(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024133746
(43)【公開日】2024-10-03
(54)【発明の名称】ディファレンシャル・ハイポイドギヤ
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240926BHJP
C22C 38/32 20060101ALI20240926BHJP
F16H 48/00 20120101ALI20240926BHJP
C21D 1/06 20060101ALN20240926BHJP
C21D 9/32 20060101ALN20240926BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/32
F16H48/00
C21D1/06 A
C21D9/32 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023043689
(22)【出願日】2023-03-20
(71)【出願人】
【識別番号】000116655
【氏名又は名称】愛知製鋼株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岩本 侑大
(72)【発明者】
【氏名】福田 直樹
(72)【発明者】
【氏名】牧野 孔明
(72)【発明者】
【氏名】小斉 俊幸
(72)【発明者】
【氏名】近藤 正顕
(72)【発明者】
【氏名】北野 智靖
【テーマコード(参考)】
3J027
4K042
【Fターム(参考)】
3J027FA12
3J027FB02
3J027FC20
3J027HA00
3J027HC04
4K042AA18
4K042BA03
4K042BA04
4K042CA02
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA12
4K042DA01
4K042DA02
4K042DA06
4K042DC02
4K042DC03
4K042DD03
4K042DE05
4K042DE06
(57)【要約】
【課題】B添加による高強度化を図ったうえで、浸炭処理後全体焼入れにより内部硬度を十分に高めたうえで、さらに、NVに影響を及ぼす背面変形量を従来よりも抑制したディファレンシャル・ハイポイドギヤを提供すること。
【課題を解決するための手段】C:0.15~0.30%、Si:0.55~1.00%、Mn:0.20~1.20%、Cr:0.50~1.50%、Al:0.020~0.080%、B:0.0005~0.0050%、Ti:0.01~0.08%、及びN:0.0020~0.0100%を含み、任意元素として、Mo:0.25%以下、及びNb:0.10%未満を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。焼き戻しマルテンサイトとベイナイトを含む金属組織を有し、焼き戻しマルテンサイト率M1及びM2との差M2-M1が30%以上であり、歯元内部硬さが350HV~500HVである。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リング状の本体部と、該本体部の中心軸の軸方向一方側に突出して設けられた複数の歯を有する歯形成部と、軸方向他方側に設けられた平坦な背面とを有し、少なくとも一部の表面に浸炭層を備え、
質量%において、C:0.15~0.30%、Si:0.55~1.00%、Mn:0.20~1.20%、Cr:0.50~1.50%、Al:0.020~0.080%、B:0.0005~0.0050%、Ti:0.01~0.08%、及びN:0.0020~0.0100%、を含み、任意元素として、Mo:0.25%以下、及びNb:0.10%未満、を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる化学成分組成を有し、
焼き戻しマルテンサイトとベイナイトを含む金属組織を有し、
歯幅aを有する前記歯の歯先の大端部から小端部に向かって3/4a進んだ歯先上の点から、前記歯の歯底面に垂下した垂線と前記歯底面との交点から、さらに前記背面に対して垂下した垂線の長さ寸法dに対して前記背面から3/4d離れた前記垂線上の位置にある内側測定点P1における焼き戻しマルテンサイト率M1と、
前記歯先の大端部から小端部に向かって1/8a入った歯先上の点と、前記背面の最大外径点とを結んだ直線における前記歯底面から前記最大外径点との間の中点にある外側測定点P2における焼き戻しマルテンサイト率M2とについて、M2-M1≧30%以上であり、
前記歯の径方向中央位置の歯元内部硬さが350HV~500HVであり、
