。
【0021】
R. stolonifer及び/又はR. arrhizusに属する菌
本発明の方法が抑制対象とするサツマイモ軟腐病の原因微生物としては、これまで知られていた常温25℃で腐敗活性を示す菌であるR. stolonifer及び/又はR. arrhizus(R. oryzaeとしての表記を含む)に属する菌を含む。(なお、仮に、R. oryzaeを、R. arrhizusと別種と見なす場合には、当該表記を、R. stolonifer、R. arrhizus、及びR. oryzaeから選ばれる1以上に属する菌を含む、と表現することも可能である。)
【0022】
ここで、R. stolonifer及び/又はR. arrhizus(R. oryzaeとしての表記を含む)に属する菌は、常温25℃程度の温度帯において増殖活性及び繁殖活性が高く、当該温度帯にて塊根を腐敗させる活性を示す。逆に、これらの菌は低温13℃程度では増殖活性及び繁殖活性が低く、低温では塊根を腐敗させる活性が無い又は弱い(下記実験例1参照)。
ここで、「R. stolonifer」は、軟腐病の強い病徴を引き起こす主要な原因微生物としてその存在が知られている(非特許文献1)。また、「R. arrhizus」は、R. stoloniferよりは主要な原因微生物ではないが、軟腐病菌を構成する菌として報告されている(非特許文献2)。なお、軟腐病菌の原因微生物としては、R. oryzaeと報告されている例も存在するが(非特許文献3)、当該種は分類的にR. arrhizusとシノニムであり、R. arrhizusと同種に該当する(非特許文献4)。
R. stolonifer、R. arrhizus(R. oryzaeとしての表記を含む)、他のRhizopus属に属する菌を含めて、サツマイモ塊根に対してい低温腐敗活性を示す菌はこれまでに報告がない。そこで、本発明者は、本出願人(農研機構)が保有するR. stolonifer及びR. arrhizusの多くの系統を調査したが、これらの中にはサツマイモ塊根に低温13℃にて腐敗活性が無い又はその病徴が限定的で弱いものしか見いだせず、低温13℃にて強い腐敗活性(通常のサツマイモ軟腐病で見られる軟腐症状)を示す活性を示すものは発見されなかった(下記実験例1参照)。
なお、本発明の方法では、R. stolonifer及びR. arrhizusに属する菌に対して、下記した「工程1」ではその菌量を大幅に減少させることはできないところ、以下に示す「工程2」(揮発性抗菌成分存在下での低温保管又は輸送工程)によって、その増殖活性及び腐敗活性を抑えることが可能となる。
ここで、上記した温度特性を示すR. stolonifer及び/又はR. arrhizusに属する菌として、より具体的には、実験例1の表1及び表2に示された系統に属する菌を挙げることができる。これらの系統は「農業生物資源ジーンバンク」(※国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構が運営する農業分野に係る遺伝資源に関する特性評価、保存、配布および情報公開を行う保存機関: https://www.gene.affrc.go.jp)にてMAFF番号が付されて保存されている系統である。
【0023】
13℃低温にて軟腐病の病徴発現活性を示す菌
本発明の方法では、上記の常温活性菌であるR. stolonifer及びR. arrhizusに加えて、塊根に対して13℃にて軟腐病の病徴発現活性を示す菌(低温活性菌)を、その抑制対象とするサツマイモ軟腐病の原因微生物として含む。
【0024】
当該低温活性菌としては、(2-1)R. koreanus KP8系統(NITE P-03817)に属する菌、及び/又は、(2-2)R. koreanusに属する菌であって、KP8系統と同様の高温耐性に関する特性及び揮発性天然抗菌成分への影響に関する特性を有する菌、を挙げることができる。低温活性菌は、常温25℃程度の温度帯においても増殖活性及び繁殖活性もある程度は有するが、低温13℃程度では増殖活性及び繁殖活性が更に高く(通常の常温活性菌では活性が弱い又はほとんど活性がない温度帯)、当該低温帯にてサツマイモ塊根を強く腐敗させる活性を示す(下記実験例2参照)。
【0025】
(Rhizopus koreanus KP8系統)
本発明の方法では、サツマイモ軟腐病の原因微生物として低温活性菌である(2-1)R. koreanus KP8系統(下記した実施例にて強い低温腐敗活性を有することが示された系統)に属する菌を含む場合であっても、その軟腐病の病徴発現を抑制することが可能となる。
当該KP8系統は、下記実験例での分析結果が示すように、遺伝子配列の特性と形態特性の点から「Rhizopus koreanus」に属する系統と分類される。この点、当該KP8系統は、Rhizopus koreanusの先行報告(EML-HO95-1:柿からの分離系統、非特許文献6)とは、28SrDNA D1/D2が僅かに相違し、その遺伝子配列と形態的特徴の比較から、R. koreanusには属するが既存株(EML-HO95-1)とは異なる「新規系統」と認められる。
ここで、「R. koreanus KP8系統に属する菌」としては、下記した菌学的特性が完全に一致する菌(遺伝子配列が完全一致する特性を含む)は、当該系統と同一系統に属する菌に該当する。この点、野外や農作物から分離される菌(又は既に分離された菌)に関しても、当該条件を充足するものに関しては、R. koreanus KP8系統に属する菌として分類上扱うことが可能である。
【0026】
R. koreanus KP8系統が備える菌学的特性(遺伝的特性、形態的特性、温度特性、資化特性、分解特性、など)は下記実験例2~5に詳細に記載しているが、R. koreanus KP8系統に関して、特に温度特性と揮発性天然抗菌成分への反応特性に関する次の菌学的特性を用いて、当該系統を特徴づけることが可能である。
(A)低温腐敗活性に関する特性: サツマイモ塊根の一部に接種して低温13℃にて6日間保管した際に、その塊根の半分から全体に綿網状の菌糸が生育して塊根が軟腐症状を示す特性。
(B)高温耐性に関する特性: PDA寒天培地に接種して32~34℃にて4日間保管した際に、菌の少なくとも一部が死滅する特性。
【0027】
また、R. koreanus KP8系統が備える菌学的特性としては、上記に加えて更に次の菌学的特性を用いて、当該系統を特徴づけることも可能である。
(C)揮発性天然抗菌成分に対する反応特性: オイゲノールに対して菌叢の生育が抑制される感受性を示し、ヒノキチオールに対して菌叢の生育が抑制される感受性を示し、且つアリルイソチオシアネートに対して菌叢の生育が抑制される感受性を示す特性。
(D)遺伝子分類マーカーに関する特性: ゲノムDNA中の28SrDNA D1/D2領域に含まれる配列番号1に対応する塩基配列が、配列番号1に記載の塩基配列と100%の同一性を示す特性。
(E)遺伝子分類マーカーに関する特性: ゲノムDNA中ITS領域に含まれる配列番号2に対応する塩基配列が、配列番号2に記載の塩基配列と100%の同一性を示す特性。
(F)形態に関する特性: PDA寒天培地上の25℃にて培養した際に、白色又は灰色の菌叢を形成し、胞子嚢の形状が球状から楕円球状であり、柱軸の形状が円錐状、半円球状、又は球状であり、胞子嚢胞子の形状が球状又は楕円球状である特性。
【0028】
R. koreanus KP8系統が備える菌学的特性として最も特徴的な点は、(A)低温腐敗活性に関する特性である。KP8系統が備える低温腐敗活性は強く、上記(A)に記載の条件でサツマイモ塊根を低温保管した際に、その塊根の半分から全体に(特にはその塊根の全体に)その軟腐症状を発現させる低温腐敗活性を示す。(A)の特性をより具体的に記載すると、実験例2(2)に記載の手順にてサツマイモ塊根の一部に接種して低温13℃にて6日間保管した際に、その塊根の半分から全体に(特にはその塊根の全体に)綿網状の菌糸が生育して塊根が軟腐症状を示す特性、と記載することができる。また、当該(A)に係る低温腐敗活性に関する特性は、上記段落1.の「強い腐敗活性」の記載又は下記実験例2(2)の軟腐症状の記載を、参照又は引用して記載することが可能である。
【0029】
また、本発明の病徴発現抑制方法の適用に関して、R. koreanus KP8系統の菌学的特性の中で重要な特性としては、(B)に係る高温耐性に関する特性を挙げることができる。(B)の特性をより具体的に記載すると、実験例3(3)に記載の手順にてPDA寒天培地に接種して32~34℃にて4日間保管した際に、菌の少なくとも一部又は全部が死滅する特性、と記載することができる。
当該特性により当該系統に属する菌に対しては、32~34℃の緩やかな高温処理を行うことで、当該温度に晒された菌に深刻な損傷を与え、少なくともその菌の一部を死滅させる(その菌量を大幅に低減させる)ことが可能となる。例えば、32℃で増殖停止が起こりその後の回復培養でも一部しか再増殖しない菌は、32℃の温度処理で菌の生育が停止して少なくとも一部には損傷が生じていると認められ、(B)の特性を備えた菌に該当すると認められる(下記実験例3参照)。
また、(B)に係る高温耐性に関する特性としては、特には、PDA寒天培地に接種して34℃にて4日間保管した際に菌が死滅する特性と記載することもできる。当該特性をより具体的に記載すると、実験例3(3)に記載の手順にてPDA寒天培地に接種して34℃にて4日間保管した際に菌が死滅する特性、と記載することができる。当該特性により当該系統に属する菌に対しては、34℃の高温処理を行うことでその菌をより確実に死滅させることが可能となる。
【0030】
また、本発明の病徴発現抑制方法の適用に関して、R. koreanus KP8系統の菌学的特性としては、(C)に係る揮発性天然抗菌成分への反応特性を挙げることができる。当該特性により当該系統に属する菌に対しては、揮発性天然抗菌成分の作用によってその菌の活動を鈍化又は抑制させることが可能となる。
(C)の特性をより具体的に記載すると、オイゲノールが存在する空間にて培養した際にその菌叢の生育が抑制され、且つ、ヒノキチオールが存在する空間にて培養した際にその菌叢の生育が抑制され、且つ、又はアリルイソチオシアネートが存在する空間にて培養した際にその菌叢の生育が抑制される特性と記載することができる。(オイゲノール感受性:+、ヒノキチオール感受性:+、アリルイソチオシアネート感受性:+)。
ここで、「その生育が抑制される特性」をより具体的に記載すると、培養後の菌叢サイズが陽性対照区(揮発性天然抗菌成分が存在しない以外は同様に実験を行った試験区)の菌叢サイズと比較して7割以下のサイズであれば、その生育が抑制されている(緩慢化している)と判断することが可能である。この点、培養後の菌叢サイズが陽性対照区(揮発性天然抗菌成分が存在しない以外は同様に実験を行った試験区)と比較して、「その菌量の増加が70%以下に抑制される特性」と表現することも可能である。当該抑制度合いを示す値としては、より好ましくは50%以下、特に好ましくは10%以下を好適に挙げることができる。
【0031】
なお、本発明者は、R. koreanus KP8系統のオイゲノールに対する感受性として、当該成分を揮発して含む空間に接することによって、そのコロニー生育が抑制される特性を示すことを実験にて確認した(実験例3参照)。この点、(C)の特性をより具体的に記載すると、実験例3(2)に記載の手順にてPDA寒天培地に接種してオイゲノール(揮発性天然抗菌成分)が少なくとも空間濃度1ppmで存在する空間にて25℃で2日間培養した際に、前記揮発性天然抗菌成分を添加しない陽性対照区と比較してその菌叢の生育が抑制される特性、と記載することが可能である。また、実験例3(1)に記載の手順にてサツマイモ塊根に接種してオイゲノール(揮発性天然抗菌成分)が少なくとも空間濃度54.7ppmで存在する空間にて13℃で7日間培養した際に、前記揮発性天然抗菌成分を添加しない陽性対照区と比較してその菌叢の生育が抑制される特性、と記載することも可能である。
また、本発明者は、R. koreanus KP8系統のヒノキチオールに対する感受性として、当該成分を揮発して含む空間に接することによって、そのコロニー生育が抑制される特性を示すことを実験にて確認した(実験例3参照)。この点、(C)の特性をより具体的に記載すると、実験例3(2)に記載の手順にてPDA寒天培地に接種してヒノキチオール(揮発性天然抗菌成分)が少なくとも空間濃度83ppmで存在する空間にて25℃で2日間培養した際に、前記揮発性天然抗菌成分を添加しない陽性対照区と比較してその菌叢の生育が抑制される特性、と記載することが可能である。また、実験例3(1)に記載の手順にてサツマイモ塊根に接種してヒノキチオール(揮発性天然抗菌成分)が少なくとも空間濃度219ppmで存在する空間にて13℃で7日間培養した際に、前記揮発性天然抗菌成分を添加しない陽性対照区と比較してその菌叢の生育が抑制される特性、と記載することも可能である。
