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特開2024-135468ゲル前駆体組成物、ゲルの製造方法、及び酵素の活性化方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024135468
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】ゲル前駆体組成物、ゲルの製造方法、及び酵素の活性化方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20240927BHJP
   A61L 27/52 20060101ALI20240927BHJP
   A61L 27/22 20060101ALI20240927BHJP
   A61L 27/24 20060101ALI20240927BHJP
   C07K 14/78 20060101ALN20240927BHJP
   C12N 9/10 20060101ALN20240927BHJP
【FI】
C12M3/00 Z
A61L27/52
A61L27/22
A61L27/24
C07K14/78
C12N9/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023046165
(22)【出願日】2023-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】000006747
【氏名又は名称】株式会社リコー
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】新井 大輔
(72)【発明者】
【氏名】松本 貴彦
(72)【発明者】
【氏名】野々山 裕介
(72)【発明者】
【氏名】柳沼 秀和
【テーマコード(参考)】
4B029
4C081
4H045
【Fターム(参考)】
4B029AA21
4B029BB06
4B029BB11
4B029BB12
4C081AB11
4C081BA15
4C081CC05
4C081CC06
4C081CD11
4C081CD111
4C081CD12
4C081CD121
4C081CD151
4C081CD152
4C081CD17
4C081CD171
4C081CD18
4C081DA12
4C081EA02
4C081EA05
4H045AA10
4H045CA40
4H045EA34
4H045EA60
(57)【要約】
【課題】本開示の目的は、細胞毒性を示す懸念がないゲル前駆体組成物、前記ゲル前駆体組成物を用いた、細胞毒性を示す懸念がないゲルの製造方法を提供することである。
【解決手段】本実施形態の一つは生体適合性高分子、特定の物質により活性化する架橋剤、及び前記特定の物質と結合している、又は前記特定の物質を内包する、光応答性化合物を含む、ゲル前駆体組成物である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体適合性高分子、
特定の物質により活性化する架橋剤、及び
前記特定の物質と結合している、又は前記特定の物質を内包する、光応答性化合物
を含む、ゲル前駆体組成物。
【請求項2】
前記生体適合性高分子は、生物由来材料である、請求項1に記載のゲル前駆体組成物。
【請求項3】
前記生体適合性高分子は、ゼラチン、コラーゲン、フィブリノーゲン、フィブリン、及びフィブロネクチンから選択される少なくとも1種の高分子である、請求項1に記載のゲル前駆体組成物。
【請求項4】
前記架橋剤は、酵素である、請求項1に記載のゲル前駆体組成物。
【請求項5】
前記架橋剤は、カルシウム依存性トランスグルタミナーゼである、請求項1に記載のゲル前駆体組成物。
【請求項6】
前記光応答性化合物は、ケージド化合物である、請求項1に記載のゲル前駆体組成物。
【請求項7】
前記光応答性化合物は、ケージドカルシウムである、請求項1に記載のゲル前駆体組成物。
【請求項8】
前記生体適合性高分子は、温度応答性ゾルゲル転移を示す高分子である、請求項1に記載のゲル前駆体組成物。
【請求項9】
細胞培養基材又は治療用基材に用いられるゲル製造用である、請求項1に記載のゲル前駆体組成物。
【請求項10】
請求項1に記載のゲル前駆体組成物に、前記光応答性化合物が前記特定の物質を系中に放出する光を照射し、前記ゲル前駆体組成物をゲル化する工程を有する、ゲルの製造方法。