下記式1及び式2を満足する、ディファレンシャル・ハイポイドギヤ。
式1:82-370(b/a)-135[C]+93[Mn]+105[Cr]+131[Mo]≦40、
式2:28.16≦-17.33+139.8[C]+4.29[Si]+17.03[Mn]+12.28[Cr]+28.796[Mo]+313[B]-md、
(但し、式1及び式2中において、a:歯幅(mm)、b:歯幅aの中点から歯底面に垂下した垂線と前記歯底面との交点から前記背面に対して垂下した垂線の長さ寸法で定義されるブランク厚(mm)、md:前記歯のモジュール(mm)、[C]、[Mn]、[Cr]、[Mo]、[Si]及び[B]:それぞれ、C、Mn、Cr、Mo、Si及びBの含有率(質量%)、である。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ディファレンシャル・ハイポイドギヤに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車に用いられるディファレンシャル・ハイポイドギヤは、主にFR車において用いられるエンジンの出力をタイヤに伝えるための最終伝達装置であり、突発的な過大入力により、高面圧、高曲げ応力が負荷される。そのため、ディファレンシャル・ハイポイドギヤには、高強度化と、極低サイクル域での疲労破壊が生じないようにすることが求められている。
【0003】
また、ディファレンシャル・ハイポイドギヤは、比較的大型で歯幅が広く加速面・減速面が非対称な形状であるため、製造時において、浸炭歪みの悪化が発生しやすいという問題がある。高強度化のためにはB添加による粒界強化が有効であるが、Bを添加すると、浸炭歪により歯面性状のバラツキ及び背面形状の変形が大きくなって適切な歪制御が困難となる。歯面性状のバラツキ及び背面形状の変形は、NV(騒音・振動)の悪化につながり、大きな問題となる。
【0004】
このように、B添加による粒界強化は、浸炭歪の悪化を招くため、比較的大型のディファレンシャル・ハイポイドギヤに対しては、単純にBを添加して高強度化を図るだけでは、高い品質を得ることができなくなる。一方において、Bを添加せず、歪制御可能な範囲において内部硬度を向上させるだけでは、十分な高強度化が達成できない。
【0005】
Bを添加した肌焼鋼に関する先行技術としては、特許文献1~3に記載の技術がある。しかし、これらには、高強度化に関する記載はほとんどなく、また、浸炭後の歪が比較的大型の歯車であるディファレンシャル・ハイポイドギヤにおいて問題のない程度に抑制できているかは不明である。
【0006】
また、特許文献4には、差動サイドギヤ・ピニオンギヤといった比較的小さい歯車について、B添加鋼を用い、高周波等の高密度エネルギー加熱による焼き入れ処理を施す製造方法の記載がある。しかし、高密度エネルギー加熱による焼き入れ処理では、内部硬度を十分に高めることができず、高強度化が強く求められているディファレンシャル・ハイポイドギヤにおいては、この製造方法を適用することは困難であり、部品全体に焼き入れ処理を施す必要がある。
【0007】
特許文献5には、上述した課題を解決し、B添加による高強度化を図り、浸炭処理後全体焼入れにより内部硬度を十分に高めた場合であっても、歯面のピッチ円上の設計形状と実際の製品の形状とのずれ量ΔGにより定義されるクラウニング変化量を抑制することによりNVの低減が可能となるディファレンシャル・ハイポイドギヤが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭58-11764
【特許文献2】特開昭61-217553
【特許文献3】特開平9-241750
【特許文献4】WO2014/203610
【特許文献5】特許第7123098号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本願の発明者らは、特許文献5に記載された発明についてさらに検討及び実験を加えた結果、クラウニング変化量を特許文献5に記載されたほど厳しく制限しない場合であっても、背面ダレといわれる背面変形を原因とするNVへの影響の方が、クラウニング変化による影響よりも大きいことから、背面変形により注目した低減対策を従来よりも厳しく行うことによっても、NVを低減できる可能性があることを見出した。
【0010】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、B添加による高強度化を図ったうえで、浸炭処理後全体焼入れにより内部硬度を十分に高めたうえで、さらに、NVに影響を及ぼす背面変形量を従来よりも抑制したディファレンシャル・ハイポイドギヤを提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一態様は、リング状の本体部と、該本体部の中心軸の軸方向一方側に突出して設けられた複数の歯を有する歯形成部と、軸方向他方側に設けられた平坦な背面とを有し、少なくとも一部の表面に浸炭層を備え、
