(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024134158
(43)【公開日】2024-10-03
(54)【発明の名称】フェノキシ樹脂アイオノマー、それを含有する組成物、樹脂フィルム、パウダー、並びに、フェノキシ樹脂アイオノマーの製造方法及び樹脂フィルムの製造方法
(51)【国際特許分類】
C08G 65/48 20060101AFI20240926BHJP
【FI】
C08G65/48
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023044307
(22)【出願日】2023-03-20
(71)【出願人】
【識別番号】000006644
【氏名又は名称】日鉄ケミカル&マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115118
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邊 和浩
(74)【代理人】
【識別番号】100095588
【弁理士】
【氏名又は名称】田治米 登
(74)【代理人】
【識別番号】100094422
【弁理士】
【氏名又は名称】田治米 惠子
(74)【代理人】
【識別番号】110000224
【氏名又は名称】弁理士法人田治米国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】原子 涼丞
【テーマコード(参考)】
4J005
【Fターム(参考)】
4J005BD00
(57)【要約】
【課題】 フェノキシ樹脂の特徴を損なうことなく、耐熱性及び耐溶剤性を向上させる。
【解決手段】 酸性官能基による酸変性率が10~80%の範囲内の酸変性フェノキシ樹脂中に含まれる酸性官能基の一部分又は全部が金属イオンで中和されているフェノキシ樹脂アイオノマー。酸性官能基はカルボキシル基であることが好ましく、酸変性フェノキシ樹脂はカルボン酸変性フェノキシ樹脂であることが好ましい。フェノキシ樹脂アイオノマーは、数式(1)にて計算される中和率が10~80%の範囲内であることが好ましい。
中和率(%)=[Vm×Mm÷Mf]×100 … 数式(1)
[ここで、Vmは金属イオンの価数、Mmは金属化合物における金属イオンの含有量(モル数)、Mfは酸変性フェノキシ樹脂中の酸性官能基の含有量(モル数)を意味する]
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸性官能基による酸変性率が10~80%の範囲内の酸変性フェノキシ樹脂中に含まれる前記酸性官能基の一部分又は全部が金属イオンで中和されているフェノキシ樹脂アイオノマー。
【請求項2】
前記酸性官能基がカルボキシル基であり、前記酸変性フェノキシ樹脂がカルボン酸変性フェノキシ樹脂である請求項1に記載のフェノキシ樹脂アイオノマー。
【請求項3】
前記金属イオンが金属化合物に由来するものであり、下記の数式(1)にて計算される中和率が10~80%の範囲内である請求項1に記載のフェノキシ樹脂アイオノマー。
中和率(%)=[Vm×Mm÷Mf]×100 … 数式(1)
[ここで、Vmは金属イオンの価数、Mmは金属化合物における金属イオンの含有量(モル数)、Mfは酸変性フェノキシ樹脂中の酸性官能基の含有量(モル数)を意味する]
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載のフェノキシ樹脂アイオノマー、
及び、
有機溶媒、
を含有するフェノキシ樹脂アイオノマー組成物。
【請求項5】
前記有機溶媒が、カルボン酸変性フェノキシ樹脂を可溶であり、かつ、以下の条件(1)又は条件(2);
条件(1):金属イオンの前駆体である金属カルボン酸塩を可溶である、
又は、
条件(2):炭素数1~3のアルコール類との相溶が可能である、
の少なくとも片方の条件を満たすものである請求項4に記載のフェノキシ樹脂アイオノマー組成物。
【請求項6】
請求項1から3のいずれか1項に記載のフェノキシ樹脂アイオノマーを含有する樹脂フィルム。
【請求項7】
請求項1から3のいずれか1項に記載のフェノキシ樹脂アイオノマーを含有するパウダー。
【請求項8】
以下の工程i)及び工程ii);
i)極性溶媒中にてフェノキシ樹脂の2級水酸基と酸性官能基供与性化合物を反応させることによって酸変性率が10~80%の範囲内の酸変性フェノキシ樹脂を生成させる工程、
及び
ii)酸変性フェノキシ樹脂に極性溶媒に溶解した金属化合物を添加することによって、前記酸変性フェノキシ樹脂をアイオノマー化する工程、
を含むフェノキシ樹脂アイオノマーの製造方法。
【請求項9】
酸性官能基供与性化合物が、下記の一般式(1)又は一般式(2)で表される無水カルボン酸化合物である請求項8に記載のフェノキシ樹脂アイオノマーの製造方法。
【化1】
[一般式(1)及び一般式(2)中、基Rは、それぞれ独立に、水素原子、炭化水素基、ハロゲン原子、アルコキシ基、エステル基、シアノ基、アミド基、イミド基、シリル基、カルボキシル基、または、極性基で置換された炭化水素基であり、前記極性基が、ハロゲン原子、アルコキシ基、エステル基、ニトロ基、シアノ基、アミド基、イミド基、シリル基である。]
【請求項10】
以下の工程I)及び工程II);
I)請求項4に記載のフェノキシ樹脂アイオノマー組成物をキャストして塗膜を形成する工程、
及び
II)前記塗膜を乾燥する工程、
を含む樹脂フィルムの製造方法。
【請求項11】
前記工程II)では、加熱乾燥の後で真空乾燥を実施する請求項10に記載の樹脂フィルムの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種の工業製品に利用可能なフェノキシ樹脂アイオノマー、それを含有する組成物、樹脂フィルム、パウダー、並びに、フェノキシ樹脂アイオノマーの製造方法及び樹脂フィルムの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