【請求項11】
前記ゲル化する工程が、緩衝剤及びpH調整剤から選択される少なくとも1種の存在下で行われる、請求項10に記載のゲルの製造方法。
【請求項12】
前記ゲル化する工程の後に、前記架橋剤の阻害剤、及び前記特定の物質のキレート剤から選択される少なくとも1種を添加する工程を有する、請求項10に記載のゲルの製造方法。
【請求項13】
ケージド化合物を用いた酵素の活性化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ゲル前駆体組成物、ゲルの製造方法、及び酵素の活性化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ヒトの再生医療に関する研究開発が進んできている。再生医療の1つの方法として、患者自身の細胞やヒトiPS細胞、異種細胞を生体外で培養し、培養した細胞を含む組織を患者の損傷部位の治療として、又は機能不良臓器に代わる移植物として移植する方法が試みられている。
【0003】
特許文献1には、ゲル化のためのプロセスであって、a)リポソーム及びゲル前駆体を含む混合物を用意するステップであり、前記リポソームは、前記ゲル前駆体のゲル化を誘導することができるペイロードを封入している、ステップと;b)前記混合物に超音波を適用して、前記リポソームからの前記ペイロードの放出を誘発し、前記ゲル前駆体のゲル化を誘導するステップとを含む、プロセスが開示されている。特許文献1には、ペイロードがゲル化を誘導する方法として、前記前駆体に直接的に作用してゲル化を誘導するか、又は前記ペイロードが、例えば、酵素を活性化することにより、前記前駆体に間接的に作用してゲル化を誘導することが開示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示の目的は、細胞毒性を示す懸念がないゲル前駆体組成物、前記ゲル前駆体組成物を用いた、細胞毒性を示す懸念がないゲルの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上述した課題を解決するための、本発明の一態様は、生体適合性高分子、特定の物質により活性化する架橋剤、及び前記特定の物質と結合している、又は前記特定の物質を内包する、光応答性化合物を含む、ゲル前駆体組成物である。
【発明の効果】
【0006】
本開示により、細胞毒性を示す懸念がないゲル前駆体組成物、前記ゲル前駆体組成物を用いた、細胞毒性を示す懸念がないゲルの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】ゲル前駆体組成物に含まれる未架橋高分子を架橋し、ゲルを作製する一態様を示す概略図である。
図2】未架橋高分子を架橋し、ゲル化する作用機序の説明図である。
図3】フォトマスク部材を用いて、ゲル前駆体組成物に含まれる未架橋高分子を架橋し、ゲルを作製する一態様を示す概略図である。
図4図3で示した、所望の穴が開いたフォトマスク部材を利用したゲル前駆体組成物のゲル化で得られるゲルの例を示す図である。
図5】ゲル前駆体組成物のゲル化の実施例を示す概略図である。
図6】実施例で得られたゼラチンハイドロゲルを示す図である。
図7】ゲル前駆体組成物への光照射により、任意の3次元形状のゲルを製造する際の概略図である。
図8】中空形状を持つゲルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明に係るゲル前駆体組成物は、生体適合性高分子、特定の物質により活性化する架橋剤、及び前記特定の物質と結合している、又は前記特定の物質を内包する、活性エネルギー線応答性化合物を含む。
【0009】
本発明に係るゲルの製造方法は、前記ゲル前駆体組成物に、前記活性エネルギー線応答性化合物が前記特定の物質を系中に放出する活性エネルギー線を照射し、前記ゲル前駆体組成物をゲル化する工程を有する。また、本発明に係る酵素の活性化方法は、ケージド化合物を用いた酵素の活性化方法である。以下、各成分について説明する。
【0010】
(活性エネルギー線)
前記活性エネルギー線としては、活性エネルギー線応答性化合物が反応して前記特定の物質を系中に放出することができれば特に制限はないが、典型的には可視光、紫外線、赤外線などの光であるが、例えば電子線などのエネルギー線も含み得る。以下本開示においては、典型例として光を用いた場合の態様について特に説明するが、光以外の活性エネルギー線を用いた場合もまた本発明に包含されるものである。