質量%において、C:0.15~0.30%、Si:0.55~1.00%、Mn:0.20~1.20%、Cr:0.50~1.50%、Al:0.020~0.080%、B:0.0005~0.0050%、Ti:0.01~0.08%、及びN:0.0020~0.0100%、を含み、任意元素として、Mo:0.25%以下、及びNb:0.10%未満、を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる化学成分組成を有し、
焼き戻しマルテンサイトとベイナイトを含む金属組織を有し、
歯幅aを有する前記歯の歯先の大端部から小端部に向かって3/4a進んだ歯先上の点から、前記歯の歯底面に垂下した垂線と前記歯底面との交点から、さらに前記背面に対して垂下した垂線の長さ寸法dに対して前記背面から3/4d離れた前記垂線上の位置にある内側測定点P1における焼き戻しマルテンサイト率M1と、
前記歯先の大端部から小端部に向かって1/8a入った歯先上の点と、前記背面の最大外径点とを結んだ直線における前記歯底面から前記最大外径点との間の中点にある外側測定点P2における焼き戻しマルテンサイト率M2とについて、M2-M1≧30%以上であり、
前記歯の径方向中央位置の歯元内部硬さが350HV~500HVであり、
下記式1及び式2を満足する、ディファレンシャル・ハイポイドギヤにある。
式1:82-370(b/a)-135[C]+93[Mn]+105[Cr]+131[Mo]≦40、
式2:28.16≦-17.33+139.8[C]+4.29[Si]+17.03[Mn]+12.28[Cr]+28.796[Mo]+313[B]-md、
(但し、式1及び式2中において、a:歯幅(mm)、b:歯幅aの中点から歯底面に垂下した垂線と前記歯底面との交点から前記背面に対して垂下した垂線の長さ寸法で定義されるブランク厚(mm)、md:前記歯のモジュール(mm)、[C]、[Mn]、[Cr]、[Mo]、[Si]及び[B]:それぞれ、C、Mn、Cr、Mo、Si及びBの含有率(質量%)、である。)
【発明の効果】
【0012】
前記態様のディファレンシャル・ハイポイドギヤは、浸炭処理及び全体焼入れを施し、少なくとも一部の表面に浸炭層を備えたものである。そして、特定の化学成分組成を有することにより、B添加の粒界強度向上効果による低サイクル強度向上及び焼入れ性向上が得られる。そし、上記化学成分組成を前提として、前記特定位置P1及びP2の焼き戻しマルテンサイト率M1及びM2の差(M2-M1)が30%以上という要件を必須要件として具備することにより、リング状本体部の背面の変形量を適切な範囲内に抑制することができ、NVの低減に寄与することができる。ここで、背面の変形量を適切な範囲内に抑制できる理由は、以下のように考えられる。
【0013】
前記ディファレンシャル・ハイポイドギヤは、浸炭焼き入れ処理時において、加熱及び急冷による熱膨張・熱収縮の現象が生じると共に、オーステナイトからマルテンサイトへの変態による変態膨張の現象が生じる。これらの膨張や収縮は、焼き入れ処理中において、歯車内の温度が、歯車内の位置により異なるために、位置によって変態膨張の生じるタイミングや程度が異なり、内側測定点P1と外側測定点P2においても、膨張・収縮が生じるタイミングと程度に差が生じる。
【0014】
急冷初期の冷却速度は、軸方向に突出して設けられた薄肉部である歯を有する歯形成部が最も早くなる。そのため、急冷初期には、歯形成部において、他の部位に比較して早期に相変態が生じ、熱収縮よりも変態膨張の影響が強くなり、軸方向に突出した歯形成部全体が径方向外方に変形する力が生じる。一方、このとき、前記P1及びP2を含む本体部の内部は、変態膨張がまだ始まらず、熱収縮により径方向内方に変形する力が生じる。これにより、急冷初期には、歯形成部が内径側から外径側に回転するような変形応力が生じ、背面においては内径側が軸方向内側に後退し外径側が軸方向外側に前進するような変形応力が生じ、背面の変形量は一旦大きくなる。
【0015】
次に、急冷がさらに進んで急冷後期になると、歯形成部の変態が終了して、その部位の膨張は収まり、今度は、P1及びP2を含む本体部内部の変態が開始し、膨張の影響が大きくなる。このとき、P1のマルテンサイト率M1よりもP2のマルテンサイト率M2が高くなるように化学成分組成の調整及び焼入れ条件等を調整しておくことにより、外径側で背面側に近いP2近傍の変態膨張の影響が強くなり、上述した急冷初期と全く逆方向の変形応力が生じ、背面の状態が初期状態に戻る方向に変形する。これにより、最終的な背面変形量は小さくなる。