熱可塑性ポリヒドロキシポリエーテル樹脂はフェノキシ樹脂として知られており、可撓性、耐衝撃性、密着性などが優れることから、電子分野では、絶縁フィルムや接着フィルムなどの広範囲の用途で使用されている。また、繊維強化複合材料のマトリックス樹脂として、機械的特性、炭素繊維との密着性の改良に用いられてきた。しかしながら、従来のフェノキシ樹脂は、熱可塑性樹脂としての特性から、耐熱性や機械的特性が十分でなく、高温環境下においては急激に密着性などが低下するという欠点があった。また、フェノキシ樹脂は有機溶媒によって溶解しやすいため、耐溶剤性の改善も求められていた。
【0003】
フェノキシ樹脂のこれら課題に対して、架橋形成によって解決を図る方法が検討されてきた。例えばフェノキシ樹脂の2級水酸基に酸無水物を架橋剤として架橋させることで、熱安定性に優れる架橋フェノキシ樹脂が得られることが知られている。
【0004】
特許文献1では、フェノキシ樹脂と酸無水物を反応させてなる酸無水物変性フェノキシ樹脂と、酸無水物基と反応して酸無水物変性フェノキシ樹脂を重合可能な官能基を分子中に2個以上有する架橋剤と、を反応させることで、耐熱性に優れる架橋フェノキシ樹脂を合成している。
【0005】
特許文献2では、フェノキシ樹脂と架橋剤とをドライブレンドして得られる無溶剤系のフェノキシ樹脂組成物を予め成形した後、加熱してフェノキシ樹脂の水酸基を架橋剤により架橋させることによって、耐熱性に優れる架橋フェノキシ樹脂を合成している。特許文献2では、架橋によって耐熱性を改善しているが、有機溶媒を含むワニス中では架橋フェノキシ樹脂が得られていない。
【0006】
ところで、金属化合物を用いてポリマーを架橋するアイオノマーと呼ばれるイオン架橋性樹脂が知られている。特許文献3では、酸基および酸無水物基から選ばれる少なくとも1種の官能基を有するオレフィン重合体と、金属化合物とを反応させて得られるアイオノマー組成物を開示している。またフェノキシ樹脂アイオノマーに関しても非特許文献1に開示されているが、アイオノマーをエポキシ樹脂の硬化触媒として用いることでTgレス化を検討しており、密着性や耐溶剤性については開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平11-135901号公報
【特許文献2】国際公開WO2014/157132
【特許文献3】特開2020-158682号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】西田裕文、松田聡、岸肇、村上惇 イオン含有ポリマーを硬化触媒とするエポキシ樹脂のTgレス化 日本接着学会誌 Vol.42 No.1(2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、フェノキシ樹脂の特徴を損なうことなく、耐熱性及び耐溶剤性を向上させることを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、鋭意研究の結果、フェノキシ樹脂を酸変性した後、金属イオンを用いてアイオノマー化することによって耐熱性及び耐溶剤性を向上させ得ることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明のフェノキシ樹脂アイオノマーは、酸性官能基による酸変性率が10~80%の範囲内の酸変性フェノキシ樹脂中に含まれる前記酸性官能基の一部分又は全部が金属イオンで中和されている。
【0012】
本発明のフェノキシ樹脂アイオノマーは、前記酸性官能基がカルボキシル基であってよく、前記酸変性フェノキシ樹脂がカルボン酸変性フェノキシ樹脂であってもよい。
【0013】
本発明のフェノキシ樹脂アイオノマーは、前記金属イオンが金属化合物に由来するものであってよく、下記の数式(1)にて計算される中和率が10~80%の範囲内であってもよい。
中和率(%)=[Vm×Mm÷Mf]×100 … 数式(1)
[ここで、Vmは金属イオンの価数、Mmは金属化合物における金属イオンの含有量(モル数)、Mfは酸変性フェノキシ樹脂中の酸性官能基の含有量(モル数)を意味する]
【0014】
本発明のフェノキシ樹脂アイオノマー組成物は、上記フェノキシ樹脂アイオノマー、及び、有機溶媒、を含有する。
【0015】
本発明のフェノキシ樹脂アイオノマー組成物は、前記有機溶媒が、カルボン酸変性フェノキシ樹脂を可溶であり、かつ、以下の条件(1)又は条件(2);
条件(1):金属イオンの前駆体である金属カルボン酸塩を可溶である、
又は、
条件(2):炭素数1~3のアルコール類との相溶が可能である、
の少なくとも片方の条件を満たすものであってよい。
【0016】
本発明の樹脂フィルムは、上記フェノキシ樹脂アイオノマーを含有するものである。
【0017】
本発明のパウダーは、上記フェノキシ樹脂アイオノマーを含有するものである。
【0018】
本発明のフェノキシ樹脂アイオノマーの製造方法は、以下の工程i)及び工程ii);
i)極性溶媒中にてフェノキシ樹脂の2級水酸基と酸性官能基供与性化合物を反応させることによって酸変性率が10~80%の範囲内の酸変性フェノキシ樹脂を生成させる工程、
及び
ii)酸変性フェノキシ樹脂に極性溶媒に溶解した金属化合物を添加することによって、前記酸変性フェノキシ樹脂をアイオノマー化する工程、
を含んでいる。
【0019】
本発明のフェノキシ樹脂アイオノマーの製造方法は、酸性官能基供与性化合物が、下記の一般式(1)又は一般式(2)で表される無水カルボン酸化合物であってよい。
【0020】
【0021】