【0011】
(生体適合性高分子)
前記生体適合性高分子としては、特に制限はないが、生体適合性を有しており、架橋剤により架橋することが可能な高分子が用いられる。本発明において、架橋剤で架橋する前の生体適合性高分子を、未架橋高分子とも記す。また、架橋された生体適合性高分子を、架橋高分子とも記す。生体適合性高分子は、生物由来材料であることが好ましい態様の一つである。生物種としては、特に制限はなく、例えば哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、昆虫類、植物、及び菌類が挙げられ、ゲル前駆体組成物の用途等に応じて、適宜選択することができる。また、生体適合性高分子としては、細胞外基質を使用することが好ましい態様の一つである。
【0012】
生体適合性高分子としては、架橋剤の種類によっても異なるが、架橋により容易にゲルを形成可能な観点から、例えばタンパク質が用いられ、ゼラチン、コラーゲン、フィブリノーゲン、フィブリン、及びフィブロネクチンから選択される少なくとも1種の高分子が好ましい。生体適合性高分子は一種単独で用いても、二種以上を用いてもよい。
【0013】
生体適合性高分子は、温度応答性ゾルゲル転移を示す高分子であることが好ましい態様の一つである。温度応答性ゾルゲル転移を示す場合には、例えばゲル前駆体組成物をゲル化する際に、生体適合性高分子がゲルとなる温度条件でゲル化を行い、ゲル化が終了した後に、生体適合性高分子がゾルとなる温度条件にすることができる。このような条件でゲルを製造することにより、ゲル化を行う際には、ゲル前駆体組成物が十分な物理強度を有しており、ゲル化の後にはゲルと、ゲル化されていない生体適合性高分子とを容易に分離することが可能である。
【0014】
(特定の物質により活性化する架橋剤)
前記特定の物質により活性化する架橋剤としては、特に制限はないが、特定の物質により活性化される前は、前記生体適合性高分子を架橋することなく、特定の物質により活性化された後は、前記生体適合性高分子の架橋剤として作用するものであればよい。
【0015】
本開示において、特定の物質としては、単体や化合物のみならず、イオンも含まれる。前記特定の物質としては例えば、カルシウムイオン、過酸化水素等が挙げられる。前記特定の物質により活性化する架橋剤としては、ゲル前駆体組成物の生体適合性の観点から酵素であることが好ましい。酵素としては、生物由来の酵素が挙げられる。本開示においてゲル前駆体組成物に含まれる、特定の物質で活性化されていない酵素を、不活性酵素とも記す。また、特定の物質で活性化された酵素を、活性化酵素とも記す。架橋剤が酵素であると、ゲルの製造方法を実施中に、細胞毒性を示す可能性が特に低く、生体環境でゲルの製造方法を実施することが可能であるため好ましい。前記特定の物質により活性化する架橋剤としては、カルシウムイオン濃度で活性の有無が変化する、カルシウム依存性酵素、過酸化水素の存在により活性化するペルオキシダーゼが挙げられる。
【0016】
カルシウム依存性酵素としては例えば、カルシウムイオン濃度で活性の有無が変化するトランスグルタミナーゼ(以下、カルシウム依存性トランスグルタミナーゼとも記す)が挙げられる。カルシウム依存性トランスグルタミナーゼ、及びペルオキシダーゼは、前述の生体適合性高分子の項で具体的に例示した、各タンパク質を容易に架橋することができるため好ましい。カルシウム依存性トランスグルタミナーゼは、活性化した状態では、グルタミン残基とリシン残基をもつたんぱく質をイソペプチド結合により、架橋できることが知られている。また、リシン残基の代わりに第一級アミンであっても架橋可能である。特定の物質により活性化する架橋剤は一種単独で用いても、二種以上を用いてもよい。
【0017】
(光応答性化合物)
前記光応答性化合物は、前記特定の物質と結合している、又は前記特定の物質を内包する、光応答性化合物である。前記光応答性化合物は、光照射により分解及び/又は立体構造の変化等が起こり、前述の特定物質を系中に放出することにより、前述の架橋剤を活性化することができるものであればよい。本開示において光応答性化合物の中で、光照射により分解が起こり、前述の特定物質を系中に放出することにより、前述の架橋剤を活性化することができるものを、光分解性化合物とも記す。光応答性化合物としては、光分解性化合物が好ましい。本開示において、前述の架橋剤が酵素である場合には、特定の物質を、酵素活性化物質とも記す。