また、本発明者は、R. koreanus KP8系統のアリルイソチオシアネートに対する感受性として、当該成分を揮発して含む空間に接することによって、そのコロニー生育が抑制される特性を示すことを実験にて確認した(実験例3参照)。この点、(C)の特性をより具体的に記載すると、実験例3(2)に記載の手順にてPDA寒天培地に接種してアリルイソチオシアネート(揮発性天然抗菌成分)が少なくとも空間濃度1ppmで存在する空間にて25℃で2日間培養した際に、前記揮発性天然抗菌成分を添加しない陽性対照区と比較してその菌叢の生育が抑制される特性、と記載することが可能である。
【0032】
また、R. koreanus KP8系統が備える菌学的特性としては、(D)及び(E)の遺伝子分類マーカーに関する特性を挙げることができる。ここで、(D)に係る配列番号1に記載の塩基配列は、KP8系統のゲノムDNA中に存在する「28SrDNA D1/D2領域」に含まれる塩基配列を示す。また、(E)に係る配列番号2に記載の塩基配列は、KP8系統のゲノムDNA中に存在する「ITS領域(Internal transcribed spacer)」に含まれる塩基配列を示す。
【0033】
また、(F)の形態に関する特性を挙げることもできる。なお、(F)の特性をより具体的に記載すると、実験例2(1)に記載の手順にてPDA寒天培地上の25℃で菌叢を培養した際に、白色又は灰色の菌叢を形成し、胞子嚢の形状が球状又は楕円球状であり、柱軸の形状が円錐状、半円球状、又は球状であり、胞子嚢胞子の形状が球状又は楕円球状である特性、と記載することができる。
また、R. koreanus KP8系統が備える菌学的特性としては、上記(A)~(F)以外にも、下記段落3.に記載した(G)~(J)に関する低温ペクチン資化性及び低温ペクチン分解活性に関する特性を有する系統として、当該系統を特徴づけることも可能である。また、下記実験例2~5に詳細に記載されている菌学的特性によって当該系統を特徴づけることも可能である。
【0034】
(Rhizopus koreanus KP8系統以外の低温活性菌)
本発明の方法では、サツマイモ軟腐病の原因微生物として低温活性菌である(2-2)KP8系統(NITE P-03817)以外のR. koreanusに属する菌を含む場合であっても、(B)高温耐性に関する特性が上記KP8系統と同じ特性を示すものに関しては、本発明に係る各工程の原理上、その軟腐病の病徴発現を抑制することが可能となる。
即ち、本発明の方法では、低温活性菌として(2-2)R. koreanusに属する菌であって下記菌学的特性を備えた菌を含む場合であっても、その軟腐病の病徴発現を抑制することが可能となる。
(A)低温腐敗活性に関する特性: サツマイモ塊根の一部に接種して低温13℃にて6日間保管した際に、その塊根の半分から全体に綿網状の菌糸が生育して塊根が軟腐症状を示す特性。
(B)高温耐性に関する特性: PDA寒天培地に接種して32~34℃にて4日間保管した際に、菌の少なくとも一部が死滅する特性。
【0035】
本発明の方法では、(2-2)KP8系統以外のR. koreanusに属する菌として、その低温腐敗活性に関して、KP8系統の特性として記載した上記(A)に示したKP8系統と同程度の低温腐敗活性を有する菌を、その対象菌とすることが可能である。即ち、当該(2-2)の菌としては、上記(A)に記載の条件で塊根を低温保管した際に、その塊根の半分から全体に(特にはその塊根の全体に)その軟腐症状を発現させる低温腐敗活性を示す菌が、その対象となる。
【0036】
本発明の方法では、(2-2)KP8系統以外のR. koreanusに属する菌として、上記(B)高温耐性に関して、KP8系統の特性として記載した上記(B)に示したKP8系統と同程度の高温耐性を示す菌を、その対象菌とすることが可能である。即ち、当該(2-2)の菌としては、上記(B)に記載の条件にて32~34℃の緩やかな高温処理を行うことで、その菌の少なくとも一部が死滅する(菌量が大幅に低減する)特性を有する菌が対象となる。特には、34℃の緩やかな高温処理を行うことで死滅する特性を有する菌が対象となる。
【0037】
また、本発明の方法では、(2-2)KP8系統以外のR. koreanusに属する菌として、上記(C)揮発性天然抗菌成分への反応特性に関して、KP8系統の特性として記載した上記(C)に示したKP8系統と同程度の揮発性天然抗菌成分に対する反応性を示す菌を、その対象菌とすることが可能である。
【0038】
上記の点、本発明の方法では、その菌量の減少や死滅に影響する特性に関して、KP8系統と同じ特性を示すR. koreanusに属する菌であれば、本発明に係る各工程の原理上、KP8系統と同様にその軟腐病に関する病徴発現が抑制可能な対象菌として扱うことが可能である。
この点、本発明の方法では、(2-2)KP8系統以外の菌は、その分類上、R. koreanusに属する菌である。「R. koreanusに属する菌」としては、その遺伝子分類マーカーである28SrDNA D1/D2領域の塩基配列にて示すことが可能である。例えば、下記(D’’)に示す特性にて示すことができる。
(D’’)遺伝子分類マーカーに関する特性: ゲノムDNA中の28SrDNA D1/D2領域に含まれる配列番号1に対応する塩基配列が、配列番号1に記載の塩基配列と99.56%以上の同一性を示す特性。
ここで、上記KP8系統の28SrDNA D1/D2領域に含まれる配列番号1に示す塩基配列は、R. koreanus EML-HO95-1系統のその対応する塩基配列と比較した場合、99.56%の配列同一性を示す。この点、その分類上の位置を示す(D’’)の特性を充足する系統(より好ましくは配列番号1に記載の塩基配列に対して変異数が2以下の系統)については、KP8と同種の範囲と認められ、R. koreanus KP8と分類上の同種の位置にある系統として扱うことが可能と認められる。
【0039】
また、(2-2)KP8系統以外のR. koreanusに属する菌としては、その分類上の位置を示す遺伝子分類マーカーに関する特性(28SrDNA D1/D2領域の塩基配列)に関して、例えば、下記(D’)に示したKP8系統と99.85%以上の同一性を示す塩基配列を有する菌を、より好適にその対象菌とすることが可能である。
(D’)遺伝子分類マーカーに関する特性: ゲノムDNA中の28SrDNA D1/D2領域に含まれる配列番号1に対応する塩基配列が、配列番号1に記載の塩基配列と99.85%以上の同一性を示す特性。
ここで、配列番号1に記載の塩基配列は、KP8系統の28SrDNA D1/D2領域に含まれる塩基配列を示す。ここで、その分類上の位置を示す(D’)の特性を充足する菌の28SrDNA D1/D2領域は、配列番号1に対応する塩基配列を比較した場合、28SrDNA D1/D2領域の構成塩基の689bpのうちの変異数が1.03以下を示す。この点、当該系統(より具体的には配列番号1に記載の塩基配列に対して変異数が1以下の系統)は、上記KP8系統と極めて近い分類上の位置にある系統として扱うことが可能である。
【0040】
また、(2-2)KP8系統以外のR. koreanusに属する菌としては、その分類上の位置を示す遺伝子配列の特性(28SrDNA D1/D2領域の塩基配列)に関して、KP8系統の特性として記載した上記(D)に示したKP8系統と100%の同一性を示す(完全一致する)塩基配列を有する菌を、好適にその対象菌とすることができる。
ここで、当該菌が属する系統の28SrDNA D1/D2領域は、配列番号1に対応する塩基配列を比較した場合、当該28SrDNA D1/D2領域の塩基配列が完全一致する。この点、当該系統は、上記KP8系統と極めて近い又は実質的に同じ分類上の位置にある系統として扱うことが可能である。
【0041】
更に、(2-2)KP8系統以外のR. koreanusに属する菌としては、その分類上の位置を示す遺伝子配列の特性(ITS領域の塩基配列)に関して、下記(E’)に示したKP8系統と99.86%以上の同一性を示す塩基配列を有する菌を、好適にその対象菌とすることができる。
(E’)遺伝子分類マーカーに関する特性: ゲノムDNA中のITS領域に含まれる配列番号2に対応する塩基配列が、配列番号2に記載の塩基配列と99.86%以上の同一性を示す特性。
ここで、その分類上の位置を示す(E’)の特性を充足する菌のITS領域は、配列番号2に対応する塩基配列を比較した場合、ITS領域の構成塩基の745bpのうちの変異数が1.04以下を示す。この点、当該系統(より具体的には配列番号2に記載の塩基配列に対して変異数が1以下の系統)は、上記KP8系統と極めて近い分類上の位置にある系統として扱うことが可能である。
また、(2-2)KP8系統以外のR. koreanusに属する菌としては、その分類上の位置を示す遺伝子配列の特性(ITS領域の塩基配列)に関して、KP8系統の特性として記載した上記(E)に示したKP8系統と100%の同一性を示す(完全一致する)塩基配列を有する菌を、好適にその対象菌とすることができる。
ここで、当該ITS領域は、その機能的制約が低く塩基配列の分子進化速度が速い領域であるため、同種の異系統の間であっても変異が見られる領域である。この点、当該菌が属する系統のITS領域を配列番号2に対応する塩基配列を比較して当該ITS領域の塩基配列がほぼ一致する又は完全一致する場合、当該系統は上記KP8系統と実質的に同じ又は同じ分類上の位置にある系統として扱うことが可能である。
【0042】
また、(2-2)KP8系統以外のR. koreanusに属する菌としては、その形態的特性に関して、KP8系統の特性として記載した上記(F)に示したKP8系統と同一の形態的特性を示す菌を、好適にその対象菌とすることができる。当該菌が示す形態的特性は、当該菌が属する系統が上記KP8系統に極めて近い又は同じ分類上の位置にあることを更に支持する菌学的特性を示す。
また、(2-2)KP8系統以外のR. koreanusに属する菌としては、上記(A)~(F)以外にも、下記段落3.に記載した(G)~(J)に関する低温ペクチン資化性及び低温ペクチン分解活性に関する特性を有する菌として、当該菌を特徴づけることも可能である。また、下記実験例2~5に詳細に記載されている菌学的特性によって当該菌を特徴づけることも可能である。
【0043】
また、(2-2)KP8系統以外のR. koreanusに属する菌としては、R. koreanus KP8(NITE P-03817)に由来する系統についても上記した菌学的性質を保持する菌に関しては、好適にその対象菌とすることができる。ここで、「R. koreanus KP8(NITE P-03817)に由来する系統」の詳細については、下記段落3.の記載を参照又は引用して記載することができる。
【0044】
(適用除外)
本発明に係る軟腐病菌の病徴発現を抑制する方法は、サツマイモ軟腐病の原因微生物として本発明者が新規に発見した低温活性菌の特性に基づいてその対処手段を提供するものである。ここで、本発明者が見出した低温保管してサツマイモ軟腐病を発症する低温腐敗活性菌としては、分離される複数の菌株がKP8系統又はこれに極めて近い系統に収斂して見つかるのみで(下記実験例1、2参照)、強い低温腐敗活性を示し且つ高温耐性の高い件は見つかっていない。この点、本出願人(農研機構)が保有する世界各地からのコレクション系統(R. stolonifer及びR. arrhizusに属する多数の系統を含む)を用いた調査を含めて、低温保管されたサツマイモ塊根からはこれらの他に低温活性菌が存在する示唆は得られていない。
なお、既存のR. stolonifer及びR. arrhizus(通常の25℃常温活性菌であり高温耐性が36℃以上を示す菌種)の中には、低温13℃にて弱い腐敗活性を示す系統も存在するが(下記実験例1参照)、その低温での病徴の弱さは低温での菌叢増殖速度や胞子繁殖が極めて遅い温度特性を反映しており、本発明の方法の工程2(揮発性天然抗菌成分が存在する空間での低温保管又は輸送工程)にて、その病徴発生を十分に抑制することが可能となる。この点、既存のR. stolonifer及びR. arrhizusに関するサツマイモ軟腐病の発症対応としては、従来から行われていた低温保管(及びこれを補うための揮発性天然抗菌成分への暴露)にて、対応可能と認められる。
以上の点、本発明に係る軟腐病菌の病徴発現を抑制する方法は、本出願時の農作物の輸送現場にて解決が求められているサツマイモ軟腐病の病徴抑制に対して有効な方法と認められる。
【0045】
KP8系統と同程度の低温活性菌であり且つ34℃より高い高温耐性(34℃で死滅しない特性)を併せ持つタイプの軟腐病菌は知られていないところ、但し、もし将来の未知の病原菌の発生によって当該(B)に記載の温度よりも高い温度耐性を有する菌(即ち、下記(B-)に記載の特性を有する菌)が出現した場合、下記工程1での緩やかな高温処理をより高い温度にて設定する必要が生じる。この場合、保管対象のサツマイモ塊根へ影響を与えるほどの高温処理にて工程1を要することとなり、本発明の方法が想定した解決手段では効果的に対処できなくなる可能性が懸念される。