一般式(1)及び一般式(2)中、基Rは、それぞれ独立に、水素原子、炭化水素基、ハロゲン原子、アルコキシ基、エステル基、シアノ基、アミド基、イミド基、シリル基、カルボキシル基、または、極性基で置換された炭化水素基であり、前記極性基が、ハロゲン原子、アルコキシ基、エステル基、ニトロ基、シアノ基、アミド基、イミド基、シリル基である。
【0022】
本発明の樹脂フィルムの製造方法は、以下の工程I)及び工程II);
I)上記フェノキシ樹脂アイオノマー組成物をキャストして塗膜を形成する工程、
及び
II)前記塗膜を乾燥する工程、
を含んでいる。この場合、前記工程II)では、加熱乾燥の後で真空乾燥を実施してもよい。
【発明の効果】
【0023】
本発明のフェノキシ樹脂アイオノマーは、フェノキシ樹脂の特徴である実用上十分なせん断強度や透明性を保持したまま、耐熱性及び耐薬品性が改善されている。また、本発明のフェノキシ樹脂アイオノマーは、ワニス状の組成物、樹脂フィルム、パウダーなど様々な形態にすることができる。そのため、多用途への適用が容易であり、例えば、絶縁フィルム、接着フィルム、繊維強化複合材料のマトリックス樹脂、自動車部品などに好適な金属と樹脂との複合材料、鋼材用制震部材、包装用フィルム、容器類、スポーツ用品用途などとして多くの工業製品への利用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】実施例・比較例で製造した樹脂フィルムの真空乾燥前の赤外線吸収スペクトル(IR)を示す図である。
【
図2】実施例・比較例で製造した樹脂フィルムの真空乾燥後の赤外線吸収スペクトル(IR)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
次に、本発明の実施の形態について説明する。
【0026】
[フェノキシ樹脂アイオノマー]
本発明のフェノキシ樹脂アイオノマーは、酸性官能基による酸変性率が10~80%の範囲内の酸変性フェノキシ樹脂中に含まれる酸性官能基の一部分又は全部が金属イオンで中和されているものである。ここで、「アイオノマー」とは、高分子鎖に金属イオンが導入されたイオン性高分子材料である。アイオノマーは、導入されたイオンがイオン結合性架橋を形成する一方で、高温域ではイオン結合の解離により流動性を持つという特徴を有する。
【0027】
<酸変性フェノキシ樹脂>
酸変性フェノキシ樹脂は、フェノキシ樹脂中の2級水酸基を、酸性官能基を供与可能な化合物(酸性官能基供与性化合物)により変性したものである。酸変性フェノキシ樹脂の原料となるフェノキシ樹脂は、2価フェノール化合物とエピハロヒドリンとの縮合反応、あるいは2価フェノール化合物と2官能エポキシ樹脂との重付加反応から得られる非晶性の熱可塑性樹脂である。なお、フェノキシ樹脂は、別の呼び方としてポリヒドロキシポリエーテル樹脂、熱可塑性エポキシ樹脂と呼ばれることもある。
【0028】
原料のフェノキシ樹脂は、溶液中あるいは無溶媒下に従来公知の方法で得ることができる。
【0029】
原料のフェノキシ樹脂の重量平均分子量(Mw)は、通常10,000~200,000の範囲内であるが、好ましくは20,000~100,000の範囲内であり、より好ましくは30,000~80,000の範囲内である。Mwが低すぎるとアイオノマー化したときの強度が不十分になりやすく、高すぎると作業性や加工性に劣るものとなりやすい。なお、Mwはゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)で測定し、標準ポリスチレン検量線を用いて換算した値である。
【0030】
原料のフェノキシ樹脂の水酸基当量(g/eq)は、通常50~1000の範囲内であるが、好ましくは50~750の範囲内であり、特に好ましくは50~500の範囲内である。なお、水酸基当量が低すぎると酸変性可能な水酸基が多くなるため、酸変性率を低く設定する必要があり、水酸基当量が高すぎると酸変性可能な水酸基が少なくなるため、酸変性率を高く設定する必要がある。
【0031】
原料のフェノキシ樹脂のガラス転移温度(Tg)は、例えば65℃~160℃の範囲内のものが適するが、好ましくは70℃~150℃の範囲内である。なお、ガラス転移温度は、後記実施例に記載の方法で測定できる。
【0032】
原料のフェノキシ樹脂としては、特に限定されないが、ビスフェノールA型フェノキシ樹脂(例えば、日鉄ケミカル&マテリアル社製の商品名フェノトートYP-50、YP-50S、YP-55U、HUNTSMAN社製のPKHH、PKHB、三菱ケミカル社製のYX7200B35)、ビスフェノールF型フェノキシ樹脂(例えば、日鉄ケミカル&マテリアル社製の商品名フェノトートFX-316)、ビスフェノールAとビスフェノールFの共重合型フェノキシ樹脂(例えば、日鉄ケミカル&マテリアル社製の商品名YP-70)、あるいは特殊フェノキシ樹脂(例えば、日鉄ケミカル&マテリアル社製の商品名フェノトートYPB-43C、FX293、FX280Sなど)、などが挙げられ、これらを単独または2種以上を混合して使用することができる。
なお、フェノキシ樹脂として、一般的にフェノキシ樹脂と呼称される重合済みのポリヒドロキシポリエーテル樹脂を使用することが本発明では好ましいが、前記と同程度の平均分子量(例えば、重量平均分子量では40000~50000)以上に重合した現場重合型フェノキシ樹脂であっても良い。これらフェノキシ樹脂の中でも、ビスフェノールA型フェノキシ樹脂またはビスフェノールAとビスフェノールFの共重合型フェノキシ樹脂がより好適に使用される。
【0033】
酸変性フェノキシ樹脂は、酸性官能基を有する。酸性官能基としては、例えばカルボキシル基、スルホ基、リン酸基、フェノール性水酸基など挙げられるが、工業的生産を考慮すると、カルボキシル基が好ましい。また、酸性官能基供与性化合物としては、例えば、無水マレイン酸、無水酢酸、無水コハク酸などの無水カルボン酸化合物を用いることが好ましい。無水カルボン酸化合物としては、例えば、下記の一般式(1)で表される無水フタル酸及びその誘導体、又は、一般式(2)で表されるシクロヘキシル無水フタル酸及びその誘導体が好ましい。