【0018】
前記光応答性化合物としては、容易に特定の物質を系中に放出できる観点から、光分解性化合物が好ましく、例えばケージド化合物が好ましく、ケージドカルシウムがより好ましい。ケージド化合物とは、前述の特定の物質を、結合や、内包により、化合物内に取り込んでおり、光照射により、前述の特定の物質を系中に放出することができればよい。例えば、ケージドカルシウムとは、カルシウムイオンを、結合や、内包により、化合物内に取り込んでおり、光照射により、カルシウムイオンを系中に放出することができればよい。
【0019】
ケージドカルシウムとしては、ケージド試薬とカルシウムが結合したものを用いることができ、具体的には、カルシウム結合DM-NITROPHEN、カルシウム結合DMNP-EDTA、カルシウム結合NP-EGTA、カルシウム結合NDBF-EGTA、カルシウム結合azid-1が挙げられる。光応答性化合物は一種単独で用いても、二種以上を用いてもよい。
【0020】
(ゲル前駆体組成物)
本発明に係るゲル前駆体組成物は、生体適合性高分子、特定の物質により活性化する架橋剤、及び前記特定の物質と結合している、又は前記特定の物質を内包する、光応答性化合物を含む。
【0021】
ゲル前駆体組成物は、その他の成分を含んでいてもよく、その他の成分としては、ゲル前駆体組成物、ゲル前駆体組成物から得られたゲルの用途、及びゲルの製造条件等によって適宜選択することができる。例えば、前記光応答性化合物とは別に、特定の物質を前述の架橋剤が活性化しない濃度でゲル前駆体組成物に含有させることにより、ゲル前駆体組成物の状態では、架橋が進行しないが、少量の光応答性化合物が光照射により前記特定の物質を系中に放出することにより、ゲルを製造することが可能なゲル前駆体組成物とすることができる。ゲル前駆体組成物に含まれる各成分の量は、各成分の種類、ゲルの用途、製造条件等によってことなり、適宜設定することが可能である。
【0022】
ゲル前駆体組成物は、緩衝剤及びpH調整剤から選択される少なくとも1種を含んでいてもよい。例えば酵素の活性はpHの影響を受けることが一般に知られており、これらの成分を含むことにより、所望のpHにゲル前駆体組成物を調整することが可能となる。
【0023】
ゲル前駆体組成物の製造方法としては、特に制限はなく、生体適合性高分子、特定の物質により活性化する架橋剤、及び前記特定の物質と結合している、又は前記特定の物質を内包する、光応答性化合物を混合することにより得ることが可能である。ゲル前駆体組成物を製造する際には溶媒を使用してもよく、溶媒としては水が好ましい。
【0024】
(ゲルの製造方法)
本発明に係るゲルの製造方法は、前記ゲル前駆体組成物に、前記光応答性化合物が前記特定の物質を系中に放出する光を照射し、前記ゲル前駆体組成物をゲル化する工程を有する。前記工程によりゲルを得ることが可能である。なお、前記光応答性化合物が、前記光分解性化合物である場合には、前記光応答性化合物が前記特定の物質を系中に放出する光は、前記光分解性化合物を分解し前記特定の物質を系中に放出する光を意味する。
【0025】
前記ゲル化する工程においては、前記ゲル前駆体組成物の温度を制御することが好ましい。特に架橋剤として酵素を用いる場合には、酵素としての性質を発揮できる温度で前記工程は通常行われる。また、生体適合性高分子が、温度応答性ゾルゲル転移を示す場合には、ゲル状態で前記工程を行うことにより、ゲル前駆体組成物自体の強度を向上させることができる。
【0026】
前記ゲル化する工程が、緩衝剤及びpH調整剤から選択される少なくとも1種の存在下で行われることが、好ましい態様の一つである。これらの成分の存在下で前記工程を行う事により、所望のpH条件下で当該工程を実施することが可能となる。緩衝剤及びpH調整剤から選択される少なくとも1種は、ゲル前駆体組成物に含まれていてもよく、ゲル前駆体組成物とは別の成分として、前記ゲル化する工程に用いられてもよい。
【0027】
前記ゲル化する工程の後に、前記架橋剤の阻害剤、及び前記特定の物質のキレート剤から選択される少なくとも1種を添加する工程を有することが好ましい態様の一つである。ゲル化する工程で、活性化された架橋剤は、生体適合性高分子の重合を進めるが、微細成形等の観点からは、所望のゲル化が進んだ段階で、活性化された架橋剤を不活性化する必要がある。このため、架橋剤の阻害剤により、架橋剤としての機能を阻害することや、前記特定の物質をキレート剤で保護することにより、架橋剤との相互作用を排除し、架橋剤を不活性化することが、ある態様においては行われる。