【0046】
この点、本発明に係る方法としては、その抑制対象であるサツマイモ軟腐病菌の菌種の構成に関して、上記のKP8系統と同様の(A)低温腐敗活性を示し且つ(B-)高温耐性が34℃より高い温度を示す特性(34℃では死滅しない特性)、を含むサツマイモ軟腐病菌を含む場合の病徴発現に対しては、その効果を十分に担保することが困難な場合も想定される。
(B-)高温耐性に関する特性: PDA寒天培地に接種して34℃にて4日間培養した際に菌の増殖停止が起こらない、又は、前記34℃での培養後に25℃で回復培養を行った際に菌が再増殖する特性。
ここで、(B-)に関する特性は、KP8系統が示す上記(B)の高温耐性(32~34℃で死滅する特性)よりも高い温度耐性を有する菌である特性を示し、当該適用除外となる低温腐敗活性を示す菌に該当することを示している。(B-)の特性をより具体的に記載すると、実験例3(3)に記載の手順にてPDA寒天培地に接種して34℃にて4日間培養した際に菌の増殖停止が起こらない、又は、前記34℃での培養後に25℃で回復培養を行った際に菌が再増殖する特性、と記載することができる。
【0047】
工程1
本発明に係る方法は、収穫後のサツマイモ塊根の表面温度が緩やかな高温になるように処理する工程を、工程1として含む方法である。
当該工程1では、収穫後のサツマイモ塊根の表面温度が緩やかな高温となるように処理することで、サツマイモ軟腐病菌に含まれる低温腐敗活性菌を大幅に減少又は死滅させることが可能となる。ここで、「穏やかな高温」の処理としては、低温腐敗活性菌の高温耐性温度を上回り且つサツマイモ塊根への影響が少ない30℃代前半から40℃程度の温度にて、高温処理を行うことを要する。
【0048】
本発明の方法での処理を行う対象である農作物は、「収穫後のサツマイモ塊根」(収穫した後のサツマイモの塊根)である。
ここで、本発明の方法では、サツマイモ塊根の種類(系統・品種)としては、その塊根がサツマイモ軟腐病菌に感染して軟腐病の病徴が発現する種類(系統・品種)であれば、如何なる種類(系統・品種)のサツマイモ塊根をも対象とすることができる。
また、当該方法において、収穫した後から工程1を開始する時間としては、収穫作業後の洗浄や選別等の通常の作業を通常通りに行った後で開始すれば良いが、収穫後の塊根は傷を有している場合があり、表面に常在菌として存在する病害微生物の繁殖を抑制する観点から、可能な限り早く工程1を開始することが望ましい。例えば、収穫から14日以内、7日以内、5日以内、又は3日以内、にて工程1を開始することが望ましい。特には、収穫から2日以内、特には1日以内に工程1を開始することが望ましい。
【0049】
当該緩やかな高温処理の温度条件としては、R. koreanus KP8又はこれと同等の高温耐性を示す菌の生育が停止する30℃以上を挙げることもできるが、下記実験例3にてこれらの菌の死滅(少なくとも菌への深刻な損傷、菌量の減少)が確認された32℃以上の高温処理を好適に挙げることができる。この点、低温腐敗活性菌の大幅な減少をより確実に行うためには、好ましくは33℃以上、より好ましくは34℃以上での処理を挙げることができる。特に34℃以上の高温処理を行った場合、その菌が死滅をより好適に行うことが可能となる。
当該高温処理の上限温度としては、サツマイモ塊根への影響を少なくする観点から42℃以下の温度条件を挙げることができる。サツマイモ塊根への影響をより低減する観点では、好ましくは40℃以下、より好ましくは38℃以下、更に好ましくは37℃以下、特に好ましくは36℃以下を挙げることができる。
ここで、下記実験例3では30℃以上の処理でその菌叢の生育停止が確認され、32℃以上の処理でその死滅が確認されている。この点、R. koreanus KP8と同等の高温耐性菌が32℃以上に晒された場合、その菌体は致命的な損傷を受けていると認められる。この点、当該高温処理の処理時間としては、生育停止によって大幅に菌量の減少が生じると推定される1日以上の処理を行うことが好適と認められる(下記実験例4)。より好適には2日以上、更に好適には3日以上の処理を行うことが望ましい。特には、4日以上を行うことでその菌の死滅(少なくとも菌量の大幅な減少)をより好適に行うことが可能となる(下記実験例3)。
当該高温度処理の処理時間の上限としては、低温腐敗活性菌の減少が確保される処理時間であれば特に制限はないが、例えば、10日以内、8日以内、6日以内、又は4日以内を挙げることができる。なお、温度処理を40℃程度で行う場合では、サツマイモ塊根への影響が低いと考えられる4日以内、3日以内、2日以内、又は1.5日以内にて行うことも好適態様と認められる。
【0050】
なお、本発明の方法に係る当該緩やかな高温処理では、キュアリングに要する多湿条件を行うことは必須ではないが、従来のキュアリング(温度条件は30~33℃:例えば、特許文献1参照)のように多湿条件で行うことも可能である。ここで、「キュアリング」とは、収穫後のサツマイモ塊根の傷を治癒させるために塊根を高温多湿条件に保管する処理であるところ、表面微生物を死滅させることを目的とする処理ではない。一例としては、収穫後のサツマイモを30~33℃及び相対湿度90%以上で3日程度静置することによって、栽培地や収穫時についた傷にコルク層を形成させる(塊根内への病原菌侵入を防ぐ)ことを促す処理を挙げることができる。
本発明の方法に係る工程1は、キュアリングに要する多湿条件を行うことは必須ではないが、上記した低温腐敗活性菌を大幅に減少可能な温度範囲での処理であれば、サツマイモの傷を修復するためのキュアリングを兼ねて、多湿条件で当該処理を行うことも可能である。当該多湿条件としては、例えば、相対湿度90%以上、95%以上を挙げることができる。
なお、Rhizopus属の胞子形成は、多湿条件(特に相対湿度95%以上)ではその形成が活発になるとの報告がある(R. stoloniferに関する報告:非特許文献1)。この点、Rhizopus属の胞子形成を抑制する観点では、相対湿度90%以下、90%未満、85%以下、又は80%以下の条件にて工程1を行う態様が好適と認められる。
胞子形成の抑制とサツマイモ塊根への影響を総合的に勘案すると、一例としては、相対湿度50%以上~90%未満、50%以上~85%以下、50%以上~80%以下、60%以上~90%未満、60%以上~85%以下、又は60%以上~80%以下、等の範囲を好適に挙げることが可能である。
【0051】
なお、当該工程1の高温処理は、低温腐敗活性菌の大幅減少又は死滅を目的とする処理であるため、既知であった常温活性菌であるR. stoloniferやR. arrhizusを大幅減少又は死滅させること(農作物であるサツマイモへの影響が懸念される厳しい条件での殺菌処理を行うこと)までは、当該工程1では求めていない。これら既知の常温活性菌は、13℃程度の低温条件及び抗菌成分との併用によってその生育を停止又は抑制させることができるため、以下の工程2での保管又は輸送工程ではその腐敗活性は発揮されない。
【0052】
当該穏やかな高温処理を行う態様としては、温度条件等が上記条件を充足する限りは特に制限はなく、温度管理された倉庫や室内や貯蔵施設等で行うことが可能である。また、当該穏やかな高温処理を、温度管理された施設を備えた輸送手段(車両、鉄道、船、航空機等)内で行うことも可能である。
【0053】
工程2
本発明に係る方法は、前記工程1の後に揮発性天然抗菌成分を含む空間内で且つ低温条件にて前記サツマイモ塊根の保管又は流通を行う工程を、工程2として含む。
【0054】
当該工程2では、工程1にて塊根表面上に存在していた低温腐敗活性菌を大幅に減少又は死滅させた状態にした後、工程1を経た後のサツマイモ塊根を「低温条件」にて保管又は輸送を行う工程を含む。
当該工程2での低温条件での保管又は輸送は、上記工程1の緩やかな高温処理でそのまま生存している常温活性菌であるR. stolonifer及びR. arrhizusの活動(低温条件ではその増殖及び繁殖が著しく低下する特性を示す)を、抑制させるために必要な温度条件にて行われる。
これらの常温活性菌であるR. stolonifer及びR. arrhizusの増殖を緩慢にする又は抑制可能な温度としては、揮発性天然抗菌成分の助力があることを考慮して15℃以下を挙げることができる。この点、常温活性菌の活性を更に抑制するためには、より好ましくは14℃以下を挙げることができるが、サツマイモ塊根の萌芽、発根、及び皮の変色を抑制し、且つ、常温活性菌の増殖を更に抑制するためには、特に好ましくは13℃以下に設定することが望ましい。当該温度の下限としては、サツマイモ塊根への影響(低温障害)を少なくする観点から10℃以上、好ましくは11℃以上がより適切な条件とされるが、実際の輸送現場では4℃以上にて行うことも可能である。この点、当該工程2としては、4~15℃又は4~13℃での保管又は輸送が可能であり、塊根への影響をより少なくする観点では10~15℃(11~15℃)、10~13℃(11~13℃)での保管又は輸送が特に好適である。
【0055】
当該工程2の保管又は輸送工程において、塊根表面に存在するR. stolonifer及びR. arrhizusの活動を抑制するためには、低温条件での保管に加えて揮発性天然抗菌成分が存在する空間内で行うことが望ましい。
ここで、揮発性天然抗菌成分は、既に存在する常在菌を死滅させる用途の殺菌剤ではなく食品利用が可能な天然由来の抗菌成分であるところ、その抗菌作用によってカビの新たな増殖を「緩慢」にする又は「抑制」する効果を有する化合物である。この点、揮発性天然抗菌成分は、上記工程1の高温処理にて低温腐敗活性菌が多少残存していた場合であっても、その抗菌作用によって、低温条件でのその新たな増殖を緩慢にする又は抑制する効果が期待される。
【0056】
当該工程2で用いる「揮発性天然抗菌成分」としては、沸点が100~240℃程度で、炭素原子数が5~10個の化合物の天然化合物を挙げることができる。例えば、ヒノキチオール、オイゲノール、ゲラニオール、シトロネラール、シトロネロール、トランス-2-ヘキセナール、ネロール、又はアリルイソチオシアネート等を挙げることができる。特には、その抗菌作用の点から、ヒノキチオール、オイゲノール、又はアリルイソチオシアネートを用いることが好適である。また、これらから選ばれる1以上を用いる態様にてこれらの天然化合物を用いることも可能である。また、食品用途及びその使用実績等を考慮すると、特にヒノキチオールを用いることが好適である。
当該工程2で用いる揮発性天然抗菌成分は、サツマイモ塊根を含む空間内にその抗菌作用が発揮される濃度にて存在する又は充満した状態となるようにすることが望ましい。圧力条件は特に制限はなく、常圧での揮発態様が想定される。
その空間濃度としては、一例としては、当該工程2の保管又は輸送を行うサツマイモ塊根を含む空間内に1ppm以上、好ましくは10ppm以上の濃度となる条件を挙げることができる。また、特には、50ppm以上又は80ppm以上を好適に挙げることができる。上限としては、常圧での揮発態様では特に制限はないが、例えば、10000ppm以下、5000ppm以下、又は1000ppm以下、等を挙げることができるが、特に制限はない。
【0057】
なお、本発明者は、R. koreanus KP8系統のオイゲノールに対する感受性として、当該成分を揮発して含む空間に接することによって、そのコロニー生育が抑制される特性を示すことを実験にて確認した(実験例3参照)。この点、当該工程2でのオイゲノールの効果が担保される最少空間濃度としては、1ppm以上を挙げることができる。また、その抑制効果の観点では50ppm以上、特には54.7ppm以上を好適に挙げることもできる。
また、本発明者は、R. koreanus KP8系統のヒノキチオールに対する感受性として、当該成分を揮発して含む空間に接することによって、そのコロニー生育が抑制される特性を示すことを実験にて確認した(実験例3参照)。この点、当該工程2でのヒノキチオールの効果が担保される最少空間濃度としては、83ppm以上を挙げることもできる。また、その抑制効果の観点では、200ppm以上、特には219ppm以上を特に好適に挙げることもできる。
また、本発明者は、R. koreanus KP8系統のアリルイソチオシアネートに対する感受性として、当該成分を揮発して含む空間に接することによって、そのコロニー生育が抑制される特性を示すことを実験にて確認した(実験例3参照)。この点、当該工程2でのアリルイソチオシアネートの効果が担保される最少空間濃度としては、1ppm以上を挙げることができる。
【0058】
当該工程2の保管又は輸送工程において、揮発性抗菌成分が存在する空間の実現手段は特に制限はないが、揮発性抗菌成分の濃度を高く保つ観点では、小さい又は狭い空間であることが望ましい。また、気密性の高い空間や密封空間であることが望ましい。例えば、サツマイモ塊根が梱包された容器、袋、箱等の内部空間を、当該揮発性抗菌成分が存在する空間とすることが好適である。