【0034】
【0035】
一般式(1)及び一般式(2)中、基Rは、それぞれ独立に、水素原子、炭化水素基、ハロゲン原子、アルコキシ基、エステル基、シアノ基、アミド基、イミド基、シリル基、カルボキシル基、または、極性基で置換された炭化水素基であり、前記極性基が、ハロゲン原子、アルコキシ基、エステル基、ニトロ基、シアノ基、アミド基、イミド基、シリル基である。
【0036】
酸変性フェノキシ樹脂における酸変性率は、例えば10~80%の範囲内であり、20~60%の範囲内が好ましい。酸変性率が10%を下回ると、金属イオンとの反応による架橋点が少なくなるためアイオノマーとしての性質が十分に発現できない。酸変性率が80%を超えると、酸変性フェノキシ樹脂がワニスの状態でゲル化しやすくなってハンドリング性が著しく低下するほか、フェノキシ樹脂に固有の可撓性、耐衝撃性、密着性などの諸特性が損なわれる場合があり、特にフェノキシ樹脂アイオノマーのせん断強度がフェノキシ樹脂よりも大きく低下する懸念がある。
【0037】
なお、酸変性率は、フェノキシ樹脂中の2級水酸基の全量(モル数)に対する酸性官能基供与性化合物の仕込み添加量(モル%)を意味する。具体的には、例えば酸変性率が「20%」とは、フェノキシ樹脂中の2級水酸基の全量(モル数)に対して、酸性官能基が20モル%となるように酸性官能基供与性化合物を添加したことを意味している。
【0038】
<金属イオン>
金属イオンを構成する金属種は、例えば、アルカリ金属、アルカリ土類金属、遷移金属などから適宜選択することができる。また、好ましい金属種としては、例えば、リチウム、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、アルミニウム、チタン、ジルコニウム、亜鉛、銅、鉄、バリウム、金などを挙げることができる。なお、金属イオンは1価もしくは2価以上の多価イオンのいずれであっても良く、種類や価数がことなる2種以上の金属イオンを併用してもよい。
【0039】
金属イオンは、例えば、金属塩、金属酸化物、金属水酸化物、アルコキシド等の金属錯体などの金属化合物を原料とすることができる。特に、酢酸塩やギ酸塩、シュウ酸塩などの金属カルボン酸塩を用いることが好ましい。
【0040】
<中和率>
フェノキシ樹脂アイオノマーは、酸変性フェノキシ樹脂の酸性官能基の一部分又は全部が、金属化合物に由来する金属イオンで中和されている。中和率は、下記の数式(1)にて計算することができる。
中和率(%)=[Vm×Mm÷Mf]×100 … 数式(1)
ここで、Vmは金属イオンの価数、Mmは金属化合物における金属イオンの含有量(モル数)、Mfは酸変性フェノキシ樹脂中の酸性官能基の含有量(モル数)を意味する。
【0041】
中和率は、10~80%の範囲内であることが好ましく、20~70%の範囲内がより好ましく、25~60%の範囲内がさらに好ましい。この場合、前提となる酸変性率は10~80%の範囲内であることが好ましい。このような酸変性率の範囲において、中和率が10%を下回ると、金属イオンによる架橋点が少なくなるためアイオノマーとしての性質が十分に発現できない。前記酸変性率の範囲において、中和率が80%を超えると、フェノキシ樹脂に固有の可撓性、耐衝撃性、密着性などの諸特性が損なわれる場合があり、また、中和率が100%になると、せん断強度の低下、耐薬品性の低下、透明性の低下による外観不良などが生じることもある。
【0042】
なお、中和率は、酸変性フェノキシ樹脂中の酸性官能基の全量(モル数)に対する金属化合物の仕込み添加量(モル%)を意味する。例えば、金属イオンの価数が1の場合、中和率が「50%」とは、酸変性フェノキシ樹脂中に含まれる酸性官能基の全量(モル数)に対して、金属イオンが50モル%となるように金属化合物を添加したことを意味している。
従って、例えば、酸変性率が「20%」のときの中和率が「50%」とは、フェノキシ樹脂中の2級水酸基の全量(モル数)に対して、酸性官能基が20モル%になるように酸性官能基供与性化合物を添加することによって得られた酸変性フェノキシ樹脂が20モル%の酸性官能基を有するものとみなし、その酸性官能基の全量(モル数)に対して50モル%になるように金属化合物を添加したことを意味している。
【0043】
本発明のフェノキシ樹脂アイオノマー中に含まれる金属イオンの重量比率は、例えば0.1~20重量%の範囲内が好ましく、0.5~15重量%の範囲内がより好ましい。金属イオンの重量比率が0.1%を下回ると、金属イオンによる架橋点が少なくなるためアイオノマーとしての性質が十分に発現できない。金属イオンの重量比率が20%を超えると、フェノキシ樹脂に固有の可撓性、耐衝撃性、密着性などの諸特性が損なわれる場合がある。
【0044】
<フェノキシ樹脂アイオノマーの製造方法>
本発明のフェノキシ樹脂アイオノマーは、フェノキシ樹脂を酸性官能基供与性化合物によって酸変性した後、金属化合物を作用させることによって製造できる。ここでは、酸性官能基供与性化合物として無水カルボン酸化合物を用い、フェノキシ樹脂を変性する場合を例に挙げて説明する。
【0045】
工程i):
工程i)では、極性溶媒中にてフェノキシ樹脂の2級水酸基と無水カルボン酸化合物を反応させることによって酸変性率が10~80%の範囲内のカルボン酸変性フェノキシ樹脂を生成させる。ここで、酸変性率が10%を下回ると、次の工程ii)で金属イオンとの反応による架橋点が少なくなるためアイオノマーとしての性質が十分に発現できない。一方、酸変性率が80%を超えると、酸変性フェノキシ樹脂がワニスの状態でゲル化しやすくなってハンドリング性が著しく低下するほか、フェノキシ樹脂に固有の可撓性、耐衝撃性、密着性などの諸特性が損なわれる場合があり、特にフェノキシ樹脂アイオノマーのせん断強度がフェノキシ樹脂よりも大きく低下する懸念がある。