【0016】
ここで、本願においては、上述したように、M2-M1≧30%以上となることを必須要件としてある。そのため、上述した急冷後期による戻り変形の効果が高くなり、背面変形量を適切な範囲内に収めることが可能となる。
【0017】
そして、背面変形量を抑制することにより、クラウニング変化量が比較的大きい場合でも、NVを低減できる。すなわち、浸炭歪を原因とするクラウニングの変化量は、理想歯面曲線から数μm~20μm程度のズレの範囲内となるのに対し、浸炭歪を原因とする背面変形量(後述する
図5のΔSに相当する値)は、100μm程度に達することもある。背面変形は、連動して歯面の高さにも影響するため、仮に背面変形量が100μmとすると、歯面は内径側に44.5μmのズレ(例えば、圧力角24°の場合)を発生させることになり、クラウニングの変化量の倍以上になる場合がある。すなわち、浸炭歪によるNVに影響する変形は、背面変形の方が格段に大きい。したがって、背面変形量を抑制することはNV低減に非常に有効である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】実施例における、(a)ディファレンシャル・ハイポイドギヤの平面図、(b)ディファレンシャル・ハイポイドギヤの正面図。
【
図2】実施例における、3点曲げ試験の試験方法を示す説明図。
【
図3】実施例における、3点曲げ試験の試験片に設けたノッチの形状を示す説明図。
【
図4】実施例における、歯面のクラウニング変形量の測定位置を示す説明図。
【
図5】実施例における、背面変形量の測定位置を示す説明図。
【
図6】実施例における、マルテンサイト率差の測定位置を示す説明図。
【
図7】実施例における、歯幅とブランク厚寸法の定義を示す説明図。
【
図8】実施例における、内側測定点P1及び外側測定点P2の位置を示す説明図。
【
図9】実施例における、急冷時の背面変形状況を示す説明図。
【
図10】実施例における、背面変形量と式1(左辺)との関係を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
前記ディファレンシャル・ハイポイドギヤは、以下の特定の化学成分組成を具備することを必須とする。
【0020】
C:0.15~0.30%;
C(炭素)は、内部硬さを確保するために0.15%以上含有させる。一方、C含有率が高すぎると、被削性の劣化や冷鍛性の劣化を招くおそれがあるため、0.30%以下とする。
【0021】
Si:0.55~1.00%;
Si(ケイ素)は、粒界強化の効果を得るために0.55%以上含有させる。一方、Si含有率が高すぎると、加工性の劣化や浸炭性の低下を招くおそれがあるため、1.00%以下とする。
【0022】
Mn:0.20~1.20%;
Mn(マンガン)は、内部硬さ(強度)を確保するために0.20%以上含有させる。一方、Mn含有率が高すぎると、被削性の劣化等を招くおそれがあるため、1.20%以下とする。
【0023】
Cr:0.50~1.50%;
Cr(クロム)は、焼入れ性の向上による内部硬さ(強度)の確保に有効であるため、その効果を得るために0.50%以上含有させる。一方、Cr含有率が高すぎると、浸炭処理を施した場合に、Cr炭化物が増加して疲労破壊の起点となる可能性があるため、上限を1.50%とする。
【0024】
Al:0.020~0.080%;
Al(アルミニウム)は、AlNとして鋼中に存在し、ピン止め効果により、結晶粒粗大化を抑制する効果があると共にBN生成抑制効果があるため、0.020%以上含有させる。一方、Al含有率が高すぎてもその効果が飽和するとともに、アルミナ系介在物が増加して、疲労強度低下に繋がるおそれがあるため、0.080%以下とする。
【0025】
B:0.0005~0.0050%;
B(ホウ素)は、粒界強化による低サイクル強度等の強度向上効果及び焼入れ性改善効果を得るため、0.0005%以上含有させる。一方、B含有率が高くなりすぎても、前述の効果が飽和するため、上限を0.0050%とする。
【0026】
Ti:0.01~0.08%;
Ti(チタン)は、結晶粒の微細化に有効であると共に、TiNをBNよりも優先的に生成させることにより、BN生成抑制によるBの焼入性向上効果及び固溶Bによる粒界強化をより高める効果があるため、0.01%以上含有させる。一方、Tiは過剰に添加すると靱性低下(強度低下)のおそれがあるため、上限を0.08%とする。
【0027】
N:0.0020~0.0100%;
N(窒素)は、AlNとなって、ピン止め効果により結晶粒粗大化を抑制する効果があるため、0.0020%以上含有させる。一方、N含有率が高すぎてもその効果が飽和するとともに、加工性が悪化するおそれがあるため、上限を0.0100%とする。