【0028】
前記ゲルの製造方法は、ゲルを製造する度に型を用意する必要がなく、3次元形状のゲルを作製することが、高い分解能及び精度で可能であり、経済性にも優れる。また、得られるゲルは、細胞機能の維持や生分解性等の機能を発揮することもできるため、本発明に係るゲルの製造方法は有用性が極めて高い。
【0029】
本開示には、一実施態様として、ゲル前駆体組成物から得られた、ゲルが含まれる。ゲルは、生体適合性高分子を原料としているため、生体適合性に優れており、生体用途に特に好適に使用することが可能である。ゲルの用途としては、例えば細胞培養基材、治療用基材等が挙げられる。すなわち、本開示には、一実施態様として、ゲル前駆体組成物から得られた、細胞培養基材又は治療用基材に用いられるゲル、及びゲル前駆体組成物から得られたゲルを含む細胞培養基材又は治療用基材が含まれる。また、本開示には、一実施態様として、細胞培養基材又は治療用基材に用いられるゲル製造用であるゲル前駆体組成物が含まれる。すなわち、ゲル前駆体組成物及び得られたゲルは、創薬用の細胞培養や再生医療等の医療製品に利用することができる。なお、ゲルとしては例えばハイドロゲルが挙げられる。
【0030】
(ケージド化合物を用いた酵素の活性化方法)
前述のように本開示には、ケージド化合物を用いた酵素の活性化方法が含まれる。酵素を活性化する方法は従来から研究されていたが、本開示により、ケージド化合物を用いて酵素を活性化する方法が示された。活性化方法の一態様としては、酵素及びケージド化合物存在下に、ケージド化合物を分解可能な光を照射する工程を有する、酵素の活性化方法が挙げられる。活性化方法の一例としては、ケージドカルシウムを用いたカルシウム依存性酵素の活性化方法が挙げられ、より具体的な一態様としては、カルシウム依存性酵素及びケージドカルシウムの存在下に、ケージドカルシウムを分解可能な光を照射する工程を有する、カルシウム依存性酵素の活性化方法が挙げられる。酵素の活性化方法は、前述のゲルの製造方法の一部として行われてもよい。
【0031】
以下、ゲル前駆体組成物及び、ゲルの製造方法の例について、図面を示しつつ更に説明する。
【0032】
図1に、ゲル前駆体組成物に含まれる未架橋高分子を架橋し、ゲルを作製する一態様についての概略図を示す。ゲル前駆体組成物100は、未架橋高分子101aと不活性酵素102a、ケージド化合物103を含んでいる。また、図2に、未架橋高分子101aを架橋し、ゲル化する作用機序の説明図を示す。
【0033】
ゲル前駆体組成物100は、液状で容器内に保持されていてよいが、形状を維持できるゲル状でもよい。不活性酵素102aは、酵素活性化物質103aが一定以上の濃度になると活性化し、活性酵素102bに変化する。活性酵素102bは、未架橋高分子101aを架橋し、架橋高分子101bを生成することで、ゲルを形成する。
【0034】
ケージド化合物103は、酵素活性化物質103aと結合しており、ゲル前駆体組成物100内の酵素活性化物質103aの濃度(ケージド化合物103に、結合又は内包されていない酵素活性化物質103aの濃度)が、酵素が活性化する閾値を超えないように調整されている。
【0035】
ケージド化合物103は一定照射量以上の光照射を受けると、酵素活性化物質103aと結合した保護基が分解され、酵素活性化物質103aを放出する。図1では光照射の例として、レーザー光111を例示している。
【0036】
レーザー光111が照射された範囲で、局所的に酵素活性化物質103aの濃度が上昇し、照射範囲近傍で不活性酵素102aが活性酵素102bに変化する。この活性酵素102bが局所的に未架橋高分子101aを架橋し、架橋高分子101bとすることで、レーザー光照射範囲近傍のみゲル前駆体組成物100をゲル化することができる。
【0037】
レーザー光は、スポット径をμmからnmレベルまで小さくすることが可能であり、レーザー光を用いた態様では、微細なゲル造形物を精度高く作製することが可能となる。
【0038】