【0046】
工程i)は、触媒の存在下で行うことが好ましい。工程i)で使用される触媒としては、例えば3級アミンのような活性水素を有しない触媒が好ましい。触媒が架橋点となる場合や、求核性が高すぎる場合、酸変性フェノキシ樹脂やフェノキシ樹脂アイオノマーが高温でゲル化する恐れがある。好ましい触媒の具体例としては、ジメチルアミノピリジン(DMAP)、9-アザジュロリジンなどを挙げることができる。
【0047】
工程i)で用いる極性溶媒の具体例としては、ジエチレングリコールジメチルエーテル(MDM;ジグライム)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)、N,N-ジエチルアセトアミド、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、テトラヒドロフラン(THF)、トリグライム、ジオキサン、エチレングリコールモノメチルエーテル、アセトンなどが挙げられる。これらの溶媒を2種以上併用して使用することもできる。
【0048】
工程i)では、反応に際して、例えば80~120℃の範囲内に加熱することが好ましい。反応温度が80℃未満では反応時間延長となり、120℃を超えるとCOOH基とOH基の縮合が進行し、ゲル化することがある。
【0049】
工程ii):
工程ii)では、工程i)で合成したカルボン酸変性フェノキシ樹脂に、極性溶媒に溶解した金属化合物を添加することによって、カルボン酸変性フェノキシ樹脂をアイオノマー化する。
【0050】
工程ii)で用いる極性溶媒としては、工程i)で挙げたものと同じ極性溶媒や、アルコール系溶媒が好ましい。アルコール系溶媒の具体例としては、炭素数1~4の低級アルコールが好ましく、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノールなどを挙げることができる。
【0051】
工程ii)では、反応に際して、例えば40~100℃の範囲内に加熱することが好ましい。反応温度が40℃未満では反応時間が長くかかり過ぎ、100℃を超えるとアルコールの揮発が激しく、金属イオンが反応する前に塩として析出してしまう。
なお、工程ii)は、工程i)に引き続いて行うことができる。すなわち、工程i)で使用した触媒や溶媒を含むカルボン酸変性フェノキシ樹脂の溶液に、アルコール系溶媒などの極性溶媒に溶解させた金属化合物を添加することができる。ただし、触媒が残留しているとゲル化の原因となりうることから、工程i)の後、工程ii)の前に、触媒を除去する精製工程を実施してもよい。
【0052】
上記の工程i)、工程ii)を行うことによってフェノキシ樹脂アイオノマーを合成できる。原料のフェノキシ樹脂として、日鉄ケミカル&マテリアル社製のビスフェノールA型フェノキシ樹脂であるフェノトートYP-50S(商品名)を用いた場合の合成反応の概要は下記のとおりである。ここで、nは構成単位の繰り返し数を示し、Mは金属原子、M+は金属イオンを意味する。
【0053】
【0054】
工程i)では、原料のフェノトートYP-50Sから、そのカルボン酸変性物YPS-COOHまでの反応が行われる。なお、カルボン酸変性物YPS-COOH中にはカルボン酸で変性されていない-OH基を含み得るが、ここでは省略している。
工程ii)では、カルボン酸変性物YPS-COOHからフェノキシ樹脂アイオノマーYPS-COO-Mが合成される。フェノキシ樹脂アイオノマー中では、金属イオンM+を介してイオン結合性架橋が形成されている。
【0055】
合成されたフェノキシ樹脂アイオノマーは、後記実施例に示すように、赤外線吸収スペクトル(IR)によって確認することができる。具体的には、-COOHのC=O伸縮振動ピーク(1715cm-1)の減少と、-COO・M+のC=O伸縮振動ピーク(1567cm-1)の増大によって、カルボン酸変性フェノキシ樹脂からフェノキシ樹脂アイオノマーの合成を確認できる。
【0056】
なお、フェノキシ樹脂アイオノマー中に未反応の-COOHの量が多いとゲル化の原因となりやすいため、これを低減しておくことが好ましい。未反応の-COOHの量は、金属化合物の仕込み添加量に基づく中和率からは把握できない。そのため、例えば、赤外線吸収スペクトル(IR)における-COOHのC=O伸縮振動ピーク(1720cm-1)と-COO・M+のC=O伸縮振動ピーク(1560cm-1)によって、未反応の-COOHの残存量を推算することができる。
【0057】
また、得られたフェノキシ樹脂アイオノマーを含む溶液を真空乾燥することにより、アイオノマー骨格を保持したままフェノキシ樹脂アイオノマー中の未反応の-COOHを低減することが可能になり、ゲル化の防止に有効である。
【0058】
フェノキシ樹脂アイオノマーは、原料のフェノキシ樹脂に比べて、より高いガラス転移温度(Tg)を有するものとなる。例えば、原料のフェノキシ樹脂に対して、+5~+50℃の範囲内でTgが高くなる。したがって、フェノキシ樹脂アイオノマーは、原料のフェノキシ樹脂に比較して耐熱性が向上したものとなる。
また、フェノキシ樹脂アイオノマーは、イオンどうしの凝集によるイオン会合体の形成によって耐薬品性も向上する。
【0059】
<フェノキシ樹脂アイオノマー組成物>
フェノキシ樹脂アイオノマー組成物は、本発明のフェノキシ樹脂アイオノマー及び有機溶媒を含有する。
有機溶媒としては、カルボン酸変性フェノキシ樹脂を可溶であり、かつ、以下の条件(1)又は条件(2);
条件(1):金属イオンの前駆体である金属カルボン酸塩を可溶である、
又は、
条件(2):炭素数1~3のアルコール類との相溶が可能である、
の少なくとも片方の条件を満たすものが好ましい。
【0060】