【0028】
Mo:0.25%以下(0%場合を含む);
Mo(モリブデン)は、任意添加元素であり、積極的に含有させる必要はなく、含有率0%でもよいが、不純物として少量含有する場合もある。そして、Moは、その含有により、強度向上に有効な元素であるので、必要に応じ少量添加することができる。一方、Mo含有率が高すぎると、コストアップ及び切削加工性劣化のおそれがあるため、0.25%以下に制限する。
【0029】
Nb:0.10%未満(0%の場合を含む);
Nb(ニオブ)は、任意添加元素であり、積極的に含有させる必要はないが、含有することによって結晶粒微細化の効果を得ることができる。一方、Nb含有率が高すぎると、浸炭性悪化のおそれがあるため、0.10%未満に制限する。
【0030】
次に、前記ディファレンシャル・ハイポイドギヤは、焼き戻しマルテンサイト及びベイナイトを含む金属組織を有する。すなわち、前記ディファレンシャル・ハイポイドギヤは、浸炭処理及び全体焼入れ処理を行った後、100~200℃程度の低温での焼き戻し処理を行って製造するものであり、金属組織としては、焼き戻しマルテンサイト及びベイナイトを含むものとなる。
【0031】
なお、浸炭焼入れ後にマルテンサイト及びベイナイトを含む金属組織にするには、浸炭後の焼入時に400~500℃の温度域を7.5℃/秒以上の速度となるように冷却することが好ましい。
【0032】
前記ディファレンシャル・ハイポイドギヤは、焼き戻しマルテンサイト及びベイナイトを含む金属組織を有することを前提として、前記内側測定点P1の焼き戻しマルテンサイト率M1と、前記外側測定点P2における焼き戻しマルテンサイト率M2とについて、これらの差M2-M1が30%以上である。この要件を具備することによって、前述したように、焼入れ処理時の急冷初期において生じた背面の変形について、急冷後期において急冷初期と逆方向に戻る変形を生じさせることができ、結果的に背面変形量を抑制することが可能となる。
【0033】
次に、前記歯の径方向中央位置の歯元内部硬さが350HV~500HVである。この要件は、ディファレンシャル・ハイポイドギヤの基本的要件である強度特性を担保するために必要な要件である。歯の径方向中央位置の歯元内部硬さが350HV未満の場合には、狙いとする低サイクル強度が得られなくなるおそれがあり、一方、500HVを超える場合には、靭性が低下して亀裂が進展しやすくなり、かえって低サイクル強度が低下する恐れがある。
【0034】
次に、前記ディファレンシャル・ハイポイドギヤは、下記式1を満足する。
式1:82-370(b/a)-135[C]+93[Mn]+105[Cr]+131[Mo]≦40、(但し、式1中において、a:歯幅(mm)、b:歯幅aの中点から歯底面に垂下した垂線と前記歯底面との交点から前記背面に対して垂下した垂線の長さ寸法で定義されるブランク厚(mm)、[C]、[Mn]、[Cr]及び[Mo]:それぞれ、C、Mn、Cr及びMoの含有率(質量%)、である。)
【0035】
上述した化学成分組成を具備することを前提として、式1を満足することにより、上述したマルテンサイト率M1とM2と差M2-M1を容易に30%以上とすることができる。なお、式1は、特定の元素の含有率だけでなく、歯幅a及びブランク厚bをも含む関係式としてある。これは、歯幅やブランク厚がマルテンサイト率の差に影響するため、その影響分を考慮できる式としたためである。
【0036】
次に、前記ディファレンシャル・ハイポイドギヤは、下記式2を満足する。
式2:28.16≦-17.33+139.8[C]+4.29[Si]+17.03[Mn]+12.28[Cr]+28.796[Mo]+313[B]-md、
(但し、式2中において、md:前記歯のモジュール(mm)、[C]、[Mn]、[Cr]、[Mo]、[Si]及び[B]:それぞれ、C、Mn、Cr、Mo、Si及びBの含有率(質量%)、である。)
【0037】
上述した化学成分組成を具備することを前提として、式2を満足することにより、必要とする焼入れ性をさらに確保することができ、適正な範囲の内部強度(硬さ)を得ることができる。
【0038】
また、ディファレンシャル・ハイポイドギヤは、歯幅aが大きくリング全体が大きいほど歪が生じやすい傾向にある。本願発明は、歯幅aが26mm以上の場合を前提とした多くの実験結果に基づいて導いたものである。
【実施例0039】
前記ディファレンシャル・ハイポイドギヤに係る実施例(実施例及び比較例)について説明する。表1、2に実施例で用いた鋼材の化学成分を示す。
【0040】
【0041】
【0042】