一方、微細な3次元形状のゲルを作製する方法としては、合成高分子と光重合開始剤を用いて、UV照射を行うことにより、ゲルを作製する技術が従来から研究されている。しかし、多くの光重合開始剤には細胞毒性リスクがあり、また光分解後の生成物にも同様のリスクがあり、人体等の生体への適用の際の安全性という観点からも、細胞培養や医療用途への適用に懸念が指摘されていた。また、生物由来材料、例えば細胞外基質は生体内において細胞の足場や細胞機能の維持、生体親和性、生分解性など様々な重要な特性を有している。生物由来材料には様々な上市製品もあり、製造・入手コストもリーズナブルである。このような観点からも、生体適合性高分子として、生物由来材料を用いることは好ましい。
【0039】
本開示のゲル前駆体組成物及び、ゲルの製造方法は、ゲル、及びゲルを製造する過程の細胞毒性のリスクの抑制、高分解能・高精度な2次元又は3次元ゲルの提供、経済性との両立を実現する技術である。本開示内容の一例としては、ゼラチン、カルシウムイオン依存性トランスグルタミナーゼ、及びケージドカルシウムを含むゲル前駆体組成物へレーザー光を照射する工程を有するゲルの製造方法が挙げられる。ゲル前駆体組成物の材料、ゲル前駆体組成物を得るための器具及び装置、並びにゲルの製造方法を実施するための器具及び装置は、全て製造可能であり、容易に入手可能であり、その有用性と経済性から本技術の産業応用が期待できる。トランスグルタミナーゼは、生体内の温和な環境下で生体適合性高分子を架橋させ、ゲルを作製することができ、培養容器などの生体外のみならず、生体内でin situでの使用もでき、医療への幅広い応用が期待できる。
【0040】
図3に、フォトマスク部材を用いて、ゲル前駆体組成物に含まれる未架橋高分子を架橋し、ゲルを作製する一態様についての概略図を示す。
【0041】
図3に示す態様では、ゲル前駆体組成物100をゲル前駆体組成物保持容器内114の底面に一様に配置する。図1のレーザー光111の代わりに光源112からゲル前駆体組成物100の上面すべてに照射光112aを照射する。光源112とゲル前駆体組成物100の間にフォトマスク部材113が配置されている。フォトマスク部材113は、所定の位置に穴が開いており、穴の位置のみ照射光112aを通すことができる。照射光112aが照射された範囲近傍のゲル前駆体組成物100が、ゲル100aに変化する。
【0042】
本態様においては、照射光112aによりケージド化合物より放出された酵素活性化物質の濃度分布が生じるため、酵素活性化物質の拡散が生じ、酵素活性範囲の時空間的変化が生じる。架橋の進行によりゲルの弾性率は時々刻々と変化するため、所望の弾性率が得られる酵素活性時間を維持できるように、ゲル前駆体組成物100の酵素活性化物質の濃度やケージド化合物の濃度を設計することが好ましい。同様に、酵素活性化物質の拡散により意図しない範囲のゲル化が進む懸念がある。必要な分解能や精度を検討したうえで、一定の拡散後に酵素活性化物質の濃度が酵素活性閾値を下回るような各種濃度の設計や、一定時間後の洗浄などによる反応の停止を実施することができる。
【0043】
図4は、図3で示した、所望の穴が開いたフォトマスク部材113を利用したゲル前駆体組成物100のゲル化で得られるゲル100aの例である。照射光112aを照射したのちに、ゲル化していない箇所(ゲル前駆体組成物100)を吸引や、水やPBS等による洗浄等により除去することができる。ゲル前駆体組成物保持容器114の底面のゲル前駆体組成物100がゲル化した箇所のみに、ゲル100aが残存し、所望のゲル形状やパターンを得ることができる。本方法は、レーザー光と比較して同時に広い範囲に光を照射し、多量のゲル形状を得ることが可能であり、生産性が高い。したがって、特定の形状やパターンを大量に作製する場合に有効な方法となる。また、ゲル100aを作製したのちにゲル前駆体組成物100を追加し、同様にゲル前駆体組成物100をゲル化することで、ゲル100aを積層し、3次元形状を得ることも可能である。
【0044】
図5は、ゲル前駆体組成物のゲル化の実施例を示す概略図であり、その詳細は後述の実施例で述べる。実施例では、ケージドカルシウムを分解する光を与える光源として、照射光が365nmの波長をもつ紫外線LEDを用いた。すなわち、照射光(光応答性化合物を分解する光)としては実施例ではUV-Aを用いたが、使用するケージドカルシウムを分解可能な波長であれば、細胞毒性リスクのより少ない可視光等でもよい。一方で、可視光で分解するケージドカルシウムは一般実験環境でも分解する恐れがあり、場合によっては暗幕などの準備が必要となる。ケージドカルシウムと光源の選択は、カルシウムイオンのケージ・リリース機能に加え、細胞毒性や必要照射量、環境整備コスト等も勘案して適宜設定することができる。