揮発性抗菌成分を揮発及び拡散させる(空間中に混入させる)手段としては、特に制限はなく、一般的な手段や市販資材や市販製品等を用いて行うことが可能である。一例としては、揮発性抗菌成分を沁み込ませた又は充填した担体等の素材(合成樹脂、パルプ材、紙素材、布素材、等)を含んでなる資材、揮発性抗菌成分を液体として充填した容器等を、その空間内に配設(設置、置く、貼付け等)することが可能である。また、揮発性抗菌成分を含む気体をその空間内に直接送り込む(送風する)、液体を霧状にて噴霧する又は散布する等を行うことによって、揮発性抗菌成分が存在する空間を実現することも可能である。
【0059】
当該工程2の保管又は輸送工程を行う時間としては、所望の輸送手段や輸送距離に応じた時間(日数)にて行うことが可能である。
なお、本発明の方法は、既知の常温腐敗活性菌への対応に加えて、新規に発見された低温腐敗活性菌への十分な対応を施した方法であるため、半日程度の短時間から1年半程度の長い期間まで(一例としては、0.5日~18ヶ月、又は0.5日~12ヶ月など)の保管や輸送を、軟腐病の発症なく行うことが可能となる。特には、長時間での保管や輸送で効果が発揮されることが期待され、例えば、2週間~18ヶ月月(1ヶ月~18ヶ月)、又は2週間~12ヶ月(1ヶ月~12ヶ月)の長期間の保管や輸送に対して特に好適と認められる。
また、当該工程2の保管又は輸送工程を行う態様としては、温度条件及び揮発性天然抗菌成分に関する空間条件等が上記条件を充足する限りは特に制限はなく、温度管理された倉庫や室内や貯蔵施設等、また、温度管理された施設を備えた輸送手段(車両、鉄道、船、航空機等)の空間内にて行うことが可能である。
【0060】
当該工程2の保管又は輸送を行う工程は、上記工程1の後に行われる工程である。ここで、工程1の後に工程2を開始する時間的制限は、出荷作業等を行うために屋内環境にて塊根を管理する場合であれば7日以内、好ましくは5日以内、特に好ましくは3日以内にて、工程2を開始することが望ましい。特に、1日以内、12時間以内、又は6時間以内にて、工程2を開始することが望ましい。
なお、上記工程1を行った後に即座に工程2を行わない場合は、常温活性菌であるR. Stolonifer及びR. arrhizusの活動を緩やかにするために、工程2を開始するまでの間は通常の低温保管条件(揮発性抗菌成分を用いない低温保管:温度条件は上記した低温条件を参照可能)にて、サツマイモ塊根を保管することが望ましい。
【0061】
その他の工程
本発明に係る方法では、上記した工程1及び工程2以外にも、任意の工程を含む方法とすることが可能である。
【0062】
ここで、本発明の方法では、上記工程1によって、通常では常在菌として存在するはずの低温腐敗活動菌を大幅に減少又は死滅させることが可能となる。そのため、上記工程2の揮発性天然抗菌成分が存在する空間からサツマイモを移動させてその後の「通常の低温保管又は輸送」に移行した際でも、サツマイモ塊根の鮮度保持を実現することが可能となる。
即ち、本発明に係る方法では、その一態様として、工程2を行った後に通常の低温保管又は輸送を行う工程を、工程3として含む態様とすることが可能となる。
ここで、当該通常の低温保管又は輸送としては、上記のような揮発性天然抗菌成分を用いない条件でのあらゆる低温条件での保管又は輸送を含む。保管や輸送の態様としては、特に制限はなく、温度管理された倉庫や室内や貯蔵施設での保管、温度管理された設備を備えた輸送手段(車両、鉄道、船、航空機等)での輸送、等で行うことができる。
なお、工程3の低温条件としては、上記工程2での温度帯(揮発性抗菌成分を用いない低温保管:温度条件は上記した低温条件を参照可能)を採用することができる。この点、当該工程3としては、4~15℃又は4~13℃での保管又は輸送が可能であり、塊根への影響をより少なくする観点では10~15℃(11~15℃)、10~13℃(11~13℃)での保管又は輸送が特に好適である。
【0063】
また、本発明の方法では、任意工程として、塊根の洗浄、消毒、梱包、包装等を行う工程を含む態様とすることも可能である。これらの任意工程は、工程2(又は上記した工程3)の後に行うこと可能であるが、工程1の前工程として行うことも可能である。また、工程1と工程2の時間的順序を充足する限りは、任意工程(塊根の洗浄、消毒、梱包、包装等)を工程1と工程2の間に行うことも可能である。
【0064】
3.新規サツマイモ軟腐病菌及びその利用
本発明には、上記新規に分離された低温腐敗活性を示すサツマイモ軟腐病菌およびその低温腐敗活性に関する菌学的特性を利用した各種応用発明が含まれる。
【0065】
低温腐敗活性を示すサツマイモ軟腐病菌
上記にて分離されたR. koreanus KP8系統は、強い低温腐敗活性、即ち13℃の低温にてサツマイモを激しく腐敗させる活性を備える。当該系統の強い低温腐敗活性は、下記の実験例にてペクチンを単一炭素源とする培地での低温での増殖性及び繁殖性(低温ペクチン資化性)、及び、低温でのペクチンを効率的に分解する活性(低温ペクチン分解活性)、に裏付けられた活性であり、栽培及び収穫後に圃場(土壌表面、土壌中)に残存したサツマイモ残渣等の農作物残渣を、低温にて効率的に分解可能な活性となる。この点、R. koreanus KP8系統に属する菌は、低温でのバイオマス分解土壌微生物として有効利用が可能な菌と認められる。
この点、本発明に係る低温腐敗活性を示すサツマイモ軟腐病菌としては、(3-1)R. koreanus KP8系統(NITE P-03817)に属する菌、及び/又は、(3-2)R. koreanusに由来する菌であって、KP8系統と同程度以上に低温腐敗活性(低温ペクチン分解活性)に関する特性を有する菌、を挙げることができる。
【0066】
(Rhizopus koreanus KP8系統)
本発明は、(3-1)低温腐敗活性を示すサツマイモ軟腐病菌であるR. koreanus KP8系統(NITE P-03817)に属する菌に関する発明を含む。この点、本発明は、低温でのペクチン分解性を示すR. koreanus KP8系統(NITE P-03817)に属する菌に関する発明と記載することも可能である。本出願に先立って、R. koreanus KP8系統は特許微生物寄託センターに寄託され「NITE AP-03817」の受領番号が付与された。当該KP8系統は、同センターにて生存確認がされた。同機関からの受託証の発行に伴って付与された受託番号は、「NITE P-03817」である。なお、本明細書中では、「KP8」を「KP-8」や「KP_8」等と表記することも可能である。
ここで、「R. koreanus KP8系統に属する菌」としては、上記段落2.で説明したR. koreanus KP8系統に関する説明を引用又は参照して記載することができる。また、上記菌学的特性が完全に一致する菌(遺伝子配列が完全一致する特性を含む)は、当該系統と同一系統に属する菌に該当する。この点、野外や農作物から分離される菌(又は既に分離された菌)に関しても、当該条件を充足するものに関しては、R. koreanus KP8系統に属する菌として分類上扱うことが可能である。
【0067】
R. koreanus KP8系統が備える菌学的特性としては、上記段落2.に記載した(A)低温腐敗活性に関する特性、(B)高温耐性に関する特性、(C)揮発性天然抗菌成分の反応特性、(D)遺伝子分類マーカーに関する特性(28SrDNA D1/D2領域)、(E)遺伝子分類マーカーに関する特性(ITS領域)、及び(F)形態に関する特性、に記載の菌学的特性によって、当該系統を特徴づけることが可能である。
【0068】
ここで、R. koreanus KP8系統が備える菌学的特性としては、その低温でのペクチン分解活性に関する(A)低温腐敗活性に関する特性(13℃での塊根腐敗活性)を、当該系統に特徴的な特性として挙げることができる。また、R. koreanus KP8系統が備える菌学的特性としては、その低温生育温度帯に関する(B)高温耐性に関する特性を、当該系統に特徴的な特性として挙げることができる。
【0069】
ここで、R. koreanus KP8系統が備える菌学的特性としては、上記(A)に係る特性を別の観点(ペクチンを単一炭素源とする培地での生育試験)から調べた特性として、更に下記(G)及び(H)に示すペクチン資化性に関する特性を特徴的な性質として挙げることができる。
(G)ペクチン資化性に関する特性: ポリガラクツロン酸を単一炭素源とする寒天プレート培地上で低温13℃にて5日培養した際に、同条件にて生育したR. stolonifer及びR. arrhizusよりも大きな菌叢を形成する特性。
(H)ペクチン資化性に関する特性: ポリガラクツロン酸を単一炭素源とする寒天プレート培地上で低温13℃にて5日培養した際に、同条件にて生育したR. arrhizusよりもその菌叢全体で多数の胞子嚢を形成する特性。
【0070】
R. koreanus KP8系統が備える菌学的特性として、(G)及び(H)に記載の特性は、ペクチンの一種であるポリガラクツロン酸を単一炭素源とする培地にて低温13℃にて培養した際に、菌の生育及び繁殖が活発で生育環境中のペクチンを分解資化する活性が高いことを示す特性である。
ここで、(G)の特性をより具体的に記載すると、実験例4(1)に記載の手順にてポリガラクツロン酸を単一炭素源とする寒天プレート培地上で低温13℃にて5日培養した際に、同条件にて生育したR. stolonifer及びR. arrhizusよりも大きな菌叢を形成する特性、と記載することができる。
また、(H)の特性をより具体的に記載すると、実験例4(2)に記載の手順にてポリガラクツロン酸を単一炭素源とする寒天プレート培地上で低温13℃にて5日培養した際に、同条件にて生育したR. arrhizusよりもその菌叢全体で多くの胞子嚢を形成する特性、と記載することができる。
【0071】
また、上記(A)に係る特性を別の観点から調べた特性として、更に下記(I)に示すペクチン低温分解活性に関する特性を特徴的な性質として挙げることができる。
(I)低温ペクチン分解活性に関する特性: ペクチン及び澱粉を含む植物体破砕物を栄養源として低温13℃で培養した際に、同条件で培養したR. stolonifer及びRhizopus arrhizusよりもペクチン分解物であるガラクツロン酸を多く産生する特性。
ここで、R. koreanus KP8系統が備える菌学的特性として、(I)に記載の特性は、澱粉及びペクチンを含む植物体残渣が存在する環境において低温で生育した際に、他のサツマイモ軟腐病菌(R. stolonifer及びRhizopus arrhizus)とは異なり低温にてペクチンを効率的に分解する活性を有することを示す特性である。
この点、(I)の特性をより具体的に記載すると、実験例5(1)に記載の手順にてジャガイモ破砕物を栄養源として低温13℃にて14日間培養した際に、同条件で培養したR. stolonifer及びRhizopus arrhizusよりもペクチン分解物であるガラクツロン酸を多く(より具体的には2倍以上多く)産生する特性、と記載することができる。また、別の表現をすると、実験例5(1)に記載の手順にてジャガイモ破砕物を栄養源として低温13℃にて14日間培養した際に、同条件で培養したR. stolonifer及びRhizopus arrhizusよりもペクチン分解物であるガラクツロン酸の産生量が多い(より具体的には2倍以上多い)特性、と記載することもできる。
【0072】
また、上記(A)に係る特性を別の観点から調べた特性として、更に下記(J)に示すペクチン低温分解活性に関する特性を特徴的な性質として挙げることができる。
(J)低温ペクチン分解活性に関する特性: ペクチン及び澱粉を含む植物体破砕物を栄養源として低温13℃で培養した際に、澱粉分解物であるグルコースよりもペクチン分解物であるガラクツロン酸を多く産生する特性。
この点、(J)の特性をより具体的に記載すると、実験例5(1)に記載の手順にてジャガイモ破砕物を栄養源として低温13℃にて14日間培養した際に、澱粉分解物であるグルコースよりもペクチン分解物であるガラクツロン酸を多く産生(より具体的には1.2倍以上多く産生)する特性、と記載することができる。また、別の表現をすると、実験例5(1)に記載の手順にてジャガイモ破砕物を栄養源として低温13℃にて14日間培養した際に、澱粉分解物であるグルコースの産生量よりもペクチン分解物であるガラクツロン酸の産生量が多い(より具体的には1.2倍以上多い)特性、と記載することができる。
【0073】
ここで、上記した(G)~(J)に係る特性に関して、各特性の比較対象(対照)として記載されたR. stolonifer及び/又はR. arrhizusに属する菌としてより具体的には、実験例1の表1及び表2に示された系統の菌を挙げることができる。これらの系統は「農業生物資源ジーンバンク」(※国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構が運営する農業分野に係る遺伝資源に関する特性評価、保存、配布および情報公開を行う保存機関: https://www.gene.affrc.go.jp)にてMAFF番号が付されて保存されている系統である。