本例では、表1及び表2に示すように、化学成分が異なる複数種類の鋼材(鋼種A~X)を用いて試験用のディファレンシャル・ハイポイドギヤを作製するとともに、低サイクル強度評価用にディファレンシャル・ハイポイドギヤを想定した3点曲げ試験片を作製し、評価した。なお、表1及び表2に示す鋼材のうち、鋼種A~P、R及びSは、本発明の前提とする化学成分の範囲内にあるものであり、鋼種Qは、Si含有率が前提とする範囲よりも低いものであり、鋼種Tは、Si含有率が高いものであり、鋼種U、Vは、それぞれTi、Cr含有率が低いものである。鋼種Wは従来鋼SCM420、鋼種Xは従来鋼SCM425である。なお、Moは、一部に未添加の実施例(0.04%以下のものが該当)を含んでいるが、使用したスクラップの関係で、不可避不純物として含有されていた分析値を示してあり、P、Sは、積極添加していないが不純物として含有されていた分析値を示してある。なお、後述する表4、5には、式1及び式2の値を示してあるが、式2はB含有が前提で成立する式であるため、従来鋼W,Xについては、式2の値を記載していない。
【0043】
試験用のディファレンシャル・ハイポイドギヤ1は、電気炉にて溶解して作製した鋳造片を鍛造して歯車形状とした後焼鈍し、粗加工し、浸炭熱処理を施し、その後、仕上げ加工を行って、
図1(a)(b)に示す形状とした。ディファレンシャル・ハイポイドギヤ1は、同図に示すように、リング状の本体部10と、本体部10の中心軸の軸方向一方側に突出して設けられた複数の歯20を有する歯形成部2と、軸方向他方側に設けられた平坦な背面25とを有し、少なくとも一部の表面に浸炭層を備えたものである。なお、ディファレンシャル・ハイポイドギヤ1は、同図から明らかなように、歯形成面2が、中心軸から離れるほど後退するよう傾斜して設けられた、いわゆる傘歯車の一種である。
【0044】
歯形成面2には、所定のモジュールとなるよう複数の歯20が立設した状態となっている。本例で採用した7種類のディファレンシャル・ハイポイドギヤ(以下、適宜、「リングギヤ」という。)の諸元G1~G7に関しては、モジュール(4.84~5.95)、歯幅a(27.0~42.0mm)、ブランク厚b(13.00~28.70mm)及びb/aの値を、表3に示す。
【0045】
【0046】
強度評価用の試験片5は、
図2及び
図3に示すように、後述する3点曲げ試験に用いるものである。試験片5は、電気炉にて溶解して作製した鋳造片を鍛伸して棒鋼を作製し、棒鋼を焼鈍した後、粗加工し、浸炭熱処理を施し、ノッチ形成面51の0.2mm研削及びノッチ加工を行う仕上げ加工を行って、断面が25mm角の角柱状のものとした。ノッチ55は、すべての試験片5において、
図2及び
図3に示すように、長手方向中央に、開口角度60°の深さ2.5mmの丸底を有するノッチとした。
【0047】
浸炭熱処理としては、粗加工したディファレンシャル・ハイポイドギヤ又は試験片に対し、930℃に30分保持する予熱、950℃に75分保持する浸炭期、950℃に75分保持する拡散期、850℃に30分保持する均熱を経て、少なくとも400~500℃の温度域を7.5℃/秒以上の冷却速度となるよう、130℃の油中に投入して急冷する焼入れを行い、その後、150℃に60分保持する焼き戻しを行った。
【0048】
得られた試験用のディファレンシャル・ハイポイドギヤ1に対しては、歯面形状に関するクラウニング変化量、背面変形量、歯元内部硬さ、P1及びP2にけるマルテンサイト率M1及びM2の測定を行った。また、試験片に対しては3点曲げ試験による強度評価を行った。以下に、各評価の条件等を説明する。
【0049】
<クラウニング変化量>
図4に示すように、ディファレンシャル・ハイポイドギヤ1の歯20の歯面21におけるピッチ点位置の設計形状G1に対し、ピッチ円上において実際の成形形状G2がずれているずれ量ΔGを測定した。そして、基準として、Bの含有率が不可避的不純物レベルであって、実質的にBが含有されていない鋼種X(SCM425)を用いた比較例11におけるずれ量を基準(1.00)として、これとの比率をクラウニング変化量として算出した。
【0050】
<背面変形量>
図5に示すように、ディファレンシャル・ハイポイドギヤ1は、その軸方向において歯20を有する歯形成面2と反対側の背面25が、設計上は一平面(平面S1)上に位置するようになっているところ、浸炭焼入れ後において内周側が歯形成面2側に変形することが起こりやすい。本例では、背面25の内周端251の、設計上の平面S1からのずれ量ΔSを測定して、背面変形量とした。背面変形量は、ディファレンシャル・ハイポイドギヤ1の全周において等間隔で4箇所測定し、その平均値を用いた。そして、基準として、鋼種X(SCM425)を用いた比較例11におけるずれ量を基準(1.00)として、これとの比率が0.50以下を合格、0.50超えを不合格として評価した。
【0051】
<歯元内部硬さ>