【0045】
図7及び図8に、ゲル前駆体組成物に含まれる未架橋高分子を架橋し、ゲルを任意の3次元形状で作製する一態様についての概略図を示す。
【0046】
図7はゲル前駆体組成物への光照射により、任意の3次元形状のゲルを製造する際の概略図である。本態様では、ゲル前駆体組成物100は温度やpH等により可逆的にゲル-ゾル変化できる3次元形状を持った物理ゲルとなっており、3次元形状は例えば円柱や立方体である。照射光112aはレンズ等を用いて集光されており、焦点付近でのみケージド化合物を分解できる照射量を持つ。そのため、焦点付近以外はケージド化合物が分解されず、ゲル化が開始することはない。まず底面側から所望のパターンを走査し、所望のゲル100aを得る。次に鉛直上方に照射光112aの焦点を移動し、同様に所望のパターンのゲル100aを得る。
【0047】
図8は中空形状を持つゲルの例である。中空形状や橋渡し形状を持つゲルを作製する場合、液状のゲル前駆体組成物のみを利用する場合には重力などにより、ゲル形成過程でゲルが変形・崩壊してしまい、形状を得ることができない場合がある。このため、通常はサポート材が必要となるが、最終的にサポート材の除去も必要となる。ゲルを所望の形状に形成した後にサポート材を除去する場合には、大きな外力を必要とするため、ゲルの機械的強度の観点からサポート材は使用しないことが好ましい。また、追加の材料の利用は一般に、操作の煩雑さの増加に加え、細胞毒性リスクや安全性の懸念を増加させることになり、可能な限り避けることが望まれる。
【0048】
図7及び図8で示される態様では、ゲル前駆体組成物100が物理ゲルであることでサポート材の機能を兼ね備えており、所望の形状を持つゲル100aを得ることができる。また、温度の変化やpH変化により、ゲルとなっていない未架橋高分子を容易に除去することができる。このような材料としては例えば、ゼラチンが挙げられる。ゼラチンは、一般に30℃近辺でゾルゲル転移することが知られている。一方、酵素はその活性が温度変化により大きく変化し、温度によっては失活してしまう。20℃程度であれば酵素の一例であるトランスグルタミナーゼの酵素活性維持とゼラチンの物理ゲル化を同時に達成することが可能であり、本技術の適用が可能となる。なお、ゼラチン以外のゾルゲル転移を示す材料を用いても、複数の材料の混合物を用いてもよい。
【実施例0049】
以下、実施例を挙げて本実施形態を説明するが、本開示はこれらの例によって限定されるものではない。
【0050】
[実施例1]
(フォトマスク部材を用いたゲル前駆体組成物のゲル化)
以下の方法でゲル前駆体組成物をゲル化し、ゲルを製造した。
MERCK社のDM-NITROPHENTM(ケージドカルシウム用キレート剤)の水溶液と、塩化カルシウムの水溶液とを混合し、ケージドカルシウム(カルシウム結合DM-NITROPHEN)及びカルシウムイオンを含む水溶液を調製した。
【0051】
新田ゼラチン(株)の豚皮ゼラチン(Aタイプ)500G[高ゼリー強度](生体適合性高分子)、カルシウム依存性トランスグルタミナーゼ(TG2)(Zedira社のGuinea pig liver transglutaminase)(架橋剤)を純水に溶かし得られた溶液を、ケージドカルシウム(カルシウム結合DM-NITROPHEN)及びカルシウムイオンを含む水溶液と混合することによりゲル前駆体組成物を得た。
【0052】
なお、TG2はカルシウムイオン濃度が一定値を超えると活性化するため、ゲル前駆体組成物を調製した時点では、TG2が活性化せず、後述の紫外線照射によりケージドカルシウムが光分解し、カルシウムイオンを系中に供給した際にはTG2が活性化するように、前述のDM-NITROPHENTM、及び塩化カルシウムの量を調整した。
【0053】
図5に示すゲル前駆体組成物保持容器214は、型枠となるスライドガラス214aとシリコーンゴム214bから構成される。シリコーンゴム214bの一部に穴が開けられており、この穴にゲル前駆体組成物を注入した。シリコーンゴムの穴のサイズは、短辺4mm、長辺8mm、深さ0.5mmであった。
【0054】
ケージドカルシウムを分解する光を与える光源として、365nmの紫外線を照射可能な紫外線LED212(エヌエスライティング(株)のULEDN-102CT)を用いた。フォトマスク部材として、UV透過率が十分低い木材213を使用した。木材213は、前記穴の短辺の4mm、長辺の2mmを覆うことが可能な形状のものを用意した。