ここで、実験例1の表1及び表2に示された系統(実験例4又は5に記載されたR. stolonifer MAFF 305786、R. arrhizus MAFF 238040、R. arrhizus MAFF 239882も含まれる)は、いずれも低温13℃において同程度に腐敗活性が弱い又は腐敗活性を示さない系統であることが確認されている系統であり、いずれもペクチン資化性及びペクチン分解活性が同程度に弱い系統であると認められる。
また、更に具体的な当該比較対象(対照)としてのR. stolonifer及び/又はR. arrhizusに属する菌としては、実験例4又は5に記載されたR. stolonifer MAFF 305786、R. arrhizus MAFF 238040、R. arrhizus MAFF 239882、等を挙げることができる。
【0074】
更に、R. koreanus KP8系統は、上記(A)~(J)以外にも、下記実験例2~5に詳細に記載されている菌学的特性によって当該系統を特徴づけることも可能である。
【0075】
(KP8系統に由来する系統)
本発明に係る低温腐敗活性を示すサツマイモ軟腐病菌としては、R. koreanus KP8(NITE P-03817)に由来する系統についても上記した菌学的性質を保持する菌に関しては、本発明に係るサツマイモ軟腐病菌として用いることが可能である。
即ち、本発明は、(3-2)低温腐敗活性を示すサツマイモ軟腐病菌であるR. koreanus KP8系統(NITE P-03817)に由来する系統に属する菌に関する発明を含む。この点、本発明には、低温でのペクチン分解性を示すR. koreanus KP8系統(NITE P-03817)に由来する系統に属する菌に関する発明が含まれる。
【0076】
ここで、R. koreanus KP8に「由来」する系統とは、R. koreanus KP8を用いて作出された又はこれから派生した菌系統を挙げることができる。即ち、R. koreanus KP8を祖先系統として生じた又は作出された、その後の全ての世代の菌系統(子孫系統)が含まれる。また、R. koreanus KP8を変異元の系統として生じた又は作出された派生系統(変異系統)が含まれる。
具体的には、R. koreanus KP8に由来する系統としては、i)R. koreanus KP8の変異体株を挙げることができる。変異体株(変異系統)としては、継代培養からの変異体だけでなく人為的な変異処理を行って得られた菌株(系統)を挙げることができる。変異導入及びスクリーニング手法としては定法にて行うことが可能である。
ii)また、R. koreanus KP8に由来する系統としては、R. koreanus KP8に他の遺伝子を導入した遺伝子導入体や形質転換体を挙げることができる。ここで、外来遺伝子導入の手法としては公知技術又は新規技術に係る手法を特に制限なく挙げることができる。
iii)更にR. koreanus KP8に由来する系統としては、R. koreanus KP8を形質供与体である親株として用いた交配と選抜を行って得られた子孫系統の菌株を挙げることができる。他方の交配親として所望の有用形質を有する菌株を用いた場合、得られた子孫系統の菌株では上記低温腐敗活性に関する菌学的性質に加えて所望の有用形質を備えた新規菌株を得ることが可能となる。
iv)また、R. koreanus KP8に由来する菌系統としては、上記 i)~iii)の作出操作の繰り返し及び/又はその組み合わせによって生じた全ての系統(子孫系統、変異系統等)が含まれる。即ち、上記 i)~iii)のいずれかを祖先系統や変異元系統として生じた又は作出された、その後の全ての世代又は段階の派生系統(子孫系統、変異系統等)が含まれる。
【0077】
本発明に係る低温腐敗活性を示すサツマイモ軟腐病菌としては、R. koreanus KP8に由来する系統のうち、上記した低温腐敗活性及び生育温度帯に関する特性に関する特徴的な菌学的性質を保持している系統の菌株であれば、本発明に係る低温腐敗活性を示すサツマイモ軟腐病菌としての機能が担保された系統(菌株)として好適に用いることができる。
具体的には、多少の菌学的性質に変化を生じたものであっても、少なくとも上記に記載した(A)低温腐敗活性に関する特性(13℃での強い塊根腐敗活性)及び(B)高温耐性に関する特性(低温で生育が好適な特性)を備えた系統(菌株)であれば、本発明に係るサツマイモ軟腐病菌としての機能が担保された系統(菌株)として用いることができる。
また、(A)に関する低温腐敗活性を別の観点から見た特性として、(G)ペクチン資化性に関する特性(ペクチン単一炭素源での低温菌叢生育)及び/又は(H)ペクチン資化性に関する特性(ペクチン単一炭素源での低温胞子形成)を備えた系統(菌株)に関して、本発明に係るサツマイモ軟腐病菌としての機能が担保された系統(菌株)として好適に用いることができる。
また、(A)の特性に関する低温腐敗活性を別の観点から見た特性として、(I)及び/又は(J)に関する低温分解活性(13℃での高いペクチン分解活性)を備えた系統(菌株)に関して、本発明に係るサツマイモ軟腐病菌としての機能が担保された系統(菌株)として好適に用いることができる。
【0078】
なお、R. koreanus KP8に由来する系統としては、その分類上の位置を示す遺伝子配列(遺伝子分類マーカー)の特性(28SrDNA D1/D2領域の塩基配列)に関しては、必ずしもKP8系統の28SrDNA D1/D2領域と完全一致した塩基配列であることまでは要さず、上記(D’)に示したKP8系統の28SrDNA D1/D2領域と99.85%以上の配列同一性を示す塩基配列を有する系統(より具体的には配列番号1に記載の塩基配列に対して変異数が1以下の系統)に関しても、当該系統(菌株)とすることが可能である。
ここで、上記KP8系統の28SrDNA D1/D2領域に含まれる配列番号1に示す塩基配列は、R. koreanus EML-HO95-1系統のその対応する塩基配列と比較した場合、99.56%の配列同一性を示す。この点、その分類上の位置を示す(D’)の特性に関しては、KP8に対して変異等の蓄積や同種内交配が進んだとしても、KP8の28SrDNA D1/D2領域を示す配列番号1を示す塩基配列との配列同一性が99.85%以上(より具体的には配列番号1に記載の塩基配列に対して変異数が1以下)を示す系統については、上記KP8系統と極めて近い分類上の位置にある系統として扱うことが可能である。
また、R. koreanusに由来する系統としては、その分類上の位置を示す遺伝子配列の特性(28SrDNA D1/D2領域の塩基配列)に関して、KP8系統の特性として記載した上記(D)に示したKP8系統の28SrDNA D1/D2領域と100%の同一性を示す(完全一致する)塩基配列を有する系統を、好適にその対象とすることができる。当該系統(28SrDNA D1/D2領域が一致する菌が属する系統)は、上記KP8系統と極めて近い又は実質的に同じ分類上の位置にある系統として扱うことが可能となる。
【0079】
更に、R. koreanusに由来する系統としては、その分類上の位置を示す遺伝子配列の特性(ITS領域の塩基配列)に関して、上記(E’)に示したKP8系統のITS領域と99.86%以上の配列同一性を示す塩基配列を有する系統(より具体的には配列番号2に記載の塩基配列に対して変異数が1以下の系統)に関しても、当該系統(菌株)とすることが可能である。
また、R. koreanusに由来する系統としては、その分類上の位置を示す遺伝子配列の特性(ITS領域の塩基配列)に関して、KP8系統の特性として記載した上記(E)に示したKP8系統と100%の同一性を示す(完全一致する)塩基配列を有する系統を、好適にその対象とすることができる。
当該ITS領域は、その機能的制約が低く塩基配列の分子進化速度が速い領域であるため、同種の異系統の間であっても変異が見られる領域である。この点、当該系統(ITS領域がほぼ一致する又は完全一致する菌が属する系統)は、上記KP8系統と実質的に同じ又は同じ分類上の位置にある系統として扱うことが可能となる。
【0080】
また、R. koreanusに由来する系統としては、その菌の形態的特性に関して、KP8系統の特性として記載した上記(F)に示したKP8系統と同一の形態的特性を示す系統を、好適にその対象とすることができる。当該菌が示す形態的特性は、当該菌が属する系統が上記KP8系統と同じ分類上の位置にあることを更に支持する菌学的特性を示す。
また、R. koreanusに由来する系統としては、上記した特性以外にも、上記した(C)揮発性天然抗菌成分への反応特性を有する系統として、当該系統を特徴づけることも可能である。更に、下記実験例2~5に詳細に記載されている菌学的特性によって当該系統を特徴づけることも可能である。
【0081】
各種利用発明
本発明に係る低温腐敗活性を示すサツマイモ軟腐病菌は、その低温でのペクチンを含む植物体残渣に対する優れた腐敗活性(低温ペクチン分解活性)を利用することで、低温ペクチン分解用組成物として有効に用いることが可能となる。即ち、本発明には、サツマイモ軟腐病菌の生菌及び/又は胞子を含む、低温にてペクチンを含む植物体を分解するための組成物、に関する発明が含まれる。この点、本発明には、低温にてペクチンを分解するための組成物に関する発明が含まれる。
【0082】
この点、本発明には、上記した低温腐敗活性を示すサツマイモ軟腐病菌を含むことを特徴とする低温土壌でのペクチンを含む植物体を分解するための組成物(又は、土壌改良用組成物、土壌改良剤)に関する発明が含まれる。
本発明に係るペクチン分解用組成物は、上記した低温腐敗活性を示すサツマイモ軟腐病菌を、その有効成分である土壌分解微生物として用いる発明である。当該組成物は、通常の土壌分解微生物が活動できない地温が低い冬季や寒冷地であっても、収穫後に圃場(土壌表面、土壌中)に残存するペクチンを含む植物体残渣を効率的に分解することを可能とする。当該土壌改良用組成物を収穫後の冬季の土壌で用いることで、当該植物体残渣を栄養として増える他の病害微生物の発生を抑制することが可能となる。なお、サツマイモ軟腐病菌は、収穫した後の農作物の腐敗に関わる常在菌であるため、生育中の健全な植物体(より具体的にはサツマイモ植物体)には影響を及ぼさない。
本発明に係るペクチン分解用組成物が分解可能な対象としては、ペクチンを含む植物体残渣を挙げることができる。特にはペクチンを多く含む農作物残渣を挙げることができる。ここで、農作物残渣(より具体的にはサツマイモ残渣等)としては、規格外で放置された農作物、傷がついて放置された農作物、収穫部位以外で放置された農作物の植物体、等の収穫された農作物以外の全て植物体部位を挙げることができる。
【0083】
本発明に係るペクチン分解用組成物は、上記した低温腐敗活性を示すサツマイモ軟腐病菌の活性温度帯である15℃以下、好ましくは14℃以下、特に好ましくは13℃以下で用いることが可能である。下限としては0℃以上を挙げることができるが、ペクチン分解活性が発揮される5℃以上を挙げることができるが、効率的なペクチン分解の観点で好ましくは8℃以上、より好ましくは10℃以上をより好適に挙げることができる。この点、当該範囲の一例としては、0~15℃、5~15℃、5~13℃、10~15℃、又は10~13℃、等を挙げることができる。
当該組成物の形態としては、低温腐敗活性を示すサツマイモ軟腐病菌を生菌又は胞子(生菌及び/又は胞子)の状態で含有する組成物である。また、投与形態としては土壌環境への野外での直接投与での利用態様が可能である。例えば、土壌への散布、注入、噴霧、添加、混合、埋め込み、埋土等を挙げることができる。
当該組成物としては、固形状の組成物形態又は剤形態とすることも可能である。ここで固形状の形態としては、例えば、木片、おがくず、チップ状片、穀類種子、寒天培地、スポンジ、ロックウール、培土等を支持体にして上記菌株を接種培養したもの又は胞子を含むものを用いることができる。また、当該組成物としては液体状の組成物形態とすることも可能である。例えば、液体アンプル、濃縮液、増粘剤を付与した液体、グリセロールストック状の液体等を挙げることができる。また、ゲル化剤に添加して寒天培地中に封入した形態、アルギニンペレット状にして固化した形態、液体アンプルをカプセルに封入した形態等に加工を行った場合は固形状形態として用いることも可能である。
【0084】
更に、本発明に係る低温腐敗活性を示すサツマイモ軟腐病菌は、その低温でのペクチンを含む植物体残渣に対する優れた腐敗活性(低温ペクチン分解活性)を利用することで、低温用サイレージ調製用組成物として有効に用いることも可能となる。