歯中央部の歯元内部硬さについては、
図6に示す歯20を切除した切断面Q上の歯中央部(歯の径方向中央位置の歯元内部)Q1の硬さを測定することにより行った。歯中央部Q1の歯元内部硬さは、350HV~500HVの範囲であれば合格、この範囲から外れる場合を不合格とした。
【0052】
<3点曲げ試験>
ディファレンシャル・ハイポイドギヤ1の強度を評価するために、上述した試験片5を用いて、3点曲げ試験を行った。
図2に示すように、ノッチ55を設けたノッチ形成面51を、200mm間隔をあけて配置された2つの支点71上に配置し、圧子72により、試験片5の上面52のノッチ55に対向する位置を押圧し、試験片5に曲げ応力を加えた。そして、押圧する力を変化させて、複数条件の応力値で実験し、寿命が100回となる時の曲げ応力を求め、表3及び表4に記載した。そして、求めた値が1200MPa以上の場合を合格、それ未満の場合を不合格とした。なお、以下、この低サイクル曲げ強度のことを略して強度と記載する。
【0053】
なお、応力は、ノッチ形状を考慮した断面係数から求めたノッチ底表面曲げ応力の値で評価した。ここで、ノッチ形状を考慮した断面係数とは、
図2において、試験片高さTからノッチ深さである2.5mm(
図3参照)を差し引いた長さの四角形断面の断面係数のことを意味する。
【0054】
<歯幅a及びブランク厚b>
上述した式1は、上記のごとく、歯幅aとブランク厚bとを含む関係式になっている。ここで、歯幅a及びブランク厚bについて、
図7を用いて説明する。同図に示すように、歯幅aは、歯20の歯先201の径方向の寸法(大端部201aと小端部201bとの間の寸法)を意味する。ブランク厚bは、歯幅aの中点P
31から歯底面202に垂下した垂線と歯底面202との交点P
32から背面25に対して垂下した垂線の長さ寸法である。
【0055】
<マルテンサイト率差>
マルテンサイト(焼き戻しマルテンサイト)率の測定は、
図8に示すように、本体部10の軸線に沿った断面上において、内側測定点P1及び外側測定点P2の2点を中心とする周辺(測定方法は後述)において行った。内側測定点P1は、歯20の歯先201の大端部201aから小端部201bに向かって3/4a進んだ歯先上の点P
11から、歯20の歯底面202に垂下した垂線と歯底面202との交点P12からさらに背面25に対して垂下した垂線の長さ寸法dに対して背面25から3/4d離れた垂線上の位置である。
【0056】
外側測定点P2は、歯先201の大端部201aから小端部201bに向かって1/8a入った歯先上の点P21と、背面25の最大外径点252とを結んだ直線における歯底面202から最大外径点252との間の中点である。
【0057】
マルテンサイト率の測定は、切断面を研磨後ナイタールで腐食し、光学顕微鏡を介して撮影した写真を用いて行う。具体的には、得られた写真に対し、P1、P2それぞれの位置が中心になる(上下左右それぞれ5マス目の中央にP1、P2がくる)ようにして、間隔が10μmとなるように格子状の線(縦10本、横10本)を引き、100個の格子点位置における組織を観察し、組織がマルテンサイト(焼き戻しマルテンサイト)であった格子点の割合により、マルテンサイト率を求めるようにした。
【0058】
このように求めた内側測定点P1における焼き戻しマルテンサイト率M1と外側測定点P2における焼き戻しマルテンサイト率M2との差M2-M1が30%以上である場合を合格、30%未満の場合を不合格とする。
【0059】
上述したすべての評価の結果は表4及び表5に示す。そして、すべての評価結果が合格の場合には、総合判定が合格(〇)と示し、一つでも不合格があった場合には、総合判定が不合格(×)として示した。
【0060】
【0061】
【0062】
表4及び表5からわかるように、本発明の条件をすべて満足している実施例1~17は、歯元内部硬さ、マルテンサイト率(焼き戻しマルテンサイト率)差、背面変形、強度の評価を含めたすべての評価項目において合格し、B添加による高強度化を図ったうえで、浸炭後全体焼入れしても、NV抑制に有効な範囲に背面変形量を抑制できることが理解できる。
【0063】
背面変形量を小さくできた理由は、P1及びP2のマルテンサイト率M1及びM2の差異(M2-M1)が30%以上であることによる。このマルテンサイト率の差が、浸炭焼入れ処理時の加熱及び急冷による膨張・収縮の影響をうまく歪抑制に利用できると考えられる。
【0064】
すなわち、ディファレンシャル・ハイポイドギヤ1は、浸炭焼き入れ処理時において、加熱及び急冷による熱膨張・熱収縮の現象が生じると共に、オーステナイトからマルテンサイトへの変態による変態膨張の現象が生じる。これらの膨張や収縮は、冷却速度等によって生じるタイミングや程度が異なり、内側測定点P1と外側測定点P2においても、膨張・収縮が生じるタイミングと程度に差が生じる。