カルボン酸変性フェノキシ樹脂を可溶であり、かつ、条件(1)を満たす有機溶媒の具体例としては、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)、テトラヒドロフラン(THF)などを挙げることができる。
また、カルボン酸変性フェノキシ樹脂を可溶であり、かつ、条件(2)を満たす有機溶媒の具体例としては、例えば、ジエチレングリコールジメチルエーテル(MDM;ジグライム)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、エタノール、メタノールなどを挙げることができる。
上記有機溶媒の中でも、条件(1)と条件(2)を同時に満たすものとして、ジメチルスルホキシド(DMSO)が特に好ましい。
【0061】
フェノキシ樹脂アイオノマー組成物は、フェノキシ樹脂アイオノマーと有機溶媒とを混合することによって製造できる。なお、有機溶媒としては、重合反応に用いた有機溶媒をそのまま使用することもできる。有機溶媒の含有量としては特に制限されるものではないが、フェノキシ樹脂アイオノマーの濃度が10~60重量%程度となるように調整することが好ましい。
【0062】
フェノキシ樹脂アイオノマー組成物は、任意成分として、例えば、有機フィラー、無機フィラー、可塑剤、顔料、難燃剤、染料、界面活性剤、カップリング材、UV吸収材、短繊維、ナノカーボンなどを含有することができる。
【0063】
<樹脂フィルム>
本発明の樹脂フィルムは、フェノキシ樹脂アイオノマーを含有する。樹脂フィルムには、シート状のものも含まれる。樹脂フィルムは、全樹脂成分に対して50重量%を超えるフェノキシ樹脂アイオノマーを含有することが好ましく、70重量%以上含有することがより好ましく、80重量%以上含有することがさらに好ましい。樹脂成分の全てが本発明のフェノキシ樹脂アイオノマーからなるものであってもよい。
【0064】
樹脂フィルムは、任意成分を含有することができる。任意成分の具体例としては、有機フィラー、無機フィラー、可塑剤、顔料、難燃剤、染料、界面活性剤、カップリング材、UV吸収材、短繊維、ナノカーボンなどを含有することができる。
【0065】
樹脂フィルムの厚みは、用途に応じて適宜設定可能であるが、例えば、絶縁フィルムや接着剤フィルムとしての用途では、1~500μmの範囲内とすることができる。樹脂フィルムは、例えば、金属箔、ガラス板、フェノキシ樹脂アイオノマー以外の材質の樹脂フィルムなどの基材に積層された状態であってもよい。
【0066】
樹脂フィルムは、後記実施例に示す方法で測定されるせん断強度が、15MPa以上であることが好ましく、17~25MPaの範囲内であることがより好ましい。せん断強度が、15MPa以上であることによって、例えば、絶縁フィルム、接着フィルム、繊維強化複合材料のマトリックス樹脂、金属と樹脂との複合材料、包装用フィルム、容器類、スポーツ用品用途などとして各種工業製品への利用が可能になる。
【0067】
<樹脂フィルムの製造方法>
本発明の樹脂フィルムは、公知の手法によって製造できる。フェノキシ樹脂アイオノマー組成物を使用する場合は、例えば、以下の工程I)及び工程II)を実施することによって樹脂フィルムを製造できる。
【0068】
工程I):
工程Iでは、フェノキシ樹脂アイオノマー組成物を任意の支持基材上にキャストして塗膜を形成する。支持基材上に塗布する方法としては特に制限されず、例えばコンマ、ダイ、ナイフ、リップなどのコーターにて実施できる。
【0069】
工程II):
工程II)では、工程I)で得た塗膜を乾燥する。乾燥は、公知の手法によって行うことが可能であり、例えば、ホットプレートによる乾燥、真空乾燥、熱風乾燥などによって行うことが可能である。
【0070】
工程II)で常圧での加熱乾燥を行う場合は、例えば80~180℃の範囲内に加熱することが好ましい。乾燥温度が80℃未満では乾燥に時間が長くかかり過ぎ、180℃を超えるとゲル化することがある。
また、外観上良好なフィルムを得るためには、真空乾燥が好適である。真空乾燥は、例えば真空オーブン中で、圧力0.095MPa以下、温度50~180℃の範囲内、時間10分~300分の範囲内で行うことが好ましい。
温度が50℃未満では、乾燥に時間が長くかかり過ぎ、180℃を超えるとゲル化することがある。
【0071】
また、工程II)では、2段階に分けて塗膜の乾燥を行ってもよい。例えば、ホットプレートによる常圧での加熱乾燥の後で、真空オーブン中で真空乾燥を実施することができる。2段階の乾燥は、フェノキシ樹脂アイオノマー中に残留している未反応の-COOHの量を低減し、ゲル化を抑制する目的で有効である。
【0072】
<パウダー>
本発明のパウダーは、フェノキシ樹脂アイオノマーを含有する。パウダー形状とすることによって、例えば粉体塗工により繊維材料へ付着させることが可能となり、繊維強化樹脂(FRP)のマトリクス樹脂としての適用が容易になる。本発明のパウダーは、合成したフェノキシ樹脂アイオノマーを含むワニスから溶媒を除去した固化物を所望の粒子径となるように粉砕するか、上記樹脂フィルムを所望の粒子径となるように粉砕することによって製造できる。
【0073】
パウダーは、任意成分を含有することができる。任意成分の具体例としては、有機フィラー、無機フィラー、可塑剤、顔料、難燃剤、染料、界面活性剤、カップリング材、UV吸収材、短繊維、ナノカーボンなどを挙げることができる。
【0074】
パウダーの平均粒子径は、用途に応じて適宜設定可能である。例えば、繊維強化樹脂(FRP)のマトリックス樹脂として適用する目的で繊維材料への粉体塗工を行う場合は、例えば、レーザー回折・散乱法による平均粒子径を10~100μmの範囲内とすることが好ましく、40~80μmの範囲内とすることがより好ましい。
【実施例0075】
以下に実施例を示し、本発明の特徴をより具体的に説明する。ただし、本発明の範囲は、実施例に限定されない。なお、以下の実施例において、特にことわりのない限り各種測定、評価は下記によるものである。