当該サイレージ調製用組成物としては、上記した低温腐敗活性を示すサツマイモ軟腐病菌を、その有効成分であるペクチン分解及び乳酸発酵微生物として用いる発明である。当該組成物は、通常のサイレージ調製生物が活動できない気温が低い冬季であっても、ペクチンを含むバイオマス(牧草、トウモロコシ残渣、ジャガイモ澱粉の搾り滓、等)を効率的に分解して乳酸発酵を行うことを可能とする。当該サイレージ調製用組成物を冬季のサイロ等で用いることで、低温にて効率良くサイレージ調製を行うことが可能となる。
【0085】
本発明に係るサイレージ調製用組成物は、上記した低温腐敗活性を示すサツマイモ軟腐病菌の活性温度帯である15℃以下、好ましくは14℃以下、特に好ましくは13℃以下で用いることが可能である。下限としては0℃以上を挙げることができるが、ペクチン分解活性が発揮される5℃以上を挙げることができるが、効率的なペクチン分解の観点で好ましくは8℃以上、より好ましくは10℃以上をより好適に挙げることができる。この点、当該範囲の一例としては、0~15℃、5~15℃、5~13℃、10~15℃、又は10~13℃、等を挙げることができる。
当該組成物の形態としては、上記土壌改良組成物と同様の態様を採用することが可能である。また、当該組成物の投与態様としては、上記したペクチンを含むバイオマス(飼料作物等)へ散布、注入、噴霧、添加、混合、埋め込み、などを行うこと等、上記土壌改良組成物と同様の態様を採用することが可能である。また、その他の態様に関しても、上記した土壌改良組成物の段落に記載した内容と同様の内容を採用することが可能である。
【0086】
また、本発明に係る低温腐敗活性を示すサツマイモ軟腐病菌は、その低温でのペクチンを含む植物体に対する優れた腐敗活性(低温ペクチン分解活性)を利用することで、低温でのペクチン分解を必要とする各種製品を製造するためのペクチン分解用組成物として利用することも可能である。
当該使用態様の例としては、特に制限はないが、低温にて原料のペクチンを選択的に分解することを要する技術分野(例えば、ワインやジュースの製造等)において使用することも可能である。
また、当該使用態様としては、上記土壌改良組成物と同様の態様を採用することが可能である。また、当該組成物の使用態様としては、上記土壌改良組成物と同様の温度条件を採用することが可能である。また、当該組成物の投与態様としては、各種原料への散布、注入、噴霧、添加、混合、埋め込み、などを行うこと等、上記土壌改良組成物と同様の態様を採用することが可能である。また、その他の態様に関しても、上記した土壌改良組成物の段落に記載した内容と同様の内容を採用することが可能である。
【0087】
更に、本発明としては、上記した各種の低温ペクチン分解用組成物に関して、当該組成物を用いることを特徴とする低温にてペクチンを含む植物体を分解するための方法に関する発明が含まれる。この点、本発明には、低温にてペクチンを分解するための方法に関する発明が含まれる。
当該方法に含まれる工程としては、上記した各種組成物の段落に記載した内容と同様の内容を、当該方法の工程として採用することが可能である。また、温度条件としては、上記した各種組成物の段落に記載した温度条件を採用することが可能である。また、当該方法の工程に関して、当該組成物の投与態様としては、各種対象への散布、注入、噴霧、添加、混合、埋め込み、埋土などを行うこと等、上記した各種組成物の段落に記載した態様と同様の態様を工程として採用することが可能である。また、その他の工程に関しても、上記した各種組成物の段落に記載した内容と同様の内容を工程として採用することが可能である。
【実施例0088】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明の範囲はこれらにより限定されるものではない。
【0089】
[実験例1] Rhizopus属に対する低温軟腐症状発症試験
様々な分離源に由来するRhizopus属に属する微生物に関して、サツマイモ塊根に接種して低温13℃にて保管した場合の軟腐症状の発生を確認した。
【0090】
(1)低温でのサツマイモ軟腐症状の発症試験
本出願人(農研機構)が保有するRhizopus属の各種(R. stolonifer、R. arrhizus、R. microsporus)について、サツマイモ塊根に接種して低温保管した場合の影響を調べた。なお、R. microsporusは、サツマイモ軟腐病菌として報告されている菌種ではないが、Rhizopus属の菌株として保有していたため併せて調査に用いた。
1%次亜塩素酸ナトリウム水溶液にサツマイモ塊根を丸ごと浸漬してその表面を消毒した。打撲によってサツマイモ表面に傷をつけ、PDA寒天培地上で4日間培養して表面に菌叢が繁殖した培地片(下記実験例2(2)と同様に準備したもの)を傷面に貼り付けた。また、別の表面部分には同面積の菌叢を含まない培地片のみを傷面に貼り付けた。13℃にて暗黒下及び多湿条件で1日処理した。
上記培地片を剥離した後、下記表の温度にて暗黒下で6日間静置することで菌を繁殖させて塊根の状態を観察した。結果を表1,2に示した。
その結果、13℃(低温)接種保管試験を行った場合、本出願人(農研機構)が保有するR. arrhizus及びR. microsporusには、サツマイモ塊根に軟腐症状の発症が確認されなかった。また、R. stoloniferの一部の系統で弱い症状が確認(接種部付近に綿網状の菌糸が表層及びその直下にのみ確認)されたが、軟腐病の病徴を強く発現する系統は見られなかった。
当該結果は、低温保管中のサツマイモ塊根に軟腐病の病徴を強く発現する原因微生物として、これまで知られていない未知の病原性微生物の存在を示唆する結果と認められた。
【0091】
【0092】
【0093】
[実験例2] サツマイモ軟腐病を引き起こす新規原因微生物の単離と同定
低温下でサツマイモ軟腐病の病徴を発現しているサツマイモ塊根から未知の原因微生物の単離と同定を行った。
【0094】
(1)R. koreanusに属する新規菌株の単離と同定
2021年に入手したサツマイモ塊根(ベニサツマ、ベニハルカ)を13℃で2週間保存した後、更に25℃で2週間保存し、軟腐症状を示した塊根に増殖していた微生物をPDA寒天培地上にて培養して単一菌叢のコロニーを多数分離した。
既報のR. stoloniferやR. arrhizusの特異的プライマーではPCR増幅が起こらないコロニーを選抜して分離系統を得、28SrDNA D1/D2領域(分類マーカーとして使用可能な配列領域)をPCR増幅してDNAシーケンサーにて塩基配列を決定した。当該分離系統(KP8系統)の28SrDNA D1/D2領域に含まれる塩基配列を配列番号1に示した。
【0095】
その結果、当該分離系統(KP8系統)の28SrDNA D1/D2領域の塩基配列(配列番号1)は、既存の軟腐病菌として知られていたR. stoloniferの対応領域(DQ273817)とは94.92%の配列同一性を示したに過ぎないところ、これまでサツマイモ軟腐病菌としては知られていなかったR. koreanus(EML-HO95-1系統:分離源カキ(柿))の対応領域(NG_075205)とは99.56%の高い配列同一性を示した。当該塩基配列と既存のRhizopus属の各種の対応配列を用いて系統解析を行ったところ、当該分離系統(KP8系統)は、R. koreanus(EML-HO95-1系統)とブートストラップ値100%の信頼性で同じクレードを形成することが示された(
図1参照)。
また、当該分離系統(KP8系統)のITS領域に含まれる塩基配列(配列番号2)を決定し、同様にして系統解析を行った場合でも、当該分離系統(KP8系統)はR. koreanus(EML-HO95-1系統)とブートストラップ値100%の信頼性で同じクレードを形成することが確認された。
【0096】
また、上記PDF寒天培地上の培養中に観察されたKP8系統の形態特性を、既存のR. koreanus(EML-HO95-1)と比較して下記表3に示した。
その結果、常温(23~25℃)での菌叢生育状態、菌叢の色調、胞子嚢の形態、柱軸の形態、胞子嚢胞子の形態等は、両者で近似する特徴を示すことが明らかなった。当該KP8系統に関する各項目の状態を撮影した写真像を
図2に示した。
【0097】
以上の結果から、低温下でサツマイモ軟腐病の病徴を発現しているサツマイモ塊根から分離された菌は、R. koreanusに属し且つ既存系統(EML-HO95-1)とは異なる「新規系統」に属する菌と認められた。当該分離系統を「R. koreanus KP8系統」とした。
【0098】
【0099】
(2)R. koreanusに属する新規菌株の病原性の確認及びその温度特性
1%次亜塩素酸ナトリウム水溶液にサツマイモ塊根を丸ごと浸漬してその表面を消毒した。打撲によってサツマイモ表面に傷をつけ、R. koreanus KP8をPDA寒天培地上で4日間培養して表面に菌叢が繁殖した培地片(菌叢片: 面積 28.6mm
2、菌重量 0.064g(湿重))を傷面に貼り付けた。また、別の表面部分には同面積の菌叢を含まない培地片のみを傷面に貼り付けた。その後、低温13℃にて暗黒下及び多湿条件で1日処理した。
上記培地片を剥離した後、低温13℃にて暗黒下で6日間静置することで菌を繁殖させて塊根の状態を観察した。結果を表4及び
図3に示した。
【0100】
その結果、R. koreanus KP8を人為接種したサツマイモ塊根では、低温13℃にて培養した場合であっても、綿網状の菌糸、軟腐症状、アルコール臭等のサツマイモ軟腐病の病徴を示すことが確認された。その後、当該塊根で繁殖した菌叢を再分離してPDA寒天培地上で培養し、DNA抽出を行って28SrDNA D1/D2領域の塩基配列を解読したところ、再分離にて得られた塩基配列は、上記実験例2(1)で決定したR. koreanus KP8の塩基配列と一致することが確認された。
以上の結果から、R. koreanusがサツマイモ軟腐病を引き起こす新規の原因微生物であることが示された。
【0101】
ここで、R. koreanus KP8が示した低温腐敗活性に関して、詳細には、低温13℃での保管試験に供した2個(及びその後の再現性試験)の全てのサツマイモ塊根において、サツマイモ塊根の全体に綿網状の菌糸が広がってその表層から深部までが幅広く腐敗した。当該低温でのR. koreanus KP8が引き起こすサツマイモ軟腐病の病徴は、当該試験に供した全てのサツマイモ塊根に関して塊根の半分から全体に渡って広く確認され、低温下にて激しい腐敗病徴を発揮するサツマイモ軟腐病菌であることが明らかになった。
また、R. koreanus KP8系統に関して、常温25℃で保管を行ったことを除いては上記と同様の手順にてサツマイモ塊根への接種試験を行ったところ、常温25℃保管でもサツマイモ腐敗活性が確認されたが、接種部分付近を中心に塊根の一部が腐敗する腐敗活性を示したのみであった。
【0102】
以上の点、当該サツマイモ塊根への腐敗活性は、これまでサツマイモ軟腐病の原因微生物として知られていた実験例1に記載のR. stoloniferやR. arrhizusとは異なる温度特性を示し、「低温保管のみ」ではサツマイモ軟腐病を完全に防除できないことを裏付ける結果であった。
この点、サツマイモ塊根の保管及び輸送中のサツマイモ塊根の軟腐病の発生を抑えるためには、R. koreanusが示す低温での強い腐敗活性を抑制する手段が必要であることが明らかになった。
【0103】
【0104】
(3)反復試験
上記と同様の手順にて、低温でサツマイモ軟腐病の病徴を発現しているサツマイモ塊根からの低温腐敗活性菌の単離の反復試験を行った。
その結果、低温下でサツマイモ軟腐病の病徴を発現しているサツマイモ塊根からR. koreanusに属する菌株が2系統分離された。これらの菌株の28SrDNA D1/D2領域に含まれる塩基配列は、KP8系統と完全一致(同一性100%)を示し、KP8系統と同様に13℃の低温での高いサツマイモ腐敗活性を示した。なお、一連の分離試験からは他の低温活性菌の存在は確認されなかった。
以上の知見から、貯蔵病害として問題となるサツマイモ軟腐病に関する低温での腐敗は、R. koreanus KP8又はこれと実質的に同じ系統の菌(R. koreanus KP8と同様の遺伝的特性を有する菌)によって発揮される特性であると推定された。
【0105】
[実験例3] 塊根保管における軟腐病菌の病徴発現の抑制手段の検討
低温下で激しい腐敗活性を示すR. koreanus KP8に対して、その発現を抑制する手段を検討した。
【0106】
(1)揮発性天然抗菌成分の有効性試験
シャーレ(内径9cm、高さ2cm)の蓋の内側に、揮発性を有する天然抗菌成分(オイゲノール又はヒノキチオール)を含む除放性フィルム(特許文献3参照)を貼り付け、揮発性天然抗菌成分がその内部に少しずつ供給される保存空間を準備した。
ここに、シャーレ皿の底にコルクボールで打ち抜いたサツマイモの小片(直径20mm、厚さ10mmのディスク状小片)を置き(
図4参照)、そこに2×10
5個/mLのR. koreanus KP8の胞子を含む胞子懸濁液30μLを接種した。
低温保管を想定した13℃で7日間の培養後、外観での病徴発現を観察した。また、リアルタイムPCR法を用いてDNA量を定量し、イモDNA(1ng)あたりに換算した相対的な菌DNA量を、菌体量を示す値として算出した。