【0065】
図9に示すように、急冷時の冷却速度は、軸方向に突出して設けられた薄肉部である歯20を有する歯形成部2を含む領域Xが最も早くなる。そのため、急冷初期には、歯形成部2(領域X)において早期に相変態が生じ、熱収縮よりも変態膨張の影響が強くなり、軸方向に突出した歯形成部全体が径方向外方に変形する力が生じる。一方、このとき、前記P1及びP2を含む本体部10の内部の領域Yは、変態膨張がまだ始まらず、熱収縮により径方向内方に変形する力が生じる。これにより、急冷初期には、歯形成部が内径側から外径側に回転するような変形応力が生じ、背面においては内径側が軸方向内側に後退し外径側が軸方向外側に前進するような変形応力が生じ、背面の変形量は一旦大きくなる(
図9(i)→(ii))。
【0066】
次に、急冷がさらに進んで急冷後期になると、歯形成部の変態膨張は収まり、今度は、P1及びP2を含む本体部内部の変態膨張の影響が大きくなる。このとき、P1のマルテンサイト率M1よりもP2のマルテンサイト率M2が高くなるように化学成分組成の調整及び焼入れ条件等を調整しておくことにより、外径側で背面側に近いP2近傍の領域Y2の変態膨張の影響が、内側測定点P1近傍の領域Y1よりも強くなり、上述した急冷初期と全く逆方向の変形応力が生じ、背面の状態が初期状態に戻る方向に変形する。これにより、最終的な背面変形量は小さくなる(
図9(iii)→(iv))。
【0067】
以上のようにマルテンサイト率の差異を得ることによって、最終的に背面変形量を低減することが可能である。そして、このマルテンサイト率の差(M2-M1≧30%)を実現するには、上述した式1を満足することが有効である。
【0068】
また、実施例1~8は、比較的クラウニング変化量が大きいにもかかわらず、NVが十分に抑制された。これは、クラウニング変化量が大きくなることによるNV悪化効果よりも背面変形量低減によるNV低減効果が凌駕することによるものである。
【0069】
なお、実施例1~8は、先行技術である特許文献5に記載された以下の式1(特許文献5の式1)及び式2(特許文献5の式2)の少なくとも一方を満足しない例である。
【0070】
特許文献5の式1:405≦-684[C]-75[Mn]-22[Cr]-27[Mo]-11479[B]+680≦445、(但し、式1中における[C]、[Mn]、[Cr]、[Mo]及び[B]は、それぞれ、C、Mn、Cr、Mo及びBの含有率(質量%)を示す)
【0071】
特許文献5の式2:55≦536[C]+56.2[Si]-33[Mn]+20.1[Cr]-115[Mo]+6615[B]-93、(但し、式2中における[C]、[Si]、[Mn]、[Cr]、[Mo]及び[B]は、それぞれ、C、Si、Mn、Cr、Mo及びBの含有率(質量%)を示す)
【0072】
また、実施例9~17は、上記特許文献5の式1及び2を満たすものであり、クラウニング変化量低減と、マルテンサイト率の差(M2-M1≧30%)を具備することによる背面変形量の抑制効果によって、優れたNV抑制効果が得られるものと考えられる。
【0073】
一方、比較例1は、基本的化学成分組成は所望の範囲にあるものの、式1及び式2を満たさず、焼入れ性を十分に高めることができなかったことにより、歯元内部硬さが低くなった。
【0074】
比較例2、4~9は、基本的化学成分組成は所望の範囲にあるものの、式1を満たさず、マルテンサイト率の差(M2-M1≧30%)を満たさず、背面変形量が大きくなった。
【0075】
比較例3は、基本的な化学成分組成においてSi含有量が低すぎ、強度不足となった。
【0076】
比較例10は、Si含有率が高すぎるため、浸炭性が低下し、浸炭層の炭素含有率が狙い通り高まらず、浸炭層が薄くなり、強度が低下した。
【0077】
比較例11は、Tiが添加されていないため、BN析出抑制が不十分となり、Bの粒界強化が不十分となって強度が低下した。
【0078】
比較例12は、Cr含有率が低く焼入性が低下し、この例では内硬はぎりぎり確保できたものの、焼入組織が不完全となって、強度が低下した。
【0079】
比較例13及び14は、B(ホウ素)を含有しない従来鋼であり、歪は十分に抑制できているものの、B添加による粒界強化による効果が得られていないので、強度不足となった。
【0080】
ここで、背面変形量と式1(左辺)との関係を
図10に示す。同図は、横軸に式1の左辺の値を取り、縦軸に背面変形量(μm)を取ったものである。そして、実施例1~17及び比較例1~比較例14の合計31点すべてをプロットした。
【0081】
同図から理解できるように、式1の左辺の値を40以下に抑制することによって、背面変形量を十分に抑制することができるということがわかる。