【0076】
[ガラス転移温度(Tg)]
温度;160℃、圧力;3.5MPa、時間;60分間の条件でプレスした樹脂フィルムを5mm×20mmのサイズの試験片に切り出し、動的粘弾性測定装置(DMA:ティー・エイ・インスツルメント社製、商品名;RSA―G2)を用いて、30℃から200℃まで昇温速度4℃/分、周波数11Hzで測定を行い、弾性率変化(tanδ)が最大となる温度をガラス転移温度とした。
【0077】
[引張せん断強度]
JIS K6850(接着剤-剛性被着材の引張せん断接着強さ試験方法)を参考に万能試験機を用いて測定した。なお、測定は25℃環境下にて行い、評価した試験片は厚み1.6×幅25×長さ100mmの亜鉛メッキ鋼板(SGCC)を使用し、厚み1.6mmの当て板を使用した。
【0078】
[耐薬品性]
樹脂フィルムを幅10mm、長さ10mmの試験片に切り出し、1gのトルエンに室温にて浸漬し、60分後のフィルムの状態を観察した。この時、フィルム形状が保たれているものを「〇」、一部でもフィルム形状が保たれていないものを「×」とした。
【0079】
[外観]
樹脂フィルムについて、目視により観察した。
【0080】
[赤外線吸収スペクトル(IR)]
ATR法(Ge)にて樹脂フィルムのIR分析を実施した。構造同定に用いたIR強度は1605cm-1を1に規格化し、その時の1715cm-1(-COOHのピーク)と1567cm-1(-COO・M+のピーク)の強度を読み取っている。
【0081】
本実施例で用いた略号は以下の化合物を示す。
YP-50S:ビスフェノールA型フェノキシ樹脂(商品名;フェノトートYP50S、日鉄ケミカル&マテリアル社製)
PA:無水フタル酸(商品名;Phthalic Anhydride、東京化成工業社製)
TMA:無水トリメリット酸(商品名;Trimellitic Anhydride、東京化成工業社製)
DMAP:4-ジメチルアミノピリジン(商品名;4-ジメチルアミノピリジン、広栄化学工業社製)
MDM:ジエチレングリコールジメチルエーテル(商品名;Diethylene Glycol Dimethyl Ether、東京化成工業社製)
Na(AcO):酢酸ナトリウム(商品名;酢酸ナトリウム、富士フイルム和光純薬社製)
Mg(AcO)2:酢酸マグネシウム(商品名;酢酸マグネシウム四水和物、富士フイルム和光純薬社製)
【0082】
(合成例1)
YPS-20COOHの合成:
容量100ミリリットルのナスフラスコに、YP-50Sを10g、溶剤としてMDMを26g、触媒としてのDMAPを0.1g、充填した。
得られた混合溶液を撹拌しながら温度110℃まで加熱昇温して溶解させた。次に、PAを1g加え、30分間以上反応させ、酸変性率20%のカルボン酸変性フェノキシ樹脂YPS-20COOHを11g含むワニス37.1gを得た。
【0083】
(合成例2)
YPS-40COOHの合成:
容量100ミリリットルのナスフラスコに、YP-50Sを10g、溶剤としてMDMを28.4g、触媒としてのDMAPを0.1g、充填した。
得られた混合溶液を撹拌しながら温度110℃まで加熱昇温して溶解させた。次に、PAを2.1g加え、30分間以上反応させ、酸変性率40%のカルボン酸変性フェノキシ樹脂YPS-40COOHを12.1g含むワニス40.6gを得た。
【0084】
(合成例3)
YPS-40COOH-TMAの合成:
容量100ミリリットルのナスフラスコに、YP-50Sを10g、溶剤としてMDMを29.8g、触媒としてのDMAPを0.1g、充填した。
得られた混合溶液を撹拌しながら温度110℃まで加熱昇温して溶解させた。次に、TMAを2.7g加え、30分間以上反応させ、酸変性率40%のカルボン酸変性フェノキシ樹脂YPS-40COOH-TMAを12.7g含むワニス42.6gを得た。
【0085】
(実施例1)
YPS-20COO-50Naの合成:
合成例1で得られたYPS-20COOHを2.973g、溶剤としてMDMを7g、触媒としてDMAPを0.03g含むワニス10gを100mLナスフラスコに入れ、撹拌しながら温度80℃まで徐々に加熱昇温し、金属塩として酢酸ナトリウムを77mg溶解させたメタノール溶液3.077gをこれに滴下して80℃にて10分間以上反応させ、中和率50%のフェノキシ樹脂アイオノマーYPS-20COO-50Naを3.050g含むワニス10.077gを得た。
【0086】
(実施例2)
YPS-40COO-50Naの合成:
合成例2で得られたYPS-40COOHを2.975g、溶剤としてMDMを7g、触媒としてDMAPを0.02g含むワニス10gを100mLナスフラスコに入れ、撹拌しながら温度80℃まで徐々に加熱昇温し、金属塩として酢酸ナトリウムを141mg溶解させたメタノール溶液3.141gをこれに滴下して80℃にて10分間以上反応させ、中和率50%のフェノキシ樹脂アイオノマーYPS-40COO-50Naを3.117g含むワニス10.141gを得た。
【0087】
(実施例3)
YPS-40COO-25Naの合成:
合成例2で得られたYPS-40COOHを2.975g、溶剤としてMDMを7g、触媒としてDMAPを0.02g含むワニス10gを100mLナスフラスコに入れ、撹拌しながら温度80℃まで徐々に加熱昇温し、金属塩として酢酸ナトリウムを71mg溶解させたメタノール溶液3.071gをこれに滴下して80℃にて10分間以上反応させ、中和率25%のフェノキシ樹脂アイオノマーYPS-40COO-25Naを3.046g含むワニス10.071gを得た。
【0088】
(実施例4)
YPS-40COO-TMA-50Naの合成:
合成例3で得られたYPS-40COOH-TMAを2.977g、溶剤としてMDMを7g、触媒としてDMAPを0.02g含むワニス10gを100mLナスフラスコに入れ、撹拌しながら温度80℃まで徐々に加熱昇温し、金属塩として酢酸ナトリウムを269mg溶解させたメタノール溶液3.269gをこれに滴下して80℃にて10分間以上反応させ、中和率50%のフェノキシ樹脂アイオノマーYPS-40COO-TMA-50Naを3.246g含むワニス10.269gを得た。
【0089】
(実施例5)
YPS-40COO-50Mgの合成:
合成例2で得られたYPS-40COOHを2.975g、溶剤としてMDMを7g、触媒としてDMAPを0.02g含むワニス10gを100mLナスフラスコに入れ、撹拌しながら温度80℃まで徐々に加熱昇温し、金属塩として酢酸マグネシウムを370mg溶解させたメタノール溶液3.370gをこれに滴下して80℃にて10分間以上反応させ、中和率50%のフェノキシ樹脂アイオノマーYPS-40COO-50Naを3.345g含むワニス10.370gを得た。
【0090】
[樹脂フィルムの作製]
実施例1~5で得られたワニスの粘度を調整し、0.5μmのフィルターを用いて濾過し、離型処理された50μm厚のPETフィルム上に、バーコーターにて厚みが55μmになるように塗布し、ホットプレートにて100℃、5時間の加熱乾燥を行った後、真空乾燥機にて150℃、0.09MPa、5時間の真空乾燥を行うことで樹脂フィルム1~5を得た。樹脂フィルム1~4のTg、せん断強度、耐薬品性及び外観を評価した。実施例5については、耐薬品性及び外観のみを評価した。その結果を表1に示した。
【0091】
(比較例1~4)
比較例1としてYP-50Sのワニスを用い、比較例2~4として合成例1~3で作製したカルボン酸変性フェノキシ樹脂のワニスを用い、実施例1~5と同様にして樹脂フィルムR1~R4を作製た。樹脂フィルムR1~R4のTg、せん断強度、耐薬品性及び外観を評価した。その結果を表1に示した。
【0092】
次に、実施例1~4の樹脂フィルム1~4、比較例1~4の樹脂フィルムR1~R4について、ホットプレートによる乾燥後に真空乾燥機による真空乾燥を行った。ホットプレートによる乾燥後であって真空乾燥前、及び、真空乾燥機による真空乾燥後の赤外線吸収スペクトル(IR)を測定した。その結果を表1に示した。なお、表1におけるIR強度は、1605cm-1を「1」として規格化し、その時の1715cm-1(-COOHのピーク)と1567cm-1(-COO・M+のピーク)の強度を読み取った。
【0093】
また、実施例の樹脂フィルム1~4、比較例の樹脂フィルムR1~R4について、IR強度に基づき、真空乾燥前と真空乾燥後の酸変性率及び中和率を推定した。これらを「IR酸変性率」及び「IR中和率」と表記し、仕込み添加量に基づく酸変性率及び仕込み添加量に基づく中和率と区別する。IR酸変性率は、YP-50SとTMAとを実施例、比較例の条件で反応させたときの反応率が88%であることがNMR(核磁気共鳴)分析によって確認されていることから、反応率を88%と仮定して、実施例4のIR強度から他の実施例・比較例の酸変性率を推算したものである。また、IR中和率は、中和反応の反応率を100%と仮定して各実施例・比較例の中和率をIR強度から推算したものである。その結果を併せて表1に示した。
【0094】
【0095】
表1より、実施例1~4の樹脂フィルム1~4は、フェノキシ樹脂からなる樹脂フィルムR1や、それぞれ対応する比較例の樹脂フィルムR2~R4に比べてTgが+15℃以上高くなっており、耐熱性の向上が確認されるとともに、せん断強度も向上している。また、実施例1~5の樹脂フィルム1~5は、比較例の樹脂フィルムR1~R4に比べて外観の透明性を維持しながら耐薬品性が改善している。したがって、フェノキシ樹脂をアイオノマー化することによって、外観を損なうことなく、フェノキシ樹脂のフィルムに比べて耐熱性、機械的強度、耐薬品性を向上できることが確認された。
【0096】
また、表1のIR強度を参照すると、実施例1~4、比較例2~4のいずれにおいても、真空乾燥前に比較して、真空乾燥後には1715cm-1(-COOHのピーク)のIR強度が大きく減少し、IR酸変性率も低下していることがわかる。このことから、真空乾燥によって、フェノキシ樹脂アイオノマー中に中和されずに残っている未反応の-COOHの低減が可能であると考えられる。未反応の-COOHは、ゲル化の原因となることから、真空乾燥によってゲル化が防止できることが確認された。したがって、フェノキシ樹脂アイオノマーを、例えば絶縁フィルム、接着フィルム、繊維強化複合材料のマトリックス樹脂、自動車部品などに好適な金属と樹脂との複合材料、鋼材用制震部材、包装用フィルム、容器類、スポーツ用品用途などの用途へ適用する場合は、それぞれゲル化に伴うフィルムの脆化、外観変化、物性の低下を引き起こしてしまうためゲル化を防止する必要があり、真空乾燥を行うことがゲル化の防止に有効である。
【0097】
また、代表的に実施例2の樹脂フィルム2、比較例1の樹脂フィルムR1、比較例3の樹脂フィルムR3について、真空乾燥前後のIRチャートを
図1及び
図2に示した。
図1は真空乾燥前、
図2は真空乾燥後のIRチャートである。
図1及び
図2から、実施例2では、比較例3に比べて-COOHのC=O伸縮振動ピーク(1715cm
-1)が減少している一方、-COO・M
+のC=O伸縮振動ピーク(1567cm
-1)が増大しており、カルボン酸変性フェノキシ樹脂がフェノキシ樹脂アイオノマーに転化していることが確認された。また、
図1と
図2の比較から、実施例2と比較例3は、いずれも真空乾燥によって-COOHのC=O伸縮振動ピーク(1715cm
-1)が減少し、-COO・M
+のC=O伸縮振動ピーク(1567cm
-1)が増大していることが確認された。
【0098】
以上、本発明の実施の形態を例示の目的で詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に制約されることはなく、種々の変形が可能である。