なお、陽性対照区(PC)として、上記抗菌成分を含む徐放性フィルムを貼り付けないシャーレの蓋を用いて、同様の試験を行った。また、陰性対照区(NC)としては、胞子懸濁液を接種しない条件にて、同様の試験を行った。なお、試験は3反復にて行って菌体量の測定値はその平均値として算出した。菌体量の測定結果を表5及び
図5に示した。
【0107】
その結果、揮発性天然抗菌成分(オイゲノール又はヒノキチオール)を含む空間内にサツマイモの小片を静置した場合、菌の増殖自体は確認されたものの13℃にて激しい増殖活性を示すR. koreanus KP8の増殖活性が緩慢になっていることが示された。その菌体量は、揮発性天然抗菌成分を含まない陽性対照区での7日間の増殖後の菌体量を100とした場合に、オイゲノールでは9.5%、ヒノキチオールでは1.3%となり、接種した菌の増殖が抑制されていることが示された。
なお、当該実験で用いた資材の揮発性抗菌成分量の全部が空間に放出された場合の空間濃度を算出すると、オイゲノールでは54.7ppm以下、ヒノキチオールでは219ppm以下という空間濃度が求められたが、当該試験で用いた徐放フィルムからは薬品が長時間かけて微量ずつ放出されるため、これらの揮発性抗菌成分の空間濃度はこれよりも大幅に低い濃度であると推測された。
【0108】
【0109】
(2)揮発性天然抗菌成分の空間濃度の検討
KP8系統の揮発性天然抗菌成分の感受性に関する空間濃度の検討試験を行った。
シャーレ(内径6cm、高さ1.5cm)にPDA寒天培地10mLを充填して固化させ、空間容積が10mLとなる培養容器を準備した。シャーレの蓋の内側には揮発性天然抗菌成分を沁み込ませたペーパーディスク(濾紙)を貼り付けた。寒天培地の中央に、KP8系統の菌叢(滅菌爪楊枝の先端に付着した胞子と菌糸が混ざった状態の菌叢)を少量接種し、蓋が下側で培地を固化した皿側が上側になるように配設して静置し(シャーレが天地逆になるように配置し)、25℃で2日間の暗所での培養を行って、菌叢の状態を観察した。当該結果を表6に示した。なお、当該表での評価に関して、菌叢サイズが無添加区の生育菌叢に対して7割以下であった場合、菌叢の生育が緩慢化している(抑制されている)と判断した。
その結果、濾紙から放出された揮発性天然抗菌成分の空間濃度を算出したところ、オイゲノールとアリルイソチオシアネートに関しては、それぞれ1ppmの微量な空間濃度であってもKP8系統の菌叢生育が抑制されることが確認された。
一方、ヒノキチオールに関しては、1ppmの微量な空間添加では明確な菌叢生育の抑制は確認されなかったが、83ppmの空間添加を行った場合には明確な菌叢生育の緩慢化(抑制)が確認された。
【0110】
以上の結果から、オイゲノールとアリルイソチオシアネートに関しては、その空間濃度が1ppm以上で存在する空間であれば、KP8系統の菌叢生育を緩慢化又は抑制できることが示された。また、ヒノキチオールに関しては、その空間濃度が83ppm以上で存在する空間にて、KP8系統の菌叢生育を緩慢化又は抑制できることが示された。
【0111】
【0112】
(3)高温耐性試験
上記にて分離された低温活性を示すR. koreanus KP8に関して、その高温に対する耐性を調べた。
KP8の菌叢(滅菌爪楊枝の先端に付着した胞子と菌糸が混ざった状態の菌叢)をPDA寒天培地上の中央に少量植菌し、下記表に示す各温度(25~36℃)にて96時間の加温処理を行った。その後、当該処理を行ったプレートを25℃の培養器に移し、72時間の回復培養を行った。既知の軟腐病菌であるR. stolonifer及びR. arrhizusについても同様の試験を行った。菌叢のコロニーの直径は、植菌から24時間ごとに計測してその生育状況を評価した。試験は各処理区を2反復にて行った。
当該結果を表7に示した。ここで、表中の「増殖→full:○」の表示は、加温処理時でも菌叢が生育(増殖)して、回復培養時には既に菌叢がプレート全体に広がる程に生育した状態(生存)を示す。表中の「停止→増殖:△」の表示は、加温処理時には菌叢の生育が停止したが、回復培養時に再び生育して菌叢の生存が確認された状態を示す。表中の「停止→停止:×」の表示は、加温処理時には菌叢の生育が停止し、その後の回復培養でも生育が再開せず菌叢の死滅が確認された状態を示す。
【0113】
その結果、既知の軟腐病菌であるR. arrhizusは、36℃の高温処理(サツマイモ品質を損なわない30℃代半ばでの高温)でも生存が確認され、当該温度帯での高温処理を行った場合でもその菌量が全く減少しない菌であることが確認された。また、既知の軟腐病菌であるR. stoloniferは、32~36℃の高温処理によってその増殖は停止したもののその生存が確認され(その後の常温に戻った際に再増殖が確認され)、当該温度帯での高温処理を行った場合でも死滅させることができない菌であることが確認された。
一方、本例にて分離された低腐敗活性の高いR. koreanus KP8は、30℃程度の緩い高温処理によってもその増殖が停止し、32℃以上(32~36℃)の緩やかな高温処理によって完全に死滅してしまう程、高温耐性が弱い菌であることが示された。特に34℃以上(34~36℃)の処理では反復試験のいずれにおいても菌が死滅することが確認された。この点、当該新規の軟腐病菌によるその後の軟腐症状の発現を抑制するためには、収穫後のサツマイモ塊根に対して、32℃以上の温度処理を行うことで、常在菌として存在するR. koreanus KP8の菌量を大幅に減少(又は死滅)、34℃以上の温度処理でより確実に死滅させることが可能となることが示された。
【0114】
【0115】
(4)小括
以上の結果から、揮発性天然抗菌成分を含む空間内でサツマイモ塊根を保管した場合、そこに存在する低温活性菌であるR. koreanus KP8又はこれと同様の遺伝的特性の菌の増殖を緩慢にできることが示された。但し、揮発性天然抗菌成分は、保管又は輸送中の常在菌として存在するカビの増殖を緩慢にできる抑制作用は期待できるが、殺菌作用までは期待できず、その後の通常の低温保管に移行した際の低温腐敗活性菌の急激な増殖リスクは残存する。
この点、当該新規の低温活性菌によるその後の軟腐症状の発現を抑制するためには、収穫後のサツマイモ塊根に対して、32℃以上又は34℃以上の高温処理(サツマイモ品質を損なわない30℃代前半以上での高温処理)を行うことによって、R. koreanus KP8の菌量を大幅に減少又は死滅させることが可能となり、その後の低温保管でのR. koreanus KP8に起因する軟腐症状発症のリスクを大幅に低減できることが示された。R. koreanus KP8と同様の温度特性を有する菌に対しても、同様の対応が可能と認められた。
なお、既知の軟腐病菌であるR. stolonifer及びR. arrhizusの増殖を抑制するためには、キュアリングを含めた高温処理(サツマイモ品質を損なわない30℃代前半以上での高温処理)を行っても死滅させることはできないため、低温保管によりその活動の抑制を行う必要があると認められた。
【0116】
[実験例4] R. koreanus KP8の資化性試験
R. koreanus KP8が備える低温での高いサツマイモ腐敗活性に着目し、当該軟腐病菌が備える低温でのペクチンに対する資化特性を調べた。
【0117】
(1)ペクチンを単一炭素源とする培地でのコロニー生育
各菌株の胞子懸濁液3μL(KP8:33.8×104個/mL、R. arrhizus:196.8×104個/mL、R. stolonifer:66.5×104個/mL)を、ポリガラクツロン酸(ペクチンの主成分)を単一炭素源とする寒天プレート培地(ポリガラクツロン酸 10g/L、YNB with Ammonium sulfate, without Dextrose and Amino Acids 6.7g/L、寒天 20g/L)上の中央に植菌し、13℃の低温にて96時間の培養を行って、形成されたコロニーの直径を計測した。測定結果を表8に示した。
その結果、低温13℃のペクチン培地でのR. koreanus KP8の菌叢では、常温活性菌であるR. stolonifer及びR. arrhizusと比較してその菌叢生育速度が速く、大きな菌叢を形成することが示された。この点、R. koreanusは、低温でのペクチン分解性に優れた資化性を備えたサツマイモ軟腐病菌(土壌分解微生物)であることが示された。
【0118】
【0119】
(2)ペクチンを単一炭素源とする培地での胞子嚢形成
各菌株の菌叢(滅菌爪楊枝の先端に付着した胞子と菌糸が混ざった状態の菌叢)を、ポリガラクツロン酸(ペクチンの主成分)を単一炭素源とする寒天プレート培地(ポリガラクツロン酸 10g/L、YNB with Ammonium sulfate, without Dextrose and Amino Acids 6.7g/L、寒天 20g/L)上の中央に植菌し、13℃の低温にて5日間の培養を行って、形成された成熟胞子嚢の数を評価した。結果を表9に示した。表中における各記号は次の通りである。「+++」:成熟胞子嚢の形成数が非常に多い、「++」:成熟胞子嚢の形成数が多い、「+」:成熟胞子嚢が形成された、「-」:成熟胞子嚢が形成されない。また、寒天培養上での菌の形態を実体顕微鏡にて観察した写真像を
図6に示した。
その結果、低温13℃のペクチン培地でのR. koreanus KP8の菌叢では、常温活性菌であるR. arrhizusと比較してその成熟胞子嚢の形成数が著しく多いことが示された。この点、R. koreanusは、ペクチンを多く含む植物体残渣が存在する土壌環境において、低温時での繁殖特性に優れた軟腐病菌(土壌分解微生物)であることが示された。
【0120】
【0121】
(3)グルコースを炭素源とする培地での生育及び胞子嚢形成
R. koreanus KP8の菌叢(滅菌爪楊枝の先端に付着した胞子と菌糸が混ざった状態の菌叢)を、デキストロース(D-グルコース)を炭素源とする寒天プレート培地(PDA培地)上の中央に植菌し、5℃、13℃、25℃、35℃のそれぞれの温度にて7日間の培養を行って、コロニー直径及び形成された胞子の量を評価した。コロニー直径の計時的な測定結果を
図7に、培養後7日後の胞子嚢胞子の形成量の結果を
図8に示した。また、対比のためにこれらを抜粋した結果を表10に示した。
その結果、グルコースを炭素源として含む培地にてR. koreanus KP8を培養した場合、13℃(低温)での培養よりも25℃(常温)で培養した方がその生育速度が速く、その胞子形成量(繁殖力)も多く(高く)なることが示された。また、R. koreanus KP8は、5℃の冷蔵庫並みの低温では胞子形成は確認されなかったものの、その菌叢生育に関してはゆっくりではあるが生育することが示された。
一方、R. koreanus KP8を35℃の高温で培養した場合、R. koreanus KP8のコロニーは1日経過時点にて増殖が全く確認できず、耐性温度を超えた高温に1日以上晒されたことで菌叢が死滅してしまったと推定された。
【0122】
【0123】
(4)小括
以上の結果から、R. koreanus KP8は、低温でのペクチン分解性に優れた資化性(生育力及び繁殖力)を備えたサツマイモ軟腐病菌であることが示された。当該結果は、R. koreanus KP8が、低温条件におけるペクチンを含むバイオマス分解のための土壌分解微生物として利用可能であることを示す結果と認められた。
また、当該結果は、実験例2(2)でのサツマイモ塊根に対する低温腐敗活性試験とも一致する結果であり、サツマイモ等のペクチンを多く含む農作物残渣(植物体残渣)の低温分解に利用可能であることを示す結果と認められた。
なお、R. koreanus KP8の資化特性に関して、通常のグルコース培地では常温での生育の方が優れていた。この点、R. koreanus KP8が備える低温資化特性は、グルコース等よりもペクチン分解活性(サツマイモ腐敗活性)において特徴的に発揮される特性であると認められた。
【0124】
[実験例5] R. koreanus KP8の分解活性試験
実験例4にて示されたR. koreanus KP8が備える低温でのペクチン資化性(ペクチン分解活性)に関して、低温培養物中でのペクチン分解物であるガラクツロン酸の量を検出することで、R. koreanus KP8に関する詳細なペクチン分解活性を調べた。
【0125】
(1)低温13℃にて培養した際の分解活性に関する分析
ジャガイモ(サツマイモと同様にペクチン及びデンプンを含む植物体地下部の農産物)をミルサーで破砕して121℃15分でオートクレーブ滅菌し、これをチャック付きポリエチレン袋(寸法240mm×170mm, 厚さ0.04mm、UV照射により殺菌処理済)に20gずつ小分けにしたものを複数準備した。
準備したジャガイモ破砕物の入った各袋に、各菌株の胞子懸濁液(菌株の胞子は1.1×105個~1.6×105個の範囲になるように調整)を加えた後、袋の外側を掴んで内容物が均一になるように揉み込み、低温13℃にて静置して14日間の培養を行った。