【0055】
ゲル前駆体組成物に、紫外線を照射したところ、紫外線が照射された図6の上下の位置にゼラチンハイドロゲル200aが作製された。しかし、木材213にて紫外線が防がれている中央部はゲルが作製されておらず、ゲル前駆体組成物を界面にて分離除去可能であった。上下のゼラチンハイドロゲル200aの空隙部分は約2.5mmとなり、木材のマスキングサイズ2mmより0.5mm大きい程度であり、ミリより小さいオーダーの差であった。以上より、本ゲルの作製方法にて少なくともサブミリ以下の精度でゲルを造形可能であることが示された。
【0056】
本明細書中に記載した数値範囲の上限値及び/又は下限値は、それぞれ任意に組み合わせて好ましい範囲を規定することができる。例えば、数値範囲の上限値及び下限値を任意に組み合わせて好ましい範囲を規定することができ、数値範囲の上限値同士を任意に組み合わせて好ましい範囲を規定することができ、また、数値範囲の下限値同士を任意に組み合わせて好ましい範囲を規定することができる。
【0057】
以上、本実施形態を詳述したが、具体的な構成はこの実施形態に限定されるものではなく、本開示の要旨を逸脱しない範囲における設計変更があっても、それらは本開示に含まれるものである。
【0058】
本発明の態様としては、例えば、以下の<1>~<13>が挙げられる。
<1>生体適合性高分子、
特定の物質により活性化する架橋剤、及び
前記特定の物質と結合している、又は前記特定の物質を内包する、光応答性化合物
を含む、ゲル前駆体組成物。
<2>前記生体適合性高分子は、生物由来材料である、前記<1>に記載のゲル前駆体組成物。
<3>前記生体適合性高分子は、ゼラチン、コラーゲン、フィブリノーゲン、フィブリン、及びフィブロネクチンから選択される少なくとも1種の高分子である、前記<1>又は前記<2>に記載のゲル前駆体組成物。
<4>前記架橋剤は、酵素である、前記<1>~<3>のいずれか一つに記載のゲル前駆体組成物。
<5>前記架橋剤は、カルシウム依存性トランスグルタミナーゼである、前記<1>~<4>のいずれか一つに記載のゲル前駆体組成物。
<6>前記光応答性化合物は、ケージド化合物である、前記<1>~<5>のいずれか一つに記載のゲル前駆体組成物。
<7>前記光応答性化合物は、ケージドカルシウムである、前記<1>~<6>のいずれか一つに記載のゲル前駆体組成物。
<8>前記生体適合性高分子は、温度応答性ゾルゲル転移を示す高分子である、前記<1>~<7>のいずれか一つに記載のゲル前駆体組成物。
<9>細胞培養基材又は治療用基材に用いられるゲル製造用である、前記<1>~<8>のいずれか一つに記載のゲル前駆体組成物。
<10>前記<1>~<9>に記載のゲル前駆体組成物に、前記光応答性化合物が前記特定の物質を系中に放出する光を照射し、前記ゲル前駆体組成物をゲル化する工程を有する、ゲルの製造方法。
<11>前記ゲル化する工程が、緩衝剤及びpH調整剤から選択される少なくとも1種の存在下で行われる、前記<10>に記載のゲルの製造方法。
<12>前記ゲル化する工程の後に、前記架橋剤の阻害剤、及び前記特定の物質のキレート剤から選択される少なくとも1種を添加する工程を有する、前記<10>又は前記<11>に記載のゲルの製造方法。
<13>ケージド化合物を用いた酵素の活性化方法。
【0059】
前記<1>~<13>のいずれか一つに記載のゲル前駆体組成物、ゲルの製造方法、及び酵素の活性化方法は、従来における前記諸問題を解決し、前記本発明の目的を達成することができる。
【符号の説明】
【0060】
100:ゲル前駆体組成物
100a:ゲル
101a:未架橋高分子
101b:架橋高分子
102a:不活性酵素
102b:活性酵素
103:ケージド化合物
103a:酵素活性化物質
111:レーザー光
112:光源
112a:照射光
113:フォトマスク部材
114:ゲル前駆体組成物保持容器
200a:ゼラチンハイドロゲル
212:紫外線LED
213:木材
214:ゲル前駆体組成物保持容器
214a:スライドガラス
214b:シリコーンゴム
【先行技術文献】
【特許文献】
【0061】
【特許文献1】特表2022-544752号公報
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8