ここで、当該培養期間中、内容物の均一性が維持されるように当該揉み込み操作を毎日行った。
【0126】
培養期間経過後、内容物(培養物)1gを定期的にコニカルチューブ(50mL容量)に回収するサンプリングを行った。回収した各培養物に超純水3mLを加えて懸濁し、2回の遠心分離(1回目:8,590×g,4℃,20分間、2回目:10,000×g,4℃,10分間)を行って上清を回収した。回収したそれぞれの上清(2μL)を薄層クロマトグラフィー用のTLCプレート(シリカゲルTLCプレート-ワコー:富士フィルム和光純薬株式会社)にスポットし、展開溶媒(n-butanol : iso-propanol : water : acetate = 7 : 5 : 4 : 2(体積比))を用いて室温で70分展開した。
ここで、各上清と同時に展開した標品試料としては、(標品試料1)澱粉分解物であるグルコース及びマルトースを水に溶解した混合液(各10mg/ml)5μLを、及び、(標品試料2)ペクチン分解物であるガラクツロン酸を水に溶解した溶液(10mg/ml)5μLを、それぞれスポットして用いた。
展開処理後、プレートに発色液(p-anisaldehyde : H2SO4 : ethanol = 1 : 1 : 18(体積比))を噴霧し、120℃で10分の発色反応を行った。
【0127】
発色後のプレートを写真撮影し、画像解析ソフトImageJ(https://imagej.net/ij/index.html)を用いて画像解析により各糖類に関する検出された相対シグナル強度の定量を行った。
当該プレート画像についてImageJを用いてRGB3色調に分割することで、プレート全体での発色液に起因するバックグランドが最も低くなる青色調(Blue channel)の画像データを得た。
ここで、当該画像データに関して、標品試料2であるガラクツロン酸をスポットしたレーンでは、原点から265~360pixelの範囲にガラクツロン酸の存在を示すシグナルが検出されることが確認された。また、標品試料1であるグルコースとマルトースの混合液をスポットしたレーンでは、展開溶媒及び分子特性の観点から、原点から480~550pixelの範囲にグルコースの存在を示すシグナルが検出されること、及び、原点から375~433pixelの範囲にマルトースの存在を示すシグナルが検出されることが確認された。なお、本例のTLC分析は、これらの3種類の糖類(特にグルコースとマルトース)が重なり合わずに分離することを示している。
当該画像データでの各スポットを展開したそれぞれのレーンに関して、上記標品試料2であるガラクツロン酸が検出されたシグナルと同じ移動度の範囲をROI(Region of Interest)と設定し、ROI内で検出されたシグナルを積分し、その値からバックグラウンドの値を減じて、それぞれの上清に含まれるラクツロン酸の量を示すシグナル値を測定した。同様に上記標品試料1であるグルコースが検出されたシグナルと同じ移動度の範囲のROIを設定し、バックグラウンドを減じてそれぞれの上清に含まれるグルコースの量を示すシグナル値を測定した。
ここで、バックグラウンド値としては、対象ではない標品試料のレーンの対応領域にてシグナルの無い場所での同じ面積での積分値を用いた。具体的には、ガラクツロン酸を検出する場合のバックグラウンド値としては、標品試料1のグルコースとマルトースをスポットしたレーンにおけるガラクツロン酸に相当する移動度の領域(※対象物質であるガラクツロン酸が確実にない領域)の積分値を用いた。また、グルコースを検出する場合のバックグラウンド値としては、標品試料2のガラクツロン酸をスポットしたレーンにおけるグルコースに相当する移動度の領域(※対象物質であるグルコースが確実にない領域)の積分値を用いた。
【0128】
上記解析にて得られた各糖類に関するシグナル値(測定量)の結果を表11に示した。その結果、低温13℃の温度条件にて澱粉及びペクチンを含む植物体残渣(ジャガイモ破砕物)中にてR. koreanus KP8を培養した場合、R. koreanus KP8の培養上清から検出されたガラクツロン酸(ペクチン分解物)の検出量は、常温活性菌であるR. stolonifer及びR. arrhizusを同条件にて培養して得られた培養上清から検出されたガラクツロン酸(ペクチン分解物)の検出量よりも2倍以上(2.31~3.17倍)高い値を示した。
また、R. koreanus KP8の培養上清から検出されたガラクツロン酸(ペクチン分解物)の検出量は、当該菌株でのグルコース(澱粉分解物)の検出量よりも多く(1.28倍多く)検出されることが示された。この点、R. stolonifer及びR. arrhizusを同条件にて培養して得られた培養上清では、ガラクツロン酸(ペクチン分解物)の検出量はグルコース(澱粉分解物)の検出量のよりも大幅に少ない値であった。
【0129】
【0130】
(2)小括
上記の分析結果から、実験例4にて低温ペクチン資化性(低温ペクチン分解性)が示されたR. koreanus KP8に関して、低温であり且つ澱粉及びペクチンを含む植物体残渣が存在する環境にて生育した際に、既存の常温活性菌であるR. stolonifer及びR. arrhizusと比較して明確に高い活性(ガラクツロン酸生成量で約2~3倍量)を示すことが、低温培養物中の糖類含量の分析から示された。
また、R. koreanus KP8の低温生育条件でのペクチン分解活性は、既存の常温活性菌であるR. stolonifer及びR. arrhizusとは異なり、澱粉分解の比率に対してペクチン分解の比率が高いことが当該分析結果から示された。
これらの点、R. koreanus KP8が低温生育の際にペクチンを効率的に分解する活性を有する系統(菌株)であることが、上記分析結果から示された。
【0131】
以上の結果は、R. koreanus KP8のサツマイモ塊根に対する強い低温腐敗活性(低温ペクチン資化性)を裏付ける結果であり、これまでサツマイモ軟腐病の原因微生物として知られていた常温活性菌であるR. stoloniferやR. arrhizusとは異なる温度帯の塊根腐敗活性(ペクチン資化性、ペクチン分解性)を示すサツマイモ軟腐病菌であることを裏付ける結果と認められた。そして、これらの結果から、R. koreanus KP8が低温でのペクチン分解性に優れたサツマイモ軟腐病菌(低温条件における土壌表面や土壌中での植物残渣を分解する活性の高い微生物)であることが示された。
【0132】
[生物寄託]
本出願人は、上記にて分離された「R. koreanus KP8」を下記寄託機関に寄託申請し、受領番号「NITE AP-03817」が通知された。その後、同機関から当該微生物が生存している旨の生存確認の連絡を受け、同機関からの受託証が発行されて受託番号「NITE P-03817」が通知された。
【0133】
(1)寄託機関の名称及び宛名
名称: 独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター
住所: 郵便番号292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室
(2)受託番号及び寄託に関する日付
・受託番号 NITE P-03817: Rhizopus koreanus‘KP8’
・寄託日(受託日) 2023年 2月 2日
(3)寄託生物に関する特徴
NITE P-03817に関する寄託生物の特徴は、本願明細書に係る発明を実施するための形態及び実施例に記載の通りである。また、これらの寄託生物に分類学上の位置及び科学的性質に関する情報は、次の通りである。
・分類学上の位置: ケカビ科クモノスカビ属(リゾープス属)コリアヌス種
(Rhizopus koreanus)
・科学的性質に関する情報:
(形態的特徴) 菌体の形態に関して、匍匐枝、仮根、胞子嚢柄、胞子嚢、胞子嚢胞子、柱軸を形成する。
(培地上の特徴) PDA培地上で白色の菌叢を形成する。培養状態によっては培養後期に灰色の菌叢を形成する。PDA培地上では接合胞子の形成が確認できない。
(生理的特徴) 13℃においてサツマイモ塊根にサツマイモ軟腐病の強い病徴を引き起こす。
【0134】
[塩基配列に関する情報]
本願に関する塩基配列に関する情報を以下に示す。また、本願に関する塩基配列に関する情報を以下に示す。また、付属の配列表に記載する本発明の英文タイトルは、「Method for suppressing expression of symptoms of sweet potato soft rot and a new Rhizopus strain causing the sweet potato soft rot」と表記する。
【0135】
(1)配列番号1
・配列名:Rk-KP8 28SrDNA D1/D2
・塩基長:689
・分子種:genomic DNA
・由来:Rhizopus koreanus KP8
・備考:28SrDNA D1/D2領域の部分配列
・塩基配列:AAAATAACAATGATTTCCCTAGTAACGGCGAGTGAAGAGGAAAGAGCTCAAAGTTGGAACCTGTTTGGCCTAGCTAAACTGGATTGTAAACTGTAGAAGTGTTTTCCAGGCAATCCGAATTGAAAAGTCCTTTGGAACAGGGCATCATAGAGGGTGAGAATCCCGTCTTTGATTCGAGATAATTTTGTCTTTATGCGATACACTTTCAAAGAGTCAGGTTGTTTGGGAATGCAGCCTAAATTGGGTGGTAAATCTCACCTAAAGCTAAATATTGGCGAGAAACCGATAGCGAACAAGTACCGTGAGGGAAAGATGAAAAGAACTTTGAAAAGAGAGTTAAACAGTATGTGAAATTGTTAAAAGGGAACCGTTTGGAGCCAGATTGGCTTGTCTGTAATCATTCTAGGCTTCGTGCCTGGATGCACTTGCAGGCTTGATGCCTGCCAACGACAATTTTGTTTGGGTGTAAAAACTATTGGAAATGTGGCCAATATTTATTTATTGGTGTTATAGTCCTTTAGAAAATAGCCTGGATGGGATTGAGGAACGCAGTGAATGCTTCTTTAGGGAGGCAAAGTCATTTATAGGGATTTTCGGATCAGACTGTAGCATTGTTGCAAGACTTGATGTTTAAACCTATTTATGCTCTTTTATTCACTTAGGTTGTTGGCTTAATGACTCTAAATGAC
【0136】
(2)配列番号2
・配列名:Rk-KP8 ITS
・塩基長:745
・分子種:genomic DNA
・由来:Rhizopus koreanus KP8
・備考:ITS領域の部分配列
・塩基配列:TTTCCGTAGGTGAACCTGCGGAAGGATCATTAATTATATGTATGAATGGGGCATAATTCTTTATGGATTATAACCATTTATTAACCTTTACTGTGAAAATATGGCGGTTATATAACGGTGATCGATTTAGGCTACATGGGTAGGTCTTTATCGGATATGATCCAAGCCAATCATTACTTTAGGGTAATGGTGCCCAACCAAAAGAAATAATATACCTTGAAATTCAGTTAATAATTTTTTTTTGTAATGAAAAAAGAAAAAAAAAAAACAACTTTTAACAACGGATCTCTTGGTTCTCGCATCGATGAAGAACGTAGCAAAGTGCGATAACTAGTGTGAATTGCATATTCAGTGAATCATCGAGTCTTTGAACGCAACTTGCACTCTAAGGTTTTCCTTGGAGTACACTTGCTTCAGTATCATAAAGACCCCATCTTGATTATTTTTTTTTTAAAATAATCAGGAGAGAATAAACATGAAGCTCTTTTATAAAGGGTTTTATAAGATTGGGCACAGTCTCGGTTTTAAGTAACCTTGACTCGCCTTAAATAATAAAATGTATATCTTTTATTTCTGTATAATGATTTACTTTTTTTCATTTTTTTTTAAAAAAAGGGGAACAGTATAATTATTTTAAGGGAGGAAAAGGATATATAATAACCATGAAAGGGGGGGAAAAAGGGGAGGGTGTTAAGTTTTCTTTTCACTTTTTTTTTTTTTTTTCTATACTTTCTATTCAATGATC
本発明に係るサツマイモ軟腐病菌の病徴発現抑制方法は、サツマイモ塊根の貯蔵病害であるサツマイモ軟腐病の効果的な防除技術として活用されることが期待される。また、本発明に係る新規サツマイモ軟腐病菌は、低温条件(低温期や寒冷地)におけるペクチン含有バイオマスの分解菌として利用されることが期待される。更に本発明に係る新規サツマイモ軟腐病菌は、低温条件にてペクチンを含む植物体を効率的に分解するペクチン分解菌として各種産業分野においても利用されることが期待される。